p.374 筋肉リウマチ・関節炎・坐骨神経痛・脚気
86 疎経活血湯(そけいかっけつとう) 〔万病回春〕
芍薬二・五 当帰・川芎・地黄・蒼朮・桃仁・茯苓 各二・〇 牛膝・威霊仙・防已・
羗活・防風・竜胆・白芷・陳皮 各一・五 甘草・乾生姜 各一・〇
〔応用〕 方名のように、経を疎し、経を通じ、血を活かすというもので、筋絡中の滞血をめぐらし、風湿を去るという意味である。
本方は主として筋肉リウマチ・痛風・漿液性膝関節炎・腰痛・坐骨神経痛・痿躄(下肢麻痺)・脚気・浮腫・半身不髓・高血圧・産後の血栓性疼痛等に応用される。
〔目標〕 瘀血と水毒と風寒を兼ね、筋肉・関節痛・神経に疼痛を発し、とくに腰より以下に発した痛みを目標にして用いられる。酒色を好むものに多く、内傷と外感によって起こる。
〔方解〕 当帰・芍薬・川芎・地黄・桃仁は四物湯加桃仁で下腹部の滞血をめぐらし、茯苓・蒼朮・陳皮・羗活・白芷等は威霊仙・防已・竜胆とともに腰脚の風と湿を去るものである。牛膝はとくに湿を除き、腰脚の疼痛を治す働きがある。
〔加減〕 本方の証で一層下肢の疼痛や不随を治すものとして、木瓜・木通・黄柏・薏苡仁を加え足疼加減と称する。
〔主治〕
万病回春(痛風門)に、「遍身(全身)走痛シテ刺スガ如ク、左ノ足痛ムコト尤モ甚シ、左ハ血ニ属ス、多ク酒色損傷ニヨツテ筋脈虚空シテ、風寒湿ヲ被リ、熱内ニ感ジ、熱ニ寒ヲ包(カ)ヌ、則チ痛ミ筋絡ヲ傷ル、是ヲ以テ昼軽ク夜重シ、宜シク以テ経ヲ疎シ、血ヲ活カシ、湿ヲ行ラスベシ。此レ白虎歴節風(多発性関節リウマチ)ニ非ザルナリ」とある。
山田業精翁(温知医談)は、「此の方至って多味雑駁なるをもって、或は抹殺して用いざるものあり、(中略)然れども今これを実際に験するに優れりと思わる。余が家此の方を常用として屢々偉効を奏す。按ずるに此の方四物湯より出て、清湿化痰湯の意を帯ぶ。故によく筋絡中の滞血を疎通し、風湿を駆逐す。主治の文贅語多し、須く遍身直痛刺す如く、筋脈虚空、風寒湿を被り、熱に寒を包(カ)ね、則ち痛み筋絡を傷る、の数句に着目すべし、必ずしも足の左右及び昼軽く夜重しの文に拘泥すべからず。宜しく以て経を疎し、血を活かし、湿を行らすべし、此れ白虎歴節風に非ざるなり、の二句其の方意を尽くすと謂うべし」といっている。
〔鑑別〕
○舒筋立安散 常55 (多発性の関節痛に用いる)
〔治例〕
(一) 産後下肢腫痛
池の端の菓子屋の娘。年は十九。産後の下り物が多く、続いて右足が大いに浮腫を来して疼痛甚しく、痛み忍び難く昼夜眠ることができない。食欲不振、口潤、時に発熱し、下痢日に二~三行。小便不利、腹は硬くて膨満し、圧痛があった。脈は浮数で、舌には白苔がある。父業広は瘀血が原因であるからといって、疎経活血湯を与えた。五日後その痛みは大半去り、浮腫は左の脚に移って右脚は全く去った。しかし、続いて同じ処方を与えて全く癒えた。
(山田業精翁、温知医談 五八号)
(二) 下肢麻痺
茨城県下館市の床屋の主婦で、脊髄腫瘍という病名をつけられ、一年ほど前から
全く歩くことも立つこともできず、ダルマのようだといわれ、家の者が二人で抱いて運んでいた。初診のときも三人がかりで来院した。
患者は八年前に胸部に打撲傷をうけたことがあり、妊娠中絶を何度もや改aたので、下腹部に瘀血が認められた。そこで疎経活血湯に足疼加減をして与えたところ、一ヵ月の後に少し足が動くようであるという。三ヵ月後には自分で床の上に起き直ることができ、半年後にはひとりで歩けるようになった。一年後には全く普通人と変わりなきまでに回復し、奇跡的治癒として県下の評判になった。
