太陽病、項背強几几、無汗、悪風者、葛根湯、主之。
[訳] 太陽病、項背
冒頭の太陽病という句は、この条文の性格を規定しているとみる立場では、第五条、第六条と同じく太陽病の基本条文であることを示している。しかも二句目までは第六条と同じであるから互文の関係になり、この条文は太陽傷寒の症状を述べたものとなり、第六条と同じように発熱も頭痛もあることになる。『解説』一九五頁のように「この章では発熱を挙げていないが、悪風をいうからには発熱を伴うものと考えねばならない」とか「この章では頭痛を挙げていないが、太陽病に頭痛があるからには、頭痛を伴うのは当然である」とかいうように解釈するのは論理的でない。
項強に背強が加わることは太陽病にさらに陽症が加わることだから、陽病の性格が強くなっているので無汗を伴うのである。第六条のように反無汗としない理由はここにある。汗出よりは症状は重たいのである。『解説』一九四頁のように、項背強の症状だけでは「桂枝加葛根湯と葛根湯との区別はつかない。そこで汗なく悪風を挙げて、汗出で悪風の桂枝加葛根湯との鑑別を示している」という説明は、実用だけを考えた方証相対の説であって、条文の解釈にはならない。
悪風とあるのは傷寒は(+-)の型の病気であることを示しているのであるが、何故悪寒と言わないかについては色々と議論されている。私は悪寒は第一三条の葛根湯証のためにとってあるのだと解釈している。第一二条に無汗とあるだけで第六条の桂枝加葛根湯よりも重症であることがわかるので、臨床的には悪寒と言ってもよいのであるが、悪寒は更に重症な時(第一三条)のために残しておくのである。
『講義』四七頁では「悪風、悪寒は互に称す。必ずしも浅深の別に非ず」と説明しているが、第五条の桂枝湯条の場合(一九頁)には「悪風は悪寒に比ぶればその証軽浅なり」と述べている。このように相反する解釈はその根拠を示さない限り、納得はできない。『解説』で「悪風の代りに悪寒のあることもある」というように臨床的にどちらでもよいとだけ説明することは、第一二条で悪風という語をえらんだ理由を考えようとしていないことである。
私の解釈では第一五条の麻黄湯証に悪風が使われ、第一六条の青竜湯証に悪寒が使われていることに対応していると見ることなのである。
この条文は第六条よりは陽病の性格が強くなっているから、桂枝加葛根湯に麻黄を加えて発汗作用を強くしなければならないのである。これが葛根湯主之ということになる。
葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚劈。 右七味、以水一斗、先煮葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
[訳] 葛根四両、麻黄三両節を去る、桂枝二両皮を去る、芍薬二両、甘草二両炙る、生姜三両切る、大棗十二枚劈く。 右七味、水一斗を以って、先ず葛根、麻黄を煮て、二升を減じ、白沫を去り、諸薬を内り、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服する。
第六条と同じように桂枝加葛根麻黄湯と何故言わないのだろう。桂枝湯を基準にしてその去加方をつくる方法は第九条までにその諸例を示してあるので、第一二条からは処方中の主薬を先に置いたのである。第六条でも主薬は葛根なのであるが、去加方の形を示すために葛根を一番終りに置いたのである。
桂枝と芍薬が二両となっていて、一両少いのは、葛根と麻黄が加わるために一両減じても臨床的に差支えないことを示しているが、『集成』のように桂枝湯の場合と同じく三両にしてもよい。
『講義』では「葛根湯は麻黄湯の地位にして、麻黄湯よりも軽し。故に病邪未だ骨節に迫らずして尚筋脈の位に在り。是れ本篇において先ず葛根湯を掲げ、次に麻黄湯に及ぶ所以なり」としているが、『集成』では「此の条は乃ち太陽傷寒にして項背強る者なれば、麻黄湯に
『解説』には「汗出で悪風は表虚であり、汗なく悪風は表実である」と説明してある。この説は一般に受け入れられているが、表虚も表実も傷寒論には用いられていない術語である。これを関連して、劉棟(白水田良のこと)曰く、「傷寒と中風は脈と汗とを以って分別となす」とは、傷寒は脈緊、無汗であり、中風は脈緩、汗出であるということで、これに賛成する人も多い。
また傷寒の指標に悪寒を加え、中風に悪風を加える場合もある。これらの観点から次の処方の性格について各種の見解が生ずることになる。(表)
成無己 | 山田正珍 | 荒木正胤 | 私説 | |
桂枝湯 | 中風表虚 | 中風表虚 | 中風表虚 | 中風 |
桂枝加葛根湯 | 中風表虚 | 中風表虚 | 中風表虚 | 傷寒 |
葛根湯 | 中風表実 | 傷寒表実 | 傷寒表外実 | 傷寒 |
麻黄湯 | 傷寒表実 | 傷寒表実 | 中風表外実 | 中風 |
大青竜湯 | 傷寒表実 | 傷寒表実 | 中風表外実 | 中風 |
私はこの表代的な三者のいずれにも賛成できない。私は第五条以下では、傷寒と中風という語は系列を示す用い方をしていて、第四条までの病の緩緊、良性と悪性を示す用い方と全く別の意味になっていると解釈するからである。
『入門』、『講義』、『解説』は『集成』(山田正珍)と同じ解釈をしている。これらの諸先輩の説に私が賛成しない理由は、第一五条(麻黄湯)と第一六条(青竜湯)のところでもう一度説明する。
『傷寒論再発掘』
12 太陽病、項背強几几、無汗、悪風者、葛根湯主之。
(たいようびょう、こうはいこわばることしゅしゅ、あせなく、おふうするもの、かっこんとうこれをつかさどる。)
