健康情報: 治打撲一方(ちだぼくいっぽう、じだぼくいっぽう、ぢだぼくいっぽう) の 効能・効果 と 副作用

2014年8月3日日曜日

治打撲一方(ちだぼくいっぽう、じだぼくいっぽう、ぢだぼくいっぽう) の 効能・効果 と 副作用

臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p675
79 治打撲一方(ぢだぼくいっぽう) 〔万病回春・臂痛門〕
    川芎・樸樕・萍蓬(川骨)・桂枝 各三・〇 甘草一・五 丁香・大黄 各一・〇

 打撲による腫脹疼痛に内服する。
 山本厳、治打撲一方に就いて(漢方の臨床 二二巻六号)



『図説 東洋医学 <湯液編Ⅰ 薬方解説> 』 
山田光胤/橋本竹二郎著 
株式会社 学習研究社刊

治打撲一方(じだぼくいっぽう)
  やや虚  
   中間  
  やや実  

●保 出典 香川修庵

目標 体力中等度の人を中心に用いる。打撲、捻挫(ねんざ)などによる腫脹(しゅちょう)、疼痛に用いる。筋肉、腱、腱鞘(けんしょう)などの疼痛が長期にわたるもの。一般に打撲直後よりも、数日以上経てものに用いることが多い。

応用 打撲,捻挫,打撲後遺症,慢性腱鞘炎。

説明 香川修庵(かがわしゅうあん)の創方の一つである。修庵の没後 約200年を経たが,その後の追試に耐えた処方である。

川芎(せんきゅう)3.0g 桂枝(けいし)3.0g 甘草(かんぞう)1.5g 丁子(ちょうじ)1.5g 大黄10~1.5g 川骨3.0g 樸樕(ほくそく)3.0g


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
治打撲一方(ぢだぼくいっぽう) [万病回春]

【方意】 瘀血による内出血・血腫・腫脹・疼痛等のあるもの。
《少陽病.虚実中間からやや実証》
【自他覚症状の病態分類】

瘀血


主証 ◎内出血
◎血腫
◎腫脹
◎疼痛





客証  関節血腫
 激痛






【脈候】 弦。

【舌候】 乾湿中間で白苔。

【腹候】 腹力中等度。

【病位・虚実】 外傷による炎症状態であり、局所の炎症性腫脹・出血・循環障害を引き起こし陽証である。裏の実証紙:裏の熱証はなく少陽病に相当する。脈力および腹力より虚実中間からやや実証で用いられる。

【構成生薬 川骨3.0 樸樕3.0 川芎3.0 桂枝3.0 甘草1.5 丁香1.5 大黄a.q.(0.5)

【方解】 川骨は瘀血に起因する婦人病の妙薬として有名だが、本方では打撲等による鬱血・血腫に対応し、挫滅した組織を修復する。樸樕は解毒・消炎・収斂・鎮痛作用があり、川骨・樸樕の組合せは打撲による炎症・鬱血に作用して疼痛を治す。大黄にも駆瘀血作用がある。川芎は血行を改善する。桂枝・丁香は芳味性健胃薬であり、一方その温性は川芎の作用に協力する。甘草は諸薬の作用を調和し横補する。

