健康情報

2011年6月19日日曜日

真武湯(しんぶとう) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊


真武湯
(しんぶとう)
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため、水気が腸胃に滞留して、或は腹痛・下痢を来し、或は目眩・心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し、脈は沈微、もしくは浮弱で、身体の倦怠が甚しく、手足が冷え易く、或は悪寒があり、一体に生気に 乏しい者を目標とする。
 この際の下痢は多くは水様便で、裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり、淡黒色の苔のあることもあり、一皮むけたように紅いものもある。
 本方は茯苓・芍薬・朮・附子・生姜の五味からなり、附子と生姜とは、新陳代謝を振興させて、身体を温め、元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ、その結果、下痢・目眩・心悸亢進を治し、芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。
 胃腸虚弱症・慢性腸カタル・腸結核・慢性腎炎・脳溢血・脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


『漢方精撰百八方』
58.〔方名〕真武湯(しんぶとう)

〔出典〕傷寒論

〔処方〕茯苓5.0g 芍薬、生姜、朮各3.0g 附子1.0g

〔目標〕 1.真武湯は、もとの名を玄武湯とよび北方の守護神である玄武神にかたどって名づけたものである。
2.発汗後、熱が下がらず、みずおちで動悸がし、めまいがし、からだがぶるぶる振るい、倒れそうになるもの。
3.下痢がつづき、腹の痛むこともあり、小便の量も少なく、冷え性で、四肢が重くだるく、痛むもの。

〔か んどころ〕熱のある患者に用いる場合(傷寒)と、一般雑病に用いる場合とで、かんどころが、ちがう。熱のある場合には、少陽病の熱型に似ていて、小柴 胡湯証にまぎらわしいことが多い。そこで小柴胡湯証と診断して、小柴胡湯を用いて効のない時は、真武湯を考えるがよい。一般雑病では、下痢が止まらないも のを目標とする。しぶりばらではなく、腹痛も軽く、水様の下痢で、軟便のこともある。とかく腹力弱く、気力の乏しいものを目標とする。
 真武湯をめまいに用いる例はまれである。

〔応用〕感冒。流感。腸結核。慢性下痢。胃下垂症。じんましん。老人性掻痒症。腎炎。虫垂炎。

〔治験〕下痢   真武湯症の下痢は、多くは慢性の経過を取り、一日、二、三行から四、五行のものが多く、一昼夜三十行というようなものはないとばかり考えていたが、最近 急性の下痢症で、一昼夜に三十行という患者に用いて著効を得た。患者は私の義母で八十二才。平素は胃腸が丈夫で下痢などしたことはなかったが、昨年十二月 上旬、突然に下痢が始まった。  初日は四,五行の下痢で腹痛もなく、元気であったので、食あたりだろうといって、平胃散を与えた。ところがその 夜は十二行の下痢があって、便所にばかり 通ったというので、人参湯を与えた。すると、下痢はますますはげしく、次の日の午前十時頃までに二十八行の下痢があり、歩けなくなった。脈は洪大で、舌は 乾燥し、食思全くなし。そこで真武湯を用いたところ、一貼で下痢減じ、三貼で、下痢やみ、食思出で、三日で全治した。 大塚敬節


                                 


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
真武湯(しんぶとう)  (傷寒論)
 〔茯苓(ぶくりょう)五、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、朮(じゅつ)各三、附子(ぶし)○・五〕
  本方は、少陰病の葛根湯といわれるほどに繁用される薬方で、陰虚証で新陳代謝機能が沈衰している時に用いられる。したがって、瘀水が動揺また はうっ滞するために起こる各種疾患に用いられる。腹部は軟弱で、ガスのために一般には膨満しているが、ときとして腹直筋が拘攣するものもある。疲労倦怠 感、身体動揺感(軽いときはめまい)、四肢冷重疼痛および麻痺(筋肉の痙攣、運動失調なども含む)、腹痛、嘔吐、心悸亢進、浮腫、尿利減少、水様性下痢な どを目標とする。本方を慢性下痢の人に用いると、人参湯の場合のように浮腫が起きることがあるが、つづけて服用すれば消失する。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、真武湯證を呈するものが多い。
 一 感冒、気管支炎、肺炎、肺結核その他の呼吸器系疾患。
 一 高血圧、脳出血、心臓弁膜疾その他の循環器系疾患。
 一 胃下垂症、胃アトニー症、腸カタル、腸狭窄、腸結核、大腸炎、腹膜炎その他の消化器系疾患。
 一 腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、夜尿症その他の秘尿器系疾患。
 一 眼底出血、夜盲症、角膜乾燥症その他の眼科系疾患。
 一 湿疹、じん麻疹、老人性掻痒症その他の皮膚疾患。
 一 そのほか、神経衰弱、脚気、リウマチ、半身不随など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
44.真武湯 傷寒論

茯苓5.0 芍薬3.0 生姜3.0(乾1.0) 朮3.0 附子1.0

(傷寒論)
○少 陰病,二三日不已,至四五日,腹痛,小便不利,四肢沈重疼痛,自下利者,此為有水気。其人或咳,或小便利,或下利,或嘔者,本方主之(少陰)
○太陽病,
発汗,汗出不解,其人仍発熱,心下悸,頭眩,身動,振振欲地者,本方主之(太陽中)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 四肢の末端が極度に冷えて元気がなく,尿量減少して下痢し易く,動悸やめまいがあるもの。本方は玄武湯ともいわれ極度の冷え症で,疲労倦怠感が著しく,腹部はガスのため膨満するような慢性下痢によく用いられる。しかし本方適応症状は嘔吐や腹痛も病微で,且つ手足は冷えても腹中冷感や腸の蠕動亢進を自覚するようなことはないから大建中湯とは鑑別できる。半夏瀉心湯適応症状との差異は,半夏瀉心湯適応症は胃部のつかえ,水分停滞感,悪心,嘔吐が主な訴えであるのに対し,本方適応症は以上の諸症は認められず,前者より更に疲労倦怠感が著しく,手足も更に冷え易く尿量も減少するものである。口渇,嘔吐を伴なう水瀉性下痢には本方は不適で,この場合は五苓散を,発熱悪寒を伴った下痢には葛根湯がよい。本方は筋骨体質で体力旺盛な時期には投与してはならない。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 四肢や腰部が極度に冷え,疲労倦怠感が著しく,下痢しやすく,動悸やめまいを伴うもの。本方は玄武湯ともいわれるもので,気温や気象条件に関係なく体質的に著しく冷え,顔色はすぐれず疲労倦怠感,腹部膨満感などを自覚して,胃や腹部に振水音を証明し,少しのことで下痢しやすく,しかもその下痢はなかなかやまず,めまいや動悸を伴う虚弱者,胃腸無力症。あるいはこれらの症候群症状がある血圧異常。または極度の冷え症で虚弱体質のものの,知覚神経や運動神経などの麻痺に,広範に応用されている。

 胃腸カタル 本方が適応するものは目標欄記載の症候がある慢性に経過するもので,水様便が数行におよび腹部膨満感はあるが,他覚的には腹診は抵抗が少なく,空腹感を自覚しながら食思のないことなどが目安とされる。

 血圧異常 本方は高血圧症,低血圧症の両者にしばしば応用されるが,その目安となるものは視診上顔色がすぐれず,栄養度も不良なるもので,四肢が厥冷して著しい全身倦怠感があり,動悸やめまいを伴い何となしに横臥していたいものに用いられる。この場合,四肢の麻痺やマヒ感あるいは言語障害なども伴うこともある。

 類似症状との鑑別 本方を慢性の胃腸疾患に応用する場合,顔色がすぐれず手足が冷えて,食欲が減退し下痢しやすい点で人参湯や六君子湯と類似するが,これらの人参剤が対象になるものは貧血症であるのに対し,本方は貧血というより水分代謝や血液循環障害などに伴い,蒼白く見えるものが多く,前者人参剤の下痢は軟便で胃部圧重感があるなどの点を,参考にすればよい。また舌証だけでは証のきめ手となり得ないが,本方の舌苔は淡黒色かまたは鮮紅色を見かけることがある。


漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○真武湯は原名を玄武湯とよんだが,いまは真武湯の方が一般に通りがよい。玄武湯は北方を守護する玄武神の名をかりてその名としたものである。青竜湯は東方を守護する青竜神の名をかりて,その名としたもの,白虎湯は西方を守護する白虎神の名をかりてその名としたものである。
○附子の配剤された薬方の中で,真武湯と八味丸は,もっとも応用範囲が広く,附子の用法には注意しなければならないが,おそれて用いないでは,虎並に入って虎子を逃がすようなことになる。附子は炮じた唐附子が安全であるが,白川附子でもよい。自分で採集して自分で製造すればよいが、これは特志家でなければ行いがたい。
○真武湯や八味丸をのんで,酒に酔ったような感じになったり,からだがしびれるように感じたり,動悸がしたりすれば,これは附子のためと思ってよい。これの程度がはげしくなると頭痛,嘔吐,呼吸困難,痙攣等がくる。そして中毒死を招くことになるから注意してほしい。附子は陰証に用いる薬物であるから,陰証にはかなり大量を用いても平気であるが,陽証では一日量0.5から1.0ぐらいでも中毒を起すことがある。(後略)
○真武湯にはうす墨をぬったような舌がみられると,古書には出ているが,私はこのような舌に出逢ったことは少ない。舌証はあまり重視しなくてよい。
○真武湯の腹証は,腹壁がうすく,正中線で臍上から直線状に小さい鉛筆の芯のような硬いものを5センチから15センチぐらいふれることが多い。これは皮下にふれるので,軽く指先でさぐらないと見落とすことがある。
○真武湯は下痢しやすい人,慢性下痢のあるものなどの胃腸の虚弱な人によく用いられるが,下痢のないものにも用いてよい。胃アトニー症,胃下垂症,慢性腸炎のほかに低血圧症,脳出血後の麻痺,慢性の浮腫などにも用いたことがある。



漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため,水気が腸胃に滞留して,或は腹痛,下痢を来し,或は目眩,心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠が甚しく,手足が冷え易く,或は悪寒があり,一体に生気に乏しい者を目標とする。この際の下痢は多くは水様便で,裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり,淡黒色の苔のあることもあり,一皮むけたように紅いものもある。本方は茯苓,芍薬,朮,附子,生姜の五味からなり,附子と生姜とは,新陳代謝を振興させて,身体を温め,元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ,その結果,下痢,目眩,心悸亢進を治し,芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。胃腸虚弱症,慢性腸カタル,腸結核,慢性腎炎,脳溢血,脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 本方は少陰病を代表する方剤で陰虚証に属し,新陳代謝機能が沈衰し,水気が腸胃に滞留して,小便不利,あるいは腹痛,下痢をきたし,あるいは上って目眩,心悸亢進等の症状を現わす。腹部は軟弱でしばしばガスのため膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠感が甚だしく,手足冷えやすく,なおしばしば四肢沈重疼痛,麻痺,咳嗽,嘔吐,浮腫等を現わし,全体的に生気にとぼしいものを目標とする。舌は湿潤し,あるいは薄い白苔あるいは淡黒色,あるいは一皮むけたようなものもあり,尿は清澄で下痢は水様便である。裏急後重はない。これを傷寒と雑病に用いるときの分類は
 (1) 傷寒の場合は検温してみると熱はあるが,自覚症が少なく,外見は案外平気で顔色は赤くならない。蒼い色をしている。肺炎などもいわゆる無力性のものに本方の証がある。あるいは自覚症状が強くて他覚症状の少ないこともある。
 (2) 心悸亢進,眩暈,運動失調を主証とするもの。
 (3) 下痢を主訴とするもの,水様性で尿利減少,腹痛,下痢後脱力感,胃内停水がある。
 (4) 浮腫,滲出液を主とするもの,虚証の浮腫で,押して軟かで弾力がなく,凹んだ跡がなかなか治らないぶよぶよした感じがある。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:茯苓は停水を去り,鎮静を兼ね,白朮は恐らくは分泌中枢に働いて停水を運かし,ひね生姜は駆水と気上衝を鎮め,芍薬は筋緊張を補力し,附子は温補を兼ねているから,真武湯の適応症は虚寒で停水を兼ね,気衝を現わすときに用いられることが察しられる。その作用のうち,或は温補が主となって虚熱を治し,或は駆水が主になって胃内停水,下痢,浮腫を利尿し,或は気動上屈の悸,眩,運動失調を治す。
 運用 1. 自覚症状の少い発熱症状
 他覚的には高熱があるのに,自覚的には殆ど熱感がなく平気で外出もし,熱の割には顔が赤くならず脉は浮弱数を呈する。普通,感冒でもその他の急性伝染病でもしばしば遭遇する所である。肺結核,肺炎,肋膜炎などで胸部所見はラッセルなどで著明で咳もあるのに割合患者は苦痛を訴えないときにも真武湯を用いることが最も多い。この場合脉が浮弱数であっても頭痛や寒気を多く訴えるものは桂枝人参湯である。

 運用 2. 虚寒証の心悸亢進,眩暈又は運動失調
 虚証の状態で寒証はあまり目立たなくても脉が沈か沈弱で心悸亢進したり,眩暈したりするもの。或は両者を兼ねているものによい。こ英症状は熱病を発汗した後で起ることもあり,発汗をせずにも起ることかあり,無熱でも,胃性眩暈,貧血に伴う眩暈,高血圧症でありながら脉が弱くてめまいするものなどに用いる。苓桂朮甘湯は脉沈緊だから区別される。運動失調は漢方では眩暈と同様に取扱ってよく,めまいがして立っていられない。或は歩けない,よろめく,立っているとふらふらする.つまずき易いなどの場合に用いる。また運動失調を筋肉の搐搦にとり,筋肉がピクピクするもの,例えば神経衰弱で目のふちや口鼻辺がビクビクしたり,手足の筋肉が線維性間代性痙攣を起してピクッとつれたり,動いたりするもの,或は振顫に用いる。従って脳溢血による口眼喎斜,搐搦,半身不随,アテトーゼ,振顫麻痺,眼球振盪症,多発性硬化症などにも応用する。

 運用 3. 虚証の下痢
 水様便又は泥状便でも水分が多く,尿利減少,時には腹部に鈍痛を訴えることもある。排便後脱力感でがっかりする者が多い。貧血性で足が冷える方,腹鳴などはなく,腹部は軟かく,胃部に振水音を認めることがある。
 鑑別すべきは人参湯,四逆湯,桂枝加芍薬湯などが区別が困難で真武湯だと思って使ったら効かずに人参湯で奏効するなどということは稀でない。

 運用 4. 浮腫又は体表の滲出性漏出性疾患
 虚証の浮腫だから押して軟く弾力がなく,押した跡が直ぐに持上って来ない。皮膚は蒼白くたるんでぶよぶよな感じがする。或は小便不利,或は心悸亢進する。心臓病でも腎臓病でも使ってよい。この浮腫を滲出に転用して湿疹などの皮膚病,潰瘍などに本方を使う。分泌物が薄くて多い。
 瘡面は貧血性で肉芽不良である。その局所的所見と全身状態,脉を見合せて本方の指示を確かめる。以上の運用1~4までは次の二条文の応用であることは自ら明らかであろう。
 「太陽病汗を発し,汗出でて解せず,その人仍て発熱,心下悸し,頭眩,身瞤動し,振々として地にたふれんと欲す」(傷寒論太陽病中篇)発汗したため表に水が浮んで来ている。その浮ぶ気につれて頭部に向って気の上衝を起し,悸,頭眩となる。表水のため,身に水分過剰を来し搐搦するに至る。
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛,或は小便不利,四肢沈重疼痛,自下利するものはこれ水気有りとなす。その人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔するもの」(同書少陰病)四肢沈重疼痛は表水停滞による。咳,嘔は上気衝,腹水は停水,下利は胃内の停水が下ることによって起る。それが小便に出れば小便利となるが,胃内に止まっていれば小便は不利する。


漢方の臨床>第2巻 第5号
真武湯について 大塚 敬節先生

 まえがき
 真武湯は,もとの方名を玄武湯といい,北方の守護神である玄武神の名をかりて,名づけたものである。中国古代の思想では,北方は陰の象徴であり,水にあたる。真武湯が陰証の治剤であり,水を治める方剤であることを思うとき,この命名はまことに,所謂「そのものズバリ」と云うほどの巧妙である。
 真武湯は,傷寒論の太陽病編と,少陰病編とに出ている方剤で,その応用範囲は広い。附子の配剤された薬方の中で,真武湯は八味丸とともに,筆者の最も繁用するものであるが,殊に真武湯の效顕は実に見事で,僅かに数日の服用で,積年の宿痾が脱然として消失することすらある。

 傷寒論に於ける真武湯の二面
 太陽病中編には,
  太陽病,汗を発し,汗出でて解せず,其人仍ほ発熱し,心下悸し,頭眩し,身じゅん動し,振々として地にたおれんと欲する者は,真武湯之を主る。
 とあり,
 少陰病編には,
  少陰病,2,3日にして己えず,4,5日に至って腹痛し,小便利せず,四肢沈重疼痛し,自下利の者は,此れ水気ありとなすなり。其人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は,真武湯之を主る。
とあり、前者の場合は,発熱,心下部の動悸亢進,めまい,身体が揺れて倒れんとする等の症状があり,後者では,腹痛,尿利減少があり,四肢は重く痛み,下痢をする。これは水気のあ識ためであるから,その水気の動揺につれて,時には咳嗽があり,小便がよく出ることもあり,嘔くこともある。
 一つの真武湯が,このように全く異なる症状のものに用いられるが,元来この薬方は少陰病の治剤であるから,後者が真武湯の正面の証であって,前者は変証である。従改aて前者のような例は,往々にして,小柴胡湯証と誤られたり,調胃承気湯証にみえたり,白虎湯証と間違えられたりする。われわれ臨床家と成て,鑑別診断に苦心するのは,前者の場合である。先哲もすでに,この点について警告を発しており,筆者もいくたびか苦い経験を持っている。

 真武湯の適応指示
 前章でのべたように,真名湯を少陰病に用いる場合と,太陽病の変証として現れた場合では,全く異なる症状が現れる。
 先ず真武湯の正面の証として,最も屡々現れる症状は,下痢である。この下痢は,1日2,3回から4,5回位で十数回に及ぶことは殆どない。腹痛を伴うこともあるが、多くは軽く,劇痛はまれである。裏急後重はないが、失禁の傾向のあるものがある。大便は水様性のもの,泡沫状のもの,粘液や血液を混ずるものなどいろいろである。このような場合,腹部は軟弱で力のないものが多いが,処方に壓痛を訴えることもある。また振水音を証明できるものが多い。瓦斯がたまる傾向がある。食慾には異常のないものが多く,むしろ逆に亢進するものもあるが,下痢することをおそれて制限していることが多い。一体に胃下垂や胃アトニーなどのある虚弱な貧血性の患者に,真武湯の証が多く現れるが,時には20貫ほどの体重がある一見丈夫そうな患者の下痢に,真武湯の效くことがある。このような場合でも,患者は疲労感を訴え,足が冷える。脉は沈弱のものが多いが,大にして,遅弱のものもある。舌苔はなくて,湿潤していることが多い。下痢しても口渇はなく,尿量の減少していることが多い。全体に疲労,倦怠感が強い。こんな症状のものに用いることが多いから,急性よりも慢性下痢に使用する場合が多く,筆者は腸結核の下痢には,この真武湯を好んで用いる。ストマイなどのまだ出来ない時代にこれで全治し,その後10余年元気で働いている者もある。この患者は,胸部にも異常があり,人工気胸を2,3回つづけてやって,また下痢が始まったことがあったが,真武湯で忽ち下痢は止んだ。その後,結婚して,女子を分娩したが,ますます健康である。また腸結核で,罹患部を切徐して,ストマイなどの注射をしているが,下痢の止まないものに,真武湯を用い,1ヵ月余で下痢の止んだ例がある。
 結核性の腹膜炎で,癒着を起し,腹痛,下痢の止まないものに,真武湯を用い,これらの症状の軽快するものがある。この場合は腸の蠕動亢進がみられる。
 下痢のない場合でも,真武湯を用いることがある。例えば,四肢倦怠,腹部脱力し,手足厥冷し,肩こり,めまいを訴えるもににも用いる。胃アトニーや胃下垂などのあるものによくみられる症状である。
 真武湯はまた浮腫に用いる。大病後や下痢の癒ったあとの浮腫に真武湯の証がある。ところが慢性の下痢に真武湯を用い,下痢が止んでから,一旦浮腫のくることがある。この場合は,浮腫におどろかず,つづけて真武湯を服用しておれば,また自ら浮腫が消失する。参考のために,古人の経験を引用する。

(方輿輗)痢の条に曰く。
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用う。自利と云って,覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気のあ識の類,右等の真武証中の1,2を痢に見はす者も,之を用うべし。或は遺屎する者も此方の症也。

(治痢攻徴篇)に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は真武湯によろし。若し四肢微冷すると雖も,腹満,大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし。

(古家方則)に曰く,
 真武湯,腹中,小便利せず,或は五更瀉或は一食一行の者を治す。
 真武湯,腹痛して自下痢する者によろし。真武湯,其人,常に水気有て咳し,或は手足微腫或は腹痛下利或は小便不利するものによろし。
真武湯,四肢沈着疼痛し,一身微しく腫れ,或は小便不利して自下利する者を治す。真武湯,痿躄して重疼する者によろし。

(経験筆記)に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此れ陰盛格陽,此方之を主る。

(方輿輗)に曰く,
 真武湯,反胃,澼嚢,久を経て治せす,或は下利し,或は浮腫し,内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。
(反胃,澼嚢は今日の胃拡張,胃下垂症)
真武湯は黄胖,下利,小便不利或は浮腫する者を治す。(黄胖は十二指腸蟲症)
真武湯,心下悸,頭眩,身じゅん動,地にたおれんとする者,じゅん動は肉じゅんとて,身の肉びくびくと動くを云う。振々は遍身の振うことなり。「地にたおれんとす」は近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支うる能はざるの症なり。又癇の脱症にも,ままこの状態を見はす者あり,猶此方によろし。

(鳩峯先生病候記)
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武湯に宜し。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ふべし。

(松原家蔵方)
 真武湯熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

(小松久安,水腫加言)
 治水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或下利者,下利甚者去芍薬。余近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず。実に虚腫中の第一方と云うべし。

(医事筌蹄)
 口眼過斜,肉じゆん筋てきして或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯または真武湯,附子湯の証多きものなり。

 以上はいずれも,真武湯証としては,当然みられることを予想できるものであるが,次の例は真武湯証と判定するには,多年の経験と熟慮を要するものである。

(医学救弊論)虚実疑似の条に曰く。
 1男子,年30余,冬12月,頭痛,発熱,頭感頗る甚し。医,麻黄湯を投ずること,日に10余点,連日之を服す。汗出で,被を徹し,正気大いに衰へて,厠に上ること能はず。余往きて之を診るに,脉浮にして大,舌上乾燥,煩渇,引飲,しゆうしゆうとして汗出づ。白虎湯を投じて煩渇頓みに止み,正気益々衰へて日ならずして死す。余意ふに,此男,発汗過多す。亡陽の症となす。当に真武湯を用ふべし。而るに白虎を投ず。前医,命を促し,我亦再逆して遂に之を殺す。因って深く,之を悔いて臍を噬むとも及ばず。痛心,骨に徹して,今に至るまで忘れず。医の任たる重きこと。死生殺活にあり。巧拙は薬に非ずして匕に在り。慎まざるべからず。

