健康情報: 2月 2014

2014年2月28日金曜日

炙甘草湯(しゃかんぞうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
本方は心悸亢進(或は脈の結代するものもある)、息切れを訴え、栄養が衰え、皮膚は枯燥し、疲労し易く、手足煩熱・口乾、大便の秘結等を目標として用いる。胃腸虚弱で食欲衰え、下痢の傾向のあるものには用いられない。
地黄・麦門冬・阿膠は滋潤・清涼の効があって、枯燥を潤し、栄養を亢め、煩熱を解し、間接的に強心の作用がある。麻子仁は腸壁を潤し、緩下の効がある。人参・桂枝・甘草は強心健胃の効能を有し、大棗・生姜は諸薬を調和して吸収を促進する。
以上の目標に従って本方は、心臓病・バセドウ病・産褥熱・肺結核・喉頭結核等に応用される。


漢方精撰百八方
57.〔方名〕炙甘草湯(しゃかんぞうとう)

〔出典〕傷寒論、金匱要略

〔処方〕甘草4.0g 生姜、桂枝、麻子仁、大棗、人参各3.0g 地黄、麦門冬各6.0g 阿膠4.0g

〔目標〕1,永く続いた熱が下がってから、脈がうち切れし、動悸を訴えるもの。 2,疲れやすく、汗がよく出て、脈がうち切れし、動悸するもの。 〔かんどころ〕息切れ動悸を主訴とし、疲れやすい。

〔応用〕バセドー病。心不全。高血圧。

〔治験〕1.バセドー病
  バセドー病には炙甘草湯で、軽快または全治するものが多い。
  一婦人、年二十五、あと六ヶ月で結婚式をあげることになっているが、この頃、やせてきたし微熱もあるので、肺結核を心配して、某病院で診をうけたところ、バセドー病だから、手術をした方がよいと云われた。
  患者は手術をせずに治る方法はないかと、漢方治療に期待をもって来院した。
  一見して右の甲状腺肥大が眼につくが、あまり著しい腫脹ではない。上肢を伸展せしめると、指がふるえる。眼瞼は大きくはなっていないが、まばたきは少ないようである。脈は一分間百十五指、時々結代する。皮膚は汗ばんで油をぬったようである。臍上で動悸が亢進している。口渇があり、食はすすむ。大便は一日一行、月経正調。  炙甘草湯を与える。十日ののち来院。効験たちまち現れ、動悸、息切れが軽快し、四谷駅から当院まで、休まずに歩くことができたと喜ぶ。三ヶ月後は、甲状腺の肥大も、目だたなくなり、脈拍も八十内外となり、体重も四kgを増し、平生と変わらなくなり、近く結婚式をあげる運びとなった。
2.高血圧症。
  一男子、四十九才。動悸、息切れを主訴として来院。患者は、顔色黒く、やせ型で、脈拍一分間九十二至、血圧186/100、臍上の動悸が著しい。夜間多尿あり、口渇もある。尿中蛋白陽性。柴胡加竜骨牡蛎湯を用いる。気持ち悪くて、のめないという。炙甘草湯に転方。動悸、息切れ軽快。服薬一ヶ月後、夜間の多尿やみ、安眠するようになり、血圧も安定した。              
大塚敬節


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
炙甘草湯(しゃかんぞうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔炙甘草(しゃかんぞう)、生姜(しょうきょう)、桂枝(けいし)、麻子仁(ましにん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)各三、生地黄(せいじおう)、麦門冬(ばくもんどう)各六、阿膠(あきょう)二〕
本方は、虚証で気・血とも衰え、邪気が心下に急迫的に逆動し、呼吸促迫(息切れ)、心悸亢進(動悸)または脈の結代を起こしたものに用いられ る。したがって、栄養衰え、皮膚枯燥、疲労倦怠、四肢煩熱、口乾、不眠 自汗、心中苦悶感、心悸亢進、息切れ(呼吸促拍)、不整脈、便秘などを目標とす る。本方は、胃腸の弱い人には使われない。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、炙甘草湯證を呈するものが多い。
一 心臓弁膜症、心悸亢進、不整脈、心内膜炎、高血圧症その他の循環器系疾患。
一 肺炎、肺結核、バセドウ氏病、喉頭結核その他の頸部および呼吸器系疾患。
一 そのほか、産褥熱など。


臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.230 心臓弁膜症・不整脈・バセドー病・産褥熱
58 炙甘草湯(しゃかんぞうとう)(復脈湯(ふくみゃくとう)) 〔傷寒・金匱〕
炙甘草・生姜(乾生姜のときは一・〇)・桂枝・麻子仁・大棗・人参 各三・〇 生地黄(乾地黄でよい)・麦門冬 各六・〇 阿膠二・〇
  水三五〇ccに日本酒一五〇ccを加え、これをもって阿膠以外のものを煮て二五〇ccとし、滓を去って、阿膠を加え溶解させて一日三回に分服する。酒をきらう場合は、水五〇〇ccで普通のとおり煎じてもよい。一般にはこの煎じ方をしている。炙甘草とするには、刻んだ甘草をフライパン様のもので芳香を発し狐色程度になるまで撹拌しながら加熱する。(麻子仁は殻を去るか、砕いて用いるがよい)


応用〕 気血ともに衰えて、邪気が心下に急迫的に逆動し、心動悸あるいは脈結滞を起こしたものである。上部の心肺が虚し、これに熱が加わり、胸間は潤いを失い、そのため虚性の心機能亢進を起こしたものに用いる。結脈は代償性期外収縮によって起こり、代脈は房室不完全ブロックのときに起こるという。
 本方はチフス・肺炎等熱性病で熱高く、動悸虚煩不眠があり、脈の結滞などあるとき、心臓弁膜症・心悸亢進症・不整脈・心内膜炎・交感神経緊張症・高血圧症・バセドー病・産褥熱・胃潰瘍・肺結核・喉頭結核等に用いられることが多い。

目標〕 虚証で、栄養衰え、燥きが強く、皮膚枯燥し、疲労しやすく、手足の煩熱、口乾き、大便秘結がちで、息つきが熱く、心悸亢進、あるいは脈の結滞、不整脈と息切れを訴えるのを目標とする。
 胃腸が虚弱で食欲が衰え、下痢の傾向があり、あるいはこの方をのんで下痢するものには禁忌である。
 本方は地黄が主薬で、臍下不仁、煩熱の症があり、心尖および腹部大動脈の動悸が亢進するものである。

方解〕 炙甘草は心肺の急迫症状を緩和し、大棗は心胸を潤し、強心の作用があり、かつ呼吸促進を緩和する。麦門冬湯は肺を潤して気を鎮め、麻子仁は熱によって燥(かわ)いているのを潤(うるお)す。地黄は心熱をさまし、強心的に作用し、かたわら血熱をさます。阿膠は地黄を助けて血熱のために煩躁するのを治し、また出血を治す。人参は麦門冬に協力する。麦門・地黄・麻子仁・阿膠等みな滋潤清涼の剤で枯燥を潤し、栄養を高め、煩熱を解す。酒は心下の痞えをめぐらし、血行をよくし、薬効を助長させる。

主治
  傷寒論(太陽病下篇)に、「傷寒、脈結代、心動悸スルハ、炙甘草湯之ヲ主ル」とあり、
 金匱(虚労病門)千金翼炙甘草湯条に、「虚労不足、汗出デテ悶シ、脈結、心悸スルヲ治ス。行動常ノ如キハ、百日ヲ出デズシテ危ク、急ナルモノハ十一日ニシテ死ス」とあり、
 同(肺痿門)外台炙甘草湯条には、「肺痿(肺結核の一症または肺気腫様疾患)涎唾多ク、心中温温液液(ウンウンエキエキ)(悪心の甚だしきもの)ナルモノヲ治ス」とある。
 勿誤方函口訣には、「此ノ方ハ心動悸ヲ目的トス。凡ソ心臓ノ血不足スルトキハ、気管動揺シテ悸ヲナシ、而シテ心臓ノ血動、血脈ニ達スルコト能ハズ、時トシテ間歇ス。故ニ脈結代スルナリ。此方ハ能ク心臓ノ血ヲ滋養シテ脈路ヲ潤流ス。是ヲ以テ動悸ヲ治スルノミナラズ、人迎(甲状軟骨の外方で頸動脈の搏動を触れるところ)槽ノ血脈凝滞シテ気急促迫スル者ニ効アリ。是レ余数年ノ経験ナリ。又肺痿ノ少気シテ胸動甚シキ者ニ用イテ一時効アリ。竜野ノ秋山玄瑞ハ此方ニ桔梗ヲ加エテ肺痿ノ主方トス。蓋シ金匱ニ拠ルナリ。(中略)蓋シ後世ノ人参養栄湯滋陰降火湯ハ、此方より出デタル故、二方ノ場合ハ大抵此方ニテ宜シ」とある。
 古方薬嚢には、 「脈の結代と、心の動悸にあり、脈の結代とは、脈が早くなくて、つまり脈の打ち方がゆっくりとしていて、時々休むものをいう。(中略)心動悸とは、胸のどきどきする事なり。平常弱き人にて、汗が出て胸苦しくなる者、または過労などした後、汗が出て胸苦しく動悸する者。熱が少しあり、咳が多く痰や唾が多く出て、胸の中が何とも言えず気持悪しき者、本方は虚弱人又は無理をし過ぎて生じたる諸の病によし」といっている。


鑑別
 ○竹葉石膏湯 93 (呼吸促迫・煩渇)
 ○黄連阿膠湯 13 (心煩・熱、煩躁、腹痛、便血)
 ○小建中湯 65 (虚労・腹中および腹皮急痛)
 ○桂枝加竜牡湯 32 (虚労・胸腹、臍下動悸)
 ○八味丸 112 (虚労・臍下不仁、小便不利)
 ○柴胡桂枝乾姜湯 44 (動悸・脇下微結、頭汗)
 ○三物黄芩湯 48  (心胸苦煩・四肢煩熱、腹部軟弱)
 ○麦門冬湯 111 (呼吸促迫・大逆上気)


治例
 (一) バセドー病?
 四十歳の婦人。傷寒の後、心中動悸甚しく時々咽喉に迫りて少気し、咽喉の外肉壅腫はして肉瘤の如く(甲状腺腫大)、脈虚数、身体羸痩、枯柴の如く、腹内虚軟、背に付き、飲食始まず。余曰く。炙甘草湯加桔梗を捨(おい)て適方なし。其の方を連服せしむ。数旬にして動悸漸く安く、肌肉大に生じ、咽喉壅腫は自然に減じ、気息寛快して閑歩を得たり。後ち無恙と云ふ。

(浅田宗伯翁、橘窓書影)

 (二) 発語障害
 日本橋、本屋惣吉が妻、心中悸し、胸下痞硬、臍上動悸あって失音し、声を開くこと能はず。大便せぜること五~六日、時にまた頭眩す。脈沈細にして飲食進まず。 (中略)諸症稍快しと雖も唯音声発せず、悸動止まざること十九日。炙甘草湯を用ふること七~八日にして動悸止み、音声聞きて常に復することを得たり。
(片倉鶴陵、静験堂治験巻三)

 (三) バセドー病
 三七歳の婦人。二~三年前より動悸を訴え、脚気といわれていたが、最近甲状腺の肥大に気づき、病院でバセドー病と診断され、手術をすすめられた。主訴は動悸で、その他頭痛、発汗過多があり、便秘している。
 患者は痩せて眼球が突出して光り、脈は一分間に一〇六で、ときどき結滞する。皮膚は油を塗ったように湿って光り、臍部の動悸が亢進している。口渇がある。炙甘草湯一〇日ほどで、動悸が少なくなり、便通が毎日あるようになり、一般状態が好転し、甲状腺もやや縮小した。

(大塚敬節氏、漢方診療の実際)

 (四) 産褥熱
 三七歳の婦人。一二日前にお産をして入院中である。産後全身に高度の浮腫が現われ、息苦しく眠れない。体温は三九度を越し、口渇があり、脈が結滞し、臍上の動悸が激しく、便秘している。患者は言葉を出すのも苦しく、浮腫のため眼を開かない。舌乳頭がとれて真赤になり乾燥している。
 脈の結滞と舌の状態を考えて、炙甘草湯を与えた。この舌は地黄を用いる証によくある。これをのむと、その日の夕方から気分がよくなり、その夜ひどい発汗とともに熱が下がってよく眠れた。胸の苦しみも楽になり、三日後には浮腫も大部分去った。
(大塚敬節氏 漢方診療三十年)

 (五) 不整脈
 七四歳の男子。毎朝運動のため自転車に乗り、二時間ほど疾走する習慣であったが、そのため風邪をひき、そのときから脈の結滞が起こった。もう一ヵ月近くなるがひどくなるばかりで、不整脈が始まると動悸がして、胸が苦しくなる。食事や便通に変わりはない。
 痩せてやや貧血気味である。脈に力はあるが、ひどい不整脈である。血圧は一七〇~八〇であった。腹部心下に動悸が触れる。
 よって炙甘草湯を与えたところ、一〇日間の服薬でほとんど結滞は治って正常となり、一ヵ月服用して全身状態でますます好調で、血圧も一三〇~八〇となって廃薬した。
(著者治験)

明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.74
炙甘草湯(しゃかんぞうとう) (傷寒論)

 処方内容 炙甘草四・〇 桂枝三・〇 大棗五・〇 人参、阿膠各二・〇 乾地黄四・〇 麻子仁三・〇 麦門冬六・〇 生姜一・〇(三〇・〇)

 必須目標 ①心悸亢進 ②不整脈 ③呼吸困難 ④手足煩熱

 確認目標 ①便秘 ②口渇 ③皮膚枯燥 ④浮腫 ⑤腹部動悸 ⑥疲労し易い ⑦目眩 ⑧低血圧 ⑨自汗出。

 初級メモ ①本方は地黄の証(腹部動悸、手足煩熱、皮膚枯燥)、つまり瘀血による血行障害で原因で桂枝去芍薬湯の証(心悸亢進、不整脉、呼吸困難など)を起こしている者を目標にする。

 ②漢方で不整脉を表わす用語に促脉(そくみゃく)(数脉で一止するもの、桂枝去芍薬湯)、結脉(遅脉で一止するもの、抵当湯)、代脉(だいみゃく)(浮になり沈になり、数になり遅になり、変化常なく、しかも一止する脉、炙甘草湯)の三種がある。

 中級メモ ①この方は普唐以降の方で、純古方でない。南涯は方意不明なりとして古方より除いている。大体地黄を含む処方は張仲景の古方ではないと思われる。

 ②浅田宗伯「この方は心動悸を目標とす。すべて心臓の血不足するときは、気管動揺して悸をなし、而して心臓の血動、血脉へ達すること能わず、ときとして間歇す。故に脉結代するなり。この方、よく心臓の血を滋養して脉路を潤流す。これをもって動悸を治する」

 適応証 心臓弁膜症。バセドウ病。喉頭結核。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会
33.炙甘草湯(しゃかんぞうとう) 傷寒論
 炙甘草3.0 生姜3.0(乾1.0) 桂枝3.0 麻子仁3.0 麻子仁3.0 大棗3.0 人参3.0 地黄6.0 麦門冬6.0 阿膠2.0

(傷寒論)
傷寒,脉結代,心動悸,本方主之,(太陽下)

(金匱要略)
虚労不足,汗出而悶,脉結,悸,行動如常,不出百日危,急者十一日死,本方治之(虚労)
肺痿涎唾多,心中温々液々者,本方治之(虚労)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 心悸亢進、動悸、息切れがはげしく脈が結代,または不整脈のもの。あるいは便疑したり熱感を伴うもの。栄養が衰えて顔色が悪く,皮ふはかさかさとして潤いがなく,疲れやすくて心臓障害があるものを目安にする。体質によって程度差はあるが,手足のほてり,口のかわきや,便秘などを伴うことが多い。
 さて本方を最も繁用する疾患は,不整脈,結代でいわゆる期外収縮と呼ばれている心臓の規則正しいリズムの間に,速度の早過ぎるものやおそい搏動がまじるもので,心筋炎や冠状動脈硬化などの器質的変化や過労,不眠,不神的ショック,酒やタバコの過度などの機能的原因などによるもの,あるいは甲状腺機能亢進症,なかでもバセドウ氏病の心搏亢進や呼吸困難,これに伴う不眠または貧血症で,微熱や熱感を伴う動悸,息切れ,不整脈に著効がある。本方の特徴は不整脈,動悸,息切れなどの心臓症状だけでなく,貧血,疲労,栄養不良なども好転せしめる。青年や中年の男女に多い心心臓神経症で,脈の期外収縮による結代や,発作性心搏急始症による速脈を対象に貧血,易疲労性。ヒフ枯燥などを考慮して用いられる。なお本方は柴胡桂枝干姜湯桂枝加竜骨牡蛎湯などの症状と似ているが,これらは精神不安と胸腹部の動悸が主体暴本方は脈の結代,不整脈が応用の目安になる。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○心悸亢進(動悸)呼吸促迫(息切れ)である。この場合の脈は頻数,不正,結代などが多いが,もっぱら自覚的な症状が目標になる。また栄養が衰えて,皮膚が枯燥し,疲れやすく,手足が煩熱し,口が乾き,あるいは自汗があり,便秘するなどの症状がある。
○崇蘭館試験方口訣には本方は元来,仲景の大補薬で,貧血を回復し,喀血を治し,疲れて息切れし,少し,咳が出て,体液を失い,脈結代し,あるいは心下に動悸があって胸苦しく,巨里の動が激しくて,痩せるものに用いるとあって,腹証として心下の動悸がひどくなることを示している。


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
 この方を用いる目標は,脈の結滞と心悸亢進であるか台結滞がなくても心悸亢進があれば用いてよい。私はこれをバセドー氏病や心臓病などで,心悸亢進と脈の結滞のあるものに用いる。



漢方診療の実際〉 大塚 矢数,清水 三先生
 本方は心悸亢進(或は脈の結代するものもある。)息切れを訴え,栄養が衰え,皮膚は枯燥し,疲労し易く,手足煩熱・口乾,大便の秘結等を目標として用いる。胃腸虚弱で食欲衰え,下痢の傾向のあるものには用いられない。地黄・麦門冬・阿膠は滋潤・清涼の効があって,枯燥を潤し,栄養を亢め,煩熱を解し,間接的に強心の作用がある。麻子仁は腸壁を潤し,緩下の効がある。人参・桂枝・甘草は強心健胃の効能を有し,大棗・生姜は諸薬を調和して吸収を促進する。以上の目標に従って本方は心臓病・バセドウ病・産褥熱・肺結核・喉頭結核等に応用される。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 虚証で,栄養衰え,燥きが強く,皮膚枯燥し,疲労しやすく,手足の煩熱,口乾き,大便秘結がちで息つきが熱く,心悸亢進,あるいは脈の結滞,不整脈と息切れを訴えるのを目標とする。胃腸が虚弱で食欲が衰え,下痢の傾向があり,あるいはこの方をのんで下痢するものには禁忌である。本方は地黄が主薬で,臍下不仁,煩熱の症があり,心尖および腹部大動脈の動悸が亢進するものである。
気血共に衰えて,邪気が心下に急迫的に逆動し,心動悸あるいは脈結滞を起こしたものである。上部の心肺が虚し,これに熱が加わり,胸間は潤いを失い,そのため虚性の心機能亢進を起こしたものに用いる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 運用 1. 動悸
 傷寒論太陽病下の「傷寒, 脈結代,心動悸するものは炙甘草湯之を主る。」というものが用例である。脉結は遅脉で,不整脈,代脉は数脉と遅脉が不規則に交って起る不整脉,心動悸は自他覚的に心悸亢進が認められるもの。之により有熱性の伝染病で熱のために心臓衰弱を起し不整脉を呈するもの,無熱性の心内膜炎,心臓弁膜症,各種の不整脈(バセドウ氏病で動悸,汗多く,肺動のもの)等にも使うことがしばしばある。但し不整脉なら凡て炙甘草かというと必ずしもそうではなく,虚していること,熱候として例えば口がはしゃぐ,手足のしんがほてる,息が熱く感じる,燥いた症状として息が切れる。便秘するなどの症状のどれかがあるのを参照して使う。脉は結代ばかりでなく、結のことも代のことも動のこともある。動脉で類証鑑別を要するのは柴胡加竜骨牡蛎湯は神経症状を伴うことが多く,苓桂朮甘湯は水の変化があってめまい,胃部拍水音,小便不利などあり,熱の症状はない。
 運用 2. 心中温々たるもの
 「肺痿,涎唾多く,心中温々液々たるものは炙甘草湯之を主る」(金匱要略肺痿)肺痿は肺の虚の状態で,之に甘草乾姜湯や桂枝去芍薬加皂莢湯などの行く虚寒と炙甘草湯,生姜甘草湯などの行く虚熱とがある。炙甘草湯は心の熱と,その熱によって肺が燥いている状態である。臨床的には場合によって心と肺のどちらを主としても構わない。肺痿は肺を主とすることは言うまでもなく,肺が燥くので麦門冬,麻子仁,大棗などを多く用い,地黄,阿膠,亦間接に潤すことを手伝っている。涎唾は津液乾燥を自ら救おうとするために起るもので,かの涎唾を吐すの寒や水家きものとは異る。心中温々液々は心臓部の深い所が何となくむかむかと悪心を催すような感じである。軽症だとこのままの症状に使う。重症でもこの状態から離れているわけではない。最も多く使うのは次の場合である。急性肺炎で高熱,呼吸困難,胸中苦悶,皮膚は汗ばみ,顔赤く,舌は概ね乾燥して赤く水を欲しがるが多くは飲みたがらず,或は頻りに唾まじりの痰を吐く重症のもの。竹葉石膏湯は息切れを主とし,本方は熱症状を主とする。黄連阿膠湯も熱,煩躁が強いが呼吸器症状は少い。肺結核の重症で羸痩し,皮膚は乾燥しているにも拘らず汗ばみ,或は盗汗があり,顔は殊に頬部が紅潮して熱っぽい。熱にうかされたような顔貌を呈し,苦しくて夜眠られぬこともあり,薄い唾の様な痰多く,或は血痰を交え,動悸甚しく体を動かすと暫くの間は息が切れてやりきれぬと云うが如きもの。柴胡桂枝干姜湯よりも燥きや虚の熱の症状が遙かに高度である。特に熱動悸などの症状が一層著明のときに炙甘草湯を使う。
 運用 3. 虚労
 炙甘草湯を虚労に使うのは金匱要略虚労の「虚労不足,汗出でて悶し,脉結,悸,行動常に如し。百日出ですして切し。急のものは11日死す。」によるのだが,危しとか死すとか書いてあるのでどんなにか重症で,その様なものはものは日常あまり遭遇しないから炙甘草湯も使う機会はあまり有るまいとの先入観が禍いして使う人が少いが実際には案外使う機会が多い。それは虚証の人で行動常の如しと云うように一見しては何の変哲もないが,疲れやすく,動悸し勝ち,その動悸は心臓部でも手足その他の部でもドキンドキンと脉をうつのが判るという人,或は手足が特に手掌,足蹠がほてり,それが春夏には余計劇しく,汗をかき易いもの,或は顔がほって口燥感を覚えるもの,その他自律神経不安定症とか肺結核の疑いとかの診断でぶらぶらして一向にはっきりせぬものなど,要するに虚の血熱(虚の心熱)虚労を目標にして使う。脉は結のことも動のこともある。類証鑑別すべきは虚労の小建中湯桂枝加竜骨牡蛎湯八味丸等で,本方が血熱と動悸を主とするのに対して他方はそれが主証でないこと,脉,小便の変化,下虚の症状の有無等に着眼すればよい。柴胡桂枝干姜湯にも燥いて仮熱が上衝する容態が起るし,動悸もするが他に脇下微結,頭汗等の症状があるから区別が出来る。黄連阿膠湯も顔面紅潮,煩躁,動悸,不眠等があるが熱だけで燥く症状は少く,炙甘草湯よりも何となく力が強い炙甘草湯の方は何となく枯れて喘いでいるという様な風がある。時には桃核承気湯猪苓湯,救逆湯,三物黄芩湯,柴胡加竜骨牡蠣湯,茯苓甘草湯などとも鑑別すべき必要がある。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此の方は,心動機を目的とす。凡そ心臓の血不足するときは,血管動揺して悸をなし,而して心臓の血動,血脈に達すること能はず,時として間歇す。故に脈結代するなり。此方は能く心臓の血を滋養して脈路を潤流す。是を以て動悸を治するのみならず,人迎(甲状軟骨の家方で頸動脈の搏動を触れるところ)辺の血脈凝滞して気急促迫する者に効あり。是れ余数年の経験なり。また肺痿の少気して胸動甚だしき者に用ひて一時効あり。竜野の秋山玄瑞は此方に桔梗を加えて肺痿の主方とす。蓋れ金匱に拠るなり。(中略)蓋し後世の人参養栄湯滋陰降下湯は此の方より出でたる故、二方の場合は大抵此の方にて宜し。