【方意の幅および応用】
A 瘀血:内出血・血腫・腫脹・疼痛等を目標にする。
  打撲、捻挫、むちうち症

【参考】 *此の方は能く打撲、筋骨疼痛を治す。萍蓬、一名川骨、血分を和す(血液の循環を良くする)。樸樕骨疼を去る。故に二味を以って主薬とす。本邦血分の薬、多く川骨を主とする者亦此の意なり。日を経て愈ざる者附子を加うるは、此の品能く温経(経絡、経血を温める)するが故なり。
『勿誤薬室方函口訣』*米俵など踏み誤って打撲して、小便涓滴も通せず、唯血のみ少し宛て出づる症、先づ桃核承気湯など用いて佳し。其れにても効なき症は大黄附子湯を用ゆべし。此の附子を用ゆること真藤九志しばしば試みたる処なり。一貼に附子二銭目斗(ばかり)用ゆれば早速通利するなり。亦八味丸を用ゆることも有り(1銭は1匁、約3.7g。用量注意)
『勿誤堂一夕話』
*本方は受傷直後ではなく主に亜急性期の疼痛に用いる。受傷直後には三黄瀉心湯桃核承気湯等が優先する。つまり川芎・桂枝・丁香はいずれも温性で脳血管を拡張する作用があり、新鮮な頭部外傷では出血を促すおそれがあって注意を要する。
*受傷後日の浅い場合は大黄を加えて消炎作用を増強し、陳旧性のものには附子を加える。
*本方を用いる場合は局所症状に注目し、全身の陰陽・虚実にさほどとらわれずに用いて有効である。

【症例 胸腹部挫傷
 66歳の男。3日前に自動車を運転していて、誤って電柱に激突し(自動車の前部大破)、意識を失って救急病院に移送され入院していたが、入院を嫌がって退院した。
 体格中等度、筋肉が締まっている。凝り(首すじ、肩)、便通(1日1行、有形便)、血圧は190/130。腹部を触診すると全面板状硬を呈して、圧力に対して極めて敏感である。前胸部もいたる所に圧痛を訴える。疼痛のため寝返りはできない。舌は薄い白苔で覆われていてやや乾、脈はやや弱。
 挫傷に対する治療をすることにして治打撲一方を投与した。家人の報告によれば、服用3日後には疼痛は大部分消失し、更に4日後には歩行も自由にできるようになった。初診より14日目に一人で来院した来には略治していた。血圧は150/80だった。
緒方玄芳『漢方治療症例選集2』138

絞首挫傷、胸部打撲傷
 35歳の男。頚部を強く絞められ、前胸部を強打された。体格やや大柄、カゼを引きやすい、便通(1日1行)、嗜好(果物)。
 局所所見で頚部前面下部に皮下溢血を認め、軽く触れても痛む。圧痛あり、嚥下時にも痛む。前胸部(胸骨付近)に自発痛、圧痛あり。呼吸時や体を動かす時、鼻をかむ時に頚部、胸部共疼痛を訴える。舌は白苔で覆われて潤、脈は沈で弱、腹部に胸脇苦満と腹皮拘急を認める。
 治打撲一方を煎剤で投与した。この薬が著効を奏するのは受傷当日から服用成た場合である。時日が経過するほど効果は少なくなる。10日以上経過したものはほとんど効果は期待できないように思う。この患者はすでに2日間を経過していた。21日分服用した後で、電話連絡してきたが:疼痛は8、9分通り消失した。
緒方玄芳『漢方治療症例選集2』139
 


『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊


治打撲一方(ちだぼくいっぽう) <出典>香川修庵(江戸時代)

方剤構成
 桂枝 甘草 川芎 丁香 川骨 樸樕 大黄

方剤構成の意味
 この方剤は発散薬と収斂薬を上手に組み合わせて,打撲後の治癒を促進する目的でつくられた方剤と見ることができる。
 桂枝・甘草の組み合わせは桂枝湯の基本構造であり,これに芍薬の代りに,活血・鎮痛作用のある川芎と,健胃・駆風作用のある丁香が加えられて,発散・鎮痛効果を万全たらしめている。
 一方,止血作用のある川骨,消炎作用と排瀉作用のある大黄は,樸樕と共に収斂作用をもっており,打撲による腫れと痛みを,一面において発散させつつ,収斂し止血する効を兼ねたものと見ることができる。
 桂枝・川骨・丁香いずれにも健胃作用があり,打撲時に用いられる西洋薬が,とかく胃腸障害を伴いやすいことを考えれば,安心して使える打撲症用薬といえよう。

適応
 打撲症・捻挫
 やや温性であるが,証は特に考慮しないで用いることができる。





『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊


治打撲一方(ちだぼくいつとう)
 ツ
香川修庵(かがわしゆうあん)

