通脈四逆湯は四逆湯中の乾姜の量を倍加したもので、四逆湯證に似て、嘔吐・下痢及び手足の厥冷が甚しく、脈の殆ど絶えんとするものに用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
10 通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) (傷寒論、金匱要略)
〔四逆湯の乾姜を四に増量する〕
四逆湯證で、虚寒証の状の強いものに用いられる。したがって、嘔吐、下痢、四肢の厥冷などは強く、脈がほとんど絶えんとするものを目標とする。
『類聚方広義解説(55)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次は通脈四逆湯について申しあげます。
初めに「四逆湯の証にして、吐利厥冷甚だしき者を治す」とあります。「甘草二両、附子一枚、乾姜三両。右三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去り、分温再服す。煮ること四逆湯の如し。その脈即ち出づる者は愈ゆ。後の加減法は、面色赤き者は、葱九(ソウ)茎を加え、腹中痛む者は葱を去り芍薬二両を加う。嘔する者は生姜二両を加え、咽痛する者は芍薬を去り桔梗一両を加う。利止み脈出でざる者は桔梗を去り人参二両を加う」とあります。
その分量について考えてみますと、いろいろの本で異なっておりますが、『古方薬嚢』では、甘草2g、乾姜3g、附子は生の場合は0.2gぐらいとしております。白河附子の場合は0.5~1gを用いてもよいのですが、中国の炮附子(熱を加え修治したもの)ならば2g~3gを用いても差し支えないと思います。
条文の第一は「少陰病。下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆し、脈微にして絶えんと欲す。身かえって悪寒せず、その人面赤色、あるいは腹痛し、あるいは乾嘔し、あるいは咽痛し、あるいは利止み、脈出でざる者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
次に「下利清穀し、裏寒外熱、汗出でて厥する者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
そして「為則按ずるに、まさに附子の大なる者一枚に作るは、乾姜を以てその然るを知るべし」といっております。
ここに裏寒外熱(りかんがいねつ)とありますのは、真寒仮熱のことで、裏に寒があって、本当は冷えているが、外に仮に熱状を呈しているものであります。寒が極まって熱状を表わしていることであります。 『古方薬嚢』では通脈四逆湯を用いる証として次のように述べております。「下痢が激しくて、手足冷え上り、身に熱あって悪寒せず。その脈は糸のように細く、かすかで、打ち方にむらがあり、あるいは顔の赤い場合もある。その時は葱の白い太いところを一茎加えるとさらによい。あるいは腹の痛む時は芍薬2gを加える。あるいは吐き気を催すものには生姜2gを加え、喉の痛むものには桔梗1gを加える。あるいは下痢が止まっても脈が出ないものには人参2gを加えるとさらによろしい」。
通脈四逆湯は、四逆湯より一段と寒の強いもので、「身かえって悪寒せざるは、寒極まって熱状を呈するという、いわゆる真寒仮熱の病状であるから、熱としてこれを冷やしてはならない。平生陽気(元気)が乏しくて、発汗したり、下したり、冷たいものを多く摂取したり、洋薬の強い作用の薬を服用したりすると、よくこの証を引き起こしたりすることがある」といっております。
榕堂先生は欄外で、「通脈四逆湯は諸四逆湯に比し、その症の重きこと一等なり。面赤色以下は則ち兼症なり。その人の下に疑うらくは或の字を脱せん。加減法は後人のつけ加えたものである」といっており、中西深斎なども同じ意見で、これは後人の攙入(ざんにゅう)といって、張仲景の正文ではないと否定しております。
『古方薬嚢』の著者、荒木性次氏は、たとえ攙入文であってもこれをみだりに捨てるべきではないという態度をとっておりました。『類聚方集覧(るいじゅうほうしゅうらん)』では、加減法は信ずるには足らないと一応は否定しておりますが、葱白を加えると大いに効果があるといって、葱白は面色赤くなくとも之に加えた方が有効に働くといっております。葱白の効果というものは、よく陽気を助けるからであるといっております。