古方薬嚢〉 荒木 性次先生
 脈の結代と心の動悸にあり。脈の結代とは,脈が早くなくて,つまり脈のうち方がゆっくりしていて,時々休むものをいう(中略)心動悸とは胸のどきどきする事なり。平常弱き人にで汗が出て胸苦しくな識者,また過労などした後,汗が出て胸苦しく動悸する者。熱が少しあり,咳が多く痰や唾が多く出て,胸の中が何とも言えず気持悪しき者。本方は虚弱人又は無理しすぎたる諸の病によし。



和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
炙甘草湯(しゃかんぞうとう) [傷寒論・金匱要略]

【方意】 心の虚証気の上衝による心悸亢進・結説・頻脈・胸内苦悶感・呼吸困難・のぼせ・不整脈等と、虚証による強度の疲労倦怠等のあるもの。しばしば燥証による口燥・便秘・手足煩熱・紅頬・発熱等を伴う。
《少陽病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】

心の虚証・気の上衝 虚証 燥証
主証
◎心悸亢進
◎結説 頻脈
◎胸内苦悶感
◎呼吸困難
◎のぼせ


◎疲労倦怠






客証 ○不整脈
  息切れ
  煩悶感
  不安 不眠
  目眩 耳鳴
  吃逆
  浮腫
  自汗 盗汗
  貧血
  るいそう
○口燥 ○口渇
○乾咳
○便秘
○手足煩熱
  紅頬 血痰
  熱い呼気
  発熱 微熱
 


【脈候】 結代(不整脈)・浮虚数・浮虚・濇虚。

【舌候】 紅舌。乾燥し鏡面舌、時に湿渇して無苔。

【腹候】 腹力軟。陥凹して心下痞があり、腹部大動脈の動悸を触れる。多くは腹直筋の緊張がある。

【病位・虚実】 気の上衝があり発揚性である。裏の実証はなく、上焦の症状が中心で少陽病に位する。疲労倦怠が強く、脈候および腹候からも虚証である。

【構成生薬】 炙甘草(蜜炙)4.0 桂枝3.0 麦門冬6.0 麻子仁4.0 人参2.0 阿膠2.0 大棗7.5 乾地黄4.0 生姜1.0

【方解】 麦門冬は滋潤作用があり鎮咳に有効であるが、一方滋養・強壮・強心作用もある。人参も滋養・強壮・滋潤作用があり虚証に対応する。麦門冬・人参の組合せは虚証に有効であり、更に心の虚証に対し強心作用を発揮し、心悸亢進・不整脈・胸内苦悶感・息切れ等を治す。阿膠は鎮静・止血薬で、人参・麦門冬に協力し、心虚より派生する不安感・不眠等を治す。桂枝は気の上衝を主り、特に桂枝・甘草の組合せは強い発作性の心悸亢進・のぼせを鎮静させる。乾地黄は増血作用の強い熟地黄と異なり、燥証に対する作用が強く、口燥・手足煩熱・皮膚枯燥を治す。麻子仁も燥証に対して滋潤作用があり、腸を潤し便秘を治す。大棗・生姜は本方全体の作用を緩和し応用の幅を広げる。


【方意の幅および応用】
 A 心の虚証気の上衝:心悸亢進・結代・頻脈・胸内苦悶感・のぼせ等を目標にする場合。
   期外収縮、狭心症、心内膜炎、心臓弁膜症、心臓神経症、高血圧症、貧血

 B 虚証:強度の疲労倦怠等を目標にする場合。
   口内炎・舌炎・歯齦炎・扁桃炎等で飲食不能のため虚証の強いもの
 C 燥証:口燥・手足煩熱・紅頬・発熱等を目標にする場合。
   糖尿病、百日咳、肺炎、肺結核症の末期


【参考】 * 此の方は心動悸を目的とす。凡そ心臓の血不足するときは、気管動揺して悸をなし、而して心臓の血動、血脈へ達すること能わず、時として間歇す。故に脈結代するなり。此の方能く心臓の血を滋養して脈路を潤流す。是を以って動悸を治するのみならず、人迎辺の血脈凝滞して気急促迫する者に効あり。是、余数年の経験なり。又、肺痿(肺結核)の少気(呼吸浅少)して胸動甚だしき者に用いて一時効あり。竜野の秋山玄瑞は此の方に桔梗を加えて肺痿の主方とす。蓋し『金匱』に拠るなり。又『局方』の人参養栄湯と治を同じくして、此の方は外邪に因って津液枯槁し、腹部動気ある者を主とし、人参養栄湯は外邪の有無に拘わらず、気血衰弱、動気肉下に在る者を主とす。蓋し後世の人参養栄湯滋陰降火湯は此の方より出でたる故、二方の場合は大抵此の方にて宜し。但し結悸(心拍動に結滞がある)の症は二方にては治せぬなり。
『勿誤薬室方函口訣』
      *本方は桂枝甘草湯の加味方であり、気の上衝による心悸亢進・息切れ・胸内苦悶感等は共通する。また「脈促、胸満者」の桂枝去芍薬湯の加味方と考えることもできる。
      *本方証の患者は浮腫・流涎を伴うことがある。
*本方は脈結代・心悸亢進・疲労倦怠が特徴であるが、心悸亢進があれば脈結代がなくても用いて良い。胸内苦悶感・呼青口促迫・咳嗽を伴う傾向がある。脈は微細で不整、血圧低下し、心臓衰弱の状態に良い。
      *本方は燥証があり人参養栄湯滋陰降火湯の原方とされる。

【症例】 バセドー病
 患者は23歳の未婚の婦人。カゼを引いてから健康状態が良くないので某大学病院で診察を受けバセドー病と診断された。脈をみると浮数で、一見して甲状腺が大きい。口渇がある。大便はやや便秘気味で、月経は順調。食欲は普通。腹診するに、臍部の動悸が亢進し、皮膚はバセドー病の患者特有の油をぬったような感触である。眼球はまだあまり突出はしていないが、手指の振戦がある。
 この患者はだんだん痩せて、体力が衰えているし、脈浮数で臍上の動脈の拍動が亢進し、息切れを訴えているので炙甘草湯を用いた。半月ほどで動悸が穏やかになり、疲れなくなった。1ヵ月ほどで甲状腺も目立たなくなり、口渇も減り、快便となった。
 ところが2,3ヵ月たつと浮腫が現れ顔が腫れてきた。私はかまわず前方を飲ませた。すると浮腫が取れて肥えてきた。脈は1分間80位。臍部の動悸もおさまった。先日、某大学病院を受診したところ、全治はしていないのでアイソトープを勧められた。私は漢方薬だけで経過をみることを勧めた。
 大塚敬節 『漢方の臨床』 11・5・20


進行性指掌角皮症
  33歳の主婦。結婚6年になるが妊娠しない。初診は指の皮膚が荒れて、皮がむけ、それが次第に増悪するという。脈をみると浮数で、甲状腺の肥大があるので、注意して診察してみると、震戦があり、眼球もやや突出し、その他の眼症状もみられるので、バセドー病の診断した。腹診してみると、心下が膨隆して硬く、臍上で動悸が亢進している。臍下は軟弱である。そこで炙甘草湯を用いたところ、2ヵ月ほどの服薬でバセドー病の症状が軽快するとともに指掌角皮症も良くなった。

大塚敬節 『漢方の臨床』 11・2・20


臨床傷寒論  細野史郎講話 現代出版プランニング刊
p.283
傷寒解而後、脈結代、心動悸、炙甘草湯主之。
〔訳〕解寒解(げ)して後(のち)、脈結代(けつたい)、心動悸(しんどうき)するのは炙甘草湯(しゃかんぞうとう)之を主る。
〔講話〕炙甘草湯の薬味をみると、桂枝、甘草、生姜、大棗(以上で桂枝去芍薬湯)、人参、阿膠、地黄、麦門冬、麻子仁です。これはつまり、桂枝去芍薬湯に人参と阿膠、地黄、麦門冬、麻子仁を加たものです。
 桂枝去芍薬湯というと、腹が軟らかい、腹筋が硬くない。要するに腹に力のない、脈が結滞する人に用います。
 傷寒で熱がなくなってからも、体が弱って、脈が結滞し、胸で動悸し、胸で動悸する。そういう場合には炙甘草湯がよく効く。これは考えてみると桂枝湯で体を強くしておいて、その上に人参とか阿膠、地黄のような体を強くするものを加えて、更に体を強くする、そういう薬です。
 昔の人は肺病に持っていきました。
 私の『方証吟味』にも書いてありますが、私の師匠の新妻先生は、浅田宗伯先生がよく使ったように、バセドウ氏病の心動悸に使っていました。この時、炙甘草湯にイタドリの根の虎杖根とハトムギの種子の薏苡仁を加えると、甲状腺腫がだんだん小さくなってきます。宗伯先生の高第の新妻荘五郎先生は、更に別甲を加えられたそうです。いずれもバセドウ氏病で、胸動悸の特に強い時に用いていました。


漢方治療の方証吟味  細野史郎著 創元社刊
p.221
 また、この夏枯草も一つの方法だと思います。これは瘰癧(るいれき)加味という薬方の一種で、他に貝母、瓜呂根、青皮、牡蛎と共に五味として用います。これは、陳修園の創意の方で、瘰癧といって、頸のリンパ腺が次々と腫れてどうしても治らないとき、小柴胡湯やそれに桔梗を加えただけでは効かないときでも、この瘰癧加味を小柴胡湯とか『局方』の逍遙散と合方にして用いますと、ものの見事に効くことを、私は数々経験しています。こんな話を覚えていてくれて、A君は、この夏枯草の薬方の一味をとって用いたものでしょう。この夏枯草には、またバセドー氏病の甲状腺の腫大に、炙甘草湯に夏枯草、薏苡仁、虎杖根の三味を加えて用いられた先師の治験の思い出もあります。


副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用


頻度不明
過敏症 発疹、発赤、瘙痒、蕁麻疹等
消化器 食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等

過敏症
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること

[理由]  本剤には桂皮(ケイヒ)・人参(ニンジン)が含まれているため、発疹、発赤、瘙痒、蕁麻疹等 の過敏症状があらわれるおそれがある。また、本剤によると思われる過敏症状が文献・学会で報告されている。これらのため。
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。

消化器
[理由]  本剤には地黄(ジオウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されているため。

[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


2014年2月25日火曜日

大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)
本方は瀉 下によって下半身の諸炎症を消退させる効があり、その応用は頗る広い。その応用目標の第一は、腫脹・疼痛・発熱等すべて症状が激しく、実證で便秘の傾向が あり、自覚的にも苦痛が激しい場合で、元気はなお盛んな者である。二、三の例によって説明すれば、本方は虫垂炎に用いられる。虫垂炎で、疼痛が盲腸部に限 局し、発熱・口渇・便秘の者で、脈が遅緊の者に本方を用いれば下痢を来すと共に疼痛が去り、腫瘤は俄かに軟化縮小し、諸症は軽快する。また本方は淋毒性副 睾丸炎・肛門周囲炎に用いられる。いずれも腫脹・疼痛が激しく便秘の場合に用いる。
本方に於ける大黄と芒硝は瀉下剤である。瀉下によって病毒を腸管へ誘導し、炎症を消退させる。牡丹皮・桃仁・瓜子は何れも硬結・膿瘍を消散させる効があり、大黄・芒硝の瀉下の力を得てその効を全うするものである。
本方は応用としては、前記の他に、結腸炎・直腸炎・痔疾・子宮及び附属器の炎症・骨盤腹膜炎・横痃・淋疾・腎盂炎・腎臓結石等である。
虫垂炎の場合、本方を用いて却って疼痛が増し、硬結腫脹が増大する場合は不適応と認め、腸癰湯、または方向を変えて薏苡附子敗醤散の如き處方を用いなければならない。



『漢方精撰百八方』
13.[方名] 大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)

[出典] 金匱要略

[処方] 大黄1.0 牡丹皮4.0 桃仁4.0 冬瓜子4.0 芒硝4.0

[目標] 腸癰(ちょうよう)とは腸に化膿巣が出来たり潰瘍が出来たりするもので、その場合には下腹部が腫れて抵抗を触れ、圧痛を訴える。その痛みは淋の如くで、尿道にまで放散する。しかし淋疾でないから尿利には異常がない。発熱、発汗、悪寒があっても、脈が遅くて緊張している場合には化膿性炎症が進んでいない時期だから本方で下せばよい。それによって血性便が下るかも知れないが心配はない。脈が洪数つまり頻数で大きくて力のないものは既に膿瘍をつくっている時用だがら下してはならない。
 本方の証はまさに虫垂炎の症状に一致している。すなわち急性発症の時用には本方で下せば治るが、化膿して腹膜炎を起こしたものには本方を用いてはならないのである。     [かんどころ] すべて下腹部殊に右側を触診して圧痛のあるものには本方を用いて大抵治効のあらわれるものである。
  
[応用] 虫垂炎。何と言っても本方の虫垂炎における効果は顕著である。わたし白身元来が外科専門医で虫垂炎は数百に及ぶ手術を経験しているが、虫垂炎そのものは殆んど手術しないでも治るものである。しかし西洋医学的には積極的な内科的治療法がないので、虫垂炎はすべて手術をすることになっているだけのことである。事実わたしの経験では虫垂炎で危篤に陥る例の大部分は、下剤の誤用(ヒマシ油など)で穿孔性腹膜炎を起こしたものであったが、本方で下す場合にはそのおそれがないから、頓挫的に虫垂炎を治すことが出来るのである。しかし激症の壊疽性虫垂炎や穿孔性腹膜炎は既に陰虚証になっているから本方を用いることは出来ない。しかし何といっても虫垂炎は外科的疾患であるから、手術の時用を失して後悔しないように注意すべきである。      本方は駆瘀血剤の代表的なもので、瘀血性体質の人の病気で本方で治すことの出来るものは頻る多い。胆石も漢方では瘀血の一種と認むべきものであって、本方で治すことの出来る場合が多い。潰瘍性大腸炎で腸出血を起こしているものに本方をやって頓挫的に出血を止めた例がある。慢性大腸炎には本方の適応症が多い。本方で重症リウマチが全治した例がある。
 其の他、月経困難症、肋膜炎、肩こり、下痢、顔面や頭部の湿疹や粃糠疹等本方で治る者は頗る多い。
相見三郎著


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状 は、実証では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

各薬方の説明
1 大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)  (金匱要略)
〔大黄(だいおう)、桃仁(とうにん)、牡丹皮(ぼたんぴ)、芒硝(ぼうしょう)各四、冬瓜子(とうがし)六〕
駆瘀血剤の中で、もっとも実証の薬方であり、便秘、小腹急結などが著明であるものに用いられ、瀉下によって下半身(特に下腹部)の諸炎症を消退させる。したがって、本方は下腹の炎症(うっ血、充血)や化膿があり、発熱、腫痛、疼痛などのあるものを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、大黄牡丹皮湯證を呈するものが多い。
一 子宮筋腫、子宮内膜炎、卵巣機能不全、卵巣炎、卵管炎、月経不順(過多、過少、困難、不順、閉止など)、血の道、更年期障害、乳腺炎その他の婦人科系疾患。
一 瘀血による各種出血、打撲による出血。
一 脳溢血、高血圧症、動脈硬化症、心臓弁膜症、静脈瘤、下肢静脈瘤その他の循環器系疾患。
一 急性膀胱炎、膀胱結石、腎臓結石、腎盂炎、前立腺肥大症、尿道炎その他の泌尿器系疾患。
一 湿疹、じん麻疹、肝斑その他の皮膚疾患。
一 そのほか、虫垂炎、直腸炎、急性(潰瘍性)大腸炎、直腸潰瘍、痔、肛門周囲炎、赤痢、よう、凍傷、冷え症など。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会
47.大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう) 金匱要略
  大黄2.0 牡丹皮4.0 桃仁4.0 芒硝4.0 瓜子6.0

(金匱要略)
腸癰者,少腹腫痞,按之即痛,如淋,小便自調,時々発熱,自汗出,復悪寒,其脈遅緊者,膿末成,可下之,当有血,脈洪数者,膿巳成,不可下也,本方主之(腸癰)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 上行結腸部に圧痛や宿便があり,大便は硬く,皮膚は紫赤色あるいは暗赤色を呈し,欝血または出血の傾向があるもの。本方は切らずに治す盲腸薬として知られ,腫瘍が限局的で元気が未だ衰えず,一般症状が良好な場合に用いられるが,本方を服用後先痛や不快感を増す場合は禁忌で,柴胡桂枝湯大建中湯真武湯などに転方すべきである。また本方を以上の目的に用いる時は薏苡仁を加えるとよい。桃核承気湯とは用途が類似するが両者の鑑別は本方適応症が上行結腸即ち右下腹部に圧痛や宿便があるのに対し,桃核承気湯適応症は下行結腸部即ち左下腹部に圧迫や宿便を認め,頭痛,のぼせを伴ない,下肢や腰が冷え易いものである。しかし多くの場合両者の鑑別は困難で,従って両者を合方して用いることが多い。
本方を服用後頭痛やのぼせを訴える場合は桂枝茯苓丸と合方するか,あるいは桃核承気湯に転方しなければならない。また腹痛や下痢が甚だしくなる場合は直ちに服用を中止し,柴胡桂枝湯平胃散半夏瀉心湯などで治療するとよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 右下腹部に抵抗物を触知しらち圧痛があ改aて便秘し,皮膚や可視粘膜が暗赤色か暗紫色を呈するもので,出血の傾向やチアノーゼを伴うもの。本方は盲腸炎の内服治療薬として有名な処方であるが,本方をアッペに応用する場合は悪心や嘔吐があって,痛みが移動する初期症状には禁忌で,痛みや腫瘍が右下腹部腸骨窩に局限するもので,しかも体力があって便秘するものを目安に用いられるが,疾患の性格からその投薬には,かなりの熟練が要求される。虫垂炎又は虫垂炎様症状で,悪心,嘔吐が著しく腹痛部位が移動して限局しないものには柴胡桂枝湯が,劇的効果を持っている。移動性盲腸あるいは虫垂炎で,悪心や嘔吐がなく局部に抵抗物や圧痛,または自覚痛あるもので大黄配合剤が不適な者や慢性に経過するものには腸癰湯を考慮すればよい。本方を一般的に用いる場合は,壮実な体質者のがん固な常習性上行結腸便秘,あるいは,右下腹部に宿便や瘀血塊その他のシコリや痛みがあるものの,子宮内膜炎,卵巣炎,膀胱炎などに用いられる。
 投薬時の注意 本方は婦人科疾患や宿便を触知するがん固な便秘に用いる場合,元気が衰えず可視粘膜が暗紫色を呈し腹部の圧痛や,自覚痛ある点で桃核承気湯と類似するが桃核承気湯は左下腹部すなわち下行結腸部に前記抵抗物があって,のぼせ頭痛,神経症状を伴うので本方との区別ができる。便秘を訴えるもので腹部所見とまぎらわしい点は,腹部の下行大動脈と誤認しやすいので注意を要する。本方が適する腹証は緊張充実しているが,反対に腹満していても軟弱で,腹痛を自覚して便秘するものに大建中湯の適応するものがある。大建中湯はガスが充満して蠕動亢進や,蠕動不安があるので本方との区別ができる。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
 体力が充実して元気のあるうちで,瘀血の腹証を呈し,下半身に炎症や化膿があって,発熱,腫張,疼痛などの症状を呈し,特に自覚的症状が激しく,便秘の傾向があるものに用いる。また虫垂炎の初期でまだ化膿性炎症が進んでいない時期によい。金匱要略には本方について「腸癰(虫垂炎など腸に化膿巣ができるもの)は下腹部が腫れて抵抗を触れ,圧痛を訴える。その痛みは淋の如くで尿道にまで放散する。しかし淋疾でないから尿利は正常である。時には発熱して汗が出たり,悪寒があるが(太陽病ではないので)脈が遅緊のものは化膿性炎症がまだ進んでいないのだから,本方で下せばよい。それによって血性便が出るかもしれないが,心配はない。もし脈が洪数(大きく力がなく頻数)のものは既に膿瘍になっているから下してはならない。」この記載はまさに虫垂炎と症状である。すなわち急性初期には本方で下せば治るが化膿して腹膜炎をおこしたものには本方を用いてはならないのである。
○方輿輗には「痔疾は腸胃間の悪血瘀汁を逐う(うっ血を去る)を以って上策とす。重き者は大黄牡丹皮,桃仁承気,軽き者は瓜子仁湯に宜し」とある。
○鍼術秘要-歯齦潰爛し,歯動いて時々血を出し,膿多き者を治す。」「耳孔より臭膿を出し,大便常に難く,少腹(下腹)攣痛急迫する者を治す。
○証治持要「乳癰,毒深く膿少なく(腫れ痛みの強いのに排膿が少ない)大便秘結す識者を治す。」古家方則「黒内障で身体実証の者を治す。」


