健康情報

2014年4月9日水曜日

甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) の 効能・効果 と 副作用

『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
甘草乾姜湯
本方は手足厥冷の傾向があり、唾液・尿等の分泌物が多量で稀薄な場合に用いるのであるが、時に煩操の状を訴えることがある。
本方は甘草と乾姜との二味からなり、甘草は急迫を治し、乾姜は一種の刺激興奮剤で、血行を盛んにする効がある。故に組織の緊張を亢め、活力を賦与する効がある。
本方は発汗剤を使用してはならない場合に、誤用して発汗させたために、手足厥冷・煩操・吐逆・口内乾燥等の諸症を呈した場合に頓服として用い、また老人・虚弱者で尿意頻数・唾液稀薄・眩暈等の症があれば、此方を用いてよい。また弛緩性出血・後陣痛にも用いることがある。


『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。

7 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)四、乾姜(かんきょう)二〕
虚弱な人の陽気が虚したために、瘀水が動揺し、種々の症状を呈するものに用いられる。したがって、煩操、吐逆(吐気)、咽中乾燥、四肢厥冷、尿意頻数、希薄な唾液分泌過多などを目標とする。
本方は、数多くの薬方の基本となっている。たとえば、人参の朮が加えられると人参湯となり、附子が加えられると四逆湯、茯苓と朮が加えられると苓姜朮甘湯(後出、駆水剤の項参照)となる。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草乾姜湯證を呈するものが多い。
一 遺尿、夜尿症、萎縮腎、尿道炎その他の泌尿器系疾患。
一 吐血、喀血、子宮出血その他の各種出血。
一 そのほか、瘭疽、凍傷、気管支喘息、ルイレキ、唾液分泌過多など。


『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.95 尿意頻数・夜尿症・よだれ症・冷え症
24 甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) 別名 二神湯(にしんとう)・二宜丸(にぎがん)〔傷寒・金匱〕 甘草四・〇 乾姜二・〇

 水二〇〇ccをもって一〇〇に煮つめ、二回に分服する。また甘草六・〇、乾姜三・〇として、水三〇〇ccをもって一五〇ccに煮つめ、一日三回に分博してもよい。

〔応用〕 陽気の虚した者(皮膚が弱く、元気の衰えた者)を誤って発汗したために、水分が動揺し、手足は厥冷し、咽中乾き、煩躁・吐逆を発するものに用いるものである。
 本方は主として煩躁・吐逆甚だしく、手足の冷えるもの、老人や虚弱者の尿意頻数・遺尿症・夜尿症・萎縮腎・尿道炎・小児のよだれ・唾液分泌過多・弛緩性出血(吐血・喀血・子宮出血)・産後の後陣痛・めまい・吃逆(しゃっくり)等に用いられ、また瘭疽(熱性症候なく、ただ疼痛劇甚なるもの)・凍傷・喘息・癲癇・ひきつけ・附子中毒による煩躁・吐逆・漏風(ろうふう)(冷え症などにも応用される。

〔目標〕  虚証のもので、発汗剤を誤用し、そのため陽気さらに虚して、手足厥冷・煩躁・吐逆・口内乾燥等の諸症を発したものを目標とする。
 また次のような諸徴候を参考として諸病に用いる。
 脈は沈弱、腹も軟かく、尿意頻数、稀薄な唾液分泌過多などを目標とする。

〔方解〕  本方は四逆湯から附子を去ったものであり、また人参湯から人参と白朮を去ったものである。甘草は急迫を緩め、乾姜は一種の刺激性興奮薬で、組織の緊張を亢め、血行を盛んにし、元気活力をつけるものである。
 少陰病に属する薬方であるが、応用範囲を見てわかるように、臓器の方からいえば、脾と肺と腎の三臓の虚を補うものである。


