健康情報: 2021

2021年11月11日木曜日

『漢方薬の実際知識』の生薬の配剤からみた薬方解説

 まえがき

 昨今、日増しに伝えられる公害問題や薬の副作用などによって、漢方薬が見なおされ、いわゆる副作用のない薬として、一般大衆の漢方への関心がたかまってきている。これらのことを反映して、漢方薬関係書が数多く出版されている。したがって、近時一般大衆の漢方薬への知識は、かなりたかくはなっているが、まだ民間薬との区別さえわからない人がほとんどといってよい。そのため、なまはんかな勉強をした一般大衆による素人療法がまかりとおっている。しかし、漢方薬も誤った使い方をすれば、死への転帰をたどったり、あるいは病気が悪化したり、下痢が止まらなくなったりすることもまれではない。一般素人がいだいている”漢方薬だから作用はおだやかである”という考えだけで使用することは、おそろしい結果を招くことにもなる。

 一般素人のかたが漢方薬を使用する際には、専門家の指導を受ける必要のあることはいうまでもないことである。

 ところで、漢方薬を系統的に記した書物は、あんがい、みあたらないようである。そこで本書は、これらのことを考え、漢方薬の薬方を構成する意義から説き起こし、各薬方の関連性についてのべ、主要漢方生薬の解説を行なった。さらにその内容については、一般素人にもわかりやすく、正しい漢方薬の知識がえられ、また、漢方薬について知識のある人にとっても、薬方の整理をする一助ともなれるように心がけたつもりである。

 昭和四七年一一月

 

増補によせて

 本書は「まえがき」で記しているように、漢方薬が薬方を構成する意義から説き起こし、各薬方の関連性について述べ、主要薬方解説を記したが、漢方薬が薬方を構成する理由のところでほんの一部を記したにすぎないため、主要薬方解説での、1 柴胡剤、2 順気剤、3 駆瘀血剤、……などの区分がなぜなされているかの理由を明瞭には記していない。したがってともすればこの区分を、ただ単なる薬方の羅列であると思い、安易に見過ごしがちである。

 しかし本書の区分はただ単に薬方を分類するためにあるのではなく、一面では生薬の配剤による変化を追うとともに、他面では類似の薬効(薬方の効く部位、病人の体力、病勢)を追って区分されている。いいかえれば本書の区分の意図は、薬方の方意を正しく把握し、随證療法を単純化することにある。

 随證療法の単純化は次のようにして行なわれる。すなわち、患者の病状により得られた各種の情報を気、血、水に分類し、それが主に気だけの場合には気順剤を、主に水だけの場合には駆水剤を、主に血だけあるいは気と血、血と水、気と血と水の場合には駆瘀血剤(気と血と水の場合には解毒剤、下焦の疾患、その他の項に記された薬方を用いることもある)を用いる。しかし、それが気と水の場合には複雑で、患者の症状によって種々のものが用いられる。すなわち、1 胸脇苦満あるいはそれに類する症状があれば柴胡剤を、2 症状が表証のみであれば、表証、麻黄剤を、3 中焦の症状が主であれば建中湯類を、4 裏証の症状が主であれば裏証Ⅰ(冷え)、裏証Ⅱ(冷えと新陳代謝の低下)を、5 便秘なら承気湯類を、6 心下痞があれば瀉心湯類を、7 以上のいずれにも該当しなければ解毒剤、下焦の疾患、皮膚疾患、その他の項に記載の薬方を用いる。

 いうまでもないことであるが、合病であるならば同じことを再度繰り返して薬方を合わせて使用すればよいのである。しかし、生薬は組み合わせて用いれば薬効が変化することがあり、いま、合方した薬方がはたして目的とする薬効を発現させるかどうかを見きわめなければ使用することはできない。このためにも組合わせによる変化を正しく把握しておかなければならない。

 このような理由により、「第九章 生薬の配剤からみた薬方解説」を追加したものである。

 昭和五六年六月

 

2 漢方薬が薬方を構成する理由

 生薬を二種以上、同時に使用した場合、そのときに現われる薬効が、単にそれぞれ単独で使用したときに起こる作用を合わせただけ(相加作用という)であるならば、症状をみて各症状に有効な生薬を加え合わせればよいことになる(漢方薬以外の薬は、このような考え方で組み合わされている)。

