健康情報: 康治本傷寒論 第二十条 発汗後,臍下悸欲作奔豚,茯苓桂枝甘草大棗湯主之。

2009年10月3日土曜日

康治本傷寒論 第二十条 発汗後,臍下悸欲作奔豚,茯苓桂枝甘草大棗湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
発汗後、臍下悸、欲作奔豚者、茯苓桂枝甘草大棗湯、主之。

 [訳] 汗を発して後、臍下悸し、奔豚を作さんと欲する者は、茯苓桂枝甘草大棗湯、これを主る。

 冒頭の発汗後第一八条の発汗若下之後と同じに解釈して差支えないことは、第八条(桂枝去芍薬湯)が太陽病下之後となっていることで証明される。この両条は下腹部から気が上衝する病状を述べたものであるからである。
 臍下悸は『講義』八三頁では「発汗の後、水気の変動によって下腹部に悸動を現わし、其の勢上奔せんと欲するの状」と説明している。『中医名詞術語選釈』三三五頁でも臍下悸は「多くは下焦に平素停水のあるものが、外感により発病したとき、発汗が適当仲でないことによって腎気が損傷を受け、水気が衝逆す識時に出現する下腹部の搏動」であると説明している。両書とも水気の変動と理解している。木村博昭氏ははっきり「水飲の動じたるによる」と表現している。
 しかしこの場合は気が小腹より上って心胸を衝くと解釈すべきであることを欲作奔豚という句で示したと読まなければならない。『弁正』も『集成』もそういう解釈をとり、私もそれが正しいと思っている。金匱要略では奔豚気という術語を使用している位だから、気と水の混同は許さるべきではない。
 奔豚とは古い病名で、金匱要略、霊枢、難経等にもでている。金匱要略には「師曰く、奔豚の病は小腹より起り、上って咽喉を衝き、発作すれば死せんと欲し、復還りて止む。皆驚恐よりこれを得」と説明してあるから、発作性心悸亢進、ヒステリー、ある種の狭心症等のことである。しかし字義には色々な説がある。
①『講義』では「奔は走なり。豚は遁なり」という。即ち豚は遯のことでこれは遁(にげる)の本字なのである。荒木正胤氏は「奔豚気病篇の管見」(漢方と漢薬一○巻一○号一-九頁、一九四三年)の中で類聚方広義の説を採用して、奔も豚もにげる、はしる、の意として、同義の二字を重ねた連語と見ている。私はこの説に賛成する。金匱要略の賁豚の賁も走る意である。
②豚はブタ、ブタの子の意。金匱要略の奔㹠気病篇の㹠もブタの意。そけで『入門』一七五頁に「血管壁が不随意に痙攣的に収縮し、それが下腹部の血管から胸部のそれに波及するとき、恰も豚が腹中を奔走するが如く感ずるのをいう」とある。中医名詞術語選釈三六八頁でもそういう解釈をしている。
③『集成』では「奔は憤と古字通用す」として賁も憤もいきどおる意であるから、憤豚はいきどおったブタと読むべきであるという。そして清の王子接の古方選注から次の文を引用している。「蓋し豚は猪の小なる者。其の性は善く嗔(怒る)、故に憤豚の称あり。而して魚中の鯸鮐(フグ)も亦復善く嗔するの物、故に又これを河豚と称す。卞子曰く、豬の性は卑しくして率(あわてる)と。寧波府志に曰く、河豚は物に触るれば輙(たやすく)嗔し、腹脹れて鞠の如く、水上に浮ぶ。一に嗔魚と名づくと。見るべし。奔豚は病名なり。気小腹より上って心胸を衝くこと憤豚の若く然り。故に以って名と為す」と。
 しかし②と③の説には賛成できない。
 いずれにしても気が上衝を起そうとしているのだから鎮静剤を与えるべきであり、第八条でのべたように桂枝甘草湯と同じ性格の処方である本方を用いることになる。


茯苓半斤、桂枝三両去皮、甘草二両炙、大棗十五枚劈。  右四味、以甘爛水一斗、先煮茯苓、減二升、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。

 [訳] 茯苓半斤、桂枝三両皮を去る、甘草二両炙る、大棗十五枚劈く。  右四味甘爛水一斗を以って、先ず茯苓を煮て、二升を減じ、諸薬を内れ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服する。

