9.葛根湯 傷寒論
葛根8.0 麻黄4.0 生姜4.0(乾1.0) 大棗4.0 桂枝3.0 芍薬3.0 甘草2.0
(傷寒論)
○太陽病,項背強几几,無汗悪風,本方主之。(太陽中)
○太陽与陽明合病者,必自下利,本方主之。(太陽中)
(金匱要略)
○太陽病,無汗而小便反少,気上衝胸,口噤不得語,欲作剛痙,本方主之。(痙)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
頭痛,発熱悪寒して自然発汗がなく,項,肩,背などがこるもの。慢性の歯痛,鼻づまり,蓄膿症,肩こり,神経痛などには発熱,悪寒がなくても用いる。本方は急性の感冒薬としてよく用いられ,アスピリンの如き解熱作用を有するが,胃腸障害はほとんどなく,また各種急性疾患(例えば急性大腸カタル,赤痢など)初期で,発熱悪寒症状を現わす時,身体の疾病防衛力を強めるのでしばしば利用される一方,葛根,芍薬の働きを利用して,慢性の肩こりなどにも常用される。なお,感冒の頓服用には就寝前1.5ないし2.0グラムを温湯0.1リットルで服用させると,発汗して解熱する。また五苓散と併用すれば発汗作用は一層増強される。炎症疾患で化膿している場合は桔梗,石膏1回0.3グラムを加えること。
本方は盗汗を含む自然発汗がある症状には使用してはならない。このような症状の感冒には柴胡桂枝湯,柴胡桂枝干姜湯などを考慮すべきである。感冒の場合,高熱を伴って身体痛や関節痛が激しい時は,本方より麻黄湯の方が適当である。本方服用後極端な食欲不振,胃痛,のぼせ,不眠などを訴える場合は不適であるから,柴胡桂枝湯,小柴胡湯,補中益気湯,香蘇散などで治療すればよい。なお慢性疾患に使用する場合,虚弱体質には不適であるが,短期間なれば本方と小柴胡湯と合方すれば投与出来る。
〈漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は急性熱性病に対して発汗解熱作用を発揮し,熱性病初期の疾病防衛力を強めるので,次のポイントを参考に応用すればよい。
(1)感冒 右記の初期症状に頓服的に服用させると発汗して解熱する。本方が適応するものは平素健康なもの,筋肉の発達したものなどに多い。
(2)麻疹 前駆期,発疹期で発熱,頭痛,悪寒などの症状を対象に用いられる。
(3)腸カタル 前記感冒や麻疹などの熱性疾患に続発する急性腸カタル,その他細菌性の急性腸カタルで,発熱悪寒,下痢,腹痛などの症候のあるものによい。
(4)中耳炎,蓄膿症,扁桃腺炎 急性の初期症状を目標に用いられているが,この場合発熱,悪寒するものと局所に熱が局限するものの両者によいが,特に局所の炎症が激しく,痛みや化膿の傾向あるものには,本方に桔梗,石膏を加えると,さらに治療効果を促進する。
(5)癰癤 発赤,腫脹,疼痛が激しく発熱,悪寒または頭痛などを伴うものに応用すると,消炎,鎮痛の効をを発揮する。化膿の傾向あるものは前項(4)に準じる今:
(6)神経痛,リウマチ 本方は主として上半身の炎症や発熱によく用いられるが,神経系疾患も偏頭痛,三叉神経痛,腕神経痛など上半身の痛みを対象にする。
(7)肩こり 発熱時の肩こり,慢性の肩こりを治す内服薬として,その効果からも重宝されている。
〈漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○くびから背にかけてこるのが葛根湯を用いる目標である。風邪をひいたときでも、この症状がなければ葛根湯は用いない。こんな症状があって頭痛とさむけと熱があり,脈が浮で力があり,汗が自然に出ないようならば、この方を用いてよい。
○葛根湯は破傷風のような症状のものに,古人は用いている。また大腸炎や赤痢の初期に用いる。この場合には,さむけを伴う熱としぶり腹の下痢があり,脈は浮で力がある。もし脈が弱ければ桂枝加芍薬湯を用いる。葛根湯で発汗すれば,頓挫的に病状が軽快する。もしその後なお腹痛下痢がつづくようなら,黄芩湯,大柴胡湯,芍薬湯などが用いられる。
○以上のほか葛根湯は湿疹,癤,神経痛,結膜炎,肩こりなどにも用いられる。
○江戸時代の人が「横なで」の症といって,小児が舌をペラペラと出して口のまわりをなめまわすような状態があれば,これを用いると効くと村井琴山は言っている。私もこれにヒントを得て試用したが三週間ほどで全快した。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○脈が浮で力持;あり,自汗がなく,悪寒,発熱,頭痛がして,くびすじや背中がこわばるもの。これを項背強急という。これはまた,体温上昇がないときにも用いられる。
○脈が浮で力があり,自汗がなく,悪寒,発熱して下痢するもの。このとき尿量が減少す識ことがある。熱のあるときの葛根湯証の脈は浮数で力があるものである。
○体表の炎症や化膿の初期で,発熱して痛み,まだ発赤,腫脹のはっきりあらわれないものによい。四肢の痛みの軽いものによい。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は感冒薬として知られているが,感冒の如何なる時期,如何なる症状に対して用いるべきかを知る者は少い。本方を感冒に応用するには太陽病で次の症候複合のあるものを目標とする。即ち悪寒,発熱,脈は浮いて触れ易く緊張し,項部,肩背部の緊張感等のある者である。この場合の悪寒は何時も身体がゾクゾクと寒気を覚えるものを指す。彼の時間を限って悪寒が来り,また去る者と区別しなければならない。葛根湯は感冒薬であっても前述の症候複合を現わさない場合には適当しない。これに反して感冒でなくても前述の症候複合を現わす場合は葛根湯の指示となる。これによって本方は次の諸疾患に応用される。
