18.桂枝加竜骨牡蛎湯 金匱要略
桂枝4.0 芍薬4.0 大棗4.0 生姜4.0(乾1.0) 甘草2.0 竜骨3.0 牡蛎3.0
(金匱要略)
○夫失精家,少腹弦急,陰頭寒,目眩,髪落,脉極虚芤遅,為清穀亡血失精,本方主之(虚労)
○脉得諸芤動微緊,男子失精,女子夢交,本方主之(虚労)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
神経症状があり,頭痛,のぼせ,耳鳴などを伴って疲労しやすく,臍部周辺に動悸を自覚し,排尿回数多く尿量増大するもの。
本方は平素よりあまり強健でない人の一時的性欲亢進がもたらす衰弱と異常興奮によく用いられる。咽喉がかわき,神経症状の著しくない陰萎には八味丸がよく,胸や脇腹が重苦しく,尿量減少し,やや軟便気味で下腹部に動悸を感ずるときは柴胡桂枝干姜湯の方が適当である。筋骨質で便秘がちな人には無効で,柴胡加竜骨牡蛎湯などを考慮すべきである。なお本方を長期服用(3ヵ月以上)すれば虚弱体質の円形脱毛症に奇効を得ることがある。本方を服用後,悪心,下痢する場合は半夏瀉心湯で治療できるし,また柴胡桂枝干姜湯あるいは補中益気湯に転方すればよい。
〈漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
○桂枝湯に竜骨と牡蛎を加えたもので,精力減退,疲労を主訴とするものに用いるが,夜尿症,遺精,神経症,不眠症などに用いる。陰茎,陰嚢が冷えるというものや,髪がぬけて困るというものに用いて効を得たことがある。
○桂枝加竜骨牡蛎湯証では足が冷えて,のぼせるという症状を訴えるものがある。臍部で動悸が更新し,下腹部で腹直筋が突っぱっているものがある。脈は浮大で弱いものと,弦小のものとある。
○足が冷えてのぼせ,ふけが多く困るというものに,この方を用感て効を得たことがある。
○大学の入学試験を受けるため,猛烈に勉強している学生に,この方を長期間呑ましたことがある。これを呑むと疲労の回復が早く,よく勉強ができるといってよろこばれた。
〈漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○方読弁解に「健忘,狂癇,不眠,いずれも腹中拘急,動悸たかぶるものに桂枝加竜骨牡蛎湯を用ゆべし。」
○長沙腹診考は「一書生,年20ばかり,気欝閉,短気(呼吸促迫)ことに甚し,診するに上逆して胸腹に動あり,桂枝加竜骨牡蛎湯を与えて治す。」とある。
○方輿輗に「桂枝加竜骨牡蛎湯は,およそ小建中湯の証で動悸のたかぶるものに用いる。この動悸は胸から腹にあるものである。この症には遺精などがありがちであるが,癇にこの方を用いるときは,遺精を目的にせずに動悸を目標にしてやるものである。しかしみぞおちがふさがるから多くは遺精がある。この証は虚証の癇証である。富貴,安佚の人に多くあるものである。さて心中煩悸という症状は小建中湯にもあるけれど,この方の心中煩悸のところへ小建中湯を用いてみるに,わるくはないが効はない。この証には不眠,往来寒熱,夜夢みることが多い,という症状などもある。本方は今云う癇症に多くあるもので健忘でも狂癇でも不眠でも,腹中が拘急して動悸がたかぶるものに用いる。いずれ小建中湯の証で動悸のたかぶる処にゆくものと心得てよい。動悸がさほどないものには小建中湯がよい。」
※安佚(あんいつ):気楽に過ごすこと。何もせずに、ぶらぶらと遊び暮らすこと。また、そのさま。安逸
○遺精,早漏,性欲減退などによく用いられる。
○西山英雄氏は“鬼交の診療例”を漢方の臨床誌4巻5号に発表し,38才の未亡人で強度の疲労を主訴とするものにこの方を用いて著効を得た例を報告している。その中で患者は「実は先生,時々熟睡中に相手は誰か判らないが,交接していて,オルガスムスに達して驚いて目を覚ます。そんな時は両手を胸に置いて,固く誰れかを抱きしめているような感じです。その翌日は店に立って居れない位,疲れるのです。何んとか,これが起らないように治してほしい。」とのべている。
○浅田宗伯は小児の遺尿にこの方を推奨している。勿誤薬室方函口訣に曰“此方は虚労,失精の主方なれども,活用して小児の遺尿に効あり。故尾州殿の老女60年余小便頻数一時間五,六度上厠,小腹弦急して他に症状なし,此方を長服して癒ゆ”とある。
○精力減退,疲労を主訴とするものに用いるが,夜尿症,遺精,神経症,不眠症などにも用いる。陰茎や陰嚢が冷えるというものや,髪がぬけて困るというものに用いて効を得たことがある。足が冷えて,のぼせるという症状を訴えるものがある。足が冷えて,のぼせ,フケが多くて困るというものに,この方を用いて効を得たことがある。私はこれを遺尿症に用いる時は臍部の動悸の亢進と神経質で物に感じやすい点やねぼけるというところに注目している。
〈漢方処方応用の実際〉 山田光胤先生