漢方診療の実際〉 大塚 矢数,清水 三先生
 本方は瀉下によって下半身の諸炎症を消退させる効があり,その応用は頗る広い,その応用の第1は腫張,疼痛,発熱等すべて症状が激しく実証で便秘の傾向があり,自覚的にも苦痛がはげしい場合で,元気はなお盛んな者である。二・三の例によって説明すれば,本方は虫垂炎に用いられる。虫垂炎で疼痛が盲腸部に限局し,発熱,口渇,便秘の者で,脈が遅緊の者に本方を用いれば,下痢を来すと共に疼痛が去り,腫瘤は俄かに軟化縮小し,諸症は軽快する。また本方は淋毒性副睾丸炎,肛門周囲炎に用いられる。いずれも腫張,疼痛が激しく便秘の場合に用いる。
 本方に於ける大黄と芒硝は瀉下剤である。瀉下によって病毒を腸管へ誘導し,炎症を消退させる効があり,大黄,芒硝の瀉下の力を得てその効を全うするものである。
 本方の応用としては前記の他に結腸炎,直腸炎,痔疾,子宮及び附属器の炎症,骨盤腹膜炎,横痃,淋疾,腎盂炎,腎臓結石等である。虫垂炎の場合,本方を用いて却って疼痛が増し,硬結腫張が増大する場合は不適応症と認め,腸癰湯または方向を変えて薏苡附子敗醤散の如き処方を用いなければならない。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 実証で主として下部に緊張性の炎症化膿症があり,腫張,疼痛,発熱があって,便秘の傾向がある。下腹部の腫瘤又は堅塊があって圧痛を訴え,自覚的に苦痛が激しく,体力の充実しているものを目標としる。脈は緊で,遅く,腹はやや膨満鼓張している。本方を用感てかえって疼痛を増し,硬結腫張し,腹部膨満を加える場合は禁忌証であるから他の処方を考えるべきである。薏苡附子敗醤散,腸癰湯などに転方しなければならないものがある。脈の洪数のものには用いられない。洪数のものはすでに化膿したものでこれを下すと腹膜炎を起すことがあるから注意を要する。

漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 桃仁牡丹皮は実証の循環障害を治し,大黄は骨盤内臓器に充血を起させ,併せて瀉下し,芒硝は寒剤で瀉下を助け,冬瓜子は排尿排膿に関するらしいがまだその作用は明かでない。本方は直接には殺菌作用は証明されていないが,化膿によって起った炎症に対して循環障害を除くことによって消炎作用を呈するものと推定される。
 運用 下部の実証の化膿症。
 実証だから体質的にも脈も緊張性で,例えば急性慢性の虫垂炎,肛周囲炎,尿道炎,睾丸炎,副睾丸炎,前立腺炎,子宮内膜炎,附属器炎,産褥熱,骨盤腹膜炎,バルトリン氏腺炎,臀部や下肢やそけい部の皮下膿瘍,癰,リンパ腺炎等に使うことが頗る多い。特に急性虫垂炎に対しては代表的に処方で金匱要略の腸癰病に「腸癰は少腹腫痞し,之を按ずれば即ち痛む,淋の如くなれども,小便自調す。時々発熱自汗出で復って悪寒す。その脈遅緊なるものは膿未だ成らず。之を下すべし。当に血あるべし。脈洪数なるものは膿已に成る。下すべからざるなり。」下腹部が自覚的に痞え,自覚的或は他覚的に腫れて疼痛及び圧痛がある。発熱,汗出,悪寒するのは化膿機転があるからで脈遅緊のものは本方で下す。
 鑑別 淋に似ているが,淋は小便淋瀝するが腸癰では自ら調う。脈が洪数なのは化膿症状が完成されて虚証になったものだから本方は禁忌である。急性虫垂炎に本方を使うことが多いが,必ず右の注意に従って脈の遅緊のときだけに使わないととんだ失敗をし,悪化させるから特に慎重を要する。虫垂の腫塊の大小には拘泥しなくてよいが腹撃の活性防禦に対しては強すぎるものや之を欠如するものには禁忌のことがある。この場合筋性防禦を腫痞の一つの現われと解釈するがよい。類証鑑別は一般化膿症では
(桃核承気湯) 化膿症や虫垂炎にも使うが,桃核承気湯は鬱血所見があり,上衝があるので区別される。
(桂枝茯苓丸) 急性症状の強いものには使わない。軽症や慢性虫垂炎では区別を要するが,桂枝茯苓丸では総腸骨窩動脈の搏動亢進が認められる。脈では両者の区別は困難。
(排膿散) 局所症状だけで他部に症状が認め現れない。病巣がしこって充血傾向が少く,排膿し難く吸収もされぬときに排膿散を使う。大黄牡丹皮湯はもつと充血性で炎症症状が著名である。(中略)腹痛に対しては桃核承気湯もほぼ同じ程度に痛むから他の所見によって区別すべきだ。桂枝茯苓丸は本方より一般に軽い。桂枝加芍薬湯は時には腹痛や硬結の程度が同じで,それたけでは鑑別が困難なことがある。しかし桂枝加芍薬湯は虚証だから必ず脈が弱い。
(大建中湯) 腹痛や硬結の程度では鑑別が困難なことがあるが,虚寒証で必ず蠕動不安があるので区別される。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
 此方は腸癰膿潰以前に用ゆる薬なれども,其の力桃核承気湯と相似たり,故に先輩は瘀血,衝逆に運用す。凡そ桃核承気湯の証にして小便不利する者に宜し。其他内痔淋毒,便毒に用いて効あり。皆排血,利尿の功あるが故なり。 又痢病,魚脳の如きを下す者に此方を用ゆれば効を奏す。若し虚するものは駐車丸(黄連,乾姜,当帰,阿膠)の類に宜し。凡そ痢疾,久しく痊えざる者は腸胃腐爛して赤白を下す者と見做すことは後藤艮山の発明にして,奥村筑其の説に本つき,陽症には此の方を用ひ,陰症には薏苡附子敗醤散を用ひて手際よく治すと云う。古来未発の見と云ふべし。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.349 虫垂炎・痔核・肛囲膿瘍・赤痢
47 大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう) 〔金匱要略〕
大黄二・〇~五・〇 牡丹皮・桃仁・芒硝 各四・〇 瓜子六・〇

 芒硝以外の四味を規定のごとく煎じ、滓を去って芒硝を入れ、一分間沸騰させて分服する。(原方は大黄牡丹湯とあり、頓服薬である)


応用〕 実証で便秘の傾向があり、主として下半身、とくに下腹部の諸炎症に用いられる。
  すなわち、本方は主として虫垂炎・痔核・肛門周囲炎・淋毒性副睾丸炎・結腸炎・直腸炎・赤痢・子宮および附属器の炎症・卵巣炎・骨盤腹膜炎等に用いられ、 また横痃・腎盂炎・腎臓結石・淋疾、尿閉・前立腺炎・直腸膣瘻・尿道炎・産褥熱・産後諸病・帯下・腹部や下肢の瘍癤、皮下膿瘍、骨髄骨膜炎、また乳腺炎・ 皮膚病等に広く応用される。

目標〕 実証で、主として下部に緊張性の炎症化膿症があり、腫張・疼痛・発熱があって、便秘の傾向がある。下腹部に腫瘤または緊塊があって、圧痛を訴え、自覚的に苦痛が激しく、体力の充実しているものを目標とする。脈は緊で遅く、腹はやや膨満鼓脹している。
 本方を用いてかてって疼痛を増し、硬結斎張が増し、腹部膨満を加える場合は、禁忌証であるから他の処方を考えるべきである。薏苡附子敗醤散、腸癰湯などに転方しなければならないものがある。脈の洪数のものには用いられない。洪数のものはすでに化膿したもので、これを下すと腹膜炎を起こすことがあるから注意を要する。

方解〕 本方は瀉下によって下半身の諸炎症を消退させる効がある。大黄と芒硝は瀉下の効がすぐれ、病毒を腸管より排出し、炎症を消散させる。牡丹皮、桃仁、瓜子はいずれも硬結や膿瘍を消散させるものである。
 本方は駆瘀血と瀉下の剤によって構成され、化膿のために起こった瘀血循環障害を治すことによって炎症が治癒するものと思われる。


変方
 腸癰湯瓜子仁湯)。薏苡仁一〇・〇、瓜子六・〇、桃仁五・〇、牡丹皮四・〇。多くの場合これに芍薬五・〇を加え、腸癰湯加芍薬として用いるものである。本方は炎症や化膿機転が軽く、症状がそれほど激しくない場合に用いてよい。
 大黄牡丹皮湯去大黄芒硝加薏苡仁という方名を、千金方で腸癰湯または瓜子仁湯と名づけた。

主治
 金匱要略(瘡癰、腸癰、浸淫病門)に、「腸癰ハ、小腹腫痞シ、之ヲ按ズレバ即チ痛ミ淋ノ如ク、小便自調シ、時々発熱シ、自ラ汗出デ、復タ悪寒ス、其脈遅緊ノ者ハ、膿未ダ成ラズ、之ヲ下スベシ、当ニ血アルベシ、脈洪数ノ者ハ膿已ニ成ル。下スベカラザルナリ、大黄牡丹皮湯之ヲ主ル」とある。
 勿誤方函口訣には、「此方ハ腸癰膿潰以前ニ用ユル薬ナレドモ、其ノ方桃核承気湯ト相似タリ、故に先輩ハ瘀血衝逆ニ運用ス。凡ソ桃核承気湯ノ証ニシテ小便不利スル者ニ宜シ。其他内痔淋毒、便毒ニ用イテ効アリ。皆排血利尿ノ功アルガ故ナリ。又痢病,魚脳ノ如キヲ下ス者ニ此方ヲ用ユレバ効ヲ奏ス。若シ虚スルモノハ駐車丸(黄連・乾姜・当帰・阿膠)ノ類ニ宜シ。凡ソ痢疾、久シク痊エザル者ハ腸胃腐爛シテ赤白ヲ下ス者ト見做スコトハ後藤艮山ノ発明ニシテ、奥村良筑其ノ説ニ本ツキ、陽症ニハ此ノ方ヲ用ヒ、陰症ニハ薏苡附子敗醤散ヲ用ヒテ手際ヨク治スト云フ。古来未発ノ見ト云フベシ」とあり、
 勿誤方函口訣、腸癰湯条下に、「此方ハ腸癰ニテ大黄牡丹皮湯ナド用イテ攻下ノ後チ、精気虚敗四肢無力ニシテ余毒未ダ解セズ、腹痛淋瀝止マザル者ヲ治ス。此ノ意ニテ肺癰ノ虚症、臭膿未ダ已マズ、面色痿黄ノ者ニ運用シテヨシ。又後藤艮山ノ説ニ云フ如ク、痢病ハ腸癰ト一般ニ見倣シテ、痢病ノ余毒ニ用ユルコトアリ。又婦人帯下ノ証、疼痛已マズ、睡臥安カラズ数日ヲ経ル者モ腸癰ト一揆(同じ路)ト見倣シテ用ユルコトモアリ、其ノ妙用ハ一心ニ存スベシ」とある。



鑑別
 ○桃核承気湯 98 (臍下瘀血・上逆、小腹急結(左))
 ○桂枝茯苓丸 35 (下腹腫塊・軽症で慢性)
 ○薏苡附子敗醤散 140 (下腹腫塊・皮膚乾燥、膿成る、脈数)
 ○下瘀血湯 (臍下瘀血凝滞・経閉)
 ○桂枝加芍薬湯 32 (下腹腫塊・虚証、脈弱)
 ○大建中湯 87 (下腹腫塊・腹痛、蠕動不安、腹鳴、脈弱)


治例
 (一) 直腸膣瘻
 三十一歳の一婦人が、肛門が塞さがって、大便は膣より泄れ、十数年に及び諸薬を試みたが治らない。栄養衰え元気に乏しく、診すると脈は数で力がない、臍下に宿便がある。月経は十余年もない。大黄牡丹皮湯を与え、竜門丸(梅肉、山梔子、巴豆、軽粉、滑石)を兼用すること数十日にして正常に復し、肛門より排便するようになった。 
(中神琴渓翁、生々堂治験)

 (二) 月経閉止
 一婦人月経がなぬなって五ヵ月、医師も産婆も妊娠といって腹帯までしたが、十一ヵ月になっても出産がないという。
 そこで診すると妊娠の如く思えるが妊娠ではない。即ち月経閉止である。よって大黄牡丹皮湯を与うること日に四服ずつ、四五日服用すると、紫色の凝血を混えた下りものが沢山あって、二十日間も続いて止んだ。それで腹状は全く常態に戻って、翌月は月経があった。するとその月に妊娠し、翌年一子を生んだ。これは瘀血を残りなく排除したためである。
(尾台榕堂翁、方伎雑誌)

 (三) 腎臓結石
 大黄牡丹皮湯は虫垂炎の治療に用いられる処方であるが、近年は腸癰湯や桂枝茯苓丸、桂枝加芍薬湯などの証が多くなった。
 二〇歳の青年が、二年前から毎月のように四〇度近い高熱を出す。その熱は二~三日で下がる。その熱の原因は全くわからなかった。
 腹診してみると、右下腹廻盲部より脇腹にかけて軽い圧痛があり、大黄牡丹皮湯の腹証である。しかし、患者は虚証で、大黄や芒硝で下すことはできない。そこで大黄牡丹皮湯去大黄芒硝加薏苡仁一〇・〇として与えた。
 一〇日ほどすると小便のたびに小さい砂が出てきた。腎砂であった。この後この患者の高熱はやみ、すっかり健康体となった。
(大塚敬節氏、漢方治療三十年)

 (四) 肛門周囲炎と尿閉
 五七歳の男子。数日前より肛門に激痛を発し、夜も眠れないという。大便は四~五日間なく、小便が昨朝より一滴も通じない。そのため腹が張り裂けそうな痛みで苦しさのために呻っている。脈は沈遅で力があり、膀胱に尿が充満している。肛門から臀部にかけて一体に腫脹し、肛門の周囲は手をふれることもできないほどの痛みである。
 カテーテルで導尿の後、大黄牡丹皮湯を内服させたところ、一日三~四回の下痢があり、翌日多量の悪臭膿を下し、自然排尿ができるようになった。
(大塚敬節氏 漢方診療三十年)


 (五) 赤痢の裏急後重と排尿困難
 四一歳の男子。朝にライスカレー、昼にアサリ飯などを過食して後、その日の夕方悪寒・頭痛・嘔吐を起こし、四肢厥冷、次いで体温三九度に上昇した。ヒマシ油で下したところ、夜半大腹痛を発して血便となり、翌日より排便回数は日に一〇数回、次の日は八〇回に及んだ。
 本方芍薬湯(芍薬四・〇、黄連・黄芩・当帰各三・〇、桂枝・木香・枳殻・檳榔・甘草各二・〇)を与えたところ、翌第三日は八回に減少し、体温も下降したのでよろこんだ。
 すると夜半に及んで排便時裏急後重甚だしく、腹痛絞るがごとく、全身痙攣を発するほどで、切歯振顫、顔面蒼白、眼を吊りあげ、冷汗流れるほどの苦痛で、その後少量の血便を出す。かつ小便は渋痛、尿意逼迫し尿意を催して排尿するまで一五分間もかかり、地獄の苦しみをするという。そこで大黄牡丹皮湯の大黄・芒硝各二・〇を与えたが効がなかった。これは内熱いまだ去らないのに芍薬・黄連・黄芩などで下痢を止めたために起こったものと思われる。
 その後大塚氏の意見により、大黄・芒硝各六・〇としたところ、大黄快通し、尿利快通し、逼迫感は脱然として軽快し、ほどなく快癒した。

 (六) 痔核脱肛 
 四九歳の男子。(以下著者の体験記である)和昭三〇年二月一五日発病、すでに昭和五年に不明の熱病にかかり解熱後痔核を発し、排便後脱肛を起こし、その病苦は形容に耐えざるほどであった。苦しむこと一週間、甘草煎の温湿布によって卓効をおさめ、そのときは治癒した。昭和二〇年南方生活中、湿地帯のジャングル内の無理によって再発したことがあった。このたびに再燃は研究室通いの冷えと、診療の多忙と、集会の連続で、飲酒と厚味食摂取過剰によるものと思わ罪る。
 体重六〇キロ(一六貫)、ここ数年間は病苦を知らなかった。二月中旬排便時出血、排便後脱肛を起こし、乙字湯・清肺湯などを服用したが、病状ますます悪化した。
 便意を催して上圊するが快通せず、肛門部に密栓をつめたようで、張りさけるような苦痛を感じる。辛うじて排便すると脱肛し、これを挿入するときの苦しみは言語に絶する。冷汗を流してやっと納まると肛門が痛み再び脱肛しそうになる。
 脈は洪大で力がある。臍傍に拘攣を触れ、左右下腹部に抵抗と圧痛がある。
 このとこ初めて第五例のことを思い出し、この窘迫(くんぱく)した下腹部の炎症と充血を瀉下するのは大黄牡丹皮湯以外にないと悟り、大黄・芒硝・瓜子各六・〇、牡丹皮・桃仁各四・〇を煎じて、一回に服用した。夜の十一時ごろである。翌朝七時に腹痛あり、上圊すると、肛門に堅く密栓を打ち込んでいたように思われていたものが一時に飛び出したという感じで、脱然として爽快を覚えた。この日二回の排便があり、痔核脱肛の苦痛から全く解放された。
 大黄・芒硝を二・〇とし、大黄牡丹皮湯を一週間続けて廃薬した。その後痔疾が根治したわけではないが、日常生活に支障なきまでになっている。
(著者体験、漢方の臨床 二巻五号・六号、誌上診察室)


漢方治療百話 第一集 矢数道明著 医道の日本社刊
p.84
赤痢様疾患に現われた大黄牡丹皮湯証

患者は○門 ○ 四十一襲、強壮の男子。
初診は昭和十二年十二月十日であるから、既に二十数年前のことである。
既往歴は患者は生来強健で、陸軍予備少尉である。約七年外に強行なる登山を敢行して風雨に遭い、それが動機で左側滲出性肋膜炎を発し、私が治療の任に当たって非常に短時日の間に全快したことがある。以来すこぶる健康で棒軍事研究所に勤務している。
現在症は約一ヵ月前に肉類の過食によって腸加答児を起こす、二、三日休養したことがある。昨日の夕方、大好物のライスカレーが大変上出来だったので、心行くまで満腹して寝に就き、今朝再びその料理を満喫して出勤した。昼食前に胃部の不快を覚えたが、食堂において当日の定食アサリ飯を普通に平げたという。その時いかにも不快な思いがあったという。ところが午後三時になるとにわかに悪寒ゐ覚え、また割れるような頭痛、そのうてひどい嘔吐を数回繰り返した。顔面は蒼白、四肢厥冷し、悪寒冷水を浴びるがごとくで、医務室に引き籠って軽快を待ったが、嘔き気と胃部の不快はなお去らず、体温は急に三十九度一分に昇り、すぐには快癒の見込みがつかなくなった。眼窩は陥み、顔色は土のようで、口唇の色も全く消え、疲労困ぱいの態で、軍医に送られ自動社で帰宅した。軍医は病因、病名全く不明なりと告げて去ったという。
 初診当時、私が往診した時は、頭痛は大分落ち付いて来たというところであった。検温してみると依然として三十九度を越えている。脈は沈んでいて力強く、緊脈である。体温の割に数は多くはない。舌は白苔乾燥し、心下を按ずれば痛み嘔き気を催す。自ら腹痛はさほど感じない。帰宅後ヒマシ油を飲み、灌腸をしたそうで大便は二回あった。腹満は大して著明でない。私は急性食餌中毒の診断を下し、大勢は数日を出でずして快癒すべきものと予測した。
 私はまず差し当たって、「嘔止まず、心下急鬱々微煩」によって大柴胡湯を処方し、大黄一・〇とし、残毒一掃を企てた。ところが私が帰った後で、家人はヒマシ油はいくら与えてもよいとて再び大量のヒマシ油を与えたとのことである。ところが夜半二時になると果然腹痛がはげしく、血便を排出したので非常に驚いたが、熱は翌朝までに三十七度二分に下降した。
 翌十一日、発病二日目には、排便回数一時間に十数回で、一日中には実に七~八十回、数え難いほどの猛烈な下痢血便となった。同時に腹痛はなはだしく、あるいは生姜汁の腰湯を使い、芥子の温湿布等で裏急後重を凌いだ。私は午後往診して思わぬ悪性な血便に驚き、隔離消毒を行い、処方を本方芍薬湯に変じ、この方を二日服用してしかも血便が去らなければ入院の必要があることをさとした。(本方芍薬湯の処方 芍薬四・〇 黄連 黄芩 当帰各二・〇 桂枝 木香 檳榔 甘草 枳殻 各一・〇 以上一日量)
 翌十二日、第三病日、午前中往診、本方芍薬湯を昨日午後より三貼服用したところ、朝九時にはほとんど血便を認めず、やや普通便に近いものが出た。回数も一日中に八回となったので、私は心中快哉を叫んで、入院の必要なしとて辞去した。ところがその夜の十一時頃、血便少量を排出し、ひどい腹痛で、全身痙攣を発し、歯を喰い絞り、手をわなわなと震わせて、顔面蒼白、両眼つりあがり、冷汗をびっしょりと流し、脈も絶え、心臓が止まるかと思われたという。この恐怖すべき排便腹痛の後患者は気持よく寝入ったとのことである。発病以来三日間食事は番茶に林檎汁、玄米スーブだけにした。患者は林檎汁を飲むときは生きかえったように思うという。この日の夜からは黄芩湯加大黄とした。熱は全く平常に近い。
 翌十三日の午前九時に至って、患者は再び昨夜よりさらに猛烈なる腹痛とともに血便を少し出し、続いて真黒い便を認めた。この時は全く、四肢厥冷、心臓が破裂し、いまにも呼吸が止み、五臓が働きを休止してしまうかと思われたと述懐している。この日の排便回数は十二回、黒便と同時に魚脳のようなものを下した。脈は沈遅で力は相当にあり、舌は黄苔厚く、腹はやや陥没して来たが、底に拘攣緊張が強く抵抗がある。この日二度往診。夕方腹痛はだんだん減少の気味であったが、左臍傍を按ずると痛み、拘攣はなはだしく、大便時の腹痛よりも、小便渋痛で、尿意逼迫の苦痛が顕著となり、尿意を催してから排尿の始まるまでに十五分から三十分もかかり、その間患者はまことに地獄の苦しみで、全身に冷汗を流し、咬牙上吊の態である。
 「類聚方広義」の桃核承気湯条に
 「血行利せず、上衝心悸、少腹拘急、四肢窘痺、或は痼冷の者を治す。淋家少腹拘急結、痛み腰腿に連り、茎中疼痛、小便涓滴通ぜざる者、利水剤の能く治する処に非ず、此方を用ゆれば則ち二便快利、苦痛立ちに除く」
 とある。また「方輿輗」の痢疾門、桃核承気湯条に
 「痢疾腹痛甚しく、裡急後重常ならずして、紫黒色のものを下すは瘀血なり、此症桃仁承気湯に非ざれば功を立つること能はず、其質実を認めて、初中末を問わず、下り物の紫黒或は魚脳髄の如きを下すを此れ瘀血の所為なりと知つて此湯を用ゆべし」
 とある。この二条文に照らせばまさに桃核承気湯の世面の証に疑いなしと、すなわち本方を調剤、大黄の量一回一・〇瓦とした。ところがこの方を服すること三貼、翌日の小便渋痛の様は大効ありとも覚えない。例の大腹痛はないが、この小便時の苦痛はまたそれち匹敵する苦しみであるという。
 そこで私は少からず焦慮を感じていたが、たまたま所用あって大塚敬節氏に面会し、右の経過の大要を語ったところ、氏の言われるには「か改て痔疾肛門周囲炎を病むものがあり、激痛で数夜寝られず号泣していた。下焦の病毒閉塞緊迫し、その尿意を催して苦しむ様、あたかもこの患者によく似ている。本痔疾患者には大黄牡丹皮湯で大いに下したらその苦痛脱然として霧散したことがある。私は未だ痢疾に大黄牡丹皮湯を与えた経験はないが、異病同証で試みに本方で大いに下したらよいのではないか」とのことであった。それで大黄牡丹皮湯、大黄芒硝の量各二・〇瓦として二貼を与え、翌日の午後になったが未だ大効があったとも思えない。そこでついに大塚氏に往診をねがった。これは正しく実証であるから大いに下すほどよい。大黄、芒硝各五乃至六瓦とすればかえって苦痛は速かに治るであろうと。同時に下腹および肛門部、腰部を充分に温めさせた。懐炉がいちばん気持がよいという。すなわちその指示のようにしたところ、翌日小便時の不快は七割を減じ、二日にしてほとんど排尿は意のごとしという。本方を服して三日目には膿血全く去り、十八日には病苦一掃し食欲進み、二十日には全く普通便となった。食事も次第に普通食とし、二十六日、すなわち発病以来十八日目に起床出勤することができた。この激症十八日間の臥床呻吟にもかかわらず悠々闊歩して出勤しえて、その後なんら支障がなかったのはまことに幸というべきである。
 「漫游雑記」に
 「一医一男子の下痢に桂枝附子湯を与えて、下痢益々多く独嘯庵先生にはかる。先生其の脈腹を按じて、この証極めて附子に宜し。附子を与えて利止まざるの理なし。抑々附子の量如何と、一医毎貼或は六分或は七分と答えたるに、先生是れ過用其毒に耐えず、よろしく毎貼二分或は三分とすべしと。一医先生の言の如くして二日にして下痢止み数日にして平常に復した」
 というのがある。独嘯庵の言、大塚氏の言共にその軌を一にし、病状と薬量の間にはこのような微妙な関係があるのである。本患者の大黄牡丹皮湯は逆に大黄芒硝を各六瓦として初めて所期の効を得たのであった。
※『類聚方広義』の桃核承気湯条の「~苦痛立ちに除く」は、「~苦痛立どころに除く。」
 淋家=淋病の人。あるいは小便の出が細く、タラタラと長くかかる人。
  小便涓滴(しょうべんけんてき)=小便の出が悪く、したたること。

