啓脾湯
本方は四君子湯を基礎として脾を補い、健 胃・利尿を図って更に消化の剤を配したもので、虚證で貧血性、脈腹共に軟弱となり、食欲不振、水瀉性下尿が荏苒として止まず、時に腹痛・嘔吐の気味のある ものによい。大人でも脾胃虚弱の慢性胃腸カタルや腸結核などにも用いてよいことがある。
方中の人参・白朮・茯苓・甘草は四君子湯で専ら脾胃を補う。即ち胃を健にし食欲を進め、山査子・陳皮は食を消化し、蓮肉は脾を強めて瀉を止め、沢瀉は胃腸内の湿を消導して渇を止める。
以上の目標に従って本方は、小児消化不良症・慢性胃腸カタル・水瀉性下痢・腸結核・病後の食欲不振等に用いて胃腸を強壮にする。
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.137
⑲啓脾湯(けいひとう)(万病回春)
人参 白朮 茯苓 蓮肉 山薬各三・〇 山査子 陳皮 沢瀉各二・〇 甘草 生姜 大棗各一・〇(二四・〇) 以上煎剤、または蜜丸とする。
後世方なら四君子湯、古方なら人参湯を用いるような、胃寒によって起る嘔吐を伴った下痢の症状が慢性化して脉も腹状も軟弱で食慾不振が劇しく、その上神経的にも所謂”癇性”を起している場合に用いられる。または大病後の胃腸機能の亢進剤に用いる。主として小児に適応者が多く、もし本方無効のときは甘草瀉心湯、真武湯などを考える。大塚、矢数両氏には本方で腸結核を治した治験がある。小児の慢性下痢。腸結核。
『臨床三十年 漢方治療百話 第一集』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.476
いわゆる「かんむし」について
〔啓脾湯〕
人参三・〇 白朮 茯苓各四・〇 蓮肉 山薬三・〇 山査子 陳皮 沢瀉各二・〇 甘草一・〇
この方は小児の消化不良で、泄瀉性下痢を繰り返えし、栄養衰え、筋肉弛緩し、貧血甚しく、食思衰え、嘔気などを伴い、腹張り、しかも軟弱で、羸痩はなはだしいものに用いられる。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.147 慢性腸炎・消化不良・腸結核
36 啓脾湯(けいひとう) 〔万病回春〕
人参三・〇 白朮・茯苓 四・〇 蓮肉・山薬 各三・〇 山査・陳皮・沢瀉 各二・〇 甘草・乾生姜・大棗 各一・〇
原本には啓脾丸とあって、右細末とし、煉蜜にて丸となし、毎服一~二グラム、重湯にて服す。あるいは末として重湯にて服するのも可である。しかし一般には煎じて服用している。
脾(古書の脾は消化器系の臓器を代表している)を啓(ひら)く(鞭撻する、力をつける意)という意味である。
〔応用〕 虚証で、いわゆる脾胃虚弱の水様性下痢、小児の消化不良によく用いられる。
本方は主として小児の消化不良症、大人でも慢性胃腸炎や腸結核に応用され、また病後の胃腸の強壮剤として使われる。
〔目標〕 虚証で貧血性、脈腹ともに軟弱無力となり、食欲不振、水瀉性下痢が長く続いて、ときどき腹痛や嘔吐の気味のあるものである。
他の処方の効かぬ水瀉性下痢に試用する。
〔方解〕
人参・白朮・茯苓・甘草は四君子湯で、もっぱら脾胃を補う。すなわち胃の機能を旺んにして食欲を進め、山査、陳皮は食を消化し、蓮肉は脾を強め、瀉を止め、沢瀉は胃腸内の湿を消導して渇を止める。
〔主治〕
万病回春(小児泄瀉門)に、「食を消し、瀉を止め、吐をとめ、疳を消し、黄を消し、脹を消し、腹痛を定め、脾を益し、胃を健にす」とある。
〔主治〕