通脈四逆湯の治験例として、大塚先生の『症候による漢方治療の実際』の下痢のところに出ているのをお借りします。62才の男子が突然激しい嘔吐と下痢が始まってしまって、下痢は水様で生臭い、しかも量が多い。数回の下痢ののちに、たちまち声がかれて出なくなり、腓腸筋は痙攣を起こして時々強く引きつり、額から冷汗が流れ、脈はかすかに触れるようになりました。これに大量の通脈四逆湯を与えて、下腹と足を温めました。これを飲むと、一時すると腓腸筋の痙攣は止み、下痢もとまり、その夜は重湯を飲んでも吐かず、翌朝は発病以来初めて尿利があり、死を脱することができました。この患者は、初めから熱はなかったが、以上のような症状に熱のある時にもこれを用いることができます。 通脈四逆湯は、四逆湯よりも一般状態が重篤なものに用い、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は煩躁状態のひどい時に用いるものであります。四逆湯、通脈四逆湯、茯苓四逆湯など一連の四逆湯は、いずれも下痢のある時に用いられますが、しかし慢性下痢に用いることは少なくて、急性の吐瀉病に用いる機会が多いわけです。疫痢、急性胃腸炎などで、下痢が激しく一般状態が重篤で、手足は厥冷し、脈は微弱で、顔面は蒼白、大便は水様の下痢で、あるいは失禁する時に用いるといっております。
以上で四逆湯と通脈四逆湯を終わります。
『勿誤薬室方函口訣解説(88)』 日本漢方医学研究所評議員 岩下明弘
通脈四逆湯・通脈四逆加猪肝汁湯
次に通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および通脈四逆加胆汁湯(ツウミャクシギャクカタンジュウトウ)であります。ともに『傷寒論』の処方で、通脈四逆湯の内容は甘草(カンゾウ)2.5、乾姜(カンキョウ)4.0、附子0.2、四逆湯(シギャクトウ)の乾姜、附子を倍にしたもので、附子は生附子であります。通脈四逆加胆汁湯はこれひ豚の胆汁を1ml加えたものであります。
『傷寒論』に「少陰病、下痢清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脈微絶えんと欲するも身反って悪寒せず、その人面色赤く、或は腹痛、或は乾嘔、或は咽痛、或は利止むも脈出ざるもの通脈四逆湯之を主る」とあり、通脈四逆加胆汁湯は「吐し已り、下断ち、汗出で厥し、四肢拘急して解せず、脈微にして絶えんと欲するもの」とあります。裏寒外熱は真寒仮熱のことで、極度に身体が冷えると反対に熱を生じてくるのであります。
「口訣』は「二方共に四逆湯の重症を治す。後世にては姜附湯(キョウブトウ)、参附湯(ジンブトウ)などの単方を用うれども、甘草ある処に妙旨あり。姜附の多量を混和する力がある故通脈と名づけ、地麦(ジバク)の滋潤の分布する力ある故復脈と名づく。漫然に非るなり。加猪胆汁湯は陰盛、格陽と云うが目的なり。格陽の証に此の品を加えるのは白通湯(ハクツウトウ)と同旨なり」。すなわち四逆湯の重症なものに用い、乾姜と附子を倍加して身体を温め、活力を高め、絶えんとしていた脈を通じさせるゆえ通脈というのであります。
これは地黄(ジオウ)、麦門冬(バクモンドウ)を方中に持つ炙甘草湯(シャカンゾウトウ)が脈の結滞を治し、正常脈にするゆえ復脈湯(フクミャクトウ)というのと同じで、きっちりした効果があります。「加猪胆汁湯は、胆汁の作用で冷えを温め、生命力を鼓舞し、力を加えるもので、これは白通湯に胆汁を加える」のと同じであるというのであります。
通脈四逆湯の使用目標は、(1)嘔吐下痢が激しく、咽が痛く、手足が厥冷し、脈微弱のもの、(2)体表に熱があり、裏に寒があって、下痢するもの、(3)加猪胆汁湯の使用目標は、嘔吐下痢していたものが、身体から汗が出るだけになり、手足が冷えて縮み、脈がほとんど触れぬものであります。
応用としては嘔吐、下痢、胃腸炎、咽頭炎で、顔が赤く手足の冷えるものがあげられましょう。
臨床的には、四逆湯や茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)を使うことが多く、通脈四逆湯はあまり使いませんが、咽痛の通脈四逆加桔梗(ツウミャクシギャクカキキョウ)は使う機会が多いのであります。
