健康情報: 2015

2015年10月4日日曜日

加味温胆湯(かみうんたんとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方精撰百八方
95.〔加味温胆湯〕(かみうんたんとう)
〔出典〕千金方

〔処方〕半夏5.0 茯苓4.0 竹筎、陳皮 各3.0 枳実、甘草、遠志、玄参、人参、地黄、酸棗仁、大棗、生姜 各2.0

〔目標〕不眠に用いる処方で、平素、胃腸が弱く、胃アトニーや胃下垂のある人や、或いは大熱、大病のあとで、胃腸の機能が衰えた人が、元気が回復せず、気が弱くなって些細なことに驚いたり、何でもないことに胸騒ぎがして、息がはずんだり、動悸がしたりし、気分は憂鬱で、夜はよく眠れない。また、たまたま眠れば、夢ばかりみて、起きてから眠ったという満足感がなく、自然に汗が出たり、寝汗が出たり、頭からばかり汗がでたりしやすい。
  食欲はなく、腹部は、心下部に振水音があったり、臍傍の動悸が亢進したりする。

〔かんどころ〕「虚煩して眠るを得ず」というところがつけめである。体が衰弱して苦しく、そのために眠れないのが本方の不眠である。そこで、大病のあと、慢性病患者などの不眠に用いる。

〔応用〕神経症、不眠症、胃下垂症、胃アトニー症、衰弱による虚煩等

〔治験〕衆方規矩に、次のような面白い治験がある。
  ある人が主君と口論したため、閉門になって1年以上も家に閉じこもっていたところ、熱感があって苦しく、腹が張って嘔吐し、夜は眠れないようになった。他の医者はみな、陰虚大動だといって治療したが、なかなか治らなかった。自分は、気鬱により痰飲を生じたからだと思って、加味温胆湯に黄連を加えて用いたところ、病状がよくなった。
  山田は、虚弱体質の人、衰弱した人の不眠には、本方を用いてよい結果を得ている。
  著明な治験例は、漢方で治る病気の第1集(34頁)にあるから参照されたい。
  附記方 加味温胆湯加黄連、加味温胆湯に黄連1.0~2.0を加える。
山田光胤


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
加味温胆湯かみうんたんとう  [衆方規矩]

【方意】 上焦の熱証による精神症状としての心煩・不眠・神経過敏・易驚・抑鬱気分等と、脾胃の水毒による上腹部振水音・心下痞・食欲不振等のあるもの。
《少陽病.虚実中間からやや虚証》

【自他覚症状の病態分類】

上焦の熱証による
精神症状
脾胃の水毒

主証 ◎心煩
◎不眠
◎神経過敏
◎易驚
◎抑鬱気分

◎上腹部振水音
◎心下痞





客証 ○息切れ
○動悸
○健忘
○繊憂細慮
 疲労倦怠
 恐怖 自汗
 目眩 卒倒


○食欲不振
 四肢浮腫
 弛緩性体質




【脈候】 やや軟・やや弱。

【舌候】 やや乾燥して、微白苔から白黄苔。

【腹候】 やや軟、上腹部振水音と心下痞塞感がほぼ必発である。

【病位・虚実】 上焦の熱証が中心的な病態であり少陽病に位する。脈力、腹力よ全虚実中間であるが、疲労倦怠を伴うこともあり、やや虚証にわたる。

【構成生薬】 半夏6.0 茯苓6.0 陳皮3.0 竹筎3.0 甘草1.5 枳実1.5 生姜1.5 黄連1.0 酸棗仁1.0

【方解】  二陳湯の半夏・茯苓・陳皮・生姜・甘草に、竹筎・黄連・酸棗仁・枳実の主に寒性の生薬が加味されたものである。二陳湯は脾胃の水毒による上腹部の振水音・悪心・嘔吐・食欲不振を主識。竹筎は微寒性、清涼・解熱・止渇・鎮咳・去痰作用の他、上焦の熱証を冷まし、これより派生する精神症状を鎮静させる。黄連も寒性で上焦の熱証を去る。竹筎・黄連の組合せは鎮静作用が強く、心煩・不眠・神経過敏・易驚・抑鬱気分等の熱証による精神症状を治す。酸棗仁は平、精神疲労を補い、竹筎・黄連に協力する。枳実は寒性、主に気滞を主るが、少量の本方では気のめぐりを改善し、精神症状に有効に働く。

【方意の幅および応用】
 A 上焦の熱証による精紳症状脾胃の水毒:心煩・不眠・易驚・精神過敏・抑鬱気分・上腹部振水音・心下痞等を目標にする場合。
   不眠症、多夢、健忘症、ノイローゼ、鬱病
 B 脾胃の水毒:上腹部振水音・心下痞等を目標にする場合。
   慢性胃炎、胃下垂
【参考】 *千金方の温胆湯は半夏・茯苓・橘皮・竹筎・甘草・枳実・生姜の七味。大病後虚煩眠るを得ざるを治す。此れ胆寒の故なり。
*病後虚煩て睡臥することを得ず、及び心胆虚怯し、事に触れて驚き易く、短気悸乏するを治す。
*『千金』の温胆湯は駆痰の剤なり。古人淡飲のことを胆寒と言う。温胆は淡飲を温散するなり。此の方は『霊枢』流水場に根柢して、其の力一層優とす。後世の竹筎温胆湯・清心温胆湯等の祖方なり。
*癇家の概治は『千金』温胆湯を最とす。凡そ諸症の変出不定の者は、皆肝胆の気鬱に係る。宜しく此の方を主とすべし。而して其の証に眩い、妄りに之を易うる勿れ。『先哲医話』
*この方の大切な目標は痰である。痰は今日の喀痰の意味ではなく、病的な水の意味である。一般に水毒といわれている。この痰があって、物事に驚きやすく、夢でうなされたり、不吉な夢を見て眠れなかったり、むなさわぎがするというようなものを目標にして、この方を用いる(大塚敬節)。
*二陳湯は脾胃の水毒が主であり、本方f上焦の熱証による精神症状が主である。
*本方意の精神症状はオドオドとして不安感が強い。驚きやすくビックリしたように目を大きく見開いていることがある。心配性は帰脾湯のほうが良い。
*元来胃腸が虚弱で弛緩性体質の者、或いは大病後で体力の回復が十分でない者などの精神症状に有効である。



【症例】 出産後の不眠
 28歳、婦人。産後元気が回復せず、蒼い顔をして不眠に悩んでいる。眠ろうとする盗汗が出て、なかなか眠れない。肺結核を疑われて、その方の検査をしたが、異常は発見されなかったという。気分が重くて仕事をする気がしない。二階への階段を上下するとき、息が切れるという。
 私はこれに温胆湯加黄連酸棗仁(つまり加味温胆湯)を用いたが、10日分を飲み終わらないうちに、盗汗が止み、5時間ほど熟睡ができるようになった。続いて1ヵ月ほど飲むと、血色も良くなり、息切れもなくなり、仕事も楽しくできるようになり、安眠を得るようになった。
大塚敬節 『症候による漢方治療の実際』 32

 眩暈・動悸・不眠
 箕輪亀山老侯は、歳40余。かつて、御奏者番を勤めていた時、宮中で眩暈(何に何かかぶさっているようで、目眩がする)を訴えた。この眩暈は辞職の後も治らず、心下に動悸があり、夜間安眠することができない。その上、時々目眩して卒倒しそうになる。
 辻元為春院がこれを数年治療したが、効がないので捨ててあるという。余はこれに『千金方』の温胆湯加黄連酸棗仁を与え、眩暈の時は小烏沈散(烏薬、人参、沈香、甘草からなる方)を服せしめた。すると数十日たって、夜は快眠できるようになり、多年の持病を忘れ、亀山に移住した。
浅田宗伯 『橘窓書影』


『薬局製剤 漢方212方の使い方』 第4版
埴岡 博・滝野 行亮 共著
薬業時報社 刊

K22. 加味温胆湯かみうんたんとう

出典
 万病回春の虚煩の項に加味温胆湯がある。これは本方の一味違いがあって,玄参の代りに五味子が入っている。
 玄参の入っている加味温胆湯は「医療衆方規矩大成」に出ている。

構成
 二陳湯に枳実,竹茹を加えたものが温胆湯で,その上に酸棗仁,遠志,五味子,人参,熟地黄を加えると万病回春の加味温胆湯になる。
 医療衆方規矩大成の同名方は,五味子に代って玄参が入っているが,これは改版の際の誤記で,玄参であることの意味はない。
 加味された遠志,五味子,人参,熟地黄はいずれも栄養剤で,しかも精神安定作用をもっている。温胆湯よりも体の弱い人によい。

目標
 現代の眠剤が,ほとんど要指示薬であるため,漢方薬で何かないかと同業者や製薬会社によく質問をうける。
 漢方では,その病情によって瀉心湯,酸棗仁湯,柴胡加竜骨牡蛎湯,抑肝散などを使いわけるので,単一の処方を推賞することはできないが,ひと口で言って陽性の精神不安は瀉心湯,怒りっぽいのは抑肝散,驚き易いのは柴胡竜牡,そして陰症で精神不安ていどなら温胆湯や酸棗仁湯,驚悸が加われば加味温胆湯となる。
 酸棗仁湯は原方では15gもの酸棗仁を使っている。相当大量なので胃腸障害を起し易くやむを得ず半量ていどに減ずるが,そうすると,こんどは効きめがなかったりあるいはかえって眠れなかったりする。
 その点,加味温胆湯は胃腸薬が原処方でそれに加味されたものであるから,胃腸虚弱な人にも安心して使える。

応用
 不眠症,不眠症に随伴する驚悸症,心悸亢進,気鬱症,胃障害,神経症。

留意点
◎指針の処方は玄参があって五味子がない。これは,すみやかに五味子の入っている回春の処方に改めるべきである。
◎酸棗仁が黒いものと赤いものがある。黒は北方産,赤は南方産という。古来,黒いものをえらぶことになっている。
◎また酸棗仁は必ず炒って使わなければならない。炒って使えば催眠に,炒らないものは覚醒にと用途がちがう。
◎地黄は熟地黄を使う。
◎竹茹は,ともすれば竹細工の削りかすを混じる。とくに薬用として製造されたものを厳選する。
◎枳実は香気のあるものを使う。異臭があって黒いものは乾燥前あるいは乾燥中に腐敗したものである。

文献
1.万病回春(香港・医林書局版) 上巻p.233
2.医療衆方規矩大成 (寛政-天保年間。吉文字屋版) 112丁
3.校正衆方規矩 (寛保2年・万屋作右衛門板) 下巻5丁表


K22 加味温胆湯
成分・分量
 半夏    5.0
 茯苓    4.0
 陳皮    3.0
 竹茹    3.0
 酸棗仁   2.0
 玄参    2.0
 遠志    2.0
 人参    2.0
 地黄         2.0
 大棗         2.0
 枳実         2.0
 生姜(干)    2.0
 甘草         2.0
  以上13味 33.0
カット。500→250煎

効能・効果
胃腸が虚弱なものの次の諸症:神経症,不眠症

ひとこと
●黄連1.0-2.0の加味がよいと衆方規矩に載っている。もちろん玄参入りでなく五味子入りである。



『改訂 一般用漢方処方の手引き』 
監修 財団法人 日本公定書協会
編集 日本漢方生薬製剤協会

加味温胆湯
(かみうんたんとう)

成分・分量
 半夏3.5~6,茯苓3~6,陳皮2~3,竹茹2~3,生姜1~2,枳実1~3,甘草1~2,遠志2~3,玄参2(五味子3に変えても可),人参2~3,地黄2~3,酸棗仁1~5,大棗2,黄連1~2(黄連のない場合も可)
 遠志,玄参,人参,黄地,大棗のない場合もある。

用法・用量
 湯

効能・効果
 体力中等度以下で,胃腸が虚弱なものの次の諸症:神経症,不眠症

原典 万病回春

出典 医療衆方規矩

解説
 本方は温胆湯の加味方であるが,千金方,万病回春,古今医鑑など類似方があって,それをそれぞれひきついでいるため現代の成本には著者によって,同名で構成内容が若干異なる処方が記載されている。
 温胆湯に比較して,神経症状の激変しやすいものによく,特に慢性病や大病のあと衰弱して眠れなくなったものを治す効果にすぐれている。


生薬名 半夏 茯苓 陳皮 竹茹 乾生姜 生姜 枳実 枳殻 甘草 遠志 玄参 人参 地黄 熟地黄 酸棗仁 大棗 黄連 五味子
処方分量集 注1 3.5 3.5 - 3 1 - 3 - 2 - - 3 2 - 3.5 - 2 -
診療の実際 - - - - - - - - - - - - - - - - - -
診療医典 6 6 2.5 2 - 3 1.5 - 1 - - - - - 2~5 - 1.5 -
症候別治療 注2 4 4 2 2 - 3 1.5 - 1 - - - - - 5 - 1.5 -
処方解説 - - - - - - - - - - - - - - - - - -
後世要方解説 - - - - - - - - - - - - - - - - - -
漢方百話 注3 6 6 3 2 1 - - 1 1 - - - - - 1 - 1 -
応用の実際 注4 5 4 3 3 2 - 2 - 2 2 2 2 2 - 2 2 2*1 -
明解処方 - - - - - - - - - - - - - - - - - -
漢方医学 5 3 3 3 - 2 3 - 2 2 2 2 2 - 2 2 - -
現代入門 5 3 3 3 - 2 3 - 2 2 2 2 2 - 2 2 - -
精撰百八方 5 4 3 3 - 2 2 - 2 2 2 2 2 - 2 2 - -
図説東洋医学 5 4 3 3 1 - 2 - 2 2 2 2 2 - 3 2 2*2 -
黙堂柴田良治処方集 4 2 2 2 - 1 2 - 1 3 - 3 - 3 3 2 - 3
漢方処方大成 5.2 1.5 1.8 2.2 - 2.2 - 1.5 1.5 - 1.5 - 1.5 1.5 - 1.5


*1 更に加えてよいことがある。
*2 加える場合もある。
○文献に分量の記載なし

 注1   上記の生薬に麦門冬3.0,当帰・山梔子各2.0,辰砂1.0が加味された万病回春の処方が記載されている。

 注2   不眠。
 注3  胃障害による不眠症。

 注4  神経症,不眠症,胃下垂症,胃アトニー症,大病後の衰弱による虚煩。

参考:類似の加味方として,万病回春に竹茹温胆湯※(柴胡5.0,桔梗,陳皮,半夏,竹茹,茯苓各3.0,香附子,人参,黄連各2.0,枳実,甘草,乾生姜各1.0)
 千金方に千金温胆湯※(半夏5.0,陳皮3.0,甘草,竹茹各2.0,乾生姜各1.0)。
 古今医鑑に清心温胆湯※(半夏,茯苓,陳皮,白朮各3.0,当帰,川芎,芍薬,麦門,遠志,人参,竹茹各2.0,黄連,枳実,香附,菖蒲,甘草各1.0)などがある。
 ※矢数道明「処方解説」
熱のある下痢の初期に用いる。このとき,項背がこわばり,心下が痞える。勿誤薬室方函口訣には,小児の下痢によく用いられるとある。また汗が出て,喘鳴を発することもある。

 注5  原本には葛根を先に煮ることになっている。普通は一諸に煮て用いている。裏の熱がはなはだしく,表熱もあり,表裏の鬱熱によって心下が痞えて下痢し,喘して汗が出,心中悸等の症のあるものに用いる。

