健康情報: 5月 2013

2013年5月27日月曜日

抵当湯(ていとうとう)・抵当丸(ていとうがん) の 効能・効果 と 副作用

臨床應用漢方醫學解説』 增補第八版 南江堂刊 湯本求眞著

下瘀血丸大黄蟅蟲丸抵当丸三方に関する所説は著者の心血の結晶にして新発見に係るもの鮮からず読者軽々之を看過する勿れ。


抵當丸
 大黄一五、〇 桃仁、虻蟲、水蛭各五、〇
 右丸法用法は下瘀血丸に同じ用量一回五、〇一日三回
 本方の腹證脈證等は大黄蟅蟲丸條下に於て解説すべし。
 下瘀血丸の鎭痛止作用竝大黄蟅蟲丸及抵當丸の止血作用
 下瘀血丸の疼痛を治する理由如何にも云ふに血管及之に接する部に瘀血凝滯ある時は(血塞の血管内出血性硬塞の血管外にある場合の如き之れなり)之に近接せる知覺神經を壓迫刺激して疼痛を發せしむ此際下瘀血丸を與ふるときは神經刺戟の元因たる瘀血塊除去せらるヽを以て疼痛自ら退散する所以にして西洋醫術に於ける莫此其他麻醉劑による知覺機麻痺的一時性鎭痛方法と回日の談にあらざるなり此理あるが故に臍下疼痛の症に限らず身體中何れの部分と雖も苟も血塞血栓動脈瘤靜脈瘤出血性硬塞等瘀血凝滯の因によりて發する疼痛は盡く之を治す又疼痛症無ければ用ひられざるにあらずして前記の如き瘀血だにあらんには皆之を施して可なり何となれば假令瘀血塊ありとも其位置及状態の異るによつて知覺神經を壓迫刺戟せざる場合あるを以てなり而して此方が止血藥たり得る理由如何となれば或部分の主要血管に瘀血凝滯して血液の循行を妨ぐるか或全く之を止むるときは副枝血行に血壓高まり爲に出血するに至る此際に此方を用ゆる時は血行障碍の元因たる瘀血塊を除くを以て血液順流し自然に止血すべき理明瞭なりと云はざるべからず大黄蟅蟲丸及抵當丸の止血作用も亦此理に外ならずと雖も此の二方の目的とする瘀血塊は前述のものより一層陳久にして將に組織化せんとし或組織化しつヽあるものなり是れ二者應用目的の差異點なりと雖も臨床上明白に區別し難き場合あるを以て先づ下瘀血丸を用ひて比較的新しき瘀血を下し若し效無き時は陳久瘀血あるの徴なるにより緩和治る大黄蟅蟲丸より試み效なければ抵當丸を與ふべし。右三方證には往々他覺的に下腹に於て膨滿を認めざるに病者之を訴へて止まざるの症あるとあり宜しく三方を撰用すべし。

※苟も:いやしくも

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
抵当湯(ていとうとう)及び(がん)
抵当湯 水蛭 虻虫 桃仁各一・ 大黄三・ 以上を細末とし、法の如く煎じ、一日三回服用する。
抵当丸 水蛭 虻虫 桃仁 大黄各一・ 以上を煉蜜で丸とし、一日三回三・ずつ服用する。

本方は陳旧の瘀血を去る力があり、小骨盤腔内の滞血・血腫・血塊・血栓等を駆逐する剤で、患者は下腹部に膨満感があり、これを按ずれば抵抗を触れ且つ圧痛があり、小便快通し、大便の色黒く、物忘れし、種々の神経症状を伴うものに用いる。脈は多く沈んでいる。
本方中の水蛭・虻虫は共に凝血・血塊を溶解する働きがあり、血塞を去り、陳旧なる非生理的血液を排除する。大黄は凝結した老廃物を通利する下剤で、且つ消炎健胃の能がある。
本方は以上の目標に従って、月経閉止・精神病・子宮筋腫の軽症・脱疽等に応用される。


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状 は、実証では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆 瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)・抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

6 抵当湯(ていとうとう)・抵当丸  (傷寒論、金匱要略)
〔水蛭(すいしつ)、虻虫(ぼうちゅう)、桃仁(とうにん)各一、大黄(だいおう)三〕
丸は湯の證で病勢の緩慢なものに用いられる。本方は陳旧性の瘀血を去る薬方で、下腹部に膨満感があり、種々の神経症状を伴うものに用いられる。婦人の場合は月経血に凝結塊を混じることもある。
〔応用〕
駆瘀血であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、抵当湯(丸)證を呈するものが多い。


 『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
101 抵当湯(丸)(ていとうとう) 〔傷寒・金匱〕
     水蛭・虻虫 各二・〇 桃仁 一・〇 大黄 三・〇

法のごとく煎じ、三方に分け、一服して通じがなければ、さらに服用する。
丸の場合は
     水蛭・虻虫 各一・五 桃仁 一・〇 大黄 三・〇
右の割合に混合して末とし、蜂蜜で四個の丸とし、一個に水一〇〇cc加え、煮て六〇ccとして頓服する。すると晬時(さいじ)(一昼夜こと)血を下すはずである。もし下らなければ、さらに服用する。

応用〕 瘀血があって、熱が下焦に結ばれた陳旧瘀血を去るものである。小骨盤腔内の滞血・血腫・血塊・血塞・血栓等を駆逐するために用いられる。
 すなわち本方は、実証の瘀血症候群をそなえた月経閉止・月経不順・子宮筋腫・卵巣嚢腫・脱疽・発狂・コルサコフ症候群・健忘症・精神分烈症・癲癇・糖尿病・食道狭窄・眼瞼湿疹・角膜炎・運動麻痺・半身不随・肝硬変症・打撲症・眼疾患等に応用される。