明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊 
p93
大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう) (金匱)

 処方内容 大黄二・〇 牡丹皮 桃仁 芒硝各四・〇 冬瓜子六・〇(二〇・〇) 大黄、芒硝の量は大便快通する程度に加減して用いる。

 必須目標 ①下腹部に化膿性の腫瘍、または凝結を認める(押えると劇痛を訴える) ②便秘 ③小便快通せず ④脉は遅緊脉 ⑤壮実体質 

 確認目標 ①脉は絶対数(さく)ではない。(もし数(さく)のときは陽証なら排膿散及湯、陰証なら薏苡附子敗醤散を考える) ②発熱 ③自汗出 ④悪寒 ⑤血便


 初級メモ ①本方の凝結は瘀血塊ではなく、腫痞である。その区別は、瘀血塊は押えても痛み左程強くないが腫物は押えると劇痛する。また血塊は触れてみると、皮膚と塊がハダハダの感じだが、腫物は塊と皮膚とが一体になって離れた感じがない(南涯説)。
 ②誰の説であったか、「瘀血に実熱が乗じると膿を生じる」と古人の書にあった。即ち本方の薬理がよくそれを示している(牡丹皮、桃仁は駆瘀血剤。大黄、芒硝は実熱を瀉す薬)
 ③急性虫垂炎に用いるときは、相当増量して頓服する方がよい。ただし初期であることが絶対必要である。

 中級メモ ①原典にある腸癰を腸内の化膿と狭く解釈せず、少腹内の腫物と広く採る方が応用が効いて便利である。そうすると腫痞の個所も虫垂炎のように右下腹に局限せず、下腹部の何処であっても良いことになる。
 ②化膿症に用いる場合、既に潰れて膿の出ているときは伯州散の兼用を考える。という説もある、ただし伯州散は陰証に用いる湿薬である点で少しためらいを感じさせる。
 ③鼓脹して青筋を現わす腹証は本方の適応証(静脉鬱血)が多い。
 ④本方と桃核承気湯の区別は、本方は小便快通せず、桃核承気湯は快通するの点にあり(浅田宗伯) また先述の腫痞と瘀血塊の触診でも区別出来る。また本方は桂枝ないため上衝がない。
 ⑤一般説に従って、目標に数脉は用いない、としたが南涯の説によると、たとえ 「洪数脉で膿すでに成る」場合でも膿潰していないときは本方を用い、膿潰した場合に限り薏苡附子敗醤散を与える、という。果してこの説が正しいかどうか不明だが、盲腸医師の異名ある安西安周氏の治験例をみても、どうも南涯説が妥当のようである。
 ⑥南涯「裏より内までなり。血滞って熱を作し、外に水ある者を治す。その症に曰く、小腹腫痞は水あるをもってなり。之を按じて則ち痛み淋の如くは血滞るなり。発熱自汗出る者は熱となす。この方鼓脹青筋出る者を治す、小便快利すれば則ち愈ゆ」。

 適応証 虫垂炎の初期。痔疾。化膿症(腹部が多い) 無月経による腹満(青筋鼓脹)。 淋疾。子宮及附属炎。


 類方 腸癰湯(集験方)
 本方より大黄、芒硝を去って、薏苡仁九・〇を加えた処方で、陽虚証体質の慢性盲腸炎に用いる。

文献 「大黄牡丹皮湯について」 竜野一雄 (漢方と漢薬 10、12、34。11、2、1。11、3.、19)
「大黄牡丹皮湯の腸癰における私考」 高橋道史 (漢方の臨床4、8、22)
「化膿甚しき盲腸炎治験」 多々良素 (同10、3、55)


副作用
 1) 重大な副作用と初期症状
   特になし
 2) その他の副作用
   消化器:食欲不振、腹痛、下痢等
   [理由]  本剤には大黄(ダイオウ)・芒硝(ボウショウ) が含まれているため、食欲不振、腹痛、 下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。 
  [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


 

2014年2月16日日曜日

柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)・柴胡清肝散(さいこせいかんさん) の 効能・効果 と 副作用

漢方一貫堂医学 矢数 格著 医道の日本社刊

第三節 解毒証体質
(一) 解毒証体質の定義および原因
 解毒証体質とは解毒剤、すなわち、四物黄連解毒剤によつて、もつぱら治療に当たる体質を言うのであつて、解毒なる冠詞は四物黄連解毒剤の解毒をそのまま転用したに過ぎないのである。解毒とはつまり毒を解くという意味である。しかし、その毒とはもちろん臓毒を指すのではなく、この場合は解毒剤によつて解くところの毒を言うのである。
 それならば、その毒とは何かというと、まず挙げなければならないものは結核性毒である。この結核性毒と解毒体質とは離れることのできない関係があるのであつて、総じて、結核性疾患に犯されやすい者はこの解毒証体質者であると言つてもよいのである。そしてこの解毒証体質者の幼年時の主(つかさど)る柴胡清肝散は、小児の大部分に与える必要のある薬方であつて、これは西洋医家が発表している小児期の肺結核の統計、すなわち、大部分の人間は小児期において肺結核を経過するという報告と期せずして一致しているのである。
 また、結核性体質を有する小児は、つねに風邪、気管枝炎、喉頭炎、扁桃炎、咽頭炎、鼻炎等の炎症性疾患に犯されやすいが、これらの疾患は柴胡清肝散によつて治療しているのである。また小児期にこの柴胡清肝散証の著明な者は、青年期に達すると荊芥連翹湯証となり、思春期における肺結核の起こりは、全部この解毒証体質者に見られると言つてもよく、しかも、この体質者は、青年期以降も肥満することなく、多少なりとも結核に対する危険を感ずるものである。
 以上の事実を帰納して考えると、解毒証体質の者は結核性毒を有するものと思われるのである。
 そのほかこの体質の者は、淋疾、耳鼻、痔、神経衰弱等の疾患に罹りやすく、これらの疾患は小児のいわゆる疳の病と言われる病気を初め、みな肝臓腫大を認めるものである。ゆえに、解毒証体質とは、肝臓の解毒作用を必要とするいろいろな体毒を持つている体質と見なすべきであろう。このようなときは、結核性疾患も、肝臓機能に関係のある場合は解毒剤を用うべく、また淋疾、痔疾、眼疾、神経衰弱、耳鼻疾患、咽喉部疾患等においても同様である。
 淋疾を治す竜胆瀉肝湯は、この解毒剤に利尿剤ならびに、さらに肝臓の薬剤を加味したものであり、蓄膿症、中耳炎を治す荊芥連翹湯は同様解毒剤に治風剤をつけ加えたものである。
 このように、解毒証体質は、その大部分は父母より遺伝され、年齢に従つて変化消長を来たすものである。すなわち、幼年期はその毒が最も強く、かつ大部分の小児に認められるものであるが、青年期に達すれば大多数は強健となり、そのうちの小数が依然として解毒証体質を持つていて、肺結核、肋膜炎等を病みやすいのである。さらに壮年期以降ともなれば、解毒症体質は少なくなり、結核に対する危険も青年期にくらべて緩和されるのである。これすなわち解毒証体質の消長を示すものである。
 さらに言えば、解毒証体質の変化とは、幼年期の解毒証体質は柴胡清肝散が主るものであるが、青年期となるとやや変化を来たして、荊芥連翹湯証となり、もはや柴胡清肝散の治すところではないのである。また、青年期、および、それ以後の解毒証体質には竜胆瀉肝湯を運用するので、このように年齢に従つてその徴候に変化を認めるのである。したがつて、解毒証体質は、さらに三つに分けて、柴胡清肝散証、荊芥連翹湯証、竜胆瀉肝湯証の三解毒証に分類されることになるのである。

(二) 解毒証体質
 瘀血証体質の顔色は比較的赤ら顔であり、臓毒証体質の者は白色であることが通例であるということは、すでに前記した通りであるが、この解毒証体質の者の顔色は、三解毒証とも一般に浅黒い皮膚の色を呈している。もつともその中には蒼白色から青黒色に至るまで、色度の深浅はあるが、総じて汚れた曇色の印象を受けるものである。また、骨骼は概してやせ型であり、筋肉型でもある。
 つぎに、三解毒証のそれぞれについて、その診法を述べ、三分類の概念を説明したいと思う。

柴胡清肝散証
 望診  小児の大部分は肺結核を経過するように、小児のほとんど全部はわれわれの言う柴胡清肝散証を呈するものである。小児の症候不明のうちに経過する者が多いと同様に、柴胡清肝散証を呈する小児もそれほど顕著な症候を呈するわけではない。ただそのわずかの者が著明な徴候を現わしてくるのであつて、そのような者は特に解毒証体質の強い小児である。ただし、その場合は結核性毒を意味するのである。ゆえに、このような小児は虚弱な者で、つねに風邪気味であり、気管枝炎、扁桃炎を発病しやすく、肺門淋巴腺肥大と診断される小児が柴胡清肝散証に相当するのである。また、風邪のあと中耳炎を起こしやすく、アデノイドを起こし易い。
 以上のような小児はたいてい青白い顔色か、まはた浅黒い者が多い。そして、体格はもちろんやせ型で、首が細く、胸が狭い。そのほか、顎下頚部淋巴腺腫大を認める者などは柴胡清肝散の投与を必要とするのである。
 脈診  小児の脈はあまり重要視することはできないが、原則としては緊脈である。
 腹診  柴胡清肝散の行く腹証は、腹診上、肝経に相当して緊張を認める。この肝経の緊張は肝臓の解毒作用の現われとしての一つの現象てあつて、解毒証体質と肝臓機能との関係を証明するものであるまた一般に、腹筋の緊張が強く、腹が軟かでない。また腹診をするとき、くすぐつたがる小児は柴胡清肝散証の強いものと思つてさしつかえなく、腹診時の腹壁の異常過敏性は解毒証体質者に特有であつて、柴胡清肝散証ばかりでなく、荊芥連翹湯証、竜胆瀉肝湯証などにも同様にこの現象を認めるものであう:

 柴胡清肝散証のかかり易い病気
 柴胡清肝散証の者のかかりやすい病気を挙げれば、結核性疾患-肺門淋巴腺肥大、頚部淋巴腺炎、肋膜炎、腎臓膀胱結核、扁桃炎、咽喉炎、鼻炎、アデノイド、中耳炎、乳様突起炎、神経質等であろう。

p.53
第三章 解毒剤
 解毒剤としてわれわれの用いる処方は柴胡清肝散、荊芥連翹湯竜胆瀉肝湯の三つがあるが、これらは何れも四物黄連解毒湯を基本としているから、まず四物黄連解毒湯について、その薬理を知らなければならない。
 四物黄連解毒湯四物湯黄連解毒湯の合方である。ゆえにわれわれはさらに本流にさかのぼつて、四物湯について、および黄連解毒湯についてそれぞれの薬理を各別に研究する必要があるのである。
 そこで、四物黄連解毒湯であるが、われわれの用いるものは、当帰、川芎、芍薬、地黄、黄連、黄芩、黄柏、山梔子、連翹、柴胡、甘草各二・〇等量で一日量である。
 黄連解毒湯
 黄連解毒湯は一言にして言えば三焦実火の瀉火剤である。「傷寒活人書」の傷寒門に、黄連解毒湯についてつぎのように記されている。
 「大熱止まず、煩燥、乾嘔、口渇、端満、陽厥極めて深く、蓄熱内に甚しく、及び汗吐下の後、寒涼の諸薬、其熱を退くこと能わざる者を治す」とあり、処方は、黄連二・〇、黄芩、黄柏、梔子各四・〇、柴胡、連翹各二・〇(回春)一日量。
 なお、内容の薬味については、
 黄連は心に入り、熱に勝つ、中焦の実火、脾胃の湿熱を瀉す。とあり、「万病回春」の諸病主薬の条に、心火を瀉すは須く黄連を主とすべし。とある。
 黄芩は、心に入り、熱に勝つ、中焦の実火、脾胃の湿熱を瀉す。とあり、「万病回春」の諸病主薬の条に、肺火を瀉すには須く黄芩を主とすべし。とある。
 黄柏は、足少陰腎経に入り、足太陽膀胱引経薬と為る。膀胱の竜火を瀉し、小便結を利し、腎の不足を補う。とあり、「万病回春」の諸病主薬の条に膀胱を瀉すには須く黄柏を主とすべし。とある。
 梔子は、苦寒、肺中の火を瀉し、其用四有り、心経の客熱を除く一なり、煩燥を除く二なり、上焦虚熱を去る三なり。風を治す四なり。とあり、
 柴胡は、少陽厥陰病之邪熱を平にする(すなわち肝、胆、心包、三焦)ものであり、「万病回春」の諸病主薬の条に、肝火を瀉すには須く柴胡を主とすべし。とある。
 連翹は、手の少陰厥陰(心、心包)気分に入りて火を瀉し、兼て手足少陽(三焦、胆)、手陽明(大腸)気分の湿熱を除く。とある。

 以上の説明によつて、黄連解毒湯は心、肺、肝、脾、腎、小腸、大腸、胆、胃、膀胱、心包、三焦の瀉火作用、言いかえれば、三焦の実火の瀉火剤であることがわかる。
 このように黄連解毒湯は実火のみに応用するので、虚火にはその一味といえども用いることを戒めている書もある。しかし、われわれがこの黄連解毒湯を多用することができるのは、四物湯を合方して四物黄連解毒湯とするからであるが、やはり虚火には用うべきではない。つぎに、黄連解毒湯はどういう病気に応用されるか、それを述べよう。
 黄連解毒湯は「傷寒活人書」の火証門に、「三焦の実火、内外皆熱し、煩渇、小便赤、口瘡を生ずるを治す」として芍薬を加え、脾火を瀉して口瘡を治する。とあり、
 「回春」の吃逆門に「傷寒伝経の熱証」に、医者誤つて姜桂等熱薬を用い、火邪を助け起こし、痰火相搏ちて欬逆を為す者。黄連解毒湯之を治す。」とあり、
 「寿世保元」の便血門に「臓毒下血は必ず糞後に在り。黄連解毒湯加槐花、細辛、甘草、連翹をして、八宝湯と名づく」とあり、
 「回春」の癲狂門に「喜笑休まざる者は、心火盛なるなり、黄連解毒湯加半夏、竹瀝汁、竹葉、姜汁少許にして笑即ち止む」とあり、
 「回春」の崩漏門に「婦人の血崩を治す。年四十以上、悲哀大に甚しく、則ち心悶え急、肺気挙焦して上焦通ぜず、熱気中に在り、故に血去りて崩れ、面黄飢痩のものは、燥熱の薬を服すべからす、蓋し血熱して流行す、先ず黄連解毒湯を以て、後凉膈散を以つて、四物湯に合わせ調理効あり、稍久しく虚熱に属する者は宜しく血を養いて火を清すべきなり。黄連解毒湯合四物湯之を治す。又温清飲と名づく」とあり、
 温清飲条に「婦人経脈往かず、或は豆汁の如く、五色相雑え、面色萎黄、腹刺痛し、寒熱往来、崩漏止まざるものを治す。」とある。
 この四物湯合黄連解毒湯がわれわれの言う四物黄連解毒湯であつて、その薬能は一言にして言えば、「血を養いて火を清す」ということになるのである。

 四物湯
 四物湯は「血を養い、血熱を冷まし、また血燥を潤す」の薬能を持つているが、以上の薬能は四物湯が肝に働いて肝血を和す結果に外ならない。
 「和剤局方」の補血門の四物湯条に、
 「肝脾腎血虚発熱し、或は寒熱往来、或は日晡発熱、頭目清からず、或は煩燥寝ねず、胸膈脹をなし或は脇痛むものを治す」とあり、四物湯の処方は白芍二・○、川芎三・〇、当帰、熟地黄各五・〇が一日量である。なお、四物湯
当帰は、心脾に入り、血を生ずとあり、
熟地は、心腎に入りて、血を滋すとあり、
白芍は、肝脾に入りて、陰を歛むとあり、
川芎は、心肝に入りて、血中之気を通じ行らす。
とある。そして、「当帰は君薬と為し、熟地は臣薬と為し、芍薬は佐薬と為し、川芎は使薬と為す」とある。
 また「万病回春」の怔忡門に「心中血養無し、故に怔忡を作す、四物安神湯之を治す」とある。
 そのほか、調経門に、血虚血熱、経調わざる者に四物湯が用いられるのを見ても、四物湯が養血して、血虚を治すことがわかる。また、四物湯が血熱を治すことは「万病回春」の発熱門に「昼静かに、夜熱する者は、此れ熱血分に在るなり、四物湯加知母、黄柏、黄連、梔子、牡丹皮、柴胡。昼夜俱発熱者此れ熱気血之分に在るなり、四物湯小柴胡湯に黄連、梔子を加う。」とあるところからも知られるのである。
 また、遺精門に、「夢遺精滑、肝腎虚熱に属する者、四物湯加柴胡、山梔、山茱萸、山薬之を治す。」とあつて、四物湯が肝腎を補うことがわかるのである。
 そのほか、血虚、血熱を原因と見て、四物湯加減を与えている病気を古書に拠つて列記してみると、
 中風門-血虚して左半身不逐、四物湯加釣藤、姜汁、竹瀝、之を治す。
 類中風門-血虚眩暈卒倒、加味四物湯之を治す。
 嘈囃門-思慮以て血虚を致し、五更時(暁け方)嘈囃、四物湯加香附子、梔子、黄連、貝母。
 吐血門-血熱して吐血す。加減四物湯之を治す。
 眩暈門-痩人血虚痰火頭眩、加味四物湯之を治す。
 小便閉門-年老の人、血虚して小便通ぜざるは、四物湯加黄耆之を治す。
 頭痛門-血虚、陰火沖上し、頭痛、加味四物湯之を治す。
 鼻病門-鼻赤の者、熱血肺に入り、酒皶鼻となるなり、清血四物湯之を治す。
 口舌門-口舌瘡を生じ、糜爛、或は晡熱、内容、脈数無力、此れ血虚有火、四物湯加白朮、茯苓、麦門、五味、牡丹、黄柏、知母。
 眼目門-四物竜胆湯血熱を冷ます。
 咽喉門-虚火上升して、喉痛む、加味四物湯之を治す。
 脚気門-脚気転筋者血熱なり、四物湯加黄芩、紅花。
 痿躄門-血虚痿躄、加味四物湯之を治す。
 消渇門-三消、血虚に属し、津液生ぜざる者は四物湯加減。
 崩漏門-血虚熱有りて崩血するものは、四物湯合黄連解毒湯
 帯下門-気血虚に属す、加減八物湯之を治す。
 小産門-産後腹痛、之を按じて、反て痛まざるは、此れ血虚なり、四物湯加人参、白朮、茯苓。
 産後門-悪血尽きず、昼は則ち明了、暮は則ち讝語、寒熱鬼を見る如く、此れ熱血室に入る。四物湯加柴胡。
 陰戸腫痛-血熱の然らしむるところなり。四物湯加梔子、柴胡、丹皮、竜胆。
 麻疹門-麻疹前後熱有り、潮退かざる等の症、四物湯加減。
 下疳門-腫痛、発熱、血虚して熱有るものは、四物湯加山梔、柴胡。

 以上で、四物湯ならびに黄連解毒湯の解説は終わつたが、この四物黄連解毒湯は「養血而清火」なる薬理作用のあることがわかつたたから、つぎに本論にもどつて、柴胡清肝散より順次説明することにしよう。

(一)柴胡清肝散
 柴胡清肝散は幼児期の解毒症体質を主宰する処方で、小児の病気の大部分はこの処方で治療に当つている。
 処方は、当帰、川芎、芍薬、地黄、黄連、黄芩、梔子、連翹、甘草、桔梗、牛蒡子、天花粉、薄荷葉各一・五、柴胡二・〇、大人一日量。本方は四物黄連解毒湯加桔梗、薄荷葉、牛蒡子、天花粉となる。

 桔梗は苦辛微温、肺に入りて熱を瀉す、兼ねて手少陰心、足陽明胃経に入り、気血を開提し、寒邪を表散し、頭目、 溢喉、胸膈滞気を清利す。とあり、「薬徴」に「桔梗は濁唾腫膿を主治するなり、旁ら咽喉痛を治す」とある。
牛蒡子は辛平上升、肺を潤し、熱を解し、結を散じ、風を除く、咽膈を利し、斑疹を消す。小便を通じ、十二経を 行らし、諸腫瘡之毒を散じ、凝滞腰膝之気を利す。とある。
天花粉は、津を生じ、火を降し、燥を潤し、痰を滑かにし、渇を解き、肌を生ず。膿を排し、腫を消し、水を行らし、経を通じ、小便利するを止む。とある。
薄荷葉は、辛温、賊風、傷寒、発汗、悪気、心腹脹満、霍乱、宿食消えざるを治し、気を下す。とあり、「明医雑著」の附方火証門の柴胡清肝散条に、「肝胆二経風熱怒火、頚項腫痛、結核消えず、或は寒熱往来、痰を嘔吐するものを治す、又婦人暴怒、肝火内動、経水妄行、胎気安からざる等の症を治す。」とある。

