p.677 瘀血症・打撲傷
82 通導散(つうどうさん) 〔万病回春・折傷門〕
大黄・当帰 各三・〇 芒硝 四・〇 枳殻・厚朴・陳皮・木通・紅花・蘇木・甘草 各二・〇
「跌撲(てつぼく)(打撲)傷損、極めて重く、大小便通せず、乃ち瘀血散せず、肚腹膨満、上って心を攻め、腹悶乱死に至る者を治す。」
森道伯翁の常用処方で、後世方中唯一の駆瘀血剤であり、古方の桃核承気湯に比すべきものである。打撲により内出血を起こしたような重篤な状態である。下腹の瘀血症状ばかりでなく、心下部も緊張し、上衝が強い。瘀血による諸疾患に応用される。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
通導散(つうどうさん) [万病回春]
【方意】 瘀血による下腹部の抵抗・圧痛等と、裏の実証・裏の気滞による腹満・便秘・胸満・心下痞等と、瘀血・気滞による精神神経症状としてののぼせ等のあるもの。しばしば水毒による尿不利を伴う。
《陽明病より少陽病.実証》
【自他覚症状の病態分類】
血虚 | 裏の実証・裏の気滞 | 瘀血・気滞による精神神経症状 | 水毒 | |
主証 | ◎下腹部の抵抗・圧痛 | ◎腹満 ◎便秘 ◎胸満 ◎心下痞 | ◎のぼせ | |
客証 | ○下腹部痛 ○腰痛 ○打撲 打撲痛 ○激痛 月経異常 赤黒い顔貌 | 悪熱 | 頭痛 頭重 目眩 耳鳴 肩背強急 心悸亢進 | ○尿不利 |
【脈候】 弦・緊・沈渋。
【舌候】 暗紅色または帯紫色。乾燥した白苔を伴うことがある。
【腹候】 腹部が全体に膨満し、腹力は充実して心下痞硬があり、下腹部に抵抗と圧痛がある。時に腹直筋の緊張を伴う。
【病位・虚実】 裏の実証紙:裏の気滞があり陽明病に相当する。しかしこの病態が顕著でなく、瘀血のみ明らかな少陽病位でも用いる。脈力も腹力もあり実証。
【構成生薬】 当帰3.0 芒硝3.0 陳皮2.0 厚朴2.0 木通2.0 紅花2.0 蘇木2.0 枳実2.0 甘草2.0 大黄a.q.(0.5)
【方解】 紅花・蘇木には駆瘀血作用があり、特に打撲による瘀血に対応する。また当帰と共に用いると、その作用は増強される。大黄・芒硝の組合せは裏の実証・裏の熱証を去り、便秘・悪熱を治す。枳実・厚朴は気滞を主り、腹満・胸満を治す。この気の疎通作用および木通の利尿作用は水毒を去り、尿不利を治す。陳皮は健胃作用があり、寒性の大黄・芒硝の作用を緩和し、甘草は構成生薬すべての働きを調和する。紅花・蘇木は打撲等のやや浅く、比較的新しい瘀血を強力に流し去る。当帰・川芎は温性であり、深くジワジワと進行した古い瘀血をゆっくりと溶かす。桃仁・牡丹皮は寒性で、裏に鬱滞した熱を伴う古い瘀血を強力に溶かす。水蛭・虻虫・蟅虫等の動物性駆瘀血薬も寒性で、凝固したまさしく陳旧性の瘀血を砕く。
【方意の幅および応用】
A 瘀血:下腹部の抵抗・圧痛・月経異常・打撲等を目標にする場合。
月経異常、月経痛、子宮癌、腰痛症、打撲、虫垂炎・痔疾・尿路結石、淋病、歯痛、眼痛
B 裏の実証・裏の気滞:腹満・便秘等を目標にする場合
便秘、慢性胃腸炎
【腹候】 腹部が全体に膨満し、腹力は充実して心下痞硬があり、下腹部に抵抗と圧痛がある。時に腹直筋の緊張を伴う。
【病位・虚実】 裏の実証紙:裏の気滞があり陽明病に相当する。しかしこの病態が顕著でなく、瘀血のみ明らかな少陽病位でも用いる。脈力も腹力もあり実証。
【構成生薬】 当帰3.0 芒硝3.0 陳皮2.0 厚朴2.0 木通2.0 紅花2.0 蘇木2.0 枳実2.0 甘草2.0 大黄a.q.(0.5)
【方解】 紅花・蘇木には駆瘀血作用があり、特に打撲による瘀血に対応する。また当帰と共に用いると、その作用は増強される。大黄・芒硝の組合せは裏の実証・裏の熱証を去り、便秘・悪熱を治す。枳実・厚朴は気滞を主り、腹満・胸満を治す。この気の疎通作用および木通の利尿作用は水毒を去り、尿不利を治す。陳皮は健胃作用があり、寒性の大黄・芒硝の作用を緩和し、甘草は構成生薬すべての働きを調和する。紅花・蘇木は打撲等のやや浅く、比較的新しい瘀血を強力に流し去る。当帰・川芎は温性であり、深くジワジワと進行した古い瘀血をゆっくりと溶かす。桃仁・牡丹皮は寒性で、裏に鬱滞した熱を伴う古い瘀血を強力に溶かす。水蛭・虻虫・蟅虫等の動物性駆瘀血薬も寒性で、凝固したまさしく陳旧性の瘀血を砕く。
【方意の幅および応用】
A 瘀血:下腹部の抵抗・圧痛・月経異常・打撲等を目標にする場合。
月経異常、月経痛、子宮癌、腰痛症、打撲、虫垂炎・痔疾・尿路結石、淋病、歯痛、眼痛
B 裏の実証・裏の気滞:腹満・便秘等を目標にする場合
便秘、慢性胃腸炎
C 瘀血・気滞による精神神経症状:のぼせ・頭重・目眩・心悸亢進等を目標にする場合。
動脈硬化症、高血圧症、脳循環障害、片麻痺、バセドウ病、喘息、肺結核症、心疾患、脚気、発狂錯乱状態
【参考】 * 跌撲、傷損、極めて重く、大小便通せず、乃ち瘀血散せず、肚腹膨脹し、心腹を上り攻め、悶乱して死に至らんとする者を治す。先ず此の薬を服して、死血、瘀血を打ち下し、然して後に方(まさ)に損を補う薬を服すべし。酒飲を用うべからず、愈(いよいよ)通ぜず。亦、人の虚実を量って用う。利するを以て度となす。惟だ孕婦、小児は服することなかれ。
『万病回春』
*本方意の瘀血の圧痛は、下腹部のみではなく、腹部全体にみられる傾向がある。
*一貫堂の通導散は本方に牡丹皮・桃仁が加わり、合計12味からなっている。
通導散はすなわち挫傷が強いため内出血がひどく、大小便が不通となり、吐腹が膨れて胸まで苦しく、悶えて死にそうなときに用いる処方で、桃核承気湯より更にひどいと考えられる症状である。
私は多くの場合桃仁・牡丹皮を加えて用いている。
産後から発作的にめまい(血暈)がして「地の底に落ちこんで行く」と叫んで煩燥してあばれる。頭を動かすとめまいがするので起床することができず、大小便の始末も夫にしてもらい、頭痛、肩凝り、のぼせ、耳鳴り、精神不安、心悸亢進が強く、精神状態がおかしく、怒ったり泣いたり狂人の如くなる患者。まず桃核承気湯を与えて大便を下すと、出血せず一時非常に良くなったが、15日位するとまたもとの状態になり効かなくなった。抵当丸を与えると帯下のようにワカメのような凝血が出て、症状は好転した。2ヵ月程で凝血は次第に出なくなった。そこで通導散を与えると、再びワカメのような黒褐色のもろもろとした出血が現れて、症状は次第に良くなった。すなわち急性のときは桃核承気湯、陳旧性のものは抵当丸(下瘀血丸は袪瘀止痛で痛み止めの作用強く、大黄蟅虫丸は干血労で皮膚の甲錯に用いる)、通導散は急性慢性共に、しかも破血逐瘀の力も非常に強いと考えている。
山本巌『漢方の臨床』23・10・24
【症例】 子宮癌
