健康情報: 4月 2016

2016年4月14日木曜日

乾姜人参半夏丸(かんきょうにんじんはんげがん) の 効能・効果 と 副作用

和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房  p.142
乾姜人参半夏丸料かんきょうにんじんはんげがんりょう  [金匱要略]

【方意】 脾胃の水毒の動揺による激しい悪心・嘔吐・吃逆と、脾胃の水毒脾胃の虚証による食欲不施・心下痞硬等と、虚証による疲労倦怠・衰弱・るいそうのあるもの。時に寒証を伴う。
《太陰病から少陰病.虚証》


【自他覚症状の病態分類】

脾胃の水毒の動揺 脾胃の水毒
脾胃の虚証
虚証  寒証
主証 ◎激しい悪心
◎激しい嘔吐
◎食欲不振
◎心下痞硬

◎疲労倦怠
◎衰弱
◎るいそう


客証 ○吃逆 弛緩性便秘
 手足厥冷


【脈候】 軟・弱・沈細・微細。

【舌候】 湿潤して無苔、時にわずかに乾燥して微白苔。

【腹候】 軟、時に微満するが舟底状に陥凹しているものもある。心下部の痞塞感と抵抗、つまり心下痞硬が必発である。

【病位・虚実】 水毒は陰陽共にあるが、本方意は寒証を伴い陰証である。疲労倦怠・衰弱が激しい場合があり虚証は深い。しかしいまだ精神活動・循環機能の顕著な低下に至らず、太陰病位を主とし少陰病位にかかる。

【構成生薬】 半夏6.0 人参3.0 乾姜3.0

【方解】 乾姜は寒証の水毒の上下への動揺を主り、嘔吐・下痢等の種々な症状を治す。人参は滋養・強壮・滋潤作用を有し、乾姜・人参の組合せは脾胃の機能低下と水毒に対応する。更に半夏には鎮嘔・鎮吐作用があり、三者の組合せにより長期の悪心、強度の嘔吐に有効となる。生姜は鎮嘔作用が強く、乾姜は長期の悪心・嘔吐によって引き起こされた虚証を補い、寒証を温める作用が強い。

【方意の幅および応用】
A1 脾胃の水毒の動揺:激しい嘔を目標にする場合。
   つわりまたはその他の持続性の強度の嘔吐、食べるとすぐに吐出するもの、胃下垂、周期性嘔吐症
 2 脾胃の水毒の動揺:激しい吃逆を目標にする場合。
   術後などの難治な吃逆 

【参考】 *妊娠、嘔吐止まず。乾姜人参半夏丸之を主る。『金匱要略』
*嘔吐止まず、心下痞硬する者を治す。『類聚方』
*此の方は本悪阻を治する丸なれども、今料となして、諸嘔吐止まず、胃気を虚する者に用いて捷功あり。『勿誤薬室方函口訣』
*本方は即効性があり、最初の二、三服で効果の現れることが多い。伏竜肝の浸漬液で煎じると更に良い。
*小半夏湯・小半夏加茯苓湯など種々用いて止まらない嘔吐に用いる。本方で止まらない嘔吐には、烏梅丸を併用すると良いことがある。(大塚敬節)。
*吃逆には半夏瀉心湯・橘皮竹筎湯・柿蒂湯・呉茱萸湯・調胃承気湯・小承気湯も用いられる。