 注6  はしか:高熱を出し,咳をして下痢気味のときは葛根黄連黄芩湯を用いる。


『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社刊
p.54
▼<大病後、疲れて眠れないもの>…温胆湯うんたんとう加味温胆湯かみうんたんとう竹茹温胆湯ちくじょうんたんとう
 神経過敏になり、ささいなことに驚き、安眠できず、ときに気うつの状となり、あるいは息切れがしたり、食欲不振となるものがある。私は、温胆湯に酸棗仁さんそうにん5g、黄連おうれん1gを加えて加味温胆湯として用いることにしている。竹茹温胆湯は、感冒、流感、肺炎などで、一応、解熱したのち、せきが出て、たんが多く、寝苦しくて安眠できないものに用いる。

p.180

加味温胆湯かみうんたんとう




処方 温胆湯に、酸棗仁4g、黄連2gを加える。

目標 温胆湯でも安眠が十分でないもの。

応用 不眠症。


『衆方規矩解説(49)』
日本漢方医学研究所常務理事 杵渕 彰

不寝門・怔忡門


  本日は、不寝門、怔忡門についてお話しいたします。
  まず不寝門ですが、これは不眠についての処方の解説です。このテキストでは三つの薬方が出されており、その加減方が加えられております。不眠という症状 は、漢方医学的にどのように説明されていたのかといいますと、中国隋時代の巣元方という人の『病源候論』に「衛気が夜になっても陽の部分ばかりまわって陰 の部分に入らないためである」と書かれております。このような言い方ではわかりにくいのですが、気持が落着かず、頭が冴えているような状態という程度のこ とでしょうか。現代生理学で、覚醒時と睡眠時の血行動態の違いがわかっておりますが、このような点と共通するところもあり、興味深いものと思われます。
  また、漢方的な不眠の原因としては、五行でいう心熱と胆冷があげられております。五行でいう心とは木・火・土・金・水の火な配当配当究標、笑いとか高揚性 を意味し、胆は肝、木に配当され、怒りとか攻撃性、決断力を意味します。胆の冷えとか、胆の虚は、不安感や脅えのような意味になります。ここで出ている温 胆湯(ウンタントウ)は、名前の通り冷えている胆を温める薬ということです。心熱は気分の高揚した興奮状態です。胆冷は胆虚と表現されることもあります が、不安、焦燥感の状態と考えられます。
 加藤謙斎という江戸時代の医師に『衆方規矩方解』という、このテキストの『衆方規矩』についての解説や、先人の口訣などを集めた本がありますが、それによると不眠は「これが驚悸、怔忡のもとぞ。これらの類いの惣まくりは帰脾湯(キヒトウ)に安神丸(アンシンガン)を兼用すべし」とあります。このまま受け取るわけにはゆきませんが、不眠という症状が重視されていたことがうかがわれます。
 このテキストに記載されている薬方は、胆虚の時、病気のあとなどで、虚証になっていて不安、焦燥感が強く、不眠の時に使われるものです。ここには述べられておりませんが、心熱の不眠に使われる薬方は三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)とか、黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)のような黄連(オウレン)剤が主であります。

■温胆湯
 最初は温胆湯(うんたんとう)です。テキストを読みますと「心虚胆怯れ、事に触れて驚き易く、夜不祥の異像を夢みて心驚くことを致し、気鬱して痰涎を生じ、或いは短気、悸乏、自汗、飲食味なく、或いは傷寒一切の病後虚煩して眠臥することを得ざるを治す」とあります。
  薬味は「守(半夏(ハンゲ))、陳(陳皮(チンピ))、苓(茯苓(ブクリョウ)、実(枳実(キジツ))各二匁、茹(竹筎(チクジョ))一匁、甘(甘草(カ ンゾウ)五分。右、姜(生姜(ショウキョウ))、棗(大棗(タイソウ))を入れて煎じ服す」と八味からなっております。後世方の場合、生姜と大棗は数えず に、これを六味温胆湯(ロクミウンタントウ)ということもあります。
 この薬方は中国の南宋、十二世紀後半に陳言が著わした『三因極一病証 方論』という本で、通称『三因方』の虚煩門に収載されている薬方です。同名異方が『肝胆経』虚実寒熱の証治のところに、虚労で起きるめまいや、歩行困難に 使う薬方として出ております。このテキストにあるものと同じ温胆湯の方は、原典では「大病ののち虚煩眠るを得ざるを治す。胆寒ゆるが故なり。この薬これを 主る。また驚悸を治功」となっております。この温胆湯は現在でも使われている薬方ですが、あとに出てくる加減方や加味温胆湯(カミウンタントウ)とともに 使用目標が共通しているところも多いので、あとで一括してお話しいたします。
  テキストで次にある「一方」というのは、「胆の虚、痰熱 し、驚悸して眠らざるを治す。前の方に、茯苓を去りて生姜を加う」とあります。これは唐の時代の孫思邈の『千金要方』に記載されているものです。書かれた 時代としては、前の『三因方』よりもさらに前になりますが、茯苓の入っている三因方温胆湯の方が多く使われてきておりますので、このテキストではこちらの 『千金要方』の温胆湯をあとにしているのだと思います。
 テキストではもう一つ「一方」として「痰火ありて驚惕し、眠らざるを治す。驚悸 の症痰火に属して気虚を兼ねる者、宜しく痰火を清しうして以て虚を補うべし」とあり、薬味は「参(人参(ニンジン)、伽(白朮(ビャクジュツ))、神(茯 神(ブクシン))、沂(当帰(トウキ))、[生也](生地黄(ショウジオウ))、酸(酸棗仁(サンソウニン))炒る、門(麦門冬(バクモンドウ)、守(半 夏)、実(枳実)、連(黄連)、茹(竹筎(チクジョ))、丹(山梔子)各等分、辰(辰砂(シンシャ)五分別、甘(甘草)二分。右生姜一片、大棗一ヶ、梅 (烏梅(ウバイ))一ヶ、瀝(竹瀝(チクレキ))を入れて煎じ、辰砂の末を調えて服す」というものが記載されております。これは『万病回春』の驚悸門の温 胆湯で、このテキストにある条文の前半が記載されております。この方も現在しばしば使われておりますが、辰砂、烏梅、竹瀝を去り、生地黄の代わりに乾地黄 (カンジオウ)を使用しております。

■加味温胆湯
 次に加味温胆湯(カミウンタントウ)として「病後 虚煩して睡臥することを得ず。及び心胆虚怯し、事に触れて驚き易く、短気悸乏するを治す。守(半夏(ハンゲ)三匁半、陳(陳皮(チンピ)二匁二分、茹(竹 筎(チクジョ))、実(枳実(キジツ))各一匁半、苓(茯苓(ブクリョウ))、甘(甘草(カンゾウ))各一匁一分、遠(遠志(オンジ))[玄彡](玄参 (ゲンジン)、参(人参(ニンジン))、芐(地黄(ジオウ)、酸(酸棗仁(サンソウニン))炒る、各一匁。右姜(生姜(ショウキョウ))、棗(大棗(タイ ソウ))を入れて煎じ服す」と述べられております。
 これは『万病回春』の虚煩門の加味温胆湯と条文が一致しており、薬味も玄参と五味子が 入れ替わっているだけで一致しております。ただし、このテキストでは生薬名が略字となっておりまして、玄参[玄彡]と五味子(玄)とは間違いやすい字に なっておりますので、『万病回春』の加味温胆湯とまったく同じものと考えてもよいかもしれません。

 以上、四つの薬方をあげて「按ずるに病後に虚煩して眠らざる者に前の方を選んで数奇を得る」と書かれております。
  以上の薬方は『三因方』『千金方』『万病回春』の温胆湯と、やはり『万病回春』の加味温胆湯の四薬方です。これらの薬方の中で、三方以上に共通している生 薬は半夏、陳皮、茯苓、枳実、竹茹、甘草、生姜、大棗の八味と多く、一つの薬方群といえましょう。この一群の薬方のもととなっているのは「虚煩眠るを得ざ るを主る方」という小品流水湯(ショウヒンリュウスイトウ)であるといわれております。これは半夏、粳米(コウベイ)、茯苓の三味からなるもので、さらに これは『黄帝内経霊枢』の半夏湯(ハンゲトウ)から出たものといわれております。また別の見方をいたしますと、これは二陳湯(ニチントウ)が原方と考えることもできましょう。また頻用処方である竹茹温胆湯(チクジョウンタントウ)もここには出てきておりませんが、このグループに入れられる薬方であります。
  これらの薬方の使い方ですが、先ほどお話ししたように、虚証で神経過敏になっている不眠に用いられておりますが、テキストにあるように、病後とか、家族の 看病疲れとか、過労などで虚証となった人や元来胃腸の虚弱な人の入眠障害、就眠障害に効果があり、しばしば動悸を伴い、息切れや寝汗を伴うこともありま す。顔色は悪く、腹証を見ても胃内停水があり、臍傍の悸が触れることが多いようです。
 不眠以外にも神経症領域に使われておりますが、香月 牛山は『回春』の温胆湯を加減温胆湯(カゲンウンタントウ)と呼んで「この方は痰を治するのみならず、狂癲癇を治するの妙剤なり」と述べております。ま た、浅井貞庵は、『三因方』の温胆湯について「その容態にては上逆、めまい少しも動かせず、立つこともできん」ような状態に用いると書いております。これ ら四薬方の中で、現在も多く使われておりますのは『三因方』と『回春』の温胆湯です。この二つの鑑別はなかなか困難でありますが、『三因方』の温胆湯に比 べれば『回春』の温胆湯の方が黄連(オウレン)、山梔子(サンシシ)が入っている分やや煩燥の度合いが強く、不眠を苦痛に感じ、じっと横になっていられな い人の方が多いようです。
 目黒道琢の『餐英館療治雑話』に「温胆湯の訣」という記事がありますが、その中で「不眠には帰脾湯(キヒトウ)、温胆湯、抑肝散(ヨクカンサン)の それぞれの場合があるのでよく鑑別しなければならない」と述べております。このうち温胆湯のゆくものは「痰の気味があり、そのため息切れや驚悸、怔忡など の症状があれば温胆湯の効かないはずはない」と言い切っております。しかし、「急に効果を見ることはむずかしいので、転方せずに治療すべきだ」といってお ります。
 不眠は、現代医学的には、原因別に環境性、身体性、精神病性、脳器質疾患性、神経症性、神経質性、老人性、薬物禁断性、本態性と いうように分類されていますが、温胆湯類はこの分類の中の神経質性、神経症性の不眠と、精神病性の不眠の一部に効果があると思います。また、このような神 経質性不眠の方は不眠を主訴として受診される方が多いので、このテキストでは温胆湯類のみをとり上げているのでしょう。
 そのほかに不眠に用いられる薬方は、先にお話しした心熱の場合のような興奮のために眠れないものには黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)などの黄連剤、この興奮とは違ったイライラ感での不眠には抑肝散など、抑うつ気分に伴うものは大柴胡湯(ダイサイコトウ)柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)帰脾湯などがしばしば使われます。心下痞硬を伴う時は甘草瀉心湯(カンゾウシャシントウ)がよく効きます。また『金匱要略』の酸棗仁湯(サンソウニントウ)は有名であり、とても素晴らしい効果を見ることがありますが、対象となる患者は温胆湯のものと近く、ターゲットはより狭いものと私は考えております。したがって温胆湯の方が使いよいように思っております。
 しかし、浅田宗伯は酸棗仁湯と 温胆湯との鑑別について次のように述べております。すなわち「もし心下肝胆の部分にあたりて停飲あり、これが為に動悸して眠りを得ざるは温胆湯の症なり。 もし胃中虚し、客気膈を動かして眠るを得ざる者は甘草瀉心湯の症なり。もし血気、虚燥、心火亢ぶりて眠りを得ざるものは酸棗仁湯の主なり」といいますが、実際には温胆湯と酸棗仁湯との鑑別はむずかしいように思います。
  また、『三因方』の温胆湯の加味方では、このテキストの不寐門の最後に「妊娠、心驚き、煩悶して眠らず。温胆湯に人参、麦門冬、柴胡を加えて安し」とあり ます。妊娠中は精神安定剤や睡眠誘導剤は催奇形性の問題があって使いにくいものですから、この加味方を試みる機会もあるかと思います。ここに出ておりませ んが、浅田宗伯の『方函口訣』には加味方として麦門冬、人参の加味と、黄連、酸棗仁の加味の方法が出ております。黄連、酸棗仁の加味方ですと『回春』の温 胆湯に近づきます。この加味方がよく使われておりまして、大塚敬節先生や矢数道明先生などの治験報告もこの加味方が多いようです。
 また、亀井南冥は石膏を加えて釣藤散(チョウトウサン)に近い使い方をしていたようですが、石膏を加えると『回春』にある高枕無憂散(コウチンムユウサン)に近い方意になるのではないかと思います。
  『三因方』の温胆湯と加味温胆湯の治験報告はたくさんありますが、このテキストに症例が一つ出ておりますので読んでみます。「一人主君と口論を為して戸を 閉じること一年余り、心熱煩満し、痰火心を攻め、腹張り、嘔逆し、夜寝ること能わず。他医皆言う。陰虚火動なりと。而れども治応ぜず。予謂えらく、気欝、 痰を生じて然りと、加味温胆湯に黄連を加えて安し」というものです。この症例は、気欝から水毒を生じて不眠となったというものに、煩満があるので黄連を加 えたものと思われます。
 温胆湯の治験報告に不眠というのが多いのは当然ですが、大塚敬節先生の治験に少し変わったものがありますのでご紹 介いたします。「四八歳の婦人で、半年前に腹石の手術を行ない、その後ひどく冷えるようになり、頻尿のため不眠となった。また三叉神経痛があり、以前から 眼瞼の痙攣も伴う」という症状で、便秘がちの人です。この患者に温胆湯加酸棗仁、蘇葉、大黄を二週間投与したところ、不眠も神経痛もなくなったというもの です。
 腹証などの所見が記載されていないのが残念ですが、興味深い症例と思います。なお、ここでの温胆湯は『三因方』の温胆湯であろうと思います。



『漢方処方・方意集』 仁池米敦著 たにぐち書店刊
p.56加味温胆湯かみうんたんとう
 [薬局製剤] 半夏5 茯苓4 陳皮3 酸棗仁2 玄参2 遠志2 人参2 地黄2 大棗2 枳実2 生姜2 甘草2 以上の切断又は粉砕した生薬をとり、1包として製する。

 «医療衆方規矩大成» 半夏5 茯苓4 陳皮3 竹筎ちくじょ3 酸棗仁さんそうにん2 玄参げんじん 遠志おんじ2 人参2 地黄2 大棗2 枳実2 甘草2 乾生姜1


  【方意】血と気を補って湿邪と虚熱を除き、心小腸と肝胆を調えて、血と水の行りを良くし痰を去り上逆した気を降ろし精神を安定し、虚煩きょはん睡臥すいがを得ない者などに用いる方。
  【適応】 虚煩きょはん(煩わさしさと微かな熱症状)や睡臥すいが(横になって眠ること)を得ない者・不眠・心胆が虚怯きょきょう(虚労して驚き易い症状)する者・事に触れて驚きやすい者・多痰・短気(息切れ)し悸乏きぼうする者・動悸など。
  [原文訳]«医療衆方規矩大成・不寐門»   ○病みて後に虚煩きょはんして、睡臥すいがすることを得ず、及び心膽
虚怯きょきょうし、事に触れて驚き易く、短氣し悸乏きぼうするを治す。


 «万病回春» 半夏4 茯苓4 酸棗仁さんそうにん4 人参3 麦門冬3 枳実3 竹筎ちくじょ3 山梔子2 当帰2 地黄2 黄連2 甘草2 辰砂しんしゃ1 乾生姜1


  【方意】血と津液を補って湿邪と虚熱を除き、心小腸と肝胆を調えて、血と水の行りを良くし痰を去り上逆した気を降ろし精神を安定し、驚惕きょうてきや不眠などに用いる方。

  【適応】 多痰・不眠・驚惕きょうてき(驚いて心悸が亢進する病)・虚煩きょはんなど。
  [原文訳]«万病回春・驚悸»   
○痰火し、驚惕きょうてきし不眠するを治す。(驚悸きょうきは痰火し氣虚を兼ねる者に屬す、痰火を清しって虚を補えば宜し。)



 «万病回春» 半夏6 大棗3 竹筎ちくじょ3 枳実3 陳皮3 茯苓3 酸棗仁さんそうにん2 遠志おんじ2 五味子2 人参2 地黄2 甘草2 乾生姜1


  【方意】血と津液を補って湿邪と虚熱を除き、肝胆と心小腸を調えて、血と気の行りを良くし痰を去り上逆した気を降ろし精神を安定し、病後の虚煩きょはんや不眠などに用いる方。
  【適応】 病後に虚煩きょはん(煩わしさと微かな熱症状)しする(横になって寝ること)を得ない者・心胸がはん(煩わしく
不安感がある症状)しやすらかでない者・不眠・虚怯きょきょう(虚労して驚き易い症状)して事に触れ驚き易い者・短気(息切れ)し心悸(動悸が起こって不安になる症状)する者など。

  [原文訳]«万病回春・虚煩»   
     ○病後の虚煩きょはんするを得ず、及び心膽が虚怯きょきょうし、事に觸れ驚き易く、短氣し心悸するを治す。(虚煩きょはん、心胸がはんうれやすらかならざるなり。)



痰火し、驚惕きょうてきし不眠するを治す。(驚悸きょうきは痰火し氣虚を兼ねる者に屬す、痰火を清しって虚を補えば宜し。)



【添付文書等に記載すべき事項】
 してはいけないこと 
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
1.次の人は服用しないこと
   生後3ヵ月未満の乳児。
    〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕


 相談すること 
 1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  (1)医師の治療を受けている人。
  (2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
  (3)胃腸が弱く下痢しやすい人。

  (4)高齢者。
        〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
  (5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人
  (6)次の診断を受けた人。
        高血圧、心臓病、腎臓病
        〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕

  (7)次の診断を受けた人。
  高血圧、心臓病、腎臓病
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕



2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

関係部位 症状
皮膚 発疹・発赤、かゆみ
消化器 食欲不振、胃部不快感


まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。

症状の名称 症状
偽アルドステロン症、
ミオパチー
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕


3.1ヵ月位服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬 剤師又は登録販売者に相談すること

4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕


 〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕

(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
   〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
  1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注
意すること。
    〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
  2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
    〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
  3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
    〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」を してはいけないこと に記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕

成分及び分量に関連する注意として、成分及び分量の項目に続けて以下を記載すること。〕
 本剤の服用により、糖尿病の検査値に影響を及ぼすことがある。
 〔1日最大配合量が遠志(オンジ)として1 g 以上 ( エキス剤については原生薬に換算して1 g 以上 ) 含有する製剤に記載すること



保管及び取扱い上の注意
 (1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
   〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕

 (2)小児の手の届かない所に保管すること。

 (3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
   〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕



【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】

注意
1.次の人は服用しないこと
   生後3ヵ月未満の乳児。
   〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
 (1)医師の治療を受けている人。
 (2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
 (3)胃腸が弱く下痢しやすい人。
 (4)高齢者。
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
 (5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人
 (6)次の症状のある人。
   むくみ
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
 (7)次の診断を受けた人。
   高血圧、心臓病、腎臓病
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕


2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  〔3.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には3´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕




2015年7月14日火曜日

葛根紅花湯(かっこんこうかとう) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.646 酒皶鼻・赤鼻
 
13 葛根紅花湯(かっこんこうかとう) 〔方輿輗〕
 葛根・芍薬・地黄 各三・〇 黄連・梔子・紅花 各一・五  大黄・甘草 各一・〇

 「酒査鼻しゅさびの劇症を療す。」
 強度のものには本方を服用し、かつ四物硫黄散を外用するという。中等または軽度のものは本方を連用するがよい。また刺絡により悪血をとる。黄連解毒湯を長服するもよい。
 酒査鼻(あかはな)専門の薬方である。



『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社刊
p.179
葛根紅花湯かっこんこうかとう




処方 葛根、芍薬、地黄各3g、黄連、梔子、紅花各1.5g 大黄、甘草各1g。
 以上を粉末とし、一回に飲む。

目標 顔面に赤斑のあるもの。
応用 酒皶鼻しゅさび(赤鼻)。肝斑かんぱん(しみ)


『漢方治療の方証吟味』 細野史郎著 創元社刊
p.657

酒皶しゅさ(その一)
-葛根紅花湯・黄連解毒湯

 〔患者〕 五十六歳の一杯飲み屋のおかみで、体重は五二kg、やや太りぎみの人。
 顔の両頬に約二年ほど前から細い血管が浮いて出てくるようになり、鼻の上も赤くなった。「あまりみっともないので一日も早く治してほしい」との希望である。
 大便は秘結傾向で二日に一回程度。月経は四十六歳で閉経し、血圧は普通。お酒はたくさんではないが毎日商売柄チビチビ飲んでいる。

 選方と経過

 十月五日。以上の所見から桂枝茯苓丸(粒剤、四・五g)合黄解散(粒剤、三・〇g)を一日量(三分服)として三〇日分を渡す。
 十二月十日。薬を渡してから二ヵ月目になるが、両頬の血管の赤味が少しましになっている。薬は一日二回しか飲んでいなかったと言う。便通はやはり二日に一回程度とのこと。
 そこで前方を二〇日と、桃核承気湯を(一・五gを一包みとして)三〇日分渡し、これを就床前に必ず飲むように言いきかせ、便通が一日一回になるように加減しながら飲みつづけるよう教えておいた。

 A その後、この患者はまだ来局しませんので、その結果は判りかねますが、こんな容態に、このような薬方でよいものでしょうか。また、このほかにも赤鼻の治し方をお教え下さい。

方証吟味

 S 少しいいのですか。頬や顔全体の赤いのは酒に関係のあることがずいぶん多いですね。それも、あまりたくさん飲まなくても、少しずつでも酒気にひたる機会の多い人では、頬や鼻の先が赤くなるもののようですね。
 A 五~六年前に一度みえたとき、これと同じような処方を渡し、それがよく効いたそうです。このときも前のを調べてみたのですが、はっきりしませんでした。しかし大分これに近かったと思いますので、ちょっと自信をもって渡しました。”赤鼻”のことについては、本を調べても、あまり見あたりません。
 S 黄解散でも効きますが、「待ってました!」というようにはなかなか効きませんよ。また時に、桂枝茯苓丸をもっていくとよく効くことがあります。葛根紅花湯という薬もよく効きますよ。これは浅田の『方函』にはない薬方ですが、『校正方輿輗』にはあります。しかし詳しいことは『稿本方輿輗』(有持桂里)を見るとよくわかります。
 これによりますと、酒皶では、軽症から重症までを三度に分けられるが、一度のものは最も軽症で、飲みぐすりだけで治るもの、二度のものは中間で、内服薬だけでは治りにくいもの、三度のものは難治で、特別なすりこみ薬を患部にすりこんで、鼻の赤いツブツブを摺り潰すようにして治療する、非常に難治の症である、と言っております。
 しかし、われわれの所へはそんな重症なものは現われません。この人の言うように、頬が赤くなるくらいで、みっともなくて仕方がないという程度のものの方が多いのです。この病は男女ともにありますが、軽症のものでは、われわれの手で治す方法もあり、一つはAさんの方法、他は葛根紅花湯またはこれに併せてもっていくのです。少なくとも酒皶に似たようなものならよく治るように思います。細血管の怒張によるものであれば割合に効きやすいようです。
 それが瘀血に関係があって、酒皶様の症状の起こっている人には桂枝茯苓丸やその類方が効きます。あるいは桃核承気湯証があって、上にのぼせて頬の赤くなっているのに桃核承気湯がよく効きます。桃核承気湯証があつて、上にのぼせて頬の赤くなっているのに桃核承気湯がよく効きます。桃核承気湯証のときは骨盤腔内や大腸、直腸、S字状結腸の周辺部に血行異常があって、欝血現象などが起こっているとき、ここが刺激源となって仙骨迷走神経を通して上方、頭、顔面に反応が現われる場合には、第一には桃核承気湯、次に桂枝茯苓丸またはその類方が効くはずです。
 酒皶様アクネのときは、アクネの療法を加え、また小柴胡湯当帰芍薬散、あるいは、より体力のある人では大柴胡湯にこれらの駆瘀血剤、そしてその上に葛根、紅花を加えると非常によく応じるように思います。
 瘀血で、のぼせが特に強く目につくときには桃核承気湯の方がよく効くので、これを小柴胡湯に合わせるとか、あるいは逍遙散、加味逍遙散に合方してゆくなどすることもあります。しかし、これでもどうしても赤味が取れないときは、葛根紅花湯をこの上に加味して赤味を取ります。単なるアレルギー性の日光性皮膚炎で顔の赤味だけが取れないときは、葛根紅花湯を主にして後、他の処方、たとえば体質があまり弱くなければ温清飲とか他の湿疹を治す処方を加えることによって赤味が取れ、きれいになって喜ばれることも少なくありませんよ。
 これらがだいたい酒皶やこれによく似た病症を治す方法だと心得ておればよいのです。
 A どのくらい続けたらいいですか。
 S その人を診ないで、そんなことは言えませんし、一週間もやってみずに、どれくらいで効くのだろうとも言いにくいのですが、まあ、そんなことを考えるよりは、まず長くかかるものだと考えて、病人が信じてついてきてくれるだけの態度をとってほしいです。たとえば感冒のようなわかりきった病症なら、一週間とか言えもしますが、このような慢性的な病症となっては的確に言えないのもあたりまえでしょう。そんな心配をしているよりは、すべからく自信たっぷりの態度で接することです。それには一にも勉強、二にも勉強です。
 B 粒剤の単味の葛根や紅花では〇・三gでいいでしょうか。
 S 〇・三gではちょっと少なくはないでしょうかなあ。もっと多く加えてやった方がよいと思いますよ。たとえばその倍量ぐらい。葛根や紅花を加えるのも、黄連解毒湯だけでは赤味が減らないからのことで、温清飲四物湯黄連解毒湯の合方ですから、ただの黄連解毒湯のみでなく、四物湯のような虚証にいく駆瘀血剤が加わっているわけですね。これは、黄連解毒湯桂枝茯苓丸を加えるとか、また桃核承気湯を加えるのと同じような理屈ですから、温清飲だけでもよく効くときがあるかもしれません。それに更に葛根紅花湯の合方にすると、もっと効くだろうとも思えますね。それが確実に根治させるかどうかはまた別としましてね。
 葛根は首から上の方に薬を効かせるようにするし、紅花は駆瘀血剤で、血管が怒張するのを軽減すると考えることはできないものですかなあ。『和語本草』には、紅花は多量に用いると瘀血をとるが、少量だと血を活かす作用があると言っています。要するに紅花は血をめぐらす要剤だと言うのです。
 A 男の人で鼻の真中が真赤になっている人がありますね。それも同じでしょうか。
 S おそらく同じでしょうね。
 B それから私の経験では、温清飲が非常によく効いた例がありました。
 C 頬や顔の赤い人は、冬は絶対にマスクをめるべきですね。
 S そして酒皶には酒は飲まないようにですかね。
 A 若い人でもワサビとか生姜をたくさん食べると赤鼻になるおそれはありませんか。
 S それだけ生姜を食べようと思ったら、よっぽどたくさん食べねばならないでしょうね。
 B 私の経験では、薬を飲んでいると良いのですが、根治することはないように思うのです。
 S そんなことも考えられなくはありません。酒皶の人は、根治するまでしっかり薬を飲み続けてくれないものですからね。根気が要りますから、少し良くなると飲まないのです。酒皶様のアクネなら割合によく治るものですね。そのときは桃核承気湯あるいは当散鬚散を葛根紅花湯に合方する方が一層効果的のようです。特に女の人で酒皶様アクネの人では、それがよく効きますね。
 A 赤い血管がシュシュと細絡のように出ている人に。
 S こんなとき瀉血するといいのですがね。黄連解毒湯に葛根紅花湯がやはりいいように思いますよ。
 C 悪化するのを抑制することはできますが、なかなか治り切るものではありません。細菌感染は防げますが根治した例は私には一度もありません。
 S あなたはやってみたことがあるのですか。
 C 一人二人はありますが、新薬も使います。
 S ここの話では新薬は勉強になりませんね。
 C スルファミンとかエリスロマイシンで悪化するのを止めておいて、それから漢方に変えるのです。続けていると悪化しません。
 S どのくらい続けるのですか。
 C 三ヵ月ぐらいです。
 S 私のところでは治りますよ、三年も四年も続けますから。
 C 赤いのが……、
 S とれます。効くとみたら長く飲ませることですよ。
 かつて、こんなことがありました。それは十二指腸潰瘍の疑いのある人でした。潰瘍だと思ってレントゲンで見ますと、そうではなくて、十二指腸壁に中等大の憩室けいしつが一つあったのです。それが平常は何ともないのですが過食になったときなどには食物の残滓ざんしがその部分に入り込み、腐って炎症を引き起こし、刺激になって十二指腸潰瘍のときと同じように、おなかが減ったときに軽く痛んできます。その人の鼻頭は酒皶のように真赤になっていました。しかし不思義なことに、柴胡桂枝湯とか延年半夏湯を与えているうちに、いつとはなく如上の痛みもなくなり、数ヵ月のうち例の赤鼻も全く消え失せていました。
 それにしても、同じく赤鼻と言っても、ニキビ型のものと、ただの赤くなったのとでは、その治し方が違うようです。ですから、酒皶を治すのも、ただ赤鼻だけに心をとらわれて証を見つけ出そうなど考えずに、もっと身体全体に充分注意し、たとえば診察のできる人なら腹をしっかり診て、 何の反応が出ているかよく調べるとか、その病人でも問診をもっと詳しくして、その根本治療となるような手段を考えた上での治療でなくてはならないと思います。そして全体的な体質改善法の上に、局所治療剤として、たとえば葛根紅花湯を加味してみるようにしますと、期待に添うた漢方とすることができると思います。それには、病人の顔つきもさることながら、心の動きぐあい、食物の好み、大小便の様子、月経時の様子など、必ずしも腹診したり脈をとらなくても青:充分理解できるだけの域に達することが大切でしょう。


『漢方処方・方意集』 仁池米敦著 たにぐち書店刊
p.53
葛根紅花湯かっこうこうかとう
 [薬局製剤] 葛根3 地黄3 芍薬3 山梔子1.5 黄連1.5 紅花1.5 甘草1 大黄1 以上の切断又は粉砕した生薬をとり、1包として製する。

 «方輿輗ほうよげい»葛根3 地黄3 芍薬3 山梔子1.5 黄連1.5 紅花1.5 甘草1 大黄(加減する)1 

  【方意】血と津液を補って瘀血と湿邪と熱を除き、肝胆と肺大腸を調えて、血の行りを良くし上逆した気を降ろし大便を出し、酒皶鼻しゅさび(赤鼻などの病)や面皰めんほう(ニキビなどの病)などに用いる方。

  [原文訳]«方輿輗»   ○酒皶鼻しゅさびの者を療する方なり。



『薬局製剤 漢方212方の使い方』 第4版
埴岡 博・滝野 行亮 共著
薬業時報社 刊


K19. 葛根紅花湯かっこんこうかとう

出典
 原出典は不明。天保年長の名医有持桂里の著した校正方輿輗にくわしく紹介されている。

構成  主薬は葛根と紅花である。葛根の薬効は,肌の熱を発散し,酒毒を解することにある。紅花は血の滞りを散ずる。また浄血作用もあって,芍薬と共に血行を良くする。
 地黄は血熱をさまして陰をうるおし陽を退けるとされ、血糖降下作用や緩下、利尿作用も報告されている。
 大黄,黄連,山梔子は共に消炎,利尿,鎮静作用があり,鬱血炎症の除去に働いている。
 これらの相互作用によって限局性うっ血の酒査鼻(あかはな)などに効果を発揮するようである。


目標
 酒査鼻といえば本方,というほど有名であるが,そのわりには一般には使われていない。
 酒査鼻とは,頭部,顔面の充血,血管運動神経異常などの原因で鼻頭部,頬部,顎などに限局的な毛細血管拡張のため発赤が起り,組織の増殖と腫脹を伴うのをいうが,慢性的な経過をとるから,長期服用の必要がある。細野史郎先生によれば3~4年の服用が必要であるという。
  大塚先生は本方中の大黄をとり去り,黄芩,薏苡仁を加えたもので進行性指掌角皮症を治療した例を報告していられるので,他の限局的な血行障害による皮膚疾患にも本方が応用できるのではないかと思われる。

応用
1.酒査鼻。
2.酒査性痤瘡,日光皮膚炎。

留意点
◎紅花は多量に用いると瘀血をとり,少量だと血を活かすという。(岡本一抱子・和語本草綱目) 本方の分量では活血である。瘀血があれば増量するとか、桃核承気湯など他の血証剤を併用するとよい。
◎紅花は虫害をうけ易い。また色のわるいものは増量して用いる。
◎酒査花に限らず,ステロイドアクネにも効く。この場合,当帰鬚散や桃核承気湯を併用する。


文献
1.有持桂里・稿本方輿輗。大塚敬節氏所有本を燎原が影印したもの
2.有持桂里・校正方輿輗:T文政12)
3.細野史郎ら・方証吟味(昭53) P.65


K19 葛根紅花湯
成分・分量
 葛根    3.0
 地黄    3.0
 芍薬    3.0
 黄連    1.5
 山梔子   1.5
 紅花    1.5
 甘草    1.0
 大黄    1.0
以上8味  15.5
カット。500→250煎
効能・効果
あかはな,しみ
ひとこと
●酒査鼻(あかはな)に。



『改訂 一般用漢方処方の手引き』 
監修 財団法人 日本公定書協会
編集 日本漢方生薬製剤協会

葛根紅花湯
(かっこんこうかとう)

成分・分量
 葛根3,芍薬3,地黄3,黄連1.5 山梔子1.5 紅花1.5 大黄1,甘草1

用法・用量
 湯

効能・効果
 体力中等度以上で,便秘傾向のものの次の諸症:あかはな(酒さ),しみ

原典 校正方輿輗
出典 

解説
 あかはなという特殊用途の専門薬であり,長期連用しなければならない。


        生薬名
参考文献名
葛根 芍薬 地黄 黄連 山梔子 紅花 大黄 甘草
方輿輗   注1 1銭 1銭 1銭 1銭 1銭 1銭 1銭 3分
診療医典  注2 3 3 3 1.5 1.5 1.5 1 1
症候別治療 3 3 3 1.5 1.5 1.5 1 1
処方解説  注3 3 3 3 1.5 1.5 1.5 1 1
*生地黄

注1 療酒皶鼻劇症。右八味,以水四合,煮取二合,渣再以四合,煮取一合半,日二剤,服湯数日,覚患所痛痒,則将四物硫黄散,擦鼻上,當大熱発,此毒欲尽也,熱既発之後外擦則須止,内服不須止也,若病軽者,小剤減水,不用外擦薬。

注2 酒皶:頭部,顔面の充血,血管神経異常などよって発生したものには,一般に本方が用いられる。
 しかし短時日で全治するわけにはゆかないから,永く続ける必要がある。
注3 「酒皶鼻の劇証を療す」強度のものには本方を服用し,かつ四物硫黄散を外用するという。中等または軽度のものは本方を連用するがよい。また刺絡により悪血をとる。黄連解毒湯を長服するもよい。酒皶鼻(あかはな)専門の薬方である。


『210処方漢方薬物治療学 薬理的アプローチ』 原田 正敏著 廣川書店刊
p.110
20.葛根紅花湯(かっこんこうかとう)
 [処方] 甘草 1, 芍薬 3, 黄連 1.5, 葛根 3, 紅花 1.5, 山梔子 1.5, 地黄 3, 大黄 1.
 [適応症] あかはな,しみ.
 [薬効群] 皮膚疾患用薬.
 【解説】  本邦の有持桂里(1758~1835)口述の稿本方輿輗ほうよげいに「あかはなのひどい症状を治す」とある.葛根黄連黄芩湯黄連解毒湯両者のほとんどを含む. 



