健康情報: 真武湯(しんぶとう) の 効能 と 副作用

2011年6月19日日曜日

真武湯(しんぶとう) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊


真武湯
(しんぶとう)
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため、水気が腸胃に滞留して、或は腹痛・下痢を来し、或は目眩・心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し、脈は沈微、もしくは浮弱で、身体の倦怠が甚しく、手足が冷え易く、或は悪寒があり、一体に生気に 乏しい者を目標とする。
 この際の下痢は多くは水様便で、裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり、淡黒色の苔のあることもあり、一皮むけたように紅いものもある。
 本方は茯苓・芍薬・朮・附子・生姜の五味からなり、附子と生姜とは、新陳代謝を振興させて、身体を温め、元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ、その結果、下痢・目眩・心悸亢進を治し、芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。
 胃腸虚弱症・慢性腸カタル・腸結核・慢性腎炎・脳溢血・脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


『漢方精撰百八方』
58.〔方名〕真武湯(しんぶとう)

〔出典〕傷寒論

〔処方〕茯苓5.0g 芍薬、生姜、朮各3.0g 附子1.0g

〔目標〕 1.真武湯は、もとの名を玄武湯とよび北方の守護神である玄武神にかたどって名づけたものである。
2.発汗後、熱が下がらず、みずおちで動悸がし、めまいがし、からだがぶるぶる振るい、倒れそうになるもの。
3.下痢がつづき、腹の痛むこともあり、小便の量も少なく、冷え性で、四肢が重くだるく、痛むもの。

〔か んどころ〕熱のある患者に用いる場合(傷寒)と、一般雑病に用いる場合とで、かんどころが、ちがう。熱のある場合には、少陽病の熱型に似ていて、小柴 胡湯証にまぎらわしいことが多い。そこで小柴胡湯証と診断して、小柴胡湯を用いて効のない時は、真武湯を考えるがよい。一般雑病では、下痢が止まらないも のを目標とする。しぶりばらではなく、腹痛も軽く、水様の下痢で、軟便のこともある。とかく腹力弱く、気力の乏しいものを目標とする。
 真武湯をめまいに用いる例はまれである。

〔応用〕感冒。流感。腸結核。慢性下痢。胃下垂症。じんましん。老人性掻痒症。腎炎。虫垂炎。

〔治験〕下痢   真武湯症の下痢は、多くは慢性の経過を取り、一日、二、三行から四、五行のものが多く、一昼夜三十行というようなものはないとばかり考えていたが、最近 急性の下痢症で、一昼夜に三十行という患者に用いて著効を得た。患者は私の義母で八十二才。平素は胃腸が丈夫で下痢などしたことはなかったが、昨年十二月 上旬、突然に下痢が始まった。  初日は四,五行の下痢で腹痛もなく、元気であったので、食あたりだろうといって、平胃散を与えた。ところがその 夜は十二行の下痢があって、便所にばかり 通ったというので、人参湯を与えた。すると、下痢はますますはげしく、次の日の午前十時頃までに二十八行の下痢があり、歩けなくなった。脈は洪大で、舌は 乾燥し、食思全くなし。そこで真武湯を用いたところ、一貼で下痢減じ、三貼で、下痢やみ、食思出で、三日で全治した。 大塚敬節


                                 


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
真武湯(しんぶとう)  (傷寒論)
 〔茯苓(ぶくりょう)五、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、朮(じゅつ)各三、附子(ぶし)○・五〕
  本方は、少陰病の葛根湯といわれるほどに繁用される薬方で、陰虚証で新陳代謝機能が沈衰している時に用いられる。したがって、瘀水が動揺また はうっ滞するために起こる各種疾患に用いられる。腹部は軟弱で、ガスのために一般には膨満しているが、ときとして腹直筋が拘攣するものもある。疲労倦怠 感、身体動揺感(軽いときはめまい)、四肢冷重疼痛および麻痺(筋肉の痙攣、運動失調なども含む)、腹痛、嘔吐、心悸亢進、浮腫、尿利減少、水様性下痢な どを目標とする。本方を慢性下痢の人に用いると、人参湯の場合のように浮腫が起きることがあるが、つづけて服用すれば消失する。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、真武湯證を呈するものが多い。
 一 感冒、気管支炎、肺炎、肺結核その他の呼吸器系疾患。
 一 高血圧、脳出血、心臓弁膜疾その他の循環器系疾患。
 一 胃下垂症、胃アトニー症、腸カタル、腸狭窄、腸結核、大腸炎、腹膜炎その他の消化器系疾患。
 一 腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、夜尿症その他の秘尿器系疾患。
 一 眼底出血、夜盲症、角膜乾燥症その他の眼科系疾患。
 一 湿疹、じん麻疹、老人性掻痒症その他の皮膚疾患。
 一 そのほか、神経衰弱、脚気、リウマチ、半身不随など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
44.真武湯 傷寒論

茯苓5.0 芍薬3.0 生姜3.0(乾1.0) 朮3.0 附子1.0

(傷寒論)
○少 陰病,二三日不已,至四五日,腹痛,小便不利,四肢沈重疼痛,自下利者,此為有水気。其人或咳,或小便利,或下利,或嘔者,本方主之(少陰)
○太陽病,
発汗,汗出不解,其人仍発熱,心下悸,頭眩,身動,振振欲地者,本方主之(太陽中)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 四肢の末端が極度に冷えて元気がなく,尿量減少して下痢し易く,動悸やめまいがあるもの。本方は玄武湯ともいわれ極度の冷え症で,疲労倦怠感が著しく,腹部はガスのため膨満するような慢性下痢によく用いられる。しかし本方適応症状は嘔吐や腹痛も病微で,且つ手足は冷えても腹中冷感や腸の蠕動亢進を自覚するようなことはないから大建中湯とは鑑別できる。半夏瀉心湯適応症状との差異は,半夏瀉心湯適応症は胃部のつかえ,水分停滞感,悪心,嘔吐が主な訴えであるのに対し,本方適応症は以上の諸症は認められず,前者より更に疲労倦怠感が著しく,手足も更に冷え易く尿量も減少するものである。口渇,嘔吐を伴なう水瀉性下痢には本方は不適で,この場合は五苓散を,発熱悪寒を伴った下痢には葛根湯がよい。本方は筋骨体質で体力旺盛な時期には投与してはならない。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 四肢や腰部が極度に冷え,疲労倦怠感が著しく,下痢しやすく,動悸やめまいを伴うもの。本方は玄武湯ともいわれるもので,気温や気象条件に関係なく体質的に著しく冷え,顔色はすぐれず疲労倦怠感,腹部膨満感などを自覚して,胃や腹部に振水音を証明し,少しのことで下痢しやすく,しかもその下痢はなかなかやまず,めまいや動悸を伴う虚弱者,胃腸無力症。あるいはこれらの症候群症状がある血圧異常。または極度の冷え症で虚弱体質のものの,知覚神経や運動神経などの麻痺に,広範に応用されている。