 この例は,太陽病発汗後の真武湯の変症であって,筆者にも次の如き例がある。
 1男子,61歳,発熱,頭痛,悪寒し,体温37度45分のものに,葛根湯を与えたところ,体温は次第に上昇して,38度を越し,口渇を訴え,舌に乾燥した白苔を生じ,悪寒止み,食慾不振を訴えるので,小柴胡湯を与えたところ,体温はますます上昇し,舌は愈々乾燥し,下痢が始まった。全身から少しずつ汗が出るのに,体温は下らない。脉は梢浮にして大であるが,1分間84,5至である。桂枝人参湯の証のようでもあるが,こんな病状のものに,真武湯証のあること考え,真武湯を用いたところ,下痢は止み,体温下降し,数日にして全快した。かって「漢方と漢薬」誌上にも,腸チフス疑似の患者で,40度の体温が十余日もつづいたものに,真武湯を与えて,著效を奏した例を発表したことがあるが,急性肺炎で,数日便秘し,体温39度を起すものに,調胃承気湯1回分(大黄0.5)を与えたところ,忽ち十数回の下痢か起り,脉は頻数にして結代し,眼球上転し,せん語を発し,呼吸は促迫して危篤に陥った。この患者にも,真武湯を与えて,危急を救った。
 これらの例では,陰陽虚実の差は,極めて微妙なところにあって,書き現わすことがむつかしい。和田東郭も次のようにのべている。
 「凡そ疫病に,大熱,煩渇,せん語等の症,熱は火の焼くるが如く,渇は焼石に水を灌ぐが如く,せん語は狂人の語るが如くありて,衆医皆曰く,これ白虎の証なり,或は曰く,これ承気の証なりと,是皆当然の理なり,然るに存の外なる真武湯の行く処あり。」
 これによっても真武湯証が,白虎湯の証によく似ていて,その判別がむつかしいことがわかるであろう。われわれの苦心は,こうした処にある。傷寒論の傷寒例の一節に「虚盛の治は,相背くこと千里で,吉凶の機は,応ずること影響の如く」甚しいのに,「陰陽虚実の交錯は,其候は至って微かな」ところにあると云ったのは,この間の消息をのべたものである。(後略)


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○雑病(無熱の一般慢性症)の場合,痩せて生気に乏しい人が下痢して手足が冷え,めまいや身体動揺感を訴え,腹痛,嘔吐,咳,心悸亢進,尿利減少などがあるとき脈は沈んで緊張が弱い。腹部は腹壁が薄く,軟弱無力で心下部に振水音がみられるものが多いが,ときには腹部全体が板のように固く張っていたり,あるいは腹直筋が拘攣しているものがある。
○傷寒(熱のある急性症)の場合,熱がなかなか下がらず,からだが衰弱し,からだが重くて起きているのが苦しくてねてばかりいる。体温が上っていても患者自身では熱感がなくて,さむけが強いものが多い。咳が少し出ることもある。
○山田正珍は「外邪に侵されると,その人が実熱なら太陽病となり,もしその人が虚寒なら少陰病になる。」といっている。実熱とは体力が充実していれば汗が出て正常に復すが,若しその人が虚弱ならば,汗が出ても病気が治らず,発熱,心下の動悸,めまい,身体の動揺感が起る。これは汗が出すぎて陽気(活力)を失うためで,熱があってもその熱は表の熱ではなく,虚火炎上による熱(消耗熱のようなもの)である。心下の動悸が亢進するのも胃腸の虚(胃の機能低下)により,水毒が停滞するからである。」「めまいも身体動揺感も水毒のせいだ」といっている。
○真武湯の下痢は,水瀉性下痢が多いが,泡沫性の下痢や軟便もある。しかし裏急後重のないのが特徴である。
○方輿輗には「真武湯証には大便を失禁するものがある。大便を3度以上つづけて失禁するときは陰証と考えてよい。また精神恍惚として便意に気がつかず失禁するものがある。こういうことを3度やればやはり真武湯や四逆湯の証である。したがって真武湯の下痢には裏急後重がない。すなわち陽証は失禁することがない。陽証の中風やて喜かんで失禁するのは,からだが不自由なためで,真の失禁ではない。また建中湯残は失禁はない。
○休息尿という下痢の型がある。これは3・4日下痢しないかと思うと20日も下痢つづき,いつも白色の粘液を下す。これには真武湯に赤石脂を用いるとよいと証治弁疑にある。著者の経験ではこういう場合に真武湯そのままが効果がある。
○真武湯の腹痛はそう強くはない。
○古家方則には「便意を催おす前に腹が痛み,そのあと水瀉性下痢が2・3回ある。」といっている。
○また「陰証の熱病の初期,自覚的に下腹が張り,腰や腹が痛んで手足が冷えるもの」と医療手引にあるが、これもよく経験するところである。
○真武湯の脈は沈遅で緊張の弱いものが多い。しかし,ときには浮数の脈もある。経験筆記には「真武湯は自冷,自汗,陰躁(陰証の煩躁)があって苦しく泥の中にでも坐ってしまいたいようで,脈は浮数でこれを按じてみると弱くてまるで脈がないようである云々」といっている。これは四逆湯でも同じようなことがいえる。
○真武湯証の舌は舌苔がなくて湿っていて,色が淡紅色のものが多い。しかしときに白苔があって滑らかなものもある。
○古人の口訣 
 ①麻痺イ痿躄(下肢の運動麻痺)があって重たく痛むもの(古家方則)
     ロ半身不随,四肢攣急(手足のひきつれ)手足がふるえるもの。(袖珍方)
     ハ顔面神経麻痺や筋肉がびくびくと攣縮してふるえたり,半身不随や全身の知覚鈍麻には桂枝加朮附湯,真武湯,附子湯などの証が多い。(医事筌蹄)
 ②皮膚瘙痒症 老人のからだが痒ゆいものには真武湯がよい(村井大年口訣)ただしこの用い方は慎重にしなければならない。著者は中年婦人の湿疹が四物湯加味で軽快したのに胃がわるくなって胃内停水,疲労感などを生じたとき真武湯を用いたところ再び皮膚病が悪化した経験がある。
 ③黒内障で陰証のもの(古家方則)
 ④反胃澼嚢(嘔吐して食物がおさまらない病気)が長い間治らず,あるいは下痢したり,浮腫を生じたりして内気虚寒(体内の機能が衰えて冷える)するもの(方輿輗)


〈漢方と漢薬〉 第2巻 第11号
真武湯の薬理 矢数 有道先生

 薬理解説に種々の見方があるが,衆説を総合して,その中に真武湯の全貌を摑む事とする。
  原元麟著傷寒論精義に抒れば,
  茯苓 水を利し,液を救う
  芍薬 裏を和し,液を生ず
  生薑 水を利し,液を行らす
  白朮 水を通じ液を救う
  附子 寒を逐ひ,裏を温む
即ち之を総合すれば,水を利し津液を救い、寒を逐い,裏を温むることとなる。
  木村博照釈義傷寒論に
  「此方は附子湯の比すると,(処方,附子2枚茯苓3両人参2両白朮4両芍薬3両)附子少きに関ら男徒,此証は却て附子湯よりも重いのである。それは恰も桂枝附子湯と甘草附子湯との場合と同様である。即ち深劇の證に於て,反って附子1枚を減ずるのは,蓋し大いに之を攻むれば,必らず激して病除かれず,人其煩悶に勝へざる故に,附子1枚を減じて緩攻するのである。生薑は,宣揚開発の力がある,故に朮附子を導いて水気を宣通する,人参を去る所以は,邪気一等盛んなるを以て専治を旨とする為めであって,尚小柴胡湯に人参あり大柴胡湯に人参無きが如くである云々」(意訳)
 右の2説に依て略々真武湯の薬理説明を悉しているが,方中芍薬在る所以を説明して,張路の傷寒纘論に次の如き面白い意見がある。即ち,意訳すると,
 「此方は本と少陰病の水飲の内結を治するのである。首に朮附を推して,茯苓生薑の脾を運らし,水を滲む作用あるの兼ねしむる所以は,誰にも明らかに知り得る処である,が芍薬を用いる微旨に至っては,聖人に非ざればなし得ぬ処である。蓋し,此症は,少陰本病と云うが,実に水飲内結に縁るもので,腹痛自利,四肢疼重而反小便利せざる所以である。若し極虚極寒なれば,小便必らず清白であって失禁すべきである。どうして小便反て利せざる道理があろうか。之に依ても本證は但に真陽足らざるばかりでなく真陰も亦虧く処であって,若し芍薬を用いて,其の陰を固護しなければ,どうして附子の雄烈なる作用に堪える事が出来ようか,即ち附子湯,桂枝加附子湯,芍薬親草湯の如く,皆芍薬と附子と竝び用うる所以である,其の経を温め,営を護る法は,即ち陰を保ち陽を囘す法と変りはない,後世薬を用ふる者で,仲景の心法を護る者幾人あるだろうか,云々」
 少しく穿鑿に過ぎているかもしれないが,薬方組成上参考として面白い意見である。真武湯の附子は生用に非ず,炮って用ふるのであるが,其の理由に就ては,程応旄著傷寒後条弁に,「白通,通脉,真武,皆少陰下利の為めに設く,白通四逆附子皆生にて用い、惟真武の一證のみ,熟にて用ふるは,蓋し附子を生用すれば経を温め寒を散じ,炮熟すれば中を温め飲を去る為めである。白通諸湯は腸を通ずるを以て重しとなし,真武湯は陽を益すを以て先きとする,云々」とあり,炮熟附子を用いるのが正式である。

 真武湯に対する釈義
 真武湯證として傷寒論に挙ぐる処は,太陽病中篇に,「太陽病発汗し,汗出で,解せず,其の人仍発熱,心下悸し頭眩,身瞤動し,振々として地に擗れんと欲する者は,真武湯之を主る」
 とあり。
 釈義(木村)には次の解がある。
 「太陽病と云うは,其の初位を示すのである。初め太陽病であったが,之を発汗するに法の如くしなかった為めに,例へば身体虚弱なるに誤て強く発汗した様な場合に,汗は出たが病解せず,其の変遂に少陰に陥った者である。然らば既に太陽病ではない,故に其人の2字を掲ぐ,仍発熱とは,既に太陽に無い時は,当に発熱なきを至当とする,而るに今発熱す,故に仍と云うのである。然れ共此の熱は,四逆湯に所謂「大汗出,熱去らず,内拘急,四肢疼」の熱と同じであって,初位太陽正面の熱ではない,表解せざるの発熱ではなく,虚火炎上の発熱であって,所謂後世の真寒仮熱である。此證は,苓桂朮甘湯と似ているが,彼は気衝を主とし,故に起たんとする時に頭眩するのである,此は身瞤動を主として故に頭眩が常に存在する。彼は少陽に属し,是れは少陰に属す,故に相似たりと雖も,彼と此れとは,陰陽を異にしているのである。振々とは瞤動の貌,擗は,躃に同じ,倒れるのである。云々」即ち,大陽病の治療に当って発汗法その宜しきを失したが為め,陽證変して少陰病に転入したる場合を論じたるものである。前記の余の大患も或は此の場合に相当するものであるかもしれない。というのは,其の頃身体違和を覚え,稍衰弱の気味があった処へ,葛根湯を以て流汗滝の如くならしめた為め真陽を失って陰病に転入せしめたものと思う。
 少陰病篇には,
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛小便利せず,四肢沈重疼痛,自下利する者,此れ水気有りと為す,其の人或は欬し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は真武湯之を主る」とある。尚傷寒論章句(南涯)には,「或は下利し」を「或は下利せず」に作られ,尾台氏は類聚方広義欄外に又之を註して,
 「玉亟には或は小便利しを,或は小便自利しに作る,按ずるに,或は下利しは,当に或は下利せずに作るべし,否れば則ち上文の自下利の語と相応せず,且つ或以下の四証も亦皆本方の治する所なり」と述べている。
 右の解は釈義に次の如く,
 「2,3日已まずとは,麻黄附子細辛湯及麻黄附子甘草湯を承けて,之を論じたもので,巳とは差である。此證は其始め2,3日裏証なきを以て,麻黄附子甘草湯等を与えて発汗したが病差えず,4,5日後に至って遂に腹痛以下の裏證を現はしたものである。沈重とは,怠惰湿重を謂ふ,蓋し4,5日の頃,挟熱あって,腹痛,小便不利,下利止まざる者は桃花湯の證である,(曰く,少陰病,2,3日,4,5日に至って,腹痛,小便不利,下利止まず,膿血を便する者は,桃花湯之を主る)今之に加うるに,四肢沈重疼痛を以てする者は,冷寒水気を兼ねる為めで,彼の挟熱して下利するに対して,此れは為有水気と曰うのである。其人以下は,水気の変態を挙ぐるので或は咳し,或は嘔する者は,水上に動揺するのである,(中略) 小青竜湯にも,心下有水気と曰うが,彼は陽位に在り,故に発熱を挙げて,水気上に在って未だ四肢に及ばない。此れは陰位に在り,故に熱を言はず,且つ水気下に在って四肢に及ぶものである 斯くの如く,陰陽の区別がある。云々」と。
 前述の如く,此方は恰も桂枝去桂加茯苓白朮湯中の朮を減量し,甘草,大棗を去り,更に之に加うるに,附子を以てせる(要方解説)ものであるから,応用も之に準じて考察せらる可きである。医聖方句に云く,
 「陰病,腹痛し,小便清利にして,四肢沈重疼痛し,自下利し,其人或は咳し,或は嘔する者は,真武湯之を主る」と,曩に罹病した余の大患は,当に此證に該当するものであろふ。尚真武湯の太陽篇に於けると,少陰篇に於けると,其の主治の差異を論じて,傷寒論精義に次の解がある。
 「夫れ,真武の治證に2道が有る。太陽病篇に挙ぐる所の證は,太陽の邪汗を発して解せず,遂に少陰の証に赴く,乃ち少陰伝経である,此条は,寒邪直ちに衷に入り,陰位を侵すの証,乃ち少陰卒病である。云々」
 従て本方は,少陰伝経の証に用うれば,津液を救うを以て主となし,卒病に用ふれば,水を去るを以て主となすのである。

 本方と他方との類證鑑別
山田正珍曰く,
 「太陽病,水気有るものは,桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の主る所である。今此の證は少陰病であって水気がある。故に附子を主として,以て少陰病を療す云々」
 即ち桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の有水気とは陰陽の別がある。苓桂朮甘湯證との差異に就ては前述の如くである。
 本方と附子湯との軽重論には2通りあ改aて,釈義(木村)には,真武湯を附子湯よりも重しとなし,(薬理参照) 精義では,附子湯の方が,其の病状暴劇であると云ふ。即ち,同番に「按ずるに,此證は真武の證に比すれば,其の病状頗る暴劇に似たり云々」とあるが,此れは前者の解を至当とする様である 大塚先生も真武湯證を以て,附子湯の証よりも重しといてゐられる。」(後略)



勿誤方函口訣〉 浅田宗伯先生
 「此の方は内ち水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違って水飲の為めに心下悸し,身瞤動すること振々として地にたおれんとし,或は麻痺不仁,手足引きつることを覚え,或は水腫小便不利し,其の腫虚軟(濡)にして力なく,或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大いに心下痞悶して,飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下利する者に用いて効あり。方名は千金及び翼に従って玄武に作るべし」



漢方と漢薬〉 第7巻 第11号

真武湯について   大塚 敬節先生
(前略)
3.橘窓書影に曰く
 女,年9歳,下利久しく止まず,飲食減少,面部手足微浮腫脉沈細,舌上苔なくして乾燥するものに,真武湯合人参を与えて漸に癒ゆ。
 又曰く
 温疫数十日,解せず,微熱,水気,脉沈微,四肢微冷,精神恍惚,但寝んとするものに,真武湯合人参を与へて効あり

4.證治弁疑,痢疾の条に曰く,
 休息痢の一症あり。これは3,4日の間も止むと思えば20日ばかりも下るなり。皆白色のなめを下す。此主方,真武湯に赤石脂を加へ用ゆべきなり。

5.禁方録に曰く
 陰病,下痢,腹急痛,舌和し,悪寒或は嘔し,小便少き者は真武湯之を主る。

6.処方筌蹄,痢疾に条に曰く
 小児痢疾,搢竄,熱甚しき者は,真武湯之を主る。

7.和田腹診録に曰く,
 婦人,盗汗,下利,日に十余行,羸痩,腹中撚紙にて作る網の如く拘攣し,飲食を欲せず,時として喘声あるに,真武湯製附子を加へ用ひて治することあり。

8.蕉窓雑話に曰く,
 凡そ疫病に大熱,煩渇,譫語等の症,熱は火の焼るが如く渇は焼石に水を灌くが如く,譫語は狂人の語るが如くありて衆医皆曰く,これ白虎の證なり。或曰く,これ承気の症なりと。是皆当然の理なり。然るに存の外なる真武湯の行処あり

9.水腫加言に曰く,
 真武湯は,水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或は下利の者を治す。下利甚しき者は芍薬を去る。
 予近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず,実に虚腫方中の第一方と云べし。

10.鳩峯先生病候記水腫の条に曰く,
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武輩によろし。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ゆべし。

11.松原家蔵方,風湿の条に曰く,
 真武湯,熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

12.経験洋記に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此陰盛格陽,此方之を主る。

13.医事筌蹄中風の条に曰く,
 口眼過斜,肉瞤筋惕して或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯又は真武湯,附子湯の証多きものなり。附子湯は朮附君薬なり。真武湯は茯苓芍薬君薬なりこれにて考ふれば其方意分明なるべし。

14.医療手引草に曰く
 陰証の傷寒,初起自ら小腹満を覚ゆと云い,腰腹痛み手足厥冷するものは,真武湯之を主る。
 又曰く
 のんど乾き,口乾き,手足ひへ,くたびれ,唯寝ることのみを喜み,大便自利し,脉沈細にして力なし。四逆湯,真武湯,附子理中湯の類之を主る。若し又此の證にて甚だ乾き舌もこがれ,大便も秘結し,臍のまはり硬く痛み,脉沈実にして力あらば,承気湯之を主る。

15.方輿輗,痢の条に曰く,
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用ふ。自利と云ひ覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気あるの類右等の真武證中1,2を痢に見はす者も,之を用ふべし。或は遺屎する者も此方の症也。遺屎は陽症にはなきものなり。(中風,癇などの陽証に,遺屎することあるは,身の自由ならざるより麁相をするなり。)凡そ痢疾,泄瀉に遺屎すること,仮令ば10度の内1,2度はよし。3度に過ぐるは陽に非ず。此れを陰となすべし。総て痢に限らず,熱病中に下利するに,恍惚として便器に上ることを覚えず,遺屎するあり。是れも1,2度は麁相とすれども,3度に及べば,真武,四逆の症なるべし。(但し建中湯には遺屎なし) 故に真武の症には,後重なし腸滑の処なり。○真武の證に舌候あり,其舌純紅なり。10に7,8は爾り。痢疾舌の赤きは悪證なり。若し初起より是の如きは,後必ず危険に及ぶべし。其状先づ淡紅をつけしごとく其後一と重皮むきしごとく,恰も産後の舌に似て,而して滑沢なり。此舌にして渇あれば,弥悪症とす。痢の舌は,白や黄や黒は常也と知るべし。

16.同書,反胃僻襄の条に曰く,
 真武湯,反胃,僻襄,久を経て治せず,或は下利し,或は浮腫し内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。

17.同書,黄疸の条に曰く,
 真武湯は黄胖下利,小便不利或は浮腫する者を治す。

18.同書,痘疹の条に曰く,
 真武湯,是れ陰位に入る者の治方なり。此域に至りては強て痘に拘はらず,専ら脉症に随う所なり。下利し或は腹痛し寒戦咬牙する等に之を用ゆべし,此場は多く灰白陥なる者と知るべし。

19.同書,癇の条に曰く,
 真武湯,心下悸,頭眩,身瞤動振々地に擗れんと欲する者瞤動は肉瞤とて,身の肉びくびくと動くを云ひ,振々は遍身の振ふことなり。欲擗地は,近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支ふる能はざるの症なり。又癇の脱症にも間この状態を見はす者あり。猶此方に宜し。

20.治痢功徴篇に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は,真武湯によろし。若し四肢微冷と雖ども,腹満大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし前後,症に随って将息し,以って之を考ふべし。或は脉沈微,自汗出で,或は汗なく,四肢厥冷,煩躁の者は,初,治其法を得ず,今已に脱症となる。此時に当って,真武四逆の剤を与ふと雖も,亦治すべからざるなり。

21.類聚方広義真武湯の条に曰く,
 痿躄病,腹拘攣,脚冷不仁,小便不利,或は不禁の者を治す。○腰疼腹痛悪寒,下痢日に数行,夜間尤も甚しき者,之を疝痢と称す。此方によろし。又久痢,浮腫を見はし,或は咳し或は嘔する者亦良し。 ○産後下痢腸鳴,腹痛,小便不利,支体酸輭,或は麻痺し,水気あり,悪寒,発熱,咳嗽止まず,漸く労状となる者,尤も難治となす。此方によろし。
 
22.勿誤薬室方函真武湯の条に曰く
 此方は内に水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違ふて,水飲のために,心下悸し,身瞤動する事,振々として地に斃れんとし或は麻痺不仁手足引つ ることを覚え,或は水腫,小便不利,其腫虚濡にして力無く或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背,羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大に心下痞悶 して飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下痢する者に用て効あり。方名は千金及翼に従いて玄武に作るべし。或は赤石脂を加へて,鶏鳴瀉及び疝瀉を治し或は半夏人参を加へて,胃虚下痢を治し,或は呉茱萸,桑白皮を加へて痰飲の上迫を治す。

23.古家方則,瘧の条に曰く,
 真武湯,当に発せんと欲する前,腹痛して水瀉二三行にして発し,発熱の時,渇すと雖も只沸湯を飲んと欲する者,又曰く,久瘧にして而も1日に二三発,寒多く熱なきが如き者又曰く,目眩甚しくして頭を挙る事能はざる者を治す。
 又同書,眼病の条に曰く,
 真武湯,外障白翳上より黒晴に降り陰状のものを治す
 又曰く,
 玄武湯,雀目にして陰症のものを治す。
 又曰く,
 玄武湯,黒内障にして陰象のものを治す。
 又同書,舌病の条に曰く,(以下真武湯の3字を略す)
 舌色薄紅,陰症にして,前症の如く積月愈へざる者に宜し。
 又同書,腰痛の条に曰く,
 腰痛して自下痢する者によろし。
 又同書,脚気の条に曰く,
 脚気,四肢沈重して疼痛するものによろし。(後略)



【効能・効果】
【ツムラ】
新陳代謝の沈衰しているものの次の諸症。

  • 胃腸疾患、胃腸虚弱症、慢性腸炎、消化不良、胃アトニー症、胃下垂症、ネフローゼ、腹膜炎、脳溢血、脊髄疾患による運動ならびに知覚麻痺、神経衰弱、高血圧症、心臓弁膜症、心不全で心悸亢進、半身不随、リウマチ、老人性そう痒症。