(矢数格、漢方の臨床 七巻七号)
(三) 右膝関節痛と全身筋肉痛
六五歳の婦人。二ヵ月来全身の筋肉痛を発し、起居全く自由を失い、床の中で不動の姿勢をとっていた。右足の関節痛が最もひどい。
顔面蒼白で、すっかり痩せ衰え、熱はなく、便秘している。疎経活血湯加木瓜・木通・薏苡仁を遅えたが、一週間で疼痛の大半を減じ、二週間後に顔色もよく、体力を充実し、起歩自由になった。
(著者治験、漢方百話)
『明解漢方処方』 西岡一夫著 ナニワ社刊
39 疎経活血湯 (万病回春)
芍薬二・五 当帰 川芎 熟地黄 蒼朮 桃仁 茯苓 各二・〇 牛膝 威霊 防已 羗活 防風 竜胆 白芷 陳皮 各一・五 甘草 生姜 各一・〇(二八・五)
甚だ多味で方意を理解し難いが、思うに四物湯を原方として、これに発表利尿剤を加味したような内容であって、瘀血が原因で起こる慢性リウマチ、神経痛に用いられる。古方なら当帰芍薬散を中心に桃仁などを加えたものに相当するだろう。矢数道明氏が本方証の目標を青ぶくれした婦人に置いておられる点も当帰芍薬散を連想させる。瘀血剤の苦情が左に多いことは桃核承気湯、桂枝茯苓丸などで述べた処であるが、本方のリウマチによs疼痛も左に多く、また瘀血によるものゆえ昼間より夜間に多い。瘀血を目標とするから婦人に適応者の多いのは当然だが、男性でも酒客には、瘀血によるりうまちがある。瘀血性リウマチ。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
疎経活血湯(そけいかっけつとう) [万病回春]
【方意】 瘀血・血虚と水毒による主に下半身の疼痛・麻痺のあるもの。しばしば瘀血・血虚による下肢の鬱血等と、水毒・による下肢の浮腫・こわばり等を伴う。
《太陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
血虚・瘀血 | 水毒 | |||
主証 | 主に下半身の ◎関節痛 ◎神経痛 ◎筋肉痛 ◎麻痺 | 主に下半身の ◎関節痛 ◎神経痛 ◎筋肉痛 ◎麻痺 | ||
客証 | ○下肢の鬱血 血栓 紫斑 出血 下腹部圧痛 月経異常 夜間疼痛増強 | ○下肢の浮腫 軟弱な筋肉 関節水腫 手足冷 尿不利 下痢 |
【脈候】 やや軟・やや弱・沈細
【舌候】 淡紅舌。湿潤して無苔、または微白苔。
【腹候】 腹力やや軟。時に下腹部に抵抗と圧痛がある。
【病位・虚実】 本方は構成病態は、血虚傾向のある瘀血と水毒であり太陰病に相当する。脈力および腹力共に低下し虚証である。
【構成生薬】 芍薬2.5 当帰2.0 熟地黄2.0 蒼朮2.0 川芎2.0 桃仁2.0 茯苓2.0 牛膝1.5 威霊仙1.5 防已1.5 羗活1.5 防風1.5 竜胆1.5 陳皮1.5 白芷1.0 甘草1.0
【方解】 防已・蒼朮・茯苓は利水作用を有し、水毒に対応して浮腫・関節痛・関節水腫・四肢のこわばり等を治す。防風・羗活・白芷・威霊仙は鎮痛・鎮痙作用を持ち、防已・蒼朮・茯苓と協力して疼痛・麻痺を治す。竜胆は苦味健胃作用の他に、消炎・解熱作用があり鎮痛にも寄与する。桃仁・牛膝は駆瘀血作用があり血栓・鬱血を治し、これも疼痛・麻痺を去る。当帰・芍薬・川芎・熟地黄の四物湯は補血作用があり血虚を主り、脱力に有効である。陳皮・生姜は他薬の脾胃への作用を穏やかにし、甘草は諸薬を調和し増強する。