万病回春(小児泄瀉門)に、「食を消し、瀉を止め、吐をとめ、疳を消し、黄を消し、脹を消し、腹痛を定め、脾を益し、胃を健にす」とある。
〔鑑別〕
○参苓白朮散 76 (水様性下痢・気滞の傾向がある、腹鳴)○人参湯 111 (水様性下痢・唾が出る、尿利増加)
○桂枝人参湯 35 (下痢・心下痞え、熱症状があり、脈浮)
○真武湯 75 (下痢・虚寒の証で、嘔吐、腹痛などがある)
○胃風湯 4 (下痢・直腸部に邪が多い)
これらの鑑別はなかなかつけがたいことがあり、実際に使ってみて、その効果を知るほかないことが多い。
〔治例〕
(一) 慢性下痢(腸結核の疑い)
四二歳の映画女優。平素から胃腸弱く、下痢するくせがある。今度は約半年前から下痢が始まり、止まらない。腸結核と疑われて、ストマイ・パスを用いたが、それでも止まらなかった。
患者は痩せて脈が弱く、舌苔なく、腹部は軟弱で振水音をきく。肩こりやすく、手足が冷える。
真武湯を七日分のんだが変わりなく、啓脾湯に転方したとこ犯、二週間で下痢一回となり、一ヵ月あまりで下痢がやんだ。
真武湯で止まらない下痢が啓脾湯で止まり、啓脾湯で止まらない下痢が真武湯で止まることがある。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)
(二) 消化不良症
二歳の女児。離乳期に消化不良となり、水様の下痢日に一〇数行もあって、食物が入るとすぐに下痢してしまう。水様で緑色である。食欲全くなく、一〇数日間続いたので、すっかり痩せて衰弱極度に達した。脈も腹も軟弱で無力、腹中は真綿を按ずるようで何物もないようである。初めのころは胃苓湯で効なく、のち啓脾湯によって下痢は次第に減少し全治した。
(著者治験)
(三) 腸結核
一七歳の男子。戦前から肺結核で私のところで漢方の薬をのんでいた。私が五年間戦地に楽改ar帰国してみると、患者は大変海岸近くの焼け残ったアパートで静養していた。老父母の間の一人息子であった。戦後はすっかり衰えて、ときどき喀血を繰り返し、腸結核を併発して、暁方四時ごろになるとゴロゴロ腹が鳴って、水様の下痢が起こり、日に三~四回もあるという。これではとても助かる見込みはなく、死期も近いと思われた。ところが啓脾湯を与えたところ、大便が固まってきて、だんだん太ってきた。胸部所見は空洞がいくつもあってひどかった。そのうち抗生物質ができるようになり、これを併用させたところ、大変よくなって、すっかり一人前となり、あの骸骨のような患者は、めでたく結婚生活に入ることができた。母親が大変よろこんでわざわざあいさつにきた。
これは腸結核のとき啓脾湯で生命をつなぎとめ、その後抗生物質の力によって普通の人と同じ生活ができるようになったわけである。
(著者治験)
※白朮 茯苓 四・〇 → 白朮 茯苓各四・〇
『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.34補養の剤
方名及び主治 | 一五 啓脾湯(ケイヒトウ) 万病回春 泄瀉門 ○ 食を消し、瀉を止め、吐を止め、疳を消し、黄を消し、腹痛を定め、脾を益し、胃を健にす。 |
処方及び薬能 | 人参 白朮 茯苓 蓮肉 山薬各三 山査子 陳皮 沢瀉各二 甘草 生姜 大棗各一 右小児一日量 人参、白朮、茯苓、甘草=四君子湯で脾を補う。 山査子、陳皮=食を消化す。 白芷=陽明経風熱を治す。 蓮肉=健脾、瀉を止む。 沢瀉=渇を止め湿を除く。 |
解説及び応用 | ○