目標〕下腹部に膨満感があり、これを圧迫すれば抵抗・塊状を触れ、圧痛があり、胸満・腹満・下腹硬満を訴える。顔面・口唇・歯齦・舌・四肢・爪等の鬱血斑、婦人は月経血の凝血塊を混じ、小便快通し、大便の色が黒くなる。またよく物忘れし、口燥煩渇、よく食を好んで満足せず、怒り悲しみ訴えが異常となり、精神症状をともなうものを目ととする。
 脈は多く沈である。

方解〕 水蛭(すいしつ)(スイテツとも読む。蛭(ひる)を乾燥したもの)は凝血を溶解し、陳旧瘀血を去る。ヒルジンを含有し、溶血作用がある。虻虫(ぼうちゅう)(アブ)は駆瘀血剤で、陳旧瘀血を駆逐し、血塊を軟かにする。桃仁も駆瘀血で消炎・鎮痛の作用も兼ねる。大黄は水蛭や虻虫とともに、下腹部に凝結した瘀血や老廃物を通利し、l消炎の効がある。
 これらの薬物が協力して下腹部の瘀血を下し、瘀血によって起こったいろいろの苦悩を去るものである。

主治
 傷寒論(太陽病中篇)に、「太陽病六七日、表証仍(ナオ)在リ、脈微ニシテ沈、反ツテ結胸セズ、其ノ人狂ヲ発スルハ、熱下焦ニ在ルニ以ル。少腹ハ当ニ鞕満スベシ。小便自利スル者ハ、血ヲ下セバ乃チ愈ユ。然ル所以ノ者ハ太陽経ニ随イ、瘀血裏ニ在ルヲ以テノ故ナリ。抵当湯之ヲ主ル」
「太陽病、身黄、脈沈結シ、少腹硬ク、小便不利スル者ハ、血ナシト為スナリ。小便自利シ、其ノ人狂ノ如キ者ハ、血証タルヤ諦(アキラカ)ナリ。抵当湯之ヲ主ル」
 同(陽明病篇)には、「陽明証、其ノ人喜忘スルハ必ズ畜血アリ、然ル所以ノ者ハ、本ヨリ久瘀血アリ、故ニ喜忘セシム。屎硬シト雖モ、大便反テ易ク、其ノ色必ズ黒キ者ハ、宜シク抵当湯ニテ之ヲ下スベシ」
「消穀善饑シ、六七日至リテ大便セザル者ハ、瘀血アリ、抵当湯ニ宜シ」とある。また、
 金匱要略(瘀血病門)に、「病者、熱状ノ如ク、煩満、口乾燥シテ渇シ、其ノ脈反ツテ煩無シ、此レヲ陰伏ト為ス、是レ瘀血ナリ、当サニ之ヲ下スベシ、抵当湯ニ宜シ」
「腹満セズ、其ノ人我レ満ヲ言フ、瘀血有リト為ス」
 同(婦人雑病門)に、「婦人、経水利下セザル者ハ、抵当湯憲ヲ主ル」等とある。
 古方薬嚢には、「下腹張りて小便近く、然も小便の出がよく、病人の気持が多少おかしくなり、つまらぬ言を口走ったり、或は喋ることに前後のつじつまが合わぬようなことがあったりする者、或は甚だ忘れっぽくなりて、要領を得ず、或は無暗に怒ったり、又は悲んだりする者、忘れっぽくて大便の色黒き者、無暗に大食をしたがり、幾ら喰っても喰い足りない者、大便の色黒い者、口や唇のよく燥く者、腹が余り張っても居らぬのに、甚だ腹満を訴反る者等、本方を使用せんとする時の参考に供せられるべし」とある。

加減〕丸は湯の証で、病勢緩慢のものによい。

参考
 矢数有道 婦人科領域における抵当丸の応用(漢方と漢薬、四巻四号)

治例
 (一) 癩病
 三十歳の婦人。癩病にかかって三年間、眉毛は脱落し、鼻梁は腫大し、全身も腫れ、赤い斑点は雲の如くである。手足は麻痺して、月経は閉止している。私はこれに抵当丸を作って、毎日三匁ずつ服用させたとこ犯、三十日後に数升の血を下した。そして百日の後に治ってしまった。(六角重任翁、古方便覧)

 (二) 卵巣嚢腫破裂
 二六歳の婦人。妊娠四ヵ月。一日急激に右下腹痛を訴え、七転八倒の苦しみを発し、右廻盲部より下に鶏卵大の腫塊を触れる。大黄牡丹皮湯を与えたが、翌日は漸次腹満を訴え、右下腹部の塊はみるみる腫大し、ついに小児頭大に及んだ。ところが苦しみの後、突然激痛は消散してしまった。右下腹部の腫塊はすなわち卵巣嚢腫で、妊娠子宮の増大とともに茎捻転を起こしたものであった。腫張とともに激痛を加え、一昼夜にして極度に達し、ついに破裂を起こして痛みが消失したものである。下先部には破裂による出血が充満しているわけである。これに抵当丸を与えたところ、黒便を下すこと日に数回、数日にして下腹の瘀血去り、塊は原形に復した。よって入院手術をすすめたところ、はたして嚢腫であって、これを割ってみたが、中には毛髪・歯質などがつまっていたとのことである。これではいかに抵当湯といえども、及ばなかったと思われる。いままで抵当丸を子宮筋腫や卵巣嚢腫に数多く用いてみたが、下腹部に腫瘤を触れるようになったものでは、その効果はほとんど期待できなかった。この婦人は筆者の友人の妻君で、漢方入門して三年ほどのこと、このときの児は無事出産、妻君は以後三児を生んだ。   (著者治験)