【症例】 術後の嘔吐
 私の友人の女性薬剤師さんが婦人科疾患で手術を受けた。手術は順調にいったらしいのだが、術後、嘔吐が激しくなり、全く食事を受けつけなくなった。内科の 医師と協同して、いろいろと手をつくしたが、5~6日たっても嘔吐が止まらない。
 そこで見舞いに行って診察してみると、脈も腹力も弱り切っているが、心窩部だけが、非常に抵抗が強く、かつ圧痛も強い。診る前の見当では、小半夏加茯苓湯あたりで片がつくのではないかなどとタカをくくっていたのだったが、そのように簡単なものではないことを思い知らされた。
 脈も腹力も極端に虚している。だのに、このように心窩がコチコチになっているとは、いったいどうしたことか。薬方は何を擬したらよいのか。結論の出ないまま家に帰り、 『類聚方広義』を初めから終りまで、丹念に読み直してみた。何辺ひっくりかえしてみても、乾姜人参半夏丸のところでひっかかる。本方の条文は「嘔吐止まざるもの」だけの簡単なものだが、東洞翁は「案ずるに、まさに心下痞硬の証あるべし」と、『類聚方』で意見を付け加えている。このような虚状の強い太陰の薬方の腹候に、まさか心下痞硬などという実証を思わせるような腹候が出るはずはないのではないか。ややもすれば薬味偏重の傾向のある東洞翁の、いわば思考的 産物なのではなかろうか。言い換えれば、臨床の裏付けを欠く単なる推論に過ぎないのではなかろうか。常に、このところを、そんなふうに考えていたのであっ た。
  ところが、現実にこのような患者さんに直面してみると、この乾姜人参半夏丸以外には擬すべき薬方がない。しかも東洞翁が補足した心下痞硬の腹候を、本方証の重要な一要因に加えた上である。そこで本方を煎じて、翌朝病室に持参し服用せしめた。これがまさに劇的に奏効して、1服してさしもの頑固な嘔吐が止まり、夕刻 からは流動食が入るようになった。引き続き本方を約1ヵ月服用して、すっかり元気になって退院できたのである。
藤平 健『漢方臨床ノート・治験篇』215


『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社刊
p.182

乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん


処方 乾姜、人参各1g、半夏2g。
 以上の三味を粉末とし、ヒネショウガの汁を加えて、米糊こめのりで丸薬を作り、えんどう豆を球状にしたくらいとし、一回に十個、一日三回飲む。


目標 嘔吐の止まりにくいもの。

応用 つわり。


『漢方 新一般用方剤と医療用方剤の精解及び日中同名方剤の相違』
愛新覚羅 啓天 愛新覚羅 恒章 
文苑刊
p.34
29乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん
《金匱要略》
[成分]:乾姜3(15)g、人参3(15)g、半夏6(30)g

[用法]:散剤または湯剤とする。散剤は1日3回で1回1.5~5gを服用する。湯剤は1日1剤で1日量を3回に分服する。

[効能]:補中補気、降逆止嘔

[主治]:脾胃虚寒、胃気上逆

[症状]:吐き気、嘔吐、胃脘脹満、畏寒喜暖、胃脘の脹痛、食欲不振、食べると吐き気がする、嘔吐など。舌苔が胖大、舌苔が白厚、脈が細緩。


[説明]:
 本方は補中補気と降逆止嘔の効能を持っており、脾胃虚寒と胃気上逆の病気を治療することができる。
 本方は《金匱要略》では婦人妊娠病を治す方剤である。婦人妊娠病ふじんにんしんびょうとは婦人が妊娠中にかかる病気である。
 本方に含まれている乾姜は胃を暖め、人参は胃気を補い、半夏は燥湿降逆して止嘔する。
 乾姜かんきょう干姜かんきょうとも書き、温裏薬で、性味が辛、熱であり、脾、胃、心、肺の経脈に入る。主に通心助陽し、臓腑の沈寒痼冷を除き、経脈の寒気を発散し、感寒腹痛を治すという四つの作用がある。湯剤の常用薬量は3~10gである。沈寒痼冷ちんかんこれいとは長引く寒冷の病気を指す。

 [成分]の( )中は中国で使用されている丸剤の生薬量である。本方は中国の製法と服用法では生薬を粉末とし、生姜を煮た糊状の汁で薬末を小丸とし、1日3回で1回3~6gを服用する。また、生薬を1/3の薬量と同様な比率で水煎し湯剤とすることができる。湯剤は1日1剤で1日量を3回に分服する。
 本方は'74年に厚生省が承認したものより、乾姜を1~3gから3gに、人参を1~3gから3gに、半夏を2~6gから6gに変えている。散剤の服用量を1回1~1.5gから1回1.5~5gに変えている。また、乾姜に限ったことが消除されている。
 日本と中国の同名方剤を比べると、中国で使用されている乾姜人参半夏丸は剤型に関わらず、1日の服用量が多いので効能が強い。
 脾胃虚寒と胃気上逆の型に属する妊娠嘔吐、消化不良、胃下垂、慢性胃炎、十二指腸潰瘍、胃腸機能低下などの治療に本方を参考とすることができる。