 どんな人につかうか
 打撲(だぼく)による腫れ、痛みに用いる内服薬で、打撲、捻挫(ねんざ)などで患部が腫脹し疼痛のあるものに広く用いられ、一般的には打撲直後より数日経たるもので、痛みが長びくものによく効くとされています。(打撲筋骨疼痛)

目標となる症状
 ①打撲、捻挫などによる腫脹、疼痛。②外傷による内出血、血腫。

   一定せず。


どんな病気に効くか(適応症) 
 打撲にろるはれ及び痛み。打撲、捻挫、外傷よる内出血、血腫。

この薬の処方 桂枝(けいし)、川芎(せんきゆう)、樸樕(ぼくそう)、川骨(せんこつ)各3.0g。甘草(かんぞう)1.5g。丁香(ちようこう)(丁字(ちようじ))、大黄(だいおう)各1.0g 

この薬の使い方
前記処方を一日分として煎(せん)じてのむ。
ツムラ治打撲一方(ちだぼくいつぽう)エキス顆粒(かりゆう)、成人一日7.5gを2~3回に分け、食前又は食間にのむ。

使い方のポイント・処方の解説
妊婦には慎重に用いる。
下痢、腹痛、食欲不振等の胃腸障害をおこすことがある。又発疹、瘙痒(そうよう)等の過敏症状が出ることがある。
川骨(せんこつ)(コウホネの根茎)、樸樕(ぼくそう)(クヌギの樹皮)は日本の経験で良く用い現れるもので、川骨(せんこつ)は止血、内出血の吸収、組織の修復に効き、樸樕(ぼくそう)は鎮痛、解毒、消炎、収斂(しゆうれん)、止血の作用がある。
 川芎(せんきゆう)は活血理気剤(かつけつりきざい)で、血管拡張、血行促進、血小板凝集(けつしようばんぎようしゆう)の抑制および解離(かいり)などの作用があって内出血の分解、吸収を促進し、川骨(せんこつ)、樸樕(ぼくそう)の働きを助ける。上記三薬が主薬である。

 桂枝(けいし)丁香(ちようこう)は細小動脈を拡張して血行を促進し、脳血管も欲張する。
 大黄(だいおう)は骨盤内の充血をおこして、血行を促進し、血腫や組織の分解産物の排出を促す。


『重要処方解説Ⅱ』
■重要処方解説(85)
ニ朮湯・治打撲一方 
日本漢方医学研究所理事
山田 光胤
 
■治打撲一方・出典・構成生薬・薬能薬理
 次に治打撲一方(ジダボクイッポウ)の話をします。出典は本朝経験(ほんちょうけいけん)といって,日本の医者の創案であります。浅田宗伯(あさだそうはく)先生の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』によりますと、香川修庵(かがわしゅうあん)の創案となっています。
 まずこの処方の構成生薬は,桂枝(ケイシ),川芎(センキュウ),樸樕(ボクソク),川骨(センコツ),甘草,丁香(チョウコウ),大黄(ダイオウ)であります。これらの生薬の薬能,薬理作用につ感て簡単に話します。
 まず桂枝は,古典的な薬能については『薬徴』に「衝逆を主治する」となっています。衝逆とは上に突き上げるような症状のことです。それによって「頭痛,発熱,悪寒,体の痛みなどを治す」となっています。『本草備要(ほんぞうびよう)』によりますと,『汗を発して,血腫を疎通する」ということになっていますが,現代の薬理学的な研究では,鎮静,鎮痙作用,末梢血管拡張作用,抗炎症,抗アレルギー作用などが確認されています。
 川芎は現代医学的薬理作用として中枢抑制作用,筋弛緩作用,末梢血管拡張作用,鎮痙作用などが確認されています。古典的な薬能としては『一本堂薬選(いっぽんどうやくせん)』に「腰,足の軟弱,手足の筋肉の痙攣を治す」と記載されています。
 樸樕はブナ科のクヌギの樹皮ですが,古典的な薬能は『一本堂薬選』によりますと,「瘀血を破り,諸種の悪瘡(悪いできもの),血毒を治す。撲損,宿滞を治す」といっています。
 川骨は水草で,スイレン科コウホネの根茎ですが,成分にアルカロイドがあります。薬理作用として鎮静作用が確認されています。古典的薬能として『一本堂薬選』には「瘀血を破り、新しい血を導く,打撲や損傷を治す」などと記載されています。
 丁香については,古典的薬能,本草では薬方と関連のある効果は出ていませんが,近代的な薬理作用として鎮静作用,抗菌・抗ウイルス作用などが認められています。
 大黄は,瀉下薬作用がありますが,この薬方では瀉下薬作用ではなくて,抗炎症作用を期待して組み合わされているものと思います。古典的な薬能として『薬徴』に「結毒を通利する」とあります。結毒というのは病因の結合です。そして「瘀血も除く」といわれていて,瘀血という停滞した血液,欝血,充血など,一種の血行障害による病変を治すことをいっているわけです。