体質虚弱な人が,痩せて,顔色が悪く,神経過敏になり,微熱があったり,疲れやすく,手足がだるく自汗や盗汗があり,胸や腹の動悸が亢進し,気分は憂うつで,物忘れして,夜眠れず,さ細なことに驚き,婦人は月経が不順になることがある。また性的過労,インポテンツ,遺精,夢精,夢交などがあったり,夜尿症や脱毛症になることもある。脈は弱く,遅い。腹証は,腹壁がうすく,みぞおちがくぼみ,腹直筋が攣急し,殊に臍下でひどくひきつれているが,下腹部は力がなく軟弱無力である。
〈漢方診の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は性的過労,陰萎,遺精等に用いて元気を回復させる効がある。腹証としては屡々,腹直筋が拘攣し,腹部の動悸が亢進する。神経衰弱症,チック病に脈証、腹証に注意して応用する。本方はまた小児の夜尿症に用いて奏効することがある。竜骨,牡蛎は心悸亢進,神経の異常興奮を鎮め,固精の効がある。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 1. 性的神経衰弱
「夫れ失精家,小腹弦急,陰頭寒え,目眩,髪落,脈極虚芤遅なるを清穀亡血失精となす。脉これを芤動微緊に得。男子は失精,女子は夢交」(金匱要略血痺虚労)(中略)
家とは年中やっている人という意味だから一ぺんや二へんでは家とは云えない。小腹弦急は下腹がぴんと張っていること,きゅっと引締っていること。即ち下腹部直腹筋若しくは錐体筋の収縮を意味する。筋肉は実しても緊張するし虚しても緊張する。虚して緊張する場合はきゅっと引締って筋ばっているように感じ,併かも深部には力がない。陰頭寒は亀頭が冷たく感じること。目眩は目がちらちらする,まぶしい,しょぼしょぼする,めまい,などの意にとれる。脉の極虚,芤,遅などみな虚脉である。清穀は下痢清穀の略で現代的術語では完穀下痢と称し,食べたものが消化せずにそのまま出てしまうこと。亡血は貧血ぐらいの意。脉の動は腹部大動脉の搏動がたかまった時によく現われる脉,夢交は夢に交るとの意,男子には夢精に相当する。臨床的に古方家は胸腹動と小腹弦急を最も重要な目標にしている。それがあれば確かに目標にしてよい所見である。胸腹動とは胸がどきどきしたり,臍辺では腹部大動脉の搏動が亢進していることである。尾台榕堂先生は「禀性薄弱の人,色欲過多なるときは則ち血精減耗し,身体羸痩,面に血色なく身に微熱あり,四肢倦怠,唇口乾燥,小腹弦急,胸腹の動甚しく,其窮るや死せずして何をか得たん。此方を長服し厳に閨房を慎み保嗇調摂するときは則ち以て骨を肉とし生を回らすべし。婦人心気鬱結,胸腹の動甚しく,寒熱交作,経行常に期をたがい,多夢驚惕,鬼交漏精,身体漸く羸痩に就き,其状恰も労療に似たり,孀婦室女情慾妄りに動きて遂げざるものに多く此方に宜し。」(類聚方広義)と詳細に懇切に適応症を述べており,この方面の使い方としては凡そ之に尽きている。必ずしも金匱及び類聚方広義の症状が一々全部揃うことを要せず,その内の特長ある若干のものが組み合されていれば本方を使うことが出来る。例えば,遺精,夢精等が主訴で腹動少腹弦急するもの。陰萎強直症(プリアピズム)で少腹弦急し或は脉右の如きもの,或は腹動あるもの。面色凄蒼目凹み光り,しかも空ろの如く。体を動かすこと大儀で手足ほてりだるがり,刺戟に敏感であり乍ら直ぐ疲れてしまい。脉右の如きもの,必ずしも遺精等あるに限らず。頭髪脱けやすく,或は脱毛症,或は禿頭症,或はふけ多く,或は腹部少腹弦急,或は脉右の如く,或は全身症状右の如きもの。(中略)
運用 2. 虚証で動悸や興奮しやすいもの。
不眠症,興奮或は健忘症,銘記力薄弱,或は感受性がたかく感情もろく,或は所謂癇がたかぶり,甚しければ狂状の如きものなどで,脈又は腹証前記のもの。バセドウ氏病で,心身共に興奮し易く,或は心悸亢進,多汗,或は驚き易く,あるいは反対に鬱々として疲れ易きもの。自律神経不安定症で肺結核の軽症経過中などに時折見られるが,神経質で心悸亢進,腹動或は諸所に動悸を感じ,不眠,焦燥,刺戟性のもので脉動弱,微弦等を呈するもの。要するに本方は腎虚火動又は下焦を制することが出来ぬ状態に対しても本方を用いる。従って必ずしも肺結核の意味ではないが上虚即ち肺虚や心虚の症状があるときにも本方が使えるわけである。
運用 3. 下に漏れる症状
遺精もそうだが夜尿症,前立腺肥大症や萎縮腎で小便近きもの,帯下など凡て締りがなくて下に漏れる症状を対照にして本方を使う。全身的又は脉,腹証を参照して使うべきである。区別を要するのは八味丸である。
〈漢方の臨床〉5巻1号
桂枝加竜骨牡蛎湯について 大塚敬節先生
虚労
桂枝加竜骨牡蛎湯は,金匱要略の血痺虚労病脈証の部にみられる方剤で,血痺には黄耆桂枝五物湯を用い,虚労には桂枝加竜骨牡蛎湯の他に、天雄散,小建中湯,黄耆建中湯,八味腎気丸,薯蕷丸,酸棗仁湯,大黄蟅虫丸が用いられ,附方として炙甘草湯と獺肝散が出ている。
