28.柴胡桂枝干姜湯(さいこけいしかんきょうとう) 傷寒論
柴胡6.0 桂枝3.0 括呂根3.0 黄芩3.0 牡蛎3.0 乾姜2.0 甘草2.0
(傷寒論)
○傷寒五六日,已発汗,而復下之,胸脇満微結,小便不利,渇而不嘔,但頭汗出,往来寒熱,心煩者,此為未解也,本方主之(太陽下)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
衰弱して血色悪く,微熱,頭汗,盗汗,胸内苦悶,疲労倦怠感,食欲不振などがあり,胸部あるいは腹部(臍部周辺)に動悸を自覚し,神経衰弱気味で不眠,軟便の傾向があって尿量減少し,口内がかわいて,から咳などがあるもの。
本方は小柴胡湯を用いる症状より更に衰弱した症状に用いられる。従って強健な人とか硬便で便秘する場合には無効である。婦人の自律神経不安定症状あるいは更年期障害で咽喉に異物感があって,から咳する場合は半夏厚朴湯を,冷え症で尿意頻数の場合は当帰芍薬散を,頭痛,のぼせと共に立つくらみする場合は苓桂朮甘湯を考慮すべきである。心臓疾患で喘鳴を伴なった呼吸困難と共に浮腫は著しいが,本方適応症状より衰弱していない時は木防已湯がよい。胸内圧迫感が少なく,頭痛,のぼせ,耳鳴などを伴なう時は桂枝加竜骨牡蛎湯を一時使用するか,あるいはこれを併用するとよい。本方を服用してもなお食欲不振,疲労倦怠感あるいは盗汗がとれない場合は補中益気湯を試みるとよい。また軟便あるいは下痢の続く場合は五苓散あるいは半夏瀉心湯との合方を考慮すべきである。
〈漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は小柴胡湯,柴胡桂枝湯,柴胡加竜骨牡蛎湯などの症状に似て,衰弱が激しく体力が消耗して神経症状が著明なものに応用する。従って上記消耗性疾患でブドウ糖,ビタカン・リンゲルなどが対象になるような重篤な症候群が認められるものに適し,微熱がとれず口唇部や口内がかわいて流動食を摂取するも,胃腸機能が悪く消化不良性の軟便や著色した小量の尿を排出するもの。また心臓が衰弱しても脈も弱く,胸部や腹に動悸を自覚し,精神不安その他の神経症状が著明なものによい。
類証の鑑別,胸内苦悶,胸腹部動悸,神経症状,食欲の減退などについて柴胡加竜骨牡蛎湯および,桂枝加竜骨牡蛎湯に類似するが前者柴胡加竜骨牡蛎湯は比較的体力があって便秘するものを対象とし,後者の桂枝加竜骨牡蛎湯は虚弱な体質であるが衰弱の徴候がなく,消耗性の熱や口乾,軟便下痢などを認めないものに応用する。また貧血して動悸,息切れ,弱い脈,熱感などで炙甘草湯と類似するが,本方は衰弱に伴う諸症状および弱脈であり,炙甘草湯は不整脈,脈の結滞が主で便秘を伴うものに応用されている。
合方 本方は主として心不全や肝肥大に伴う腹水や浮腫,尿量減少などに五苓散と合方することが多い。
〈漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○柴胡桂枝干姜湯は柴胡姜桂湯ともよび,また略して姜桂湯とも言い,小柴胡湯や柴胡桂枝湯を用いる場合よりも更に虚弱なものを目標とする。したがって胸脇苦満も軽微で季肋下をさぐっても抵抗や圧痛を証明できない場合が多い。一体に腹力が弱く,心下部で振水音をきくことがある。また臍部で動悸の亢進をみとめることがある。血色も悪く,口が乾き,息切れ,動悸を訴える。盗汗が出ることもある。脈も弱い。
○この方は柴胡加竜骨牡蛎湯の虚証に用いるものであるから,柴胡加竜骨牡蛎湯の条下を参酌するがよい。
○姜桂湯は肺結核のほか,婦人の血の道症,神経症,心臓弁膜症などにも用いられる。
○姜桂湯の中の括楼根の代りに土瓜根を売る店がある。前者はキカラスウリの根であり,後者はカラスウリの根である。まちがえのないように注意しなければならない。土瓜根にはいやな苦味があって,これを用いると嘔吐を催すことがある。しかしこの頃は土瓜根を苦くないように製法してごまかすものもあるからやっかいである。