 しかし、二種以上の生薬をまぜて服用したときに起こる現象は、ただ単にそれぞれの生薬によって起こる作用を加え合わせたということでは、説明のつかないことが多い。あるときはその作用が、ただ単に加え合わせたと考えられる以上に強くなり(相乗作用という)、あるときは弱くなり(相殺作用という)、またあるときは、まったく別の作用を示す(方向変換という)。たとえば、麻黄(まおう)を例にとってみると、麻黄単独の作用は、発汗剤で皮膚の排泄機能障害を治すものである。ところが、この麻黄に桂枝(けいし)を加えると、発汗剤となり、石膏を加えると、止汗剤(方向変換)となる。さらに麻黄と桂枝と石膏の三種を合わせると、麻黄と桂枝の作用である発汗作用が助長される(相乗作用)。また麻黄に朮(じゅつ)を加えると、利尿剤(方向変換)となり、麻黄に杏仁(きょうにん)を加えると、鎮咳剤(方向変換)になる。このように、加えられる相手によってその作用が変わっていくわけである。

 附子の作用は、組み合わされた相手によって、その作用するところが異なってくる。たとえば、附子に桂枝、葛根(かっこん)、麻黄などの表(ひょう)へ行く生薬を加えると、附子の作用は表に誘導され、表の組織を温め、表皮の新陳代謝機能をたかめるが、乾姜(かんきょう)、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)、人参(にんじん)、茯苓(ぶくりょう)など半表半裏(はんぴょうはんり)から裏(り)へいく生薬を加えると、附子の作用は半表半裏から裏に誘導されて、内臓諸器官の新陳代謝をたかめ、体表にまではその作用がおよばない(第九章参照)。また防已(ぼうい)、細辛(さいしん)、白朮(びゃくじゅつ)、芍薬(しゃくやく)など全身にいく生薬を加えると附子の作用は全身にゆきわたり、全身の新陳代謝機能をたかめるようになり、半夏(はんげ)、梔子(しし)など咽部から胸部にいく生薬を加えると、附子の作用は食道、咽部、胸部の新陳代謝機能をたかめるようになる。

 したがって、一つ一つの薬物の作用を知っているだけでは、組み合わされたものの薬効はわからない。しかし、すべての生薬の組み合わされた作用を知ることは無理であり、また実用的飛はない。ここに、発病から死にいたるまでを克明に記録し:病勢の変化をとらえ、そのときどきに必要な一連の薬方をさきにつくっておき、病人の現わした症状から、どの時期であるかをみきわめ、それに対応する薬方を与えるほうが合理的である。このように漢方では、生薬単独の作用のみならず、まぜ合わされたときの作用も明確に把握するために薬方というものがつくられたわけである。

 

第九章 生薬の配剤からみた薬方解説

 漢方治療は随證療法であることは既に述べたが、このことは言い方を変えれば、病人の現わしている「病人の證」と、生薬を組み合わさたときにできる「薬方の證」とを相対応させるこということである。 「病人の證」は四診によって得られた各種の情報を基に組み立てされ、どうすれば(何を与えれば)治るかを考えるのであるが、「薬方の證」は配剤された生薬によって、どのような症状を呈する人に与えればよいかが決定される。したがって「病人の證」と「薬方の證」は表裏の関係にある。「薬方の證」は一つの薬方では決まっており、「病人の證」は時とともに変化し、固定したものではない。

 しかし、「病人の證」、「薬方の證」いずれもが薬方名を冠しているため、あたかも證の変化がないように「病人の證」を固定化して考え、変化のない薬方の加減、合方などを極端に排除したり、あるいは反対に各薬味の相加作用のみによって薬方が成立していると考え、無責任な加減がなされるなど、間違ったことがよく行われている。本書の薬方解説は 第二章 2漢方薬が薬方を構成する理由 のことろで明記しているように、生薬の配剤を基に記しているが、配剤に関しての説明が不十分である。したがって薬方解説の各節の区分の理由を明確にし、加減方、合方などを行なうときの参考となれるよう記した。

 二種以上の生薬を組み合わせて使用したときに起こる現象は相加作用、相殺作用、相乗作用、方向変換などで言い表わされることは既に述べたが、一般の薬方のような多種類の生薬が配剤された場合においてはさらに複雑で、桂枝、麻黄、半夏、桔梗、茯苓、附子などのように個々の生薬の相互作用で理解できるものと、柴胡、黄連・黄芩、芍薬などのようにその生薬の有無、量の多少によって薬方の主證あるいは主證の一部が決定するものとがある。したがってある薬方の薬能を考えたり、薬方を合方して使用する場合にはそれらのことを注意して考えなければならない。