【方意の幅および応用】
A1 瘀血・血虚+水毒:疼痛・麻痺を目標にする場合
関節リウマチ、関節炎、痛風、腰痛症、筋肉痛、坐骨神経痛、産後の血栓性疼痛、打撲、脳血出後遺症、下肢麻痺
2 瘀血・血虚+水毒:浮腫・鬱血を目標にする場合。
脚気、下腿浮腫、リウマチ性紫斑病、高血圧症
【参考】 *遍身走痛して刺すが如く、左の足痛むこと尤も甚だし。左は血に属す。多く酒食損傷によって筋殺空虚にして風寒を被り、湿熱内に熱じ、熱、寒に包まるるときは、則ち痛み筋絡を傷る。是を以て昼軽く夜重し。宜しく以て経を疎し、血を活かし、湿を行らすべし。此れ白虎歴節風(多発性関節リウマチ)に非ざるなり。
『万病回春』
*此の方は四物湯を原方として清湿化痰湯の加減をしたもので、算絡中の滞血を疎通し、風湿を駆逐する剤である。経を疎し、血を活かし、湿を行らす。此の症は多く平生酒肉を嗜む者が、内に湿熱を醸し、房事を過して血脈衰え、加うるに風寒湿に感じて本症を起す。所謂筋肉リウマチ、痛風等の病にこの症が多い。必しも足の左右、昼軽夜重の文字に拘わらず用いて良い。薬味多く酒製を用いるがそのままでもよい。
『漢方後世要方解説』
*本方意の疼痛は末梢循環不全が関与するため、安静が循環動態にかえって悪影響を及ぼし、夜間痛、起床時の腰痛、明け方の下腿痛を訴える傾向がある。
*本方意には時に悪寒・発熱がみられる。
【腹候】 腹力やや軟。時に下腹部に抵抗と圧痛がある。
【病位・虚実】 本方は構成病態は、血虚傾向のある瘀血と水毒であり太陰病に相当する。脈力および腹力共に低下し虚証である。
【構成生薬】 芍薬2.5 当帰2.0 熟地黄2.0 蒼朮2.0 川芎2.0 桃仁2.0 茯苓2.0 牛膝1.5 威霊仙1.5 防已1.5 羗活1.5 防風1.5 竜胆1.5 陳皮1.5 白芷1.0 甘草1.0
【方解】 防已・蒼朮・茯苓は利水作用を有し、水毒に対応して浮腫・関節痛・関節水腫・四肢のこわばり等を治す。防風・羗活・白芷・威霊仙は鎮痛・鎮痙作用を持ち、防已・蒼朮・茯苓と協力して疼痛・麻痺を治す。竜胆は苦味健胃作用の他に、消炎・解熱作用があり鎮痛にも寄与する。桃仁・牛膝は駆瘀血作用があり血栓・鬱血を治し、これも疼痛・麻痺を去る。当帰・芍薬・川芎・熟地黄の四物湯は補血作用があり血虚を主り、脱力に有効である。陳皮・生姜は他薬の脾胃への作用を穏やかにし、甘草は諸薬を調和し増強する。
【方意の幅および応用】
A1 瘀血・血虚+水毒:疼痛・麻痺を目標にする場合
関節リウマチ、関節炎、痛風、腰痛症、筋肉痛、坐骨神経痛、産後の血栓性疼痛、打撲、脳血出後遺症、下肢麻痺
2 瘀血・血虚+水毒:浮腫・鬱血を目標にする場合。
脚気、下腿浮腫、リウマチ性紫斑病、高血圧症
【参考】 *遍身走痛して刺すが如く、左の足痛むこと尤も甚だし。左は血に属す。多く酒食損傷によって筋殺空虚にして風寒を被り、湿熱内に熱じ、熱、寒に包まるるときは、則ち痛み筋絡を傷る。是を以て昼軽く夜重し。宜しく以て経を疎し、血を活かし、湿を行らすべし。此れ白虎歴節風(多発性関節リウマチ)に非ざるなり。
『万病回春』
*此の方は四物湯を原方として清湿化痰湯の加減をしたもので、算絡中の滞血を疎通し、風湿を駆逐する剤である。経を疎し、血を活かし、湿を行らす。此の症は多く平生酒肉を嗜む者が、内に湿熱を醸し、房事を過して血脈衰え、加うるに風寒湿に感じて本症を起す。所謂筋肉リウマチ、痛風等の病にこの症が多い。必しも足の左右、昼軽夜重の文字に拘わらず用いて良い。薬味多く酒製を用いるがそのままでもよい。