○肺結核で盗汗のやまないものには姜桂湯に黄耆茯苓各3.0を加え,せきのひどいものには五味子を加える。また動悸,息切れの甚しいものには呉茱萸1.0,茯苓3.0を加えて用いることもある。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○小柴胡湯に準じ,しかも身体虚弱で体力が衰え,あるいは長年の病気で衰弱しているもの。そこで胸脇が痞えて苦しく,往来寒熱,あるいは微熱があり,食欲がなく,さむけが強く,頭痛,咳,盗汗などがあり,患者は痩せ型で貧血気味,疲れやすく動悸や息切れしやすく,時に腹痛がおこり,尿利が減少することがある。特徴は顔面や頭部から汗が自然に出やすく,口乾や軽い口渇があり,胸部の動悸が更新している。脈も腹も緊張が弱く,腹部には胸脇苦満がある。たた胸脇苦満はたいてい軽いものである。
○細野史郎氏は自身の経験から,柴胡姜桂湯の適応症をつぎのようにのべている。
(1) 蒼白い顔色でいかにも寒そうに見え,また寒いと訴える。
(2) 肩がこるものが多く,その肩こりは柴胡桂枝干姜湯以外治るものがない。
(3) しかし,心臓の代謝機能障害のないものには効かない。
(4) 腹証の特徴は胸骨の剣上突起よりやや上部の中庭の部分に圧痛をみとめる。その他いわゆるもち肌の人が多い。体質は必ずしも虚弱とは限らない。
○橘窓書影に「時々悪寒,面熱し,舌上赤爛,頭昔出で,心下微結,腹満,小便不利,腰以下微腫あり,これ血熱,畜引(水毒)を挟む故なり,柴胡姜桂湯加呉茱萸茯苓を与う。」とある。
○村井大年口訣に「姜桂湯,赤胎の舌(あかむけ)の鹿の子まだらに白く付くあり,又舌がこわれてものがしみるものあり」とあって舌が赤く荒れること果言っている。
○金匱要略に「柴胡姜桂湯は瘧(おこり,マラリアのような病気)で寒多く,微しく熱あり,あるいは寒くして熱せざるを治す」とある。
○類聚方に「小柴胡湯証にして,嘔せず,痞せず,上衝して渇し,胸腹動あるもの」「按ずるに頭汗出ずるは,これ衝逆なり」とある。(痞は胃に食物が停滞して心下に痞えること。上衝は上へつきあげる症状)
○治痢功徴篇:下痢が長い間止まず,あるいは下痢が止んで,脈が数で,食欲がない。あるいは下痢が止んで,脈が数で,食欲がない。あるいは口渇があって腹中に動悸があるものは柴胡姜桂湯がよい。
○丹波家方的:喘息でさむけがして熱があり,胸部の動悸がはげしいもの。
○方輿輗:耳鳴りで,動悸が上がって耳にひびくもの。
○処方筌蹄,淋瀝:腹診すると腹じゅうに網のように動悸があり,小便が淋瀝するもの。婦人帯下があって小便が淋瀝するものによい。
○古家方則:長い間,赤白帯下を患って痩せて力がなく,往来寒熱して渇するものを治す。
〈漢方診療の実際〉 大塚、矢数、清水 三先生
本方は柴胡加竜骨牡蛎湯証のようで,体力が弱く,脈腹共に力のないものに用いる。患者は一体に貧血症で心悸亢進,息切れ,口乾があり,或は往来寒熱の状があり,或は乾咳があり,或は頭汗,盗汗があり 大便は軟く,尿利減少の傾向あるものに用いる。本方証の舌は一定せず,白苔のこともあり,舌乳頭が消失して一皮むけたような紅いものもあり,また舌に変化のないものがある。方中の柴胡,黄芩は主として胸脇部に作用し,解熱,疎通,鎮静の効がある。括楼根は滋潤,止渇,鎮咳の効があり,牡蛎は鎮静的に働き,また桂枝と協力して胸腹の動悸を治し,かつ盗汗を止める。乾姜は温薬で,組織の機能を鼓舞亢進させ,甘草は諸薬を調和し,健胃の効がある。以上の目標に従って本方は,諸熱性病,肺炎,肺結核,胸膜炎,腹膜炎,マラリア,或はマラリア様熱疾患,神経衰弱,血の道,不眠症,心悸亢進症,脚気等に用いられる。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