1 生薬の相互作用で理解できるもの

1 桂枝について

 消えしは発汗剤であるが、麻黄または防風と組み合わされれば発汗作用はさらに強くなり(相加作用)、大棗と組み合わされれば反対に止汗作用(方向変換)を現わすようになる。したがって麻黄湯(麻黄、杏仁、甘草、桂枝)では桂枝+麻黄の組合せとなり、発汗剤として働くが、桂枝湯(桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草)では桂枝+大棗の組合せとなり、止汗剤として働いている。また桂枝は芍薬と組み合わされれば緩和剤(方向変換)となり、筋肉の緊張やひきつれて痛むのを治すようになる。白朮や茯苓と組み合わされれば利尿剤(方向変換)となり、 地黄と組み合わされれば強壮剤(方向変換)となる。

 先の桂枝湯では桂枝+芍薬の組合せを含むため、肩こり、身体疼痛など筋肉の緊張やひきつれて痛むのを治す。したがって、そのような痛みがない場合には桂枝去芍薬湯として投薬する。痛みがなくても芍薬を入れておいてもよいのではないかと考えられる人もあるかと思うが、一般には生薬は相乗効果のある組合せを除いて考えれば、その効果は、1 単独で使用する(民間薬)、2 四~五種類を組み合わせて使用する(例、古方)、3 七種以上を組み合わせて使用する(例、後世方の順に、すわわち薬味の数が増えるにしたがって薬方の作用は弱くな識傾向がある。(相乗効果があれば、組み合わせて使用するほうが薬方の作用が強くなるのほ当然である)。

 しかし適応證の範囲、言い換えれば證の取りやすさという点で考えると、作用とは逆に薬味が増えるにしたがって安易に薬方を使えるようになる利点がある。以上のことから考えれば、先の桂枝去芍薬湯も必要でない緩和作用を除き、より強く、スムースに治癒させることを目的に行なわれているのである。

 これらの組合せでできたものの多くは、第六章 主要薬方解説 4表証に記されている。

 

2.麻黄について

 麻黄(地上部の節を除いたもの)は、第二章 漢方薬について 2漢方薬が薬方を構成する理由のところで記したように、桂枝と同じく発汗剤となるが、石膏と組み合わせると止汗剤となる。麻黄+桂枝は先に述べたように発汗剤であったが、これと麻黄+石膏の止汗剤と組み合わせれば麻黄+桂枝+石膏の組合せとな責、発汗作用は強烈となる。このことは注意しなければならないことで、知らずに薬方を合方して使用し、失敗することは多い。たとえば桂枝湯(桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草)〔桂枝+大棗・止汗剤〕と越婢湯(麻黄、石膏、生姜、大棗、甘草)〔麻黄+石膏・止汗剤〕の二つの薬方を合方すれば麻黄+桂枝+石膏の組合せができ、非常に強い発汗剤となる。すなわち虚証の薬方どうしの組合せなのに、非常に実証の薬方へと一変する。同様なことはしばしば見られることで、同方する場合には十分注意しておかなければ失敗することはまれではない。 

 また葛根湯(葛根、麻黄、桂枝、甘草、生姜、大棗)のように、同一薬方内に麻黄+桂枝と桂枝+大棗のように相反する組合せが生じた場合には実の薬味(この場合は麻黄)の方の組合せの薬効が現われる(このとき注意しなければならないのは、附子が入っている薬方では虚の附子の薬効の方が優先することである)。したがって本方は麻黄+桂枝の組合せの発汗作用が現われるようになる。

 ここで注意しなければならないのは発汗と無汗ということ仲;ある(図36参照)。これはただ単に体表の汗の有無をいうのではなく、体表に汗を出そうとしているかどうかが問題となる。すなたい、体表よりスムーズに汗が出ている(実像の発汗)か、たとえ汗は出ていなくても森より表に水が移動してきて、表に水が溜まって浮腫を形成している過程(浮腫はおすと軟らかい)ならば(虚像の発汗)汗が出ているものとして止汗剤、たとえば越婢湯、麻杏甘石湯(麻黄、杏仁、甘草、石膏)などを与える。