『薬局製剤 漢方212方の使い方』 第4版
埴岡 博・滝野 行亮 共著
薬業時報社 刊

K26. 乾姜人参半夏丸料かんきょうにんじんはんげがんりょう


K26-①. 乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん

出典
 原方は丸剤で「金匱要略」の婦人妊娠病篇が出典である。
 乾姜1両,人参1両,半夏2両を末として生姜汁の糊で悟桐子大の丸とし,1回10丸1日3回のむことになっている。
 丸剤を煎剤とする時には丸の1日量を三倍したものを1日量とすることが伝承されている。こ場合も,乾姜3.0,人参3.0,半夏6.0とする。
 古来,ひね生姜のしぼり汁の糊で丸を製することになっているため,煎薬もひね生姜のしぼり汁とハチミツを入れるとよい。冷してのんだ方がのみ易い。
 せんじ薬は「乾姜人参半夏丸料」と呼ぶ。

構成
 つわりの治療薬としては小半夏加茯苓が有名である。
 最近は副作用を極端におそれる風潮があって,妊娠すると現代薬はもちろん,漢方薬までも拒否するようだ。
 だから,せっかくの良薬があってもその恩恵に浴することなく,遂には衰弱がはげしくなってから,せめて漢方薬でも飲もうか,漢方薬なら副作用も少ないだろうと訪れてくる人がいる。
 こんな時,小半遊加茯苓湯では間に合わない。
 乾姜で体を温め,半夏で嘔を止め,人参で元気を回復する手段をとらねばならない。これが本方である。
 また,原因を問わず,嘔吐がとまらず,胃気が虚しているものに用いて速効がある。

応用
 (1) つわりやその他の嘔吐で,体が衰弱しているもの。
 (2) 胃の虚寒で手足が冷え,心下痞硬のするもの。

留意点
◎指針では乾姜に,いわゆる湯通し乾姜を指定しているが,古方の乾姜は乾生姜であるから局方の生姜を使う方がよい。
◎使用上の注意に温めて服用するよう指示されているが,かならずしも温める場合だけでなく,冷飲の方がよい場合もある。
 これは悪阻などでは温いものを受けつけないからで,むしろ氷片を浮かせて飲む方がよいこともある。
◎猪苓散もあた悪阻につかう。本方との鑑別は,のどが渇かず,水を欲しがらなかったのに,吐いたあと甚だしく水を飲みたがるという特異な証を呈したら猪苓散。と覚える。

文献
1.金匱要略方論(中国・人民衛生出版社版) p.68

2.龍野一雄・新撰類聚方(昭34) p.254
3.浅田宗伯・勿誤薬室方函口訣(明11)上巻41丁ウ

K26
乾姜人参半夏丸料
成分・分量
 乾姜    3.0
 人参    3.0
 半夏    6.0  以上3味 12.0
カット。500→250煎

K26-①
乾姜人参半夏丸
成分・分量
 乾姜    3.0
 人参    3.0
 半夏    6.0  以上3味 12.0
末とし生姜汁糊を結合剤として丸薬120個とする

効能・効果
体力が衰え嘔気,嘔吐のやまない次の諸症:つわり,胃炎,胃アトニー

ひとこと
●つわりに限ったことでなく,はきけが止まらず,胃気が衰えているものなら何病でもよい。
●本来は丸であるが,丸よりも丸料のほうが良く効くようである。
●指針ではしょうがのしぼり汁と米糊で製丸するようになっているが,原典では「生姜汁糊」である。ショウガの汁を温めて糊化した糊のことである。


『改訂 一般用漢方処方の手引き』 
監修 財団法人 日本公定書協会
編集 日本漢方生薬製剤協会

乾姜人参半夏丸
(かんきょうにんじんはんげがん)