■古典・現代における用い方
 そういう生薬の組み合わせでありまして,どういう場合に用いられるかといいますと,まず古典的な用い方ですが,『勿誤薬室方函口訣』によりますと「この方は能く打撲筋骨疼痛を治す。川骨は血分を和す。樸樕は骨疼を去る故に二味を以て主薬とす。 本邦血分の薬多く,川骨を主とする者亦此意なり。日を経て不愈者は附子を加うる。この品は能く温経するが故なり」と記載されています。
 この処方はどういう時に使うかといいますと,目標は体力中等度の人に一番よく効きます。虚弱体質の人に使っては効き目が少ないようです。そしてそういう人の打撲や捻挫によって腫脹,疼痛があるもの,それから筋肉,腱の痛みが長期にわたるもの,そういう時に効きめが現われます。一般に打撲直後より数日くらいたった時に適応症が多く現われます。
 香川修庵の創方ですが,修庵が亡くなって200年以上たっているわけで,その後の追試に耐えた処方だと思われます。
 この処方の応用病名は,打撲,捻挫,打撲の後遺症,慢性および亜急性の腱鞘炎などで,それらに効きめがあります。
 鑑別は,用い方にも関連しますが,打撲とか捻挫をした直後には,多くは患部に発赤や皮下出血,紫斑が現われます。そういう時にはこの処方よりむしろ桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)がよく効きます。またひどく打撲をしたり,そのための疼痛が激しい場合,出血したり,会陰部の打撲などで排尿困難な時には,桂枝茯苓丸よりさらに薬力の強い,桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)がよく効きます。しかし打撲や捻挫した直後ではなくて,数日以上たって,患部の充血や皮下出血などが軽微になってきて,なお痛みの治らない時には,桂枝茯苓丸などの駆瘀血剤よりは,この治打撲一方の方がよく効きます。

■症例提示
 治験例ですが,私の義母が現在80歳でして,ある日駅の階段の下の,目の見えない人のためのボツボツを踏んだところ滑ってころんで,足首をひねりました。痛いというのですぐに桂枝茯苓丸を飲みまして,翌日から治打撲一方に替えました。レントゲン検査をしたところ,足根骨にひびが入っていたのですが,それでも治打撲一方を飲み続けたところ,非常に早く痛みが取れ,1週間ほどでまた外出できるようになりました。
 もう1例は,私の孫が生後4ヵ月の時に,その母親が子供をよく抱くせいか,右腕が腱鞘炎になってしまいましたので,この処方を煎じて1週間飲みましたところ,痛みが取れたということです。
 このように処方は捻挫でも,打撲でも,あるいは腱鞘炎のような筋肉や筋の痛みにも,急性期が過ぎた亜急性の時期や,慢性の時に使ってよく効く処方です。



『漢方医学』 Vol.31 No.4 2007 

103 漢方重要処方マニュアル 基礎と実践の手引き

通導散・治打撲一方
稲木一元
集:東京女子医科大学東洋医学研究所)