構成:小柴胡湯に似て桂枝があるから気の上衝があり,乾姜があるから裏寒の状態があり,半夏がなく,括楼根があるから水分の代謝障害は乾燥状態で,牡蛎があるから下虚,腹動,上衝,小便不利があることが考えられる。畢竟,本方部位は小柴胡湯でも気が下虚し,熱により気上衝し上部に仮熱を生じ,体液は減少するが,熱と上衝につれて上部に洩れる状態である。これを症状について見ると次のようになる。
運用 胸脇微結し,頭汗,口渇,腹動する。
「傷寒5,6日,已に汗を発し,而して復た之を下す。胸脇満,微結,小便利せず,渇して嘔せず,ただ頭汗出で,往来寒熱,心煩する者はこれ未だ解せざるなり」(傷寒論太陽病下篇)汗を発しとか之を下しとかは決して出鱈目に書いてあるのではなく,大切な意義があるのを見落としている人がある。汗を発すれば表の実は取れているか,或は虚に陥っているかであり,下した後は裏実が取れているか,或は裏虚に陥っているかである。この場合は表虚と裏虚を兼ねてただ中部胸脇だけが微結しているのだ。胸脇満は胸脇部位に自覚的に膨満感或は他覚的膨隆が認められることで,その部に気が実していることを物語っている。微結は微しく結するで,結とは気と水とが集結している時によく使われる言葉だが,他覚的には微結は脇下の腹壁が軽度に薄く緊張しているのが認められる過ぎない。そういう状態では小柴胡湯に似て往来寒熱も起り得る。然し小柴胡湯のようには緊張せぬから嘔は起らない。下虚のために腹動がしばしば認められる。腹動とは腹部大動脉の搏動亢進で,気の上衝がここから起っているので併せて熱が未だ解せないからその熱のために上方に向って気の上衝は起り,頭汗となったり頬部紅潮になったりする。心煩も一つはそのためで,小柴胡湯にも心煩があるが,それは胸脇苦満に伴う充塞性のものであるのに対して柴胡桂枝干姜湯は熱気上衝によるのが主になっている。発汗したり,下したりした後だから,当然,体の水分は外に出て,体内の水分は減少している。そのために腹動も促されるのであり,小便も不利するのであり,渇も起るのである。殊に小便不利は小便は気が下るにつれて出るのだから,その気が上衝状態に在って下らないから,水分不足と共に小便不利を起すようになる。頭汗は仮熱が上にあり,気上衝につれて水分が下に出て行かずに上方に出て行く状態である。それが上方に出ないときは盗汗と成て殊に上半身に出るようになる。この病理は組合せた薬物の個々の薬能と照合せれば一層明らかになるであろう。往来寒熱の一様態として「瘧,寒多く,微しく熱有るもの,或はただ寒して熱せざるもの」(金匱要略瘧病)がある。寒は悪寒,熱は発熱の意。臨床的には小柴胡湯とほぼ同様の病名に対して使われる。ただ小柴胡湯よりは虚して裏寒上衝がある場合だが,その内でも多く現われる症状は疲労性で脉が弱く皮膚が乾き,頭汗,口渇,腹動,軽咳,食欲不振である。これらの症状は全部揃うことを要せず,ただその状態と若干の症状の組合せがありさえすればよい。その他弛張熱を目標にして小柴胡湯よりも虚したマラリア,肺結核,腎盂炎,るいれきなどにしばしば使い,微結を目標にして結核性腹膜炎の腹膜肥厚硬のあるもの,胃酸過多症(牡蛎のアルカリも有効になる)急性腎炎,ネフローゼ(弛張熱,浮腫,小便不利を伴う)に使う。また処方の構成が柴胡加竜骨牡蛎湯に近い所から同湯の証に似て虚したヒステリー,神経質,神経衰弱などで急にのぼせて肩が凝り,肝癪を起すような者。殊に婦人の多く使う。その他頭汗,口渇を目標に頭部又は上半身湿疹にも使う。鑑別すべきは小柴胡湯より柴胡桂枝干姜湯の方が虚していたり,所謂ひねになっている。寒多く,熱少しも参考になる。口渇,頭汗は小柴胡湯にもあるが著明でなく、腹動はない。肋骨弓下の緊張も,小柴胡湯は著明だが柴胡桂枝干姜湯は軽微で,時には認め難い位のこともある。
<小建中湯> 脉が弱いときに微熱,胃痛,盗汗,口渇,心悸亢進,息切れなど個々の症状が共通するので紛わしいこともあるが,小建中湯では小便自利,本方では小便不利,小建中湯には頭汗も腹動もない。