それでは虚労とは如何なる病状のものかと言うに,金匱要略には,「夫れ男子平人,脈大を労となす,極労も亦労となす」とあって,特に病気らしい訴えのない男子でも,脈が大であれば労であり,またひどく脈が虚して力がなければ,また労であるといっている。この場合の大の脈は,これを重按すると底力のない,外だけに張り出した脈のことであろう。だから,一体に,脈が大きくても力がなければ,労でありまたひどく虚して力のない脈も亦労の徴候である。
なお虚労の徴候として,金匱要略には,次のようにのべている。
「男子面色薄き者は,渇及び亡血を主どる。卒に喘悸し,脈浮の者は,裡の虚なり。」
「男子,脈虚沈弦,寒熱なく,短気裡急,小便利せず,面色白く,時に目瞑衂を兼ね,少腹満す,此れ労之を使らしむとなす。」
「労の病たる,其脈浮大,手足煩し,春夏劇しく,秋冬癒え,陰寒え精自ら出で,酸削,行く能はず。」
「男子,脈浮弱にして濇なるは子なしとなす。精気清冷。」
以上の条文によって,労または虚労とよばれた病気が,今日の肺結核ではなくて虚弱体質または,性的無気力或は所謂神経衰弱等を指したものであることがわかる。
原文の解釈とその批判
さて,桂枝加竜骨牡蛎湯は,これらの条文をうけて,次のように,その脈証をのべている。
夫失精家小腹弦急陰頭寒目眩一作目眶痛髪落脈極虚睫芤遅為清穀亡血失精脈得諸荘動微緊男子失精女子夢交桂枝加竜骨牡蛎湯主之
ところが,この文章は,どこに句読をつけるべきか,どのように理解すべきか,これを仔細に検討してみると,いくつかの疑問にぶつかる。
右の条文を一つの文章として解釈すべきか,二つの文章に分けるべきか,三つの文章に分けるべきか。また註釈文が本文に挿入されたという立場をとるべきか。更に天雄散の主治が同時にのべられているとすべきであるか。また「脈虚芤遅」と「脈得諸芤動微緊」を如何に解釈すべきか。問題は仲々複雑である。
名古屋玄医,山田正珍,福井楓亭,和久田叔虎,吉益南涯,宇津木昆台,湯本求真先生の諸家は一つの文章として解釈している。
多紀元簡,喜多村寛,浅田宗伯の諸家は,二つの文章に分けて解釈する立場をとっている。
後藤慕庵,辻元崧庵の諸家は三つの文章に分けて解釈する立場をとっている。
☆ ☆ ☆
山田正珍は「夫」の字と,「芤遅」より「夢交」までの24字を刪去すべしといっている。そこで,「失精家は小腹弦急芤,陰頭寒く,目眩,髪落つ,脈極虚たるは桂枝加竜骨牡蛎湯之を主る」だけを,金匱要略の正文であるとした。
和久田叔虎は,腹証奇覧翼で,「脈極虚芤遅為清穀亡血失精」の12字を註文とみなして,次のように解釈している。
☆ ☆ ☆
「夫れ失精家,小腹弦急,陰頭寒,目眩,髪落,脈極めて虚芤遅なるを清穀亡血失精と為す。脈之を芤動にして,微緊なるに得れば,男子は精を失し,女子は夢に交る,桂枝加竜骨牡蛎湯之を主る。」
これの註釈は,
凡そ脈に虚芤遅の三証を極めてあらわすは,下利清穀か,亡血か,失精か,此三病の中の脈証の例なりとなり。虚は場所ありて物なきの義にて浮大にして根のなき脈をいう。芤は,中のうつろな脈をいう。遅はおそき脈,三脈ともに気血の虚に属して,陽気の衰えたる脈証なり。脈得以下を,此方の脈証に取るなり。言こころは,以上の脈例に就て言うときは,其三脈の中にて之を芤動にして微緊なる方に得れば,失精夢交の脈となり。失精は夢に交て精を失すなり。男女を別つは互交にして,其実は一なり。小腹弦急。つよくすじばること弓弦の如きをいう。其証小腹にあるものは,下虚の候にして,気血の不和なり。失精あるも是によるなり。陰頭寒。目眩。髪落。并に皆衝逆の候にして,不降の気すくなく,陽気下部に旺ぜざるなり。髪落もの。皆上実にして,瘀血頭部にあつまるによるなり。脈極虚遅芤為清穀亡血失精の12字は脈例をいう斜挿の文なり。言こころは動は,関上にありて上下に首尾なき脈といえり。蓋,臍上の築動之と応ずるものなるべし。此方虚寒の意なし。微緊にして遅ならざるゆえんなり。」
以上を約言すれば,性的神経衰弱の人では,下腹部がひきつれ,外陰部が冷え,目まいがして,髪がよくぬけるようになる。このような人で,脈が芤動で少し緊であれば,桂枝加竜骨牡蛎湯の主治である,というのである。
この原文の中,脈極以下亡血失精までは,桂枝加竜骨牡蛎湯の証ではないという立場をとっている。この場合,「極」の字をを「脈が極めて虚す」という意味にとらないで「極めてあらわす」としているが,これではよく意味が通じない。次に「諸」の字を「これを」とよまして,「凡そ」の意味に解釈している。これについては,問題が残る。また芤動微緊を一つの脈状にとって,芤動で微し緊の意味にとっている。ところが,芤動が一つの脈で,微緊が一つの脈だとする説も,芤,動,微,緊の四つの脈だとする説もある。果していずれが正しいであろう。また失精も精を失するとよむのは,まだよいが,夢交を夢に交じわるとよむよりも交を夢むとよむべきではないか。