症例はいずれも私の経験ですが、症例1は五十歳の男性で、中肉中背で色は白く、腹診上は中等度の腹力であるが、若い時脊椎を損傷したゆえか、持病の慢性胃腸炎は、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や香砂六君子(コウサリックンシ)が有効な患者であります。五八年八月感冒、咽痛を発しました。現代医学的には咽頭側索炎で、脈は浮で、弦数、胸脇苦満があります。柴胡桂枝湯加桔梗(サイコケイシトウカキキョウ)を投与しましたがかえって増悪。そこで通脈四逆湯加桔梗1.0としたところ2回目で扁桃炎、咽頭側索炎も治っておりました。
症例2:三十三歳の女性。主訴は眩暈と扁桃炎。顔は青白く虚証、初め苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)を使いましたが無効。次いで柴芍六君子湯(サイシャクリックンシトウ)を使いました。これは著効で、本人は見る見るうちに元気になりましたが、慢性の扁桃炎が治らず、腺窩より膿汁が流出。実証だと駆風解毒散(クフウゲドクサン)でも使いたいところですが、麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)等使いましたが膿汁止まず、最後に通脈四逆湯加桔梗を使いました。飲んだ本人の話では「あの薬を飲んだ途端に両側の扁桃にズーンとしみた」といいます。これは著効で扁桃の膿汁は見る見る少なくなりました。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証による手足厥冷・乾嘔・嘔吐・完穀下痢等と、虚証による疲労倦怠・無気力・元気衰憊等が一層激しいもの。しばしば虚熱による顔面紅潮等を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 絶えそうなほどの微細・芤。
【方解】 本方は四逆湯の乾姜を倍量にしたもので寒証、および水毒が更に一層強くなった場合に用いる。このため四逆湯証よりも一段と寒証・虚証が深刻であり、顔面紅潮・ほてろといった虚熱を伴いやすい。
【方意の幅および応用】
A 裏の寒証+虚証:手足厥冷・完穀下痢・疲労倦怠等を目標にする。
各種疾患で手足厥逆・疲労倦怠激しく四逆湯のおよばないもの
消化不良・赤痢・コレラ等の急性腸炎、感冒、インフルエンザ、発疹性疾患
『類聚方広義解説(55)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次は通脈四逆湯について申しあげます。
初めに「四逆湯の証にして、吐利厥冷甚だしき者を治す」とあります。「甘草二両、附子一枚、乾姜三両。右三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去り、分温再服す。煮ること四逆湯の如し。その脈即ち出づる者は愈ゆ。後の加減法は、面色赤き者は、葱九(ソウ)茎を加え、腹中痛む者は葱を去り芍薬二両を加う。嘔する者は生姜二両を加え、咽痛する者は芍薬を去り桔梗一両を加う。利止み脈出でざる者は桔梗を去り人参二両を加う」とあります。
その分量について考えてみますと、いろいろの本で異なっておりますが、『古方薬嚢』では、甘草2g、乾姜3g、附子は生の場合は0.2gぐらいとしております。白河附子の場合は0.5~1gを用いてもよいのですが、中国の炮附子(熱を加え修治したもの)ならば2g~3gを用いても差し支えないと思います。
条文の第一は「少陰病。下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆し、脈微にして絶えんと欲す。身かえって悪寒せず、その人面赤色、あるいは腹痛し、あるいは乾嘔し、あるいは咽痛し、あるいは利止み、脈出でざる者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
次に「下利清穀し、裏寒外熱、汗出でて厥する者は、通脈四逆湯之を主る」とあります。
そして「為則按ずるに、まさに附子の大なる者一枚に作るは、乾姜を以てその然るを知るべし」といっております。