 (三) 喘息
 一婦人、三〇歳ばかり。永年の喘息があり、いろいろの治療をして根治せず。不肖も種々と方を変えたが治らなかった。この人は経水甚だ不順で、いわゆる瘀血の証に似ているので、発磁のないとき抵当丸を与えたところ、服後一時間ほどして大いに下血して驚いた。
 ところがその後、永年の喘息がすっかり治ってしま改aた。   (荒木性次氏 古方薬嚢)



明解漢方処方 (1966年)

抵当丸・抵当湯(ていとうがん・ていとうとう) (傷寒論)
 水蛭 虻虫 桃仁 大黄各一・〇 以上を煉蜜で丸となし、一日三・〇宛一日三回服用する。または丸を煎じて湯として服す。
 大黄蟅虫丸、下瘀血湯などと共に乾血の駆除剤である。本方は内位の乾血剤であるため小便自利、下腹硬満、発狂、健忘症、異常食慾増進、大便タール様黒色などの症がある。
 下瘀血湯との区別は、下瘀血湯の項でも述べたが、下瘀血湯は裏位の乾血であるため、精神正常で下腹部の硬満なく、逆に触れると腹中劇痛し 小便は減少するもので、本方とは証が違っている。
 この処方中、大黄を三・〇に増量し煎剤としたものが抵当湯で、抵当丸の重症に用いる。精神異常。子宮筋腫。脱疽。


『日本東洋醫學雜誌 51(6)』, 148, 2001-05-01 社団法人日本東洋医学会

019 抵当丸/抵当湯の使用経験
 ○野崎和也 渡辺哲郎 横山浩一 関矢信康 
   寺澤捷年(富山医学薬科大学和漢衰療学構座)
    伊藤隆(富山医科薬科大学和漢薬研究所漢方診断学部門)
  【緒言】 抵当丸は、実証の駆瘀血剤であると同時に、動物性生薬を含有し、陳旧性の瘀血に対する方剤としても、他の駆瘀血剤とは一線を画す存在でもある。今回我々は、抵当丸/抵当湯が有効だった3症例を経験したので報告する。

【症例1】 72歳女性。20年前から咳・痰・胸背痛があり、1995年に当部を受診。胸部レントゲン・CTから気管支拡張症と診断。喀痰量の減少を目的としてマクロライドを投与し、種々の漢方方剤(腸癰湯大黄牡丹皮湯、竹葉石膏湯、清肺湯など)を使用していたが、繰り返す細菌感染を予防し得なかった。2000年1月の入院を契機に小腹鞕満を目標に抵当丸を投与したところ、緑黄色の痰が黄色に改善し喀出量も減少した。その後下気道感染は著しくおさまり、マクロライドを含む抗生物質を中止したが、入院加療を要することなく外来で経過観察中である:

【症例2】 62歳女性。変形性膝関節症による両膝痛を主訴に、1998年に当部を初診。防已黄耆湯や八味地黄丸料合人参湯、五積散料などを投与したが、症状の改善は得られなかった。2000年6月、防風通聖散に併用していた桂枝茯苓丸を、小腹鞕満を目標に抵当丸に変更したところ、6年来の膝関節痛が6週間で消失した。

【症果3】52歳女性。20年前に母親の介護を始めてから出現した睡眠障害・浮動感を主訴に、2000年6月に当部に入院。心臓神経症の既往もあり、精神科で適応障害と診断。柴胡加竜骨牡蛎湯、桃核承気湯は無効で、小腹鞕満を目標に抵当湯を使用したところ、2週間で症状が自制内におさまった。退院後、浮動感は消失した。

【総括】 本方剤の目標は、一般的には精神症状と小腹鞕満であるが、上記2例のように、小腹鞕満のみを目標としても有効であり、必ずしも精神症状を伴わなくてもよいのではないかと考えられた。




【副作用・注意】
●大黄
・食欲不振、腹痛、下痢等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・授乳中の婦人には慎重に投与[乳児の下痢を起こすことがある]。
・併用する場合は、含有生薬の重複に注意。

●桃仁
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●乾漆、虻虫、水蛭、蠐螬、蟅虫
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●地黄
・食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等に留意。

※蟅虫の「蟅」は本来は「庶」が上で「虫」が下

2013年5月24日金曜日

大黄蟅虫丸(だいおうしゃちゅうがん) の 効能・効果 と 副作用

臨床應用漢方醫學解説』 增補第八版 南江堂刊 湯本求眞著

下瘀血丸大黄蟅虫丸抵当丸三方に関する所説は著者の心血の結晶にして新発見に係るもの鮮からず読者軽々之を看過する勿れ。

大黄蟅蟲丸
 大黄二、〇〇 黄芩一六、〇 甘草二四、〇 桃仁六五、〇 杏仁五六、〇 芍藥三二、〇 地黄八〇、〇 乾漆八、〇 虻蟲一〇七、〇 水蛭一六六、〇 蟅蟲七一、〇

 右爲末蜂蜜を以て爲丸用量一回一、〇乃至五、〇 一日一回乃至三回 用法抵當丸に同じ

適應症 五勞虚極、羸痩、腹滿不能飮食、食傷、憂傷、飮傷、房室傷、饑傷、勞傷、經絡榮衞氣傷、内有乾血肌膚甲錯、兩目黯黒、緩中補虚、

仲師の論文難解なるも余は下の如く解釋すべきものと考う則ち食傷は消化器病憂傷饑傷は神經系及精神病飮傷は水病房室傷は結核性疾患經絡榮衞傷は血行器及血液病(古人血管系を經絡と云ひ血液を身體を養ひ衞るの意より榮衞と稱せり)を意味し是等の疾病にして五勞虚極(共に衰弱の甚しきなり)羸痩腹滿飮食する能はざるものは内即ち消體に乾血(久變敗血)あるの致す處にして爲に肌膚甲錯(鮫肌の如くなるを云ふ)兩目黯黒となるものに本方を用ゆるときは體内の乾血を去て體中を緩め虚羸のものを強壯にすと云ふにありと。