湯本求真先生は,「皇漢医学」に,この腹証奇覧翼の説を全面的に引用している。
金匱要略国字解でも,その読法は,前者と大同小異であるが,「諸」を「脈,諸芤動微緊を得るは」とよましている。
宇津木昆台は古訓医伝の風寒熱病方緯篇で,次のように説明して,この文は桂枝加竜骨牡蛎湯と天雄散との二つの証治を併せてのべたものだとしている。
「これより本条にして,失精の者を示したるなり。さて失精に数種あり。独り下元の虚脱より来るのみと思うべからず。先ず薛己が医案にも,七種の失精を載せたり。其文に曰,愚按ずるに,四あり,心を用い,度を過し,心,腎に摂せずして致す者なり,色慾を遂げざるに因って精気位を失し,精を輸して出づる者あり,色慾大過,滑泄して禁ぜざる者あり,年壮に,気盛んにして久しく色慾なく精気満溢する者あり,小便出ること多くして禁ぜざる者,或は小便に出でずして,自ら出で,或は茎中出でて痒痛して,常に小便せんと欲する者ありと言う。始の四種と,後の小便に従うて出ると,小便に従ずして自ら出ると,茎中痒痛との三種を合して,七種になるなり。又寝るに臨んで,食に飽くときは,遺精するあり,又夢は交合して遺するあり,心下充盛の者,この証を患る者多し。又曰,おおむね夜ねるときはなはだ暖なるときは則ち遺す。陽道,物に著くときは,則ち遺す。睡次,側臥して一足を縮めて,物に着かしむることなきときは則ち免ずべしと言えり。これ亦,夢遺の則にも,陽道,物に着きて遺すると,着ざれども色情を夢中に発して遺することあり。少壮鰥居の人,慾念に因て満溢するはさして害なし。律僧には暴食して,夢遺する者至て多し。明朝,犢鼻褌を竿に付て,表向にて常任の主僧に示す。主僧,湯を輸して,浄浴せしむるなり。此等は病とは言えども,暴食をなし,且つ慾情を抑えて,夢中に発する者なれば,これ亦大なる害なし。唯,世情に辛苦経営し,功名を成んと欲して,学術技芸に精神を凝してより,陽気上に迫り,陰血下に亡びて,発する所の者は大に害あり。これは色慾に心を用るにあらず,只水火の升降あしくして,気血の不順より為す所の失精なれば,急に治を施さずんば,必ず死地に陥る者なり。よいよい診別して,危を救うべし。又色慾過度し,下元大に虚して,ますます慾情の盛なる者は,白昼に覚えず脱精する者あり。此等は下部のしまりなしと雖も,慾火の上逆より脱精する者にして,俗に云腎虚の者は,この証多し。
余,平素三種の虚乏を説けり。先ず腎虚したるものは,頻に色慾を好み,脾胃虚の者は,大に食物を貪ぼり,貧乏したる者は,頻りに表を張て外見を衒う。これ俗情に於て片寄処ありて,川立は川で果ると云諺の如く,挽回し難き者と見えたり。前車の覆る,後車の戒とすることを忘るべからず。さて,ここに挙る所の者は,下部力なく上迫して,上下通暢を失うてより来る者なり。これもと精魂を砕き,或は房慾の過度によりて,小腹の気血和せず,故に小腹弦急するなり。これ下部の陽気暢びずして,亡血より来る弦急なれば,陰茎,頭,ひやひやする様なるを以て,陰頭寒と言り,寒の字はひやつくを病人の覚ゆるを言,右の如くに,気血下部を栄養すること能わざれば,必ず心胸以上に,虚気上突するにつけて,上部の血も気も迫りて行らず,故に目眩髪落するなり。目眩は気の変,髪落は血の変なり。さて上下共に気血用をなさず,大に衰えたる証なれば,内外共に陽気のしまりなくして,脈状も十分に衰たる故に,極て虚芤遅と言り内は胃中の陽気絶んとして,清穀となり,血分寒凝して,下部のしまりなきより,亡血,失精に及ぶなり。且,下元大に虚して,失精に及ぶのみならず,腰以下痿躄して,大小便ともに,遺失に至る者多し。其上腰以下寒冷にして甚しき者は不仁し,覚えのなき者あり。この証は八味丸,またはこの天雄散等のかかる者なり。同じ証にても,脈の虚芤の上に,動微緊を得る者は,上逆の気勝て,水気も共に上に動躍する故なり。この諸芤動微緊の諸の字は,一切の虚労はこの脈をあらわす者は,上迫して下部和せず,男子ならば,失精するに至り,女子ならば,夢交すると言意なり。男子は慾情動くときは,火逆上逆するのみならず,陰頭に精汁を漏すなり。女子は陰汁は常に出る故に,別に失精することなくして,慾情動けば,夢に交るばかりなり。余屡々女子に夢交の事を究問するに,寡婦慾情に堪えずして夢交するは,精汁の満溢と同証なり。然れども,男子の如く漏精することなく,唯其精内に凝結して,小腹より陰中に引て,弦急疼痛する者多し。其疼痛至て堪え難く見ゆるなり。又娼婦に淫腹と俗称して,小腹の急痛に堪え難き証あり。これは淫精,膀胱,血室の辺に凝結したるなり。花街の者杯は常のことなれば、酸醤皮、和名ほうづきの皮を煎じて服すれば,頓に治するなり。ここの女子の証には,虚実あれば,よくよく診別すべし。失精夢交の証に,脈の虚芤遅と芤動微緊と,少しく上下の軽重あれば天雄散と桂枝加竜骨牡蛎湯との差別をとくと弁ずべし。其外八味丸,小建中湯の類,各主たる証あり。さて,桂枝加竜骨牡蛎湯の方意を察するに,気逆上衝して,水気の上に動躍する勢を和すれば,下部に気血めぐりて失精夢交の証やむなり。謂う所の南風を得んと欲すれば北牖を開けの意あり。また天雄散の証は,下部主となりて,気逆上衝する故,清穀亡血の下部を目当にして力を入るれば,上は自ら和するなり。大小便も遺失し,腰以下の痿躄するまでも,皆この天雄散の証なり。(下略)」
このように,昆台の解説は,親切丁寧であるが,問題は,「脈弦虚芤遅」と「脈得諸芤動微緊」の解釈である。昆台に随えば,極は脈が極めて虚して芤遅であるとの意であるとし,極は,虚の副詞とし,虚を芤遅の形容詞として解釈している。即ち芤遅の脈が極度に虚しているのは,清穀,亡血,失精の徴であるというのである。また諸の字を一切の虚労の意にとっているが,これは文法上から,無理なこじつけのようにとれる。また芤動微緊を一つの脈状と考えて,この上に虚の字を加えて解釈しているが,この場合の微は緊の形容詞で,少しの意にとるべきである。もし微脈の意にとれば芤動と微緊とは相反する脈になるから一つの脈状とは考えられない。
次に,吉益南涯と,石北溟は,ともに,このように問題になる脈状を,一切後人のざん入として削り去っている。しかも,夫失精家の四字までも削っている。即ち南涯の金匱要略釈も北溟の金匱正弁も,この条文を,次のように訂正している。
「少腹,陰頭寒,目眩髪落,男子失精,女子夢交,桂枝加竜骨牡蛎湯主之,天雄散亦主之。」
このように,脈の部分を後世人のざん入として削ることは,たしかに一つの見識であるが,夫失精家を削っておいて,男子失精女子夢交を残したことは,何如なる理由によるものであろう。この北溟も,その序文によると吉益東洞の流れをくむ人である。
さて以上は,金匱要略の原一を一条としてよんだ人達である。
次に多紀元簡は,金匱要略輯義で「今,程本に依って,二条に分つ」として,「夫失精家より亡血失精」までを一条とし,「脈得より主之」までを一条として二条に分ける立場をとっているが,自己の見解をのべることを遠慮してりる。
浅田宗伯は,元簡に随って,二条に分けてはいるが次のように一条として説明している。
「夫れ失精家とは,腎精を失う人を謂う。小腹弦急,陰頭寒く,目眩,髪落つ等は,即ち精脱し血枯るるの致す所,蓋し失精家の小腹に於ける弦急は,桃核承気湯の少腹急結と少しく相似て大いに異る。蓋,其症,常に少腹より陰頭に引きて弦急し,且つ昼夜色を思いて戈を立つる者是なり。男女正に同じ。女は夢交と言って精を謂はざるは,男子と文を異にするのみ。是れ陰吹正に喧すしく,玉門は閉ず,時に自ら精を漏らす者,之を用いて効あり。芤は浮大即ち微の反,動は鼓撃,即ち緊の反,蓋,芤動と微緊は自ら是れ二脈,即ち上文に「脈大を博となす,極労も亦労となす」の意。故に諸と言う。諸は凡なり。限らざるの辞,尤氏は以って一脈となす者は非なり。」(原漢文)
宗伯は,芤動微緊は,芤動と微緊の二つの脈であるとし,この二脈はともに虚労の脈であると説明している。ところが,「脈極虚芤遅」については,全く言及していない。故意に知らない風にしているのか,後人のざん入だと考えて黙殺したのか,そのあたりの事情がはっきりしない。とにかく,「脈極虚芤遅」の五字の取扱いは,仲々むつかしい。
後藤慕庵は,「夫失精家より髪落」までを一条,「脈極より失精」までを一条,「脈得より主之」を一条とし,清穀,亡血,失精は皆虚労の致すところで脈を同じくして,証を異にするものだ。また芤,動,微,緊の四つの脈は,いずれも虚候の脈だとしている。
以上長々と諸家の説を陳開したが,どの説も,十全のものはなく隔靴掻痒の感をまぬがれないのは,なぜであろう。
桂枝加竜骨牡蛎湯の証
桂枝加竜骨牡蛎湯証の考察するには,金匱要略の条文の理解から着手しなければならない。ところが,この原典の解釈が,前篇でみられるように,支離滅裂では,どの説にも随うことができない。私は昭和17年3月より拓殖大学漢方医学講座修了生の方々のために,約半ヶ年にわたって,金匱要略の講義をしたときも,また昭和26年に,和訓金匱要略を執洋した時も,前記諸家と同じような誤をおかしてきた。
その後私は,この条文の中で,一番難解な「脈極虚芤遅為清穀亡血失精,脈得諸芤動微緊」を「脈極虚芤遅を清穀,亡血となす。失精の脈は,諸を芤動微緊に得」とよんでみた。すると,この一節がすらすらと理解できた。即ちこの一節は,清穀亡血の脈とある。ところが,前記の諸家は,「清穀亡血失精となす」とよんでしまったために,全くわけがわからなくなり,混乱に陥ったのである。
同じ虚労でも,清穀(完穀下痢)や亡血(貧血)の時は,脈が極虚芤遅であるが,失精の時は脈が芤動微緊であるというのが,この一節の意味である。また「諸」の字が,諸家の間で問題となり,「もろもろ」とよまして,寸,関,尺のもろもろの脈だといい,またもろもろの虚労の意だといい或は,「凡」の意だといい,一定しない。けれども,諸は「これ」とよんで,之の意味にも用いられて来たので,私は,「これ」とよむことにしている。だから「諸」の字には特別の意味はない。
そこで桂枝加竜骨牡蛎湯の原文を康平傷寒論の書式にならって,書き改めると,次のようになる。
夫失精家,小腹弦急,陰頭寒,目眩痛,髪落,失精
一 作目眶痛 男子失精女
脈得諸芤動微緊,桂草加竜骨牡蛎湯主之。
子夢交 脈極虚芤遅為清穀亡血
これを和訓すると
夫れ失精家は,小腹弦急し,陰頭寒え,目眩,髪落つ,失精の脈は,これを芤動微緊に得,桂枝加竜骨牡蛎湯之を主る。
目眩を一本には目眶痛に作る。男子は失精,女子は夢交は,失精の註文で,脈極虚芤遅を清穀亡血となすは,芤動微緊の脈の註文である。
これを意訳すると,失精家で,下腹部のひきつれる感と外陰部の寒冷感,めまい,頭髪の脱落などの症状があって,脈が芤動で,少し緊を帯びている場合は,桂枝加竜骨牡蛎湯の主治である。ただし,めまいの代りに目のいたむことがあると書いてある本もあり,男子では失精であるが女子では夢交となる。また同じ虚労でも,脈が極虚芤遅であれば,完穀下痢や出血多量による貧血の結果であるから,失精による虚労と区別しなければならない。眶は,まぶたまたはひとみの両方の意味がある。私はこの症状にヒントを得て,この薬方を眼精疲労に用いて,著効を得たことがある。
これから,この薬方腹証についてのべなければならないが,金匱要略の条文を「清穀,亡血となす。失精の脈は云々と」読んだのは,私の創見と思いきや,さにあらず,すでに,私が日頃,尊崇する山田業広が,とうのむかしに,「失精の脈は云々」とようでいる。私は,これを九折堂読書記の中に発見し,私の読法が,私だけの独断の結果ではなく,私の最も新頼する業広の読法と全く一致することを知り,欣快にたえないのである。そして,先哲の残してくれた尊い業跡に,いまさらながら感泣する次第である。
さて,失精家の精を,精液,精汁の意にとるのが,いままでの通説であるが,臨床にあたっては,一般精力の浪費による虚労をも,失精家と考えた方がよい。小腹弦急は,下腹がひきつれることであるが,八味丸証の小腹拘急との区別はむつかしい。陰頭寒は,陰茎の先端の冷えることであるが,陰嚢の冷えるのも,目標になる。
桂枝加竜骨牡蛎湯の腹証としては,金匱要略では,「小腹弦急」をあげているだけであるが,我国の先哲は,これを更に次のように布延している。
腹証奇覧翼では,第一図にみられる通り,これを「図の如く臍上中脘の辺に動気つよく,小腹に弓弦を張りたる如く引きはるものあり。常に衝逆(のぼせ)目眩(めまい)の患ありて,上実下虚,上熱下寒,脈虚芤なるもの,桂枝加竜骨牡蛎湯の証なり」と説明している。
聖剤発蘊は,東洞の方極に随って,「桂枝湯の証にして,胸腹動ある者を治す」といい,「桂枝湯の胸腹にして動ある者なり,竜骨は臍下の動を主治すと云いながら,此の方の如きは桂枝の上衝につれて動ある故,臍上より胸中へかけての動多く見ゆべし。さて腹中動ある者は,本論に謂う所の失精夢交の証があるうちなり。柴胡姜桂湯のつく者にも得て失精の証があるものなり。さて此方は,後世,失精家或は火逆の証に聖薬の様に謂うことなれども元来桂枝湯の胸腹が備った上にて,胸腹の動ある者に非れば用て効なし。所以は何ぞ。胸脇苦満して腹部の毒,両挺なる者にて,胸腹動有り,失精夢交或は灸祟(灸たたり)にて大に煩躁するは柴胡加竜骨牡蛎湯のつく場合なり。又若証にて上衝あれば柴胡姜桂湯のつく者多し。皮相に眩して其の真を失すること勿れ。さて,此の方の主治,岩淵氏方極附言に,胸腹の下に及び臍下の三字を補入す。竜骨臍下の動を主治するに因てなり。余を以て,之れを観れば畳長に似たり。既に胸腹と謂う唯臍下は腹に非ずや。方極の主治の如きは簡明にして意味通暁せんことを貴ぶ。」と説明している。
村井先生腹候弁では「桂枝加竜骨牡蛎湯の腹は,臍下弦を引張たる如く筋立りんとはってびくびく少し動気ある者,臍上水分下脘のあたり動気甚強し。」といい,東郭腹診録では「此腹証は臍下へ弓の弦を張りたる様にひくひくとすこし動気ある者なり。臍上水分上中脘の辺動気甚強し。又按に小腹急強の言筌にのみ泥むべからず。臍下気満たず,軽きは水分,神闕,重きは中下脘に至て動気あり,房事の後の腹候と同じ」と説明している。
このように,桂枝加竜骨牡蛎湯の腹証を論ずる諸家は,臍辺の動悸の亢進を重視している。このような傾向は,吉益東洞がその著薬徴で,「竜骨,臍下の動を主治するなり,旁ら驚狂,失精を治す」と論じ,桂枝湯に竜骨,牡蛎を加えたこの薬方は,「桂枝湯証にして胸腹動ある者を治す。」のだと定義したため,東洞の流を汲む人たちばかりでなく,他流の人たちまでも,胸腹の動を重要視するようになった。しかしこの動悸も必発の症状ではないからとて,この薬方の証ではないということにはならない。しかしこの動悸も必発の症状ではないから,この腹証がないからとて,この薬方の証を否定してはならない。