ここに裏寒外熱(りかんがいねつ)とありますのは、真寒仮熱のことで、裏に寒があって、本当は冷えているが、外に仮に熱状を呈しているものであります。寒が極まって熱状を表わしていることであります。 『古方薬嚢』では通脈四逆湯を用いる証として次のように述べております。「下痢が激しくて、手足冷え上り、身に熱あって悪寒せず。その脈は糸のように細く、かすかで、打ち方にむらがあり、あるいは顔の赤い場合もある。その時は葱の白い太いところを一茎加えるとさらによい。あるいは腹の痛む時は芍薬2gを加える。あるいは吐き気を催すものには生姜2gを加え、喉の痛むものには桔梗1gを加える。あるいは下痢が止まっても脈が出ないものには人参2gを加えるとさらによろしい」。
通脈四逆湯は、四逆湯より一段と寒の強いもので、「身かえって悪寒せざるは、寒極まって熱状を呈するという、いわゆる真寒仮熱の病状であるから、熱としてこれを冷やしてはならない。平生陽気(元気)が乏しくて、発汗したり、下したり、冷たいものを多く摂取したり、洋薬の強い作用の薬を服用したりすると、よくこの証を引き起こしたりすることがある」といっております。
榕堂先生は欄外で、「通脈四逆湯は諸四逆湯に比し、その症の重きこと一等なり。面赤色以下は則ち兼症なり。その人の下に疑うらくは或の字を脱せん。加減法は後人のつけ加えたものである」といっており、中西深斎なども同じ意見で、これは後人の攙入(ざんにゅう)といって、張仲景の正文ではないと否定しております。
『古方薬嚢』の著者、荒木性次氏は、たとえ攙入文であってもこれをみだりに捨てるべきではないという態度をとっておりました。『類聚方集覧(るいじゅうほうしゅうらん)』では、加減法は信ずるには足らないと一応は否定しておりますが、葱白を加えると大いに効果があるといって、葱白は面色赤くなくとも之に加えた方が有効に働くといっております。葱白の効果というものは、よく陽気を助けるからであるといっております。
通脈四逆湯の治験例として、大塚先生の『症候による漢方治療の実際』の下痢のところに出ているのをお借りします。62才の男子が突然激しい嘔吐と下痢が始まってしまって、下痢は水様で生臭い、しかも量が多い。数回の下痢ののちに、たちまち声がかれて出なくなり、腓腸筋は痙攣を起こして時々強く引きつり、額から冷汗が流れ、脈はかすかに触れるようになりました。これに大量の通脈四逆湯を与えて、下腹と足を温めました。これを飲むと、一時すると腓腸筋の痙攣は止み、下痢もとまり、その夜は重湯を飲んでも吐かず、翌朝は発病以来初めて尿利があり、死を脱することができました。この患者は、初めから熱はなかったが、以上のような症状に熱のある時にもこれを用いることができます。 通脈四逆湯は、四逆湯よりも一般状態が重篤なものに用い、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)は煩躁状態のひどい時に用いるものであります。四逆湯、通脈四逆湯、茯苓四逆湯など一連の四逆湯は、いずれも下痢のある時に用いられますが、しかし慢性下痢に用いることは少なくて、急性の吐瀉病に用いる機会が多いわけです。疫痢、急性胃腸炎などで、下痢が激しく一般状態が重篤で、手足は厥冷し、脈は微弱で、顔面は蒼白、大便は水様の下痢で、あるいは失禁する時に用いるといっております。
以上で四逆湯と通脈四逆湯を終わります。
『勿誤薬室方函口訣解説(88)』 日本漢方医学研究所評議員 岩下明弘
通脈四逆湯・通脈四逆加猪肝汁湯
次に通脈四逆湯(ツウミャクシギャクトウ)および通脈四逆加胆汁湯(ツウミャクシギャクカタンジュウトウ)であります。ともに『傷寒論』の処方で、通脈四逆湯の内容は甘草(カンゾウ)2.5、乾姜(カンキョウ)4.0、附子0.2、四逆湯(シギャクトウ)の乾姜、附子を倍にしたもので、附子は生附子であります。通脈四逆加胆汁湯はこれひ豚の胆汁を1ml加えたものであります。
『傷寒論』に「少陰病、下痢清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脈微絶えんと欲するも身反って悪寒せず、その人面色赤く、或は腹痛、或は乾嘔、或は咽痛、或は利止むも脈出ざるもの通脈四逆湯之を主る」とあり、通脈四逆加胆汁湯は「吐し已り、下断ち、汗出で厥し、四肢拘急して解せず、脈微にして絶えんと欲するもの」とあります。裏寒外熱は真寒仮熱のことで、極度に身体が冷えると反対に熱を生じてくるのであります。