『漢方後世要方解説』
*本方意の疼痛は末梢循環不全が関与するため、安静が循環動態にかえって悪影響を及ぼし、夜間痛、起床時の腰痛、明け方の下腿痛を訴える傾向がある。
*本方意には時に悪寒・発熱がみられる。
【症例】 右下肢静脈血栓症
50歳の婦人、生来痩せていたが、更年期になって肥満してきた。訴えを聞くと約3ヵ月前から、左の下肢全体が浮腫状となり、板のように堅くむくんで、立っていたり何か仕事をしたりすると、どうにも足が倦く痛み、気持ち悪くなり、腫れがひどくなるという。みるとなるほど左に比べて1.5倍に太くなり圧迫して応ると相当堅い。強圧を加えると陥凹するが間もなく戻り、一般腎炎のときの浮腫とは異なり、静脈血栓によるものの如くである。よく聞くとこの半年ぐらい生理が不順であったりなかったりしていたが、3ヵ月間は全く止まっているという。腹診すると臍傍、臍下にひどい抵抗圧痛の瘀血の症状を呈している。血圧は130/80で平常である。食思便通共に普通である。2年ほど前に生理が止まったとき、恐ろしい大量の衂血を起こしたことがあった。すなわち経逆であった。腹証により瘀血による下肢静脈血栓症となし疎経活血湯足疼加減(加木瓜・木通・黄柏・薏苡仁各2.0)を与えた。これを服用すること10日間で、腫れは次第に消退し、疼痛も去り1ヵ月後再診したときはほとんど左右同じ位になった。起居動作に何等の苦痛も訴えず、2ヵ月間続服して全治の状態になった。
矢数道明 『漢方治療百話』 第四集284
関節リウマチ
十数年前、関節リウマチのために廃人化し、しかもなお激痛に苦しんでいるという、75歳の老女を往診したことがあった。20余年前の発病でこれまで多くの有名病院、有名医家にかかってあらゆる療法を受けてきたが、全く回復に向かわなかったという。両手広足とも指趾が全部拘縮変形し、更に両腕両脚とも付け根のところで拘縮している。しかも今なお刺すような痛みに苦しめられており、温浴するとしばらく堪えやすいので、2~3時間おきに2人のお手伝いさんに両側から抱えられて湯に浸るのだという。
長い病気と老齢のために全身状態は虚証。さくら色に赤みざした白い肌色や顔色は瘀血型の体質を示し、腹証をみると全体に軟弱ではあるが、拘攣硬結の症状はない。私は疎経活血湯を投薬した。2~3日して電話があり、「痛みが急に軽くなり、病人は何年ぶりかで笑顔をみせた」と知らせて来た。
1ヵ月ほど服薬を続け苦痛はなくなった。
木村佐京 『漢方の臨床』15・11・12合併・170
『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.61理血の剤
方名及び主治 | 七一 疎経活血湯(ソケイカッケツ) 万病回春 痛風門 ○遍身直痛して刺すが如く、左の足痛むこと尤も甚だし、左は血に属す、多く酒食損傷によって筋脈空虚にして風寒湿を被り、熱内に感じ、熱に寒を包(カ)ぬ。則ち痛み筋絡を傷る。是を以て昼軽く夜重し。宜しく以て経を疎し、血を活かし、湿を行らすべし。此れ白虎歴節風に非ざるなり。 △白虎歴節風は即ち多発性関節リウマチである。 |