<真武湯> 虚している状態,熱発軽咳などの肺結核の時には紛わしいが真武湯には頭汗,口渇、腹動,心下微結はない。
<炙甘草湯> 重症の肺結核で高熱,皮膚乾燥,盗汗,心悸亢進,咳などがあ識時には鑑別を要する。炙甘草湯にも口渇,腹動がある。炙甘草湯の方は呼吸促迫,心臓部搏動も著明で全体の虚と枯燥が強度で何となく騒がしい動揺性の状態で脉も浮虚になっている。その他梔子豉湯,茵蔯蒿湯など一部の症状は共通するものがあっても全体的に症状の組合せが違うから鑑別は容易である。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
胸部が微かに実し,表に熱があって裏に寒があり,水分不足をきたして枯燥し,気の上衝がある。本方は発汗して表が虚し,下したために裏が寒に陥ったものである。発汗と瀉下によって体内の水分が欠乏し,尿量が減じて渇してくる。表熱が残って裏の気が上昇し,水分欠乏のため全身に発汗せず,ただ頭汗だけが出る。本方は柴胡加竜骨牡蛎湯と似ているが,体力は弱く,貧血性で,脈腹ともに力のないものが目標である。主訴として心悸亢進,息切れ,口渇があり,あるいは往来寒熱の状があり,あるいは乾咳,頭汗,大便軟く,尿利減少の傾向がある。舌は一定せず,白苔のこともあり,舌乳頭が消失して一皮むけたような紅いものもあり,また舌に変化のないものもある。
〈類聚方広義〉 尾台 榕堂先生
労瘵,肺痿,肺癰,瘭疽,瘰癧,痔漏,結毒,梅毒等久しきを経て癒えず,漸く衰憊に就き,胸満乾嘔,寒熱交作,動悸,煩悶,盗汗,自汗,痰嗽乾咳,咽乾口燥,大便溏泄,小便不利し,面血色無く 精神困乏して,厚薬(味の濃い薬)に耐へざる者は此の方に宜し。
〈勿誤薬室方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方も結胸の類症にして,水飲心下に微結して,小便不利,頭汗出る者を治す。此の症骨蒸(結核熱)の初期,外感よりして此の症を顕する者多し。此方に黄耆,別甲を加えて与うるときは効あり。高階家にては別甲,芍薬を加えて緩痃湯と名づけて,肋下 或は 臍傍に痃癖(結核性腹膜炎の硬結)ありて,骨蒸の状をなす者に用ふ。此方は微結が目的にして,津液胸脇に結聚して五内に滋さず。乾咳出る者に宜し。(中略)又此方の症にして左脇下よりさしこみ,緩み難き者,或は澼飲の症に呉茱萸,茯苓を加えて用ゆ。又婦人の積聚水飲を兼ね時々衝逆,肩背強急する者に験あり。
〈日本東洋医学会誌〉 第8巻3号 小倉 重成先生
(中略)
位:少陽の変位で陽虚証。本方に傷寒5~6日とあるのが丁度病の少陽位にあることを示していると考えられる。
脈:浮弱,沈弱,動脈硬化症を伴う時はその程度に応じた硬脈を呈することもある。
舌:苔なくやや乾燥気味のことが多い。熱症状のない時は多くは湿潤している。
腹:傷寒論に「已に汗を発し,而して後之を下し」とあるのは(必ずしも発汗,瀉下を経なくとも)体力の相当の消耗を思わせ、従ってこれが脈にも現われ,腹は軟弱に傾いている。多くは右季肋下部に僅微な抵抗をふれ,左に対し多少の不快感を伴う(胸脇満微結)が胸脇苦満程強くはない。また腹部の軟弱なため季肋下部の抵抗をふれぬこともある。臍上悸はあることの方が多い。胃部振水音はないことの方が多いが認められることもある。
自覚症
(1) 季肋部に窮屈感を覚える。時には胃部痞感を伴う。
(2) 口燥,渇,尿不利,従って浮腫を伴うこともあ音¥
(3) 頭汗,盗汗等発汗は概して上半身に多く,逆上して顔が赤く,逆に下肢は冷えることが多い。しかし顔色も貧血気味のことも多い。また自汗は必発ではない。
(4) 少陽位の発熱である往来寒熱(弛張熱)を伴う。
(5) 自他覚的に胸部腹部に動悸を覚えることが多い。
(6) 煩悶,焦燥,物に驚きやすい。(後略)
<漢方の臨床> 第4巻第12号