(1)結膜炎や赤痢の初期で悪寒,発熱して浮緊の脈を現わすことがある。その場合に本方を用いると悪寒が去り同時に下痢や裏急後重も緩解する。
(2)葛根湯には項背部の緊張感を治する効がある。これに関連して能く上半身の炎症を軽快させる。故に眼,耳,鼻の炎症,即ち結膜炎,角膜炎,中耳炎,蓄膿症,鼻炎等に屡々応用される。この場合は悪寒,発熱は必ずしも重要ではない。脈状は参考とする必要がある。
(3)その他肩凝り,肩甲部の神経痛,化膿性炎の初期,蕁麻疹等に応用される。本方は胃腸虚弱者に用いると,時に嘔心・食欲不振を来すことがある。本方の組立てを考えるに,桂枝湯に麻黄と葛根が加味されたものである。麻黄の加味によって本方は桂枝湯よりは血管を拡張し,血行を盛んにし,発汗させる力が強い。葛根は項背部の緊張感を緩める効がある。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 1. 発熱,悪寒あるいは悪風,僧帽筋の範囲における筋肉緊張,脉浮数緊を目標にする。これは傷寒論太陽病中篇
「太陽病,項背強ること几々汗無く悪風するもの」に基ずくもので,太陽病は体表に熱のある状態をさし,発熱症状を伴い,項背部が緊張するとはだいたいにおいて僧帽筋の範囲だが,後頭部に及ぶこともあり,頭痛としてあらわれることもあり,項や肩のこともある。たいてい自覚的にも化覚的にも之を認める。肩胛骨間腔に緊張がおよぶことは割合に少なく,腰まで及ぶことはない。もし腰まで及んで痛むようなら麻黄湯の適応証になる。悪風は風にあたると気持が悪い感じで,知覚過敏を示す。しかし臨床的には悪寒であってもかまわない。以上の条件があれば,感冒,流感,気管支炎,はしか,闘争,脳膜炎,リンパ腺炎,扁桃腺炎,丹毒,猩紅熱,その他の急性伝染性熱病のほとんどすべての場合に葛根湯は使用される。但し,使用し得る時期は発病後1~2日ぐらいのことが多い。それ以後でも前記適応症さえ具えていればもちろん使ってよい。(後略)
運用 2. 熱がなくて項背部緊張によって使う場合。
この場合は脉は浮緊が原則だが,浮はさほど著明でなくただ緊だけのこともある。しかし沈ではなく,沈だと効かない。項背強が著明に自覚されているときと,そうでなく,他の主訴が強調される余り,項背強は,こちらから糺さねばならぬときがあるから注意を要する。この用法に従うのは肩こり,四十肩,歯痛,蓄膿症(但しあまり慢性になっているものは原方だけでは奏効し難いから濃い膿には桔梗3.0を加え,のぼせて便秘するものには川芎3.0,大黄2.0を加える) 中耳炎(蓄膿症と同様)などである。(中略)
運用 3. 項背と限らず,身体のとこでもかまわないが,主に上半身における限局性の化膿性浸潤に使う。その場合目標になるのは,やはり運用1.2.の所見である。すなわち発熱,悪寒,頭痛などの症状を伴い脉浮数緊であるか,あるいは発熱症状がなくとも,脉浮緊であるかによる。発疹は赤味が腫脹は硬い。たとえば皮膚炎,急性湿疹,ジンマ疹などの皮膚病で分泌物がないか(無汗とみる)あるいは極く僅少で痂皮又は浸潤が著明のもの(しこりとみる)。
皮下膿瘍,筋炎,蜂窩織炎,リンパ腺炎,リンパ管炎,面疔,背癰など。(中略)
運用 4. 発熱して悪寒あるいは頭痛し,且つ下痢するものに使う。この場合の下痢は裏急後重することが多い。従って急性大腸カタルや赤痢の発病の初期に使う。たいてい1日か2日で治ってしまう。脉はやはり浮数緊である。この使い方は傷寒論太陽病中篇の「太陽と陽明の合病は必ず自下痢す。」に基ずいたものである。太陽病は前記の通り表熱の状態,陽明病は裏熱の状態で,消化器が熱実して腹満便秘あるいは下痢を起す。表と裏との状態が同時にあれば,先表後裏の法則で先ず葛根湯の如き発表剤を使うことになっている。それで表証も裏証も一ぺんにとれて治るのだが普通だが,もし表証だけはとれたが裏証が残ったとすれば,その時はじめて下剤を使うことにする。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
陽実証の体質のものが感冒その他の熱性病にかかり,いわゆる太陽病を発して,悪寒,発熱,項部および肩背部に炎症充血症状が起こって緊張感があり,脈は浮んで力がある。このような一連の症候複合を呈したときに用いる。またこれらの適応症から転じて種々の無熱性の難病にも広く応用される。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方外感の項背強急に用ることは五尺の童子も知ることなれども,古方の妙用種々ありて,思議すべからず。譬えば,積年肩背に凝結ありて,其の痛み時々心下にさしこむ者,此方にて一汗すれば忘るるが如し。又独活,地黄を加えて産後柔中風(偏側麻痺)を治し,又蒼朮,附子を加えて肩痛臂痛(50肩,40腕)を治し,川芎大黄を加えて脳漏(上顎洞炎)及び眼耳痛を治し,荊芥大黄を加えて疳瘡,梅毒を治すが如き,其効僂指(指おりかぞえる)しがたし。宛も論中合病下利に用い,痙病に用いるが如し。