此方は四君子湯を基礎として消食の剤を加えたもので、小児疳瀉と呼ぶ所謂小児の消化不良症に最も屢々用いられるものである。 他に大人にても脾胃虚弱即ち慢性胃腸炎にて諸薬応ぜぬ水瀉性下痢に広く応用される。 余は腸結核の初期に用いて卓効を収めたことがある。脈腹共に虚状にして微熱あるもよい。 ○応用 ① 小児の消化不良症、② 慢性胃腸炎、③ 腸結核、④ 病後の胃腸強壮剤。 |
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
啓脾湯(けいひとう) [万病回春]
【方意】 脾胃の虚証による軟便・泡沫状下痢・食欲不振等と、虚証・血虚による貧血傾向・顔色不良等のあるもの。
《太陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
脾胃の虚証 | 虚証・血虚 | |||
主証 | ◎軟便 ◎泡沫状下痢 ◎食欲不振 | ◎貧血傾向 ◎顔色不良 | ||
客証 | 胃腸虚弱 口中甘味 嘔吐 軽度の腹痛 軽度の裏急後重 上腹部振水音 | 疲労倦怠 るいそう 衰弱 |
【脈候】 軟弱。
【舌候】 無苔。
【腹候】 発病して日の浅い場合には腹力中等度からやや軟程度。慢性のものは軟弱無力まで。
【病位・虚実】 本方は四君子湯の加味方で脾胃の虚証が中心的な病態であり、太陰病に相当する。自他覚症状からも、また脈候および腹候からも虚証である。
【構成生薬】 人参4.0 蓮肉4.0 山薬4.0 白朮4.0 山楂子2.0 陳皮2.0 沢瀉2.0 甘草2.0 時に大棗2.0・生姜1.0を加える。
【方解】 人参・茯苓・白朮・甘草・大棗・生姜は四君子湯で脾胃の虚証に対応し、沢瀉の利水作用も協力して下痢傾向・食欲不振・胃腸虚弱・貧血傾向・顔色不良・疲労倦怠等を治功。蓮肉・山薬・山楂子は虚証お版び脾胃の虚証に対応し、滋養・強壮・消化・健胃・整腸・収斂作用により止瀉する。陳皮の健胃・消化・整腸作用もこれに協力する。大棗・生姜は以上の構成生薬の作用を穏やかにし応用を広げる。
【方意の幅および応用】
A 脾胃の虚証+虚証・血証:軟便・泡沫状下痢・食欲不振・貧血傾向・顔色不良等を目標にする。
小児の消化不良、慢性胃腸炎、腸結核症、病後・術後の胃腸虚弱
【参考】 *食を消し、瀉を止め、吐を止め、癇を消し、黄を消し、腹痛を定め、脾を益し、胃を健にす。
『万病回春』
*此の方は四君子湯を基礎として消食の剤を加えたもので、小児癇瀉と呼ぶ、所謂小児の消化不良症に最も屡々用いられるものである。他に大人にても脾胃虚弱、即ち慢性胃腸炎にて、諸薬応ぜぬ水瀉性下痢に広く応用される。余は腸結核の初期に用いて卓効を収めたことがある。脈腹共に虚状にして、微熱あるものもよい。
【腹候】 発病して日の浅い場合には腹力中等度からやや軟程度。慢性のものは軟弱無力まで。
【病位・虚実】 本方は四君子湯の加味方で脾胃の虚証が中心的な病態であり、太陰病に相当する。自他覚症状からも、また脈候および腹候からも虚証である。
【構成生薬】 人参4.0 蓮肉4.0 山薬4.0 白朮4.0 山楂子2.0 陳皮2.0 沢瀉2.0 甘草2.0 時に大棗2.0・生姜1.0を加える。
【方解】 人参・茯苓・白朮・甘草・大棗・生姜は四君子湯で脾胃の虚証に対応し、沢瀉の利水作用も協力して下痢傾向・食欲不振・胃腸虚弱・貧血傾向・顔色不良・疲労倦怠等を治功。蓮肉・山薬・山楂子は虚証お版び脾胃の虚証に対応し、滋養・強壮・消化・健胃・整腸・収斂作用により止瀉する。陳皮の健胃・消化・整腸作用もこれに協力する。大棗・生姜は以上の構成生薬の作用を穏やかにし応用を広げる。
