『類聚方広義解説(69)』 日本東洋医学会会長 山田 光胤
次に小半夏湯を読みます。東洞先生のコメントは「吐して渇せざる者を治す」です。小半夏湯は『金匱要略』の痰飲・欬嗽病篇に出ている処方です。処方の内容は「半夏一升、生姜半斤」です。生姜は生のショウガです。その作り方は「右二味、水七升を以て、煮て一升半を取り、分かち温めて再服す」です。水七升で煎じ、一升半に煮詰めて、二回に分けて温かいのを飲むというわけです。しかし、この飲み方について少しコメントをしたいと思います。嘔気の強いときは、これらの煎剤を冷やして少しずつのむ方がよいのです。
次は本文です。「嘔家、本渇す。渇する者は解せんと欲すとなすなり」。嘔家は吐き気のある人、あるいは嘔吐をする人で、こういう人は元来はのどが乾くものであるが、渇する者は病気が治ろうとしているのであるというのです。この「渇する者は」のところは註釈文で、のちの人が挿入したもので本文ではありません。
次の条文は「黄疸の病は、小便の色変ぜず。自利せんと欲し、腹満して喘し、熱除くべからず。熱除けば必ず噦す。噦する者は小半夏湯之を主る」と読みますと意味が通じます。要するに黄疸で熱が下がらないでいた人が、熱が下がった時に、からえずき(吐きそうになる)の状態になった時に、その吐き気を止めるものは小半夏湯であるということです。
ここで「小便の色変せず。自利せんと欲し、腹満して喘し」という部分を考えますと意味がよく通じません。黄疸の時は小便の色が濃くなって、黄褐色になるのが普通ですから、これは矛盾している文章です。これを頭註で榕堂先生が説明しております。
読みますと「諸病嘔吐甚だしく、あるいは病人湯薬を悪み、嘔吐悪心し、対症の方を服す能わざる者、皆この方を兼用して宜し」とあります。嘔吐がはなはだしくて、病人が煎じ薬を飲むのもいやがり、嘔吐をしたり、吐き気がしたりするのは、基本的な証に随う処方を使うのがいい英であるが、その時に小半夏湯を兼用するとよろしいという意味です。
次は「この方嘔吐の主薬なり。もし嘔吐して渇し、飲みてまた嘔吐し、嘔・渇ともに甚だしき者はこの方の主治にあらざるなり。小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)、五苓散(ゴレイサン)、茯苓沢瀉湯(ブクリョウタクシャトウ)等を撰用すべし」とあります。これは嘔吐したり、のどが乾いたりするのは小半夏湯ではない、小半夏加茯苓湯、五苓散、茯苓沢瀉湯などを選んで使いなさいというわけです。
次は「嘔家、本渇す云々は、この条千金に、嘔家渇せず、渇する者は解せんと欲すとなす。本渇し、今かえって渇せざる者は、心下に支飲あるなり。小半夏加茯苓湯之を主る。是なり」とあり、嘔家云々のところは『千金方』には、嘔家から渇せずから以下のようになっておりまして、それが意味の通じる文章でありますよというわけです。
次は「黄疸より必ず噦に至る、という六句二十三字は是論なり。特に噦する者の二字は小半夏湯の症に関係があるが、小便以下の三句は矩域ならざる者で筆受者の誤なり」とあります。黄疸から噦に至る文はよいのだが、特に噦する者の二字は小半夏湯の証に関係があるが、小便以下の三句(先ほど私が申し上げた小便の色云々のところ)は、ここに入るものではなく、筆写した人が誤って書いてしまったものであろうと尾台先生が解釈しているわけであります。頭註はもう少し続きますが、あまり重要でありませんので、省略いたします。
小半夏湯は吐き気を止める処方ですが、実際には次に出てきます小半夏加茯苓湯がよく使われるものであります。
『類聚方広義解説II(74)』 日本漢方医学研究所常務理事 山田 光胤
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・大半夏湯-
■小半夏湯
本日の解説は小半夏湯(ショウハンゲトウ)からです。小半夏湯は『金匱要略(きんきようりゃく)』の薬方です。
小半夏湯 治吐而不渴者。
半夏一升二錢四分生薑半斤一錢六分
右二味。以水七升。煮取一升半。分溫再服。以水二合八勺。煮取六勺
「小半夏湯。吐して渇せざるものを治す」。
これは吉益東洞先生のコメントで、『方極(ほうきょく)』の記載です。嘔吐をして喉が渇かないものは小半夏湯の主治である、ということです。
薬方の内容は、「半夏(ハンゲ)一升(二銭四分)、生姜(ショウキョウ)半斤(一銭六分)」とあり、小さい字で書いてあるのは一回分で、尾台榕堂(おだいようどう)先生の書き加えたものです。現代の分量では7gくらいずつになります。生姜は生のショウガです。
作り方は、「右二味、水七升をもって、煮て一升半を取り、分かち温めて再服す」とあります。
半夏と生姜を七升(現在の七合)の水で煮て、一升半に煮詰めて、二回分に分けて、温かいものを内服する、ということです。
次は『金匱要略』太陰咳嗽篇の条文です。
嘔家本渴。渴者爲慾解。今反不渴。心下有『支飮』
故也。
「嘔家本(もと)渇す。渇するものは解せんと欲すとなす。今かえって渇せざるものは、心下に支飲あるが故なり」。
文章そのままの意味は、盛んに嘔吐をする病人は、元来は体内の水分が欠乏するから喉が渇くはずである。喉が渇くようになると、病気が治ろうとしているのである。それなのに今は喉が渇かないのは、心下(みぞおち)に水飲があるからである。水分が胃のところに停滞しているから、嘔吐をしていても喉が渇かないのである、ということです。
このことは、頭註に訂正がありますから、後で読んでみます。この条文では、嘔吐をして喉が渇かないのは小半夏湯の適応にあたる、といっているわけです。
○『黃疸病」。小便色不變。慾自利。腹滿而喘。
『不可除熱。熱除必噦』。噦者。○諸嘔吐。穀不得
下者。
「黄疸の病、小便の色変わらず、自利せんと欲し、腹満して喘するは、熱を除くべからず。熱を除けば必ず噦す。噦するものは、(小半夏湯これを主る)」。
黄疸の出ている病人は、普通は小便の色が濃い茶褐茶に変わるはずです。小便の量も減少して出が悪くなります。小便の色が変わらずに、小便がたくさん出る、その上におなかが張って咳が出たり、息切れ(喘)がするのは、熱証でなく寒証である。体内に寒があるために腹満も喘も起こるのです。裏に寒があるから小便の色が変わらないし、たくさん出るのである。こういう時は熱を攻めるような薬を使ってはいけないのです。人参湯(ニンジントウ)、小建中湯(ショウケンチュウトウ)などで、裏を温めると自然に治ります。したがって「熱を除くべからず」といっていて、たとえば茵蔯蒿湯(インチンコウトウ)などを使って裏の熱を攻めてはいけない、熱を除くと必ずしゃっくりが出ます。これは病気が重くなったことを意味します。しゃっくりが出たような時は小半夏銀で主治しなさい、ということです。
この条文は『金匱要略』の黄疸病篇にあります。
「諸々の嘔吐にして、穀下るを得ざるものは、(小半夏湯これを主る)」。
いろいろな原因で嘔吐が起きて、食べ物が胃に下がらないで吐いてしまうものは、小半夏湯で治しなさい、ということです。『金匱要略』嘔吐噦下利病篇の条文です。
以上のようなことで、小半夏湯は嘔吐をする場合の代表的な薬方であることがわかります。
■小半夏湯の頭註
頭註は尾台榕堂先生の説明ですが、読んでいきます。
「諸(もろもろ)の病、嘔吐はなはだしく、あるいな病人湯薬を悪(にく)み、嘔吐悪心し、対症の方を服すること能わざるものは、皆よろしくこの方を兼用すべし」。
いろいろな病気の場合で、嘔吐が激しくて、病人は煎じ薬を飲むことを嫌がり、嘔吐をしたり、吐き気もして、適応している薬も飲むことができないという時は、適応した処方を飲ませながら、小半夏湯を兼用するとよろしい、という解説になります。
「この方は、嘔吐の主薬なり。もし嘔吐して渇して、飲んでまた嘔吐し、嘔渇ともにはなはだしきものは、この方の主治にあらざるなり。小半夏湯加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)、五苓散(ゴレイサン)、茯苓沢瀉湯(ブクリョウタクシャトウ)を撰用すべし」。
嘔吐と喉の渇きのどちらも激しく、それが繰り返される場合は、小半夏湯の適応症ではない。小半夏加茯苓湯、五苓散、茯苓沢瀉湯を選びなさい、ということです。
小半夏加茯苓湯は次に出てきます。五苓散は、吐き気があって嘔吐が激しくて、かつ喉の渇き、口渇も激しく、盛んに湯茶を飲みたがる、飲ませると間もなく激しい嘔吐を起こし、小便がよく出ない(尿不利)場合の薬です。茯苓沢瀉湯は、食物を食べると少したって嘔吐をする、喉も渇く、しかし激しい喉の渇きではありません。茯苓沢瀉湯の患者は、だいたい亜急性か慢性の胃の疾患、五苓散は主として急性の病気で、消化器型の感冒などに現れる証です。
「嘔家、本渇し云々。この条千金は、嘔家渇せず、渇するものは解せんと欲すとなす、本渇し、今かえって渇せざるものは、心下に支飲あるなり、小半夏加茯苓湯これを主るに作る。是なり」。
『千金方(せんきんほう)』には、最初の「金匱要略』の条文は、盛んに嘔吐をする病人で、喉が渇かないで、渇くようになると治るのであるとしてあります。もともと喉が渇いて、今病気になって逆に喉が渇かなくなったのは、心下に水が溜まっているからである。こういう時は小半夏加茯苓湯がこれを主るといっているが、是なり、というわけです。
これは『金匱要略』の条文ではよく意味がわかりませんが、『千金方』の条文では意味がわかりやすいわけです。
「黄疸必ず噦するに至るの六句二十三字(金匱要略黄疸病篇の条文)は是論なり。とくに噦するものの二字は、小半夏湯の症に係り、小便以下の三句は、矩域ならず。おそらく筆受者の誤りなり」。
「是論」は正しい論旨ということ、「矩」は差し金とか正しいとかいうことで、「矩域ならず」とは正しくないということです。先生の講議を筆記した人が誤って書いたのであろう、というわけです。
「この方は能く噦を治す。しかれども傷寒大熱、讝語、煩躁、先満、便閉の諸症、いまだ退かざるものは、まさにそと主症を治すべし。主症治すれば、噦おのずから止む」。
しゃっくりが激しくとも、高い熱が出て、うわ言をいって、体が苦しがって悶え、おなかが張って、大便秘結などの諸症状(陽明病の症状)がまだ退かない時は、その主症を治しなさい。主症が治ればしゃっくりも自然に治るのである。
「もし噦はなはだしきものは兼用してまた好し。説は小承気湯(ショウジョウキトウ)の標に詳らかなり」。
しゃっくりがあまりひどい時は小半夏湯を兼用したらよろしい。小承気湯の解説に詳しく述べている、ということです。
小承気湯の頭註に、「傷寒噦逆の症は、熱閉邪実に属するものであり、寒飲精虚に属するものあり。また回虫によるものあり。よろしく精診し甄弁(けんべん)して、方を措くべし」とあります。
熱症の激しい場合のしゃっくりと、寒と水飲が一緒になったために精気が衰えた時のしゃっくり、また回虫のためにしゃっくりが起こることがある。そういうことを土分けて適切な処置をしなさい、といっています。
※甄:ものの優劣を見わける
『勿誤薬室方函口訣(61)』 日本東洋医学会評議員 柴田 良治
-小半夏湯・小半夏加茯苓島・小檳榔湯・升麻鼈甲湯・升陽散加湯-
本日は、小半夏湯(ショウハンゲトウ)、小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)、小檳榔湯(ショウビンロウトウ)、升麻鱉甲湯(ショウマベッコウトウ)、升陽散火湯(ショウヨウサンカトウ)について、お話しいたします。
小半夏湯
小半夏湯(ショウハンゲトウ)は『金匱要略』にある薬ですから、先の『類聚方広義』の時にお話があったはずですが、『金匱』の条文を読んでみます。「嘔家はもと渇す。渇する者は解せんと欲す。今反て渇せざるは、心下に支飲あるが故なり。小半夏湯之を主る」とあります。
これを森田幸門先生は、『金匱要略入門』に次のようにいっております。「嘔気の習慣のある人は、本来渇を訴える。渇する場合は、嘔気が治癒しようとしている。しかるに、予想に反して渇を訴えないのは、心窩部に循環障害があるからである。この時は、小半夏湯の主治である」。
そしてまた、次のように解説しております。「本条は慢性胃炎、あるいは門脈系のうっ血によって、胃粘膜に循環障害があるために、反射的に嘔気を訴える時の療法を論ずる。嘔気は胃内容を吐出せんとする場合に起こる感覚であるが、胃内容が口より吐出されるか:あるいは腸内に移行する時は胃内腔は空虚になるために嘔気はやむが、胃内に水分がなくなるから急に渇を覚える。しかるに内腔が空虚になっても胃粘膜にうっ血がある時は、粘膜下の血管内の水分が十分にあるために嘔はやまない。しかし、渇を覚えずして嘔気を訴える場合は、小半夏湯の本格主治である」といい、また張路玉は「嘔はもと痰あり。嘔がつきて痰去りて、渇するものを解せんと欲すと為す。『傷寒論』に、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)を服し已って渇するものは寒去り解せんと欲すと義を同じうす。今反て渇せざるはこれ積飲はなおとどまる。これを去るにいまだつきず。故に半夏(ハンゲ)を用い、結を散じ、湿に勝ち、生姜(ショウキョウ)は気を散じ、嘔をとる」といっております。
また次に、『金匱要略』に「もろもろの嘔にて穀下ること得ざるものは小半夏湯之を主る」とあります。諸種の原因による嘔吐の中で、食物が胃の中に入ることができない場合は小半夏湯の主治であるという意味です。
森田先生は、「『傷寒論』と『金匱要略』では嘔吐を三種に区別している。『傷寒論』に寒格として食が口に入る時すなわち吐する場合、もし食し已る時はすなわち吐する場合、および本条の”穀の下るを得ざる場合”である。すなわち第一の場合は、胃腸の機能がほとんど麻痺状態にあるから、食が口に入っただけで喉を通過せずして嘔吐するのであり、第二の場合は、食物は一度は胃に入るのであるが、腸内に停滞している内容が多量なために進むことができない場動:第三は、食物は喉を通過することはできるが、胃中に停飲があるために胃に入ることができない場合である。すなわち、第一は胃寒、第二は胃熱、第三は胃の寒熱錯雑するものである」といっております。
ですからすでに黄樹曽という人は「嘔吐し、穀下るを得ざると、食が口に入る時すなわち嘔吐するとは同じからず、食し已る時吐するとも異なる。けだし、食が口に入る時すなわち吐するは、すなわち食がわずかに口に入り、まだ咽に及ばずしてすなわち吐出するなり。嘔吐し、穀が下るを得ざるは、もし咽に入り下るあたわざるなり。食し已ってすなわち吐するは、食はすでに胃に入ってしかもとどまるあたわざるなり。三者は、一つは寒熱相がかわり、内外こもごも戦うにかかる故に機に応じて病を発す。一つは停飲が内にあるにかかわる。内方に盛満(胃気があって満ちている)なるをもって、物をおさめる時はすなわちあふるる故に入るべくして下らない。一つは下脘が壅塞し、伝化に従うなきにかかわる。故にとどまるあたわずして反て出ずるなり。これ一つは乾姜黄芩黄連湯(カンキョウオウレンオウゴントウ)を用い、寒熱を除き、格拒を開き、一つは小半夏湯を用いて滌飲降送し、一つは大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)を用いてその下脘を通じて胃の陰を養う所以なりという」といっております。
また『金匱要略』には、「黄疸にて小便の色は変ぜず、自利せんと欲し、腹は満ちて端する時は熱を除くべからず。熱除く時は必ず噦す。噦するものは小半夏湯之を主る」とあります。これは「黄疸で小便の色は平素のごとく、大便は下痢の傾向があって、腹は膨満し、そのために呼吸が喘息のようになる時は消炎剤を与えてはならない。消炎剤を与えると必ずしゃっくりを発する。この場合は小半夏湯の主治である」ということであります。
森田先生は、「本条は虚証の黄疸の証治を論ずる。黄疸で慢性になった場合、たとえば肝硬変、膵臓、あるいは胆道の悪性腫瘍などによって黄疸を起こしている時は、尿の色は赤褐ならず、腹は腹水のため膨満し、そのために呼吸は喘息様となるが、かかる場合は苦寒の消炎剤は禁忌で、茵蔯附子乾姜湯(インチンブシカンキョウトウ)、理中湯加茵蔯(リチュウトウカインチン)、真武湯加茵蔯(シンブトウカインチン)のごとき興奮賦活剤の指示となる。しかるにこの禁を犯して消炎剤を投与するならば横隔膜の痙攣を起こしてしゃっくりを発する。この場合は小半夏湯の指示である」といっておりま功。
また、尤在涇という人は「便清自利する時は内に微熱なし。すなわち腹満は裏実にあらず。喘は気盛にあらず。癉熱ありといえどもまた寒薬をもってこれを攻むべからず。熱気除くといえども陽気はすなわち傷なわれ、必ず噦をなす」といっております。
「小半夏湯方、半夏(ハンゲ)15g、生姜(ショウキョウ)7.5g、以上二味、水700mLをもって煮て150mLとなし、75mLずつ二回に温服せよ。半夏は味は辛、性は燥、辛はむすぼりを散ずべく、燥はよく飲を蠲(のぞ)く。 生姜は半夏の悍を制し、かつもって逆を散じ嘔を止む」といい、喜多村栲窓は「この方は大半夏湯(ダイハンゲトウ)に対して名を立つるもの、半夏は痰飲を滌(はら)い、生姜は逆気を降す。気は降り、飲は消え、ここに支飲嘔逆の聖剤となす。後人は用いて嘔吐、痰飲の諸症を治し、殊に効する」といっております。
『口訣』を読みます。「此方は嘔家の聖剤なり。其内水飲の嘔吐は極めて宜し。水飲の症は心下痞鞕し、背七八推の処手掌大の如き程に限りて冷る者なり。此等の証を目的として此方を用いるときは百発百中也。又胃虚嘔吐して穀下るを得ざる者は先ず此方を服せしめ、愈ざる者は大半夏湯を与う。是大小の弁なり」とあります。
「嘔気のある人にはもつともよい薬である。そのうちでも水飲といって肺、胃腸の水である痰飲、水気が上ってきて嘔吐するものにきわめてよい。この水飲の症は心窩部につかえがあって、硬く触れ、背中の胸椎の七番、八番のところに手掌くらいの大きさの冷えるものがある。これらを目標としてこの薬を用いる時は百発百中である。嘔吐が激しくて食物が下らないものにはこの薬を与え、なお治らないものには大半湯を与える」といっております。
大半夏湯は半夏、人参(ニンジン)、蜜(ミツ)からなる薬で、食道の通りをよくする作用があり、『類聚方広義』に「諸病にて嘔吐はなはだしき時は、あるいは病人湯薬を憎み、嘔吐悪心して薬をのむことができないものによい」といっております。
以上から、小半夏湯は嘔吐の薬ということで、妊娠のつわり、急性の食道炎、胃・小腸炎・膵炎などに即効があります。京都大学病院の約束処方に、伏竜肝煎(ブクリュウカンセン)という薬がありました。これは素焼きの”かわらけた”を焼いて湯に浸し、この液で半夏を煎じたもので、つわりの嘔吐の薬ということになっておりますが、これは小半夏湯が基になっております。嘔吐をとりあえずとめるという時は、この薬しかないようであります。食道癌のような食道の狭窄による嘔吐に使われる利膈湯(リカクトウ)は、この薬に梔子(シシ)と附子(ブシ)を加えたものであります。
※尤在涇(ゆうざいけい)
清代 (?-1749)
傷寒貫珠集(1729)の著者
別名:尤怡(ユウイ)、拙吾(セツゴ)
誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(3) 村上光太郎
3、半夏について
生薬の薬効の発見には種々の方法があり初期の段階では、たまたま病気のときに食べたら効いたので(たとえば、マタタビの果実を強壮剤として使用することを始めたのは旅人が疲れて動けなくなったとき、丁度そこにあったマタタビの果実を食べたら元気になり、再びタビができたので使用するようになった。)とか、動物が疾病を癒やすために、あるいは他の目的で本能的に用いるのを見て(たとえば、イカリソウを強壮、強精剤として使用を始めたのは、中国に淫羊という動物がいて、その中の雄の淫羊は非常に精力が強く、多くの雌の淫羊を従えていたが、それはこの植物を食べていたからであった。そこで、この植物を淫羊藿〔インヨウカク〕となづけて強壮、強精剤として使用するようになった)使用を始めたのがほとんどであった。しかし、そのようにして、多くの生薬が集まり始めると、次第に理由をつけて生薬を探し始めた。その理由づけとして使用された主なものは、
①同形生薬(病気になっている状態と同じ形の生薬は、その病気に効くとか、希望の形、望まれる形に生薬なら効果があるという考え方で使用され識ようになった生薬、たとえば藤のコブ(瘤)は形が人の癌に似ているので、癌に効くのではないかとか、イチョウの気根は人の乳に似ているのではないかとか、タンポポを切ると白汁が多く出るので、乳汁不足に効くのではないかと考えて使用したり、同じ朝鮮人参でも、人間の形、特に男性に使用する場合は女性に似た形を、女性に使用する場合は男性に似た形の人参を好んで使用するなどのようなもの)。
②同色生薬(同じ色をしたものは、その色の病気に効くという考えで使用されるようになった生薬。たとえば、サフランのメシベやアカネの根は色が赤いので血液の病気、すなわち婦人病などに効くとか、熟地黄は色が黒いので腎臓病などになり、顔色がドス黒くなったものに与えるなどのようなもの、これらの考え方は発展して五行説の中の五色〔肝臓、胆のうは青。心臓、小腸は赤。脾臓、胃は黄。肺、大腸は白。腎臓、膀胱は黒〕に取り入れられている)。
③同効生薬(ある生薬を服用して起こる症状と同じ症状が病気のときに起こったならば、その生薬を服用すれば治るという考えて使用されるようになった生薬)
の三つの形態があげられる。半夏は最後の同効生薬の考え方で作られた生薬である。すなわち、半夏をかんで服用、あるいは煎じて服用すれば、咽が痛くなり、あるいは胃がムカムカしてくる。これは非常に明瞭に現われる症状であるから、各自が服用して見れば生薬英効果が非常に理解しやすくかると思う。しかし、胃内停水があったり、その他の水毒の症状の激しい人や、風邪などをひいてもとより咽の痛い人が服用したときには、それほど強い症状は現われてこないか、もとより症状のない方(胃のムカムカ、咽喉痛のいずれか)の症状が現われてくるか、まったくそのような症状は現われない。
ところが半夏を生姜とともに煎じるか半夏を生姜とともに煮て作った姜半夏を用いた場合には、たとえ症状がない人が用いても咽喉が痛くなったり、胃がムカムカしたりすることはなく、反対にそのような症状があれば治すことができるようになる。ところで、このように半夏の有害な作用を消し、薬効のみを引き出すことができるのは生姜だけかというとそうではなく、半夏に大棗と甘草を加えても薬効を引きだすことができる。ただ半夏に生姜を加えた場合には鎮嘔作用(方向変換、相殺作用)の方が強く現われ、半夏に甘草と大棗を加えた場合には鎮痛作用(方向変換、相殺作用)の方が強く現われるようになる。
これを実際に薬方にあてて見ると、更に明瞭になる。すなわち、小半夏湯(半夏、生姜)は胃がムカムカし、嘔吐となったり、咽喉部に痛みを感じる人に用いるが、半夏と生姜の組み合わせであるため、嘔吐が主体であることはいうまでもない。この小半夏湯のような症状を呈する人がもし胃内停水が強く現われているならば、どうすればよいであろうか。生姜の薬効の一つに胃内停水を除く作用があるので、胃内停水が弱い場合には小半夏湯のままでよいのであるが、今症状が強く現われているので、その作用を助けてやらなければならない。
したがって、駆水作用のある茯苓(極端に胃内停水が強ければ茯苓とともに白朮も加えなければならないが、この場合は、茯苓のみに止めた)を加えた小半夏加茯苓湯を与えることになる。もし、この小半夏加茯苓湯のように胃内停水があるが、嘔吐として出てこず、かえって胃内停水が気の上衝とともに昇ってきて、咽部で止まり、そこに水の停滞が起き、気の停滞とともに咽部の異常感(軽いときは咽がかれるような感じから、酷くなると、咽がつまる感じまである)を覚えるようになった人には、原因となる胃内停水を治すとともに気が留まるのを除くよう残考えれば治るのであるから、胃内停水を除く小半夏加茯苓湯に気が留るのを治功厚朴、蘇葉を加えた半夏厚朴湯を与えればよいことがわかる。 このことは、薬味の組み合わせを知らす、半夏厚朴湯の効薬を気の症状ばかりを重視して、咽中炙肉感があり、神経症状の特異な人に用いるものであると考えている傾向があるが、その基本となる小半夏加茯苓湯の効果を忘れてはならないことを意味している。
2014年5月9日金曜日
2014年5月1日木曜日
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) の 効能・効果 と 副作用
『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
本方は胃内停水があって、嘔吐を発するものを治する。尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚しく衰弱せず、また貧血・厥冷等の症候のない者に用いる。方中の半夏・生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し、尿利をよくする。
以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐・諸病の嘔吐・急性胃腸カタル・水腫性脚気に伴う嘔吐・小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。
『漢方精撰百八方』
12.[方名] 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
[出典] 金匱要略
[処方] 半夏6.0 生姜3.0 茯苓5.0
[目標] 本方は嘔吐する病症に適応するのであるが、嘔吐して水を飲みたがる者は本方の証ではない、それは五苓散の証である。本方は嘔吐するけれど水を飲みたがらないものである。つまり胃内停水のある嘔吐に本方を用いるもので、そのように胃内停水のあるものは目まいがしたり、動悸したりするものである。すなわち本方の渇は五苓散の場合とちがって、嘔いてはガブガブと水を飲むというようなのではなく、胃に水がたまると嘔くというような性質の嘔吐である。
この証の解説(条文)をよく見ると、これは悪咀(つわり)の症状だということに気付くはずである。悪阻の場合は嘔くがむやみに水を欲しがるわけではなく、酸い夏みかんぐらいで渇をいやす程度である。
[かんどころ] 妊娠悪阻のような場合の嘔吐に用いる。
[応用] 妊娠悪阻、船酔い車酔いによる嘔吐、その他突然嘔吐するが特に原因病として認むべきもののない場合。また本方は眩暈がして、胸元のつかえるものに適する。更に暑気あたりなどで嘔くものにも用いられるが、そんな場合には苓桂朮甘湯が適する事の方が多い。
胃下垂の患者で嘔くものには本方の他に沢瀉湯が用いられる。
嘔気があっても、発熱があったり、悪寒がしたり、咳嗽や食欲不振があったりする場合にはむしろ小柴胡湯の方がよい。
本方は悪阻によく効くが、悪咀に本方をやる場合、かえって嘔吐がひどくなる場合がある。これは瞑眩(めんげん)といって、薬がよくきいて病気がなおる過程の現象であってそれに驚いてやめてしまってはいけない。それが西洋医学的対症療法とちがうところである。
本方は一般産科の処方にも登載されているものであるが、漢方の処方が一般の西洋医学の畑でも漸次採用されるようになることが望ましい。
[附記方名] 半夏散及湯(傷寒論)
半夏5.0 桂枝4.0 甘草2.0
[応用] 本方に比較的便利な処方で、扁桃炎などで咽痛甚だしく水ものみこめないような場合、本方を飲ませるか、本方を含嗽剤として用いるとよい。
相見三郎著
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
16 その他
【参考】 *卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水有り、眩悸するを治す。『金匱要略』
*先ず渇し、後に嘔するを治す。『金匱要略』
*此の方は前方の症(小半夏湯証の嘔吐癖)に停飲(胃に停滞した液体)を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞硬、或は頭眩する者に効あり。総て飲食進まざる者、或は瘧疾日を経て食進まざる者、此の方に生姜を倍加して能く効を奏す。
『重要処方解説 43』
半夏瀉心湯・小半夏加茯苓湯
日本漢方医学研究所/理事 藤平
小半夏加茯苓湯
■使用目標
次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)について申しあげます。出典は『金匱要略』という『傷寒論』と同じ時にできた原典です。処方の構成は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)の3味だけです。本方の証と使用目標は,本方もまた少陽病の虚証に位置する処方であります。本方を使用する上でのもっとも大切な目標は,嘔吐です。それに次ぐ目標は軽いめまいや動悸です。前にも申しあげましたが,本方は少陽病期の虚証にありますから,防衛体力は,やや落ちてきておりますが,陰証のそれのようには落ちていないというわけですから,脈の力も腹の力も極端には落ちていないという場合の,激しい嘔吐というところを目標にしまして,諸種の疾患の用いるのであります。激しい嘔吐と申しあげましたが,時には吐き気がしやすいというだけを目標にして使って,効果をあげる場合もしばしばあります。要するに,防衛体力はさほど衰えていないのですが,吐きっぽい,胃の具合がよくないというところを目標にして用いますと,胃腸障害を始めとして,諸種の疾患に応用し得る機会が多いのであります。
したがって,本方の応用としましては,諸種の嘔吐を主症状とする疾患,諸種の胃腸炎などで吐き気や嘔吐がある場合によく用います。妊娠嘔吐には非常にしばしば有効です。体力があまりひどく落ちていない場合の妊娠嘔吐には,これを一包使っただけで効く,というほどに広くよく用いられる処方です。諸種の眩暈(めまい)を主症状とする疾患で嘔吐をきたしたり,心悸亢進があるという場合,疾病の如何にかかわらず用いて,それらの症状がとれるばかりでなく,原病も治るということが多いのであります。子供で急性消化不良などの場合,よく乳を吐いて困るという赤ちゃんにこれを用いて,またよく効きます。
なお,漢方の薬というのは,大体あたためて飲ませるというのが普通ですが,この処方ばかりは,あたためずに,冷やして,それも少しずつ飲ませる方がいいのです。嘔吐が激しい場合には,特にそうしないといけません。熱いとかえって吐きます。
■症例
症例を申し上げます。 20才の主婦で妊娠3ヵ月目に入ったころから吐き気が起き始め,やがて嘔吐を起こすようになりました。時に軽いめまいや動悸などもあります。本方の適応証にぴたりということでこれを与えて,日ならずして軽快した例があります。本方は『呉内科書』にも,つわりのところに掲載されております。軽度から中等度くらいまでのつわりには,まことによく効く処方です。
■鑑別処方
鑑別としましては,嘔吐を伴う漢方の処方はこのほかにも多数あるわけですが,嘔吐を主症状とする処方としては、この小半夏加茯苓湯と乾姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)の二つの処方が横綱格といっても,過言ではないと思います。この二つはともに激しい嘔吐に対して使えるわけですが,一口で両者の違いをいうとすれば,小半夏加茯苓湯は防衛体力がまだあまり低下していない場合の嘔吐に用いられ,乾姜人参半夏丸は,体力がひどく低下している場合の嘔吐に用いられる,というようにいっていいかと思います。さらな細かくいうとすれば,小半夏加茯苓湯は,めまいや動悸が伴いやすいのでありますが,乾姜人参半夏丸にはそれがないのであります。また腹部症状では,小半夏加茯苓湯は腹力は中等度よりやや軟弱で,心窩部やそのほかに抵抗や圧痛をほとんど認めないのでありますか,乾姜人参半夏丸は,腹力が極度に低下していて,フニャフニャといってもいいくらいであるにもかかわらず,心窩部のところだけが硬く張っていて,しかも圧に対して過敏であるという独特な腹状を呈しているものです。
この処方の症状に関しては,次のような思い出があります。私のよく知っている女性の薬剤師さんですが,この人がある婦人科疾患で入院し,手術しました。手術はうまくいったのですが,ひどい嘔吐が始まって,とまりません。内科の医者を呼んできて,婦人科,内科両方の医者総出でこれを治療したのですが,どうしてもとまらず,1週間後にはほとんど骨と皮になってしまいました。1週間後に私どもが行った時には,ヘトヘトになっていました。腹をみますと舟底状になってしまって,ペコンとへこんでフニャフニャになって力がありません。ところが心窩部だけは,硬く張って,しかも圧に対して過敏なのです。そこでこれはとても小半夏加茯苓湯てはだめだ,ここまで体力が落ち込んでいては乾姜人参半夏丸以外にはなかろう,というわけで,それを煎じて翌日持って行って飲ませたのですが,これが非常に効きまして,1服飲んで嘔吐がとまり,やがて夕方ごろから流動食が入るようになりました。そしてこれをそのまま1ヵ月飲み続けて,すっかり元気になって退院しました。もうそれから15~16年くらいになりますが,その人は至って元気に過ごしております。これにヒントを得て,このようなひどい嘔吐で,しかも体力が衰えているという人にしばしばこれを用いて,良効を得ております。激しい嘔吐という場合には,この小半夏加茯苓湯を考えるか,あるいは鑑別として申し上げました乾姜人参半夏丸を用いるか,どちらかを応用されると,かなり良い結果を得られると思います。
乾姜人参半夏丸は製剤として売られてもおりますが,手に入らなければ,乾姜と人参と半夏だけの簡単な薬方ですから,煎じ薬として用いて,十分に効果があります。ぜひこの両者を使いわけて,嘔吐に悩む患者さんを治療していただきたいと思います。
『重要処方解説Ⅱ』
(22) 小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)
日本東洋医学会副会長 細野八郎
■出典
小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)は,張仲景(ちょうちゅうけい)の『金匱要略』に出ている処方で,嘔吐の治療薬です。非常によく効くので嘔吐の聖薬といわれております。嘔吐についての最初の医学的な記載は,前漢の医書『内経』にあります。当時より胃の機能亢進,あるいは低下などの異常が嘔吐を起こすと考えられていました。その上,この胃の異常も,胃以外の臓器,たとえば肝,胆,脾の影響を受けて起こることも知られていました。『内経』のこの医説を張仲景は飛躍的に発展させ,今の時代でも通用する鎮嘔処方を創方しました。
小半夏加茯苓湯は,『金匱要略』の痰飲欬嗽病篇に出ている処方です。
■構成生薬・薬能薬理
処方内容は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)から組み立てられています。これらの生薬は互いに協力して嘔吐をとめるとともに,一方では胃運動を亢進して胃の内容を排出しています。いいかえると標,本を同時に治療する薬です。では簡単にこれらの生薬の薬能と,今まで知られている薬理作用を述べてみましょう。
生姜と半夏はともに辛味と温める薬能を持っています。辛味は発散する性質があります。発散するということは,鬱滞がとれて,頭痛,肩凝り,悪寒などの症状が改善されます。生姜の辛味はこの場合に重要な作用をするらしく,『傷寒論』太陽病の治療薬の中に組み入れてあります。
では,辛味が嘔吐の治療にどんな役割をするのか考えてみましょう。東洋医学の消化と吸収の考えは,現代医学と異なっていますが,胃の機能についてはほぼ同じようなものです。胃は食物を取り込み、初歩的な消化作用を行い,腸の方へ胃内容物を排出してゆきます。嘔吐は,この排出機能の異常な時に起こっています。東洋医学ではこれを胃が降下作用をせず,といっています。なぜ降下作用が行われないかといいますと,幽門部に鬱滞するものが生じたためです。ですから半夏と生姜の辛味で、この鬱滞をとれば嘔吐はおさまるわけです。
生薬の能薬から見まると,半夏には消腫,散結作用があります。たとえば上半身の皮下にできる痰核といわれる結節は半夏でなければ効果がないという人もあります。また生姜は血行を改善する作用があります。鬱滞を起こしているところは大抵血行の異常を伴っているので,生姜のこの薬能も鬱滞を取り,嘔吐を止めるのに必要な作用です。最近の薬理的な研究によりますと,生姜の辛味成分には中枢抑制作用があり,また末梢的には胃液の分泌を抑え,胃運動を抑制するとのことです。このことは胃の興奮状態を鎮静し,鎮嘔効果に役立っているのかもしれません。また生姜と半夏を動物に投与すると,半夏は中枢性,末梢性の,生姜は末梢性の嘔吐に効果があるという結果が報告されています。ですから,両者の併用は嘔吐の種類を問わず幅広く用いられるので,小半夏加茯苓湯はまことに都合のよい鎮嘔剤といえます。
半夏と生姜には温める薬能がありました。寒冷に遭うとすべての生物は縮こまります。しかし温めてやるとのびのびとして各組織は硬さがとれてゆるんできます。この現象を胃の鬱滞の改善に結びつけますと,温める薬能は辛味と協力して胃の鬱滞状態を改善し,そして胃の機能を正常化し,内容物を降下し,嘔吐をとめているといえます。
では,この2つの生薬は効果を強めるためにのみ併用されているのでしょうか。このことについて少し考えてみましょう。というのは、」仲景の処方はよく考えられて組み立てられているので,そんな単純な発想だけで半夏と生姜を併用したとは思えないからです。今まで半夏と生姜の併用は,半夏の毒を消すためといわれてきました。しかし半夏には問題にするほどの毒性はありません。ただ服用すると喉を刺激する物質があります。昔は蓚酸カルシウムの針晶が口喉粘膜を刺激するためと考えられていましたが,その後 homogentisic acid がえぐみの本態といわれました。最近では3,4-dihydroxybenzaldehyde diglucoside が単離され,その aglycone が強い刺激性の味を持っているので,これがえぐみの本態といわれています。このえぐみは生姜と一緒に煎じるとかなり減少します。ですからこのことが,生姜は半夏の毒を消すと考えられたのでしょう。いずれにしても歴史的には六朝時代から生姜による半夏の修治が行なわれるようになりました。
先ほど半夏と生姜の併用は薬効を強めるといいましたが,鎮嘔作用の薬理学的研究からは疑問視されています。生姜ではなく乾姜(カンキョウ)と半夏を併用して薬理活性を見てみますと,鎮嘔作用や胃液分泌抑制作用での協力作用が見られないということです。ですから半夏と生姜の併用の利点は,この実験から見れば半夏のえぐみをとる点にあるといえます。半夏と生姜はともに辛温の薬性を持っていました。いいかえると,温めて湿を乾かす薬能があるわけです。適度の乾燥は胃の機能を高めますが,乾燥しすぎますと,胃の機能が低下して嘔吐を起こすと東洋医学では考えています。ところが都合のよいことに半夏は粘液質を含んでいます。本草の言葉を借りますと,半夏は大滑で潤す薬能があります。ですから「半夏は湿を乾かす意なし」ともいわれています。この潤す薬能を応用して虚証の老人の便秘の治療に硫黄(イオウ)と併用して半硫丸(ハンリュウガン)と名づけて用いますが,これを見ても半夏の潤す薬能は胃に好影響を与え,胃運動を円滑化すると想像できます。
次に茯苓の薬能について考えてみましょう。胃で初歩的な消化を受けた食物は,脾で消化されて吸収されます。東洋医学の脾は,現代医学の脾臓ではなく,消化吸収機能全般をいっています。脾について詳しく述べる時間はありませんので、この問題はこれくらいにしておきましょう。
脾は,胃の機能に強い影響力を持っています。ところで茯苓は,この脾の機能を正常化する薬能があります。脾の機能がよくなれば胃の機能も正常化して,降下作用も完全に行なわれ,嘔吐も治ってきます。また脾の機能が正常化しますと,脾は水分代謝を行なっているので,全身の水分代謝は活発化してきます。ですから茯苓は利水,滲湿の薬能があるといわれています。しかし薬理実験では軽度の利尿作用しか観察されていませんが,臨床的には,茯苓の必要な病人に服用させますと,利尿効果が見られます。この茯苓の作用は胃内容を減少させ,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力して嘔吐を止めるのに役立っています。
一方,脾から吸収された栄養物質は,心に運ばれてゆき,心の機能を改善します。心は精神機能と関係しているので,茯苓は動悸や精神不安,不眠の治療薬として用いられています。薬理学的にはストレス潰瘍の発生を予防するとの報告がありますが,茯苓の精神機能改善作用は,慢性嘔吐の精神状態を改良し,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力しているように考えられます。このような精神面から鎮嘔する治療方法は,現在でも通用する張仲景の素晴らしい医療であろうと思います。
■古典における用い方