「口訣』は「二方共に四逆湯の重症を治す。後世にては姜附湯(キョウブトウ)、参附湯(ジンブトウ)などの単方を用うれども、甘草ある処に妙旨あり。姜附の多量を混和する力がある故通脈と名づけ、地麦(ジバク)の滋潤の分布する力ある故復脈と名づく。漫然に非るなり。加猪胆汁湯は陰盛、格陽と云うが目的なり。格陽の証に此の品を加えるのは白通湯(ハクツウトウ)と同旨なり」。すなわち四逆湯の重症なものに用い、乾姜と附子を倍加して身体を温め、活力を高め、絶えんとしていた脈を通じさせるゆえ通脈というのであります。
これは地黄(ジオウ)、麦門冬(バクモンドウ)を方中に持つ炙甘草湯(シャカンゾウトウ)が脈の結滞を治し、正常脈にするゆえ復脈湯(フクミャクトウ)というのと同じで、きっちりした効果があります。「加猪胆汁湯は、胆汁の作用で冷えを温め、生命力を鼓舞し、力を加えるもので、これは白通湯に胆汁を加える」のと同じであるというのであります。
通脈四逆湯の使用目標は、(1)嘔吐下痢が激しく、咽が痛く、手足が厥冷し、脈微弱のもの、(2)体表に熱があり、裏に寒があって、下痢するもの、(3)加猪胆汁湯の使用目標は、嘔吐下痢していたものが、身体から汗が出るだけになり、手足が冷えて縮み、脈がほとんど触れぬものであります。
応用としては嘔吐、下痢、胃腸炎、咽頭炎で、顔が赤く手足の冷えるものがあげられましょう。
臨床的には、四逆湯や茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)を使うことが多く、通脈四逆湯はあまり使いませんが、咽痛の通脈四逆加桔梗(ツウミャクシギャクカキキョウ)は使う機会が多いのであります。
症例はいずれも私の経験ですが、症例1は五十歳の男性で、中肉中背で色は白く、腹診上は中等度の腹力であるが、若い時脊椎を損傷したゆえか、持病の慢性胃腸炎は、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や香砂六君子(コウサリックンシ)が有効な患者であります。五八年八月感冒、咽痛を発しました。現代医学的には咽頭側索炎で、脈は浮で、弦数、胸脇苦満があります。柴胡桂枝湯加桔梗(サイコケイシトウカキキョウ)を投与しましたがかえって増悪。そこで通脈四逆湯加桔梗1.0としたところ2回目で扁桃炎、咽頭側索炎も治っておりました。
症例2:三十三歳の女性。主訴は眩暈と扁桃炎。顔は青白く虚証、初め苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)を使いましたが無効。次いで柴芍六君子湯(サイシャクリックンシトウ)を使いました。これは著効で、本人は見る見るうちに元気になりましたが、慢性の扁桃炎が治らず、腺窩より膿汁が流出。実証だと駆風解毒散(クフウゲドクサン)でも使いたいところですが、麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)等使いましたが膿汁止まず、最後に通脈四逆湯加桔梗を使いました。飲んだ本人の話では「あの薬を飲んだ途端に両側の扁桃にズーンとしみた」といいます。これは著効で扁桃の膿汁は見る見る少なくなりました。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証による手足厥冷・乾嘔・嘔吐・完穀下痢等と、虚証による疲労倦怠・無気力・元気衰憊等が一層激しいもの。しばしば虚熱による顔面紅潮等を伴う。
《少陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
裏の寒証 | 虚証 | 虚熱 | ||
主証 | ◎手足厥冷 ◎乾嘔 ◎嘔吐 ◎完穀下痢 | ◎疲労倦怠 ◎無気力 ◎寡黙 ◎元気衰憊 | ||
客証 | 腹痛 身体痛 | 無欲状態 嗜臥 嗜眠 | ○顔面紅潮 ○ほてり 熱感 自汗 咽痛 |
【脈候】 絶えそうなほどの微細・芤。
【舌候】 湿潤して無苔。
【腹候】 軟弱無力。
【病位・虚実】 自他覚的に激しい寒証で虚証を示し厥陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜6.0 附子a.q.(0.5)
【腹候】 軟弱無力。