此解釋に著しき誤なきは以下引用せる仲師及先哲の所説を參照すれば明瞭なり。
仲師金匱要略婦人病織に曰く
婦人之病、因虚積冷結氣爲諸經水斷絶、(以上月經閉止の由來を説き以下經閉の因より


和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
大黄蟅虫丸(だいおうしゃちゅうがん) 〔金匱要略〕

【方意】 陳旧性の瘀血による腹微満・面色黄褐色・月経不順・貧血・視力低下等と、燥証による皮膚枯燥・羞明等と、瘀血による精神症状としての頭重・のぼせ・目眩・健忘症等と、虚証による盗汗・るいそう等のあるもの。     《太陰病,虚証から虚実中間》

【自他覚症状の病態分類】

陳旧性瘀血

燥証 瘀血による精神症状 虚証
主証  ◎腹微満
◎面色黄褐色
◎月経不順

◎皮膚枯燥
◎羞明(角膜乾燥)
◎頭重
◎頭痛
◎のぼせ
◎目眩

◎盗汗
◎自汗
◎るいそう
◎疲労倦怠
客証  ○貧血
   腹痛
   帯下
○視力低下
○鼻根部の疼痛
   歯痛

   落屑
   兎糞状便
   便秘
○健忘
   心悸亢進
   精神異常
   全身衰弱


【脈候】 沈緊、濇、沈数、遅緊。

【舌候】 口唇乾燥、やや乾燥した微白苔或いは無苔。

【腹候】 腹力ある程度力あり。下腹部にやや硬い抵抗を触れる。腹満傾向、時に腹直筋の緊張を認める。

【病位・虚寒】瘀血も陰証陽証共に存在する。本方は瘀血が陳旧化し、全体に疲労を帯び、虚証を呈している状態で太陰病に相当する。

【構成生薬】 大黄8.5 黄芩7.0 甘草10.0 桃仁18.0 芍薬13.5 乾地黄34.0乾漆3.5 虻虫8.0 水蛭17.0 蠐螬17.0 蟅虫10.0

【方 解】虻虫・水蛭・蠐螬・蟅虫はすべて動物性駆瘀血薬で、陳旧瘀血を去る。乾漆も陳旧性瘀血に有効である。桃仁・杏仁は消化管の燥証を滋潤し、乾地黄の滋潤 作用も協力する。大黄の瀉下作用、芍薬の抗痙痙攣作用は桃仁・杏仁・乾地黄の滋潤作用と共に便秘に有効である。黄芩は駆瘀血薬と共に、血熱による精神症状 を除去する。 

【方意の幅および応用】
 A 陳旧性瘀血燥証虚証:腹微満・下腹部抵抗・面色黄褐色・皮膚枯燥・るいそう等を目標にする場合。
  貧血、月経閉止による諸症、慢性腹膜炎、歯痛、夜盲症
 B 瘀血による精神症状:頭重・健忘・精神異常を目標にする場合。
  精神神経疾患

【参考】*虚の極、るいそうし、腹満して飲食すること能わず、内に乾血有り、肌膚甲錯して、両目黯黒なるを主る。  『金匱要略』


結核性腹膜炎の随証治療
  結核性腹膜炎では液性滲出物は僅少にして、腹水の病型を呈するものは比較的劣数である。患者は漸次腹囲の増加と腹部の膨満感を訴え、自発痛はあるいは僅微 であるか、または時として全くない。腹部の膨満愈々加わるに従って、軽度の胸内苦悶、呼吸困難が現れ、且つ胃部停滞感および食欲不振が起こって来る。便通 は不整で、或は下痢し、或いは便秘する。女子では月経閉止を伴うことが多い。全腹壁はあたかも硬化せる観があって、これに触れるも柔軟ではない。
 熱発は不定で、或いは高度の日晡所潮熱を呈する。貧血、るいそう、衰弱等漸次加わり、時に盗汗に悩まされる。経過は緩慢にして、数月より年余にわたる。
 腹満および腹囲の増加現れ、胸内狭窄感および呼吸困難があり、且つ食欲減退し、便秘し、発熱ありて、脈浮にして数なる等の者には、まず厚朴七物湯を投ずべきである。便秘せず、反って下痢の傾向ある者にも、なお腹満および発熱等あらばこの方にて差支えない。
 初期にして、腹満も、発熱を著しからず、腹壁緊張し、時々腹痛、尿利減少、下痢の傾向があり、脈沈なるもやや力ある者には四逆散を投ずる。
 肋膜炎を併発し、胸満胸痛があり、或いは微喘、嘔吐、食欲減退、少しく発熱し、脈数なる者には小柴胡湯小陥胸湯、熱発劇しき者には小柴胡湯白虎湯を投ずる。
 前証にして更に嘔吐劇しく、心下硬満し、尿利減少し、便秘し、脈数にして且つ緊なる者には大柴胡湯或いは大柴胡湯加石膏を投ずる。
 発熱著しからずして、胸部圧迫感、食欲減退、疲労しやすく、且つ少しく腹満ありて腹筋拘牽し、時々腹痛を発する者には小柴胡湯合枳実芍薬散を投ずる。
 腹満あるも、按圧すれば柔軟にして固からず、患者疲労倦怠を覚え、食欲振わず、時々盗汗に苦しむ者には梔子厚朴湯を投ずる。
 腹満著しからざるも、患者頻りに胸腹の満悶を訴え、食欲全く欠損し、熱候なくして脈弦遅の者には厚朴生姜半夏甘草人参湯を投ずる。
 身体衰弱して力なく、時々盗汗があり、皮膚枯燥し、貧血羸疲漸やく加わり、腹筋拘攣して腹微満し、下腹部に不齋藤形の硬固物を触るる等の者には、小柴胡湯合枳実芍薬散に大黄蟅虫丸を兼用し、或いは四逆散に大黄蟅虫丸を兼用する。
奥田謙蔵『漢方と漢薬』2・6・7