先哲諸家の経験
(1) 腹証奇覧翼
失精家のみならぐ,所謂虚労,鬱証,赤白濁,小児の胎驚,夜啼,客忤,驚癇等,証に従って試効あり。或は故なくして頭髪脱尽すること麻風の如くなるものに試験すと。愚謂亦証に随うにあり。
(2) 方輿輗
桂枝加竜骨牡蛎湯,此条専ら,脈を以って,失精夢交を論ずるに似たれども,其症は上文に己に之を詳かにせり。合せ観て脈証を具備すべし。動とは鼓にして力あるが本義なり。然れども芤と熟するときは力無くして,動ずるなり。凡そ文辞はつかいようにて,種々はたらきあるものなり。緊は急の義なり。然れども微字熟するときは,血液栄せずして其柔を失するなり。其意,譬へば,木液なくして枝勁きが如きなり。吐衂篇に衂家汗すべからず,汗出づれば必ず額上陥り,脈緊急と云うも同意なり。さて方下に失精の脈法殆んどせども,此病は腹にして候うが第一捷径なり。凡 臍上,水分の地,くぼみて坑をなし,或は臍下ぐさぐさしたる中に弦急を見はし,又臍辺に一種の動気あるべし。此動は意を以って之を求むるときは,言はずして自ら喩るべし。
(3) 病因考備考 遺精
一男子あり,三十余歳,前病を愚う。一月中遺せざるの夜,十日を過ぎず,気乏色青く,数里を歩する能はず。身少しく労れ,動すれば連夜遺精す。医を易うること数人にして愈ず。治を家翁に請う。翁,諭して官務を辞せしめ,桂枝加竜骨牡蛎湯を作りて之を与う。数月の後,動気稍伏し,遺精従って減じ,今四十歳,未だ全くは愈えず。又一男子あり,年五十ばかり,平日,多汗明暗の処を畏る。之に遺精脚弱を加え,腹部力なし。かくの如きこと五,六年,而かも元気未だ甚しくは衰えず,脈も亦悪候なし。蓋し諸の過酒,房労に得るなり。余処するに桂枝加竜骨牡蛎湯を以ってす。此ろ余薩摩の出水邑を過ぎ,邑医某,余に請いて之を診するなり。後,数月,医人某書を以って来り告げて,服薬後,諸症稍除くと云う。
(5) 勿誤方函口訣
此方は虚労,失精の主方なれども,活用して小児の遺尿に効あり。故尾州の老女年60余,小便頻数1時間5,6度上厠,小腹弦急して他に症状なし。此方を長服して愈ゆ。
(6) 和漢医林新誌第69号 滝松柏
東京府下,高代町8番地,三浦清十郎,食客鵜殿葆なる者,齢而立に垂々とし,一奇疾を患う。茲に2年,其症たる陰頭寒を覚え,夏秋の交尤も甚し。衆医を延き之を治す。皆以って淋疾となす。技を尽し,術を窮めて,寸験を見ず。本年10月朔を以って,治を余に請う。之に診するに,脈浮緩にして力あり,飲啖,舌胎常の如し。胸腹少しく築動あり。飲頭を熟診するに,異常なし。只上厠の際,小便利すと雖も,残瀝滴々絶えずと云ふ。余,猪苓湯を与ふるに効なし。因って陰頭を撫擦するに,冷にして水嚢を探るが如し。是に於て,竊に意うに,陰頭冷の一症かと,試みに桂枝加竜骨牡蛎湯を服せしむむこと2日,患者頗る快を呼ぶ。尚を前方を持重すること10有余日,会々余帰省の期,迫るを以って,方書を授けて客路に就く。家に帰るの時,飛簡あり,直に披きて之を閲む。鵜殿葆の謝牘なり。未条詩を載す。神方を明論して病魔を攘うの句あり。余以って病の全愈を知り,益々古方の妙私議すべからざるを信じ,広く大方の君子に告ぐと云うのみ。(後略)
※ 減耗(げんこう,げんもう):減ること。また、減らすこと。
※ 窮る(きわめる)
※ 驚惕(きょうてき):驚き恐れること
※ 蟅虫の「蟅」は、本来は、庶が上で虫が下。表示できないため代用。
※ 裡:裏の異体字
※ 福井楓亭(ふくい ふうてい),1725-1792
※ 和久田 叔虎( ワクダ ヨシトラ;わくた しゅくこ), 1768-1824
※ 後藤慕庵(ごとう ぼあん):元文元年(1736)~天明8年(1788)。後藤椿庵の子。後藤艮山(後藤左一郎)の孫。
※ 辻元 崧庵(つじもと すうあん、安永6年(1777年) - 安政4年3月6日(1857年3月31日))は、江戸時代末期の幕府医官。名は昌道、号は冬嶺(とうれい)、通称は崧庵(すうあん)。幕府医学館考証派の有力な儒医。
※ 鰥居(かんきょ) 独居の老人。「鰥」は、魚が目を瞑らないように「目が冴えて眠られない」有様。
「鰥」という漢字がある。魚偏に四に水の字だが、四は目であって、つまり魚に目と水で「眔・なみだ」の旁で「やもを」と読む。 「やもを」とはつまり連れ合いに先立たれた男のこと。
※ 犢鼻褌(とくびこん):褌には犢鼻褌(とくびこん)と言われるものが ある。史記の司馬相如伝に「相如身自着犢鼻褌、与保庸雑作(相如身に 犢鼻褌を自着し、保庸(雇用人)と雑作をす)」と書かれているのが見える。 晋代の注釈には、三尺の麻布で作り、形は犢(こうし)の鼻のごとくである と書かれている。幅24.5cm、長さ70cmの布でできるものといえば、 越中ふんどし風のものであるにちがいない。
褌や犢鼻褌は、上半身はだかやそれに近い姿で働く労働者が身につける ものである。
※ 酸醤皮 酸漿根のことか?