『漢方診療の實際』 大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎著 南山堂刊
葛根湯
本方は感冒薬として知られているが、感冒の如何なる 時期、如何なる症状に対して用いるべきかを知る者は少い。本方を感冒に応用するには、太陽病で次の症候複合のあるものを目標とする。即ち、悪寒・肩背部の 緊張感等のある者である。この場合の悪寒は何時も身体がゾクゾクと寒気を覚えるものを指す。彼の時間を限って悪寒が来り、また去る者と区別しなければなら ない。葛根湯は感冒薬であっても前述の症候複合を現わさない場合には適当しない。これに反して感冒でなくても前述の症候複合を現わす場合は葛根湯の指示と なる。これによって本方は次の諸疾患に応用される。
(一)結腸炎や赤痢の初期で悪寒・発熱して浮緊の脈を現わすことがある。その場合に本方を用いると悪寒が去り同時に下痢や裏急後重も緩解する。
(二)葛根湯には項背部の緊張感を治する効がある。これに関連して能く上半身の炎症を軽快させる。故に眼・耳・鼻の炎症、即ち結膜炎・角膜炎・中耳炎・蓄膿症・鼻炎等に屡々応用される。この場合は悪寒・発熱は必ずしも重要ではない。脈状は参考とする必要がある。
(三)その他肩凝り、肩甲部の神経痛、化膿性炎の初期、蕁麻疹等に応用される。
本方は胃腸虚弱者に用いると、時に嘔心・食欲不振を来すことがある。
本方の組立てを考えるに、桂枝湯に麻黄と葛根が加味されたものである。麻黄の加味によって本方は桂枝湯よりは血管を拡張し、血行を盛んにし、発汗させる力が強い。葛根は項背部の緊張感を緩める効がある。
『漢方精撰百八方』 日本漢方医学研究所
37.[方名]葛根湯(かっこんとう)
〔出典〕傷寒論
〔処方〕葛根8.0 麻黄、生姜、大棗各4.0 桂枝、芍薬各3.0 甘草2.0
〔目標〕証には、項背強急し、発熱、悪風し、汗無く、或いは喘し、或いは身疼む者とある。即ち発熱、悪風し、項背から頭にかけてこわばり凝り、汗が出ないで、喘し、身体が疼む者に適用する。その他、小便不利、上衝、下痢、口噤等の症の加わることがある。脈は浮、緊、数がふつうである。
〔かんどころ〕悪寒、悪風があって発熱し、背すじから項にかけてこわばり、汗が出ないで脈は浮で力があるものに適用する。筋肉や筋がこわばり、強ければ痛み、更に激しければ痙攣する状態があることを一特徴とする。麻黄湯の身体疼みは関節等疼痛するというので、深く強い。葛根湯の疼みはそれより表在している形である。
〔応用〕漢方薬の代表といってよい薬方であるが、風邪ばかりでなく、実に応用範囲の広い薬方である。熱のある場合は、目標の如き症状を具えているが、熱が無くても、筋肉の強直を目標として用いたり、急性、慢性の化膿性疾患に用いたり、実にさまざまな用途がある。
(1)感冒の初期で、目標に上げた症がある時は、先ずこの方を与えて発汗するのがよい。十分に発汗させないとうまくいかない。汗が出ないで尿が多量に出て解熱する場合もある。
(2)下痢の初期で、悪寒、発熱し、脈浮数のものに適用する。これは「太陽と陽明との合病にして、自下痢する証」に当たる場合であることが多い。流感のある種のものには下痢を伴う場合があるが、葛根湯がよく奏効する。なお、感冒で、葛根湯を用いる場合で、胃の弱いもの、嘔気を伴うものには加半夏湯(半夏6.0)にするがよい。
(3)麻疹、疫痢その他の熱性病の初期で、目標の症のあるもの。
(4)肩背痛のあるもので、脈浮数の者。又、肩、肩甲部の神経痛に用う。加朮附にして用いて効を得ることが多い。
(5)脳膜炎、或いは破傷風の類で、その初期、脈浮数、口噤、筋強直を伴うもの。
(6)歯痛、歯齦腫痛、咽喉腫痛、中耳炎初期の疼痛等に用いる。加石膏にすることがある。
(7)諸種の皮膚病、湿疹、疥癬、蕁麻疹、風疹、湿出性体質の小児等に適用する。局所が赤く腫れ、熱感があるものにはよく奏効する。蕁麻疹には最もよく用いられる。石膏、桔梗、薏苡仁等を加味することが多い。
(8)フルンケル、カルブンケル等の化膿性疾患の初期、発熱、悪寒、腫痛等の前記の目標を具えたもの。桔梗、石膏を加味することが多い。
(9)気管支喘息。感冒等に誘発された喘息発作に用いる。
(10)副鼻腔炎、肥厚性鼻炎、臭鼻症、嗅覚障害等に適用する。副鼻腔炎には、最もよく用いられる薬方の一つで、桔梗、薏苡仁、辛夷、川芎等を加味する場合が多い。なお、葛根加朮附湯、苓朮附湯にして奏効する場合もある。
(11)るいれき等には、証により反鼻を加えて用いる。
(12)眼科疾患では、麦粒腫、眼瞼縁炎、急性結膜炎、急性角膜炎、虹彩炎等、炎症症状を伴うものに頻用される。加味薬は、石膏、桔梗、薏苡仁、反鼻、朮、附子、川芎等である。
伊藤清夫
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
4 表証
表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発 汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)などの 発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。
2 葛根湯(かっこんとう) (傷寒論、金匱要略)
2 葛根湯(かっこんとう) (傷寒論、金匱要略)
〔葛根(かっこん)八、麻黄(まおう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各四、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、つぎにのべる桂枝湯に葛根、麻黄を加えたもの、また、麻黄湯の杏仁(きょうにん)を去り、葛根、生姜、大棗を加えたものとして考えら れる。本方は、麻黄湯についで実証の薬方であり、太陽病のときに用いられる。本方證では汗が出ることなく、悪寒、発熱、脈浮、項背拘急、痙攣または痙攣性 麻痺などを目標とする。発熱は、全身の発熱ばかりでなく、局所の新しい炎症による充実症状で熱感をともなうものも発熱とすることがある。また、皮膚疾患で 分泌が少なかったり、痂皮を形成するもの、乳汁分泌の少ないものなどは、無汗の症状とされる。本方は特に上半身の疾患に用いられる場合が多いが、裏急後重 (りきゅうこうじゅう、ひんぱんに便意を催し、排便はまれで肛門部の急迫様疼痛に苦しむ状態)の激しい下痢や、食あたりの下痢などのときにも本方證を認め ることがある。本方の応用範囲は広く、種々の疾患の初期に繁用される。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、葛根湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 赤痢、チフス、麻疹、痘瘡、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 急性大腸炎、腸カタル、腸結核、食あたりその他の胃腸系疾患。
一 五十肩、リウマチその他の運動器系疾患。
一 皮膚炎、湿疹、じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 よう、瘭疽などの疾患。
一 蓄膿症、鼻炎、中耳炎、結膜炎、角膜炎その他の眼科、耳鼻科疾患。
一 そのほか、リンパ腺炎、リンパ管炎、小児麻痺、神経痛、高血圧症、丹毒、歯齦腫痛など。
葛根湯の加減方
〔葛根湯に辛夷、川芎各三を加えたもの〕
(2) 葛根湯加桔梗薏苡仁(かっこんとうかききょうよくいにん)
〔葛根湯に桔梗二、薏苡仁八を加えたもの〕
(3) 葛根湯加川芎大黄(かっこんとうかせんきゅうだいおう)
〔葛根湯に川芎三、大黄一を加えたもの〕
(4)葛根湯加桔梗石膏(かっこんとうかききょうせっこう)
〔葛根湯に桔梗二、石膏一○を加えたもの〕
以上四つの加減法は、葛根湯證で頸から上の充血、化膿症を治すもので、蓄膿症、中身炎、咽喉疼痛、眼病一般その他に用いられる。
その中で、辛夷川芎や桔梗薏苡仁の加減は鼻疾患に多く用いられ、桔梗薏苡仁のほうは、特に化膿の激しく、膿汁の多いものに用いられる。川芎大 黄の加減は、炎症が激しく、膿も多く、痛みも強いものである。桔梗石膏の加減は、鼻炎の初期のように炎症によって患部に熱感のあるもので、化膿はそれほど 進んでいない。
(5) 葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)
〔葛根湯に半夏四を加えたもの〕
葛根湯證に嘔吐をかねたものである。
(6) 葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)
〔葛根湯に朮三、附子一を加えたもの〕
葛根湯證で、痛みが激しく、陰証をかねたものに用いられる。したがって、腹痛を伴うことがある。本方は、附子と麻黄、葛根、桂枝などの組み合 わさった薬方であるため、表を温め表の新陳代謝機能を高めるが、本方證には身体の枯燥の状は認められない。特に神経系疾患、皮膚化膿性疾患に、本方證のも のが多い。
『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
葛根湯
さて葛根湯は、以上に述べて来た桂枝湯に葛根・麻黄の二味が加わったものであるが、桂枝湯とは明らかにその趣きが異なっており、桂枝湯のように汗腺機能を調整するにとどまらず、発汗作用のあることが考えられる。しかし、その発汗作用は麻黄湯のように激しくはない。したがって臨床にあたって使いやすく、本方でカゼの大方は治すことができる。あまりに使いやすいので、安易に使われ、「カゼには葛根湯」と言われたり、また無批判にこれを用いる医者は「葛根湯医」と言われて嘲笑されたりしたわけであるが、やはり真に治療成績を挙げる然めには葛根湯の用い方を正しく心得ていなければならない。
葛根湯
〔傷寒論〕 | 〔細野常用一回量〕 | |||
葛根 | Puerariae Radix | 四両 | 3.2g | |
麻黄 | Ephedrae Herba | 三両、節を去る | 1.0g | |
桂枝 | Cinnamomium Cortex | 二両、皮を去る | 2.0g | |
生姜 | Zingiberis Rhizoma | 三両、切る | 0.8g | |
甘草 | Glycyrhizae Radix | 二両、炙る | 0.3g | |
芍薬 | Paeoniae Radix | 二両 | 3.0g | |
大棗 | Zizyphi Fructus | 十二枚、擘く | 5.0g |
右七味。以水一斗。先煮麻黄葛根減二升。去白沫。内諸薬。煮取三升。去滓。温服一升。覆取微似汗。餘如桂枝法。将息及禁忌。諸湯皆倣此。
(右七味、水一斗を以って、先ず麻黄、葛根を煮て、二升を減じ、白沫を去り、諸薬を内れ、似て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。覆って微似汗を取る。餘は桂枝の法の如く、将息及び禁忌す。諸湯皆此れに倣う。)
*
構成生薬のうち麻黄以下の六味はすべて述べたので、ここには葛根のみについて解説する。
葛根
マメ科(Leguminosae)のクズPueraria lobata OHWI またはPueraria lobata OHWI Chinensis OHWIの周皮を除いた根を用いる。澱粉を10~15%を含み、またフラボノイド類のdaizin, daidzein,puerarin などを含む。また近年、生体内神経伝達物質であるアセチルコリンを含んでいることが証明された。
葛根の薬能は、『本草備要』では「胃の気を鼓し、上行し、津を生じ渇を止める」「腠を開き、汗を発し、肌を解し、熱を退く。脾胃虚弱、泄瀉を治す聖薬となす」とあり、古来、発表薬として発汗・解熱の作用を有し、また消化器系に働いて鎮痙作用を有し、下痢を止める。また、葛根は特に身体上部の血行をよくする働きがあると思われる。
薬理実験でも解熱作用が認められ、この作用は、皮膚血管を拡張して体表からの熱放出を促進するとともに、呼吸を促進し、肺からの水分受出を増して熱放出を促進することによるようである。
また葛根中には、平滑筋臓器に対して鎮痙または弛緩作用を示す分画と、反対に収縮作用をもつ分画が存在し、前者はフラボノイド類、後者はアセチルコリンがその作用成分として認められ仲いる。この版うに一つの生薬に相反する作用をもつ成分が存在することは、しばしば見られることである。したがって他の生薬と組み合わさって、一方の作用が増強され、他方が減弱されるなどにより、薬方によって多方面の作用が発現してくるものと思われる。
また近年、中国では、葛根のフラボノイドの循環器系に対する作用に注目し、薬理実験と臨床検討を並行して行なっている。まず動物実験においてフラボノイドは、血圧の安定化、脳内血流増加、冠状動脈血流増加、血管抵抗の減少、心筋酸素消費量の減少などの作用が認められ、また実験的に作った狭心症および心筋梗塞モデルに対しても有効性を認めている。この薬理結果にもとづき、葛根の製剤を臨床に応用した結果、狭心症、心筋梗塞などに一定の効果を認めている。
また、葛根は昔から胃熱をとるものと考えられていて、飲酒などによって起こったような急性胃炎の症状を治す作用がある。
*
麻黄が入っていることは、桂枝と協力して発汗性を強めることを示している。したがって『傷寒論』では「太陽病。項背強几几。無汗悪風。葛根湯主之。」と言い、太陽病の状態で、背中、首筋が激しく強ばり、悪風発熱があるが、汗が全く出ないときには、葛根湯をもって治すことができることを示しているのである。脈状の記載がないが、言うまでもなく脈は浮であり、数であり、かつ緊の性質を帯びることが多いわけである。
一般に、カゼ気味で、肩が凝り、頭が痛く、寒気がして、汗の出ていないときは、これを一服のむと発病に至らず、簡単に治るものである。それでも気分のよくならぬときは、一~二時間おいて、さらに一服飲むとよく効くものである。
『傷寒論』の条文に「太陽与陽明合病。不下利。但嘔者。葛根加半夏湯主之。」(太陽と陽明の合病、下痢せず、ただ嘔する者は、葛根加半夏湯之を主る。)とあるように、太陽病の時期で、同時に陽明病の症状があり、嘔気を催すときは半夏を加える。またカゼで扁桃炎を伴うときなどにも、この加味方がよく効く。
また「太陽与陽明合病者。必自下利。葛根湯主之。」(太陽と陽明の合病は必ず自下利す、葛根湯之を主る。)とあって、消化器障害、ことに下痢を伴うカゼにも葛根湯はよく効く。『傷寒論』では、太陽・陽明の合病で下痢する場合は葛根湯が主方であると言っている。
*
ついでにここで、脈の「浮」「緊」について少しく考えておくことにしよう。血管壁の一部は平滑筋より成っているが、平滑筋は骨格筋と同じように緊張していると考えられ、これらの筋肉の緊張度はまたその個体の活力を或る程度あらわす。皮膚にある汗腺もまた、血流の状態によって、発汗能に影響を及ぼす。つまり、脈緊の状態は、血管壁の緊張度の高まっているときであり、そのときは発汗能も低下していると考えられる。故に、葛根湯はこの緊張を緩めることになるのである。しかし、桂枝湯の脈である「浮緩」のように、血管壁の緊張度が低下している状態では、葛根湯よりも前述の桂枝加葛根湯を用いるのがよい。もしも桂枝湯証のような虚脈の人に葛根湯を用いると、ちょうど虚弱者にアスピリンを使ったときのように、汗が漏れて止まない状態に陥り、桂枝加附子湯の出馬を仰がねばならない状態に至ることもある。
葛根湯の臨床応用
以上の葛根湯の症状中、最も大切で特異な点は、後頭部、項、肩、背中の強ばりである。そしてこの主症状を目標に、急性の太陽病だけではなく、慢性疾患にも応用することができる。
〔一〕 副鼻腔炎、蓄膿症
慢性病の中で葛根湯を応用し得る疾患としては、まず副鼻腔炎、蓄膿症がある。
蓄膿症がある場合には、しばしば肩が凝り、後頭部が重く感じられたり痛んだりする。すなわち葛根湯の病状とよく似た状態を呈する。このようなときは、葛根湯だけでもよいが、頭痛のある者には川芎を加え、便通を整える意味でさらに大黄を加えることがある。消化管粘膜と鼻の粘膜とが密接な関係にあることは、臨床上しばしば経験するところで、過食や飲酒によって鼻閉を起こすことからも想像される。
したがって漢方で胃の熱をとると言われている葛根に、消化管内の毒性の消化残滓を瀉下して除く大黄を加えることは、副鼻腔炎にも好影響を及ぼすことになる。さらに一層よく効かすには、鼻の特効のある辛夷を加える。また、鼻汁が膿状となり治りにくいときは薏苡仁を加える。葛根湯で蓄膿症を治療しているうちに、皮膚の色が白くなって喜ばれたことが時にあるが、これも心の隅に覚えておいてよいことである。
〔二〕 脳炎や痙攣性の疾患
次に後業部の凝りを来たす疾患として慢性蜘蛛膜炎や脳炎などの初期にも応用される。私は、かつて、高熱を発し、激しい頭痛、悪心のある小児で脳膜炎を疑われるものに、葛根加半夏湯を与え、烏梅丸を兼方として用いたところ、服薬一貼で頭痛、発熱の大半がとれ、二貼で蛔虫を吐き出して解熱し、脳炎様症状も跡かたもなく消失した、という面白い治験例をもっている。
このように、葛根湯は脳炎様症状にも用いられるが、『金匱要略』の「痙湿暍病篇」に協、これが痙病すなわち破傷風や狂犬病などのような痙攣性疾患に用いられる機会のあることを述べている。
また赤痢や大腸炎の初期に応用する機会があり、その初期に、太陽病、陽明病の合病の状態で、裏急後重を伴う粘液や膿血便が頻回に排泄されるときに、葛根湯を与えると、軽く発汗したと思うまもなく、今まで一〇~三〇分間隔にあった便意も去り、膿血便もいちじるしく軽減していく。この場合に葛根湯に黄連・黄芩を加えると、さらによく効くようである。黄連中のアルカロイドであるベルベリンは強い抗菌作用のあるものである。
〔三〕 高血圧症
また、高血圧症の場合に、肩の凝りや頭痛を目標として本方を用いることがある。高血圧症の一部には、末梢血管の収縮による抵抗増大によって起こるものがあり、その場合、血管の収縮を緩める薬物を含む葛根湯を用いることは理に叶ったことであるが、特に頭痛や肩こりのように、カゼの初期の太陽病の症状と似た状態の場合に用いて効果があるのは、病的反応を起こしている生体を正常にもどすことにより、血圧を下げるからである。したがって葛根湯による治療は、世上の単なる血圧降下剤によるものとは趣が異なっているのである。この高血圧症の場合も、しばしば便秘がちであるので、大黄または芒硝を加えた方がよいことがある。或る高血圧症の患者は、カゼの始めに与えた葛根湯の粒剤で、体の調子もよく、ことに熟睡できて朝の起床時の気分が爽快になることを発見し、あたかも睡眠薬のように愛用していた。
〔四〕 酒の酔い、試験勉強に
また、酒に酔って肩や項の強く凝る人に葛根湯が効くということを、酒をたしなむ人々は、ちょっと覚えておくとよいだろう。それから、これは最初は患者自身の見出した応用であるが、試験勉強をする学生が、夜更かししても、葛根湯の粒剤を飲んでおくと頭が疲れないということで、試験の時期になると葛根湯を貰いにくる、というようなこともある。
〔五〕 皮膚疾患への応用
次に大切なことは皮膚疾患への応用である。和田正系先生の話によると、大概の皮膚病に応用して効果が挙がるということである。その理由は、葛根湯の発表作用によるものと考えられる。だから、蕁麻疹の初期、発赤、腫脹、掻痒のある場合にも、よく効く。なお湿疹のうち特に治療効果があるのは、いわゆる胎毒という種類のもので、頭瘡を主とするいわゆる「くさ」である。吐乳を伴う場合には、半夏を加え、便秘のある場合には大黄を加え、また荊芥を加えてもよい。
皮膚病のうち、湿疹はアトピー性体質の疾患の一つと考えられるが、一般的に漢方は、その体質を改善しつつ治療する優秀性がある。
〔六〕 肩こり、その他の肩の筋痛
肩こりに対しては、もちろん有力な薬方である。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』にもあるように、積年の肩背凝結があって、その痛みがときどき心下に刺し込むものに、本方で一汗かかせると忘れるようになくなった、というほどの卓効を現わすことがある。
寝ちがいと俗称される状態や肩の筋痛の場合にも葛根湯が応用されるが、これに地黄・独活を加えて用い、それを独活葛根湯と称する。この方は産後の柔中風という手足の運動の麻痺を来たしたものにもよい。
葛根湯に蒼朮・附子を加えると、頑固な三叉神経痛や肩臂の神経痛(五十肩)、むちうち損傷、リウマチ様疼痛にもよく効く。
頸筋は腰とともに力学的負担の多いところで、神経反射的にも種々の臓器の反射が筋の凝りとなって現われやすいところであり、筋の凝りが二次的にもまた種々の障害を起こすものである。筋の硬直が血行障害を起こすためか、眩暈などをよく伴い、しばしば本方に真武湯(第八講詳述)の合方、すなわち葛根湯加茯苓白朮附子のゆく状態が現われる。
葛根湯の治験例
〔症例 1〕 左三叉神経痛(女子)
一昨年、左の頬にひどい三叉神経痛が起きた。医者は歯からきているのだと言って、歯を次から次と全部抜いてしまったが、一向によくならなかった。それでも口腔内や歯齦、顔面など各所に注射をしてもらっているうちに、いつとはなく治ってしまった。