成分・分量
 乾姜3,人参3,半夏6

用法・用量
 (1)散:1回1.5~5g 1日3回
 (2)湯:上記量を1日量とする

効能・効果
  体力中等度以下で,はきけ、嘔吐が続きみぞおちのつかえを感じるものの次の諸症:つわり,胃炎,胃腸虚弱


原典 金匱要略

出典 勿誤薬室方函

解説
 小半夏湯の去加方で,生姜を去り,乾姜,人参を加えた処方である。つわりや頑固な嘔囲に用いる。


生薬名 乾姜 乾薑 人参 半夏 用法・用量
処方分量集 3 - 3 3 (丸料として記載)
診療の実際 3 - 3 - (丸料として記載)
診療医典 注1 3 - 3 3 (丸料として記載)
症候別治療 1 - 1 2 以上を粉末とし生姜の汁を加えて米糊で丸とし,1回3ずつ1日3回服用
処方解説 - - - -
後世要方解説 - - - -
漢方百話 - - - -
応用の実際 注2 1 - 1 2
明解処方 - - - -
改訂処方集 1 - 1 2 生姜汁を加えて0.3の糊丸とし30丸を3回に分服
漢方入門講座 注3 1 - 1 2 左の割合で粉末とし,ヒネショウガの絞りを以て丸薬とし1回2ずつ1日3回服用
新撰類聚方 - 1 1 2 左三味、末とし生姜汁で糊丸とし梧子大のものを10丸1日3回服用
漢方医学 3分 - 3分 6分 以上を粉末とし,米糊で丸とし,1回2を服用
精撰百八方 - - - -
古方要方解説 注4 - 3 3 6 左三味を細末にし,生姜汁及び糊を以て丸となし1回4を服す。或は水煮し,生姜汁を合して服用するも、亦可なり。
(通常1日2,3回)
成人病の漢方療法 - - - -


注1
 嘔吐:頑固につづく嘔吐,殊に妊娠つわりの嘔吐に,乾姜人参半夏丸に烏梅丸を兼用して著効を得ることがある。金匱要略には「妊娠、謳吐止まざるは乾姜人参半夏丸之を主る」とあって,小半夏湯,小半夏加茯苓湯などを用いても止まない嘔吐に,これを用いる。

注2 消化機能が衰えて,みぞおちが硬く痞え,嘔気,嘔吐が止まないもの。崇蘭館試験方口訣に,「嘔吐して湯薬をきらうものにこの丸を用いるとよい。煎剤でもよいhとある。

注3 つわり:「妊娠,嘔吐止まざるものは乾姜人参半夏丸之を主る」(金匱要略 妊娠)つわりの聖剤である。つわりだと煎じ薬の臭いをかいだだけで胸がむかつくという人がある。その時は実に有難い処方だ。つわりには本方の他,小半夏加茯苓湯,生姜半夏湯,四苓散,半夏瀉心湯なども使う。

注4 故に方極にいわく「嘔吐止マズ,心下痞鞕スル者ヲ治ス」と。此の説,能く方法の効用を約言せりというべし。


『漢方処方・方意集』 仁池米敦著 たにぐち書店刊
p.71 乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん 乾姜人参半夏丸料かんきょうにんじんはんげがんりょう(七一頁)・半夏乾姜人参丸はんげかんきょうにんじんがん(三七七頁)と同じ。

 [薬局製剤] 半夏6 人参3 乾姜3 以上の生薬をそれぞれ末とし、「生姜汁」と「丸糊」を結合剤として丸剤の製法により丸剤120個とする。

 «金匱要略» 半夏末6 人参末3 乾姜末3 生姜汁と米糊にて丸として一回2gを服用する。

  【方意】 気を温め補って湿邪と寒を除き、脾胃と肺大腸を調えて、気と水の行りを良くし痰を去り上逆した気を降ろし、悪阻おそなどに用いる方。

  【適応】 妊娠して嘔吐が止まらない者・悪阻おそ(ツワリのこと)・諸の嘔吐が止まらず胃気が虚する者など。

  [原文訳]«金匱要略・婦人妊娠病脈証併治»
   ○妊娠し、嘔吐がまざれば、乾姜人参半夏丸がこれを主る。
 «勿誤薬室方函口訣»
   ○此の方は、もと悪阻おそを治する丸なれども、今、りょうとなして諸の嘔吐がまざりて胃気が虚する者に用いて捷効しょうこうあり。
捷効しょうこう=効き目がよくはやい。


乾姜人参半夏丸料かんきょうにんじんはんげがんりよう 乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん(七一頁)と同じ。
 [薬局製剤] 半夏6 人参3 乾姜3 以上の切断又は粉砕した生薬をとり、1包として製する。
 «金匱要略» 半夏6 人参3 乾姜3

p.377

半夏乾姜人参丸はんげかんきょうにんじんがん 乾姜人参半夏丸かんきょうにんじんはんげがん«金匱要略»(七一頁)と同じ。 «金匱要略» 半夏6 乾姜3 人参3 生姜汁を加えて丸にし、一回1gを服用する。