『日本東洋医学雑誌』 Vol. 60 (2009) No. 1 P 93-97
難治性の顔面の皮疹に葛根紅花湯が著効した3症例
大塚 静英1), 及川 哲郎1), 望月 良子1), 早崎 知幸1), 小曽戸 洋1), 伊藤 剛1), 村主 明彦1), 花輪 壽彦1) 2)
1) 北里大学東洋医学総合研究所 2) 北里大学大学院医療系研究科


要旨
難治性の顔面の皮疹に葛根紅花湯が著効した3症例を経験したので報告する。症例1は39歳男性。20歳頃より鼻に限局して丘疹が出現し,以後,塩酸ミノサ イクリンの内服にて寛解,増悪を繰り返し,いわゆる酒さ鼻となったため,2007年5月に当研究所を受診した。葛根紅花湯(大黄0.3g)を服用したとこ ろ,3週間後,鼻全体の発赤が軽減し,丘疹も減少,額・頬部の発赤も消失した。症例2は,56歳女性。鼻,口周囲を中心としたそう痒感を伴う皮疹にて 2006年10月に当研究所を受診した。ステロイド外用剤にて軽減するものの中止すると増悪を繰り返していたことより,酒さ様皮膚炎と診断した。葛根紅花 湯(甘草0.8g,去大黄)を服用し,ステロイド外用剤は同時に中止したところ,3週間後,全体的に紅斑は鼻と口周囲のみとなり,8週間後には症状はほぼ 消失した。症例3は,26歳女性。鼻口唇部の紅斑,アトピー性皮膚炎にて当研究所を受診した。黄連解毒湯にて全体的には症状が軽減するも,鼻口唇部の紅斑 は不変であったため,葛根紅花湯(大黄1g)に転方したところ,2カ月後,鼻口唇部の紅斑は消失し,6カ月後には鼻口唇部の色素沈着がわずかに残るのみと なった。葛根紅花湯は,従来,いわゆる酒さ鼻に用いられてきたが,鼻だけでなく,顔面・鼻周囲の皮疹にも応用が可能であると考えられた。
キーワード: 葛根紅花湯, 酒さ鼻, 酒さ様皮膚炎, アトピー性皮膚炎

 諸言
 葛根紅花湯は有持桂里が『稿本方輿輗』に記し,従来,いわゆる酒皶鼻に用いられてきた処方であるが,その治験例は数少ない。緒方の報告した「ニキビに当帰芍薬散加方,次で(残った顔面の赤味に)葛根紅花湯」,「洗顔後,鼻尖部が赤くなると訴える婦人に葛根紅花湯」,「酒皶に葛根紅花湯」の3例の症例報告のみである。
 今回,我々は,葛根紅花湯が,いわゆる酒皶鼻,酒皶様皮膚炎,アトピー性皮膚炎なとの皮疹に著効した3例を経験したので報告する。

 症例1:39歳,男性。
 主訴:鼻の丘疹と発赤腫脹。
 現病歴:20歳頃より鼻に吹き出物が出来たため,15年来断続的に塩酸ミノサイクリンを服用していた。最近では,月に2度程度,増悪時のみ塩酸ミノサイクリンを差用し,5日程度で丘疹は消退していた。漢方薬局にて煎じ薬(詳細不明)を半年服用するも改善しないため,2007年5月に当研究所を受診した。
 飲酒歴:なし。
 身体所見:身長175cm,体重61kg,血圧120/70mmHg。
 皮膚所見:鼻に限局した丘疹を多数認め,追全体が赤発,腫脹していた。瘙痒感はなかった。額・頬部に発赤を認めた。
 漢方所見:舌は乾湿中間,淡紅,薄い白苔を認め,脈は弦,腹診では,腹力は中等度で,両側の胸脇苦満,心下痞鞕,腹直筋攣急,小腹不仁,臍下に正中芯,両側臍傍部の圧痛,軽度の回盲・S状部の圧痛を認めた。
 経過:初診時,臨床所見からいわゆる酒皶鼻と診断し,葛根紅花湯(大黄0..3g)を処方した。先服3週間後には,鼻全体の赤発が軽減,丘疹も減少し,額・頬部の発赤は消失した。

 症例2:56歳,女性。
 主訴:鼻,口周囲を中心として瘙痒感を伴う皮疹。
 現病歴:2005年10月,顔面に散在性の紅斑と丘疹が出現し,近医にて湿疹と口唇ヘルペスと診断された。アシクロビル,ステロイド外用剤(詳細不明)の処方を受けたが,口唇ヘルペスが軽快した後も湿疹は完治には至らなかった。湿疹が悪化するたびにステロイド外用剤を使用し,さらにセレスタミン(マレイン酸クロルフェニラミンとベタメタゾンの合剤)の内服も併用したが,湿疹は一時的に軽減するものの,ステロイド外用剤を中止するとすぐに増悪を繰り返していた。他院で某社の十味敗毒湯エキス,十全大補湯エキスを服用するも改善しないため,2006年10月に当研究所を受診した。
 飲酒歴:なし。
 身体所見:身長153cm,体重56kg,血圧148/100mmHg

 皮膚所見:鼻,口周囲を中心とした瘙痒感を伴う紅斑・丘疹が散在している。鼻頭部に点状の毛細血管拡張を伴う談紅色斑と,小豆大の紅斑を認めた。気温の上昇時や発汗時に瘙痒感が増強するとのことであった。
 漢方所見:舌は,湿,薄い白苔を認め,脈は沈,腹診では,腹力は中等度,両側の胸脇苦満,軽度の心下痞鞕,腹直筋攣急,臍傍・回盲・S状部の圧痛を認めた。
 経過:初診時,経過よりステロイド外用剤の長期使用に伴う酒皶様皮膚炎と診断し,葛根紅花湯(甘草0.8g,去大黄)を処方した。ステロイド外用剤は漢方服用開始と同時に中止した。3週間後,丘疹は消失し,紅斑は鼻と口周囲のみとなり,8週間後には,紅斑もほぼ消失した。

 症例3:26歳,女性
 主訴:鼻口唇部の紅斑。
 現病歴:小児期より軽度のアトピー性皮膚炎があり,成人後も少し紅斑が出現する程度であった。2006年5月より,鼻の下,首,背中に強い瘙痒感を伴う紅斑が出現,皮膚科を受診し,塩酸オロパタジンの内服,ステロイド外用剤(詳細不明)を使用し軽減したが十分な改善がみられず,2006年6月に当研究所を受診した。
 飲酒歴:ビール1本を週3回。
 身体所見:身体171cm,体重70kg,血圧110/60mmHg。
 皮膚所見:全身の皮膚は乾燥し,鼻の下,首,背中に強い瘙痒感を伴う紅斑,特に鼻口唇部に浸潤性紅斑を認めた。
 漢方所見:舌は乾湿中間,淡紅色で無苔であり,脈は沈,腹診では,腹力は中等度,両側に軽度の胸脇苦満,腹直筋攣急を認めた。
 経過:初診時,黄連解毒湯を処方した。2ヵ月後,背中の強い瘙痒感を伴う紅斑は改善し,4ヵ月後,全体的に症状は軽減した。便秘のため4ヵ月以降大黄1gを追加した。しかし,6ヵ月経過後も鼻口唇部の浸潤性紅斑は改善せず,ステロイド外用剤を中止すると増悪するため,葛根紅花湯(大黄1g)に転方した。転方2ヵ月後,鼻口唇部の浸潤性紅斑は消失し,色素沈着のみとなり,瘙痒感も消失した。変方6ヵ月後には鼻口唇部の色素沈着がわずかに残るのみとなった。

 考察
 葛根紅花湯の原典は,有持桂里(1758-1835)が記した『稿本方輿輗』(第12・鼻)で,「葛根紅花湯は酒査鼻のはげしき者にて重きものは腫れあがる者なり。黄連解毒湯は腫れるに及ばずして軽きものなり。葛根紅花湯は鼻疣が出来て癩の如くに鼻がなる者なり。それには,黄連解毒はちと届き兼ぬるなり。酒査鼻は自ら痛きことはなきものなり。痒みはあるものなり。」とある。その構成生薬は,大黄,黄連,山梔子,葛根,芍薬,生地黄,紅花,甘草で,北里大学東洋医学総合研究所では,葛根・芍薬・地黄各3g,黄連・山梔子・紅花各1.5g,甘草1g,大黄(適量)を用いており,治酒査鼻方に葛根を加えたものである。
 治酒査鼻方は,『勿誤薬室方函口訣』に,「此の方は三黄瀉心湯に加味したる者にて,総じて面部の病に効あり。酒査鼻に限るべからず。若し瘡膿ある者,大弓黄湯治頭瘡一方)に宜し。清上防風湯は二湯より病勢緩なる処に用ゆ。」とある。治酒査鼻方の構成生薬の薬効は,大黄,黄連,山梔子は清熱作用,芍薬,地黄は四物湯加減で血の道を滑らかにし,紅花には強い駆瘀血作用がある。葛根紅花湯は治酒査鼻方に葛根が加わるため,前述の薬効を顔面に引き上げる方意を持つものと考えられる。
 葛根については,岡本一抱(1655-1716)の記した『和語本草綱目』に,「葛根は胃熱を解きて渇を止む。酒毒を消す。肌熱を解て汗を発し,痘瘡,斑疹出難きを発し,陽明の頭痛を治する聖薬なり。」とある。つまり,葛根は,鼻症状の原因となる胃熱を去り,津液を増やして口渇を軽減し,酒毒を消し,皮膚の熱を去って,汗を出し,痘瘡,斑疹を皮膚から出し尽くす作用がある。葛根紅花湯は,治酒査鼻方の清熱および駆瘀血作用に加え,葛根が鼻の症状 をきたす胃熱を清する薬能をもつために,いわゆる酒齄鼻に有効な処方とされるものと考えられる。
  今回提示した3例のうち,1例目はいわゆる酒齄鼻と考えられる。諸方の報告によると,十分な効果が得られるまで4ヵ月から1年程度の服用が必要であったが,本例では3週間後に明らかな皮疹の改善が認められた。後述の2例も,8週間後には著明な皮疹の改善が得られており,葛根紅花湯の効果は比較的速やかに現れると考えられる。2例目は酒齄様皮膚炎だが,炎症所見が強く,消炎作用をもつ生薬を多く含む本方が,特に有効であったと考えられる。通常みられるステロイド外用剤の中断によるリバウンドもみられず,速やかな軽快をみた。3例目はアトピー性皮膚炎であり酒齄ではないが,鼻口唇部に炎症を繰り返して形成された紅斑があり,その酒齄にも似た,厚みを持った所見を参考に本方を撰択したところ著効を呈した。本例の罹患部位は瘀血を伴うと考えられ,駆瘀血作用のある葛根紅花湯が有用なのではないかと推察される。
 葛根紅花湯は,従来,「酒査鼻専門の薬方である」とされ,実際そのように選用されてきたと思われるが,より広く顔面の難治性湿疹などに応用が可能であると考え,若干の文献的考察を加えて報告した。

 結語
 鼻・口周囲を中心とした顔面の皮疹に対して,その部位や局所的な炎症所見,瘀血所見を参考に葛根紅花湯を処方し,著効を得た3症例を経験した。葛根紅花湯は,従来,いわゆる酒齄鼻に対して用いられてきたが,鼻だけでなく,顔面・鼻周囲の皮疹にも応用が可能な処方であると考えられた。今後症例を集積し,より詳細な葛根紅花湯の使用目標について検討してゆきたい。

 附記 顔写真の掲載に関しては,患者から書面による承諾を得ている。
 本稿は第58回日本東洋医学会総会(広島・2007年)において報告した。
 本稿で投与した,葛根紅花湯の構成と生薬集散地は以下の通りである。
 葛根紅花湯:葛根(3.0g,四川省),芍薬(3.0g,奈良県),地黄(3.0g,河南省),黄連(1.5g,岐阜県),山梔子(1.5g,江西省),紅花(1.5g,四川省),炙甘草(1.0g,内蒙古),大黄(適宜,四川省)

 文献
1) 有持桂里:「稿本」方輿輗,江戸時代期写,巻15,鼻,28丁裏,燎原書房影印(1973)
2) 矢数道明:臨床応用漢方処方解説,増補改訂版,646,創元社(1981)
3)  緒方玄芳:ニキビに当帰芍薬散加方,次で葛根紅花湯,漢方診療おぼえ書(48),漢方の臨床,27,482-483 (1980)
4)  緒方玄芳:鼻が赤くなると訴える婦人,漢方診療おぼえ書(78),漢方の臨床,30,91-92 (1983)
5)  緒方玄芳:酒齄に葛根紅花湯,漢方診療おぼえ書(136),漢方の臨床,298-299 (1983)
6) 花輪壽彦監修:北里研究所東洋医学総合研究所漢方処方集,52,医聖社(2003)
7) 浅田宗伯:勿誤薬室方函口訣,近世漢方医学書集96影印,67,名著出版 (1982)
8) 岡本一抱:和語本草綱目(1),近世漢方医学書集成7影印,491-492,名著出版 (1979)


『日本東洋医学雑誌』 Vol. 60 (2009) No. 1 P 93-97
漢方治療が奏効した酒皶 の10症例
 桜井 みち代a), 本間 行彦b) 
a 桜井医院,静岡,〒439‐0006 菊川市堀之内201
b 北大前クリニック,北海道,〒001‐0014 札幌市北区北十四条西2丁目5

Ten Cases of Rosacea Successfully Treated with Kampo Formulas
Michiyo SAKURAIa Yukihiko HONMAb
a Sakurai Clinic, 201 Horinouchi, Kikugawa, Shizuoka 439-0006, Japan
b Hokudaimae Clinic, 5 Nishi 2 chome, Kita 14 jo, Kitaku, Sapporo 001-0014, Japan

 要旨
 難治性の中高年の女性にみられた第1,2度の酒皶の10症例に,漢方治療を行い,著効を得たので,報告する。患者の年齢は,46歳から81歳までで,平均 年齢は60.6歳,発病から受診までの期間は1カ月前から5,6年前までで,平均期間は約2.2年であった。奏効した方剤は,大柴胡湯黄連解毒湯の併用 が7例,葛根紅花湯が3例であった。後者のうち,1例は葛根紅花湯のみ,1例は始め葛根紅花湯で治療し,のち白虎加人参湯加味逍遙散の併用に転方した。 残りの1例は桂枝茯苓丸黄連解毒湯で開始,のち葛根紅花湯に転方した。本病に大柴胡湯黄連解毒湯の併用,または葛根紅花湯が治療の第一選択として試み る価値がある。
キーワード: 酒皶,大柴胡湯黄連解毒湯,葛根紅花湯

 緒言
 酒皶 は中高年の顔面にびまん性発赤と血管拡張をきたす慢性炎症性疾患であり,原因は不明で,難治性である。重症度によって3段階に分類される。第 1度は鼻尖,頬,眉間,オトガイ部に一過性の紅斑が生じ,次第に持続性となり,毛細血管拡張と脂漏を伴うようになる。瘙痒,ほてり感,易刺激性などの自覚症状がある。第2度は上記症状に,毛孔一致性の丘疹,膿疱が加わり,脂漏が強まり,病変が顔面全体に広がる。第3度は丘疹が密集融合して腫瘤状となる。とくに鼻が赤紫色となり,ミカンの皮のような凸凹不整となる。第1,2度は中年以降の女性に好発するが,第3度は男性に多い1 ) 。今回,中高年の女性にみられた第1,2度の酒皶1 0例に対し,漢方治療を行い,著効を得たので報告する。

