太陽病、頭痛発熱、身疼腰痛、骨節疼痛、悪風無汗、而喘者、麻黄湯、主之。
[訳] 太陽病、頭痛発熱し、身疼腰痛し、骨節疼痛し、悪風無汗にして喘する者は、麻黄湯これを主る。
はじめの太陽病、頭痛発熱までが第五条(桂枝湯)と同じであるから、この条文は第五条と互文をなしていて、太陽中風の系列に属するものであることがわかる。
脈については何等言及されていないが、臨床経験では浮緊であり、また無汗であるからこれは太陽傷寒を論じたものであるというのが一般の定説である。中国では、この条文には悪風とあり、悪寒と書いていないから太陽傷寒の浅証であるというが、わが国では葛根湯の条文の後にあるから葛根湯証よりも激症であるとみなされている。『講義』五三頁に「悪風、悪寒互に称す、必ずしも浅深の謂い非ず」とあるように、悪風とあるが悪寒であることが多いから激症なのだという考え方が一般的である。
それを太陽傷寒でなく太陽中風の条文であると論じたのは「五大説」がはじめてであり、私もそれが正しいと考えているが、中風の解釈については賛成できない。『所論に答う』では麻黄湯証は太陽中風の激症であると説明してある。そしてこの中風の意味は定説と同じく、良性、軽症の熱性病であるとしている。そうすると麻黄湯証は軽症の激症、良性の激症ということになり、このような概念は成り立たないことは明瞭である。したがって第二条の中風とは意味がちがうところの中風系列という意味にとらないとすじが通らなくなる。しかも悪風とあるのは第一六条(青竜湯、宋板の大青竜湯)の悪寒にくらべてこれが軽症であることを示しているのであって、悪風、悪寒のどちらに解釈してもようというようないいかげんなものではない。
『講義』五二頁に「頭痛を初めに挙ぐるは、葛根湯の項背強ばるに対して、これを主徴とすればなり」と説明してあるのは、この頭痛は頭項強痛の意味であることを理解できないことを示している。それは互文というものの性格に対する無理解からきている。『入門』七八頁でも「太陽病には頭痛の著明なる場合と、項強の著明なる場合とあり、中風に於て頭痛の著しいものは麻黄湯の、項強の著しいものは葛根湯の指示となる」と論じていて同じ誤りを繰返している。葛根湯は項強ではなく背強が特徴となることがどうしてわからないのであろうか。このことは条文を使い分けを指示したものとだけみていて、病気の進行を論じたものとは見ようとしないこれまでの通弊をよく示している。
傷寒條辨(方有執)では「身疼腰痛、骨節疼痛は上条(第三条)の体痛にして、詳しくこれを言えるなり」と説明しているのはうまい解釈である。疼はうずくこと、痛はいたみが走ることである。身は胴体のこと、骨節は関節のことで、要するに熱邪と水毒によってこれらの症状が起るのである。
最後の而喘にはいろいろな解釈がある。木村博昭氏は『傷寒論』(春陽堂刊)で無汗而喘と続けて読み、「汗無きが故に邪熱内に払鬱して喘を発するの謂にして、無汗は即ち主証、喘は即ち客証なり」とし、『入門』七八頁では「頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗(原文には無汗はないが書き忘れたのであろう)は何れも主証で、喘は副証である」としていて、いずれも而を順接に解釈しているが、私は病状がひどくなると喘(あえぐこと、短い息づかい)するようになると解釈したい。即ちそれは太陽と少陽の併病になるのである。『講義』に「喘するは、此れ亦表邪に因って水気胸中に迫るの致す所にして、即ち其の鬱滞の徴と為す」とあるのがその病理である。
麻黄三両去節、桂枝二両去皮、甘草二両炙、杏仁七十箇去皮尖。 右四味、以水九升、先煮麻黄、減二升、去上沫、内諸薬、煮取二升半、去滓、温服八合。
[訳]