『金匱要略講話』 大塚敬節主講 財団法人 日本漢方医学研究所編 創元社刊
p.497

姙娠嘔吐不止。乾薑人參半夏丸主之。

乾薑人參半夏丸方
 乾薑 人參各一兩 半夏二兩

右三味。末之。以生薑汁糊爲丸。如梧子大。飮服十丸。日三服。〔訓〕
 妊娠、嘔吐おうとまざるは乾薑人参半夏丸之かんきょうにんじんはんげがんつかさどる。
  乾薑人参半夏丸の方   乾薑、人参(各一両)、半夏二両)
  右三味、これまつまつとし、生薑汁を以ってのりにて丸とすこと梧子大ごしだいの如くし、一丸を服す。日に三服す。

〔解〕  

 大塚  妊娠嘔吐ですから「つわり」ですね。つわりには小半夏加茯苓湯を使いますが、それでもなおおさまらないような場合には、乾薑人参半夏丸の主治どある、ということです。
 別にこれは妊娠に限らず嘔吐の薬として使えます。ただ私は丸薬でなく、煎じて飲ませましたが、同じように効きました。飲むときは、冷たくして飲むように指示します。


『金匱要略解説(57)』 北里研究所東洋医学総合研究所診療部門長 石野 尚吾
 婦人妊娠病②-乾姜人参半夏丸・当帰貝母苦参丸・葵子茯苓散・当帰散・白朮散
 ■乾姜人参半夏丸
 本日はテキスト198頁の乾姜人参半夏丸カンキョウニンジンハンゲガンからです。
 「妊娠嘔吐止まざるは、乾姜人参半夏丸これを主る。
  乾姜人参半夏丸の方。
  乾姜カンキョウ(一両)、人参ニンジン(一両)、半夏ハンゲ(二両)。
 右三味、これを末とし、生姜ショウキョウ汁をもって糊にして丸となすこと梧子ゴシ大のごとくし、十丸を飲服す。
 妊娠中の嘔吐ですから、悪阻です。悪阻が強くて治まらない時には、乾姜人参半夏丸を使いなさい。主治であると、簡潔明瞭な処方です。
 生姜を蒸して乾燥させた乾姜と朝鮮人参チョウセンニンジン、半夏の三味からできている処方です。これらを粉末として、生姜汁で作った糊で丸薬として梧子大に作り、その一〇を一度に飲み、一日に三回服用するということです。
 『類聚方広義るいじゅほうこうぎ』には、「嘔吐止まず、心下痞鞕するものを治す。為則ためのり按ずるに、まさに心下痞鞕の証あるべし」とあります。
 心下痞鞕は、みぞおちのあたりがつかえて抵抗のある状態です。同じく頭註には、「妊娠して悪阻ことに甚だしく、湯薬を服することあたわざるものに、この方を用いれば、徐々に効を収めて宜しとなす。大便不通のものには、大簇丸ダイゾクガン黄鐘丸オウショウガン等を間服す。もし蚘を兼ねるものは、鷓鴣菜丸シャコサイガンに宜し」とあります。
 回虫がある場合には鷓鴣菜丸を一緒に飲むとよい。大便が出ない時には、大黄ダイオウ、人参の入った大簇丸または黄鐘丸を、その間に服用するとよいということです。
 『聖剤発蘊せいざいはつうん』には、「妊娠悪阻の証にして心下痞硬するものに効あり。急なる時は湯剤にして生姜汁を合して用いるもまた可なり。妊娠、八、九ヵ月に至りて悪阻の症止まず。あるいは嘈雑してすす色のものを吐す。吐血するもあり。これは甚だ難症と知るべし。多くは産後に死す。この方、男子もまた心下痞硬して嘔吐止まず、水薬ともに受けざるものに用うべし」とあります。