 主薬の茯苓は利尿作用を期待して用いられているのではなく、桂枝と配合することによって強い鎮静作用をあらわすのでここでは主薬の位置を占めていると見るべきである。桂枝と甘草の配合は気の上衝を除き、鎮静作用を示す。大棗もまた鎮静剤である。要するに鎮静剤ばかりを配合した処方なのである。
 『解説』二三一頁に「臍のあたりで動悸がはげしくなり、何物かが胸に向ってつきあげてくるというところを目標にして、ヒステリー、小児の自家中毒症、神経症などによく用いられる。臍部の動悸が心下部にまでつきあがってきて、一時失神状態となり、あるいは痙攣を起して人事不省となることもあり、動悸が腹痛を伴うこともあり、はげしい時は腹中すべて動悸し、臍下が脹り、むくむくと心下へつきあげ、頭痛、眩暈等の症状を伴い、あるいは気鬱の状となり、肩背強ばり、腰痛を訴えるものもある。これらは苓桂甘棗湯を用いる目標となる」とあるのは、欲作奔豚を通りこしてすでに奔豚になっていることを示しているが、処方構成から納得できることである。
 ところが『講義』では「若しすでに奔豚となれば、即ち本方証に非ずして桂枝加桂湯証なり」とし、『入門』等も同じ解釈をしている。これは字句にこだわった解釈というべきである。私は桂枝の分量に関係すると見る。苓桂甘棗湯の桂枝は三両(宋板では四両)を三回に分けて服用する。桂枝加桂湯では五両である。桂枝甘草湯では四両を一回に服用する。したがって苓桂甘棗湯でも分量を多くすれば他の処方と同じように用いることができるはずである。
 この処方は普通の水でなく、甘爛水を用いて煎ずるように指示してある。爛はただれる、熟しすぎるの意である。宋板にはその水の作り方が記してある。「水二斗を取り、大盆内に置き、杓を以ってこれを揚げ、水上に珠子(小水滴)五六千顆(粒)あり、相逐う、取りてこれを用う」とあるから、水を空気とよく接触させて軟かくしたものである。『弁正』では「蓋し後人の註する所なり。今これを作らんと欲せば、茶筅にてこれを撍(手動)するのが便捷なるにしかず」という。『集成』では「瀬穆曰く、甘爛水は即ち労水(百労水とも云う)なり。孫思邈は霊枢の半夏湯を暗解(深く解釈する)して曰く、五労七傷の(嬴-女+羊)弱の病を治するには、薬を詮ずるにはよろしく陳蘆労水を以ってすべし。其の水の強からず、その火の盛んならざるを取ると。能く古意を識り得たりと謂うべし」と説明成てうる。
 以上は肯定的に意見であるが、私は古代の呪術の残存と見做している。杏仁の皮尖を去るのもそうだし、本草書にもいくつも同類のものを指摘することができる。奔豚は突然苦しみだし、ひどい時には失神するが、しばらくすると正気にもどる、というのだから、悪霊にとりつかれたと考えたとしても不思議ではない。祈りながら甘爛水を作っていたのだろう。大塚敬節氏は『主治医』七八号に、甘爛水のことを「悠長な話であるが、ほほえましい風景である。それはあまりにも芸術的である」と評しているが、このような観賞的な見方には賛成できない。


『傷寒論再発掘』
20 発汗後、臍下悸、欲作奔豚者、茯苓桂枝甘草大棗湯、主之。
   (はっかんご、せいかきし、ほんとんをなさんとほっするものは、ぶくりょうけいしかんぞうたいそうとうこれをつかさどる。)

   (発汗のあと、臍の下の動悸が強くなって奔豚という状態がおこりそうになっているようなものは、茯苓桂枝甘草大棗湯がこれを改善するのに最適である。)

 この条文は発汗後の異和状態の一種で、下腹部から何かものが胸部の方に突きあがってきて苦しい状態になるようなものの対応策を述べているものです。
 奔豚という言葉が色々に解釈されています。奔は走と同じで、豚は遁と同じであり、ともに「にげる」とか「はしる」とかいう意味の連語であるとする解釈や豚はブタの意味で、豚が腹中を奔走するような感じを受けるとか奔は憤と同じで、いきどおった豚の意味に解釈するものなどがあるそうです。いずれにしても、病態としては、下腹部から何かものが上に突き上がってきて苦しむような病態のことを指しているようです。
 発汗後に、一種の心悸亢進のようなものがおこって、胸苦しくなるような場合は桂枝甘草湯のようなもので、それは改善できるのですが、この湯はその上に茯苓(第16章14項)と大棗(第16章6項)が追加されています。両方とも多分、鎮静作用があるのでしょう。
 実際の場合は、必ずしも発汗後でなくとも下腹部から何かものが上に突き上がってくるような感じがして苦しむような病態なら、何でも応用してみてよいのだと思われます。すなわち、ヒステリーやその他の病態です。
 すべて、この傷寒論の処方の場合、基本的な病態が同じであれば、発汗後であれ瀉下後であれ、それらを一切まだ経ていない病態であれ、また急性であれ慢性であれ、すべてみな応用が可能なのです。勿論、病名とも一切関係はなく、基本病態が同じであればいいわけです。ただ、条文の場合は、発汗後として、最も典型的な場合をあげてあるわけです。したがって、応用する場合には、[発汗後]という言葉にとらわれる必要はないのです。