杏仁七十箇とはアンズの仁を七十個ということで、箇は固いという字を含むから、小さくて固い物を数えるときの助数詞である。修治の皮尖を去るとは、アンズの種子は一端が丸く、他の一端は徐々にとがっている、そのとがった部分の先端を折り取り、淡褐色の種皮も除くという意味である。傷寒論に書いてあることは正しいことばかりだと思っている人は、尖部を除くのは正当な理由があると考えて、その部分の成分が邪魔になるのであろうと言っているが、私はそうではなく、上古の呪術の残存にすぎないと見ている。喘すなわち気管の異常に際して尖った物は良くないということなのであろう。現在中国ではアンズの種子を温湯に一○-三○分間浸したり、沸騰した湯の中に数秒間浸したりした後に種皮を除き、わずかに炒って用いる。尖部は除いていない。わが国では仁でなく種子をそのままきざんで用いている。
麻黄湯を構成している四種の薬物のうち、麻黄が最も重要であり、発汗、解熱、鎮咳、鎮痛、利尿の作用があるから、中国の古い医書に麻黄単味を流行性熱性病の初期に用い、服用して汗が出たならば治ると書いてあるほどである。したがって他の三味はその作用を増強する役割りをもったものと理解することができる(表)
麻黄 桂皮 甘草 杏仁
発汗 ○ ○ ○
解熱
鎮痛 ○ ○ ○
鎮咳 ○ ○ ○
利尿 ○ ○ ○
鎮咳去痰作用を例にとると、その作用物質は麻黄ではエフェドリン、メチルエフェドリンというアルカロイド、甘草ではグリチルリチンというサポニン配糖体、杏仁ではアミグダリン配糖体が分解して生ずる青酸とベンツアルデヒド、というようにこられは化学構造が全く異なる物質であるから、作用機序も恐らくちがうと思われる。このような物質が配合されると相乗効果を生じて強力な鎮咳去痰作用をあらわすのである。これが薬理学で言う共力作用(シネルギズム)であり、この組合わせが漢方の鎮咳処方にしばしば見られることは、経験的にこの事実を昔から知っていたからなのであろう。
他の作用についても同じことが言えるのである。また桂枝湯や葛根湯のように生姜と大棗を加えない理由は、恐らく胃腸障害を起さないからであろう。したがってそれを加えたら作用が異なってしまうということにはならない。康治本には収載されていない桂枝二麻黄一湯、桂枝麻黄各半湯が宋板にあることから麻黄に生姜と大棗を加えてもさしつかえないことがわかる。麻黄湯とこの両処方との証のちがいは薬用量の相違と見るべきである。
『傷寒論再発掘』
15 太陽病、頭痛発熱、身疼腰痛、骨節疼痛、悪風無汗而、喘者、麻黄湯主之。
(たいようびょう、ずつうほつねつ、しんとうようつう、こっせつとうつう、おふうむかんにして、ぜんするもの、まおうとうこれをつかさどる)
(太陽病で、頭痛し発熱し、身体の筋肉がうずき、腰が痛み、諸関節が痛み、寒気がして、汗は出ず、その上、胸苦しくあえぐような状態になるようなものは、麻黄湯がこれを改善するのに最適である。)
この条文は生薬構成の基本に、麻黄・桂枝・甘草を含んだ、発汗作用のある薬方のうちでも、最も典型的な薬方と言える、麻黄湯の使い方に関する基本的な条文です。
常日ごろ強健な身体の人が風邪などをひいた時は、身体の筋肉や節々が痛み、さむけがして発熱したりしても、汗はあまり出ないものです。こんな時は、麻黄湯を服用しますと、発汗して、筋肉痛や関節痛が見事に改善されていくことが、よく経験されます。十分な発汗をすることが大切なようですし、また、それに適したある程度の体力のあることが前提条件となるようです。
筆者は麻黄湯をよく自分自身に使用するのですが、ある時、敢て杏仁を除いて、麻黄桂枝甘草湯のままで使用してみて、それで結構よく効くことを経験しました。発汗作用も鎮痛作用も十分にあるものです。すると、杏仁は何故使用するのか、ということになりますが、これは多分、この病気の程度が甚だしくなって、胸苦しくあえぐような病態になった時、古代人は杏仁を麻黄桂枝甘草湯に加えて、良い効果を得た体験をしたのではないかと推定されます。以来、麻黄湯には杏仁が入ることになったのではないかと推定されます。
無汗の状態で、体内に水分がたまる傾向にあって、胸部にも水分が異常にたまる傾向になれば、胸苦しくあえぐ状態(喘)になっても当然と思われます。これが皮膚よりの十分な排水作用(発汗作用)によって除かれるならば、胸苦しさも改善されて良い筈です。杏仁は利尿作用もありそうですので、胸苦しさを取り除くには適していると思われます。