症例1 :50歳,女性。
 初診:2005年2月。 現病歴:3,4年前から顔面発赤し,複数の皮膚科で治療を受けたが改善しないため,来院した。
 既往歴,家族歴に特記すべきことなし。
 現症:154cm,54kg。飲酒歴はない。肩こりがひどい。口渇著明。
 皮膚所見:両側頬全体が潮紅し,額,顎部,鼻梁部まで紅斑を認めた。紅斑上に細かい丘疹や一部膿疱が多数みられ,熱感と瘙痒がある。
 漢方医学的所見:脈候は虚実中間。舌候は乾燥し,やや濃い赤色,薄い白苔を認めた。舌下静脈の怒張や歯圧痕はない。腹候では,腹力はやや充実しており,両下腹部に圧痛を認めたが,胸脇苦満はない。
 経過:初診時,顔面の紅斑,熱感と痤瘡様の丘疹が多数みられること,および腹診で下腹部圧痛が あることから,黄連解毒湯桂枝茯苓丸加薏苡仁を処方したが,無効であった。さらに膿疱を目標として,十味敗毒湯を併用したり,黄連解毒湯を同じく清熱剤の桔梗石膏排膿散及湯に転方するもまったく効果がみられなかった。7カ月後,著明な肩こりと顔面の痒みより,大柴胡湯7. 5 g +黄連解毒湯7.5gに転方したところ,著明に改善した。13カ月後,ほぼ顔面の紅斑は消失したため,廃薬した。

症例2:46歳,女性。
 初診:2005年6月。
 現病歴:5,6年前から顔面に紅斑が出現した。2ヵ所の皮膚科で治療を受けたが改善しないため受診した。
 既往歴:19歳のとき虫垂炎から腹膜炎をおこしたことがある。子宮筋腫あり。
 家族歴:特になし。
 現症:160cm,57kg。お酒はたまにたしなむ程度。疲れやすい。イライラする。月経時頭痛あり。下痢しやすい。足が冷える。やや寒がり。肩こり。腰痛あり。夕方に下肢に浮腫が出現する。血圧100/60mmHg。
 皮膚所見:眼周囲と鼻の下以外の,ほぼ顔面全体に紅色の紅斑を認めた。触るとざらざらした触感がある。熱感と軽度の瘙痒感を伴う。
 漢方医学的所見:脈候は虚実中間。舌候は紅でやや熱証。軽度の瘀斑を認める。腹候では腹力やや充実しており,胸脇苦満あり。両腹直筋緊張。
 経過:初診時に,桂枝茯苓丸加薏苡仁5g+清上防風湯5g+白虎加人参湯6gを処方した。これ仲;少し楽になったというが,顔面紅斑には変化がない。1ヵ月後,扁桃に膿を認めたため,黄連解毒湯7.5g+小柴胡湯加桔梗石膏7.5gに転方したところ,やや顔面の紅斑が減少した。しかし腹満とガスがよく出ると訴えたため,腹証を考慮し,4ヵ月後に大柴胡湯7.5g+黄連解毒湯7.5gに転方した。以後次第に紅斑は消退し,14ヵ月後終診。

症例3:54歳,女性。
 初診:2005年5月。
 現病歴:5年前より顔面に潮紅が出現し,4年間某皮膚科でステロイドやケトコナゾール・クリームにより加療されていたが無効であったため,受診した。
 既往歴:40歳から頭痛あり。
 現症:160cm,55kg,1年前に閉経。便通はよい。飲酒歴はない。イライラして怒りっぽい。口内炎ができやすい。暑がり。
 皮膚所見:両頬と額に紅斑と,その上に細かい丘疹を多数認める。顔面にのぼせ感と軽い痒み,および軽度の浮腫を認める。
 漢方医学的所見:脈候は虚実中間。舌候は湿,薄白黄苔,歯圧痕あり。腹候では,腹力がやや充実している。胸脇苦満はない。
 経過:初診時,瘙痒を伴い熱感があることより三物黄芩湯を,また顔面の浮腫より猪苓湯を,あるいは軽い清熱剤として滋陰降火湯を,顔ののぼせから桂枝茯苓丸加薏苡仁を,強い清熱剤として黄連解毒湯桔梗石膏などを使用してみたが,いずれも無効であった。4ヵ月後,イライラして怒りっぽく,顔面潮紅より肝火上炎を考え,大柴胡湯(7.5g)に転方し,これに口内炎ができやすく,顔面紅斑と熱感より黄連解毒湯(7.5g)を併用したところ,漸次顔面紅斑は消退した。10ヵ月後,終診。

症例4:58歳,女性
 初診:2008年2月。
 既往歴:50歳,子宮筋腫のため子宮を全摘,高脂血症。56歳,誘因なく,顔面紅斑をきたし,桂枝茯苓丸越婢加朮湯により,2ヵ月で治癒したことがある。
 現病歴:4ヵ月前より顔面に紅斑が出現した。近医でステロイド軟膏を処方されたが,無効であったため受診した。
 現症:150cm,48kg。自汗あり。暑がり。便通はよい。口渇や肩こりはない。イライラしやすい。血圧126/84mmHg。
 皮膚所見:両頬,額,顎全体に紅斑を認める。触るとざらざらした触感があるが,丘疹は目立たない。ほてり感と痒みがある。
 漢方医学的所見:脈候はやや弱い。舌候は薄白苔。歯圧痕はなし。腹候では腹力やや充実~中等度。胸脇苦満あり。
 経過:初診時,過去に有効だった桂枝茯苓丸7.5g+越婢加朮湯7.5gを処方したが,今回はまったく効果はみられなかった。3週間後,イライラ感と胸脇苦満,顔面紅潮を目安に,大柴胡湯7.5g+黄連解毒湯7.5gに転方したところ,5週間後に紅斑は消失した。

症例5:48歳,女性
 初診:2009年1月
 現病歴:4ヵ月前から顔面の紅斑が出現し,次第に頬全体,額,顎に拡大した。瘙痒感と顔面の熱感を伴うため受診した。
 既往歴:高脂血症。
 現症:161cm,52kg,便通は2,3日に1回。月経は最近不順になってきた。頭痛あり。朝に顔が,夕には足がむくむ。肩こり,腰痛あり。足が冷える。自汗はない。寝汗は少しかく。手掌は汗ばんでいる。寒がり。上熱下寒あり。
 漢方医学的所見:脈候は沈弦。舌候は乾燥,紫青色,舌体はやや厚い。舌下静脈怒張あり。腹候では,腹力やや充実しており,上腹部がかたく張っている。胸脇苦満あり。末梢血,肝機能,血清脂質の検査では異常なし。抗核抗体陰性。
 経過:初診時,肩こり,胸脇苦満を目安に大柴胡湯7.5gを,それに顔面紅斑と熱感,瘙痒より黄連解毒湯7.5gを併用した。以後次第に紅斑が消退し,3ヵ月後には殆ど紅斑は消失した。4ヵ月後終診。


症例6:73歳,女性。
 初診:2009年1月。
 現病歴:5,6年前より顔面紅潮が出現するようになり,某病院で加味逍遙散を約1年間内服したが無効であった。1年前より増悪し,常時顔面紅潮を認め,顔面に熱感を自覚し,頭皮まで発赤が拡大するようになった。人前に出るのがつらいとの訴えで来院した。
 既往歴:5年前帯状疱疹。
 現症:154cm,55kg。飲酒歴はない。便通は2,3日に1回,食欲亢進,めまいはたまにある。顔ののぼせ感が強い。肩こりあり,咽がつまった感じがある。自汗。体は熱く感じる。足は冷たい。抗肌抗体陰性。血圧150/84mmHg。
 漢方医学的所見:舌候では薄黄苔を認める。舌質は紫赤色。脈候は弦。腹候では,腹力充実し,膨満し,胸脇苦満を認める。
 経過:初診時,腹力良く胸脇苦満より大柴胡湯7.5gを,それに紅斑,のぼせ,熱感より黄連解毒湯7.5gを併用した。1ヵ月後,紅斑は軽減し,便秘も解消した。3ヵ月後,著明改善し,顔の正中部が少し赤いのみとなる。5ヵ月後,日中は殆ど紅斑は目立たないが,入浴後に増悪するため,口渇を目標に白虎加人参湯12錠に転方した。入浴後も殆ど紅斑は目立たなくなり,同4錠を14日分処方して終診とした。

症例7:58歳,女性
 初診:2008年12月。
 現病歴:2008年8月に顔面に小紅斑。小丘疹が出現した。某皮膚科でステロイドの外用,内服で治療うけるも無効。瘙痒感は認めなかったが,逆に皮疹は拡大したため受診した。なお、この間に化粧品の変更はなく,日光皮膚炎の既往もない。
 既往歴:1999年子宮筋腫のため,子宮摘出術を受けている。
 家族歴:父が肺癌で65歳時死亡。
 現症:152cm,57kg,飲酒歴はない。便通はよい。夜間尿2回。温かい所に行くと顔がのぼせる。肩こりあり。乗り物酔いする。暑がり。自汗。イライラ感はない。末梢血,血液生化学的検査は正常。抗核抗体陰性。
 漢方医学的所見:脈候は虚実中間。舌候では薄い白膩苔を認め,胖大し,舌質は灰色暗赤色。腹証では,腹力やや充実しており,胸脇苦満はない。
 皮膚所見:両頬鮮紅色で,細かい丘疹が多い。顔面に軽度の浮腫を認める。
 経過:初診時,葛根紅花湯(葛根3g,芍薬3g,地黄3g,黄連1.5g,山梔子1.5g,紅花1.5g,大黄0.5g,甘草1g)を処方した。2週間後,紅斑が軽減し,皮膚表面の細かい丘疹が殆ど消失した。1ヵ月後,煎じ薬作用の手間のためエキス剤を希望し,桂枝茯苓丸加薏苡仁7.5g+黄連解毒湯7.5gに変更した。しかし,紅斑が増悪し、さらに瘙痒感とイライラ感が出現した。舌に黄膩苔を認め,顔面紅潮・イライラ感・胸脇苦満を目標に大柴胡湯7.5gを店方し,瘙痒・紅斑・のぼせを目標に黄連解毒湯7.5gを併用したところ,赤味が著明に減少した。以後同じ処方を継続し,7ヵ月後には紅斑はほぼ消失した。ほてりや瘙痒も消失し,よく眠れるようになった。炎症後の色素沈着があり,少し顎がざらざらしているため,桂枝茯苓丸加薏苡仁5g+温清飲5gに転方した。9ヵ月後,炎症後の色素沈着も軽快し,治癒に至った。


症例8:80歳,女性。
 初診:2009年3月。
 現病歴:半年前から両頬に発赤が出現。瘙痒はないが熱感があるため,受診した。
 既往歴:高脂血症。骨粗鬆症。膝関節痛。耳鳴り。鼻炎。
 現症:背のまがった小柄な女性。飲酒歴はない。便秘で,酸化マグネシウム(マグラックス4錠)を服用している。夜間尿2回。寝付きが悪く入眠に約1時間かかる。疲れやすい。セミの泣き声のような耳鳴りと肩こりがある。咳が出やすい。足が冷える。手足にしもやけを認める。寒がり。血圧155/90mmHg。
 漢方医学的所見:脈候は浮実弦。舌候は乾燥,白苔,舌質は絳,舌体はやや痩せている。舌下静脈の怒張あり。腹候では,腹力中等度,胸脇苦満と小腹不仁を認める。
 経過:健診時,酒皶鼻専門の薬方といわれる葛根紅花湯(葛根3g,芍薬3g,地黄3g,黄連1.5g,山梔子1.5g,紅花1.5g,大黄1g,甘草1g)を処方した。2週間後,顔面の赤味が半減した。また寝付きがよくなり,夜間尿も消失した。便通も改善し,下剤の服用量が半減した。1ヵ月半後,紅斑はほぼ消失し,2ヵ月後に終診。

症例9:81歳。
 初診:2009年11月。
 現病歴:1年前から顔面に紅斑が出現し,近医で治療(プロトピック軟膏外用)を受けているが無効。
 既往歴:25歳,虫垂炎。52歳,腸閉塞。腰痛あり。
 現症:135cm,48kg。飲酒歴はない。便通一日1回。夜間尿2回。足が冷えるので,靴下をはいて寝ている。毎朝少し痰が出る。末梢血及び血液生化学的検査正常。体温36.8度。血圧134/72mmHg。
 皮膚所見:両頬全体と眼瞼に紅斑がみられる。痒くはない。
 漢方医学的所見:舌候は乾燥,薄白苔,正常赤色。脈候は虚実中間。腹候では腹力やや軟弱,小腹不仁を認める。
 経過:初診時,葛根黄連黄芩湯(葛根6g,黄連3g,黄芩3g,甘草2g)を処方。1週間後,炎症症状がやや消退して,鮮やかな赤色が少し褪色した。まだ熱感がある。煎じ薬の手間を考え,桂枝茯苓丸5g+黄連解毒湯5gに変更した。1ヵ月後,紅斑は半減した。「肌がつるつるしてきて,手も皮がむけなくなった」,という。2ヵ月半後には紅斑は7割方減退していたが,腰が冷えて眠れない,と訴え,血圧も172/80mmHgに上昇した。腰痛と手足湿疹もあるため,八味地黄丸5g+桂枝茯苓丸5gに変更したところ,その2週間後の再診時に悪化していた。そのため,始めの葛根黄連黄芩湯も考えたが,酒皶鼻に有効とされる葛根紅花湯(大黄0.5g)を試みることにした。これにより,漸次紅斑が薄くなり,6ヵ月後,完治した。

症例10:68歳,女性。
 初診:2009年2月。
 現病歴:1ヵ月前より顔面に紅斑が出現し,一部落屑を伴う。痒みはないが,ヒリヒリした刺激感とほてり感がある。
 既往歴:高血圧,ドライアイ。
 現症:154cm,54kg。飲酒歴無し。足にしもやけができやすい。便通は2,3日に1回。夜間尿1,2回。眼のまわりにくまがある。朝顔がむくむ。足は冷えないが,暑がり。自汗。口角炎を認める。末梢血および血液生化学的検査正常。
 皮膚所見:頬,額,顎,鼻に広く左右対称性に紅斑がみられる。
 漢方医学的所見:舌候は乾湿半ば,薄白苔,舌質は濃い赤色,舌下静脈怒張,脈候は虚実中間。腹候では,腹力中等度,胸脇苦満と小腹不仁を認める。臍上悸を触れる。
 経過:初診時,便秘と胸脇苦満,および顔面の熱感と紅斑より,大柴胡湯5g+黄連解毒湯5gを処方。しかし,紅斑に変化がないため,1ヵ月後,大柴胡湯7.5g+黄連解毒湯7.5gに増量したが無効。2ヵ月後に葛根紅花湯(大黄1g)に転方した。これにより紅斑は7割方減少した。しかし,4ヵ月後,誘因なく急に悪化して丘疹,落屑がみられ,浮腫の状態と考えられたため,三物黄芩湯5g+越婢加朮湯5g+加味逍遙散5gに変更し,3週間で急性症状は消失し,顔面紅斑は3週間前の状態に戻った。その後,夏になり,よく汗をかき,暑がりで口渇があること,および舌証より瘀血が考えられるため,白虎加人参湯6g+加味逍遙散5gに転方した。これにより,すみやかに紅斑は消退し,6ヵ月後完治した。

表1

症例 年齢 発症から受診まで 肩こり
イライラ
胸脇苦満 腹力 有効と考えられた方剤 治薬期間
1 50 3,4年 やや充実 大柴胡湯黄連解毒湯 13ヵ月
2 46 5,6年 やや充実 大柴胡湯黄連解毒湯 14ヵ月
3 54 5年 やや充実 大柴胡湯黄連解毒湯 10ヵ月
4 58 4ヵ月 やや充実
~中等度
大柴胡湯黄連解毒湯 5週間
5 48 4ヵ月 やや充実 大柴胡湯黄連解毒湯 4ヵ月
6 73 5,6年 充実 大柴胡湯黄連解毒湯 6ヵ月
7 58 4ヵ月 やや充実 大柴胡湯黄連解毒湯 9ヵ月
8 80 6ヵ月 中等度 葛根紅花湯 2ヵ月
9 81 1年 やや軟弱 桂枝茯苓丸黄連解毒湯
 → 葛根紅花湯
6ヵ月
10 68 1ヵ月 中等度 葛根紅花湯 → 
白虎加人参湯加味逍遙散
6ヵ月