治打撲一方(ヂダボクイッポウ)
〔構成生薬〕 川骨 樸樕 川芎 桂皮 大黄 丁字 甘草

1.処方の特徴

治打撲一方とは

 治打撲一方は,打撲症に用いる漢方薬である.わが国で創られた処方である.構成生薬のうち肩関節周囲炎 (五十肩) および上肢の痛みに用いる漢方薬である. 構成生薬のうち仙骨(せんこつ)と樸樕(ぼくそく)が重要とされる。仙骨はスイレン科コウホネの根茎,駆瘀血剤で,産前産後,月経不順,婦人病に用いるとされる!).本処方を創った香川修庵の『一本堂薬選』には仙骨の別名・萍蓬根(ひょうほうこん)で記載,「瘀血を破り,新血を導く.打撲傷損,(略)産後瘀血諸疾」とある2).樸樕は,ブナ科クヌギなどの樹皮とされる3).『一本堂薬選』には「瘀血を破り,(略)諸悪瘡結毒,撲損宿滞瘀血」とある4)
※仙骨(せんこつ)× → 川骨(せんこつ)の誤り

. 実地臨床上の使用目標と応用
 治打撲一方は,打撲,捻挫などによる患部の腫脹疼痛に用いる.受傷直後よりも,数日以上経過してから用いることが多い.受傷直後に用いるときには大黄を加味するか,大黄を含む通導散少量などと併用する.打撲後に痛みだけが残るというときは,附子を加えて用いるとよいとされる.

2.論説

原典ならびに江戸時代医家の説
 1)香川修庵の創方
 香川修庵(1683-1755)著『一本堂医事説約』打撲門5)には, 「一方」として,治打撲一方を構成する7味の生薬が記載され,「日,久しき者には附子を加う」とある.
 2)浅田宗伯著『勿誤薬室方函口訣』の記載 
 『勿誤薬室方函』6)は香川の方とし,『勿誤薬室方函口訣』7)は,「此の方は能(よ)く打撲,筋骨疼痛を治す.萍蓬, 一名仙骨,血分を和す.樸樕,骨疼を去る.故に二味を以て主薬とす.本邦血分の薬,多く仙骨を主とする者, 亦た此の意なり.日を経て愈えざる者,附子を加うるは, 此の品,能く温経するが故なり」という.長谷川8)は, 「血分を和す」とは血液の循環をよくすることとし,「日を経て…」は局所の熱感腫脹はないが疼痛のみ残ることとする.なお,真柳は,香川修庵が単に打撲の「一方」とした本処方を治打撲一方と名付けたのは浅田宗伯ではないかという9)

近年における論説
 石原明10)は,治打撲一方を「打撲後痛む者」とし,「戦国時代金創医の伝を香川修庵が柵定せる方にして,打撲後日を経て筋骨疼痛するに効あり.応ぜざれば附子を加う.樸樕を桜皮に代うるも可」と注している. 山本厳11)は治験5例を報告,「急性で受傷のひどい時は大便の硬軟に関係なく最初だけ大黄を入れて下すことにしている」と述べ,類似処方を挙げる12)


3.症例
打撲後数年を経た神経痛様疼痛に治打撲一方加附子
(山本厳治験)11) 67才の男,ブリキ屋で,雨樋の仕事の途中に過って落ち,(略)左の臀部大腿後面を打った.ひどい内部の出血で,下肢は足まで紫色になり,臀部の血腫は吸収されず, 一ヶ月位後に外科医に切開して取り除いてもらった.その後数年を経過しているが,神経痛様の痛みが発作的におこり,冷えた時には敏感に反応し,冬期はことにつらい.(略)暖まると楽になるという.(略)治打撲一方に附子1gを加えて使ったのである.七日分の服用でよくなったが,もう一週間計二週間服用した.これが本方を使用した最初であった.