張仲景は嘔吐を急性疾患と慢性疾患の経過中に起こるものに分けて考察しています。急性疾患の時は『傷寒論』に述べられています。傷寒とは急性熱性病のことで,前感で起こる疾患です。この時の嘔吐は外因がとれると止まります。ですから特に嘔吐の処方を述べていません。たとえば太陽病の嘔吐であれば桂枝湯(ケイシトウ),少陽病では小柴胡湯(ショウサイコトウ)で外邪をとり,嘔吐を止めています。そのほか『傷寒論』には医者の誤治による嘔吐の治療法が書いてあります。たとえば下剤を与えて起こってきた嘔吐には,乾姜,黄芩(オウゴン),黄連(オウレン),人参(ニンジン)などで体を温めて胃の機能を回眼させ,嘔吐を止める方法が述べてあります。攻撃的な治療を行なったので体が弱っているため,乾姜,人参で脾胃を温補して体力をつけ,黄連,黄芩で胃の炎症をとって胃の機能を正常化し,嘔吐を止める方法です。漢方的にいいますと,苦味の生薬の黄連,黄芩と,辛味の生薬の乾姜とで心下のつかえを取り,人参で弱っている胃腸の機能を回復させる方法で,これは胃腸炎に頻用する半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)の創方へと発展して行きます。
半夏瀉心湯は乾姜黄芩黄連人参湯(カンキョウオウゴンオウレンニンジントウ)に,鎮嘔作用のある半夏と消化機能を促進する甘草(カンゾウ),大棗(タイソウ)を加えた処方です。
一方,慢性疾患の時の嘔吐については『金匱要略』の詳しく述べられています。『金匱要略』では,臨床像から嘔吐を次のように分けて治療しています。 食物が口に入るとすぐ嘔吐するもの,この種の嘔吐は食道下部から胃の上部の炎症の時に見られるもので,漢方では寒格といっています。『傷寒論』の乾姜黄芩黄連人参湯を用いて治療します。食べると嘔吐するもの,これはよく見られる嘔吐で,胃炎,胃の運動異常の時に見られるものです。小半夏湯(ショウハンゲトウ)あるいは小半夏加茯苓湯で治療します。また食後だいぶ時間がたってから嘔吐するものがあります。幽門部の異常の時によく見られますが,食物や胃液などが胃に長時間停滞している時の嘔吐です。便通異常の見られるものには,大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)で排便させて嘔吐を止める方法を勧めています。
以上のほかに張仲景は,下痢,発熱,頭痛などを併発している時の嘔吐の治療法を述べています。これらの症状は,嘔吐だけのものよりも,臨床的にはよく見られる重要な疾患ですが,『傷寒論』や『金匱要略』」を参照していただきたいと思います。
嘔吐の治療については,仲景以後いろいろな医説や処方が考え出されました。しかし,いずれも仲景の考えを参考にしたものです。ですから,臨床的には,仲景の処方をよく理解していれば十分に対応することができます。
『金匱要略』に書いてある小半夏湯と小半夏加茯苓湯の条文を比較しますと,小半夏湯は嘔吐や噦に用いると述べてあります。一方,小半夏加茯苓湯では「心下支飲」とか,「膈間に水あり」,「水心下に停する」など,嘔吐の原因が胃の中の水分停滞にあることを明記しています。このことは小半夏加茯苓湯の治療目標が嘔吐ではなく,胃の中の水分停滞をさばくものである,その結果嘔吐もとまると考えて創方された処方だと思います。しかもこの水分停滞は,突然に発生したものでなく,そもそも体質的に水分が停滞しやすい,すなわち飲家に生じてくることを述べています。ですから小半夏加茯苓湯は,体質的な飲家の治療薬でもまるわけです。
水分代謝が円滑に行かず,体内に水分が溜まってきた状態を東洋医学では痰飲,または飲といいます。飲には停滞する場所があり,その場所によって症状も行なってきます。これを『金匱要略』で見ますと,飲の溜まる場所を4ヵ所に分けています。まず腸管に溜まると発汗あるいは無汗があり,身体疼痛がある,胸中に溜まると浮腫,咳嗽,呼吸困難が強く,歩行がてきず起坐呼吸をする,また嘔吐があると述べています。治療としては飲は水で陰性のもので冷たいものですから,「飲を病むものは温薬をもってこれを治す」と述べています。
小半夏湯や小半夏加茯苓湯は,いずれも温薬に属するものです。小半夏湯類の効く飲は,胃の飲ですが,この場所は中焦といい,体の中間部に当たります。そのため,ここに飲が溜まると上焦と下焦との陰陽の気の交流が阻害されて,上焦の病証である頭重,めまい,鼻梁骨痛,動悸が見られます。また下焦の病症の足の冷え,腰のだるさなども現われてきます。当然,陰が停滞する中焦の病症は最も著明に現われてきます。心下部のつかえ感,嘔気,嘔吐,吃逆,噯気,食欲不振,軟便あるいは下痢,尿量減少,背部,特に心兪かや膈兪のあたりの冷感や凝りなど,よゆ見られる症状です。これらの症状のうち小半夏加茯苓湯は心下部のつかえ,嘔吐,嘔気,眩暈,動悸に効果があると『金匱要略』に述べられています。ですから,これらの症状を目標に用いればよいわけです。
浅田宗伯(あさだそうはく)は『方函口訣』の小半夏湯の説明のところで,「水飲の症は心下痞硬し,七,八椎のところ手掌大ほどに限りて冷ゆるものなり。これらの証を目的としてこの方を用いる時は百発百中なり」と述べていますが,背部の冷えも参考になります。
張仲景以後,小半夏加茯苓湯は,先輩たちが臨床に応用している間に鼻梁骨痛に効果のあることを発見しました。このことについては宋に楊倓(ようたん)の『楊氏家蔵方』に触れられています。
■現代における用い方・症例提示
小半夏加茯苓湯が効く疾患を述べてみますと,嘔気,嘔吐を伴う急性,福性の胃腸炎,肝胆疾患,膵疾患などによく応用されます。また,中国ではメニエール症候群にも効果があると報告しています。その症例を紹介しましょう。
53歳の女性,3日間回転性のめまいが続き,嘔吐を繰り返します。嘔吐物は前量の薄い唾状のものばかりです。このようなめまいと嘔吐は年に数回起こり,一度起こると1ヵ月ほど続くので困っています。診察しますと,肥満体で,舌には薄い白苔があり,膩状になっています。脈は院,軟,滑を示しています。以上より水飲が胃に停滞しているためと診断して,半夏12.0g,生姜10.0gを投与しました。2日後,めまい,嘔吐もとまりましたが,さらに茯苓12.0gを加えて服用させました。以後2年間発作は起登っていません。なお西医の診断は内耳性眩暈症といっています。
この症例では嘔吐物の内容が薄い液状のものであること,肥満体であること,脈が沈,滑であること,舌に薄い白膩苔があることなどから胃に飲が停滞していると診断できます。ですから小半夏湯,次いで小半夏加茯苓湯を投与したものと思われます。
小半夏加茯苓湯と鑑別の必要な処方に,五苓散(ゴレイサン)の嘔吐があります。口渇があり,水を飲んでしばらくすると,大量の胃内容物を吐き出します。これを水逆と呼んでいます。
46歳の男の薬剤師,元来胃腸の弱い人でよく嘔気,下痢,食欲不振を繰り返します。1週間前に食べすぎて2回ほど下痢をしてから体が冷えて節々が痛み出してきました。これは温めたらよいと思って四逆湯(シギャクトウ)を服用することにしました。ただ焙附子(バイブシ)1.0g用いて服用したといっています。そうしますと体の痛みがとれてきました。ところが,それから背中と頭が痛み出し,胃の中に棒を差し込んだようにつかえてきまして,嘔気がしてきました。今も食事をすると嘔気があるといっています。また不思議なことに上半身が熱くて口渇もあります。しかし水は飲みたくないといっています。
嘔気,心下のつかえ,軽度の口渇,上半身の熱感などから,小半夏加茯苓湯に橘皮(キッピ)を加えて与えました。この薬は素晴らしくよく効いて1服ですべての症状がよくなりました。橘皮は胃の内容物を排出する薬能が強いので,この例のように胃の中の飲が経時的変化で熱を発生し,熱状が出てくれば早く胃の内容物を処理する必要があります。そうすると熱が当然とれてきます。ですから橘皮を加えて与えました。しかし,熱状もそれほど強くはなく,五苓散ほどの口渇もありません。また五苓散にあるような水をガブガブ飲むこともありません。そしていつも嘔気があります。これも重要な鑑別点です。ということから五苓散と鑑別できます。
そのほかの小半夏加茯苓湯の応用方法は,妊娠嘔吐によく効くということです。大抵の妊娠嘔吐にはこれを用いて効果があります。効果のない時は伏竜肝(ブクリュウカン)を加えると治まるものです。また小半夏加茯苓湯よりさらに寒の状態,虚証の状態になりますと,干姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)を用いて治療します。
妊娠のつまりに用いることは張仲景の『金匱要略』に書いてありません。唐代の『千金要方』に載っていますが,この応用方法も仲景以後に見出された小半夏加茯苓湯の新しい応用方法です。
また小半夏加茯苓湯は,鎮嘔ばかりでなく,脾や心の機能も正常化します。次の症例はそのことを如実に示しています。
「25歳の男子,数年にわたって下痢が日に3~4回ある。食欲なく時々嘔気があり,全身倦怠が強く,痩せ衰えてどんな治療も効果がない。胃内停水が著明で,茯苓飲(ブクリョウイン),六君子湯(リックンシトウ),真武湯(シンブトウ),人参湯(ニンジントウ),参苓白朮散(ジンリョウビャクジュツサン),桂枝人参湯(ケイシニンジントウ)などを次々と服用させたが効果なく,困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標に小半夏加茯苓湯を与えたところ,胃内停水はようやく去り,食欲進み,体力回復し,4年後に結婚することができた」という,数矢道明先生の治験例です。
胃内停水がとれたのは胃の降下作用が回復したためですが,その結果,降下作用低下による嘔気も止まりました。胃の機能がよくなると,脾の機能も回復し,食欲が進み,倦怠感もとれ,体力が回眼したものと考えられます。
もう1例をあげましょう。ケロイドができて赤くなって痛む患者さんがいました。聞きますと,胃腸の調子が悪くて嘔気のある時は特に痛んで真赤になるといいます。そこで小半夏加茯苓湯に人参を加え,さらに血行をよくするために丹参(タンジン)を加えて与えましたところ,食欲が出るとともに体も非常に元気になり,不思議なことにケロイドの痛みが止まりました。そういうことを数ヵ月続けているとケロイドは小さくなり,小さなケロイドはいつの間にか消失しました。このような不思議な例もあります。
いずれも脾胃の治療が,難病の治療方法につながってくるということで,小半夏加茯苓湯を用いて,体をよくすることは,いろいろな疾患の治療になってくるということです。
■参考文献
1) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』小半夏湯,浅田宗伯処方全集,1993
2) 湯本求真:『皇漢医学』(Vol.Ⅱ),小半夏湯に関する師論.燎原書店,1976
3) 張 有俊:『経方臨証集要』小半夏湯証,河北人民出版社,1983
4) 孫 思逸:『備急千金要方』(Vol.Ⅱ),婦人方上,妊娠悪阻第二.自由出版社,中華民国65年 (1976)
5) 矢数道明:『臨床応用漢方処方解説』.創元社,1976
※焙(ばい) とろ火で乾燥させる。
↔ 炮(ほう) 鉄の鍋で黄色くなるまで、あるいは破裂するまで乾煎りする。
『勿誤薬室方函口訣(61)』 日本東洋医学会評議員 柴田 良治
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・小檳榔湯・升麻鼈甲湯・升陽散加湯-
次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)に移ります。これも『金匱要略』の薬であり,「にわかに嘔吐する時、心下痞する時は膈間の水あり。眩悸する者は小半夏加茯苓湯之を主る」とあります。森田先生は、次のようにいっております。すなわち「突然嘔吐した時、心窩部がつかえるのは、横膈膜付近に循環障害があるからで、眩暈と動悸を訴える場合は小半夏加茯苓湯の指示である」。
そして次のように解説しております。「本条は心窩部に循環障害がある時の証治を論ずる。丹波元堅および浅田栗園は、”これもまた心支飲の症なり”といい、”およそ嘔吐の雑症は嘔によって飲はまさに去るべし。しかるに心下痞して眩悸せるものはこれ膈間に支飲がある故なり”といい、黄樹曽は”驟然として嘔吐する時は邪は上より越し、心下はまさに空眩無碍なるべきに、すなわちかえって痞満眩悸するは自らの膈間に水あるの症とす。けだし水飲が上逆する時はすなわち嘔吐し、水が阻む時は清陽は升らずして眩をなし、水が心を凌ぐ時はすなわち悸をなす”という。すなわちうっ血性胃炎のために嘔吐せるも、粘膜、肝臓、門脈系のうっ血が依然として存在するために、患者は眩暈、心悸亢進を訴える場合の治法である」と論じております。
陸淵雷という人は、「この方の証は小半夏湯(ショウハンゲトウ)の証にして心痞と眩悸を加う。故に方中に茯苓(ブクリョウ)を加え、これをもって鎮気行水す。心下痞は胃中に水の満つるの故による。その瀉心湯(シャシントウ)の痞に疑わしきをもって故に自ら註して膈間に水ありという時は、胃部は必ず振水音あるを知るべし。さらに嘔吐、眩悸を参合する時は、瀉心湯証の気痞に非ざるを知るなり」といって、瀉心湯との鑑別を述べております。
「小半夏加茯苓湯方。半夏5g、生姜2.5g、茯苓3g。以上三味、水700mLをもって煮て150mLをとり、75mLずつ二回に温服せよ」とあります。
黄樹曽という人は、この薬について「生姜はよく嘔吐をとめ、半夏はよく痞を開き、茯苓はよく水を行(めぐら)して眩悸をとめるによる。いわんや苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)、葵子茯苓散(キシブクリョウサン)は、みな茯苓をもって眩を治成、苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)、茯苓甘草湯(ブクリョウカンゾウトウ)、真武湯(シンブトウ)、理中丸(リチュウガン)はみな茯苓をもって悸を治す。茯苓は眩悸の要薬であることがわかる。すなわち桂枝甘草湯(ケイシカンゾウトウ)、小建中湯(ショウケンチュウトウ)、炙甘草湯(シャカンゾウトウ)の悸を治するはみな桂枝にたよる。半夏麻黄丸(ハンゲマオウガン)の悸を治するもまた半夏を用い,沢瀉湯(タクシャトウ)の冒眩を治するに主として沢瀉(タクシャ)をもってするのは悸に血虚,飲邪の不同があって,眩は冒を兼ねるのとそうでないのとによって違い、その上、悸に桂枝を用いるのは心中下に関係があり、半夏を用いるのと茯苓を用いるのとは、また臍間臍下の別がある。茯苓、沢瀉が眩を治するのは葵子茯苓散、沢瀉湯がめまいを治すことによって明らかである。眩が水による時は半夏のよいところである。しかし、水が膈間にある時はすなわち用い、水が臍下にある時は用いない」といっております。
『口訣』を読みます。「此方は前方の症に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞鞕、或は頭眩する者は効あり。総て飲食進まざる者、或瘧疾日を経て食が進まざる者には、此方に生姜を倍加して能く効を奏す」とあります。
解説しますと、「この薬は、小半夏湯の症であるむかつきと嘔吐に、胸、胃に水のめぐりが悪くなり、溜まってその上に水を飲みたがるものを治すによい。またその上に、嘔吐したり、食が進まず、心窩部につかえ、硬く触れ、あるいはめまいするものによい。すべて飲食が進まない、熱病で食欲がない時には生姜を倍にして有効である」ということであります。
大塚敬節先生の治験によりますと、妊娠のつわりには黄土(オウド)を加えて非常によいといっております。『漢方と漢薬』九巻七号にあります。黄土は寵の中のもっともよく火に当たり焼けた土で、寵の神様の名前から伏竜肝(フクリュウカン)と呼ばれるもので、先に述べた京大病院の約束処方伏竜肝煎(ふくりゅうかんせん)と同じ意味になります。
※寵? 竈(かまど・竃)の間違い?
『類聚方広義解説(70)』 日本東洋医学会会長 山田 光胤
本日は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)から読みます。「小半夏湯の証にして、眩悸する者を治す」とあり、これは東洞先生のコメントです。眩悸とは眩暈、動悸のこと、つまりめまい、心悸亢進のことです。
次はその内容です。「小半夏湯の方内に茯苓三両を加う。半夏一升、生姜半升、茯苓三両」で、『類聚方広義』にはそれぞれの分量が入っておりませんが、今私が読みましたのは『金匱要略』の分量を書き加えたわけです。この処方も前の小半夏湯と同じように『金匱要略』に出ている処方です。
次は作り方です。「右三味、煮ること小半夏湯のごとし」とあり、三味は三種の薬で、小半夏湯と同じ作り方をします。繰り返しますと、小半夏湯は水七升を以て煮て一升半を取り、分かち温めて再服す、となっております。
次に条文を読みます。「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間(かくかん)ありて眩悸する者、小半夏加茯苓湯之を主ると続きます。急に嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて、胃のあるあたりに水の音がする(胃内停水のことです)、そして、めまい、動悸のするものには小半夏加茯苓湯がよいという指示です。卒(にわか)にというところを『千金方』では「諸」となっておりまして、諸種の嘔吐に効があるというわけですので、この処方は急に起こった嘔吐だけではなく、いろいろな吐き気に使うわけです。妊娠中のつわりによく使います。生姜は生のショウガを使います。乾燥させたショウガではあまり効果はありません。
次の条文は「先に渇し、後に嘔するは、水心下に停まるとなし、これ飲家に属す」で、小半夏加茯苓湯之を主る、と続くわけです。のどが乾いて、あとから吐き気が出るというのは、胃内停水があるということです。痰飲、水毒があるものですから飲家というわけです。要するにいろいろな吐き気に用いますが、よくつわりに使いますので、これはつわりの薬として有名です。ただし半夏は、少し体を冷やす働きがありますので、同じつわりで吐き気がする場合でも、冷え症で体の弱い人にはこれを使えないことがあります。その場合にはおなかの中を温めるような薬、たとえば甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)、人参湯(ニンジントウ)などを使いますが、この中には乾姜が入っています。乾姜は生姜と違って、体内を温める働きがあります。生姜は吐き気を止める作用に徹しているわけです。
『類聚方広義解説II(74)』日本漢方医学研究所常務理事 山田 光胤
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・大半夏湯-
■小半夏加茯苓湯
次は小半夏加茯苓湯です。
小半夏加茯苓湯 治小半夏湯證。而眩悸者。
於小半夏湯方内。加茯苓三兩。
半夏一錢八分生姜一錢二分茯苓六分
右三味。煮如小半夏湯。
卒嘔吐。心下痞。『膈閒有水。』眩悸者。○先渴後嘔。
爲水停心下。此屬飮家。』
「小半夏湯の証にして、眩悸するものを治す」という吉益東洞先生のコメントは、『方極』の記載です。
小半夏湯の証で、眩暈や動悸がするものを治す、ということです。
薬方の内容は、次のようになっています。
「小半夏湯方内に、茯苓(ブクリョウ)三両(約5g)を加う。
半夏(一銭八分)、生姜(一銭二分)、茯苓(六分)」。
この分量は尾台榕堂先生の書き入れです。現在では半夏6g、生姜6g、茯苓6gくらいで、合わせて使っています。
「右味三、煮て小半夏湯のごとくす」。
条文は、「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水ありて、眩悸するもの」とあります。
急に強い嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて苦しくなり、胸廓の主として胃の中に水が停滞していて、そのために眩暈や動悸するものを主治する、ということです。
「まず渇して後嘔するは、水心下に停るとなす。これ飲家に属す」。
初め喉が渇いて、そして水を飲んだり食べたりすると嘔吐が起きるのは、水が心下に停まっているので、こういう人は水飲の証に当たる、ということです。
これは『金匱要略』の痰飲咳嗽篇の条文です。小半夏加茯苓湯の応用の解説などは、小半夏湯のところで述べましたので省略しますが、現今の漢方製剤は小半夏湯ではなくて小半夏加茯苓湯になっています。両者を比較しますと、日常応用するのには小半夏加茯苓湯のほうが使いやすいので、エキス剤はこちらを使っているのであろうと思います。
いずれも妊娠悪阻に使われる代表的な処方です。注意しなければならないことは、半夏は寒剤で、冷やす薬だということです。生姜も体を温める働きはありませんから、嘔吐を主訴とする妊娠悪阻でも、元来虚弱で、冷え性の人には小半夏湯、小半夏加茯苓湯は合いませんから、裏の温まるような薬、たとえば人参湯のようなものを使わなければいけません。
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
40.小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりようとう) 金匱要略
半夏6.0 生姜(乾1.5)6.0 茯苓5.0
(金匱要略)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部に水分停滞感があって,尿量減少し悪心,嘔吐するもの。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○強い悪心嘔吐に用いる。その嘔吐は,胃内停水に版るものである。したがって腹診すると心下部に振水音がみとめられる。しかし心下部振水音がはっきりしないこともある。
また,尿利減少,めまい,動悸などを伴うことが多く,のどがかわくこともある。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は胃内停水があって,嘔吐を発するものを治する。尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚だしく衰弱せず,また貧血,厥冷等の症候のないものに用いる。方中の半夏,生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し,尿利をよくする。以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐,諸病の嘔吐,急性胃腸カタル,水腫性脚気に伴う嘔吐,小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
この方は胃内停水があって,嘔吐を発するものに用いる。最もしばしば用いられるのは妊娠嘔吐(つわり)である。そのほか諸病で嘔吐のやまないもの,急性胃腸炎,水腫性脚気にともなう嘔吐,小児の嘔吐,湿性胸膜炎や蓄膿症などに応用されることもある。胃内停水,嘔吐,尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈をともなうことが多く,甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷などの症候のないものに用いる。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此の方は,小半夏湯に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐不食,心下痞硬,或は頭眩する者に効あり。総べて飲食進まざるもの,或は瘧疾日を経て食進まざる者に此方に生姜を倍加して能く症を奏する。
〈古方薬嚢〉 荒木 性次先生
にわかに吐き気を催して吐し,胃のあたりがつかえ詰りたる感じして,めまいしたり,動悸したりする者,心下の気持が悪くなると,めまいしたり,動悸が生じたりするというところが大切のところなり。また初めに甚だ咽が乾きらんと水を飲んだ後て,吐気を催し,吐き気の止まらぬ者に宜し。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 嘔吐
「卒嘔吐,心下痞す。膈間に水有り。眩悸するものは小半夏加茯苓湯之を主る」
(金匱要略痰飲)に従って嘔吐と心下痞,眩悸のあるとき,嘔吐なくて心下痞眩,又は悸があるときなどに応用する。尤氏の註を見ると飲気が胃に逆すると嘔吐し気に滞ると心下が痞す。心を凌せば悸す。陽を蔽えば眩するという。つま全飲が胃,気,心,陽などに禍を及ぼすとの説明である。条文の膈間に水有りが曲者で,痰飲は胸中,膈上,膈間,心下等に停滞し,膈間に在るものも木防已湯の証をはじ額として,必ずしも嘔や悸ばかりでなく他の症状を呈するが,小半夏加茯苓湯の場合は膈間の停飲のために上下の気の交流が妨げられ上焦の陽気が虚して上衝を起す。それが痰飲と一緒になって嘔,眩,悸を起す。一方心下部に於ては胃気の虚のために心下痞を起す。之は現代医学的に説明すれば内臓筋肉連関になろう。「先づ渇して後に嘔するは水心下に停るとなす。これ飲家に属す。小半夏加茯苓湯之を主る」(同上)
(中略)本方は嘔吐だけでなく眩や悸にも使えることを記憶しておきたい。嘔吐を治する処方は頗る多いが,臨床的には特に柴胡剤,瀉心湯類,人参湯,五苓散などと区別を要する場合が多い。
副作用
(1)副作用の概要
1) 重大な副作用と初期症状
特になし
2) その他の副作
特になし
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
本方は胃内停水があって、嘔吐を発するものを治する。尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚しく衰弱せず、また貧血・厥冷等の症候のない者に用いる。方中の半夏・生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し、尿利をよくする。
以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐・諸病の嘔吐・急性胃腸カタル・水腫性脚気に伴う嘔吐・小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。
『漢方精撰百八方』
12.[方名] 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
[出典] 金匱要略
[処方] 半夏6.0 生姜3.0 茯苓5.0
[目標] 本方は嘔吐する病症に適応するのであるが、嘔吐して水を飲みたがる者は本方の証ではない、それは五苓散の証である。本方は嘔吐するけれど水を飲みたがらないものである。つまり胃内停水のある嘔吐に本方を用いるもので、そのように胃内停水のあるものは目まいがしたり、動悸したりするものである。すなわち本方の渇は五苓散の場合とちがって、嘔いてはガブガブと水を飲むというようなのではなく、胃に水がたまると嘔くというような性質の嘔吐である。
この証の解説(条文)をよく見ると、これは悪咀(つわり)の症状だということに気付くはずである。悪阻の場合は嘔くがむやみに水を欲しがるわけではなく、酸い夏みかんぐらいで渇をいやす程度である。
[かんどころ] 妊娠悪阻のような場合の嘔吐に用いる。
[応用] 妊娠悪阻、船酔い車酔いによる嘔吐、その他突然嘔吐するが特に原因病として認むべきもののない場合。また本方は眩暈がして、胸元のつかえるものに適する。更に暑気あたりなどで嘔くものにも用いられるが、そんな場合には苓桂朮甘湯が適する事の方が多い。
胃下垂の患者で嘔くものには本方の他に沢瀉湯が用いられる。
嘔気があっても、発熱があったり、悪寒がしたり、咳嗽や食欲不振があったりする場合にはむしろ小柴胡湯の方がよい。
本方は悪阻によく効くが、悪咀に本方をやる場合、かえって嘔吐がひどくなる場合がある。これは瞑眩(めんげん)といって、薬がよくきいて病気がなおる過程の現象であってそれに驚いてやめてしまってはいけない。それが西洋医学的対症療法とちがうところである。
本方は一般産科の処方にも登載されているものであるが、漢方の処方が一般の西洋医学の畑でも漸次採用されるようになることが望ましい。
[附記方名] 半夏散及湯(傷寒論)
半夏5.0 桂枝4.0 甘草2.0
[応用] 本方に比較的便利な処方で、扁桃炎などで咽痛甚だしく水ものみこめないような場合、本方を飲ませるか、本方を含嗽剤として用いるとよい。
相見三郎著
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
16 その他
7 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) (金匱要略)
〔半夏(はんげ)、生姜(しょうきょう)各六、茯苓(ぶくりょう)五〕
本方は、胃内に停水があり、嘔吐するものに用いられる。悪心、嘔吐、口渇、めまい、心悸亢進(動悸)、胃内停水(心下振水音)、心下痞、尿利減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、小半加茯苓湯證を呈するものが多い。
一 胃下垂症、胃アトニー症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 そのほか、悪阻、小児の嘔吐、蓄膿症など。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.305 妊娠嘔吐・嘔吐・胃炎
71 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) 〔金匱要略〕
半夏八・〇 生姜五・〇(乾生姜一・五) 茯苓五・〇
小量ずつ冷服するがよい。
本方に青皮を加えたものを虎翼飲(こよくいん)と称している。
○小半夏湯 (嘔吐・胃内停水と渇なし)
○小柴胡湯 69 (嘔吐・胸脇苦満、口苦)
○呉茱萸湯 39 (嘔吐・頭痛、胃内停水、手足冷え、煩躁、脈沈遅)
○五苓散 41 (嘔吐・水逆、口渇強く、尿利減少、頭痛、煩躁、脈浮)
○茯苓沢瀉湯 125 (嘔吐・渇、上衝、眩暈、胃内のものどっと出る)
○乾姜人参半夏丸 (嘔吐・陰証で発熱、渇なく、小半夏加茯苓の効なきもの)
小半夏加茯苓湯と五苓散を比較すると口渇は五苓散が強く、多量の水を勢いよくバッと吐く、小半夏加茯苓湯は少量ずつ何回にも吐き、悪心が後に残る。小半夏加茯苓湯を用いて吐くときは、五苓散を与えてみる。
〔参考〕
矢数道明、東洋医学と嘔吐(診断と治療 五一巻八号)。佐伯理一郎氏、半夏・伏龍肝の効果(中外医事新報明治二十六年)
○半夏に関する研究
漢方薬の中で鎮吐作用があるとされているものの代表は半夏と生姜とである。本草書にも、この二つは「胃を開き、気を下し、嘔吐を止む」と記載され、胃自体に作用して幽門部の痙攣を鎮め、気を下すということから、中枢性にも作用するように考えられていた。
半夏は鎮吐剤として、日本薬局方第五版より載録されている。その鎮吐作用につ感ては、従来実験的に鎮吐作用があるとする説と、ないとする説とがあった。これらの実験は生薬半夏をアルコールやエーテルで処方したものについて行なわれたが、岐阜大学の実験によると、半夏の中の鎮吐作用物質は、アルコールに溶けない物質の中にあることが判明した。この物質の中に、アポモルヒネおよび硫酸銅によって惹起する嘔吐を鎮静するものが含まれていることが実験的に証明された。半夏はすなわち中枢作用も、末梢作用もどちらもあるということである。このことについては、日薬理誌五二巻五号、岐阜大薬理、高部登氏の実験報告がある。
〔治例〕
(一) 妊娠嘔吐(悪阻・つわり)
二三歳の婦人。妊娠三ヵ月目に痩せ衰えて来院した。結婚したその月に受胎し、翌月から嘔気、嘔吐が始まり、はや一ヵ月になるが内服もし、注射も一五本やってもらった。しかし嘔吐はますます増悪する一方で、サンドイッチを少し食べるぐらいで、すっかり痩せてしまった。この上は人工流産するよりほかなしといわれたが、なんとかして保たせたいという。胃内停水著明で、一体に腹部は軟弱である。小半夏加茯苓湯を与え、盃に一杯ずつ冷服させたところ、三日目から嘔吐はやみ、飯を二杯も食べるようになった。そして一般症状が好転し、平常近く仕事ができるようになった。
(著者治験)
(二) 慢性胃腸炎
二五歳の男子。数年にわたって、下痢日に三~四回。食欲不振、ときどき嘔気があり、全身倦怠感強く、痩せ衰えて諸治療も効がなかった。
胃内停水が甚だしく、茯苓飲・六君子湯・真武湯・断痢湯・人参湯・桂枝人参湯等を次々と選用してみたが効なく、困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標として、小半夏加茯苓湯を与えたところ、胃内停水はようやく去り、食欲少しく進み、体力回復し、四年後に結婚することができた。
(著者治験)
(三) 幽門痙攣
二〇歳の男子工員。一年半前のこと、胃と十二指腸の潰瘍という診断で、胃の三分の二を切除したといす。その後なんとなくすぐれない状態であったが、ちょうど一ヵ月前から、何を食べても吐いてしまう。吐くときはかなり苦しい。食べたものは二〇分ぐらいすると吐き、ジュースなど流動物は三〇分ぐらいで出てしまう。
患者は埼玉県から電車で来院したが、全身倦怠感がひどく、立っていられないので、途中四回も下車して、ホームのベンチで休みながら、やっとのことでたどりついたという。現症の起こる一ヵ月前に、家量のウイスキーをのんだ。レントゲンで診てもらったが、これは幽門の痙攣であるといわれ、いろいろ治療してもらったが、嘔吐はやまず、こんなに痩せ衰えてしまったという。
顔色はそれほど悪くないが、痩せている。脈は弱い。腹も軟弱で、手術の跡が生々しく陥没している。拍水音はそれほど顕著ではなかった。口が乾き、めまいがする。私はこれに小半夏加茯苓湯を与えた。三日目から嘔吐はすっかり止まり、一週間後に再来のときは、元気が出て、途中電車を降りずに一直線に来院できた。この前の帰りは苦しく、途中休みながら帰ったので夜までからり、家人は心配していたということであった。なお二〇日の服薬を続けて、この嘔吐はすっかり治って就業した。
(著者治験、和漢薬 一四〇号)
(四) 頑固な嘔吐
余が和漢医法研究の創意は、曽て門司に開業のとき、英国の軍医官オレファント氏が胃疾患に罹った。屢々嘔吐を発して飲食を絶つこと既に久しかった。当時船医であった氏の令弟は米国医師ニウマン氏と力を協せて百方治療に当ったが、嘔吐はさらに鎮まらず、日々に衰弱を加えるばかりであった。
このとき関門存留の宣教師が、もし死亡の場合は日本の医師の診断書が必要となることを心配して、余に往診を依頼してきた。
ニウマン氏は具さに症状と経過を語って、何か良薬はないものだろうかと訊ねられた。余が試みんとする鎮嘔療法は既に十分使用済みで、もはや手を下すべき余地がない。
このとき余はフト漢方薬を使ってみてはと思い浮んだ。そして家に帰って漢方医書を取出して調べた結果、小半夏加茯苓湯を作って与えた。ところがこれを服むと一~二服にして奇効忽ち顕われ、あの頑固な嘔吐が殆んど止み、数日にしてもとの健康を取戻すことができた。まさに起死回生の謝意を表せられ、このことあってより、漢方研究の一念を起こしたのである。
(野津猛男氏、臨床漢法医典)
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) [金匱要略]
【方意】 脾胃の水毒による悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等のあるもの。しばしば水毒の動揺による目眩・心悸亢進等と、時に寒証を伴う。
《太陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
【脈候】 軟・沈弱・浮弱・滑。
【方解】 半夏は脾胃の水毒を去り、鎮嘔・鎮吐・鎮静・去痰作用がある。生姜も健胃・鎮嘔作用がある。このため半夏・生姜の組合せは悪心・嘔吐に対して一層強力な効果を発揮する。茯苓も水毒を駆逐し、上腹部振水音・尿不利・目眩・心悸亢進を解消する。三味協力して水毒を除き、結果的に水毒の動揺を鎮める。
【方意の幅および応用】
A 脾胃の水毒:悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等を目標にする場合。
急慢性胃腸炎、胃切除後の慢性の悪心・嘔吐、幽門痙攣、胃アトニー、周期性嘔吐症、
妊娠中毒、乗物酔、二日酔、悪心のために服薬できない者に本方で溶いて飲ませる。
B 水毒の動揺:目眩・心悸亢進・咳嗽等を目標にする場合。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.305 妊娠嘔吐・嘔吐・胃炎
71 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) 〔金匱要略〕
半夏八・〇 生姜五・〇(乾生姜一・五) 茯苓五・〇
小量ずつ冷服するがよい。
本方に青皮を加えたものを虎翼飲(こよくいん)と称している。
〔応用〕 この方は、胃内に停水があって、嘔吐を発するものに用いる。最もしばしば用いられるのは妊娠嘔吐(悪阻)である。そのほか諸病で嘔吐のやまないもの、急性胃腸炎・水腫性脚気にともなう嘔吐・小児の嘔吐・湿性胸膜炎や蓄膿症などに応用され識こともある。
〔目標〕 胃内停水・嘔吐・尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈をともなうことが多く、甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷なとの症候のないものに用いる。
〔目標〕 胃内停水・嘔吐・尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈をともなうことが多く、甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷なとの症候のないものに用いる。
〔方解〕 半夏と生姜はともに嘔吐を治する主剤である。茯苓と半夏は協力して、胃内停水を誘導し、尿利をよくする。
〔加減〕 妊娠嘔吐の激しいときは、伏竜肝(黄土、すなわちかまどのやけ土)を加える。または伏竜肝を水で溶き、その上澄み液でこの小半夏加茯苓湯を煎じてのむとさらによいといわれている。
〔主治〕
金匱要略(痰飲病門)に、「嘔家(嘔吐する人)本(モト)渇ス。渇スル者ハ解セント欲スト為ス。今反テ渇セザルハ、心下ニ支飲アルガ故ナリ。小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」
「卒嘔吐(突然嘔吐する)、心下痞シ、膈間水アリ、眩悸(眩暈と心悸亢進)スル者ハ、小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」とある。
勿誤薬室方函口訣には、「此ノ方ハ、小半夏湯ニ停飲ヲ兼ネテ渇スル者ヲ治ス。又停飲アリテ嘔吐不食、心下痞硬、或ハ頭眩スル者ニ効アリ。総ベテ飲食進マザルモノ、或ハ瘧疾日ヲ経テ食進マザル者ニハ此方ニ生姜ヲ倍加シテ能ク効ヲ奏ス」とある。
古方薬嚢には、「にわかに吐き気を催して吐し、胃のあたりがつかえ詰りたる感じして、めまいしたり、動悸したりする者。心下の気持が悪くなると、めまいしたり、動悸が生じたりするというところが大切のところなり。または初めに甚だ咽が乾き、うんと水をのんだ後で吐気を催し、吐きの止まぬ者にも宜し」とある。
〔鑑別〕 金匱要略(痰飲病門)に、「嘔家(嘔吐する人)本(モト)渇ス。渇スル者ハ解セント欲スト為ス。今反テ渇セザルハ、心下ニ支飲アルガ故ナリ。小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」
「卒嘔吐(突然嘔吐する)、心下痞シ、膈間水アリ、眩悸(眩暈と心悸亢進)スル者ハ、小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」とある。
勿誤薬室方函口訣には、「此ノ方ハ、小半夏湯ニ停飲ヲ兼ネテ渇スル者ヲ治ス。又停飲アリテ嘔吐不食、心下痞硬、或ハ頭眩スル者ニ効アリ。総ベテ飲食進マザルモノ、或ハ瘧疾日ヲ経テ食進マザル者ニハ此方ニ生姜ヲ倍加シテ能ク効ヲ奏ス」とある。
古方薬嚢には、「にわかに吐き気を催して吐し、胃のあたりがつかえ詰りたる感じして、めまいしたり、動悸したりする者。心下の気持が悪くなると、めまいしたり、動悸が生じたりするというところが大切のところなり。または初めに甚だ咽が乾き、うんと水をのんだ後で吐気を催し、吐きの止まぬ者にも宜し」とある。
○小半夏湯 (嘔吐・胃内停水と渇なし)
○小柴胡湯 69 (嘔吐・胸脇苦満、口苦)
○呉茱萸湯 39 (嘔吐・頭痛、胃内停水、手足冷え、煩躁、脈沈遅)
○五苓散 41 (嘔吐・水逆、口渇強く、尿利減少、頭痛、煩躁、脈浮)
○茯苓沢瀉湯 125 (嘔吐・渇、上衝、眩暈、胃内のものどっと出る)
○乾姜人参半夏丸 (嘔吐・陰証で発熱、渇なく、小半夏加茯苓の効なきもの)
小半夏加茯苓湯と五苓散を比較すると口渇は五苓散が強く、多量の水を勢いよくバッと吐く、小半夏加茯苓湯は少量ずつ何回にも吐き、悪心が後に残る。小半夏加茯苓湯を用いて吐くときは、五苓散を与えてみる。
〔参考〕
矢数道明、東洋医学と嘔吐(診断と治療 五一巻八号)。佐伯理一郎氏、半夏・伏龍肝の効果(中外医事新報明治二十六年)
○半夏に関する研究