 胃腸カタル 本方が適応するものは目標欄記載の症候がある慢性に経過するもので,水様便が数行におよび腹部膨満感はあるが,他覚的には腹診は抵抗が少なく,空腹感を自覚しながら食思のないことなどが目安とされる。

 血圧異常 本方は高血圧症,低血圧症の両者にしばしば応用されるが,その目安となるものは視診上顔色がすぐれず,栄養度も不良なるもので,四肢が厥冷して著しい全身倦怠感があり,動悸やめまいを伴い何となしに横臥していたいものに用いられる。この場合,四肢の麻痺やマヒ感あるいは言語障害なども伴うこともある。

 類似症状との鑑別 本方を慢性の胃腸疾患に応用する場合,顔色がすぐれず手足が冷えて,食欲が減退し下痢しやすい点で人参湯や六君子湯と類似するが,これらの人参剤が対象になるものは貧血症であるのに対し,本方は貧血というより水分代謝や血液循環障害などに伴い,蒼白く見えるものが多く,前者人参剤の下痢は軟便で胃部圧重感があるなどの点を,参考にすればよい。また舌証だけでは証のきめ手となり得ないが,本方の舌苔は淡黒色かまたは鮮紅色を見かけることがある。


漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○真武湯は原名を玄武湯とよんだが,いまは真武湯の方が一般に通りがよい。玄武湯は北方を守護する玄武神の名をかりてその名としたものである。青竜湯は東方を守護する青竜神の名をかりて,その名としたもの,白虎湯は西方を守護する白虎神の名をかりてその名としたものである。
○附子の配剤された薬方の中で,真武湯と八味丸は,もっとも応用範囲が広く,附子の用法には注意しなければならないが,おそれて用いないでは,虎並に入って虎子を逃がすようなことになる。附子は炮じた唐附子が安全であるが,白川附子でもよい。自分で採集して自分で製造すればよいが、これは特志家でなければ行いがたい。
○真武湯や八味丸をのんで,酒に酔ったような感じになったり,からだがしびれるように感じたり,動悸がしたりすれば,これは附子のためと思ってよい。これの程度がはげしくなると頭痛,嘔吐,呼吸困難,痙攣等がくる。そして中毒死を招くことになるから注意してほしい。附子は陰証に用いる薬物であるから,陰証にはかなり大量を用いても平気であるが,陽証では一日量0.5から1.0ぐらいでも中毒を起すことがある。(後略)
○真武湯にはうす墨をぬったような舌がみられると,古書には出ているが,私はこのような舌に出逢ったことは少ない。舌証はあまり重視しなくてよい。
○真武湯の腹証は,腹壁がうすく,正中線で臍上から直線状に小さい鉛筆の芯のような硬いものを5センチから15センチぐらいふれることが多い。これは皮下にふれるので,軽く指先でさぐらないと見落とすことがある。
○真武湯は下痢しやすい人,慢性下痢のあるものなどの胃腸の虚弱な人によく用いられるが,下痢のないものにも用いてよい。胃アトニー症,胃下垂症,慢性腸炎のほかに低血圧症,脳出血後の麻痺,慢性の浮腫などにも用いたことがある。



漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため,水気が腸胃に滞留して,或は腹痛,下痢を来し,或は目眩,心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠が甚しく,手足が冷え易く,或は悪寒があり,一体に生気に乏しい者を目標とする。この際の下痢は多くは水様便で,裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり,淡黒色の苔のあることもあり,一皮むけたように紅いものもある。本方は茯苓,芍薬,朮,附子,生姜の五味からなり,附子と生姜とは,新陳代謝を振興させて,身体を温め,元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ,その結果,下痢,目眩,心悸亢進を治し,芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。胃腸虚弱症,慢性腸カタル,腸結核,慢性腎炎,脳溢血,脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 本方は少陰病を代表する方剤で陰虚証に属し,新陳代謝機能が沈衰し,水気が腸胃に滞留して,小便不利,あるいは腹痛,下痢をきたし,あるいは上って目眩,心悸亢進等の症状を現わす。腹部は軟弱でしばしばガスのため膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠感が甚だしく,手足冷えやすく,なおしばしば四肢沈重疼痛,麻痺,咳嗽,嘔吐,浮腫等を現わし,全体的に生気にとぼしいものを目標とする。舌は湿潤し,あるいは薄い白苔あるいは淡黒色,あるいは一皮むけたようなものもあり,尿は清澄で下痢は水様便である。裏急後重はない。これを傷寒と雑病に用いるときの分類は
 (1) 傷寒の場合は検温してみると熱はあるが,自覚症が少なく,外見は案外平気で顔色は赤くならない。蒼い色をしている。肺炎などもいわゆる無力性のものに本方の証がある。あるいは自覚症状が強くて他覚症状の少ないこともある。
 (2) 心悸亢進,眩暈,運動失調を主証とするもの。
 (3) 下痢を主訴とするもの,水様性で尿利減少,腹痛,下痢後脱力感,胃内停水がある。
 (4) 浮腫,滲出液を主とするもの,虚証の浮腫で,押して軟かで弾力がなく,凹んだ跡がなかなか治らないぶよぶよした感じがある。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:茯苓は停水を去り,鎮静を兼ね,白朮は恐らくは分泌中枢に働いて停水を運かし,ひね生姜は駆水と気上衝を鎮め,芍薬は筋緊張を補力し,附子は温補を兼ねているから,真武湯の適応症は虚寒で停水を兼ね,気衝を現わすときに用いられることが察しられる。その作用のうち,或は温補が主となって虚熱を治し,或は駆水が主になって胃内停水,下痢,浮腫を利尿し,或は気動上屈の悸,眩,運動失調を治す。
 運用 1. 自覚症状の少い発熱症状
 他覚的には高熱があるのに,自覚的には殆ど熱感がなく平気で外出もし,熱の割には顔が赤くならず脉は浮弱数を呈する。普通,感冒でもその他の急性伝染病でもしばしば遭遇する所である。肺結核,肺炎,肋膜炎などで胸部所見はラッセルなどで著明で咳もあるのに割合患者は苦痛を訴えないときにも真武湯を用いることが最も多い。この場合脉が浮弱数であっても頭痛や寒気を多く訴えるものは桂枝人参湯である。