【コタロー】
冷え、けん怠感が強く、めまいや動悸があって尿量減少し、下痢しやすいもの。

  • 慢性下痢、胃下垂症、低血圧症、高血圧症、慢性腎炎、カゼ。

【三和】
新陳代謝機能の衰退により、四肢や腰部が冷え、疲労倦怠感が著しく、尿量減少して、下痢し易く動悸やめまいを伴うものの次の諸症。

  • 胃腸虚弱症、慢性胃腸カタル、慢性腎炎。

【JPS】
新陳代謝が沈衰しているものの次の諸症。

  • 諸種の熱病、内臓下垂症、胃腸弛緩症、慢性腸炎、慢性腎炎、じんましん、湿疹、脳出血、脊髄疾患による運動および知覚麻痺。
【一般用漢方製剤】
体力虚弱で、冷えがあって、疲労倦怠感があり、ときに下痢、腹痛、めまいがあるものの次の諸症:
下痢、急・慢性胃腸炎、胃腸虚弱、めまい、動悸、感冒、むくみ、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ


【副作用】
  • 胃の不快感、食欲不振、吐き気
  • 動悸、のぼせ、舌のしびれ
  • 発疹、発赤、かゆみ


※澼嚢とは、食べて数日後に嘔吐する胃の通過障害のこと
※筌蹄(せんてい):物事をするための手引き。案内。
※臍を噬む(ほぞをかむ)
※愈々(いよいよ)
※穿鑿(せんさく、せんざく):穴をあけること。細かい点までうるさく尋ねて知ろうとすること。細かいところまで十分調べること。事の次第。
※僻襄? 澼嚢の誤植?
※支体酸輭:だるく痛む 「輭」は「軟」に同じ
※鶏鳴瀉:早朝・明け方に起こる水瀉性下痢。五更瀉。
※疝瀉:疝にて瀉下するもの。

2011年5月31日火曜日

当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
 当帰 川芎各三・ 芍薬 茯苓 朮 沢瀉各四・

  本方は元来婦人の腹痛に用いるべき方剤であるが、婦人に拘わらず、男子にもまた用いられる。即ちその目標とする處は、男女老若を問わず、貧血の傾向があ り、腰脚が冷え易く、頭冒・頭重・小便頻数を訴え、時に目眩・肩凝り・耳鳴・動悸のある事がある。筋肉は一体に軟弱で女性的であり、疲労し易く、腹痛は下 腹部に起り、腰部或は心下に波及することがあるが、腹痛がなくても本方を用いてよい。ただし、悪心・嘔吐のある者には用いない。此方は当帰・川芎・茯苓・ 白朮・芍薬・沢瀉の六味からなり、当帰・川芎・芍薬と伍して、貧血を治して、血行をよくし、茯苓・白朮・沢瀉と伍して、目眩・頭冒・頭重・動悸等を治し、 且つ尿利を調整する。



『漢方精撰百八方』
44.〔方名〕当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕当帰2.0 芍薬6.0 茯苓、白朮各3.0 沢瀉5.0 川芎2.0
〔目標〕証には、婦人妊娠して、腹痛し、小便少なく、冒眩し、手足寒冷なる者、とある。
 しかし一般には、妊娠に関係なく、男女ともに、瘀血症状のあるもので、陰虚証に属していて且つ水毒症状を帯びるものに適用される。
 即ち、貧血、手足寒冷、小便不利、或いは頻数、心悸亢進k眩暈、頭重、腹痛、軽度の浮腫があり、左腹直筋の攀急するものに適用される。女子では帯下、子宮出血がある。
 左腹直筋の攀急があるといっても、腹力は桂枝茯苓丸証よりは虚していて、時には腹直筋の攀急が認められず、腹全体が軟弱な場合にも適用される。実際には本方証と桂枝茯苓丸証と区別しにくい場合もあるが、本方証は症状が沈滞的傾向を帯び、桂枝茯苓丸証は、より流動的で、上衝傾向が強いように思う。
〔かんどころ〕いわゆる瘀血の臍傍の圧痛点の存在、出血傾向、鬱血傾向等の瘀血症状があり、更に浮腫、尿利異状、心悸亢進、眩暈等のある陰虚証のものに適用される。
〔応用〕駆瘀血剤としては、桂枝茯苓丸と共に最も頻用される薬方である。特に婦人の虚状を帯びた瘀血症状にはよく用いられる。また柴胡剤との兼用、合方でもよく使われる。大柴胡湯と合方するような場合もあるが、この場合は、水毒症状を兼ねた瘀血症状を目標として用いるので、必ずしも虚状が著明とはかぎらない。兎に角、応用範囲の広い薬方である。
(1)妊婦の腹痛で、下腹部が攀急し、尿利が減少するもの。妊娠中毒症の傾向があり、浮腫があるもの。
(2)産後で、眩暈、貧血、四肢寒冷、軽度浮腫、尿利減少するもの。
(3)出産時、弛緩性出血が強いものに、出産前数週間本方を連用する。習慣性流産。
(4)平常、手足に冷感を覚え、頭重、眩暈、子宮出血、月経異状があるもの、月経はどちらかと言えば早くなりがちで、量が多い傾向である。その点桂枝茯苓丸証はその反対の傾向にあると思われる。
(5)痔疾で出血を伴うもの、便秘の傾向が在れば加大黄にする。 伊藤清夫


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
 
  駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状は、実証 では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)・抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

4 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) (金匱要略)
 〔当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)各三、芍薬(しゃくやく)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)各四〕
  本方は、虚証の循環障害に用いられるもので、駆瘀血剤と駆水剤の作用をかねそなえている。虚証であるために、瘀血の腹証である小腹急結も下腹 痛としてしか認めることができない。しかし、下腹痛は激しく、劇痛を訴えることが多い。また、種々の神経症状をも訴える。したがって、貧血、全身倦怠感、 頭痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、不眠、心悸亢進、腹痛、腰脚の冷え、月経不順などを目標とする。本方は胃腸を害することがあるので、胃腸の弱い人に は、柴胡剤などと合方する。本方は妊娠期間中に服用すると、妊娠腎、悪阻その他の妊娠時の各種疾患を軽減し、出産も軽く、新生児も健康である。
 〔応用〕
 駆瘀血剤であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、当帰芍薬散を呈するものが多い。
 その他
 一 リウマチ、半身不随その他の運動器系疾患。
 一 そのほか、神経痛、脚気、腺病質など。




《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
54.当帰芍薬散 金匱要略
当帰3.0 桂枝,茯苓,牡丹皮,桃仁,芍薬,各等分右煉蜜にて丸となし,1日量3.0を用う。1日3回

(金匱要略)
○婦人宿有癥病,経断未及三月,而得漏下不止,胎動在臍上者,為癥痼害妊娠,六月動者,前三月経水利時胎也,下血者,後断三月衃也,所以血不止者,其癥不去故也,当下其癥,本方主之(妊娠)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 貧血冷え症で下眼瞼が貧血して眼の周辺に薄黒いクマドリが出て,頭重,めまい,肩こり,動悸などがあって,排尿回数多く尿量減少し咽喉がかわくもの。あるいは冷えて下腹部に圧痛を認めるかまたは痛みがあるもの。
 本方は男女を問わず筋肉骨格共に軟弱で血行障碍に起因する貧血冷え症の人の体質改善薬であり,長期間連用することにより身体を温め血色を良くし肌を美しくするので,内服美容薬としても有名である。にきび,しみ取りには本方に薏苡仁を加える。また長期服用により往々不妊症を治すこともあるか台,本方と小柴胡湯との合方を妊娠中に常用すれば流産,早産,妊娠腎を予防し,特に出産予定前3ヵ月にわたりこの合方を服用するとお産を軽くし,産後の肥立ちもよくし,健康な新生児が得られる。またこの合方にどくだみを併用しておけば通常胎毒といわれる新生児の湿疹を防止できる。本方は虚弱な婦人に多い自律神経不安定症にもよく用いられるが,胸内苦悶があって胸部または腹部の動悸が著しくのぼせる場合は柴胡桂枝乾姜湯が 咽喉に異物感があって,から咳をして神経衰弱が甚だしい場合は半夏厚朴湯が適する。また婦人や卒中体質でないものの高血圧症であまり血圧は高くなく,めまいや立ちくらみがひどく,尿意頻繁な症状には本方と苓桂朮甘湯との合方を用いることが多い。本方適応症状で便秘する場合は大黄1回0.3乃至0.5グラム加えるとよい。本方服用後のぼせて便秘する時三黄瀉心湯を投与するかあるいは桂枝茯苓丸に転方すべきである。本方適応症状であるにも拘らずしばしば見られる副作用は胃腸障碍であるから胃腸の虚弱な人に投与する際には小柴胡湯と合方するか,補中益気湯あるいは柴胡桂枝干姜湯の応用を考慮すること。本方服用後悪心嘔吐,胃痛,下痢などをもよおす場合は安中散,五苓散,小柴胡湯,半夏厚朴湯,半夏瀉心湯のうち適当な処方で治療すれば良い。

漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○当帰芍薬散は妊娠中の腹痛,婦人科的疾患の腹痛に用いるばかりでなく,冷え症で,血色がすぐれず,頭重,めまい,動悸,肩こりなどを訴えるものにも用いる。男女ともに用いてよい。
○妊娠中の諸種の障害を予防する意味で,この方を内服せしめる場合がある。いつも早期破水で胎児が死亡してそだたない婦人に妊娠3ヵ月頃よりこの方を内服せしめたところ,予定日よりおくれて丈夫な男児を無事に分娩した。妊娠するたびに腎臓炎を起す患者に,妊娠と判明すると同時に,この方を内服せしめて腎臓炎を予防することに成功して無事に分娩を終った例もある。
○当帰芍薬散は元来,粉末にして酒でのむことになっているが,水でせんじてのんでもよい。胃の弱い人には,煎じてのんだ方が胃にもたれなくてよい。

漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○筆者の恩師湯本求真翁はすべての慢性病に必ず桂枝茯苓丸か当帰芍薬散を用いた。例えば大柴胡湯合桂枝茯苓丸とか小柴胡湯加当帰芍薬散というふうにしていた。先生によれば慢性病はすべて瘀血に関係があるからこれを治するには瘀血を治する方剤を必ず用いなければならないというのであった。桂枝茯苓丸と当帰芍薬散との使用上の区別を先生は次のように話された。筋肉が軟弱で,しまりがわるく,血色のすぐれない貧血の傾向があるものに用いる。当帰芍薬散は貧血性瘀血を治する効がある。美人には当帰芍薬散の証が多い。私は先生に説に暗示を得て,当帰芍薬散の目標を次のように定めた。当帰芍薬散の目標は男女老若を問わず,貧血の傾向があり,腰脚が冷えることがある。筋肉は一体に軟弱で,女性的であり,疲労しやすく,腹痛は下腹部に起り,腰部或は心下に波及することがあるが腹痛がなくても本方を用いてよい。

漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○痩せ型で貧血ぎみの婦人,手足や腰脚が冷え,脈も腹部も緊張が弱く,頭重感,頭痛,めまい,肩こり,動悸,耳鳴,腰痛,などを訴え,疲れやすいもの,月経不順や月経困難があるもの。
○当帰芍薬散の古典の指示は,婦人懐妊(妊娠)腹中㽲痛(こわばり矢む)するには当帰芍薬散之を主る。ただし実際には,妊娠中に限らず広く女子の病気に用いられる。また男子に用いることもある。
○当帰芍薬散の腹証は多くの場合軟弱無力で,心下部に振水音をみとめることも少なくない。またときには下腹部が自覚的に冷え,他覚的には冷たいことをみとめることがある。
○胃弱の人で,当帰,川芎,が胃にもたれるものがある。こういうとき,わたしは当帰,川芎の分量を減らしたり,更に人参湯を合方したりして用いる。
○<類聚方広義> 妊娠中や産後,下痢腹痛,尿利減少,腰脚麻痺脱力,或は眼が赤くなって痛むもの。もしくは下痢が止まずさむけがするものには附子を加え,また下痢しないで便秘するものには大黄を加える。
○脱肛 百疢一貫に男子の脱肛で時々糸のように出血し,卒倒して後で腹が痛むものに本方を用いてよくなったとある。
○歯痛がひどくて,水でも湯でもしみて痛むものによいということが鍼術秘要と古家方則にある。
○証治摘要 婦人が月経のさいやお産の前後に軽い頭痛のおきるときは本方に香附子散を兼用する。
○打撲,驚愕,急に力業をしたあとなどで,気の凝ったときは,さむけも熱もなく呼吸が促迫し,胸が痛むことが多い。腹診すると右胸脇より心胸中に攣急して痛むものである。これは水血凝結(体液や血液のめぐりわるい)した実証のものである。しかしこれは下痢の症ではないから,当帰芍薬散がよいということが古訓医伝にあるので参考にされたい。
○内科秘録 帯下,婦人が稀薄な帯下があって,いつも卵の白身のようなものを下し,ひどいときは下着を潤すほどにある。しかし臭気も痛みもない。種々と治療しても止まず,若い時は多いが年をとると減少する。また月経が終ると薄い水のような帯下があり,一生こういうことが続く者がある。このような水様の帯下のある人はほとんど不妊症で,これを白淫という。このようなときにはみな当帰芍薬散がよい。
○古家方則
 ①関節炎,膝関節が痛む人が,常に疝によって小腹(下腹)が攣急するとき。
 ②流産,常習性の流産には当芍散と人参湯煉丹を兼用するとよいと書いてある。
  ただし患者は当帰芍薬散だけで習慣性流産にしばしば効果を得ている。
  また冷え症で胃腸の弱い婦人に人参湯の合方がよいことも経験している。
 ③耳疾患,耳漏が多く,難聴気味のものによい。
  方中に猪苓を等分加えて,散とし食後酒で服用し,1日3回用いる。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は元来,婦人の腹痛に用いるべき方剤であるが,婦人に拘わらず,男子にもまた用いられる。即ちその目標とする処は,男女老若を問わず,貧血の傾向があり,腰脚が冷え易く,頭冒,頭重,小便頻数を訴え,時に目眩,肩凝り,耳鳴,動悸のある事がある。筋肉は一体に軟弱で女性的であり,疲労し易く,腹痛は下腹部に起り,腰部或は心下に波及することがあるが,腹痛がなくても本方を用いてよい。(中略)本方の運用は頗る広く,婦人妊娠中の諸種の障害を未然に防ぎ,産後の肥立をよくする効がある。また月経痛,及びその他の婦人科的諸疾患に応用する場合が多い。その他慢性腎炎,半身不随症,軽症の心臓弁膜症,脚気等にも用いられる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 (構成) 当帰,川芎は循環障害(血証)茯苓,白朮,沢瀉は水分代謝障害(水証),芍薬は補力の薬だから,この処方は血水証で,しかも虚証に行くものだと見当がつく。そのうち血証は下腹部に,水証は心下部に病変の主体がある。そして虚の状態において,水血が相互に関係しながら全身的な症状を呈してくるものである。
 運用 1. 虚証,貧血性,冷え性の人の神経症状を目標にする。
 疲労倦怠性で無気力,眩暈,耳鳴,肩の凝り,頭痛,頭重,心悸亢進,不眠症を訴える男子でも女子でもかまわない。この場合局所に拘泥せず全身的な体質を狙った方がよい。事実この処方は,ある意味では体質改善薬であり,その意味では病にかかるのを予防するともいえよう。なぜならそういう体質の素地の下に発病しやすい条件がえられるからである。当帰芍薬散証の人は熟練すれば一目で大体見当がつくもので,第一血色が悪い。決して赤ら顔ではない。それもただ貧血して色が生白いというのではなく,蒼味がかり,何となく黒味を帯びているような血色で,しかも色艶がない。艶々しいなどは有り得ない。そうしてやや乾燥気味でありながら水っぽいようなたるんだ肌である。つまり皮下に水気を帯びて,そのために血のめぐりが悪く,締りがなくてたるんでいるような肌をしている。冷え性であることは時候につり合わない厚着をしていたり,襟元をきつくし,あるいは時々襟を合わせるような仕草をしたり,夏でも足袋をはいていたり,冬は足袋カバーをしていたり,衣服をしっかり身につける風で,和服なら襟を見れば重ね着していることが直ぐ判り,春ならいつまでも冬仕度のままだし,秋なら早くも冬仕度という次第。冬なら手をこすったり,火鉢が置いてあればそれを抱えるようにして手をかざし,手をこすり合わせる。もちろん風に当ることを好まないから窓や襖を締め切りたがる。夏なら扇風機の当る所は好まない。虚証であることは何となく活気がなく,疲れたような眼,物腰,声も低くあるいは細く,ゆっくりと短く切って話す。時には反対に高い調子で早口に話すものもいるが,それは少ない。じっとしていてあまり身体を動かさない。時にはひとつの姿勢を長く保つことが出来ないで,しばしば姿勢を変えるが,その際何かにもたれるとか,腕や膝を組んでX線状を作るとかしたがる。前こごみで決して身体をそらすことはない。歩き方も物静かで足音も低く,歩幅もせまい。ドアーの開け方にもそれがあらわれる。およそこんなふうで当帰芍薬散だなとの第一印象を受けるが,しかし,それだけではまだ本当に確実とはいいかねる。次に訴えをきいているうちに,ますます確かにそうだとの判断が下せるようになる。その訴えは一言にしてつくせば,どこがどうということのないような訴えで,しかも訴える数が多く,こちらから引張り出していけば後から後から訴えが出てくる。だから普通の医師からは神経質だとあしらわれてしまうような結果にもなるが,よく考えてみるとぐあいの悪くないところからは訴えの出てくるはずがない。神経を起こす本がなければならぬ道理である。ただそれが身体的にどこという局所的な変化を他覚的に証明しがたいので,神経だと一蹴されてしまうに過ぎない。不定な訴えで全身的に亘っているものは全身的体質的に取扱うのが正しい。当帰芍薬散が神経質,神経衰弱,ヒステリー,卵巣機能不全,更年期などと称せられるものに多く使われる取以はは実はこの点に基づいている。その他前に挙げた眩暈,耳鳴以下の各症状を主訴とするものにも適用されることはいうまでもない。

 運用 2. 月経障害
 月経不順,月経困難,月経過多過少,経閉,帯下,子宮出血等および,それに伴う諸症状に使う。諸症状とは例えば腰痛,足腰の冷え,運用1の神経症状などである。

 運用 3. 貧血性,鬱血性の循環障害症状
 例えば痔,脱肛,凍傷,神経痛,リウマチ,流産癖,早期破水,子宮脱,不妊症,半身不随などに使う機会が相当にある。この際体質を考慮すべきはもちろんである。

 運用 4. 虚証の浮腫
 月経時の浮腫,腎臓疾患,妊娠腎での浮腫などその種類を問わず,循環障害に伴うものを体質的にみて此方を用いる。脉は沈弱で小便自利である。浮腫を転用して,湿疹等の皮膚病,虚証のじん麻疹に本方を使うことがある。又小便自利を転用して,夜尿症や前立腺肥大,萎縮腎等で,夜数回に及ぶものを治す。八味丸と区別を要するが,八味丸には口渇や下腹部の軟弱がある。

 運用 5. 下腹痛
 「婦人腹中諸疾痛」(金匱要略婦人雑病)
 「婦人懐妊,腹中★痛」(同書妊娠病)
 腹中とは腹の深部と解しておく。疾痛,★痛ともに急痛の義。病理的には局所性貧血と水分過剰によって起ると考えられる。急性に起こる場合ももちろんあるが,鈍痛が永く続いた場合にも本方を使ってよい。特に婦人としたのは,婦人は生殖器における循環障害を起こしやすいからだが,男子に用いてももちろん差支えない。

 運用 6. その他
 前述した症状を本にして運用すべき場合で,例えば心悸亢進,浮腫,或は眩により,心臓弁膜症に或は胃部拍水音により,胃アトニーを伴う胃症状に虚証のいぼに本方加薏苡仁(8.0)を,腹痛により慢性腹膜炎や胃痙攣に,全身状態及び神経症状を目標に肺結核に使う如くである。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 虚証の瘀血(血虚)と水毒による症状で,体質は陰虚証である。主訴は貧血と腹痛である。全体的に見て,貧血性で筋肉の緊張は弱く,痩せ型,色白で脈も沈んで弱く,腹壁は一般に軟かく,心下部に拍水音を証明することが多く,下腹部の抵抗や圧痛は一定しない。腹証奇覧では臍傍に拘攣するものがあって,これを圧迫すると腰や背にひびくのをもって本方の腹証としている。腹痛は下腹の深部に起こり,温かい手で按ずると軽快する。小便は近く多量で,ときには浮腫がある。訴えは全身倦怠,足冷感,頭重,眩暈,耳鳴り,肩こり,腰痛,心悸亢進等である。


〈漢方と漢薬〉 第2巻 第9
当帰芍薬散の運用について 大塚 敬節先生

 当帰芍薬散の金匱要略,婦人妊娠病編と婦人雑病編とに見え,桂枝茯苓丸と好に日常,予等の繁用する方剤である。
 妊娠病編では,婦人懐妊,腹中㽲痛,当帰芍薬散主之。
とあり,婦人雑病編では,
 婦人腹中諸疾痛,当帰芍薬散主之。
となっている。右の論によって,当帰芍薬散が,婦人の諸種の腹痛を治する所以を知り得るのであるが,此方の運用は唯それだけに止るだろうか。金匱要略に現れたる文字に拘々たる時は,本方の運用は極めて狭い範囲に限定せられてしまうのであるが,薬能の方面より帰納して得たる知識と,先輩の治験,口訣等より得たる暗示とを資料にして,再び金匱要略の章句を玩味してみると,此方剤が諸種の疾患に広く応用せられる所以を知り得るのである。
 さて此方は吉益南涯の得意の方で,盛んに諸病に活用し,その運用方面に於ては,南涯の発明が頗る多いが故に,先づ南涯は如何に当帰芍薬散を解説したか,その方面から筆を進めてみよう。南涯は方庸では,「当帰芍薬散。腹中の血滞り,気急不循の者を治す。其症に曰く腹中拘急,是れ血滞り気急なり,当帰建中湯は其症同じと雖ども其所以在少し異れり,当帰建中湯は下より迫る故に,脚攣急或は腰背に引きて痛むの症あり,此方の症は腹より起って胸背に迫る。故に胸背強痛して攣急腰痛なし」とあって,当帰建中湯と当帰芍薬散の腹痛とは,その位置が異なることを指摘している。また金匱要略釈義でも,これに類した説明があり,当帰芍薬は,肩背心下へ差込む傾向があり,心下には水気が滞り,虚里の動が亢ぶり,小便自利等があると云っている。ところで,南涯の続建珠録や成蹟録を見れば気付く様に,南涯は足の攣急する者にも当帰芍薬散を用いている。この場合は足の攣急を客証と診たものであろう。なお右の南涯の説を明瞭ならしめるためには,南涯の気水血薬徴や薬能考を見る必要がある。左に薬能考を引用する。
 当帰 血滞りて気循らざるを治す。曰く厥寒,日?痛,曰く刺痛なる者は血滞りて気循らざるの証なり。
 芍薬 血気急,循環する能はざる者を治す。曰く頭痛,曰く腹痛,曰く身疼痛,曰く急痛,曰く攣急,曰く悪寒,曰く下利なる者は,血気急,循環する能はざるの証なり。
 茯苓 血分に水気ある者を治す。曰く肉瞤筋惕,曰く四支聶々動く(気暢んと欲して行かず,水気を塞ぐなり)曰く,身重く振々揺をなす,曰く身瞤動,曰く臍下悸,曰く心下満,曰く頭眩なる者は,血分に水気あるの証なり。曰く悸,曰く動,曰く煩躁なる者は,水少きなり,曰く重,曰く満なる者は,水多きなり,水の多少に在るなり。  主として水気を逐ふ者なり。故に能く身煩疼或は心下満痛,或は心下満なる者は水気不循の証なり。若し気の不循劇ければ小便自利す,以って其気を逐へば則ち自利故に復す,気鬱結すれば則ち小便不利す,朮をもって之を逐へば則ち必ず効を得るなり。
 沢瀉 血気迫りて水を逐ふ者を治す。曰く眩,曰く渇なる者は血気迫るの証なり,曰く汗出で,曰く吐水,曰く小便不利或は反って多き者は水を逐ふの証なり。
 川芎 血気の上攻する者を治す。

