茯苓四逆湯は四逆加人参湯に茯苓を加えた方剤で四逆加人参湯の證に、煩躁・心悸亢進・浮腫等の状が加われば此方を用いる。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
12 茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) (傷寒論)
〔四逆加人参湯に茯苓四を加えたもの〕
四逆加人参湯證に、瘀水の状が加わったものに用いられる。したがって、煩操、心悸亢進、浮腫などを目標とする。
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.78
もし急性吐瀉病で体液欠乏の甚しいときは、人参二・〇を加えて、四逆加人参湯とし、もし心悸亢進するときは、更に茯苓三・〇を加えた茯苓四逆湯(四逆加加人参茯苓)を用いる。
『類聚方広義解説(56)』 東亜医学協会理事長 矢数 道明
次に茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)です。「四逆加人参湯の証にして、悸する者を治す。茯苓六両、人参一両、甘草二両、乾姜一両半、附子一枚。右五味、水五升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、温服すること七合(水一合を以て六勺を取る)、日に三服す」とありまして、現在私どもは茯苓4g、甘草、乾姜、人参各2g、白河附子0.5~1gとして用いております。
条文は「発汗し、もしくは之を下し、病なお解せず、煩躁するものは、茯苓四逆湯之を主る」とあり、東洞がいうのに、「為則按ずるに、まさに心下悸、悪寒の証あるべし」とあります。
ここにいう煩躁の証について、大青竜湯(ダイセイリュウトウ)は、汗がまだ出ないで、下したりはしない前の煩躁で、これは実証に属するものであるが、ここに述べてあるものは、汗したり下したりして、しかも病がなおよくならないで煩躁しているので、これは虚に属するものである。それ故大青竜湯の脈は浮緊で、茯苓四逆湯の脈は沈微であるといわれております。また前に述べました乾姜附子湯は、発汗と瀉下の両方の逆を侵したものであるが、この条はあるいは発汗し、あるいは下し、そのいずれか一つの誤りを侵したものであります。
「発汗し、もしくは之を下し」と、もしくはと明記していますのはそれでありまして、乾姜附子湯の時は「之を下して後、また汗を発し」と述べてあります。茯苓四逆湯の証には心下悸、すなわち茯苓の証があるというわけであります。
榕堂先生は欄外に註をして、応用を広めております。すなわち「茯苓四逆湯は宋版(そうばん)、玉函(ぎょくかん)、千金翼(せんきんよく)、併せて茯苓四両に作る。今之に従う」。
「四逆加人参湯の証にして、心下悸し、小便利せず、身瞤動(じゅんどう)し、煩躁する者を治す」。
「霍乱(かくらん)の重症にして、吐瀉の後、厥冷して、筋惕(きんてき)し、熱なく、渇なく、心下痞鞕、小便不利、脈微細の者はこの方を用うべし。服後小便利する者は救うことを得べし」。
「なお、諸の久病にして、精気衰憊し、乾嘔不食し、腹痛して溏泄(とうせつ)し、悪寒し、面部四支微腫する者を治す。産後の調摂を失する者に、多くこの症あり」。
「慢驚風(まんきょうふう)にて搐搦上竄(ちくできじょうそ)し、下利止まず、煩躁し、怵惕(じゅつてき)(おそれて心安からず)し、小便不利し、脈微数の者を治す」と、その用い方をいろいろと追加しているのであります。
以上を『漢方概論』で総括してみますと、茯苓四逆湯は、四逆加人参湯の証で、心下に動悸が打っており、小便がよく出ない、身瞤動(じゅんどう)し煩躁する者を治すというわけです。これは少陰の位で、陰虚証であり、脈は微弱で、腹部は軟弱であり、時に緊張、かすかに膨満することもある。舌は湿潤し、時に乾燥することもある。目標は、誤って発汗し、あるいは瀉下し、四逆加人参湯の証にして心下悸、小便不利、身瞤動、煩躁というところであります。
