健康情報: 康治本傷寒論 第十四条 太陽与陽明合病,不下利,但嘔者,葛根加半夏湯主之。

2009年9月10日木曜日

康治本傷寒論 第十四条 太陽与陽明合病,不下利,但嘔者,葛根加半夏湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
太陽与陽明合病、不下利、但嘔者、葛根加半夏湯、主之。

 [訳] 太陽と陽明との合病にして、下利せず、ただ 嘔する者は、葛根加半夏はんげ 湯、これを主る。

 第一三条は合病の下に「者」があるのに、第一四条ではそこに「者」がなく、不下利但嘔の下にあるから、第一三条はこの合病の正証であり、第一四条はその変証であることを示している。
 『解説』一九九頁では「前章に、合病の下に者の字を入れて必下利と言い、この章では者の字を嘔の下において但嘔者とあるによって、この証が前章の一変形で、常にある証でな感ことを示している」と解説してあるが、正証とか変証というのは常にあるとかないとかいう関係ではない。変証はどういう条件のときに起るかを問題にしなければならないのである。それについては「汗として出ずべき病邪が上に迫って嘔する者は、葛根湯に半夏を加えてこれに応ずることを示している」と説明されているが、この文は二つの間違いをおかしている。まず汗として出ずべき病邪という考え方は、第一三条で「表が塞がり濈然として出ずべき陽明の汗が道を失い、それが裏に迫って下痢となる」という論理と同一であること。第二に同一の論理で病理が説明できるならば、第一四条も葛根湯という処方で治せなければならない。半夏を加えなければならない理由は存在しないはずである。そして、結局は嘔を生ずる原因については何も考察されていない。
 『講義』四九頁では「但嘔者は是れ其の上衝の気激しきの致す所なり」、「これを前証に比ぶれば、上衝の気、激しきの一徴を加う」と説明してあるが、これでは何を言おうとしているのかよくわからない。上衝の気のはげしいときには半夏を加味するということは聞いたことがない。「蓋し嘔は急に救わざれば将に飲食を妨げんとす。且これを兼治するも亦難事となさず。故に本方中に半夏を加味して其の主治と為すなり」に至っては支離滅裂である。この論法を採用すれば第一三条も「けだし自下利は急に求わざれば…」となり葛根湯に何かを加味しなければならなくなる。
 『入門』七五頁では「太陽と陽明との合病は、呼吸器の炎衝と同時に消化器の炎衝を引起し来った場合であるから、その消化器の炎衝が、特に腸に著明に現われたときは下利を伴い、特に胃に著明に現われたときは嘔吐を伴うのである」という『弁正』と同じ説明の仕方をしている。そして「本条は前条とその病機を均しくして、但だその証候複合を異にするのみである」と言うのならばやはり半夏を加味する根拠は何もない。
 『集成』では第一三条に誤字、錯置、衍文ありとして
      太陽与陽明合病而下利者、葛根湯主之
 とすべきであると主張したのもこれと同じことであり、笑止といわねばならない。
 『五大説』では「平素、痰飲のある者(少陽位の水大に故障ある者)は少陽裏位に近い心下が触動されると却って下利せずに嘔吐を起すのである」と説明している。これならば変証であることが明らかになり、的確な見事な説明である。ところがこれでもなお半夏を加味する説明にはなっていない。
 それについては「これは順でなく逆であるから葛根湯だけではいけない。そこで半夏を加えて嘔吐を兼治するのてある」というが、これでは説得性にとぼしい。先生御自身も納得できなかったとみえて「若し太陽と陽明の合病が文字通り表裏同時に邪を受けて下利する場合に葛根湯だけでよいとすれば、此の下利がなくて嘔する場合にも葛根湯のみでよいではないか。何故にこの場合のみ半夏を加える必要があるのであろうか。この問題は恐らく解決されまいと思う」と書いておられる。
 私はこの点については太陽病の激症であるから陽明に影響を与えると同時に、平素痰飲(胃内停水)のある者には少陽にすぐ影響を与えて嘔を引起す。これは太陽→少陽という順な方向であるから病邪が移行する場合となり、太陽と少陽の併病にほかならないから嘔を治すために半夏を加味すると解釈している。嘔に対しては葛根湯の中の生姜が作用するが、これだけでは力が不足なので半夏を加えて共力させ鎮嘔作用を強化したのが葛根加半夏湯である。これは葛根湯に生姜半夏湯を合方したのと同じである。
 残る問題は下痢がないのに陽明病という根拠は何であろうか。それは『所論に答う』に論じてあるように腹満があるからである。その場合、症状だけから言うと、太陽、少陽、陽明の三陽にまたがる症状があるのだから、諸先輩の定義からゆくと第一四条は三陽の合病となるのである。しかし私の定義によると少陽位の症状は併病に属するからこれを除くと、太陽と陽明の合病となり、傷寒論の記述に一致するのである。
 最後にについて説明する。日本文においてはただしという接続詞であるが、ここではもっぱらという意味の副詞として使われている。しかし嘔しかないという意味にとれば間違いになる。主な症状としては嘔しかないという意味にとらなければならない。よく気を付ければ腹満という症状があるのである。

葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、大棗二十枚擘、生姜三両切、半夏半升洗。  右八味、以水一斗、先葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。

 [訳] 葛根かっこん四両、麻黄まおう三両節を去る、桂枝けいし二両皮を去る、、芍薬しゃくやく二両、甘草かんぞう二両炙る、大棗たいそう十二枚擘く、生姜しょうきょう三両切る、半夏はんげ半升洗う。  右八味、水一斗を以って、先ず葛根、麻黄を煮て、二升を減じ、白沫を去り、諸薬を内れ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服する。