【方意の幅および応用】
A 脾胃の虚証+虚証・血証:軟便・泡沫状下痢・食欲不振・貧血傾向・顔色不良等を目標にする。
小児の消化不良、慢性胃腸炎、腸結核症、病後・術後の胃腸虚弱
【参考】 *食を消し、瀉を止め、吐を止め、癇を消し、黄を消し、腹痛を定め、脾を益し、胃を健にす。
『万病回春』
*此の方は四君子湯を基礎として消食の剤を加えたもので、小児癇瀉と呼ぶ、所謂小児の消化不良症に最も屡々用いられるものである。他に大人にても脾胃虚弱、即ち慢性胃腸炎にて、諸薬応ぜぬ水瀉性下痢に広く応用される。余は腸結核の初期に用いて卓効を収めたことがある。脈腹共に虚状にして、微熱あるものもよい。
【症例】 肺結核に合併した骨盤カリエスと腎結核
昭和23年の10月上旬、もう4年も前から床についているという青年。左側の肋膜炎の後に肺結核となり、更に骨盤の結核となり、最近また腎臓が結核に冒された。主治医は患側の腎臓を摘出するように指示した。手術をせずに治るものなら治したいという希望である。
病人は背丈の高い痩せた血色の良くない青年で、言葉少なく静かに床についている。体温はたまに37.2~3℃。きわめてまれに38℃近くなったことがある。食欲はあ移りすすまない。ときどき下痢する。便秘はしない。まれに嘔吐を伴う下痢があり、頭痛がする。排尿後にかすかに尿道に異常感覚がある。
脈をみると弦細で1分間62至。舌に苔はなく湿っている。腹部は臍部で動悸を触れ、心下部で振水音をきく。腎臓は左右とも触診上異常を認めない。左肺は全般的に濁音を呈し、呼吸音を聴取できない。レ線像ではほとんど全面的に浸潤が拡がっているらしい。腰部に大豆大の瘻孔があり、そこから排膿している。尿は混濁し多数の膿球や赤血球がみえる。培養によって5週間目に1視野に10数個のコロニーがみえたという。私は手術はかえって危険であることを述べた。
カリエスや腎膀胱結核には地黄の配剤された薬方、例えば十全大補湯、八味丸、四物湯合猪苓湯のようなものをよく用いる。ところがこの青年には地黄剤を用いることを遠慮した。胃腸障害を起こすようでも困ると考えたからである。
六君子湯を3日分与えて、様子をさぐることにした。ところが1回分だけ飲んだが、咳が出て、痰がしきりに出た。私は服用を中止させ清心蓮子飲を与えた。これで咳も痰も出なくなった。しかし1ヵ月に1~2回の下痢と、ときどき気分の悪い頭痛が起こる。この頭痛は胃腸の調子の悪いときに起こり、嘔吐を伴うこともある。食もあまりすすまない。
そこで3ヵ月ほどたって、今度は啓脾湯に黄柏2.0を加えて与えた。以後胃腸の調子が良くなり、下痢もあまりせず食もすすむようになった。体重も少しずつ増加した。しかし尿には別に変化はみられず、ときどき血点状のものが混じることがある。瘻孔からの排膿も同じことである。そこで露蜂房を1日6.0宛兼用することにした。2ヵ月ほどたつと、尿の混献が少しずつ減じるように思われた。5週間後の培養ではまだ1視野に2~3個のコロニーがみえた。
そこでストレプトマイシンの注射とパスを用いることにした。ところが、パスを飲むと食欲が全くなくなり、悪心が起こったので止めた。マイシンも15本で止めた。その頃から、なかなか良くならなかった瘻孔からの排膿が減じた。
患者は少しずつ室内を歩行し始めた。昭和28年の5月から尿の結核菌は全く陰性になり、それが1年続いた。瘻孔もふさがり、胸部も石灰沈着を治したまま固まった。そこで露蜂房は止め、啓脾湯加黄柏だけの内服を続け、昭和29年には10日分の薬を1ヵ月くらいかかって飲むようになり、昭和30年からはいっさいの治療を中止している。