次に茯苓四逆湯の応用を箇条書きに述べますと、第一は感冒、肺炎、その他の熱病で、誤って汗し、あるいは誤って下し、煩躁、手足が冷えて脈微弱となったもの、あるいは下痢が止まらないもの。第二は、コレラ、またはコレラに似た吐瀉を起こして、その後にに四肢が厥冷し、搐搦、痙攣を起こしたり、煩躁、心下痞鞕、小便不利、脈微弱のもの。第三は、各種の慢性病で、元気が衰えて、乾嘔不食、腹痛、下痢、悪寒、四肢微腫のもの。第四は慢驚風(まんきょうふう)(てんかん等痙攣を起こす症状)、脳水腫、脳膜炎、脳炎のあと。搐搦上竄、下痢、煩躁、小便不利に、脈の微弱のもの。第五は老人性の浮腫で、元気のない、気力の衰えたもので、心下に動悸を訴えてもだえ苦しむもの。第六は子宮出血で、精神がボーッとして手足が冷たくて冷汗をかき、脈が非常に沈んで弱いものです。
茯苓四逆湯の治験例は、浅田宗伯の『橘窓書影』から引用しますと、第一は脱汗です。池沼治平という人の娘が、疫病(流行病)に罹り、八~九日経って汗が凄く出て、煩躁して眠ることができません。脈は弱く、頻数で、手足は冷たくなっています。多くの医者は治療の施す術がなく手をあげてしまいました。そこで浅田宗伯先生は茯苓四逆湯を作って与えたところ、一~二日で汗が止み、煩躁が治り、足が温かになって、すっかりよくなったということです。
もう一つは子宮出血に使った例があります。湯島天神下の谷口佐兵衛の妻で40才、月経が多く下って止まらない。ある日血塊が数回にわたって下り、意識は混濁し、手足は厥冷し、脈は沈んでかすかとなり、冷汗が流れるようである。いろいろな医師にみてもらったが手の施しようがないというので、浅田先生はこれに茯苓四逆湯を与えたところ、手足の冷たいのがたちまち治り、精神状態が平常になって、きれいに治ったということであります。
※搐搦上竄:ちくできじょうざん?
『類聚方広義解説II(60)』 日本東洋医学会名誉会員 藤平 健 先生
-茯苓四逆湯・通脈四逆加猪胆汁湯・白通湯・白通加猪胆汁湯-
■茯苓四逆湯
本日は茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)から本文を読んでいきましょう。
茯苓四逆湯 治四逆加人參湯證。而悸者。
茯苓六兩一錢二分人薓一兩三分甘草二兩六分乾薑一兩半四分五釐附子一
枚三分
右五味。以水五升。煮取三升。去滓。溫服七合。以水一合。
煮取六勺。日三服。
發汗若下之。病仍不解。煩躁者。
爲則按。當有心下悸。惡寒證。
「茯苓四逆湯。四逆加人参湯(シギャクカニンジントウ)の証にして、悸するものを治す。
茯苓六両(一銭二分)、人参(ニンジン)一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜(カンキョウ)一両半(四分五厘)、附子(ブシ)一枚(三分)。
右五味、水五升をもって、煮て三升を取り、滓を去り、七合を温服す(水一合をもって、煮て六勺を取る)。日に三服す。
発汗しもしくはこれを下し、病なお解せず、煩躁するものは、(茯苓四逆湯これを主る)。
為則按ずるに、まさに心下の悸、悪寒の証あるべし」。
茯苓四逆湯は、四逆加人参湯証であって、動悸のあるものを治すというのです。四逆加人参湯は四逆湯に人参が加わったもので、「四逆湯の証にして心下痞鞕するものを治す」となっています。
茯苓四逆湯の構成は、茯苓六両(一銭二分)、人参一両(三分)、甘草二両(六分)、乾姜一両半(四分五厘)、附子一枚(三分)で、小さい字で書いてあるものは、尾台榕堂(おだいようどう)先生が決めた分量です。附子はだいたいの量を示してあるので、必ずしもこの通りにしなければいけないというものではありません。煎じ薬ですから一日量1gくらいから使いはじめて、調子がよければ0.5gくらいずつ段階的に増やしていく方法がよろしいと思います。
右の五味を、今の分量で五合の水で煮て、三合に煮詰め、滓を去って、七勺を温服する、日に三服する、とあります。