考察
 10例のまとめを表1に示す。大柴胡湯黄連解毒湯が奏効した症例は7症例,葛根紅花湯が奏効した 症例が1例,桂枝茯苓丸黄連解毒湯から始め,後,葛根紅花湯に転方して改善した症例が1例,葛根紅花湯で治療開始し,かなり改善していたが,その後 悪化したため,白虎加人参湯加味逍遙散に変更し た症例が1例であった。 漢方医学的に頭頸部は陽が盛んな所とされて,熱を帯びやすい。各種の熱は上昇して顔面に集まり,皮膚表面の血絡を赤く目立たせる。そのため,駆瘀血剤や清熱剤が必要となる。桂枝茯苓丸加味逍遙散のような駆瘀血剤や,黄連解毒湯白虎加人参湯などの清熱剤が奏効したのはこのためと考えられる。大柴胡湯黄連解毒湯が奏効した7症例において,全例腹力は充実していた。また胸脇苦満を示したのは4例にすぎなかったが,肩こりやイライラ感は全例に認められた。この7例は生来のイライラしやすい性質がストレスなどによって鬱結し,長期化するうちに鬱熱を生じ,化火して酒皶を生じた肝火上炎型と考えられる。顔面は三陽経の支配領域であり,太陽経,陽明経,少陽経が関与している。大柴胡湯は『傷寒論』の第136条に「傷寒十余日,熱結して 裏にあり,復た往来寒熱する者は大柴胡湯を与う」 とあり,少陽病に陽明腑証が併存した少陽と陽明の 併病に用いられる2)大柴胡湯の少陽経,陽明経の 通利をよくする作用により,酒皶に奏効したものと考えられる。
 黄連解毒湯は『外台秘要』を原典とし,その構成生薬は黄連,黄芩,黄柏,山梔子である。黄連が中焦の火を,黄芩が上焦の火を,黄柏が下焦の火を瀉 し,山梔子は三焦の火を通瀉し,あわせて,本方は上中下の三焦に火毒熱盛が充斥した場合の常用薬である3) 。高熱,煩燥,皮膚化膿症,不眠,鼻出血などのほか,アトピー性皮膚炎の著明な紅斑と瘙痒のあるときに頻用される。牧野は酒皶の肝火上炎型で体力があり,イライラしやすく,血圧も高い者に大柴胡湯黄連解毒湯加紅花が良いと述べている4)
 葛根紅花湯は有持桂里の記した『稿本方輿輗』が原典で5),従来,「酒皶鼻専門の薬方」とされてきた。 その構成生薬のうち,大黄,黄連,山梔子は清熱し, 芍薬,地黄,紅花は駆瘀血し,葛根は胃熱を去り, 斑疹を皮膚から出し尽くす作用がある。最近,酒皶以外にも難治性の顔面皮疹に著効した報告がある6) 。 この処方が奏効した3症例は,大柴胡湯黄連解毒湯が奏効した7症例に比べると,腹力は弱かった。
 酒皶によく似た病変に酒皶様皮膚炎がある。接触性皮膚炎や日光皮膚炎,アトピー性皮膚炎,脂漏性皮膚炎などの基礎疾患があり,ステロイドを外用し続けたためにおこる医原性の疾患である。その経過は各基礎疾患により異なるので,ここでは酒皶様皮膚炎は含まず,酒皶のみに限定して報告した。
 酒皶様皮膚炎に対する漢方薬の効果はしばしば報 告されているが4)6)7),酒皶に対する報告は少ない。 松田邦夫は35歳の女性に葛根黄連黄芩湯で3カ月で治癒した例を8),また大塚静英らは39歳の男性の酒皶鼻が葛根紅花湯で治癒した例をそれぞれ報告して いる6)。また前田学は71歳の男性に消風散で,49歳の男性に桂枝茯苓丸で著効した例を報告している9)
 酒皶の治療について,成書では葛根紅花湯を第一にあげ,ついで黄連解毒湯葛根黄連黄芩湯防風通聖散を推奨している10) 。坂東は葛根紅花湯を第一にあげ,エキス剤では第1度の酒皶には温清飲桂枝茯苓丸加大黄を,第2~3度には荊芥連翹湯防風通聖散通導散,または荊芥連翹湯防風通聖散桂枝茯苓丸を推奨している11)。酒皶では真皮毛細血管の拡張と周囲に円形細胞が浸潤し,鼻や頬にはうっ血や充血がみられ,瘀血と考えられる。このため桂枝茯苓丸温清飲で血行障害と炎症を改善し, 紅花を加えて瘀血を除く目的と考えられる。また防風通聖散は,酒皶の患者にはしばしば臓毒体質のも のがみられるためであろう。牧野4) はアルコールの飲み過ぎなどによる湿熱証の酒皶には黄連解毒湯加紅花や,黄連解毒湯治頭瘡一方を推奨している。 今回ここに報告した症例はいずれもアルコール摂取やタバコの吸い過ぎ,油っこい食事の多用などはな く,臓毒証体質は否定的であった。

 結語
 中年女性にみられた第1,2度の酒皶に漢方治療 を行い,著効を得た10症例を経験した。効果のあった主な方剤は大柴胡湯黄連解毒湯が7例,葛根紅花湯が1例,桂枝茯苓丸黄連解毒湯および葛根紅花湯が1例,葛根紅花湯および白虎加人参湯加味逍遙散が1例であった。第1度または第2度の酒皶の治療には,実証には大柴胡湯黄連解毒湯,虚実中間証または虚証には葛根紅花湯を第一選択肢として試みる価値があると考える。

 附記:本稿で使用した漢方エキス剤は,症例1, 2,3にはコタロー桔梗石膏を,症例6にはクラシエ 白虎加人参湯を,その他はツムラ社製のエキス剤を使用した。
 また,葛根紅花湯,および葛根黄連黄芩湯の生薬集散地は以下の通りである。
 葛根:四川省,芍薬:四川省,地黄:山西省,黄連:四川省,山梔子:安徽省,紅花:新疆,大黄:青海省, 甘草:内蒙古,黄芩:河北省。


 文献
 1)清水宏:あたらしい皮膚科学,317~318,中山書店, 東京,2005
 2)高山宏世:傷寒論を読もう,155,東洋学術出版社, 千葉,2008
 3)神戸中医学研究会:中医臨床のための方剤学,139~ 140,医歯薬出版,東京,2005
 4)牧野健司:皮膚疾患の漢方治療,66~70,新樹社書林, 東京,1995
 5)有持桂里:「稿本」方輿",江戸後期写,巻15,鼻,28 丁裏,燎原書房影印(1973)
 6)大塚静英,及川哲郎,望月良子,早崎知幸,小曾戸洋, 伊東剛,村主明彦,花輪壽彦:難治性の顔面の皮疹に 葛根紅花湯が著効した3症例,日東医誌 60,1,93‐ 97,2009
 7)中西孝文:酒皶のびまん性紅斑に対する十味敗毒湯の 効果およびアトピー性皮膚炎と酒$の合併について, 「皮膚科における漢方治療の現況8」67‐88,皮膚科 東洋医学研究会 総合医学社,東京,1997
 8)松田邦夫:酒皶に葛根黄連黄芩湯,「症例による漢方 治療の実際」382,創元社,1997
 9)前田学:酒皶(Ⅰ度)「皮膚疾患と瘀血,―レーダー グラフを用いた検討―」41‐43,緑書房,東京,1995
 10)大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎:漢方診療医典,306 ~307,南山堂,東京,1994
 11)坂東正造「山本巌の漢方医学と構造主義:病名漢方治 療の実際」384~385,メディカルユーコン,京都,2002



【添付文書等に記載すべき事項】
 してはいけないこと 
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
1.次の人は服用しないこと
   生後3ヵ月未満の乳児。
    〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2.授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けること



 相談すること 
 1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  (1)医師の治療を受けている人。
  (2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
  (3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。

  (4)胃腸が弱く下痢しやすい人。

  (5)高齢者。
        〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
  (6)次の症状のある人。
        むくみ
        〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
  (7)次の診断を受けた人。
        高血圧、心臓病、腎臓病
        〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
  (8)次の医薬品を服用している人。
      瀉下薬 ( 下剤 )

2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

関係部位 症状
消化器 食欲不振、胃部不快感、はげし い腹痛を伴う下痢、腹痛



まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。

症状の名称 症状
偽アルドステロン症、
ミオパチー
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕


3.服用後、次の症状があらわれることがあるので、このような症状の持続又は増強が見られた場合には、服用を中止し、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  軟便、下痢

4.1ヵ月位服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬 剤師又は登録販売者に相談すること

5.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕


 〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕

(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
   〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
  1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注
意すること。
    〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
  2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
    〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
  3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
    〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」を してはいけないこと に記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕


保管及び取扱い上の注意
 (1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
   〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕

 (2)小児の手の届かない所に保管すること。

 (3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
   〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕



【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】


注意
1.次の人は服用しないこと
   生後3ヵ月未満の乳児。
   〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

2.授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けること


3.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
 (1)医師の治療を受けている人。
 (2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
 (3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。

 (4)胃腸が弱く下痢しやすい人。
 (5)高齢者。   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
 (6)次の症状のある人。
   むくみ
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
 (7)次の診断を受けた人。
   高血圧、心臓病、腎臓病
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
 (8)次の医薬品を服用している人。
   瀉下薬 ( 下剤 )


3´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  〔3.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には3´.を記載すること。〕
4.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
5.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕




2015年6月29日月曜日

葛根黄連黄芩湯(かっこんおうれんおうごんとう) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.75 赤痢・疫痢・急性腸炎・肩こり・高血圧症
19 葛根黄連黄芩湯(かっこんおうれんおうごんとう) 〔傷寒論〕
 葛根六・〇 黄連・黄芩 各三・〇 甘草二・〇

 原本には葛根を先に煮ることになっている。普通は一緒に煮て用いる。

応用〕 裏の熱が甚だしく、表熱もあり、表裏の鬱熱によって心下が痞えて下痢し、喘して汗が出、心中悸等の症あるものに用いる。
 本方は主として下痢(赤痢)・疫痢の初期・急性腸炎・喘息・肩こり等に用いられ、また眼病(結膜炎・涙嚢炎・トラコーマ)・歯痛・口内炎・二日酔・火傷後の発熱・灸後の発熱・丹毒・麻疹内攻・高血圧症・中風・不安神経症等に応用される。

目標〕 裏熱が主で、表熱がこれに加わり、心下に痞え、下痢して喘し、汗が出て津液は燥き、あるいは項背こわばり、心悸を訴え、脈促(大小不定にくる脈で結滞とは異なる)であるのが、おもな目標である。

方解〕 構成は簡単であり、葛根が主薬である。葛根には滋潤の働きがあり、血液が水分を失って凝固し、項背筋の拘攣するものを滋潤してゆるめる作用がある。心下の痞硬もやわらげる能があるといわれる。黄連は裏の熱が上に迫るのを治し、黄芩は心胸中の熱をさますものである。甘草は諸薬を調和させる。
  〔附記〕 東大薬学部の和漢薬成分の研究(薬学雑誌 七九巻八六二)によれば、日本産および中国より輸入の葛根より、daizein,daizin および二種の未知 isoflavone かと思われるものを分離し、マウス腸管について鎮痙作用を試験してみると、daizein が葛根のもっているパパベリン様鎮痙作用を代表していることがわかった。すなわち葛根中の微量成分の中に、筋の痙攣を緩解する作用のあるものが含まれていたことが証明された。葛根が項背こわばるものを治すといわれた意味が了解されたわけである。

主治
傷寒論(太陽病中篇)に、「太陽病桂枝ノ証、医反ツテ之ヲ下シ、利遂ニ止マズ、脈促ノモノハ表未ダ解セザルナリ。喘シテ汗出ズルモノハ葛根黄連黄芩湯之ヲ主ル」とある。
 類聚広義には、「平日項背強急、心胸痞塞、神思悒鬱ユウウツ憂鬱舒暢ジョチョウセザルモノヲ治ス。或ハ大黄ヲ加フ」「項背強急、心下痞塞、胸中エン熱シテ眼目、牙歯疼痛、或ハ口舌腫痛腐爛スル者ニ大黄ヲ加フレバ其効速ナリ」とあり、
 勿誤方函口訣には、「此方ハ表邪陥下ノ下利ニ効アリ。尾州ノ医師ハ小児早手(疫痢)ノ下利ニ用テ屢効アリト云フ。余モ小児ノ下利ニ多ク経験セリ。此方ノ喘ハ熱勢ノ内壅スル処ニシテ主証ニアラズ。古人酒客(酒ノミ)ノ表証ニ用フルハ活用ナリ。紅花・石膏ヲ加エテ口瘡ヲ治スルモ同ジ」とあり、
 腹証奇覧には、「コレハ誤治ニヨリテ熱内攻シテ下利スルモノユヘ、内攻ノ熱ヲ瀉スレバ下利モ喘モ自ラ治スルナリ。故ニ黄連ノ胸中ノ熱ヲ解スルモノヲ用ユルナリ、(中略)要スルニ項背強バリ、胸中煩悸シテ熱ノアルモノヲ得バ、其下利及喘シテ汗出ノ証ノ有無ヲ問ハズシテ此方ヲ用ユベシ。因テ転ジテ酒客ノ病、火証、熱病、湯火傷、小児丹毒等ニ此方ノ証アルコトヲ考フベシ」とある。

鑑別
○葛根湯 20 (発熱・表熱)
○麻杏甘石湯 139 (・汗出で喘)
○麻黄湯 136 (発熱・喘而胸満、無汗而喘)
○甘草瀉心湯 119 (下痢・腹鳴下痢)
○桂枝人参湯 35 (下痢・裏寒表熱)

参考
 館野健氏は動脈硬化症患者に対し、心下痞・心悸・腹動・多汗・項背の凝り・左半身の知覚麻痺・左心室肥大・じっとしているのがきらいな活動家と感うのを目標として、葛根黄連黄芩湯を用い、きわめて効果的であったと、第十七回日本東洋医学会関東部会(一九六〇)で発表した。



治例
 (一) 疫痢様下痢
 四歳の男児。突然四〇度の発熱を起こし、意識混濁し、臭気ある粘液を下した。腹部は軟弱で、左下腹部に索状を触れ、圧痛がある。脈頻数で強かったり弱かったりする。いわゆる促脈を呈している。葛根黄連黄芩湯を与えると、熱は次第に下降し、下痢も減少し、三日目に平熱となった。四日目には口渇を訴え、水が口に入るとたちまち吐き出し、煩燥と小便不利があったので、五苓散にしたところ、嘔吐はただちにやみ全治した。
 (著者治験)

(二) 高血圧症
 六〇歳の婦人。高血圧症で六年前左眼様出血、左半身の知覚鈍麻がある。最近感冒後、食欲なく、冷汗が出て、軟便となり、心下痞硬、右臍傍に瘀血の圧痛点があった。葛根黄連黄芩湯一週間で、諸症状が好転し、二週間後、血圧もほぼ正常(一三〇~九〇)となった。
 (館野健氏、日東洋医学会誌 一一巻四号)


(三) 高血圧症
  三四歳の男子。本態性高血圧の患者。心動悸・不眠・小便不利等の症は、柴胡加竜骨牡蛎湯で好転したが、左肩こり・左背痛があり、汗をかきやすく、診療室でも額に汗を流し、常に汗をぬぐっている。涼しい日でも同じである。のぼせ気味で、赤い顔をしている。葛根黄連黄芩湯に三黄丸を兼用したところ、一七〇~一〇〇であった血圧が一三〇~七〇に落ちついた。この人は酒豪で、左半身に知覚麻痺があった。
  (館野健氏、日東洋医学会誌 一一巻四号)




和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
葛根黄連黄芩湯かっこんおうれおうごんとう  [傷寒論]

【方意】 上焦の熱による胸中煩悸・心悸亢進・息切れ・心下痞・自汗等と、脾胃の熱証よる下痢・悪心・嘔吐と、表の熱証による項背強・促脈等のあるもの。時に上焦の熱証による精神症状を伴う。
《少陽病と太陽病の併病.実証》

【自他覚症状の病態分類】

上焦の熱証

脾胃の熱証 表の熱証 上焦の熱証による精神症状
主証 ◎心中煩悸
◎心悸亢進



◎下痢

○項背強



客証 ○息切れ
○心下痞
○自汗
 顔面紅潮
 ほてり
 口渇
 口内潰瘍

○悪心 嘔吐○促脈
 頭痛
 悪寒
 発熱
 不安
 不眠
 熱性痙攣


【脈候】 促・浮数・弦にしてやや浮。

【舌候】 乾燥して軽度の白苔。

【腹候】 腹力中等度。心下痞または痞硬がある。腹直筋の軽度の緊張、時に腹満を伴う。

【病位・虚実】 裏熱・裏実の陽明病ではなく、上焦を主として脾胃までの熱証が中心的な病態であって少陽病である。更に表の熱証が存在し、少陽病と太陽病との併病となる。脈力、腹力共に充実しており実証。

【構成生薬】 葛根8.0 黄連3.0 黄芩3.0 甘草2.0
【方解】  黄連・黄芩の組合せは三黄瀉心湯・黄連解毒湯でみるように、上焦の熱証およびこれより派生する精神症状を散じる。本方意にも同様に上焦の熱証による胸中煩悶感・心悸亢進・心下痞と、上焦の熱証による精神症状を伴う傾向がある。本方の黄連・黄芩・甘草の組合せは、三つの瀉心湯(半夏瀉心湯・生姜瀉心湯・甘草瀉心湯)の場合と同様に、脾胃の熱証による下痢を治す。葛根は寒熱両証に有効だが、黄連・黄芩と組合せられて、本方では上焦の炎症性・充血性の病態に対応し、表の熱証の項背強・頭痛・悪寒・発熱を治す。