漢方薬の中で鎮吐作用があるとされているものの代表は半夏と生姜とである。本草書にも、この二つは「胃を開き、気を下し、嘔吐を止む」と記載され、胃自体に作用して幽門部の痙攣を鎮め、気を下すということから、中枢性にも作用するように考えられていた。
半夏は鎮吐剤として、日本薬局方第五版より載録されている。その鎮吐作用につ感ては、従来実験的に鎮吐作用があるとする説と、ないとする説とがあった。これらの実験は生薬半夏をアルコールやエーテルで処方したものについて行なわれたが、岐阜大学の実験によると、半夏の中の鎮吐作用物質は、アルコールに溶けない物質の中にあることが判明した。この物質の中に、アポモルヒネおよび硫酸銅によって惹起する嘔吐を鎮静するものが含まれていることが実験的に証明された。半夏はすなわち中枢作用も、末梢作用もどちらもあるということである。このことについては、日薬理誌五二巻五号、岐阜大薬理、高部登氏の実験報告がある。
〔治例〕
(一) 妊娠嘔吐(悪阻・つわり)
二三歳の婦人。妊娠三ヵ月目に痩せ衰えて来院した。結婚したその月に受胎し、翌月から嘔気、嘔吐が始まり、はや一ヵ月になるが内服もし、注射も一五本やってもらった。しかし嘔吐はますます増悪する一方で、サンドイッチを少し食べるぐらいで、すっかり痩せてしまった。この上は人工流産するよりほかなしといわれたが、なんとかして保たせたいという。胃内停水著明で、一体に腹部は軟弱である。小半夏加茯苓湯を与え、盃に一杯ずつ冷服させたところ、三日目から嘔吐はやみ、飯を二杯も食べるようになった。そして一般症状が好転し、平常近く仕事ができるようになった。
(著者治験)
(二) 慢性胃腸炎
二五歳の男子。数年にわたって、下痢日に三~四回。食欲不振、ときどき嘔気があり、全身倦怠感強く、痩せ衰えて諸治療も効がなかった。
胃内停水が甚だしく、茯苓飲・六君子湯・真武湯・断痢湯・人参湯・桂枝人参湯等を次々と選用してみたが効なく、困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標として、小半夏加茯苓湯を与えたところ、胃内停水はようやく去り、食欲少しく進み、体力回復し、四年後に結婚することができた。
(著者治験)
(三) 幽門痙攣
二〇歳の男子工員。一年半前のこと、胃と十二指腸の潰瘍という診断で、胃の三分の二を切除したといす。その後なんとなくすぐれない状態であったが、ちょうど一ヵ月前から、何を食べても吐いてしまう。吐くときはかなり苦しい。食べたものは二〇分ぐらいすると吐き、ジュースなど流動物は三〇分ぐらいで出てしまう。
患者は埼玉県から電車で来院したが、全身倦怠感がひどく、立っていられないので、途中四回も下車して、ホームのベンチで休みながら、やっとのことでたどりついたという。現症の起こる一ヵ月前に、家量のウイスキーをのんだ。レントゲンで診てもらったが、これは幽門の痙攣であるといわれ、いろいろ治療してもらったが、嘔吐はやまず、こんなに痩せ衰えてしまったという。
顔色はそれほど悪くないが、痩せている。脈は弱い。腹も軟弱で、手術の跡が生々しく陥没している。拍水音はそれほど顕著ではなかった。口が乾き、めまいがする。私はこれに小半夏加茯苓湯を与えた。三日目から嘔吐はすっかり止まり、一週間後に再来のときは、元気が出て、途中電車を降りずに一直線に来院できた。この前の帰りは苦しく、途中休みながら帰ったので夜までからり、家人は心配していたということであった。なお二〇日の服薬を続けて、この嘔吐はすっかり治って就業した。
(著者治験、和漢薬 一四〇号)
(四) 頑固な嘔吐
余が和漢医法研究の創意は、曽て門司に開業のとき、英国の軍医官オレファント氏が胃疾患に罹った。屢々嘔吐を発して飲食を絶つこと既に久しかった。当時船医であった氏の令弟は米国医師ニウマン氏と力を協せて百方治療に当ったが、嘔吐はさらに鎮まらず、日々に衰弱を加えるばかりであった。
このとき関門存留の宣教師が、もし死亡の場合は日本の医師の診断書が必要となることを心配して、余に往診を依頼してきた。
ニウマン氏は具さに症状と経過を語って、何か良薬はないものだろうかと訊ねられた。余が試みんとする鎮嘔療法は既に十分使用済みで、もはや手を下すべき余地がない。
このとき余はフト漢方薬を使ってみてはと思い浮んだ。そして家に帰って漢方医書を取出して調べた結果、小半夏加茯苓湯を作って与えた。ところがこれを服むと一~二服にして奇効忽ち顕われ、あの頑固な嘔吐が殆んど止み、数日にしてもとの健康を取戻すことができた。まさに起死回生の謝意を表せられ、このことあってより、漢方研究の一念を起こしたのである。
(野津猛男氏、臨床漢法医典)
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) [金匱要略]
【方意】 脾胃の水毒による悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等のあるもの。しばしば水毒の動揺による目眩・心悸亢進等と、時に寒証を伴う。
《太陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
| | 脾胃の水毒 | 水毒の動揺 | 寒証・虚証 | |
| 主証 | ◎悪心 ◎嘔吐 ◎心下痞 ◎心下痞硬 | | | |
| 客証 | ○上腹部振水音 食欲不振 胃腸虚弱 尿不利 自汗 口渇 | ○目眩 ○心悸亢進 咳嗽 吃逆 頭汗 | 顔色不良 手足冷 疲労倦怠 | |
【脈候】 軟・沈弱・浮弱・滑。
【舌候】 やや湿潤して微白苔。時に乾燥する。
【腹候】 腹力やや軟。心下に痞塞感または痞硬がある。また上腹部に振水音を認めることが多い。
【病位・虚実】 脾胃の水毒が中心的病態で、これに寒証が加わるため陰証を帯び太陰病に相当する。自覚症状の上からも、脈力および腹力からも虚証である。
【構成生薬】 半夏12..0 茯苓4.0 生姜1.5
【腹候】 腹力やや軟。心下に痞塞感または痞硬がある。また上腹部に振水音を認めることが多い。
【病位・虚実】 脾胃の水毒が中心的病態で、これに寒証が加わるため陰証を帯び太陰病に相当する。自覚症状の上からも、脈力および腹力からも虚証である。
【構成生薬】 半夏12..0 茯苓4.0 生姜1.5
【方解】 半夏は脾胃の水毒を去り、鎮嘔・鎮吐・鎮静・去痰作用がある。生姜も健胃・鎮嘔作用がある。このため半夏・生姜の組合せは悪心・嘔吐に対して一層強力な効果を発揮する。茯苓も水毒を駆逐し、上腹部振水音・尿不利・目眩・心悸亢進を解消する。三味協力して水毒を除き、結果的に水毒の動揺を鎮める。
【方意の幅および応用】
A 脾胃の水毒:悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等を目標にする場合。
急慢性胃腸炎、胃切除後の慢性の悪心・嘔吐、幽門痙攣、胃アトニー、周期性嘔吐症、
妊娠中毒、乗物酔、二日酔、悪心のために服薬できない者に本方で溶いて飲ませる。
B 水毒の動揺:目眩・心悸亢進・咳嗽等を目標にする場合。
目眩、メニエール症候群、咳嗽、肋膜炎、吃逆
【参考】 *卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水有り、眩悸するを治す。『金匱要略』
*先ず渇し、後に嘔するを治す。『金匱要略』
*此の方は前方の症(小半夏湯証の嘔吐癖)に停飲(胃に停滞した液体)を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞硬、或は頭眩する者に効あり。総て飲食進まざる者、或は瘧疾日を経て食進まざる者、此の方に生姜を倍加して能く効を奏す。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方証は軽い口渇があり水を飲むが、少量ずつの嘔吐が続き、悪心が取れないものである。本方を少しずつ冷服させるのが良い。五苓散証の水逆は激しい煩渇で飲むとドッと大量に吐くものである。 *本方の生姜は生のひね生姜(4.0)を用いるべきである。局方の乾生姜を用いた場合には、これに生の生姜のしぼり汁を数滴加えるのが良い。薬力を強めるために橘皮・伏竜肝を加えて虎翼飲という。
【症例】 悪阻
34歳、女性。4回目の妊娠で、目下2ヵ月目であるが、悪心、嘔吐があ識。大便は1日1行。小半夏加茯黄土湯1週間分の服用で嘔吐が止んだ。悪阻で嘔吐のある場合に、小半夏加茯苓湯は最も頻繁に用いられる処方である。私は近年これに黄土を加えて用いているが、結果は非常に良く、大部分はこれで成功する。黄土を加えたのは、賀川玄悦や原南陽などの経験に基づいたものである。黄土はかまどの焼土である。私は先年、茨城県久慈郡袋田村から、かまどを壊す時に多量に送ってもらい、それを使用している。原南陽の伏竜肝煎というのは、この黄土すなわち伏竜肝を水に入れて撹拌し、それの上澄みを取って、小半夏加茯苓湯を煎じたものであるが、私は始めから小半夏加茯苓黄土湯として使用している。黄土には利尿の作用もあるように思われる。
『大塚敬節著作集』第4巻137
小半夏加茯苓湯による失敗例
45歳の男子。8年前より肺結核に罹り療養中。型の如く結核化学療法を終わり、空洞性結核にて症状の増悪と軽快を繰り返していたが、胃腸症状を主訴として往診を求められた。嘔水と食思不振があり、胃振水音を呈し、正しく胃内停水と判断し小半夏加茯苓湯(生姜は乾生姜1.5)を投与した。煎じて冷まして少しずつ服用するように指示したが翌日往診して患者の訴えを聞くに、あの薬を服用すると嘔気は軽くなるが同時に血痰が出るという。
「薬がもし瞑眩せざれざその疾癒えず」と吉益東洞は教えているので、患者に漢方薬には洋薬と違ってこのようなこともあり得ると説明して服薬を続けさせた。更に2日後患家より喀血したとの連絡あり、往診するにあの薬はとても飲めませんと患者の言で、今更瞑眩を持ち出すこともならぐ、いささか当惑して喀血の処置をして、幸にも3日にして旧に復し得た。漢方ファンであった患者の信頼を失った明らかに失敗とみるべき1例で、嘔気を胃内停水も玄米の重湯にして自然に軽快した。
半夏と生姜が温性刺激剤となって喀血を誘発したものと思われる。結核患者の喀血は習慣性となったものは寒冷時よりもむしろ生暖かい温暖前線が通過する際に誘発されることが多いので、咽頭から食道にかけて温性刺激を与える薬剤は漢方では一応注意して与える必要があると考える。
阪本正夫『漢方の臨床』10・4・14
【症例】 悪阻
34歳、女性。4回目の妊娠で、目下2ヵ月目であるが、悪心、嘔吐があ識。大便は1日1行。小半夏加茯黄土湯1週間分の服用で嘔吐が止んだ。悪阻で嘔吐のある場合に、小半夏加茯苓湯は最も頻繁に用いられる処方である。私は近年これに黄土を加えて用いているが、結果は非常に良く、大部分はこれで成功する。黄土を加えたのは、賀川玄悦や原南陽などの経験に基づいたものである。黄土はかまどの焼土である。私は先年、茨城県久慈郡袋田村から、かまどを壊す時に多量に送ってもらい、それを使用している。原南陽の伏竜肝煎というのは、この黄土すなわち伏竜肝を水に入れて撹拌し、それの上澄みを取って、小半夏加茯苓湯を煎じたものであるが、私は始めから小半夏加茯苓黄土湯として使用している。黄土には利尿の作用もあるように思われる。
『大塚敬節著作集』第4巻137
小半夏加茯苓湯による失敗例
45歳の男子。8年前より肺結核に罹り療養中。型の如く結核化学療法を終わり、空洞性結核にて症状の増悪と軽快を繰り返していたが、胃腸症状を主訴として往診を求められた。嘔水と食思不振があり、胃振水音を呈し、正しく胃内停水と判断し小半夏加茯苓湯(生姜は乾生姜1.5)を投与した。煎じて冷まして少しずつ服用するように指示したが翌日往診して患者の訴えを聞くに、あの薬を服用すると嘔気は軽くなるが同時に血痰が出るという。
「薬がもし瞑眩せざれざその疾癒えず」と吉益東洞は教えているので、患者に漢方薬には洋薬と違ってこのようなこともあり得ると説明して服薬を続けさせた。更に2日後患家より喀血したとの連絡あり、往診するにあの薬はとても飲めませんと患者の言で、今更瞑眩を持ち出すこともならぐ、いささか当惑して喀血の処置をして、幸にも3日にして旧に復し得た。漢方ファンであった患者の信頼を失った明らかに失敗とみるべき1例で、嘔気を胃内停水も玄米の重湯にして自然に軽快した。
半夏と生姜が温性刺激剤となって喀血を誘発したものと思われる。結核患者の喀血は習慣性となったものは寒冷時よりもむしろ生暖かい温暖前線が通過する際に誘発されることが多いので、咽頭から食道にかけて温性刺激を与える薬剤は漢方では一応注意して与える必要があると考える。
阪本正夫『漢方の臨床』10・4・14
『重要処方解説 43』
半夏瀉心湯・小半夏加茯苓湯
日本漢方医学研究所/理事 藤平
小半夏加茯苓湯
■使用目標
次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)について申しあげます。出典は『金匱要略』という『傷寒論』と同じ時にできた原典です。処方の構成は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)の3味だけです。本方の証と使用目標は,本方もまた少陽病の虚証に位置する処方であります。本方を使用する上でのもっとも大切な目標は,嘔吐です。それに次ぐ目標は軽いめまいや動悸です。前にも申しあげましたが,本方は少陽病期の虚証にありますから,防衛体力は,やや落ちてきておりますが,陰証のそれのようには落ちていないというわけですから,脈の力も腹の力も極端には落ちていないという場合の,激しい嘔吐というところを目標にしまして,諸種の疾患の用いるのであります。激しい嘔吐と申しあげましたが,時には吐き気がしやすいというだけを目標にして使って,効果をあげる場合もしばしばあります。要するに,防衛体力はさほど衰えていないのですが,吐きっぽい,胃の具合がよくないというところを目標にして用いますと,胃腸障害を始めとして,諸種の疾患に応用し得る機会が多いのであります。
したがって,本方の応用としましては,諸種の嘔吐を主症状とする疾患,諸種の胃腸炎などで吐き気や嘔吐がある場合によく用います。妊娠嘔吐には非常にしばしば有効です。体力があまりひどく落ちていない場合の妊娠嘔吐には,これを一包使っただけで効く,というほどに広くよく用いられる処方です。諸種の眩暈(めまい)を主症状とする疾患で嘔吐をきたしたり,心悸亢進があるという場合,疾病の如何にかかわらず用いて,それらの症状がとれるばかりでなく,原病も治るということが多いのであります。子供で急性消化不良などの場合,よく乳を吐いて困るという赤ちゃんにこれを用いて,またよく効きます。
なお,漢方の薬というのは,大体あたためて飲ませるというのが普通ですが,この処方ばかりは,あたためずに,冷やして,それも少しずつ飲ませる方がいいのです。嘔吐が激しい場合には,特にそうしないといけません。熱いとかえって吐きます。
■症例
症例を申し上げます。 20才の主婦で妊娠3ヵ月目に入ったころから吐き気が起き始め,やがて嘔吐を起こすようになりました。時に軽いめまいや動悸などもあります。本方の適応証にぴたりということでこれを与えて,日ならずして軽快した例があります。本方は『呉内科書』にも,つわりのところに掲載されております。軽度から中等度くらいまでのつわりには,まことによく効く処方です。
■鑑別処方
鑑別としましては,嘔吐を伴う漢方の処方はこのほかにも多数あるわけですが,嘔吐を主症状とする処方としては、この小半夏加茯苓湯と乾姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)の二つの処方が横綱格といっても,過言ではないと思います。この二つはともに激しい嘔吐に対して使えるわけですが,一口で両者の違いをいうとすれば,小半夏加茯苓湯は防衛体力がまだあまり低下していない場合の嘔吐に用いられ,乾姜人参半夏丸は,体力がひどく低下している場合の嘔吐に用いられる,というようにいっていいかと思います。さらな細かくいうとすれば,小半夏加茯苓湯は,めまいや動悸が伴いやすいのでありますが,乾姜人参半夏丸にはそれがないのであります。また腹部症状では,小半夏加茯苓湯は腹力は中等度よりやや軟弱で,心窩部やそのほかに抵抗や圧痛をほとんど認めないのでありますか,乾姜人参半夏丸は,腹力が極度に低下していて,フニャフニャといってもいいくらいであるにもかかわらず,心窩部のところだけが硬く張っていて,しかも圧に対して過敏であるという独特な腹状を呈しているものです。
この処方の症状に関しては,次のような思い出があります。私のよく知っている女性の薬剤師さんですが,この人がある婦人科疾患で入院し,手術しました。手術はうまくいったのですが,ひどい嘔吐が始まって,とまりません。内科の医者を呼んできて,婦人科,内科両方の医者総出でこれを治療したのですが,どうしてもとまらず,1週間後にはほとんど骨と皮になってしまいました。1週間後に私どもが行った時には,ヘトヘトになっていました。腹をみますと舟底状になってしまって,ペコンとへこんでフニャフニャになって力がありません。ところが心窩部だけは,硬く張って,しかも圧に対して過敏なのです。そこでこれはとても小半夏加茯苓湯てはだめだ,ここまで体力が落ち込んでいては乾姜人参半夏丸以外にはなかろう,というわけで,それを煎じて翌日持って行って飲ませたのですが,これが非常に効きまして,1服飲んで嘔吐がとまり,やがて夕方ごろから流動食が入るようになりました。そしてこれをそのまま1ヵ月飲み続けて,すっかり元気になって退院しました。もうそれから15~16年くらいになりますが,その人は至って元気に過ごしております。これにヒントを得て,このようなひどい嘔吐で,しかも体力が衰えているという人にしばしばこれを用いて,良効を得ております。激しい嘔吐という場合には,この小半夏加茯苓湯を考えるか,あるいは鑑別として申し上げました乾姜人参半夏丸を用いるか,どちらかを応用されると,かなり良い結果を得られると思います。
乾姜人参半夏丸は製剤として売られてもおりますが,手に入らなければ,乾姜と人参と半夏だけの簡単な薬方ですから,煎じ薬として用いて,十分に効果があります。ぜひこの両者を使いわけて,嘔吐に悩む患者さんを治療していただきたいと思います。
『重要処方解説Ⅱ』
(22) 小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)
日本東洋医学会副会長 細野八郎
■出典
小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)は,張仲景(ちょうちゅうけい)の『金匱要略』に出ている処方で,嘔吐の治療薬です。非常によく効くので嘔吐の聖薬といわれております。嘔吐についての最初の医学的な記載は,前漢の医書『内経』にあります。当時より胃の機能亢進,あるいは低下などの異常が嘔吐を起こすと考えられていました。その上,この胃の異常も,胃以外の臓器,たとえば肝,胆,脾の影響を受けて起こることも知られていました。『内経』のこの医説を張仲景は飛躍的に発展させ,今の時代でも通用する鎮嘔処方を創方しました。
小半夏加茯苓湯は,『金匱要略』の痰飲欬嗽病篇に出ている処方です。
■構成生薬・薬能薬理
処方内容は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)から組み立てられています。これらの生薬は互いに協力して嘔吐をとめるとともに,一方では胃運動を亢進して胃の内容を排出しています。いいかえると標,本を同時に治療する薬です。では簡単にこれらの生薬の薬能と,今まで知られている薬理作用を述べてみましょう。
生姜と半夏はともに辛味と温める薬能を持っています。辛味は発散する性質があります。発散するということは,鬱滞がとれて,頭痛,肩凝り,悪寒などの症状が改善されます。生姜の辛味はこの場合に重要な作用をするらしく,『傷寒論』太陽病の治療薬の中に組み入れてあります。
では,辛味が嘔吐の治療にどんな役割をするのか考えてみましょう。東洋医学の消化と吸収の考えは,現代医学と異なっていますが,胃の機能についてはほぼ同じようなものです。胃は食物を取り込み、初歩的な消化作用を行い,腸の方へ胃内容物を排出してゆきます。嘔吐は,この排出機能の異常な時に起こっています。東洋医学ではこれを胃が降下作用をせず,といっています。なぜ降下作用が行われないかといいますと,幽門部に鬱滞するものが生じたためです。ですから半夏と生姜の辛味で、この鬱滞をとれば嘔吐はおさまるわけです。
生薬の能薬から見まると,半夏には消腫,散結作用があります。たとえば上半身の皮下にできる痰核といわれる結節は半夏でなければ効果がないという人もあります。また生姜は血行を改善する作用があります。鬱滞を起こしているところは大抵血行の異常を伴っているので,生姜のこの薬能も鬱滞を取り,嘔吐を止めるのに必要な作用です。最近の薬理的な研究によりますと,生姜の辛味成分には中枢抑制作用があり,また末梢的には胃液の分泌を抑え,胃運動を抑制するとのことです。このことは胃の興奮状態を鎮静し,鎮嘔効果に役立っているのかもしれません。また生姜と半夏を動物に投与すると,半夏は中枢性,末梢性の,生姜は末梢性の嘔吐に効果があるという結果が報告されています。ですから,両者の併用は嘔吐の種類を問わず幅広く用いられるので,小半夏加茯苓湯はまことに都合のよい鎮嘔剤といえます。
半夏と生姜には温める薬能がありました。寒冷に遭うとすべての生物は縮こまります。しかし温めてやるとのびのびとして各組織は硬さがとれてゆるんできます。この現象を胃の鬱滞の改善に結びつけますと,温める薬能は辛味と協力して胃の鬱滞状態を改善し,そして胃の機能を正常化し,内容物を降下し,嘔吐をとめているといえます。
では,この2つの生薬は効果を強めるためにのみ併用されているのでしょうか。このことについて少し考えてみましょう。というのは、」仲景の処方はよく考えられて組み立てられているので,そんな単純な発想だけで半夏と生姜を併用したとは思えないからです。今まで半夏と生姜の併用は,半夏の毒を消すためといわれてきました。しかし半夏には問題にするほどの毒性はありません。ただ服用すると喉を刺激する物質があります。昔は蓚酸カルシウムの針晶が口喉粘膜を刺激するためと考えられていましたが,その後 homogentisic acid がえぐみの本態といわれました。最近では3,4-dihydroxybenzaldehyde diglucoside が単離され,その aglycone が強い刺激性の味を持っているので,これがえぐみの本態といわれています。このえぐみは生姜と一緒に煎じるとかなり減少します。ですからこのことが,生姜は半夏の毒を消すと考えられたのでしょう。いずれにしても歴史的には六朝時代から生姜による半夏の修治が行なわれるようになりました。
先ほど半夏と生姜の併用は薬効を強めるといいましたが,鎮嘔作用の薬理学的研究からは疑問視されています。生姜ではなく乾姜(カンキョウ)と半夏を併用して薬理活性を見てみますと,鎮嘔作用や胃液分泌抑制作用での協力作用が見られないということです。ですから半夏と生姜の併用の利点は,この実験から見れば半夏のえぐみをとる点にあるといえます。半夏と生姜はともに辛温の薬性を持っていました。いいかえると,温めて湿を乾かす薬能があるわけです。適度の乾燥は胃の機能を高めますが,乾燥しすぎますと,胃の機能が低下して嘔吐を起こすと東洋医学では考えています。ところが都合のよいことに半夏は粘液質を含んでいます。本草の言葉を借りますと,半夏は大滑で潤す薬能があります。ですから「半夏は湿を乾かす意なし」ともいわれています。この潤す薬能を応用して虚証の老人の便秘の治療に硫黄(イオウ)と併用して半硫丸(ハンリュウガン)と名づけて用いますが,これを見ても半夏の潤す薬能は胃に好影響を与え,胃運動を円滑化すると想像できます。
次に茯苓の薬能について考えてみましょう。胃で初歩的な消化を受けた食物は,脾で消化されて吸収されます。東洋医学の脾は,現代医学の脾臓ではなく,消化吸収機能全般をいっています。脾について詳しく述べる時間はありませんので、この問題はこれくらいにしておきましょう。
脾は,胃の機能に強い影響力を持っています。ところで茯苓は,この脾の機能を正常化する薬能があります。脾の機能がよくなれば胃の機能も正常化して,降下作用も完全に行なわれ,嘔吐も治ってきます。また脾の機能が正常化しますと,脾は水分代謝を行なっているので,全身の水分代謝は活発化してきます。ですから茯苓は利水,滲湿の薬能があるといわれています。しかし薬理実験では軽度の利尿作用しか観察されていませんが,臨床的には,茯苓の必要な病人に服用させますと,利尿効果が見られます。この茯苓の作用は胃内容を減少させ,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力して嘔吐を止めるのに役立っています。
一方,脾から吸収された栄養物質は,心に運ばれてゆき,心の機能を改善します。心は精神機能と関係しているので,茯苓は動悸や精神不安,不眠の治療薬として用いられています。薬理学的にはストレス潰瘍の発生を予防するとの報告がありますが,茯苓の精神機能改善作用は,慢性嘔吐の精神状態を改良し,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力しているように考えられます。このような精神面から鎮嘔する治療方法は,現在でも通用する張仲景の素晴らしい医療であろうと思います。
■古典における用い方
張仲景は嘔吐を急性疾患と慢性疾患の経過中に起こるものに分けて考察しています。急性疾患の時は『傷寒論』に述べられています。傷寒とは急性熱性病のことで,前感で起こる疾患です。この時の嘔吐は外因がとれると止まります。ですから特に嘔吐の処方を述べていません。たとえば太陽病の嘔吐であれば桂枝湯(ケイシトウ),少陽病では小柴胡湯(ショウサイコトウ)で外邪をとり,嘔吐を止めています。そのほか『傷寒論』には医者の誤治による嘔吐の治療法が書いてあります。たとえば下剤を与えて起こってきた嘔吐には,乾姜,黄芩(オウゴン),黄連(オウレン),人参(ニンジン)などで体を温めて胃の機能を回眼させ,嘔吐を止める方法が述べてあります。攻撃的な治療を行なったので体が弱っているため,乾姜,人参で脾胃を温補して体力をつけ,黄連,黄芩で胃の炎症をとって胃の機能を正常化し,嘔吐を止める方法です。漢方的にいいますと,苦味の生薬の黄連,黄芩と,辛味の生薬の乾姜とで心下のつかえを取り,人参で弱っている胃腸の機能を回復させる方法で,これは胃腸炎に頻用する半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)の創方へと発展して行きます。
半夏瀉心湯は乾姜黄芩黄連人参湯(カンキョウオウゴンオウレンニンジントウ)に,鎮嘔作用のある半夏と消化機能を促進する甘草(カンゾウ),大棗(タイソウ)を加えた処方です。
一方,慢性疾患の時の嘔吐については『金匱要略』の詳しく述べられています。『金匱要略』では,臨床像から嘔吐を次のように分けて治療しています。 食物が口に入るとすぐ嘔吐するもの,この種の嘔吐は食道下部から胃の上部の炎症の時に見られるもので,漢方では寒格といっています。『傷寒論』の乾姜黄芩黄連人参湯を用いて治療します。食べると嘔吐するもの,これはよく見られる嘔吐で,胃炎,胃の運動異常の時に見られるものです。小半夏湯(ショウハンゲトウ)あるいは小半夏加茯苓湯で治療します。また食後だいぶ時間がたってから嘔吐するものがあります。幽門部の異常の時によく見られますが,食物や胃液などが胃に長時間停滞している時の嘔吐です。便通異常の見られるものには,大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)で排便させて嘔吐を止める方法を勧めています。
以上のほかに張仲景は,下痢,発熱,頭痛などを併発している時の嘔吐の治療法を述べています。これらの症状は,嘔吐だけのものよりも,臨床的にはよく見られる重要な疾患ですが,『傷寒論』や『金匱要略』」を参照していただきたいと思います。
嘔吐の治療については,仲景以後いろいろな医説や処方が考え出されました。しかし,いずれも仲景の考えを参考にしたものです。ですから,臨床的には,仲景の処方をよく理解していれば十分に対応することができます。
『金匱要略』に書いてある小半夏湯と小半夏加茯苓湯の条文を比較しますと,小半夏湯は嘔吐や噦に用いると述べてあります。一方,小半夏加茯苓湯では「心下支飲」とか,「膈間に水あり」,「水心下に停する」など,嘔吐の原因が胃の中の水分停滞にあることを明記しています。このことは小半夏加茯苓湯の治療目標が嘔吐ではなく,胃の中の水分停滞をさばくものである,その結果嘔吐もとまると考えて創方された処方だと思います。しかもこの水分停滞は,突然に発生したものでなく,そもそも体質的に水分が停滞しやすい,すなわち飲家に生じてくることを述べています。ですから小半夏加茯苓湯は,体質的な飲家の治療薬でもまるわけです。
水分代謝が円滑に行かず,体内に水分が溜まってきた状態を東洋医学では痰飲,または飲といいます。飲には停滞する場所があり,その場所によって症状も行なってきます。これを『金匱要略』で見ますと,飲の溜まる場所を4ヵ所に分けています。まず腸管に溜まると発汗あるいは無汗があり,身体疼痛がある,胸中に溜まると浮腫,咳嗽,呼吸困難が強く,歩行がてきず起坐呼吸をする,また嘔吐があると述べています。治療としては飲は水で陰性のもので冷たいものですから,「飲を病むものは温薬をもってこれを治す」と述べています。
小半夏湯や小半夏加茯苓湯は,いずれも温薬に属するものです。小半夏湯類の効く飲は,胃の飲ですが,この場所は中焦といい,体の中間部に当たります。そのため,ここに飲が溜まると上焦と下焦との陰陽の気の交流が阻害されて,上焦の病証である頭重,めまい,鼻梁骨痛,動悸が見られます。また下焦の病症の足の冷え,腰のだるさなども現われてきます。当然,陰が停滞する中焦の病症は最も著明に現われてきます。心下部のつかえ感,嘔気,嘔吐,吃逆,噯気,食欲不振,軟便あるいは下痢,尿量減少,背部,特に心兪かや膈兪のあたりの冷感や凝りなど,よゆ見られる症状です。これらの症状のうち小半夏加茯苓湯は心下部のつかえ,嘔吐,嘔気,眩暈,動悸に効果があると『金匱要略』に述べられています。ですから,これらの症状を目標に用いればよいわけです。
浅田宗伯(あさだそうはく)は『方函口訣』の小半夏湯の説明のところで,「水飲の症は心下痞硬し,七,八椎のところ手掌大ほどに限りて冷ゆるものなり。これらの証を目的としてこの方を用いる時は百発百中なり」と述べていますが,背部の冷えも参考になります。
張仲景以後,小半夏加茯苓湯は,先輩たちが臨床に応用している間に鼻梁骨痛に効果のあることを発見しました。このことについては宋に楊倓(ようたん)の『楊氏家蔵方』に触れられています。
■現代における用い方・症例提示
小半夏加茯苓湯が効く疾患を述べてみますと,嘔気,嘔吐を伴う急性,福性の胃腸炎,肝胆疾患,膵疾患などによく応用されます。また,中国ではメニエール症候群にも効果があると報告しています。その症例を紹介しましょう。
53歳の女性,3日間回転性のめまいが続き,嘔吐を繰り返します。嘔吐物は前量の薄い唾状のものばかりです。このようなめまいと嘔吐は年に数回起こり,一度起こると1ヵ月ほど続くので困っています。診察しますと,肥満体で,舌には薄い白苔があり,膩状になっています。脈は院,軟,滑を示しています。以上より水飲が胃に停滞しているためと診断して,半夏12.0g,生姜10.0gを投与しました。2日後,めまい,嘔吐もとまりましたが,さらに茯苓12.0gを加えて服用させました。以後2年間発作は起登っていません。なお西医の診断は内耳性眩暈症といっています。
この症例では嘔吐物の内容が薄い液状のものであること,肥満体であること,脈が沈,滑であること,舌に薄い白膩苔があることなどから胃に飲が停滞していると診断できます。ですから小半夏湯,次いで小半夏加茯苓湯を投与したものと思われます。
小半夏加茯苓湯と鑑別の必要な処方に,五苓散(ゴレイサン)の嘔吐があります。口渇があり,水を飲んでしばらくすると,大量の胃内容物を吐き出します。これを水逆と呼んでいます。
46歳の男の薬剤師,元来胃腸の弱い人でよく嘔気,下痢,食欲不振を繰り返します。1週間前に食べすぎて2回ほど下痢をしてから体が冷えて節々が痛み出してきました。これは温めたらよいと思って四逆湯(シギャクトウ)を服用することにしました。ただ焙附子(バイブシ)1.0g用いて服用したといっています。そうしますと体の痛みがとれてきました。ところが,それから背中と頭が痛み出し,胃の中に棒を差し込んだようにつかえてきまして,嘔気がしてきました。今も食事をすると嘔気があるといっています。また不思議なことに上半身が熱くて口渇もあります。しかし水は飲みたくないといっています。
嘔気,心下のつかえ,軽度の口渇,上半身の熱感などから,小半夏加茯苓湯に橘皮(キッピ)を加えて与えました。この薬は素晴らしくよく効いて1服ですべての症状がよくなりました。橘皮は胃の内容物を排出する薬能が強いので,この例のように胃の中の飲が経時的変化で熱を発生し,熱状が出てくれば早く胃の内容物を処理する必要があります。そうすると熱が当然とれてきます。ですから橘皮を加えて与えました。しかし,熱状もそれほど強くはなく,五苓散ほどの口渇もありません。また五苓散にあるような水をガブガブ飲むこともありません。そしていつも嘔気があります。これも重要な鑑別点です。ということから五苓散と鑑別できます。
そのほかの小半夏加茯苓湯の応用方法は,妊娠嘔吐によく効くということです。大抵の妊娠嘔吐にはこれを用いて効果があります。効果のない時は伏竜肝(ブクリュウカン)を加えると治まるものです。また小半夏加茯苓湯よりさらに寒の状態,虚証の状態になりますと,干姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)を用いて治療します。
妊娠のつまりに用いることは張仲景の『金匱要略』に書いてありません。唐代の『千金要方』に載っていますが,この応用方法も仲景以後に見出された小半夏加茯苓湯の新しい応用方法です。
また小半夏加茯苓湯は,鎮嘔ばかりでなく,脾や心の機能も正常化します。次の症例はそのことを如実に示しています。
「25歳の男子,数年にわたって下痢が日に3~4回ある。食欲なく時々嘔気があり,全身倦怠が強く,痩せ衰えてどんな治療も効果がない。胃内停水が著明で,茯苓飲(ブクリョウイン),六君子湯(リックンシトウ),真武湯(シンブトウ),人参湯(ニンジントウ),参苓白朮散(ジンリョウビャクジュツサン),桂枝人参湯(ケイシニンジントウ)などを次々と服用させたが効果なく,困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標に小半夏加茯苓湯を与えたところ,胃内停水はようやく去り,食欲進み,体力回復し,4年後に結婚することができた」という,数矢道明先生の治験例です。
胃内停水がとれたのは胃の降下作用が回復したためですが,その結果,降下作用低下による嘔気も止まりました。胃の機能がよくなると,脾の機能も回復し,食欲が進み,倦怠感もとれ,体力が回眼したものと考えられます。
もう1例をあげましょう。ケロイドができて赤くなって痛む患者さんがいました。聞きますと,胃腸の調子が悪くて嘔気のある時は特に痛んで真赤になるといいます。そこで小半夏加茯苓湯に人参を加え,さらに血行をよくするために丹参(タンジン)を加えて与えましたところ,食欲が出るとともに体も非常に元気になり,不思議なことにケロイドの痛みが止まりました。そういうことを数ヵ月続けているとケロイドは小さくなり,小さなケロイドはいつの間にか消失しました。このような不思議な例もあります。
いずれも脾胃の治療が,難病の治療方法につながってくるということで,小半夏加茯苓湯を用いて,体をよくすることは,いろいろな疾患の治療になってくるということです。
■参考文献
1) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』小半夏湯,浅田宗伯処方全集,1993
2) 湯本求真:『皇漢医学』(Vol.Ⅱ),小半夏湯に関する師論.燎原書店,1976
3) 張 有俊:『経方臨証集要』小半夏湯証,河北人民出版社,1983
4) 孫 思逸:『備急千金要方』(Vol.Ⅱ),婦人方上,妊娠悪阻第二.自由出版社,中華民国65年 (1976)
5) 矢数道明:『臨床応用漢方処方解説』.創元社,1976
※焙(ばい) とろ火で乾燥させる。
↔ 炮(ほう) 鉄の鍋で黄色くなるまで、あるいは破裂するまで乾煎りする。
『勿誤薬室方函口訣(61)』 日本東洋医学会評議員 柴田 良治
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・小檳榔湯・升麻鼈甲湯・升陽散加湯-
次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)に移ります。これも『金匱要略』の薬であり,「にわかに嘔吐する時、心下痞する時は膈間の水あり。眩悸する者は小半夏加茯苓湯之を主る」とあります。森田先生は、次のようにいっております。すなわち「突然嘔吐した時、心窩部がつかえるのは、横膈膜付近に循環障害があるからで、眩暈と動悸を訴える場合は小半夏加茯苓湯の指示である」。
そして次のように解説しております。「本条は心窩部に循環障害がある時の証治を論ずる。丹波元堅および浅田栗園は、”これもまた心支飲の症なり”といい、”およそ嘔吐の雑症は嘔によって飲はまさに去るべし。しかるに心下痞して眩悸せるものはこれ膈間に支飲がある故なり”といい、黄樹曽は”驟然として嘔吐する時は邪は上より越し、心下はまさに空眩無碍なるべきに、すなわちかえって痞満眩悸するは自らの膈間に水あるの症とす。けだし水飲が上逆する時はすなわち嘔吐し、水が阻む時は清陽は升らずして眩をなし、水が心を凌ぐ時はすなわち悸をなす”という。すなわちうっ血性胃炎のために嘔吐せるも、粘膜、肝臓、門脈系のうっ血が依然として存在するために、患者は眩暈、心悸亢進を訴える場合の治法である」と論じております。
陸淵雷という人は、「この方の証は小半夏湯(ショウハンゲトウ)の証にして心痞と眩悸を加う。故に方中に茯苓(ブクリョウ)を加え、これをもって鎮気行水す。心下痞は胃中に水の満つるの故による。その瀉心湯(シャシントウ)の痞に疑わしきをもって故に自ら註して膈間に水ありという時は、胃部は必ず振水音あるを知るべし。さらに嘔吐、眩悸を参合する時は、瀉心湯証の気痞に非ざるを知るなり」といって、瀉心湯との鑑別を述べております。
「小半夏加茯苓湯方。半夏5g、生姜2.5g、茯苓3g。以上三味、水700mLをもって煮て150mLをとり、75mLずつ二回に温服せよ」とあります。
黄樹曽という人は、この薬について「生姜はよく嘔吐をとめ、半夏はよく痞を開き、茯苓はよく水を行(めぐら)して眩悸をとめるによる。いわんや苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)、葵子茯苓散(キシブクリョウサン)は、みな茯苓をもって眩を治成、苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)、茯苓甘草湯(ブクリョウカンゾウトウ)、真武湯(シンブトウ)、理中丸(リチュウガン)はみな茯苓をもって悸を治す。茯苓は眩悸の要薬であることがわかる。すなわち桂枝甘草湯(ケイシカンゾウトウ)、小建中湯(ショウケンチュウトウ)、炙甘草湯(シャカンゾウトウ)の悸を治するはみな桂枝にたよる。半夏麻黄丸(ハンゲマオウガン)の悸を治するもまた半夏を用い,沢瀉湯(タクシャトウ)の冒眩を治するに主として沢瀉(タクシャ)をもってするのは悸に血虚,飲邪の不同があって,眩は冒を兼ねるのとそうでないのとによって違い、その上、悸に桂枝を用いるのは心中下に関係があり、半夏を用いるのと茯苓を用いるのとは、また臍間臍下の別がある。茯苓、沢瀉が眩を治するのは葵子茯苓散、沢瀉湯がめまいを治すことによって明らかである。眩が水による時は半夏のよいところである。しかし、水が膈間にある時はすなわち用い、水が臍下にある時は用いない」といっております。
『口訣』を読みます。「此方は前方の症に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞鞕、或は頭眩する者は効あり。総て飲食進まざる者、或瘧疾日を経て食が進まざる者には、此方に生姜を倍加して能く効を奏す」とあります。
解説しますと、「この薬は、小半夏湯の症であるむかつきと嘔吐に、胸、胃に水のめぐりが悪くなり、溜まってその上に水を飲みたがるものを治すによい。またその上に、嘔吐したり、食が進まず、心窩部につかえ、硬く触れ、あるいはめまいするものによい。すべて飲食が進まない、熱病で食欲がない時には生姜を倍にして有効である」ということであります。
大塚敬節先生の治験によりますと、妊娠のつわりには黄土(オウド)を加えて非常によいといっております。『漢方と漢薬』九巻七号にあります。黄土は寵の中のもっともよく火に当たり焼けた土で、寵の神様の名前から伏竜肝(フクリュウカン)と呼ばれるもので、先に述べた京大病院の約束処方伏竜肝煎(ふくりゅうかんせん)と同じ意味になります。
※寵? 竈(かまど・竃)の間違い?