柴胡、黄芩、、各一匁三分、黄連、山梔子九分、当帰一匁三分、川芎七分、丹皮一匁三分、l以上一日三回量。

この柴胡清肝散から丹皮、升麻を除いた全部は我々の言う柴胡清肝散と同一である。
「外科枢要」の瘰癧の項、柴胡清肝散について、
「鬢疽及肝胆三焦風熱、怒火之症、或は項胸痛を作し、或は瘡毒発熱を治す。」
柴胡一匁六分、黄芩、人参、川芎各一匁一分、山梔子一匁六分、連翹、桔梗各九分、甘草六分。とある。

この処方は我々の柴胡清肝散より人参を除いてみな含まれている。前記二処方の解説によつて、一貫堂では我々の言う柴胡清肝散の薬能とし仲、肝胆三焦之風熱を治し、頚項腫痛、結核を消散する。ことがわかる。
 鬢疽とは「瘍科鎖言」によると「鬢疽は鬢に生じ、初起熱劇焮痛、或頭眩或煩燥、其色紫黒になる也。甚しきは頚辺も腐り及ぶ、是必死也。軽症は熱も痛も格別なきなり。大抵形は癤に似たれ共、又腫物のように膿をなさざる也。且此症は至つて稀なるもの也。」
とあつて、頚部の悪性腫物なることが知られる。「外科正宗」にはおよび耳病の治療法として柴胡清肝散をあげているが、「外科正宗」の柴胡清肝散は前記二方とやや処方を異にしており、我々の言う柴胡清肝散と非常によく似ている。
 柴胡、川芎、芍薬、地黄、柴胡、黄芩、梔子、天花粉、防風、牛蒡子、連翹、甘草以上十二味。
 すなわち、同方から防風を去つて桔梗、黄連、黄柏、薄荷葉を加えたものがわれわれの柴胡清肝散である。したがつて、以上三方の合方によつて、我々の柴胡清肝散の全体をうかがい知ることができるのである。すなわち、柴胡清肝散は肝、胆、三焦経の風熱を治すことになるので、この三経絡は、喉頭、頚部、耳前耳後耳中を経絡するので、柴胡清肝散が、これらの部分の病気に応用される理由もはつきりする次第であり、小児期の解毒証体質者は概してこの部分の病気に犯され易く、したがつて、柴胡清肝散が小児期の解毒証体質を主宰することになるのである。
 なお、一貫堂では、 この柴胡清肝散服用によつて、小児の解毒証体質を改変し、これらの軽気にかかることから解放されるという光明を見出すことができるのである。

p.109
第三章 解毒剤
第一類 柴胡清肝散

感冒
 柴胡清肝散はもちろん純粋の感冒薬ではない。しかし、前に記したように、小児の解毒証体質者は、体質上感冒にかかりやすく、したがつて、この体質者にとつては感冒薬よりも感冒予防薬を論じる方がより必要なことであろう。森道伯先生が、この小児の解毒証体質者に柴胡清肝散を与えた理由は、じつにこの体質者を向上させて、後ちに肺結核を起こす余地を与えないようにと考えられたにほかならないのである。
 解毒証体質者は風邪にかかり、扁桃炎を併発し易く、また気管枝炎も容易に起こすのである。ゆえに、このような体質の者には、感冒が治つたあとも、この柴胡清肝散を服用させてこれらの病気を起こさせないように努めなければならない。その意味でわれわれはかなりの成績をあげているのである。

発熱
 発熱を起こす病気は、小児の場合は非常に多いが、柴胡清肝散を用いて治る発熱はわれわれの称している疳熱というものである。
 この疳熱とは言いかえれば、結核性熱で、西洋医学の腺熱である。解毒証体質者は結核性疾患におかされやすく、小児の大部分は肺結核を経過するから、臨床上小児の発熱をよく見るのである。発熱の高いものは四十度にも達するが、柴胡清肝散の服用によつて数日のうちに平熱に復することが多い。

疳疾
 疳疾の定義はいろいろあつて、治療漢も多くの方法があるが、大別すると、その一第類は、神経質の小児で、俗に疳がつよいと言われているものである。
 第二類は小児で、生米とか泥、炭などの異食をしたがる者で、やせていて、腹部だけが大きい者、これは俗に脾疳と言われ、また寄生虫も合併し、疳のむしともいわれているものである。
 第三類は小児の結核性腹膜炎およびその他の結核を指して疳労と言つているものである。
 疳疾というと元来五疳といつて五つに区別されているが、以上の三通りに解決するのが便利であろう。そしてわれわれの言う柴胡清肝散はこの第一類、第三類の疳疾にに対して与えられるのである。

 俗に疳がつよいといわれる小児の神経質は、青春期に達するといわゆる神経衰弱症となるので、これも解毒証体質者に特有である。ゆえに小児期の神経質には柴胡清肝散を用い、青年期の神経衰弱擦には荊芥連翹湯を用いる理由もわかるのである。
 なお、第二類の脾疳は消食、殺虫剤を与えるべきである。また第三類のうち、柴胡清肝散を用いて効を収めるのは、腹膜炎の初期だけであつて、蜘蛛のような腹状を呈する者には施すすべがない。

麻疹
 麻疹の初期は感冒と区別が困難の場合もあるが、升麻葛根湯を与えておけば、麻疹は遺憾なく発疹して、内攻の心配はない。そして発疹後は、われわれは柴胡清肝散で解毒するのである。なお、麻疹と結核とは密接な関係のあることは、西洋医学においても証明されるところであって、したがつて、麻疹経過中、柴胡清肝散によつて解毒処置を施しておくところに、森先生が結核に対して深い注意を払つておられたことを知るのである。この方法によれば麻疹の治療としてはまず完全であると言えよう。また、麻疹の内攻による肺炎にも柴胡清肝散を用いることがあり、水痘にも発疹後は柴胡清肝散を用いてよい。麻疹内攻には二仙湯が神効を奏す。

瘰癧
 柴胡清肝散は瘰癧門の処方であるから、瘰癧に用いて効あることはもちろんである。殊に小児瘰癧は大人のそれのように頑症ではないから、あえてレントゲン療法の必要はなく、かえつてそれは有害とも思われ、そのような場合はまず柴胡清肝散を用いて体質改善をはかることが大切である。

耳病
 柴胡清肝散は中耳炎を治す処方であるが、中耳炎を病み易い小児に常用させると中耳炎を起こさないという報告も数多く出ている。

淋証
 赤白淋すなわち結核性腎臓炎ならびに膀胱炎は、解毒証体質者に多く来るもので、特に肋膜炎、肺尖カタル経過中に起こることが多い。そして、柴胡清肝散加阿膠によつて軽快するもの、またまれには全快する小児も多数ある。
 また青年期に至つてもこの病気を病む者は依然柴胡清肝証を呈する者が多く、したがつて、上記の処方をこの時期にも用いることとなるのである。

p.150
口舌潰瘍
 患者は大〇勝〇、一五才、男子。
 舌下面に指頭大の潰瘍があり、糜爛、陥没し、周囲は紫色に腫張、一見して癌の潰瘍面を思わせる。患者は半年近く洋医の治療を受けていたが、治効無しとして来院した。
 診ると、脈は緊、肝実で、腹は硬満して感る。舌は灰白苔を帯び、口中粘り、口臭甚だしく、食欲はあるが、食事をとることが非常に困難だという。これに解毒証体質と見て柴胡清肝散を与え、服薬三ヵ月にて潰瘍はほとんど快癒した。


p.151
腺病性体質(虚弱性体質)
 患者は大〇剛、五才、男子。
 和昭三十六年二月五日初診。
 患者は満五年にて言語障害、発語不能となり、自力では歩行できず、わぐかに他力によつて歩行しうるという状態である。
 体格、栄養ともに不良で、顔面は蒼白、皮膚は非薄で、一見小建中湯証を思わせる。
 診ると、頸部および顎下に無数の鳩卵大から大豆大の淋巴腺腫を認め、脊柱はくの字に彎曲し、臀部は左側に突出し、一見その奇形は人目を引くほどである。
 腹診すると、腹部は膨満し、肝臓、脾臟の腫れも大きく、塊状に触れる。
 そこで、これは柴胡清肝散証に虚の加わったものと考えて、薬方は、柴胡清肝散と補中益気湯の合方を考えた。
 服薬五ヵ月にて頚部淋巴腺の腫脹、腹部の膨隆腫塊はともに漸減し、同時に一方、食欲増進、体格、栄養ともに良好となり、肥満してきた。以来二年長、一日の服薬を怠らずつづけたため、昨今は言路も明瞭となり、脊柱の弯曲、臀部の突出も正常の状態となり、本年四月より幼稚園に入ることができた。
 これは解毒証体質に対する柴胡清肝散の顕著なる治効を認めた特記すべき例であつた。

精神異常(精薄児)
 患者は小〇〇子、七才、女。
 生後四ヵ月にて肺炎にかかり、昨年四物、精薄児として学園に入園、二ヵ月後に性格異常児として精神病院に入院した。しかし、鎮静剤の多用により病状ますます悪化せりとて来院した。
 大、小便はたれ流し、よだれもたれ放題、目はおぼろにかすみ、親を見ても笑う勇気させなく、この世の人とも思われない状態で、新薬の恐ろしさを知つたと言う。
 昭和三七年二月一四日、初診。
 体格、発育、栄養ともに不良。気持落ちつかず、不眠、食欲不振に悩み、下痢は一日二、三回。
 診察する間も両手を振り、両足を動かし、首を振り、瞬時も落ちつかず、身をもがき、唾を吐きかけて診察も困難を感ずるほどである。心下痞硬し、腹は硬満している。解毒証体質として、柴胡清肝散を与えた。服薬一ヵ月にして精神状態は平静となり、別人のようになつ来たという。その母親の書信に依ると、
 「近ごろは女の子らしいやさしう態度になつて来たのをまず嬉しく思います。逢う人々からも、顔つきが以前にくらべてずつとやさしくなり、一段と美しくなつたと、よく言われます。親の欲目か、普通の子供よりもかわいい顔、そして利口そうな目なざしなので、なんとしても、あきらめきれない思いです。性格異状児と言われ、精神病院に入れられたのが、今となつては不思議なぐらいに落ちついて参りました」云々とあり、その治効ぶりがよくうかがわれた。これはまさに柴胡清肝散の正証と思われた。

先天性心臓弁膜症
 患者は横〇順、二才、男子。
 高度のの心臓弁膜症にて、啼泣するとほとんど呼吸が止まり、失神状態となる。小児科病院に長らく入院加療していたが、病状増悪、たえず失神症状をくり返すので、その苦悶の状視るに忍びず来院したという。聞くところによると、病院ではただ強心剤の注射をするだけで、手の施しようもなく、ただこれを見守るのみであつたという。
 診ると、顔面は高度のチアノーゼの呈しており、浮腫があり、眼球は突出し、泣かんとするも声がかすれて出ない。腹部全体に硬満し、高度の肝脾の腫大を認めた。
 本患部に対し、対証の剤を用いず、解毒証体質として直接柴胡清肝散を与えた。
 服薬十日にて呼吸困難は軽減し、失神の発作も遠ざかり、顔面の株腫、チアノーゼも減少し、意外の顕著な治効に一驚したほどであつた。この患者の両親はともに大学出のインテリで、漢方に対してはむしろ不信の念を抱いたのであつたが、祖父なる人の懇望に応えて投薬、著効を奏したので、その両親を初めて態度を改めたという次第であつた。その後この子供は心弁膜症そのものは治らないにせよ、その症状はほとんど消失し、スクスクと発育生長し、現在は、一見普通の小児と何ら変わるところのないほど元気で遊びまわつてい音¥
 この例め、一貫堂医学流に体質的に診て方剤を短刀直入に用いて治効を収めえた例で、そこに限りなき妙味を味わつたものである。



『漢方一貫堂の世界 -日本後世派の潮流』 松本克彦著 自然社刊
p.175
柴胡清肝散と竜胆瀉肝湯
  柴胡清肝散
 この方は小児期における体質改善薬として小柴胡湯に通じるともいえるが、結核全盛時代の一貫堂で頻用されていたとして有名な処方である。しかし同名の処方が多く、原典となるとなかなか分かりにくい。
 しかし矢数格先生が掲けでおられるこの方名の原典として、一番古いものは王綸(一四八八-一五〇五?・明)の『明医雑著』である。即ちその附方、火証門の柴胡清肝散条には、
 「肝胆二経の風熱怒火、頸項腫痛、結核消えず、或は寒熱往来、痰を嘔吐するものを治す。また婦人暴怒して、肝火内動し、経水妄行、胎気安からざる等の症を治す」
という条文で、
 「柴胡、黄芩各一匁三分。黄連、山梔子九分。当帰一匁三分。川芎七分。丹皮一匁三分」
とあるとのことで七味からなり、これがそもそもの原型かと思われる。
 この王綸という人は、明代でも比較初期の人であるが、『中国医学史略』の彼の著書『本草集要』についての解説があり、「本草及び東垣、丹渓の諸書にとり、参互考訂してその繁蕪(雑)を刪(けず)り、その要略を節して成す」とあるように、やはり李朱学派の影響を強く受けた人と思われる。
 しかし『古今方彙』にはこの処方は見当らず、その瘰癧門には、別の同名処方が載っている。
即ち、
 「柴胡清肝散(外科枢要)
 鬢疽(びんそ)および肝、胆、三焦の風熱、怒火の症、或いは項胸痛をなし、或は瘡毒発熱するを治す。柴胡二銭半。黄芩、人参、川芎各一銭半。山梔子一銭半。連翹、桔梗各八分。甘草三分。水煎」
で八味からなっている。
 この『外科枢要』は、薛己または薛立斎(一五〇六~一五六六・明)の著作で『万病回春』よりやや古く、『明医雑著』よりやや新しい。ところでこの薛己という人は、『外科枢要』以外にも薛氏一六種といわれるように、多くの著書と共に先人の著作についての解説書も多く、この中には先に述べた王綸の『明医雑著』も含まれている。即ち当然この柴胡清肝散という方名は、王綸から引きついだと思われ、これをその条文に基づいて、火証門から瘰癧門に移したと思われるが、この際内容に工夫を加えて八味とし、これがそのまま『古今方彙』に引き継がれたようである。
 ところが道伯が清熱剤の範として取り上げたのは、これらいずれでもなく、矢数格先生が指摘しておられる通り、さらに後になる明末の陳実功(一五五五~一六三三)が著した『外科正宗』鬂(鬢)疽門に挙げられている柴胡清肝湯のようである。
 鬢疽がどのような疾患に当るのかはよく分からないが、鬢というのは耳際の髪のことで、本文に、
 「男子これを患うこと五日、項高く根、銭の大いさの如く、形色紅活なるは、これ肝経の湿熱患(わずら)いを為す。
 麻子(大)の大艾を用い、炙すること七壮、梔子清肝湯二服をもって騰勢は佇止(ちょし)(たち止まる)す。蟾酥(せんそ)膏をもって灸上に貼り、更に柴胡清肝湯をもって白芷、黄耆、天花粉を加えて数服、膿潰(つい)え、腫消えて、半夏にして収斂す」とあり、後頸部の腫れ物で、結核性のものも多かったと思われるが、この後に、
 「柴胡清肝湯
 鬢疽の初期、未だ(膿)成らざるもの、陰陽表裏を論ずることなく、ともにこれを服すべし。
 川芎、当帰、白芷、生地黄、柴胡、黄芩、山梔子、防風、天花粉、牛蒡子、連翹、甘草節各一銭。
 水二鐘(升)八分にて煎じ食を遠ざけて服す」
と一二味の処方が掲げられている。ただ前二方が柴胡清肝散であったのに対し、ここでは柴胡清肝湯と改められているのである。
 またこの書では耳病門も、
 「……実火の耳根、耳竅ともに腫れ、甚しきときは寒熱交(こもごも)おこりて疼痛時になし。柴胡清肝湯、宜しくこれを治す」
とその応用が広げられているが、やはり方名は湯となっており、この処方が、一貫堂の加減方に一番近い。即ち一貫堂の加減方を柴胡清肝散と呼ぶべきか柴胡清肝湯と呼ぶべきかという問題で、その源流に従えば散と呼ぶのがよく、直接の原方をとれば湯というのが適当ということになる。
 それはともかく、一貫堂はこの処方から、まず辛温解表の防風を去り、これに黄連、黄柏を加えて黄連解毒湯とし、さらに薄荷と桔梗を加えて、一連の清熱解毒剤の一つとしての形を整えたのであろう。最終的には、
  黄連解毒湯……………清熱解毒
  四物湯…………………柔肝養血
  柴胡、薄荷、連翹………辛涼解表
  天花粉、牛蒡子、桔梗…消腫排膿
  甘草……………………諸薬調和
という構成で、荊芥連翹湯に比して解表薬は半減し、解表剤としての性格は薄くなる一方、天花粉、牛蒡子を加えることによって袪痰の作用が強められている。またこの両者の帰経はともに肺、脾で、これらが柴胡、連翹の心・胆に対する形となっており、中島先生の「中(うち)に和す」とは、結局は心・肺・胆・胃の調和に結びつくようである。
 ただ中島先生は「子供には小柴胡湯か柴胡清肝散が飲みやすくて宜しい」といわれながらも、使っておられるのを見たことがない。私が通った時期には小児患者が少なかったこともあろうが、一般に中島先生は小児に対しては瀉法を避けられ、補法和法を主に考えられる傾向があり、このことを思い合わせるとこの証の小児に対しては、前に紹介した四補湯や表裏和解の桂枝湯と袪痰の二陳湯との組み合せである分心気飲或は小柴胡湯にも比すべき参蘇飲等を適宜組み合せて使っておられたような気がする。
 ところで、私は不肖の第子ということになるのだろうが、近年この処方を愛用している。というのは我々の所に漢方の勉強に来ておられたある先生のお嬢さんが顔に湿疹ができ、年頃のこととて困っておられ、あれこれエキス剤を試みたがどうしても治らないといわれるので、ふと思いついてこの方に十味敗毒湯を合せてすすめてみたところ、間もなくすっかりきれいになった。これに味を占めて、以後多くのアトピー性皮膚炎に十味敗毒湯消風散と合せて試みてみたが誠に効果的で、瞑眩といわれる一時的に悪化する現象も少ないようである。さらにまた、最近青少年によく見られる慢性の鼻炎にも、苓桂朮甘湯葛根湯あるいは辛夷清肺湯を合せて用いると、よい結果が得られることが多い。鼻には荊芥連翹湯というのが常法であろうが、小児のアレルギー体質や、試験勉強で頭に血がのぼって鼻がつまるといった背景がある場合は、この方が適応することも多くまた両者を合方して用いてもよい。いずれも最近エキス剤で出ているので一度試みてみられたい。
 昔結核体質といわれた子供達は、現今では形を変え、さまざまなアレルギー性疾患に悩まされているようで、これに対して小柴胡湯でももちろんよいのであるか、炎症反応が強い場合には本方が再び活用されよう。要は両者の長所、特色を考えて使い分けることが肝要である。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.194 小児腺病体質・肺門結核・扁桃炎
47 柴胡清肝湯(さいこせいかんとう) 〔一貫堂方〕
 柴胡二・〇 当帰・芍薬・川芎・地黄・黄連・黄芩・黄柏・山梔・連翹・桔梗・牛蒡子・天花粉・薄荷葉・甘草 各一・五

 右は一貫堂の経験方で、森道伯翁の蔵方である。外科枢要の瘰癧門の処方は、
   柴胡四・〇  黄芩・人参・川芎・梔子 各三・〇  連翹・桔梗・ 各二・〇  甘草一・〇
である。

応用〕 小児腺病性体質の改善薬として、外科枢要の処方に加味し、森道伯翁が頻用したものである。
 本方と主として小児腺病体質の改善薬として用いられ、肺門淋巴腺腫・頸部淋巴腺腫・福性扁桃炎・咽喉炎・アデノイド・皮膚病・微熱・麻疹後の不調和・いわゆる疳症・肋膜炎・神経質・神経症等に応用される。


目標〕 外科枢要の主治にあるように、肝・胆・三焦経の風熱を治すといって、この三経絡は咽喉・頸部・耳前・耳後・耳中を経絡するもので、これらの経絡に生じた風熱、すなわち炎症を治すものである。

 一般に痩せ型、または筋肉型で、皮膚の色は浅黒く、あるいは青白いものもあるか台、汚(きた)なくくすんでいるものが多い。腹診上では両腹筋の緊張があり、肝経に沿って過敏帯を認め、腹診すると、くすぐったいといって笑い、腹診のできないものが多い。

方解〕 四物湯黄連解毒湯の合方に、桔梗・薄荷・牛蒡子・天花粉(瓜呂根を用いてもよい)を加えたものである。温清飲は古きなった熱をさまし、血を潤し、肝臓の働きをよくするものである。桔梗は頭目・咽喉・胸膈の滞熱を清くし、牛蒡子は肺を潤し、熱を解し、咽喉を利し、皮膚発疹の毒を解す。天花粉は津赤を生じ火を降し、燥を潤し、腫れを消し、膿を排すというものである。

加減〕 明医雑著附方、火証門の柴胡清肝散は肝胆二経、風熱怒火、頭項腫痛、結核消せず、あるいは寒熱往来、痰を嘔吐するを治す。また婦人暴怒、肝火内に動き、経水妄行し、胎気安からざるを治す。
   柴胡五・〇 黄芩・牡丹皮・当帰各三・〇 黄連・川芎・山梔・升麻各二・〇 甘草一・〇
「此方ハ口舌唇ノ病ニ効アリ。柴胡、黄芩ハ肝胆ノネライトシ、升麻、黄芩ハ陽明胃経ノ熱ヲサマシ、地黄、当帰、牡丹皮ハ牙齦ヨリ唇吻(シンブツ)(くちびる)ノ間ノ血熱ヲ清解シ、瘀血を清散ス。清熱和血ノ剤ニシテ、上部ニ尤モ効アルモノト知ルベシ」と勿誤方函口訣にある。
 

主治〕  
 外科枢要(瘰癧門)には、「鬂(ビン)(鬢)疽(ソ)及ビ肝胆三焦、風熱怒火ノ症、或ハ項胸痛ミヲ作シ、或ハ瘡毒発熱スルヲ治ス」とあり、
 漢方後世要方解説には、「此方ハ主治ノ如ク、頸部淋巴腺ヲ治スノガ本旨デアルガ、小児ノ腺病体質ニ発スル瘰癧、肺門淋巴腺腫、扁桃腺肥大等、上焦ニ於ケル炎症充血ヲ清熱、和血、解毒サセル能ガアル。腺病体質ハ多ク父母ノ遺毒ヲウケ、肝臓ノ鬱血ヲ来シ食物ニ好キ嫌イガアツテ、神経質デ発育ガ障害サレル。本方ヲ続服シテ体質改善ヲ図ル」とある。

鑑別
 ○小柴胡湯 69 (小児腺病体質・胸脇苦満、本方は腹直筋緊張)
 ○小建中湯 68 (小児腺病体質・虚証、腹筋薄く緊張)


参考
 矢数格著「漢方一貫堂医学」に詳述されている。


治例
 (一) 口内潰瘍
 一五歳の男児。舌の下面に指頭大の潰瘍があって、糜爛し陥没し、周囲は紫色に腫張している。いかにも瘡の潰瘍面のように見える。半年近くも専門の治療をうけているが治らない。脈は緊で、腹部は充実し、肝臓部が堅く触れ、口中粘り、口臭がひどい。食欲はあるが、潰瘍のため摂取困難である。体質的に柴胡清肝散を与えたところ、三ヵ月でほとんど治った。