■乾姜人参半夏丸の構成生薬

 構成生薬の薬能について解説します。
 乾姜は生姜の根茎を蒸して乾燥させたものです。『神農本草経しんのうほんぞうきょう』の中品に収載され、 「中を温め、寒を散じ、裏寒の証を治す」とあります。胃腸を温め、寒を追い、その結果として消化機能が正常化され、水毒がとれ、嘔吐、下痢などが治るということです。
  『薬徴やくちょう』 には、「水分、体液の遍在、停滞を治す。また嘔吐、咳、下痢、手足の冷え、煩悶して落ち着かないもの、腹部、胸部、腰部の疼痛も治す」とあります。
 乾姜は体を深部から温める作用があり、体が温まり冷えがとれた結果、水分調整機能も円滑に作動し、水分代謝が円滑に行われると考えられます。本処方の「嘔吐止まず」とあるのは、乾姜の適応症状の一つと考えられます。
 現代医学的には鎮吐作用、唾液分泌亢進作用、鎮痙作用、鎮痛作用、抗消化性潰瘍作用などがあります。
 人参はウコギ科のオタネニンジンを基源植物とし、オタネニンジンの細根を除いた根、またはこれを軽く湯通しし乾燥させた御種人参オタネニンジンと、蒸して乾燥させた紅参コウジンとがあります。わが国では紅参はほとんど使いません。主に御種人参を使います。
 『神農本草経』の上品に収載されていて、古来から最も珍重されている生薬の一つで、「人参は一名人銜ジンカン鬼蓋キガイといい、甘、微寒。山谷に生じ、五臓を補い、精神を安じ、魂魄を定め、驚悸を止め、邪気を除き、目を明らかにし、心を開き、血を益す。久しく服すれば身を軽くし、年を延ぶ」とあります。
 また『皇漢医学こうかんいがく』には、「古来人参をもって万病の霊薬となし、病者危篤に瀕するあれば病症のいかんを問わず、表裏内外、陰陽虚実を論ぜず、必ずこの薬を与うるが常なりしも、これ皆後世派人のいう言にして、人参は断じて万能の神薬に非ず。大観すればこの薬物は胃の衰弱、疲労に伴う新陳代謝の衰弱を目的とし、これに続発する食欲不振、悪心、嘔吐、消化不良、下痢などの症状を副目的として用うべきにして、もしこれに背反すれば必ず有害無益なり」とあります。
 現代医学的には疲労回復促進作用、抗ストレス作用、強壮作用、性ホルモン増強作用、抗胃潰瘍作用、免疫増強作用などがあります。
 半夏はサトイモ科のカラスビシャクの根茎で、『神農本草経』の下品に収載されていて、古来から鎮吐、鎮嘔の要薬とされ、非常に多く用いられています。
 『薬徴』には、「半夏は痰飲、嘔吐を主治するなり。旁ら心痛、逆満、咽痛、咳悸、腹中雷鳴を治す」とあります。
 陶弘景とうこうけいは、「およそこれを用いるには十回ばかり湯で洗って、滑らかなものをことごとくなす。そうせねば毒があって喉を刺激する。処方の中に半夏がある時には必ず生姜を用いる。それは毒を制するためである」といっています。しかし実際には半夏が入っている処方で、生姜が入っていないものも数多くみられます。
  現代医学的には、中枢抑制作用、鎮吐作用、鎮痛作用、鎮痙作用などがあります。
 半夏を妊娠中に用いることに対していろいろな論議があります。『素問そもん』六元正紀大論には「黄帝こうてい問うて曰く、婦人の妊娠これを毒することいかんと。岐伯きはく曰く、故あらば落とすことなきなり」とあり、これは妊娠に薬を使うことはどんなものであろうか、という問いに対して、それなりの理由があればどんな薬を用いても差し支えない、流産することもないと答えています。
 『本草綱目ほんぞうこうもく』には、「半夏は多く用いるが脾胃を瀉す。諸血証および口渇するものには用いることを禁ず。それは津液を乾かすからである。妊娠はこれを忌む」とあります。
 『稿本方輿輗こうほんほうよげい』には、「乾姜人参半夏丸は悪阻を治するの方の祖ともいうべきものなれども、後世にては妊娠に半夏を忌みて、半夏の入りたる方を妊婦に用いるには、半夏を去りて用う。本邦にて二十年、三十年前までは皆妊娠に半夏を忌みたり。今の世にてはちらほら用いるようになりたり。妊娠中に半夏を忌みざるという兆しは、『千金せんきん』の茯苓半夏湯ぶくりょうはんげとうとて、悪阻に用いたる方ありて、半夏の入りたることあり。これらをもって半夏を忌まぬことを知るべし」とあります。
 さらに『校正方輿輗』には、「妊娠嘔吐止まざれば、すなわち悪阻病なり。治方は乾姜人参半夏丸を始め、千金外台げだい諸書多く半夏を用う。しかるに金の張元素ちょうげんそ、妊に半夏を忌むことをいい出し、それより以後天下の医流皆これにならわざるものなし。明に至りて独り婁全善ろうぜんぜん曰く、余、阻病を治するにしばしば半夏を用うるも、いまだかつて胎を動かさずというもまた故あり。因なきの義なり。妊病の方は何ぞや必ずしも拘泥せんや。云々」とあります。
 漢方は長い歴史の中で試行錯誤を繰り返し、淘汰され、有効な、かつ安全な薬方を伝えてきました。証を誤らなければ、妊婦も漢方薬を服用できます。本方や小半夏加茯苓湯ショウハンゲカブクリョウトウ半夏厚朴湯ハンゲコウボクトウ小柴胡湯ショウサイコトウなどを妊婦に用いますが、現在まで半夏による流産を起こしたという報告はないようです。