 右の薬能を頭に入れておいて,南涯の治験を読むと了解が容易である。

 男女老若の如何を問わず,血色の勝れないこと,貧血の傾向があり,或は皮膚が土色であること,腰脚が冷え易いこと,冷えると頭が重く(殊に後頭部)何か物をかぶっている様で,天気のわるい時などは,それが特に著しいこと,冷えると小便頻数になること,時に眩暈や耳鳴があり,肩が凝ったり動悸がしたりする,また筋肉が一体に軟弱であること,疲労し易いこと,胃内停水を証明するが,食欲には変化の少ないこと,下腹部が拘急し,それが腰部にまで波及し或は心下部まで連ること,そして以上の諸症状が寒冷に遭へば,増悪すること等は,当帰芍薬散を用うる予の案であるが,腹痛のある時は,眩暈や頭冒を訴えることが少く,頭重や肩凝りを訴えるときは,腹痛を伴わない場合が多い。これは葛根湯証で下痢する場合は項背強急を訴えることがなく,項背強急のある時は,下痢を伴わないと同じ機転によるものであろう。
 右の案を持して,予は,脚気,慢性気管支炎,腎臓炎,妊娠腎,流産癖,早期破水癖,関節ロイマチス,神経痛,痔疾,諸種の下腹痛特に子宮及びその附属器に来る(炎症激しからずして)疼痛,涙嚢炎,陰性の眼充血(充血という言葉は穏当でないかも知れないが)慢性中耳炎,半身不随症等に用いて効を得た。その他,現代医学的には病名の附け様のない病人で,先に述べた如き症状を訴える者にも,此方は仲々効のあるものである。予が此の案を得るに至ったのは,湯本求真先生の口訣にヒントを得たものである。
 南涯の気血水薬徴や観証弁疑の説に多分の影響をうけたというよりは,寧ろ南涯の説を押し広めて徹底せしめたと,云った方が適当かと思われる。宇津木昆台は,当帰芍薬散条に於て,実に,此方は,活用広くして,神仙の伝方なること疑なしと云っている。左に古訓医伝の一節を引用して,知見を広める一助にしようと思う。

 古訓医伝 巻20
 ○婦人,懐妊,腹中★痛,当帰芍薬散主之。さて懐妊は,元より水血胞内に集りて,胎を養ふ者なれば,動もすれば,其水血和せずして,腹中★痛をなすなり,★痛とは,俗にうねうね痛と云これなり,字典に,★又作☆,音絞,説文に,腹中急也とあ責,広韵に,腹中急痛とあり,方書に穢気感触邪熱而発之病とあり,音樛ともあり,音惆ともありて,小痛なりと云り,これ多くは右の脇腹より,心胸に迫り,下は小腹に至るまで,水血和せずして痛む者なり,皆右の方を主として用ゆべし,同じ腹痛にても左りは柴胡のかかる者なり,真中は建中湯の痛なり,柴胡と,この当帰芍薬湯とは,上心胸までに及ぶなり,小建中湯は,腹中のみなり,又上に及ぶときは転変によりて,大建中湯か,又半夏瀉心湯のかかる者もあり,これ同じ腹痛にても,左右上下にて少しづつの差別あるを察すべし(大塚曰く,以上の如く疼痛の位置によって方剤が決定しているのではない。これは参考にすればよいと思う。)この方は,至て活用が多くして,一切の打撲驚動より,右の胸腹へさしこみ,心胸咽喉までも,迫りて痛み,息も留るように覚え,或は水血堅凝して,塊物を生じて,痛む等まで,ことごとく水血の凝結を解散して,痛をゆるめること、実に奇妙なり,若し水血の凝結の甚しき証には,人参を加え,又瘀血のある者には,大黄を加え,背部までも徹して凝る者には,葛根を加うべし,男女共に,水血の凝りを目当とし,右の方を主として用ゆべし,左の方には少しも効なし,(大塚曰く,予防昆台先生を尊信すること厚きも,本方が左側痛に効なしとの説には讃同いたし難し)三因方,腹痛下利治法の条に,この当帰芍薬散を挙たり,其文に曰,治妊娠,腹中絞痛,心下急満,及産後,血暈,内虚,気乏,崩中,久痢,常服通暢血脉,不生癰瘍,消痰養胃,明目,益津とあり,其方後に元和紀用経云,本六気経緯内,能袪風補労,養真陽退邪熱,緩中,安和心志,潤沢容色,散邪寒温瘴疫,安期先生,賜李小君,久餌之薬,后仲景増減,為婦人懐妊腹痛,本方,用芍薬四両沢瀉茯苓川芎各一両当帰白朮各二両亦可以蜜為丸服と云り,実にこの方は,活用広くして,神仙の伝方なること疑なし,余もこれまで一切腹痛に,水血の凝りたる証に用て,毎々功を得たり,散薬,丸薬にして用ふるよりは,煎湯の方大に功あり故に当帰芍薬湯と改む。

予は当帰芍薬散を湯として用ふる場合は,次の分量を大体の標準としている。
  当帰 川芎 各2.0 茯苓 朮 各5.0 沢瀉7.0 芍薬 6.0-12.0
  水三合五勺に清酒五勺を混じたる液に右六味を入れ煮て二合を取り1日3回服用。
 さて,予は順序として,ここに南涯の治験を掲ぐべきではあるが,その大半は既に,湯本求真先生著皇漢医学に引用されてあるから,徒に紙数を費すのを惜しみ,これる割愛し,これに代るに,先輩の簡単な口訣を少しばかり採録してみる。

 (1)荻野台州曰く,子嗽なる者は,胎気の生長に因り,水心下に停りて欬をなすなり,当帰芍薬散に宜し。
 (先哲医話)
 按ずるに,子嗽は今日の妊娠咳である。これと同じ意味のことが方輿輗にも出ている。

 (2)婦人妊身,便閉或は便遠の者必ず産重し,此方を用て可なり。(腹証奇覧)

 (3)下疳,腐爛痒痛,水血浸瀾の者,当帰芍薬散料之を主る。(長沙瘍方)

 (4)血風瘡,甚しき者,紅色,疼痒,脂水流れ,痂落ちざる者は当帰芍薬散料之を主る。(長沙瘍方)
    小林孤雲按ずるに血風瘡は,血水を追ふなり,形楊梅瘡の如く往来寒熱す,小なる者は赤小豆の如く大なる者は梅李の如し。


 (5)当帰芍薬湯,中風右身不遂,手足甚しからず,胸肋脇腹,拘急攣痛の者を治す。若し水血の凝結甚しき者は,烏頭一両を加ふ。肩背強急の者には葛根四両を加ふ。(風寒熱病方緯篇)

 (6)走馬牙疳にて歯齦潰爛する症にて,軽く,膿血なくあるいは虚損の者を治す,頣骨腐敗する者は,潰注と称す,此方にて大ひに効ある者なり。(鍼術秘要)

 (7)耳孔より臭膿を出し音声出て難きを治す,方内に猪苓を加へ或は散となし酒にて服すこと尤も妙なり。(鍼術秘要)

 (8)膝頭腫大にして疼痛し,其人常に少腹攣急する者,方内に附子を加ふ。(鍼術秘要)
    附子を加へずとも効あり。軽々に附子を加へてはならぬ。

以上で本稿を終るのであるが,当帰芍薬散が婦人妊娠病編と婦人雑病編とに出ているということを頭に入れ,婦人に拠って代表される一種の傾向,それば単に体質のみでなく,その日常の挙動より精神の方面までも,婦人的(この言葉は学問的ではないが,男性的に対立する一種の傾向)なることを目的とする時は,婦人でも本方を用ゆべからざる者あり,男子にも亦本方を用ゆべき者のあることを推知せられたい。吉益東洞が遂に一生,此方を用いずして世を去り,吉益南涯が益んに此方を活用したということは,二人の為人を知っている者にとっては,興味深いことである。

勿誤方函口訣>  浅田 宗伯先生 此の方は吉益南涯得意にて,諸病に活用す。其治験続建殊録に悉し,全体は婦人の腹中★痛を治するが本なれども,和血に利水を兼ねたる方故,建中湯の症に水気を兼ぬる者か,逍遙散の症に痛を帯る者か,何れも広く用ゆべし。華岡青洲は呉茱萸を加えて多く用いられたり。又胎動腹痛に此の方は★痛とあり,芎帰膠艾湯には只腹痛とありて,軽きに似たれども爾らず。此方は痛甚しくして大腹(上腹部)にあるなり。膠艾湯は小腹(下腹)にあって腰にかかる。故に早く治せざれば将に堕胎の兆となるなり,二湯の分を能く弁別して用ゆべし。


     当帰芍薬散の効く人が、長く病気をしている場合には、
     柴胡桂枝乾姜湯を加えるととても良く なることが多い。(益田総子)
     
     当帰芍薬散がよく効く人なら、むくむ時は半夏白朮天麻湯が効き、
     体調不良や微熱が長く続くなら、柴胡桂枝乾姜湯がよく効きます。
     カゼを引いたなら桂枝湯が効きますし、
     おなかの弱い人なら人参湯や小建中湯が効く場合が多いのです。(益田総子)


※肉瞤筋惕(にくじゅんきんてき):筋肉がぶるぶる震えること。筋肉がピクピクと動くこと
★:疒に巧のつくり
☆:疒+千

【添付文書等より】
効能
【ツムラ】
筋肉が一体に軟弱で疲労しやすく、腰脚の冷えやすいものの次の諸症。

  • 貧血、倦怠感、更年期障害(頭重、頭痛、めまい、肩こり等)、月経不順、月経困難、不妊症、動悸、慢性腎炎、妊娠中の諸病(浮腫、習慣性流産、痔、腹痛)、脚気、半身不随、心臓弁膜症。

【クラシエ・他 】
比較的体力が乏しく、冷え症で貧血の傾向があり、疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴える次の諸症。

  • 月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労けん怠、めまい、むくみ)、めまい、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ。

【コタロー】
貧血、冷え症で胃腸が弱く、眼の周辺に薄黒いクマドリが出て、疲れやすく、頭重、めまい、肩こり、動悸などがあって、排尿回数多く尿量減少し、咽喉がかわくもの、あるいは冷えて下腹部に圧痛を認めるか、または痛みがあるもの、あるいは凍傷にかかりやすいもの。

  • 心臓衰弱、腎臓病、貧血症、産前産後あるいは流産による貧血症、痔核、脱肛、つわり、月経不順、月経痛、更年期神経症、にきび、しみ、血圧異常。

【三和】
貧血、冷え症で顔色が悪く、頭重、めまい、肩こり、動悸、足腰の冷え等の不定愁訴があって、排尿回数が多くて尿量が少なく、下腹部が痛むものの次の諸症。

  • 貧血症、冷え症、婦人更年期症、不妊症、流産癖、妊娠腎、ネフロ―ゼ、月経不順、子宮内膜炎、血圧異常、痔脱肛、尋常性ざ瘡。

【ホノミ】
比較的体力が乏しく冷え症の次の諸症。

  • 貧血、月経不順、月経異常、更年期神経症、めまい、耳なり、ヒステリー、浮腫、つわり、妊娠腎、帯下、慢性腎炎、血圧異常、冷え症、腰痛、坐骨神経痛、各種婦人科系疾患の補助療法、産前・産後或は流産による障害時の疲労けん怠・回復促進、心臓衰弱、痔核、脱肛

【一般用】
体力虚弱で、冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴えるものの次の諸症:
  • 月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい・立ちくらみ、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ、耳鳴り


【副作用】
胃の不快感、食欲不振、吐き気、下痢
発疹、発赤、かゆみ
肝機能の異常

2011年5月26日木曜日

桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
桂枝茯苓丸
 本方は桃核承気湯と同じ駆瘀血剤であるが、方中 の甘草・大黄・芒硝を牡丹皮・茯苓・芍薬に代えたものと見做すことが出来る。従ってその応用目標は、桃核承気湯のようで便秘の症がなく、一般症状が緩和で ある。故に下腹部に抵抗圧痛のある腫塊を触れることはあっても、桃核承気湯の腹證として挙げた急結を証明することはない。
 本方中の牡丹皮・桃仁は血液の凝滞を散じ、血塊を解き、桂枝は以上の諸薬に協力してその作用を強化し、芍薬は欝血を散じ、以上の諸薬と共に鎮痛の効を発揮する。茯苓は一種の緩和剤で利尿の効がある。
 本方は婦人科的疾患、殊に子宮並びにその附属器の炎症、即ち子宮内膜炎・子宮実質炎・子宮周囲炎・卵巣炎・卵管炎及び月経不順による諸種の障害・月経困難、流産後出血の止まないもの、子宮筋腫・腹膜炎・打撲症・痔核・睾丸炎等に用いられる。



『漢方精撰百八方』
7.[方名] 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
[出典] 金匱要略
[処方] 桂枝4.0 茯苓4.0 桃仁4.0 牡丹皮4.0 芍薬4.0
[目標] 婦人で癥毒があるもの、つまり腹の中にしこりのあるもの、妊娠の初期に不正出血のあるもの、腫瘍性の婦人科疾患がある人が妊娠した場合。
[かんどころ] 本方の腹証は下腹部、殊に恥骨上部に圧痛があるものである。この腹証があって骨盤臓器に婦人科疾患があると認められるものはすべて本方をやってまず間違いない。
[応用] 本方は非常こ応用範囲の広もので、ことに産婦人科領域の疾患には不可欠である。
 婦人の癥病はさしあたり子宮筋腫、卵巣嚢腫などをさすものであろう。子宮筋腫に本方を用いると不思議に腫瘍が縮小する。本方で巨大な子宮筋腫が消失した例の報告もある。病理学的に筋腫がどういう変化を生ずるものであるかはわからないが、漢方処方の治験には子宮筋腫の縮小の場合のように説明のつきかねる治癒機転をとるものが随分ある。たとえば肝硬変の場合の腹水が漢方の処方で消失して臨床的に肝硬変そのものがなおってしまうような例である。
 卵巣嚢腫も本方で小さくなるし、触診上腫瘤を触れていたものが本方で全治し触知し得なくなつた例も経験している。
 卵巣嚢腫でー方の卵巣を手術で除去され、他方の卵巣にも嚢腫があるから手術すると病院で指示されたものに、本方を与えたところ、妊娠して見事に出産した例もある。”金匱に癥痼妊娠を害す”とあるのがこのような場合を言うのであろう。
 妊娠初期の不正出血には本方がよく適当して、無事妊娠を継続する場合は屡々である。
 専門医に子宮癌初期と診断されたものが本方で全治した例がある。
 流産癖の妊婦に本方を与えて無事出産せしめた例もある。
 権威ある病院で乳癌と診断されたもので、本方であとかたもなくなおした数例を経験している。これを結果的に言えば本方は駆瘀血剤であるから、乳癌の本体的原因は”瘀血”であるとも言えると思う。
 本方には女性ホルモンを調整する作用があると考えられる。そのーつの根拠として本方で手掌角化症がよく治ることである。
 月経困難症も本方の主なる適応症である。
相見三郎


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
 
 駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状は、実証 では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
  駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)・抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

3 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)  (金匱要略)
 〔桂枝(けいし)、茯苓(ぶくりょう)、牡丹皮(ぼたんぴ)、桃仁(とうにん)、芍薬(しゃくやく)各等分を煉蜜丸としたもの、湯の場合は各四〕
  駆瘀血剤の中でもっとも繁用される薬方で、桃核承気湯は気の上衝が激しく、上衝も強いが、本方は、それにくらべると静的であり上衝も弱い。 しかし、気の動揺、神経症状、小腹急結などは弱いがらもある。本方は、表証はなく、裏に熱があり、上部には各種神経症状、下部と体表にうっ血性循環障害を 認めるもので、のぼせ、めまい、頭痛、肩こり、心悸亢進、足の冷えなどを目標とする。
 〔応用〕
 駆瘀血剤であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、桂枝茯苓丸證を呈するものが多い。
 一そのほか、気管支喘息、甲状腺腫、坐骨神経痛、肝炎、腹膜炎、リウマチなど。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
20.桂枝茯苓丸 金匱要略
桂枝,茯苓,牡丹皮,桃仁,芍薬,各等分右煉蜜にて丸となし,1日量3.0を用う。1日3回

(金匱要略)
○婦人宿有癥病,経断未及三月,而得漏下不止,胎動在臍上者,為癥痼害妊娠,六月動者,前三月経水利時胎也,下血者,後断三月衃也,所以血不止者,其癥不去故也,当下其癥,本方主之(妊娠)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
  のぼせ症で下眼瞼が充血し,血色はよく,頭痛,肩こり,めまいなどがあって冷えを伴い,下腹部に圧痛を認めるもの。本方は当帰芍薬散と共に婦人科疾患に広 範囲に応用される。当帰芍薬散適応症との鑑別は,本方適応症状が下眼瞼充血し,血色もよく,頭痛を訴え,月経困難即ち月経痛あるいは無月経,月経周期の不 足などを伴なうのに対し,他は下眼瞼が貧血し,顔色もすぐれず,頭重,利尿障碍を強く訴え,月経不順即ち月経前の鈍痛,あるいは月経周期はかなり正確であ るに拘わらず,月経量が少ないこと,または月経終了後も不快感が残るなどの症状に適する。また前者は子宮および附属臓器における充血による炎症に適する が,後者はそれらの臓器における貧血による機能障碍症候群に効果がある。但し両者の鑑別が困難な症状には,両者を合方して与えてもよい。本方を連用すれば,所謂古血のある婦人の不妊症を治したり,あるいは肌を美しくする効がある。本方が奏効すれば時には血塊下り,出血や下痢をすることもある。本方適応症状で便秘する場合は大黄1回0.3乃至0.5グラム加えるが,主にこれは初期に適応し,慢性に経過し,しかも頭痛,のぼせがあって頑固な便秘を伴ない,四肢の末端や腰がひどく冷える時は桃核承気湯が適当である。本方適応症であるにもかかわらず,しばしば見られる副作用は胃腸障碍であるが,小柴胡湯と合方すればこれをかなり予防できる。またこの二方の併用は便秘のひどくない人の蕁麻疹に卓効を示す場合が多い。本方を服用後,めまいや著しい口渇を訴えるものは五苓散で治療できるし,当帰芍薬散への転方も考慮すべきであり,更に目の充血や頭痛がとれない場合は苓桂朮甘湯や黄連解毒湯を試みるとよい。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 のぼせ症で充血(下眼瞼,その他のヒフ粘膜)しやすく,頭痛,肩こり,めまい,心悸亢進などがあって冷えを伴い,下腹部に圧痛を認めるもの。本方は婦人科疾患で炎症や充血あるものおよび,ヒフ科,外科疾患に繁用されている。したがって適応症記載の疾患に応用する場合,下眼瞼,歯ぐきなどの充血を目安に投与すればよい。本方は栄養血色ともに良好な婦人の子宮ならびに子宮附属器官の炎症性疾患に用いる。若い未婚婦人には本方の適応が多く,既婚者には当帰芍薬散が適するものが多い。本方適応の目安となる血色良好または充血は,その人の血液量や血流量が多く,血液循環の速度の早いことが考えられる。したがって,こんな人に現われる症状の多くは炎症性疾患や,出血過多あるいは血液の透過性が亢進するヒフ病,これらに随伴する神経症状などである。具体的な症候として頭痛や,のぼせ,月経痛などがあるが,この場合の頭痛は内分泌異常による脳下垂体の機能が亢進して下垂体の膨張か,脳内の末梢血管充血などが考えられる。本方が適応する月経不順や月経困難は,月経周列が比較的不定で下腹部痛や圧痛を認め,興奮型の神経症状を伴うものを目安にすればよい。湿疹,ジンマ疹,ヒフ炎には炎症,充血な体果e認める紅斑期または丘疹期に用いることが多く,肉眼的には一般に患部が鮮紅色を呈している。赤くてきれいなにきびには内服治療薬として本方が有効である。交通事故などによる打撲には,すみやかに本法を服用させること。服用開始が早ければ早いだけ後遺症を軽減させることができる。服用期待は最低10日を要する。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○体格中くらい,虚実中等の体質の人が,瘀血による諸症状を呈し,便秘の傾向がなく,症状が緩和なものである。
○瘀血の一般症状は,口が乾燥してつねに口に水を含んでいたい。尿利が多い。体温が上昇していないのに全身または局所的に熱感を覚え,唇や舌の辺縁が暗紫色を呈し,皮膚がくすんで浅黒く,あるいは汚ならしい発疹や肌荒れ(いわゆるさめ肌)が出る。大便が黒色で臭気が強く,青すじや諸種の出血傾向がある。
○諸種の出血としては下血,子宮出血,鼻出血,歯齦出血,皮下・粘膜下出血(紫斑)などがある。
○女子では月経不順,無月経,その他の月経困難,不妊症あるいは流産ぐせなどのほか,下腹痛や帯下などがある。
○腹証としては,下腹に圧痛を伴う抵抗や腫瘤をみとめるが,腫瘍やガス塊と区別しなければならない。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は桃核承気湯と同じ駆瘀血剤であるが,方中 の甘草,大黄,芒硝を牡丹皮,茯苓,芍薬に代えたものと見做すことが出来る。従ってその応用目標は桃核承気湯のようで,便秘の症がなく,一般症状が緩和で ある。故に下腹部に抵抗圧痛のある腫塊を触れることはあっても,桃核承気湯の腹証として挙げた急結を証明することはない。本方中の牡丹皮,桃仁は血液の凝滞を散じ,血塊を解き,桂枝は以上の諸薬に協力してその作用を強化し,芍薬は鬱血を散じ,以上の諸薬と共に鎮痛の効を発揮する。茯苓は一種の緩和剤で利尿の効がある。本方は婦人科的疾患,殊に子宮並びにその附属器の炎症,即ち子宮内膜炎,子宮実質炎,子宮周囲炎,卵巣炎,卵管炎及び月経不順による諸種の障害,月経困難,流産後出血の止まないもの,子宮筋腫,腹膜炎,打撲症,痔核,睾丸炎等に用いられる。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 婦人に多いのであるが,もちろん婦人ときまったわけでなく,男子にも頻繁に用いられる。その体質傾向はしっかりしていて,実証で赤ら顔が多く,腹は大体において充実している。左右の臍傍,とくに左側の下腹部に充実した抵抗を触れ圧痛を訴えることが多い。全体として桃核承気湯よりは静的で固定的である。脈は緊張があり,沈んで遅い場合が多い。主訴はのぼせ症で,頭痛肩こり,めまい,足冷えを訴える。下腹の張り,疼痛のあることもある。