処方及び薬能 | 芍薬二・五 当帰 川芎 地黄 蒼朮 桃仁 茯苓各二 牛膝 威霊 防已 羗活 防風 龍胆 白芷 陳皮各一・五 甘草 生姜各一 威霊=腰膝冷痛風湿をなす。 防已=風湿脚痛を治す。 白芷=陽明経風熱を治す。 龍胆=下焦の湿腫、肝経熱煩を治す。 文献 疎経活血湯方について 漢方と漢薬 第三巻 四号…………矢数道明 |
解説及び応用 | ○此方は四物湯を原方として消湿化痰の加減をしたもので、筋絡中の滞血を疎通し、風湿を駆逐する剤である。経を疎し、血を活かし、湿を行らす。此症は多く平生酒肉を嗜む者が、内に湿熱を醸し、房事を過して血脈衰え、加うるに風寒湿い感じて本症を起す。所謂筋肉リウマチ、痛風等の病にこの症が多い。 必ずしも足の左右、昼軽夜重の文字に拘わらず用いてよい。薬味多く酒製を用いるがそのままでもよい。 ○応用 ① 急性慢性筋肉リウマチ、② 漿液性関節炎、③ 腰痛、④ 坐骨神経痛、⑤ 月経閉止、⑥ 脚気、⑦ 浮腫、⑧ 半身不随、⑨ 高血圧。 |
『漢方治療百話 第一集』 矢数道明著 創元社刊
p.197
疎経活血湯について
緒論
「温知医談」第五十八号に、山田業精氏の記述による疎経活血湯(そけいかっけつとう)治験という一文がある。同方は先師森道伯翁が好んで運用されたものであって、私もまた近ごろまで同方を用いること十数例に及び、しばしば予想外の偉効を樹てたことがあった。よってここに治験の見るべきもの数例を選喜で、同湯の処方解説を試みてみようと思う。
山田業精氏は温知医談で
「疎経活血湯は万病回春巻五痛風門載する処の方にして、甲賀通元の方彙之を引載す。此の方至って多味雑駁なるを以て、或は抹殺して用いらずものあり。劉桂山の観聚方に、正伝の加味四物湯を引いて此の方を掲げず、蓋し雑駁を忌む歟。然れども今之を実際に験するに此方優れりと思はる。最も加味四物湯方中へ、防風、羗活、蒼朮、防已、威霊仙の五味を加ふれば即ち疎経活血湯となりて事足れども、却って雑駁の恐れ多し。余が家此の方を常用として屢々偉効を奏したれば、晋天同盟を請はんがため敢て治験を左方に掲げ、併せて管見を演び、云々」
とのべている。
僧経然f先師運用の実際を見聞し、自らもこれを試用して奏効しばしばであったが、同湯はその処方の多味、その構成の雑駁、往々にして無稽に近いものがあったので、これについてはつき進んだ研究をおこたっていたところ、近ごろ右のような山田業精氏の一文を読むにおよんで、同氏の説に深く共鳴かつ啓発されるところがあり、積年の欝塞が初めてひらけたように、津々たる興味を覚えたので、私も同様読者の高評をいただきたく、かれこれを参照して同方の運用を総括して、ここに発表する次第である。
丈経活血湯の主治及び処方
さて「万病回春」の痛風門に挙げられた疎経活血湯の主治とするところの文章を掲げてみると、
「遍身走痛して、日は軽く夜は重き者は是れ血虚なり。
遍身走痛して刺すが如く、左の足痛むこと尤も甚しきを治す。左は血に属す、多く酒色損傷に因て、筋脈虚空にして風寒湿を被り。熱内に感じ、熱に寒を包(か)ぬ、則ち痛み筋絡を傷る、是を以て昼軽く、夜重し、宜しく経を疎し、血を活かし、湿を行らすべし、此れ白虎歴節風に非ざる也。」
とある。すなわちこの文の一通りの意味は血虚の症の人が、酒色損傷等、体力衰えて、筋脈虚空のところへ、風寒湿を受け、熱に寒をかねて筋絡を傷つけ痛みを発し、一身あまねく刺すような痛みが走るのである。これは血に属するのであるから昼は軽く夜は重い。宜しく経を疎し、血を活し、湿を行らすべきである。これは現代で言う筋肉痛、神経痛等の類であって、多発性関節ロイマチスではない。という意味である。