 反対に浮腫が形成される傾向がなく、体表に汗が出ていない(実像の無汗)か、たとえ汗が出ているようにみえても、表に水が溜まって実腫(浮腫はおすと硬い)となっている、すなわち裏より表への水の移動がないならば、その汗の出方は水がもれ出るような感じとなる(虚像の無汗)、このような場合には発汗剤、たとえば麻黄湯、小青竜湯(麻黄、桂枝、芍薬、乾姜、甘草、細辛、五味子、半夏)などを与える。その他、麻黄は杏仁と組み合わせれば鎮咳剤となり、白朮と組み合わせれば利尿剤となる。したがって麻黄加朮湯では麻黄+桂枝(無汗・浮腫)、麻黄+杏仁(咳)、麻黄+白朮(浮腫、尿不利)の組合せとなり、それぞれの薬効が現われる。

 これらの組合せでできたものの多くは、第六章 主要薬方解説 4表証、5麻黄剤 に記されている。

 

3 半夏について
 半夏を単独で用感れば咽喉痛を引き起こし、胃がむかむかし、強くなれば嘔吐を引き起こすようになるため、半夏は一般に単独では用いず、常に生姜(乾姜)あるいは大棗・甘草と組み合わせて使用される。しかし利膈湯(半夏、梔子、附子)などの薬方のように生姜または大棗・甘草がなくて使用されることもあるが、これらは例外的な薬方である。すなわち、半夏は生姜と組み合わされれば鎮吐作用を現わし、大棗・甘草と組み合わされれば鎮痛、鎮静磁用を現わすようになる。

 この組合せを基本薬方とし、薬効の変化がよく理解できる一連の薬方があるので以下に記す。すなわち、半夏と生姜を合わせたものは小半夏湯といわれ、鎮吐作用を目的に使用される。これに胃内停水の症状が加われば小半夏湯に茯苓を加えた、小半夏加茯苓湯として使用する。したがって胃内停水があり、ときに嘔吐する人に与えるのであるが、胃内停水が嘔吐として体外に出ることができず、咽部まで上がってきて、そこに留まるような感じ、すなわち咽部の異常感の出てくるようになったものには気(第四章 漢方の診断法 3気血水説 参照)の異常と考えて順気作用のある生薬の厚朴、蘇葉を入れ、半夏厚朴湯として与える。

 この半夏の組合せは種々の薬方に応用されるため、一つの系列としてはとりえない。

4 茯苓について
 茯苓の組合せは体の中に水の偏在を治すのを目的に作られたもので、単独あるいは組み合わされることにより種々の水の移動を生じるため、絶対的なものではないが、主な薬効は次のようになる。すなわち茯苓と白朮を組み合わせれば胃の機能を亢め、胃内停水を除くように働き、茯苓と猪苓、沢瀉を組み合わせれば尿利をよくするように働き、茯苓と桂枝・甘草を組み合わせれば心悸亢進やめまいを鎮めるように働く。

 したがって胃内停水があり、その瘀水が気の上衝とともに移動して心悸亢進やめまいを起こすようなものには茯苓+白朮(胃内停水)、茯苓+桂枝・甘草(心悸亢進、めまい)の組み合わされた苓桂朮甘湯(茯苓、桂枝、白朮、甘草)を用いるが、胃内停水が気の上衝がないため移動せず、かえって胃から腰のあたりに瘀水が溜まって冷たく感じるようになれば、体を温める乾姜と胃内停水を除く茯苓+白朮を組み合わせた苓姜朮甘湯(茯苓、乾姜、白朮、甘草)を用いるようになる。苓桂朮甘湯と同じように症状を現わすが、胃内停水がそれほど強くなければ茯苓+白朮の組合せでなくても、胃内停水を除く作用のある生姜だけの駆水作用で十分であるから、茯苓甘草湯(茯苓、桂枝、生姜、甘草)とする。

 胃内停水ではなく、気管支に水毒があれば生姜のかわりに五味子を入れた苓桂味甘湯(茯苓、桂枝、五味子、甘草)に、反対に精神的な症状が加われば、虚証の人では大棗(実証の人には大棗では効果がない)と変えた苓桂甘棗湯(茯苓、桂枝、甘草、大棗)とするなどがある。