某病院から電話があって、「義姉が子宮癌で入院しているが予後は思わしくない。生前に一度逢っておきたいから来てほしい」とのこと。夫君は私の懇意なM博士と同窓の医博で、2,3度病院の婦人科医長を経て、現に九州で婦人科病院を経営している。さっそく見舞ったところ、非常に勝気な女性だが、さすがに気落ちして悄然たる風である。医師は手遅れで手術しても駄目なことを洩らしたそうである。漢方にはいまだいくつも打つべき妙手があると激励し、一貫堂散加味を与えて辞去した。服薬後しばらくして激烈な下痢が続いて起こり、同時に取量の下りものがあったそうであるが、身心とみに軽やかとなり、特別の手当ても受けず退院。「病脱然として癒ゆ」との形容そのまま治ってしまった。嘘みたいな話で、当の本人自身本当に癌だったのかしらと不思議な気がすることもあるようだ。その後ぐんぐん体力も増し快適に暮らしている。
別の1婦人、一昨年秋に県立病院に入院、子宮癌と診断され手術を受けた。しかし摘出不能とい乗ことで、そのまま縫合退院した。「漢方で治りましょうか」といってきたので、診察の結果、一貫堂通導散、防風通聖散の合方を与えた。この人は下痢とか瞑眩症状など起こさず、順調な経過で治ってしまった。
中島大蘇 『漢方の臨床』 8・7・21
『漢方一貫堂医学』 矢数 格著 医道の日本社刊
p.24
通導散証
一 望診
通導散の望診はなかなか便利である。なぜならば、通導散は強烈な駆瘀血作用を持つているから、通導散証の者は相当多量の瘀血を保有しているものと思わなければならない。ゆえに、望診によつて、すぐそれがわかるのである。さらにこれを詳しく述べると、
A まず、この証を呈する患者は肥満している者に多い。婦人で不妊症の者は瘀血があるため非常に肥満している者があるが、脂肪過多症とか、卵巣機能障害と診断されて肥満している者は、明らかに瘀血を持つている者であつて、この通導散証が多い。しかし、たとえ、やせている者でも通導散を与えなければならない場合も案外沢山あるから、肥満が必ずしも通導散証の絶対の条件とはならない。その識別は顔色で決定されるのであ乗:
B 顔色は、瘀血を持つてい識者は、太つている、やせているにかかわらず、赤ら顔を呈する者が大部分で、通導散がそのような実証の者に効果的であるのは、通導散が激烈な駆瘀血剤であるからである。そして、通導散は比較的に生理的血液破壊作用(主として蘇木の作用)があるから、虚弱な者には用いられない。しかし瘀血溜滞のため新血生成機関が阻害されて、かえつて貧血症状を呈し、蒼白に近い顔貌を呈する者にこの通導散を与えて、瘀血駆除と同時に、新血が生じ顔貌がにわかに輝き出すこともある。しかし、その場合、長期の服用はいけないとされている。
C つぎに爪の色であるが、これは、肥満した赤ら顔の者は、いちごのような色を帯び、また、暗赤色の者があるなど、要するに鮮明な指端を示していない。これに反して、貧血している者は、爪の色が黄白色となつている。
以上のように、通導散は、体質の肥、痩、顔色の赤、蒼、爪色の赤、黄白等のように相反する両様の場合に運用することとなつているが、主として、肥満した、赤ら顔の、また爪の暗赤色の者に用うべき処方と思えばよいのである。そして、以上述べた望診は、また次に述べる脈診、特に腹診と相まつて決定されるのである。
二 脈診
通導散証の場合の脈は原則として細実である。すなわち、瘀血溜滞、血行不十分の結果、このような脈診を呈するものと見てよい。
三 腹診
A 通導散の場合の腹証は、通導散が大承気湯を根幹としている関係上、大承気湯証の腹証と大差はない。それはつぎの図に示されているように、心下から腹直筋に相当して二筋の強い拘攣を触知できる。
漢方医学の病理として、瘀血は腹の左側に存在するものだということは、すでに述べたが、当帰芍薬散証とか、桂枝茯苓湯証、桃核承気湯証等は主として左側に腹直筋の拘攣を認めるが、この通導散証は、さらに腹の右側にも比袋的強い拘攣を現わすものである。しかも上部に特にその拘攣がつ全いようである。それは通導散条のところで、「死血上攻心腹」と記したように瘀血上衝を意味するものである。これは経絡上から論ずるならば、瘀血が足の陽明胃経に侵入した場合を言うのである。
B また、通導散の腹証には別個のものがある。それは前記腹直筋の拘攣が現われることなく、腹内一円に瘀血が蓄積されて腹部膨満の状を呈していることである。
C 通導散は打撲傷とこき生じた瘀血が、血熱を持つて腹部から心臓部に上攻し、大小便が不通となつて悶乱して死ぬ場合に用いたものであるから、心下に急迫症状を呈すると同時に臍下膨満の徴を来たすのであるが、通導散をふつう運用する場合も臍下膨満の傾向がある。この打撲傷に際して生じた瘀血とはむかし、刑罰の手段として行なつた杖傷(ぢようしよう)(むちで打たれたきず)などの場合に起こるものもそれである。
四 主訴
一般に瘀血を持つている者は特有の徴候を訴え、頭痛、頭重、眩暈、上逆、耳鳴、肩こり、動悸、便秘等が主なものである。
(四)瘀血証体質の罹病し易い疾患
我々は日常の治療上、瘀血を原因と見て、駆瘀血の治療を行なう病気は何かと言えば、それは大体つぎのようなものである。
脳溢血、片麻痺、喘息、胃腸病(特に胃酸過多症、胃潰瘍、胃癌)、肝臓病、肺結核、痔疾、淋疾、神経性疾患(神経衰弱症、ヒステリー)、動脈硬化症、常習性便秘、歯痛、眼病、腰痛、脚気、泌尿生殖器疾患、バセドウ病、虫垂炎、発狂、心臓病等である。
また、婦人科疾患では、その病気のほとんど全部に駆瘀血剤を運用するが、特に子宮、溂叭管、卵巣の炎症、ならびに腫瘍に用いている。ただし、腫瘍はその原因が瘀血であつても、もはや駆瘀血剤の治しうるところではない。
p.43
第二編 五方の薬理解説
第一章 駆瘀血剤
通導散について
通導散は元来折傷門における「瘀血を散じ凝滞を消す」薬方であり、森道伯先生は多くの駆瘀血剤にさらにこの通導散を配して用いられ、治療上、駆瘀血の完璧を期さんとしたものである。
通導散の処方内容は、当帰、大黄、芒硝各三・〇 枳実、厚朴、枳殻、陳皮、木通、紅花、蘇木、甘草各二・〇、以上一日量である。
通導散はつぎのように考えると便利である。すなわち、大承気湯加当帰、紅花、甘草で、加味承気湯となり、蘇木、枳殻、陳皮、木通で通道散となる。
大承気湯は「古方分量考」によれば大黄一匁五分、厚朴三匁、枳実二匁、芒硝二匁五分、一日三回量、となつている。
通導散とやや異るところは原方は枳実のかわりに枳殻が入つており、厚朴の分量が半減されていることである。しかし、一貫堂では枳殻を半減して、その相当量だけ枳実を加えたのである。通導散は前記したように、大承気湯が根幹をなしているので、大承気湯の薬理を知ることは、ひいては通導散の薬理を知る上にたいへん便利であるから、つぎに句説することにしよう。
大承気湯
大承気湯は傷寒陽明病を主る処方である。それで傷寒陽明病篇を見ると、