眼の囲りの打撲(矢数道正 治験)
 52才の婦人,肥っている.(略)昨日転んで右の眼のところを打撲し,眼の囲りがひどく紫色にはれあがり,痛みがひどく心配して来た.治打撲一方を五日分与えたところ,服薬すると翌日からはれと紫色がどんどん小さくなり,五日目に来たときは殆ど腫れも痛みもとれてとても安心したという.さらに一週間分与えてすっかり治った.

4.鑑別
通導散(つうどうさん)
 打撲傷で要鑑別.初期で局所の腫脹が強く皮下血腫のある例,治打撲一方よりもやや重い例に用いると思われる.初期では両者を併用することもある.
 
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
 打撲傷の急性期で要鑑別.早期軽症例では桂枝茯苓丸 がよい.


●文献ならびに注
1)大塚敬節,他:漢方診療医典第6版,南山堂,2001,p418
2)香川修庵:一本堂薬選.近世漢方医学書集成69巻p61, 名著出版,1982
3)高木敬次郎監修,木村正康編集:漢方薬理学 樸樕.南山堂,1997,p400
4)文献2)p29
5)香川修庵:一本堂医事説約v2,p12-13(京都大学附属図書 館所蔵 富士川文庫セレクト:http://m.kulib.kyoto-u.ac.jp/webopac/RB00000467に公開されている)
6)浅田宗伯:勿誤薬室方函.近世漢方医学集成95巻p49, 名著出版,1982
7)浅田宗伯:勿誤薬室方函口訣.近世漢方医学集成96巻 p68,名著出版,1982
8)長谷川弥人:勿誤薬室「方函」「口訣」釈義.創元社,1985,p161,頭注
9)真柳 誠:漢方一話/処方名のいわれ84-治打撲一方. 漢方医学24:138,2000
10)石原 明:先哲経験実用処方選集,漢方の臨床10:75-83, 1963
11)山本 厳:治打撲一方に就て.漢方の臨床22(6):3-16, 1975
12)目黒道琢:餐英館療治雑話散.煎.近世漢方医学書集 成107巻p291-292,津田玄仙:療治経験筆記.折傷継骨秘 方.近世漢方医学書集成73巻p326-327,香月牛山:牛山 活套.折傷門・石見川.近世漢方医学書集成61巻p598- 599を挙げる.
13)矢数道明:温知堂経験録(95).漢方の臨床22(12):28- 29,1975




『日本東洋医学会雑誌』
 第45巻 第3 541-545, 1995
臨床報告
治打撲一方の圧痛点

緒言
 四肢の痛み,関節痛,腰痛等を訴えて来院し,既往歴に打撲,ギックリ腰,脱臼などがあるものに,騰右横1~2横指附近の放散する圧痛1)と抵抗を目標に,治打撲一方を投与して症状の改善または軽減とともに,圧痛と抵抗の消失あるいは軽減を認めた。

方法対象:平成2年3月から平成5年3月までの当院通院患者18名(男1名,女17名)を対象とした。
方法:何らかの痛みを訴え,既往歴に打撲,捻挫,ギックリ腰,脱臼等のあるものに,治打撲一方を煎剤またはエキス剤で投与し,冷えのあるものや既往の古いものには附子を加えた。圧痛の判定は,表1の如く定めた。







結果
表2に示す如く,18例に検討を加えてみた。いずれの症例にも,図1の如き踏右横1~2横指辺りに抵抗と放散する圧痛を認めた。他の贋傍圧痛は認められなかった。また,あったとしても,痛みの強さはほんのわずかで,比較にならないものであった。









打撲歴1年以内のものは(症例1,5,8,9,10,18),打撲部位と痛みの部位がほぼ一致していたが,古いもの(症例3,4,12,16)では,一致するものもあるが,打撲部位以外にも疹痛を訴えていた。症状の消退は,圧痛の消退日数より早いものあるいは同じ日数かかったものと種々であり,既往の古いものでも,治癒に要した日数が7日と少ない(症例4,16)ものもあり,症例3の如く,112日と日数の多かったものもあり,まちまちであった。既往の新しいものでは,症状,圧痛ともに消退するまでの日数が7~14日のもの(症例1,5,8)であるが,症例10の如く,98日と要したものもあった。しかし既往1年未満のものでは,症状消退までの日数は,平均25.2日,圧痛消退まで平均29.6日。1年以上経過しているものでは症状消退まで平均44.5日,圧痛消退まで平均53.9日であった。