『類聚方広義解説(70)』 日本東洋医学会会長 山田 光胤
本日は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)から読みます。「小半夏湯の証にして、眩悸する者を治す」とあり、これは東洞先生のコメントです。眩悸とは眩暈、動悸のこと、つまりめまい、心悸亢進のことです。
次はその内容です。「小半夏湯の方内に茯苓三両を加う。半夏一升、生姜半升、茯苓三両」で、『類聚方広義』にはそれぞれの分量が入っておりませんが、今私が読みましたのは『金匱要略』の分量を書き加えたわけです。この処方も前の小半夏湯と同じように『金匱要略』に出ている処方です。
次は作り方です。「右三味、煮ること小半夏湯のごとし」とあり、三味は三種の薬で、小半夏湯と同じ作り方をします。繰り返しますと、小半夏湯は水七升を以て煮て一升半を取り、分かち温めて再服す、となっております。
次に条文を読みます。「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間(かくかん)ありて眩悸する者、小半夏加茯苓湯之を主ると続きます。急に嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて、胃のあるあたりに水の音がする(胃内停水のことです)、そして、めまい、動悸のするものには小半夏加茯苓湯がよいという指示です。卒(にわか)にというところを『千金方』では「諸」となっておりまして、諸種の嘔吐に効があるというわけですので、この処方は急に起こった嘔吐だけではなく、いろいろな吐き気に使うわけです。妊娠中のつわりによく使います。生姜は生のショウガを使います。乾燥させたショウガではあまり効果はありません。
次の条文は「先に渇し、後に嘔するは、水心下に停まるとなし、これ飲家に属す」で、小半夏加茯苓湯之を主る、と続くわけです。のどが乾いて、あとから吐き気が出るというのは、胃内停水があるということです。痰飲、水毒があるものですから飲家というわけです。要するにいろいろな吐き気に用いますが、よくつわりに使いますので、これはつわりの薬として有名です。ただし半夏は、少し体を冷やす働きがありますので、同じつわりで吐き気がする場合でも、冷え症で体の弱い人にはこれを使えないことがあります。その場合にはおなかの中を温めるような薬、たとえば甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)、人参湯(ニンジントウ)などを使いますが、この中には乾姜が入っています。乾姜は生姜と違って、体内を温める働きがあります。生姜は吐き気を止める作用に徹しているわけです。
『類聚方広義解説II(74)』日本漢方医学研究所常務理事 山田 光胤
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・大半夏湯-
■小半夏加茯苓湯
次は小半夏加茯苓湯です。
小半夏加茯苓湯 治小半夏湯證。而眩悸者。
於小半夏湯方内。加茯苓三兩。
半夏一錢八分生姜一錢二分茯苓六分
右三味。煮如小半夏湯。
卒嘔吐。心下痞。『膈閒有水。』眩悸者。○先渴後嘔。
爲水停心下。此屬飮家。』
「小半夏湯の証にして、眩悸するものを治す」という吉益東洞先生のコメントは、『方極』の記載です。
小半夏湯の証で、眩暈や動悸がするものを治す、ということです。
薬方の内容は、次のようになっています。
「小半夏湯方内に、茯苓(ブクリョウ)三両(約5g)を加う。
半夏(一銭八分)、生姜(一銭二分)、茯苓(六分)」。
この分量は尾台榕堂先生の書き入れです。現在では半夏6g、生姜6g、茯苓6gくらいで、合わせて使っています。
「右味三、煮て小半夏湯のごとくす」。
条文は、「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水ありて、眩悸するもの」とあります。
急に強い嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて苦しくなり、胸廓の主として胃の中に水が停滞していて、そのために眩暈や動悸するものを主治する、ということです。
「まず渇して後嘔するは、水心下に停るとなす。これ飲家に属す」。
初め喉が渇いて、そして水を飲んだり食べたりすると嘔吐が起きるのは、水が心下に停まっているので、こういう人は水飲の証に当たる、ということです。
これは『金匱要略』の痰飲咳嗽篇の条文です。小半夏加茯苓湯の応用の解説などは、小半夏湯のところで述べましたので省略しますが、現今の漢方製剤は小半夏湯ではなくて小半夏加茯苓湯になっています。両者を比較しますと、日常応用するのには小半夏加茯苓湯のほうが使いやすいので、エキス剤はこちらを使っているのであろうと思います。
いずれも妊娠悪阻に使われる代表的な処方です。注意しなければならないことは、半夏は寒剤で、冷やす薬だということです。生姜も体を温める働きはありませんから、嘔吐を主訴とする妊娠悪阻でも、元来虚弱で、冷え性の人には小半夏湯、小半夏加茯苓湯は合いませんから、裏の温まるような薬、たとえば人参湯のようなものを使わなければいけません。
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
40.小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりようとう) 金匱要略
半夏6.0 生姜(乾1.5)6.0 茯苓5.0
(金匱要略)
○卒嘔吐,心下痞膈間有水,眩悸者,本方主之(痰飲)
○嘔家不渇,渇者為欲解,本渇今反不渇,心下有支飲故也,本方主之(痰飲)
○先渇後嘔,為水停心下,此属飲家,本方主之(痰飲)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部に水分停滞感があって,尿量減少し悪心,嘔吐するもの。
本方は妊娠悪阻の薬方として広く知られているが上半身に停滞する水毒症状に適する。自覚的には胃部に水分停滞感があって重苦しく,排尿量が少なく吐物はほとんど水分で,めまいや心悸亢進などを伴うことが多い。本方は以上の症候群を発現するものであっても,衰弱や消化器機能障害を認めるものには効果が少ない。小半夏加茯苓湯は比較的体力のあるもので平素胃腸が丈夫なものの前記水毒症状によく適応する。類方との鑑別は
<半夏瀉心湯>嘔吐や悪心が主訴で,胃腸が弱く食欲減退や腹鳴,あるいは下痢などを伴うものによい。
<半夏厚朴湯>嘔吐よりも悪心が著明で,神経症状を伴い胸部の異物感や恐怖感などを自積し,胃下垂,胃アトニーの傾向があり顔色栄養ともに不良のものに適する。
<五苓散>嘔吐,悪心,口渇が著しく頭汗,頭重,下痢などを伴うものを目安にする。
<呉茱萸湯>悪心,嘔吐,発作性の頭痛があるもので,発作時に四肢の冷感を自覚する頭痛に奇効がある。以上のほか大柴胡湯,小柴胡湯,柴胡桂枝湯などに嘔吐を認めるが,これらはいずれも水毒以外の誘因で,嘔吐中枢が働いていると考えられる。
<半夏瀉心湯>嘔吐や悪心が主訴で,胃腸が弱く食欲減退や腹鳴,あるいは下痢などを伴うものによい。
<半夏厚朴湯>嘔吐よりも悪心が著明で,神経症状を伴い胸部の異物感や恐怖感などを自積し,胃下垂,胃アトニーの傾向があり顔色栄養ともに不良のものに適する。
<五苓散>嘔吐,悪心,口渇が著しく頭汗,頭重,下痢などを伴うものを目安にする。
<呉茱萸湯>悪心,嘔吐,発作性の頭痛があるもので,発作時に四肢の冷感を自覚する頭痛に奇効がある。以上のほか大柴胡湯,小柴胡湯,柴胡桂枝湯などに嘔吐を認めるが,これらはいずれも水毒以外の誘因で,嘔吐中枢が働いていると考えられる。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○強い悪心嘔吐に用いる。その嘔吐は,胃内停水に版るものである。したがって腹診すると心下部に振水音がみとめられる。しかし心下部振水音がはっきりしないこともある。
また,尿利減少,めまい,動悸などを伴うことが多く,のどがかわくこともある。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は胃内停水があって,嘔吐を発するものを治する。尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚だしく衰弱せず,また貧血,厥冷等の症候のないものに用いる。方中の半夏,生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し,尿利をよくする。以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐,諸病の嘔吐,急性胃腸カタル,水腫性脚気に伴う嘔吐,小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
この方は胃内停水があって,嘔吐を発するものに用いる。最もしばしば用いられるのは妊娠嘔吐(つわり)である。そのほか諸病で嘔吐のやまないもの,急性胃腸炎,水腫性脚気にともなう嘔吐,小児の嘔吐,湿性胸膜炎や蓄膿症などに応用されることもある。胃内停水,嘔吐,尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈をともなうことが多く,甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷などの症候のないものに用いる。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此の方は,小半夏湯に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐不食,心下痞硬,或は頭眩する者に効あり。総べて飲食進まざるもの,或は瘧疾日を経て食進まざる者に此方に生姜を倍加して能く症を奏する。
〈古方薬嚢〉 荒木 性次先生
にわかに吐き気を催して吐し,胃のあたりがつかえ詰りたる感じして,めまいしたり,動悸したりする者,心下の気持が悪くなると,めまいしたり,動悸が生じたりするというところが大切のところなり。また初めに甚だ咽が乾きらんと水を飲んだ後て,吐気を催し,吐き気の止まらぬ者に宜し。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 嘔吐
「卒嘔吐,心下痞す。膈間に水有り。眩悸するものは小半夏加茯苓湯之を主る」
(金匱要略痰飲)に従って嘔吐と心下痞,眩悸のあるとき,嘔吐なくて心下痞眩,又は悸があるときなどに応用する。尤氏の註を見ると飲気が胃に逆すると嘔吐し気に滞ると心下が痞す。心を凌せば悸す。陽を蔽えば眩するという。つま全飲が胃,気,心,陽などに禍を及ぼすとの説明である。条文の膈間に水有りが曲者で,痰飲は胸中,膈上,膈間,心下等に停滞し,膈間に在るものも木防已湯の証をはじ額として,必ずしも嘔や悸ばかりでなく他の症状を呈するが,小半夏加茯苓湯の場合は膈間の停飲のために上下の気の交流が妨げられ上焦の陽気が虚して上衝を起す。それが痰飲と一緒になって嘔,眩,悸を起す。一方心下部に於ては胃気の虚のために心下痞を起す。之は現代医学的に説明すれば内臓筋肉連関になろう。「先づ渇して後に嘔するは水心下に停るとなす。これ飲家に属す。小半夏加茯苓湯之を主る」(同上)
(中略)本方は嘔吐だけでなく眩や悸にも使えることを記憶しておきたい。嘔吐を治する処方は頗る多いが,臨床的には特に柴胡剤,瀉心湯類,人参湯,五苓散などと区別を要する場合が多い。
副作用
(1)副作用の概要
1) 重大な副作用と初期症状
特になし
2) その他の副作
特になし
2014年4月28日月曜日
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん) の 効能・効果 と 副作用
『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック』 桑木崇秀著 創元社刊
p.225
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん) <出典> 和剤局方(宋時代)
<方剤構成>
川芎 荊芥 防風 薄荷 香附子 白芷 羗活 細茶 甘草
<方剤構成の意味>
この方剤の意味は,川芎という活血・鎮痛薬を主薬とし,茶をもって味を調えた方剤とでもいう意味であろうか。川芎のほか,白芷・羗活・香附子・防風にも鎮痛作用があり,香附子には川芎と共に月経調整作用もある。荊芥・防風・薄荷をはじめ,構成生薬のほとんどすべてが発散性であることから,この方剤は痛みを発散させて治す方剤であることがわかる。また月経調整作用もありそうである。
薄荷が涼性であるのを除いて,構成生薬はすべて温性(甘草のみ平性)であるから,表寒証用の方剤と言える。
<適応>
頭痛ことにカゼによる頭痛,婦人の常習頭痛(月経不順があってもなくても)にもしばしば奏効する。
ただし,明らかに熱証の者には適さない。
『山本巌の漢方医学と構造主義 病名漢方治療の実際』 坂東正造著 メディカルユーコン刊
p.140
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、荊芥、薄荷、香附子、羗活、白芷、細辛、甘草、防風、茶葉
参蘇飲は処方中に葛根、紫蘇葉、前胡といった解表薬が含まれている。したがって、軽症の頭痛にはそれでもよく効くが、重症の頭痛には川芎、白芷、細辛などを加える。川芎茶調散にも川芎、白芷、荊芥、防風、羗活、薄荷といった解表薬が入っていて頭痛によく奏効する。もし高熱があって頭痛するときには、石膏、薄荷等を加える。
p.272
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、薄荷、荊芥、香附子、羗活、白芷、防風、細辛、炙甘草、茶葉
<構造>
①川芎、荊芥、羗活、白芷、防風、細辛・・・・・・血管を拡張して脳の血行をよくして鎮痛する。
②薄荷・・・・・・消炎鎮痛作用。
本方は、感冒やインフルエンザ、鼻炎などに伴う風寒の頭痛、婦人血の道症に伴う頭痛に用いられた。一般の頭痛に対するbaseの処方として応用される。
『健康保険が使える 漢方薬の選び方・使い方』 木下繁太郎著 土屋書店刊
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)
症状
体力の如何に関わらず、広く頭痛に用い、古くから特に女性の常習性頭痛の薬として有名。頭痛のほか、風邪、血の道症にも応用。
①突発性の頭痛(風寒)
②悪寒、発熱。
③鼻づまり。
④めまい。
腹:不定
脈:浮
舌:薄い白苔
適応
風邪、血の道症、頭痛、インフルエンザ、鼻炎、副鼻腔炎、偏頭痛、血管性頭痛、神経性頭痛。
【処方】
白芷(びやくし)、羌活(きょうかつ)、荊芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、薄荷(はっか) 各2.0g。
甘草(かんぞう)、細茶(さいちゃ)(茶葉)各1.5g
緑茶の入った漢方薬です。お茶にはカフェインが含まれ、覚醒、利尿作用があります。
健:タ・ツ・ト(和剤局方)
※タ:高砂薬業(株)大刺製薬(株)/大阪市
※ツ:ツムラ(株)/東京都
※ト:(株)トキワ漢方製薬/大阪市
『■重要処方解説(104)』
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)・桔梗湯(ききょうとう)
日本東洋医学会理事 中田敬吾
■川芎茶調散・出典
まず川芎茶調散(センキュウチャチョウサン)について述べます。本処方の出典は,宋の『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』であります。『和剤局方』主治として,「成夫,婦人,諸風上り攻め,頭目混重し,偏正頭痛し,鼻塞がり,声重く,風に破られ,熱盛んにして肢体煩疼し、肌肉軟動し、膈熱痰盛んにして,婦人の血風攻注し,太陽の穴疼を治す。ただこれ風気に感じてなり。ことごとく皆これを治す」と記載されております。
すなわち成人の男女が風邪の侵襲を受け,頭が重く,目が暗く,側頭部や前頭部が疼き,鼻が詰まったり,声が出にくかったり,熱があって体のあちこちが疼く,筋肉がピクピク動いたり,胸郭部に痰が多い状態を治すという意味です。つまり感冒の時の症状に適応するわけですが,その中でも頭痛が主目標といえましょう。
さらに「婦人血風攻め注ぎ,太陽の穴疼くを治す」とありますので,婦人で瘀血が原因して太陽経の経穴,すなわち膀胱経の頭部から項部のツボや,小腸経の側頭部のツボ周辺が痛む場合にもよいということです。
■構成生薬・薬能薬理
処方は「白芷(ビャクシ),甘草(カンゾウ),羗活(キョウカツ),荊芥(ケイガイ),川芎(センキュウ),細辛(サイシン),防風(ボウフウ),薄荷(ハッカ)の八味を搗きて細末とし,食後に茶精(サセイ)にて調下す」となっております。茶精とは普通に喫する茶のことです。後ろの註に「一本に細辛なく香附子(コウブシ)あり」とあります。明の『万病回春(まんびょうかいしゅん)』では,後註の処方を採用し,細辛なく香附子を加えたものを川芎茶調散としております。そして,菊花(キッカ),細辛(サイシン),彊蚕(キョウサン),蝉退(センタイ)を加え,菊花茶調散(キッカチャチョウサン)という別の処方も記載しております。
本処方は茶で服用することになっていますが,現在では茶も処方中に入れ,煎じたり,あるいはエキス剤としております。現在の保険漢方の基礎となっている大塚,矢数,清水三氏共著の『漢方診療医典』では,「万病回春』の処方を採用し,細辛がなく香附子を加えたものとなっております。私ども細野門下では,細辛,香附子両方を入れ,さらに辛夷(シンイ)を加えて用いるのを原則としております。
さて本処方の構成生薬の薬能から適応症を考えてみますと,いわゆる去風薬が多く組み込まれているわけであります。
まず処方名の川芎ですが,本草書では「血を補い、渇きを潤し,気を巡らし,捜風によろし」と記載されております。「捜風によろし」とは生体内の風邪を捜し出し,それを追い出す作用があるということです。これは去風作用が強いことを意味します。川芎は血虚の治療処方である四物湯(シモツトウ)の重要構成生薬であり,血の不足を補う効果が優れ,血行をよくし,かつ風湿を逐いやって,頭痛を治す効果があるわけです。これを辛夷と組み合わせると,鼻炎など鼻疾患に有効性が高まり,かつ頭痛を治す効果も増強されます。
白芷も辛温の薬性を持ち,風邪を散じて湿を除く効果に優れております。陽明経の主薬といわれ,経路の大腸経,胃経異常の疾患に応用されます。「陽明,頭痛を治す」と本草書に記載され,頭痛に多用されています。
荊芥は味が辛苦,すなわち辛くて苦く,性は温です。発汗して風邪や湿を除き,傷寒,頭痛,中風,体の強ばり,顔面麻痺などを治すと本草書に記載され,風病,血病,瘡家すなわち皮膚病の聖薬といわれております。
羗活も味が辛苦,性は温で,捜風,発表,消湿の効があり,風湿相打ち,頭痛するのを治します。リウマチなどの関節痛や,神経痛,脳卒中による筋肉の強ばりや麻痺にも応用します。皮膚に侵入りた風邪を逐い出すのに強い作用を持っています。
防風は味が辛寒,性微温,「頭目の滞気や経路の留湿を散じ,上焦の風邪,頭痛,めまい,背の痛み,項の強ばり,周身ことごとく痛むを主る」と記載されています。すなわち上半身の風邪を除き,頭痛や項背部の痛みを治すということです。
細辛は辛温,風湿を散じ,寒を補い,腎を潤すによろしとあり,「風邪を散じ,諸風痺痛するによろし」と記載されております。「咳嗽上気,頭痛,背強ばるもの,これによろし」とあります。
薄荷は,よくガムや煙草にも入れられていますが,これは辛涼の薬性を持ち,風熱を清散し,頭目を清くする効果があります。「頭痛頭風,中風などを治し,目,耳,喉,歯の諸病に用う」と記載されております。風邪と熱邪を除く効果があるわけです。
茶は気を下し,食物を消化し,痰や熱を去り,頭や目をすっきりさせる効果があります。食後に茶を喫したり,飲食後に茶を飲むのも,食物の消化を助け,酒の毒を除き,体内で病的な痰や熱に変わるのを防ぐためです。烏竜茶が肥満症によいといわれていますが,茶にはすべての食物の脂肪類を除き去る効果があります。また茶は頭をすっきりさせ,頭痛や頭重を除き,大小便の通利を促進します。
香附子は気に働き,そのうっ滞を除き,体内の新陳代謝を促し,消化機能をよくする働きがあります。
甘草はご存じのように,鎮痛効果に優れ,消化機能を助け,さらに処方中の他の薬の強すぎる作用をマイルドにし,それぞれの薬の作用がうまくかみ合うように調整する働きを持っています。
また私どもがこれに加える辛夷は,上衝の伏熱を除き,胃や肺の働きを助け,目や耳,鼻など体外に開いている穴の機能をよくし,頭痛を治す効果に優れています。先にも述べましたように,川芎と辛夷は一緒にして鼻疾患に応用しますと,非常に有効率が高まります。
以上,構成生薬の薬能をみますと,川芎は風湿,血風,白芷は風湿,荊芥は風湿,羗活は風湿,防風は風湿,細辛は風湿,寒,薄荷は風熱と,茶,香附子を除いてすべてに去風作用がみられます。風に湿,熱,寒が合わさって,痛みを治す効果に優れた処方といえます。さらに各生薬に優れた効果があるというわけです。本処方の主治残「諸風上り詰めて頭目混重,偏正頭痛」という記載がありますが,本処方はまさに風邪による頭痛に有効性のあることが,処方構成からもうなずけるものであります。
■現代における用い方
本処方の適応は,風邪,頭痛という点から感冒の頭痛に効果があります。感冒ではいろいろな症状が出現してきますが,その中でも頭痛はよくみられる症状の1つであります。感冒の初期に肩凝りが強く,頭痛,発熱,悪寒などが伴うことが多いのですが,肩凝りなどの強いタイプは葛根湯(カッコントウ)の適応症となります。またインフルエンザの時のように,悪寒戦慄し,高熱か出て頭痛も伴う時は,柴葛解肌湯(サイカツゲキトウ),麻黄湯(マオウトウ)などの適応となります。
川芎茶調散の適応は,発熱や肩凝りなどは大して強くありませんが,頭痛だけが強く,頭が上げられないといったタイプの感冒に有効といえます。いわゆる頭痛タイプの感冒が,本処方を用いるポイントです。感冒の風邪は外部からの感染によるものであり,漢方では外邪に属します。一方,内風といい,体内で風邪が発生し,頭痛などをきたす場合があります。その多くは漢方でいう肝臓の失調によるものですが,ストレス過多,動脈硬化,高血圧,女性の更年期障害などに,こういった内風頭痛がみられることがあります。
本処方の構成生薬である川芎,荊芥,白芷,細辛などは,鼻にもよく作用します。慢性鼻炎,慢性副鼻腔炎,アレルギー性鼻炎に頭痛が伴っている場合も,本処方の適応となりえます。この場合は,漢方的な内風,外風に水毒が合わさっている場合が多く見られます。ほかに偏頭痛発作,顔面神経痛などにも本処方が効くことがあります。
以上により,本処方適応症としては,頭痛が第一の目標といえます。その頭痛もかなり強い頭痛であります。適応疾患としては,感冒,慢性の鼻疾患,鼻炎,アレルギー性鼻炎,副鼻腔炎など高血圧症,ストレス過多の頭痛,動脈硬化症,偏頭痛,更年期障害,顔面神経痛などがあげられます。頭痛が強度の時は,しばしば嘔吐を伴います。特に偏頭痛発作の時は,強い頭痛とともに悪心,嘔吐を伴いがちですが,このように強度の頭痛で悪心,嘔吐を伴う時は,川芎茶調散ではなく呉茱萸湯(ゴシュユトウ)の適応となります。川芎茶調散は,嘔吐を伴わない強度の頭痛に適応するわけです。
■症例提示
以下症例を示しますと,77歳の女性,やや水太り気味の中背の体格をしております。日本舞踊の師匠をしておられ,立ち坐りが多く,膝関節痛,腰痛などを訴え,以前より本院外来で針灸主体の治療をしている方です。10月中旬の,一時急に冷え込んだ時ですが,かぜを引き,往診の依頼が来ました。
往診しますと,頭痛が強いといって頭に鉢巻きをして寝ています。くしゃみ,水洟も出て,後頭部から前頭部へかけてズキズキ痛むと訴えます。悪寒や熱感はあまり訴えていませんでした。咳嗽もありません。脈はやや浮弦,力は普通でした。六部定位では肺と腎の虚を認めております。舌は胖大,色はやや紅,歯痕があり,薄い白苔があり,湿潤していました。皮膚は乾いてもいませんでしたが,特に汗ばんでいるということもなく,適度な潤いがあるという感じでしたが,turgorは低下していました。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白,奥はやや赤く,喉の粘膜も軽度の赤さを認めました。薄い透明の後鼻漏を認めました。肩,項部,肩甲間部に軽度の凝りを認め,前胸部中央,膻中から巨闕にかけて強い圧痛を認めました。 この圧痛は,患者さんが以前より虚血性心疾患を持っているためのものと思われました。
腹壁は皮下脂肪のために厚く,全体に力のない軟弱なものでした。大巨穴付近に軽度の抵抗を認め,強く圧すと不快な圧痛を訴えました。血圧は166/98mmHgとやや高値で,尿利は正常,大便も1日1行で正常でした。睡眠は頭痛があり,不良ということでした。体温は36.6℃でしたが,本人は平熱が35℃くらいですから,「私にとっては熱があります」といっていました。感冒による頭痛として,川芎茶調散加辛夷を3日分処方して帰しましたが,3日目に電話がかかり,頭痛は往診の翌日の夕方には感じなくなり,かぜの感じもよくなったということでした。
症例2は48歳の女性,会社の役員をしておられます。昭和53年2月,初診の方です。初診の3年前に胆石症で胆嚢摘出術を受けていますが,その後も疲労したりすると,右季肋部痛,右背部痛,右肩の凝りと痛みをきたすということで,本院を訪れております。体格は身長164cm,体重72kgで,女性としては大柄でかなり肥満体でした。初めは胸脇苦満も強く,腹壁も厚く,腹力もあり,右下腹部大巨穴付近に抵抗と圧痛を認め,便秘がちであるということから,大柴胡湯合大黄牡丹皮湯(ダイサイコトウゴウダイオウボタンピトウ)を投与し,右季肋部痛や右背部痛,右肩の凝りや痛みは軽快し,便通も快調になっていましたが,4月頃からアレルギー性鼻炎が出現し,くしゃみ,水洟がひどく,仕事にならないと訴えてきました。肥満しているわりには寒さを強く訴えるので,小青竜湯加杏仁附子(ショウセイリュウトウカキョウニンブシ)に転方し,鼻炎症状は軽快しております。多忙で疲労しやすく,疲れが蓄積してくると膀胱炎を発症しますので,そのつど猪苓湯加車前子甘草(チョレイトウカシャゼンシカンゾウ)を投与したりもしていました。
このようにしてその年の夏を迎え,会社にクーラーを入れるようになりました。一日中クーラーの中で仕事をした翌日から,くしゃみ,水洟がひどくなり,ずきずきとするひどい頭痛が出現しました。鼻は詰まり,さらに水洟が溢れ出て,くしゃみを連発し,前頭部から頭部全体にかけてずきずき痛み,肩も凝りつまるということでした。脈はやや浮数,やや緊で有力でした。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白でしたが,奥の方は発赤して腫れていました。滲出液も多く認められました。血圧は160/88mmHgと少し高い傾向でした。腹部は初診の頃と特に変わりがなく,腹壁は厚く,腹力はあり,右胸脇苦満も少し認めました。
風邪上行による頭痛,鼻閉,鼻炎状態と診断し,川芎茶調散加辛夷を投与いたしました。本処方服用により,翌朝にはさしもの激しい頭痛も濃い霧がさっと晴れた時のように消失し,鼻炎症状も改善していました。この患者は,この後も時々激しい頭痛を訴えていましたが,そのつど川芎茶調散加辛夷の服用にて速やかに改善しております。
以上,頭痛を訴える2症例を示しましたが,川芎茶調散は奏効する時は,1~2服の服用でも症状がかなり改善されますので,強度の頭痛の場合本処方を投与して,2~3服服用させても効果がみられない時は,他の処方の適応症と考えるのが妥当だと思います。
※経路? 経絡の間違いか?
※味が辛寒? 味が辛甘の間違いか?
※寒を補い? 肝を補いの間違いか?