20' 茯苓半斤、桂枝三両去皮、甘草二両炙、大棗十五枚劈。
   右四味 以甘爛水一斗 先煮茯苓 減二升、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
   (ぶくりょうはんぎん、けいしさんりょうかわをさり、かんぞうにりょうあぶる、たいそうじゅうごまいつんざく。みぎよんみ、かんらんすいいっとをもって、まずぶくりょうをにて、にしょうをげんじ、しょやくをいれ、にてさんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 この生薬配列から言えることは、この湯については、茯苓甘草基と桂枝甘草基が結合され、茯苓桂枝甘草基がまず形成され、その後、大棗が追加されていって、この湯が形成されたということです。
 発汗後の異和状態の一つである心悸亢進がかなりつよくなって、胸苦しくなったような場合、桂枝甘草基が有効な場合があるわけですが、これがさらに甚だしくなった時、茯苓桂枝甘草基が有効なのであると推定されます。
 古代人の経験としては、茯苓桂枝甘草湯とでも言うべきものが、甚だしい心悸亢進や胸苦しさに使用されていたのであると推定されます。この次の条文に出てくる茯苓桂枝甘草白朮湯も、同様な基本病態に使用されており、しかも、茯苓桂枝甘草基が主体をなしているわけですので、上述の推定は益々、納得され易いことになるでしょう。
 大棗を追加する理由はどんなものでしょうか。下腹部の種々の異常(腹痛、下痢、臍下悸などを含めて)に対して追加されたように思われます。それが結果的には鎮静作用をあらわすのかも知れません。
 甘爛水というのは、盆に入れてある水を杓ですくって、高くかかげて、その盆中の水の上に注ぐことを何度もくりかえして、水と空気の接触を十分にさせた水のことです。爛というのは、ただれる、熟しすぎるとの意味だそうです。現在はこの様な水を使う必要は全くなさそうです。


『康治本傷寒論解説』
第20条
【原文】  「発汗後,臍下悸欲作奔豚者,茯苓桂枝甘草大棗湯主之.」
【和訓】  発汗して後,臍下悸して奔豚をなさんと欲する者は,茯苓桂枝甘草大棗湯之を主る.
【訳文】  太陽病を発汗して後,少陽の中風(①寒熱脉証 弦 ②寒熱証 往来寒熱 ③緩緊脉証 緩 ④緩緊症 小便自利) から④緩緊脉証が小便自利すべきである英に小便不利となったため、12の函を飛び出して壊病となり,臍下に動悸があって奔豚様である場合には,茯苓桂枝甘草大棗湯(苓桂甘棗湯)でこれを治す.
【句解】
 奔豚(ホントン):臍の横から心臓部へつきあげる感じで,あたかも豚が走っている時に体表がピクピクと波打つ様に昇って行くことをいう.
 壊病(エビョウ):頭部に疾病の重点がきた場合には,範疇分類ができなくなります.この場合の疾病のことをいう.
【解 説】  本方を苓桂朮甘湯と比較すると、苓桂甘棗湯の方が桂枝に対する過敏症が強く、そのため少陽中風の範疇を飛び出し壊病となっていることがわかります。
【処方】  茯苓半斤,桂枝三両去皮,甘草二両炙,大棗十五枚劈,右四味以甘爛水一斗,先煮茯苓 減二升内諸薬煮取三升,去滓温服一升.
【和訓】  茯苓半斤,桂枝三両皮を去り,甘草二両を炙り,大棗十五枚を擘く,右四味甘爛水一斗をもって,先ず茯苓を煮て二升を減じ諸薬を入れて煮て三升に取る.滓を去って一升を温服する.
    注:宋板では,桂枝は四両となっている.今これに従う〔章平〕.
【句解】
 甘爛水(カンランスイ):茶筅等で攪拌し泡立たせることによって得られる水をいう.したがって,空気で過飽和になった水と考えられる.
 

証構成
  範疇 エ胸熱緩病(壊病)
 ①寒熱脉証   弦
 ②寒熱証    往来寒熱
 ③緩緊脉証   緩
 ④緩緊証    小便不利
 ⑤特異症候
  イ臍下悸(茯苓)
  ロ奔豚様(桂枝)


(注)
『康治本傷寒論の研究』及び『傷寒論再発掘』では、甘爛水の量が1升になっているが、明らかな誤植であるので、一斗に変更した。




康治本傷寒論の条文(全文) 

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