今度の病気は、昨年秋からのことだが、前回同様の左三叉神経痛で、痛みは前回以上に激しかった。きれいな唾液が絶えず口の中で滾々と湧くが、痛みのために口も動かせず、呑み込むことも吐くこともできない。
現在、或る神経痛専門の医者にいろいろと親切に治療してもらっているが、いまだにあまり好転しない。この頃では、頭も痛むし、口唇にちょっとさわっても電気にでも触れたようにひどく痛む。口は少ししか開かないので、話すことも思うにまかせないし、食事もただ液状のものだけで、固形物は噛むことも飲み込むこともできない。また、このようになってから、両肩、ことに左がひどく凝るという。
病人は、皮膚、顔面とも蒼白く艶のない水太りの感じである。脈は沈み気味の小さい弦緊数で、ことに右関上の脈が弱い(脾虚の脈)。右脾兪に圧痛がある。舌は厚い白苔があり、よく湿っている。腹は、診るといつも痛い痛いと騒ぎ、ことに横臥させると痛みは強くなり、ゆっくり腹診もできない。たた腹壁はやや脂肪と水で膨満し、左下腹部の隅の皮膚がひどく過敏である。小腹急結(桃核承気湯証の腹候)とみた。
そこで手早く、左頬車、左右の列欠などに置針、右脾兪に皮内置針、厥陰兪(両側)に灸を施した。痛みは直ちにやや軽快した。
そして、葛根湯加蒼朮附子(葛根四・五 麻黄二・五 桂枝三・〇 芍薬四・七 甘草二・〇 大棗三・〇 生姜四片 蒼朮五・五 附子一・〇各g)(以上、一日量)を煎剤として与えた。
二日後、やや好転の兆しが出る。薬が効いたのか、針灸が効いたのか明らかではないが、灸をもう少し、両側の陽陵泉、臨泣、胆兪へも増してみた。ところが、かえって悪化してきた。すなわち針灸による刺激が多過ぎたにちがいない。
同じく葛根湯加蒼朮附子を分量比を少し変えて(蒼朮八・二五 附子一・五 生姜五片 葛根七・〇 麻黄四・〇 桂枝五・〇 芍薬七・〇 甘草一・五 大棗四・五各g)を一日量として二週間分を与えておいた。
その後、東京からひどく喜びの電父がかかった。さしもの激しい三叉神経痛も、あれ以来漸次鎮静して、この頃ではほとんど普通に食事も話もできるようになった。しかし、時にちょっとした拍子にピリリと痛むことがあるとのことである。そこで前方三週間分送ったが、再び、私が東京で診たときは、九分通り以上によくなっていた。そして次の一ヵ月後は忘れてしまったように治っていた。(東京診療所にて)
〔症例 2〕 右三叉神経痛(女子)
数年前、右頬や軟口蓋、口唇などが痛み、それが頭の方へも放散したことがあった。その後、こんな神経痛が一年に数回起こるのだが、そのつど注射で治る。こんなことで三年前に上の歯を全部抜いてしまったのだが、その後しばらくは痛まなかった。ところが、今年の二月頃、例の痛みが起こり始め、話をしても、上を向いても寝ても痛む。今度はいろいろと注射をしてもらうのだが、少しもよくならず、近頃ひどくやせてきた。
特徴は、肩がひどく凝ること、食欲はあり、大便は一日一回。睡眠はよい。中背で少し太り気味で、両頬に細絡がつよいので(とくに右側)一見赭ら顔のようである。
脈―沈・小・弦・数、按じて弱。
舌―右奥のところどころに帯黄白色の厚い苔がある。やや湿り気味。
腹―小腹急結の腹候があるほか、特記すべきことはない。
両肩で僧帽筋の上部広範に高度の筋肉の攣急がある。
よって葛根湯加蒼朮附子乳香(葛根七・〇 麻黄四・〇 桂枝五・〇 芍薬七・〇 甘草一・五 大棗四・五 生姜五片 蒼朮八・五 附子一・五 乳香一・六各g)(一日量として一日三回)。桃核承気湯の粒剤一・〇g(一日一回)を兼用として与えた。
一ヵ月後、たいへんよくなり、痛みも止んだ。その翌年六月末に来たとき、「あれから一ヵ年間は全く痛まなかったが、この二〇日ほど前から、右側の上下の歯齦が歯もないのに痛みはじめ、前回同様ひどく肩が凝る。しかし、痛みの程度は前回よりはるかに軽いとのこと。再び前方を与えると数週を出ずして治った。
しさき、その後も前回に懲りて続いて服薬していた。
*
麻疹の初期に発疹を促すために升麻葛根湯を用いるが、単に葛根湯に升麻を加えても充分効くものである。
耳・目・鼻の病にも葛根湯がよく効く。要するに肩より上の諸病に本方が応用されることが多いことになる。
〔症例 3〕 葛根湯の発表作用を現わす好例
体は大きく一見栄養がよいようだが、顔色はさえず、漢方で言う水毒性で、アトピー体質でもある。幼時より腸が弱い。常に肩こり、疲労感があり、乳腺炎を患って十味敗毒湯で治療し、蛋白尿、浮腫を来たし、九味檳榔湯合五苓散で治し、以後、十全大補湯で充分元気になってきたのであるが、今度は耳に掻痒を伴う皮膚炎を来たし、ペニシリンを飲んだが、全身に蕁麻疹が強く出て、浮腫と倦怠感を来たした。耳朶から外耳道にかけて漿液性の分泌物が多く、カサブタがつき、難聴があり、且つ肩こりが強いという。荊防敗毒散を与えたところ、一週間で分泌物はなくなってきたが、耳がつまった感じがして肩こりが強いので、葛根湯加荊芥連翹大黄を与えた。そうすると一週間後に来て、体の調子は大変よくなったが、皮膚炎の分泌物がまた出てきたと訴えた。そこで荊防敗毒散に戻してよくなったのであるが、この症例は、葛根湯の発表作用により、分泌増加となって現われたことを示すと同時に、葛根湯証は確かにあり、事実、全身的に気持は非常によくなったのに、局所の悪化を来たしたわけで、漢方治療にも全体と局所の分離があること、証による医学と感うが、局所の状態も考えねばならぬことを教えるものである。
