健康情報: 康治本傷寒論 第十七条 傷寒脈浮緩,身不疼,但重,乍有軽時,無少陰証者,青竜湯発之。

2009年9月22日火曜日

康治本傷寒論 第十七条 傷寒脈浮緩,身不疼,但重,乍有軽時,無少陰証者,青竜湯発之。

『康治本傷寒論の研究』
傷寒、脈浮緩、身不疼、但重、乍有軽時、無少陰証者、青竜湯、発之。

 [訳] 傷寒、脈は浮緩、身うずかず、ただ重く、たちまち軽き時ありて、少陰の証なき者は、青竜湯、これを発す。

 第一六条までで太陽病の基本を説明したことにるので、この第一七条から第二五条までは太陽病からはじまる変証を論ずることになるのは、それらの条文の冒頭の句を見ればわかる。しかし第一七条の冒頭の句は問題をはらんでいる。それは第一六条と比較したときk
      16、太陽中風、脈浮緊、……
      17、傷寒、脈浮緩、……
となっているからである。このためにこの両条は互文の関係にあるというのが定説になっている。
 『解説』二○八頁では「前章は太陽の中風にして、その脈証が傷寒に似たものを挙げ、この章は傷寒にして、その脈証が中風に似たものを挙げている。この両者はその現わす症状は異なるけれども、同じく大青竜湯の主治である」と論じている。この見方はすでに成無己が表明していて、『集成』、『弁正』も同じであり、傷寒を狭義に解釈している。
 しかし私は第一七条が太陽傷寒……青竜湯主之、となっておれば第一六条と互文になっていると認めてもよいが、広義の傷寒という意味の冒頭になっていて、両条が対等に扱われていないから、これは青竜湯を用いる変証という見方をしたい。丁度第一一条の傷寒、脈浮、自汗出、小便数……というのと同じ使い方である。色々と考えをめぐらさなければならない練習問題であるが、あまりむつかしいので、ヒントを与えるために最後に発之という句をつけて、金匱要略の「溢飲を病む者は、当に其の汗を発すべし。大青竜湯これを主る、小青竜湯亦これを主る」という条文の発と同じく、水毒を発汗することによって除去することを暗示させたのである。『入門』八四頁に浅田宗伯の説を引いて、「発は猶お与のごとし」、としたのでは折角のヒントを見逃すことになる。
 『講義』五八頁に「此の章は第二九章(第一一条)の傷寒、脈浮、自汗出云々を承け、かつ前章の太陽中風に対し、傷寒の一例を挙げ、これも亦大青竜湯証なるを論じ、以って其の活用を示すなり」という見方は一見良いように思えるが傷寒を狭義に解釈しているのは正しくない。
 『所論に答う』の解釈は比較的良いが間違いもある。「この条は私の見解によれば、脈浮緩なる太陽中風証に身重なる陽明証、或いは少陰証疑途の病証が現われて、大青竜湯を使用しなければならぬ場合と、何故に其の身重が現われたるやの理由を推測できるように併わせ説いた条文であると考えるのである」という部分には問題点が二つある。太陽中風は脈浮緩というのは第二条を頭に置いていることであり、中風系列という見方をしていないためである。また身重という症状は陽明病と少陰病に現われるだけでなく、水毒が多いときにもあらわれる点が欠けている。しかもこの場合は水毒が問題なのであるから分析が不充分といわねばならない。
 金匱要略の痰飲咳嗽病篇には「飲水流行して四肢に帰するは当に汗出ずるべくして汗に出でず、身体疼重するは、これを溢飲と謂う」とはっきり書いてある。
 『所論に答う』では引続き、「陽明病の身重は腹満身重であるが、少陰病の身重は沈重疼痛である。今この身重は但だ重くにして腹満がないから、病邪が太陽の表外に専らにして太陽外位火大の症状頗る激しく、其の結果として内位地大が擾動されて起った身重であることがわかる」と論じているが、太陽外位火大の症状が激しいことを示す句は第一七条には書かれていない。但だ重くというのはその症状だけがはっきりしているという意味だから、これ以外に激しい症状は存在しないはずである。したがって身重の現われた理由は別にあるということになる。
 少陰病にまぎらわしいことについては「また此の身重は沈重疼痛にあらずして、乍ち病い時があって、疼痛のない身重である。けれども疼痛の有無は太陽と少陰とを区別する決定的条件ではなく、ただ脈浮緩と乍ち軽い時がある場合が僅かに其の鑑別点となる訳である」と説明している。このように症状によって鑑別することが困難であれば、最後に少陰の証なき者は、と念を押すように言うことは意味がなくなってしまう。
 それで私は次のように考えるのである。身重が陽明病のものでないならば、溢飲によるものかもしれない。水毒が関与するならば少陰病の可能性もでてくる。少陰病であるならば発熱せずに悪寒し、また自汗出ずる筈である。これが確認できないことを少陰の証なき者と表現したのである。それで水毒によることがはっきりしたので青竜湯を用いて発汗させると解釈すればよいのである。
 『解説』では「この章は傷寒と冒頭しているから発熱、悪寒あるいは悪風、汗なし、の症状をその中に含むものとして解釈すべきである」というのだから、傷寒を狭義にとって、しかも但だ重くという句があるのに、はっきりした発熱、悪寒、無汗があるのだという勝手な解釈をしている。そうすると少陰の証は「脈沈微もしくは微細」であること以外にはなくなり、ここでは脈が浮緩なのであるから少陰病でないことを確認する必要もなくなってしまい、原文から無少陰証者の五字を消しているのである。消した理由を「康平本はこれを傍註としているから原文から削る」としているが、解釈自体がこの句を必要のないものとしているのである。
 『講義』では「傷寒は悪性にして陰陽何れへも転変し易き病なり。此の証、脈浮緊なるべくして今浮緩を現わす。脈浮緩を現わせば当に発熱し汗出ずべし。而して汗出でず。汗出でざれば当に身疼痛すべし。然るに身疼痛せず。故に身不疼と言う。此の三字は蓋し以上の意を言外に含めるなり」と書いていて、この条文では汗がないのだとしているが、この説明を良く読むと、身不疼なのだから汗は出ているのだというように読める。傷寒という句を狭義に理解するとこのように珍妙な説明になってしまう。
 少陰の証なきもの、という句は、少陰病に似ているから注意を喚起するという解釈しかされていないが、少陰病に移行する可能性が大いにあることも示していると読むべきである。
 (たちまち)はひょいと、ちらっと、という意味である。


『傷寒論再発掘』
17 傷寒、脈浮緩、身不疼、但重、乍有軽時、無少陰証者、青竜湯発之。
   (しょうかん、みゃくふかん、みうずかず、ただおもく、たちまちかるきときあり、しょういんのしょうなきもの、せいりゅうとうこれをはっす)

   (病気になって、脈が浮緩で、身はうずかず、ただ重く感じ、時々、軽く感じたりするもののうち、少陰の証のないものは、青竜湯で汗を発するのが良い。)

 これは青竜湯の使い方の一応用例についての条文です。前条16条では「汗が出ないで煩躁する」ような、青竜湯の典型的な使い方に関するものでしたが、本条第17条では、これとは全く正反対に見える、一見、静的な症状の病態に対する応用例について述べたものです。
 ただ身が重く感じるだけであるような病態では、少陰病の病態とまぎらわしい時もあるわけですし、少陰病のような体力の減退した状態の時に、青竜湯などの強力な発汗作用をもつ湯を使ったら、患者は一層、弱ってしまいますので、敢て、このように注意をしているのであると思われます。
 たとえ身体が痛んだりうずいたりしなくとも、重く感じるのは、何か異常があるからなのでしょう。こういう場合でも、大いに発汗することが、この異常な状態を改善することにつながるようです。細胞病理学の立場での異和状態の改善の説明は中々容易なことではないでしょうが、個体病理学の立場での説明なら、それほど難しくはないでしょう。すなわち、体内に水分が異常にたまって、そのため身体が重く感じられるようになっていると考えられますので、その余分な水分を発汗によって排除していくのが、青竜湯の作用機序である、と説明できることになるからです。このような説明でも、単なる「空理空論」よりは、遥かに勝っていると思われます。


『康治本傷寒論解説』
第17条
【原文】  「傷寒,脉浮緩,身不疼,但重乍有軽時,無少陰証者,青竜湯発之.」
【和訓】  傷寒,脉浮緩,身疼(イタ)まず,ただ重く乍(タチマ)ち軽き時ある者は,青竜湯之を発す. (之を主るに同じ〔章平〕)
【訳文】  発病して,脉証は少陽病の弦に浮性を帯びたような脉で,身体は痛まずにたた重身症だけがあり,またたちまち身軽症となったりするが、これらの場合で少陰病証のない場合には,大青竜湯でこれを治す。
【解 説】  前条では,大青竜湯の正証にういて述べていましたが,この条ではそれぞれ症候を挙げて大青竜湯証の使い方を説いています。

証構成
  範疇 肌熱緊病~胸熱緊病
     (太陽傷寒~少陽傷寒)
①寒熱脉証   浮~弦
②寒熱証    発熱悪寒~往来寒熱
③緩緊脉証   緊
④緩緊証    無汗~小便不利
⑤特異症候
  イ身疼痛~身不疼
  ロ身軽~身重 



康治本傷寒論の条文(全文)

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