漢方というと慢性病にしか効果が無いように思われがちですが、もともと漢方以外の治療方法が無かった時代には、全てを漢方で治療していたわけですので、インフルエンザに相当する病気も当然ながら治療の対象となりえます。
漢方の最も重要な古典といわれる『傷寒論』(しょうかんろん)は、傷寒と呼ばれる急性熱性病の治療の為に著わされた書物であることからも、インフルエンザに漢方で対処することが可能なことがわかります。
熱があっても寒けがある場合は、体を温めて発汗させる治療方法を行ないます。
代表的な薬方は、葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)です。
葛根湯は、「太陽病、項背強几几、無汗悪風、葛根湯主之」(太陽病、項背強ばること几几、汗なく悪風する者、葛根湯これをつかさどる)と『傷寒論』に書かれていて、
つまり、太陽病(脈が浮いていて、頭痛がしたりうなじがこわばる、悪寒がある状態)で、首や背中がかたくこわばって(首・肩こり)、汗が出ていない状態で、寒けがある人には葛根湯が効くとされています。
葛根湯が効くのは、本当に初期の段階です。
村田恭介先生は、
「葛根湯が効くのは初期の寒気があって項背部が凝る人に限られる。
これはヤバイ!本格的に風邪を引いたぞ!病院にいかなくちゃ~~!
という段階になって葛根湯を病院で処方されても、ほとんど効くわけがない。」
とおっしゃっています。
http://cyosyu.exblog.jp/i7
また、
「首の真裏を自分で揉んでみて「気持ちがよい」ということと、その「首の真裏を温めると気持ちがよい」という二つが揃わない限りは使用しても無意味だから、使用すべきでない。」
ともおっしゃっています。
http://ryukan.seesaa.net/article/112807937.html
更に、
「寒い思いをして、少しゾクゾク、喉が痛くならない風邪であることが、絶対的な条件」
ともおっしゃっています。
「喉が痛くならない風邪」については意見が分かれることと思いますが、
村田先生は、喉が痛い場合には、
温病論に基づく「銀翹散」系列の方剤が主役であるとされています。
喉(のど)が痛い場合、日本の漢方では、
葛根湯(かっこんとう)に桔梗(ききょう)と石膏(せっこう)を加えたり、
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を合方したりします。
また、藤平健先生の系列の先生は、のどチクの風邪に、
麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、
桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)略称:桂麻各半湯(けいまかくはんとう)
桂枝二麻黄一湯(けいしにまおういちとう)
桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいちとう)
を用いられます。
麻黄湯(まおうとう)や桂枝湯(けいしとう)も同様に、
基本的には、インフルエンザの初期にしか効果を発揮しません。
麻黄湯は、『傷寒論』に
「太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗而喘者、麻黄湯主之。」と書かれていて、
葛根湯に似ていますが、腰痛や関節痛がある場合に用いられます。
ここでは書かれていませんが、脈も、葛根湯よりも緊張した脈であるとされています。
インフルエンザは、関節痛などが出ることが多いので、葛根湯(かっこんとう)よりも麻黄湯(まおうとう)の方が、適応する可能性は高いと思われます。
一般の漢方書では、首や肩のこりがあれば葛根湯(かっこんとう)で、
腰痛や関節痛があれば麻黄湯(まおうとう)と言われますが、
麻黄湯(まおうとう)も太陽病(たいようびょう)期に用いられる薬方で、
太陽病の症状として、頭項強痛(づこうきょうつう、頭痛やうなじのこわばり)があげられていますので、
理論的には、麻黄湯も肩こりにも効果を発揮します。
村上光太郎先生は、
「葛根湯は、上焦のみに症状がある場合で、麻黄湯は全身に症状がある場合。
麻黄湯の方が薬味は少ないが、適応は広い」とおっしゃっています。
葛根湯と麻黄湯のどちらも、麻黄(まおう)と桂枝(けいし)による発汗作用がありますので、
汗をかいていない状態(無汗)の人に使用します。
また、麻黄(まおう)は、胃腸障害を起こしやすいので、胃腸の弱い方には原則として使用しません。
もし、汗が出ている場合は、桂枝湯(けいしとう)を用います。
更に、汗をかいていて、なおかつ肩こりが強い場合は、
桂枝湯(けいしとう)に葛根(かっこん)を加えた
桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)を用います。
葛根湯(かっこんとう)と桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)は、
麻黄(まおう)が入っているか否かだけの違いだけですが、
虚実が異なってきますので、注意が必要です。
桂枝湯(けいしとう)は「衆方の祖(しゅうほうのそ)」、「衆方の嚆矢(こうし)」、「経方の権輿(けいほうのけんよ)」などと呼ばれ、非常に有名な漢方薬方ではありますが、
良く知られている割に、桂枝湯単独で使われることは少ないようです。
麻黄湯(まおうとう)と桂枝湯(けいしとう)を合わせると、桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)、
略して桂麻各半湯(けいまかくはんとう)となります。
伊藤清夫先生などは、葛根湯より、桂麻各半湯の方を良く使うとおっしゃっています。
葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)は、
いずれも寒けのある時に使われる漢方薬で、暖めて発汗させて病気を治すものです。
ですので、薬を飲むだけではだめで、布団(ふとん)に入ったり、熱いうどんやお粥を食べたりして、
体を暖めて、軽く発汗する必要があります。
「軽く発汗」というのが大切で、じんわりと汗ばむ程度が良く、汗がだらだらと出るのは発汗させすぎで、体力を消耗してしまい、逆に治らなくなってしまいます。
また、体を温めないと、いくら薬が適応していても(証に合っていても)、効果を発揮できません。
上記の薬方で治れば良いのですが、治らない時は、香蘇散(こうそさん)、参蘇飲(じんそいん)、桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう(桂麻各半湯(けいまかくはんとう))、桂枝二麻黄一湯(けいし にまおういちとう)、桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいちとう)、大青竜湯(だいせいりゅうとう)、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、柴胡桂枝湯(さい こけいしとう)、小柴胡湯(しょうさいことう)、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう(麻黄細辛附子湯(まおうさいしんぶしとう))、藿香正気散 (かっこうしょうきさん)、竹葉石膏湯(ちくようせっこうとう)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、麦門冬湯(ばくもんどうとう)など、色々と使われます。
一貫堂の森道伯先生は、スペイン風邪に対して、
胃腸型には香蘇散加茯苓白朮半夏(こうそさんかぶくりょうびゃくじゅつはんげ)を、
肺炎型には小青竜湯加杏仁石膏(しょうせいりゅうとうかきょうにんせっこう)を、
また高熱のため脳症を発するものには升麻葛根湯加白朮川芎細辛(しょうまかっこんとうかびゃくじゅつせんきゅうさいしん)を用いたそうです。
小青竜湯加杏仁石膏は、小青竜湯合麻杏甘石湯(しょうせいりゅうとうごうまきょうかんせきとう)と同じです。
浅田流では、柴葛解肌湯(さいかつげきとう)が使われます。
浅田流の細野史郎先生は、葛根湯(かっこんとう)と小柴胡湯(しょうさいことう)とを合方して、
柴葛湯(さいかつとう)と名付けられ、柴葛解肌湯の代わりに用いられます。
後世派(ごせいは)では、参蘇飲(じんそいん)などが使われます。
和剤局方(わざいきょくほう)の傷寒門(しょうかんもん)に出ている漢方薬方です。
また、中医学(ちゅういがく:中国でのいわゆる漢方)では、銀翹散(ぎんぎょうさん)の薬方(涼解楽や天津感冒片(てんしんかんぼうへん)等)が使われます。
喉(のど)が痛む時は、トローチのように、ゆっくり口で溶かしながら咽(のど)を潤すように飲むのが良いそうです。
銀翹散(ぎんぎょうさん)は、中国の医書である『温病条弁』(うんびょうじょうべん)という本に記載されている漢方薬方です。
日本でも製造されています。
クラシエ(昔の鐘紡(カネボウ))からも出ていて、内容は、キンギンカ(金銀花)、タンチクヨウ(淡竹葉)、レンギョウ(連翹)、ケイガイ(荊芥)、ハッカ(薄荷)、タンズシ(淡豆豉)、キキョウ(桔梗)、ゴボウシ(牛蒡子)、カンゾウ(甘草)、レイヨウカク(羚羊角)となっています。
効能は、「かぜによるのどの痛み・口(のど)の渇き・せき・頭痛」です。
その他色々な会社から販売されているようですが、
メーカーによって、効果の違いもあるそうです。
イスクラ産業の錠剤 天津感冒片(てんしんかんぼうへん) や、
顆粒剤なら 涼解楽(りょうかいらく) などは
無難で効果が安定していると、
村田恭介先生はおっしゃっています。
『温病条弁』(うんびょうじょうべん)は、中国の清(しん)の時代に、呉鞠通(ごきくつう)により著わされた書物です。三焦弁証の概念を取り入れており、温病学(うんびょうがく)の重要書籍とされています。
旧来の日本の漢方では、「温病」(うんびょう)は余り重視されていませんが、現代の中国医学(中医)では、『温病条弁』(うんびょうじょうべん)は、傷寒論(しょうかんろん)と同等以上に重要な書物であると考えられています。
日本では余り重視されていないと書きましたが、古方家(こほうか)で有名な奥田謙蔵(おくだけんぞう)先生は、晩年、「これからは温病(うんびょう)を研究しなくてはならない」旨をおっしゃっていたそうです。
また、板藍根(ばんらんこん)を併用するのも良いそうです。
板藍根(ばんらんこん)とは、タイセイやホソバタイセイというアブラナ科の植物の根を乾燥させた生薬です。
板藍根は「清熱解毒(せいねつげどく)」や「涼血利咽(りょうけつりいん)」の薬能をもつ生薬とされています。
「清熱解毒」とは、細菌やウイルスによる感染や炎症に伴う発熱、腫脹(しゅちょう;はれ)、疼痛(とうつう;いたみ)などを抑える働きをいいます。
「涼血利咽」とは、のぼせや発赤(ほっせき)、紅班(こうはん)、衂血(じくけつ;鼻血)、充血などの症状やのどの症状を抑える働きを意味します。
中国では、風邪(インフルエンザを含む)の予防や、発熱やのどの痛みなどの症状に、 煎じ液をお茶代わりに飲むなどの方法で、広く利用されています。
また、煎じ液でうがいをすることも風邪(インフルエンザ)等の感染症予防に役立ちます。
このほか、扁桃腺炎(へんとうせんえん)や口内炎、ニキビなどにも効果があるそうです。