発汗、あるいは下すということを行って、病気がなお治らず、煩躁が激しいもの、すなわち真寒仮熱のために、悪寒が激しくて仮の熱が出てきて、苦しくてじっとしていられず、輾転反側するという状態が出ているのを治すということです。これは急性疾患である場合には病が重い状態です。
東洞先生が考えるのに、みぞおちの動悸と悪寒があるはずである、ということです。
■茯苓四逆湯の頭註
頭註を読みます。
「茯苓四逆湯は、宋板、玉函、千金翼、幷せて茯苓四両に作る。今これに従う。
四逆加人参湯の症にして、みぞおちで動悸が激しくして、小便がよく出ない、そして体が震えて筋肉がピクついて、 輾転反側して苦しむものを治す。
霍乱の重症で、嘔吐、下痢があった後に手足が冷えこんで、筋肉がピクつき、輾転反側して苦しみ、熱がなくて、喉も乾かず、心下痞鞕があって、小便がうまく出ないで、脈が微細のものに、この方を用うべし。服後小便が出るという状態を呈したら、これは救うことができる。
諸久病にして、精気衰憊し(元気がなくなってしまって)、からえずきをして食べることができない、腹痛して下痢がひどい、悪寒し、面部四肢に微腫があるものを治する。産後、体の調節の状態がよくなくなったものには、この症が多いものである。
慢驚風(ひきつけ)にて、筋肉がピクピクし、小便がうまく出ない、脈が微かで速い、というものを治す」。
茯苓四逆湯は、以上のように脈も弱い、動悸が激しい、煩躁がある急性の重症で、手足も冷えているという状態を治すが、この症はみぞおちのあたりの動悸が激しく、寒気があるはずであると、東洞先生はいっておられるということです。
仮性脳膜炎とか、胃腸疾患で、下痢が久しく止まないで、だんだん悪くなってきて、こういう症状に至る人もしばしばあります。
『勿誤薬室方函口訣(109)』 日本東洋医学会理事 中田 敬吾
-茯苓琥珀湯・茯苓四逆湯・茯苓瀉心湯・茯苓補心湯(千金)・茯苓補心湯(良方)-
本日は茯苓琥珀湯(ブクリョウコハクトウ)、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ)、茯苓瀉心湯(ブクリョウシャシントウ)、茯苓補心湯(ブクリョウホシントウ)について解説いたします。処方の名の初めにいずれも茯苓(ブクリョウ)と名づけられていますように、これらの処方は茯苓が重要な役割を果たしている処方ばかりといえます。したがって各処方の解説に入る前に、茯苓の薬能について少し述べることにします。
『和語本草』を見ますと、茯苓は「小便を利し、湿を除き、脾胃を益し、気を導き、水腫、淋渋、痰飲、泄瀉、腹脹、煩満、咳逆、消渇、胸脇の逆気、心下の結痛、眠りを好むものを治す」と記載があります。
また『本草備要』を見ますと「色白くして肺に入り、熱を瀉し、下って膀胱に通じる、心を安らかにし、気を益し、栄衛を調理し、魄を定めて、魂を安じ、憂意、狂気を治す」とあります。
「小便を利し、湿を除き、水腫を治す云々」の記載は、茯苓に水毒を治す効果のあることを示しています。さらに「脾胃を益し、気を導き」とあるのは、茯苓に消化器系の機能の衰えを補い、気の機能低下、すなわち気虚を補う効果のあることを示しています。
そして茯苓は、心、肺、肝にも働き、「魂魄を定め、憂意、狂気を治す」ことにより、精神的な失調状態を治す効果のあることを示しています。つまりデプレッションなど精神科領域疾患にも応用のできることを示しているわけであります。これらの種々の効果は、基本的には体の中の水毒を除き、脾胃すなわち消化器の機能失調を補うことから波及してくる効果といえます。
(中略)
茯苓四逆湯
次は茯苓四逆湯です。これは『傷寒論』少陰病の治療処方でありまして、少陰病というのは、『傷寒論』には、「少陰の病たる脈微細、ただ寝んと欲するなり」とか、「少陰病、吐せんと欲して吐せず、心煩してただ寝んと欲し、五六日自利して渇す。虚ゆえに水を引きて、おのずから救う。もし小便白きもの小陰病の形ことごとく備う」などの記載があります。