患者はすっかり元気になり、肉づきも良く、今はある会社の役員になっている。
大塚敬節 『漢方診療三十年』348昭和23年の10月上旬、もう4年も前から床についているという青年。左側の肋膜炎の後に肺結核となり、更に骨盤の結核となり、最近また腎臓が結核に冒された。主治医は患側の腎臓を摘出するように指示した。手術をせずに治るものなら治したいという希望である。
病人は背丈の高い痩せた血色の良くない青年で、言葉少なく静かに床についている。体温はたまに37.2~3℃。きわめてまれに38℃近くなったことがある。食欲はあ移りすすまない。ときどき下痢する。便秘はしない。まれに嘔吐を伴う下痢があり、頭痛がする。排尿後にかすかに尿道に異常感覚がある。
脈をみると弦細で1分間62至。舌に苔はなく湿っている。腹部は臍部で動悸を触れ、心下部で振水音をきく。腎臓は左右とも触診上異常を認めない。左肺は全般的に濁音を呈し、呼吸音を聴取できない。レ線像ではほとんど全面的に浸潤が拡がっているらしい。腰部に大豆大の瘻孔があり、そこから排膿している。尿は混濁し多数の膿球や赤血球がみえる。培養によって5週間目に1視野に10数個のコロニーがみえたという。私は手術はかえって危険であることを述べた。
カリエスや腎膀胱結核には地黄の配剤された薬方、例えば十全大補湯、八味丸、四物湯合猪苓湯のようなものをよく用いる。ところがこの青年には地黄剤を用いることを遠慮した。胃腸障害を起こすようでも困ると考えたからである。
六君子湯を3日分与えて、様子をさぐることにした。ところが1回分だけ飲んだが、咳が出て、痰がしきりに出た。私は服用を中止させ清心蓮子飲を与えた。これで咳も痰も出なくなった。しかし1ヵ月に1~2回の下痢と、ときどき気分の悪い頭痛が起こる。この頭痛は胃腸の調子の悪いときに起こり、嘔吐を伴うこともある。食もあまりすすまない。
そこで3ヵ月ほどたって、今度は啓脾湯に黄柏2.0を加えて与えた。以後胃腸の調子が良くなり、下痢もあまりせず食もすすむようになった。体重も少しずつ増加した。しかし尿には別に変化はみられず、ときどき血点状のものが混じることがある。瘻孔からの排膿も同じことである。そこで露蜂房を1日6.0宛兼用することにした。2ヵ月ほどたつと、尿の混献が少しずつ減じるように思われた。5週間後の培養ではまだ1視野に2~3個のコロニーがみえた。
そこでストレプトマイシンの注射とパスを用いることにした。ところが、パスを飲むと食欲が全くなくなり、悪心が起こったので止めた。マイシンも15本で止めた。その頃から、なかなか良くならなかった瘻孔からの排膿が減じた。
患者は少しずつ室内を歩行し始めた。昭和28年の5月から尿の結核菌は全く陰性になり、それが1年続いた。瘻孔もふさがり、胸部も石灰沈着を治したまま固まった。そこで露蜂房は止め、啓脾湯加黄柏だけの内服を続け、昭和29年には10日分の薬を1ヵ月くらいかかって飲むようになり、昭和30年からはいっさいの治療を中止している。
患者はすっかり元気になり、肉づきも良く、今はある会社の役員になっている。
『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊
啓脾湯(けいひとう) <出典>万病回春(明時代)
<方剤構成>
人参 白朮 茯苓 甘草 生姜 大棗 陳皮 沢瀉 山査 蓮肉 山薬
<方剤構成の意味>