 運用 2. 虚寒証の心悸亢進,眩暈又は運動失調
 虚証の状態で寒証はあまり目立たなくても脉が沈か沈弱で心悸亢進したり,眩暈したりするもの。或は両者を兼ねているものによい。こ英症状は熱病を発汗した後で起ることもあり,発汗をせずにも起ることかあり,無熱でも,胃性眩暈,貧血に伴う眩暈,高血圧症でありながら脉が弱くてめまいするものなどに用いる。苓桂朮甘湯は脉沈緊だから区別される。運動失調は漢方では眩暈と同様に取扱ってよく,めまいがして立っていられない。或は歩けない,よろめく,立っているとふらふらする.つまずき易いなどの場合に用いる。また運動失調を筋肉の搐搦にとり,筋肉がピクピクするもの,例えば神経衰弱で目のふちや口鼻辺がビクビクしたり,手足の筋肉が線維性間代性痙攣を起してピクッとつれたり,動いたりするもの,或は振顫に用いる。従って脳溢血による口眼喎斜,搐搦,半身不随,アテトーゼ,振顫麻痺,眼球振盪症,多発性硬化症などにも応用する。

 運用 3. 虚証の下痢
 水様便又は泥状便でも水分が多く,尿利減少,時には腹部に鈍痛を訴えることもある。排便後脱力感でがっかりする者が多い。貧血性で足が冷える方,腹鳴などはなく,腹部は軟かく,胃部に振水音を認めることがある。
 鑑別すべきは人参湯,四逆湯,桂枝加芍薬湯などが区別が困難で真武湯だと思って使ったら効かずに人参湯で奏効するなどということは稀でない。

 運用 4. 浮腫又は体表の滲出性漏出性疾患
 虚証の浮腫だから押して軟く弾力がなく,押した跡が直ぐに持上って来ない。皮膚は蒼白くたるんでぶよぶよな感じがする。或は小便不利,或は心悸亢進する。心臓病でも腎臓病でも使ってよい。この浮腫を滲出に転用して湿疹などの皮膚病,潰瘍などに本方を使う。分泌物が薄くて多い。
 瘡面は貧血性で肉芽不良である。その局所的所見と全身状態,脉を見合せて本方の指示を確かめる。以上の運用1~4までは次の二条文の応用であることは自ら明らかであろう。
 「太陽病汗を発し,汗出でて解せず,その人仍て発熱,心下悸し,頭眩,身瞤動し,振々として地にたふれんと欲す」(傷寒論太陽病中篇)発汗したため表に水が浮んで来ている。その浮ぶ気につれて頭部に向って気の上衝を起し,悸,頭眩となる。表水のため,身に水分過剰を来し搐搦するに至る。
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛,或は小便不利,四肢沈重疼痛,自下利するものはこれ水気有りとなす。その人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔するもの」(同書少陰病)四肢沈重疼痛は表水停滞による。咳,嘔は上気衝,腹水は停水,下利は胃内の停水が下ることによって起る。それが小便に出れば小便利となるが,胃内に止まっていれば小便は不利する。


漢方の臨床>第2巻 第5号
真武湯について 大塚 敬節先生

 まえがき
 真武湯は,もとの方名を玄武湯といい,北方の守護神である玄武神の名をかりて,名づけたものである。中国古代の思想では,北方は陰の象徴であり,水にあたる。真武湯が陰証の治剤であり,水を治める方剤であることを思うとき,この命名はまことに,所謂「そのものズバリ」と云うほどの巧妙である。
 真武湯は,傷寒論の太陽病編と,少陰病編とに出ている方剤で,その応用範囲は広い。附子の配剤された薬方の中で,真武湯は八味丸とともに,筆者の最も繁用するものであるが,殊に真武湯の效顕は実に見事で,僅かに数日の服用で,積年の宿痾が脱然として消失することすらある。

 傷寒論に於ける真武湯の二面
 太陽病中編には,
  太陽病,汗を発し,汗出でて解せず,其人仍ほ発熱し,心下悸し,頭眩し,身じゅん動し,振々として地にたおれんと欲する者は,真武湯之を主る。
 とあり,
 少陰病編には,
  少陰病,2,3日にして己えず,4,5日に至って腹痛し,小便利せず,四肢沈重疼痛し,自下利の者は,此れ水気ありとなすなり。其人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は,真武湯之を主る。
とあり、前者の場合は,発熱,心下部の動悸亢進,めまい,身体が揺れて倒れんとする等の症状があり,後者では,腹痛,尿利減少があり,四肢は重く痛み,下痢をする。これは水気のあ識ためであるから,その水気の動揺につれて,時には咳嗽があり,小便がよく出ることもあり,嘔くこともある。
 一つの真武湯が,このように全く異なる症状のものに用いられるが,元来この薬方は少陰病の治剤であるから,後者が真武湯の正面の証であって,前者は変証である。従改aて前者のような例は,往々にして,小柴胡湯証と誤られたり,調胃承気湯証にみえたり,白虎湯証と間違えられたりする。われわれ臨床家と成て,鑑別診断に苦心するのは,前者の場合である。先哲もすでに,この点について警告を発しており,筆者もいくたびか苦い経験を持っている。