続漢方百話〉 矢数 道明先生
 本方は婦人に用いることが,瘀血による諸症状に対しては,老若男女を問わず応用できるものである。本方の適応する体質は,概していえば実証でしっかりした体格,顔色もよく,あるいは多血質,鬱血性で口唇指端等にその徴候が認められ,脈も沈んで力があり,腹証は全体に充実した感じで,左右特に左の臍傍より下腹部にかけて充実した硬結,抵抗を触れ,これを按ずれば圧痛を訴える。(中略) 自覚症状として訴えるものは,瘀血による特有の自律神経症状で,上衝,頭痛,肩凝り,めまい,動悸,耳鳴り,下腹の緊満感,腰痛,下腹部疼痛,足冷等である。婦人は肥満赤ら顔の女丈婦型のものに多く,痩せ型色白細腰の美人型は多く当帰芍薬散の証であり,両者の移行型,中間型にはその合方が用いられる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:桂枝,茯苓は気上衝と腹部大動脈亢進を,牡丹皮,桃仁は実証の循環障害を,芍薬は血滞を調節する。従って実証の循環障害にして上衝するものを治す。
 運用 1. 実証で下部鬱血,上部充血があって神経症状を訴える。実証ではあるが,それほどがっしりはしていない。先ず普通以上の体格体質と思えばよい。上部ではのぼせ,眩暈,肩凝り,頭痛などを訴え,下部では足がやや冷え勝ちである。大体に於て当帰芍薬散の訴えに似ているが,実証でのぼせがあると思えばよい。右の訴えのある婦人の冷え性,ヒステリー,神経質,高血圧症,動脉硬化症などに用いる。類証鑑別を要するのは当帰芍薬散は虚実で区別する。桃核承気湯は区別が容易でないこともあるが,のぼせや足の冷えは桃核承気湯の方が顕著である。桂枝茯苓丸はやや静的固定的,桃核承気湯は動的発揚性である。 (中略)大黄牡丹皮湯は上部症状はなく局所症状だけで,化膿性機転にも使うが症状としてあまり急劇や重篤でないものに使い,大黄牡丹皮湯の方は急性症な使うことが多い。

 運用 2. 実証で下部に循環障害があるもの。
 婦人では月経障害,月経不順,月経困難,経閉,帯下,子宮内膜炎,頸管カタル,附属器炎,卵巣嚢腫,子宮筋腫,不妊症,流産等殆んど大部分の婦人科的疾患に応用される。金匱要略の妊娠病に「婦人もと癥病あり。経断ちて末3月に及ばず。而るに漏下を得て止まず。胎動臍上にあるものは癥痼妊娠を害ふとなす。6月にして動くものは皐g経水利する時の胎なり。下血するものは後断ちて3月の衃なり。血止まざるものは其癥去らざるが故なり。当にその癥を下すべし。」という。これは腹部にしこりのある婦人が妊娠3ヵ月前に子宮出血を起して臍部上で動脉の搏動が亢進するのはそのしこりが妊娠を妨げているからである。6月で胎動するのは前半の3月中に月経が通利してでたときに受胎したもので,下血するのは月経が閉止した後半の3月中に生じた敗性の凝血塊である。下血が止まぬのはしこりのためだからそれを下すがよいとの意で妊娠,下血,しこりの三者の関係を述べたもので,臨床的にもこれを参照して用いるのだが特にしこりと腹動とは重要な目標になる。桂枝茯苓丸の臨床的指示は実証だから脉の緊張はよく,表証はなくて裏に病があるのだから,浮にはならず,沈又はそれち近いのが原則で,症状としては全身的に見れば上部に於て各種の神経症状があり,下部と体表に於て鬱血性の循環障害症状が見られ,腹証に於ては腹壁の緊張は普通以上によく,下腹部の深部に抵抗,硬結,腫塊などを認めるのが常で,それは圧痛を伴うのが多いが,伴わないこともある。自発痛も同様で不定だが,自発痛があるときも左程劇痛ではない。同時に殆ど凡ての場合に臍上部に於て腹部大動脉が,若くは左総腸骨窩動脈が搏動亢進してかなり著明な圧痛を訴える。こういう所見を本にして体質的に見て桂枝茯苓丸を使うが,局所的には実証の婦人科的諸疾患の外に痔核,痔出血,虫垂炎,急性睾丸炎,打撲症,蓄膿症などに応用するのである。類証鑑別は運用1.に準ずる。





【添付文書等より】 
効能
【ツムラ】
体格はしっかりしていて赤ら顔が多く、腹部は大体充実、下腹部に抵抗のあるものの次の諸症。
子宮並びにその付属器の炎症、子宮内膜炎、月経不順、月経困難、帯下、更年期障害(頭痛、めまい、のぼせ、肩こり等)、冷え症、腹膜炎、打撲症、痔疾患、睾丸炎。
【クラシエ・他】
比較的体力があり、ときに下腹部痛、肩こり、頭重、めまい、のぼせて足冷えなどを訴える次の諸症。
・月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、血の道症、肩こり、めまい、頭重、打ち身(打撲症)、しもやけ、しみ。

【三和】
のぼせ症で充血し易く頭痛、肩こり、めまい、心悸亢進などがあって冷えを伴い下腹部に圧痛を認めるものの次の諸症。
・月経困難、子宮内膜炎、子宮実質炎、卵巣炎、子宮周囲炎、月経過多、痔出血、湿疹、蕁麻疹、にきび、しみ、皮膚炎、凍傷、打ぼく、皮下出血。

【一般用医薬品】
比較的体力があり、ときに下腹部痛、肩こり、頭重、めまい、のぼせて足冷えなどを訴えるものの次の諸症:
月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、血の道症注)、肩こり、めまい、頭重、打ち身(打撲症)、しもやけ、しみ、湿疹・皮膚炎、にきび
《備考》
注)血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
【注)表記については、効能・効果欄に記載するのではなく、〈効能・効果に関連する注意〉として記載する。】


副作用
(1)重大な副作用
肝機能障害、黄疸:AST(GOT)、ALT(GPT)、Al - P、γ- GTPの上昇等を伴う肝機能障害、黄疸があらわれることがあるので、  観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。
(全身のだるさ、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)等があらわれる)

(2)その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、瘙痒等
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等

2011年4月8日金曜日

小柴胡湯(しょうさいことう)の効能・効果と副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小柴胡湯(しょうさいことう)
本方は少陽病の代表的治剤で、その目標は次の如くである。先ず熱の状態は弛脹熱、或は間歇熱、或は日晡潮熱で、多くは発熱に先だって悪寒を伴う。次に胸脇 部に充塞圧迫感を覚え、所謂胸脇苦満を現わす。即ち他覚的には心下部から左右肋骨弓に沿って抵抗を増す。その他口苦・咽喉乾燥・舌苔・食欲不振・心煩・悪 心・嘔吐等を来す。以上の諸症状社が現われた場合を本方の適応症とする。
本方はまた或る種の体質を目標として用いられる。即ち小柴胡湯の適する体質なるものである。それは大体に於て筋骨質で結核に罹り易い傾向のある者である。脈は力があり、腹部も相当に緊張し、胸脇苦満を伴い、上腹角は一般に狭い。もし脈が微弱で、腹部が菲薄で全く無力性であれば、本方は適応しない。小柴胡湯はその適する体質者に対しては殆んど万病薬的に用いられる。それは本方によってその体質者の自然治癒の良能が最も高度に発揮されるものと考えられるからである。
従っr本方の応用範囲は極めて広い。例えば感冒・咽喉炎・耳下腺炎・諸種の急性熱性病・肺炎・気管支炎・胸膜炎・肺結核・リンパ腺結核・胃腸カタル・腹膜炎等である。
處方中の柴胡と黄芩は特に胸脇部に働き、消炎・解熱・疎通の効がある。半夏と生姜は悪心・嘔吐を止め、食欲を進めて柴胡・黄芩に協力する。人参は甘草・大棗と共に胃の機能を亢め、胸脇部の充塞感を緩解する。
本方の禁忌症としては前述のように脈腹共に軟弱無力性の者である。本方の適当しない場合は服薬後、全身倦怠し不快感・体温上昇・食欲不振等を来す。


『漢方精撰百八方』
11.[方名] 小柴胡湯(しょうさいことう)

[出典] 傷寒論

[処方] 柴胡4.0 半夏5.0 黄?3.0 人参3.0 大棗4.0 甘草2.0 生姜

[目標] 本方は少陽病の代表的薬方であつて、太陽病(カゼ症候群)の急性期が経過して病気が内臓に局所化する時期にあたるものである。腹証としての特徴は胸脇苦満といって肋骨弓下に指圧を加えると苦痛を訴え、自覚的には上腹部につまった感じのする場合、また口が苦いと訴えるもの、熱はあってもなくてもいいが、あれば高熱や弛張熱でなく、むしろ自覚的に熱感がふけさめするもの、更に一般に発作的症状を発するものに適する。

[かんどころ] まず胸脇苦満の腹証があれば本方の適応である。ただその場合全身症状として食慾がないとか、体がてきぱきしないなどの少陽病の症状に注意することである。

[応用] 感冒の急性期を過ぎても熱の下らないものにやると軽熱徴熱がとれる。
肺結核や肋膜炎で微熱の続くのに本方をやると熱がとれるばかりでなく食欲が出て来て起きられるようになる。
喘息の持病のある人に本方をやると体質が改善されて喘息が起きなくなる。殊に小児喘息には本方証のものが多く、そんな場合にはエフェドリンなどを使わずに本方を続けるとなおってしまう。
小児のアデノイドや扁桃腺炎などはまず本方でなおる。近頃は扁桃にビールスに対する抗体産成機能があることがわかり、小児マヒなども扁桃摘出をした子がかかりやすいといわれ出した。世の中には不要なものは何一つないのに人体にだけは扁桃や虫垂やなどの不要器官があると考えていたこの間までの医学的思想そのものが幼稚だったのである。扁桃にかぎらずむやみに手術云々という今日の医学もそろそろ反省期に入っているのではないだろうか。
流行性腎炎というのがある。カゼと全く同じ症状で経過し、数日で下熱すると、その頃に血尿がはじまるもので、はじめて腎炎に気付く、そのような腎炎は少陽病に属するものなので、それに本方をやるとさんざん医者を手こずらせた血尿が翌日または二、三日で止まつた例が数例あり、数年後の今日に至るまで感謝されている。
  心臓の先天性奇形、ファロー氏四徴候で手術を指示されたものが本方をやって元気になり手術を中止した例もある。其の他、心悸亢進、顔面神経麻痺、三叉神経痛、高血庄症、低血圧症、月経困難症、無月経、胃下垂、視力減弱、蕁麻疹等々応用範囲に極まりない。
相見三郎著



漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
1 柴胡剤
柴胡剤は、胸脇苦満を呈するものに使われる。胸脇苦満は実証では強く現 われ嘔気を伴うこともあるが、虚証では弱くほとんど苦満の状を訴えない 場合がある。柴胡剤は、甘草に対する作用が強く、解毒さようがあり、体質改善薬として繁用される。したがって、服用期間は比較的長くなる傾向がある。柴胡 剤は、応用範囲が広く、肝炎、肝硬変、胆嚢炎、胆石症、黄疸、肝機能障害、肋膜炎、膵臓炎、肺結核、リンパ腺炎、神経疾患など広く一般に使用される。ま た、しばしば他の薬方と合方され、他の薬方の作用を助ける。
柴胡剤の中で、柴胡加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯は、気の動揺が強い。小柴胡湯加味逍遥散は、潔癖症の傾向があり、多少神経質気味の傾向が ある。特に加味逍遥散はその傾向が強い。柴胡桂枝湯は、痛みのあるときに用いられる。十味敗毒湯荊防敗毒散は、化膿性疾患を伴うときに用いられる。
各薬方の説明(数字はおとな一日分のグラム数、七~十二歳はおとなの二分の一量、四~六歳は三分の一量、三歳以下は四分の一量が適当である。)  

4 小柴胡湯(しょうさいことう) (傷寒論、金匱要略)
〔柴胡(さいこ)七、半夏(はんげ)五、生姜(しょうきょう)四、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)各三、甘草(かんぞう)二〕
柴胡剤の中で、もっとも繁用される薬方で応用範囲も広い。柴胡剤の薬方中、本方は中間に位置し、ているように、体質的にもそれほど強い実証で はない。したがって、胸脇苦満もそれほど激しくなくい。本方は、少陽病を代表する薬方であって、発熱、悪寒、胸脇苦満、胸部苦悶感、心悸亢進、食欲不振、 悪心、嘔吐、口渇、口苦、頸項強痛、四肢煩熱などを目標とすることがある。
本方は、しばしば他の薬方と合方される。たとえ ば、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)との合方を柴胡解毒湯、小陥胸湯(しょうかんきょうと う)との合方を柴陥湯(さいかんとう)五苓散(ごれいさん)との合方を柴苓湯(さいれいとう)として用いる。そのほか、四物湯(しもつとう)当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)香蘇散(こうそさん)小建中湯(しょうけんちゅ うとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)猪苓湯(ちょれいとう)など、多 くの薬方と合方される。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、小柴胡湯證を呈するものが多い。
その他
一 乳腺炎、産褥熱、血の道、子宮付属器炎その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、しもやけ、睾丸炎、副睾丸炎、腺病質など。




《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会
38.小柴胡湯 傷寒論

柴胡7.0 半夏5.0 生姜4.0(乾1.0) 黄芩3.0 大棗3.0 人参3.0 甘草2.0


(傷寒論)
○傷寒五六日中風,往来寒熱,胸脇苦満,嘿々不欲飲食心煩喜嘔,或胸中煩而不嘔,或渇,或腹中痛,或脇下痞硬,或心下悸,小便不利,或不渇、身有微熱,或欬者,本方主之(太陽中)

○血弱気尽,腠理開,邪気因入,与正気相搏,結於脇下正邪分争,往来寒熱,休作有時,嘿々不欲飲食,蔵府相連,其痛心下,邪高痛下,故便嘔也,本方主之(太陽中)

○傷寒四五日,身熱悪風,頸項強,脇下満,手足温而渇者,本方主之(太陽中)

○嘔而発熱者,本方主之(厥陰)


(金匱要略)
○産婦鬱冒,其脉微弱,嘔不能食,大便反堅,但頭汗出所以然者,血虚而厥,厥而必冒,冒家欲解,必大汗出以血虚下厥,孤陽上出,故頭汗出,所以産婦喜汗出者亡陰血虚,陽気独盛,故当汗出,陰陽乃復,大便堅,嘔不能食,本方主之(産後)

○婦人中風七八日,続得寒熱,発作有時,経水適断者,此為熱入血室,其血必結,故使如瘧状発作有時,本方主之(婦人雑病)

○傷寒差以後,更発熱,小柴胡湯主之(差後)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胸や脇腹が重苦しく,微熱があったり,熱感と悪寒が交互にあったりして,食欲不振で口にがく,時に舌はには白苔があり,悪心,嘔吐,咳嗽を伴なうなどの症状があるもの。
本方は大柴胡湯と共に漢方処方中の代表的処方であり本方の適する体質,即ちあまり虚弱ではないが,結核にかかり易い傾向があるものに万能薬的に用いられる。本方と大柴胡湯との鑑別は大柴胡湯適応症はみぞおち週辺部が硬く張っており,便秘がひどく且つ排泄された便は硬いが,本方適応症はみぞおちよりむしろ胸や脇腹がつかえたり,あるいは重苦しく感ずるものである。本方が適する体質では,2,3日便秘することがあっても,排泄された便は軟いのが普通で,このような便秘は本方を服用することによって快便を得ることができる。本方は疲労を回復し,食欲を増進させる作用が強いので,肺結核に化学療法剤と併用することが多い。また自律神経不安定症で栄養不良に対してもビタミン剤その他の栄養剤と併用すれば体力増強作用が著しい。また肝臓疾患や膵炎による食欲不振には劇的な効果がある。慢性の気管支喘息で他の治療法が全然効果がない時,本方と半夏厚朴湯あるいは小青竜湯と合方して著効を得ることがある。本方と半夏厚朴湯との合方は感冒がこじれた場合によく用いられる。本方を化膿性疾患に応用する時は通常桔梗・石膏を加える。本方を服用してもなお倦怠感が加わり,更に食欲不振となれば柴胡桂枝干姜湯に転方すべきである。また便秘して不快感を増す場合は黄連解毒湯あるいは大柴胡湯を投与するとよい。衰弱がひどく盗汗や動悸が著しい症状には本方より柴胡桂枝干姜湯小建中湯補中益気湯などが適し,頭痛や劇しい胃痛,腹痛あるいは関節痛などを伴なった食欲不振には柴胡桂枝湯の方がよい。衰弱とともに微熱と食欲不振が続き,咳嗽がとれない場合には人参養栄湯が適する。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
①呼吸器病,微熱があって頭痛,頭重,疲労倦怠感を自覚するもの。また熱感や微熱がとれず,あるいは熱と悪寒が交互に出没したり,咳嗽を伴うもの。
②胃腸,肝臓病,胸や脇腹に圧迫感を自覚し,悪心や嘔吐,腹痛などを伴い舌に白苔があって,胃部が重苦しく食欲が減退するもの。
③体質改善 アレルギー体質,腺病体質で疲れやすく,抵抗力が乏しく,病気の回復がながびくもの。

本方は応用の目標欄3項目のうち,いずれかに該当すれば応用できる。すなわち大して虚弱ではないが,カゼをひきやすい,結核にかかりやすい,発熱しやすい(微熱)熱型は間歇熱である,消化機能が悪く食欲が減退する。こんな傾向あるものに万病薬的に繁用され,顕著な効果を発揮している。
類証鑑別,前項記載の傾向があって,熱症状あるいは悪心,嘔吐,胸痛や腹痛の激しいものには柴胡桂枝湯が適し,精神不安や胸腹の動悸を自覚して便秘を伴うものには柴胡加竜骨牡蛎湯がよい。また体格栄養ともに良好な壮実体質で,本方症状に似て胃部のつかえがひどく,便秘するものには大柴胡湯を考慮すればよい。

本方の特徴
喘息,腎臓病,湿疹などにかかりやすく再発しやすいアレルギー体質の改善や腺病体質,滲出性体質の改善に不可欠の処方である。従って 本方は 当帰芍薬散四物湯小建中湯半夏厚朴湯苓桂朮甘湯麻杏甘石湯小青竜湯五苓散桂枝茯苓丸などと合方して用いることが非常に多い。最近体質病がとり上げられつつある折,漢方にはこの種の優秀な処方が,古来より重宝されていることはまことに注目に値するものと言えよう。


漢方診療30年〉 大塚 敬節先生
小柴胡湯を急性熱病に用いる場合には,口がねばるとか,口が苦いとか,舌に白い苔がつくという症状が現われ,食欲もなくなり,みぞおちから脇ばらにかけて重いような,つまったような感じがあるものを目標とする。この場合,脈は弦細になったり,沈弦になったりする。弦という脈は弓のつるをはりきって,そのつるに指をふれるような感じの脈である。熱は往来寒熱といって,悪寒のあとで熱がのぼり,熱が下るとまた悪寒がくる場合もあれば,悪寒を伴わない熱のつづくこともある。この場合に季肋下部に抵抗圧痛必ずしも訴えるとは限らない。胸脇苦満という症状は,自覚的にみずおちから季肋下にかけてつまったような重いような感じを訴えるだけでもよい。必ずしもこの部に他覚的の抵抗と圧痛を証明すなくてもよい。

○小柴胡等は乳幼児に用いる機会がきわめて多い。

○小柴胡湯は風邪,インフルエンザ,肋膜炎,肺結核,肝炎,胃炎などによく用いられるが,中耳炎,耳下腺炎,鼻炎,蓄膿症,淋巴腺炎,るいれき,急性腎炎,蕁麻疹などに広く用いられ,またこれに半夏厚朴湯を合して気管支喘息に用いる。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○熱が出て5,6日たってから往来寒熱,胸脇苦満がおこり,舌に白苔を生じて口が苦く,食欲不振,悪心,嘔吐のあるもので,このとき,咳のでることがあり,あるいは口渇,腹痛,心悸亢進,尿利減少,身熱,頸や項のこりなどがおこり,あるいは便秘,あるいは軟便などになることがある。

○熱病にかかって,10日以上たち,胸満や腹痛があって,脈が浮細で,臥嗜する(臥ねばかりいる)もの。

○産褥熱や炎症性疾患にかかって,四肢が煩熱して頭痛がおきるもの。

○腹が急に痛んで,小建中湯が効かず,脈は軽く按じて渋,強く按じて弦のもの。

○黄疸で熱が出てさむけがし,胸脇苦満があり,食事がとれず,頸や項がこり,小便の出が悪く,脈が浮弱遅のもの。

古人の口訣
①「古家方則」
イ 産後下血止まず,諸薬効なきものによい。
ロ 桃核承気湯が効かないで血淋止まず,口苦く,めまいのするものによい。
ハ 耳のうしろの結核のするもの(リンパ腺の腫脹)によいなどとある。

②「知新堂方選」 胸脇苦満,寒熱往来,目痛,鼻乾,不眠のものによい。

③「袖珍方」 急激につんぼになり,頭鬱冒するものに小柴胡湯合香蘇散が百発百中。

④熱病で,赤く鼻下や口の周りに吹き出ものがあるのは本方がよい。(村井大年口訣)


漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○諸種の化膿性疾患に用いる。その目標は胸脇苦満,発熱,口苦,食不振などにある。徐霊胎は古今医統の中で,“小柴胡湯はるいれき,乳癰(乳腺炎)便毒(横痃)下疳,および肝経分の一切の瘡瘍,発熱,潮熱し,或いは飲食思うこと少きを治す。”といっている。肝経というのは経絡の一ツで,この肝経は足の厥陰肝経で,長浜善夫氏の東洋医学概説では,その走行を次のように説明している。「肝経の分かれが足の母指の爪の根もとにきて,ここから起り,足の内面中央を上って陰部に入り,下腹部を通り,肝に帰属して胆をまとい,胸部に散布して,気管,喉頭のうしろを通って眼球に達し,頭項に出る。眼球から分れたものは頬,唇をめぐる。もう一つの分れは肝より上って肺に入る。そしてさらに下って胃のあたりまで達する。

○医方口訣に「下疳瘡,または便毒,嚢癰(陰嚢の腫れる病)等の類,凡そ前陰にある病には小柴胡湯を用いる」といい老医口訣には「小柴胡湯は瀉肝湯の気持で,下疳瘡の類に用いる。下疳瘡などで,頭痛,発熱し,自汗などのある時には,猶更らのこと,この方に龍胆,延胡索などを加えて用いる。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は少陽病の代表的治剤で,その目標は次の如くである。先ず熱の状態は弛脹熱,或は間歇熱,或は日晡潮熱で多くは発熱に先だって悪寒を伴う。次に胸脇部に充塞圧迫感を覚え,所謂胸脇苦満を現わす。即ち他覚的には心下部から左右肋骨弓に沿って抵抗を増す。その他口苦・咽喉乾燥・舌苔・食欲不振・心煩・悪心・嘔吐等を来す。以上の諸症状社が現われた場合を本方の適応症とする。
本方はまた或る種の体質を目標として用いられる。即ち小柴胡湯の適する体質なるものである。それは大体に於て筋骨質で結核に罹り易い傾向のある者である。脈は力があり,腹部も相当に緊張し,胸脇苦満を伴い,上腹角は一般に狭い。もし脈が微弱で,腹部が菲薄で全く無力性であれば,本方は適応しない。小柴胡湯はその適する体質者に対しては殆んど万病薬的に用いられる。それは本方によってその体質者の自然治癒の良能が最も高度に発揮されるものと考えられるからである。
従っr本方の応用範囲は極めて広い。例えば感冒・咽喉炎・耳下腺炎・諸種の急性熱性病・肺炎・気管支炎・胸膜炎・肺結核・リンパ腺結核・胃腸カタル・腹膜炎等である。
處方中の柴胡と黄芩は特に胸脇部に働き,消炎・解熱・疎通の効がある。半夏と生姜は悪心・嘔吐を止め,食欲を進めて柴胡・黄芩に協力する。人参は甘草・大棗と共に胃の機能を亢め,胸脇部の充塞感を緩解する。
本方の禁忌症としては前述のように脈腹共に軟弱無力性の者である。本方の適当しない場合は服薬後,全身倦怠し不快感・体温上昇・食欲不振等を来す。



漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
構成:組合せの中で最も重要なのは柴胡と黄芩で,柴胡は肝機能を調節するらしく,黄芩は血熱を去る,半夏,人参は之に次ぎ,胸脇心下の水を行らし且つ半夏は肺を補い人参は脾胃を補う。甘草,生姜,大棗もそれぞれの薬能を以て働くと共に諸薬の作用を補助する。小柴胡湯は大体胸脇から心下部にかけての充塞を緩解させる作用があり,それは肝機能の障害を調節すると思われる。従って肝機能障害により発する発熱症状,神経症状等にも有効であると推定される。その内胸脇から心下にかけての充塞感,胸痛,心痛,心下痛,腹痛などがあり,呼吸器症状としては咳痰,消化器症状としては心煩,神経質,怒りっぽい,肝積,潔癖などの傾向を持つ,これによって小柴胡湯の応用範囲は急性伝染性熱病,結核,細菌感染,胸部疾患,消化器疾患,婦人科的疾患,腺病質,神経質等であることが知られよう。

運用 1. 傷寒論太陽病中篇の左の条文は小柴胡湯を代表する適応証である。
「傷寒五六日,中風,往来寒熱,胸脇苦満,黙々として飲食を欲せず,心煩喜嘔す。或は胸中煩して嘔せず,或は渇し,或は脇下痞硬し,或は心下悸し,小便利せず,或は渇せず,身に微熱あり,或は欬す。」
傷寒は中風など急性病でその熱が悪寒と交互に起り,胸脇部の充塞感として苦満を覚える。胸がつまっているから食欲が進まない。心臓部が何だかもやもやする。心煩は心臓の煩わしい感じと精神的に煩う状態即ち神経質になるのと2つの意味を持っている。胸元がつまっていればそれを出そうとする自然機能から嘔気が起る。喜はこのんでとか,しばしばとかの意味である。以上を基本的症状として場合によって若干症状の出入があるからそれは「或は」以下の症状で示している。嘔すれば胸中の鬱塞は上に抜けるから心煩の程度ですむが,嘔しなければ鬱塞はそのままだから心煩より広い胸中煩が起る筈だ。臨床的には之を胸中苦悶感,胸痛などにとってよい。熱により渇が起るが,その熱が表に洩れて微熱となれば胸中の鬱熱はそれだけ発散減退されるから渇しなくなる。或は渇し,あるいは渇せず身に微熱ありとはこの様な関係にある。これらの症状は病理的には必然性を以て組み合されているのだから,手当り次第に胸中煩と嘔を組合せたり,渇と微産とを組合せたりして治療するのは正しくない。微熱は表証だから之は小柴胡湯の位置である胸から心下にかけての病巣から表に波及したものと考うべきで,若し腹部に波及すれば腹中痛みや脇下痞硬や心下悸して小便利せずなどが起る。嘔だの,咳だの,心下悸だのは皆気の動揺で,心下悸して気が承らぬから小便が不利するのだ。
「傷寒五六日,嘔して発熱するものは,柴胡の証見る(後略)」(傷寒論太陽病下篇)
「嘔して発熱するもの」(同書厥陰病)も嘔を発熱も主症とする場合である。臨床的に小柴胡湯は往来寒熱ばかりでなく微熱に使うことが頗る多く,嘔にも咳にも腹中痛にも日常的に応用している。渇や心下悸に使用した例は割合に少い。それは渇や心下悸が主証でなく,客証であるためで,若し主証なら他の処方を使うことが多いからである。ただ渇や心下悸,小便不利があっても小柴胡湯で宜い位は覚えておけばよいであろう。微熱の場合で,「傷寒五六日,頭汗出で微しく悪寒し,手足冷え,心下満し,口食することを欲せず,大便硬,脉細のものは此は陽微結と為す。必ず表有り。復た裏有るなり,脉沈も亦裏に在り,汗出づるを陽微となす。仮令純陰結なら復た外証有ること得ず,悉く入りて裏に在り,此を半ば裏に在り,半ば外に在りとなすなり。脉沈緊と雖も少陰病と為すことを得ず然る所以は陰は汗有ることを得ず,今頭汗出ず,故に少陰に非ざることを知るなり。小柴胡湯を与ふべし。設し了々たらざるものは屎を得て解す」(傷寒論太陽病下篇)というのがある。大変長文で複雑しているが要するに頭汗出でから脉細までの症状があるのは病が半外半裏にあって少陽病で少陰病に似ているが、少陰病には頭汗があり得ない点で区別されるとの意である。半外半裏を初学者は半表半裏だといっているが,それは誤りで原文通りの半外半裏が正しい。心下満とか食を欲せずとか小柴胡湯の指示症状であることは肯ける。頭汗は柴胡桂枝干姜湯にもあっても微悪寒,手足冷,口不欲食脉細などがよく似ているが,柴胡桂枝干姜湯なら心下満でなく,胸脇満微結だし,大便硬でなくむしろ軟便のことが多い。しかし似ているから小柴胡湯之を主ると云わずに与うべしとなっていて,若し小柴胡湯でうまく行かなければ柴胡桂枝干姜湯を用うべきだったのだから,それに直すがよいとの意を含めている。発熱では「傷寒差以後,更に発熱するのは小柴胡湯之を主る。」(傷寒論差後労復病)もその例だが,前に引いた嘔して発熱なども同様である。これによってみれば小柴胡湯は発熱,微熱,往来寒熱,潮熱等のいずれの場合にも使われることがわかる。腹痛に関しては上の外にも記載がある。
「血弱気尽,腠理開く,邪気因って入り正気と相搏ち脇下に結び,正邪分争す。往来寒熱休作時あり,黙々として飲食を欲せず,蔵府相連りその痛み必ず下る。邪高く痛下し,故に嘔せしむるなり」(傷寒論太陽病中篇)一書には蔵府相違いその病必ず下る。脇膈中痛むといっている。この条の詳解は傷寒論講義に譲るとして,要点は血弱気尽になっている体表の弱味につけ込んで邪気が体内に入り,体の正気と争い,往来寒熱を起す。その邪気が脇下に集結するから食欲もなくなり腹痛が起り嘔くようになるとの意である。
「傷寒,陽脉濇,陰脉弦なるはまさに腹中急痛すべし。先づ小建中湯を与へて差えざるものは小柴胡湯之を主る。」詳解は傷寒論講義に譲るとして陽脉は血管の緊張でそれが濇即ち渋っているのは気滞があるとし,その気滞が虚によるものなら小建中湯だし,体の一部に充塞していて気が表に惕ないとすれば小柴胡湯に当る。その区別は必ずしも容易でない。陰脉は血流でそれが弦なのは虚か痛みかのためだから,虚とすれば小建中湯だし,弦なら痛みのため故小建中湯でも該当する脉になる。よって脉では両者の鑑別は困難なことになる。腹中急痛は両者とも治する所だから,虚として小建中湯を用いるべきか,実として小柴胡湯を用いるべきかの判定がむずかしいので,そういう場合は先補後瀉の法により,先ず小建中湯を使ってみる。それで治らねば次に小柴胡湯を使うがよい。この順序を逆にして先に瀉すと虚の場合は益虚して収拾すべからざるに陥ることがあるのでこのような順序を立てたものである。
小柴胡湯を腹痛に使うのは胃痛,腸疝痛などで,どちらかといえば病名が付けられないような腹痛に使うことが多く,胆石症とか胃痙攣とかその他病名のはっきりする場合には他の処方を使うのが普通である。この場合鑑別すべきは小陥胸湯,四逆散などで,両者に共に心下部や腹直筋の緊張が小柴胡湯よりも強く,脉も小陥胸湯は浮滑,四逆散は沈及は沈弦である。小柴胡湯だと腹痛と同時に嘔吐もあり得るが,腹痛嘔吐は柴胡桂枝湯黄連湯にもあって,時に鑑別の難かしいことがある。小柴胡湯の条文によれば腹痛,嘔吐は血弱気尽の時だから当然脉も弱い筈である。小柴胡湯の脉が弱くなる例は後述するように脉細とか産婦鬱冒の脉微弱とかもあるのだから強い脉でなくても差支えないことがわかる。之に対して柴胡桂枝湯黄連湯は微弱ではない。脇下痞硬は文字通り読めば脇下は側胸下部或は季肋下を指し,そこで自覚的に痞え,他覚的に硬くなっているとの意だが,臨床的には肋骨弓に沿う部分を広く指してそこに痞塞感と緊張が認められる。最初に引用した傷寒論の条文のほかに「もと太陽病解せず,転じて,少陽に入るものは脇下硬満し,乾嘔して食すること能はず,往来寒熱す,なほ未だ吐下せず,脉沈緊のものは小柴胡湯を与ふ。」(傷寒論少陽病)
「太陽病十日以去,脉浮細にして臥を嗜む者は外已に解するなり。もし胸満脇痛するものは小柴胡湯之を主る。」(同少陰病)があるが,大体前と同様の文意である。そして小柴胡湯の脉はこのようにただ一つでなく,場合場合に応じて症状と釣り合った脉を呈するものだということを銘記されたい。脇下痞硬の時鑑別を要するのは他の柴胡剤,陥胸湯,木防巳湯,瀉心湯類だが,それぞれ他の症状によって判定すべきで,脇下痞硬と云えばはっきりしているようなものの、実際は心下痞硬か脇下堅満かどう表現すべきかに迷うことが多い。だから他の症状によって之は半夏瀉心湯証である。故にこの胸下部の緊張は心下痞硬と表現すべきだとい乗ようにむしろ表現は後からされて行くことが多い。臨床的に脇下痞硬を起こすのは呼吸器病もあれば,胃,肝,腸などの消化器病もあり,その他脇下の局所的病気でない場合にも脇下に症状が現われることがあって,その時に使うこともある。以上の所見を呈する場合は感冒,流感,マラリヤ,気管支炎,肺炎,肺結核,肋膜炎,肺門リンパ腺腫脹,膿胸,肋骨カリエス,腸チフス,麻疹,腎盂炎,マラリヤ,小児の原因不明の発熱,アンギーナ,リンパ腺炎,乳腺炎,丹毒,癰疽,胆のう炎,肋間神経痛,腺病質など非常に広い範囲に及んでいる。次に熱が胸脇の少陽部位から腹の陽明部位に及んだときでもなお小柴胡湯の適応証になることがある。但しこの場合でも胸脇には症状があるので小柴胡湯を用いる手懸りにもなり,根拠にもなる。「傷寒13日解せず,胸脇満して嘔し,日晡所潮熱を発し已りて微利す。これもと柴胡の証,之を下して以て利することを得ず,今反って利する者は知る医丸薬をもって之心を下したるを,これをその治に非ざるなり。潮熱は実なり。先ず宜しく小柴胡湯を服して以て外を解すべし。」(傷寒論太陽病中篇) 胸脇満,嘔,日晡所潮熱微利の中,小柴胡湯の証としては胸脇満と嘔が目標になる。日晡所潮熱は日暮時に全身的に自他覚的に熱を発する義でこれと下痢とは陽明病の症状で,陽明病は胃腸内の熱実状態である。小柴胡湯は胃腸外の熱だから,内外に熱を持った今の場合は先ず小柴胡湯で外の熱を去り,内の熱は第二段として改めて治療を講ずるがよいと指示されているのだ。「陽明病,潮熱を発し,大便溏,小便自可,胸脇満去らざるものは,小柴胡湯を与ふ。」(同書陽明病)
「陽明病,脇下硬満,大便せずして嘔し,舌上白苔のものは小柴胡湯を与ふべし。上焦通ずることを得,津液下ることを得,胃気和するに因り,身濈然として汗出でて解す。」(同上)もほぼ同様の場合で,いずれも小柴胡湯を与ふとなっていて主るとはなっていない。これは大切なことで,主るは絶対指示,与ふは投薬して経過を観察せよとの意味を含んでいるから,先ず小柴胡湯を飲ませ,それでどれだけの症状が残るかによって次に改めて方剤を考えるがよいとの意味を与の内に含んでいると見るべきである。潮熱を発するのは腹部疾患が多いから,消化不良,宿便と発熱を兼ねるとき,腸チフス,パラチフスなどが直接的な応用範囲になるが、その他の急性伝染性熱病,細菌感染,例えば流感,肺炎,丹毒,猩紅熱,癰疽などでも潮熱を発することがあり,その際,小柴胡湯を用いる場合が起って来る。

運用 2. 側頸部の緊張や疼痛を目標にする
小柴胡湯は側胸部に容態があるときに使うことは脇の説明でも述べておいたが,それを上方に延長したと見ると側頸部になるであろう。耳やこめかみの部分も亦これに含まれて,そこに症状が現われるとき小柴胡湯を使うことがある。「傷寒,4,5日,身熱悪寒,頸項強り,脇下満,手足温にして渇するもの」(傷寒論太陽病中)身熱悪風手足温は体表の症状だから熱は表にあると考えられ,頸項即ち側頸部と脇下は少陽病に属する部位だからこの条文では胸部の熱が表に及んだものと解される。
「陽明の中風,脉弦浮大にして短気し,腹すべて満,脇下及び心痛み,久しく之を按ずるも気通ぜず,鼻乾き汗することを得ず,臥を嗜み,一身及び面目悉く黄,小便難,潮熱あり,時々噦す。耳の前後腫れ,之を刺せばふしく愈ゆ。病十日に過ぎて脉続きて浮なるもの」(傷寒論陽明病)少陽病の症状が同時に併存するもので,その内耳の前後腫れが側頭部に該当することになる。なお少陽病が耳に関係することは「少陽の中風,両耳聞く所なく,目赤く,胸中満して吐する者は吐下すべからず。吐下すれば則ち悸して驚す。」(傷寒論少陽病)「尺寸倶に弦の者は少陽病を受くるなり。当に三・四日に発すべし。その脉,脇を循り耳に絡ふ。故に胸満痛みて耳聾す。」(傷寒論傷寒例)を参考になる。ここに経絡の考えによって脇や耳が指摘されているが,経絡については他日述べる機会を得たい。臨床的には小柴胡湯を熱性の耳疾患,即ち中耳炎,発熱に伴う耳鳴,耳聾,欧氏管腫脹,頸部リンパ腺炎,るいれき,耳下腺炎,乳嘴突起炎,扁桃腺炎などにしばしば使う所以である。その他胸鎖嘴突起に附着する筋群の緊張,腫脹,疼痛にも用いられる。小柴胡湯の適応症にはリンパ腺の腫脹や炎症,腺熱,肝臓機能に関する発熱などが割合に多いようである。また条文中の黄により,各種の急性黄疸(カタル性黄疸)(流行性黄疸,胆のう炎)などで胸脇苦満,脇下硬満,嘔のあるものに使う。「諸黄,腹痛して嘔するもの」(金匱要略黄疸)も参考すべきである。

運用 3.
婦人生殖器疾患に使うことがある。それは経絡の考えでは肝の経絡は生殖器にも循りその疾患に関係するというのであるが,症候的には矢張り,小柴胡湯の前記運用1.の症状があるときに限って使うべきである。
「婦人中風,7,8日,続いて寒熱を得,発作時あり,経水たまたま断つものはこれ熱血室に入るとなすなり。その血必ず結す。故に瘧状の如く発作時あらしむ。」(傷寒論,太陽病下)
この病理は月経中に発熱し,生殖器に熱が入り,月経が止ったというのだが主な目標は瘧状の如く往来寒熱するその熱状で運用1.に該当するのである。「問ふて曰く,新産の婦人に三病あり。一は痙病,二は鬱冒,三は大便難なり,何の謂ひぞや,師の曰く,新産血虚し,多く汗出でしばしば風にあたる。故に痙を病ましむ。亡血し,復た汗し寒多し。故に鬱冒せしむ。津液を亡ひ胃燥く。故に大便難し,産敵の鬱冒はその脉弱,嘔して食すること能はず,大便反って堅く,ただ頭汗出づ。然る所以のものは血虚して厥し,厥して必ず冒す。胃家解せんと欲するときは必ず大いに汗出で陰陽乃ち復すべし。大便堅く嘔して食すること能はざるものは小柴胡湯之を主る。」(金匱要略産後)産後に起りやすい破傷風,貧血,疲労,便秘を挙げて,その病理を述べたもので病理は漢方的でやや難解だが,出血と発血とにより,貧血し体内の水分が減少するのに加えて感染すると破傷風になり,体の下部が脱力して熱気が頭の方に昇るために足が冷え頭に汗が出てぼうっとなる。しかも熱気の上衝につれて嘔吐しそのために食事がとれなくなる。体の水分減少のために大便は堅く出にくくなるというのがその大要である。この場合も嘔して食すること能はずが運用1.で述べた所に一致する。大便が出にくくなり嘔くのに小柴胡湯を使うのは前に引用した陽明病。脇下硬満云々の条と一致する。右のうち痙病以外は小柴胡湯の治す所だが,臨床的には産褥熱や腎盂炎で弛張熱を発するもの,或は大便堅く嘔するもの。炎症性の婦人病,例えば急性附属器炎にも小柴胡湯を使う機会がある。男子では急性の睾丸炎副睾丸炎などに使うことがあり,鼠けい部は陰部と同じに扱うからそけいリンパ腺炎,下疳,陰部頑癬,陰部瘙痒症,にも使うことがある。また婦人の乳房は生殖器に関係するし,且つ熱の出方が弛張熱のことがあるので急性化膿性乳腺炎にも使う。これらの場合に類証鑑別を要するのは陰部生殖器の化膿性炎症で,実証では大黄牡丹皮湯桂枝茯苓丸があり,それらは下腹部に抵抗圧痛があって嘔や胸脇の訴えはない。鼠けいリンパ腺炎で桂子附子湯,土瓜根散なども使うが矢張り,小柴胡湯特有の何等かの症状が有るか無いかで区別する。
「婦人草褥に在り,自ら風を得て発し,四肢苦煩熱,頭痛するものは小柴胡湯を与ふ。頭痛まずただ煩するものは三物黄芩湯之を主る。」(金匱要略産後病)も産褥熱又は産褥中の熱病だが,この苦煩熱は血熱によるもので,産褥中でなくても,男子でも起り得る状態である。苦煩熱とは耐えがたい程ほてることで之を応用して脚気,熱病の際に手足がほてりだるいもの,霜焼け,皮膚病などでほてって苦しむものに小柴胡湯を使うことが出来る。三物黄芩湯とは頭痛の有無によって区別されているが実際には頭痛の有無に拘らず,小柴胡湯は他覚的には熱感が軽いか無いかの時が多い。

運用 4.癇が亢ぶるものに使う。
神経質,肝積持ち,怒りっぽい,潔癖,推理能力や理科方面の才能があるものなどは肝機能と関係すると考えられているので小柴胡湯の一つの目標になる。



漢方処方解説〉 矢数 道明先生
本方の証は,表の邪はすでに解消し,病が少陽の部位,すなわち半表(外)半裏に進み,いわゆる胸脇苦満の症状を現わしたときに,これを目標として用いる。少陽の部位は,横膈膜を中心に,気管支,肋膜,腹膜,肝胆,胃などにあたり,胸脇苦満というのは,季肋部の中心に,肋骨弓の上下の部分,および脇肋の皮膚,筋肉,皮下組織等に炎症と緊張異状をきたし,胸内が一杯につまったような苦満感を訴え,肋骨弓下部を圧迫すれば,抵抗と圧痛を証明するものである。この現象はこれらの場所に内熱によって腫脹硬結が起こり,胸壁にむけるリンパ腺にも腫脹と硬結を生じたことによるものである。その他脈は沈弦で,食欲不振,口苦,舌白苔,嘔吐,往来寒熱,心下悸,頸項こわばり,耳聾等を目標とする。また肝胆の経絡に従い,頸項部より陰部疾患にまで及んでいる。体質的に用いるときは,必ずしも往来寒熱や嘔吐なくともよいのである。胸脇苦満の証がそれほど顕著でなくても用いてよいことがある。


勿誤方函口訣〉 浅田宗伯生
此の方は往来寒熱,胸脇苦満,黙々として飲食を欲せず,嘔吐或は耳聾が目的となり。凡そ此れ等の証あれば胃実の候ありとも柴胡を与ふべし。老医の説に,脇下と手足の心と両所に汗なきものは胃実の証ありとも柴胡を用ゆべしとは此の意なり。総べて此の方のゆく処は両肋の痞硬拘急を目的とす。所謂胸脇苦満するなり,又胸腹痛み拘急するに小建中湯を与えて愈えざるに此の方を用ゆ。今の人,多く積気ありて風邪に感じ,熱裏に閉じて発せざれば必ず心腹痛あり。此れ時積なりとて,其の針薬を施して治せざる者,此の方にて,速やかに愈ゆ。仲景の言欺くべからず。また小児食停に外邪相兼ね,或は瘧の如きも,此の方にて解す。また久しく大便せざる者,此の方にて程能く大便を通じ,病解する者なり。上焦和し津液通づるの義なり。後世,三禁湯と名づくる者は,蓋し汗吐下を禁ずる処へ用ゆるが故なり。また此の方に五味子,乾姜を加へて風邪胸脇に迫り,舌上微白胎ありて,両脇に引きて咳嗽する者に用ゆ。治験は『本草衍義』の序例に見ゆ。また葛根,草果,天花粉を加へて,寒熱瘧の如く咳嗽甚だしき者に用ゆ。東郭の経験なり。其の他,呉仁斎小柴胡湯加減法の如きは,各方の下に弁ず。故に贅せず。



蕉窓方意解〉 和田 東郭先生
太陽風寒の表症去ってのち,その熱が間断往来するを少陽病という。この時に至れば必ず両脇心下に集まること覚えて心思かならず了々たらず,これによって黙々として言うこともいやになり,食餌なども思わざるようになるなり。すでにこの如くになるは別のせいにもあらず両脇肝胆の部,攣縮することに始まりて延て心下までも痞鞕するゆえ,胃口を閉塞して胃口に飲を畜わう。その飲,胸中に迫るゆえに心煩喜嘔の症あり,飲にて胃口を塞くゆへ飲食を思わず,気分も閉じて黙々たるなり。これによって柴胡を主薬にして両脇をゆるめ,黄芩は心下をすかし,半夏,生姜は胃口および胸中の飲をさばき,大棗,甘草,人参にて心下を和らぐ,これひと通りの方意なり。案ずるに人参を用いるは,これまで数日の間,発汗あるいは誤治どもを致し,かつ連日不食するによって自然と胃の気に欠けたるところできて,心下のめぐり悪しくなる病症ゆえ,黄芩,半夏,生姜の類ばかりにて,胃口心下をおしめぐらすことにてゆるみがたし,これによって人参の微温にて胃気を助けてやわらかに心下をゆるむるなり。甘草,大棗は柴胡,黄芩、半夏,生姜のするどきところをむっくりとせんがためにて,また人参の組み合せともに胃気を助け,ますます柔らかに心下をゆるむの意なり。総じて古人の方を解するや,または新たに立方をするにも,第一の心得はもし「作和羹汝惟塩梅」の意を汲んで致すべきことなり。すでに小柴胡湯中にても人参,甘草,大棗の方より見れば人参、甘草、大棗も塩梅なり,とかく甘味と苦味を錯綜し,あるいは辛味と酸味を調和するに妙処あるべし。また徃々苦味ばかりで甘味は甘味のみ組み合わせた方もあれどもそれは別に趣意のあることなれば各方の下にて弁ずべきしこと贅せず。