〔主治〕
  傷寒論(太陽病上篇)に、「傷寒、脈浮、自汗出デ、小便数(シゲ)ク、心煩微悪寒、脚攣急スルニ、反テ桂枝湯ヲ与エテ、其ノ表ヲ攻メント欲スルハ、此レ誤リナリ。之ヲ得テ便(スナワ)チ厥シ(四肢が冷える)、咽中乾キ、煩躁吐逆スル者ニハ、甘草乾姜湯ヲ作テ之ヲ与エ、以テ其ノ陽ヲ復セ」とあり、
 金匱要略(肺痿門)に、「肺痿、涎沫(ゼンマツ)ヲ吐シテ、咳セザル者ハ、其ノ人渇セズして、必ズ刺尿、小便数(シゲ)シ、然ル所以ノ者ハ、上虚シテ下ヲ制スルコト能ワザルヲ以テノ故ナリ。此ヲ肺中冷ト為ス。必ズ眩シテ、涎唾多シ。甘草乾姜湯ヲ以テ之ヲ温メ、若シ湯ヲ服シ已(オワ)ツテ、渇スル者ハ消渇ニ属ス」とある。
 勿誤方函口訣には、「此方ハ簡ニシテ其ノ用広シ。傷寒ノ煩躁吐逆ニ用イ、肺痿ノ涎沫ヲ吐クニ用イ、傷胃ノ吐血ニ用イ、又虚候ノ喘息ニ此方ニテ黒餳丹ヲ送下ス。凡ソ肺痿ノ冷症ハ其ノ人ノ肺中冷、気虚シ、津液ヲ温布スルコト能ワズ、津液聚テ涎沫ニ化ス。故ニ唾多ク出ズ。然レドモ熱症ノ者ノ唾凝テ重濁スルガ如キニ非ズ、又咳セズ咽渇シ、必ズ遺尿小便数ナリ」とある。
 また漢方治療の実際には、「この方も遺尿や多尿に用いるが、白虎湯を用いる場合に相反する。白虎湯は熱性症状があって、新陳代謝の亢進したものを目標とし、この方は寒性症状があって、新陳代謝の沈衰したものを目標とする。甘草乾姜湯証には口渇がなく、脈も沈んで力なく、手足や下半身が冷え、口にうすい唾液がたまり、尿は水のように稀薄で沢山出る。
 甘草乾姜湯に附子を加えたものが、四逆湯であり、茯苓と朮を加えたものが、苓姜朮甘湯であり、人参と朮を加えたものが人参湯であるから、これらのものには、すべて多尿の傾向がある」また、
 「瀉心湯や呉茱萸湯のような苦味の薬を与えて、反って嘔吐がはげしくなるようなものによい」とある。

〔鑑別〕
 ○乾姜附子湯 (煩躁・厥冷・下痢)
 ○四逆湯 56 (煩躁吐逆・下痢清穀、身疼痛) 
 ○苓姜朮甘湯 150 (遺尿、多尿・心下悸、腰中冷)
 ○白虎湯 121 (遺尿、多尿・熱症状、口渇)
 ○人参湯 111 (涎沫・心下痞硬、小便不利)
 ○小青竜湯 70 (涎沫・心下停水、脈浮数)
 ○呉茱萸湯 39 (涎沫・煩躁・頭痛、小便不利)
 

〔治例〕
 (一) 下後手足厥冷
 一女児。風邪にて発熱し、便通がないので、調胃承気湯を与えたところ、一回を服用して下痢数回あった。するとたちまち手足が冷え、煩躁悶乱、悪寒戦慄を発し、ガタガタと慄えだし、危篤状態となった。このとき急ぎ甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危症は一掃された。
(荒木性次氏、古方薬嚢)

 (二) 冷薬服後四肢厥冷
 一女児。熱があって、気分がすぐれないという。食も始まないので、まず小柴胡湯加石膏を与えた。二~三回服用したところ、手足が冷たくなり、咽が乾いて、ぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、急ぎ甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治った。
 本方は下剤や石膏剤などのため、腹中が冷反、手足厥冷し、悶え苦しむ者に神効がある。
(荒木性次氏、古方薬嚢)

 (三) 唾を吐く病
 他に病気がなくて、ただ唾を吐いて止まないというものは、大抵十のうち八~九人までは理中湯(人参湯)で治るものである。先年一男子があってこの症を発したが、理中湯では効かず、甘草乾姜湯で治ったのがある。また他の一人は茯苓飲で治ったものもある。この症は結局心下の停飲によるものである。
(有持桂里翁、校正方輿輗巻七)