 真武湯の適応指示
 前章でのべたように,真名湯を少陰病に用いる場合と,太陽病の変証として現れた場合では,全く異なる症状が現れる。
 先ず真武湯の正面の証として,最も屡々現れる症状は,下痢である。この下痢は,1日2,3回から4,5回位で十数回に及ぶことは殆どない。腹痛を伴うこともあるが、多くは軽く,劇痛はまれである。裏急後重はないが、失禁の傾向のあるものがある。大便は水様性のもの,泡沫状のもの,粘液や血液を混ずるものなどいろいろである。このような場合,腹部は軟弱で力のないものが多いが,処方に壓痛を訴えることもある。また振水音を証明できるものが多い。瓦斯がたまる傾向がある。食慾には異常のないものが多く,むしろ逆に亢進するものもあるが,下痢することをおそれて制限していることが多い。一体に胃下垂や胃アトニーなどのある虚弱な貧血性の患者に,真武湯の証が多く現れるが,時には20貫ほどの体重がある一見丈夫そうな患者の下痢に,真武湯の效くことがある。このような場合でも,患者は疲労感を訴え,足が冷える。脉は沈弱のものが多いが,大にして,遅弱のものもある。舌苔はなくて,湿潤していることが多い。下痢しても口渇はなく,尿量の減少していることが多い。全体に疲労,倦怠感が強い。こんな症状のものに用いることが多いから,急性よりも慢性下痢に使用する場合が多く,筆者は腸結核の下痢には,この真武湯を好んで用いる。ストマイなどのまだ出来ない時代にこれで全治し,その後10余年元気で働いている者もある。この患者は,胸部にも異常があり,人工気胸を2,3回つづけてやって,また下痢が始まったことがあったが,真武湯で忽ち下痢は止んだ。その後,結婚して,女子を分娩したが,ますます健康である。また腸結核で,罹患部を切徐して,ストマイなどの注射をしているが,下痢の止まないものに,真武湯を用い,1ヵ月余で下痢の止んだ例がある。
 結核性の腹膜炎で,癒着を起し,腹痛,下痢の止まないものに,真武湯を用い,これらの症状の軽快するものがある。この場合は腸の蠕動亢進がみられる。
 下痢のない場合でも,真武湯を用いることがある。例えば,四肢倦怠,腹部脱力し,手足厥冷し,肩こり,めまいを訴えるもににも用いる。胃アトニーや胃下垂などのあるものによくみられる症状である。
 真武湯はまた浮腫に用いる。大病後や下痢の癒ったあとの浮腫に真武湯の証がある。ところが慢性の下痢に真武湯を用い,下痢が止んでから,一旦浮腫のくることがある。この場合は,浮腫におどろかず,つづけて真武湯を服用しておれば,また自ら浮腫が消失する。参考のために,古人の経験を引用する。

(方輿輗)痢の条に曰く。
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用う。自利と云って,覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気のあ識の類,右等の真武証中の1,2を痢に見はす者も,之を用うべし。或は遺屎する者も此方の症也。

(治痢攻徴篇)に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は真武湯によろし。若し四肢微冷すると雖も,腹満,大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし。

(古家方則)に曰く,
 真武湯,腹中,小便利せず,或は五更瀉或は一食一行の者を治す。
 真武湯,腹痛して自下痢する者によろし。真武湯,其人,常に水気有て咳し,或は手足微腫或は腹痛下利或は小便不利するものによろし。
真武湯,四肢沈着疼痛し,一身微しく腫れ,或は小便不利して自下利する者を治す。真武湯,痿躄して重疼する者によろし。

(経験筆記)に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此れ陰盛格陽,此方之を主る。

(方輿輗)に曰く,
 真武湯,反胃,澼嚢,久を経て治せす,或は下利し,或は浮腫し,内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。
(反胃,澼嚢は今日の胃拡張,胃下垂症)
真武湯は黄胖,下利,小便不利或は浮腫する者を治す。(黄胖は十二指腸蟲症)
真武湯,心下悸,頭眩,身じゅん動,地にたおれんとする者,じゅん動は肉じゅんとて,身の肉びくびくと動くを云う。振々は遍身の振うことなり。「地にたおれんとす」は近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支うる能はざるの症なり。又癇の脱症にも,ままこの状態を見はす者あり,猶此方によろし。

(鳩峯先生病候記)
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武湯に宜し。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ふべし。

(松原家蔵方)
 真武湯熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

(小松久安,水腫加言)
 治水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或下利者,下利甚者去芍薬。余近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず。実に虚腫中の第一方と云うべし。

(医事筌蹄)
 口眼過斜,肉じゆん筋てきして或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯または真武湯,附子湯の証多きものなり。

 以上はいずれも,真武湯証としては,当然みられることを予想できるものであるが,次の例は真武湯証と判定するには,多年の経験と熟慮を要するものである。

(医学救弊論)虚実疑似の条に曰く。
 1男子,年30余,冬12月,頭痛,発熱,頭感頗る甚し。医,麻黄湯を投ずること,日に10余点,連日之を服す。汗出で,被を徹し,正気大いに衰へて,厠に上ること能はず。余往きて之を診るに,脉浮にして大,舌上乾燥,煩渇,引飲,しゆうしゆうとして汗出づ。白虎湯を投じて煩渇頓みに止み,正気益々衰へて日ならずして死す。余意ふに,此男,発汗過多す。亡陽の症となす。当に真武湯を用ふべし。而るに白虎を投ず。前医,命を促し,我亦再逆して遂に之を殺す。因って深く,之を悔いて臍を噬むとも及ばず。痛心,骨に徹して,今に至るまで忘れず。医の任たる重きこと。死生殺活にあり。巧拙は薬に非ずして匕に在り。慎まざるべからず。