【方意の幅および応用】
 A 上焦の熱証:胸中煩悸・心悸亢進・息切れ・心下痞・ほてり等を目標にする場合。
   インフルエンザ、気管支喘息、二日酔、火傷、口内炎、舌炎、充血性眼疾患、酒渣鼻
 B 脾胃の熱証:下痢・悪心・嘔吐を目標にする場合。
   胃腸型感冒、赤痢等急性胃腸炎、各種の発熱性下痢
 C 表の熱証:項背強・頭痛等を目標にする場合。
   肩凝り、高血圧症、脳血管障害発作後
 D 上焦の熱証による精神症状:不安・不眠を目標にする場合。 


【参考】 *桂枝湯の証、反って之を下し、利遂に優まず、脈促、喘して汗出づる者は葛根黄連黄芩湯之を主る。『傷寒論』
*項背強急し、心中悸して痞し、下利する者を治す。『方極附言』
*此の方は表邪陥下の下利に効あり。尾州の医師は小児早手の下利に用いて屡効ありと言う。余も小児の下利に多く経験せり。此の方の喘は熱勢の内壅する処にして主証にあらず。古人酒客の表証に用ゆるは活用なり。紅花・石膏を加えて口瘡を治するも同じ。『勿誤薬室方函口訣』
*促脈とは脈の立ち上がりが急で、やや不整、あたかも拍動が迫るような状を覚えるものとされ、表証がいまだ解していない徴候であるとする。また一説では脈頻数で、強かったり弱かったりするものとある。この脈候を目標に本方を用いて著効をおさめている。
*小児の急性食中毒で疫痢状となり、下痢・高熱・痙攣など脳症状を起こしかけ、脈の乱れがちのものに用いる。

【症例】 急性腸炎
 3歳、女児。東京人であるが、当地へ来る数日前大腸カタルを患い、いまだ落治せざるに避暑に来たのである。そして転地早々、名所小湊に遊び、汽車中アイスクリームを食べさせられ、また中食の時は不消化なイカを食べたり、氷水を飲んだり、大分乱暴なやり方をしたのである。その夜帰宅すると発熱し、夜中下痢4回、翌朝になって粘液に血液を混じたる下痢7回。腹痛時々。元気がすっかりなくなった。
 体格栄養普通なる女児。脈浮にして1分間120至。舌苔薄く白色を呈す。口渇あれども嘔気なし。心下軟。腹部一般に膨満し下腹部中央に特に抵抗があり、圧すれば痛むものの如くである。体温38.9℃。
 まず葛根黄連黄芩湯を処す。発病の翌日午後から投薬したのであるが、その日の夜中下痢7回、翌日4回あって体温は平温となった。ただし腹痛多少あり食欲もいまだ起こらない。重湯を少量与う。
 黄芩湯に転ず。この日下痢少量なれど4回あり。その翌日更に普通便一回となり、食欲起こり粥1椀を食するに至った。通計5日。
(附記)本方は葛根湯より更に1歩進んだものに与うべきであると考える。しかし場合により、いずれを処すべきか大いに迷うことがある。
和田正系 『漢方と漢薬』 3・9・38

明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊 
p.135
 ⑩葛根黄連黄芩湯(かっこんおうれんおうごんとう) (傷寒論)
 葛根六・〇 黄連 黄芩各三・〇 甘草二・〇 (一四・〇)

 所謂、表邪陥下の下痢(太陽病に誤って下剤を与えたため、下痢がなかなか止らない状態)に用いるのが原典に示された本方の目標であるが、応用として小児の疫痢に使用される。なおこの下痢の場合は太陽、陽明合病の葛根湯症と 同じように、葛根特有の項背強(首筋のこり○○)がなくてもよい。疫痢。熱性下痢。


『漢方処方・方意集』 仁池米敦著 たにぐち書店刊
p.51
葛根黄連黄芩湯かっこんおうれんおうごんとう
 [薬局製剤] 葛根6 黄連3 黄芩3 甘草2 以上の切断又は粉砕した生薬をとり、1包として製する。

 «傷寒論»葛根6 黄連3 黄芩3 甘草2

  【方意】気を補って湿邪と熱を除き、脾胃と肝胆を調えて、気と水の行りを良くし上逆した気を降ろし下痢を止め、早手はやてや嘔吐などに用いる。
  【適応】止まらない下痢・小児の早手はやて(小児の疫痢)・ぜん(呼吸が急促な症状)して汗が出る者・胃腸の病・結腸炎・二日酔い・嘔吐など。

  [適応]紅花と石膏を加えて口瘡こうそう(口内炎などの病)に用いる。

  [原文訳]«傷寒論・弁太陽病脈証併治中»
   ○太陽病で、桂枝湯證に醫が反ってこれを下し、利すること遂にまず、脉が促なれ、表は未だ解せざるなり。喘し汗が出れ、葛根黄連黄芩湯が之を主る。
   «勿誤薬室方函口訣»
   ○此の方は、表邪の陥下の下痢に効ある。尾州の醫師は、小兒の早手はやての下利に用いてしばしば効ありと云う。余も小兒の下痢に多く經驗せり。此の方の喘は熱勢の内壅ないようする處にして主証にあらず。古人は、酒客の表証に用いるは、活用なり。紅花・石膏を加えて口瘡を治するも同じ。



『改訂 一般用漢方処方の手引き』 
監修 財団法人 日本公定書協会
編集 日本漢方生薬製剤協会

葛根黄連黄芩湯
(かっこんおうれんおうごんとう))

成分・分量
 葛根5~6,黄連3,黄芩3,甘草2

用法・用量
 湯

効能・効果
 体力中等度のものの次の諸症:下痢,急性胃腸炎,口内炎,舌炎,肩こり,不眠

原典 傷寒論
出典 
解説
 熱があって下痢し,首すじや肩がこり,みぞおちがつかえ,発汗,喘鳴するような場合に用いる。
瀉心湯の加方である。熱性症候があり,虚して,胸ぐるしく,のぼせ,いらいらして眠ることができなく,各種出血,皮膚の瘙痒,下痢の症状があり,瀉心湯で下しがたいものに用いる。


        生薬名
参考文献名         
葛根 黄連 黄芩 甘草
傷寒論 太陽病中篇 注1 半斤 3両 2両 2両
診療医典        注2 6 3 3 2
症候別治療      注3 6 3 3 2
応用の実際      注4 5 3 3 2
処方解説        注5 6 3 3 2
漢方あれこれ     注6 6 3 3 2

 注1   太陽病:桂枝証,医反下之,利遂不止,脈促者,表未解也,喘而汗出者主之。右四味,以水八升,先煮葛根,減三升,内諸薬,煮取二升,去滓分温再服。
 注2  本方は三黄瀉心湯中の大黄の代わりに葛根と甘草を入れた方であるから、三黄瀉心湯証に似ていて表熱証があり、森実の候のないものに用いる。そこで「傷寒論」に「太陽病の桂枝湯証を誤って医者が下したために、下痢が止まず、脈が促であるものは,表証がまだ残っている。このような患者で,喘鳴があって汗が出るものは葛根黄連黄芩湯の主治である」という条文によって,急性胃腸炎,疫痢,胃腸型の流感などに用いるばかりでなく,肩こり,高血圧症,口内炎,舌炎,不眠などにも用いる。
 注3  二日酔で,嘔吐するものには,五苓散や順気和中湯がよくきくが,嘔吐,下痢があり,また心下部の痛むものには,この方のよくきく場合がある。疫痢で高熱が出て,下痢とともに痙攣を発する場合に用いる。
 注4  熱のある下痢の初期に用いる。このとき,項背がこわばり,心下が痞える。勿誤薬室方函口訣には,小児の下痢によく用いられるとある。また汗が出て,喘鳴を発することもある。
 注5  原本には葛根を先に煮ることになっている。普通は一諸に煮て用いている。裏の熱がはなはだしく,表熱もあり,表裏の鬱熱によって心下が痞えて下痢し,喘して汗が出,心中悸等の症のあるものに用いる。
 注6  はしか:高熱を出し,咳をして下痢気味のときは葛根黄連黄芩湯を用いる。


-考え方から臨床の応用まで- 漢方処方の手引き 
小田 博久著 浪速社刊
p.140
葛根黄連黄芩湯かつこんおうれんおうごんとう (傷寒論)
 葛根:六、黄連・黄芩:三、甘草:二。

主証
 脈促。下痢、喘して汗出る。太陽と陽明の合病。

客証
 項背強がなくとも可。なかなか止まらぬ下痢(熱があり長期症状が変化しない)。

考察
 表裏の欝熱。
 熱が出て下痢。腹満→桂枝加芍薬湯。腹中雷鳴→瀉心湯類。
 傷寒論(太陽病中篇)
 「太陽病桂枝の証、医反って之を下し利逐に止まず○○○○○○、脈促のものは表未だ解せざるなり。喘して汗出ずる者○○○○○○○○は葛根黄連黄芩湯之を主る。」


『臨床傷寒論』 細野史郎・講話 現代出版プランニング刊
p.58
第二十一条

太陽病、桂枝証、医反下之、利遂不止、喘而汗出者、葛根黄連黄芩甘草湯主之。

〕太陽病、桂枝けいししょうかえって之を下し、ついまず、ぜんしてあせずる者、葛根黄連黄芩甘草湯かっこんおうれんおうごんかんぞうとう之を主る。

講話〕 葛根黄連黄芩(甘草)湯で私が一番最初、よく効くなと思ったことがあるのです。それはハシカです。ハシカが内攻しまして、下痢を起こし、肺炎を起こしているような状態で熱もあった、そんな状態の子供(家内の弟の子供で四歳か、五歳の頃)に私はこの処方を使ってみたのです。一服飲ましたら、すごく効きました。熱はシューと下がりますし、下痢も止まり、ゼイゼイいっていた肺炎の症状も治まりました。それで感心しました。本当に漢方というものはよく効くなあと思いました。内攻したハシカによく使う薬方に二仙湯という処方があります。二仙湯というのは、芍薬と黄芩の二味です。しかし分量を書いていないので、適当な分量を同分量づつ入れて、青くなってチアノーゼを起こしている子供に飲ませたら、もうこれはだめだろうと思って飲ませたのですが、飲んて暫くして、すっと血色がよくなってきた。よくなるはずですね、江田先生の研究報告によると、黄芩には抗アレルギー作用、アナフィラキシー反応に対して、顕著な防御作用がある。その作用は、黄芩の主成分のバイカリンだということです。それで、二仙湯が効く理由がわかりました。なるほど、ああいうように、もうだめになっているものでもね。黄芩が入っているということは大切だなと思いました。この葛根黄連黄芩(甘草)湯も黄芩が入っていますから、効いてもよいですよね。それに、先ほどもいいましたように、葛根には喘を止める性質があるし、黄連は細菌を殺す力はものすごくあるし、だから、効いて当りまえです。姪を助けて非常に喜ばれ、それから後、二仙湯でハシカ内攻のもう小児科で見放された子供を救えて、なるほど効くものだなと、私は感心させられました。
 薬というものは、用いようですね、やはり体験をしっかり踏まえていないといけないですね。また、薬理的な研究がすすんで、二仙湯のもとになる、このようなことがわかれば非常に面白いですね。
 また私はこれを喘息に使うのです。葛根黄連黄芩(甘草)湯を始めて使ったのは、ものすごくよく肩の凝る人で、その頃は、私の頭はまだ麻黄から離れていないので、喘息の時は、麻黄、麻黄の入っていないものな効かないと思っていた時ですから、それで葛根湯を土台にして、それに黄連、黄芩と加えたのです。そうすると葛根黄連黄芩(甘草)湯でしょう、そうしてやったらその人はすっとよくなって、他の処方を与えるとためなようになる。それから後、葛根黄連黄芩(甘草)湯が喘息に効くということを見つけたわけです。そのようにして、次から次、自分のやった土台を広げて、広応範囲を考えていったわけです。皆さんもよく勉強して、広げていって下さい。今、私がこんないろいろの話ができるのは『傷寒論』があるからです。『傷寒論』が土台になって、今の私の経験談ができてきたのですよ。


『臨床応用 傷寒論解説』 大塚敬節著 創元社刊
 p.200
第二十一

太陽病、桂枝證、醫反下之、利遂不止、喘而汗出者、葛根黃連黃芩甘草湯主之。

校勘〕宋本、成本では「不止」の下に「脈促者、表未解也」の七字がある。康平本は「表未解也」を「表不解也」に作り、この七字を傍註とする。今、康平本によって、この七字を原文より削って、註文とする。「葛根黃連黃芩甘草湯」を康平本は「葛根黃連黃芩湯」に作り、宋本、成本は「葛根黃芩黃連湯」に作る。今、厚朴生姜半夏甘草人參湯、乾姜黃芩黃連人參湯の例にならって、甘草を加える。


太陽病、桂枝の證、醫反って之を下し、利遂に止まず、喘して汗出ずる者は、葛根黃連黃芩甘草湯之を主る。


(154) 利遂不止-利は下痢である。遂には、或る一つのことがあって、それが原因で次のことが起こるのを言い、「因って」の意である。



太陽病中の桂枝湯の証は下してはならない。これを誤って医者が下し、そのために、ひきつづいて下痢が止まらなくなった。しかも、その上に、喘して汗出ずという症状もある。
 喘して汗出ずという症状は、喘が主であって、そのために汗が出るのであって、汗出でて喘の麻黄杏仁甘草石膏湯証と区別しなければならない。
 さて、この証は、表証を誤まって下し、邪の一部が裏に入って、下痢が止まらなくなったもので、この下痢は第十九章の太陽と陽明の合病の下痢に似ている。しかし前の合病では、表実のために、裏虚に似た下痢を起こしているのであって、表邪を散ずれば、下痢は自然に止むのであるが、この章の下痢は表証を誤下して、一部の邪が裏に入って、下痢を起こしたのであるから、表裏を倶に治する必要がある。そこで、脈促の者は、表未だ解せざるなりという註を入れたのである。促脈については、桂枝去芍薬湯の章で述べたので、参照してほしい。表未だ解せずという場合は、すでに、邪の一部が裏に入ったのに、まだ表証が残っている時に用いる法語である。

臨床の目
 (43) 私は葛根黄連黄芩甘草湯を患者に何回か用いたことがある。またこの方を下痢も、喘もない場合に用いることがある。その場合は、三黄瀉心湯の大黄の代りに、葛根と甘草を入れたものとして方意を考える。そこで、婦人の血の道症、不眠症、高血圧症などに、この方を用いることがある。

 葛根黃連黃芩甘草湯方
葛根半斤 甘草二兩炙 黃芩三兩 黃連三兩
 右四味、以水八升、先煮葛根、減二升、内諸藥、煮取二升、去滓、分溫再服。

校勘〕 諸本みな、方名中に「甘草」の二字がない。今、これを加える。黃芩の「三兩」を、成本は「二兩」に作る。「味」の下に、玉函には「㕮咀」の字がある。


葛根黃連黃芩甘草湯の方
葛根(半斤) 甘草(二兩、炙る) 黃芩(三兩) 黃連(三兩)

右四味、水八升を以って、先ぶ葛根を煮て、二升を減じ、諸薬を内れ、煮て二升を取り、滓を去り、分溫再服す。




『康平傷寒論読解』 山田光胤著 たにぐち書店刊
p.99
(34)三四条、第二十一章、十五字
太陽病、桂枝の証、医反って之を下し、利遂に止まず(傍・脈促なる者は表解せざるなり)、喘して汗出ずる者は、葛根黄連黄芩湯之を主る。
葛根黄連黄芩湯方
葛根半升、甘草二両炙る、黄芩三両、黄連三両
右四味、水八升を以て、先に葛根を煮て二升を減じ、諸薬を内れて煮て二升を取り、滓を去り、分ち温めて再服す。

【解】
太陽病の中で桂枝湯の証は、(葛根湯証も同様で)発汗によって病邪を解散させるべきものである。それを医者が誤って下剤を用いた為、遂に下痢が止まらなくなった。それは誤下によって邪の一部が裏に入って下痢を起したのである。そういう場合一般には陰証になったり、脉は沈微になり易いがこの場合は、傍註で云うように脉が促なのは邪が表に残っていることを示しているのである。
傷寒論では「表未だ解せず」という表現は、邪が既に裏に及んだが、表も未だ解決せずの意味である。一方又熱邪が裏に及んだ為、気が逆して喘が起し、汗が出た。このような時は、表と裏を同時に治する葛根黄連黄芩湯で、表邪を散じ裏熱を除くことができるので此の方が主治するのである。
即ち、葛根で表を治し、黄連黄芩で裏を治して、下痢も喘も止めるのである。前条の合病では、表邪を解散すれば下痢自然に止むものであり、本条では、表裏を倶に治す必要がある場合をのべているのである。
 (注・喘は息切れのこと。本方は太陽と少陽の合病)