「傷寒、若しくは吐し、若しくは下して後解せず、大便せざること五、六日、上十余日に至り、日晡所潮熱を発し、悪寒せず、独語、鬼状を見るが如し。若し劇しき者、発するときは則ち人を識らず、循衣模牀、 惕して安からず、微喘、直視、脈弦なる者は生く。濇なる者は死す。微なる者、但発熱、讝語する者は大承気湯之を主る。」
とあり、また、
「陽明病、潮熱、大便微(すこし)硬(かたき)者、大承気湯を与うべし。」
とある。然し、いまわれわれが大承気湯について知りたいと思うのは傷寒についてではない。「古方分量考」の大承気湯条を見ると、
「腹堅満、若くは臭穢を下利し、若くは燥屎ある者を治す、凡そ燥屎ある者は臍下磊砢(らいら)(石のかさなるかたち)、肌膚枯燥す。」
とある。そしてその応用はどうかというに、「方機」によると、
一、潮熱を発して大便硬き者、
二、腹満解し難き者、
三、腹満脹して喘し、両便通ぜず、一身面目水腫する者、
四、潮熱讝語、大便硬く、或は燥屎ある者、
五、腹満痛、大便通ぜざる者、
六、大便通ぜず、煩して腹痛する者、
七、日中了了たらず、睛和せず大便硬き者、
八、自利清水、心下痛み、口乾燥するもの、
九、胸満口噤み、臥して席に着かず、脚攣急咬牙する者、
十、腹中堅塊有りて、大便通ぜざる者、
十一、痘瘡腹大満、両便通ぜず、或は譫語口乾咽燥する者、
十二、痢疾譫語或は腹満痛して、食すること能わざる者、
十三、食滞腹急痛、大便通ぜず、或は嘔利する者、
とあり、以上の諸条を見ると、腹満、大便不通、大便硬、両便不通、腹急痛等の点はみな通導散証と類似しているのである。すなわち、大承気湯証は両便不通、水気上攻するので、これは大承気湯で瀉下すれば治るのである。
なお、大承気湯の個々の薬味を文献に照らしてみると、
大黄は「薬徴」に「主治、結毒を通利する也。故に能く胸満、腹満、腹痛及小便不利を治す。旁ら発黄瘀血腫膿を治す。」とあり、
枳実は「薬徴」に「結実之毒を主治する也。旁ら胸腹満、胸痺腹満腹痛を治す。」とあり、
厚朴は「薬徴」に「主として胸腹脹満を治す也。旁ら腹痛を治す。」とあり、
芒硝は「薬徴」に「堅を耎(やわら)かにするを主す也。故に心下痞堅、心下石硬、小腹急結、結胸、燥屎、大便硬きを治す、旁ら宿食、腹満、小腹腫痞等、諸般難解毒を治す。」
とある。そして大承気湯証の腹証は腹堅満を呈し、心下より臍下にかけて堅満の状を触れる。
それでは大承気湯の臨床上の応用はどうかというに、腹堅満、大便不通であれば、あらゆる場合に運用されることになるが、ふつうつぎのような疾患に与えることが多い。すなわち、頑固な頭痛、チフス、脚気、赤痢、胃腸病、眼疾、発狂、頑固な便秘等である。
以上で大承気湯の薬理は理解されたと思われるが、通導散はこの大承気湯に加えて駆瘀血剤を配したものである。
「万病回春」の腹痛のところを見ると、加味承気湯という駆瘀血剤があるが、これは大承気湯に当帰、紅花、甘草を加えて駆瘀血をはかつたもので、さらに蘇木、木通、陳皮を加えて駆瘀血作用を強くしたのがこの通導散である。ゆえに、順序として、この加味承気湯の薬理を知ることは通導散を知るための第二段階である。つぎにその加味承気湯について述べよう。
加味承気湯
加承気湯は胃潰瘍のような瘀血に原因する腹痛を治す処方である。加味承気湯の条を見ると、「瘀血内に停り、胸腹脹痛、或は大便不通等の症を治す」とあり、処方の内容は、
大黄、芒硝各三-四・〇、枳実、厚朴、当帰各三・〇、紅花、甘草各二・〇、一日量である。ただし、本方は「病急なる者は用いず」とあつて、急病の者には用いない。つぎに処方中の当帰、紅花の薬能を見ると、
当帰-「当帰の苦温は心を助け、寒を散じ。諸血心に属し、凡そ脈を通ずる者は、必ず先ぶ心を補う。当帰の苦温は心を助く」とあつて、当帰は通経清涼薬として用いられ、大黄、芒硝とともに大熱を冷まし、大黄を佐(助け)として血積を治すのである。
紅花-「紅花は辛苦甘温、肝経に入つて瘀血を破り血を活かす。又能く心経に入つて、新血を生ぜしむ。」とあり、「紅花は多くを用いると血を破つて通じ、少なく用いれば血を養う」とある。
すなわち、加味承気湯証とは大承気湯証に瘀血を有することになるのである。腹証は大承気湯証の腹証と大したちがいはない。
それでは加味承気湯はどういう場合に用いるかというに、腹に瘀血が停滞して脹り、痛み、大便通じないような病気に兼用剤として用いられている。すなわち、月経不通、月経痛、胃酸過家症、胃潰瘍ならびに胃潰瘍の場合の止血剤、そのほか瘀血を認める胃腸病、二日酔い、胃癌等に用いられている。
加味承気湯は比袋的弱い駆瘀血剤であるが、瘀血がひどいときはさらに強力な破血剤を用いなければならない。そのような必要のために蘇木を入れて駆瘀血作用を強力にさせたものがすなわち通導散なのである。
いま、「万病回春」の折傷門、通導散の条を見ると、「跌(てつ)撲 傷損極めて重く、大小便通ぜず、乃ち瘀血散ぜずして、吐腹膨脹、心腹に上攻し、悶乱して死に至る者を治す」とある。跌撲傷とは倒れ打つたために生じる傷を言い、吐腹とは下腹のことである。強い強撲をうけると皮下および組織内に出血を起こし欝血を来たす。そして、出血ならびに欝血した多量の血液は瘀血となり、打撲が極めて強力、あるいは反復された場合などには、外部からの罨法とか貼付薬ぐらいでは、瘀血はなかなか消散しないものであり、また、打撲を胸とか腹にうけた場合は、瘀血を外部から消散させるということは困難である。そのようなときは、溜滞した瘀血はいろいろな障害を引き起こし、千変万化の病症を起こすので、ある場合には非常に重篤な症状を来たすものである。このような病理機転が通導散証を現わすのである。
加味承気湯症は、「瘀血心腹に上攻し、悶乱死に至る。」というような急迫症状および、小便不通等の徴候はない。しかし、通導散症にはこの急迫症状を現わすので、蘇木の破血剤や木通の利水剤をさらに必要とするわけである。いまそれぞれの薬味を考えるに、
蘇木は、「死血を破り、産後の血暈脹満、死せんと欲し、血痛、血癖、経閉、気壅、癰腫、撲傷のものを治す。膿を排成、痛みを止め、破血多く、和血少なし」とあつて、蘇木が長期間の使用困難な理由は破血多く、和血少なしの結果である。
木通は、「心下を降し、肺熱を清まし、心火降れば則ち肺熱清し。肺水源となり、肺熱清ければ則ち津液化して水道通ず。」とあつて、木通は心火を清くし、小便を通じさせる薬能のあることが知られる。
陳皮は、「能く補い能く和す。補薬と同ずれば則ち補す。瀉薬は則ち瀉し、升薬は則ち升り、降薬は則ち降る。脾肺気分之薬と為す」とある。
甘草は、「和剤を入れれば、則ち補益し。汗剤を入れれば則ち肌を解す。涼剤を入れれば則ち邪熱を瀉す。 峻剤を入れれば則ち正気を緩める。諸薬と協和す」とある。この場合、加味承気湯、通導散に甘草を入量加えるのは、峻剤の正気を緩和させるためである。ゆえに加味承気湯条に「病急な識者は用いず」と註されているのである。