【症例】眼精疲労・慢性円板状紅斑性狼瘡の疑い
 大黄蟅虫丸はあまり使う機会はないが、効くときは本当によく効く。狙いは虚労で、乾血性のもの。虚労は困して苦しむ所なしというものが多く、自覚的には取りとめのないような訴えが多いのに、他覚的にはそれほどでもない。
 1例はごく最近弱視を半訴にしてきた青年で、某医大の眼科で眼精疲労、視力0.3の診断を受けてきたが、『金匱要略』の本方の条文中にある「両目暗幸」を応用して、本方1日量3.0を約1ヵ月使つたところ、視力は1.0となり、自覚症状も消失した。
 もう一人は数年前に扱った50何歳かの婦人で、某病院皮膚科で治療を受けていたが軽快しなかった。病名は福性円板状紅斑性狼瘡のような皮膚病だった。鬱血性、乾性なので「内に乾血あり、肌膚甲錯」という条文を応用して本方を使ったら、幸い適中して約1ヶ月で治ってしまった。
龍野一雄『漢方の臨床』12・10・44




『金匱要略解説(22)』 
血痺虚労病③-酸棗湯・大黄蟅虫丸・炙甘草湯・獺肝散

日中東洋医学会名誉会員 寺師 睦宗
■大黄蟅虫丸
 「五労、虚極して羸痩、腹満し、飲食するあたわざるは、食傷、憂傷、飲傷、房室傷、飢傷、労傷のためなり。経絡栄衛の気傷(やぶ)れ、内に乾血有りて、肌膚甲錯し、両目暗黒す。中を暖め、虚を補うには、大黄蟅虫丸(ダイオウショチュウガン)これを主る。

大黄蟅虫の方。
 大黄(ダイオウ)(十分、蒸す)、黄芩(オウゴン)(二両)、甘草(三両)、桃仁(トウニン)(一升)、杏仁(キョウニン)(一升)、芍薬(シャクヤク)(四両)、乾地黄(カンジオウ)(十両)、乾漆(カンシツ)(一両)、虻虫(ボウチュウ)(一升)、水蛭(スイテツ)(百枚)、蠐螬(セイソウ)(一升)、蟅虫(シャチュウ)(半升)。
 右十二味、これを末とし、煉蜜(レンミツ)にて和し、小豆(ショウズ)大に丸じ、酒にて五丸を飲服す。日に三服す」。
 いろいろ出てきましたが、注を加えます。『医宗金鑑(いそうきんかん)』は最後の「緩中補虚」の四文字は、前にある「飲食するあたわざる」の下にあるべきであって、これは写し間違い、伝写の誤りだといっています。
 「五労」は『金匱要略(きんきようりゃく)』の第一巻の臓腑経絡篇に「五労、六極、七傷」というのが出てきました。この「五労」というのは志労、思労、心労、憂労、疲労の五つを指すものと思います。
 「極」は甚だしく虚に陥った状態のことです。
 「乾血」は瘀血のことです。「肌膚甲錯」は皮膚が光沢を失ってガサガサしていること、「暗黒」は暗いことです。
 「乾漆」は生のウルシを乾燥した乾いた漆で、これは血をめぐらし瘀血を破る効果があります。「虻虫」はアブです。アブは頭と足と羽を取り去って、弱い火で炒って用います。これも瘀血をとります。「水蛭」は俗にいうヒルです。このヒルも瘀血をとます。「蠐螬」はジムシです。これも瘀血をとります。「蟅虫」はゴギブリの雌です。これも結積やおなかの中の癥瘕をとります。「乾漆」、「虻虫」、「水蛭」、「蠐螬」、「蟅虫」は、みな瘀血をとる虫類と漆で、これらによって瘀血をとるということです。
 条文を解釈してみます。
 五労のため病人が非常に疲れ、 痩せ衰え、せれていて腹が膨満して、飲食ができない。こ罪は暴食、過度の心配、暴飲、房室過度、過度の空腹、過度の労働などが原因である。そして経絡と栄気(血の働き)、衛気(気の働き)がいずれも傷つけられ、このために瘀血が体内に停留し、皮膚がサメ肌のようにガサガサになり、眼の周りが黒ずむ。このような病人はおなかの中の急迫を緩め、虚を補うことが必要で、これは大黄蟅虫丸で主治するということです。
 大黄蟅虫丸について、先哲の論証を述べてみましょう。
 吉益東洞の息子の吉益南涯(よしますなんがい)が書いた『続建殊録(ぞくけんしゅろく)』の中に、「一婦人、年二十余歳、去年の春より穀肉の類を一口も食することができない。もし御飯を食べるとすぐに下腹が痛み、あるいは胸が痛む。そしてこれを吐き、止むと飲み物を好む。その飲みものは熱いものあるいは冷たいものを好む。もし飲みものが過ぎれば、必ずあなかが痛んで水を吐く。腰から以下が非常に痩せているが、胸は普通の人のようだ。歩くことは常人と変わらない。おなかをみてみると臍の脇、下腹が硬く石のようにだ。便秘しており、そこで下剤を用いると水のように下る。経月は少ない。そしてこの婦人はおなかが膨満して苦しいというが、按じてみても腹満していない。そこで最初に茯苓沢瀉湯(ぶくりょうたくしゃとう)を与え、硝黄湯(ショウオウトウ)を兼用した。これを服すると五、六十日して喉が少し乾いてきてお菓子類を食べた。腹痛はやはり変わらず、少し咳があり、血を吐く。そこで当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)と大黄蟅虫丸を与えたところ、症状が次第にひいて治ったh」とあります。
 もう一つは『腹証奇覧(ふくしょうきらん)』という本にあります。
 「この大黄蟅虫丸は小建中湯(ショウケンチュウトウ)の証に似て、非常に痩せていて、皮膚が乾いて、腹満して突っ張る。これを按じて巧くて痛むものは乾血で、大黄蟅虫丸の証なり」といっています。



※このヒルも瘀血をとます。→このヒルも瘀血をとります。の誤植?