柴胡桂枝干姜湯の関する2,3のことども 坂口 弘 先生
中庭・鳩尾の圧痛
柴胡桂枝干姜湯の云う処方は中々魅力ある処方である。胸脇満微結し往来寒熱,心煩あり,下虚して上衝,頭汗,腹動などを生じ,体液損乏して小便不利,渇を呈するのが姜桂湯の証だと云われる。和田正系氏は本方投与の決定的目標としては「面に血色乏しきこと,盗汗,特に頭汗著明なること,而して最後に重要なるは脈搏の微弱細数にして如何にも無力性なることではないかと思う」と述べられている。
然し頭汗などはそう何時でも出てくるものではなし,面色悪しきこと,脈微弱細と云うことは本方に限らず弱った患者には見られることであって中々本方の決定はむつかしい。
熱心に診察して動悸や頭汗,渇,小便不利などを確めて姜桂湯を処方して一向に効果がなく、反って瓜呂根の為に嘔気を来したりするのに,動けない結核の軽人に話だけ聞いて,投与したのが奇効を奏するという皮肉なことになることも屡々あった。
腹証は僅かの胸脇苦満と臍上の動があげられている。然し臍上の動も必ずしも姜桂湯証とは限られないし,胸脇苦満も更に広範囲にあるものであるから決定的証としてはそれ程有用でない。私共はこの他に本方の腹証として相当確実なるものに気付いて日常便利している。
それは鳩尾・中庭の圧痛である。指尖を肋骨弓線へ入れてゆくと胸骨下端あたりで、比較的小範囲の,然し極めて敏感に反応する圧痛点を証明する。この圧痛は膻中の圧痛,そして更に背部の心兪辺り殊に左の心兪の圧痛,硬結及び自覚的なこりや痛みと屡々結びつくのである。この圧痛点が姜桂湯証に特有のもののように思って本方を使ってみると意外に応用範囲が広まり,又効果も確実の様である。
大体鳩尾・中庭や膻中は心の募にあたり,心下部にあり,心臓ノイローゼの如き疾患に屡々圧矢を呈する所であり,之が心兪と結びつくのであるが,心兪の反応は膈兪辺迄及ぶこともある。
さてこの様にして使用した姜桂湯の適当証に肩に痛みがある。
肩胛関節の痛みで上肢挙上困難がある場合巨闕の針で運動が可能になることがあるのは針灸をやる人はよく経験するところである。従って五十肩の場合に前記の圧痛が出現し易いのであろうが、これを目標として,特に他の姜桂湯の症状がないのに意外の効果がある。(中略)
姜桂湯患者の性格
姜桂湯の圧痛点がノイローゼの圧痛点に一致することを述べたし,又疲労の場合に同じ様な反応の出ることも述べたが、姜桂湯は確かにノイローゼ,神経衰弱疲労の有力な治方である。
この場合姜桂湯が効く患者に共通の特徴があるように思う。この性格は神経症や神経過敏を目標とする時のみならず,肩こりその他の場合に用いる時も或程度目標となるように思う。
それは気をよく使う性質であり,所謂苦労性とか心配性であるが、何か事がある。たとえばこの様な患者は多くは婦人であるからお客があると非常に張切って生々と活躍するが,客が帰るとガックリと疲れて,頭痛や肩こりや動悸不眠等種々の訴えを持つようになるのである。又外出先では元気であるのに家へ帰って来ると急に疲れて,2,3日寝込むと云った具合である。つまり外界の刺戟に対しては極めて活発なる反応態度をとるが,この刺戟がなくなると内部緊張は一度に緩んで,劇しい疲労を感じるのである。この特徴も本方証を決定するのに可成役立つ様に思う。
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
本方は柴胡加竜骨牡蠣湯證のようで、体力が弱く、脈腹共に力のないものに用いる。患者は一体に貧血症で、心悸亢進・息切れ・口乾があり、或は往来寒熱の状 があり、或は乾咳があり、或は頭汗・盗汗があり、大便は軟く、尿利減少の傾向のあるものに用いる。本方證の舌は一定せず、白苔のこともあり、舌乳頭が消失 して一皮むけたような紅いものもあり、また舌に変化のないものがある。