人参から大棗までは四君子湯で,これに陳皮以下が加わったと見るべきである。あるいは,六君子湯の半夏の代りに沢瀉以下が加わったと見ることもできる。
陳皮には袪痰作用(消化器の湿を除く作用と見てもよい),沢瀉には燥湿作用があり,山査・蓮肉・山薬に協いずれも止瀉作用があるので,四君子湯よりいっそう止瀉効果が強いと思われる。
陳皮・山査の消化作用,蓮肉・山薬の滋養・強壮作用も評価すべきである。
<適応>
①消化不良症(ことに小児の)
②慢性胃腸炎,ことに慢性の水瀉性下痢。
ただし,寒虚証者であることを条件とする。
『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊
啓脾湯(けいひとう)
健 東、ツ
万病回春(まんびょうかいしゅん)
どんな人につかうか
比較的体力の低下した人の下痢に用い、顔色が悪く、食欲不振で、水様あるいは泥状(でいじょう)の下痢便で、腹しぶりはせず、腹痛や嘔吐(おうと)を伴うこともあります。
目標となる症状
症 ①水様性の下痢(泥状便のこともある)。②腹痛、嘔吐(おうと)。③食欲不振。④体力衰弱。⑤顔色が悪い、やせ。⑥神経質。⑦貧血。
腹 軟弱無力で腹壁の緊張は弱い。胃内停水。
脈 軟弱で力がない。
舌 白苔(はくたい)があり、舌質(ぜつしつ)は淡白。
どんな病気に効くか(適応症)
やせて顔色が悪く、食欲がなく、下痢の傾向のあるものの、胃腸虚弱、慢性胃腸炎、消化不良、下痢。
この薬の処方
蒼朮(そうじゅつ)(又は白朮(びゃくじゅつ))、茯苓(ぶくりょう)、 各4.0g。山薬(さんやく)、人参(にんじん)、蓮肉各3.0g。沢瀉(たくしゃ)、陳皮(ちんぴ)(蜜柑の皮の干したもの)、山査子(さんざし)各2.0g。甘草(かんぞう)1.0g。
この薬の使い方
①前記処方を一日分として煎じてのむ。
②ツムラ啓脾湯(けいひとう)エキス顆粒、成人一日7.5gを2~3回に分け、食前又は食間に服用。東洋(一日7.5g)も同じ。
使い方のポイント
①四君子湯(110頁)に山薬(さんやく)、山査子(さんざし)、陳皮(ちんぴ)、蓮肉(れんにく)、沢瀉(たくしゃ)を加えたもの。
②大病後の食欲不振に、胃腸の強化に使え、他の色々の薬で効かない水様性の下痢に試みてみると良い。
③啓脾湯(けいひとう)というのは脾(ひ)(消化器)を啓(ひら)く(力をつける)という意味。
処方の解説
人参(にんじん)、朮(じゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、甘草(かんぞう)は四君子湯(110頁)で、胃腸の機能を盛んにして食欲をすすめる(補気健脾(ほきけんぴ))作用があり、山査子(さんざし)、陳皮(ちんぴ)は食べたものを消化し、蓮肉(れんにく)は胃腸の力をつけ、強壮、利尿効果もあって下痢をとめ、沢瀉(たくしゃ)は下痢をとめ、口の渇きを治す働きがあります。
副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。 2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
2) その他の副作
過敏症:発疹、蕁麻疹等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には人参(ニンジン)が含まれているため、発疹、蕁麻疹等の過敏症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。