 これらの組合せでできたものの多くは、第六章 主用薬方解説 11駆水剤 に記されている。

 5.桔梗について

 桔梗は単独で用いれば膿や分泌物のあるときに使用し、膿や分泌物を除く作用がある。これに芍薬が組み合わされると作用は一変して、発赤、腫脹、疼痛に効くようになるが、誤って膿や分泌物のあるときに使用すればかえって悪化する。しかし桔梗に芍薬と薏苡仁を加えれば発赤腫脹の部分があり、しかも分泌物が多く出ている部分もある場合に効くようになる。桔梗に荊芥、連翹を加えても同様の効果がある。

 たとえば排膿湯(桔梗、甘草、生姜、大棗)は桔梗単独の作用、すなわち患部に膿や分泌物のあるときに用いるが、排膿散(桔梗、芍薬、枳実、卵黄)となれば、桔梗と芍薬の組合せとなり、発赤、腫脹、疼痛のあるものに用いるようになる。誤って使用しやすい例に葛根湯の加減方がある。すなわち葛根湯加桔梗石膏の桔梗と石膏はあたかも相反した、寒い用いる桔梗と、熱に用いる石膏が組み合わされているようにみえるが、桔梗は葛根湯の中に含まれている芍薬と組み合わされたものであり、石膏との相加作用を目的に作られたものである。したがって本方は上焦の部位に発赤、腫脹、疼痛のあるときに用いられる。もし炎症もあるが膿もたくさん出るというようになれば前記の組合せにしたがって、葛根湯加桔梗薏苡仁にしなければならい。
 これらの加減は同じ表証の薬方中では、桂枝湯にはそのまま代用できるが、麻黄湯には芍薬とともに考えなければならないことは、いまさら言うに及ばないことであろう。この桔梗の組合せは種々の薬方に応用されるため、一つの系列としてはとりえない。

6 附子について

 附子の作用は組み合わされた相手によって、その作用する位置(部位)の変わってくることとは、すてに、第二章 漢方薬について 2漢方薬が薬方を構成する理由 の項で述べた。

 いま、ここに桂枝湯(桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草)を例にとって考えると、その違いが明らかになってくる。すなわち、桂枝湯に附子を加えると桂枝加附子湯になるが、この場合は附子の作用を表に誘導する桂枝と、全身に誘導する芍薬の組合せとなる。全身に誘導するものは作用が弱いため、桂枝加附子湯の附子はほとんど表の組織に対して、麻痺、刺激、温補作用を現わす。したがって裏に近い関節に働くよりも、表の筋肉に働くようになり、筋肉に関係した症状すなわち筋肉の痛、痙攣、麻痺を主とし、芍薬の作用も加わって運動障害などを治す。

 いま、桂枝加附子湯から芍薬を除けば桂枝附子湯となるが、本方では附子の作用は桂枝にのみ誘導されるため、表の組織へのみ作用し、筋肉の痛み、痙攣、麻痺などを治すようになる。したがって本方の目標に「骨節に痛みなく、ただ身体疼痛するもの」とあるのは容易に理解できる。

 桂枝加附子湯に白朮を加えれば桂枝加朮附湯となり、附子の作用を全身に誘導するものが芍薬、白朮の二種類となるため、しだいに全身に対する作用が出始める。そのため関節に関係した症状が加わり、全身的な水毒症状も明らかとなる。したがって四肢の麻痺、屈伸困難、尿利減少などを治す。

 桂枝加朮附湯にさらに茯苓を加えれば桂枝加苓朮附湯となるが、茯苓は附子の作用を半表半裏~裏に誘導するため、表に誘導する桂枝、全身に誘導する芍薬、白朮と組み合わされて、附子の作用はどこにも偏らず、全身を温める作用となり、水毒症状を呈する人に用いるようになる。

 本方より、附子の作用を表に誘導する働きのある桂枝と、附子の作用とは関係のない大棗、甘草を除いたものが真武湯(茯苓、芍薬、生姜、白朮、附子)であり、附子の作用は、全身に対する作用もあるが、、主に半表半裏~裏に働くようになる。したがって本方は桂枝加朮附湯と表裏が相対応する薬方である。

 また当帰芍薬散(当帰、芍薬、川芎、茯苓、白朮、沢瀉に附子を加えれば、附子の作用を全身に誘導する芍薬、白朮と、半表半裏~裏に誘導する茯苓があるため、全身に対する作用もあるが、主に半表半裏~裏に働くようになる。したがって半表半裏~裏に強い冷えがある場合によく附子を加えるのであるが、いくら冷えが強いからといっても妊婦には使用してはならない。なぜなら、胎児は裏位にあるため、附子の作用は胎児にも強く作用する。しかし、いくら母親は虚証であっても、胎児は新陳代謝がさかんな実証であるため、実証に附子を与えることになりき、危険である。このようなことは附子の温補作用のみに注意し、その作用する位置を考えなかったために起こることであり、よく注意しなければならない。

 その他、 特殊な例として、半夏や梔子は附子の作用を咽部から胸部に誘導する働きがあるため、利膈湯(半夏、梔子、附子)などでは咽喉の新陳代謝が衰えて咽喉がふさがったり、嚥下困難などを呈するようになったものに用いる。

 これらの組合せでできたものの多くは、第六章 主要薬方解説 4表証、8裏証Ⅱ に記されている。


7 その他の生薬について

 相加作用のみで考えることのできる生薬は多く、黄耆(寝汗、黄汗)、薏苡仁(皮膚を潤し、瘀血、血燥を治す)、人参(全身の水)、生姜(胃内停水)、駆瘀血生薬(当帰、芍薬、桃仁、牡丹皮、地黄など)など種々がある。

 また下剤、温補剤の関係は表裏の関係であり、便秘していても実証か虚証かによって使い分けなければならないことはいうまでもない。気のうっ滞を治す順気剤である厚朴、枳実、蘇葉と大黄+芒硝を加えたもの、たとえば大承気湯(大黄、芒硝、枳実、厚朴)は最も実証の人に用い、大黄のみを加えたもの、たとえば小承気湯(大黄、厚朴、枳実)がこれに継ぐ。気の上衝を治す順気剤である桂枝と大黄+芒硝を加えたもの、たとえば桃核承気湯(大黄、芒硝、桂枝、桃仁、甘草)はさらに弱くなり、大黄のみを加えたもの、たとえば柴胡加竜骨牡蠣湯(柴胡、半夏、茯苓、桂枝、黄芩、大棗、人参、竜骨、牡蛎、生姜、大黄)がこれに継ぐ。 順気剤のない大黄+芒硝を加えたもの、たとえば調胃承気湯(大黄、芒硝、甘草)はさらに弱くなり、大黄のみを加えたもの、たとえば三黄瀉心湯(大黄、黄芩、黄連)がこれに継ぐ。ここまでは実証の便秘に用いられる。

 次いで梔子を加えたもの、たとえば黄連解毒湯(梔子、黄芩、黄連、黄柏)が続く。虚証の便秘となると、さらに虚したときに用いる乾姜を加えたもの、たとえば人参湯(人参、白朮、甘草、乾姜)を用いる。新陳代謝がさらに衰えると附子を加えたもの、たとえば真武湯(茯苓、芍薬、生姜、白朮、附子)を用い、さらに虚になると附子+乾姜を加えたもの、たとえば四逆湯(甘草、乾姜、附子)を用いて新陳代謝機能を亢進させる。下痢の場合でも虚実によって同様に使用する。

 これらの組合せでできたものの多くは、第六章 主要薬方解説 3駆瘀血剤、9承気湯類 に記されているほか、種々の薬方に応用されている。

 

 2 生薬の有無、量の多少によって薬方の主證あるいは
 主證の一部が決定するもの

 1 柴胡について

 柴胡は三~四グラム以上(大人量)、薬方に加えられると、その薬方の主證あるいは主證の一部は胸脇苦満として決まってしまうもので、加えられた柴胡の量が多くなれば胸脇苦満が強く認められるが、少なければ胸脇苦満としては認められない。

 たとえば小柴胡湯(柴胡、半夏、l生姜、大棗、甘草、黄芩、人参)は柴胡が七・〇グラムあり、四逆散(柴胡、芍薬、枳実、甘草)は柴胡が五・〇グラムあるためいずれも胸脇苦満を認められが、補中益気湯(柴胡、黄芩、人参、白朮、当帰、陳皮、生姜、大棗、甘草、升麻)は柴胡が二・〇グラムのため胸脇苦満はほとんど認められない。また柴芍六君子湯は六君子湯に柴胡(四・〇グラム)と芍薬(三・〇グラム)を加えたものであるが、柴胡が四・〇グラムのため胸脇苦満を強く呈するものもあるが、ほとんど認められず六君子湯證のみめだつものもある。したがって加えられた柴胡の量は薬方の薬能を知るうえで重要なことである。これらの組合せでできたものは、第六章 主要薬方解説 1柴胡剤 に記されている。 

 2 黄連・黄芩について

 黄連、黄芩がともに、あるいはいずれかが薬方に加えられると、その薬方の主證あるいは主證の一部は心下痞として決まってしまうもので、量の変化は心下痞の強さとは一致せず、一般に一・〇グラム以上ずつ加えると心下痞を治すようになる。

 たとえば三黄瀉心湯(大黄、黄連、黄芩)と黄連解毒湯(黄芩、黄連、黄柏、梔子)では前者は寺連、黄芩が各三・〇グラム(煎剤として長期服用する場合)であり、後者は各一・五グラムであるため、量の多少が心下痞の強さと一致するように見えるが、黄連湯(半夏、黄連、乾姜、人参、桂枝、大棗)と半夏瀉心湯(半夏、黄芩、黄連、乾姜、人参、甘草、大棗)では前者は黄連のみ三・〇グラム入っているが、後者は黄芩二・五グラムと黄連一・〇グラムが入っているため、量から見ると後者が実証のように思えるが:実際は前者が実証の薬方となる。いずれにしても、黄連、黄芩の有無は薬方の薬能を知るうえで重要である。

 これらの組合せでできたものは、第六章 主要薬方解説 10瀉心湯類 に記されている。


3 甘草について

 甘草は単独で用いると急迫症状(精神的)を緩解させる作用があるが、芍薬と組み合わせれば急迫性の激しい筋肉の痙攣と疼痛に効くようになる。

 したがって甘草湯(甘草)は神経の興奮による各種の急迫症状を緩解するが、芍薬枝湯(芍薬、甘草)では急迫性の激しい筋肉の痙攣と疼痛に用いる。しかし甘草のこれらの作用は他に強い作用の薬物があれば表には現われにくくなり、ほとんど効果を期待できなくなる。このことは甘草湯や芍薬甘草湯を用いる場合に、注意しなければならない。ただ柴胡桂枝湯(柴胡、半夏、生姜、大棗、甘草、芍薬、桂枝、黄芩、人参)は例外で、家種の薬物が組み合わされたにもかかわらず鎮痛作用を現わす。しかし、この場合の痛みは急迫性の痛みというより鈍痛である。


4 芍薬について

 芍薬は少量(四・〇グラム以下)使用する場合と多量(六・〇グラム以上)使用する場合では薬方の効く位置き変化を生じる。すなわち、少量の場合には体の各所の筋肉の緊張を緩解するが、多量となると奏位(主に中焦)にのみ働き、腹満や腹部の緊張を緩解するようになる。


※證 一般的には「証」が使われるが、村上先生は旧字体である「證」を使われていた。

※『漢方薬の実際知識 増補版』の昭和五十六年頃は、まだ、白虎湯類が無い。

※その他の項 に 旧版 では排膿散及湯 があるが、増補版には無い。
 その間に、桔梗の組み合せ に気付き、排膿散及湯は使わなくなった。 

 ※長沢元夫先生は、生薬の組み合わせによる効能の変化は否定的。

※薬方
 一般的には漢方処方と言われるが、村上先生は(漢方)薬方と呼んでいた。 
処方は単に薬物を組み合わせたもの、薬方は方意のあるもの。

※病人の現わしている「病人の證」と、生薬を組み合わさたときにできる「薬方の證」とを相対応させるこということである。
いわゆる「方証相対」のこと。

※「薬方の證」は一つの薬方では決まっており
 実際に応用する際は、色々な使い方があり、「薬方の證」は一見沢山あるように見える。「余白の證」「転用」なども重要。

※白朮や茯苓と組み合わされれば利尿剤(方向変換)となり
 桂枝自体は尿を止める働きがあるので、注意が必要。

 

※桂枝湯と越婢湯の二つの薬方を合方
  桂枝湯と越婢湯とを合わせた薬方に桂枝二越婢一湯がある。
    太陽病、発熱悪寒、熱多寒少、脈微弱者、此無陽也、不可発汗、宜桂枝二越婢一湯。

