『康治本傷寒論の研究』
少陰病、口中和 其背悪寒者 附子湯、主之。
[訳] 少陰病、口中和し、其の背悪感する者は、附子湯、これを主る。
其背悪寒者は貞元本では甚背悪悪者となつ言ているが、これは明らかに写し誤りである。
この条文を一見しただけで、第四三条(白虎加人参湯)の傷寒(陽明病)……口煩渇……背悪寒者、と互文をなしていることに気がつく。
口中和は口渇、口不仁、口苦、舌上乾燥等の異常感がなく、口中がよく滋潤調和していることである。『講義』三五五頁では「口中の二字には舌と咽とを含む。和すとは其の乾燥せずして能く滋潤せるを謂う。此れ即ち裏に熱なきを示すなり」という。この後半の和についての説明には問題が二つある。
『解説』四二二頁では口中和を「口中が乾燥せずに、平素と変らないこと」とし、『弁正』では「口の燥且つ渇せざるを謂うなり」とし、いずれも口中の乾燥していないこととしかとっていない。
これひ対して成無己は「口中和する者は苦からず、燥ならず、是れ熱なきなり」とし、『入門』三七九頁では「口腔内に異常な不快感、或いは乾燥感、或いは味覚異常等のなきこと」としている。これが正しいのである。
第二の問題点は『入門』でも「この口中和するを以て、背悪寒の陰証なることを診断する根拠となすのである」と論じていて、口苦が胃熱に関係することなどすっかり忘れている。まして口中の乾燥しか考えない人は「裏に熱がなく寒があること」としか思わない。ところが裏熱のないことは即ち裏寒のことだとはならない。裏に異常のないときも口渇はないからである。
従って口中和からわかることは胃熱も裏熱もないことのほかに、胃内停水があるかもしれないし、陰病であることかもしれない。
其背悪寒は腎に炎症のあることを示していることは第四三条の場合と同じである。腎即ち裏に異常のあることは明らかであるのに、口中和で裏に熱のないことも間違いないので、ここではじめて裏の異常は寒によるということになるのである。
ところで『解説』に「ここで特に口中和といったのは、白虎加人参湯証との鑑別を示さんためである」といい、『講義』に「其背悪寒するは所謂虚寒の応徴なり。然るに其背悪寒の一証は、白虎加人参湯証の背微悪寒に疑似す識所あり」といい、いずれも両者の相違を強調しているが、私は反対に両者の同質性に注目するのである。即ち両者はいずれも裏の病気であることである。ここから私はこの条文は少陰病は裏寒によるものであることを示したものと理解するのである。
附子二枚炮去皮破八片、白朮三両、茯苓三両、芍薬三両、人参人両。
右五味、以水八升煮、取三升、去滓、温服八合、日三服。
[訳] 附子二枚炮じて皮を去り八片に破る、白朮三両、茯苓三両、芍薬三両、人参二両。
右の五味、水八升を以て煮て、三升を取り、滓を去り、八合を温服し、日に三服す。
今までに出てきた附子を用い処方では一枚(1個)を使用していたが、ここでは二枚となり主薬になっている。附子の作用は『常用中草薬図譜』の温中回陽、散寒止痛に最も良く表現されている。他の薬物書ではこの温中が温腎と表現される場合もある位である。
そこで附子湯は附子、白朮、茯苓の配合で裏寒と腎の炎症を治し、附子、芍薬、人参の配合で強壮作用を期待したものとなっている。
『傷寒論再発掘』
53 少陰病、口中和 其背悪寒者 附子湯主之。
(しょういんびょう こうちゅうわし、そのせおかんするもの、ぶしとうこれをつかさどる。)
(少陰病で、口の中に異常がなく、その背に悪寒のあるようなものは、附子湯がこれを改善するのに最適である。)
口中和 というのは、口の中に乾燥感や味覚異常やその他、特別な異常感のない状態をいい、要するに滋潤調和していることです。これは第43条(傷寒、無大熱、口煩渇、心煩、背微悪寒者、白虎加人参湯主之)と対比してみると、その内容がより明瞭になることと思われます。同じく、背に悪寒を感じる状態であっても、一方は「口煩渇」であり、一方は「口中和」となっており、まるで、正反対なのです。白虎加人参湯と附子湯の両方に共通した生薬は「人参」だけですし、共通した症状は「背悪寒」だけです。従って「人参」には背悪寒を改善する作用があっても良いように思われます。(第16章15項参照)。
其背悪寒 というのは、その背に悪寒を感じることである、と素朴に解釈しておいて良いと思います。白虎加人参湯の所の 背微悪寒 も素朴に解釈したのですからここもそうした方が良いでしょう。
筆者は、白虎加人参湯の場合の背微悪寒も、附子湯の場合の其背悪寒も基本的には「体内水分の欠乏」に基づくものであり、従って「人参」の基本作用(第16章15項参照)である「体内の水分欠乏の改善作用」によって、どちらも改善されていくのである、と推定しております。個体病理学の立場では、このように容易にしかも統一的に理解できる事柄でも、細胞病理学の立場で説明しようとすると、これは誠に容易ならぬ事柄となるでしょう。多分、「百年河清をまつ」如きものであるでしょう。東洋医学での様々な治療効果やその原理は、まず、個体病理学の立場で、法則的に理解していき、その後、細胞病理学の立場との対応関係を求めていくのでなければ、本当の「体全治療」の特質か抜け落ちてしまうと思われますので、筆者は根本聖典である「傷寒論」を、個体病理学の立場で、解明しようとしているわけです。それ故、今後とも、この研究書を読まれる方々は、本当にその気で読んでいただきたいと思います。