副作用
使用上の注意
●大黄
・食欲不振、腹痛、下痢等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・授乳中の婦人には慎重に投与[乳児の下痢を起こすことがある]。
・併用する場合は、含有生薬の重複に注意。

●桃仁
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●乾漆、虻虫、水蛭、蠐螬、蟅虫
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●地黄
・食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等に留意。

※蟅虫の「蟅」は本来は「庶」が上で「虫」が下

2013年5月20日月曜日

下瘀血丸(げおつけつがん) の 効能・効果 と 副作用

臨床應用漢方醫學解説』 增補第八版 南江堂刊 湯本求眞著

下瘀血丸大黄蟅虫丸抵当丸三方に関する所説は著者の心血の結晶にして新発見に係るもの鮮からず読者軽々之を看過する勿れ。


下瘀血丸

 大黄一六、〇 桃仁七、○ 蟅蟲二一、〇

 右末となし蜂蜜を以て丸となす 用量一回一、〇乃至五〇、一日一回乃至三回酒服又白湯にて服す。

腹證 師曰、産婦腹痛、法當以枳實芍藥散、假令不愈者、此爲腹中有乾血、著臍下、宜下瘀血湯主之、亦主經水不利、

 本方に對する師の所説は僅に右の二證に過ぎず故に古來此方を用ひたる醫人なきにあらざるも皆此の論に拘泥して前證以前に活用せしもの多からず而して師の此所論ある所以は瘀血が婦人に多く且つ臍下に存するを最も多きを以て婦人病を標本として瘀血を論じ臍下を以て其診察目標となすべきを示されたるものにして右二症なければ用ゆべからずとの意にあらず故に假令腹痛經水不利の症なきも婦人にあらざるも苟も臍下に瘀血あらんには本方を用ゆべきなり然るに瘀血治劑は本方の獨占にあらずして尚他に數方あるを見れば瘀血塊の存在のみを以て本方證と速斷し難し然らば如なる種類の瘀血が本方の主治なるや是れ大に研筅を要する處にして且つ至難の問題なり餘嘗て此問題に遭遇して其解を得ず千辛萬苦或は自體を或家族を研究材料とし思索討究を積むを久うして此證の甚だ多きものにし之を有せざるもの殆んど無きを發見せり故に本方は著明の貧血或は下痢症にして衰脱甚だしきものを除き凡ての方劑殊に治瘀血煎劑に兼用すべきものにして最も應用廣き治瘀血丸なり而し仲大黄蟅蟲丸及抵當丸の二方も亦治瘀血丸方にして下に掲ぐる定證を目的と爲すべきは論を待たずと雖も臨床上に於ては本方證と區別し難き場合多きを以て先づ本方を試みて効無ければ大黄蟅蟲丸を用ゐ抵當丸の投與は最後の手段となすべし。



和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
下瘀血丸(げおけつがん) 〔金匱要略〕

【方意】 陳旧性の瘀血による下腹部の抵抗と圧痛・腹痛等と、瘀血による精神症状としての不眠・興奮・錯乱等と、裏の実証による便秘・腹満等のあるもの。     《陽明病,実証》

【自他覚症状の病態分類】

陳旧性瘀血

瘀血による精神症状 裏の実証
主証  ◎下腹部の抵抗と圧痛 ◎不眠
◎興奮
◎錯乱
◎便秘
◎腹満



客証  ○腹痛
  月経不利 
   不食 ○健忘
   心悸亢進
   精神異常
  


【脈候】 脈力あり。

【舌候】 

【腹候】 腹力あり、臍下に横楕円形の抵抗と圧痛を認める。

【病位・虚寒】瘀血は陰証にも陽証にも存在するが、興奮・錯乱等の精神症状は発揚性で陽証である。裏の実証が本方の構成病態にあり陽明病に相当する。脈力・腹力もあり実証である。

【構成生薬】 大黄16.0 桃仁7.0 蟅虫21.0
        以上を細末とし、蜂蜜にて丸とし、1回1.0を服用する。

【方解】蟅虫は硬固な陳旧性瘀血に有効で、これにより発する精神症状を去る。桃仁も駆瘀血作用があり、大黄の裏実に対する瀉下作用と共に瘀血を排出する。

【方意の幅および応用】
 A 陳旧性瘀血:下腹部の抵抗と圧痛・腹痛・経月不利を目標にする場合。
   月経痛、月経不順、産後腹痛
 B 瘀血による精神症状:不眠・興奮・錯乱・不食を目標にする場合。
   不食症、統合失調症、登校拒否

【参考】*産婦の腹痛には、法当に枳実芍薬産を以てすべし。仮令愈えざる者は、此れ腹中乾血有りて臍下に著くと為す。下瘀血湯に宜し、之を主る。亦た経水不利を主る。  『金匱要略』
     *臍下毒痛し、及び経水不利の者を治す。
     *本方は鎮痛作用が強い。