15' 麻黄三両去節、桂枝二両去皮、甘草二両炙、杏仁七十箇去皮尖。
右四味、以水九升、先煮麻黄、減二升、去上沫、内諸薬、煮取二升半、去滓、温服八合。
(まおうさんりょうふしをさる、けいしにりょうかわをさる、かんぞうにりょうあぶる、きょうにんななじゅっこひせんをさる。みぎよんみ、みずきゅうしょうをもって、まずまおうをにて、にしょうをげじ、じょうまつをさり、しょやくをいれ、にてにしょうはんをとり、かすをさり、はちごうをおんぷくする。)
麻黄・桂枝・甘草という生薬配列から、これは麻黄甘草基と桂枝甘草基の合一したものであることが分かります。湯の形成過程(第13章7項)でも既に述べたことですが、この麻黄甘草の組み合わせは、今日、甘草麻黄湯として、喘息など呼吸困難のある人に使用されています。古代人も多分、呼吸困難の発作の改善に使用していたことでしょう。桂枝甘草の組み合せは、今日桂枝甘草湯として、発汗と深く関連した「心悸亢進」の改善に使用されていますが、桂枝湯が形成された過程(第13章5項参照)から考えても、頭痛を改善することなども知られていったことでしょう。そこで、呼吸困難や頭痛のある病態に対して、麻黄甘草基と桂枝甘草基を一緒に煎じて与えたところ、大変具合がよかったというような経験があったにちがいありません。それ以後はしばしばこの麻黄桂枝甘草の組み合わせが使用されるようになり、これが単に、喘と頭痛のみならず、身体痛、腰痛、骨節痛などの症状も改善することが知られていったのでしょう。また、「無汗悪風」の基本病態が最も適していることも経験から知られていったことでしょう。この上に更に、杏仁が喘を改善するのに有効であることが経験されて、遂には、第15条にあ識ような条文が残されるようになったのであると思われます。
生薬配列が麻黄桂枝甘草杏仁であるような湯の名前を短くする時、その最初の生薬名をとって麻黄湯と名づけたのは、「原始傷寒論」を初めて著作した人であることは勿論です。発汗・瀉下を経ない「正証」と論じる条文にこの湯をもってくることになったので、湯名をこのように省略する必要があったのです。麻黄を君薬と考えたからなどではないことは、既に(第12章1・2・3項)、詳論した通りです。杏仁七十個は約4.0gに換算されています。
『康治本傷寒論解説』
第15条
【原文】 「太陽病,頭痛,発熱,身疼,腰痛,骨節疼痛,悪風,無汗而喘者,麻黄湯主之.」
【和訓】 太陽病,頭痛,発熱し,身疼腰痛し,骨節疼痛し,悪風し,汗なくして喘(ゼン)する者は,麻黄湯之を主る.
【訳文】 太陽病(①寒熱脉証 浮 ②寒熱証 発熱悪寒 ⑤表熱外証 頭痛)で,汗なく(④緩緊証),身疼腰痛或いは,骨節疼痛して更に喘という特異症候がある場合は,麻黄湯でこれを治す.
【句解】
身疼(シントウ):全身のうずき
骨節疼痛(コッセツトウツウ):身体の節々が痛むこと
喘(ゼン):喘鳴のこと
【解説】 冒頭に太陽病と書かれている場合には,太陽病の範疇症候並びに特異症候というものをふまえた上で考えていかねばなりません.本条に範疇症候並びに特異症候が再度出てきているのは,頭痛は葛根湯の項背強に対して,そして身疼腰痛,骨節疼痛は第3条の体痛を詳述したものであります.また麻黄湯の寒熱証は,発熱悪風であるにもかかわらず発熱を述べているのは,特異症候である疼痛及び喘にも熱証と寒証の相対する場合が存在するからです.そこで麻黄湯は熱範疇内にあることを明らかにするため再出しているのです.
【処方】 麻黄三両去節,桂枝二両去皮,甘草二両炙,杏仁七十箇去皮尖,右四味以水九升,先煮麻黄減二升,去上沫内諸薬煮取二升半,去滓温服八合.
【和訓】 麻黄三両節を去り,桂枝二両皮を去り,甘草二両を炙り,杏仁七十箇皮尖を去り,右四味水九升をもって,先ず麻黄を煮て二升を減じ,上沫を去って諸薬を入れて煮て二升半に取り,滓を去って八合を温服す.
証構成
範疇 肌熱緊病 (太陽傷寒)
①寒熱脉証 浮
②寒熱証 発熱悪寒
③緩緊脉証 緊
④緩緊証 無汗
⑤特異症候
イ身疼腰痛,骨節疼痛
(杏仁)
ロ喘(麻黄)
ハ頭痛(桂枝)