【参考】
turgor:皮膚の緊張感 ツルゴール、トルゴール(一般的な意味は 膨張,膨張性)
副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由] 本剤には川芎(センキュウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。
p.225
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん) <出典> 和剤局方(宋時代)
<方剤構成>
川芎 荊芥 防風 薄荷 香附子 白芷 羗活 細茶 甘草
<方剤構成の意味>
この方剤の意味は,川芎という活血・鎮痛薬を主薬とし,茶をもって味を調えた方剤とでもいう意味であろうか。川芎のほか,白芷・羗活・香附子・防風にも鎮痛作用があり,香附子には川芎と共に月経調整作用もある。荊芥・防風・薄荷をはじめ,構成生薬のほとんどすべてが発散性であることから,この方剤は痛みを発散させて治す方剤であることがわかる。また月経調整作用もありそうである。
薄荷が涼性であるのを除いて,構成生薬はすべて温性(甘草のみ平性)であるから,表寒証用の方剤と言える。
<適応>
頭痛ことにカゼによる頭痛,婦人の常習頭痛(月経不順があってもなくても)にもしばしば奏効する。
ただし,明らかに熱証の者には適さない。
『山本巌の漢方医学と構造主義 病名漢方治療の実際』 坂東正造著 メディカルユーコン刊
p.140
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、荊芥、薄荷、香附子、羗活、白芷、細辛、甘草、防風、茶葉
参蘇飲は処方中に葛根、紫蘇葉、前胡といった解表薬が含まれている。したがって、軽症の頭痛にはそれでもよく効くが、重症の頭痛には川芎、白芷、細辛などを加える。川芎茶調散にも川芎、白芷、荊芥、防風、羗活、薄荷といった解表薬が入っていて頭痛によく奏効する。もし高熱があって頭痛するときには、石膏、薄荷等を加える。
p.272
◆川芎茶調散『医剤局方』
<組成>
川芎、薄荷、荊芥、香附子、羗活、白芷、防風、細辛、炙甘草、茶葉
<構造>
①川芎、荊芥、羗活、白芷、防風、細辛・・・・・・血管を拡張して脳の血行をよくして鎮痛する。
②薄荷・・・・・・消炎鎮痛作用。
本方は、感冒やインフルエンザ、鼻炎などに伴う風寒の頭痛、婦人血の道症に伴う頭痛に用いられた。一般の頭痛に対するbaseの処方として応用される。
『健康保険が使える 漢方薬の選び方・使い方』 木下繁太郎著 土屋書店刊
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)
症状
体力の如何に関わらず、広く頭痛に用い、古くから特に女性の常習性頭痛の薬として有名。頭痛のほか、風邪、血の道症にも応用。
①突発性の頭痛(風寒)
②悪寒、発熱。
③鼻づまり。
④めまい。
腹:不定
脈:浮
舌:薄い白苔
適応
風邪、血の道症、頭痛、インフルエンザ、鼻炎、副鼻腔炎、偏頭痛、血管性頭痛、神経性頭痛。
【処方】
白芷(びやくし)、羌活(きょうかつ)、荊芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、薄荷(はっか) 各2.0g。
甘草(かんぞう)、細茶(さいちゃ)(茶葉)各1.5g
緑茶の入った漢方薬です。お茶にはカフェインが含まれ、覚醒、利尿作用があります。
健:タ・ツ・ト(和剤局方)
※タ:高砂薬業(株)大刺製薬(株)/大阪市
※ツ:ツムラ(株)/東京都
※ト:(株)トキワ漢方製薬/大阪市
『■重要処方解説(104)』
川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)・桔梗湯(ききょうとう)
日本東洋医学会理事 中田敬吾
■川芎茶調散・出典
まず川芎茶調散(センキュウチャチョウサン)について述べます。本処方の出典は,宋の『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』であります。『和剤局方』主治として,「成夫,婦人,諸風上り攻め,頭目混重し,偏正頭痛し,鼻塞がり,声重く,風に破られ,熱盛んにして肢体煩疼し、肌肉軟動し、膈熱痰盛んにして,婦人の血風攻注し,太陽の穴疼を治す。ただこれ風気に感じてなり。ことごとく皆これを治す」と記載されております。
すなわち成人の男女が風邪の侵襲を受け,頭が重く,目が暗く,側頭部や前頭部が疼き,鼻が詰まったり,声が出にくかったり,熱があって体のあちこちが疼く,筋肉がピクピク動いたり,胸郭部に痰が多い状態を治すという意味です。つまり感冒の時の症状に適応するわけですが,その中でも頭痛が主目標といえましょう。
さらに「婦人血風攻め注ぎ,太陽の穴疼くを治す」とありますので,婦人で瘀血が原因して太陽経の経穴,すなわち膀胱経の頭部から項部のツボや,小腸経の側頭部のツボ周辺が痛む場合にもよいということです。
■構成生薬・薬能薬理
処方は「白芷(ビャクシ),甘草(カンゾウ),羗活(キョウカツ),荊芥(ケイガイ),川芎(センキュウ),細辛(サイシン),防風(ボウフウ),薄荷(ハッカ)の八味を搗きて細末とし,食後に茶精(サセイ)にて調下す」となっております。茶精とは普通に喫する茶のことです。後ろの註に「一本に細辛なく香附子(コウブシ)あり」とあります。明の『万病回春(まんびょうかいしゅん)』では,後註の処方を採用し,細辛なく香附子を加えたものを川芎茶調散としております。そして,菊花(キッカ),細辛(サイシン),彊蚕(キョウサン),蝉退(センタイ)を加え,菊花茶調散(キッカチャチョウサン)という別の処方も記載しております。
本処方は茶で服用することになっていますが,現在では茶も処方中に入れ,煎じたり,あるいはエキス剤としております。現在の保険漢方の基礎となっている大塚,矢数,清水三氏共著の『漢方診療医典』では,「万病回春』の処方を採用し,細辛がなく香附子を加えたものとなっております。私ども細野門下では,細辛,香附子両方を入れ,さらに辛夷(シンイ)を加えて用いるのを原則としております。
さて本処方の構成生薬の薬能から適応症を考えてみますと,いわゆる去風薬が多く組み込まれているわけであります。
まず処方名の川芎ですが,本草書では「血を補い、渇きを潤し,気を巡らし,捜風によろし」と記載されております。「捜風によろし」とは生体内の風邪を捜し出し,それを追い出す作用があるということです。これは去風作用が強いことを意味します。川芎は血虚の治療処方である四物湯(シモツトウ)の重要構成生薬であり,血の不足を補う効果が優れ,血行をよくし,かつ風湿を逐いやって,頭痛を治す効果があるわけです。これを辛夷と組み合わせると,鼻炎など鼻疾患に有効性が高まり,かつ頭痛を治す効果も増強されます。
白芷も辛温の薬性を持ち,風邪を散じて湿を除く効果に優れております。陽明経の主薬といわれ,経路の大腸経,胃経異常の疾患に応用されます。「陽明,頭痛を治す」と本草書に記載され,頭痛に多用されています。
荊芥は味が辛苦,すなわち辛くて苦く,性は温です。発汗して風邪や湿を除き,傷寒,頭痛,中風,体の強ばり,顔面麻痺などを治すと本草書に記載され,風病,血病,瘡家すなわち皮膚病の聖薬といわれております。
羗活も味が辛苦,性は温で,捜風,発表,消湿の効があり,風湿相打ち,頭痛するのを治します。リウマチなどの関節痛や,神経痛,脳卒中による筋肉の強ばりや麻痺にも応用します。皮膚に侵入りた風邪を逐い出すのに強い作用を持っています。
防風は味が辛寒,性微温,「頭目の滞気や経路の留湿を散じ,上焦の風邪,頭痛,めまい,背の痛み,項の強ばり,周身ことごとく痛むを主る」と記載されています。すなわち上半身の風邪を除き,頭痛や項背部の痛みを治すということです。
細辛は辛温,風湿を散じ,寒を補い,腎を潤すによろしとあり,「風邪を散じ,諸風痺痛するによろし」と記載されております。「咳嗽上気,頭痛,背強ばるもの,これによろし」とあります。
薄荷は,よくガムや煙草にも入れられていますが,これは辛涼の薬性を持ち,風熱を清散し,頭目を清くする効果があります。「頭痛頭風,中風などを治し,目,耳,喉,歯の諸病に用う」と記載されております。風邪と熱邪を除く効果があるわけです。
茶は気を下し,食物を消化し,痰や熱を去り,頭や目をすっきりさせる効果があります。食後に茶を喫したり,飲食後に茶を飲むのも,食物の消化を助け,酒の毒を除き,体内で病的な痰や熱に変わるのを防ぐためです。烏竜茶が肥満症によいといわれていますが,茶にはすべての食物の脂肪類を除き去る効果があります。また茶は頭をすっきりさせ,頭痛や頭重を除き,大小便の通利を促進します。
香附子は気に働き,そのうっ滞を除き,体内の新陳代謝を促し,消化機能をよくする働きがあります。
甘草はご存じのように,鎮痛効果に優れ,消化機能を助け,さらに処方中の他の薬の強すぎる作用をマイルドにし,それぞれの薬の作用がうまくかみ合うように調整する働きを持っています。
また私どもがこれに加える辛夷は,上衝の伏熱を除き,胃や肺の働きを助け,目や耳,鼻など体外に開いている穴の機能をよくし,頭痛を治す効果に優れています。先にも述べましたように,川芎と辛夷は一緒にして鼻疾患に応用しますと,非常に有効率が高まります。
以上,構成生薬の薬能をみますと,川芎は風湿,血風,白芷は風湿,荊芥は風湿,羗活は風湿,防風は風湿,細辛は風湿,寒,薄荷は風熱と,茶,香附子を除いてすべてに去風作用がみられます。風に湿,熱,寒が合わさって,痛みを治す効果に優れた処方といえます。さらに各生薬に優れた効果があるというわけです。本処方の主治残「諸風上り詰めて頭目混重,偏正頭痛」という記載がありますが,本処方はまさに風邪による頭痛に有効性のあることが,処方構成からもうなずけるものであります。
■現代における用い方
本処方の適応は,風邪,頭痛という点から感冒の頭痛に効果があります。感冒ではいろいろな症状が出現してきますが,その中でも頭痛はよくみられる症状の1つであります。感冒の初期に肩凝りが強く,頭痛,発熱,悪寒などが伴うことが多いのですが,肩凝りなどの強いタイプは葛根湯(カッコントウ)の適応症となります。またインフルエンザの時のように,悪寒戦慄し,高熱か出て頭痛も伴う時は,柴葛解肌湯(サイカツゲキトウ),麻黄湯(マオウトウ)などの適応となります。
川芎茶調散の適応は,発熱や肩凝りなどは大して強くありませんが,頭痛だけが強く,頭が上げられないといったタイプの感冒に有効といえます。いわゆる頭痛タイプの感冒が,本処方を用いるポイントです。感冒の風邪は外部からの感染によるものであり,漢方では外邪に属します。一方,内風といい,体内で風邪が発生し,頭痛などをきたす場合があります。その多くは漢方でいう肝臓の失調によるものですが,ストレス過多,動脈硬化,高血圧,女性の更年期障害などに,こういった内風頭痛がみられることがあります。
本処方の構成生薬である川芎,荊芥,白芷,細辛などは,鼻にもよく作用します。慢性鼻炎,慢性副鼻腔炎,アレルギー性鼻炎に頭痛が伴っている場合も,本処方の適応となりえます。この場合は,漢方的な内風,外風に水毒が合わさっている場合が多く見られます。ほかに偏頭痛発作,顔面神経痛などにも本処方が効くことがあります。
以上により,本処方適応症としては,頭痛が第一の目標といえます。その頭痛もかなり強い頭痛であります。適応疾患としては,感冒,慢性の鼻疾患,鼻炎,アレルギー性鼻炎,副鼻腔炎など高血圧症,ストレス過多の頭痛,動脈硬化症,偏頭痛,更年期障害,顔面神経痛などがあげられます。頭痛が強度の時は,しばしば嘔吐を伴います。特に偏頭痛発作の時は,強い頭痛とともに悪心,嘔吐を伴いがちですが,このように強度の頭痛で悪心,嘔吐を伴う時は,川芎茶調散ではなく呉茱萸湯(ゴシュユトウ)の適応となります。川芎茶調散は,嘔吐を伴わない強度の頭痛に適応するわけです。
■症例提示
以下症例を示しますと,77歳の女性,やや水太り気味の中背の体格をしております。日本舞踊の師匠をしておられ,立ち坐りが多く,膝関節痛,腰痛などを訴え,以前より本院外来で針灸主体の治療をしている方です。10月中旬の,一時急に冷え込んだ時ですが,かぜを引き,往診の依頼が来ました。
往診しますと,頭痛が強いといって頭に鉢巻きをして寝ています。くしゃみ,水洟も出て,後頭部から前頭部へかけてズキズキ痛むと訴えます。悪寒や熱感はあまり訴えていませんでした。咳嗽もありません。脈はやや浮弦,力は普通でした。六部定位では肺と腎の虚を認めております。舌は胖大,色はやや紅,歯痕があり,薄い白苔があり,湿潤していました。皮膚は乾いてもいませんでしたが,特に汗ばんでいるということもなく,適度な潤いがあるという感じでしたが,turgorは低下していました。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白,奥はやや赤く,喉の粘膜も軽度の赤さを認めました。薄い透明の後鼻漏を認めました。肩,項部,肩甲間部に軽度の凝りを認め,前胸部中央,膻中から巨闕にかけて強い圧痛を認めました。 この圧痛は,患者さんが以前より虚血性心疾患を持っているためのものと思われました。
腹壁は皮下脂肪のために厚く,全体に力のない軟弱なものでした。大巨穴付近に軽度の抵抗を認め,強く圧すと不快な圧痛を訴えました。血圧は166/98mmHgとやや高値で,尿利は正常,大便も1日1行で正常でした。睡眠は頭痛があり,不良ということでした。体温は36.6℃でしたが,本人は平熱が35℃くらいですから,「私にとっては熱があります」といっていました。感冒による頭痛として,川芎茶調散加辛夷を3日分処方して帰しましたが,3日目に電話がかかり,頭痛は往診の翌日の夕方には感じなくなり,かぜの感じもよくなったということでした。
症例2は48歳の女性,会社の役員をしておられます。昭和53年2月,初診の方です。初診の3年前に胆石症で胆嚢摘出術を受けていますが,その後も疲労したりすると,右季肋部痛,右背部痛,右肩の凝りと痛みをきたすということで,本院を訪れております。体格は身長164cm,体重72kgで,女性としては大柄でかなり肥満体でした。初めは胸脇苦満も強く,腹壁も厚く,腹力もあり,右下腹部大巨穴付近に抵抗と圧痛を認め,便秘がちであるということから,大柴胡湯合大黄牡丹皮湯(ダイサイコトウゴウダイオウボタンピトウ)を投与し,右季肋部痛や右背部痛,右肩の凝りや痛みは軽快し,便通も快調になっていましたが,4月頃からアレルギー性鼻炎が出現し,くしゃみ,水洟がひどく,仕事にならないと訴えてきました。肥満しているわりには寒さを強く訴えるので,小青竜湯加杏仁附子(ショウセイリュウトウカキョウニンブシ)に転方し,鼻炎症状は軽快しております。多忙で疲労しやすく,疲れが蓄積してくると膀胱炎を発症しますので,そのつど猪苓湯加車前子甘草(チョレイトウカシャゼンシカンゾウ)を投与したりもしていました。
このようにしてその年の夏を迎え,会社にクーラーを入れるようになりました。一日中クーラーの中で仕事をした翌日から,くしゃみ,水洟がひどくなり,ずきずきとするひどい頭痛が出現しました。鼻は詰まり,さらに水洟が溢れ出て,くしゃみを連発し,前頭部から頭部全体にかけてずきずき痛み,肩も凝りつまるということでした。脈はやや浮数,やや緊で有力でした。鼻粘膜は入口付近はやや蒼白でしたが,奥の方は発赤して腫れていました。滲出液も多く認められました。血圧は160/88mmHgと少し高い傾向でした。腹部は初診の頃と特に変わりがなく,腹壁は厚く,腹力はあり,右胸脇苦満も少し認めました。
風邪上行による頭痛,鼻閉,鼻炎状態と診断し,川芎茶調散加辛夷を投与いたしました。本処方服用により,翌朝にはさしもの激しい頭痛も濃い霧がさっと晴れた時のように消失し,鼻炎症状も改善していました。この患者は,この後も時々激しい頭痛を訴えていましたが,そのつど川芎茶調散加辛夷の服用にて速やかに改善しております。
以上,頭痛を訴える2症例を示しましたが,川芎茶調散は奏効する時は,1~2服の服用でも症状がかなり改善されますので,強度の頭痛の場合本処方を投与して,2~3服服用させても効果がみられない時は,他の処方の適応症と考えるのが妥当だと思います。
※経路? 経絡の間違いか?
※味が辛寒? 味が辛甘の間違いか?
※寒を補い? 肝を補いの間違いか?
【参考】
turgor:皮膚の緊張感 ツルゴール、トルゴール(一般的な意味は 膨張,膨張性)
副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由] 本剤には川芎(センキュウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。
2014年4月27日日曜日
独活葛根湯(どっかつかっこんとう、どくかつかっこんとう) の 効能・効果 と 副作用
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.681
90 独活葛根湯(どっかつかっこんとう) 〔外台秘要方〕
葛根 五・〇 地黄 四・〇 桂枝・芍薬 各三・〇 麻黄・独活 各二:〇 大棗・甘草・乾生姜 各一・〇
「柔(じゅう)中風(卒中の軽症という意)、身体疼痛、四肢緩弱、不随せんと欲するを癒す。産後の柔中風また此方を用う。」
血虚に外感を兼ねて、肩背強急し、身体疼痛、四肢不随するものに用いる。
四十腕・五十肩・脳溢血後の肩背拘急・四肢疼痛・外感を兼ねたものに応用される。
『勿誤薬室方函口訣(95)』 日本東洋医学会評議員 山崎 正寿
-騰竜湯・土骨皮湯・独活葛根湯・内疎黄連湯・内補湯-
独活葛根湯
次は独活葛根湯(ドッカツカッコントウ)です。本方は「『外台』。柔中風、身体疼痛、四肢緩弱不随せんと欲するを療す。産後柔中風またこの方を用う。即ち葛根湯(カッコントウ)方中加地黄(ヂオウ)、独活(ドツカツ)。此の方は肩背強急して柔中風の証をなし、あるいは臂痛攣急悪風寒あるものに宜し。蓋し其の症、十味剉散(ジュウミザサン)を彷彿して血虚の候血熱を挟む者に宜し」とあります。
この処方は『外台秘要』中風門の柔風方二首で石膏散(セッコウサン)(構成は石膏、甘草の二味)の次に出てくる薬方であります。主治に柔中風と出ておりますが、これは『金匱要略』の痙病の強痙と柔痙のうちの、柔痙とほぼ同じ状態と考えられます。症状の強くはげしいものを強痙とし、症状のおだやかなものを柔痙としております。したがって同じ中風でも症状が軽度で、体が痛み、手足の力持;弱くなり、まさに麻痺に近い状態を柔中風といっていると考えられ移す。しかし今日のいわゆる典型的な脳卒中の病態というものとは違って、もう少し末梢性の神経障害などによって起こってくる病状ではないかと考えられます。
この薬方は葛根湯に地黄、独活が加わったものであります。した社然工て肩背強急が大切な目標ですが、時には肘の痛みや筋の攣急があって寒気がする場合にも使うということになっております。
処方の内容は、先にも述べましたように葛根湯に地黄と独活が加わっております。『外台』の原本では独活が羗活(キョウカツ)になっております。地黄は結胸して津液不足した病態に用いる薬ですが、熱を冷ます作用もあります。「血虚の候血熱を挟むものに宜し」という条文は、地黄の加わった意味を指していると思われます。
独活と羗活については今日いろいろと議論のあるところで、植物学的にもセリ科、ウコギ科と異種のものが混同されているといわれておりますが、浅田宗伯は、独活、羗活を一物二種なりという説をとりあげております。いずれにせよ、風湿を除き痛みを去る作用があります。
臨床の場では独活葛根湯は、葛根湯のいわゆる肩背強急よりもさらに頑固な肩こりを目標にして用いることが多いのですが、『口訣』にも「十味剉散を彷彿して」とあ識ように、血虚の肩背痛に臂痛、すなわち肩関節周囲炎などのようないわゆる五十肩で、しかも虚証の状態に十味剉散をしばしば使います。で功から、血虚して津液涸燥の症が、もう一つ重要な目標になってくると考えられます。
現在七十歳近くの老人で、変形性頸椎症を持った頑固な肩こりの症状、それに手足のしびれを訴える人に、私は独活葛根湯を使っております。割合に経過が安定し、それほど病状が進まないという状態になっております。独活葛根湯は、単に葛根湯の変方ということではなく、地黄、独活が組み入れられているという意味というものをよく考えて用いる必要があろうかと思います。
『漢方治療の方証吟味』 細野史郎著 創元社刊
p.512
ところで、この人の月経との関係があまり書いてありませんが、とうなのですか。腰の痛みを訴えていますが、月経とな関係ないのですか。何かありましませんか。なぜかと言うと、本年六月に中絶をしていますわね。それから後三ヵ月して九月に顔がむくんでおりますね。だから何かこの人には瘀血による災(わざわ)いがありそうですね。よくむくんだりする故障のある人、そのうえ肩がひどく凝りやすい、首を動かすと少々はばったいようなときに痛むことがあり、こんなときに、とにかく首が動かしにくいから、もつとスムーズに動くようにしてほしいと言われるのだったら、まず考えられるのは独活葛根湯です。これは葛根湯に地黄と独活を加えたもので、俗に寝違いなどと言って、朝起きたら首が廻らないし、鍼も灸も効かないというもの(長い時は一ヵ月ぐらい、早くて一〇日ぐらいはかかる)にもっていくと割合に早く治ります。
『臨床傷寒論』 細野史郎講話 現代出版プランニング刊
第六条
太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者,桂枝加葛根湯主之。
〔訳〕 太陽病(たいようびょう)、項背強ばること、几几(きき)、反(かえ)って汗(あせ)出(い)で、悪風(おふう)する者、桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)これを主(つかさど)る。
〔講話〕これも面白い処方です。太陽病ですから脈浮、頭項強痛があって悪寒がある、そういう症状があって、項背強ばり、うなじや背中が強ばり几几。几といえば羽の短い鳥が羽をひろげ頭を伸して飛ぶ時の格好で成無已の、『傷寒明理論』で、殊(シュ)と読ませています。また几(キ)と読めば椅子のことです。また几几(キキ)は辞書に「さかんなさま」と書いてあります。ですから、どちらでもよいでしょう。とにかく項とか背中が凝るのです。ものすごく凝るわけですね。よく朝起きたら首が廻らないこともありますが、あれもこんな凝り方ですね。これに後世方では独活葛根湯を持っていくと早く治ります。他所では持っていかないらしいですけれど、私らでは、新妻先生に教えてもらって独活葛根湯をやって非常に良く効きますけれど、これに桂枝加葛根湯を持っていったらどうだろうかなと、これを読んでいて思いました。今度もしも脈浮で緩の人がきたら桂枝加葛根湯をやってみたら面白いかもしれません。ただ脈が浮緩であればね。まあ一度そういう事を皆さむをやって応用してみて下さい。それから、「汗出で悪風する者」ですから、汗が出て、ゾウゾウする、また鼻水が鼻咽腔から降りて来るやつは汗ととれるから、汗出悪風の悪風という症状はないのですが、肩が凝って仕方がない、脈が浮緩であれば、桂枝加葛根湯がゆきますと割合に効くのです。それから、私は中風の人の後遺症で、やはり肩が凝って凝ってカチカチになっている表虚の人に桂枝加葛根湯を持っていったのですが、これまで何ヵ月も治らなかった肩凝りが半身不随と一緒に治ってしま改aた。そういうように、持っていきかたがうまいこといくとスイスイと治ります。案外効くものですよ。ただし、それには甘草の分量があったり、何かが相当にあると思います。甘草や葛根の分量を増やすとか、いろいろなことを考えてほしい。
『漢法の臨床と処方』 安西安周著 南江堂刊
p.156
五、肩胛部神経痛
これも学問的の名称ではありませんが、病理的に正しくは肩関節周囲炎のことでありまして、俗に「五十肩」とか、「ケンベキ」とかいうものです。とにかく四、五十歳以上の男女に多く、上肢を一定の方向に動かすことのできない、誰でもよく知っている病気で、髪を結ったり、帯をしめたりすることが苦痛になる、ところがこの苦痛はなかなか治りにくいものですが、漢法は著効のある薬方があります。ある医博の臨床大家で、いろいろの注射をしたが治らないので『君、なんか漢法によい薬があるかね」ときかれたので、この薬方を十日分ずつ二回あげて、治った例がありますし、その他、ある大学の教授にも、同じ治験があります。
独活葛根湯(どっかつかっこんとう)の処方(115)
葛根(かっこん) 四、〇 麻黄(まおう) 三、〇
桂枝(けいし) 四、〇 芍薬(しゃくやく) 四、〇
甘草(かんぞう) 二、〇 大棗(たいそう) 二、〇
生姜(しょうきょう) 二、〇 地黄(ぢおう) 四、〇
独活(どっかつ) 四、〇
以上九味
、
一般用漢方製剤承認基準
独活葛根湯
〔成分・分量〕
葛根5、桂皮3、芍薬3、麻黄2、独活2、生姜0.5-1(ヒネショウガを使用する場合1-2)、地黄4、大棗1-2、甘草1-2
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度又はやや虚弱なものの次の諸症:
四十肩、五十肩、寝ちがえ、肩こり
p.681
90 独活葛根湯(どっかつかっこんとう) 〔外台秘要方〕
葛根 五・〇 地黄 四・〇 桂枝・芍薬 各三・〇 麻黄・独活 各二:〇 大棗・甘草・乾生姜 各一・〇
「柔(じゅう)中風(卒中の軽症という意)、身体疼痛、四肢緩弱、不随せんと欲するを癒す。産後の柔中風また此方を用う。」
血虚に外感を兼ねて、肩背強急し、身体疼痛、四肢不随するものに用いる。
四十腕・五十肩・脳溢血後の肩背拘急・四肢疼痛・外感を兼ねたものに応用される。
『勿誤薬室方函口訣(95)』 日本東洋医学会評議員 山崎 正寿
-騰竜湯・土骨皮湯・独活葛根湯・内疎黄連湯・内補湯-
独活葛根湯
次は独活葛根湯(ドッカツカッコントウ)です。本方は「『外台』。柔中風、身体疼痛、四肢緩弱不随せんと欲するを療す。産後柔中風またこの方を用う。即ち葛根湯(カッコントウ)方中加地黄(ヂオウ)、独活(ドツカツ)。此の方は肩背強急して柔中風の証をなし、あるいは臂痛攣急悪風寒あるものに宜し。蓋し其の症、十味剉散(ジュウミザサン)を彷彿して血虚の候血熱を挟む者に宜し」とあります。
この処方は『外台秘要』中風門の柔風方二首で石膏散(セッコウサン)(構成は石膏、甘草の二味)の次に出てくる薬方であります。主治に柔中風と出ておりますが、これは『金匱要略』の痙病の強痙と柔痙のうちの、柔痙とほぼ同じ状態と考えられます。症状の強くはげしいものを強痙とし、症状のおだやかなものを柔痙としております。したがって同じ中風でも症状が軽度で、体が痛み、手足の力持;弱くなり、まさに麻痺に近い状態を柔中風といっていると考えられ移す。しかし今日のいわゆる典型的な脳卒中の病態というものとは違って、もう少し末梢性の神経障害などによって起こってくる病状ではないかと考えられます。
この薬方は葛根湯に地黄、独活が加わったものであります。した社然工て肩背強急が大切な目標ですが、時には肘の痛みや筋の攣急があって寒気がする場合にも使うということになっております。
処方の内容は、先にも述べましたように葛根湯に地黄と独活が加わっております。『外台』の原本では独活が羗活(キョウカツ)になっております。地黄は結胸して津液不足した病態に用いる薬ですが、熱を冷ます作用もあります。「血虚の候血熱を挟むものに宜し」という条文は、地黄の加わった意味を指していると思われます。
独活と羗活については今日いろいろと議論のあるところで、植物学的にもセリ科、ウコギ科と異種のものが混同されているといわれておりますが、浅田宗伯は、独活、羗活を一物二種なりという説をとりあげております。いずれにせよ、風湿を除き痛みを去る作用があります。
臨床の場では独活葛根湯は、葛根湯のいわゆる肩背強急よりもさらに頑固な肩こりを目標にして用いることが多いのですが、『口訣』にも「十味剉散を彷彿して」とあ識ように、血虚の肩背痛に臂痛、すなわち肩関節周囲炎などのようないわゆる五十肩で、しかも虚証の状態に十味剉散をしばしば使います。で功から、血虚して津液涸燥の症が、もう一つ重要な目標になってくると考えられます。
現在七十歳近くの老人で、変形性頸椎症を持った頑固な肩こりの症状、それに手足のしびれを訴える人に、私は独活葛根湯を使っております。割合に経過が安定し、それほど病状が進まないという状態になっております。独活葛根湯は、単に葛根湯の変方ということではなく、地黄、独活が組み入れられているという意味というものをよく考えて用いる必要があろうかと思います。
『漢方治療の方証吟味』 細野史郎著 創元社刊
p.512
ところで、この人の月経との関係があまり書いてありませんが、とうなのですか。腰の痛みを訴えていますが、月経とな関係ないのですか。何かありましませんか。なぜかと言うと、本年六月に中絶をしていますわね。それから後三ヵ月して九月に顔がむくんでおりますね。だから何かこの人には瘀血による災(わざわ)いがありそうですね。よくむくんだりする故障のある人、そのうえ肩がひどく凝りやすい、首を動かすと少々はばったいようなときに痛むことがあり、こんなときに、とにかく首が動かしにくいから、もつとスムーズに動くようにしてほしいと言われるのだったら、まず考えられるのは独活葛根湯です。これは葛根湯に地黄と独活を加えたもので、俗に寝違いなどと言って、朝起きたら首が廻らないし、鍼も灸も効かないというもの(長い時は一ヵ月ぐらい、早くて一〇日ぐらいはかかる)にもっていくと割合に早く治ります。
『臨床傷寒論』 細野史郎講話 現代出版プランニング刊
第六条
太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者,桂枝加葛根湯主之。
〔訳〕 太陽病(たいようびょう)、項背強ばること、几几(きき)、反(かえ)って汗(あせ)出(い)で、悪風(おふう)する者、桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)これを主(つかさど)る。
〔講話〕これも面白い処方です。太陽病ですから脈浮、頭項強痛があって悪寒がある、そういう症状があって、項背強ばり、うなじや背中が強ばり几几。几といえば羽の短い鳥が羽をひろげ頭を伸して飛ぶ時の格好で成無已の、『傷寒明理論』で、殊(シュ)と読ませています。また几(キ)と読めば椅子のことです。また几几(キキ)は辞書に「さかんなさま」と書いてあります。ですから、どちらでもよいでしょう。とにかく項とか背中が凝るのです。ものすごく凝るわけですね。よく朝起きたら首が廻らないこともありますが、あれもこんな凝り方ですね。これに後世方では独活葛根湯を持っていくと早く治ります。他所では持っていかないらしいですけれど、私らでは、新妻先生に教えてもらって独活葛根湯をやって非常に良く効きますけれど、これに桂枝加葛根湯を持っていったらどうだろうかなと、これを読んでいて思いました。今度もしも脈浮で緩の人がきたら桂枝加葛根湯をやってみたら面白いかもしれません。ただ脈が浮緩であればね。まあ一度そういう事を皆さむをやって応用してみて下さい。それから、「汗出で悪風する者」ですから、汗が出て、ゾウゾウする、また鼻水が鼻咽腔から降りて来るやつは汗ととれるから、汗出悪風の悪風という症状はないのですが、肩が凝って仕方がない、脈が浮緩であれば、桂枝加葛根湯がゆきますと割合に効くのです。それから、私は中風の人の後遺症で、やはり肩が凝って凝ってカチカチになっている表虚の人に桂枝加葛根湯を持っていったのですが、これまで何ヵ月も治らなかった肩凝りが半身不随と一緒に治ってしま改aた。そういうように、持っていきかたがうまいこといくとスイスイと治ります。案外効くものですよ。ただし、それには甘草の分量があったり、何かが相当にあると思います。甘草や葛根の分量を増やすとか、いろいろなことを考えてほしい。
『漢法の臨床と処方』 安西安周著 南江堂刊
p.156
五、肩胛部神経痛
これも学問的の名称ではありませんが、病理的に正しくは肩関節周囲炎のことでありまして、俗に「五十肩」とか、「ケンベキ」とかいうものです。とにかく四、五十歳以上の男女に多く、上肢を一定の方向に動かすことのできない、誰でもよく知っている病気で、髪を結ったり、帯をしめたりすることが苦痛になる、ところがこの苦痛はなかなか治りにくいものですが、漢法は著効のある薬方があります。ある医博の臨床大家で、いろいろの注射をしたが治らないので『君、なんか漢法によい薬があるかね」ときかれたので、この薬方を十日分ずつ二回あげて、治った例がありますし、その他、ある大学の教授にも、同じ治験があります。
独活葛根湯(どっかつかっこんとう)の処方(115)
葛根(かっこん) 四、〇 麻黄(まおう) 三、〇
桂枝(けいし) 四、〇 芍薬(しゃくやく) 四、〇
甘草(かんぞう) 二、〇 大棗(たいそう) 二、〇
生姜(しょうきょう) 二、〇 地黄(ぢおう) 四、〇
独活(どっかつ) 四、〇
以上九味
、
一般用漢方製剤承認基準
独活葛根湯
〔成分・分量〕
葛根5、桂皮3、芍薬3、麻黄2、独活2、生姜0.5-1(ヒネショウガを使用する場合1-2)、地黄4、大棗1-2、甘草1-2
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度又はやや虚弱なものの次の諸症:
四十肩、五十肩、寝ちがえ、肩こり
2014年4月21日月曜日
逍遥散(しょうようさん) の 効能・効果 と 副作用
『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.49 和解の剤 結核初期、婦人血の道、月経不順
附 加味逍遙散
『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
p.37
逍遥散・加味逍遥散
合方と後世方の必要性について
以上、瘀血を治す薬方の虚と実の代表として、当帰芍薬散と桂枝茯苓丸の二方についてごく簡単に触れてみた。この二つが具(そな)われば一応こと足りるのであるが、しかし実際の臨床にあたって応用するとなると、そうたやすいことではない。この二方にも、単に駆瘀血薬だけでなく、すでに述べたように気や水に作用する薬物が組み合わされているが、それは、たとえ瘀血が主たる病因となって生じた疾病でも、病変は身体の諸臓器に及ぶものであり、単に駆瘀血剤だけでなく、他の薬方との「合方(ごうほう)」が必要な場合も決して少なくないからである。
瘀血の症状群の場合に、骨盤内の内分泌系の臓器の変化により、間脳、大脳にまでその影響が及ぶことは既に述べたが、その結果、感情や自律神経の失調症状があらわれる。このような状態を漢方では「肝(かん)」の病と解してい音¥この「肝」は生殖器や泌尿器と関係が深く、肝経は陰器をまとい、生殖器に影響を及ぼすと言われる。そして、瘀血の主な徴候である左下腹部の抵抗と圧痛は、右の季肋部の圧痛・抵抗(胸脇苦満(きょうきょうくまん))(第三講で詳述)と関連のあることが多い。また更年期障害を呈する年代はしばしば「肝虚」に陥るものである。つまり瘀血の治療にあたっては「肝」に対する考慮を忘れてはならないのである。
したがって桂枝茯苓丸なり当帰芍薬散なりを病人に用いる場合に、実際において、肝の治療薬である柴胡剤(さいこざい)を合方しなければならないことが多い。たとえば小柴胡湯(しょうさいことう)(第三講で詳述)は「熱入血室」の治療薬であり、広い意味での駆瘀血剤とも言えるのであるが、小柴胡湯の合方では実証に過ぎて、ぴたりとゆかぬことが多い。
〔註記〕 「熱入血室」の『傷寒論』条文
「婦人中風七八日。続得寒熱。発作有時。経水適断者。此為熱入血室。其血必結。故使如瘧状。発作有時。小柴胡湯主之。」〔太陽病下篇〕
(婦人中風七八日、続(つづ)いて寒熱(かんねつ)を得(え)、発作(ほっさ)時あり、経水(けいすい)適(たまたま)断(た)つ者は、これ熱血室(ねっけつしつ)に入るとなすなり。其の血必ず結(けっ)す。故に瘧(ぎゃく)状の如く、発作時(とき)あらしむ。小柴胡湯之(これ)を主(つかさど)る。)
すなわち、古方の薬方は簡潔で、効果もはっきりするが、その合方をもってしてもなお現実にぴったりしないことがある。この場合に後世方(ごせいほう)の薬方がわれわれの要求を充たしてくれることが多い。
そこで、後世方の薬方である『和剤局方(わざいきょくほう)』の逍遙散(しょうようさん)を引用し、述べてみたいと思うわけである。
逍遙散(しょうようさん)
右為麄末。毎服貳銭。水壹大盞。煨生薑壹塊。切破。薄荷少許。同煎。至柒分。去滓。熱服。不拘時候。(右麄末(そまつ)と為し、毎服(まいふく)貳銭(にせん)、水壹大盞(みずいちだいせん)、煨みたる生薑(しょうきょう)壹塊(ひとかたまり)、切(き)り破(さ)いて、薄荷(はっか)を少し入れ、同じく煎(せん)じて柒分(しちぶ)に至り、滓(かす)を去り、熱服(ねっぷく)すること時候(じこう)に拘(かかわ)らず。)
*
構成薬味のうち当帰・芍薬・白朮・茯苓については既に述べた。柴胡については第三講(小柴胡湯の項)で、甘草・生姜については第二講(桂枝湯の項)で詳述することにする。
*
その主治は次の如く説かれている。
「治。血虚労倦。五心煩熱。肢体疼痛。頭目昏重。心忪頬赤。口燥咽乾。発熱盗汗。減食嗜臥及血熱相搏。月水不調。臍腹脹痛。寒熱如虐。又治。室女血弱。陰虚。栄衛不和。痰嗽潮熱。肌体羸痩。漸成骨蒸。」(血虚労倦(ろうけん)、五心煩熱(はんねつ)、肢体疼痛(とうつう)、頭目昏重(づもくこんじゅう)、心忪(しんしょう)頬赤、口燥咽乾(こうそういんかん)、発熱盗汗(とうかん)、減食嗜臥(しが)及(およ)び血熱相搏(あいう)ち、月水不調、臍腹脹痛、寒熱瘧(ぎゃく)の如くなるを治す。また室女血弱、陰虚して栄衛(えいえ)和(わ)せず、痰嗽(たんそう)潮熱、肌体羸痩(きたいるいそう)し、漸(ようや)く骨蒸(こつじょう)となるを治(ち)す。)
右の主治の文を『万病回春(まんびょうかいしゅん)』や『医方集解(いほうしゅうかい)』『衆方規矩(しゅうほうきく)』などの書物を参考に意訳してみると、これは後世方的な思想である臓腑論(ぞうふろん)の病理を加味して説明しているものと考えられる。
すなわち、「五臓六腑(ごぞうろっぷ)のなかの“肝”と“脾”の血虚(けっきょ)(これらの臓器を循行する血液が少なく、ためにそれらの臓の機能が不活発となる)があり、肝と脾の働きが完遂できず、疲れてきて、手掌、足の裏、それに胸の内がむしむしとして熱っぽくほめき(五心煩熱)、身体や手足が痛み、頭は重くはっきりせず、眼はぼんやりとして、胸がさわぎ、頬は紅潮し、口中が燥(かわ)き、身体がほてって盗汗(ねあせ)が出て、食欲も減じ、すぐ横になって休みたがる、などという容態のものや、瘀血のために月経不順があり、臍のあたりや下腹が張り、痛んだり、ちょうどマラリヤででもあるかのように熱くなったり寒くなったりするようなもの、また室女(未婚の若い女性)で、身体が虚弱で、貧血性で、身心の調和もできかね、咳や痰が出て、ときどき全身手足のすみずみまで、しっとりと汗ばむように熱くなり(潮熱)、あたかも肺結核を患(わずら)っているかのように漸次痩(や)せてくるというようなものを治す」と言うのである。
このような症状は、小柴胡湯(しょうさいことう)というよりも、むしろ補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を用いる場合に近いもので、逍遙散はこの両者の中間に位(くらい)するものと考えられるが、ことに婦人の気鬱(きうつ)、血の道症(第四講、柴胡桂枝湯の項参照)、婦人科疾患から起こったと思える諸種の病症に多く用いられる。また昔、肺尖カタルと呼ばれた状態で、ごく早期で進行性の病状でないものに用いられる機会もある。だから昔は、婦人の病には必ず本方を用いて効果をおさめたものであると言い伝えられている。