【症例】難治性慢性活動型肝炎
 29歳、男性。2年前肝炎といわれ他院で入院加療。軽快しないので柴胡剤含む漢方薬を服用したが効果がなかった。最近全身倦怠、頭痛、不眠が起こり気力がなくなった。大便1回/1日、やや頻尿、多尿。
 現症:陰、虚、皮膚す功けてつやがない。痩せている。舌:白苔(+)、質淡赤色、潤、中等大。脈:浮、大、弱い、やや数。右胸脇苦満(±)。腹部平低。左下腹部圧痛(+)、やや底に硬い感がある。少腹不仁(+)。肝触れない。中庭圧痛(+++)、右曲泉握痛(+)、左合谷圧痛(+)、右天宗圧痛。GOT178、GPT255。
 肝生検:慢性活動型肝炎像。線維化は認められない。
 中庭圧痛で柴胡桂枝乾姜湯、少腹不仁で八味丸、左下腹部の深部の硬い抵抗と圧痛で陳旧瘀血と認めて下瘀血丸を処方した。4週後倦怠感わずかあるだけで他の自覚症状は全く消失した。脈:やや浮、やや緊、やや数。左下腹部圧痛(+)、抵抗(+)。少腹不仁(+)。中庭圧痛(+)、其の他の腹証すべて消失。GOT46、GPT68と著明に低下した。
 7週後自覚症状全く消失。陽、やや実。皮膚、とくに顔の色つやが良くなった。少腹不仁(+)。他の腹証すべて消失した。GOT24、GPT19。他の検査すべて正常。
有地滋・戸田静男『日本東洋医学会』31・1・19

慢性活動型肝炎(B型)
 38歳、男性。2年前全身倦怠、めまい、嘔気が起こ責、慢性活動型肝炎と診断され他院で加療して来たが軽快せず。すぐ疲れ、時に右肋骨弓部が軽く痛む。
 現症:陰、実。皮膚の色蒼白く、ややすすけている。口唇、やや暗赤色。舌:白苔(±)、質、暗赤色。脈:やや沈、中等大、緊、やや数。心下痞(+)。右胸脇苦満(+)。左下腹部圧痛(+)、底硬いが皮膚・皮下結合組織の握痛(+)。肝触れない。右曲地握痛(++)、左合谷圧痛(+)、右天宗圧痛(++)。肝生検:やや線維化傾向の慢性活動型肝炎像。
 右胸脇苦満(+)で小柴胡湯、左下腹部圧痛(+)、底に硬い感じがあるが、腹部皮膚・皮下結合組織握痛(+)であるので桂枝茯苓丸を投与。4週後自覚症状はなくなった。陽、実。皮膚の色つや良くなった。しかし検査は全く改善されない。
 この時点で胸脇苦満(-)となったが右天宗(+)、左下腹部圧痛(+++)、底硬い、肝機障害(+)で小柴胡湯と梗枝茯苓丸を継続。8週後体軽く自覚症状全く消失。陽、実。皮膚のつやが明るくなった。しかしやはり肝機能は全く改善されない。カゼを引いたためか胸脇苦満、左下腹部の圧痛が再度出現、増強した。
 小柴胡湯と共に、左下腹部の深部に圧痛(++)、抵抗(++)があって、腹壁にはないので動物生薬駆瘀血剤の「証」であり深部が移動性があるので下瘀血丸を投与した。12週後自覚症状全くない。GOT195→138、GPT285→226に下った。γ-Glもわずかに低下。16週後体調極めてよい。GOT138→49、GPT226→95。24週後自覚症なし。GOT、GPT、ALP、γ-Gl、TTT正常。ZTTもほぼ正常。
 其後同一処方を捕服用。6ヵ月間肝機顕正常が続いたので臨床的に治癒と断定。
有地滋・戸田静男『日本東洋医学会』31・1・20
 

※ 右曲泉握痛(+)は右曲泉圧痛(+)の誤植?
※ 質、暗赤色は舌、暗赤色の誤植?
※ 皮下結合組織の握痛(+)は皮下結合組織の圧痛(+) の誤救?
※ 右曲地握痛(++) は 右曲地圧痛(++) の誤植?
※腹部皮膚・皮下結合組織握痛(+) は 腹部皮膚・皮下結合組織圧痛(+) の 誤植?



『金匱要略解説(58)』 
婦人産後病①-小柴胡湯・大承気湯・当帰生姜羊肉湯・枳実芍薬散・下瘀血湯・陽旦湯
日本漢方医学研究所附属
日中友好会館クリニック所長 杵渕 彰