すなわち、体が衰弱して、昼間からうとうと眠り、顔色は血色がよくなく、四肢が冷えたり、体が寒がったりし、下痢も、ほとんどこなれない下痢で、水のような下痢をする。そういう病態を少陰病と呼んでおります。セリエのストレス学説にいう、疲憊期に相当しまして、生体の抗病能力あるいは自然治癒力が大きく低下して、危篤な時期にさしかかっている時期を意味しております。この時期の治療は、温め補うことを基本としておりまして、生体の生命反応力を高めるように治療しております。この少陰病の代表的治療処方が四逆湯(シギャクトウ)であります。
茯苓四逆湯は、この四逆湯に茯苓(ブクリョウ)と人参(ニンジン)を加えた処方で、四逆湯の補虚、すなわち虚を補う効果をさらに強化したものといえます。『口訣』を読んでみますと、「此の方茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。本草に云う茯苓は煩満を主ると。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非れば救うこと能わず」と記載されております。
すなわち、先に述べた少陰病の時期から、さらに病気が進行して、陰陽が解離しようとする、いわゆる厥陰病の時期に来ているといえます。したがって、煩躁や汗出止まずといった症状が出てきたわけですが、病気としては非常に重篤、危険な状態であることを認識し、まさに茯苓四逆湯の適応症と判断しましても、漢方治療だけに頼らず、輸液、あるいは強心剤など、救急管理も合わせて行なう必要のある時期といえます。
私も本処方も癌末期の患者に用いたことも数回ありますが、そういう時期の治療はなかなか困難でありまして、漢方だけではどうしてもうまくゆかないということがありますので、やはり本処方投与時期は現代医学と併用を常に頭に考えて行なうことが大事だと思います。
本処方は以上のような重篤期に適用しますが、とくに重篤な疾患がない場合でも、極度の疲労状態にあるとか、あるいは極度の疲労状態のために煩躁があるとか、胸苦しいというような症状のある時に応用して効果のある場合があります。たとえば、私は学生時代に柔道をしておりましたが、合宿などで極度に疲労した状態の時などはこういう処方が適応になると考えられます。また普段から体が虚弱で冷え症で、とくに著明な冷え症の場合、その他の諸種の慢性疾患、たとえば喘息とかリウマチなど、いずれにしましても、そういった虚弱で冷え症の人の慢性疾患の場合に、茯苓四逆湯が適応する場合もあります。
四逆湯の内容は、甘草(カンゾウ)、乾姜(カンキョウ)、附子(ブシ)の三味から成っておりますが、茯苓四逆湯はこの甘草、乾姜、附子の三味にさらに人参、茯苓の二味が加わっております。一方、これによく似た処方に人参湯(ニンジントウ)という処方があります。人参湯は甘草、乾姜、人参、白朮(ビャクジュツ)の四味から成っていますが、これらを見てみますと、いずれも甘草、乾姜の二味、すなわち甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)という処方が基本になっているのがわかります。
本処方を勉強する折に、これら一連の甘草乾姜湯を主体にした処方を覚えておいていただくのも参考になるかと思います。この甘草乾姜湯につきましては、本てきすと46ページに『口訣』が記載されていますので、それを参考にしていただくとよいと思います。
甘草乾姜湯は、冷えを改善するのに、非常に強い力を持った処方でありまして、冷え症で虚証の喘息、あるいはその他諸種の疾患に対してもっとも基本となる処方であります。このように甘草乾姜湯による強い冷えとか虚の状態を補う効果のほかに、四逆湯には附子が入っています。