 この例は,太陽病発汗後の真武湯の変症であって,筆者にも次の如き例がある。
 1男子,61歳,発熱,頭痛,悪寒し,体温37度45分のものに,葛根湯を与えたところ,体温は次第に上昇して,38度を越し,口渇を訴え,舌に乾燥した白苔を生じ,悪寒止み,食慾不振を訴えるので,小柴胡湯を与えたところ,体温はますます上昇し,舌は愈々乾燥し,下痢が始まった。全身から少しずつ汗が出るのに,体温は下らない。脉は梢浮にして大であるが,1分間84,5至である。桂枝人参湯の証のようでもあるが,こんな病状のものに,真武湯証のあること考え,真武湯を用いたところ,下痢は止み,体温下降し,数日にして全快した。かって「漢方と漢薬」誌上にも,腸チフス疑似の患者で,40度の体温が十余日もつづいたものに,真武湯を与えて,著效を奏した例を発表したことがあるが,急性肺炎で,数日便秘し,体温39度を起すものに,調胃承気湯1回分(大黄0.5)を与えたところ,忽ち十数回の下痢か起り,脉は頻数にして結代し,眼球上転し,せん語を発し,呼吸は促迫して危篤に陥った。この患者にも,真武湯を与えて,危急を救った。
 これらの例では,陰陽虚実の差は,極めて微妙なところにあって,書き現わすことがむつかしい。和田東郭も次のようにのべている。
 「凡そ疫病に,大熱,煩渇,せん語等の症,熱は火の焼くるが如く,渇は焼石に水を灌ぐが如く,せん語は狂人の語るが如くありて,衆医皆曰く,これ白虎の証なり,或は曰く,これ承気の証なりと,是皆当然の理なり,然るに存の外なる真武湯の行く処あり。」
 これによっても真武湯証が,白虎湯の証によく似ていて,その判別がむつかしいことがわかるであろう。われわれの苦心は,こうした処にある。傷寒論の傷寒例の一節に「虚盛の治は,相背くこと千里で,吉凶の機は,応ずること影響の如く」甚しいのに,「陰陽虚実の交錯は,其候は至って微かな」ところにあると云ったのは,この間の消息をのべたものである。(後略)


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○雑病(無熱の一般慢性症)の場合,痩せて生気に乏しい人が下痢して手足が冷え,めまいや身体動揺感を訴え,腹痛,嘔吐,咳,心悸亢進,尿利減少などがあるとき脈は沈んで緊張が弱い。腹部は腹壁が薄く,軟弱無力で心下部に振水音がみられるものが多いが,ときには腹部全体が板のように固く張っていたり,あるいは腹直筋が拘攣しているものがある。
○傷寒(熱のある急性症)の場合,熱がなかなか下がらず,からだが衰弱し,からだが重くて起きているのが苦しくてねてばかりいる。体温が上っていても患者自身では熱感がなくて,さむけが強いものが多い。咳が少し出ることもある。
○山田正珍は「外邪に侵されると,その人が実熱なら太陽病となり,もしその人が虚寒なら少陰病になる。」といっている。実熱とは体力が充実していれば汗が出て正常に復すが,若しその人が虚弱ならば,汗が出ても病気が治らず,発熱,心下の動悸,めまい,身体の動揺感が起る。これは汗が出すぎて陽気(活力)を失うためで,熱があってもその熱は表の熱ではなく,虚火炎上による熱(消耗熱のようなもの)である。心下の動悸が亢進するのも胃腸の虚(胃の機能低下)により,水毒が停滞するからである。」「めまいも身体動揺感も水毒のせいだ」といっている。
○真武湯の下痢は,水瀉性下痢が多いが,泡沫性の下痢や軟便もある。しかし裏急後重のないのが特徴である。
○方輿輗には「真武湯証には大便を失禁するものがある。大便を3度以上つづけて失禁するときは陰証と考えてよい。また精神恍惚として便意に気がつかず失禁するものがある。こういうことを3度やればやはり真武湯や四逆湯の証である。したがって真武湯の下痢には裏急後重がない。すなわち陽証は失禁することがない。陽証の中風やて喜かんで失禁するのは,からだが不自由なためで,真の失禁ではない。また建中湯残は失禁はない。
○休息尿という下痢の型がある。これは3・4日下痢しないかと思うと20日も下痢つづき,いつも白色の粘液を下す。これには真武湯に赤石脂を用いるとよいと証治弁疑にある。著者の経験ではこういう場合に真武湯そのままが効果がある。
○真武湯の腹痛はそう強くはない。
○古家方則には「便意を催おす前に腹が痛み,そのあと水瀉性下痢が2・3回ある。」といっている。
○また「陰証の熱病の初期,自覚的に下腹が張り,腰や腹が痛んで手足が冷えるもの」と医療手引にあるが、これもよく経験するところである。
○真武湯の脈は沈遅で緊張の弱いものが多い。しかし,ときには浮数の脈もある。経験筆記には「真武湯は自冷,自汗,陰躁(陰証の煩躁)があって苦しく泥の中にでも坐ってしまいたいようで,脈は浮数でこれを按じてみると弱くてまるで脈がないようである云々」といっている。これは四逆湯でも同じようなことがいえる。
○真武湯証の舌は舌苔がなくて湿っていて,色が淡紅色のものが多い。しかしときに白苔があって滑らかなものもある。
○古人の口訣 
 ①麻痺イ痿躄(下肢の運動麻痺)があって重たく痛むもの(古家方則)
     ロ半身不随,四肢攣急(手足のひきつれ)手足がふるえるもの。(袖珍方)
     ハ顔面神経麻痺や筋肉がびくびくと攣縮してふるえたり,半身不随や全身の知覚鈍麻には桂枝加朮附湯,真武湯,附子湯などの証が多い。(医事筌蹄)
 ②皮膚瘙痒症 老人のからだが痒ゆいものには真武湯がよい(村井大年口訣)ただしこの用い方は慎重にしなければならない。著者は中年婦人の湿疹が四物湯加味で軽快したのに胃がわるくなって胃内停水,疲労感などを生じたとき真武湯を用いたところ再び皮膚病が悪化した経験がある。
 ③黒内障で陰証のもの(古家方則)
 ④反胃澼嚢(嘔吐して食物がおさまらない病気)が長い間治らず,あるいは下痢したり,浮腫を生じたりして内気虚寒(体内の機能が衰えて冷える)するもの(方輿輗)