枳殻は、「枳実胸膈を利し、枳殻は腸胃を寛む。枳実の力猛し、枳殻の力緩し、小異と為す」とある。
そこで通導散の薬能を結論的に言うならば、大承気湯で腹堅満、大便不通を治して上衝を下し、これに配するに蘇木、紅花をもつて瘀血を破り、血熱を冷まし、木通で心火を清くして小便を通利させるのである。そして、この強力な薬理作用は、当帰によつて和血をはかり、陳皮によつて峻下因る胃腸の気を理し、甘草によつて峻剤の正気が緩和されてはじめて攻に偏せず、弱きに堕せずで、完全なのである。しかし、通導散は非常な峻剤であるから、通導散の条にはつぎのように注意をしている。
「先ず此の薬を服して、死血瘀血を打ち下し、然る後まさに損を補う薬を服すべし。酒を飲むべからず、愈々通ぜず。亦人の虚実を量りて用う」とあり、また「利するを以て度と為す。ただし妊婦小児は服するなかれ。」とも記されている。
以上はすてに述べ来つたように、通導散は打撲に因る瘀血駆除剤であるが、打撲にかぎらず、どういう原因の瘀血でも、それが通導散証を現わす場合にはこの方で治すべきである。ゆえに通導散は打撲傷の場合というよりも、むしろ内声疾患、特に婦人科疾患に多く用い現れるようになつたのである。
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第一章 通導散
通導散は駆瘀血剤であるから、瘀血を持つている病気に用いられることは言うまでもないことである。
しかし、瘀血を持つているものでも、その中には、大黄牡丹皮湯、抵当湯、桃核承気湯等種々の駆瘀血剤があり、それぞれ特有の固有症状にしたがつて処方すべきこともまた当然のことである。すなわち、大黄牡丹皮証を呈するものは、大黄牡丹皮湯を与うべきであつて、他の駆瘀血剤のゆくところではない。
このように通導散を与うべき場合にもまた同様に固有症状がなければならないのである。この固有症がすなわち前記した通導散証として論じたもので、通導散証を呈する病気に通導散を処方すべきは、大黄牡丹皮湯の大黄牡丹皮湯証におけると同様である。すなわち、通導散の応用は通導散証を呈する病気に与えることであると約言されるのであるが、それならば、通導散証を呈する病気にはどういう種類のものがあるか、それを述べるのが本章の使命である。
内科
中風
中風、すなわち脳溢血、半身不随の場合に駆瘀血を試みることは、その理論と実際の上で、われわれ漢方医のとるべき常套手段である。それで、一貫堂においては瘀血を原因と観た中風には、あるいは桂枝茯苓湯、桃核承気湯、加減潤燥湯、上池飲を用い識こともあるが、瘀血多量で、通導散を呈する者には、特に婦人において通導散を用いるのである。そして、中風の原因としては、臓毒の関与することが多いから、防風通聖散と合方される場合が多い。
予防中風
中風の予防薬は古来多くの方法が講じられ、現代医学においても、その予防につ感ては研究に研究が重ねられている。 この問題については、漢方医学においても、かつて香月牛山は中風の予防薬は無いとまで言つたほどである。すなわち、平常、酒と美食をつつしむ以外に手がないと言つて、養生法をもつてもつぱら中風の予防法としたほどであつた。
それは、中風は、酒毒、食毒に因るものとされ、この二毒を体外に駆除することができたならば、中風の原因を除きえたことになるのであり、引いては中風の予防法となるというのである。
ただ単に一本の注射液で血圧を下げることが中風の予防ではない。なぜならば、血圧の上ることは病気の本体ではなく、結果であり、単に一つの徴候にすぎないからである。であるから、脳溢血の予防法は血圧の上昇によつて起こる血管硬化症に対して講じ現れなければならないのである。しかし、悲しいかな、これまでの医学においては、洋の東西を問わず、この願いはかなえられていないのである。
そこで、医学者はやむをえず血管硬化を治すということよりも、血管硬化症を起こす原因であるところのいわゆる酒毒、食毒の発生を防ぐ以外に方法が無いと言つたのである。
すなわち、中風予防法は酒食をつつしむほかに手の無いことを人に知らしめ、その衛生法の実行を要求して来たのである。しかし、そうかといつて、徹底したそういう摂生法はこの文明生活の世にあつては言うべくして行ない難いことである。最近の世情を見るに、人々は脳溢血恐怖症というか、血圧計の動きに日夜神経をいためるといつたありさまである。
しかし、ここに一つの救いがあるのである。それは、血管硬化症を起こす原因であるところの飲酒美食の摂制はとうてい守りえないとしても、それならば、その酒食の毒素の解毒排出の方法があれば、中風予防としてはそれでいいのではないかということである。
すなわち、原因のない処に結果は生じない理で、この食毒、酒毒を除きさえすれば、中風の予防もおのずからある程度達しられるというものであろう。いま西洋医学から眼を転じて漢方医学を観ると、幸いのことに、この宝物がわが医学の中にあることを知るのである。すなわち、漢方医学においては、むかしから食毒、酒毒の排泄方法を講じてきたのであつて、それは単に中風予防の目的ばかりではなく、すべての病気の原因駆除療法としてこれらの毒素を除くよう努力してきたのである。
前にも述べたように、漢方医学の建前は、軽気の原因として、食毒、瘀血、水毒を挙げ、その治療法を講じて来たのであるが、中風な原因はただ、食毒、酒毒に因るのではなく、瘀血、水毒、梅毒もまたこれに関係があるのである。すなわち、食毒、酒毒、水毒、梅毒である臓毒と瘀血の駆除を図ることが、中風予防の最大の眼目なのである。
それならば、中風予防であるところのこの駆瘀血、駆臓毒に対して、一貫堂ではどのような方法ととつているか、を述べよう。
脳溢血を起こす者はたいてい肥満しており、しかも大部分は赤ら顔で血色は良いものである。これはすなわち食毒の欝滞者であり、また瘀血の所有者であることは漢方を学ぶ者の誰れもが知るところであろう。この場合、われわれは駆瘀血を図るものとして通導散を用い、食毒を除くには防風通聖散を用いるのであ識から、さらに言い換えれば、中風予防法として、通導散あるいは防風通聖散を用い、またその両者の合方加減を用いるのである。
動脈硬化症の原因でうる梅毒に対しても、防風通聖散は緩和なる駆梅毒の作用があるからこれを用い、もし、通導散と防風通聖散とを運用するとしたならば、中風の原因である瘀血、酒毒、食毒、水毒、梅毒をみなことごとく除くことができるから中風予防法として最適の処方と言つてよいであろう。
それならば、これらの処方はどのぐらい長く服みつづけたならば血管硬化症、血圧上昇の予防となるかというに、それはこれまでも再三述べたように、これは根本的原因療法、すなわち予防法が目的であるから、生活が改善されない限り、壮年期以後は常に服用することが必要だということになるのである。しかし、これは前記した諸毒を駆逐して、体内に毒物が停滞しないようにさえすれば目的を達したことになるのであるから、からだに変調を感じたときにこれを用いて血液を清め、毒物を除けばよいのである。