なお浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』に説くとおり、本方は小柴胡湯の変方とも考えられるが、当帰、芍薬、白朮、茯苓と組まれているところは、さらに当帰芍薬散を合方した意味合いもある。しかもこれは、小柴胡湯より黄芩(おうごん)、半夏(はんげ)のような比較的鋭(するど)い薬効と薬味を去り、人参(にんじん)、大棗(たいそう)のような小柴胡湯証で咳のひどいときに用いにくいものも入っていない。したがって本方は、小柴胡湯ではかえって咳嗽が増悪するおそれのやるような場合に用いられるし、また小柴胡湯よりもっと虚証のものに用い得る。殊に大切なことは、本方が当帰芍薬散から川芎(せんきゅう)のような作用の鋭い薬味を除き、他の駆瘀血薬を含むことで、身心が衰え、ノイローゼ気味で神経質な訴えの多いものに用い現れる理由である。また小柴胡湯に比すれば、胸脇苦満(きょうきょうくまん)の症状は弱く、心身が疲れやすい虚弱な人に用いられる。
そこで本方は、昔から、小柴胡湯と同様に、「和剤」と言われ、病気の大勢はおさまったが、さてそれからぐずついて、なかなかうまく治り切らないという場合に、「調理の剤」という意味で用いたり、また補剤、瀉剤を誤って用い過ぎたりしたときにも応用してよいものである。地黄(ぢおう)を用いたが胃にもたれた、下痢をして調子が悪いというようなものにもまたよく用いられる(地黄は滋潤の力は強いが、胃の悪い人、胃の弱い人には、もたれることが多い。この場動:乾地黄を用いると、熟地黄より、そのもたれは少ない)。小柴胡湯の虚証といっても、人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)を含む補中益気湯を用いるほどの虚証ではない。
すてに述べたように、本方は婦人の薬方とも考えられていたくらいで、平素より神経質な虚弱な体質の人で、内分泌系の不調和や自律神経系の不安定状態にあり、世に言うところの血の道症の場合に用いられるのである。
その症状は、常に頭が重く、眩暈(げんうん)(めまい)があったり、よく眠れなかったり、手足社冷あつ、非常にだるい、月経の異常がある。また寒(さむ)けがしたり、熱くなったり、殊に午後になるとのぼせて顔、殊に頬が紅くなってくるような症状もあり、背中がむしむしとして熱感を覚(おぼ)えると訴えることもある。
このような症状群は、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸の適応を思わせるところもあるが、神経質な症状を治す点では、本方が遙かによく奏効する。
また、当帰芍薬散を用いて胸がつかえ、その他いろいろ副作用の起こってくる場合に、本方または本方に山梔子(さんしし)を加えると胃にもたれることが少なく、用いやすいものである。大塚敬節先生は「胃潰瘍などの胃病患者で、心下部がつかえて胃痛のあるときなどに、山梔子・甘草の二味を用いて良い効果がある」と言われたことがあるが、先生は山梔子を上手に使っておられた。
加味逍遥散(かみしょうようさん)
逍遥散に牡丹皮(ぼたんぴ)と山梔子(さんしし)の二味を加えたもの(山梔子については第十講参照)
本方は「腎の潜伏している虚火(きょか)を治す」といって清熱(せいねつ)(熱をさます)の意味がある。ただし本方は虚弱な患者に用いることが多く、虚火をさますのであるから、瀉剤である牡丹皮に注意して、前述(29頁)のように三段炙(あぶ)りを用いるのである。
〔註〕 虚火について
火は本来、実邪によるものであるが、虚した場合にも火の症がくる。すなわち疲れたときに、ほてったり、のぼせて熱くなったりするのがそれで、これを虚火という。ことに「腎」は水と火を有するが、腎水が虚して燥(かわ)くと、腎の火(命門(めいもん)の火)が燃え上がって、臍のところに動悸がしたり、のぼせたりする。これを「腎の虚火が炎上する」と言う。肺結核の熱などもこれに属し、腎の虚火によるものである。
*
以上の応用目標に次いで、本方の適応症を疾患別に要約しておこう。
適応症
〔1〕 ノイローゼ、憂鬱症で、前述のような瘀血症状の加わったもの。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』によると、「・・・・・・東郭(和田東郭を指す)の地黄・香附子を加うるものは、この裏にて剣2の症、水分(すいふん)の動悸甚だしく、両脇拘急して思慮鬱結(うっけつ)(くよくよ思いわずらう)する者に宜(よろ)し。」とあり、百々漢陰(どどかんいん)の『漢陰臆乗(かんいんおくじょう)』によると、「・・・・・・また婦人の性質肝気たかぶりやすく、性情嫉妬深く、ややもすれば火気逆衝して面赤く眦(まなじり)つり、発狂でもしようという症(ヒステリー症)にもよし、また転じて男子に用いてもよし円:その症は平生世に言う肝積(かんしゃく)もちにて、ややもすれば事にふれて怒り易く、怒火衝逆(のぼせ上って)、嘔血(おうけつ)、衂血(じくけつ)(鼻血)を見るし、月に三、四度にも及ぶというようなる者には、此方を用いて至って宜(よろ)し。」とある。
また気鬱から起こる鳩尾(きゅうび)(みずおち)あたりの痛みや、乳の痛みなどを訴えるものに気剤である正気(しょうき)天香湯などがいくような場合に用いることもある。
〔2〕 月経不順、月経困難症
それが肝鬱症を伴うときに特効がある。北尾春甫は「婦人の虚証の帯下、諸治無効のものに、異功散(いこうさん)を合してよし」と言う。
〔3〕 肺結核
むかし肺尖カタルと言われたごく初期の症状で、進行性でなく、軽症のものに用いる機会がある。月経不順、午後の発熱、のぼせ感、頬の紅潮等が目標となる。
〔4〕 婦人の肥満症(内分泌障害性のもの)に川芎・香附子を入れて用い、数週間に一〇kg前後も減じたことがあるが、多くは長く続服する必要がある。
〔5〕 婦人の慢性膀胱炎に用いることもある。
〔6〕 産前後の人の口舌糜爛(びらん)などに、血熱(けつねつ)と見て、本方に牡丹皮・山梔子を加えて用いるとよい。
〔7〕 皮膚病で諸薬の応じないものに奇効のあることがある。婦人、ことに肝鬱症を伴ったときに、多く効果がある。更年期で春秋の季節の変り目に、頸部、顔面にできる痒(かゆ)い湿疹に効き、ニキビによいことがある。疥癬のようなものには加味逍遙散合四物湯で特効のあることが多い、と『方函』に書かれている。また加味逍遙散加荊芥地骨皮にて鵞掌風(がしょうふう)(婦人科疾患と関係ある手掌角化症)を治すのに用いる。
〔8〕 肝鬱症に伴う肩こり、頭重、不眠症、便秘(虚秘といわれる軽症のもの)などにも甚だよいとされている。
逍遙散・加味逍遙散の治験例
〔1〕 女子、二十九歳
長身で痩(や)せぎす、皮膚の色が悪く、艶(つや)もなく、顔は蒼白(あおじろ)く、額(ひたい)には青筋(あおすじ)が見える。見るからに神経質そうな人で、内気で言葉つきはおとなしく、ゆっくりだが、自分の気持ははっきりと言う。
以前より脱肛があり、子宮後屈症であるが、妊娠しやすい。本年度初めより早産や人工流産をした。
本年九月十九日初診であるが、「昨年四月二十八日、急に左の頸部リンパ節炎に罹り、三八・五度の熱を出した。手術により、四日間ほどのうちに次第に熱は下がった。ところが念のためにと抗生物質を注射をされたが四〇度の熱が出た。これを中止して三八度まで下がったが、その後三七・五~三八度の熱がまる一年つづき、本年五、六月頃から三七・三度くらいになって今日に至っている。」という。
その他の患者の苦痛は大したことはないが、疲れやすく、眠られぬ夜が多い。常に頭が重く、ときに頭痛がし、肩が凝ったりする。手足は冷たく、また冷えやすく、冷えると必ずのぼせがして顔が赤くなる。以前はよく動悸がしたが、最近はそれほどではなく、ときどきちょっとしたはずみにある。またフラッとすることもある。月経は順調で一週間つづく。食欲はよくない。便通は一日一行。
以上であるが、「三七・五度前後の熱をとって欲しい」というのが主訴である。
本人は、内臓下垂を伴い、易疲労性と自律神経失調症状が目立っている。
脈は沈小弦(ちんしょうげん)、按じて弱く、疲労時に現われる労倦(ろうけん)の脈状である。
舌はよく湿(しめ)り、うすく白苔がある。
胸部では、右側鎖骨下部と、これに対応した右側上背部に無響性(結核性のものは有響性)の小水泡性ラ音を聴き、この部の撮診(さっしん)が少しく陽性。また両側僧帽筋上縁から項部にかけて筋肉の緊張が強い。
腹部は全般に軟(やわ)らかく、特に膝(ひざ)の上下の部は力が抜けている。心下部は部厚く感じ、按圧すると腹内に向かって少し抵抗感(軽度の痞鞕(ひこう))があり、臍上部辺で動悸を触れるが、本人は自覚しない。
レ線による所見は、右上肺野に弱い浸潤陰影があり、赤沈は平均一一・五mmである。
以上の所見により、加味逍遙散を与えた。服薬後好転し、眠りも腹の工合も良くなり、一年余も続いた熱も二週間続服した頃から平熱とたり、ラ音も消失した。三~四ヵ月も続服するうちにまるまると太ってきた。
これは服薬後功みやかに好転し、見事に著効を示した例である。
〔2〕 女子、三十三歳
本年十一月初診。昨年二月頃ひどい坐骨星庫矢に罹り、全く動けなかったが:諸治無効の状態のまま半ヵ年を経過した。それでも九月頃からは、何が効いたともなく少しずつ動けるようになった。しかしまだすっきりせず、注射、超短波治療などを続けている。
既往症としては、娘時代からたいへんな冷え症で、腰以下が冷え、ことに膝から下が激しい。ときどき水の中に浸っているかのように冷え切ることさえある。また毎月、半月間ほど月経のために苦しむが、ことに始まる十日間くらい前から気分が重く、イライラして怒りっぽく、知覚過敏となり、のほせたり、肩が凝ったり、頭痛、筋肉痛が起こり、胃腸の調子も悪くなったりする。睡眠も妨げられがちで、夜中に気が滅入ることが多い。月経は七日間、量はごく少なく、痛みを伴う。毎月ある持台、この人は月の半分以上も種々の苦痛があり、月経のために振り回されながら不愉回に生きていると自らも言っているか台、適切な表現である。
また「生来胃弱で、胃アトニー、内臓下垂があり、胃重感、胸やけ、ゲップなどの苦痛がある時期もある。食欲はあり、肉や甘いものが好きだが、といどきちょっとした食べ過ぎで前記のような胃の症状が起こりやすい。便秘しがちで、小便は多いほうである」と言う。
病人は三十三歳の至極神経質なインテリタイプである。二人の子供があり、頭の使い方も言葉つきもテキパキしていて、すらっと細く、肉づきは中くらい、二年前から八kgほど痩せたそうである。
脈は沈小緊(ちんしょうきん)。右尺脈は特に弱い(腎虚)。
舌は普通以上に大きいが、厚みはうすい。色はやや貧血性で少し黒味を帯びている。舌縁には歯形(はがた)が深く刻まれ、よく湿っている。舌苔はない。
さらに特別な所見としては、爪床の色に瘀(お)血色があり、歯齦が赤黒く、皮膚も顔もいったいに普通の色合いの中に変な煤(すす)けたような色調がある。ことに眼の周囲では黒味が強い、眼瞼の下にはやや浮腫があり、手は冷たく、平常はひどく湿潤している。
腹部は全般に軟らかいが、右側に僅微な肋弓下部の抵抗があることと、胃の振水音、レ線所見などから胃アトニー、内臓下垂症のあることが明らかである。
なお左側下腹の深部に小児手掌大の強い圧痛のある場所があり、さらに臍の左下部、右大巨(たいこ)の穴(つぼ)のあたりに、ときに触知できるやや長形で鳩卵大くらいの境不明の抵抗が悪る。昔の医者が「疝(せん)」の他覚的所見と言っていたものである。
以上のことから、生まれつき弱く、神経質で、内分泌系の機能上の平衡失調が病因だと思える。しかし漢方的には陰虚証の瘀血(おけつ)、水毒があり、また少陽病証の胸脇苦満も僅かにある。
こんなことから当帰芍薬散合苓姜朮甘湯加柴胡黄芩から出発した。もちろんこれで甚だ良好ではあったが、いろいろ苦心して当帰建中湯合小柴胡湯加香附子蘇葉や十全大補湯加附子合半夏厚朴湯などでも全般的に言って好調とはなった。しかし、どうしても今一歩というところで、「月経に振り回される人生」から抜け切れるというところまでは行かなかった。
このような調子で約五ヵ年を経過してしまった。ちょうど九月中頃のこと、或る機会に肝腎虚の脈状や症状のあること、ごく僅かながら胸脇苦満のあること、つつしみ深い人であるのに、ややもするとヒステリー状になり、子供を叱りつけることもあるなど、あまりにも『局方』の逍遙散の主治に合致することの多いのに気が付いた。
そこで逍遙散を試みたところ、日ましに調子よくなり、ついに今一歩の苦しみからもほとんど解放されるようになった。このような調子で、その後数ヵ月のあいだ快適な生月を送り、なお加療を続けている。
〔3〕 女子顔面黒皮症、三十三歳
本年十一月一日初診であるが、真黒い顔をした痩せた人で、いかにも恥しそうに、おずおずと、聴き取りにくいほどの低い声で訴えて来た。
五年前、お産をして間もなく、右の頬に肝斑(かんぱん)(直径二~三cmほどもある斑)がてきたが、ホルモンやビタミンCの注射などを受け、半年くらいで治った。ところが去年の秋ぐち、顔が一面に痒くなったので皮膚科を訪れると、ビタミンB2の不足のためだと言われ、その治療を受けた。そのうちに顔全体が次 第に赤くなり、それがひどくなって、ついに黒く変色してきた。その後、黒味は幾分うすらいだが、この夏ごろからまた赤くなってきた。
現在は或る病院の皮膚科に転じ、女子自面黒皮症と言われ、ビタミンB2とCの注射をしてもらっている。今のところ痒くはないが、顔の皮膚がガサガサして、ときどきのぼせて顔がカッとなり、ことに温まるとひどくなる、とのこと。
なお、手足の冷えがあることと便秘気味のほかに苦痛はなく、食欲はあり、よく眠れるという。
顔は両眉以下全面が赤黒い面でも被ったようで、その他の部分から際立っている。その赤黒い部分の皮膚は、全体に小さいブツブツが湿疹のようにあり、ことに左の頬から口角を回って口の下の部分一体にひどくなっている。
脈は小弦弱。少しく数である。
舌は、苔はなく赤味が強い。よく湿っている。
腹は胸脇苦満がかなりある。右腹直筋が肋骨弓から臍のあたりまで攣急している。左側下腹の深部にほぼ直径五cmくらいの、かなり強い圧痛のある部分がある。
以上の所見から、小柴胡湯合当帰芍薬散料加荊芥連翹玄参を用いてみた。
一週間後、顔の様子は好転し、のぼせも消失、腹候は改善され、腹直筋攣急は消失し、胸脇苦満も右下腹部の圧痛も軽度になっていた。このようにして数週間が過ぎ、顔の赤みは消え、黒味もややうすらいでいた。
ところが十二月六日のことである。カゼをひいてから一週間ほど休薬しているうちに、また顔が痒くなり、荒れはじめ、手足も冷たく感じるようになったと、いかにも残念そうに話した。
私もひどく心を動かされて、よせばよいのに、首より上の悪瘡に用いる後世方の清上防風湯に転じた。これで一時的に好転したようだったが、皮膚病の治療の場合の通有性(どんな転方でも、その直後、必ず一時的に奏効するケースがある)で、後はかえって悪くなった。
十二月二十三日来院したとき、やさしく容態を問うと、心の中のイライラを剥き出しに近頃の夫の過酷な仕打ちを訴え、シクシクと泣きながら、最近は気分が非常に憂鬱になり耐えがたいものがあると言う。
月経の異常はないが腹候が初診のときと全く同じに悪くなっていた。
そ こで、『和剤局方』の逍遥散だと考え、浅田の『方函口訣』の加味にならって、四物湯を合方し、さらに香附子、地骨皮、荊芥を加えて与えた。こんどはたいへ んよく効き、数週間を経て、顔面、腹候とも漸次改善され、心も平静となり、一時は死を考えたほどの苦しみも日増しにうすらいで、希望が湧いてきたと喜ばれ た。
〔付〕 逍遥散・加味逍遥散の鑑別
以上で逍遥散および加味逍遥散の応用について、その大体を述べ たが、両者の鑑別を簡単に言うと、牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血(鼻血)などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱すなわち泌尿器生 殖器疾患、ことに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒発熱つよく、胸脇に迫り、嘔気さえ加わるようなものは本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子がよい。
なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸に比するものは柴胡桂枝湯とみてよいかと思う(柴胡桂枝湯については第四講で述べる)。
頭註
○合方(ごうほう)-二つ以上の薬方を組み合わせて一方とすることをいう。この場合、重複する薬味はその量の多い方をとるのを原則とする。但し水の量は増量しない。
○肝- 漢方医学の肝は、現今の肝臓のみではない。肝は血を蔵すと言い、またその経絡は陰器をまと感、生殖器系、内分泌系等に関係すると同時に将軍の官と言い、気 力は肝の力により生じ、怒ったり、癇癪を起こしたりするのも肝の作用だと言われる。つまり下垂体間脳の作用を多分に含むものである。
老人はしばしば「腎虚」になるが、腎虚に至るまでの更年期・初老期には「肝虚」を呈しやすい。
○熱入血室(熱血室ニ入ル)-血室を子宮と解したり、血管系統を指すと考えたり、いろいろな解釈があるが、『傷寒論」の小柴胡湯の条文に出てくるこの血室は「肝」と解すべきであろう。
○中風-急性熱病の軽症のもので、感冒の如きもの。(81頁註詳述)
○寒熱-ここでは悪寒と発熱を言う。
○瘧(ぎゃく)-マラリアの如き熱病。
○『和剤局方』- 宋の神宗の時、天下の名医に詔して多くの秘方を進上させ、大医局で薬を作らせたが、徽宗の代になって、その時の局方書を陳師文等に命じて校訂編纂させたの が『和剤局方』五巻である。この書はまず病症をあげて、それに用いる薬方と応用目標を示してあるので、頗る便利であり、広く世に用いられ、日本の医家にも 利用された。現代日本の「薬局方」の名称もこれからとったものという。
○心忪-驚き胸さわぎする。
○血熱-月経不順、吐血、鼻出血、血便、血尿、発疹など血の症状と熱が相伴ったもの。
○骨蒸-体の奥の方から蒸されるように熱が出ることで、盗汗が出るのを常とする。
○『万病回春』(全八巻)-明の龔廷賢の著(五八七)。金元医学の延長線上に編集された臨床医学の名著。基礎論から各論に亘り、治方を論じたもの。
○『医方集解』-清代の汪昂によって著された(一六八二年)名著。主要処方九九一方(正方三八五・付法五一六)を取上げて類別し、詳しく注釈したもの。常用の方ほぼ備わるものとして広く流布した。同じく汪昂には『本草備要』その他の著がある。
○『衆方規矩』-曲直瀬道三(一五〇七~一五九四)によって書かれ、その子玄朔によって増補された処方解説の名著。後世方を主として常用する重要処方を集録し、それぞれの運用法を詳述したもので、江戸時代には広く医家に利用された。(道三については167頁に詳註)
○補中益気湯(弁惑論)
人参・白朮・黄耆・当帰・陳皮・大棗・柴胡・甘草・乾生姜・升麻
小柴胡湯の虚証に用いられ脾胃の機能が衰えたため、食欲不振、手足や目をあけていられないようなだるさを訴える者に用いる。
○浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』- 宗伯(一八一五~一八九四)は幕末から明治前半まで活躍した近世日本漢方を総括した最後の漢方医。学・術ともに秀で政治的手腕もあり、多くの門人を育て、 多数の著作を残した。初め古方中心であったがのち後世方をも包含して浅田流と称せられ、縦横に薬方を駆使するに至った。その代表的薬方を網羅したものが 『勿誤薬室方函』て、それを臨床的に解説したものが『同口訣』である。
○和剤-汗・吐・下の法を禁忌とする場合の治療薬方。小柴胡湯は三禁湯と言い、これら汗・吐・下の法を禁忌とする場合に和して治す和剤の代表である。
○調理の剤-病気治療の仕上げのための養生を「調理」と言い、そのときに与える薬方。古方ではそういう場合、調理の剤として柴胡桂枝乾姜湯、後世方では補中益気湯などがある。
○命門の火- 前漢時代の古典である『難経』(三十六難)には、腎には二葉があり、腎が左に命門が右にあって、腎は陰をつかさどり水に属し、命門は陽をつかさどり火に属 すとされている。現代の漢方で言う腎はこれら両者を包含したものを指す。○経穴の「命門」は督脈に属し、第二、三腰椎棘突起間にある。
○和田東郭(一 七四四~一八〇三)-初め竹生節斎、戸田旭山について後世方を学び、のち吉益東洞の門に入ったが、東洞流とは別に一家をなした。大きくは折衷派の中に数え られるが考証派の弊に陥らず、臨床に主力を注ぎ、名医のほまれが高かった。彼の医学は誠を尽し、中庸を尊び、簡約を宗とする実践的医学であったことは、そ の著作-『導水瑣言』『蕉窓雑話』等によっても知ることができる。『傷寒論正文解』もむつかしい考証などは一切省略して臨床家の立場であっさり解説してい る。
○水分(すいふん)-経穴の名。腹部正中線上、臍のすぐ上方に位する。
○百々漢陰(一七七三~一八三九)-京都の人。皆川湛園の門に学び後一家を成す。瘟疫論に詳しく、『校訂瘟疫論」をはじめ『医粋類纂』など多くの著作があるが、『漢陰臆乗』は疾患別に治療を述べ、薬方の解説がしてある。
○正気天香湯(医学入門)
香附子・陳皮・烏薬・蘇葉・乾姜・甘草
○北尾春甫-大垣の人、京都で開業、脈診に秀で、後世派の大家と中川修亭に推賞された。『桑韓医談』(一七一三)『察病精義論』『提耳談』「当荘庵家方口解』などの著がある。
○異功散(局方)
人参・白朮・茯苓・甘草・橘皮・大棗、生姜の七味(四君子湯に橘皮を加えたもの)。
○血熱-熱の一種で、熱の症状と血の異常を起こしてくる。
○『方函』-浅田宗伯の『勿誤薬室方函』を指す。
○ラ音-ラッセル音の略。聴診器で胸部または背部における呼吸音を聴くとき、正常の肺胞音と異なる異常な雑音をいう。
○撮診→第三講詳述。
○腎虚(じんきょ)-「腎」の生理機能が衰えた状態。一般には、目まい、耳鳴、腰や膝のだる痛さ、性機能の減退、脱毛、歯のゆるみなどの症状を来たす。
○大巨(たいこ)-臍と恥骨結合上縁との間を結ぶ線の上から五分の二の点から左右に水平に約四センチ外方にある経穴(ツボ)。
○疝(せん)-腹部・腰部・陰部などに激痛を起こす病。
○肝腎虚-「肝」と「腎」の生理機能が衰えた状態を指すが、実際の臨床では、或る種の高血圧症、神経症、月経困難症などの疾患に見られ、めまい、耳鳴、頭痛などを来たす。
○肝斑(かんぱん)-頬に比較的境界の明瞭な黒褐色の色素沈着を生ずるもの、中年以後の女性に多い。
○清上防風湯(回春)
防風・荊芥・連翹・山梔子・黄連・黄芩・薄荷・川芎・白芷・桔梗・枳殻・甘草
○四物湯(局方)
当帰・芍薬・川芎・地黄
金匱要略の芎帰膠艾湯から阿膠・艾葉・甘草を除いたもので、補血薬(当帰・芍薬・地黄)と活血薬(川芎)から成り、血虚の状態に使われる代表方剤である。
○清熱-清はさますの意。
○湿熱-湿と熱とが結合した病邪をいう。そのほか尿利の減少を伴う熱を後世派では湿熱と称し、また湿邪に関係ある熱、たとえば黄疸、リウマチなどを湿熱という場合もある。
山梔子(さんしし)
ア カネ科(Rubiaceae)のクチナシGardenia jasminoides ELLIS. またはその同属植物の果実を用いる。イリドイド配糖体のgeniposide,gardenosideなどやカロチノイド色素(黄色色素)のクロチン、そ の他β-sitosterol, mannitol などを含む。
山梔子の薬能は、『本草備要』に「心肺の邪熱を瀉し、之をして屈曲下降 せしめ、小便より出す。而して三焦の鬱火以って解し、熱厥心痛以って平らぎ、吐衂・血淋・血痢の病、以て息む。」とあり、一般には、消炎、止血、利胆、解 熱、鎮静などの働きがあり、特に虚煩を治すとともに、吐血、血尿、黄疸などに応用する。
薬理実験では、geniposideのアグリコンで あるgenipinに、胆汁分泌促進、胃液分泌抑制、鎮痛などの作用が認められるほか、クロチンのアグリコンのクロセチンに実験的動脈硬化の予防作用が認 められる。このように、利胆作用については一定の証明がなせれているが、その他の消炎や鎮静などといった作用を裏づけるには不充分で、今後大いに実験を進 めていかなければならない薬物である。
『新版 衆方規矩』 曲直瀬道三著 池尻 勝編 燎原刊
p.81
労嗽門
逍遙散
肝脾の血虚労倦し五心煩熱し肢体痛み頭目昏重し心忪(ムナサワジ)し頬赤く咽乾き発熱し盗汗し食を減じて臥すことを嗜みて寒熱虐の如くなるを治し,陰虚労嗽肌躰羸痩して漸く骨蒸となるを治す。
当帰,芍薬,茯苓,白朮,柴胡各3,甘草1.5
右生姜を入れて煎じ服す。
○五心煩熱せば麦門冬,地骨皮を加う。
○経閉には桃仁,紅花を加う。
○腹痛むには延胡索を加う。
○胸熱せば黄連,山梔子を加う。
○気惱し胸痞悶せば枳実,青皮,香附子を加う。
○手振(フル)うには防風,荊芥,薄荷を加う。
○咳嗽には五味子,紫菀を加う。
○痰を吐くには五味子,貝母,栝楼仁を加う。
○飲食消せざるには山楂氏,神曲を加う。
○渇を発せば麦門冬,天花粉を加う。
○心(ココロ)ほれ心(ムネ)おどるには酸棗仁,遠志を加う。
○久しき瀉には干姜を炒りて加う。
○遍身痛むには防風,羗活を加う。
○吐血には阿膠,生地黄,牡丹皮を加う。
○自汗には黄耆,酸棗仁を加う。
○左の腹に血塊あらば三稜,莪朮,桃仁,紅花を加う。
○右の腹に気塊あらば木香,檳榔子を加う。
○血虚煩熱し月水調わず臍腹脹痛し痰嗽潮熱するには薄荷,地母,地骨皮を加え或は黄芩を加う。
○心(ムネ)いきれば麦門冬,羚羊角を加う。
○嗽には烏梅,款冬花,五味子を加う。
○産後血虚して煩熱せば黄芩を加う。
○婦人癲疾を患い歌唱すること時なく垣を踰え屋に上るはすなわち営血心包絡に迷うて致す処なり。本方に桃仁,遠志,紅花,蘇木,生地黄を加う。
○もし熱あらば小柴胡湯を合して生地黄,辰砂を加う。
○気血両虚して汗なく潮熱せば薄荷を加う。
○子午の時の潮熱には黄芩,胡黄連,麦門冬,地骨皮,秦艽,木通,車前子,灯心草を加う。
○婦人肝脾の血虚発熱潮熱或は自汗盗汗或は頭痛目渋り或は征忡安からず頬赤く口乾き或は月経調わず或は肚腹痛みをなし或は小腹重墜し水道しぶり痛み或は腫れ痛んで膿を出し内熱して渇きをなすに煨したる生姜一片薄荷少し加え煎じ服す。
○本方に牡丹皮,山梔子を加えて加味逍遙散と名づく。
按ずるに虚労熱嗽汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し体痩せ骨蒸,婦人癲狂月経調わざるには加減を照し間間これを治す。
○十八才の婦初産に二七夜を過ぎて後,面赤く肌躰発熱心(ムネ)おどり不食し頃(シバ)らくして睡り俄かに驚き声ふるい両の手を差し上げ擅掉(ふるう)すること毎夜十四五度ばかりなり。他医手を束ぬ。これによって本方に地骨皮,陳皮,酒黄連,酸棗仁を加えて安し。その後右の手腿しびれ痛む。蒼朮,桔梗,烏薬,木瓜,羗活,黄芩を加えて全く愈たり。
○壮婦怯弱にして瘧を病む。間日に発す。数方応ぜず。これによって詳らかに問えば久しく月信来らずして盗汗ありと云う。故に地骨皮,山梔子,牡丹皮を加えて奇妙を得たり。
○産後寒来往来するにこの方を用いて応ぜざる時は四君子湯を与えて間間奇効を得たり。まことに陽生ずる時は陰長ずと云う。これなり。
※秦艽 秦芁
『衆方規矩解説(24)』 日本漢方医学研究所所長 山田 光胤 先生
労嗽門(一)
本日と次回で労嗽門の解説をいたします。「労嗽」とは体力が低下したり、疲労、衰弱の状態にあって、咳が出るような場合のことをいいま功。
■逍遙散
最初は逍遙散(ショウヨウサン)です。逍遙散は『和剤局方』の処方で、『和剤局方』は宋の時代にできた書物です。
「肝脾の血虚労倦し、五心煩熱し、肢体の痛み頭目昏重し、心忪(むねさわ)ぎ、頬あかく咽乾き、発熱し、盗汗し、食を減じ、臥すことを嗜みて、寒熱瘧の如くなるを治し、陰虚、労嗽、肌体羸痩して漸く骨蒸となるを治す」と書いてあります。
「肝脾の血虚」というのは後世方の理論で、肝の系統と脾の系統の病態に逍遙散を使うということですが、肝の系統には心身症のような精神神経症状を伴います。脾の症状にも似たようなことがありますが、主として消化力の低下をいいます。「血虚」は体力の低下と考えればよく、その中には場合によっては貧血が加わることもあります。「労嗽」は体が疲れて倦怠することで、「五心煩熱」は全身の煩熱状態のことです。「五心」とは手足と首で、「煩熱」とは体が痛んだりして熱苦しいことです。「頭目昏重」は目が廻ったり、頭が重く、「心忪ぎ」は動悸で、その場合に顔に赤味があります。これは陽証であるからです。そして咽が乾いたり熱感があります。発熱は現代の熱発では必ずしもなく、熱感を覚えることです。そして盗汗があったり、食欲が減退し、体がだるいので寝てばかりいるということです。「寒熱瘧の如く」とは寒くなったり熱くなったりするので、ちょうどマラリアのような状態になります。そのような病態を治します。「陰虚」は後世方の理論で陰が虚すということで、簡単に申しますと、体の力が低下するということです。とくに体の下半身が低下することを陰虚といいます。「労嗽」は体が弱った状態にあって咳が出ることで、「肌体羸痩」は体が痩せ、次第に骨蒸となります。「骨蒸」とは現代の肺結核のような体が衰弱する病気をいいます。
このように逍遙散はごく簡単にいいますと陽証でありますが、虚証の場合で、以上のような諸種の症状のある場合に効果があり、熱発を伴う時には解熱する働きがあります。
処方の内容は「斤(当帰(トウキ))、芍(芍薬(シャクヤク))、苓(茯苓(ブクリョウ))、伽(白朮(ビャクジュツ))、柴(柴胡(サイコ))各一匁、甘(甘草(カンゾウ))五分」です。現代の分量にしますと、一匁は大体3gくらいが常用量になり、甘草はその半分の1.5gぐらいです。「右、姜(生姜)を入れ煎じ服す」。以上の6種類の生薬に、生姜を加えて煎じて飲みます。
この場合も生姜の分量は3gぐらいがようのですが、最近では乾生姜(カンショウキョウ)をよく使いますので、その場合は1/3~1/2量が適量です。そしてそのあとにいろいろな症状のある場合の加味、加減が書いてあります。これを方後の加減といいます。
「五心煩熱せば門(麦門冬(バクモンドウ))、籙(地骨皮(ジコッピ))を加う」。体が熱苦しい時には麦門冬と地骨皮を加えるとよろしいということです。「経閉には嬰(桃仁(トウニン))、紅(紅花(コウカ))を加う」。無月経には桃仁,紅花を加え、いずれも駆瘀血剤になります。
「腹痛むには索(延胡索(エンゴサク))を加う」。延胡索は腹痛に対する鎮痛作用があります。「胸熱せば連(黄連(オウレン)、丹(山梔子(サンシシ))を加う」。これは上半身が熱苦しい時という意味にもなりますし、また上半身の熱性の症状、たとえば炎症とか、口内炎があった場合にも、黄連、山梔子を加えると早く治るということになります。
「気悩し、胸痞悶せば実(枳実(キジツ))、昆(青皮(セイヒ))、莎(香附子(コウブシ))を加う。」。いろいろな悩みがあったり、胸が詰まって苦しい時、あるいは胃にガスが溜まって(呑気)胸苦しい時に、枳実、青皮、香附子を加えると、気を開く働きがありまして胃が気持よくなります。「手ふるうには芸(防風(ボウフウ))、荊(荊芥(ケイガイ))、荷(薄荷(ハッカ))を加う」。手が震えるというのは年寄りになるとよくある症状ですが、実際に効果があるかどうかは経験がありません。
「咳嗽には会(五味子(ゴミシ))、苑(紫苑(シオン))を加う」。咳がひどい時には五味子、紫苑を加えます。五味子、紫苑には鎮咳作用があります。「痰を吐くには守(半夏(ハンゲ))、貝(貝母(バイモ))、蔞(括蔞仁(カロウニン))を加う」。喀痰の多い時にはこうするとよいということで、いずれも袪痰作用があります。
「飲食消せざるには査(山査子(サンザシ))、曲(神麴(シンギク))を加う」。消化力が低下して消化が悪い時には、山査子と神麴を加えます。神麴は一種の酵素が含まれていますので、消化酵素剤になります。「渇を発せば門(麦門冬)、瑞(天花粉(テンカフン))を加う。」渇は咽の乾きです。
「心(こころ)ほれ、心(むね)踊るには酸(酸棗仁(サンソウニン))、遠(遠志(オンジ))を加う」。不安があって動悸がし、夜も眠れないような時には、酸棗仁と遠志を加えると鎮静作用があるということです。「久しき瀉には永(乾姜(カンキョウ))を炒りて加う」。下痢が長く続いているような時にはこうするとよいということです。
「遍身痛むには芸(防風)、羗(羗活(キョウカツ))を加う」。これは全身が痛い時です。「吐血には膠(阿膠(アキョウ)、〓(生地黄(ショウジオウ)、牡(牡丹皮(ボタンピ))を加う」。いずれも止血の効果があります。「自汗には芪(黄耆(オウギ))、酸(酸棗仁)を加う」。自汗とは体力が低下した時に自然に汗が漏れるので、それをとめる黄耆と、体の力を補う酸棗仁を加えるとよいということです。
次に「左の腹に血塊あらば稜(三稜(サンリョウ))、莪(莪朮(ガジュツ))、嬰(桃仁)、紅(紅花)を加う」。これは瘀血のある場合で、いずれも瘀血を除く働きがあります。「右の腹に気塊あらば蜜(木香(モッコウ))、梹(檳榔(ビンロウ))を加う」。
これは右の腹ですから、回盲部にあたるところにガスが溜まっている場合で、いずれもガスを取り除く、あるいは腸内ガスが溜まらないようにする働きがあります。
「血虚煩熱し、月水調わず、臍(臍のこと)腹脹り痛み、痰嗽潮熱するには荷(薄荷)、雷(知母(チモ))、籙(地骨皮)を加え、或いは芩(黄芩(オウゴン))を加う」。貧血があったり、体力が低下していながら体が熱苦しく、(月水は月経のこと)、月経不順になり、臍を中心にして腹が張ったり痛んだり、痰や咳が出たりして、発熱する(潮熱とは全身が熱くなる熱型)。そのような時に、薄荷、知母、地骨皮を加えます。これらはいずれも解熱作用があります。また黄芩を加えます。これも解熱消炎作用があります。
「心(むね)いきれば門(麦門冬)、羚(羚羊角(レイヨウカク))を加う」。胸いきればは息の苦しい時です。「嗽には梅(烏梅(ウバイ))、款(款冬花(カントウカ))、会(五味子)を加う」。嗽は痰咳のことで、五味子、烏梅、款冬花も鎮咳袪痰作用があります。
「産後血虚して煩熱せば芩(黄芩)を加う」。産後体力が低下して熱を出したような時には、黄芩を加えて解熱をはかります。
「婦人癲疾を患い歌唱すること時なく、垣を越え屋に上るはすなわち栄血心包絡に迷いて致すところなり。本方に嬰(桃仁)、遠(遠志)、紅(紅花)、方(蘇木(ソボク))、〓(生地黄)を加う」。癲疾とは精神分裂病などの精神病のことで、癲癇も入るかもしれませんが、その場合には精神運動発作のようなものでしょう。その症状として、歌を歌ったり垣根を乗り越えたり、屋根に上ったりというような興奮状態を呈するような時は、栄血が心包に迷っているからであるということです。これは後世方の理論で理解しにくいところですが、一種の血証であるということになります。血証とは血液に関連のあるいろいろな異常状態で、その一つが瘀血という病態になります。この時には桃仁のような瘀血を取り除く働きのある薬とか、遠志のような鎮静作用のあるもの、生地黄のように血を治める薬などを加えるとよろしいということになります。
「もし熱あらば小柴胡湯(ショウサイコトウ)を合して〓(生地黄)、辰(辰砂(シンシャ))を加う」。この場合の熱は実際の熱発をいっているものと思いますが、そのような時には小柴胡湯を合方し、さらに地黄と辰砂を加えればよいということですが、小柴胡湯だけでもよいこともありますし、逍遙散だけでも微熱程度の熱はやがて解熱するものです。
「気血両虚して汗なく、潮熱せば荷(薄荷)を加う」。「気血両虚」とは気力、体力が低下している状態です。そしてその時全身が熱くなるような熱が出た場合には、薄荷を加えるとよいということですが、現在常用しております加味逍遙散(カミショウヨウヨウサン)の処方は、この逍遙散に薄荷が入っていて、さらにあとに出てきますように、山梔子と牡丹皮が入っております。次に「子午(ねうし)の時の潮熱には芩(黄芩)、胡連(胡黄連(コオウレン))、門(麦門冬)、籙(地骨皮)、芁(秦芁(ジンギョウ))、通(木通(モクツウ))、車(車前子(シャゼンシ))、灯(灯心(トウシン))を加う」。これは時間によっての発熱に、こういうことを考えていたわけですが(子は夜の11~12時、午は昼の11~12時)、実際にはあまり応用したことはありません。
「婦人肝脾の血虚、発熱、潮熱、或いは自汗盗汗、或いは頭痛目渋り、或いは怔忡安からず、頬赤く、口乾き、或いは月経調わず、或いは肚腹痛みをなし、或いは小腹重墜し、水道渋り痛み、或いは腫れ痛んで膿を出だし、内熱して渇きをなすに煨(い)りたる生姜(火で炙った生姜)一片、荷(薄荷)少々を加えて煎じ服す」。
これは生姜を炒って使うということですが、昔はこういう使い方もあったものと思います。この部分は婦人といっていますが、男子でもあるかもしれません。肝脾の血虚で不安状態を呈して、脾の虚ですから食欲が減退したり、消化力が低下したりするような時に発熱があり、その発熱が潮熱(全身が熱くなるような熱型)の形になり、あるいは自然に汗が出たり、寝汗が出たり、あるいは頭痛、目の渋り(眼精疲労のよう治状態)、あるいは怔忡(動悸)がして気持が安静にならない、そして頬が赤く、口が乾き、あるいは月経不順でおなかが痛んだり、あるいは小腹が下に落ち込むような感じになります。「水道渋り」というのは尿の排泄が円滑にいかないことです。そして排尿痛があったりします。あるいは尿道口などが腫れ、痛んで膿を出し、内熱があるために咽の乾きも伴います。そのような時に生姜を炒り、薄荷を加えて服用します。
「本方に牡(牡丹皮)、丹(山梔子)を加えて加味逍遙散(カミショウヨウサン)と名づく」。加味逍遙散は『和剤局方』には出ておりませんが、明の頃の書物たとえば『万病回春』にこのことが書いてあります。これは「按ずるに虚労、熱嗽、汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し、体痩せ骨蒸、婦人癲狂、月経調わざるには加減を照し、間々これを治す」。「虚労」とは疲労が加わって体力が減退したような状態をいいます。このような時で、熱や咳が出て汗の出るような時によく、また男子でも体が煩熱して、痩せて、骨蒸(肺結核のように衰弱する病気)のような状態の時によいのです。また婦人で癲狂:T精神疾患)で、月経不順の時には次のように、いろいろの加減をして使うとよいということです。加減は前に出ておりましたので略します。
次に治験例が若干出ております。「十八歳の婦人が初産後一四日を過ぎた指に顔が赤く、体が発熱し、動悸がして、食事を摂らなくなり、しばらくして眠ると、急に驚感て声をあげ、両手を差し上げて擅掉(振り動かすこと)ようなことが毎夜一四、五度ばかりあり、他医は手を束ねていました。そこで本方に籙(地骨皮)、陳(陳皮(チンピ))、連(黄連)、酸(酸棗仁)を加えて与えると安静になった。その後右の手、腿がしびれ痛むので、蒼(蒼朮(ソウジュツ))、桔(桔梗(キキョウ))、(茴香(ウイキョウ))、瓜(木瓜(モッカ))、羗(羗活)、芩(黄芩)を加えて全く愈えた」という一例があります。
次には「若い婦人で体が弱く、瘧を病む時にしばしばいくつかの処方が効かないような場合に、本方に籙(地骨皮)、丹(山梔子)、牡(牡丹皮)を加えて奇効を得た」とあります。
※〓生+也
※子午(ねうし)× 子午(ねうま;しご)の間違いでは?