以上は、葛根湯応用の一断面について述べたに過ぎないが、要するに太陽病の葛根湯証の病態が現われているときは、慢性病と雖も、またその病名の如何にかかわらず、応用して効果のあることがわかるであろう。
すなわち、仲景によって唱えられた急性病の経過中に現われる病態の詳細は研究、そしてそれに対しての対策があれば、諸病の治療の目的の一半は達成されるという傷寒論医学の思想は、この葛根湯の運用の一例においても理解されることと思う。
【脚注】
○自下利―服薬によらず、自然に下痢すること。
消化管粘膜と鼻の粘膜とは密接な関係がある。
○兼方(兼用)―主となる薬方は主方と言い、これに兼ねて補助的に用いる薬方を兼方と言う。
○裏急後重―俗に言う「しぶり腹」のこと。腸炎や赤痢などの疾患で、炎症性の刺激があるとき、疼痛を伴う頻回の便意を催すが、肛門筋肉の痙攣によって排泄は困難となり、排便はほとんど行なわれない状態を言う。現代医学の正式の名称はテネスムス(Tenesmus)である。
○和田正系(一九〇〇~一九七九)―明治33年和田啓十郎の長男として長野県に生れ、千葉医専卒(大正11)、医学博士(昭和8)。以来千葉県富浦町に開業、主として地絹医療に尽して功績を挙げ、千葉医学講師(昭和26)としては医史を講じた。一方玄父の志を継ぎ、学生時代より漢方に志し、奥田謙蔵に師事して、啓蒙期日本漢方の先駆的活動を続け、日本東洋医学会に創立以来参加、昭和30~31年には理事長を勤めたほか昭和41年には中国より初の日本漢方界代表として招聘され日中医学交流に尽した。著作には『漢方医学臨床提要』『心身一如』『法然上人の人と宗教』「草堂茶話』「和田啓十郎遺稿集』『医界の鉄椎を巡って』等がある。
○脾兪(ひゆ)―背部、第11第12胸椎棘突起の左右3cmの辺にある経穴(膀胱経)。
○小腹急結―瘀血の腹証の一つで、左側の腸骨窩を指で強く圧すと急迫性の疼痛を訴えることを指し、桃核承気湯を用いる目標とされる。
○頬車(きょうしゃ)―顔面部、下顎骨と耳介下根部との中央、下顎枝の外後線にある経穴(胃経)。
○列欠(れっけつ)―手部、前腕掌側撓側面で手関節横紡の上方4~5cmにある経穴(肺経)。
○厥陰兪(けっちんゆ)―背部、第4・5胸椎棘突起間の左右約3cmにある経穴(膀胱経)
○陽陵泉(ようりょうせん)―足部、腓骨小頭直下の陥凹部にある経穴(胆経)。
○臨泣(りんきゅう)―第4、5中足骨底の中間にある経穴(胆経)。
○胆兪(たんゆ)―肺部、第10・11胸椎棘突起間の左右約3cmにある経穴(膀胱経)
○升麻葛根湯(局方)
葛根・升麻・芍薬・甘草
○十味敗毒湯(華岡)
柴胡・桔梗・防風・川芎・桜皮・茯苓・独活・荊芥・甘草・乾生姜
○九味檳榔湯(浅田家)
檳榔・厚朴・桂枝・橘皮・生姜・大黄・木香・甘草・蘇葉
○十全大補湯(局方)
人参・黄耆・朮・当帰・茯苓・熟地黄・川芎・芍薬・桂枝・甘草
○五苓散(傷寒論)
沢瀉・猪苓・茯苓・朮・桂枝
○荊防敗毒散(回春)
荊芥・防風・羗活・独活・柴胡・前胡・薄荷・連翹・桔梗・枳殻・川芎・金銀花・茯苓・甘草
(コメント)
芍薬の量が一般的な葛根加朮附湯に比べて多い。
桂枝湯と桂枝加芍薬湯との関係にも注意。
蒼朮の量も多い。
【一般用医薬品承認基準】
葛根湯
〔成分・分量〕 葛根4-8、麻黄3-4、大棗3-4、桂皮2-3、芍薬2-3、甘草2、生姜1-1.5
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以上のものの次の諸症: 感冒の初期(汗をかいていないもの)、鼻かぜ、鼻炎、頭痛、肩こり、筋肉痛、手や肩の痛み
【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換
算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位
症 状
皮 膚
発疹・発赤、かゆみ
消化器
吐き気、食欲不振、胃部不快感
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称
症 状
偽アルドステロン症、ミオパチー1)
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
肝機能障害
発熱、かゆみ、発疹、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等があらわれる。
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
3.1ヵ月位(感冒の初期、鼻かぜ、頭痛に服用する場合には5~6回)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載すること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にの
み服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
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