■乾姜人参半夏丸の使用目標
 臨床上の使用目標は、重症な悪阻、全身哀弱がひどく、食べるとすぐ吐く、食事も服薬もできぬほどの悪阻、悪心が強く吐こうとしても容易に吐けない、吐いた後も悪心がありヌラヌラとした粘液がいつまでも出てくるもの、このような嘔吐には半夏と生姜または乾姜を配した処方が適応です。半夏と生姜または乾姜を配した処方は、本方のほこに小半夏加茯苓湯、半夏瀉心湯ハンゲシャシントウなどがあります。悪阻だけでなく、一般的な嘔吐の薬として用います。丸剤だけでなく煎じて飲ませます。飲む時は冷まして飲ませます。
 腹証は、腹直筋に力がなく、腹部軟弱無力状で、腹壁は舟の底のように窪んでいます。しかしみぞおちだけは硬く張っていて、その部に抵抗や圧痛があったりする状態です。脈は沈弱です。太陰の虚証で激しい嘔吐があり、そのまま疲労困憊しておなかが窪み、心下部だけが硬く張って、つかえた感じの時に使います。
 悪阻については『婦人寿草ふじんことぶきそう』には、「月の重なるにしたがいおのずから半癒するなり。(中略)飲食進まず、形体痩憊してすくわざるに至るなり」とあり、実際の運用としては膈間の水毒症状として、茯苓ぶくりょう沢瀉タクシャジュツ、半夏などの入った処方を用いています。

■乾姜人参半夏丸の鑑別処方
 鑑別すべき処方として小半夏加茯苓湯があります。悪阻に最もよく用いられる処方であり、みぞおちとあたりにポチャポチャと振水音があり、急にギュッと胸に突き上げてくるような嘔吐が起こる時、そして眩暈、動悸がします。悪心が強く粘液を吐く、軽度の口渇があるなどであり、表証はないが裏証がある状態です。裏証とは内臓から直接現れる症状で、嘔吐、下痢、腹痛、口渇などです。いろいろな吐き気に使用しますが、悪阻の薬として有名です。しかし本方で嘔吐が止まらない時には乾姜人参半夏丸、半夏厚朴湯、人参湯ニンジントウなどを証によって選用します。
  五苓散ゴレイサンは中間証で、口が乾いて尿の出が悪く、水を飲むと噴射状に吐き、またすぐ水を飲みたくなり、嘔吐が強いわりには悪心をあまり訴えない、吐いた後さっぱりするなど、表裏の証(表態とは体の表面に現れる症状で悪寒、頭痛、発熱など)があります。
 人参湯は、ふだんから胃腸が弱く、気力弱く、顔色青白く、脈拍弱く、手足が冷えやすい、心下に振水音を認める。口の中に薄い唾液が溜まり、吐き出してもすぐまた溜まるものです。
 半夏厚朴湯は、虚証、気分塞ぎ、咽喉や食道部に異物感、いわゆる梅核気があり、時に胃内停水があります。胃腸の弱い人に用いられます。神経症状では動悸、眩暈、頭痛、肩凝り、恐怖感などを訴えます。