以上は血管硬化症の予防法であるが、すでに血管の硬化症を起こし、血圧の高い者はなおさらこの方を用いてさらに病勢を促進させないよう、その原因を除くよう努力しなければならないのである。このような場合は、長いのは数ヵ月から一年ぐらいは続服させるようにしたいものである。
この処方の偉効として、血圧二百二十の患者で、西洋医の治療を受けてもどうにもならなかつた動脈硬化症か、防風通聖散一貼で快便を得、翌朝、血測が百七十に下がつて、当の患者よりも、むしろ主治医の方が驚いたという例もあつた。
欝征
欝症には、気欝、湿欝、熱欝、血欝、食欝、痰欝の六欝の別があつて、それぞれ論じられているが、通導散はその中の血欝によいのである。
いま血欝門の当帰活血湯の証を見ると、胃潰瘍の症候と一致するから、血欝とは瘀血欝滞を指すものであって、通導散が胃潰瘍に用いられるのはその薬能として血欝を治すからである。また、瘀血欝滞は、上逆、頭痛、眩暈、耳鳴、肩凝り、動悸等の症状を訴えることとなり、これらもこの通導散を用いるのである。
喘息
喘息の治療法は、発作時には小青竜湯加杏仁、石膏、悪識いは、麻杏甘石湯でたいていは沈静されるものであるが、すでに臓毒証体質のところで述べたように、喘息患者は一種の特異体質保持者であるから、発作を治すだけでは喘息治療の目的を達しえたとは言えないのである。すなわち、もつとさかのぼつて、喘息発作を起こさないようにする真の根本治療が必要なのであつて、したがつて、喘息患者の特異体質の改善を行なわなければならないのである。それには喘息患者の大部分はわれわれの言う防風通聖散証であるから、防風通聖散を用いることによって端息発作を起こさない体質に持つて行くことができるのである。これは一貫堂の一つの特色と言つてよいと思われる。
また婦人の場合、喘息患者のある者は通導散証を著明に呈している者であるが、そのようなときは、証に随つて通導散で駆瘀血を図らなければならないのである。すなわち、喘息患者のある者は、特に婦人の場合は瘀血に起因する喘息もあるということなのである。そのようなとき、防風通聖散を合方すればよいのである。
諸血
吐血とは胃から血を吐くことであるから、胃潰僕の出血を指すことが多いが、胃潰瘍は漢方医学的病理から論じるならば、瘀血が胃に蓄溜して、その結果、胃壁内に破れて出血する病気である。胃酸による胃壁の自己消化などは言わば結果であつて、原因ではない。であるから、胃潰瘍の治療法は瘀血駆除が第一の方法であつて、出血の療法もやはり瘀血駆除を図れば止血の目的を達することができるのである。そこで、普通われわれは胃潰瘍の出血には加味承気湯を用いるのであるが、さらに通導散末を頓服させるとよく効くものである。
衂血は鼻血のことで、血管硬化症に因る血圧亢進の結果よく鼻出血を来たすことがあるが、そのような者は駆瘀血剤として通導散を男女にかかわらず用いる。そのようなときは鼻出血の止血はもちろん、血圧上昇をも同時に下降させることができるのである。
咳血、喀血は肺結核に因る喀血を指すもので、通導散で止血を図ることはふつうないが、ただ婦人の場合、瘀血が溜滞して肺結核となり、突然大喀血を起こしたような場合は通導散を用いなければならないことがある。
便血とは肛門から血の下る病である。解毒証体質者の痔出血は「万病回春」の便血の項によると、清肺湯を用い、瘀血に因る痔出血に桂枝茯苓湯、桃核承気湯が用いられることが多いが、瘀血多量で、通導散証を現わすものには通導散に竜胆瀉肝湯を合方して、止血とともに痔疾の治療を図ることがある。
溺血とは腎膀胱ならびに尿道出血を意味するが、やはり、この方に竜胆瀉肝湯を合方とし、特に淋毒性膀胱炎の場合に用いられる。
眩暈・頭痛
眩暈のうち、血暈と称して、瘀血上衝の結果、眩暈するものにこの通導散がよく効く。そして婦人の眩暈はまずこの血暈が考えられ、それに対して通導散を用いるときは他の駆瘀血剤よりも遥かに著効があ識のである。
また、頭痛に対しても、瘀血に因るものは通導散を用いるのである。
癲狂
癲狂とは俗に言う気狂いのことで、医学的治療法としては最も困難な病気である。しかし、ふつうに言われるいわゆる産後の血の道、つまり瘀血が頭に上つて狂気したと言わ罪るもので、この通導散を用いてよく沈静させ、軽症英者を全治させたという例はたくさんある。
そのほか、婦人のヒステリー、神経衰弱、血の道と診断されるもに、中風の結果起こつた脳症状で瘀血が原因である者には通導散を用いている。
大、小便閉
通導散の条件に「大小便通ぜず」とあるように、瘀血のため便閉を来たす者、特にふつうは大便閉結を訴える者に通導散を用いる。また、婦人で便閉を起こす場合は瘀血に因ることが多く、したがつてそういう場合は通導散を用いるのである。しかし、瘀血による便閉は、たいていそのほかの徴候、すなわち、眩暈、頭痛、耳鳴、肩凝り等を同時に訴えるものであつて、便閉だけに対して通導散を与えるということはまずないと言つてもいいくらいである。
面病
面病とは言えないかも知れないが、婦人で顔が紅潮する者は通導散証の一徴候であり、瘀血上衝のためで通導散を与うべきものである。また、婦人の顔に小さな吹き出もののあるのも瘀血が原因する場合があり、そのようなものはやがて瘀血に因る病気を起こす危険があるから、病気予防の上からも通導散で駆瘀血を図り、吹出ものを治しておかなければならない。そのほか、酒のみの赤鼻、つまり酒皶鼻も通導散によつて駆瘀血を図ればよいのがある。
耳病
耳の炎症に通導散を用いることはないが、瘀血上衝に因る耳鳴には通導散はよく用いられる。
口舌
口舌の病は三焦の実火に因るもので、特に胃熱、心熱に属するものが多い。であるからその治療法としては、まず、胃熱を清くし、心熱を冷まさなければならない。しかし、婦人で、瘀血上衝を訴える者で、口舌に頑固なきずが出来てなかなか治らないような患者は通導散証を呈するから、通導散加地黄、黄連を与えれば他の症状とともに治るものである。
眼病
瘀血上衝のため、眼精疲労や羞明を訴える婦人で通導散証を呈する者が時々ある。また妊娠腎とか産後腎臓炎を病んで、蛋白尿性網膜炎を起こす婦人には往々通導散証を呈することがあり、防風通聖散と合方して治した例はたくさんある。その場合、同時に、患者の頭痛、頭重、眩暈、動悸、肩こり等も去ることは言うまでもない。
牙歯
虫歯は黴菌に因る歯の病気で、虫歯の痛みはそのために起こるのであるが、婦人の虫歯の痛みは、それと同時に一定の全身症状を訴えることが多い。すなわち、のぼせて、顔が紅潮するなどがそれである。それは瘀血上衝の証であつて、その場合の歯の痛みはただ虫歯だけが原因ではない。そのようなも英に止痛剤として麻痺剤を用いるのも一つの療法にはちがいないが、瘀血上衝を治せば歯の痛みは治るのである。その瘀血駆除として通導散が用いられる。