疎経活血湯の処方ならびに加減方は
「生地黄(酒洗) 蒼朮(米泔浸) 牛膝(酒洗) 陳皮(去白) 威霊仙(酒洗) 桃心(去皮尖炒)各一銭 川芎、漢防已(酒洗) 羗活 防風 竜胆草 白芷各六分 茯苓七分 甘草四分 当帰(酒洗)一銭二分 白芍(酒洗)一銭半
右剉みて一剤とし、生姜三片を加え、水煎し、空心に温服す、生冷湿物を忌む。
○痰あるには南星、半夏各一銭を加う。 ○如し、身上及臂痛するには薄桂を加う。 ○如し下身並足疼には、木瓜、木通、黄柏、薏苡各一銭を加う。 ○如(も)し気虚せば人参、白朮、亀板各七分を加う。 ○如し血虚せば四物湯倍し、紅花一銭を加う。」とある。
同方の薬は原本によると、ほとんど酒で修治を施している。これは充分に経をめぐらし、血を巡らすに役立つものであるが、煎後に酒を加えてもよいであろうし、修治を施さなくても効果はあるように思う。右一日量をグラム量に換算してみると。
芍薬二・五 当帰 川芎 地黄 蒼朮 桃仁 茯苓各二・〇 牛膝 威霊 防已 羗活 防風 竜胆 白芷 陳皮各一・五 甘草 生姜各一・〇
右一日量として三回分服、痛みの激しい場所に応じて方後の加減法即ち各一・五を加えるのである。
疎経活血湯に版る治験例
(一) 患者は牛込区柳町、大畠氏妻五十歳、昭和十一年一月二十日初診
数年来慢性腎炎の既往歴があるが、大して苦状もなく経過して来た。本月四日夕刻突然昏倒し、意識が全く不明となり言語不能、口眼禍斜し、医師を招いて尿毒症の診断を受けた。葡萄糖、強心剤の注射と百方手を尽したが、病態は依然として変りがない。その後十日を経て病状はにわかに悪化し、右半身、手足、頭頸、肩背、等皆強直痙攣を発し、着物がこれに触れても堪え難い激痛を訴える。昨朝肛門から鮮血大いに下り、全身一時に疲労したと言う。診ると脈が沈微細で絶えんとしている。腹は軟弱陥没し、皮膚は枯燥、津液は全く枯れ、舌を見ようとしても口が開かず、かろうじてこれを熟視す識と舌乳禍は全然消失し、粘滑の状はちょうど表皮を剝いだ筋肉のようである。しかも乾燥して舌は動き難く口渇を訴える。不眠症で便秘し、さらに熱状がない。小便は普通、顔色は蒼白で無欲の状は仮面を見るようである。全身の疲労困ぱいの状はとうてい治療の見込みが立たないように思われる。これは附子剤の行くべきところかもしれないが今適方に迷ったので血虚、筋絡疼痛を眼目として疎経活血湯加木通、薏苡仁を自信のないままに与え、家人には病はすでに深く、津液枯涸し、陰陽ともに虚しているからほとんど望みはないと告げた。看護だけは充分つくしてほしいと言うと家人は答えて、前の医者も同じ意見であるから、今は漢薬をのんで生死はただ天に委せるだけだと言う。そこで同方を服用すること三日、翌日から諸症歴然と快方におもむき、日毎に体力増進して、右半身の痙攣疼痛は去り、三週間の後には床の上に座り、一ヵ月の後には室内を歩けるようになった。現在はほとんど起臥自由で、ただ肩の関節や膝の関節が運動の時にすこし痛みを残すぐらいとなった。それで家人も知人も前の医者もその奇跡的なのに驚き。私も自分ながらふしぎで自信なく与えたものが、たまたま的中してこのような効をえたことはまことに幸いであった。まったくこれは偶然であった。
(二) 患者は千葉県下の新木氏の妻、六十五歳。