漢方の臨床〉 竜野 一雄先生
小柴胡湯
(1)構成
小柴胡湯は処方を構成する薬物の構成の仕方からいっても割合に単純なものだが,その応用は実に広く,使いやすく,且つ頻繁日常的なものである。そして近年食物,医療等の影響を受けて肝臓機能障害を起すものがふえるにつれて益々本方の必要に迫られて来た。
小柴胡湯の方名の小とは言うまでもなく大柴胡湯の大に対してつけられたもので,他の小建中湯大建中湯小青竜湯大青竜湯などの例からおしても,最初から大小をつけられていたものではなく,はじめは小柴胡湯を単に柴胡湯といっており,後に大柴胡湯が採用されるに及んで小柴胡湯と名付けられたもののように想像される。両者の関係は
大柴胡湯 胃実 心下急 脈実
小柴胡湯 胃虚 胸脇苦満 脈弦細
体格的にも大柴胡湯の人はがっちりした筋肉質で,小柴胡湯の方はほっそりとした神経応のことが多い。
柴胡が主薬であることは,処方の一番はじめの置いてあるので直ぐにわかる。気味は苦平だから肝の府すなわち胆に入り,肝の陽気を補って,肝の陰気が盛んになって病的状態に陥ったのを治すことが理解される。
黄芩は気味苦平で,足の少陽胆経の陽気を補うが,手の少陽は三焦経であって,三焦にはいろいろな意味と用途があるが,代表的なのは三焦の熱,すなわち素問5にいう少火であって,恐らく肉眼で判別しがたいような組織,器官の毛細管であろう。そこの充血に対して黄芩が血管収縮的に作用して充血によって起る煩熱などの症状を取去るのであろう。
半夏は気味辛温で肺に入り、気に作用する。用量が比較的に多いときは気の上逆に作用する。咳,嘔などはその例である。
人参,甘草,大棗はみな味甘で脾に作用するが,甘平の甘草は胸の陽気を補い,急迫を緩める作用を兼ねており,甘平の大棗も胸の陽気を補っている。人参は甘微寒で脾の陰気を補っており,多分胃の分泌に関係しているだろう。生姜は気味辛温で,肺の陽気と胃気がふさがった感じをひらく作用がある。
傷寒明理論巻4は素問の熱淫於内を引用して処方の構成を説明しようとしているか台,どうも牽強の感を免れない。

(2) 方意
小柴胡湯の適応証は肝熱脾虚である。強いて肝の虚実を云おうとしたことがあったが,それは誤りで,肝の変化としては熱すなわち充血に違いない。だから尿中のウロビリノーゲンや血液のBSP反応等は直接の関係はなくことによるとバイオプシーで肝組織の充血が証明されるかも知れないという期待をいだくのである。
その理由は黄芩が入っていることと,適応症状には熱症状だけで,寒症状がないこと,慢性肝炎,肝硬変症や肝臓癌などで肝臓肥大がありながら小柴胡湯の適応証は殆ど見られず,急性肝炎や胆嚢炎などの急性炎症性,充血のメカニズムを取る場合に本方の適応証が見られることなどである。柴胡剤というと直ちに胸脇苦満が考えられるが,胸脇苦満は胸満,脇苦の意だと思う。肋骨弓下の縁の筋緊張がそれで,Defence musculaire 筋性防禦というのは些か疑問があるが,内臓(肝)腹壁(腹直筋)連関に外ならない。私は仮りにHypochondrialphenomenと称している。これは比較的急に起った充血による肝臓の腫脹で,肝臓の実質の増殖や慢性の肥大で起って来ない。
肝臓からは自律神経の求心線維を経て,脊髄の前根から第6-10肋間神経が出るが,肝臓の部位によっては上方では胸廓に当っていて,下方の腹直筋の緊張は起さない所がある。大小柴胡湯の適応証でありながら胸脇苦満がはっきりしないことがあるのはそのためである。また四逆散では胃虚による心下痞と一緒になって,いわゆる二本棒といわれるような著明な腹直筋攣急を起してくる。胸脇苦満の左右は肝臓の左葉右葉に関係しているのであって,漢方でいうように肝と肺との関係ではあるまい。
肝熱は少陽病である。それによって起る症状は口苦,咽乾,目眩(傷寒論少陽病382条)少陽の中風,両耳聞く所なく,目赤く,胸中満して煩し(383条)少陽に転入するものは脇下硬満,乾嘔して食すること能はず,往来寒熱(同385条)尺寸ともに弦のものは少陽病を受く。まさに3,4日は発すべし。その脉脇をめぐり,耳に絡ふを以ての故に胸脇痛みて而して耳聾す」(傷寒例82条)などで小柴胡湯の適移証と応用の範囲が明かにされる。
もって適応症状をはっきりとさせようとするなら傷寒論太陽病中206条中の
「傷寒五六日中風,往来寒熱,胸脇苦満,黙々として飲食を欲せず,心煩喜嘔し,或は胸中煩して嘔せず,或は渇し,或は腹中痛み,或は脇下痞硬し,或は心下悸,小便不利し,或は渇せず,身は微熱あり,あるいは欬するものは小柴胡湯これを主る」
に従うがよい。
この条文で血熱のために渇くなら半夏を去り人参と括蔞根を加える。
血虚性の腹痛なら黄芩を去り,血虚を補う芍薬を加える。
腎虚による心下痞を伴うなら大棗を去り,気味鹹平のそれを加える。
腎虚による心下痞を伴うなら大棗を去り,気味鹹平の牡蛎を加える。
心下悸,小便不利が脾の陽虚で起ったものなら黄芩を去り茯苓を加えて尿の生成を補ってやる。
渇せず、外に表証の微熱があるもので,表虚によってそれが起るなら人参を去り,桂枝を加えて温覆する。
肺寒性の強い欬が出れば痰は薄く,寸脉が必ず沈弱で足も冷えるはずだから,人参,大棗,生姜を去り,五味子と乾姜を加えて肺気を温める。
小柴胡湯の適応証を概観してみると次のようになる。この番号は応用の項の番号と一致する。
1,少陽病,いま傷寒論を引用した所である。
2,呼吸器疾患 経絡の少陽経,厥陰経が胸を通ること,前記の傷寒論の条文に胸中と関係があること,小柴胡湯の処方中に肺の気に作用する半夏があり,適応症状に欬があることなどが参考になる。
3,急性炎症性の肝機能障害を主にする肝臓胆嚢疾患
4,胃腸疾患 5行では相克の木土の関係にある。
5,体の側面の炎症や緊張 肝胆は少陽の部位で,体の側面が少陽の部位に当る。
6,腎臓疾患 5行の相生でいうと水木に当るが,現代医学的に考えても肝臓機能障害があると腎臓の変化も治りにくいと考えられる。肝腎障害症(臨床の進歩5松尾厳)のような考え方もある。
7,女性生殖器疾患 肝経は陰を絡うに基く。
8,男性生殖器疾患 右に同じ。
9,皮膚疾患 肝臓の代謝障害が関係する。
10,眩,嘔 ともに小柴胡湯の適応症状の中にある。
11,神経質 肝と精神症状との関連に基く。
12,知覚神経障害 肝障害の症状に基く。
13,心臓疾患 肝と心とは5行でいうと木火の相生関係にある。小柴胡湯の適応症状の心煩,心下悸,胸満なども参考になる。
14,眼疾患 眼は肝に属するとの考えに基く。
15,筋疾患 筋肉の攣急は肝に関係する。
16,高血圧 精神作用と自律神経失調に関係があるとき。
17,振顫 筋肉の痙攣と見なす。
18,吐血 肝は血を蔵すに基く。

(2) 適応症状
1,視診
小柴胡湯の適応症になる人は概して細おもてで,決して卵型の顔はしておらず,また脂ぎったり赤ら顔でもない。
眼裂は割合に細いが,柴胡桂枝乾姜湯ほど切れ長とか鋭いとか,眼尻が吊上がっているようなケンのある顔ではない。
こめかみや額や鼻根部の明堂あたりに青筋すなわち静脉の怒張があるものが多く,子供や婦人では眼球結膜が青味がかっていることがよくある。またこめかみに斜の,割合に太い持上ったすじが出ていることがある。
手掌紅斑はよくある。
耳の中輪が飛出していたり、足の拇趾が上に反逆っているものは非常に多い。
下口唇が乾燥したり皮がむけたりすることは柴胡桂枝乾姜湯の適応症には多いが,小柴胡湯ではあまりない。

2.脉診
寸脉沈弱又は濇,尺脉細又は弦細のことが一番多い。
しかし脉は一つの処方には一つの定った脉しか現われないというわけでは決してない。症状或は状態に応じて,それと釣合うような脉が現われるものである。だから脉で大体の状態はわかり,症状で具体的な処方の適応証がわかってくる。或は症状で具体的な処方の適応証がわかってくる。或は症状で若干の処方が浮んできて,脉で決定的にその中から適当な処方を選出することができるのである。
一つの脉がさまざまな違って処方にも現われることがある。例えば小柴胡湯と小建中湯などはよい例で,それを区別してゆくのが症状である。
だから脉と症状は対応するものとして考えないといけないのであって,脉だけみれば症状はどうでもいいというのでもなければ,症状だけわかれば脉はどうでもいいというわけでもないのだ。実際には症状から若干の処方が浮んで来て,その中のどれかをきめるのが脉になるのである。
小柴胡湯の脉は前記のように小濇尺弦のほかに沈緊(少陽病385条太陽病下270条) 浮(陽明病352条)などがある。浮と沈とではまるで反対だ。だから脉は出たらめで当てにならぬという訳では決してなく,浮なら浮,沈なら沈になる理由があるからである。それによって症状なり脉なりの病理の判断ができるからである。もし脉と症状とが対応せず,矛盾しているとすれば虚労や瘀血も傷寒の重症のときで,それはそれとしての意味があるのである。

3,舌診
小柴胡湯の舌は傷寒の時は薄い白苔のことが多いが,雑病のときは決っていない。殊に小児では苔がないことが多い。
白苔があるから小柴胡湯の適応症で,白苔がないから小柴胡湯の適応証ではないとしてしまってはいけない。
医療手引草続編「満舌白滑,尖反って鮮紅,少陽経なり。この湯に加減す。
白胎中紅舌,少陽経の症なり。こ英湯に加減す。
舌尖白く,その症寒熱耳聾口苦く脇痛には此湯に宜し。舌根白く,尖黄なるはこの湯に宜し」
これを見てもの小柴胡湯の舌は舌尖と舌根とが一様でなく対照的な変化を現わしていることが注意される。

4,腹証
小柴胡湯の腹証には確かに胸脇苦満を呈することが多い。胸脇苦満の程度はまちまちだが,大柴胡湯のように心下急というほど劇しくはなし,四逆散のように腹直筋が二本棒といわれるくらいにブリブリと盛上ったように緊張しているのでもなし,柴胡桂枝湯のように心下支結といわれて薄く浮び上ってい識ようにピンとしたのでもない。反対に殆ど緊張がわからず,僅かに張る感じぐらいのこともある。それは肝臓の緊張が肝臓全体に一様に起るのではなくて,部分的に上部で起れば胸廓に包まれた部分だけで,腹直筋の緊張としては現れないからである。これに反して下部で起れば内臓・腹壁連関は下方で肋間神経を通じて脇下の辺に著明に起るはずである。
傷寒論,金匱要略を通じて小柴胡湯の条文は20条あるが,そのうちで胸脇苦満,或は脇下満といっているのは僅かに8条だけで,他の12条は何とも云っていない。他覚的に腹壁緊張が認められず,ただ自覚的に胸脇満,胸満脇痛脇下満,脇下満痛,脇下硬満,脇下痛,脇下痞硬などが起ることもある。肋骨弓下の腹筋緊張が必ず何時も強いならこんなみちまちな表現をするわけはない。
左右もまた問題にしてよいと思うが,左脇下は肝で,右脇下は肺だから,小柴胡湯の場合は左の胸脇苦満のときに使うべきだとの和田東郭の説には従いかねる。小柴胡湯の場合は左,或は右,あるいは両側に緊張が起るもので,左右に拘泥する必要はない。
次に胃部振水音や腹動は原則的には起り得ない。だが例えば胃部の叩打の仕方で僅かに振水音があるとか,僅かに腹動を触れるなどはあり得るし,それは無視成て差支えない。
古人の説にも耳をかたむけてみよう。
聖剤発蘊「胸状平にて広く肋骨のはづれ少し張上りて両脚をさげたる如く拘攣の様に指頭に応じ鳩尾の処痞鞕してそれより下は中通りさくが立て軟かに小腹はほっそりとしてすなほに有るべし。但し変態して兼方を挟む時は臍傍或は小腹凝結するものあり。偖柴胡の毒は背中より肩へ上り胸脇へ下り満して脇下へ足をさげたる者なり。故に背7-9の辺はる者多し。畢竟胸脇苦満の余波が脇下へ及ぼしたる者と心得べし。此状を名けて両挺と云。又変態して脇肋のはり少き者は胸膈へ張りをもつ者也。小児疳気虫気など云てぢれれつよきに此証あり。但し小児は腹部総て濡弱なる者故両挺の状見はさず胸の状ばかりにて此方を使用す識ことあり。大人にても肝気つよくぢれる者柴胡剤の腹状多し。又方証相対し久服する間に風と身体振慄発熱(汗出る等のことあり。病家驚て急を告ることあ識者なり。是れ柴胡の瞑眩にて佳兆なり」

5,背証
小柴胡湯の場合は隔兪,肝兪,胆兪辺に反応が見ることが非常に多い。反応とは触診上では最長筋の峯の辺り,太陽膀胱経の右の兪のところが緊張し,多くの場合に圧痛があり,稀には反って気持がいいということもある。反応は右側に出ることが多いが稀には左側にも出る。両側に現れることは少い。
立光式経候探知器で検索すると一層頻度が高く認められる。
右の肩こり,肩井,肩中,肩外あたりに緊張と圧痛が認められることが多い。
鮎川静氏の経験によると
「背部上方に於て右に相当突出部(図略)を見ることが多い。私は之を柴胡剤の一つの目標としている。大小程度の差はあるがこの場合,腹診上胸脇苦満は必発の徴候である(漢方と漢薬8-1)
とのことである。
(※隔兪は、膈兪の誤植?)


6,経絡症状
相見三郎氏「近頃私は胸脇苦満の他に肝経に添った部位に異変がありはしないかと調べることにしている。そうすると小柴胡湯の証の患者には,はたして色々な肝経の異常が認められる。頭部の症状としては頭痛があったり眼がかすむと訴えたり,或は咽喉に何かつかえて,いらつく感じに悩まされたりしている。胸部の症状としては胸痛や,肋間神経痛や,狭心症,心臓神経症を疑う訴えがある。又腹部では種々の胃症状や廻盲部又はS字状部の圧痛がある場合が多く,この場合は瘀血の症と間違い易い(中略)脚にくると脚気の症状を訴えるものが多い。然しその場合腱反射は普通にあるので脚気と鑑別することは困難ではない」(漢方の臨床2ノ9)
これも参考になるの所見で方意や応用例の所を見て頂きたい。

7,問診
問診を後まわしにしたのは重要で,且つ記載事項が多いからである。
1.発熱症状 条文を見ると往来寒熱,瘧状,身熱悪風,発熱,身微熱,潮熱などがある。必ず熱を伴うという意味ではなく,雑病ならむしろ熱を伴わないのが普通だが,もし傷寒で熱を伴うならこのような熱の出方をすると考えるべきである。その内で一番普通なのは往来寒熱と発熱である。しかし少くとも寒はなく,手足温とか手足煩熱とかはあっても手足冷はなく,乾姜,附子などの温める薬物も入っていない。足が冷えたり腹が冷えたりしたら小柴胡湯の適応証ではなく,もし冷えがあって起った症状なら方後の去人参大棗生姜五味子乾姜のように加減する必要がある。

2.食欲不振 食欲は変りないということはあるが,食欲不振とか腹がすいて仕方がないなどということはない。食欲不振は普通胃の工合が悪いと思われているが,実は肝臓も関係しているのだ。白朮附子湯の食味を知らずや,梔子豉湯の飢えて食すること能わずや,当帰建中湯の不能食飲,大建中湯の不能飲食などとは違って,胸がつかえて食べたくないとの意である。

3.心煩,心痛,胸中煩 心煩には2つの意味があって,心臓部が煩わしい,圧迫感とか苦しいとか心痛とかがそれで,もう1つは精神的な煩わしさである。
大体小柴胡湯適応証の患者は神経質で,神経がこまかく,鋭く,何かあると怒関係した傾向を示す。
よく気がつき,勘がよく,呑込みが速い。ハイという返事が早く脾虚のようにハーイと間がのびたり,煮え切らない返事をしたりすることはない。気が多く,注意力が集中するが忽ち他のものに気が移ってしまう。観念逃走ideenfluectigである。従って好き嫌も多い。
怒りっぽい,気が短い,癪にさわる,それを裏返すと自我意識が過剰で,我が強いために自己の意志を押通そうとするが,どっこいそうは行かず壁にぶつかってしまう。自分を侵害されたように思って怒りっぽくなるしいわば一種の自己防衛である。
このほかに小柴胡湯の適応証の人は理窟っぽく,潔癖で,整理癖などもある。
思うように行かないのはせっかちだからで,じれる,不眠で夢が多いなどのこともある。昼間は陽気が眼に入って物が見えるが,夜になると肝に入って眠れるようになる。しかし陽気が強すぎると依然として眼に残って眠れない。確かに脳の充血性の不眠には柴胡黄芩の薬が有効である。
小柴胡湯の適応証の人でのんびりしている人は決してなく,子供だとじっとしていないで机の上の物をいじったり,そわそわして落つきがない。

4.咳 多くは劇しい欬込みでなく,痰の切れが悪い。どの場合も相当に粘稠で,決して唾のように薄い痰ではない。欬込みがあるなら去人参大棗生姜加五味子乾姜がよい。

5.嘔 小柴胡湯の適応症状をみると喜嘔とか嘔とか乾嘔とかいうだけで,1つも吐とは云っていない。嘔はゲーツという音声で,気であり,肺疾原因をなしており,半夏が主る所である。もしゲーゲー吐いてしまうなら原因は胃にあって,五苓散などの半夏の入っていない処方を使う場合になろう。噦も嘔と同じく気逆によって起る症状で,私も小柴胡湯で治した経験がある。

6.渇 あまり重要な適応症状ではないが,熱と,その上津液が廻らぬため(陽明病351条)に起る症状であろう。八味丸五苓散などの煩渇とは違うが、渇があっても小柴胡湯を使うことができる位に消極的に考えておいた方がよい。

7.頭汗 柴胡桂枝乾姜湯,大陥胸湯,防已黄耆湯梔子豉湯茵蔯蒿湯などにも頭汗があるから注意する。頭汗があるから小柴胡湯の適応でないと判断してはいけない。頭汗はかなり特殊な症状だが,それがあっても小柴胡湯を使ってよい位の気持で使うようにする。

8.鼻乾 肺熱のために起る症状と思われるが,注意していないので気がつかないことが多い。
耳聾や耳痛を伴うこともあり,目の充血を伴うこともあるが,どの場合にでもというほどの一般性はない。

9.産婦鬱冒 産婦でなくても血弱気尽,或は亡陰血虚,陽気独盛の状態なら男子でもよい。太陽病下270条や太陽病中219条ではこの条とまるで反対の陽虚陰盛の状態なのにどちらの場合にも小柴胡湯を使うのだからむずかしい。要するに身体の真中がつかえて陽気と陰気の交流が妨げられ,陽気が上につまったり,陰気が下につまったりしているのが小柴胡湯の適応証である。

10.腹痛 陰虚して起る腹痛で腹痛には浅い部分すなわち腹壁の腹痛と,深い部分すなわち内臓痛の腹中痛と,急にはげしく起る腹中急痛とがあるが,小柴胡湯はこの3つの場合のどれにも使われている。腹痛の部位は多くは上腹部であって,肝,胆,胃,膵等の疾患に使う1つの目標になっている。

11.黄 面目黄,身黄,黄,一身及面目悉黄などと記載されているが,黄疸の場合に他の症状が小柴胡湯の適応証に一致するなら小柴胡湯の適応証になるのであって,黄疸だから小柴胡湯だというわけにはいかない。
大柴胡湯茵蔯蒿湯は胃熱だが,小柴胡湯や小建中湯は脾虚による黄である。

12.頸項強 主として胸鎖乳嘴筋の緊張だが,これは身体の側面で胆経の走行部位であり,項背強と区別するために特に指摘したものと思われる。項背は太陽膀胱経の走行部位になる。

13.耳の前後腫 多くは自覚痛や圧痛を訴える。風池,懸り,客主人などの胆経の部分に圧痛を伴うことがある。耳は外耳,中耳,耳の外辺までが主である。

14.大便 不大便や堅や溏などがあってきまってはいない。不大便でも溏でも小柴胡湯は使えると思っておけばよい。

15.小便 自可,不利,難など各種の場合があるから大便と同様,こういうときにも使えると考えておけばよいのだ。

以上の諸条件を本にして綜合して適応証かどうかを判断するのだが,その中でも脉,視診,腹証,精神症状などは殆どすべての場合に共通する一般症状であり,それと咳とか食欲不振とか腹痛とかの特殊症状を組合せてきめてゆくのである。
「柴胡の証あり。ただ一証をあらはせばすなはち足なり。必ずしも悉く具はらず」(太陽中220条)
は実に巧みに小柴胡湯の証をとらえているが,この一証とは胸脇苦満の類,或は脉のうちのどれだが,小柴胡湯の胸脇苦満,大柴胡湯の心下急,柴胡桂枝乾姜湯の心下支結と多少異っていても,このグループには他の処方にはない特徴で,脉や熱や精神症状にもそういう特徴はあるが,胸脇苦満の類の腹証には及ばずである。
但し前にも述べたように胸脇苦満がはっきりしない場合がある。もしそれが出ていれば問題はないが,出ていなければ熱とか脉とかでつかまえなければならぬ。定ったものであれば胸脇苦満の証をあらはせばすなわち足なりというべきだが,はっきりしないしつまり不定のことがあるので胸脇苦満と云わずにただ一証といったのであろう。
聚方大義 「按此主治柴胡ノ症ノ大法ヲ示ス也往来実熱スルハ正邪相争ヒ正気勝ハ発熱シ邪気勝ハ悪寒スル也邪気胸脇ニ入者ハ苦満ス柴胡ノ症ノ第一目的ニスル也黙々は静也陽邪陰ニ近ク故ウトウトトシテ静ナルヲコノム也内経ニ陽入テ陽則静也ト云此也病人ノ邪気表ニ在ハ能食ス邪裏ニ入レハ食スル事ヲ得ス此症ニ食ヲハ欲セサレハ表裏ノ間ニ邪気有ヲ可知也煩スルハ邪気心ニ通ルカ故也邪熱胸脇ニ満テ湧上ル様ニナル故ニ嘔シヤスシ渇スルハ血液ヲ乾ス故也血液乾枯スレハ筋脈モ滞リ服中痛衝脈直上シテ上胸中ニ至リ宗気トナリテ四方ニ布敷ス可キニ水欠心下ニ容シテ通路ヲササユル故心下悸動シテ欬シテ水気上ニ逆スト云此皆表裏シ症ヲ示ス也故ニ此陽ヲ用テ柴胡胸脇ノ邪熱ヲ解也人参諸薬ヲ和シテ煩躁逆満ヲ治ス黄芩気ヲ降シテ諸熱解ス半夏逆ヲ降シテ上焦ノ爵悶ヲ開キ飲ヲ遂ヒ嘔逆ヲ止ム此症ハ専ラ胸脇ニ邪気ノ犯スヲ云故桂枝麻黄ヲ用ルノ所ニ非ス風邪気皮膚肌腠ノ分ヲ離シテ胸脇ニ入レハ此湯ヲ用ヒテ半表半裏ヲ和解スル也故ニ麻黄湯桂枝湯に次テ用方甚多シ此ニ後世ニテモ内外症ヲ云ス寒熱往来シテ発熱スル者何ノ病ニ因ス広ク此方ヲ用テ効有也凡右方半夏人参ト并用ルハ心下ノ支結ヲ去ルノ妙剤也半瀉柴胡桂枝生姜瀉心前胡建中奔気湯千金七気湯等皆此例也又婦人ノ傷寒中風熱入血室ト云テ経水行リ悪ク或ハ産前後ノ難症往来寒熱ノ邪気胸脇ニ通レバ此湯ヲ用ル也熱入血室ノ症ハ薬ヲ用ヒストモ経行レハ自然ニ治スル者ナルトモ薬ヲ用レハ此湯ヲ主トシテ傷寒全生集ノ加減ニ従テ桔梗枳殻ヲ加可用也又小児ノ疳積テ寒熱往来シテ気分了々ニ用テ又風ヲ引テ耳ノキコエヌ用ル也凡両肋ヨリ服一面ニヒツハツテ少寒熱ヲ兼ルニ用ユ引脹テ濡ニ緩ルハ小建中湯ニ彷彿タリ又虚ノ初ニモ此湯ヲ用テ佳也邪気陥入シテハ少シク白胎生ス咳スルニ五味子乾姜ヲ加エ能効アリ凡此湯ノ目的ハ脈弦ニシテ両肋ノヒツハリ強ヲ候ヒ得テ用ユル也此即邪気胸脇ヲ犯スノ兆也此ヲ以後世小柴胡湯ヲ少陽経ノ薬ト心得ルハ甚非也凡此方後ノ加減ハ後人ノ作也加減セス用ル為ニ主治ニ或法字ヲ加テ諸症皆主之ト云也故ニ多ハ加減ヲ不用シテ可也其内欬者加五味子乾姜凡欬者酸辛ノ味ヲ好故此加減は能効アリ真武湯ニ五味子細辛乾姜ノ加減モ用意ノ事也」