心腹痛
心腹痛のうち、血痛と通導散とは関係がある。一貫堂では、胃潰瘍の腹痛に加味承気湯を用いることが普通であ識が、通導散を用いることについてはすでに血欝門、諸血門の処で述べた通りである。
腰痛・脇痛
腰痛の原因としては、風、寒、湿の外感と、腎虚して腰痛するもの、また瘀血に因る場合などいろいろある。このようなものには、「万病回春」の腰痛の項を見ると、調栄活絡湯を用いてもよいが、婦人の瘀血に因る腰痛はやはり通導散の力をかりなければならない。そのような場合、ふつうは通導散そのままを用いることは少なく、竜胆瀉肝湯と合方して用いる場合が多い。
脇痛は瘀血に因る場合は疎肝湯証が多いが、通導散を必要とする者もある。
脚気
脚気で通導散のよく効く場合は、俗に言う血脚気で、これは瘀血に因るものである。また、産後の血脚気で、やや重症のものは通導散の力をからなければならない。
婦人科
経閉
経閉を起こす場合に二通りある。その一つは、実した者が血渋り、気が滞つて起こすものと、いま一つは虚した者が血脈枯渇して、経水を出す力がなくて経閉を起こす者の二つである。
前者の場合は、肥満した血肥りの婦人であつて、後者は結核性体質者のような虚弱者の経閉である。そして、通導散は前者の経閉には必要欠くことのできない処方である。
経閉は、経水となつて体外に排除されなければならない瘀血が体内に残つて蓄積されることによつて起こるのであるから、経閉と瘀血と病気は重大な関係があるのである。すなわち、経閉に因つて瘀血が作られ、その瘀血はまた因果的に経閉を招くということになるのであるから、瘀血の駆除は非常に大切なことである。それで、西洋医学では経閉して肥満した婦人を卵巣機能不全としてホルモン製剤を注射するが、漢方医学から見れば、それはたんに瘀血のいたずらにすぎないのであるから、瘀血の駆除を行なえば、同時に月経も調い、長年不妊であつた者も妊娠するようになるものである。
帯下
帯下を来す病気は、膣、子宮、喇叭管、卵巣等の急性慢性炎症にもとづくことが多く、これらの炎症は瘀血と切り離して考えることはできないのである。むかしから、婦人病の漢方薬というと、必ず血薬を加味しているほどであつて、婦人病に対する治療方法の第一は駆瘀血にあるのである。そして、これらの炎症に日常用いる駆瘀血剤としては、大黄牡丹皮湯、桃核承気湯、活血散瘀湯等があるが、通導散もまたこの目的のために用いられ、多くの場合、竜胆瀉肝湯と合方され、桃仁、牡丹皮を加えるのである。
崩漏
崩漏とは子宮出血のことであるが、単純な子宮出血、すなわち、瘀血溜滞のための子宮出血などは柴胡疎肝湯とともに通導散を用いて止血を図ることがある。しかし芎帰膠艾湯あるいは帰脾湯の止血作用とはおのずから別個の薬理に因るので、これらが補血理血を図つて止血を期するのに反して通導散の止血作用は駆瘀血に因る止血作用である。
産後
産後は瘀血が非常に溜滞しているので、まず何はおいても駆瘀血を図つておかないと産後のいろいろな病気を後に残す原因にもなるのである。あるいはまた、蓄積された瘀血は、経閉期の前後になつて、いろいろの難病のもとを培うことにもなるので、壮年期以後の婦人の病気は、すでに遠く産後の瘀血に原因を発しているとも言えるのであ識。
そこで、われわれは、普通の場合、芎帰調血飲第一加減を処方として用いるのであるが、瘀血が多量の場合はやはり通導散その他の駆瘀血剤を必要とするのである。
瘍科
金瘡
通導散本来の用途は、外傷、特に跌撲と言つて、打身に用うべき処方である。すなわち通導散の処方解説のところで述べたように、打身に因る瘀血は血熱を帯び、「大小便通ぜず、肚腹膨脹し、心腹に上攻して悶乱死に至る」のような急迫の重い症状を来すので、通導散はこの急迫症状を主治するように造られた処方である。
また、通導散は前記のような急迫症状以外に、普通の打撲傷でも、これを用いるときは、治癒経過を非常に短縮し、打撲傷における併発症ならびに、後遺症を招くような恐れは全くなくなると言つてもよいのである。
その他
バセドウ病
バセドウ病は、漢方医学的の病名としては蟹晴(かいせい)に相当するものであろう。蟹晴とは、「医宗金鑑」によると、「烏晴努出豆の如く、形蟹晴に似たり」云々とあるように、バセドウ病の眼球突出に一致するようである。
このバセドウ病の治療法として炙甘草湯を用いる者もあるが、これは、たんに動悸に対して処方されたものであつて、バセドウ病のほんとうの治療法とは言えないことがある。バセドウ病が婦人に多い理由は、本病は卵巣と関係があるためで、これはすでに西洋医学でも唱導されるようになつたが、甲状腺の腫大と相まつてホルモン説で説明のつくことである。そしてまた、本病と密接な関係のある卵巣機能は瘀血とも深い関係があることについてはすでに述べた通りである。したがつて、瘀血がまたバセドウ病の原因にどのような役割を演ずるかはすぐにわかることであろう。実際に治療をしていると、本病の婦人は瘀血を持つており、通導散の証を呈するものであることがよくわかるのである。
であるから、本病に通導散を用いるのは当然のことであり、事去、われわれの経験では、バセドウ病はこの通導散によつて治しうるのである。しかし、この場合、ふつうは竜胆瀉肝湯を合方し、桃仁、牡丹皮、側栢葉を加えることが多い。
心臓弁膜障害
心臓弁膜障害は漢方医学では心動悸として論じられるものであつて、心下悸、怔忡と混同されやすいが、後者は西洋医学的には神経性心悸亢進症として一括されるものであつて、弁膜障害とはおのずから本体はちがうのである。
そこで心臓弁膜障害の治療法であるが、これは一般には、原南洋の鍼砂湯を用いているが、われわれは婦人の場合は通導散と竜胆瀉肝湯の合方に桃仁、牡丹皮、側栢葉を加えて、非常に病気を軽快させることができるのである。この場合、方と証が合えばその効果の顕著なことは他の処方とは比袋にならないほどである。
この竜胆瀉肝湯を合方するわけは、心臓弁膜障害は肝臓肥大を伴い、また肝臓内血液欝滞の結果、肝経に緊張を現わして竜胆瀉肝湯証を呈する結果である。もちろん、心臓弁膜障害の高度のものを、再び正常の心臓に復旧させることは薬の力では困難である。
『漢方一貫堂の世界 -日本後世派の潮流』 松本克彦著 自然社刊
p.191
瘀血証
通導散
瘀血について
最近この瘀血という言葉はかなり一般化してきたようで、現代医学書にも瘀血症候群などという文字が出てくるようになった。ところでこの瘀血というのは一体どういう意味なのか漢和辞典で引いてみると、古血、悪い血等の説明があり、また瘀という一字だけでも血の病、血の循環悪しき病、上気(のぼせ)等の意味があるようである。要するに停滞している血液、循環障害、さらにこれがもたらす各種疾患状態等を引っくるめて瘀血ないしは瘀血証というのであろう。
矢数格先生は『一貫堂医学』の中で瘀血の成因について