(矢数格、漢方一貫堂医学)

 (二) 精薄児
 七才の女児。精薄児として学園に入り、二ヵ月後に性格異常児として精神病院に入院させられた。鎮静剤の多用によりかえって病状が悪化し、大小便はたれ流し、よだれは流れるにまかせ、眼光呆然として、この世の人とも思われぬ状態であった。

 体格栄養とも不良で、気分落ちつかず、不眠と食欲不振、下痢二~三回、診察しようとすると手足を振り動かし、首を振り、身をもがき、唾を吐いて診ることができない。辛うじて腹を診ると硬い。
 体質的に柴胡清肝散を与えたところ、一ヵ月後より効果顕著で、その後母親の手紙によると普通の児よりも可愛くなり、利口そうになって、服薬前のことを思うと夢のようであるといつ言てきた。
(矢数格、漢方一貫堂医学)



明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.74
柴胡清肝散(さいこせいかんさん)(湯) 一貫堂家方

 処方内容 柴胡二・〇 当帰 芍薬 川芎 地黄 黄連 黄芩 黄柏 梔子 連翹 桔梗 牛蒡子 括呂根 薄荷 甘草各一・五(二三・〇)
  必須目標 ①るいれき ②腺病体質 ③発育遅い。

 確認目標 ①食物に好嫌多い ②気ままな性格。

 初級メモ ①薛立斎の原方を森道伯氏(矢数道明氏の師)が改良された処方で、温清飲を起点とする一連の体質改善剤の一つである。

 ②矢数道明氏清「頸部淋巴腺を治すのが本旨であるが、小児腺病体質に発するルイレキ、肺門淋巴腺腫、扁桃腺肥大等の上焦に於ける炎症充血を清熱、和血、解毒せしめる能がある」と述べておられる。ここに“上焦に於ける”と限ってあるのは、もし下焦なれば竜胆瀉肝湯を暗示しているのである。


 中級メモ ①同名異方に銭田流の柴胡清肝散(柴胡 黄芩各四・〇 地黄三・〇 黄連 山梔子 升麻 甘草 川芎各二・〇 当帰 牡丹皮各三・〇(二七・〇)がある、薬味に共通したものが多く混同し易いが、これは口内炎の治療に用いる薬方である。


 適応証 肺門淋巴腺炎。扁桃腺肥大。るいれき。アドノイド。上部湿疹。

 文献 「漢方一貫堂医学」矢数格(医道の日本社) 柴胡清肝散、竜胆瀉肝湯防風通聖散など一貫堂家方について詳細に解説されている。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会
29.柴胡清肝湯(さいこせいかんとう) 寿世保元,一貫堂
  当帰1.5 芍薬1.5 川芎1.5 地黄1.5 連翹1.5 桔梗1.5 牛蒡子1.5 括呂根1.5 薄荷1.5 甘草1.5 黄連1.5 黄芩1.5 黄柏1.5 梔子1.5 柴胡2.0


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 虚弱体質,腺病体質,貧血性など抵抗力の減弱したものに伴う諸症に応用する。
 本方は小児の腺病体質や結核にかかりやすい虚弱な体質の改善薬として有名なもので,体質はヤセ型,顔色は青白いか浅黒いものが多い。このような体質者は,カゼ引きやすく常にかぜ気味で,気管支炎,扁桃腺炎,中耳炎などを起こしやすく風門淋巴腺肥大や無力性体質のものなどを対象に,本方を応用する機会が多い。また虚弱な小児の湿疹で分泌物が多く,痒みの著しいものに効果がある。本方適応症と柴胡桂枝干姜湯とは,虚弱な体質とそれに伴う諸症で類似するが,本方には口乾や軟便下痢,胸腹部の動悸がない点で区別すればよい。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○浅田宗伯の口訣では「この処方は口舌,唇の病,歯,歯齦の炎症によい清熱和剤の剤で,身体上部に最も効のあるものだ。」とう。百々漢陰の口訣では頸部リンパ腺炎で,発熱,頭痛し,なかなか化膿しないものによく,また肝火の頭痛ことに片頭痛に効く,こういう頭痛は上逆強く,歯齦や耳の方へ痛みが連なるものでこの方や梔子清肝湯がよい。



漢方処方解説〉 矢数道明先生
 小児腺病体質の改善薬として,外科枢要の処方に加味し,森道伯翁が頻用したものである。外科枢要の主治にあるように肝,胆,三焦経の風熱を治すといって,この三経絡の咽喉,頸部,耳前,耳後,耳中を経絡するもので,これらの経絡に生じた風熱,すなわち炎症を治すものである。一般に痩せ型,または筋肉質で,皮膚の色は浅黒く,あるいは青白いのもあるが,汚なくくすんでいるものが多い。腹診上では両腹直筋の緊張があり,肝経に沿って過敏帯を認め,腹診すると,くすぐったいといって笑い,腹診のできないものが多い。




『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊

p.38 瀉火の剤 腺病体質改善、肺門淋巴結核、扁桃肥大症、瘰癧

方名及び主治 二四 柴胡清肝湯(サイコセイカントウ) 一貫堂経験方

○ 鬂疽(ビンソ)及び肝胆三焦、風熱怒火の症、或は項胸痛みを作し、或は瘡毒発熱するを治す。(外科枢要、瘰癧門)
〔原方〕柴胡四 黄芩 人参 川芎 梔子各三 連翹 桔梗各二 甘草一
処方及び薬能柴胡二 当帰 芍薬 川芎 地黄 黄連 黄芩 黄柏 梔子 連翹 桔梗 牛蒡 花粉 メンタ 甘草各一・五
 黄連解毒湯=三焦の実火を瀉す。
 四物湯=血熱を凉まし、血燥を潤す。
 桔梗=膿を去り咽喉腫痛を治す。
 牛蒡=結を散じ、咽喉を利し、腫瘡の毒を散ず。
 天花=膿を排し腫を消す。
 メンタ=気を下す。
 
解説及び応用○ 此方は主治の如く頸部淋巴腺炎を治すのが本旨であるが、小児腺病体質に発する瘰癧、肺門淋巴腺腫、扁桃腺肥大等上焦に於ける炎症充血を清熱、和血、解毒せしめる能がある。腺病体質は多く父母の遺毒を受け、肝臓欝血して、食物に好嫌あり、神経質にして発育が障碍される。
本方を続服して体質改造を図るときは諸淋巴腺の疾患を治し、結核の予防治療に効がある

応用
 ① 小児腺病体質改造、② 肺門淋巴腺炎、③ 扁桃腺肥大、④ アデノイド、⑤ 瘰癧、⑥ 麻疹後解毒、⑦ 皮膚病。


※処方及び薬能の花粉は、天花粉の誤りと思われる。



和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
柴胡清肝湯(さいこせいかんとう) [一貫堂]

【方意】 上焦の熱証燥証による上腹部知覚過敏・皮膚浅幸色等と、上焦の熱証による精神症状としての感情不安定・易驚・多怒等のあるもの。
《少陽病.虚実中間証》
【自他覚症状の病態分類】

上焦の熱証・燥証 上焦の熱証による精神症状

主証
◎上腹部知覚過敏

◎感情不安定
◎易驚 ◎多怒





客証 ○皮膚浅黒色
  皮膚枯燥
  化膿傾向
○胸脇苦満
○心下痞硬
○口苦 口粘 口燥
  口内潰瘍
  食欲不振
  神経過敏
  不眠
  我儘
  筋緊張亢進
○顔面蒼白
  瘦身



 


【脈候】 弦やや弱。

【舌候】 乾湿中間で微白苔。

【腹候】 腹力やや軟。腹直筋の異常筋張があり、時に胸脇苦満や心下痞硬を伴う。

【病位・虚実】 上焦の熱証が中心的病態であり少陽病となる。脈力および腹力より虚実中間である。

【構成生薬】 柴胡2.0 当帰1.5 芍薬1.5 川芎1.5 地黄1.5 連翹1.5 桔梗1.5 牛房子1.5
        栝呂根1.5 薄荷1.5 甘草1.5 黄連1.5 黄芩1.5 梔子1.5 黄柏1.5


【方解】 黄連・黄芩・黄柏・梔子は黄連解毒湯であって、心下の熱証と、これより派用する精神症状を主る。柴胡は胸脇の熱証と、これより派生する精神症状に対応し、薄荷の清涼・発散・解毒作用も気の鬱滞に有効である。柴胡・薄荷の組合せは黄連解毒湯と共に上焦の熱証に対応し,解毒作用を増強する。桔梗・連翹・牛房子には排膿・解毒・解熱作用があり、栝呂根の清熱・滋潤・排膿作用もこれに協力する。当帰・芍薬・川芎・地黄の四物湯は血虚・皮膚枯燥を主り、皮膚浅黒色に有効であるが、本方意には血虚はほとんどみられず上焦の熱証が中心をな成ている。甘草は諸薬の作用を調和し補強する。本方は温清飲加味方であり熱証と共に燥証も存在する。


【方意の幅および応用】
 A 上焦の熱証燥証:上腹部知覚過敏・皮膚浅黒色・上焦の化膿傾向を目標にする場合。
   急慢性副鼻腔炎、扁桃炎、扁桃周囲炎、咽喉炎、口内炎
   肺門リンパ腺炎、頚部リンパ腺腫
   湿疹等の皮膚疾患、胸腺リンパ体質児の体質改善

 B 上焦の熱証による精神症状:感情不安定・易驚・多怒を目標にする場合。
   癇性、神経質、ノイローゼ、不安神経症、ヒステリー、精神薄弱児
   るいそう(主に小児の発育障害)、食物の好き嫌いが激しい

【参考】 * 此の方は頚部淋巴腺炎を治すのが本旨であるが、小児腺病体質に発する瘰癧、肺門淋巴腺腫、扁桃腺肥大等、上焦に於ける炎症充血を清熱・和血・解毒せしめる能がある。腺病体質は多く父母の遺毒を受け、肝臓鬱血して食物に好嫌あり、神経質にして発育が障碍される。本方を続服して体質改善を図るときは、諸淋巴腺の疾患を治し、結核の予防治療に効がある。
『漢方後世要方解説』
      *この一貫堂の柴胡清肝湯は、森道伯翁が荊芥連翹湯と共に温清飲を基本として考案したもので、小児の腺病質を改善する。一般に痩せて蒼白く神経質で、両腹直筋が緊張し、肝経にそって過敏でくすぐったがって腹診をさせない者が多い。主に咽喉・頚部・耳部の炎症に用いる。
      *『寿世保元』の柴胡清肝散には、肝経の怒火、風熱脾に伝え、唇腫裂し、或いは繭唇(けんしん)(唇が腫痛するもの)の治すとある。これを加減したものが本方である。
      *肝の異常は癇性に代表される神経症状を現すが、同時に解毒機能の低下、筋腱の過緊張、更に肝経にそった臓器の異常等を引き起こすと考えられている。
      *本方は上焦を熱証を治し、竜胆瀉肝湯は下焦の熱証が主となる。
      *本方証の子供は成長すると荊芥連翹湯証を呈することが少なくないとされる。

【症例】 虚弱児
  2年6ヵ月の男児。生来神経質にて怒りっぽい。寄生虫症を疑って検便等をしたが異常はない。約半年前より、不機嫌、食思不振となった。菓子類等を好むも主食はほとんど摂取しない。
 体格は筋肉型、顔色は黄褐色を帯びた黒色の方である。脈は緊。胸脇苦満はわずかで、腹壁の緊張は比較的著明に認められた。而して触診に際しては触れられる事を嫌い拒否する程である。
 柴胡清肝散エキス1日1.3gを1週間連用した。はじめは服薬を嫌い家人を困らせたが、4日目頃より次第に服薬するようになり、それに従って機嫌も良くなり、食思も次第に改善されてきた。更に服薬しているうちに神経質も大分改善されてきた。
細川喜代治 『漢方の臨床』 13・2・18

※牛房子は牛蒡子の誤殖と思われる


副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等
[理由]  本剤には山梔子(サンシシ)・地黄(ジオウ)・川芎(センキュウ)・当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されている
[処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。

2014年2月8日土曜日

通導散(つうどうさん) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.677 瘀血症・打撲傷

82 通導散(つうどうさん) 〔万病回春・折傷門〕

 大黄・当帰 各三・〇  芒硝 四・〇  枳殻・厚朴・陳皮・木通・紅花・蘇木・甘草 各二・〇

 「跌撲(てつぼく)(打撲)傷損、極めて重く、大小便通せず、乃ち瘀血散せず、肚腹膨満、上って心を攻め、腹悶乱死に至る者を治す。」
 森道伯翁の常用処方で、後世方中唯一の駆瘀血剤であり、古方の桃核承気湯に比すべきものである。打撲により内出血を起こしたような重篤な状態である。下腹の瘀血症状ばかりでなく、心下部も緊張し、上衝が強い。瘀血による諸疾患に応用される。



和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
通導散(つうどうさん) [万病回春]

【方意】 瘀血による下腹部の抵抗・圧痛等と、裏の実証裏の気滞による腹満・便秘・胸満・心下痞等と、瘀血気滞による精神神経症状としてののぼせ等のあるもの。しばしば水毒による尿不利を伴う。
《陽明病より少陽病.実証》

【自他覚症状の病態分類】

血虚 裏の実証・裏の気滞 瘀血・気滞による精神神経症状 水毒
主証
◎下腹部の抵抗・圧痛

◎腹満
◎便秘
◎胸満
◎心下痞
◎のぼせ




客証 ○下腹部痛
○腰痛
○打撲 打撲痛
○激痛
  月経異常
  赤黒い顔貌

 悪熱


 頭痛 頭重
 目眩 耳鳴
 肩背強急
 心悸亢進
○尿不利 


【脈候】 弦・緊・沈渋。

【舌候】 暗紅色または帯紫色。乾燥した白苔を伴うことがある。

【腹候】 腹部が全体に膨満し、腹力は充実して心下痞硬があり、下腹部に抵抗と圧痛がある。時に腹直筋の緊張を伴う。

【病位・虚実】 裏の実証紙:裏の気滞があり陽明病に相当する。しかしこの病態が顕著でなく、瘀血のみ明らかな少陽病位でも用いる。脈力も腹力もあり実証。

【構成生薬】 当帰3.0 芒硝3.0 陳皮2.0 厚朴2.0 木通2.0 紅花2.0 蘇木2.0 枳実2.0 甘草2.0 大黄a.q.(0.5)

【方解】 紅花・蘇木には駆瘀血作用があり、特に打撲による瘀血に対応する。また当帰と共に用いると、その作用は増強される。大黄・芒硝の組合せは裏の実証・裏の熱証を去り、便秘・悪熱を治す。枳実・厚朴は気滞を主り、腹満・胸満を治す。この気の疎通作用および木通の利尿作用は水毒を去り、尿不利を治す。陳皮は健胃作用があり、寒性の大黄・芒硝の作用を緩和し、甘草は構成生薬すべての働きを調和する。紅花・蘇木は打撲等のやや浅く、比較的新しい瘀血を強力に流し去る。当帰・川芎は温性であり、深くジワジワと進行した古い瘀血をゆっくりと溶かす。桃仁・牡丹皮は寒性で、裏に鬱滞した熱を伴う古い瘀血を強力に溶かす。水蛭・虻虫・蟅虫等の動物性駆瘀血薬も寒性で、凝固したまさしく陳旧性の瘀血を砕く。

【方意の幅および応用】
 A 瘀血:下腹部の抵抗・圧痛・月経異常・打撲等を目標にする場合。
   月経異常、月経痛、子宮癌、腰痛症、打撲、虫垂炎・痔疾・尿路結石、淋病、歯痛、眼痛

 B 裏の実証裏の気滞:腹満・便秘等を目標にする場合
   便秘、慢性胃腸炎

 C 瘀血気滞による精神神経症状:のぼせ・頭重・目眩・心悸亢進等を目標にする場合。
   動脈硬化症、高血圧症、脳循環障害、片麻痺、バセドウ病、喘息、肺結核症、心疾患、脚気、発狂錯乱状態


【参考】 * 跌撲、傷損、極めて重く、大小便通せず、乃ち瘀血散せず、肚腹膨脹し、心腹を上り攻め、悶乱して死に至らんとする者を治す。先ず此の薬を服して、死血、瘀血を打ち下し、然して後に方(まさ)に損を補う薬を服すべし。酒飲を用うべからず、愈(いよいよ)通ぜず。亦、人の虚実を量って用う。利するを以て度となす。惟だ孕婦、小児は服することなかれ。

『万病回春』
      *本方意の瘀血の圧痛は、下腹部のみではなく、腹部全体にみられる傾向がある。
      *一貫堂の通導散は本方に牡丹皮・桃仁が加わり、合計12味からなっている。
 通導散はすなわち挫傷が強いため内出血がひどく、大小便が不通となり、吐腹が膨れて胸まで苦しく、悶えて死にそうなときに用いる処方で、桃核承気湯より更にひどいと考えられる症状である。
 私は多くの場合桃仁・牡丹皮を加えて用いている。
 産後から発作的にめまい(血暈)がして「地の底に落ちこんで行く」と叫んで煩燥してあばれる。頭を動かすとめまいがするので起床することができず、大小便の始末も夫にしてもらい、頭痛、肩凝り、のぼせ、耳鳴り、精神不安、心悸亢進が強く、精神状態がおかしく、怒ったり泣いたり狂人の如くなる患者。まず桃核承気湯を与えて大便を下すと、出血せず一時非常に良くなったが、15日位するとまたもとの状態になり効かなくなった。抵当丸を与えると帯下のようにワカメのような凝血が出て、症状は好転した。2ヵ月程で凝血は次第に出なくなった。そこで通導散を与えると、再びワカメのような黒褐色のもろもろとした出血が現れて、症状は次第に良くなった。すなわち急性のときは桃核承気湯、陳旧性のものは抵当丸(下瘀血丸は袪瘀止痛で痛み止めの作用強く、大黄蟅虫丸は干血労で皮膚の甲錯に用いる)、通導散は急性慢性共に、しかも破血逐瘀の力も非常に強いと考えている。
山本巌『漢方の臨床』23・10・24

 

【症例】 子宮癌
 某病院から電話があって、「義姉が子宮癌で入院しているが予後は思わしくない。生前に一度逢っておきたいから来てほしい」とのこと。夫君は私の懇意なM博士と同窓の医博で、2,3度病院の婦人科医長を経て、現に九州で婦人科病院を経営している。さっそく見舞ったところ、非常に勝気な女性だが、さすがに気落ちして悄然たる風である。医師は手遅れで手術しても駄目なことを洩らしたそうである。漢方にはいまだいくつも打つべき妙手があると激励し、一貫堂散加味を与えて辞去した。服薬後しばらくして激烈な下痢が続いて起こり、同時に取量の下りものがあったそうであるが、身心とみに軽やかとなり、特別の手当ても受けず退院。「病脱然として癒ゆ」との形容そのまま治ってしまった。嘘みたいな話で、当の本人自身本当に癌だったのかしらと不思議な気がすることもあるようだ。その後ぐんぐん体力も増し快適に暮らしている。
 別の1婦人、一昨年秋に県立病院に入院、子宮癌と診断され手術を受けた。しかし摘出不能とい乗ことで、そのまま縫合退院した。「漢方で治りましょうか」といってきたので、診察の結果、一貫堂通導散、防風通聖散の合方を与えた。この人は下痢とか瞑眩症状など起こさず、順調な経過で治ってしまった。
中島大蘇 『漢方の臨床』 8・7・21



漢方一貫堂医学 矢数 格著 医道の日本社刊
p.24
通導散証

一 望診

 通導散の望診はなかなか便利である。なぜならば、通導散は強烈な駆瘀血作用を持つているから、通導散証の者は相当多量の瘀血を保有しているものと思わなければならない。ゆえに、望診によつて、すぐそれがわかるのである。さらにこれを詳しく述べると、
 A まず、この証を呈する患者は肥満している者に多い。婦人で不妊症の者は瘀血があるため非常に肥満している者があるが、脂肪過多症とか、卵巣機能障害と診断されて肥満している者は、明らかに瘀血を持つている者であつて、この通導散証が多い。しかし、たとえ、やせている者でも通導散を与えなければならない場合も案外沢山あるから、肥満が必ずしも通導散証の絶対の条件とはならない。その識別は顔色で決定されるのであ乗:
 B 顔色は、瘀血を持つてい識者は、太つている、やせているにかかわらず、赤ら顔を呈する者が大部分で、通導散がそのような実証の者に効果的であるのは、通導散が激烈な駆瘀血剤であるからである。そして、通導散は比較的に生理的血液破壊作用(主として蘇木の作用)があるから、虚弱な者には用いられない。しかし瘀血溜滞のため新血生成機関が阻害されて、かえつて貧血症状を呈し、蒼白に近い顔貌を呈する者にこの通導散を与えて、瘀血駆除と同時に、新血が生じ顔貌がにわかに輝き出すこともある。しかし、その場合、長期の服用はいけないとされている。
  C つぎに爪の色であるが、これは、肥満した赤ら顔の者は、いちごのような色を帯び、また、暗赤色の者があるなど、要するに鮮明な指端を示していない。これに反して、貧血している者は、爪の色が黄白色となつている。
 以上のように、通導散は、体質の肥、痩、顔色の赤、蒼、爪色の赤、黄白等のように相反する両様の場合に運用することとなつているが、主として、肥満した、赤ら顔の、また爪の暗赤色の者に用うべき処方と思えばよいのである。そして、以上述べた望診は、また次に述べる脈診、特に腹診と相まつて決定されるのである。

二 脈診
 
 通導散証の場合の脈は原則として細実である。すなわち、瘀血溜滞、血行不十分の結果、このような脈診を呈するものと見てよい。

三 腹診
 A 通導散の場合の腹証は、通導散が大承気湯を根幹としている関係上、大承気湯証の腹証と大差はない。それはつぎの図に示されているように、心下から腹直筋に相当して二筋の強い拘攣を触知できる。
 漢方医学の病理として、瘀血は腹の左側に存在するものだということは、すでに述べたが、当帰芍薬散証とか、桂枝茯苓湯証、桃核承気湯証等は主として左側に腹直筋の拘攣を認めるが、この通導散証は、さらに腹の右側にも比袋的強い拘攣を現わすものである。しかも上部に特にその拘攣がつ全いようである。それは通導散条のところで、「死血上攻心腹」と記したように瘀血上衝を意味するものである。これは経絡上から論ずるならば、瘀血が足の陽明胃経に侵入した場合を言うのである。
 B また、通導散の腹証には別個のものがある。それは前記腹直筋の拘攣が現われることなく、腹内一円に瘀血が蓄積されて腹部膨満の状を呈していることである。
 C 通導散は打撲傷とこき生じた瘀血が、血熱を持つて腹部から心臓部に上攻し、大小便が不通となつて悶乱して死ぬ場合に用いたものであるから、心下に急迫症状を呈すると同時に臍下膨満の徴を来たすのであるが、通導散をふつう運用する場合も臍下膨満の傾向がある。この打撲傷に際して生じた瘀血とはむかし、刑罰の手段として行なつた杖傷(ぢようしよう)(むちで打たれたきず)などの場合に起こるものもそれである。

四 主訴
 一般に瘀血を持つている者は特有の徴候を訴え、頭痛、頭重、眩暈、上逆、耳鳴、肩こり、動悸、便秘等が主なものである。

(四)瘀血証体質の罹病し易い疾患
 我々は日常の治療上、瘀血を原因と見て、駆瘀血の治療を行なう病気は何かと言えば、それは大体つぎのようなものである。
 脳溢血、片麻痺、喘息、胃腸病(特に胃酸過多症、胃潰瘍、胃癌)、肝臓病、肺結核、痔疾、淋疾、神経性疾患(神経衰弱症、ヒステリー)、動脈硬化症、常習性便秘、歯痛、眼病、腰痛、脚気、泌尿生殖器疾患、バセドウ病、虫垂炎、発狂、心臓病等である。
 また、婦人科疾患では、その病気のほとんど全部に駆瘀血剤を運用するが、特に子宮、溂叭管、卵巣の炎症、ならびに腫瘍に用いている。ただし、腫瘍はその原因が瘀血であつても、もはや駆瘀血剤の治しうるところではない。

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第二編 五方の薬理解説
第一章 駆瘀血剤
通導散について

 通導散は元来折傷門における「瘀血を散じ凝滞を消す」薬方であり、森道伯先生は多くの駆瘀血剤にさらにこの通導散を配して用いられ、治療上、駆瘀血の完璧を期さんとしたものである。
 通導散の処方内容は、当帰、大黄、芒硝各三・〇 枳実、厚朴、枳殻、陳皮、木通、紅花、蘇木、甘草各二・〇、以上一日量である。
 通導散はつぎのように考えると便利である。すなわち、大承気湯加当帰、紅花、甘草で、加味承気湯となり、蘇木、枳殻、陳皮、木通で通道散となる。
 大承気湯は「古方分量考」によれば大黄一匁五分、厚朴三匁、枳実二匁、芒硝二匁五分、一日三回量、となつている。
 通導散とやや異るところは原方は枳実のかわりに枳殻が入つており、厚朴の分量が半減されていることである。しかし、一貫堂では枳殻を半減して、その相当量だけ枳実を加えたのである。通導散は前記したように、大承気湯が根幹をなしているので、大承気湯の薬理を知ることは、ひいては通導散の薬理を知る上にたいへん便利であるから、つぎに句説することにしよう。

 大承気湯

 大承気湯は傷寒陽明病を主る処方である。それで傷寒陽明病篇を見ると、
 「傷寒、若しくは吐し、若しくは下して後解せず、大便せざること五、六日、上十余日に至り、日晡所潮熱を発し、悪寒せず、独語、鬼状を見るが如し。若し劇しき者、発するときは則ち人を識らず、循衣模牀、 惕して安からず、微喘、直視、脈弦なる者は生く。濇なる者は死す。微なる者、但発熱、讝語する者は大承気湯之を主る。」
とあり、また、
 「陽明病、潮熱、大便微(すこし)硬(かたき)者、大承気湯を与うべし。」
とある。然し、いまわれわれが大承気湯について知りたいと思うのは傷寒についてではない。「古方分量考」の大承気湯条を見ると、
 「腹堅満、若くは臭穢を下利し、若くは燥屎ある者を治す、凡そ燥屎ある者は臍下磊砢(らいら)(石のかさなるかたち)、肌膚枯燥す。」
とある。そしてその応用はどうかというに、「方機」によると、
  一、潮熱を発して大便硬き者、
  二、腹満解し難き者、
  三、腹満脹して喘し、両便通ぜず、一身面目水腫する者、
  四、潮熱讝語、大便硬く、或は燥屎ある者、
  五、腹満痛、大便通ぜざる者、
  六、大便通ぜず、煩して腹痛する者、
  七、日中了了たらず、睛和せず大便硬き者、
  八、自利清水、心下痛み、口乾燥するもの、
  九、胸満口噤み、臥して席に着かず、脚攣急咬牙する者、
  十、腹中堅塊有りて、大便通ぜざる者、
 十一、痘瘡腹大満、両便通ぜず、或は譫語口乾咽燥する者、
 十二、痢疾譫語或は腹満痛して、食すること能わざる者、
 十三、食滞腹急痛、大便通ぜず、或は嘔利する者、
とあり、以上の諸条を見ると、腹満、大便不通、大便硬、両便不通、腹急痛等の点はみな通導散証と類似しているのである。すなわち、大承気湯証は両便不通、水気上攻するので、これは大承気湯で瀉下すれば治るのである。
 なお、大承気湯の個々の薬味を文献に照らしてみると、
 大黄は「薬徴」に「主治、結毒を通利する也。故に能く胸満、腹満、腹痛及小便不利を治す。旁ら発黄瘀血腫膿を治す。」とあり、
 枳実は「薬徴」に「結実之毒を主治する也。旁ら胸腹満、胸痺腹満腹痛を治す。」とあり、
 厚朴は「薬徴」に「主として胸腹脹満を治す也。旁ら腹痛を治す。」とあり、
 芒硝は「薬徴」に「堅を耎(やわら)かにするを主す也。故に心下痞堅、心下石硬、小腹急結、結胸、燥屎、大便硬きを治す、旁ら宿食、腹満、小腹腫痞等、諸般難解毒を治す。」
とある。そして大承気湯証の腹証は腹堅満を呈し、心下より臍下にかけて堅満の状を触れる。
 それでは大承気湯の臨床上の応用はどうかというに、腹堅満、大便不通であれば、あらゆる場合に運用されることになるが、ふつうつぎのような疾患に与えることが多い。すなわち、頑固な頭痛、チフス、脚気、赤痢、胃腸病、眼疾、発狂、頑固な便秘等である。
 以上で大承気湯の薬理は理解されたと思われるが、通導散はこの大承気湯に加えて駆瘀血剤を配したものである。
 「万病回春」の腹痛のところを見ると、加味承気湯という駆瘀血剤があるが、これは大承気湯に当帰、紅花、甘草を加えて駆瘀血をはかつたもので、さらに蘇木、木通、陳皮を加えて駆瘀血作用を強くしたのがこの通導散である。ゆえに、順序として、この加味承気湯の薬理を知ることは通導散を知るための第二段階である。つぎにその加味承気湯について述べよう。

加味承気湯

 加承気湯は胃潰瘍のような瘀血に原因する腹痛を治す処方である。加味承気湯の条を見ると、「瘀血内に停り、胸腹脹痛、或は大便不通等の症を治す」とあり、処方の内容は、
 大黄、芒硝各三-四・〇、枳実、厚朴、当帰各三・〇、紅花、甘草各二・〇、一日量である。ただし、本方は「病急なる者は用いず」とあつて、急病の者には用いない。つぎに処方中の当帰、紅花の薬能を見ると、
 当帰-「当帰の苦温は心を助け、寒を散じ。諸血心に属し、凡そ脈を通ずる者は、必ず先ぶ心を補う。当帰の苦温は心を助く」とあつて、当帰は通経清涼薬として用いられ、大黄、芒硝とともに大熱を冷まし、大黄を佐(助け)として血積を治すのである。
 紅花-「紅花は辛苦甘温、肝経に入つて瘀血を破り血を活かす。又能く心経に入つて、新血を生ぜしむ。」とあり、「紅花は多くを用いると血を破つて通じ、少なく用いれば血を養う」とある。
 すなわち、加味承気湯証とは大承気湯証に瘀血を有することになるのである。腹証は大承気湯証の腹証と大したちがいはない。
 それでは加味承気湯はどういう場合に用いるかというに、腹に瘀血が停滞して脹り、痛み、大便通じないような病気に兼用剤として用いられている。すなわち、月経不通、月経痛、胃酸過家症、胃潰瘍ならびに胃潰瘍の場合の止血剤、そのほか瘀血を認める胃腸病、二日酔い、胃癌等に用いられている。
 加味承気湯は比袋的弱い駆瘀血剤であるが、瘀血がひどいときはさらに強力な破血剤を用いなければならない。そのような必要のために蘇木を入れて駆瘀血作用を強力にさせたものがすなわち通導散なのである。
 いま、「万病回春」の折傷門、通導散の条を見ると、「跌(てつ)撲 傷損極めて重く、大小便通ぜず、乃ち瘀血散ぜずして、吐腹膨脹、心腹に上攻し、悶乱して死に至る者を治す」とある。跌撲傷とは倒れ打つたために生じる傷を言い、吐腹とは下腹のことである。強い強撲をうけると皮下および組織内に出血を起こし欝血を来たす。そして、出血ならびに欝血した多量の血液は瘀血となり、打撲が極めて強力、あるいは反復された場合などには、外部からの罨法とか貼付薬ぐらいでは、瘀血はなかなか消散しないものであり、また、打撲を胸とか腹にうけた場合は、瘀血を外部から消散させるということは困難である。そのようなときは、溜滞した瘀血はいろいろな障害を引き起こし、千変万化の病症を起こすので、ある場合には非常に重篤な症状を来たすものである。このような病理機転が通導散証を現わすのである。
 加味承気湯症は、「瘀血心腹に上攻し、悶乱死に至る。」というような急迫症状および、小便不通等の徴候はない。しかし、通導散症にはこの急迫症状を現わすので、蘇木の破血剤や木通の利水剤をさらに必要とするわけである。いまそれぞれの薬味を考えるに、
 蘇木は、「死血を破り、産後の血暈脹満、死せんと欲し、血痛、血癖、経閉、気壅、癰腫、撲傷のものを治す。膿を排成、痛みを止め、破血多く、和血少なし」とあつて、蘇木が長期間の使用困難な理由は破血多く、和血少なしの結果である。
 木通は、「心下を降し、肺熱を清まし、心火降れば則ち肺熱清し。肺水源となり、肺熱清ければ則ち津液化して水道通ず。」とあつて、木通は心火を清くし、小便を通じさせる薬能のあることが知られる。
 陳皮は、「能く補い能く和す。補薬と同ずれば則ち補す。瀉薬は則ち瀉し、升薬は則ち升り、降薬は則ち降る。脾肺気分之薬と為す」とある。
 甘草は、「和剤を入れれば、則ち補益し。汗剤を入れれば則ち肌を解す。涼剤を入れれば則ち邪熱を瀉す。 峻剤を入れれば則ち正気を緩める。諸薬と協和す」とある。この場合、加味承気湯、通導散に甘草を入量加えるのは、峻剤の正気を緩和させるためである。ゆえに加味承気湯条に「病急な識者は用いず」と註されているのである。
 枳殻は、「枳実胸膈を利し、枳殻は腸胃を寛む。枳実の力猛し、枳殻の力緩し、小異と為す」とある。
 そこで通導散の薬能を結論的に言うならば、大承気湯で腹堅満、大便不通を治して上衝を下し、これに配するに蘇木、紅花をもつて瘀血を破り、血熱を冷まし、木通で心火を清くして小便を通利させるのである。そして、この強力な薬理作用は、当帰によつて和血をはかり、陳皮によつて峻下因る胃腸の気を理し、甘草によつて峻剤の正気が緩和されてはじめて攻に偏せず、弱きに堕せずで、完全なのである。しかし、通導散は非常な峻剤であるから、通導散の条にはつぎのように注意をしている。
 「先ず此の薬を服して、死血瘀血を打ち下し、然る後まさに損を補う薬を服すべし。酒を飲むべからず、愈々通ぜず。亦人の虚実を量りて用う」とあり、また「利するを以て度と為す。ただし妊婦小児は服するなかれ。」とも記されている。
 以上はすてに述べ来つたように、通導散は打撲に因る瘀血駆除剤であるが、打撲にかぎらず、どういう原因の瘀血でも、それが通導散証を現わす場合にはこの方で治すべきである。ゆえに通導散は打撲傷の場合というよりも、むしろ内声疾患、特に婦人科疾患に多く用い現れるようになつたのである。

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第一章 通導散
 通導散は駆瘀血剤であるから、瘀血を持つている病気に用いられることは言うまでもないことである。
 しかし、瘀血を持つているものでも、その中には、大黄牡丹皮湯抵当湯桃核承気湯等種々の駆瘀血剤があり、それぞれ特有の固有症状にしたがつて処方すべきこともまた当然のことである。すなわち、大黄牡丹皮証を呈するものは、大黄牡丹皮湯を与うべきであつて、他の駆瘀血剤のゆくところではない。
 このように通導散を与うべき場合にもまた同様に固有症状がなければならないのである。この固有症がすなわち前記した通導散証として論じたもので、通導散証を呈する病気に通導散を処方すべきは、大黄牡丹皮湯大黄牡丹皮湯証におけると同様である。すなわち、通導散の応用は通導散証を呈する病気に与えることであると約言されるのであるが、それならば、通導散証を呈する病気にはどういう種類のものがあるか、それを述べるのが本章の使命である。

内科

中風
 中風、すなわち脳溢血、半身不随の場合に駆瘀血を試みることは、その理論と実際の上で、われわれ漢方医のとるべき常套手段である。それで、一貫堂においては瘀血を原因と観た中風には、あるいは桂枝茯苓湯桃核承気湯、加減潤燥湯、上池飲を用い識こともあるが、瘀血多量で、通導散を呈する者には、特に婦人において通導散を用いるのである。そして、中風の原因としては、臓毒の関与することが多いから、防風通聖散と合方される場合が多い。

予防中風
 中風の予防薬は古来多くの方法が講じられ、現代医学においても、その予防につ感ては研究に研究が重ねられている。 この問題については、漢方医学においても、かつて香月牛山は中風の予防薬は無いとまで言つたほどである。すなわち、平常、酒と美食をつつしむ以外に手がないと言つて、養生法をもつてもつぱら中風の予防法としたほどであつた。
 それは、中風は、酒毒、食毒に因るものとされ、この二毒を体外に駆除することができたならば、中風の原因を除きえたことになるのであり、引いては中風の予防法となるというのである。
 ただ単に一本の注射液で血圧を下げることが中風の予防ではない。なぜならば、血圧の上ることは病気の本体ではなく、結果であり、単に一つの徴候にすぎないからである。であるから、脳溢血の予防法は血圧の上昇によつて起こる血管硬化症に対して講じ現れなければならないのである。しかし、悲しいかな、これまでの医学においては、洋の東西を問わず、この願いはかなえられていないのである。
 そこで、医学者はやむをえず血管硬化を治すということよりも、血管硬化症を起こす原因であるところのいわゆる酒毒、食毒の発生を防ぐ以外に方法が無いと言つたのである。
 すなわち、中風予防法は酒食をつつしむほかに手の無いことを人に知らしめ、その衛生法の実行を要求して来たのである。しかし、そうかといつて、徹底したそういう摂生法はこの文明生活の世にあつては言うべくして行ない難いことである。最近の世情を見るに、人々は脳溢血恐怖症というか、血圧計の動きに日夜神経をいためるといつたありさまである。
 しかし、ここに一つの救いがあるのである。それは、血管硬化症を起こす原因であるところの飲酒美食の摂制はとうてい守りえないとしても、それならば、その酒食の毒素の解毒排出の方法があれば、中風予防としてはそれでいいのではないかということである。
 すなわち、原因のない処に結果は生じない理で、この食毒、酒毒を除きさえすれば、中風の予防もおのずからある程度達しられるというものであろう。いま西洋医学から眼を転じて漢方医学を観ると、幸いのことに、この宝物がわが医学の中にあることを知るのである。すなわち、漢方医学においては、むかしから食毒、酒毒の排泄方法を講じてきたのであつて、それは単に中風予防の目的ばかりではなく、すべての病気の原因駆除療法としてこれらの毒素を除くよう努力してきたのである。
 前にも述べたように、漢方医学の建前は、軽気の原因として、食毒、瘀血、水毒を挙げ、その治療法を講じて来たのであるが、中風な原因はただ、食毒、酒毒に因るのではなく、瘀血、水毒、梅毒もまたこれに関係があるのである。すなわち、食毒、酒毒、水毒、梅毒である臓毒と瘀血の駆除を図ることが、中風予防の最大の眼目なのである。
 それならば、中風予防であるところのこの駆瘀血、駆臓毒に対して、一貫堂ではどのような方法ととつているか、を述べよう。

 脳溢血を起こす者はたいてい肥満しており、しかも大部分は赤ら顔で血色は良いものである。これはすなわち食毒の欝滞者であり、また瘀血の所有者であることは漢方を学ぶ者の誰れもが知るところであろう。この場合、われわれは駆瘀血を図るものとして通導散を用い、食毒を除くには防風通聖散を用いるのであ識から、さらに言い換えれば、中風予防法として、通導散あるいは防風通聖散を用い、またその両者の合方加減を用いるのである。
 動脈硬化症の原因でうる梅毒に対しても、防風通聖散は緩和なる駆梅毒の作用があるからこれを用い、もし、通導散と防風通聖散とを運用するとしたならば、中風の原因である瘀血、酒毒、食毒、水毒、梅毒をみなことごとく除くことができるから中風予防法として最適の処方と言つてよいであろう。
 それならば、これらの処方はどのぐらい長く服みつづけたならば血管硬化症、血圧上昇の予防となるかというに、それはこれまでも再三述べたように、これは根本的原因療法、すなわち予防法が目的であるから、生活が改善されない限り、壮年期以後は常に服用することが必要だということになるのである。しかし、これは前記した諸毒を駆逐して、体内に毒物が停滞しないようにさえすれば目的を達したことになるのであるから、からだに変調を感じたときにこれを用いて血液を清め、毒物を除けばよいのである。
 以上は血管硬化症の予防法であるが、すでに血管の硬化症を起こし、血圧の高い者はなおさらこの方を用いてさらに病勢を促進させないよう、その原因を除くよう努力しなければならないのである。このような場合は、長いのは数ヵ月から一年ぐらいは続服させるようにしたいものである。
 この処方の偉効として、血圧二百二十の患者で、西洋医の治療を受けてもどうにもならなかつた動脈硬化症か、防風通聖散一貼で快便を得、翌朝、血測が百七十に下がつて、当の患者よりも、むしろ主治医の方が驚いたという例もあつた。

欝征
 欝症には、気欝、湿欝、熱欝、血欝、食欝、痰欝の六欝の別があつて、それぞれ論じられているが、通導散はその中の血欝によいのである。
 いま血欝門の当帰活血湯の証を見ると、胃潰瘍の症候と一致するから、血欝とは瘀血欝滞を指すものであって、通導散が胃潰瘍に用いられるのはその薬能として血欝を治すからである。また、瘀血欝滞は、上逆、頭痛、眩暈、耳鳴、肩凝り、動悸等の症状を訴えることとなり、これらもこの通導散を用いるのである。

喘息
 喘息の治療法は、発作時には小青竜湯加杏仁、石膏、悪識いは、麻杏甘石湯でたいていは沈静されるものであるが、すでに臓毒証体質のところで述べたように、喘息患者は一種の特異体質保持者であるから、発作を治すだけでは喘息治療の目的を達しえたとは言えないのである。すなわち、もつとさかのぼつて、喘息発作を起こさないようにする真の根本治療が必要なのであつて、したがつて、喘息患者の特異体質の改善を行なわなければならないのである。それには喘息患者の大部分はわれわれの言う防風通聖散証であるから、防風通聖散を用いることによって端息発作を起こさない体質に持つて行くことができるのである。これは一貫堂の一つの特色と言つてよいと思われる。
 また婦人の場合、喘息患者のある者は通導散証を著明に呈している者であるが、そのようなときは、証に随つて通導散で駆瘀血を図らなければならないのである。すなわち、喘息患者のある者は、特に婦人の場合は瘀血に起因する喘息もあるということなのである。そのようなとき、防風通聖散を合方すればよいのである。

諸血
 吐血とは胃から血を吐くことであるから、胃潰僕の出血を指すことが多いが、胃潰瘍は漢方医学的病理から論じるならば、瘀血が胃に蓄溜して、その結果、胃壁内に破れて出血する病気である。胃酸による胃壁の自己消化などは言わば結果であつて、原因ではない。であるから、胃潰瘍の治療法は瘀血駆除が第一の方法であつて、出血の療法もやはり瘀血駆除を図れば止血の目的を達することができるのである。そこで、普通われわれは胃潰瘍の出血には加味承気湯を用いるのであるが、さらに通導散末を頓服させるとよく効くものである。

 衂血は鼻血のことで、血管硬化症に因る血圧亢進の結果よく鼻出血を来たすことがあるが、そのような者は駆瘀血剤として通導散を男女にかかわらず用いる。そのようなときは鼻出血の止血はもちろん、血圧上昇をも同時に下降させることができるのである。

 咳血、喀血は肺結核に因る喀血を指すもので、通導散で止血を図ることはふつうないが、ただ婦人の場合、瘀血が溜滞して肺結核となり、突然大喀血を起こしたような場合は通導散を用いなければならないことがある。

 便血とは肛門から血の下る病である。解毒証体質者の痔出血は「万病回春」の便血の項によると、清肺湯を用い、瘀血に因る痔出血に桂枝茯苓湯桃核承気湯が用いられることが多いが、瘀血多量で、通導散証を現わすものには通導散に竜胆瀉肝湯を合方して、止血とともに痔疾の治療を図ることがある。

 溺血とは腎膀胱ならびに尿道出血を意味するが、やはり、この方に竜胆瀉肝湯を合方とし、特に淋毒性膀胱炎の場合に用いられる。

眩暈・頭痛
 眩暈のうち、血暈と称して、瘀血上衝の結果、眩暈するものにこの通導散がよく効く。そして婦人の眩暈はまずこの血暈が考えられ、それに対して通導散を用いるときは他の駆瘀血剤よりも遥かに著効があ識のである。
 また、頭痛に対しても、瘀血に因るものは通導散を用いるのである。

癲狂
 癲狂とは俗に言う気狂いのことで、医学的治療法としては最も困難な病気である。しかし、ふつうに言われるいわゆる産後の血の道、つまり瘀血が頭に上つて狂気したと言わ罪るもので、この通導散を用いてよく沈静させ、軽症英者を全治させたという例はたくさんある。
 そのほか、婦人のヒステリー、神経衰弱、血の道と診断されるもに、中風の結果起こつた脳症状で瘀血が原因である者には通導散を用いている。

大、小便閉
 通導散の条件に「大小便通ぜず」とあるように、瘀血のため便閉を来たす者、特にふつうは大便閉結を訴える者に通導散を用いる。また、婦人で便閉を起こす場合は瘀血に因ることが多く、したがつてそういう場合は通導散を用いるのである。しかし、瘀血による便閉は、たいていそのほかの徴候、すなわち、眩暈、頭痛、耳鳴、肩凝り等を同時に訴えるものであつて、便閉だけに対して通導散を与えるということはまずないと言つてもいいくらいである。

面病
 面病とは言えないかも知れないが、婦人で顔が紅潮する者は通導散証の一徴候であり、瘀血上衝のためで通導散を与うべきものである。また、婦人の顔に小さな吹き出もののあるのも瘀血が原因する場合があり、そのようなものはやがて瘀血に因る病気を起こす危険があるから、病気予防の上からも通導散で駆瘀血を図り、吹出ものを治しておかなければならない。そのほか、酒のみの赤鼻、つまり酒皶鼻も通導散によつて駆瘀血を図ればよいのがある。