※実像の発汗、虚像の発汗、実像の無汗、虚像の無汗
  漢方用語の虚実とは無関係なので注意。
  

※茯苓の組合せは体の中に水の偏在を治すのを目的に作られたもので、単独あるいは組み合わされることにより種々の水の移動を生じるため、絶対的なものではない
 茯苓は組み合わされることにより、作用が強調されるが、基本的に組み合わせと関係ない作用も弱いながらある。


※排膿湯と排膿散
排膿散と排膿湯とを合方したものを排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)と言い、一般には排膿散と排膿湯との両方の効果を持つもの、すなわち、発赤・腫脹・疼痛があり、膿や分泌物がある時に用いると言われているが、村上先生の理論では、排膿散及湯は、桔梗と芍薬の組み合わになるので、結局は排膿散の効果である、発赤・腫脹・疼痛のある時に使うべきもので、膿や分泌物がある時には使えない。膿や分泌物がある時に使うと、治らないばかりか悪化する可能性がある(治ることもある)。
『漢方薬の実際知識』をの初版が出た頃は、この組み合わせのことがわかっておらず、排膿散及湯を使って良い場合と効果が無い場合、悪化する場合があり、改訂版を出す頃に桔梗と芍薬の組み合わせがわかったとのこと。
発赤・腫脹・疼痛があり、膿や分泌物がある時は、桔梗+芍薬+薏苡仁の組合せか、桔梗+荊芥・連翹の組み合わせを用いる。

※本方は上焦の部位に発赤、腫脹、疼痛
葛根湯は上焦に用いる薬方なので。

※炎症もあるが膿もたくさん出るというようになれば前記の組合せにしたがって、葛根湯加桔梗薏苡仁にしなければならい。
 花粉症、アレルギー性鼻炎などに応用できるが、エキス剤に無い。

 ※桔梗の組み合わせ
 桔梗に唐辛子を組合わせると、桔梗の作用が無くなる。韓国料理のトラジ(桔梗)に唐辛子を組合せたものは、薬効が無くなるので食品として食べても問題無い。(膿や分泌物が無い時でも食べられる)。

 

※桂枝加朮附湯にさらに茯苓を加えれば桂枝加苓朮附湯となるが、……全身を温める作用となり、水毒症状を呈する人に用いるようになる。
 多くの漢方の解説書では、桂枝加苓朮附湯は、桂枝加朮附湯より、より水毒の強い関節炎などに用いるとある。村上先生の説では、桂枝加苓朮附湯は関節炎には効果が期待できない。

※柴胡は三~四グラム以上(大人量)、薬方に加えられると、その薬方の主證あるいは主證の一部は胸脇苦満

 通常、柴胡が入れば柴胡剤と呼ばれるが、柴芍六君子湯は、柴胡はあるものの、余り柴胡剤とは呼ばれない。あくまでも六君子湯の加減。 

 また、柴胡剤の中でも柴胡湯類と他の柴胡剤は分けられることがある。
四逆散や柴胡桂枝乾姜湯は柴胡剤ではあるが、柴胡湯類ではない。

 

※量の変化は心下痞の強さとは一致せず、一般に一・〇グラム以上ずつ加えると心下痞を治すようになる。
量の変化は心下痞の強さとは一致せず、一般に合わせて一・〇グラム以上加えると心下痞を治すようになる。に訂正すべき。

 合わせて1gなので、黄連と黄芩のどちらか一方だけでも良いが、通常は黄連・黄芩を合わせて用いる。大黄黄連瀉心湯や黄連湯は、黄連のみで黄芩は含まれていない。黄芩のみで黄連が含まれていない薬方は?
一般的な生薬として考えると、黄連にはベルベリンが含まれ、黄柏にもベルベリンが含まれており、一般に代用薬として使われることがあるが、漢方的には、黄柏は心下痞に用いられず、黄連の代用とはならない。

※煎剤として長期服用する場合
 急性期に振り出して飲む際は、生薬の量は多い。


※他に強い作用の薬物があれば表には現われにくくなり
「表」は、部位をあらわす表裏の「表」ではなく、単に「おもて」の意味。

 

※甘草のこれらの作用は他に強い作用の薬物があれば表には現われにくくなり、ほとんど効果を期待できなくなる。
甘草瀉心湯は?