昭和十一年二月初旬、二ヵ月来全身に筋肉痛を訴え、起臥全く自由を失し、床の中に不動の姿勢をとり何も食べられない。右名の関節痛ゃ最もひどいと言う。顔面は蒼白でやせおとろえ、熱はなく便秘し、小水は異状がない。そこで疎経活血湯加木通、薏苡仁を与えた。これをのむと一週間で疼痛はその七八割を減じ、続服すること二週間で、顔色は一変し、体力も充実し、自由に起きて歩けるようになり頻死を伝えられて重患だったが、一ヵ月あまりで病前に優る体力を得、家事一切をきりまわすようなからだになった。その偉効は村の人々もみな感嘆した。
(三) 患者は茨城県下、笹川氏の夫人、年四十六歳。
六年前腎臓炎を痛み、慢性となって一進一退、時々自面足蹠に浮腫を発し、血圧は二〇〇-二五〇で、現在は尿中に蛋白は無い。主訴は右半身の運動障害と、知覚麻痺で、歩いたりすると関節痛を発するので、半年ほどねたきりだという。頭痛あり、熱なく大小便に異状がない。主治医の容態書によって疎経活血湯加木通、薏苡仁を与えた。服用すること一週間。効果顕著なりとの報告があった。三週間で起きて歩けるようになったという。
(四) 患者は浅草区、秋田氏の妻、年四十一歳。
去る二月中旬、秋田氏宅へ往診の際、フトその内室の様子を熟視すると、やせおとろえて、顔色勝れず、動作いかにも不自由である。試みに、経血の有無を問うと、あったり無かったりで一年に数えるほどだという。また一度も妊娠したことがない。その脈を診ると沈細、腰脚は厥冷し、約一ヵ月来全身の筋肉に疼痛を発し、前陰部の痛みも堪え難いと訴える。そこで疎経活血湯方に木通、薏苡仁、大黄を加え、前陰には甘草煎で湿布させた。同湯を服用すること三日ほどで筋の痛みは全く去り、前陰の腫痛もよくなった。
(五) 患者は品川区、佐藤氏の妻、年三十一歳。
四年越しの関節リウマチで左の関節は畸形となり腫張し、歩行不自由で杖に頼り、屈伸不能で座する時は左足を伸ばしたままである。その他上肢に時々微かな痛みがあり、月経は不順で、腹診すると瘀血の症状がひどい。そこで疎経活血湯加木通、木瓜、薏苡仁に桃核承気丸を兼用した。すると日々に諸症緩解し、経血も正常に復し、半歳ほどで起きて歩けるようになった。
右に述べた治験のすべてが婦人であって、私は未だ男子に応用したのはわずか二例に過ぎない。山田氏の治験を見てもその引用した五例のうち男子は唯一例だけである。それて参考のため山田業精氏の治験の二三を転載してみよう。
(一) 湯島牛幸門町直江氏の老母七十余、平素壮健なり、一日俄に腰脚痛を発し、但だ俛して仰ぐこと能わず、験疝の剤数十方を投ずれども効なし。因て先考に詢り、疎経活血湯加紅花を与うるに三日を出ずして癒ゆ。
(二) 丸山菊坂町五十三番地、井坂宣高妻年三十余、産後水腫を患い、追々募り、頭面四肢大に浮腫し、腹は如皷、大便不通小便短少飲食せず、脈沈微なり其悪露の多少を問いに至って少しと云う。即ち逐瘀飲を与るに六日を経て効なく時々水飲を吐す、十日目に及び二便とも大いに利し、続いて用い、浮腫腹満全く去る。而して両脚攣痛歩行し難し。及先考に謀り、疎経活血湯加紅四を与へ経水大に来り、その痛悉く去る。
(三) 池の端茅町菓子屋の娘、年十九、産後悪露少く、続いて右足大いに浮腫焮痛し、痛忍び難く昼夜眠らず、不食喜喝時々発熱、下利日に二三行、小便不利、腹鞕満、按ずれば即ち痛む、其脈は浮数、舌上白苔なり、先考以て瘀血となし、処するに疎経活血湯を以てす。之を与うる五日其痛大いに去る。而して其浮腫左足に移り、右足は尽く去る。続いて用い全く癒ゆ、云々後略。