『勿誤薬室方函口訣(65)』 日本東洋医学会参事 広瀬 滋之
-逍遙解毒湯・逍遙散・薔薇湯・浄府散-
逍遙散
次は逍遙散です。本方は宋の『和剤局方』に出てくる処方で、日常の臨床でも比較的応用範囲の広い薬方です。構成生薬は、柴胡(サイコ)、芍薬(シャクヤク)、茯苓(ブクリョウ)、白朮(ビャクジュツ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の八味です。このうち主薬は当帰、芍薬、柴胡の三味であります。
当帰はセリ科のトウキの根を乾燥したもので、補血作用があります。血虚を治す四物湯(シモツトウ)の主薬でもあり、漢方薬の中でも重要な役割を担う生薬です。
芍薬は、シャクヤクの根を乾燥したもので、主成分はペオニフロリンで、血を補い、痛みを止める作用を有しています。芍薬と甘草が配合されて芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)、桂枝湯(ケイシトウ)、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)、四逆散(シギャクサン)など、多くの薬方があり、また当帰と芍薬の配合により補血作用が強まり、その薬方には四物湯、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などがあります。
柴胡はセリ科のミシマサイコの根で、主成分であるサイコサポニンは、抗炎症作用、抗アレルギー作用、脂質代謝作用など、近年注目されている生薬であることはご存じのごとくであります。胸脇苦満、往来寒熱を去り、「肝の病」の薬として、小柴胡湯(ショウサイコトウ)をはじめとした一連の柴胡剤の主薬であります。本方における白朮、茯苓は、駆水剤として作用しております。本方に牡丹皮(ボタンピ)、山梔子(サンシシ)を加えたものが加味逍遙散(カミショウヨウサン)で、現在ではこの薬方がむしろ多く使われる傾向にあります。
次に主治の文を読みます。「血虚労倦、五生煩熱、頭目昏重、心忪頬赤、発熱盗汗、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐のごとくなるを治す。柴胡、芍薬、茯苓、当帰、薄荷、白朮、甘草、生姜、右八味、あるいは麦門(バクモン)、阿膠(アキョウ)を加え、血虚発熱止まず、あるいは労嗽するものを治す。あるいは地黄(ジオウ)、莎草(シャソウ)を加え、血虚うっ塞する者を治す。一は甘草を去り、橘皮(キッピ)、牡丹(ボタン)、貝母(バイモ)、黄連(オウレン)を加え、医貫逍遙散(イカンショウヨウサン)と名づけ、一切のうっ証、瘧に似たるもの、ただしその人口苦にして清水あるいは苦水を嘔吐し、面青く脇痛み耳鳴脉濇なるを治す」とあります。
主治の文を意訳します。五臓六腑のうち肝と脾の血液が少なくなって血虚の状態が生じ、そのために肝と脾の働きが衰え、全身が疲れてきて、手掌や足の裏、胸の中がむしむしと熱っぽく、いわゆる五心煩熱の状態を呈します。頭は重く、目はぼんやりとし、胸さわぎがし、顔が紅潮し、発熱して寝汗が出、瘀血のために月経不順となり、臍のあたりや下腹部が張り痛んだりして、ちょうどマラリアのように熱くなったり寒くなったりするものを治すとあります。
ここでは後世方的な思想である五臓六腑の病理を加味しているので、逍遙散に関係する肝について説明いたします。漢方医学でいう肝は現代医学でいう肝臓以外に生殖器と泌尿器と関係が深く、経絡の関係もそこをめぐっています。また怒ったり、癇癪を起こすのも肝の作用といわれ、間脳下垂体系、自律神経系との関係も深く、また肝の症状と瘀血とも密接に関係し、老人がしばしば腎虚の状態を現わすのに対し、更年期障害を呈する年代はしばしば肝虚におちいり、瘀血の治療に当たっても肝に対する考慮が必要とされ、この逍遙散も瘀血と肝を考慮した薬方と考えられます。
本文を読みます。「此の方は小柴胡湯の変方にして、小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして医王湯(イオウトウ)よりは一層手前の場合にゆくものなり。此の方専ら婦人虚労を治すと云えども、其の実は体気甚だ強壮ならず、平生血気薄く肝火亢り、あるいは寒熱往来、あるいは頭痛口苦、あるいは頬赤寒熱瘧のごとく、ある感は月経不調にて申分たえず、あるいは小便淋瀝渋痛俗にいうせうかちの如く、一切肝火にて種々申分あるものに効あり。『内科摘要』に牡丹皮、山梔子を加うるもの肝部の虚火を鎮むる手段なり。たとえば産前後の口、赤爛す識ものに効あるは、虚火上炎を治すればなり。東郭の地黄、香附子を加うる者、此の裏にて、肝虚の症、水分の動悸甚しく、両脇拘急して思慮うっ結するものに宜し」とあります。
本文に浴って解説いたします。本方は小柴胡湯の変方といわれておりますが、黄芩、半夏のような比較的鋭い薬効の薬味を去っております。また小柴胡湯に比べれば、胸脇苦満の程度は弱く、それ故に本文では、「小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして」といっております。
「医王湯よりは一層手前の場合に行くものなり」について和田東郭は、『蕉窓方意解』の中で、「一層手前とは補中益気(ホチュウエッキ)ほどに胃中の気薄からざるをいうなり。故に方中に参(ジン)、耆(ギ)を用いず」といっております。つまり本文は、人参(ニンジン)や黄耆(オウギ)を用いなければならないほどに胃腸の働きは低下していないといっております。
本方は「婦人の虚労を治す薬方といわれているが、体質的には虚弱で、神経症状が強く、寒気がしたり、熱くなったり、また頭痛がし、口が苦く、午後になってのぼせて頬が赤くなったり、月経が不順で愁訴が多く、小便が消渇のごとく渋ったり、その他一切、肝の火により起ころものに効ある」としております。
次に虚火について説明いたします。火は本来、実邪によるものですが、虚した場合にも火の証がくるとされています。疲れた時にほてったり、のぼせたりしますが、これを虚火といいます。本方に牡丹皮、山梔子を加えたものが加味逍遙散ですが、肝の虚火を鎮める手段として使用されます。
『勿誤薬室方函口訣』では、加味逍遙散を「この方は清熱を主として上部の血症に効あり。故に逍遙散の証にして頭痛、面熱、肩背強り、鼻出血などあるものに佳なり」としております。
臨床的には加味逍遙散の方がより広く応用できるわけです。また「産前産後の口内炎や口腔内糜爛に有効であるのは、虚火を鎮めるからである」としております。「和田東郭の、本方に地黄、香附子を加えたものは、肝が虚して臍のすぐ上方の水分並に動悸がして胸脇苦満があり、くよくよと思い患っているものによろしい」としております。
細野史郎先生は、著書『漢方医学十講』の中で、逍遙散、加味逍遙散の鑑別を以下のように述べています。「牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと、下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱、すなわち泌尿器生殖器疾患、とくに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒、発熱が強く、胸脇にせまり、嘔気さえ加わるようなものは、本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子(ショウサイコトウカボタンピサンシシ)がよい。なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散(ショウサイコトウゴウトウキシャクヤクサン)に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸(ショウサイコトウゴウケイシブクリョウガン)に比するものは、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)とみてよいかと思う」と述べております。
以上より本方の適応症は、神経症に瘀血症状の加わったもの、月経不順、月経困難症で肝うつ症状を伴う時、婦人の慢性膀胱炎、肝うつ症状に伴う肩凝り、頭重、不眠症、便秘その他皮膚病など、多くの疾患があげられます。治験例については諸先輩の多くの報告がありますが、時間の関係上省略いたします。
p.49 和解の剤 結核初期、婦人血の道、月経不順
附 加味逍遙散
| 方名及び主治 | 四五 逍遙散(ショウヨウサン) 和剤局方 婦人諸病門 ○ 血虚労倦、五心煩熱、肢体疼痛、頭目昏重、心忪頬赤、口燥咽乾、発熱盗汗、減食嗜臥、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐の如くなるを治す。又室女血弱陰虚して栄衛和せず。痰嗽潮熱、肌体羸痩、漸く骨蒸と成るを治す。 加味逍遙散 逍遙散に山梔、牡丹皮各二を加う。 逍遙散の症に熱の加わるを治す。 |
| 処方及び薬能 | 当帰 芍薬 柴胡 白朮 茯苓各三 甘草 乾姜各一・五 メンタ葉一 柴胡、山梔、丹皮、芍薬=肝の火を瀉す。 当帰=厥陰の血を滋す。 白朮、茯苓、甘草=脾を補う。 五心とは、心窩と手足の中心部とを指す。 加味逍遙散 中国にては肝硬変症の初期まだ腹水なき場合に用いている。 |
| 解説及び応用 | ○此方は小柴胡湯の変方で、小柴胡湯よりは少しく虚状を帯び、柴胡姜桂湯、補中益気湯よりはやや力あるものである。婦人の虚労、結核の初期に用い、又中和の剤であるから病後の調理によく用いられる。 加味逍遙散は清熱を主とし、上部の血症に効がある。頭痛、面熱、衂血、肩背拘ばる等、上部の血熱を清解する。又婦人の肝気亢ぶり、種々と申分絶えざる神経症にも広く用いられる。 ○ 応用 ① 結核初期軽症、② 婦人神経症、気欝症、③ 月経不順、④ 慢性尿道炎、⑤ 白帯下、⑥ 婦人の皮膚病にて荏苒として瘉えざるものに四物湯と合方して用いる。⑦ 産後舌爛 ⑧ 肝硬変症の腹水なきもの |
『漢方医学十講』 細野史郎著 創元社刊
p.37
逍遥散・加味逍遥散
合方と後世方の必要性について
以上、瘀血を治す薬方の虚と実の代表として、当帰芍薬散と桂枝茯苓丸の二方についてごく簡単に触れてみた。この二つが具(そな)われば一応こと足りるのであるが、しかし実際の臨床にあたって応用するとなると、そうたやすいことではない。この二方にも、単に駆瘀血薬だけでなく、すでに述べたように気や水に作用する薬物が組み合わされているが、それは、たとえ瘀血が主たる病因となって生じた疾病でも、病変は身体の諸臓器に及ぶものであり、単に駆瘀血剤だけでなく、他の薬方との「合方(ごうほう)」が必要な場合も決して少なくないからである。
瘀血の症状群の場合に、骨盤内の内分泌系の臓器の変化により、間脳、大脳にまでその影響が及ぶことは既に述べたが、その結果、感情や自律神経の失調症状があらわれる。このような状態を漢方では「肝(かん)」の病と解してい音¥この「肝」は生殖器や泌尿器と関係が深く、肝経は陰器をまとい、生殖器に影響を及ぼすと言われる。そして、瘀血の主な徴候である左下腹部の抵抗と圧痛は、右の季肋部の圧痛・抵抗(胸脇苦満(きょうきょうくまん))(第三講で詳述)と関連のあることが多い。また更年期障害を呈する年代はしばしば「肝虚」に陥るものである。つまり瘀血の治療にあたっては「肝」に対する考慮を忘れてはならないのである。
したがって桂枝茯苓丸なり当帰芍薬散なりを病人に用いる場合に、実際において、肝の治療薬である柴胡剤(さいこざい)を合方しなければならないことが多い。たとえば小柴胡湯(しょうさいことう)(第三講で詳述)は「熱入血室」の治療薬であり、広い意味での駆瘀血剤とも言えるのであるが、小柴胡湯の合方では実証に過ぎて、ぴたりとゆかぬことが多い。
〔註記〕 「熱入血室」の『傷寒論』条文
「婦人中風七八日。続得寒熱。発作有時。経水適断者。此為熱入血室。其血必結。故使如瘧状。発作有時。小柴胡湯主之。」〔太陽病下篇〕
(婦人中風七八日、続(つづ)いて寒熱(かんねつ)を得(え)、発作(ほっさ)時あり、経水(けいすい)適(たまたま)断(た)つ者は、これ熱血室(ねっけつしつ)に入るとなすなり。其の血必ず結(けっ)す。故に瘧(ぎゃく)状の如く、発作時(とき)あらしむ。小柴胡湯之(これ)を主(つかさど)る。)
すなわち、古方の薬方は簡潔で、効果もはっきりするが、その合方をもってしてもなお現実にぴったりしないことがある。この場合に後世方(ごせいほう)の薬方がわれわれの要求を充たしてくれることが多い。
そこで、後世方の薬方である『和剤局方(わざいきょくほう)』の逍遙散(しょうようさん)を引用し、述べてみたいと思うわけである。
逍遙散(しょうようさん)
| 〔和剤局方〕 | 〔細野常用一回量〕 | ||
| 当帰(とうき) | Angelicae Radix | 一両、苗を去り、剉む、微しく炒る | 3.0g |
| 芍薬(しゃくやく) | Paeoniae Radix | 一両、白煮 | 3.0g |
| 白朮(びやくじゅつ) | Atractylodis Rhizoma | 一両 | 2.0g |
| 茯苓(ぶくりょう) | Hoelen | 一両、皮を去り、白煮 | 4.3g |
| 柴胡(さいこ) | Bupleuri Radix | 苗を去る | 1.7g |
| 甘草(かんぞう) | Glycyrrhizae Radix | 半両、炙って微しく赤くす | 0.3g |
| 薄荷(はっか) | Menthae Radix | 0.8g | |
| 生姜(しょうきょう) | Zingiberis Rhizoma | 0.8g |
右為麄末。毎服貳銭。水壹大盞。煨生薑壹塊。切破。薄荷少許。同煎。至柒分。去滓。熱服。不拘時候。(右麄末(そまつ)と為し、毎服(まいふく)貳銭(にせん)、水壹大盞(みずいちだいせん)、煨みたる生薑(しょうきょう)壹塊(ひとかたまり)、切(き)り破(さ)いて、薄荷(はっか)を少し入れ、同じく煎(せん)じて柒分(しちぶ)に至り、滓(かす)を去り、熱服(ねっぷく)すること時候(じこう)に拘(かかわ)らず。)
*
構成薬味のうち当帰・芍薬・白朮・茯苓については既に述べた。柴胡については第三講(小柴胡湯の項)で、甘草・生姜については第二講(桂枝湯の項)で詳述することにする。
*
その主治は次の如く説かれている。
「治。血虚労倦。五心煩熱。肢体疼痛。頭目昏重。心忪頬赤。口燥咽乾。発熱盗汗。減食嗜臥及血熱相搏。月水不調。臍腹脹痛。寒熱如虐。又治。室女血弱。陰虚。栄衛不和。痰嗽潮熱。肌体羸痩。漸成骨蒸。」(血虚労倦(ろうけん)、五心煩熱(はんねつ)、肢体疼痛(とうつう)、頭目昏重(づもくこんじゅう)、心忪(しんしょう)頬赤、口燥咽乾(こうそういんかん)、発熱盗汗(とうかん)、減食嗜臥(しが)及(およ)び血熱相搏(あいう)ち、月水不調、臍腹脹痛、寒熱瘧(ぎゃく)の如くなるを治す。また室女血弱、陰虚して栄衛(えいえ)和(わ)せず、痰嗽(たんそう)潮熱、肌体羸痩(きたいるいそう)し、漸(ようや)く骨蒸(こつじょう)となるを治(ち)す。)
右の主治の文を『万病回春(まんびょうかいしゅん)』や『医方集解(いほうしゅうかい)』『衆方規矩(しゅうほうきく)』などの書物を参考に意訳してみると、これは後世方的な思想である臓腑論(ぞうふろん)の病理を加味して説明しているものと考えられる。
すなわち、「五臓六腑(ごぞうろっぷ)のなかの“肝”と“脾”の血虚(けっきょ)(これらの臓器を循行する血液が少なく、ためにそれらの臓の機能が不活発となる)があり、肝と脾の働きが完遂できず、疲れてきて、手掌、足の裏、それに胸の内がむしむしとして熱っぽくほめき(五心煩熱)、身体や手足が痛み、頭は重くはっきりせず、眼はぼんやりとして、胸がさわぎ、頬は紅潮し、口中が燥(かわ)き、身体がほてって盗汗(ねあせ)が出て、食欲も減じ、すぐ横になって休みたがる、などという容態のものや、瘀血のために月経不順があり、臍のあたりや下腹が張り、痛んだり、ちょうどマラリヤででもあるかのように熱くなったり寒くなったりするようなもの、また室女(未婚の若い女性)で、身体が虚弱で、貧血性で、身心の調和もできかね、咳や痰が出て、ときどき全身手足のすみずみまで、しっとりと汗ばむように熱くなり(潮熱)、あたかも肺結核を患(わずら)っているかのように漸次痩(や)せてくるというようなものを治す」と言うのである。
このような症状は、小柴胡湯(しょうさいことう)というよりも、むしろ補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を用いる場合に近いもので、逍遙散はこの両者の中間に位(くらい)するものと考えられるが、ことに婦人の気鬱(きうつ)、血の道症(第四講、柴胡桂枝湯の項参照)、婦人科疾患から起こったと思える諸種の病症に多く用いられる。また昔、肺尖カタルと呼ばれた状態で、ごく早期で進行性の病状でないものに用いられる機会もある。だから昔は、婦人の病には必ず本方を用いて効果をおさめたものであると言い伝えられている。
なお浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』に説くとおり、本方は小柴胡湯の変方とも考えられるが、当帰、芍薬、白朮、茯苓と組まれているところは、さらに当帰芍薬散を合方した意味合いもある。しかもこれは、小柴胡湯より黄芩(おうごん)、半夏(はんげ)のような比較的鋭(するど)い薬効と薬味を去り、人参(にんじん)、大棗(たいそう)のような小柴胡湯証で咳のひどいときに用いにくいものも入っていない。したがって本方は、小柴胡湯ではかえって咳嗽が増悪するおそれのやるような場合に用いられるし、また小柴胡湯よりもっと虚証のものに用い得る。殊に大切なことは、本方が当帰芍薬散から川芎(せんきゅう)のような作用の鋭い薬味を除き、他の駆瘀血薬を含むことで、身心が衰え、ノイローゼ気味で神経質な訴えの多いものに用い現れる理由である。また小柴胡湯に比すれば、胸脇苦満(きょうきょうくまん)の症状は弱く、心身が疲れやすい虚弱な人に用いられる。
そこで本方は、昔から、小柴胡湯と同様に、「和剤」と言われ、病気の大勢はおさまったが、さてそれからぐずついて、なかなかうまく治り切らないという場合に、「調理の剤」という意味で用いたり、また補剤、瀉剤を誤って用い過ぎたりしたときにも応用してよいものである。地黄(ぢおう)を用いたが胃にもたれた、下痢をして調子が悪いというようなものにもまたよく用いられる(地黄は滋潤の力は強いが、胃の悪い人、胃の弱い人には、もたれることが多い。この場動:乾地黄を用いると、熟地黄より、そのもたれは少ない)。小柴胡湯の虚証といっても、人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)を含む補中益気湯を用いるほどの虚証ではない。
すてに述べたように、本方は婦人の薬方とも考えられていたくらいで、平素より神経質な虚弱な体質の人で、内分泌系の不調和や自律神経系の不安定状態にあり、世に言うところの血の道症の場合に用いられるのである。
その症状は、常に頭が重く、眩暈(げんうん)(めまい)があったり、よく眠れなかったり、手足社冷あつ、非常にだるい、月経の異常がある。また寒(さむ)けがしたり、熱くなったり、殊に午後になるとのぼせて顔、殊に頬が紅くなってくるような症状もあり、背中がむしむしとして熱感を覚(おぼ)えると訴えることもある。
このような症状群は、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸の適応を思わせるところもあるが、神経質な症状を治す点では、本方が遙かによく奏効する。
また、当帰芍薬散を用いて胸がつかえ、その他いろいろ副作用の起こってくる場合に、本方または本方に山梔子(さんしし)を加えると胃にもたれることが少なく、用いやすいものである。大塚敬節先生は「胃潰瘍などの胃病患者で、心下部がつかえて胃痛のあるときなどに、山梔子・甘草の二味を用いて良い効果がある」と言われたことがあるが、先生は山梔子を上手に使っておられた。
加味逍遥散(かみしょうようさん)
逍遥散に牡丹皮(ぼたんぴ)と山梔子(さんしし)の二味を加えたもの(山梔子については第十講参照)
本方は「腎の潜伏している虚火(きょか)を治す」といって清熱(せいねつ)(熱をさます)の意味がある。ただし本方は虚弱な患者に用いることが多く、虚火をさますのであるから、瀉剤である牡丹皮に注意して、前述(29頁)のように三段炙(あぶ)りを用いるのである。
〔註〕 虚火について
火は本来、実邪によるものであるが、虚した場合にも火の症がくる。すなわち疲れたときに、ほてったり、のぼせて熱くなったりするのがそれで、これを虚火という。ことに「腎」は水と火を有するが、腎水が虚して燥(かわ)くと、腎の火(命門(めいもん)の火)が燃え上がって、臍のところに動悸がしたり、のぼせたりする。これを「腎の虚火が炎上する」と言う。肺結核の熱などもこれに属し、腎の虚火によるものである。
*
以上の応用目標に次いで、本方の適応症を疾患別に要約しておこう。
適応症
〔1〕 ノイローゼ、憂鬱症で、前述のような瘀血症状の加わったもの。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』によると、「・・・・・・東郭(和田東郭を指す)の地黄・香附子を加うるものは、この裏にて剣2の症、水分(すいふん)の動悸甚だしく、両脇拘急して思慮鬱結(うっけつ)(くよくよ思いわずらう)する者に宜(よろ)し。」とあり、百々漢陰(どどかんいん)の『漢陰臆乗(かんいんおくじょう)』によると、「・・・・・・また婦人の性質肝気たかぶりやすく、性情嫉妬深く、ややもすれば火気逆衝して面赤く眦(まなじり)つり、発狂でもしようという症(ヒステリー症)にもよし、また転じて男子に用いてもよし円:その症は平生世に言う肝積(かんしゃく)もちにて、ややもすれば事にふれて怒り易く、怒火衝逆(のぼせ上って)、嘔血(おうけつ)、衂血(じくけつ)(鼻血)を見るし、月に三、四度にも及ぶというようなる者には、此方を用いて至って宜(よろ)し。」とある。
また気鬱から起こる鳩尾(きゅうび)(みずおち)あたりの痛みや、乳の痛みなどを訴えるものに気剤である正気(しょうき)天香湯などがいくような場合に用いることもある。
〔2〕 月経不順、月経困難症
それが肝鬱症を伴うときに特効がある。北尾春甫は「婦人の虚証の帯下、諸治無効のものに、異功散(いこうさん)を合してよし」と言う。
〔3〕 肺結核
むかし肺尖カタルと言われたごく初期の症状で、進行性でなく、軽症のものに用いる機会がある。月経不順、午後の発熱、のぼせ感、頬の紅潮等が目標となる。
〔4〕 婦人の肥満症(内分泌障害性のもの)に川芎・香附子を入れて用い、数週間に一〇kg前後も減じたことがあるが、多くは長く続服する必要がある。
〔5〕 婦人の慢性膀胱炎に用いることもある。
〔6〕 産前後の人の口舌糜爛(びらん)などに、血熱(けつねつ)と見て、本方に牡丹皮・山梔子を加えて用いるとよい。
〔7〕 皮膚病で諸薬の応じないものに奇効のあることがある。婦人、ことに肝鬱症を伴ったときに、多く効果がある。更年期で春秋の季節の変り目に、頸部、顔面にできる痒(かゆ)い湿疹に効き、ニキビによいことがある。疥癬のようなものには加味逍遙散合四物湯で特効のあることが多い、と『方函』に書かれている。また加味逍遙散加荊芥地骨皮にて鵞掌風(がしょうふう)(婦人科疾患と関係ある手掌角化症)を治すのに用いる。
〔8〕 肝鬱症に伴う肩こり、頭重、不眠症、便秘(虚秘といわれる軽症のもの)などにも甚だよいとされている。
逍遙散・加味逍遙散の治験例
〔1〕 女子、二十九歳
長身で痩(や)せぎす、皮膚の色が悪く、艶(つや)もなく、顔は蒼白(あおじろ)く、額(ひたい)には青筋(あおすじ)が見える。見るからに神経質そうな人で、内気で言葉つきはおとなしく、ゆっくりだが、自分の気持ははっきりと言う。
以前より脱肛があり、子宮後屈症であるが、妊娠しやすい。本年度初めより早産や人工流産をした。
本年九月十九日初診であるが、「昨年四月二十八日、急に左の頸部リンパ節炎に罹り、三八・五度の熱を出した。手術により、四日間ほどのうちに次第に熱は下がった。ところが念のためにと抗生物質を注射をされたが四〇度の熱が出た。これを中止して三八度まで下がったが、その後三七・五~三八度の熱がまる一年つづき、本年五、六月頃から三七・三度くらいになって今日に至っている。」という。
その他の患者の苦痛は大したことはないが、疲れやすく、眠られぬ夜が多い。常に頭が重く、ときに頭痛がし、肩が凝ったりする。手足は冷たく、また冷えやすく、冷えると必ずのぼせがして顔が赤くなる。以前はよく動悸がしたが、最近はそれほどではなく、ときどきちょっとしたはずみにある。またフラッとすることもある。月経は順調で一週間つづく。食欲はよくない。便通は一日一行。
以上であるが、「三七・五度前後の熱をとって欲しい」というのが主訴である。
本人は、内臓下垂を伴い、易疲労性と自律神経失調症状が目立っている。
脈は沈小弦(ちんしょうげん)、按じて弱く、疲労時に現われる労倦(ろうけん)の脈状である。
舌はよく湿(しめ)り、うすく白苔がある。
胸部では、右側鎖骨下部と、これに対応した右側上背部に無響性(結核性のものは有響性)の小水泡性ラ音を聴き、この部の撮診(さっしん)が少しく陽性。また両側僧帽筋上縁から項部にかけて筋肉の緊張が強い。
腹部は全般に軟(やわ)らかく、特に膝(ひざ)の上下の部は力が抜けている。心下部は部厚く感じ、按圧すると腹内に向かって少し抵抗感(軽度の痞鞕(ひこう))があり、臍上部辺で動悸を触れるが、本人は自覚しない。
レ線による所見は、右上肺野に弱い浸潤陰影があり、赤沈は平均一一・五mmである。
以上の所見により、加味逍遙散を与えた。服薬後好転し、眠りも腹の工合も良くなり、一年余も続いた熱も二週間続服した頃から平熱とたり、ラ音も消失した。三~四ヵ月も続服するうちにまるまると太ってきた。
これは服薬後功みやかに好転し、見事に著効を示した例である。
〔2〕 女子、三十三歳
本年十一月初診。昨年二月頃ひどい坐骨星庫矢に罹り、全く動けなかったが:諸治無効の状態のまま半ヵ年を経過した。それでも九月頃からは、何が効いたともなく少しずつ動けるようになった。しかしまだすっきりせず、注射、超短波治療などを続けている。
既往症としては、娘時代からたいへんな冷え症で、腰以下が冷え、ことに膝から下が激しい。ときどき水の中に浸っているかのように冷え切ることさえある。また毎月、半月間ほど月経のために苦しむが、ことに始まる十日間くらい前から気分が重く、イライラして怒りっぽく、知覚過敏となり、のほせたり、肩が凝ったり、頭痛、筋肉痛が起こり、胃腸の調子も悪くなったりする。睡眠も妨げられがちで、夜中に気が滅入ることが多い。月経は七日間、量はごく少なく、痛みを伴う。毎月ある持台、この人は月の半分以上も種々の苦痛があり、月経のために振り回されながら不愉回に生きていると自らも言っているか台、適切な表現である。
また「生来胃弱で、胃アトニー、内臓下垂があり、胃重感、胸やけ、ゲップなどの苦痛がある時期もある。食欲はあり、肉や甘いものが好きだが、といどきちょっとした食べ過ぎで前記のような胃の症状が起こりやすい。便秘しがちで、小便は多いほうである」と言う。
病人は三十三歳の至極神経質なインテリタイプである。二人の子供があり、頭の使い方も言葉つきもテキパキしていて、すらっと細く、肉づきは中くらい、二年前から八kgほど痩せたそうである。
脈は沈小緊(ちんしょうきん)。右尺脈は特に弱い(腎虚)。
舌は普通以上に大きいが、厚みはうすい。色はやや貧血性で少し黒味を帯びている。舌縁には歯形(はがた)が深く刻まれ、よく湿っている。舌苔はない。
さらに特別な所見としては、爪床の色に瘀(お)血色があり、歯齦が赤黒く、皮膚も顔もいったいに普通の色合いの中に変な煤(すす)けたような色調がある。ことに眼の周囲では黒味が強い、眼瞼の下にはやや浮腫があり、手は冷たく、平常はひどく湿潤している。
腹部は全般に軟らかいが、右側に僅微な肋弓下部の抵抗があることと、胃の振水音、レ線所見などから胃アトニー、内臓下垂症のあることが明らかである。
なお左側下腹の深部に小児手掌大の強い圧痛のある場所があり、さらに臍の左下部、右大巨(たいこ)の穴(つぼ)のあたりに、ときに触知できるやや長形で鳩卵大くらいの境不明の抵抗が悪る。昔の医者が「疝(せん)」の他覚的所見と言っていたものである。
以上のことから、生まれつき弱く、神経質で、内分泌系の機能上の平衡失調が病因だと思える。しかし漢方的には陰虚証の瘀血(おけつ)、水毒があり、また少陽病証の胸脇苦満も僅かにある。
こんなことから当帰芍薬散合苓姜朮甘湯加柴胡黄芩から出発した。もちろんこれで甚だ良好ではあったが、いろいろ苦心して当帰建中湯合小柴胡湯加香附子蘇葉や十全大補湯加附子合半夏厚朴湯などでも全般的に言って好調とはなった。しかし、どうしても今一歩というところで、「月経に振り回される人生」から抜け切れるというところまでは行かなかった。
このような調子で約五ヵ年を経過してしまった。ちょうど九月中頃のこと、或る機会に肝腎虚の脈状や症状のあること、ごく僅かながら胸脇苦満のあること、つつしみ深い人であるのに、ややもするとヒステリー状になり、子供を叱りつけることもあるなど、あまりにも『局方』の逍遙散の主治に合致することの多いのに気が付いた。
そこで逍遙散を試みたところ、日ましに調子よくなり、ついに今一歩の苦しみからもほとんど解放されるようになった。このような調子で、その後数ヵ月のあいだ快適な生月を送り、なお加療を続けている。
〔3〕 女子顔面黒皮症、三十三歳
本年十一月一日初診であるが、真黒い顔をした痩せた人で、いかにも恥しそうに、おずおずと、聴き取りにくいほどの低い声で訴えて来た。
五年前、お産をして間もなく、右の頬に肝斑(かんぱん)(直径二~三cmほどもある斑)がてきたが、ホルモンやビタミンCの注射などを受け、半年くらいで治った。ところが去年の秋ぐち、顔が一面に痒くなったので皮膚科を訪れると、ビタミンB2の不足のためだと言われ、その治療を受けた。そのうちに顔全体が次 第に赤くなり、それがひどくなって、ついに黒く変色してきた。その後、黒味は幾分うすらいだが、この夏ごろからまた赤くなってきた。
現在は或る病院の皮膚科に転じ、女子自面黒皮症と言われ、ビタミンB2とCの注射をしてもらっている。今のところ痒くはないが、顔の皮膚がガサガサして、ときどきのぼせて顔がカッとなり、ことに温まるとひどくなる、とのこと。
なお、手足の冷えがあることと便秘気味のほかに苦痛はなく、食欲はあり、よく眠れるという。
顔は両眉以下全面が赤黒い面でも被ったようで、その他の部分から際立っている。その赤黒い部分の皮膚は、全体に小さいブツブツが湿疹のようにあり、ことに左の頬から口角を回って口の下の部分一体にひどくなっている。
脈は小弦弱。少しく数である。
舌は、苔はなく赤味が強い。よく湿っている。
腹は胸脇苦満がかなりある。右腹直筋が肋骨弓から臍のあたりまで攣急している。左側下腹の深部にほぼ直径五cmくらいの、かなり強い圧痛のある部分がある。
以上の所見から、小柴胡湯合当帰芍薬散料加荊芥連翹玄参を用いてみた。
一週間後、顔の様子は好転し、のぼせも消失、腹候は改善され、腹直筋攣急は消失し、胸脇苦満も右下腹部の圧痛も軽度になっていた。このようにして数週間が過ぎ、顔の赤みは消え、黒味もややうすらいでいた。
ところが十二月六日のことである。カゼをひいてから一週間ほど休薬しているうちに、また顔が痒くなり、荒れはじめ、手足も冷たく感じるようになったと、いかにも残念そうに話した。
私もひどく心を動かされて、よせばよいのに、首より上の悪瘡に用いる後世方の清上防風湯に転じた。これで一時的に好転したようだったが、皮膚病の治療の場合の通有性(どんな転方でも、その直後、必ず一時的に奏効するケースがある)で、後はかえって悪くなった。
十二月二十三日来院したとき、やさしく容態を問うと、心の中のイライラを剥き出しに近頃の夫の過酷な仕打ちを訴え、シクシクと泣きながら、最近は気分が非常に憂鬱になり耐えがたいものがあると言う。
月経の異常はないが腹候が初診のときと全く同じに悪くなっていた。