『傷寒論演習』 講師 藤平健 編者 中村謙介 緑書房刊
p.116

三四 太陽病。桂枝証。医反下憲。利遂不止。脈促者。表未解也。喘而汗出者。葛根黄連黄芩湯主之。

太陽病、桂枝の証、医反つて之を下し、利遂に止まず、脈促なる者は、表未だ解せざる也。喘して汗づる者は、葛根黄連黄芩湯之を主る。

藤平 太陽病で桂枝湯の証だと断わっているのですから、これを下すということはもってのほかですが、医者が誤ってこれを下してしまった。そのため下痢が止らなくなった。
 この場合には陰証、例えば桂枝人参湯証に陥ってしまうこともありますが、ここでは陽証の葛根黄連黄芩湯証になったわけです。
 ここに「医」とありますが、医の字が加わった場合には誤治になちがいありませんが、相応の下すべき症状があって下したのだと及川達さんは説明しています。つまりいたしかたない理由があった場合です。
 しかし「医」がなく「反下之」とある場合は、これは医者が誤って、全く下してはならないものを下してしまったという場合です。『傷寒論』の厳密さがここにもあらわれています。
 促脈というのは脈拍数の多い数脈の一種だという説がありますが、また促はうながすと読みますから、せっつかれるような感じをもつ脈だともいわれます。そしてこの促脈は太陽病を下してはならないのに下し、なおかつ未だ表証が残っている場合の脈だと考えられています。第二二条の桂枝去芍薬湯のところでも触れました。つまりここでも表証が解さずに残っています。
 「喘」は呼吸困難のことです。これに咳を伴えば喘咳、ゼロゼロいえば喘鳴、胸が張って苦しければ喘満となります。「喘而汗出者」の而の字に注意して、喘つまり呼吸困難のために汗が出ると読みます。一種の苦汗ですね。
 このような状態を葛根黄連黄芩湯はつかさどるというのです。


太陽病桂枝証 此の章は、第二二章の「太陽病。下之後云々」の句を承けて、且又前々章の「必自下利」に対し、其の誤下に因りて逆変を致せる者を挙げ、以て葛根黄連黄芩湯の主治を論ずるなり。
 桂枝の証とは桂枝湯証の略なり。凡そ単純なる桂枝湯証にして、他の証を挟まざる者は、下す可からずるを法則と為す。故に先づ太陽病と言ひ、又重ねて桂枝の証と言ふなり。
医反下之 単純なる桂枝の証なるに拘らず、肌を解せずして之を下す。故に先づ医と言ひ、反つて言ひて、深く其の誤を咎む。


藤平 先ほどちょっと触れましたが「医反」と、単に「反」の区別を『傷寒論古訓伝』の及川達さんはきちんと言及しています。この点に関して第一四条の解説の中でお話しました。
 及川達さんのことあたりの解釈や、合病及び併病の解釈はたいへんにすばらしいものだと思います。いろいろな所で卓見を述べています。

 このような状態を葛根黄連黄芩湯はつかさどるというのです。


利遂不止 既に之を誤り下す。故に利続いて止まざるなり。
脈促者 促とは短促の義。初の浮脈、茲に至つて逐次短促するを言ふ。此れ太陽病下後に於て、尚表証去らざるの候なり。
表未解也 故に表未だ解せざる也と言ふ。然れども既に表証を誤り下す。因て表邪直に裏に奔りて、裏も亦病まざるを得ず。既に之を                                       喘而汗出者促者 是其の応徴なり。喘而汗出と、汗出而喘とは少しく其の意義を異にす。喘而汗出は、喘するに因て汗出づる也。汗出而喘は、自汗出づるが為に喘するなり。而しての字の上を正証となし、其の下を兼証となす。今、喘して汗出づるは欝熱、胸に迫るの為す所となす。      此の証、表証未だ解せず。又裏には既に欝熱有り。是表裏を同時に双解せざれば其の病癒えず。之を葛根黄連黄芩湯の主治と為す。故に                                 葛根黄連黄芩湯主之 と言ふなり                                        此の章に拠れば、本方は、表裏の欝熱を清解し、兼ねて下痢及び喘を治するの能有りと言ふ可きなり。                                                         葛根黄連黄芩湯方 葛根半斤 甘草二両 黄芩二両 黄連三両
 右四味。以水八升。先煮葛根。減二升。内諸薬。煮取二升。去滓。分温再服。
                                                             

藤平 ここに表裏と二、三度使われていますが、表は太陽病の表証ですし、裏は半表半裏を意味しています。いわば方本は表的半表半裏証ということになります。



追記 此の章、誤下を設けて病の変化を明かにせんと欲するなり。今桂枝の証にして誤つて之を下す。故に其の所在を転じて、半ばは表位に止まり、半ばは心胸に止まりて、表裏解せず。脈促は表位に止まるの候、喘して汗出づるは心胸に止まるの徴なり。
                                                             

藤平 ないも葛根黄連黄芩湯証は誤下に現われるとかぎったものではないのですが、ここでは誤下のために本方証になったという場合を仮りに設定しているのです。このような方式で条文を書き起こしているところが『傷寒論』の中にはあちこち見られます。

 表証之を下し、利止まざる、之を甘草瀉心湯証となせば、表未だ解せざるは其の証に非ず。又利止まず、表裏解せざる、之を桂枝人参湯なせば、協熱に非ざるは其の証に非ず。又桂枝加厚朴杏仁湯証に似たりと雖も此の証は下利に因て津燥き痞熱加はるのなす所、即ち其の証に非ず。是に於て、本方証なること知るべし。
 此の証、其の表を攻めんと欲すれば、既に在る裏証を奈何せん。又其の裏を救はんと欲すれば、未だ解せざる表証を奈何せん。是に於て、同時に其の表裏を制し清むるなり。是即ち双解の法なり。此の証、合病に似て合病に非ず。  ○以上の四章は一節なり。初章に於ては先づ葛根湯の主治と本分とを明かにし、次章に於ては其の活用を論じ、又次章に於ては其の加味方に及び、終章に於ては葛根湯証に似て非なる者を論じ、以て一たび葛根湯類を結べるなり。
                                                             

藤平 私はこの葛根黄連黄芩湯証は併病で、ちょうど桂枝人参湯と陰陽相対するものだと思います。太陽病証を下したために陰証に陥ちこんでしまったというのが桂枝人参湯証ですし、下したために半表半裏にまで行ってしまったのがこの葛根黄連黄芩湯証です。
 桂枝人参湯証はまさに桂枝湯証と人参湯証とが完全に現われているものです。つまり桂枝湯証の頭痛、悪寒、発熱、自汗があって、しかも人参湯証の足が冷えて下痢が激しい等ももられるものです。子供等が夏に寝冷えしてカゼと下痢とがいっしょに発現することがありますが、これが桂枝人参湯証です。これに本方を一服飲ませればたちまちよくなります。
 一方、頭痛、悪寒、発熱があり項もこる。そして下痢もするが、陰証ではないという場合に葛根黄連黄芩湯を投じるとよいわけです。
 ですから桂枝人参湯は本来は桂枝湯と人参湯の合方が考えられるのです。併病の場合には合方で治す場合、先表後裏の場合、先急後緩の場合の三つがあります。桂枝人参湯は併病であってその合方で治す場合のものです。
 ところで『傷寒論』『金匱連略』を読みますと、合方の場合に両方の構成生薬をそっくりそのまま合わせる場合もありますが、そうでない場合もあります。
 例えば柴胡桂枝湯は小柴胡湯証と桂枝湯証との併病です。そして両方の構成生薬をそれぞれ二分の一ずつ取って合方し、重複薬は少ない方の二分の一を加えています。また、太陽病という同病位に於ける併病であるところの桂枝麻黄各半湯は、桂枝湯と麻黄湯の三分の一ずつ取り、重複薬も同じく三分の一ずつを合わせています。
 しかし桂枝人参湯は先ほども述べましたように症状では完全な桂枝湯証と人参湯証との併存ですが、構成生薬をみますと人参湯の中の甘草の量を少し増量して、これに桂枝を加えたものです。ですから桂枝湯の他の構成生薬は入っていないのです。それであるのに、これを飲ませるとすべての症状がきれいに消失します。
 『傷寒論』の作者は併病の場合に合方することがあるのですが、何かの理由によって、二つの薬方の構成生薬をそのまま合わせることをせず、いくつかの構成生薬を取り去って合方することがあるのです。そして新しい薬方を創設するわけです。桂枝人参湯がこれに該当しますし、麻黄附子細辛湯もそうです。
 麻黄附子細辛湯は、今はもう伝わらなくなってしまった少陰病の或る薬方、それには附子と細辛とが含まれているのですが、その薬方証と太陽病の麻黄の含まれた或る薬方証の併存で、それぞれから構成生薬を抜き出してこの薬方を創設したのだと思います。
 これらと同様に本条の葛根黄連黄芩湯は葛根湯と黄芩湯との合方だと思います。つまり葛根湯の頭痛、悪寒、発熱、項強があり、黄芩湯の陽証の下痢があるのです。二薬方証の併存でして併病です。しかし構成生薬をみてみますと、二薬方をそっくり合わせたものではなく、葛根湯の構成生薬中の或るものは捨て去り、また黄芩湯の或るものを捨てて合方し、一つの新しい薬方を創設したわけです。
 こういうことを『傷寒論』の作者は所々でやっているのですが、どうして単純に二薬方を合方せずに、構成生薬の一部を捨てたり抜き出したりして合方するのか、その理由はまだわかりません。ボクもなんとか知りたいと思っています。諸先生が何とかこの疑問を解決してください。何か大きなものがここにはあると思います。『傷寒論』の中には未解決のことがたくさんありますが、これなどは、その中の大きなものの一つだと思います。
 これは併病の範囲で考えてまずまちがいないと思いますが、併病はこれから研究し仲いかなければならない分野だと思います。中国のほうが今かなり考えつつあるようですから、うっかりすると逆輸入現象が起きるかもしれませんね。
 さて、何かこの条文でご質問はありませんか。
 会員B 下痢というとすぐ裏証だと思いがちなのですが、この下痢は半表半裏なのですね。
 藤平 半表半裏の下痢はいくらでもあります。これはその中の黄芩湯証の下痢です。
 会員A 本条は「太陽病。桂枝証。医反下之」となっていて、「太陽病。医反下之」となっていません。あえて「桂枝証」を加えてある理由は何でしょうか。
 藤平 太陽病証の中でも最も下すという治療方法からほど遠いということを意味していると思われます。
 会員A 次に「医反下之」の「医」てすが、先ほどの及川達先生の説ですといくぶんかは下すべき症状があって下したのだということですので、及川先生もこの条文を併病とみていたと考えてよいのでしょうか。
 藤平 「太陽病。反下之」とある場合には下すべき症状もないのに誤治をしてしまったという意味ですし、「太陽病。下之。」の場合には太陽病証のあるうえに腹満、便秘、苦しい等の陽明病証があるために、やむを得ず先急後緩で下したという意味です。
 本条の場合の「医反下之」も及川達さんは下すべき症状があったと言っているのですから、併病以外には考えられないと思います。
 会員A ではさらに、桂枝人参湯は協熱であると奥田先生は言っておられますが、この協とは何でしょうか。
 藤平 これは表熱つまり表証の熱をさしはさむと昔から説明されています。表証の熱ですから虚熱ではなく実熱ですが、表熱をさしはさむと言っても何を意味しているのか非常にわかりにくいですね。結局表証と陰証の併病と考えればよいと思います。
 会員A 最後の質問ですが、本条の病態が合病ではなく併病であるという理由ですが、それは症状からみると二薬方証の併存であるし、構成生薬からみると合病の治療原則の単一の薬方ではなく、元の薬方のままではないが二薬方の合方であるから併病であると感うのでしょうか。
 藤平 その通りです。
 ところでこの葛根黄連黄芩湯にからんでの話ですが、外国の或る人が吉益東洞さん等あの時代の人はきちんと経験を踏まえて発言しているから感心するが、日本の今の時代の人は経験もしていないことをあたかも経験したように勝手なことを述べていて誤っていると発言したことがありました。これに対して小倉さんとボクとが大論争をいどんだことがあります。
 その人の言では、この条文に示されているような状態に葛根黄連黄芩湯を使ったら患者を殺してしまうと言うのです。これは四逆湯でなければ救命できない。台湾の人も、中国の人も皆そう言っている。現代の日本の人だけが勝手なことを言っていると主張するのです。
 そこでボクが反論したのです。「あなたご自身で経験したことがあるのか」と尋ねたところ、経験はないと言う。「ボクは自分自身でも経験したし、患者さんでも度々経験して条文の通りに使って誤りない。ここに四逆湯等を使ってはかえって患者を殺してしまう」と言ったのです。
 私は自分自身の食中毒を葛根黄連黄芩湯で救われたことがあるし、この条文通りに使ってよく効く大事な薬方です。


『漢方原典 傷寒論の基本と研究』 大川清著 明文書房刊
p.119
三四 太陽病、桂枝證、醫反下之、利遂不止、脈促者、表未解也。喘而汗出者、葛根黃連芩湯主之。


 太陽病、桂枝の証、医反って之を下し、利遂に止まず、脈促なるもの者は、表未だ解せざる也。喘して汗出づる者は、葛根黄連黄芩湯之を主る。


  太陽病、桂枝(湯)証(であり、本来下してはいけないのに)、医者がかえって之を下し、下痢がついにまなくなったが、脈は促であるものは、表証が未だ解していないのである。汗を出しながら喘する者は、葛根黄連黄芩湯が之を主る。

解説 この章は第二二条の[太陽病、下之後、脈促]の句を承けて、桂枝湯証を誤って下し、下痢が止まなくなった場合の治法を論じる。

語意 [脈促] 数脈。
    [喘而汗出] 出を出しながら喘鳴を発する。第六三条[発汗後、不可更行桂枝湯、汗出而喘、無大熱者、可與麻黄甘草杏仁石膏湯主之。]との鑑別は自ずから明らかである。

註釈 瀉下の後に限らず、初発から葛根黄連黄芩湯証を示す者がある。
    太陽病下篇第一七〇条[太陽病、外証未除、而數下之、遂協熱而利、心下痞鞕、表裏不解者、桂枝人参湯主之。]桂枝人参湯も外証が未だ除かないうちに下した者であるが、桂枝人参湯は基本的には人参湯証で上衝するものである。湯は

 ◎葛根黄連黄芩湯大靑龍湯葛根黄連黄芩湯方 葛根半斤 甘草三兩 炙 黃芩三兩 黃連三兩 右四味、以水八升、先煮葛根、減二升、内諸薬、煮取二升、去滓、分温再服。

補記 『小刻傷寒論』では黄芩二両であるが、『類聚方広義』の頭註に【玉函、千金、宋板共作黄芩三兩今従之】とある。このような注釈も以下の条文では省略する。


補記 『傷寒論』は前後の条文との関連で証の推移が記述されている。葛根黄連黄芩湯は桂枝湯証を誤下した後に限らず、証に合わせて用いることができる。項背がこわばり、頻回の下痢を主徴とし、発熱して発汗し、喘鳴を伴う場合に用いる。『類聚方広義』に【治項背強急、心下痞、心悸而下利者】とあ音¥

 それぞれの薬方の証を知るには『類聚方広義』を参考にするとよい。


【添付文書等に記載すべき事項】

 してはいけないこと 
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)

1.次の人は服用しないこと
   生後3ヵ月未満の乳児。
      〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕

 相談すること 
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)高齢者。
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以 上)含有する製剤に記載すること。〕
(4)次の症状のある人。
   むくみ
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以 上)含有する製剤に記載すること。〕
(5)次の診断を受けた人。
  高血圧、心臓病、腎臓病
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以 上)含有する製剤に記載すること。〕


2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること


症状の名称 症状
偽アルドステロン症、
ミオパチー
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕


3.1週間位(急性胃腸炎に服用する場合には5~6回)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること

4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕



〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕

(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
   〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕

(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕

  1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく
注意すること。
  〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕

  2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
  〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕

  3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
  〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」を してはいけないこと に記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕


保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
  〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
  〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
 

【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
  生後3ヵ月未満の乳児。
  〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
 (1)医師の治療を受けている人。
 (2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
 (3)高齢者。
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上 ( エキス剤については原生薬に換算して1 g以上 ) 含有する製剤に記載すること。〕
 (4)次の症状のある人。
    むくみ
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上 ( エキス剤については原生薬に換算して1 g以上 ) 含有する製剤に記載すること。〕
 (5)次の診断を受けた人。
   高血圧、心臓病、腎臓病
   〔1日最大配合量が甘草として1g以上 ( エキス剤については原生薬に換算して1 g以上 ) 含有する製剤に記載すること。〕

2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
  〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
  〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