53’ 附子二枚炮去皮破八片、白朮三両、茯苓三両、芍薬三両、人参二両。
右五味 以水八升煮 取三升 去滓 温服八合 日三服。 (ぶしにまいほうじてかわをさりはっぺんにやぶる、びゃくじゅつさんりょう、ぶくりょうさんりょう、しゃくやくさんりょう、にんじんにりょう。
みぎごみ みずはっしょうをもってにて、さんじょうをとり、かすをさり はちごうをおんぷくし、ひにさんぷくす。)
この湯の形成過程については既に第13章15項において考察した如くです。すなわち、真武湯の生薬配列(白朮、茯苓、芍薬、生姜、附子)で、附子を二枚に増量し、生薬配列の最初にもってきて、その特徴を強調し、その生姜を人参に代えると、この附子湯の生薬配列(附子・白朮・茯苓・芍薬・人参)が得られるのです。
基本的には、真武湯と同じく利水機転を通じて、種々の異和状態を改善していく湯ですので、(白朮茯苓)基が附子の次に配列されているわけです。その次に、筋肉痛や腹痛に対して、芍薬が配列され、更に、真武湯が適応する病態よりも、嘔吐や下痢がすくないので生姜を去り、「背悪寒」の強い状態なので人参が加えられているのであると推定されます。更に詳細は第13章15項を参照して下さい。
『康治本傷寒論解説』
第50条
【原文】 「少陰病,口中和,其背悪寒者,附子湯主之.」
【和訓】 少陰病,口中和し,その背悪寒する者は,附子湯これを主る.
【訳文】 少陰の中風(①寒熱脉証 沈微細 ②寒熱証 手足厥冷 ③緩緊脉証 緩 ④緩緊証 小便自利)で,背悪寒する場合には,附子湯でこれを治す.
【句 解】
口中和(コウチュウワス):熱がないので口に粘り気がないということ..
背悪寒(ハイオカン):附子の特異症候で,背部に寒気を催す場合をいう.
【解説】 この条は,直中の少陰と前出の熱証での利法の極みとしての白虎湯との区別点を指摘して寒熱の相違を述べています.
【処方】 附子二枚,炮去皮破八片,白朮三両,茯苓三両,芍薬三両,人参二両,右五味以水八升,煮取三升,去滓温服八合日三服.
【和 訓】 附子二枚,炮じて皮を去り八片に破る,白朮三両,茯苓三両,芍薬三両,人参二両,右五味水八升をもって,煮て三升に取り,滓を去って温服すること八合日に三服す.
桂枝三両皮を去り,芍薬六両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚を擘く,大黄二両を酒で洗う,右六味水七升をもって,煮て三升を取り滓 を去って一升を温服す.
証構成
附子湯
ブシトウ
範疇 肌寒緩病(少陰中風)
①寒 熱脉証 沈微細
②寒熱証 手足厥冷
③緩緊脉証 緩
④緩緊証 小便自利
⑤特異症候
イ背悪寒(附子)
ロ 腹痛(芍薬)
『康治本傷寒論要略』
第53条 附子湯
「少陰病口中和其背悪寒者附子湯主之」
「少陰病、口中和し、其の背悪寒する者、附子湯これを主る」
①(43条)
「傷寒、大熱無く、口煩渇し、心煩し、背微に悪寒する者、白虎加人参湯これを主る」この条文は陽明病の裏位。少陰病は裏位:腎・膀胱。
②金匱痰飲篇〔金匱-12-8〕
「それ心下に留飲あり、その人背寒く、冷たきこと手の大きさのごとし」
③即ち陰病で胃内停水のもの→背悪寒あり。
(白朮と茯苓が必要。胃弱だから人参を必要とする)
薬理作用 効能・主治
心臓運動抑制・呼吸中枢抑 附子 鎮痛・温補・強心・利尿・神経痛・
制・降圧・産熱中枢抑制・強心 (炮) 麻痺・四肢厥冷・浮腫・小便不利・
・冠血管・下肢血管拡張・昇圧 腹痛・下痢
・末梢知覚神経興奮後抑制・
局部麻酔・細菌発育抑制・ア
ドレナリンβ受容体刺激(強
い血管拡張)・平滑筋弛緩・脂
質代謝促進・血糖上昇作用
補気・利尿・強壮・血糖賃下作 白朮 食欲不振・倦怠無力:・腹虚満・下
用 痢軟便・胃内停水・浮腫・小便不
利・頭暈・自汗・濕痺による痛み・
胎動不安
利尿・抗菌・腸管弛緩・抗癌作 茯苓 胃腸を調え利尿・鎮静・強壮・胃
用 内停水・下痢・小便不利・眩暈・動
悸・浮腫・精神不安・咳逆
既述 芍薬 既述(鎮痛作用)
中枢興奮と抑制・疲労回復促 人参 滋潤止腸・健胃整腸・強壮・鎮静・
進・抗ストレス・強壮・男性ホ 鎮咳・鎮喘・煩渇・嘔吐・心下部不
ルモン増強・蛋白質・DNA・ 快感・食欲不振・下痢・全身倦怠
脂質生合成促進・放射線障害 感・煩躁及び心悸亢進・不眠・気
回復促進・心循環改善・血糖 喘・呼吸促進
降下・脂質代謝改善・血液凝
固抑制・コルチコステロン分
泌促進・抗胃潰瘍・免疫増強
作用
康治本傷寒 論の条文(全文)