 葛根湯の場合と同じく、はじめに葛根、麻黄、桂枝とならべて、この組合わせが強い発汗作用をもつことを示している。葛根湯とちがうところは生姜を大棗の次に移していることで、これは生姜と半夏の組合わせが強い鎮嘔作用を示すことを明確にしたものである。
 これに対し、宋板、康平本では、葛根、麻黄、甘草、芍薬、桂枝、生姜、半夏、大棗の順にならべ、成本では葛根、麻黄、生姜、甘草、芍薬、桂枝、大棗、半夏、、金匱玉函経では葛根、麻黄、生姜、桂枝、芍薬、甘草、大棗、半夏の順にならべてある。これらは何れも薬物の配合という面から見てでたらめであることが一目瞭然である。康治本ほど論理的なものは他にない。


『傷寒論再発掘』
14 太陽与陽明合病、不下利、但嘔者、葛根加半夏湯主之。
   (たいようとようめいのごうびょう、げりせず、ただおうするもの、かっこんかはんげとうこれをつかさどる。)
   (太陽と陽明の合病は下痢するのが普通であるのに、下痢しないで、その代わりにただ主として嘔吐するようなものがあるが、このようなものは、葛根加半夏湯がこれを改善するのに最適である。)

 下痢と嘔吐とは、胃腸管を通じて水分が体外に排出されていくという点において共通点がありますので、個体病理学(第16章2項参照)の立場では、嘔吐反応は下方反応の一変形と考えているわけです。
 下痢の一種が葛根湯で改善されるわけですから、嘔吐の一種も当然、葛根湯で改善されるものがあっても良いでしょう。しかし、それでも、もし半夏を加えておけば、葛根湯のなかの生薬と一緒に働いて、鎮嘔作用が増強されると思われます。古代人もこのよう治ことは当然、経験していったからこそ、このような条文が残されたわけです。
 臨床的には、嘔吐する病態に直ちに葛根加半夏湯を使用するというよりは、嘔吐しやすい人や胃がやや弱い人に葛根湯を服用させようとする時、半夏を加味していく、ということの方が多いのではないかと思われます。

14’ 葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、大棗二十枚擘、生姜三両切、半夏半升洗。
   右八味、以水一斗、先葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
   (かっこんよんりょう、まもうさんりょうふしをさる、けいしにりょうかわをさる、しゃくやくにりょう、かんぞうにりょうあぶる、たいそうじゅうにまいつんざく、しょうきょうさんりょうきる、はんげはんしょうあらう。
   みぎはちみ、みずいっとをもって、まずかっこんまおうをにて、にしょうをげんじ、はくまつをさり、しょやくをいれ、にてさんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 この生薬配列は、葛根湯+半夏とは少しことなるのです。それは葛根湯の生薬配列の最後の所が、生姜・大棗となっていなくて、その反対、すなわち、大棗・生姜となっているからです。これはこの湯の形成過程が、葛根湯に単純に半夏が追加されて出来たものではなく、むしろ、葛根湯に半夏生姜湯が追加されて出来たことを示しています。すなわち、葛根麻黄桂枝芍薬甘草生姜大棗+半夏生姜であったのに、やがて、両方の生姜が大棗と半夏の間に集まり(その方が調整の時に便利)、そのまま固定されたことを意味します。「原始傷寒論(健景本傷寒論)」体試持:生薬配列を見れば、このような原始的な事柄まで、判明するようになっているのです。誠に誠に、貴重な書物であるわけです。その他の「一般の傷寒論(宋板傷寒論や註解傷寒論)」や「康平傷寒論」では、こういう生薬配列が全く乱れてしまっているのです。そして、従来の傷寒論の研究者の殆どすべての人達が、そんな事すらも気づいていなかったようなのです。誠に、誠に、信じられないような出来事が、この傷寒論の研究の世界にはあったのです。筆者も実は、ただただ本当に驚きながら、この研究に打ち込んでいるわけです。
 「原始傷寒論」の素晴らしさを、出来るだけ多くの人々に知ってもらいたくて、こんなにしんどい研究(「傷寒論再発掘」の研究)もなんとかやっている次第です。


 『康治本傷寒論解説』
第14条
【原文】  「太陽与陽明合病,不下利但嘔者,葛根加半夏湯主之.」
【和訓】  太陽と陽明との合病,下利せずただ嘔する者は,葛根加半夏湯之を主る.
【訳文】  葛根湯証の太陽と陽明の合病の場合で,陽明部位の下部腸管に波及しなく、したがって自下利はなく上部腸管に波及して,ただ嘔の症状だけがある場合には,葛根加半夏湯でこれを治す.
【解説】  この条は,前条とその機は同一でありますが,同じ腸管部位に波及しても前条は下部腸管の場合について論じています.一方この条では,肌膚部位の過緊張が上部腸管に波及した場合についてのべています.しかし常有の証ではありません.


【処方】  葛根四両,麻黄三両去節,桂枝二両去皮,芍薬二両,甘草二両炙,大棗十二枚劈,生姜三両,半夏半升洗,右八味以水一斗,先煮葛根麻黄減二升,去白沫内諸薬煮取三升,去滓温服一升.
【和訓】  葛根四両,麻黄三両節を去り,桂枝二両皮を去り,芍薬二両,甘草二両を炙り,大棗十二枚を擘き,生姜三両,半夏半升を洗い、右八味水一斗をもって,先ず葛根麻黄を煮て二升を減じ,白沫を去って諸薬を入れて煮て三升に取り,滓を去って一升を温服する.

証構成
範疇 肌腸熱緊病
    (太陽陽明合病)
①寒熱脉証   浮
②寒熱証    発熱悪寒
③緩緊脉証   緊
④緩緊証    無汗
⑤特異症候
  イ嘔(半夏)