附子はいわゆる腎火の衰えを補う効果があるとされた生薬であります。体から寒冷の邪気を駆散して体を温め、それによって体の生理機能がうまくゆくというものですが、、現代薬理学的に見ましても、附子は心臓循環器系によく作用し、強い強心作用を発揮することがわかっております。また強い鎮痛効果も見られます。この附子の効果は、以前はアルカロイドのアコニチンというものが考えられていたのですが、最近ではハイゲナミンという物質がこの強心作用の主役を演じているといわれています。
茯苓四逆湯はこれらの冷えを改善する力に優れた薬物の上に、さらに補気とか除湿の効に優れて、心煩を除く茯苓、さらにまた中焦の元気を補うとされています人参が配列されておりまして、補虚の代表的方剤といえる薬であります。
【参考】
デプレッション【depression】 1 意気消沈。憂鬱(ゆううつ)。
うつ病にあたる英語として、メランコリー(Melancholy)とともに使われる。
DSMと言う診断体系では、大うつ病(Major Depressive Disorder)と言う分類の下にメランコリー型(Melancholic Type)が入っている。
デプレッションはメランコリーの上位階層として位置づけています。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう) [傷寒論]
【方意】四逆湯証の裏の寒証・虚証と虚熱による煩躁・自汗等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病より厥陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
裏の寒証 | 虚証 | 虚熱 | 水毒 | |
主証 | ◎手足厥冷 ◎寒がり ◎悪寒 ◎完穀下痢 | ◎疲労倦怠 | ◎煩躁 | |
客証 | 顔面蒼白 身体疼痛(水) 身体惰痛(水) こわばり(水) 麻痺(水) 食欲不振 乾嘔 腹痛 | 無欲状態 元気衰憊 虚脱状態 | ○自汗 口燥 口渇 瘙痒感 発熱 熱感 顔面紅潮 | 尿不利 時に多尿 微腫 老人の下腿浮腫 痙攣 搐搦 目眩 頭痛 |
【脈候】 沈細・微細・微弱・微数・浮数・浮大。
【舌候】 湿潤して無苔。時に虚熱のため乾燥し、紅舌から黒舌となることもある。
【腹候】 軟から軟弱。しばしば心下悸があ責、時に心下痞硬を呈する。また腹部膨満および腹直筋の異常緊張を伴うこともある。
【病位・虚実】 四逆湯証よりも一層虚証が深刻で、少陰病から厥陰病に位する。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0 茯苓8.0
【腹候】 軟から軟弱。しばしば心下悸があ責、時に心下痞硬を呈する。また腹部膨満および腹直筋の異常緊張を伴うこともある。
【病位・虚実】 四逆湯証よりも一層虚証が深刻で、少陰病から厥陰病に位する。
【構成生薬】 甘草4.0 乾姜3.0 附子a.q.(0.5) 人参2.0 茯苓8.0
【方解】 本方は四逆湯に茯苓・人参を加えたものである。茯苓は水ほ偏在を矯正し、これをまぐらせる。人参は補液・補血作用と同時に健胃・強総・強精薬で、胃腸の働きを活発にし新陳代謝を振興する。このために本方意は四逆湯証より一段と虚証が深刻で虚熱を呈する。また水毒の傾向も強い。なお沢瀉・猪苓は余剰の水分を尿へと導く利尿薬であるが、茯苓・朮は水の偏在を正す利水薬である。
【方意の幅および応用】
A 虚証:疲労倦怠感を目標にする場合。
汗下による虚脱、各種出血による虚脱、各種慢性疾患の虚脱状態、
癲癇発作・脳炎後等の虚脱状態、激症急性胃腸炎による吐瀉
B 虚熱:煩躁・発熱等を目標にする場合。
汗下を施しても解熱しない感冒・肺炎・膠原病等、
急性虫垂炎・限局性腹膜炎等の誤治の救急、その他四逆湯証で煩躁を伴うも英
外傷・手術・分娩出血によるショック
急性慢性胃炎、幽門狭窄、胃十二指腸潰瘍、急性肝炎、妊娠悪阻
C 水毒:微腫等を目標にする場合。
老人の浮腫、眩暈症、偏頭痛
【参考】 *発汗し、若しくは之を下し、病仍解せず、煩躁する者、茯苓四逆湯之を主る。『傷寒論』
C 水毒:微腫等を目標にする場合。
老人の浮腫、眩暈症、偏頭痛