そ こで、『和剤局方』の逍遥散だと考え、浅田の『方函口訣』の加味にならって、四物湯を合方し、さらに香附子、地骨皮、荊芥を加えて与えた。こんどはたいへ んよく効き、数週間を経て、顔面、腹候とも漸次改善され、心も平静となり、一時は死を考えたほどの苦しみも日増しにうすらいで、希望が湧いてきたと喜ばれ た。
〔付〕 逍遥散・加味逍遥散の鑑別
以上で逍遥散および加味逍遥散の応用について、その大体を述べ たが、両者の鑑別を簡単に言うと、牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血(鼻血)などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱すなわち泌尿器生 殖器疾患、ことに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒発熱つよく、胸脇に迫り、嘔気さえ加わるようなものは本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子がよい。
なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸に比するものは柴胡桂枝湯とみてよいかと思う(柴胡桂枝湯については第四講で述べる)。
頭註
○合方(ごうほう)-二つ以上の薬方を組み合わせて一方とすることをいう。この場合、重複する薬味はその量の多い方をとるのを原則とする。但し水の量は増量しない。
○肝- 漢方医学の肝は、現今の肝臓のみではない。肝は血を蔵すと言い、またその経絡は陰器をまと感、生殖器系、内分泌系等に関係すると同時に将軍の官と言い、気 力は肝の力により生じ、怒ったり、癇癪を起こしたりするのも肝の作用だと言われる。つまり下垂体間脳の作用を多分に含むものである。
老人はしばしば「腎虚」になるが、腎虚に至るまでの更年期・初老期には「肝虚」を呈しやすい。
○熱入血室(熱血室ニ入ル)-血室を子宮と解したり、血管系統を指すと考えたり、いろいろな解釈があるが、『傷寒論」の小柴胡湯の条文に出てくるこの血室は「肝」と解すべきであろう。
○中風-急性熱病の軽症のもので、感冒の如きもの。(81頁註詳述)
○寒熱-ここでは悪寒と発熱を言う。
○瘧(ぎゃく)-マラリアの如き熱病。
○『和剤局方』- 宋の神宗の時、天下の名医に詔して多くの秘方を進上させ、大医局で薬を作らせたが、徽宗の代になって、その時の局方書を陳師文等に命じて校訂編纂させたの が『和剤局方』五巻である。この書はまず病症をあげて、それに用いる薬方と応用目標を示してあるので、頗る便利であり、広く世に用いられ、日本の医家にも 利用された。現代日本の「薬局方」の名称もこれからとったものという。
○心忪-驚き胸さわぎする。
○血熱-月経不順、吐血、鼻出血、血便、血尿、発疹など血の症状と熱が相伴ったもの。
○骨蒸-体の奥の方から蒸されるように熱が出ることで、盗汗が出るのを常とする。
○『万病回春』(全八巻)-明の龔廷賢の著(五八七)。金元医学の延長線上に編集された臨床医学の名著。基礎論から各論に亘り、治方を論じたもの。
○『医方集解』-清代の汪昂によって著された(一六八二年)名著。主要処方九九一方(正方三八五・付法五一六)を取上げて類別し、詳しく注釈したもの。常用の方ほぼ備わるものとして広く流布した。同じく汪昂には『本草備要』その他の著がある。
○『衆方規矩』-曲直瀬道三(一五〇七~一五九四)によって書かれ、その子玄朔によって増補された処方解説の名著。後世方を主として常用する重要処方を集録し、それぞれの運用法を詳述したもので、江戸時代には広く医家に利用された。(道三については167頁に詳註)
○補中益気湯(弁惑論)
人参・白朮・黄耆・当帰・陳皮・大棗・柴胡・甘草・乾生姜・升麻
小柴胡湯の虚証に用いられ脾胃の機能が衰えたため、食欲不振、手足や目をあけていられないようなだるさを訴える者に用いる。
○浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』- 宗伯(一八一五~一八九四)は幕末から明治前半まで活躍した近世日本漢方を総括した最後の漢方医。学・術ともに秀で政治的手腕もあり、多くの門人を育て、 多数の著作を残した。初め古方中心であったがのち後世方をも包含して浅田流と称せられ、縦横に薬方を駆使するに至った。その代表的薬方を網羅したものが 『勿誤薬室方函』て、それを臨床的に解説したものが『同口訣』である。
○和剤-汗・吐・下の法を禁忌とする場合の治療薬方。小柴胡湯は三禁湯と言い、これら汗・吐・下の法を禁忌とする場合に和して治す和剤の代表である。
○調理の剤-病気治療の仕上げのための養生を「調理」と言い、そのときに与える薬方。古方ではそういう場合、調理の剤として柴胡桂枝乾姜湯、後世方では補中益気湯などがある。
○命門の火- 前漢時代の古典である『難経』(三十六難)には、腎には二葉があり、腎が左に命門が右にあって、腎は陰をつかさどり水に属し、命門は陽をつかさどり火に属 すとされている。現代の漢方で言う腎はこれら両者を包含したものを指す。○経穴の「命門」は督脈に属し、第二、三腰椎棘突起間にある。
○和田東郭(一 七四四~一八〇三)-初め竹生節斎、戸田旭山について後世方を学び、のち吉益東洞の門に入ったが、東洞流とは別に一家をなした。大きくは折衷派の中に数え られるが考証派の弊に陥らず、臨床に主力を注ぎ、名医のほまれが高かった。彼の医学は誠を尽し、中庸を尊び、簡約を宗とする実践的医学であったことは、そ の著作-『導水瑣言』『蕉窓雑話』等によっても知ることができる。『傷寒論正文解』もむつかしい考証などは一切省略して臨床家の立場であっさり解説してい る。
○水分(すいふん)-経穴の名。腹部正中線上、臍のすぐ上方に位する。
○百々漢陰(一七七三~一八三九)-京都の人。皆川湛園の門に学び後一家を成す。瘟疫論に詳しく、『校訂瘟疫論」をはじめ『医粋類纂』など多くの著作があるが、『漢陰臆乗』は疾患別に治療を述べ、薬方の解説がしてある。
○正気天香湯(医学入門)
香附子・陳皮・烏薬・蘇葉・乾姜・甘草
○北尾春甫-大垣の人、京都で開業、脈診に秀で、後世派の大家と中川修亭に推賞された。『桑韓医談』(一七一三)『察病精義論』『提耳談』「当荘庵家方口解』などの著がある。
○異功散(局方)
人参・白朮・茯苓・甘草・橘皮・大棗、生姜の七味(四君子湯に橘皮を加えたもの)。
○血熱-熱の一種で、熱の症状と血の異常を起こしてくる。
○『方函』-浅田宗伯の『勿誤薬室方函』を指す。
○ラ音-ラッセル音の略。聴診器で胸部または背部における呼吸音を聴くとき、正常の肺胞音と異なる異常な雑音をいう。
○撮診→第三講詳述。
○腎虚(じんきょ)-「腎」の生理機能が衰えた状態。一般には、目まい、耳鳴、腰や膝のだる痛さ、性機能の減退、脱毛、歯のゆるみなどの症状を来たす。
○大巨(たいこ)-臍と恥骨結合上縁との間を結ぶ線の上から五分の二の点から左右に水平に約四センチ外方にある経穴(ツボ)。
○疝(せん)-腹部・腰部・陰部などに激痛を起こす病。
○肝腎虚-「肝」と「腎」の生理機能が衰えた状態を指すが、実際の臨床では、或る種の高血圧症、神経症、月経困難症などの疾患に見られ、めまい、耳鳴、頭痛などを来たす。
○肝斑(かんぱん)-頬に比較的境界の明瞭な黒褐色の色素沈着を生ずるもの、中年以後の女性に多い。
○清上防風湯(回春)
防風・荊芥・連翹・山梔子・黄連・黄芩・薄荷・川芎・白芷・桔梗・枳殻・甘草
○四物湯(局方)
当帰・芍薬・川芎・地黄
金匱要略の芎帰膠艾湯から阿膠・艾葉・甘草を除いたもので、補血薬(当帰・芍薬・地黄)と活血薬(川芎)から成り、血虚の状態に使われる代表方剤である。
○清熱-清はさますの意。
○湿熱-湿と熱とが結合した病邪をいう。そのほか尿利の減少を伴う熱を後世派では湿熱と称し、また湿邪に関係ある熱、たとえば黄疸、リウマチなどを湿熱という場合もある。
山梔子(さんしし)
ア カネ科(Rubiaceae)のクチナシGardenia jasminoides ELLIS. またはその同属植物の果実を用いる。イリドイド配糖体のgeniposide,gardenosideなどやカロチノイド色素(黄色色素)のクロチン、そ の他β-sitosterol, mannitol などを含む。
山梔子の薬能は、『本草備要』に「心肺の邪熱を瀉し、之をして屈曲下降 せしめ、小便より出す。而して三焦の鬱火以って解し、熱厥心痛以って平らぎ、吐衂・血淋・血痢の病、以て息む。」とあり、一般には、消炎、止血、利胆、解 熱、鎮静などの働きがあり、特に虚煩を治すとともに、吐血、血尿、黄疸などに応用する。
薬理実験では、geniposideのアグリコンで あるgenipinに、胆汁分泌促進、胃液分泌抑制、鎮痛などの作用が認められるほか、クロチンのアグリコンのクロセチンに実験的動脈硬化の予防作用が認 められる。このように、利胆作用については一定の証明がなせれているが、その他の消炎や鎮静などといった作用を裏づけるには不充分で、今後大いに実験を進 めていかなければならない薬物である。
『新版 衆方規矩』 曲直瀬道三著 池尻 勝編 燎原刊
p.81
労嗽門
逍遙散
肝脾の血虚労倦し五心煩熱し肢体痛み頭目昏重し心忪(ムナサワジ)し頬赤く咽乾き発熱し盗汗し食を減じて臥すことを嗜みて寒熱虐の如くなるを治し,陰虚労嗽肌躰羸痩して漸く骨蒸となるを治す。
当帰,芍薬,茯苓,白朮,柴胡各3,甘草1.5
右生姜を入れて煎じ服す。
○五心煩熱せば麦門冬,地骨皮を加う。
○経閉には桃仁,紅花を加う。
○腹痛むには延胡索を加う。
○胸熱せば黄連,山梔子を加う。
○気惱し胸痞悶せば枳実,青皮,香附子を加う。
○手振(フル)うには防風,荊芥,薄荷を加う。
○咳嗽には五味子,紫菀を加う。
○痰を吐くには五味子,貝母,栝楼仁を加う。
○飲食消せざるには山楂氏,神曲を加う。
○渇を発せば麦門冬,天花粉を加う。
○心(ココロ)ほれ心(ムネ)おどるには酸棗仁,遠志を加う。
○久しき瀉には干姜を炒りて加う。
○遍身痛むには防風,羗活を加う。
○吐血には阿膠,生地黄,牡丹皮を加う。
○自汗には黄耆,酸棗仁を加う。
○左の腹に血塊あらば三稜,莪朮,桃仁,紅花を加う。
○右の腹に気塊あらば木香,檳榔子を加う。
○血虚煩熱し月水調わず臍腹脹痛し痰嗽潮熱するには薄荷,地母,地骨皮を加え或は黄芩を加う。
○心(ムネ)いきれば麦門冬,羚羊角を加う。
○嗽には烏梅,款冬花,五味子を加う。
○産後血虚して煩熱せば黄芩を加う。
○婦人癲疾を患い歌唱すること時なく垣を踰え屋に上るはすなわち営血心包絡に迷うて致す処なり。本方に桃仁,遠志,紅花,蘇木,生地黄を加う。
○もし熱あらば小柴胡湯を合して生地黄,辰砂を加う。
○気血両虚して汗なく潮熱せば薄荷を加う。
○子午の時の潮熱には黄芩,胡黄連,麦門冬,地骨皮,秦艽,木通,車前子,灯心草を加う。
○婦人肝脾の血虚発熱潮熱或は自汗盗汗或は頭痛目渋り或は征忡安からず頬赤く口乾き或は月経調わず或は肚腹痛みをなし或は小腹重墜し水道しぶり痛み或は腫れ痛んで膿を出し内熱して渇きをなすに煨したる生姜一片薄荷少し加え煎じ服す。
○本方に牡丹皮,山梔子を加えて加味逍遙散と名づく。
按ずるに虚労熱嗽汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し体痩せ骨蒸,婦人癲狂月経調わざるには加減を照し間間これを治す。
○十八才の婦初産に二七夜を過ぎて後,面赤く肌躰発熱心(ムネ)おどり不食し頃(シバ)らくして睡り俄かに驚き声ふるい両の手を差し上げ擅掉(ふるう)すること毎夜十四五度ばかりなり。他医手を束ぬ。これによって本方に地骨皮,陳皮,酒黄連,酸棗仁を加えて安し。その後右の手腿しびれ痛む。蒼朮,桔梗,烏薬,木瓜,羗活,黄芩を加えて全く愈たり。
○壮婦怯弱にして瘧を病む。間日に発す。数方応ぜず。これによって詳らかに問えば久しく月信来らずして盗汗ありと云う。故に地骨皮,山梔子,牡丹皮を加えて奇妙を得たり。
○産後寒来往来するにこの方を用いて応ぜざる時は四君子湯を与えて間間奇効を得たり。まことに陽生ずる時は陰長ずと云う。これなり。
※秦艽 秦芁
『衆方規矩解説(24)』 日本漢方医学研究所所長 山田 光胤 先生
労嗽門(一)
本日と次回で労嗽門の解説をいたします。「労嗽」とは体力が低下したり、疲労、衰弱の状態にあって、咳が出るような場合のことをいいま功。
■逍遙散
最初は逍遙散(ショウヨウサン)です。逍遙散は『和剤局方』の処方で、『和剤局方』は宋の時代にできた書物です。
「肝脾の血虚労倦し、五心煩熱し、肢体の痛み頭目昏重し、心忪(むねさわ)ぎ、頬あかく咽乾き、発熱し、盗汗し、食を減じ、臥すことを嗜みて、寒熱瘧の如くなるを治し、陰虚、労嗽、肌体羸痩して漸く骨蒸となるを治す」と書いてあります。
「肝脾の血虚」というのは後世方の理論で、肝の系統と脾の系統の病態に逍遙散を使うということですが、肝の系統には心身症のような精神神経症状を伴います。脾の症状にも似たようなことがありますが、主として消化力の低下をいいます。「血虚」は体力の低下と考えればよく、その中には場合によっては貧血が加わることもあります。「労嗽」は体が疲れて倦怠することで、「五心煩熱」は全身の煩熱状態のことです。「五心」とは手足と首で、「煩熱」とは体が痛んだりして熱苦しいことです。「頭目昏重」は目が廻ったり、頭が重く、「心忪ぎ」は動悸で、その場合に顔に赤味があります。これは陽証であるからです。そして咽が乾いたり熱感があります。発熱は現代の熱発では必ずしもなく、熱感を覚えることです。そして盗汗があったり、食欲が減退し、体がだるいので寝てばかりいるということです。「寒熱瘧の如く」とは寒くなったり熱くなったりするので、ちょうどマラリアのような状態になります。そのような病態を治します。「陰虚」は後世方の理論で陰が虚すということで、簡単に申しますと、体の力が低下するということです。とくに体の下半身が低下することを陰虚といいます。「労嗽」は体が弱った状態にあって咳が出ることで、「肌体羸痩」は体が痩せ、次第に骨蒸となります。「骨蒸」とは現代の肺結核のような体が衰弱する病気をいいます。
このように逍遙散はごく簡単にいいますと陽証でありますが、虚証の場合で、以上のような諸種の症状のある場合に効果があり、熱発を伴う時には解熱する働きがあります。
処方の内容は「斤(当帰(トウキ))、芍(芍薬(シャクヤク))、苓(茯苓(ブクリョウ))、伽(白朮(ビャクジュツ))、柴(柴胡(サイコ))各一匁、甘(甘草(カンゾウ))五分」です。現代の分量にしますと、一匁は大体3gくらいが常用量になり、甘草はその半分の1.5gぐらいです。「右、姜(生姜)を入れ煎じ服す」。以上の6種類の生薬に、生姜を加えて煎じて飲みます。
この場合も生姜の分量は3gぐらいがようのですが、最近では乾生姜(カンショウキョウ)をよく使いますので、その場合は1/3~1/2量が適量です。そしてそのあとにいろいろな症状のある場合の加味、加減が書いてあります。これを方後の加減といいます。
「五心煩熱せば門(麦門冬(バクモンドウ))、籙(地骨皮(ジコッピ))を加う」。体が熱苦しい時には麦門冬と地骨皮を加えるとよろしいということです。「経閉には嬰(桃仁(トウニン))、紅(紅花(コウカ))を加う」。無月経には桃仁,紅花を加え、いずれも駆瘀血剤になります。
「腹痛むには索(延胡索(エンゴサク))を加う」。延胡索は腹痛に対する鎮痛作用があります。「胸熱せば連(黄連(オウレン)、丹(山梔子(サンシシ))を加う」。これは上半身が熱苦しい時という意味にもなりますし、また上半身の熱性の症状、たとえば炎症とか、口内炎があった場合にも、黄連、山梔子を加えると早く治るということになります。
「気悩し、胸痞悶せば実(枳実(キジツ))、昆(青皮(セイヒ))、莎(香附子(コウブシ))を加う。」。いろいろな悩みがあったり、胸が詰まって苦しい時、あるいは胃にガスが溜まって(呑気)胸苦しい時に、枳実、青皮、香附子を加えると、気を開く働きがありまして胃が気持よくなります。「手ふるうには芸(防風(ボウフウ))、荊(荊芥(ケイガイ))、荷(薄荷(ハッカ))を加う」。手が震えるというのは年寄りになるとよくある症状ですが、実際に効果があるかどうかは経験がありません。
「咳嗽には会(五味子(ゴミシ))、苑(紫苑(シオン))を加う」。咳がひどい時には五味子、紫苑を加えます。五味子、紫苑には鎮咳作用があります。「痰を吐くには守(半夏(ハンゲ))、貝(貝母(バイモ))、蔞(括蔞仁(カロウニン))を加う」。喀痰の多い時にはこうするとよいということで、いずれも袪痰作用があります。
「飲食消せざるには査(山査子(サンザシ))、曲(神麴(シンギク))を加う」。消化力が低下して消化が悪い時には、山査子と神麴を加えます。神麴は一種の酵素が含まれていますので、消化酵素剤になります。「渇を発せば門(麦門冬)、瑞(天花粉(テンカフン))を加う。」渇は咽の乾きです。
「心(こころ)ほれ、心(むね)踊るには酸(酸棗仁(サンソウニン))、遠(遠志(オンジ))を加う」。不安があって動悸がし、夜も眠れないような時には、酸棗仁と遠志を加えると鎮静作用があるということです。「久しき瀉には永(乾姜(カンキョウ))を炒りて加う」。下痢が長く続いているような時にはこうするとよいということです。
「遍身痛むには芸(防風)、羗(羗活(キョウカツ))を加う」。これは全身が痛い時です。「吐血には膠(阿膠(アキョウ)、〓(生地黄(ショウジオウ)、牡(牡丹皮(ボタンピ))を加う」。いずれも止血の効果があります。「自汗には芪(黄耆(オウギ))、酸(酸棗仁)を加う」。自汗とは体力が低下した時に自然に汗が漏れるので、それをとめる黄耆と、体の力を補う酸棗仁を加えるとよいということです。
次に「左の腹に血塊あらば稜(三稜(サンリョウ))、莪(莪朮(ガジュツ))、嬰(桃仁)、紅(紅花)を加う」。これは瘀血のある場合で、いずれも瘀血を除く働きがあります。「右の腹に気塊あらば蜜(木香(モッコウ))、梹(檳榔(ビンロウ))を加う」。
これは右の腹ですから、回盲部にあたるところにガスが溜まっている場合で、いずれもガスを取り除く、あるいは腸内ガスが溜まらないようにする働きがあります。
「血虚煩熱し、月水調わず、臍(臍のこと)腹脹り痛み、痰嗽潮熱するには荷(薄荷)、雷(知母(チモ))、籙(地骨皮)を加え、或いは芩(黄芩(オウゴン))を加う」。貧血があったり、体力が低下していながら体が熱苦しく、(月水は月経のこと)、月経不順になり、臍を中心にして腹が張ったり痛んだり、痰や咳が出たりして、発熱する(潮熱とは全身が熱くなる熱型)。そのような時に、薄荷、知母、地骨皮を加えます。これらはいずれも解熱作用があります。また黄芩を加えます。これも解熱消炎作用があります。
「心(むね)いきれば門(麦門冬)、羚(羚羊角(レイヨウカク))を加う」。胸いきればは息の苦しい時です。「嗽には梅(烏梅(ウバイ))、款(款冬花(カントウカ))、会(五味子)を加う」。嗽は痰咳のことで、五味子、烏梅、款冬花も鎮咳袪痰作用があります。
「産後血虚して煩熱せば芩(黄芩)を加う」。産後体力が低下して熱を出したような時には、黄芩を加えて解熱をはかります。
「婦人癲疾を患い歌唱すること時なく、垣を越え屋に上るはすなわち栄血心包絡に迷いて致すところなり。本方に嬰(桃仁)、遠(遠志)、紅(紅花)、方(蘇木(ソボク))、〓(生地黄)を加う」。癲疾とは精神分裂病などの精神病のことで、癲癇も入るかもしれませんが、その場合には精神運動発作のようなものでしょう。その症状として、歌を歌ったり垣根を乗り越えたり、屋根に上ったりというような興奮状態を呈するような時は、栄血が心包に迷っているからであるということです。これは後世方の理論で理解しにくいところですが、一種の血証であるということになります。血証とは血液に関連のあるいろいろな異常状態で、その一つが瘀血という病態になります。この時には桃仁のような瘀血を取り除く働きのある薬とか、遠志のような鎮静作用のあるもの、生地黄のように血を治める薬などを加えるとよろしいということになります。
「もし熱あらば小柴胡湯(ショウサイコトウ)を合して〓(生地黄)、辰(辰砂(シンシャ))を加う」。この場合の熱は実際の熱発をいっているものと思いますが、そのような時には小柴胡湯を合方し、さらに地黄と辰砂を加えればよいということですが、小柴胡湯だけでもよいこともありますし、逍遙散だけでも微熱程度の熱はやがて解熱するものです。
「気血両虚して汗なく、潮熱せば荷(薄荷)を加う」。「気血両虚」とは気力、体力が低下している状態です。そしてその時全身が熱くなるような熱が出た場合には、薄荷を加えるとよいということですが、現在常用しております加味逍遙散(カミショウヨウヨウサン)の処方は、この逍遙散に薄荷が入っていて、さらにあとに出てきますように、山梔子と牡丹皮が入っております。次に「子午(ねうし)の時の潮熱には芩(黄芩)、胡連(胡黄連(コオウレン))、門(麦門冬)、籙(地骨皮)、芁(秦芁(ジンギョウ))、通(木通(モクツウ))、車(車前子(シャゼンシ))、灯(灯心(トウシン))を加う」。これは時間によっての発熱に、こういうことを考えていたわけですが(子は夜の11~12時、午は昼の11~12時)、実際にはあまり応用したことはありません。
「婦人肝脾の血虚、発熱、潮熱、或いは自汗盗汗、或いは頭痛目渋り、或いは怔忡安からず、頬赤く、口乾き、或いは月経調わず、或いは肚腹痛みをなし、或いは小腹重墜し、水道渋り痛み、或いは腫れ痛んで膿を出だし、内熱して渇きをなすに煨(い)りたる生姜(火で炙った生姜)一片、荷(薄荷)少々を加えて煎じ服す」。
これは生姜を炒って使うということですが、昔はこういう使い方もあったものと思います。この部分は婦人といっていますが、男子でもあるかもしれません。肝脾の血虚で不安状態を呈して、脾の虚ですから食欲が減退したり、消化力が低下したりするような時に発熱があり、その発熱が潮熱(全身が熱くなるような熱型)の形になり、あるいは自然に汗が出たり、寝汗が出たり、あるいは頭痛、目の渋り(眼精疲労のよう治状態)、あるいは怔忡(動悸)がして気持が安静にならない、そして頬が赤く、口が乾き、あるいは月経不順でおなかが痛んだり、あるいは小腹が下に落ち込むような感じになります。「水道渋り」というのは尿の排泄が円滑にいかないことです。そして排尿痛があったりします。あるいは尿道口などが腫れ、痛んで膿を出し、内熱があるために咽の乾きも伴います。そのような時に生姜を炒り、薄荷を加えて服用します。
「本方に牡(牡丹皮)、丹(山梔子)を加えて加味逍遙散(カミショウヨウサン)と名づく」。加味逍遙散は『和剤局方』には出ておりませんが、明の頃の書物たとえば『万病回春』にこのことが書いてあります。これは「按ずるに虚労、熱嗽、汗ある者に宜し。兼ねて以て男子五心煩熱し、体痩せ骨蒸、婦人癲狂、月経調わざるには加減を照し、間々これを治す」。「虚労」とは疲労が加わって体力が減退したような状態をいいます。このような時で、熱や咳が出て汗の出るような時によく、また男子でも体が煩熱して、痩せて、骨蒸(肺結核のように衰弱する病気)のような状態の時によいのです。また婦人で癲狂:T精神疾患)で、月経不順の時には次のように、いろいろの加減をして使うとよいということです。加減は前に出ておりましたので略します。
次に治験例が若干出ております。「十八歳の婦人が初産後一四日を過ぎた指に顔が赤く、体が発熱し、動悸がして、食事を摂らなくなり、しばらくして眠ると、急に驚感て声をあげ、両手を差し上げて擅掉(振り動かすこと)ようなことが毎夜一四、五度ばかりあり、他医は手を束ねていました。そこで本方に籙(地骨皮)、陳(陳皮(チンピ))、連(黄連)、酸(酸棗仁)を加えて与えると安静になった。その後右の手、腿がしびれ痛むので、蒼(蒼朮(ソウジュツ))、桔(桔梗(キキョウ))、(茴香(ウイキョウ))、瓜(木瓜(モッカ))、羗(羗活)、芩(黄芩)を加えて全く愈えた」という一例があります。
次には「若い婦人で体が弱く、瘧を病む時にしばしばいくつかの処方が効かないような場合に、本方に籙(地骨皮)、丹(山梔子)、牡(牡丹皮)を加えて奇効を得た」とあります。
※〓生+也
※子午(ねうし)× 子午(ねうま;しご)の間違いでは?
『勿誤薬室方函口訣(65)』 日本東洋医学会参事 広瀬 滋之
-逍遙解毒湯・逍遙散・薔薇湯・浄府散-
逍遙散
次は逍遙散です。本方は宋の『和剤局方』に出てくる処方で、日常の臨床でも比較的応用範囲の広い薬方です。構成生薬は、柴胡(サイコ)、芍薬(シャクヤク)、茯苓(ブクリョウ)、白朮(ビャクジュツ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の八味です。このうち主薬は当帰、芍薬、柴胡の三味であります。
当帰はセリ科のトウキの根を乾燥したもので、補血作用があります。血虚を治す四物湯(シモツトウ)の主薬でもあり、漢方薬の中でも重要な役割を担う生薬です。
芍薬は、シャクヤクの根を乾燥したもので、主成分はペオニフロリンで、血を補い、痛みを止める作用を有しています。芍薬と甘草が配合されて芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)、桂枝湯(ケイシトウ)、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)、四逆散(シギャクサン)など、多くの薬方があり、また当帰と芍薬の配合により補血作用が強まり、その薬方には四物湯、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などがあります。
柴胡はセリ科のミシマサイコの根で、主成分であるサイコサポニンは、抗炎症作用、抗アレルギー作用、脂質代謝作用など、近年注目されている生薬であることはご存じのごとくであります。胸脇苦満、往来寒熱を去り、「肝の病」の薬として、小柴胡湯(ショウサイコトウ)をはじめとした一連の柴胡剤の主薬であります。本方における白朮、茯苓は、駆水剤として作用しております。本方に牡丹皮(ボタンピ)、山梔子(サンシシ)を加えたものが加味逍遙散(カミショウヨウサン)で、現在ではこの薬方がむしろ多く使われる傾向にあります。
次に主治の文を読みます。「血虚労倦、五生煩熱、頭目昏重、心忪頬赤、発熱盗汗、及び血熱相搏ち、月水調わず、臍腹脹痛、寒熱虐のごとくなるを治す。柴胡、芍薬、茯苓、当帰、薄荷、白朮、甘草、生姜、右八味、あるいは麦門(バクモン)、阿膠(アキョウ)を加え、血虚発熱止まず、あるいは労嗽するものを治す。あるいは地黄(ジオウ)、莎草(シャソウ)を加え、血虚うっ塞する者を治す。一は甘草を去り、橘皮(キッピ)、牡丹(ボタン)、貝母(バイモ)、黄連(オウレン)を加え、医貫逍遙散(イカンショウヨウサン)と名づけ、一切のうっ証、瘧に似たるもの、ただしその人口苦にして清水あるいは苦水を嘔吐し、面青く脇痛み耳鳴脉濇なるを治す」とあります。
主治の文を意訳します。五臓六腑のうち肝と脾の血液が少なくなって血虚の状態が生じ、そのために肝と脾の働きが衰え、全身が疲れてきて、手掌や足の裏、胸の中がむしむしと熱っぽく、いわゆる五心煩熱の状態を呈します。頭は重く、目はぼんやりとし、胸さわぎがし、顔が紅潮し、発熱して寝汗が出、瘀血のために月経不順となり、臍のあたりや下腹部が張り痛んだりして、ちょうどマラリアのように熱くなったり寒くなったりするものを治すとあります。
ここでは後世方的な思想である五臓六腑の病理を加味しているので、逍遙散に関係する肝について説明いたします。漢方医学でいう肝は現代医学でいう肝臓以外に生殖器と泌尿器と関係が深く、経絡の関係もそこをめぐっています。また怒ったり、癇癪を起こすのも肝の作用といわれ、間脳下垂体系、自律神経系との関係も深く、また肝の症状と瘀血とも密接に関係し、老人がしばしば腎虚の状態を現わすのに対し、更年期障害を呈する年代はしばしば肝虚におちいり、瘀血の治療に当たっても肝に対する考慮が必要とされ、この逍遙散も瘀血と肝を考慮した薬方と考えられます。
本文を読みます。「此の方は小柴胡湯の変方にして、小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして医王湯(イオウトウ)よりは一層手前の場合にゆくものなり。此の方専ら婦人虚労を治すと云えども、其の実は体気甚だ強壮ならず、平生血気薄く肝火亢り、あるいは寒熱往来、あるいは頭痛口苦、あるいは頬赤寒熱瘧のごとく、ある感は月経不調にて申分たえず、あるいは小便淋瀝渋痛俗にいうせうかちの如く、一切肝火にて種々申分あるものに効あり。『内科摘要』に牡丹皮、山梔子を加うるもの肝部の虚火を鎮むる手段なり。たとえば産前後の口、赤爛す識ものに効あるは、虚火上炎を治すればなり。東郭の地黄、香附子を加うる者、此の裏にて、肝虚の症、水分の動悸甚しく、両脇拘急して思慮うっ結するものに宜し」とあります。
本文に浴って解説いたします。本方は小柴胡湯の変方といわれておりますが、黄芩、半夏のような比較的鋭い薬効の薬味を去っております。また小柴胡湯に比べれば、胸脇苦満の程度は弱く、それ故に本文では、「小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして」といっております。
「医王湯よりは一層手前の場合に行くものなり」について和田東郭は、『蕉窓方意解』の中で、「一層手前とは補中益気(ホチュウエッキ)ほどに胃中の気薄からざるをいうなり。故に方中に参(ジン)、耆(ギ)を用いず」といっております。つまり本文は、人参(ニンジン)や黄耆(オウギ)を用いなければならないほどに胃腸の働きは低下していないといっております。
本方は「婦人の虚労を治す薬方といわれているが、体質的には虚弱で、神経症状が強く、寒気がしたり、熱くなったり、また頭痛がし、口が苦く、午後になってのぼせて頬が赤くなったり、月経が不順で愁訴が多く、小便が消渇のごとく渋ったり、その他一切、肝の火により起ころものに効ある」としております。
次に虚火について説明いたします。火は本来、実邪によるものですが、虚した場合にも火の証がくるとされています。疲れた時にほてったり、のぼせたりしますが、これを虚火といいます。本方に牡丹皮、山梔子を加えたものが加味逍遙散ですが、肝の虚火を鎮める手段として使用されます。
『勿誤薬室方函口訣』では、加味逍遙散を「この方は清熱を主として上部の血症に効あり。故に逍遙散の証にして頭痛、面熱、肩背強り、鼻出血などあるものに佳なり」としております。
臨床的には加味逍遙散の方がより広く応用できるわけです。また「産前産後の口内炎や口腔内糜爛に有効であるのは、虚火を鎮めるからである」としております。「和田東郭の、本方に地黄、香附子を加えたものは、肝が虚して臍のすぐ上方の水分並に動悸がして胸脇苦満があり、くよくよと思い患っているものによろしい」としております。
細野史郎先生は、著書『漢方医学十講』の中で、逍遙散、加味逍遙散の鑑別を以下のように述べています。「牡丹皮・山梔子を加えると清熱の意が強まる。しかもそれが上部に効くときと、下部に効くときの二つの場合がある。上部に効 く場合は、上部の血症すなわち逍遥散症で、頭痛、面熱紅潮、肩背の強ばり、衂血などのある場合であり、後者の場合は、下部の湿熱、すなわち泌尿器生殖器疾患、とくに婦人の痳疾の虚証、白帯下にも用いる。湿熱でも悪寒、発熱が強く、胸脇にせまり、嘔気さえ加わるようなものは、本方よりも小柴胡湯加牡丹皮山梔子(ショウサイコトウカボタンピサンシシ)がよい。なお本方は、小柴胡湯合当帰芍薬散(ショウサイコトウゴウトウキシャクヤクサン)に近く、それよりもやや虚証のものと考えてよいが、実証の場合、すなわち小柴胡湯合桂枝茯苓丸(ショウサイコトウゴウケイシブクリョウガン)に比するものは、柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)とみてよいかと思う」と述べております。
以上より本方の適応症は、神経症に瘀血症状の加わったもの、月経不順、月経困難症で肝うつ症状を伴う時、婦人の慢性膀胱炎、肝うつ症状に伴う肩凝り、頭重、不眠症、便秘その他皮膚病など、多くの疾患があげられます。治験例については諸先輩の多くの報告がありますが、時間の関係上省略いたします。
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