一、月経閉止によるもの
二、産後
三、遺伝的体質
四、外傷歴
五、他疾患からの二次的形成
の五つに分類しておられ、左半身、特に左下腹部に症状が強く出ると指摘されているが、臍傍、左下腹部の圧痛は、古方では小腹急結といわれ、有名な瘀血の徴候である。
最近この瘀血証および瘀血を袪(のぞ)くといわれる瘀血剤、袪瘀血薬は、線溶凝固件、免疫複合体さらに内分泌系の紊乱に対して何らかの改善効果があるのではと考えられ、ひいては各種成人病や難治性の慢性病に対する新たな治療薬発見への期待も込められ、各方面で盛んに研究され始めているようである。
確かにこの古血(ふるち)を袪くといった茫洋たる概念には、さまざまな未知の可能性が秘められ、これが少しずつ解明されて現代医学に貢献するようになるのも時間の問題であろうが、ここでは今少し漢方的に立場から検討してみた感と思う。
瘀血と理気
先年中国に永年留学し、中医学について本格的に勉強してこられた宮川マリ先生が、新中国の新方「冠心二号」をめぐる話題として、中国でも初めのうちは循環障害即ち瘀血といった考えから、虚血性心疾患に対して各種袪瘀薬を試みていたが、どうも効果が永続きせず、これに気薬を入れることによって、はじめて期待した効果が得られたと話しておられた由である。
ちなみに「冠心二号」は、
丹参、赤芍、川芎、紅花…活血袪瘀
降香………………………降気散瘀
といった処方で、次の「冠心三号」は、
何首烏、丹参、鶏血藤、当帰…養血袪瘀
黄耆、香附子、破古紙…………理気益気
となっている。
しかしこのような気血の薬物の組み合せは今に始ったことではなく、中島先生が『古今方彙』についての講義の中で、「覚えておくと宜しい」といって紹介された処方の構成は以下の如きものである。
「腹痛門(万病回春)
活血湯
痛み移らざるところのものは、これ死(瘀)血なり。
当帰、赤芍、丹皮、桃仁、紅花、川芎………袪瘀薬
枳殻、香附子、木香、肉桂、延胡索…………理気薬
甘草……………………………………………調和薬
で袪瘀薬と理気薬から成り、「気血滞れば痛を発す」といわれるように、腹痛でもやはり気血を疎通させることが大切といった考え方で編まれたものであろう。
ただここで川芎や延胡索を気血いずれの薬物としてよいかにやや迷ったが、多種の化学物質からなる生薬は、気薬だ血薬だといっても当然さまざまな薬効を合せもち、一つの薬効に決めつけるのは本来無理なのかもしれない。
ところでこのような多種の薬効をもつといわれるものの一つに大黄がある。センノサイドを主成分とする下剤として有名だが、逆に下痢に使われることもあり、その他袪瘀だ清熱だと定まらず、以前どこかの研究会で物議をかもしたとのことである。
では中草薬学書によるその薬効を見てみよう(上海中医学院編)。
「一、大便燥結するに用いる。
二、火熱亢盛して血に迫り、上に溢る用いる。
三、産後の瘀滞による腹痛、月経不通、跌(てつ)(くじく)打損傷に用いる」
となっており、按語に「大黄は川軍ともいい、性は寒で苦泄し、これ一味で瀉火、破積(はしゃく)(食滞等)行瘀の要薬で、また少量の使用では健胃の作用もあり、臨床上の応用はかなり広範囲である」と記されている。
この大黄で下痢を止める場合は、調胃または瀉火による消炎作用によるものであろうが、またタンニンのもと収斂作用ともいわれている。ついでながら先般九州の山本広史先生が、「最近漢方を始めた若い先生が、大承気湯エキスを健胃剤としてとてもよいといって常用している」といっておられ、少量で調胃によいといわれる大黄の薬用量が、大承気湯でもエキスにすると、丁度健胃にぴったりとするのであろうが、要は使用量の問題にあるようである。
承気湯類
さて『傷寒論』でこの大黄が最初に出てくるのは調胃承気湯としてである。即ちその第二十九章(以下宋版の章数による。康平本では第十七章)の桂枝湯による誤治の治療に、
「……もし胃気和せず、讝(せん)語するものには、少しく調胃承気湯を与う。……
調胃承気湯方
大黄四両皮を去り清酒に浸す 甘草二両炙る 芒硝半斤……」
と紹介され、さらに第七十章(康平本第四十一章)に、
「発汗後悪寒するものは虚するが故なり。悪寒せずただ熱するものは実なり。まさに胃気を和すべし、調胃承気湯を与う」
と重ねて解説されているが、つまりは胃を調え、気を承ける(助ける)というのが、この方足になったのであろう。
そしてこの承気湯という名は、次には第一〇六章(康平本第六十章)に桃核承気湯として出てくるのである。その条文は、
「太陽病解せず、熱膀胱に結べば、その人狂の如く、血自(おの)ずから下る。その外解せざるものはなお未だ改むべからず。まさにまずその外を解し、外解し已(おわ)って、但(ただ)小腹急結するものは乃ちこれを攻むべし。桃核承気湯に宜し」
で調胃承気湯の趣きとはがらりと違ったものになっている。しかし内容から見ると、
「桃核承気湯方
核仁五十ヶ皮尖を去る 大黄四両 桂枝四両皮を去る 甘草二両炙る 芒硝二両」
で調胃承気湯方に桃仁、桂枝を加えただけのものであるが、主薬桃仁は袪瘀薬として代表的なものとされ、その薬効については中草薬学書では次のようになっている。即ち、
「一、血滞経閉。痛経(生理痛)、産後の瘀阻による腹痛。癥瘕積聚(ちょうかしゃくじゅ)(腹中の腫瘤やしこり)。
跌(てつ)打損傷による瘀滞の痛み、脇痛。及び肺癰(化膿症)腸癰等の症に用いる。
二、腸燥の便秘に用いられ、桃仁には潤燥滑腸の作用がある」
とされており、桃核(仁)承気湯については、やはり中医方剤学者(北京中医学院)に、
「桃仁、大黄は主薬で相互に配合することにより、桃仁の破血の効は増強され、大黄もまた瘀を逐(お)う。桂枝を本方に用いたのはその血脈を通じることによるもので、芒硝は軟堅消腫して大黄・桃仁の攻下を助ける。甘草は諸薬の峻烈を暖(ゆる)める」
と解説されているが、全方の意図するところは逐瘀につきるようである。
そして傷寒論承気湯群の最後にでてくるのが大小承気湯である。その第二〇八章(康平本第一〇三章)には、
「陽明病、脈遅、汗出ずといえども悪寒せざるものは、その身必ず重く、短気腹満して喘し、潮熱あり、手足濈然として汗出ずるものは大承気湯これを主る。
もし汗多く微かに発熱悪寒するものは、外未だ解せざるなり。その熱潮せずんば、未だ承気湯を与うべからず。
もし腹大いに満ちて通ぜざる者は、小承気湯を与えて微(すこ)しく胃気を和すべく、大いに泄下に致らしむること勿(なか)れ」
とあり、あまり下し過ぎてもいけないようであるが、処方は、
「大承気湯方
大黄四両酒洗 厚朴半斤炙る皮を去る 枳実三枚大なるもの炙る……」
で大黄の量は調胃承気湯から始まって、すべて等しく四両である。しかしここでは、気を利しつつ泄下する、つまり下剤としての意が強く、率朴、枳実、いずれも行気、破積(食滞等)の薬物で、大黄の瀉下作用を補助するものである。