温知医談山田氏の文章の終りに、浅田宗伯がこれを評して「疎経活血湯治案周備後進の規範となすべし」と言い、また岡田滄海氏は「達用之妙学者佩服せざる可からず」と附記しているが、まことに適評だと思われる。
薬能解説
疎経活血湯の処方構成の眼目は、その方名の示すように、経を疎し、血を活かし、湿を行らす、の三条に尽きる。
いまこの見地に立って私の最もしばしば運用した同湯加木通、薏苡仁の各薬味の主治を要約分類してみると、
疎経の剤=桃仁、陳皮、白芷、芍薬、茯苓。活血の剤=当帰、地黄、芍薬、川芎。行湿の剤=蒼朮、羗活、牛膝、薏苡仁、防已、竜胆、威霊仙、木瓜、茯苓、木通。逐瘀の剤=当帰、桃仁、地黄。
となる。
この処方の分量を見ると活血の剤が量的に君位にあり、行湿の剤が数的には多い。私は本方証の標準を多く青ぶくれのした婦人に置いているのであるが、その活血行湿の必要がこれによって了解できると思う。もし瘀血の多い者には紅花を加え、あるいは他に駆瘀血剤を兼用する。また、本方の患者は血燥による便閉を訴えるものが多い。大黄を加えてさしつかえないと思う。
山田氏は本方の方意を次のように述べている。
按ずるに此方四物湯より出て、清湿化痰の意を帯ぶ、故によく筋絡中の滞血を疎通し、風湿を駆逐す、主治の文贅語多し。須く遍身走痛如刺、筋脈虚空、被風寒湿、熱包於寒則痛傷筋絡の数句へ着眼すべし、必ずしも足の左右及昼軽夜重の文に拘泥すべからず、宜以疎経活血行湿、此非白虎歴節風也の二句其方意を尽すと謂うべし。薬味大低酒製を用ゆ、甚だ味いあり、痛劇しく冷ゆる者に酒少許を加え煎服せしむれば極めて功あり。即ち当帰四逆加呉茱萸生姜湯方後清酒を入るるの意にて疎血を通ずるに資するなり。或は方法によりて紅花を加入するに亦妙なり。」
この一文はよく本方の方意を語るものであるが、私は主として遍身直痛、すなわち全身筋痛に多くその効を見た。山田氏は腰、脚の攣痛に運用したのが多い。また右の数例によって見ると、遍身走痛を起こす患者は慢性腎臓炎の罹病者に多く、それでなくとも多く浮腫を認めることがしばしばである。これはつまり、行湿剤のつかさどるところである。同学木村長久氏は婦人産後のいわゆる血脚気の症にはたいてい四物湯加木瓜、蒼朮、薏苡仁を運用して効があるというが、これも疎経活血行湿の意を活用された処方であると思われる。私も疎経活血湯運用の方意をもって四物湯加木瓜、蒼朮、薏苡を使用して血脚気を治することをしばしば経験した。
総括
以上によってほぼ本方証の大綱を記述しえたと思うが、本証は急性多発性関節炎や、熱性初発の場合に用いるよりは慢性症で、血虚あるいは血滞による陳久諸症に応用して効果がある。その急性熱性症に至っては、その証に従うべきであるが、疎経活血湯方の証もまた厳然として存在す識と思われる。
これらの概念によって、同方を急性慢性筋肉リウマチ、慢性関節リウマチ(多く一局部)、神経痛、痛風、経閉、中風、動脈硬化症、脚気、痿躄、水腫、月経痛等に応用すれば往々にして意表外の著効を見ることがあ識。
〔追記〕 家兄道斎は本方を脊髄炎の下半身麻痺に用いて大効を得たという。
副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等
[理由] 本剤には地黄(ジオウ)・川芎(センキュウ)・当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。