【参考】 *発汗し、若しくは之を下し、病仍解せず、煩躁する者、茯苓四逆湯之を主る。『傷寒論』
*四逆加人参湯証にして、心下悸し、小便利せず、身瞤動し、煩躁する者を治す。『類聚方』
*此の方、茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。『本草』に云う、「茯苓は煩満を主る」と。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非ざれば救うこと能わず。
『勿誤薬室方函口訣』
*虚熱とは虚証で陰証の熱証を意味する。脈浮大となり、顔は赤く、暑がって汗をかき、高熱を発することがあり、舌候も陽証とまぎらわしくなる。一見して陽証の実熱と区別しにくい。しかし脈力が低下し、血圧が低下している点が後者との相違である。
*此の方、茯苓を君薬とするは煩躁を目的とす。『本草』に云う、「茯苓は煩満を主る」と。古義と云うべし。四逆湯の症にして汗出煩躁止まざる者、此の方に非ざれば救うこと能わず。
『勿誤薬室方函口訣』
*虚熱とは虚証で陰証の熱証を意味する。脈浮大となり、顔は赤く、暑がって汗をかき、高熱を発することがあり、舌候も陽証とまぎらわしくなる。一見して陽証の実熱と区別しにくい。しかし脈力が低下し、血圧が低下している点が後者との相違である。
【症例】 虫様突起炎
小生の友人が治療中の患者で、大黄牡丹皮湯を与えたが、10日経っても発熱39℃を上下し、腹痛が去らないという相談である。すでに化膿しているらしい。そこで薏苡附子敗醤散を勧めておいた。友人は薏苡附子敗醤散を3日間投薬してが、症状は少しも軽快せず、一般症状はかえって増悪して来た。よって友人の病院にて患者を診察することになった。患者は25歳の頑丈な漁夫で、10日以上病床に呻吟していても、なお肉付が良い。ただ少しく軽い黄疸の傾向がみえる。小生が病室に入った時患者は水を口に入れては吐き出し、唇を水でぬらしていた。口の中がすぐにカラカラになって、舌が動かなくなるという。舌をみると一皮むけたようになって、乾燥している。脈は洪大でやや数である。その日は午前中に悪寒がして、午後から38℃を越す発熱が続いている。発汗はない。腹診するに、一体に枯燥の状態があり、右側の下腹はやや膨隆し、回盲部は圧に過敏である。右脚は少し動かしても腹にひびいて痛むという。小便は赤濁して量は少なく、快痛しない。大便は自然には出ない。手足は午後になると煩熱の状態となり、ふとんから出したくなる。以上の症状をみるに、脈が洪数であるのは、膿が已になるの徴候であって、下剤はやれない。口舌が乾燥して、水を飲むを欲せず、口漱がんことを願い、手足が煩熱するのは、地黄のゆくべき場合である。かかる考えから出発して次の薬方を決定した。
すなわち七腎散を本方とし、これに八味丸を兼用するのである。『外科正宗』の七腎散は「腸癰潰るるの後、疼痛淋瀝やまず、或いは精神減少、飲食味ひなく、面色痿黄、自汗盗汗、臨臥安からざるを主治す」とあって、まさにこの患者の正面の証のようにみえる。これに八味丸を兼用すれば鬼に金棒だ。2、3日で必ず軽快するだろう。これ位の病気が治せなくてどうするんだと、意気揚々と帰って来た。ところが右の薬方を2日飲むと、大変なことになった。まず第1に全身の強い発汗が始まり、それが終日止まない、第2に全身に点在性に異常感覚が起こった、第3に右脚の内側に軽い痙攣が起こった、第4に脈が弱くやや幅が減じた。そして前からある悪寒、発熱、腹痛、手足の煩熱、口乾等は依然として存在している。結局病気が重くなったわけだ。そこで考えるに、全身からの強い発汗は亡陽の徴であり、右脚の痙攣は四逆湯の内拘急である。かくなる上は最後の切り札として四逆湯に人参と茯苓を加えた茯苓四逆湯を投ずるのほかはない。おっかなびっくりで1日分の茯苓四検湯を服用せしめるに、患者は気分が爽快となり、腹痛は減じ、腹満は去り、熱は下り、食欲は出て、同方を続服すること10日足らずして、退院になった。
『大塚敬節著作集』第六巻60