【病位・虚実】 自他覚的に激しい寒証で虚証を示し厥陰病である。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜6.0 附子a.q.(0.5)
【方解】 本方は四逆湯の乾姜を倍量にしたもので寒証、および水毒が更に一層強くなった場合に用いる。このため四逆湯証よりも一段と寒証・虚証が深刻であり、顔面紅潮・ほてろといった虚熱を伴いやすい。
【方意の幅および応用】
A 裏の寒証+虚証:手足厥冷・完穀下痢・疲労倦怠等を目標にする。
各種疾患で手足厥逆・疲労倦怠激しく四逆湯のおよばないもの
消化不良・赤痢・コレラ等の急性腸炎、感冒、インフルエンザ、発疹性疾患
【参考】 *四逆湯証にして、吐利、厥冷甚だしき者を治す。『類聚方』
*甘草と乾姜の比は甘草乾姜湯で4:2、四逆湯でも4:3、本方では4:6となっている。
*四逆湯類の附子は市場品の烏頭を用いる。
少陰病で、食べたものがそのままの状態で、 ただ水分たけが更に加わって出てしまう無色無臭(便臭はない)の不消化下痢(完穀下痢)があり、裏寒裏虚の状態が極度に激しいのに、外表の方は虚熱を生じて熱く、循環器系の機能も極端に低下して血行が悪くなり、手足社ひどく冷え、脈も極度に弱くてたえだえで触れにくい。それでいて、虚熱のために、少陰病にみられる悪寒がみられないという状態の者は通脈四逆湯の主治である。そのような病人で、虚熱によって顔が赤くなったものや、或いは裏寒のため腹痛したり、或いはからえずきがあるもの、或は咽痛するもの、また或いは下痢が止まっても脈が弱く触れにくいものなども、本方の主治するものである。
食べたものが全く消化しない、そして無色無臭の不消化便を下痢し、体表には熱があり、汗もかなり出て、手足がひどく冷える者は、裏寒の状態が激しく、外表に虚熱を生じ、また下痢と発汗により体液を消耗し、体力もひどく虚して、循環器系の機能も極度に低下して、手足が激しく冷えるようになったもので、これも本方の主治するものである。
藤平健 『類聚方広義解説』 499
【症例】 感冒の咽痛
後日患者来りて曰く「1摘みの塵芥のようなものを頂いた時は馬鹿にされた気持ちだったが、炬燵でも暖まらなかった下肢が服用後5分ほどでぽかぽかして来た。カゼがこんなにさっぱりと治った事はない」と述懐した。
諏訪重雄 『漢方の臨床』 13・7・13
下痢と嗄声
26歳の主婦。5日前より、大便がしぶるようになった。軟便である。1日3回位。臭い消化不良便。2日前より、水様性の鼻水とくしゃみが連発して出る。のどの奥が痛い。咳はな成。口渇もなし。発熱せず寒いのみ。そこで手持ちの小青竜湯エキスを飲んだという。来院1日前より、急か声が嗄れてしまってほとんど出ない。脈は、脈口部人迎部共にわずかで細く弱い。幅は人迎部がわずかに広いか或いは大体同じとみてよい位であった。寒がっており、上半身を脱がせると鳥肌が立ち、触れても冷たい。聴診上異常なし。
人迎脈診より、厥陰病として治療したい。冷えに対して最も強い処方を考えたい、と思い、処方は、通脈四逆湯。更に少陰病の通脈四逆湯条文の加減方の所にある桔梗を加えて、3日分を作った。その1包をすぐ煎じさせた。その間、厥陰兪、肺兪、風門、大杼を灸頭針で2回ずつ治療した。圧痛点は肝胆経上のみならず、身体のあちこちにあり、激痛点が多かった。頚椎のそれのみを操体法で除去した。これだけで、上気したように顔色が赤味を帯びた。ぽかぽかするという。それと共に低い声が出始めた。そこで煎じ上がった通脈四逆湯加桔梗を飲ませた帰した。その日1日の絶食は守ったという。大変温かくなったという。下痢は止まった。翌日の電話の声は普通であった。
橋本行生 『漢方臨床』 22・12・25
※『漢方臨床』は、『漢方の臨床』の誤り?
副作用
1.附子
・心悸亢進、のぼせ、舌のしびれ、悪心等に留意。
・妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
・小児には慎重に投与。
2.甘草
・偽アルドステロン症[低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等]に留意。
・ミオパシー[脱力感、四肢痙攣・麻痺等]に留意常
併用する場合には、含有生薬の重復に注意
附子
甘草(甘草含有製剤とグリチルリチン類を含む製剤)