症例
症例1:54歳女写真屋初診:■ 主訴:左膝の痛み現病歴:小学生の遠足の山登りに同行しての下山道で左膝がガクッとなり,帰宅後,接骨院で2回治療を受け腫れることなくすませた。2ヵ月後,冷房の効いたホテルで3時間仕事し帰る頃,左膝に痛みが走り,翌日より整形外科受診。レントゲン写真に異常なく,3週間治療を受け一進一退。中国針を2回受けても効果なし。さらに2カ月後,冷房の効いた列車に乗り膝の痛みが強くなったと来院。
来院時所見:体格や肥満,脈候弦,舌は湿った白苔軽度,腹力中等度よりやや軟,腹直筋緊張左右(+),臍上悸(+),臍右2横指に圧痛(+)。経過:治打撲一方加附子1g(煎剤)を投与。2日間ぐっすり眠れ,痛みは8割方とれ,3日目より薬がまずかったが続服し,腹や眼に力が入った感じがし,7日目には膝の痛みは全くなく,臍右横2横指の圧痛(±)となっていた。
症例2:69歳女初診:■ 主訴:両ふくらはぎ,右肩の痛み現病歴:6月より8月初旬までヨーロッパにおり,帰りにフィレンツェを廻り,12時間冷房の効いた列車に乗り,さらに成田への飛行機に乗りふくらはぎが板のようになり,整形外科で骨粗鬆症といわれ,内科的に異常なしといわれ,漢方治療をすすめられて来院。来院時所見:体格中等度,全身倦怠感,食思不振があり,ふくらはぎの痛みの他に,腰,背中,肩へと痛みが移動し,右半身の痛みが特に強い。舌は湿った白苔軽度,腹力中等度よりやや軟,臍に動悸と圧痛あり,臍右斜め下2横指に圧痛(+),騰下不仁(+),ふくらはぎの圧痛著明。血液検査,尿検査に異常所見なし。経過:ツムラ補中益気湯エキス4gを朝に,小太郎九味檳榔湯エキス4gを夕に服用。2週間後,ふくらはぎの痛みはとれたが,寒いと腰から下肢に神経痛様の痛みが走るというので,各々にサンワ加工附子0.5gずつ加えた。4週間後,変りないというので問診をとりなおすと,5年前右足の甲につけもの石を落し治療をうけたことがある。腹部で,臍右横2横指に上方へ放散する圧痛(++が認められ,治打撲一方加附子1gを煎剤で投与。治打撲一・方を投与してから2週間後,身が軽くなり,神経痛も殆んどなく,圧痛(+)。140日後には楽に歩けるようになり,人生バラ色になったといい圧痛(-)となっていた。
症例3:71歳女初診:■ 主訴:首と肩の痛み現病歴:めまいで来院。ツムラ真武湯を7gを処方。一来院し,■に自転車がぶつかってきて前へころび右頬を打ち,翌日,頬首,肩が痛く,病院に行き検査を受け異常なしといわれた。一の来院時所見:体格中等度,脈沈、舌湿って無苔,腹力軟,圧痛(-),整形外科の薬があるからというのでツムラ真武湯7gのみ処方。一,首と肩の痛みがとれないと来院。謄右横2横指に圧痛(+),ツムラ治打撲一方7gを処方。一首と肩の痛み消失し圧痛(±)となった。