正体類要「小柴胡湯は一切撲傷等の証,肝胆経の火盛に因て痛をなし血を出し,自汗,寒熱往来,日哺発熱,或は潮熱身熱,咳嗽発熱,脇下痛をなし両肱痞満するを治す」

本草権度「玉茎挺長するは亦湿熱なり。小柴胡湯の黄連を加ふ」
小柴胡湯には飲食を欲せずとて飲の字を先に挙げているから水に関係した症状があり得ることは考えられるけれど,別の立場から考えると,玉茎は筋と同じに見て,肝の支配する所であり,それは宗筋に連なるもので傷寒論の平脉法71条の細註に下は玉茎を滎す。故に宗筋之を緊縮すというのがそれを示している。つまり玉茎が長くのびたのは肝の熱と関係があるから小柴胡湯で肝熱を去ればよいという意味だろう。

医療手引上編「傷寒胃実の証,脇下と手足心と両処に汗なきものは未だ結定せず。やはりこの湯を用ゆべし」
小柴胡湯は胃実ではなく胃虚であろう。胃実なら大柴胡湯であるべきだから著者の加藤謙斎の誤解と思うが,理くつはともかく,経験的にはこの条も参考にするに足りる。

○応用例
柯氏「小柴胡湯は脾家虚熱,四時瘧疾の聖薬となす」
直指方「傷暑,大熱を発し頭痛,自汗,咽疼,煩躁,腹中熱緩く諸薬効あらざるものに最もよい」
同書「咽乾喉塞,亡血家,淋家,衂家,瘡家,動気は並びに汗すべからず。皆この湯を用ゆ」
傷寒諸論「傷寒盗汗の責は半表半裏にあり。胆に熱ありとなす。専ら小柴胡湯を用ゆ」
易簡方「柴胡湯は小児温熱をことごとく能く治療す」
成蹟録「一男子年三十,傷寒を患ふ。四肢逆冷攣急して悪寒す。その脉沈にして微。己に斃れんとす。諸医参附の剤を投ずるに効ふること二三剤にして応じ,その脉復す。続て服せしむること二十余剤にして全く癒ゆ」
古方便覧「表熱散じて後に気むつかしく不食しつかえるによし」
小児直訣「その母怒によって咳嗽脇痛す。その子も亦然り。母小柴胡湯を服す。その子も亦癒ゆ」
成蹟録「一婦人発黄し心中煩乱して口燥き胸脇苦満して食することあたわず。数日の後両目盲して物を見ることを得ず。余すなわち此湯及び芎黄散作り与ふるに目遂に明を復し,一月余にして諸証全く癒ゆ」
医療手引草別録上「痢疾,用る目あては鼻の中が黒くなるに用ゆべし。」
老医口訣「久しく大便せざる者,小柴胡湯を用いて程よく大便を通じ病解することあり」
成蹟録「一男子耳聾を患い脇下硬く時々短気上衝し,発すれば則ち昏冒して言うこと能わず。両脚攣急,転倒すること能わず。毎月一二発す。先生これを診し,小柴胡湯を投じ,兼るに硫黄丸を以てし,而癒ゆ」
建殊録「京故木屋衛魚店,吉兵衛の男年十四才,通身浮腫,心胸煩満,小便不利し脚殊に濡弱なり。衆医効なし。先生これを診するに胸脇苦満,心下痞硬,四肢微熱す。小柴胡湯を作ってこれを飲ましむ三服を尽して小便快利し腫脹随て減ず。未だ十服に満たずして全く癒ゆ」
成蹟録「水腫に胸脇苦満し小便利せざるものあり。三黄丸,平水丸を兼用すべし」
百疢一貫「経水天季止まざる者には黄連解毒湯或いは小柴胡湯,温経湯類,症に従いて用いるなり。これらの方にて片手に黄芩を用いるなり」成蹟録「婦人産後寒熱ありて狂の如くなるに此方の証あり」
済陰綱目「小柴胡湯は婦人風邪帯下五色のものを治す」
医方口訣集「下疳瘡又は便毒,嚢癰等の類凡そ前陰に在るの疾はみなこれを用う」
建殊録「一賈人,面色紫潤,掌中の肉脱し四肢痒痛す。衆医おもえらく癩疾と。方を処するもみな効なし。先生これを診するに胸肋妨脹,心下痞硬す。小柴胡湯及び梅肉丸を作ってまじえ進むること数十日,掌肉もとに復し紫潤始て退く」
成蹟録「一男子年四十余,初め手背に毒腫を発し,愈て後一日忽然として悪寒発熱し,一身面目浮腫し,小便通ぜず。余診するに心下痞硬し胸脇妨脹す。すなわち此方及び平水丸をまじえ進めて小便快利して全く愈ゆ」
成蹟録「小児驚風或はものにおそれて夜寝ざるによし」
成蹟録「疳証にて下痢発熱し脇腹満するに紫円を兼用してよし」


〈漢方と漢薬〉 第5巻 第11号第12号
小柴胡湯の合方 木村 長久先生

小柴胡湯は単方として用ひられ,又2,3の薬物を加味して用いられ,或は他の薬方と合方にして用いられる。今浅田家方函に収載されている小柴胡湯の合方を列挙してみよう。

1,柴胡桂枝湯
小柴胡湯と桂枝湯の合方である。傷寒論に出ている。比較的穏やかな薬方で,応用範囲が広く,余が日常頻用する方剤の一つである。此方に対する口訣は,
此方は世医風薬の套方とすれども左にあらず。結胸の類症にして心下支結を目的とする薬なり。但表症の余残ある故に桂枝を用るなり。金匱には寒疝腹痛に用いてあり。即ち今所謂疝気ぶるひの者なり。及腸癰生ぜんとして腹部一面に拘急し肋下へ強く牽しめ,其熱状傷寒に似て非なる者此方に宜し。又此方に大黄を加えて婦人心下支結して経閉する者に用ゆ。奥道逸法眼の経験なり。
柴胡桂枝湯は感冒薬として用ひて具合がよい。感冒の初起悪寒発熱,脈浮緊は葛根湯麻黄湯を用ひるが,5,6日経った感冒は傷寒論にも云うふ通り少陽部位に入るものが多い。しかも脈に浮の気味が残り,悪寒がある。こんな症はどうも葛根湯や,麻黄湯ではピッタリしない。仮りに之に葛根湯麻黄湯を用ひても病状は軽くなるが,サッパリ抜け切らない。初起適当な時機に用ひるような目覚しい効は得られない。斯様な症には柴胡桂枝湯が具合よく応ずるのである。太陽と少陽の合病の感冒で,熱勢劇しく煩躁する者には柴葛解肌湯(浅田家方)が特効を奏する。柴胡桂枝湯を風薬としても葛根湯とは異る場合に用ひるのであって,感冒一切といふわけにはいかない。そこで口訣に「風薬の套方とすれども左にあらず」と云はれたのである。次に「結胸の類症にして心下支結を目的とする薬なり」と云はれているのは難解である。結胸と云い,心下支結と云うのが臨床的に把握できなければこの一句は分らない。心下支結は自覚的症絡であるか,他覚的症候であるか,又は自他覚的症候であるか。柴胡桂枝銀の適当する場合に,他覚的には特に抵抗を感じないが塞えることを訴えるのは屡々である。それが心下支結に当るのであろうか。何れの心下痞,又は心下痞鞕の類であろうが,それとどうちがうのか。結局よく分らない。表症の余残ある故に桂枝を用るなり」は分ると思う。結胸も心下支結も要するに少陽證であるから,逃げるやうではあるが,感冒で太陽少陽合病の場合に用る薬方であると云うことになる。
さて柴胡桂枝湯を感冒薬とのみ考えは甚だ狭いことになる。其他種々の病症に用いられるのである。金匱要略には寒疝腹痛に用いてある如く,諸腹痛の治方として重要なものである。余も腹膜炎,胆石症,胆嚢炎,胃痙攣,溜飲症の腹痛,胃腸カタル等に頻繁に用いているがよく効を奏する。口訣には「腸癰生ぜんとして腹部一面に拘急し肋下へ強く牽しめ,其熱状傷寒に似て非なる者此方に宜し」とあつて,蟲様突起炎の初起,腹部一面にデファンスがあり,疼痛する場合に用いることがある。又婦人の経閉にも用ゆとあるが,さもあるべしと肯かれる。かくの如く此方は諸種の疾患に用ひられるが,同一方を用うる以上何かそこに共通した点があるべきである。それはやはり腹證に在ると思う。柴胡桂枝湯の腹證は小柴胡湯の腹證と,桂枝湯の腹證が合併した場合である。故に直腹筋の拘攣を触れるのを規則とする。然し腹筋の拘攣を触れなくても,腹部一般に抵抗があり,充実感ある場合であれば用いて差支えない。之に反して腹壁菲薄で無力性の場合には此方は適当しない。
柴胡桂枝湯に大黄を加えて,便秘症で腹部膨満感を訴える者に用いてよく効を奏する。又小児の食餌中毒を起し易い者に同方を用いて成績のよかったこともある。本方に就いて嘗て本誌(第1巻第8号)に書いたことがあるので,この辺にして次に移る。

2.柴胡四物湯
その名の如く小柴胡湯と四物との合方で,三元湯とも云う。口訣に曰く,
此方は小柴胡湯の症にして血虚を帯る者に宜し。保命集には虚労寒熱を主とすれども広く活用すべし。此方小柴胡加地黄湯に比すれば血燥を兼る者に験あり。
この方は経験が尠いので著効を得たことはないが,良方であると思う。「小柴胡湯の症にして血虚を帯る者」と云えば一言にして本方の適応症を表現している。余は産褥熱に二例経験があり,一例には効果を認めたが,一例は不明であった。産褥熱,産後の肺結核に用ふべき場合があろうし,男子にも発熱性疾患にて慢性となったものに本方の適する場合があり得ると思う。小柴胡湯の名方たるは固よりであるが,四物湯もそれに劣らぬ妙方であるから,両者の合方を求めるこの柴胡四物湯も必ずその独壇場があるに違いない。

3.柴苓湯
小柴胡湯と五苓散の合方である。口訣に曰く,
此方は小柴胡湯の症にして煩渇下痢する者を治す。暑疫には別して効あり。
急性胃腸カタルにて,発熱,煩渇,下痢する者に用ひて効がある。斯様な症は夏期に多い。感冒から胃腸カタルを起した場合にもよい。

4.柴胡解毒湯
小柴胡湯に黄連解毒湯の合方である。口訣に曰く,
此方は傷寒のみならず,凡て胸中に蘊熱ありて咽喉に瘡腫糜爛を生じ,或は目赤頭瘡,或は諸瘡内攻壮熱煩悶する者を治す。古人の言通り 諸瘡瘍は肝胆経をねらふて柴胡を用るが定石なり。其内熱毒甚しき者は黄連解毒を合すべし。黄連能く湿熱を解すればなり。
これも名方と思うが経験がないのでよく分らない。口訣によれば先づ傷寒に用ふることが分る。少陽病の熱は小柴胡湯の主治する所である。然し少陽熱が小柴胡湯でみな治ってしまふなら話は簡単であるが,実際はそんなわけにはゆかぬ。少陽熱も古びてくると小柴胡だけでは応じないのである。そこで小柴胡湯に四物湯の滋潤を藉りるとか,黄連解毒湯の清熱を仮りるとか云うことになる。然しどんな少陽病が柴胡四物湯によろしく,どんな少陽病が柴胡解毒湯によろしいかは臨床的に把握したものでなければ云へないことである。余は嘗て15歳の少年の肋膜炎(?)で高熱の続いた場合に柴胡剤を用いて効がなく,四物湯黄連解毒湯の合方で急速に解熱した例を経験している。そんなことから柴胡解毒湯の適する少陽熱があ識に相違ないと考へている。
此方は其他に胸中に蘊熱ありて咽喉に瘡腫糜爛を生ずる者を治すとあるが,どんな病症を指すか見当がつかない。「或は目赤頭瘡,或は諸瘡内攻壮熱煩悶する者」は気をつければ遭遇しそうな例である。諸瘡瘍にて湿熱甚しき者に用ふとなれば,諸湿疹,癤癰,淋巴腺炎等に用ふべき場合がありさうに思われる。此方に就いて多数経験を持つ人には何でもないことであっても,経験を持たぬ者には洵に哀れ揣摩臆測をなすに過ぎない。実に経験は尊いものであり,無限の強味である。博聞強記も欲する所であり,経験豊富も望む所である。両者併合すれば申分ないが,何れかといえば後者を採りたい。

5.柴陥湯
これは小柴胡湯に小陥胸湯の合方である。此方には縁があって,先父が肋膜炎に対して特効薬的に用いた関係上,そのまま承け継いで肋膜炎,肺炎,気管支炎,肺結核に濫用している。これは本朝経験のものであるから,本邦人の案になる薬方である。小柴胡湯の證に小陥胸湯の證を合併した場合に用ひると云へばそれまでであるが,臨床的にはなかなか分らない。経験上肋膜炎には屢々著効を奏するから,肋膜炎には傷寒論の結胸證に当るものだと考へるだけのものである。本方に対する浅田先生の口訣は難解である。

此方は医方口訣第8条に云通り,誤下の後邪気虚に乗じて心下に聚り,其邪の心下に聚るにつけて胸中の熱邪がいよいよ心下の水と併合する者を治す。此症一等重きが大陥胸湯なれども,此方にて大抵防げるなり。又馬脾風の初起に竹筎を加へ用ゆ。其他痰咳の胸痛に運用すべし。

この口訣では本方の適する病症は把へ難い。従って本方を使ってみようと云う気が起きない。然し幸に自分は家の流儀で多数経験の例があるが,兔に角気管枝炎,肋膜炎,肺結核には捨つべからざる薬方と考えている。口訣に「其他痰咳の胸痛に運用すべし」とあるが,気管枝炎で咳嗽,喀痰を伴い,咳嗽時に胸部にひびいて疼痛を訴え,痰の切れが悪く,喀出時に咽喉が痛む様に感ずる場合には本方がよく奏効する。之に竹筎を加え、或は更に麥門冬を加えて用ひている。肋膜炎に対しては大多数に於て成績がよかった。即ち服薬を開始すると2,3日で気分がよくなり,食慾が出る。熱も目立って下って来ると云うのが多い。肋膜炎は安静にしてゐれば治る病気であるから,本方がどの程度に有効かを判定することは困難であるが,少くとも患者の報告から,病状の観察から有効を考えざるを得ない。然し柴陥湯は肋膜炎には著効を認めずと云ふ説もある。この両説があることに就いては種々討議すべき点があるが,あまり傍道に入るので省略する。又他の薬方にて肋膜炎に好成績を挙げている人もあることを知らなくてはならぬ。
肋膜炎のすべてが柴陥湯で治ると考えたら間違いである。中には柴陥湯の服用によって反って病勢の悪化する者もある。大多数に於ては良結果が得られるから,まづ此方を投与して1,2週間の経過を観察し,不適当な場合としては肺結核が相当に進行していて肋膜炎の症状を現してゐるもの。之は熱が消耗性であり,脈細数,腹力脱失の候がある。即ち聴診,打診上では肋膜炎の徴候を現してゐても他の一般状態は既に肺結核末期に近い状態にあるものである。 もう一つは無力性体質の場合。 之は脈沈弱,腹部菲薄無力性で,すべて刺戟に対して反応が鈍い。之には柴胡剤は適当しない様である。
肺結核の発熱,咳嗽に対しても柴陥湯は屢々有効と思われる。要するに小柴胡湯の適当する体質,病状の範囲に於て用ひれば奏効を期待することができる。口訣には馬脾風(ヂフテリア)の初起に用ふとあるが,経験がない。
最近になって柴陥湯を溜飲症の嘈囃甚しい者に用いている。溜飲症に柴胡桂枝湯を用いることは既に述べたが,小陥胸湯に枳実,山梔子を加へたものは,加味小陥胸湯と名づけて嘈囃の劇しい者に効がある。この二つの考へから柴陥湯に枳実,山梔子を加へて溜飲症の嘈囃に用ひることになったのである。まだ経験は少いが成績が良いやうである。

6.柴蘇飲
これは小柴胡湯と香蘇散の合方である。香蘇散は風邪に対する軽い発散剤として用いられる。故に此方は小柴胡湯に軽い発散の意味を加えたもので,感冒後大勢は解したが,僅かの所がサッパリしないという場合に用いてよろしい。殊に感冒後の頭重,耳聾によい,又微熱咳嗽にもよい。口訣には
此方は小柴胡の證にして鬱滞を兼る者に用ゆ。耳聾を治するも,少陽の余邪欝滞して解せざるが故なり。其他邪気表裏の間に鬱滞する者に活用すべし。
とある。風邪後の耳聾とは欧氏管の腫脹狭窄によるもので,耳の塞った感じ,物音が遠くに聞える,軽い耳鳴等を訴へる場合を指す。すべての難聴症に本方が奏効するという意味ではない。

7.柴胡三白湯
小柴胡湯に白朮,茯苓,芍薬を加えたもので,浅田家の家方になってゐる。
口訣に曰く,
此方は参胡三白湯の症しして熱勢一等甚き者を治す。又暑痢嘔渇,腹痛不止者を治す。
小柴胡湯に白朮,茯苓,芍薬であるから下痢,嘔渇,腹痛に適当であろうことは推察に難くない。参胡三白湯とは三白湯(白朮,茯苓,芍薬)に柴胡,人参であって,傷寒,発熱,脉虚数,或は下利する者に用いる。大体虚證であって,補中益気湯真武湯よりは手前で少陽の位にある者である。参胡三白湯で実證の場合がこの柴胡三白湯になる。

8.人参飲子
これは小柴胡湯に麥門,竹葉を加えたものである。口訣に曰く。
此方は小柴胡湯の一等熱甚しく,煩渇嘔吐止まざる者を治す。咳嗽には杏仁を加え,潮熱するには鼈甲を加う。往年麻疹後の勞熱に用いて特効あり。其他諸病に活用すべし。
小柴胡湯の熱が数日を経るも解せず,煩渇嘔吐する者によろしい。高熱が数日続くとどうしても津液乏少の傾きになる故に煩渇の症も現れるわけである。その治療としては柴胡,黄芩の如き苦味清熱剤ばかりでは面白くなく,滋潤剤が一枚加ると俄然妙効を奏するのである。此方に於て麥門冬にその重要性を発見するのである。竹葉も亦淡味清熱剤として相当な働きを演ずるものであろう。それから方名が人参飲子となってゐるから,人参が主要視されてゐるものと考えられる。人参な胃気を扶けて,亡津液を治する。此場合は御種人参を用ふべきものであろう。感冒熱,麻疹,カタル性肺炎の熱の永引くものに本方の適する場合が間々ある。更に「咳嗽には杏仁を加え,潮熱には鼈甲を加えて」用ひる。今までの経験では嘔吐は必ずしも重要な症候ではなかった。

9.加味小柴胡湯
此方は暑疫,協熱痢を治するものとなってゐる。其方は小柴胡湯に竹筎,麥門,黄連,滑石,茯苓を加えたものである。口訣に曰く,
此方は一老医の伝にて,夏秋間の傷寒協熱痢に経験を取りし方なれども,余は毎に滑石を去りて,人参飲子の邪勢一等重く,煩熱心悶する者を治す。又竹筎温胆湯の症にして往来寒熱する者を治す。
この口訣によると,浅田宗伯先生は人参飲子の病勢一等重く煩熱心悶する場合に加味小柴胡湯去滑石を用ひられたのである。実際に於ても,人参飲子を用いて熱が下らぬ場合に,更に黄連,茯苓を加へて与えると,熱が下ることがある。然し余は多く,少陽熱があって下利する場合に用ひている。肺結核に下利を伴う者で,体力の消衰甚しからざる場合には本方にて好調に転することがある。
竹葉と竹筎とは性用略々同じきものであるが,其差異は古方薬議に説く所によって推察し得る。即ち同書竹筎の項に曰く,
竹葉,竹皮は皆甘寒,其性一致す。故に後世有用して差別なきに似たり。蓋し竹葉は性軽微,其気升るべく降るべし。故に石膏,附子と相配して虚熱を清し,逆気を降すなり。惟だ竹皮は則ち性緩潤,中を安んじ,胃を清くす故に橘皮竹筎湯,竹皮大丸等之を用いて以て虚煩嘔噦を治す。
黄連は苦味清熱剤であり,同時に健胃整腸的にも働く。茯苓の効は水道を利するに在るので,或は浮腫を去り,下痢を止め,胃内停水を導き,渇を治し,動悸を鎮める等の効がある。熱病の永引きたる場合には自ら津液の不循流を生ずるので,それを整へる為に茯苓が治方に配伍されるものと思ふ。滑石には小便を利し,渇を止め,煩熱心躁を除き,熱を解すといった様な効があるとして加味されたものであろう。然し石剤であるので,多少胃腸を害する傾きがある。原方に従って加用するも,或は此品を去って用ふも,場合によっては適宜に行へばよい。(後略)