さてこうして通覧してみると、調胃承気湯の調胃、桃核承気湯の袪瘀、、大小承気湯の瀉下という三種の承気湯の方意は、大黄のもつ三様の薬効をそのまま方剤に拡張したものであるが、同時に共通して承気の名が示すように、いずれも理気の意味合いが込められているといえよう。
加味承気湯から通導散へ
さて時代が下り、きの大承気湯の構成に桃核承気湯の方意を重ねたのが、龔廷賢の『万病回春』に見られる加味承気湯である。即ちその腹痛門に、
「加味承気湯
瘀血内停しで胸腹腫痛し、或は大便通ぜざる等の症を治す。
大黄・朴(芒)硝各三銭 枳実・厚朴、当帰・紅花各一銭 甘草五分病急なるものは用いず。
右一剤を挫して酒水各二鐘(升)に煎じて一鐘に至り温服す。仍(なお)虚実を量(はか)りて加減す」
とあり、 大承気湯に当帰、紅花という血薬を加え、袪瘀の性格を加味したものであるが、急病、激症の場合は、さらに甘草の緩和作用を除いて薬効を鋭くするのであろう。この同じ腹痛門には、この章のはじめに紹介した活血湯があるが、両者には明らかに虚実の違いがある。
そして矢数格先生もご指摘になっておられるように、瘀血証体質に対して五方の一つとして取り入れられた通導散は、おそらくこの加味承気湯からさらに発展したものであろう。即ちこれらと同じ『万病回春』の折傷門を開くと、
「折傷の者は多くは瘀血の凝滞あるなり……」
という書きだしで、
「通導散
跌撲損傷極めて重きを治す。大小便通ぜざれば乃ち瘀血散ぜず。肚腹膨脹して心腹を上攻し、悶乱して死に至る者を治す。
先ずこの薬を服して死血、瘀血を打下し、然る後方(まさ)に補損の薬を服すべし。酒飲を用いるべからず、癒(いよい)よ通ぜざるなり。また人の虚実を量(はか)りて用う。
大黄・芒硝・枳殻各二銭 川厚朴・当帰・陳皮・木通・紅花・蘇木各一銭 甘草五分
右一剤を挫して水煎して熱服す。利するをもって度となす。惟(ただ)孕(にん)婦小児は服すること勿(なか)れ」
ひとまずこれで瘀血を下し、次いで補損の剤、例えば気血双補の十全大補湯等に変えるのであろうが、加味承気湯版りさらに強いものとして孕婦には流産の怕(おそ)れありとして禁じている。
実はこれと同じ内容の処方は、『外科正宗』の跌撲門にも載っているが、ここでは大成湯という方名が付され、この名はその後さらに『医宗金鑑』にも引き継がれている。
しかし時代から見て、やはり龔廷賢の創作と見るのが妥当であるが、異名同方であるので注意を要する。なおこの『外科正宗』の条文は、
「大成湯
跌撲傷損、或は高きより墜下し、もって瘀血臓腑に流入を致し、昏沈して醒(さ)めず、大小便秘す。及び木杖の後瘀血内攻し、肚腹膨脹し、結胸して食せず。悪心乾嘔、大小便燥結するも、併せてこれを服す」
とやや具体的になっている。
ところで、この方の構成について整理してみると、
当帰、紅花、蘇木………活血袪瘀
厚朴、枳殻、陳皮………行気除痞
大黄、芒硝、甘草………調胃承気
木通……………………瀉火利水
で調胃承気湯あるいは大承気湯をベースにした血薬と気薬及び利水薬の組み合せであることはよく分るが、なおこのうち三種の血薬について少しく考えてみたい。
中草薬学書では各々の効能について、
当帰………補血調経、活血止痛
紅花……………活血袪瘀、通経
蘇木………行血袪瘀、止痛消腫
としており、紅花の活血と蘇木の行血とではやや行血の方が強いようにも感じられるが、当帰から蘇木までいずれにしても破血といった激しい表現はとっていない。ただこの紅花と蘇木とはいずれも赤くてやや毒々しい色をしており、いかにも血薬といった感じをもたせる。矢数道明先生の言葉として『一貫堂医学』にも次のような文がある。
「……瘀血証体質の人々は、多血質で鬱血性、顔の色は燃えるように赤く、皮膚も紫色に鬱血を来しておりまして、それに与える通導散という処方の中には、紅花や蘇木という赤い薬が浸山入っていて、丁度外観とそっくりの色をしているものであります……」
このような薬色と薬効との連想は、鶏血藤にも見られるが、この毒々しい色彩のせいか、あるいはそのものものしい条文のせいか、通導散は極めて激烈な薬であるといった印象を与えている。しかし内容から見ても、また私の使用経験からも、それ程強い薬とは思えず、薬用量によるのかもしれないが「すぐに補損の剤に変えよ」といった条文にも拘(かかわ)らず、体質改善剤として久服が可能なようである。一般に中国古典の条文はやや誇大に過ぎる傾向があり、現在の日本の臨床ではやや割り引いて考えないと使えないことが多い。
結局のところ通導散は、加味承気湯に蘇木のもつ止痛消腫と、木通の瀉火利水を加え、外傷に対する消腫利水の意を加えたもので、これはさらに厚朴、枳殻のもつ瀉水、破積に繋(つな)がり、袪瘀を中心に理気と消腫の意を加えたものといえる。したがって両者の条文に見られる程の違いは考えられず、だからこそ森道伯が五方の一つとして常用したのであろう。
嘗(か)つて中島先生は半ば冗談まじりに、「私に加減させたら減ばかりで、最後は大黄一味じゃ」と笑っておられたが、今回各種承気湯の方意を整理していく中で、この意味はある程度お分りいただけたと思う。ただ大黄のもつ清熱、理気、瀉下、袪瘀という四つの薬効のうち、結局は一体どれが重要なのかと考えたとき、今一度何故道伯が防風通聖散から清熱薬として荊芥連翹湯を分離したかを想い起して見る必要があろう。荊芥連翹湯をはじめ一連の清熱解毒薬には、すべて大黄、芒硝は含まれておらず、防風通聖散の中の調胃承気湯は、瘀血証に対する通導散としてここに復活しているのである。中島先生は生前の道伯には殆どお会いになったことはないと伺っている。しかしこのことにつ感ては、端的にただ一言「瘀は後に落とす」と表現しておられる。
気・血・水の病理は互いに錯綜し、生薬の薬効は定め難く、患者の証は移ろいやすく捕え難い。ただ漢方の名医達は、この曖昧模糊とした世界を明瞭に見分け、くっきりと仕分けをしているようである。そのためには鋭い観察眼と、深い洞察力、そして永い年月の経験の集積が必要なのであろう。
副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
肝臓:肝機能異常(AST(GOT) 、ALT(GPT) の上昇等
[理由]
本剤によると思われるAST(GOT)、ALT(GPT)の上昇等の肝機能異常が報告されているため。
(企業報告)
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等
[理由]
本剤には大黄(ダイオウ)・当帰(トウキ)・無水芒硝(ボウショウ)が含まれているため、 食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されているため。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。