耳病
 耳の炎症に通導散を用いることはないが、瘀血上衝に因る耳鳴には通導散はよく用いられる。

口舌
 口舌の病は三焦の実火に因るもので、特に胃熱、心熱に属するものが多い。であるからその治療法としては、まず、胃熱を清くし、心熱を冷まさなければならない。しかし、婦人で、瘀血上衝を訴える者で、口舌に頑固なきずが出来てなかなか治らないような患者は通導散証を呈するから、通導散加地黄、黄連を与えれば他の症状とともに治るものである。

眼病
 瘀血上衝のため、眼精疲労や羞明を訴える婦人で通導散証を呈する者が時々ある。また妊娠腎とか産後腎臓炎を病んで、蛋白尿性網膜炎を起こす婦人には往々通導散証を呈することがあり、防風通聖散と合方して治した例はたくさんある。その場合、同時に、患者の頭痛、頭重、眩暈、動悸、肩こり等も去ることは言うまでもない。

牙歯
 虫歯は黴菌に因る歯の病気で、虫歯の痛みはそのために起こるのであるが、婦人の虫歯の痛みは、それと同時に一定の全身症状を訴えることが多い。すなわち、のぼせて、顔が紅潮するなどがそれである。それは瘀血上衝の証であつて、その場合の歯の痛みはただ虫歯だけが原因ではない。そのようなも英に止痛剤として麻痺剤を用いるのも一つの療法にはちがいないが、瘀血上衝を治せば歯の痛みは治るのである。その瘀血駆除として通導散が用いられる。

心腹痛
 心腹痛のうち、血痛と通導散とは関係がある。一貫堂では、胃潰瘍の腹痛に加味承気湯を用いることが普通であ識が、通導散を用いることについてはすでに血欝門、諸血門の処で述べた通りである。

腰痛・脇痛
 腰痛の原因としては、風、寒、湿の外感と、腎虚して腰痛するもの、また瘀血に因る場合などいろいろある。このようなものには、「万病回春」の腰痛の項を見ると、調栄活絡湯を用いてもよいが、婦人の瘀血に因る腰痛はやはり通導散の力をかりなければならない。そのような場合、ふつうは通導散そのままを用いることは少なく、竜胆瀉肝湯と合方して用いる場合が多い。
 脇痛は瘀血に因る場合は疎肝湯証が多いが、通導散を必要とする者もある。

脚気
 脚気で通導散のよく効く場合は、俗に言う血脚気で、これは瘀血に因るものである。また、産後の血脚気で、やや重症のものは通導散の力をからなければならない。


婦人科
経閉
 経閉を起こす場合に二通りある。その一つは、実した者が血渋り、気が滞つて起こすものと、いま一つは虚した者が血脈枯渇して、経水を出す力がなくて経閉を起こす者の二つである。
 前者の場合は、肥満した血肥りの婦人であつて、後者は結核性体質者のような虚弱者の経閉である。そして、通導散は前者の経閉には必要欠くことのできない処方である。
 経閉は、経水となつて体外に排除されなければならない瘀血が体内に残つて蓄積されることによつて起こるのであるから、経閉と瘀血と病気は重大な関係があるのである。すなわち、経閉に因つて瘀血が作られ、その瘀血はまた因果的に経閉を招くということになるのであるから、瘀血の駆除は非常に大切なことである。それで、西洋医学では経閉して肥満した婦人を卵巣機能不全としてホルモン製剤を注射するが、漢方医学から見れば、それはたんに瘀血のいたずらにすぎないのであるから、瘀血の駆除を行なえば、同時に月経も調い、長年不妊であつた者も妊娠するようになるものである。

帯下
 帯下を来す病気は、膣、子宮、喇叭管、卵巣等の急性慢性炎症にもとづくことが多く、これらの炎症は瘀血と切り離して考えることはできないのである。むかしから、婦人病の漢方薬というと、必ず血薬を加味しているほどであつて、婦人病に対する治療方法の第一は駆瘀血にあるのである。そして、これらの炎症に日常用いる駆瘀血剤としては、大黄牡丹皮湯桃核承気湯活血散瘀湯等があるが、通導散もまたこの目的のために用いられ、多くの場合、竜胆瀉肝湯と合方され、桃仁、牡丹皮を加えるのである。

崩漏
 崩漏とは子宮出血のことであるが、単純な子宮出血、すなわち、瘀血溜滞のための子宮出血などは柴胡疎肝湯とともに通導散を用いて止血を図ることがある。しかし芎帰膠艾湯あるいは帰脾湯の止血作用とはおのずから別個の薬理に因るので、これらが補血理血を図つて止血を期するのに反して通導散の止血作用は駆瘀血に因る止血作用である。

産後
 産後は瘀血が非常に溜滞しているので、まず何はおいても駆瘀血を図つておかないと産後のいろいろな病気を後に残す原因にもなるのである。あるいはまた、蓄積された瘀血は、経閉期の前後になつて、いろいろの難病のもとを培うことにもなるので、壮年期以後の婦人の病気は、すでに遠く産後の瘀血に原因を発しているとも言えるのであ識。
 そこで、われわれは、普通の場合、芎帰調血飲第一加減を処方として用いるのであるが、瘀血が多量の場合はやはり通導散その他の駆瘀血剤を必要とするのである。

瘍科
金瘡
 通導散本来の用途は、外傷、特に跌撲と言つて、打身に用うべき処方である。すなわち通導散の処方解説のところで述べたように、打身に因る瘀血は血熱を帯び、「大小便通ぜず、肚腹膨脹し、心腹に上攻して悶乱死に至る」のような急迫の重い症状を来すので、通導散はこの急迫症状を主治するように造られた処方である。
 また、通導散は前記のような急迫症状以外に、普通の打撲傷でも、これを用いるときは、治癒経過を非常に短縮し、打撲傷における併発症ならびに、後遺症を招くような恐れは全くなくなると言つてもよいのである。

その他
バセドウ病
 バセドウ病は、漢方医学的の病名としては蟹晴(かいせい)に相当するものであろう。蟹晴とは、「医宗金鑑」によると、「烏晴努出豆の如く、形蟹晴に似たり」云々とあるように、バセドウ病の眼球突出に一致するようである。
 このバセドウ病の治療法として炙甘草湯を用いる者もあるが、これは、たんに動悸に対して処方されたものであつて、バセドウ病のほんとうの治療法とは言えないことがある。バセドウ病が婦人に多い理由は、本病は卵巣と関係があるためで、これはすでに西洋医学でも唱導されるようになつたが、甲状腺の腫大と相まつてホルモン説で説明のつくことである。そしてまた、本病と密接な関係のある卵巣機能は瘀血とも深い関係があることについてはすでに述べた通りである。したがつて、瘀血がまたバセドウ病の原因にどのような役割を演ずるかはすぐにわかることであろう。実際に治療をしていると、本病の婦人は瘀血を持つており、通導散の証を呈するものであることがよくわかるのである。
 であるから、本病に通導散を用いるのは当然のことであり、事去、われわれの経験では、バセドウ病はこの通導散によつて治しうるのである。しかし、この場合、ふつうは竜胆瀉肝湯を合方し、桃仁、牡丹皮、側栢葉を加えることが多い。

心臓弁膜障害
 心臓弁膜障害は漢方医学では心動悸として論じられるものであつて、心下悸、怔忡と混同されやすいが、後者は西洋医学的には神経性心悸亢進症として一括されるものであつて、弁膜障害とはおのずから本体はちがうのである。
 そこで心臓弁膜障害の治療法であるが、これは一般には、原南洋の鍼砂湯を用いているが、われわれは婦人の場合は通導散と竜胆瀉肝湯の合方に桃仁、牡丹皮、側栢葉を加えて、非常に病気を軽快させることができるのである。この場合、方と証が合えばその効果の顕著なことは他の処方とは比袋にならないほどである。
 この竜胆瀉肝湯を合方するわけは、心臓弁膜障害は肝臓肥大を伴い、また肝臓内血液欝滞の結果、肝経に緊張を現わして竜胆瀉肝湯証を呈する結果である。もちろん、心臓弁膜障害の高度のものを、再び正常の心臓に復旧させることは薬の力では困難である。


『漢方一貫堂の世界 -日本後世派の潮流』 松本克彦著 自然社刊
p.191
瘀血証
通導散

  瘀血について
 最近この瘀血という言葉はかなり一般化してきたようで、現代医学書にも瘀血症候群などという文字が出てくるようになった。ところでこの瘀血というのは一体どういう意味なのか漢和辞典で引いてみると、古血、悪い血等の説明があり、また瘀という一字だけでも血の病、血の循環悪しき病、上気(のぼせ)等の意味があるようである。要するに停滞している血液、循環障害、さらにこれがもたらす各種疾患状態等を引っくるめて瘀血ないしは瘀血証というのであろう。
 矢数格先生は『一貫堂医学』の中で瘀血の成因について
 一、月経閉止によるもの
 二、産後
 三、遺伝的体質
 四、外傷歴
 五、他疾患からの二次的形成
の五つに分類しておられ、左半身、特に左下腹部に症状が強く出ると指摘されているが、臍傍、左下腹部の圧痛は、古方では小腹急結といわれ、有名な瘀血の徴候である。
 最近この瘀血証および瘀血を袪(のぞ)くといわれる瘀血剤、袪瘀血薬は、線溶凝固件、免疫複合体さらに内分泌系の紊乱に対して何らかの改善効果があるのではと考えられ、ひいては各種成人病や難治性の慢性病に対する新たな治療薬発見への期待も込められ、各方面で盛んに研究され始めているようである。
 確かにこの古血(ふるち)を袪くといった茫洋たる概念には、さまざまな未知の可能性が秘められ、これが少しずつ解明されて現代医学に貢献するようになるのも時間の問題であろうが、ここでは今少し漢方的に立場から検討してみた感と思う。

  瘀血と理気
 先年中国に永年留学し、中医学について本格的に勉強してこられた宮川マリ先生が、新中国の新方「冠心二号」をめぐる話題として、中国でも初めのうちは循環障害即ち瘀血といった考えから、虚血性心疾患に対して各種袪瘀薬を試みていたが、どうも効果が永続きせず、これに気薬を入れることによって、はじめて期待した効果が得られたと話しておられた由である。
 ちなみに「冠心二号」は、
 丹参、赤芍、川芎、紅花…活血袪瘀
 降香………………………降気散瘀
といった処方で、次の「冠心三号」は、
 何首烏、丹参、鶏血藤、当帰…養血袪瘀
 黄耆、香附子、破古紙…………理気益気
となっている。
 しかしこのような気血の薬物の組み合せは今に始ったことではなく、中島先生が『古今方彙』についての講義の中で、「覚えておくと宜しい」といって紹介された処方の構成は以下の如きものである。
 「腹痛門(万病回春)
  活血湯
 痛み移らざるところのものは、これ死(瘀)血なり。
 当帰、赤芍、丹皮、桃仁、紅花、川芎………袪瘀薬
 枳殻、香附子、木香、肉桂、延胡索…………理気薬
 甘草……………………………………………調和薬
で袪瘀薬と理気薬から成り、「気血滞れば痛を発す」といわれるように、腹痛でもやはり気血を疎通させることが大切といった考え方で編まれたものであろう。
 ただここで川芎や延胡索を気血いずれの薬物としてよいかにやや迷ったが、多種の化学物質からなる生薬は、気薬だ血薬だといっても当然さまざまな薬効を合せもち、一つの薬効に決めつけるのは本来無理なのかもしれない。
 ところでこのような多種の薬効をもつといわれるものの一つに大黄がある。センノサイドを主成分とする下剤として有名だが、逆に下痢に使われることもあり、その他袪瘀だ清熱だと定まらず、以前どこかの研究会で物議をかもしたとのことである。
 では中草薬学書によるその薬効を見てみよう(上海中医学院編)。
 「一、大便燥結するに用いる。
  二、火熱亢盛して血に迫り、上に溢る用いる。
  三、産後の瘀滞による腹痛、月経不通、跌(てつ)(くじく)打損傷に用いる」
となっており、按語に「大黄は川軍ともいい、性は寒で苦泄し、これ一味で瀉火、破積(はしゃく)(食滞等)行瘀の要薬で、また少量の使用では健胃の作用もあり、臨床上の応用はかなり広範囲である」と記されている。
 この大黄で下痢を止める場合は、調胃または瀉火による消炎作用によるものであろうが、またタンニンのもと収斂作用ともいわれている。ついでながら先般九州の山本広史先生が、「最近漢方を始めた若い先生が、大承気湯エキスを健胃剤としてとてもよいといって常用している」といっておられ、少量で調胃によいといわれる大黄の薬用量が、大承気湯でもエキスにすると、丁度健胃にぴったりとするのであろうが、要は使用量の問題にあるようである。

  承気湯類
 さて『傷寒論』でこの大黄が最初に出てくるのは調胃承気湯としてである。即ちその第二十九章(以下宋版の章数による。康平本では第十七章)の桂枝湯による誤治の治療に、
 「……もし胃気和せず、讝(せん)語するものには、少しく調胃承気湯を与う。……
   調胃承気湯
 大黄四両皮を去り清酒に浸す 甘草二両炙る 芒硝半斤……」
と紹介され、さらに第七十章(康平本第四十一章)に、
 「発汗後悪寒するものは虚するが故なり。悪寒せずただ熱するものは実なり。まさに胃気を和すべし、調胃承気湯を与う」
と重ねて解説されているが、つまりは胃を調え、気を承ける(助ける)というのが、この方足になったのであろう。
 そしてこの承気湯という名は、次には第一〇六章(康平本第六十章)に桃核承気湯として出てくるのである。その条文は、
 「太陽病解せず、熱膀胱に結べば、その人狂の如く、血自(おの)ずから下る。その外解せざるものはなお未だ改むべからず。まさにまずその外を解し、外解し已(おわ)って、但(ただ)小腹急結するものは乃ちこれを攻むべし。桃核承気湯に宜し」
調胃承気湯の趣きとはがらりと違ったものになっている。しかし内容から見ると、
 「桃核承気湯方
 核仁五十ヶ皮尖を去る 大黄四両 桂枝四両皮を去る 甘草二両炙る 芒硝二両」
調胃承気湯方に桃仁、桂枝を加えただけのものであるが、主薬桃仁は袪瘀薬として代表的なものとされ、その薬効については中草薬学書では次のようになっている。即ち、
 「一、血滞経閉。痛経(生理痛)、産後の瘀阻による腹痛。癥瘕積聚(ちょうかしゃくじゅ)(腹中の腫瘤やしこり)。
     跌(てつ)打損傷による瘀滞の痛み、脇痛。及び肺癰(化膿症)腸癰等の症に用いる。
  二、腸燥の便秘に用いられ、桃仁には潤燥滑腸の作用がある」
 とされており、桃核(仁)承気湯については、やはり中医方剤学者(北京中医学院)に、
 「桃仁、大黄は主薬で相互に配合することにより、桃仁の破血の効は増強され、大黄もまた瘀を逐(お)う。桂枝を本方に用いたのはその血脈を通じることによるもので、芒硝は軟堅消腫して大黄・桃仁の攻下を助ける。甘草は諸薬の峻烈を暖(ゆる)める」
と解説されているが、全方の意図するところは逐瘀につきるようである。
 そして傷寒論承気湯群の最後にでてくるのが大小承気湯である。その第二〇八章(康平本第一〇三章)には、
 「陽明病、脈遅、汗出ずといえども悪寒せざるものは、その身必ず重く、短気腹満して喘し、潮熱あり、手足濈然として汗出ずるものは大承気湯これを主る。
 もし汗多く微かに発熱悪寒するものは、外未だ解せざるなり。その熱潮せずんば、未だ承気湯を与うべからず。
 もし腹大いに満ちて通ぜざる者は、小承気湯を与えて微(すこ)しく胃気を和すべく、大いに泄下に致らしむること勿(なか)れ」
とあり、あまり下し過ぎてもいけないようであるが、処方は、
 「大承気湯
 大黄四両酒洗 厚朴半斤炙る皮を去る 枳実三枚大なるもの炙る……」
で大黄の量は調胃承気湯から始まって、すべて等しく四両である。しかしここでは、気を利しつつ泄下する、つまり下剤としての意が強く、率朴、枳実、いずれも行気、破積(食滞等)の薬物で、大黄の瀉下作用を補助するものである。
 さてこうして通覧してみると、調胃承気湯の調胃、桃核承気湯の袪瘀、、大小承気湯の瀉下という三種の承気湯の方意は、大黄のもつ三様の薬効をそのまま方剤に拡張したものであるが、同時に共通して承気の名が示すように、いずれも理気の意味合いが込められているといえよう。

  加味承気湯から通導散へ
 さて時代が下り、きの大承気湯の構成に桃核承気湯の方意を重ねたのが、龔廷賢の『万病回春』に見られる加味承気湯である。即ちその腹痛門に、
  「加味承気湯
 瘀血内停しで胸腹腫痛し、或は大便通ぜざる等の症を治す。
 大黄・朴(芒)硝各三銭 枳実・厚朴、当帰・紅花各一銭 甘草五分病急なるものは用いず。
 右一剤を挫して酒水各二鐘(升)に煎じて一鐘に至り温服す。仍(なお)虚実を量(はか)りて加減す」
とあり、 大承気湯に当帰、紅花という血薬を加え、袪瘀の性格を加味したものであるが、急病、激症の場合は、さらに甘草の緩和作用を除いて薬効を鋭くするのであろう。この同じ腹痛門には、この章のはじめに紹介した活血湯があるが、両者には明らかに虚実の違いがある。
 そして矢数格先生もご指摘になっておられるように、瘀血証体質に対して五方の一つとして取り入れられた通導散は、おそらくこの加味承気湯からさらに発展したものであろう。即ちこれらと同じ『万病回春』の折傷門を開くと、
  「折傷の者は多くは瘀血の凝滞あるなり……」
という書きだしで、
  「通導散
 跌撲損傷極めて重きを治す。大小便通ぜざれば乃ち瘀血散ぜず。肚腹膨脹して心腹を上攻し、悶乱して死に至る者を治す。
 先ずこの薬を服して死血、瘀血を打下し、然る後方(まさ)に補損の薬を服すべし。酒飲を用いるべからず、癒(いよい)よ通ぜざるなり。また人の虚実を量(はか)りて用う。
 大黄・芒硝・枳殻各二銭 川厚朴・当帰・陳皮・木通・紅花・蘇木各一銭 甘草五分
 右一剤を挫して水煎して熱服す。利するをもって度となす。惟(ただ)孕(にん)婦小児は服すること勿(なか)れ」
 ひとまずこれで瘀血を下し、次いで補損の剤、例えば気血双補の十全大補湯等に変えるのであろうが、加味承気湯版りさらに強いものとして孕婦には流産の怕(おそ)れありとして禁じている。
 実はこれと同じ内容の処方は、『外科正宗』の跌撲門にも載っているが、ここでは大成湯という方名が付され、この名はその後さらに『医宗金鑑』にも引き継がれている。
 しかし時代から見て、やはり龔廷賢の創作と見るのが妥当であるが、異名同方であるので注意を要する。なおこの『外科正宗』の条文は、
  「大成湯
 跌撲傷損、或は高きより墜下し、もって瘀血臓腑に流入を致し、昏沈して醒(さ)めず、大小便秘す。及び木杖の後瘀血内攻し、肚腹膨脹し、結胸して食せず。悪心乾嘔、大小便燥結するも、併せてこれを服す」
とやや具体的になっている。
 ところで、この方の構成について整理してみると、
 当帰、紅花、蘇木………活血袪瘀
 厚朴、枳殻、陳皮………行気除痞
 大黄、芒硝、甘草………調胃承気
 木通……………………瀉火利水
調胃承気湯あるいは大承気湯をベースにした血薬と気薬及び利水薬の組み合せであることはよく分るが、なおこのうち三種の血薬について少しく考えてみたい。
 中草薬学書では各々の効能について、
 当帰………補血調経、活血止痛
 紅花……………活血袪瘀、通経
 蘇木………行血袪瘀、止痛消腫
としており、紅花の活血と蘇木の行血とではやや行血の方が強いようにも感じられるが、当帰から蘇木までいずれにしても破血といった激しい表現はとっていない。ただこの紅花と蘇木とはいずれも赤くてやや毒々しい色をしており、いかにも血薬といった感じをもたせる。矢数道明先生の言葉として『一貫堂医学』にも次のような文がある。
 「……瘀血証体質の人々は、多血質で鬱血性、顔の色は燃えるように赤く、皮膚も紫色に鬱血を来しておりまして、それに与える通導散という処方の中には、紅花や蘇木という赤い薬が浸山入っていて、丁度外観とそっくりの色をしているものであります……」
 このような薬色と薬効との連想は、鶏血藤にも見られるが、この毒々しい色彩のせいか、あるいはそのものものしい条文のせいか、通導散は極めて激烈な薬であるといった印象を与えている。しかし内容から見ても、また私の使用経験からも、それ程強い薬とは思えず、薬用量によるのかもしれないが「すぐに補損の剤に変えよ」といった条文にも拘(かかわ)らず、体質改善剤として久服が可能なようである。一般に中国古典の条文はやや誇大に過ぎる傾向があり、現在の日本の臨床ではやや割り引いて考えないと使えないことが多い。
 結局のところ通導散は、加味承気湯に蘇木のもつ止痛消腫と、木通の瀉火利水を加え、外傷に対する消腫利水の意を加えたもので、これはさらに厚朴、枳殻のもつ瀉水、破積に繋(つな)がり、袪瘀を中心に理気と消腫の意を加えたものといえる。したがって両者の条文に見られる程の違いは考えられず、だからこそ森道伯が五方の一つとして常用したのであろう。
 嘗(か)つて中島先生は半ば冗談まじりに、「私に加減させたら減ばかりで、最後は大黄一味じゃ」と笑っておられたが、今回各種承気湯の方意を整理していく中で、この意味はある程度お分りいただけたと思う。ただ大黄のもつ清熱、理気、瀉下、袪瘀という四つの薬効のうち、結局は一体どれが重要なのかと考えたとき、今一度何故道伯が防風通聖散から清熱薬として荊芥連翹湯を分離したかを想い起して見る必要があろう。荊芥連翹湯をはじめ一連の清熱解毒薬には、すべて大黄、芒硝は含まれておらず、防風通聖散の中の調胃承気湯は、瘀血証に対する通導散としてここに復活しているのである。中島先生は生前の道伯には殆どお会いになったことはないと伺っている。しかしこのことにつ感ては、端的にただ一言「瘀は後に落とす」と表現しておられる。
 気・血・水の病理は互いに錯綜し、生薬の薬効は定め難く、患者の証は移ろいやすく捕え難い。ただ漢方の名医達は、この曖昧模糊とした世界を明瞭に見分け、くっきりと仕分けをしているようである。そのためには鋭い観察眼と、深い洞察力、そして永い年月の経験の集積が必要なのであろう。


副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]
 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用
肝臓:肝機能異常(AST(GOT) 、ALT(GPT) の上昇等
[理由]
 本剤によると思われるAST(GOT)、ALT(GPT)の上昇等の肝機能異常が報告されているため。
                                                      (企業報告)
 [処置方法]
 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等
[理由]
本剤には大黄(ダイオウ)・当帰(トウキ)・無水芒硝(ボウショウ)が含まれているため、 食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されているため。

[処置方法]
  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。