■下瘀血湯
 「師の曰く、産婦腹痛せば、法はまさに枳実芍薬散をもってすべし。もし愈ざるものは、これ腹中に乾血ありて臍下に着くとなす。下瘀血湯に宜し、これを主る。また経水不利を主る。
 下瘀血湯の方。
 大黄(ダイオウ)(二両)、桃仁(トウニン)(二十枚)、蟅虫(二十枚、熬りて足を去る)。
 右三味、これを末とし、煉蜜(レンミツ)に和して四丸となす。酒一升をもって一丸を煎じ、八取を取りて頓(とみ)にこれを服す。新血下ること豚肝(トンカン)のごとし」。
 これは先の枳実芍薬散の文を受けて、枳実芍薬散が無効な場合には、瘀血があるためであるから、下瘀血湯の主治である。また月経がない場合もこの処方の主治であるというものです。
 宇津木昆台は、「枳実芍薬散の証のように、熱のうっ滞や、水の凝滞はなく、ただ瘀血だけが潤いなく固まってしまったもので、この下瘀血湯のような強い力の薬でなければ、この乾血を去ることはできない」と述べています。乾血を瘀血の一つというように通常解釈していますが、胎盤が残留しているのだと解釈する研究者もおります。
 この処方は、この文にあるように産後に用いる用い方のほかに、古い瘀血があるものに用いることになっています。児島 明(こじま めい)は『聖剤発蘊』で、毎月月経がくる前に腹痛に苦しむものによいといい、「男子の血証でも有効な場合があり、腰痛が長いもの、淋疾、痔、脱肛などの症状でよいことがある」と書いています。また腹証について稲葉文礼(いなばぶんれい)は、「下腹部に瘀血があり、痛みが強く我慢できないほどで、甚だしい時は手を近づけることもできないほどである。臍下をさぐると、指に触れる硬いものをみることがある」といいます。
 この処方構成は、大黄、桃仁、蟅虫の三味からなるものです。抵当丸(テイトウガン)や大陥胸丸(ダイカンキョウガン)のように生薬を粉末とし、加熱した蜂蜜(ハチミツ)で丸薬としておき、その丸薬を煎じるというものです。ただし煎じるのに水をもってするのではなく、酒を用いるという方法をとります。酒を用いる方法について、喜多村直寛などは、作用を穏やかにするためであると述べていますが、現代医学的には、水エキスとアルコールエキスほどの差ではないにしても、何か意味がある可能性があるのではないかと思いますが、これはよくわかりません。「抵当丸や大陥胸丸と同じ作り方をしているものであるから、下瘀血湯という名称は下瘀血丸であるべきであり、煎じるのでなく、煮るというのが正しい」と多紀元堅(たきげんけん)は述べています。
 作用について有持桂里は、抵当丸とほど同程度の作用と述べていますが、喜田村直寛は、「抵当丸の水蛭(スイシツ)、虻虫(ボウチュウ)に代えて、蟅虫を用いること、酒をもって煮ていることなどから:抵当丸よりも一段と穏やかなものである」と述べています。
 構成生薬の桃仁、大黄は今さらお話しする必要もありませんし、蟅虫も血痺虚労病篇の大黄蟅虫丸(ダイオウシャチュウガン)に含まれていますので、詳しくはお話しいたしませんが、サツマゴキブリの成虫です。当然市場品は養殖されたものですので、不潔なことはありませんが、あまり気持のよいものではありません。丸薬にしておきますと、蟅虫の形体を直接みませんので使いやすいのですが、動物生薬はかびが生えやすいことが多く、保存には注意が必要となります。これらの駆瘀血剤の処方の構成は、駆瘀血剤と大黄とが組み合わされていることが多くみられます。桃仁や蟅虫、場合によっては水蛭、虻虫などで血を動かし、大黄によって排出させようとする考えといえます。
 「新血下ること豚肝のごとし」というように、この処方を用いて有効である時に、豚の肝臓のような血の塊が排出されると記載されています。これをもって胎盤の残留したものであるということをいう人もありますが、胎盤などでなくても、古い瘀血の場合には、しばしばみられる現象です。

■下瘀血湯の治験例
 この処方の治験報告も、新しいものはみられません。稲葉文礼の『腹証奇覧翼(ふくしょうきらんよく)』の後篇に、「三四、五歳の男子で、激しい腹痛で、臍の下が痛むものが三年続いており、さまざまな治療を行ったが無効であったものが多い。診察してみると、冷えがあり、腹皮拘急して頭足あるようにみえ、このため大建中湯(ダイケンチュウトウ)を処方し、一ヵ月ほどで徐々によくなってきたが、また臍下が痛み、我慢できないほどになってきたので、下瘀血湯を処方した。処方後、数日でまったく治癒した」というものがあります。
 また『成蹟録(せいせきろく)』に、「一婦人で、月経過多で、月に二回も月経があることもあり、肩、背が強ばり、腹が攣急し、或いは鞕満しているもので、食欲があり、便秘し、陰部が時として痒いという状態が数年続いて、治療に反応しないものに当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)と下瘀血丸を兼用したところ、まったく治療した」という記載があります。


明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
⑳下瘀血丸(げおけつがん)(金匱)
 大黄一六・〇 桃仁七・〇 蟅虫二一・〇(四四・〇)
以上を細末とし、蜂蜜で丸とし、一回一・○宛、清酒で服用するのが標準であるが、作用の劇しい薬であるため、一日一回大便がある程度に各人の個人差で調整する方がよい。
 名称は「下瘀血」であるが、薬味からみるに目標は乾血の排除である。乾血は瘀血が陳久になって普通の駆瘀血剤では排除し難くなったもので、本方と瘀血剤との区別点は、その臍下の血塊に触れると甚しく、到底触診困難なほどである。また一般に乾血体質は痩せていて皮膚は鮫肌で、下腹部の血行障害の結果、往々大建中湯のような腹寒の症を起し易い。
 婦人の中に極く稀れに脉のない者があって、よく新聞記事になるが、これなど乾血証の甚しいものであろう。そして右側の橈骨(とうこつ)動脉において脉消失が顕著なのは、漢方でいう血証は左側に強く出るからである。
 この処方中乾血に働く薬は蟅虫であるが、現在に真品の入手が困難なようである。また一説に大黄蟅虫丸と本方は同方異名だともいい、金匱の本方の条文は支理滅裂で全く意味が通じない、恐らく後人の攙入であろう。
 古方中、乾血剤は数種あり、いづれも発狂、健忘症などの精神異常を現すが、本方は例外的に精神正常を目標とする。その理由は南涯流に申せば病毒が裏位にあり、他の乾血剤のように内位にないため心を侵かさないからである。湯本求心氏は他の乾血剤と区別つけ難いときは、先ず本方を用い効なきときは他剤を考えよという。なおこの薬はカビがつき易いから保存には乾燥剤を必要とする。淋疾。痔。脱肛。腰痛。


副作用
使用上の注意
●大黄
・食欲不振、腹痛、下痢等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・授乳中の婦人には慎重に投与[乳児の下痢を起こすことがある]。
・併用する場合は、含有生薬の重複に注意。

●桃仁
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

●蟅虫
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。

※蟅虫の「蟅」は本来は「庶」が上で「虫」が下






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