※ 牖:訓(まど;窓) 音(よう)
※ 石北溟 金匱正辨
※ 客忤(きゃくご):小児が突然外からの刺激、たとえば、大きな物音・知らない人・見慣れない物を見て驚き怯え、顔色が青くなり・軽度のケイレン・水穀下痢・涎沫を吐すなど、驚癇のような症状をあらわすもの。
※ 捷径(しょうけい):1 目的地に早く行ける道。近道。 2 目的を達するてっとり早い方法。早道。近道。
※ 一七七八 安永七奥書 亀井南冥 病因考備考
※ 竊に ひそかに
※ 攘う はらう
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
桂枝加竜骨牡蠣湯
本方は性的過労・陰萎・遺精等に用いて元気を回復させる効がある。腹證としては屡々腹直筋が拘攣し、腹部の動悸が亢進する。神経衰弱症・チック病に脈證、腹證に注意して応用する。本方はまた小児 の夜尿症に用いて奏効することがある。竜骨・牡蠣は、心悸亢進・神経の異常興奮を鎮め、固精の効がある。
『漢方精撰百八方』
99.〔桂枝加竜骨牡蛎湯〕(けいしかりゅうこつぼれいとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕桂枝、芍薬、生姜、大棗 各3.0 甘草2.0 竜骨、牡蛎 各3.0
〔目標〕体質が虚弱な人が、神経過敏になり、痩せて、顔色が悪く、微熱があったり、疲れ易く、手足がだるくなったり、胸腹の動悸が亢進したりして、下腹がひきつれ、或いは腹直筋が攀急する。 また、性的疲労、インポテンツ、遺精、夢交、或いは夜尿症などがある場合もある。 この場合、気分は憂鬱で、些細なことに驚きやすくなり、婦人は月経不順となることも多い。
〔かんどころ〕虚弱な人の神経過敏、ことに心悸亢進、腹証に胸脇苦満はみられず、腹直筋が攀急していることが多い。
〔応用〕神経症、不眠症、性的神経衰弱その他
〔治験〕1年10ヶ月 女児、小児不眠症(神経症の疑い) 生来虚弱、外来の刺激に過敏で、かぜをひきやすく、胃腸をこわしやすい。しかも、病気になるとなかなか治らず、いつまでも長引くので、年がら年中医者通いをしている。 この養女が1ヶ月ばかり前から、夜眠らなくなった。両親や同胞が眠ってしまうと、一人で寝床から出て、何かいたずらをしている。しかし、別に機嫌も悪くはない。午前1時頃になると、ようやく眠るが、朝は4時頃には起きてしまう。それなのに、昼寝もしないと親が訴えた。 病児は、身長・体重ともに平均より小さい。外見にも脈にも特徴がないので、腹診しようとすると、泣きわめいてどうしてもみせない。 診察によっては、証がつかめないので、次のように考えて処方を決めた。病児は前から、かぜをひいたときは桂麻各半湯か桂枝湯がよくきき、胃腸カタルのときは小建中湯を用いて効果があったので、そこで、同じ桂枝湯加減法で、且つ神経症状のあるものに用いるのは、桂枝加竜骨牡蛎湯がよいと考えた。分量は成人の1/3量とした。 この処方を与えると、その晩からよく眠るようになったが、3日目からは、やや早く眠る程度にもどってしまった。しかし、3週間目頃から再び早く眠るようになり、1ヶ月後には、夜、熟睡するようになった上、昼寝もするようになった。 更に面白いことには、それ以来、身体がすっかり丈夫になって、めったにかぜもひかなくなった。 爾来、4年半経つが、幼女は今も丈夫で、たまにかぜをひくぐらいである。しかし、どんなときでも、私の漢方薬以外はのまないという。 山田光胤
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう) (傷寒論)
〔桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)各四、竜骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、桂枝湯(後出、表証の項参照)に竜骨、牡蠣を加えたもので、腹部の動悸が亢進するなどの神経症状や性的衰弱の症状を呈する。したがっ て、腹直筋の拘攣、腹部の動悸、神経過敏、興奮しやすい、疲れやすい、盗汗、頭髪が抜ける、物忘れする、不眠、遺精などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、桂枝加竜骨牡蠣湯證を呈するものが多い。
一 神経衰弱、ヒステリー、不眠症その他の精神、神経系疾患。
一 小児の夜啼き、小児痙攣その他の小児科疾患。
一 そのほか、脱毛症、夜尿症、遺精、夢精、陰萎など。
【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html
【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html