(太陽病で甚だしく項背がこわばり、汗が自然に出ることはなく、悪風するようなものは、葛根湯がこれを改善するのに最適である。)
この条文は桂枝湯に葛根と麻黄が追加されたような生薬構成を持った葛根湯の使い方に関する最も基本的な条文です。
「項背強」があって、汗が自然に出るような場合は、第6条で示されているように、桂枝湯に葛根を加えた、桂枝加葛根湯で改善されるわけである。これに対して、「無汗」の場合はさらに「麻黄」を追加した、葛根湯でその異和状態が改善されていくことが示されているわけです。
臨床的な経験から言えることは、桂枝加葛根湯が適応する人よりも葛根湯が適応する人の方が、一般的に強健な感じがするものですし、また、そういう人の方が風邪などをひいた時でも、無汗の傾向があるようです。従って、麻黄の入っている葛根湯で十分に発汗していくことが異和状態の改善に良い効果をもたらすようですし、麻黄の入った葛根湯の方が桂枝加葛根湯よりも、発汗作用という面では強いように思われます。
その時、その時の生体の全一体としての条件に応じで、適応となる薬方は微妙に相違するわけで、そこを上手に合わせていく、その能力を向上させるためには、多くの臨床経験が必要となってくるのですが、また、古典の正しい研究も大切なものとなってくるわけです。この「傷寒論再発掘」という研究も、究極的には臨床家の臨床能力の向上を目指しているわけです。従来の傷寒論の研究が、あまりにも難しくなりすぎている感じですので、もっと悠々と大道を歩むように、やさしい道はないものか、と努力してみているわけです。
12' 葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚劈。
右七味、以水一斗、先煮葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
(かっこんよんりょう、まおうさんしょうふしをさる、けいしにりょうかわをさる、しゃくやくにりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく。みぎななみ、みずいっとをもって、まずかっこんまおうをにて、にしょうをげんじ、はくまつをさり、しょやくをいれ、にてさんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)
桂枝湯の時と比べて、桂枝と芍薬が一両すくなくなっており、葛根と麻黄を先に煎じていく点が若干相違しています。
この湯の形成過程は桂枝加葛根湯に麻黄が追加されていったと思われますので、その生薬配列は、桂枝湯加葛根麻黄であった筈です。「原始傷寒論」を初めて書いた人がこの長い湯名をもっと短いものにする必要が生じた時(「正証」の条文にこの湯をもってくるようになった時)、葛根・麻黄を桂枝湯の前にもってきたような生薬配列にして、その最初の生薬の葛根の名をとって、葛根湯と命名したようです(第12章2項参照)。
古代人はこの桂枝加葛根湯に麻黄を追加した葛根湯の形成過程の体験を通じて、生薬構成の中に桂枝と甘使がある時、麻黄が追加されると、強い 発汗作用 が出てくることを知ったのかも知れません。そこで古代人は麻黄桂枝甘草の生薬複合物を作って、自分で試したかも知れません。筆者自身が試してみたところ、かなりの発汗作用と鎮痛作用のあることを知りました。多分、このような経験がのちに出てくる「麻黄湯」の形成に大いに役立っているのではないかと、筆者は推定しているのです。
『康治本傷寒論解説』
第12条
【原文】 「太陽病,項背強几几,無汗,悪風者,葛根湯主之.」
【和訓】 太陽病,項背強ばること几々(キキ),汗なく,悪風する者は,葛根湯之を主る。
【訳文】 太陽病(①寒熱脉証 浮 ②寒熱証 発熱悪寒 ⑤表熱外証)で,特に表熱外証は項(ウナジ)が縮んだようになって項背部が強直し,汗の状態は肌膚部が正常時よりも緊張傾向にあるために出ない(④緩緊証 無汗)場合は,葛根湯でこれを治す.
【句解】
几几(キキ) :身体が伸びない状態をいう.
悪風(おふう) :悪寒の互文,弱い寒気のこと.
【解説】 太陽病の表熱外証(特異症候)が頭項強痛であることは,先の第1条で論じてあるとおりです.緩証では,頭痛には桂枝湯が,項強には桂枝加葛根湯が配当されていました.このような配当を緊証側で当てはめてみると,図1のように考えられます.
図1 緩緊証における頭項強痛と方剤との関係
緩証 緊証
中風(自汗) 傷寒(無汗)
桂枝湯………………頭痛(気症) 頭 (気症)頭痛………………麻黄湯
項
強
桂枝加葛根湯……項強(血症) 痛 (血症)項強………………葛根湯
緩証を論じたところでは,過多排泄症候(自汗)をあらわす頭痛・項強を掲げ,緊証を論じているこの条では,過少排泄症候(無汗)をあらわす頭痛・項強を掲げて急性病における体質について完全な区別をすることを述べています.
【処方】 葛根四両,麻黄三両去節,桂枝二両去皮,芍薬二両,甘草二両炙,生姜三両切,大棗十二枚劈,右七味以水一斗,先煮葛根麻黄減二升去白沫,内諸薬煮取三升去滓,温服一升.
【和訓】 葛根四両,麻黄三両節を去り,桂枝二両皮を去り,芍薬二両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚を擘く,右七味水一斗をもって,先ず葛根麻黄を煮て二升を減じ,白沫を去って,諸薬を入れて煮て三升に取り,滓を去って,一升を温服する.
証構成
範疇 肌熱緊病 (太陽傷寒)
①寒熱脉証 浮
②寒熱証 発熱悪寒
③緩緊脉証 緊
④緩緊証 無汗
⑤特異症候
イ項背強(葛根)
康治本傷寒論の条文(全文)