方中の柴胡・黄芩は主として胸脇部に作用し、解熱・疎通・鎮静の効がある。瓜呂根は滋潤・止渇・鎮咳の効があり牡蠣は鎮静的に働き、また桂枝と協力して胸腹の動悸を治し、かつ盗汗を止める。乾姜は温薬で、組織の機能を鼓舞亢進させ、甘草は諸薬を調和し、健胃の効がある。
以上の目標に従って本方は、諸熱性病・肺炎・肺結核・胸膜炎・腹膜炎・マラリア或はマラリア様熱疾患・神経衰弱・血の道・不眠症・心悸亢進症・脚気等に用いられる。
『漢方精撰百八方』
68.〔方名〕柴胡桂枝乾姜湯または柴胡桂姜湯(さいこけいしかんきょうとう又はさいこけいきょうとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔処方〕柴胡6.0 桂枝、括呂根、黄芩、牡蛎各3.0 乾姜、甘草各2.0
〔目標〕自覚的 句渇、口燥、頭部発汗或いは盗汗があり、疲れやすく、尿利渋滞し、ときに往来寒熱、心悸亢進、咳嗽、心気鬱滞等がある。
他覚的
脈 やや弱、浮弱、浮細、ときにやや沈。
舌 やや湿潤し、微白苔か、苔なし。
腹 腹力は中等度又はやや軟で、両肋骨弓下、とくに多くの場合は右肋骨弓下に、弱度の抵抗と圧痛とを認め、臍上又は臍下に腹大動脈の搏動を著明に触れる場合が多い。
〔かんどころ〕頭部に汗出で、ねあせも出でて、疲れやすくて、のどかわき、臍上悸ありて、小便少ない。 〔応用〕
1.急性熱性病がやや日を経て、やや疲労衰憊にかたむいたもの。
2.肺炎、胸膜炎、肺浸潤等で、微熱が去らず、盗汗、口渇の傾向のあるもの。
3.マラリア様疾患で、寒戦は甚だしいが、発熱は顕著でないもの。
4.胃酸過多、胃カタル
5.脚気
6.中耳炎
7.ネフローゼ
8.低血圧症
9.ノイローゼ
10.神経性心悸亢進症
11.結核性腹膜炎
12.フルンケル
13.血の道症
〔治験〕本方は極めて応用範囲の広い薬方である。少陽期柴胡剤のうちの最も虚状のつよいものであって、諸症状は柴胡加竜骨牡蛎湯証に似て、ただそれが総体的に虚状をつよくしたもの、言い換えれば、柴竜湯と表裏の関係にあるものということが出来る。本方はあまりに頻用されるので、一々例を挙げたらきりがない。類聚方広義の本方に関する頭注は、短文よくその要を尽くしているので、次に引用しておこう。 「癆痎(肺結核)、肺痿(肺壊疽)、肺癰(腐癈性気管支炎)、癰疽、瘰癧、痔漏、結毒、黴毒等、久しきを経て兪えず、漸く衰憊に就き、胸満、乾嘔し、寒熱交わりも作り、動悸、煩悶し、盗汗、自汗し、痰嗽し、乾咳し、咽乾、口燥、大便溏泄し、小便利せず、面に血色なく、精神困乏し、厚薬に耐えざるものは、此の方に宜し」。
藤平 健
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
6 柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう) (傷寒論、金匱要略)
〔柴胡(さいこ)六、桂枝(けいし)、瓜呂根(かろこん)、黄芩(おうごん)、牡蠣(ぼれい)各三、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)各二〕
本 方は柴胡姜桂湯(さいこきょうけいとう)と略称される。柴胡加竜 骨牡蠣湯證に似ているが、表裏が虚し、半表半裏のみ微結しており、気の上衝があるものに用いられる。したがって、疲労しやすく胸脇苦満は弱い。本方は、頭 汗、不眠、口渇、尿量減少、心悸亢進(動脈、腹動)、精神不安、息切れ、咳嗽、軟便などを目標とする。
〔応用〕
(益田総子)
当帰芍薬散の効く人が、長く病気をしている場合には、柴胡桂枝乾姜湯を加えるととても良くなることが多い。
【参考】
・うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html
・慢性肝炎に使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2008/12/blog-post_24.html