〈漢方と漢薬〉 第2巻 第11号
真武湯の薬理 矢数 有道先生

 薬理解説に種々の見方があるが,衆説を総合して,その中に真武湯の全貌を摑む事とする。
  原元麟著傷寒論精義に抒れば,
  茯苓 水を利し,液を救う
  芍薬 裏を和し,液を生ず
  生薑 水を利し,液を行らす
  白朮 水を通じ液を救う
  附子 寒を逐ひ,裏を温む
即ち之を総合すれば,水を利し津液を救い、寒を逐い,裏を温むることとなる。
  木村博照釈義傷寒論に
  「此方は附子湯の比すると,(処方,附子2枚茯苓3両人参2両白朮4両芍薬3両)附子少きに関ら男徒,此証は却て附子湯よりも重いのである。それは恰も桂枝附子湯と甘草附子湯との場合と同様である。即ち深劇の證に於て,反って附子1枚を減ずるのは,蓋し大いに之を攻むれば,必らず激して病除かれず,人其煩悶に勝へざる故に,附子1枚を減じて緩攻するのである。生薑は,宣揚開発の力がある,故に朮附子を導いて水気を宣通する,人参を去る所以は,邪気一等盛んなるを以て専治を旨とする為めであって,尚小柴胡湯に人参あり大柴胡湯に人参無きが如くである云々」(意訳)
 右の2説に依て略々真武湯の薬理説明を悉しているが,方中芍薬在る所以を説明して,張路の傷寒纘論に次の如き面白い意見がある。即ち,意訳すると,
 「此方は本と少陰病の水飲の内結を治するのである。首に朮附を推して,茯苓生薑の脾を運らし,水を滲む作用あるの兼ねしむる所以は,誰にも明らかに知り得る処である,が芍薬を用いる微旨に至っては,聖人に非ざればなし得ぬ処である。蓋し,此症は,少陰本病と云うが,実に水飲内結に縁るもので,腹痛自利,四肢疼重而反小便利せざる所以である。若し極虚極寒なれば,小便必らず清白であって失禁すべきである。どうして小便反て利せざる道理があろうか。之に依ても本證は但に真陽足らざるばかりでなく真陰も亦虧く処であって,若し芍薬を用いて,其の陰を固護しなければ,どうして附子の雄烈なる作用に堪える事が出来ようか,即ち附子湯,桂枝加附子湯,芍薬親草湯の如く,皆芍薬と附子と竝び用うる所以である,其の経を温め,営を護る法は,即ち陰を保ち陽を囘す法と変りはない,後世薬を用ふる者で,仲景の心法を護る者幾人あるだろうか,云々」
 少しく穿鑿に過ぎているかもしれないが,薬方組成上参考として面白い意見である。真武湯の附子は生用に非ず,炮って用ふるのであるが,其の理由に就ては,程応旄著傷寒後条弁に,「白通,通脉,真武,皆少陰下利の為めに設く,白通四逆附子皆生にて用い、惟真武の一證のみ,熟にて用ふるは,蓋し附子を生用すれば経を温め寒を散じ,炮熟すれば中を温め飲を去る為めである。白通諸湯は腸を通ずるを以て重しとなし,真武湯は陽を益すを以て先きとする,云々」とあり,炮熟附子を用いるのが正式である。

 真武湯に対する釈義
 真武湯證として傷寒論に挙ぐる処は,太陽病中篇に,「太陽病発汗し,汗出で,解せず,其の人仍発熱,心下悸し頭眩,身瞤動し,振々として地に擗れんと欲する者は,真武湯之を主る」
 とあり。
 釈義(木村)には次の解がある。
 「太陽病と云うは,其の初位を示すのである。初め太陽病であったが,之を発汗するに法の如くしなかった為めに,例へば身体虚弱なるに誤て強く発汗した様な場合に,汗は出たが病解せず,其の変遂に少陰に陥った者である。然らば既に太陽病ではない,故に其人の2字を掲ぐ,仍発熱とは,既に太陽に無い時は,当に発熱なきを至当とする,而るに今発熱す,故に仍と云うのである。然れ共此の熱は,四逆湯に所謂「大汗出,熱去らず,内拘急,四肢疼」の熱と同じであって,初位太陽正面の熱ではない,表解せざるの発熱ではなく,虚火炎上の発熱であって,所謂後世の真寒仮熱である。此證は,苓桂朮甘湯と似ているが,彼は気衝を主とし,故に起たんとする時に頭眩するのである,此は身瞤動を主として故に頭眩が常に存在する。彼は少陽に属し,是れは少陰に属す,故に相似たりと雖も,彼と此れとは,陰陽を異にしているのである。振々とは瞤動の貌,擗は,躃に同じ,倒れるのである。云々」即ち,大陽病の治療に当って発汗法その宜しきを失したが為め,陽證変して少陰病に転入したる場合を論じたるものである。前記の余の大患も或は此の場合に相当するものであるかもしれない。というのは,其の頃身体違和を覚え,稍衰弱の気味があった処へ,葛根湯を以て流汗滝の如くならしめた為め真陽を失って陰病に転入せしめたものと思う。
 少陰病篇には,
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛小便利せず,四肢沈重疼痛,自下利する者,此れ水気有りと為す,其の人或は欬し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は真武湯之を主る」とある。尚傷寒論章句(南涯)には,「或は下利し」を「或は下利せず」に作られ,尾台氏は類聚方広義欄外に又之を註して,
 「玉亟には或は小便利しを,或は小便自利しに作る,按ずるに,或は下利しは,当に或は下利せずに作るべし,否れば則ち上文の自下利の語と相応せず,且つ或以下の四証も亦皆本方の治する所なり」と述べている。
 右の解は釈義に次の如く,
 「2,3日已まずとは,麻黄附子細辛湯及麻黄附子甘草湯を承けて,之を論じたもので,巳とは差である。此證は其始め2,3日裏証なきを以て,麻黄附子甘草湯等を与えて発汗したが病差えず,4,5日後に至って遂に腹痛以下の裏證を現はしたものである。沈重とは,怠惰湿重を謂ふ,蓋し4,5日の頃,挟熱あって,腹痛,小便不利,下利止まざる者は桃花湯の證である,(曰く,少陰病,2,3日,4,5日に至って,腹痛,小便不利,下利止まず,膿血を便する者は,桃花湯之を主る)今之に加うるに,四肢沈重疼痛を以てする者は,冷寒水気を兼ねる為めで,彼の挟熱して下利するに対して,此れは為有水気と曰うのである。其人以下は,水気の変態を挙ぐるので或は咳し,或は嘔する者は,水上に動揺するのである,(中略) 小青竜湯にも,心下有水気と曰うが,彼は陽位に在り,故に発熱を挙げて,水気上に在って未だ四肢に及ばない。此れは陰位に在り,故に熱を言はず,且つ水気下に在って四肢に及ぶものである 斯くの如く,陰陽の区別がある。云々」と。
 前述の如く,此方は恰も桂枝去桂加茯苓白朮湯中の朮を減量し,甘草,大棗を去り,更に之に加うるに,附子を以てせる(要方解説)ものであるから,応用も之に準じて考察せらる可きである。医聖方句に云く,
 「陰病,腹痛し,小便清利にして,四肢沈重疼痛し,自下利し,其人或は咳し,或は嘔する者は,真武湯之を主る」と,曩に罹病した余の大患は,当に此證に該当するものであろふ。尚真武湯の太陽篇に於けると,少陰篇に於けると,其の主治の差異を論じて,傷寒論精義に次の解がある。
 「夫れ,真武の治證に2道が有る。太陽病篇に挙ぐる所の證は,太陽の邪汗を発して解せず,遂に少陰の証に赴く,乃ち少陰伝経である,此条は,寒邪直ちに衷に入り,陰位を侵すの証,乃ち少陰卒病である。云々」
 従て本方は,少陰伝経の証に用うれば,津液を救うを以て主となし,卒病に用ふれば,水を去るを以て主となすのである。