考案
全症例ともに共通して臍右横1~2横指辺りに放散する圧痛と抵抗を認め,症状の改善又は消退により圧痛も軽減または消失した。打撲歴10年以上のものでは,主訴の痛みが打撲した部位と一致するか,あるいは打撲した部分と関係があると思われる部位に起こっているものが多く,いずれも整形外科でレントゲン写真に異常所見が認められていない。打撲歴の新しいものでは,打撲傷と主訴の部位は必ずしも一致していないものが認められる。このようなことが何故起こるのか,因果関係は不明である。打撲傷を受けた後,どの位経過して臍傍に圧痛が出現するのかは,症例3においては,受傷後7口目には症状はあっても圧痛は認められず,44日目に来院した時に圧痛が認められていた以外,他の治験がないので詳しくは不明である。また,20年以上前の打撲歴の場合も圧痛が認められたが,この圧痛がいつ頃から出現したものかは全く不明である。受診者18名中男性が1名であった。女性のほうが瘀血の圧痛が出やすいのであろうか。圧痛の出現とどのような関係を持つのか興味のあるところである。打撲傷により瘀血が生じることは古くから知られているが,打撲後,瘀血を取り除くことなく放置することにより,瘀血を生じやすい体質の者には瘀血となって圧痛が現われるのであろうか。何故圧痛が臍右横に出現しやすいのか,これは桂枝茯苓丸桃核承気湯の圧痛が何故あるのかというのと同じで,私にはわからない。石原明氏によれば,本方は戦国時代の軍医たちが考案,経験して秘伝としていたものを香川修庵がまとめあげて創方したものとされている2)浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』によれば3)「此方ハ能ク打撲筋骨疹痛ヲ治ス。萍蓬,一名川骨血分ヲ和ス。打撲骨疼ヲ去ル故ニ二味ヲ以ッテ主薬トス。本邦血分ノ薬多ク川骨ヲ主トスル者亦此ノ意ナリ。日ヲ経テ愈エザル者附子ヲ加フルハ此ノ品能ク温経スルガ故ナリ」萍蓬樸樕川芎桂枝大黄丁香甘草右七味久しき者は附子を加うとあり,打撲に使われる。受傷直後には,急性瘀血証とみて,桂枝茯苓丸桃核承気湯など使われることは周知のことであるが,このような処置がなされなかった場合には,季節の変り目などに神経痛様の痛みを発する場合が多い。私の経験した18例も,打撲後漢方治療のされなかったもので痛みを発し,あちこちで治療を受けても効なく来院されたものぽかりであった。古くから受傷直後に駆疹血剤で処置する方法がとられていることから考えて,駆瘍血剤の投与のなかったものでは,年月を経るにしたがって瘀血の症状が現われるとも考えられる。今回18症例に共通して臍右横1~2横指に放散する圧痛と抵抗が認められたが,うなづけなくもない気がする。先人にこのような圧痛を云った者はおらず,私は治打撲一方に認められる圧痛とみてよいのではないかと思う。

結語
 打撲の既往のあるものに共通して,臍右横1~2横指附近に放散する圧痛と抵抗を認めた。その他の部分に圧痛は認められなかった。例え認められたとしても,その痛みは比較にならないほどわずかなものであった。本湯の投与により,圧痛の消退または軽減を認めると同時に,症状の消失または改善を認めた。これを治打撲一方の圧痛点と決めてよいかどうか,皆様の御追試・検討を戴ければ幸いと思う。

謝辞
 この発表にあたり御校閲戴きました藤平健先生に深謝いたします。なお本稿の要旨は第43回東洋医学会で発表した。

文献
1) 高木嘉子: 漢方の臨床, p.32, 第37巻第10号, 1990
2) 石原明: 入門現代漢方, p.322, 立風書房, 1972
3) 長谷川弥人: 勿誤薬室方函口訣釈義, p.161, 創 元社, 1985


副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2) その他の副作
過敏症:発疹、発赤、瘙痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、瘙痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。また、また、本剤によると思われる過敏症状が文献・学会で報告されているため。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。

消化器:心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ、悪心等
[理由]
本剤には川芎(センキュウ)・大黄(ダイオウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあり、上記の副作用を記載。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと。