健康情報

2009年8月19日水曜日

康治本傷寒論 第五条 太陽病,頭痛,発熱,汗出,悪風者,桂枝湯主之。


『康治本傷寒論の研究』
太陽病、頭痛、発熱、汗出,悪風者、桂枝湯主之。
 [訳] 太陽病、頭痛し、発熱し、汗出で、悪風する者、桂枝湯これをつかさどる。

 この第五条の構成は複雑ではないが問題点はいくつかある。まず第一に、太陽病は発熱が主徴であるから、第二条では太陽病発熱云々というように症状の最初に置かれていたのに、第五条では発熱よりさきに頭痛が置かれている。そしてそれに続く発熱、汗出、悪風は第二条と全く同じ順序になっている。
 この点について『講義』(19頁)では「頭痛を初めに挙ぐるは次章の項背強ばるに対し、本方の主徴なるを示さんが為なり」と言う。もしそうならば第四条で主徴である頭痛に言及しないのは何故であるか。これについては「前章には脈を挙げて頭痛なし。此の章には頭痛を挙げて脈なし。是れ相互の省略なり」、と言う。しかし私は第四条と第五条が互文をなしているという見方には賛成できない。あとで説明するようにこの両条は全く別の事柄を論じているのであって、対比するような関係にはないのである。『入門』(46頁)も『集成』も同じ論法を採用しているから賛成できない。
 また、第六条の項背強と対比させるために頭痛を最初にあげたという見方にも賛成できない。比較する句は二番目でも三番目でもどこでもよいのであって、はじめに置く必要はないからである。『講義』に「若し汗出でざれば麻黄湯証と区別し難し」、と述べている汗出は三番目に置かれた症状であるように。
 私は、第五条の頭痛と第六条の項強は対比させるためよりも、第一条の状態から、病気が進行してこの両条のように二つの病状に分裂することを論ずるためであると考えている。すでに第一条の頭項強痛の説明の中で、第五条と第六条が互文であり、頭項強痛が分裂して頭痛と項強の句がそれぞれ使用されたものであることに言及した。
 この互文の性格は、第三条で互文の説明をした②にあたる。即ち「二つの事項が二つのものに関係する時に、一つずつ一方に記す書き方」である。したがって第五条で頭痛としか表現していないが、実際は項強を伴なっているのである。『講義』で第五条は「第一条の頭項強痛の句を承け」ていると言いながら、頭痛が主徴であると言うことは論理上の矛盾をもたらす。
 とにかく頭痛を最初にもってきたことは読者にこれを注目してほしいからである。そしてそれが第一条の頭項強痛につながるという見方はやはり中国人の文章観を理解していないとわかりにくい。吉川幸次郎氏は『支那について』(一九四六年、秋田屋)という単行本の中でそのことを詳しく説明している。「過去の用例によって生れる語感に最も敏感なのは、恐らく中国人であろう。中国人の文章、少くとも中国の読書人の文章は、一一の言葉が、過去の用例を顧慮しつつ、というよりはむしろ、過去の用例の聯想によって生れる雰囲気を利用しつつ、綴られている。たとえば、『そういうことはあり得ない』という意味をあらわそうとして『未之有也』という四字が使われる場合、作者は必ず、論語の『不好犯上、而好作乱者、未之有也』という言葉を思い浮かべつつ綴っているのであり、読者もまた論語のこの章を思い浮かべることを要求されているのである。また『挙目』という言葉に出くわした場合には、必ず晋書の有名な挿話を思い出さねばならぬ。国都洛陽を北狄に攻めおとされ、遠く揚子江の夏にのがれた晋の名士たちは、あるうららかな日、名勝新亭に登臨した。名士の一人周顗は、一座を顧みていった。『風景は殊ならざるに、目を挙ぐれば山河の異なるあり。』挙目という簡単な言葉は、この挿話のもつ感慨を、どこかに蔵しつつ、下される。単に『ひとみをあげて向うを見る』ということではないのである。中国人の文章は、言言句句、こうした過去の用例の記憶を帯びつつ、並んでいるといっても過言ではない。文選の李善の注をはじめ、中国人の詩文の注釈には、作用の用いた一一の言葉につき、作用以前の用例が、事こまかに挙げてあるのは、しかるべき理由のあることといわねばならぬ」(228-229頁)と。
 したがって第五条の冒頭に太陽病とあるから第一条や第二条を承けている、という単純な見方でなく、頭痛、発熱等の一句一句について神経をゆきわたらさねばならないのである。
 次に第五条は第二条と関係があるという見方をすれは、第五条は冒頭に太陽病とあるだけであるが、これは太陽中風のことであるという解釈が生ずるであろう。事実第四条は第二条を承けているので冒頭に太陽中風としてある。何故第五条では中風という表現を用いないのであろうか。明記しなくてもわかるからであろうか。
 私の考えはこうである。もし第五条で風陽中風と書けば、それは第四条と同じようなものとして読者に受取られるであろう。現に第四条と第五条を互文と見做す説が多いのである。『解説』(150頁)では第四条の陰弱者汗自出を後人の註文として削除しているから第四条には汗についての記述がなくなり、「この章(第五条)もまた桂枝湯を用いる場合で、前章とちがって、汗が自然に出ている例を挙げている」とし、『講義』(20頁)でも「前章の者は必ずしも汗出です、此の章の者は既に汗出づと雖も、外未だ和せざるなり」、としているように。
 しかし私は五条以降は全く別のことを論じようとしていると理解しているのである。第二条の中風と第三条の傷寒は互文であるとはいえ対等に扱われていない。それは文章上、重症の傷寒を重大なものとして示す必要があったからである。ところが第五条と第六条は全く対等に扱われている。それは軽症と重症、あるいは良性と悪性といった形の分裂ではなく、病気の進行する系列のちがいとして表現しようとしたものと見做すことができる。そして第五条の系列に属する第一六条の青竜湯(宋板では大青竜湯)のところで突然太陽中風となっている。したがってこの中風の解釈について色々な議論が展開されるわけであるが、結論だけを言えば、中風には全く意味のつがう二通りの使用法がなされていることになる。一つは第二条、第四条での良性、軽症の熱性病という使い方、二つには系列を示す使い方。第一六条は後者に属する条文である。そこで第五条に太陽中風という表現を使用すると、誰でも第四条に関係すると受取ってしまうので、ここでは敢えて太陽病としか表現しないでいて、第一六条まで来てはじめてこれは太陽中風の系列であることを覚えるようにしむけたものとしか考えられない。そうでなければ青竜湯は重症の時に用いる処方であるから、それを中風と言えば、それは軽症の重症という馬鹿げた解釈をしなければならなくなるのである。
 傷寒についても広義(熱性病一般)、狭義(重症の熱性病)以外に、系列を示す用い方があるのである。傷寒論という書物は不思議なことに最も重要な術語である三陰三陽、表裏内外について定義した条文がひとつもない。しかもそれらの定義がはじめに記されていたのに、長年月の間に繰返された筆写の過程で失われたものとも考えられないので、あらかじめ定義をしたりせずに条文を書きつらねるのが傷寒論の著者のくせ、または流儀のように私は思える。またそれを裏書きするような例がこの康治本では何回もでてくる。これは条文の解釈には見のがすことのできない問題点であるから、その度にその事例を明らかにするつもりである。
 ところが中風と傷寒については、第二条と第三条で定義らしいものをしている。そこで傷寒論の研究者は皆それに飛びつき、その定義から一歩もはみ出さないように心がけるのである。しかし著者の流儀を考慮に入れると、その定義らしいものを遵守する必要はないように思える。その都度用語の意味を考えてみることの方が大切なのである。
 またこのような姿勢で傷寒論を読むことは、ひとつの条文の解釈に用いた論理を他の条文にもあてはめて行き、その適否を検定することにもなる。例えば『文章』で第一条の而悪寒を、接続詞で上の症状と結んでいるのでこの悪寒は孤立した悪寒ではない、としているが、そうならば第五条の而のない悪風は孤立した悪風であるのか、となり、さきの解釈の間違っていることに気がつくというぐあいである。
 次は汗出について。『解説』(150頁)では「このさい汗出の症状がないと、麻黄湯を用い識場合との区別がむつかしい」、『講義』(19頁)でも「若し汗出でざれば、麻黄湯証と区別し難し」、と同じ解釈がされている。条文の解釈を処方と関連させて、あたかも類証鑑別や検索的な見方をするのは、吉益東洞流の考え方が古方派には深く根付いていることを示している。
 私は頭痛と発熱は陽の症状(+)、汗出と悪風は陰の症状(-)であるから、第五条は(+-)の型の状態を示し、汗出の時は身体がそれほど強壮な人でないから穏やか発汗剤としての桂枝湯を服用させると解釈している。
 ところで桂枝湯は汗出の時に使用しているのだから発汗剤ではないという説をとる人がいる。『解説』(150頁)では「桂枝湯は発汗剤ではなく、体表の機能の衰えている時にこれを鼓舞する効がある。すなわち表の虚している時にこれを補うものである。だから第四章の場合のように、汗の出ていない場合に用いて、汗が出て癒るのは、表の機能が旺盛になったために気血の循環がよくなって、汗が出たのである。本章は汗の出る場合に用いているが、この場合に桂枝湯を飲むと、汗が止んで治癒に向うのである。これは表が虚して自然に汗が出ているために、桂枝湯で表を補ってやると、体表の機能が回復して正常に還るので汗が止むのである。だから古人は桂枝湯を解肌の剤といっている。解肌は肌を和解するの意である」、と論じている。『講義』(26頁)でも「解肌とは、肌表を其の位と為せる太陽病を和解すとの謂なり。此れ本来の発汗剤に非ざるを明らかにす」、としている。桂枝湯は一種の強壮剤であり、発汗剤ではないというのだが、薬物から見ると明らかに発汗作用を持っているから、強壮と発汗の両方の作用をもつ言ていると見ればよいのである。表虚や解肌という言葉を用いなくても桂枝湯の作用を説明することができる。


『傷寒論再発掘』
5 太陽病、頭痛、発熱、汗出、悪風者、桂枝湯主之。
  (たいようびょう ずつう ほつねつ あせいで おふうするもの けいしとうこれをつかさどる。)
  (太陽病で頭痛し発熱し汗が出て悪風するようなものは、桂枝湯がこれを改善するのに最適である。)
 この条文は太陽病で桂枝湯が適応する最も典型的な姿をすのまま素直に簡潔に述べています。太陽病ですので、第1条の定義からみても、頭痛や発熱や悪風(悪寒の軽いもの)などがあれば、これは症状が典型的にそろってきていることにな責ま功。この時「汗出」という症状がありますと、益々桂枝湯が適応する病態になることは臨床的にも十分納得されることです。

 もし、「汗出」でなく「無汗」の状態であったなら、やがて後に出てくる「麻黄湯」が適応する病態となることでしょう。

 
『康治本傷寒論解説』
第5条
 【原文】  「太陽病,頭痛,汗出,悪風者,桂枝湯主之.」
 【和訓】  太陽病,頭痛,汗出,悪風する者,桂枝湯これを主る.
 【訳文】  太陽病(の中風)で、(脉は浮〔①寒熱脉証〕緩〔③緩緊脉証〕で)発熱悪風〔②寒熱証〕し,汗が出て〔緩緊証〕,頭痛〔⑤特異症候〕する場合には,桂枝湯でこれを治す.
 *処方構成は前掲参照のこと.証構成は前掲の特異症候が頭痛(桂枝)に変わります。
 【解説】  この条では,桂枝湯の正証を述べています.


康治本傷寒 論の条文(全文)

2009年8月16日日曜日

康治本傷寒論 第四条 太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者,熱自発,陰弱者,汗自出,嗇々悪寒,淅々悪風,翕々発熱,鼻鳴乾嘔者,桂枝湯主之。


『康治本傷寒論の研究』
太陽中風、陽浮而陰弱、陽浮者熱自発、陰弱者汗自出、嗇嗇悪寒、淅淅悪風、翕翕発熱、鼻鳴乾嘔者、桂枝湯主之。
 [訳] 太陽の中風、陽浮にして陰弱、陽浮なる者は熱自ら発し、陰弱なる者は汗自ら出で、嗇嗇として悪寒し、淅淅として悪風し、翕翕として発熱として発熱し、鼻鳴り乾嘔する者、桂枝湯これを主る。

 第三条で脈陰陽倶緊の陰陽の解釈が問題であったように、ここでもはじめの陽浮而陰弱の解釈が一番むつかしい。
 太陽の中風という書きだしは第二条を承けていることを示している。
 陽浮而陰弱については脈の陰陽ととる立場でも、陰脈を寸口の脈とし、陽脈を人迎の脈、または趺陽の脈とするように場所のちがう脈だとする見方と、『解説』(143頁)の「軽按して陽の脈を診し、重按して陰の脈をみる」、とあるように同一の場所の脈とする見方がある。第三条で述べたようにこのような解釈は役に立たない。また『解説』ではその次の「陽浮者熱自発、陰弱者汗自出」を後人の註文であり、原文ではないとして削除している。『集成』では第四条全部を「王叔和の攙入の文にして仲景氏の語に非ざる也」、として無視している。乱暴な話である。
 『講義』(15頁)では陽病として進展するときは脈が浮で、陰病として進展するときは脈が弱であり、太陽中風といえども、陰陽転変することがあることを示したと論じている。大体においてこの解釈に賛成できるが、陰陽に転変するという表現は、『文章』の陰陽二途にわたって進展するという表現と同じように、読者に正確なイメージを伝えない中途半端な表現である。私はこれを分裂と表現したい。
 次の陽浮者熱自発、陰弱者汗自出を『講義』(16頁)では「陽における浮は、「陽における浮は、斯に熱自づから発するを知り、陰における弱は、斯に汗自づから出づるを知る」、と解釈しているのはこれを註文と見做すことと同じである。「自」という副詞は「それ自身の在り方として出て来る関係の意」と広辞苑に説明してあるように、ここは脈が弱であればあとで自然に汗ばむ、と解釈する方が良いと思う。
 嗇嗇悪寒より以下の句はすべての註釈書、解説書では陽病の症状として解釈している。それだからその中に悪寒と悪風の両方がでていることに当惑して、『弁正』では「或は悪寒し、或は悪風し」という意味だとし、『解説』(144頁)では「悪風と悪寒とを同時に挙げているが、この両者はいつでも併存しているのではない。どちらか一つがあればよい」、とし、『講義』(16頁)でも全く同じ意味のことを述べている。また『解説』(144頁)では「太陽の中風は単純な表証で、裏の変化を伴わないということを第二章で述べておきながら、ここに裏の変化のあることを思わせる乾嘔(からえずき)を挙げているのは、どうしたことであろう」、と論じている。以上のような解釈をするのであれば、『集成』のように「此の条の仲景氏の言に非ざること、また弁をまたずして得」、と言ってしゃあしゃあとしている方が良い位だ。
 文中に接続詞に「而」があるときには、その役割りをよく考えなければならないことを第一条で説明した。第四条では条文のはじめの方にこれが使用されているのだからなおさらである。陽浮而陰弱で陽病と陰病に分裂することを示し、しかも而を間に入れて対等に取扱われている。そしてそれに続く句ははじめ陽症、次に陰症のことを述べている。したがって第四条全体が陰陽を対等に扱っていると見做すと、その後もまた陽症、陰症、陽症、陰症と交互に句が続いている筈である。この見方で第四条の構成を示すと次のようになる。

         陽浮-熱自発-嗇嗇悪寒-翕翕発熱
太陽中風    而                         桂枝湯主之
         陰弱-汗自出-淅淅悪風-鼻鳴乾嘔

 こうすると今迄苦労した悪寒と悪風の問題はきれいに解決される。乾嘔も納得できる位置に納まっている。そして而という接続詞が非常に良く効いていることがわかる。
 ここまできてはじめて『講義』で陰陽転変という表現を使用した意味がわかる。即ち陰証が現われる場合のあることを述べた部分は陽浮而陰弱であり、それに続く句は全部陽証のことにしているのだから、陰証のことは附記する程度の認識にすぎないからである。
 嗇嗇は悪寒を形容する語で、語源的には嗇は倉に取入れた穀物を大事にして出しおしむことである。けちのことを吝嗇というのはそのためである。出しおしむ姿はふところに抱きかかえる形である。これが寒がっている時の姿に似ているわけである。
 悪風を形容した淅淅は、析は分析と同じく分ける意味であり、淅は米を水に浸けて夾雑物を分けることである。そこで水に浸けられたようにしょんぼりして、元気なく寒がるという意味になる。
 発熱を形容する翕翕は、羽を合わせるという構成の字であるから、短い羽の鳥が飛立とうとするとき、羽を合わせて力を込めるようにするところから、あわす、集める、盛んなさま等の意味を生ずる。そこで熱がパッと出ることを示したのである。陽浮なる者は熱自ら発す、という句が前にあるのだから、その熱の出方をここで説明したことになる。
 鼻鳴乾嘔はこれを陽症とみるか陰症とみるかによって大変なちがいになる。『講義』では「鼻腔狭まりて気息に陰症とみなせば水鼻が出てズルズル音がすることになる。乾嘔は『解説』ではからえずきで、吐きそうにするが物の出ない状態をいうとある。さらに「平素、胃腸の弱い人は、感冒にかかっても、しばしばからえずきを訴えることがある」と述べている。これが陰証のことなのである。
 末尾の桂枝湯主之は「これをつかさどる」と読み、主は掌握することだから適応症であるという意味になる。語源的には主は灯火が燭台の上でジッと立って燃えるさまを示した象形文字であるという。そこで一定の場所にジッと立っているという意味から住、柱、駐という字がつくられた。傷寒論の場合はこれこれの症状のあるうちは桂枝湯がいつでも使用できるという意味になり、適応症という解釈が成立つ。
 『入門』(42頁)では「この湯を与うることが最も適切なる方法であるという意味」、と説明しているが、最も適切という表現は過大である。『講義』(16頁)では「与うる二物無し。即ち之を主として、他に用う可き薬方無しとの謂なり」、と説明しているが、これはさらに誇大された表現である。薬物の性質を良く研究すれば、他の処方でも使えるようになるのであるから、唯一無二の処方だというように過大に解釈することは間違っている。
 第四条ではじめて処方が指示されているが、第一条の陽病の発病時から、第二条の良性の太陽中風の初期状態、さらに第四条のように分裂して陰病に進展してもその初期状態であればひとしく桂枝湯を使用できる、と読めるのである。
 また太陽中風が陰病に分裂することを第二条でなく第四条で説明しているのは、形式上、第三条の太陽傷寒の方が陰病に分裂する可能性が大きいことを示したものである。このように解釈すれば第一条から第四条までが太陽病の基本問題を論じていることになるのである。

桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘。右五味、㕮咀三味、以水七升、微火煮、取三升、去滓、適寒、温服一升。

『傷寒論再発掘』
4 太陽中風、陽浮而陰弱、陽浮者熱自発、陰弱者汗自出、嗇嗇悪寒、淅淅悪風、翕翕発熱、鼻鳴乾嘔者、桂枝湯主之。
 (たいようのちゅうふう、ようふにしていんじゃく、ようふのものはねつおのずからはっし、いんじゃくのものはあせおのずからいず、しょくしょくとしておかんし、せきせきとしておふうし、きゅうきゅうとしてほつねつし、びめいかんおうするものは、けいしとうこれをつかさどる。)
 (太陽病の中風のものでは、陽病にとどまるまるものは脈が浮であり、陰病に進むものは脈が弱である。陽病で脈が浮の者は熱がおのずから発するものであり、陰病で脈が弱の者は汗がおのずから出るものである。嗇嗇として悪風し、淅淅として悪風し、翕翕として発熱し、鼻が鳴り、からえずきするものは、桂枝湯がこれを改善するのに最適である。)
 嗇嗇は悪寒を形容する言葉、淅淅は悪風を形容する言葉、翕翕は発熱を形容する言葉です。条文の本質的な内容とは関係がありませんので成書を参考にしてください。
 この条文の解釈で、悪寒と発熱は陽病の時の症状であり、悪風と鼻鳴乾嘔は陰病の時の症状である、とする見方もあります。しかし、筆者は、太陽中風という言葉も、陰病という言葉もなかったと思われる時代の経験が既にあって、伝来の条文群になったと考えているものですので、悪寒も悪風も発熱も鼻鳴乾嘔も条文として、もともとあったものと見ています。そこでそのまま単純に解釈していっていいと思っています。また、鼻鳴と乾嘔があるとすぐそれが「陰病」であるというのは、少し無理なのではないかと思われますので、あまり、ひねくらずに素直に解釈しておきます。

4’ 桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘。右五味、㕮咀三味、以水七升、微火煮、取三升、去滓、適寒温、服一升。
 (けいしさんりょうかわをさる、しゃくやくさんりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく、みぎごみ、さんみをふしょし、みずななしょうをもって、びかにてにて、さんじょうをとり、かすをさり、かんおんにかなえ、いっしょうをふくす。)


『康治本傷寒論解説』
第4条
【原文】  「太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者熱自発,陰弱者汗自出,嗇々悪寒,淅々悪風,翕々発熱,鼻鳴乾嘔者,桂枝湯主之.」

【和訓】  太陽中風、陽は浮にして陰は弱なり,陽浮なる者は熱自ずから発し、陰弱なる者は汗自ずから出で、嗇々として悪寒し、淅々として悪風し、翕々として発熱し、鼻鳴乾嘔する者は、桂枝湯之を主る.
    注:康平傷寒論では,「陽浮者熱自出,陰弱者汗自出」の12字は補註となっており、また示旧傷寒論では,「太陽中風」以下の28字が欠字となっており28字の□印がおかれています.また4字以外はすべて「傍注」となっています。脉に陰陽を冠することはないのでこれを除き、脉の弱を緩の言い換えであるとして「脉緩」に改めて,これを傷寒論の一般条文構成に従って改文すると,次のようになります。

【改文】  「太陽中風,脉浮緩 汗自出 嗇々悪寒 淅々悪風 翕々発熱 鼻鳴乾嘔者桂枝湯主之.」(32字) [章平傷寒論]

【訳文】  太陽の中風で,脉は浮緩で,悪寒発熱或いは悪風発熱して,鼻鳴,乾嘔の症候のある場合は,桂枝銀でこれを治す.

【句解】
 嗇々(ショクショク):身がまさに縮まんとする意で,この場合悪寒の形容として用いられている.
 淅々(セキセキ):身に水をそそがれるが如き状態をいい、この場合悪風の形容として用いられている.
 翕々(キュウキュウ):発熱が軽微であることの形容.
 鼻鳴(ビメイ):鼻がつまって呼吸音が聞こえること.
 乾嘔(カンオウ):からえずきの意.

【解説】  第2条を受けて太陽中風の桂枝湯の変証を先に述べています.

【処方】  桂枝三両去皮,芍薬三両,甘草二両炙※1,生姜三両切、大棗十二枚擘※2,右五味、父咀三味以水七升微火煮取三升去滓適寒温※3服一升.

【和訓】  桂枝三両皮(コルク層)を去り,芍薬三両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚をつんざく.右五味,三味を父咀(細切)して水七升を以て微火に煮て三升を取り,滓を去って寒温に適し温服すること一升す.

 ※1:炭火に近付けて炙る(採りたての時は炙る必要があるが,使用するまでの間に乾燥してしまった場合には炙る必要はない[章平])
 ※2:読みは「つんざく」で,さくことを意味している.
 ※3:熱からず冷たからずの温度のこと.飲みごろの温度の意.


処方構成
緩 緊

     気     水     水    血

     桂     生          大
熱                          肌
     枝     姜          棗

     甘                芍
寒                          部
     草                薬

      ケイシトウ


証構成
  範疇 肌熱緩病(太陽中風)
①寒熱脉証  浮
②寒熱証  発熱悪寒
       (悪風発熱)
③緩緊脉証  緩
④緩緊証   汗自出(自汗)
⑤特異症絡  (表熱外証)
  イ鼻鳴(桂枝)
  ロ乾嘔(生姜)



康治本傷寒 論の条文(全文)

 

2009年8月9日日曜日

康治本傷寒論 第三条 太陽病,或己発熱,或未発熱,必悪寒,体痛,嘔逆,脈陰陽倶緊者,名曰傷寒。



『康治本傷寒論の研究』
太陽病、或己発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒。

[訳] 太陽病、或いは已に発熱し、或いは未だ発熱せず、必ず悪寒し、体痛み、嘔逆し、脈陰陽倶に緊なる者、名づけて傷寒と曰う。

 この条文には或……或…という未定の接続詞、已、未、必、倶という副詞が使われていて複雑な構成になっているが、それらを除いて太陽病…発熱…悪寒…脈緊…傷寒というように拾ってゆくと第二条と互文をなしていることがわかる。
 互文とは漢和辞典によると「①二つの文または句で、一方に説くことが他方にも通じ、相補って意を完くする書き方。また②二つの事項が二つのものに関係する時に、一つづつ一方に記す書き方」、と説明してある。即ち第二条と第三条の関係は①に相当している。
 第三条の最後にこのような病気を傷寒と名付けると書いてある。病気の原因になる六淫(風、寒、暑、湿、燥、火)の一つである寒(寒邪)に傷られると読んでいるが、傷という字は漢字語源辞典(藤堂明保著)三五三頁には「ドンと打ち当って破損する」ことであるという。つまり寒邪という、風邪よりも悪質な邪気が全身にぶちあたってくることであるから、傷寒とは重症、悪性の熱性病であり、ここでは腸チフスを指している。
 われわれは傷を「きず」の意味にとり外傷、負傷などと使っているが、江戸時代にはそれは金創という字を使いはっきりと区別していた。外科医のことを金創医と呼んだ。これが正しい使い方なのである。
 まず、或いは已に発熱し、或いは未だ発熱せずについては色々な解釈がある。
①『解説』(140頁)では「悪寒は発熱に先行するから、熱がまだ出ない場合でも悪寒があり、熱が出ている場合でも悪寒がある。第二条に太陽病、発熱云々とあって、中風の熱が浅くて、発熱しやすいのに反し、傷寒の熱が深くかくれていて容易に発熱しにくいことを暗示している」、と解釈しているが、第一に悪寒が先行することは第一条ですでに論じてあるのだから、ここで再び繰返す必要はない。第二に『解説』(141頁)では「中風を単純な感冒とすれば、傷寒は悪性の流感や腸チブスのようなものである」、としているから、流感を例にして考えてみるに、「傷寒(流感)の熱は深くかくれて容易に発熱しにくい」、ということは納得できない。
②『講義』(11頁)では「熱のすでに発現する者あり、未だ発現せざる者あり」、とあるだけで、何の問題意識もないようである。①と同じように未発熱を今はまだ発熱していないがあとで発熱すると解釈しているのは単純すぎるだけでなく間違った解釈である。已発熱とは第一条の状態(発病)からある時間を経過して今は発熱していることを示している。そうすれば未発熱は一定の時間を経過しても、今なお発熱していない、というのだからこの人はすでに陰病になっていると見做すべきであり、あとで発熱することはもう起らない、と考えなければならない。
③『文章』では「この発熱は位を異にする訳で、其位とは脈の次に陰陽とあるから陰位と陽位とを指していることが明瞭である。而して悪寒の上には必ずという懸断の辞を冠しているから、陰証の場合にも、陽証の場合にも必ず悪寒はあるものだと決定している」、と論じている。この解釈で良いのだが、第一条から一定の時間を経過しているという観点がないのが惜しい。
 次にという副詞は、間違いなくという意味で、「悪寒、体痛、嘔逆」の全部にかかっている。体痛とは『解説』(140頁)に「インフルエンザ、急性肺炎、チブスなどでは発病の比較的初期に肩とか、腰とか、四肢などが痛む」ことであるとしている。嘔逆は「腹の方からムカムカとして吐きそうにつきあげてくる状態」としている。『傷寒論文字攷』(伊藤鳳山、一八五一年)では「嘔逆は成本では嘔[口逆]となっているという。[口逆]は[口+逆-しんにょう]と同じてあり、嘔のことであるから同義連用句である、上逆の逆と混同してはいけない」、と論じている。面白い意見である。
 したがって必ず以下は、陽病の場合でも陰病の場合でも間違いなく悪寒、体痛、嘔逆という悪い激しい症状が出るのが傷寒である、という意味になる。
 最後の脈陰陽倶緊の解釈も色々ある。
①『集成』では「陰陽倶の三字は王叔和の攙入する所なり、よろしく刪るべし」、と簡単に処置している。うまく解釈できなかったからであろう。
②『解説』(140頁)では「脈を診るときに指を軽くあてて陽をうかがい、指を深く沈めて陰をうかがう。そこで傷寒では、指を軽くあてた場合も、深く沈めた場合も、ともに緊の脈を呈する。陰陽ともに緊とは傷寒では表の邪が裏(内臓)にまで変化の及んでいることを示している」、と論じていて、脈陰陽を「脈の陰陽」と解釈している。『傷寒論文字攷』では陽脈は人迎跌陽の脈、陰脈は寸口の脈のことだとしている。これに対して『文章』では「脈の陽陰をいうもの全篇八条あり、中三条は仲景の正文でないことが明確のもの、他の五条が問題になるが、その何れの場合に於ても候う処位の相違と解釈される理由がないのである」、と論じている。これでよいのだと思う。
③『講義』(11頁)では「此の陰陽は陰証陽証の義。故に陽証にありては脈浮緊に、陰証ありては脈沈緊との謂なり」、ときわめて明確に論じている。私はこの解釈がよいと思うが、『講義』では病気が陽病と陰病に分裂するという観点が少しもないようである。
④その点では『文章』が最も良い。「第三条は太陽傷寒の凡例を示すと同時に、傷寒一般の凡例を示し、傷寒一般は病邪が中風に比して深激酷烈であるから、陰陽の二途にわたって進展し、先づ悪寒発熱し、すでに発熱するに至って体痛、嘔逆して脈浮緊のものは病邪が陽位にある場合の傷寒、悪寒のみで未だ発熱に至らないのに体痛、嘔逆等が現われ、脈が沈んで緊張せるものは病邪が陰位にある場合の傷寒である、という意味を説明しているのである」。これで大体良いのであるが、私に言わせれば二箇所なおしたい所がある。第三条は太陽傷寒と傷寒一般を論じているとあるが、太陽傷寒と少陰傷寒を論じている、即ち傷寒が陽病と陰病に分裂することを論じていると表現したら一層わかりやすくなる。また傷寒は陰陽の二途にわたって進展すると言うときの陰は陰病のことでなく身体の内部、陽は陽病のことでなく身体の表面をさしている。これが陽位、陰位と表現した理由である。
ところが嘔逆しても病邪が陽位にあるというのはおかしいのであって、これが陰陽二途にわたるという表現の意味でなければならない。そうではなく陰陽を傷寒論で使用されているように陰病、陽病の意味にとるならば、このような矛盾は生じないのだが、今度は陰陽二途にわたるという表現が不適当になる。それ故条件によって陰陽のどちらも進展するものであると言うべきである。そうすると第三条を次のような構成で示すことができる。

 已発熱                 脈緊……陽病
         悪寒体痛嘔逆  
 未発熱                 脈緊……陰病

②の解釈と③の解釈は陰陽を脈とするか証とするかの違いだけでなく、という副詞も問題になる。「ともに」という漢字は倶と共がある。倶発という言葉があり、広辞苑では「一時に発生すること、一時に発覚すること」と説明してある。これはいくつかの事柄が一緒になって発現することではなく、それぞれが別々にではあるが同時に発現することを意味している。このように倶には別々のものという意味がある。これに対して共犯とは「数人が共同して犯罪行為をなすこと」、共同は「二人以上の者が力を合わせて事を行うこと」、共生、共棲は「ともに所を同じくして生活すること」でわかるように、共には一緒になってという意味があるのである。倶には一緒になるという意味がない。南朝宋代の「世説新語」の「王子猷子敬倶病篤。而子敬先亡。子猷問左右。何以都不聞消息。此已喪矣」を吉川幸次郎氏は「王子猷と子敬とが何れも危篤であったが、子敬が先ず亡せた。子猷が近侍に問うには、まるで便りを聞かぬのは何としたことであろ乗。こりゃもう死んだわい」と訳している。この倶の使い方である。陽病の場合も陰病の場合もそれぞれ脈が緊であるというのだから倶を用いるのである。表の邪が裏にまで及んで全部の脈が緊になっているというときは倶でなく共を用いなければならない。
 第三条では汗について言及していない。それば何故であ犯うか。『講義』(11頁)では「此の証、固より汗無き者なり。然るに前章(第二条)に於ては汗出でと言い、而して此の章(第三条)に汗無きを言わざるは、此れ前章の汗出づに因りて、其の汗無きを省略し、兼ねて又脈緊を以て汗無しを言外に含めるなり」、と論じている。『解説』、『入門』、『弁正』でも同じ論法を使っている。しかし第二条と第三条が互文の関係にあるならば、第三条に無汗がないのはおかしい。暗示しておく程度の問題ではないのである。
 私は第三条は無汗の場合と、汗出の場合の両方を論じていて、汗のことを一義的に表現することができないから省略したと見ている。即ち発熱悪寒し脈浮緊の場合は無汗であり(太陽病)、発熱せず悪寒し肌沈緊の場合は汗出である(少陰病)。
 ところで第二条で感冒、第三条で腸チフスの病名をあげているのは軽症と重症の一例としているのであるが、四百四病のうち、この二病が代表となりうる資格は一体何なのであろうか。これについて考察した文章に私はまだ回り会っていない。私は難経の五十八難を読んでいたときに、問題に気づいた。「傷寒に五あり。中風あり、傷寒あり、湿温あり、熱病あり、温病あり」、という部分である。熱性病に五種類あるということは沢山あるということである。その中でも傷寒と中風がはじめに現われているのは偶然であるとは思われない。傷寒論の体系が素問の体係と関係をもっていることを感じないわけにゆかない。私は傷寒と中風が(+-)の型の病気の代表であり、温病と熱病が(++)、湿温が(--)の型の代表としてここに並べられたと理解している。そうすると傷寒論は(+-)を中心にして、病気の進展あるいは誤治による変化の経過中に(++)と(--)に言及しているので、病気のすべての型を含んでいることになり、これが後に万病の治療法を述べたと表現する論理的根拠になっていると私は考える。
 重症と軽症についてはじめに論じているのは、医者の立場として、まず病気の軽重を知り、心構えをきめなければならないからである。そして重症の場合には陰病にすぐ進むこともあることを第三条で示したのである。中風は軽症であるから、その心配は比較的少ないので第二条では陰陽に分裂することを示していない。しかしこれをもって中風は分裂しないと考えることは間違っている。『文章』で「中風なるものは其性質良性軽症で、病が陰陽二途にわたって進展するものでなく、如何なる重篤なるものと雖も、太陽から少陽、少陽から陽明に至って其病が極まるもので、誤治するにあらざる限り、陰位にわたらないのである」、と論じていることは第四条を正しく解釈できないことと関係がある。中風といえども、体力の強弱によって陰病になりうると考えた方がよいのである。
 『講義』(12頁)は「以上の三章は一節なり。首章に於ては、先づ太陽病の地位及び要領を論じ、第二章、第三章に於ては、中風、傷寒の区別を明らかにし、而して各々其の大綱と為すなり」、と論じ、『文章』もまた以上の三条について議論を展開しているように、古来、中国でも日本でもこの三条が太陽病の基本を論じた部分であるとされている。しかし私は第四条までがその基本を論じた部分であると考えている。



『傷寒論再発掘』
3 太陽病、或己発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒。
  (たいびょうびょう、あるいはすでにほつねつし、あるいはいまだほつねつせず、かならずおかんし、たいいたみ、おうぎゃくし、みゃくいんようともにきんなるもの、なづけてしょうかんという。)
  (太陽病で、すでに発熱しているものでも、まだ発熱していないものでも、とにかく、悪寒して、身体が痛んで、嘔逆して、脈が、陰病に進もうとも或いは陽病のままであろうとも、どちらでも、緊であるものを、名づけて、傷寒と言う。)
 この条文は、太陽病の中の「傷寒」と言われる病態の定義となっている条文です。「脈緊」というのは、すでにこの前の条文に出た「脈緩」と正反対で、脈の緊張が強いかんじのものです。
 前の条文の「中風」の時の症状に比べて、悪寒や身体痛や嘔逆まであったりして、いかにも重症な感じがします。現代でいう「病気」そのものが悪性であるのか、或いは病気は同じものでも、患者の体質(反応性)の違いで症状に違いが出てくるのか、どちらとも言えないことですが、とにかく症状として重症に見えるものは「傷寒」として対応し、軽症に見えるものは「中風」として対応していたことと推定されます。
 「中風」と「傷寒」が一応、第2条と第3条とで定義されたわけですが、幾何学の定義の如く厳重なものとは思わない方がよいでしょう。古代では、どんな病気であろうとも、個体全体にあらわれた症状や症状群の上から、病気の性質についても推定していただけですから、あまり厳重に定義してみても、それほど意義があったとは思えません。
 これから出てくる条文の中で、「傷寒」と「中風」が対立的に使用されている場合は、重症なものと軽症なものとの区別があるようですが、「傷寒」のみが使用されている時は、もっと軽い意味であると思われますので、「病気になって」というように、軽く訳していくことに致します。


『康治本傷寒論解説』
第3条
【原文】  「太陽病,或己発熱,或未発熱,必悪寒,体痛嘔逆,脈陰陽倶緊者名曰傷寒。」
【和訓】  太陽病,或いはすでに発熱、或いは未だ発熱せず、必ず悪寒、体痛嘔逆し、脉陰陽倶に緊なるものを名付けて傷寒という.
   注:訳文をイロに分かち,イには「無汗」を挿入,「陰陽倶」の三字を除き、ロでは「緊証」を挿入します.


康治本傷寒論の条文(全文)

2009年8月8日土曜日

康治本傷寒論 第二条 太陽病,発熱,汗出,悪風,脈緩者,名為中風。


『康治本傷寒論の研究』
太陽病、発熱、汗出、悪風、脈緩者、名為中風。

[訳] 太陽病、発熱し、汗出で、悪風し、脈緩なる者、名づけて中風と為す。

 冒頭に「太陽病で」とあるのだから、第一条をうけて脈浮、頭項強痛していることはいうまでもない。しかし、一番はじめに「発熱し」とあるのは第一条の時よりさらに病気が進行して、悪寒だけでなく熱感も覚えるようになっていることを示している。しかも次の汗出、悪風という症状よりも重要であるから最初に発熱としたのだから、「太陽病の場合は発熱より悪感が大切である」というように傷寒論は書かれていないことは明らかである。
 発熱は体温の上昇を指している表現として現在使用されているが、体温計を発明したサントリオ(Santorio, 1561~1636年)は、ガリレオ(1564~1642)と同時代人であり、ガリレオの原理即ち測定をはじめて医学に導入して体温の測定を試みたのであるから、これよりもはるかに古い時代では発熱といえば自覚症状としての熱感ということになる。それだからこそ自覚症状である悪寒との対立概念として傷寒論の中で展開されたのたのである。
 「汗出で」とは汗が流れるように出ることではなく、皮膚が汗ばむことである。「悪風し」とは風にあたるとゾクゾクしていやなさむけを感ずることである。「脈緩」とは脈がゆったり打っている状態で、ここでは第一条をうけて浮緩である。そして汗出、悪風、脈緩は無汗、悪感、脈緊とちがって病状がおだやかであることを示していて、第三条と互文の関係となしている。以上の症状群をあらわすとき、それを中風(ここでは感冒)と名付けると文を結んであるのは、感冒のように軽症、良性の熱性病であるというのである。
 中風という病足は金匱要略では第五篇が中風歴節病を論じていて、この場合は「夫れ風の病たる、まさに主身不遂になるべし」とあるように脳出血のことである。中国ではこれを内風による、感冒のときを外風(外感風邪)によるとして区別している。中という字は物事の中央を上下に貫ぬいている形であるから、中風は風(風邪)に中ると読み、第三条の傷寒より軽い意味になっている。

『傷寒論再発掘』
2 太陽病、発熱、汗出、悪風、脈緩者、名為中風。
  (たいようびょう、ほつねつ、あせいで、おふう、みゃくかんのもの、なずけてちゅうふうとなす。)
  (太陽病で、発熱して、汗が出て、脈が緩の者を、名づけて、中風とする。)
 この条文は、太陽病の中の「中風」といわれる病態の定義となっている条文です。「脈緩」というのは、脈の緊張が弱く、弛んでいる感じで、このあとの条文に出てくる「緊」と反対の状態です。「悪風」というのは、風にあたると寒く感じるので、それを嫌う状態であり、その程度の甚だしいものを「悪寒」といいます。
 この条文の表現とするところからみて、かなり軽症の状態であることがわかります。同じ病にかかっても、病い場合と重い場合とがあることは、普通に体験されることです。軽い場合は、薬など使わなくても自然に治ってしまうこともしばしばですので、あまり論じられることもないでしょう。「原始傷寒論」では主として重い場合、いわゆる「傷寒」について論じられているわけですが、軽い場合についても、若干、触れられているわけです。

『康治本傷寒論解説』
第2条
【原文】  「太陽病,発熱,汗出,悪風,脈緩者名為中風.」
【和訓】  太陽病,発熱,汗出で,悪風し,脉緩なる者を名付けて中風となる.
     注:本条には,太陽中風と三陰三陽を通じての中風の二つの定義を含んでいるので,訳文をイとロに分けることにします。
【訳文】  イ太陽病で,発熱悪風し,汗が出て,(頭痛域いは項強のような表熱外証があって)脉が(浮)緩の場合を(太陽)中風という.
     注:ロの場合は,「脉緩者名為中風」に次条より「陰陽倶」の三字を借用して「脉」と「緩者」の間に挿入して訳文します。
      ロ脉が三陰三陽(太陽病,陽明病,少陽病,太陰病,少陰病,厥陰病)を通じて何れの場合でも,緩(非緊張の)脉で(緩緊証も緩証・過多排泄症候で)ある場合を,中風(緩病)という.
定義条件の分類
 ③ 緩緊脉証 緩
 ④ 緩緊証  緩証(自汗,下痢,小便自利)
【解説】  この条と次条では,急性疾病における二つの体質的な違いについて,先ず太陽中風(肌熱緩病)の定義を下し、それを二陽三陰に例しています。

康治本傷寒 論の条文(全文)

2009年8月3日月曜日

康治本傷寒論 第一条 太陽之為病,脈浮,頭項強痛而悪寒。



『康治本傷寒論の研究』
太陽之為病、脈浮、頭項強痛而悪寒。
 [訳]太陽の病たる、脈浮、頭項強痛して悪寒す。
 冒頭の「太陽の病たる」という表現は、「太陽病とは」、という軽いものではなく、「そもそも太陽病というものは」、という重々しい表現なのである。そこで古来この第一条は太陽病の大綱をのべたものとされている。『解説』(135頁)では「傷寒論で太陽病と呼ぶ病気がどんなものであるか、この章(正しくは条)でまずその大綱を明らかにしたものである」といい、『講義』(8頁)では「この章は本論の首章(正しくは首条、集成でも弁正でも条を用いている)にして、又太陽病の提綱なり。故に先づ太陽病の意義及び地位を明らかにして、以て其の大綱と為す」、といい、『文章』では「第一条は太陽病の総綱である」、と皆同じ解釈をしている。
 ところで太陽病、即ち陽病で最も重要な自覚症状は熱感を覚えること(発熱)である。そして陰病のそれは寒けを覚えること(悪風または悪感)である。このことを『弁正』では「三陽はこれ熱を主る也」、「三陰はこれ寒を主る也」と表現したのである。そうならば太陽病の大綱をのべた第一条で何故にこの重要な発熱について言及していないのであろうか?
これについては色々な理屈が述べられている。
①『集成』では、第三条の太陽病傷寒の初証に「或はすでに発熱し、或はいまだ発熱せず」とあるように、発熱のある場合とない場合があるので、第一条では発熱を言わないという。これは第三条のところで詳しく説明しなければならないが、とにかく第三条の誤読によるものであるから問題にならない。
②『入門』(33頁)では「悪寒は表証であって、陽証においては太陽に独特の証候」であるから「綱例に発熱を措いて悪寒を挙げ、以て太陽の標準となす所以なり」という『弁正』の説を引用している。しかし小柴胡湯証にも白虎加人参湯証にも悪寒は存在するので、太陽病に特有なものではない。また「単に脈は浮なりなりというだけで、発熱なる証候は予想されているのである」(32頁)とも論じているが、最も重要なものを暗示するにとどめる理由にはならない。
③『文章』と『講義』では第一条から第三条までが組になって太陽病の全体を説明しているのだから、第一条では発熱を暗示してこれを略し、その代りに第二条第三条で冒頭に発熱をあげている、と説明している。三個の条文が組になって太陽病の大綱が明らかになるというのであれば、第一条は大綱を示すと規定したことに反することになる。重々しい書き出しにもかかわらず、内容が不完全だというのならば、文章論としておかしなことになる。
④『解説』(136頁)では「発熱は太陽病の重要な目標であるのに、なぜこれを挙げなかったのであろう。……通常、悪寒が先行して、或る間隔をおいて熱感をおぼえる。……悪感のあとに発熱の来ることを予想しているのである」、と説明されている。この説明が私には最も良く理解できる。太陽病は悪寒からはじまり、その後に発熱する。しかし発熱する前から脈が浮になっているから、後で発熱することを予想できるのである。このように解釈することは、第一条は太陽病のはじまりを論じていることになり、太陽病の大綱や総綱を論じていないことになる。ところが『解説』でははじめに大綱だといい、あとではじまりだという。これを両立させることは論理的に不可能であるから、どちらかにしなければならない。
 以上の根拠から、私は第一条は太陽病の大綱をのべたのではないと見做している。それならば何故冒頭に太陽之為病という重々しい句をつけたのであろうか。この矛盾を解決するためには、陽病や陰病についての基本的な考え方が別にあると考えなければならなくなる。しかもそれは傷寒論を隅から隅までしらべても見出すことができない。
 この問題の解決に役立つ文章を私は霊枢の第十巻、百病始生第六十六の中に見出した。「黄帝、岐伯に問うて曰く、夫れ百病の始めて生ずるや、皆風雨、寒暑、清湿、喜怒より生ず。喜怒して節せざれば則ち蔵を傷る。風雨は則ち上を傷る。清湿は則ち下を傷る。云々」、という文章の中の「風雨則傷上、清湿則傷下」というところである。即ち外邪は体内に虚なるところがなければ侵入できないものであるから、虚なるところを持つ人が風雨におそわれるとその邪(陽邪)は上から侵入して下方に向って進み、清湿におそわれるとその邪(陰邪)は下から侵入して上方に向って進むというのである。前者が陽病であり、後者が陰病である。
 陽病は上から下へ進むのであるから、陽病のはじまりの太陽病は、身体の一番上に現われる自覚症状としての頭痛、項強(うなじがこわばる)からはじまるのである。そして傷寒論の体系の中心にすえられた対立症状である発熱と悪寒については、悪寒からはじまり、発熱は後で生ず識が、まだ発熱していない時でも脈をみて、それが浮であればやがて発熱することを知りうる。これだけの認識を文章にしたのが第一条なのである。
 ところで陽病の邪は上から下へ進むということは、病原菌を発見するよりもはるかに昔のことであるから、あらわれた症状によって病気になったことを判断することになり、陽病ははじめに症状が上部にあらわれ、次第に下方の症状に移るということになるのである。
 傷寒論(康治本も宋版も)には上下という表現はなく、表裏、内外という言葉が使われているので、今までは誰一人として上下の概念を使用しなかったが、この概念を導入しなければ説明のつかない条文が実は沢山あるのである。
 また霊枢の文章を引用したことに疑問をもつ人も多いであろう。霊枢は針灸の書物であって、湯液療法とは別物だと考える人もいるであろうし、また素問・霊枢は黄河流域を背景に発達した医学に属し、これに対して傷寒論は長江流域または江南地方を背景にして形成された医学であり、両者は異なった世界観をもつ別々の体系をなしたものである、という考えに賛成す識人も漢方の世界には多いからである。これについては私は「傷寒論医学の発生地」(和漢薬、一八七号、一九六七年十一月)と題した論文で批判しているが、ここでは再論せず、ただこのようなつまらない説に拘泥していると広い視野をもつことができなくなることを指摘しておきたい。

次は「頭項強痛」という句について考えてみる。これは頭痛と項強であることに異論はない。項は後頸筋即ちうなじ、強はこわいこと即ちこわばること。したがってこの四字は次のように配列していることになる。


頭項強痛

 これについて『講義』(9頁)では「古書には多く斯く如き句法有り」とあり、『集成』ではさらにくわしく「これはけだし文の一体なり、なお車馬羸敗(後漢書羊続伝)、耳目聾瞑(晋書山濤伝)と称するがごとし」と説明しているだけで、語順を入組ませた積極的な理由をのべていない。
 千金方や外台秘要をしらべてみると、むしろ、頭痛、項強と表現した条文の方が多いのであって、中国人の習慣として頭項強痛と表現したものではないことがわかる。千金方の巻九には
①治傷寒、頭痛項強、四肢煩疼、青膏方。
②赤散、治傷寒、頭痛項強、身熱、腰脊痛、往来有時方。
というような条文がいくつか見出せる。そうすると傷寒論の著者(張仲景のことではない)は何故頭痛項強という表現を使用しなかったのであろうか、ということを考察しなければならないことになる。
 文章によってある事を論ずるときには適切な言葉をえらぶのにことのほかに、言葉の順序というものが重要である。ことに少ない語で多くを語ろうとする古文の場合にそれが顕著にあらわれる筈である。例えば孫子の始計第一に「将者、智、信、仁、勇、厳也」とある場合、将とは厳(威厳)によってまずその優劣がきまると読む人はいないだろう。将とは智(事理に明らかなこと)によってまずその優劣がきまる、と読まなければならない。つまり重要度の順に配列されているのである。
 傷寒論をつくる立場の人になったと仮定して考えてみると、太陽病に関係のある症状として頭痛、発熱、項強、悪感、咳嗽がすべて存在する場合に、その順序をどうすれば的確に表現できるかという点に大いに頭を悩ますであろう。頭痛、項強とならべると頭痛をより重視した印象を与える。こ英両者に同じ程度の重要性をもたせようとすれば頭項強痛としなけらばならない。
 このような特殊な表現法がさらに重要な意味をもってくるのは実は第五条第六条との関連においてである。
第五条  太陽病、頭痛、発熱、汗出、悪風、桂枝湯、主之。
第六条  太陽病、几几,反汗出、悪風者、桂枝加葛根湯、主之。
この両条を比較してみると第一条の頭項強痛がふたつに分裂して第五条第六条に夫々使用されているのだから、ここで病気が分裂することを示したことになるのである。そして第一条は分裂する前の状態を表現しているのである。
 次は最後の「而悪寒」を考えてみる。中国の古文においては接続詞は甚だ重要な役割をもっている。而という接続詞を英語の and のようなものと見てはいけないのである。第一条から而を除いて「脈浮、頭項強痛、悪感」としれば、最後に置かれた悪寒は多くの症状の中のひとつというだけで軽く扱われたことになる。ところがさきに記したように、太陽病は悪寒からはじまるのだから、悪寒は極めて重要な症状である。そうだからと言って悪寒を一番前に置くと、陽病を論ずると言うよりもむしろ陰病を論ずる形になってしまう。太陽病の一番重要な症状である発熱の位置をおかしくしてはならないのである。このような時に接続詞をつけて「而悪寒」として文の最後につけると、読者はこの悪寒には特別な意味があることがわかるのである。
 私は以上のように解釈しているが、ここでもまた色々な解釈が可能である。
①『文章』では「この而の字は、強痛と悪寒の動詞の間にあって、之を接続しているから、この悪寒が脈浮、頭項強痛と関連しての悪寒で、孤立した悪寒ではない。孤立した悪寒は傷寒論では陰病の徴証とするのであるが、今はここに而の字を置いて脈浮、頭項強痛と関連しているから発揚性の悪寒である。即ち悪寒と同時に必ず発熱を伴う悪寒となることを示しているのである」、となっていて悪寒が発熱に先行する事実を認めていないし、孤立した悪寒とか発揚性の悪寒という論法はこじつけに近い。
②『講義』(9頁)では「蓋し悪風寒の証たる、陰証、陽証共に発する所なり。而して之を弁別する所以は、脈浮、頭項強ばり痛むと否らざるとに在り。故に而の一字を挿みて上句に接続し、以て其の陰証の悪寒に非ざるを明らかにす」、と論じているが、而の一字が無くてもよいのではないか。「今先づ陽証の初発にして、未だ発熱するな至らざる者を挙げ」と言うところは正しいが、「而して此の悪寒に続いて発熱す可きは、自づから之を言外に含蓄す」、は間違っている。言外ではなく、はっきりと脈浮という句でそれを示している。
③『解説』(137頁)では「脈浮、頭痛、項強の三つが揃っていても、悪寒または悪風のないものは太陽病と呼ぶことはできない。傷寒論の原文では、これらの症状と悪寒との間に而の字を入れて、悪寒が特に重要な症状であることを示している」、と論じ、(136頁)では「もし熱があっても悪寒を伴わなければ太陽病ではない。だからこの場合は発熱よりも悪寒が大切である」、という意味に而を解釈している。『弁正』で「悪寒を以ってこれ太陽の標準となす也」、というのと同じであるが、両者とも奇妙な論法というほかない。
 純粋に理屈だけで考えた方がわかりやすい。熱感を(+)、悪寒を(-)で表現するとき、(+)と(-)の組合わせは次の三個以外に存在しない。
        (++)…熱寒だけで悪寒はない
        (+-)…発熱と悪寒
        (--)…熱寒なく悪寒だけ
ここで(--)は陰病であることは明らかであるから、そうすると陽病には(++)と(+-)の型が存在することになる。
 第二条の太陽中風も、第三条の太陽傷寒も(+-)の型に属することは明らかであるが、傷寒論にはこれ以外に太陽病の型は存在しないとはどこにも書いていない。むしろ宋板には「太陽病、発熱而渇、不悪寒者、為温病」、という条文があり、(++)の型の太陽病が存在することを明記してある。これを認めるならば太陽病では発熱よりも悪寒が大切などという理屈は成立しないことがわかるであろう。

『傷寒論再発掘』
1 太陽之為病、脈浮、頭項強痛 而、悪寒。 
   (たいようのやまいたる、みゃくふに、ずこうこわばりいたみて、おかんす。)
   (太陽の病というのは、脈が浮で、頭が痛み、うなじがこわばって、悪寒するようなものを言う。)

 これは「太陽病」というものを定義している条文ですが、幾何学の定義のように厳密なものではなく、むしろ、「太陽病」というものの基本的な特徴をあげて、そのおおよその姿を示しているものです。
 感冒にかかった時など、さむけがして、頭痛がしたり、首すじがこったりすることは現在でもよく経験されることです。こういう病の初期の姿を「太陽病」の特徴として把握し、簡潔に条文にしているのです。「脈浮」ということは、指を軽く乗せただけでも脈拍を感じる、触れやすい脈になっていることです。発熱して、心臓の鼓動が早く大きくなると、普段よりも脈が触れやすくなります。典型的な場合は確かに「脈浮」となりますが、実際は、常に「脈浮」になるとは限らないように思います。
「太陽病」というのは、一般には、病の初期の病態のことと理解していればよいと思われます。この第1条でも、論議をすれば誠にきりがないものになります。興味のある人達は、その他の成書を見てください。
 
『康治本傷寒論解説』
第1条
【原文】  「太陽之為病,脉浮,頭項強痛而悪寒.」
【和訓】  太陽の病たる,脉浮,頭項強痛して悪寒す.
【訳文】  太陽病とは,脉は(有熱性)浮脉で,頭痛域いは項強のような表熱外証があって、更に(発熱)悪寒する場合をいう.
定義条件の分類
 ① 寒熱脉証 浮
 ② 寒熱証  発熱悪寒
 ⑤ 表熱外証 頭痛域いは項強のような
【解説】  傷寒論では,病期を6期に分けて解説をしています.このことはハンス・セリエ博士の「ストレス学説」の警告期,を含んだ抵抗期が傷寒論における三熱病に対応し,敗退期がそれぞれ傷寒論にお各る三寒病に対応しています.この条は,三熱三寒のうち病が始まるところ,すなわち太陽病を①寒熱脉証,②寒熱証,⑤表熱外証(特異症候)の3つの条件で定義をしています。
【句解】
 頭項強痛(ずこうきょうつう):頭痛,項強の意味.「後漢書」には車敗馬羸といって車馬羸敗(敗戦の意)のことをいいます.また「晋書」には耳聾目眩といって耳目聾眩というのと同文法です.したがって,頭項強痛は頭痛域いはうなじが強ばったという意味になります.

『康治本傷寒論要略』
第一条
「太陽之為病脉浮頭項強痛而悪寒」
「太陽の病たる、脈浮、頭項強痛すれども悪寒す」

 ①「太陽病」:陰陽説(中国の紀元前には既に陰陽説という立場で対立概念を使って物を見ようとする論理性が出来ていた)の陽に所属する病気のこと。これはまた病気したときに熱を出す。つまり発熱するときが陽である。それに対立する陰というのは悪寒である。つまり寒気(さむけ)がするのである。これが対立概念になる。
 ②太陽病というのだから、陽病の一番初めの状態である。その状態が、脉を診ると浮いていて、頭痛がして、項が強ばっていて、そして寒気(さむけ)がすると書いてある。
 寒気がするというのは、陰陽説から見ると陽の対立概念になるので、熱とは反対概念になる。陽とは反対の性格の症状だから、「而」という接続詞は逆接に読むことなる。つまり陽病の始まりだから、症状がみな陽の性格かというと、そうではない。反対の陰の性格を持った悪寒が初めから出てくるのだ、ということである。そのときにはまだ発熱していないのである。発熱がまだ表に出ていない。悪寒だけが表面に出てきている。
 しかし表に出ているから一番重要であるが、それを文章の一番初めに出したらそれは陰病の文章になってしまう。しかし一番下に置いたのでは軽く見られて無視されかねない。従って「而」を使って、一番最後に「悪寒」を置いたけれども、これは極めて重要な症状であることを読者に気付かせる一つの手法である。そのための言葉の順序なのだと理解できる。
 ③「脈浮」:脈は普通は寸口脈といわれている。宋板傷寒論第3編18条に「寸口脈浮為在表」(寸口の脈、浮なるものは表にありとなす。)とある。また同書同篇の傷寒例13条「尺寸倶浮者、太陽受病也」(尺寸、倶に浮なる者、太陽病を受ける也)とある。だから「脈浮」ということで表に病邪がある状態、表に病邪があるものを太陽病と呼ぶ、と説明している。したがってまた、表に病邪があって脈が浮いているときには発熱しているのだから、発熱という言葉が第1条になくても発熱があるということは解るはずたとする解釈もあるが、疑問に思う。
 ④「頭項強痛」:これは頭痛と項強の二つの症状を意味する言葉であることは、皆認めるところである。しかし何故、頭痛・項強と並べて書いていないのか。古い文献では頭痛・項強と並べて書いてあるものもあるのにかかわらずである。
 古文では最重要な言葉が一番初めに出てきて、順次軽い言葉が置かれるようになっている。ここで「頭痛項強」に数字を当てはめれば、頭(4)痛(3)項(2)強(1)となる。頭痛:4+3=7、項強:2+1=3とな責、当然頭痛が項強よりも重要となる。
 ところが「頭項強痛」と並べると、頭痛:4+1=5、項強:3+2=5となって、頭痛と項強が対等に重要であることが解る。
 頭項強痛だから余計に頭痛と項強という症状を入り組ませた表現を使った理由について、考えなければならないのである。
 こういうことを配慮しない文章を例示する。唐代の『千金方』に「傷寒、頭痛、項強し、四肢煩疼を治す。青蒿方」とある。ここでは「頭痛、項強」と入り組ませていない。つまり文章として複雑な内容を表現する必要のないときには、この表現でよいのであって、「頭項強痛」と入り組ませたのは、それだけの考えを要求している。つまり読者に考えて欲しいためにこういう強調した文章としてのである。「頭項強痛」でも「頭痛項強」でも同じだとする考え方は、上のような背景を無視しているのである。
 ⑤「而して悪寒す」:上述したように、陽病はここから始まるのだが、この時点ではまだ発熱していなくて、悪寒が先ず出てきているが、脉が浮だから時間が経過すると発熱してくることを示している。それは第2条に移ると「太陽病、発熱して~」と、陽病の一番重要な目印となる「発熱」が一番初めに置かれている。第1条に発熱が書いていない理由を、脉が浮いてい識から発熱しているはずだとする解釈もあるが、それは古文に対するその人の解読力の差であろう。
 ⑥「而」:接続詞としては順接と逆説がある。順接として使用されているのが多い。例えば傷寒論英訳「Treatise on febrile diseases caused by cold」(寒によって引き起こされた熱性の病気の論文)があるが、その第1条は「A floating pulse, headache, still neck, and a feeling of chill are always the general symptoms and signs of the Taiyang syndrome」。浮いた脉、頭痛、強ばった項、そして寒気を感じるのは常に太陽病の一般的症候群であるし徴候群でもある。となっている。
 「and」だから、「而して」は順接としての使い方であり、逆説は全く考慮されていない。これでは「而」がなくてもよいことであって、何故「而」が入れてあるかなどとは、全く関係のない書き方になっている。しかし原文で「而」を入れてあるのは、この「而悪寒」は特別な意味があることを気づかせるためなのである。それを読みとらねばならない。ここに中国の古文の難しさがある。これによって熱感よりも先に悪感が出てくると読むことができる。
 ⑦こういう古文章としての読み方をすれば「太陽之為病~」は太陽病の大綱を述べたのではなく、太陽病の初期状態を述べた文章だと理解できる。そうすると「少陽の病為る~」や「陽明の病為る~」の場合も、大綱を述べたものではないことが理解できる。
 第1条に書いてある症状の頭痛・項強(あるいは発熱)は表症だと言う人もいる。しかし傷寒論では表・裏・内・外等の言葉の説明は全くされていない。これが古文の特徴である。従ってこれらの言葉が使われている条文を解釈するのに、一番合理的に説明できるものを見つけ出していくしか方法はないと思う。
 私は、長沢先生の解説を採用する。
 人間の体を横から見ると横隔膜のところを中心にしてAのところに症状が出ているときにこれを表と言っている。頭痛や項強などは表に属する。決して体の表面という意味にはならない。
 Aが表ならBは裏、Cが内、Dが外となる。傷寒論の全文章を通して表という言葉を使っている文章が、全部合理的に説明できる解釈が、正確に最も近いものとなる。そういうつもりで一つ一つの術語から調べていかないと傷寒論は読めなくなるところに傷寒論という医書の難しさがあると思う。

康治本傷寒論の条文(全文)

2009年7月3日金曜日

康治本傷寒論の条文

1.太陽之為病,脈浮,頭項強痛而悪寒。
2.太陽病,発熱,汗出,悪風,脈緩者,名為中風。
3.太陽病,或己発熱,或未発熱,必悪寒,体痛,嘔逆,脈陰陽倶緊者,名曰傷寒。
4.太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者,熱自発,陰弱者,汗自出,嗇々悪寒,淅々悪風,翕々発熱,鼻鳴乾嘔者,桂枝湯主之。
5.太陽病,頭痛,発熱,汗出,悪風者,桂枝湯主之。
6.太陽病,項背強几々,反汗出悪風者,桂枝加葛根湯主之。
7.太陽病,発汗,遂漏不止,其人悪風,小便難,四肢微急,難以屈伸者,桂枝加附子湯主之。
8.太陽病,下之後,脈促胸満者,桂枝去芍薬湯主之。
9.服桂枝湯,或下之後,仍頭項強痛,翕翕発熱,無汗,心下満微痛,小便不利者,桂枝去桂枝加白朮茯苓湯主之。
10.服桂枝湯,不汗出後,大煩渇不解,脈洪大者,白虎加人参湯主之。
11.傷寒,脈浮,自汗出,小便数,心煩,微悪寒,脚攣急,反服桂枝湯、得之便厥,咽中乾,煩躁吐逆者,与甘草乾姜湯,以復其陽。若厥愈者,与芍薬甘草湯以其脚伸。若胃気不和,譫語者,与調胃承気湯。若重発汗者,四逆湯主之。

12.太陽病,項背強几々,無汗,悪風者,葛根湯主之。
13.太陽与陽明合病者,必自下利,葛根湯主之。
14.太陽与陽明合病,不下利,但嘔者,葛根加半夏湯主之。
15.太陽病,頭痛,発熱,身疼,腰痛,骨節疼痛,悪風,無汗而喘者,麻黄湯主之。
16.太陽中風,脈浮緊,発熱,悪寒,身疼痛,不汗出而煩躁者,青竜湯主之。
17.傷寒脈浮緩,身不疼,但重,乍有軽時,無少陰証者,青竜湯発之。
18.発汗,若下之後,昼日煩躁不得眠,夜而安静,不嘔、不渇、脈沈微,身無大熱者,乾姜附子湯主之。
19.発汗後,汗出而喘,無大熱者,麻黄甘草杏仁石膏湯主之。
20.発汗後,臍下悸欲作奔豚,茯苓桂枝甘草大棗湯主之。
21.発汗若下之後,心下逆満,気上衝胸,起則頭眩者,茯苓桂枝甘草白朮湯主之。
22.発汗,若下之後,煩躁者,茯苓四逆湯主之。
23.発汗,若下之後,反悪寒者虚也。芍薬甘草附子湯主之。但熱者実也、与調胃承気湯。
24.発汗,若下之後,虚煩不得眠,若実劇者,必反復顛倒,心中懊憹,梔子豉湯主之。若少気者,梔子甘草豉湯主之。若嘔者,梔子生姜豉湯主之。
25.太陽病,発汗,汗出不解,其人仍発熱,心下悸,頭眩,身瞤動,振々欲擗地,脈沈緊者,真武湯主之。
26.傷寒,中風,往来寒熱,胸脇苦満,嘿々不欲飲食,心煩喜嘔,或胸中煩而不嘔,或渇,或腹中痛,或脇下痞鞕,或心下悸、小便不利,或不渇、身有微熱,或咳者,小柴胡湯主之。
27.傷寒,身熱,悪風,頚項強,脅下満,手足温而渇者,小柴胡湯主之。
28.傷寒,陽脈濇,陰脈弦,法当腹中急痛,先与建中湯。不愈者,小柴胡湯主之。
29.傷寒,心中悸而煩者,建中湯主之。
30.太陽病,反二三下之後,嘔不止,心下急,鬱鬱微煩者,大柴胡湯主之。
31.太陽病,熱結膀胱,其人如狂,血自下,下者愈。但少腹急結者,与桃仁承気湯。

32.傷寒,結胸熱実,脈沈緊,心下痛,按之石硬者,陥胸湯主之。
33.太陽病,発汗而復下之後,舌上燥渇,日晡所有潮熱,従心下至小腹鞕満,痛不可近者,陥胸湯主之。
34.傷寒,発汗而復下之後,胸脇満微結,小便不利,渇而不嘔,但頭汗出,往来寒熱,心煩者,柴胡桂枝乾姜湯主之。
35.太陽病、発汗而復下之後,心下満鞕痛者,為結胸,但満而不痛者,為痞,半夏瀉心湯主之。
36.太陽中風,下利,嘔逆,発作有時,頭痛,心下痞鞕満,引脇下痛,乾嘔,短気,汗出不悪寒者,表解裏未和也,十棗湯主之。
37.傷寒汗出,解之後,胃中不和,心下痞鞕,乾噫食臭,脇下有水気,腹中雷鳴,下利者,生姜瀉心湯主之。
38.傷寒中風,反二三下之後,其人下利日数十行,穀不化,腹中雷鳴,心下痞鞕満,乾嘔,心煩不得安者、甘草瀉心湯主之。
39.傷寒,胸中有熱,胃中有邪気,腹中痛,欲嘔吐者,黄連湯主之。
40.太陽与少陽合病,自下利者,黄芩湯主之。若嘔者,黄芩加半夏生姜湯主之。
41.傷寒,脈浮滑,表有熱裏有寒者,白虎湯主之。
42.傷寒,下後,不解,熱結在裏,表裏倶熱,時時悪風,大渇,舌上乾燥而煩,欲飲水数升者,白虎加人参。
43.傷寒,無大熱,口煩渇,心煩,背微悪寒者,白虎加人参湯主之。

44.陽明之為病,胃実也。
45.陽明病,発熱,汗出,讝語者,大承気湯主之。
46.陽明病,発熱,但頭汗出,渇,小便不利者,身必発黄,茵蔯蒿湯主之。
47.三陽合病,腹満,身重,難以転側,口不仁,面垢,遺尿,発汗,譫語,下之額上生汗,手足逆冷,若自汗出者,白虎湯主之。

48.少陽之為病,口苦,咽乾,目眩也。

49.太陰之為病,腹満而吐,自利也。
50.太陰病,腹満而吐,食不下,自利益甚,時腹自痛者,桂枝加芍薬湯主之。大実痛者,桂枝加芍薬大黄湯主之。

51.少陰之為病,脈微細,但欲寐也。
52.少陰病,心中煩,不得眠者,黄連阿膠湯主之。
53.少陰病,口中和,其背悪寒者,附子湯主之。
54.少陰病,身体疼,手足寒,骨節痛,脈沈者,附子湯主之。
55.少陰病,下利,便膿血者,桃花湯主之。
56.少陰病,吐利,手足逆冷,煩躁欲死者,呉茱萸湯主之。
57.少陰病,咽痛者,甘草湯主之。
58.少陰病,下利,白通湯主之。
59.少陰病,腹痛,小便不利,四肢沈重疼痛,自下利,或欬,或小便利,或不下利嘔者,真武湯主之。
60.少陰病,下利清穀,裏寒外熱,手足厥逆,脈微欲絶,身反不悪寒,其人面赤色,或腹痛,或乾嘔,或咽痛,或利止,脈不出者,通脈四逆湯主之。
61.少陰病,下利,欬而嘔,渇,心煩不得眠者,猪苓湯主之。
62.少陰病,脈沈者,宜四逆湯。

63.厥陰之為病,消渇,気上撞心,心中疼熱,飢而不欲食,食則吐,下之利不止。
64.発汗,若下之後,煩熱,胸中窒者,梔子豉湯主之。
65.傷寒,脈滑,厥者,裏有熱,白虎湯主之。

参考文献
1.康治本傷寒論の研究 長沢元夫 健友館
2.傷寒論再発掘 遠田裕政 東明社
3.康治本傷寒論解説 森山健三 関西漢法研究会出版部
4.康治本傷寒論要略 神靖衛、越智秀一、長沢元夫 たにぐち書店
5.ステップアップ傷寒論 康治本の読解と応用 村木毅 源草社
6.漢法を知る 伊沢 凡人 中山書店
7.康治本傷寒論 出版科学総合研究所

2009年7月2日木曜日

耳鳴りに使われる漢方薬・民間薬・健康食品

耳鳴りとは周囲の音と無関係に頭の中で音が聞こえると自覚するものをいいます。 現在、日本人の5%、約600万人が耳鳴りに苦しんでいるとも言われています。 高齢者になるとその割合は更に高まり、65歳以上3割近くに耳鳴りの経験があるという調査報告もあります。

ただ、耳鳴りの99%は深刻にとらえる必要はないようです。
とはいえ、中には生命をおびやかすような病気のサインである場合もありますので、
耳鼻科などで、定期的に検診を行うことも必要です。

漢方では、耳鳴りは、水毒(すいどく)や瘀血(おけつ)と関係が深いと考えられています。

また、五行説(ごぎょうせつ)では、耳と腎(じん)とは、深い関係があると言われています。

過剰な水分摂取は腎臓を疲弊させ、その働きを弱らせ腎虚(じんきょ)にさせます。
また、睡眠も腎と関係があるとされているので、寝不足も腎虚の原因となり、
耳鳴りにも深く関わると考えられています。

良く使われる漢方薬方には、下記のものがあります。

1.苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
  虚証で神経質の人の場合で、動悸、めまい、たちくらみなどともに耳鳴を訴えるような例に用いる。
  方中の桂枝・甘草の二味からなる桂枝甘草湯は急迫性の心悸亢進に用いるが、これに駆水の効のある茯苓、白朮を配したものである。
  


2.苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)
  
頭が何か被さったようにボーとして、気分が重く、肩こり、足が冷え痺れたり、耳がガンガンしたり、顔がのぼせたりするものの耳鳴りに応用する。
体力は普通で、冷えのぼせがし、頭が重苦しい、尿の量が少なく、神経質。


3.苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)
 苓桂朮甘湯の白朮を去って大棗を加えたもので、苓桂朮甘湯証に似て、一層心因性要素が強いものである。
 不安、不眠、煩躁(はんそう)、動悸、めまい、耳鳴などを訴え、臍傍に腹部大動脈の拍動を強くふれるような場合である。


4.五苓散(ごれいさん)
 苓桂朮甘湯の白朮を去って沢瀉と猪苓を加えたもので、水素の比重が重くなっている。『金匱要略』には、「仮令痩人、臍下悸あり、涎沫を吐して癲眩するはこれ水なり。五苓散これを主る」とある。
5.当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
 
 色白・痩せ型・なで肩で、冷え症、疲労しやすく、貧血、ときに下腹部痛、月経不順、月経困難症、頭重、めまい、肩こり、動悸、慢性腎炎などを訴える婦人の虚弱タイプに用います。
ただし、胃腸の弱い方には適しません。
胃腸の弱い方に用いる場合は、安中散(あんちゅうさん)や小柴胡湯(しょうさいことう)、人参湯(に多んじんとう)などと合わせて用いると良いことが多いようです。


6.防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
  高血圧や動脈硬化からくる耳鳴りに効果を発揮します。
  体質も体格もしっかりしていて、肥満体質、おなかが突き出ていて、便秘気味の人に合います。


7.
大柴胡湯(だいさいことう)
  実証で少陽より陽明への移行期に用いられる薬方である。腹力があり、胸脇苦満が顕著で、便秘がちである。
  しばしば高血圧症を伴い、動悸、耳鳴、めまいなどを訴える。



8.柴胡加龍骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
  大柴胡湯に似て精神症状の一層顕著な場合に用いられる。
  臍傍に腹大動脈の拍動をふれることが多く、不安、不眠、動悸、耳鳴、めまいなどを訴える。


9.柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
  前述の柴胡加竜骨牡蛎湯とほぼ同じような症状で、体は虚弱、やや貧血気味で口の渇きが感じられ、便秘が無い場合に用います。


10.小柴胡湯(しょうさいことう)

  
11.柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
 
1件の症例集積研究において、慢性耳鳴(13例)に対する柴胡桂枝湯の有効率(やや有効以上)は38.5%であった。


12
八味丸(はちみがん)
  老人性疾患に広く応用される薬方である。しかし、あまり体力の衰えた場合には不適であり、疲労、倦怠感はあっても食欲はよく保たれ、胃腸障害の少ない場合で陰萎や排尿異常などがあって漢方で腎虚とよばれる状態に随伴しておこる耳鳴や難聴に用いられる。
  体力が無く、足腰が冷え、力が入らない、夜に頻尿(ひんにょう)、のどが渇くなどの症状がある人。
  胃腸の弱い人は、服用に注意。


13.牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
 1件の多施設症例集積研究において、耳鳴(150例)に対する牛車腎気丸の有効率(やや改善以上)は66.7%であった。(大西信治郎,澤木修二,土屋幸造・他:TJ-107(ツムラ牛車腎気丸)の多施設共同臨床試験による耳鳴に対する効果.耳鼻咽喉科展望,37(3):371-379,1994.)
  八味丸に、牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)を加えたもの。


14.
滋腎通耳湯(じじんつうじとう)  過労、加齢、病後などによってでた耳鳴り。  
  腎虚の症状があるひとで、原因不明の耳鳴り。
  冷えを主訴とする瘀血証の方。
  腎虚により、耳鳴りと難聴を起こした人。泌尿器系の機能が衰え、尿失禁、腰痛下半身麻痺などを伴う。


15.炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
  心臓疾患、バセドウ病などで、体力社f衰え、動悸息切れ、疲労倦怠、口渇、不眠がある人。
  (胃腸の弱い人には用いない)


16.香蘇散(こうそさん)
  
1件の症例集積研究において、耳鳴(48例)に対する全般改善度は著明改善35.4%、改善47.9%、不変16.7%で悪化はみられなかった。(岩崎紀子,坂本守:耳鳴に対する釣藤散の臨床的評価.公立能登総合病院医療雑誌、12:20-23、2001)
1件の症例集積研究において、改善以上を示した割合が60.0%以上であった。(斎藤晶:頭痛・高血圧を指標とした釣藤散の耳鳴治療.耳鼻咽喉科臨床、補98:28-30,1998.)
  耳管がふさがったもの。葛根湯に加えて用いても良い。
  感冒が治った後、耳がふさがったように感じるものには、小柴胡湯と合わせて用いる。
  抑鬱気分、感情不安定、頭痛、肩背強急、目眩、耳鳴、食欲不振、心下痞、胃腸虚弱、下痢などのあるものに用いる。
 

17.釣藤散(ちょうとうさん)
  高血圧や動脈硬化に伴う耳鳴りに有効です。
  頭痛、めまい、肩凝りなどがある場合に適しています。
  朝の頭痛、頭重、目眩、耳鳴、肩背強急、不眠、健忘などのあるものに用いる。
  しばしば夜間頻尿を伴う。


18.加味逍遙散(かみしょうようさん)
  更年期障害にしばしば用いられます。
  顔面ののぼせ、下半身の冷え、顔面、上半身の発汗、いらいら、不眠、肩凝り、頭重などが目標となります。
  

19.半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)  胃腸虚弱で下肢が冷え、めまい、頭痛、耳鳴などがある者。


20.連珠飲(れんじゅいん)
  苓桂朮甘湯四物湯との合方である。このため、苓桂朮甘湯証に四物湯証の「血虚」が加わったもので、貧血、自色不良、皮膚枯燥のあるものに用いる。
  貧血による耳鳴

21.黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
  陽実証に対する薬方である。
  腹力があり、顔面紅潮し、いらいら、のぼせ、頭痛、不眠などとともに動悸、めまい、耳鳴などを訴える場合に用いる。
  高血圧症、諸出血(衂血、吐血、下血など)を伴うことが多い。
  便秘のある場合には大黄を加える。丸剤としても用いられる(黄解丸)。


22.
瀉心湯(しゃしんとう)
  少陽の実証で、のぼせて顔がほてり、首から上に血がのぼりきったような感じがし、便秘の傾向があって、耳鳴を訴える場合に用いてよいことがある。高血圧や更年期障害などに伴う耳鳴などに用い現れることが多い。運のいい場合には血圧も下がり、耳鳴もとれる。



23.
茯苓飲(ぶくりょういん)
  胃下垂や胃アトニーがあって、胃に水が停滞している(胃内停水)ことが原因で起きる耳鳴りに用います。
  貧血気味で、脈に力がなく、みぞおち(鳩尾)が痞えて、食欲が無い人に合う薬方です。

 
24.沢瀉湯(たくしゃとう)
  回転性目眩、激しい目眩、昏倒、頭冒感などと、心下痞、上腹部振水音、尿不利などのあるものに用いる。


25.十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)
貧血、産後、手術後などで衰弱が激しく、食欲不振で皮膚がカサカサになっていて、病気の現れ方が強い人。気血両虚の症候。
(高熱を出したり、嘔吐が激しい人には用いない)

26.桃核承気湯(とうかくじょうきとう) 
27.桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
  瘀血の症候

28.抑肝散(よくかんさん)
  いらいら感、易怒性などの肝の異常の症候


29.十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)
  皮膚、耳、副鼻腔、眼などの膿性疾患に用いられます。また慢性中耳炎などに用いて良いことがあります。


 30.葛根湯(かっこんとう)
  項背強、頭痛、無汗


31.桂枝湯(けいしとう)桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)
  頭痛、悪風、発熱、自汗、のぼせ、耳鳴、眼球結膜充血などのあるものに用いる。


32.桂枝甘草湯(けいしかんぞうとう)
  心悸亢進、息切れ、のぼせ、胸内苦悶感などのあるものに用いる。
  動悸・のぼせがある耳鳴に用いてよい。腹部大動脈の拍動亢進が激しく、精神症状を伴えば竜骨・牡蠣を加えて桂枝甘草竜骨牡蠣湯にする。
 

33.桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
  のぼせ感などの気逆の症候。
  めまいがし、鳩尾(みぞおち、みずおち)から脇が苦しい、動悸がする、神経質な人。
  下痢をしている時は不適。


 34.補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
耳鳴がする虚労のものに補中益気湯加石菖蒲




民間薬としては、
ユキノシタや黒大豆、山茱萸(さんしゅゆ)、黒ゴマ酒、蝉退(せんたい、セミの脱け殻)、蝸牛霜(かぎゅうそう;カタツムリの黒焼き)等が使われます。

1.ユキノシタ(雪の下)
  ユキノシタの葉を三、四枚すりばちですり、少量の水を加えて青汁をつくり、一日二回服用する。
  または、ユキノシタの葉を天婦羅(てんぷら)にして毎日食べる。
  または、ユキノシタをきれいに洗って水気を拭き取り、手先で揉むと、青い汁が出ますから、これを耳の孔にたらしこみ、ジュンというような音がして熱くなったら、耳を下にして汁を出し、また新しい汁を入れるというように、二~三回繰り返していると、不思議にぴたっと止まるものです。

2.黒大豆・黒豆
  蜂蜜または黒砂糖で甘味をつけるか、まったく無味で毎日食べる。

3.山茱萸(さんしゅゆ)
  山茱萸の実をせんじて飲むとよろしい。

4.セリ
  つみたてのセリを良く洗い、汁を絞って、耳孔にたらしこみます。
  

耳鳴りに良いと言われる健康食品・サプリメントには、
蜂の子(はちのこ)、ビタミンB12、ヒマワリ(向日葵)、トリプトファン(アミノ酸の一種)、コンドロイチン、イチョウ葉エキス、EPA・DHA、赤ブドウ葉、オリーブ葉、
マグネシウム、亜鉛、β-カロテン、ビタミンC、セレン などがあります。

1.蜂の子
 作用機序は良くわかっていませんが、経験的に昔から耳鳴りや難聴に効果があるとして使われてきました。
 一説には必須アミノ酸が豊富と言われていますが、牛肉などの通常に食べられるタンパク源と比べて、アミノ酸がどれだけ多く含まれているのか疑問があります。
2.マグネシウム(Mg)
マグネシウムを欠乏させた食事を与えられた実験動物は、十分にマグネシウムを与えらた動物よりも、内耳の蝸牛(かぎゅう)の神経細胞が、雑音によってダメージを受けやすいとされています。
蝸牛ラセン管のコルチ器には内有毛細胞や外有毛細胞が乗っており、雑音レベルが大きくなると、それらの毛が互いにくっついたり、あるいは消失してしまいます。
マグネシウムを補うことで、それがある程度防げます。
特に雑音の多い環境で働いている人たちの耳鳴防止対策には、マグネシウムは有効だと考えられます。

3.亜鉛(Zn)
内耳の蝸牛ラセン管には、ちょうど網膜のように、亜鉛が他の場所より高濃度に見出され、このミネラルが重要な役目を担っていると推測されています。
また、ひどい耳鳴りに悩んでいる人の1/4には亜鉛不足が見出されるといわれます。
亜鉛不足は、食欲不足、味覚障害、皮膚の問題、脱毛なども引き起こししますので、このような症状と伴に耳鳴りが併在していれば、亜鉛を補うと良いと考えられます。


4.ビタミンA・β-カロテン
 ビタミンAも内耳の蝸牛に高濃度に見出されます。
耳鳴りを患っている患者さんの1/4~3/4の人が、ビタミンAを補うことにより、何らかの改善があると報告されています。
ビタミンAは脂溶性のビタミンで、摂り過ぎると急性中毒症や頭痛、疲労感や吐き気、睡眠障害、食欲不振、皮膚の荒れなどを引き起こす場合があります。

その点、β-カロテンは体内で必要に応じてビタミンAに変換されるとされますので、ビタミンAのとりすぎによる過剰症を心配しなくて良いようです。

ただ、単独でβ-カロテンを摂ると体に悪いとの説もあるようですので、α-カロテンなど他のカロテンを含むミックスカロテンのものが良いようです。


5.ビタミンB12
 
神経細胞の核酸や、たんぱく質、脂質の合成を補助、修復する働きがあります。
また、瀉血(しゃけつ)・刺絡(しらく)も効果があることがあるようです。


ツボ(経穴)
1.翳風(えいふう)
  耳たぶと耳の後の骨の出っ張りの間にあるくぼみ。

2.腎兪(じんゆ)
  ウエストライン上、背骨の中心から1.5cm両側に離れたところ。
  耳は漢方でいう「腎」(じん)に属するため、耳のあらゆる病気の治療に、腎兪(じんゆ)は使われます。