 本方と他方との類證鑑別
山田正珍曰く,
 「太陽病,水気有るものは,桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の主る所である。今此の證は少陰病であって水気がある。故に附子を主として,以て少陰病を療す云々」
 即ち桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の有水気とは陰陽の別がある。苓桂朮甘湯證との差異に就ては前述の如くである。
 本方と附子湯との軽重論には2通りあ改aて,釈義(木村)には,真武湯を附子湯よりも重しとなし,(薬理参照) 精義では,附子湯の方が,其の病状暴劇であると云ふ。即ち,同番に「按ずるに,此證は真武の證に比すれば,其の病状頗る暴劇に似たり云々」とあるが,此れは前者の解を至当とする様である 大塚先生も真武湯證を以て,附子湯の証よりも重しといてゐられる。」(後略)



勿誤方函口訣〉 浅田宗伯先生
 「此の方は内ち水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違って水飲の為めに心下悸し,身瞤動すること振々として地にたおれんとし,或は麻痺不仁,手足引きつることを覚え,或は水腫小便不利し,其の腫虚軟(濡)にして力なく,或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大いに心下痞悶して,飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下利する者に用いて効あり。方名は千金及び翼に従って玄武に作るべし」



漢方と漢薬〉 第7巻 第11号

真武湯について   大塚 敬節先生
(前略)
3.橘窓書影に曰く
 女,年9歳,下利久しく止まず,飲食減少,面部手足微浮腫脉沈細,舌上苔なくして乾燥するものに,真武湯合人参を与えて漸に癒ゆ。
 又曰く
 温疫数十日,解せず,微熱,水気,脉沈微,四肢微冷,精神恍惚,但寝んとするものに,真武湯合人参を与へて効あり

4.證治弁疑,痢疾の条に曰く,
 休息痢の一症あり。これは3,4日の間も止むと思えば20日ばかりも下るなり。皆白色のなめを下す。此主方,真武湯に赤石脂を加へ用ゆべきなり。

5.禁方録に曰く
 陰病,下痢,腹急痛,舌和し,悪寒或は嘔し,小便少き者は真武湯之を主る。

6.処方筌蹄,痢疾に条に曰く
 小児痢疾,搢竄,熱甚しき者は,真武湯之を主る。

7.和田腹診録に曰く,
 婦人,盗汗,下利,日に十余行,羸痩,腹中撚紙にて作る網の如く拘攣し,飲食を欲せず,時として喘声あるに,真武湯製附子を加へ用ひて治することあり。

8.蕉窓雑話に曰く,
 凡そ疫病に大熱,煩渇,譫語等の症,熱は火の焼るが如く渇は焼石に水を灌くが如く,譫語は狂人の語るが如くありて衆医皆曰く,これ白虎の證なり。或曰く,これ承気の症なりと。是皆当然の理なり。然るに存の外なる真武湯の行処あり

9.水腫加言に曰く,
 真武湯は,水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或は下利の者を治す。下利甚しき者は芍薬を去る。
 予近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず,実に虚腫方中の第一方と云べし。

10.鳩峯先生病候記水腫の条に曰く,
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武輩によろし。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ゆべし。

11.松原家蔵方,風湿の条に曰く,
 真武湯,熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

12.経験洋記に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此陰盛格陽,此方之を主る。

13.医事筌蹄中風の条に曰く,
 口眼過斜,肉瞤筋惕して或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯又は真武湯,附子湯の証多きものなり。附子湯は朮附君薬なり。真武湯は茯苓芍薬君薬なりこれにて考ふれば其方意分明なるべし。

14.医療手引草に曰く
 陰証の傷寒,初起自ら小腹満を覚ゆと云い,腰腹痛み手足厥冷するものは,真武湯之を主る。
 又曰く
 のんど乾き,口乾き,手足ひへ,くたびれ,唯寝ることのみを喜み,大便自利し,脉沈細にして力なし。四逆湯,真武湯,附子理中湯の類之を主る。若し又此の證にて甚だ乾き舌もこがれ,大便も秘結し,臍のまはり硬く痛み,脉沈実にして力あらば,承気湯之を主る。

15.方輿輗,痢の条に曰く,
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用ふ。自利と云ひ覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気あるの類右等の真武證中1,2を痢に見はす者も,之を用ふべし。或は遺屎する者も此方の症也。遺屎は陽症にはなきものなり。(中風,癇などの陽証に,遺屎することあるは,身の自由ならざるより麁相をするなり。)凡そ痢疾,泄瀉に遺屎すること,仮令ば10度の内1,2度はよし。3度に過ぐるは陽に非ず。此れを陰となすべし。総て痢に限らず,熱病中に下利するに,恍惚として便器に上ることを覚えず,遺屎するあり。是れも1,2度は麁相とすれども,3度に及べば,真武,四逆の症なるべし。(但し建中湯には遺屎なし) 故に真武の症には,後重なし腸滑の処なり。○真武の證に舌候あり,其舌純紅なり。10に7,8は爾り。痢疾舌の赤きは悪證なり。若し初起より是の如きは,後必ず危険に及ぶべし。其状先づ淡紅をつけしごとく其後一と重皮むきしごとく,恰も産後の舌に似て,而して滑沢なり。此舌にして渇あれば,弥悪症とす。痢の舌は,白や黄や黒は常也と知るべし。

16.同書,反胃僻襄の条に曰く,
 真武湯,反胃,僻襄,久を経て治せず,或は下利し,或は浮腫し内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。

17.同書,黄疸の条に曰く,
 真武湯は黄胖下利,小便不利或は浮腫する者を治す。

18.同書,痘疹の条に曰く,
 真武湯,是れ陰位に入る者の治方なり。此域に至りては強て痘に拘はらず,専ら脉症に随う所なり。下利し或は腹痛し寒戦咬牙する等に之を用ゆべし,此場は多く灰白陥なる者と知るべし。

19.同書,癇の条に曰く,
 真武湯,心下悸,頭眩,身瞤動振々地に擗れんと欲する者瞤動は肉瞤とて,身の肉びくびくと動くを云ひ,振々は遍身の振ふことなり。欲擗地は,近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支ふる能はざるの症なり。又癇の脱症にも間この状態を見はす者あり。猶此方に宜し。

20.治痢功徴篇に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は,真武湯によろし。若し四肢微冷と雖ども,腹満大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし前後,症に随って将息し,以って之を考ふべし。或は脉沈微,自汗出で,或は汗なく,四肢厥冷,煩躁の者は,初,治其法を得ず,今已に脱症となる。此時に当って,真武四逆の剤を与ふと雖も,亦治すべからざるなり。

21.類聚方広義真武湯の条に曰く,
 痿躄病,腹拘攣,脚冷不仁,小便不利,或は不禁の者を治す。○腰疼腹痛悪寒,下痢日に数行,夜間尤も甚しき者,之を疝痢と称す。此方によろし。又久痢,浮腫を見はし,或は咳し或は嘔する者亦良し。 ○産後下痢腸鳴,腹痛,小便不利,支体酸輭,或は麻痺し,水気あり,悪寒,発熱,咳嗽止まず,漸く労状となる者,尤も難治となす。此方によろし。
 
22.勿誤薬室方函真武湯の条に曰く
 此方は内に水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違ふて,水飲のために,心下悸し,身瞤動する事,振々として地に斃れんとし或は麻痺不仁手足引つ ることを覚え,或は水腫,小便不利,其腫虚濡にして力無く或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背,羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大に心下痞悶 して飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下痢する者に用て効あり。方名は千金及翼に従いて玄武に作るべし。或は赤石脂を加へて,鶏鳴瀉及び疝瀉を治し或は半夏人参を加へて,胃虚下痢を治し,或は呉茱萸,桑白皮を加へて痰飲の上迫を治す。

23.古家方則,瘧の条に曰く,
 真武湯,当に発せんと欲する前,腹痛して水瀉二三行にして発し,発熱の時,渇すと雖も只沸湯を飲んと欲する者,又曰く,久瘧にして而も1日に二三発,寒多く熱なきが如き者又曰く,目眩甚しくして頭を挙る事能はざる者を治す。
 又同書,眼病の条に曰く,
 真武湯,外障白翳上より黒晴に降り陰状のものを治す
 又曰く,
 玄武湯,雀目にして陰症のものを治す。
 又曰く,
 玄武湯,黒内障にして陰象のものを治す。
 又同書,舌病の条に曰く,(以下真武湯の3字を略す)
 舌色薄紅,陰症にして,前症の如く積月愈へざる者に宜し。
 又同書,腰痛の条に曰く,
 腰痛して自下痢する者によろし。
 又同書,脚気の条に曰く,
 脚気,四肢沈重して疼痛するものによろし。(後略)



【効能・効果】
【ツムラ】
新陳代謝の沈衰しているものの次の諸症。

  • 胃腸疾患、胃腸虚弱症、慢性腸炎、消化不良、胃アトニー症、胃下垂症、ネフローゼ、腹膜炎、脳溢血、脊髄疾患による運動ならびに知覚麻痺、神経衰弱、高血圧症、心臓弁膜症、心不全で心悸亢進、半身不随、リウマチ、老人性そう痒症。

【コタロー】
冷え、けん怠感が強く、めまいや動悸があって尿量減少し、下痢しやすいもの。

  • 慢性下痢、胃下垂症、低血圧症、高血圧症、慢性腎炎、カゼ。

【三和】
新陳代謝機能の衰退により、四肢や腰部が冷え、疲労倦怠感が著しく、尿量減少して、下痢し易く動悸やめまいを伴うものの次の諸症。

  • 胃腸虚弱症、慢性胃腸カタル、慢性腎炎。

【JPS】
新陳代謝が沈衰しているものの次の諸症。

  • 諸種の熱病、内臓下垂症、胃腸弛緩症、慢性腸炎、慢性腎炎、じんましん、湿疹、脳出血、脊髄疾患による運動および知覚麻痺。
【一般用漢方製剤】
体力虚弱で、冷えがあって、疲労倦怠感があり、ときに下痢、腹痛、めまいがあるものの次の諸症:
下痢、急・慢性胃腸炎、胃腸虚弱、めまい、動悸、感冒、むくみ、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ


【副作用】
  • 胃の不快感、食欲不振、吐き気
  • 動悸、のぼせ、舌のしびれ
  • 発疹、発赤、かゆみ


※澼嚢とは、食べて数日後に嘔吐する胃の通過障害のこと
※筌蹄(せんてい):物事をするための手引き。案内。
※臍を噬む(ほぞをかむ)
※愈々(いよいよ)
※穿鑿(せんさく、せんざく):穴をあけること。細かい点までうるさく尋ねて知ろうとすること。細かいところまで十分調べること。事の次第。
※僻襄? 澼嚢の誤植?
※支体酸輭:だるく痛む 「輭」は「軟」に同じ
※鶏鳴瀉:早朝・明け方に起こる水瀉性下痢。五更瀉。
※疝瀉:疝にて瀉下するもの。