 (四) 睡眠後の流涎症
 二十年も前に、十三歳になる女子の病を治したことがある。誰も肺結核という診断でいろいろの薬を用い、灸もすえたが治らない。全身の皮膚は黒く光沢なく、起居にも呼吸せわしく、咳は少しもなく、ただ涎沫を吐して衰弱するばかりであった。よくきくと、眠りにつくと涎れが流れ出て、枕の下まで濡れ、夜具の下まで通るほどであるという。よって甘草乾姜湯を与えたところ、二十日ばかりで夜の涎れが少くなり、昼間の涎沫も半分くらいになった。その後柴胡姜桂湯に人参、黄耆を加えて用い、下肢に瘡毒を発して腐爛し、膿血汁が沢山流れ出て、数ヵ月の後には全身の黒色が消えて色白く光沢を生じ、美しい女子となって全快した。
(宇津木昆台翁、古訓医伝十六巻)


『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう) [傷寒論]

【方意】 寒証による厥冷等と、水毒による稀薄な喀痰・稀薄な尿等と、水毒の動揺による吐逆等のあるもの。時に虚熱を伴う。
《少陰病.虚証》

【自他覚症状の病態分類】

寒証 水毒 水毒の動揺 虚熱
主証 ◎全身の厥冷


〔上焦〕
◎稀薄な喀痰
〔中焦〕
◎稀薄な唾液
〔下焦〕
◎稀薄な尿
◎激しい吐逆



客証  多尿 頻尿
 疼痛
 しびれ
 知覚麻痺
 運動麻痺


〔上焦〕
 息切れ 呼吸困難
 稀薄な鼻汁 胸痛
〔中焦〕
 腹痛 下痢
〔下焦〕
 遺尿 頻尿
 激しい咳嗽
 吃逆
 目眩
 心悸亢進
 逆上感
 痙攣
 煩躁
 口燥
 上熱下寒
 自汗 脱汗


【脈候】 沈微・弱・緩弱・微弱数・弱数・微浮・浮数・浮大弱・芤。。

【舌候】 湿潤。虚熱の強い場合は時に乾燥。

【腹候】 軟弱。時に上腹部に振水音がある。

【病位・虚実】 水毒があり寒証は顕著で、すでに新陳代謝の低下を起こしている。脈力、腹力共に低下し虚証であり少陰病。

【構成生薬】 甘草4.0 乾姜2.0

【方解】 甘草は緊急切迫した症状を主り、乾姜は寒証・水毒、更にこれらに由来する虚証を主識。本方意は条文では「肺中冷」とあり、上焦が主であるが、実際には上、 中、下の三焦にわたっている。甘草・乾姜の組合せは下記の薬方の基本となっており、本方意は多くの薬方の構成に関与している。小青竜湯・苓甘姜味辛夏仁湯は上焦の水毒が基本である。人参湯・半夏瀉心湯は中焦の水毒が関与し、苓姜朮甘湯は下焦の水毒が基本となっている。四逆湯は寒証による全身の機能低下に用いる。以上すべて甘草・乾姜が配剤されている。

【方意の幅および応用】
 A 寒証:急激に起こった全身の厥冷・疼痛等を目標にする場合。
   虚証に発汗剤を誤用し急に手足厥冷・煩躁・吐逆するもの、
   附子中毒、熱感のない疼痛の激しい瘭疽
  B1上焦の水毒:稀薄な喀痰・息切れ・呼吸困難等を目標にする場合。
   上下部気道炎で稀薄な喀痰多く・息切れ・冷え性のもの、気管支炎、気管支喘息、
   肺結核症、アレルギー性鼻炎
  2中焦の水毒:稀薄な唾液・下痢等を目標にする場合。
   赤痢、大腸炎、胃腸疾患で腹痛の激しいもの、よだれ、蛔虫症で生唾の多いもの
  3下焦の水毒:稀薄な尿・頻尿等を目標にする場合。
   老人・虚弱者の頻尿、夜尿症、遺尿、萎縮腎、尿道炎、前立腺肥大、膀胱炎

 C 水毒の動揺:激しい吐逆・心悸亢進等を目標にする場合。
   吐逆、吐逆し煩躁して四肢の冷えるもの、百日咳、咳嗽で尿失禁するもの、自家中毒、
   引きつけ、子癇、癲癇

 D 虚熱:煩躁・自汗等を目標にする場合。
   盗汗し煩躁するもの


【参考】 * 傷寒、脈浮、自汗出で、小便数、心煩、微悪寒し、脚攣急するに、反って桂枝を与え、其の表を攻めん欲するは、此れ誤りなり。之を得て便ち厥し、咽中乾き、 煩躁吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与え、以って其の陽を復す。                     『傷寒論極』
* 肺痿、涎沫を吐して欬せざる者は、其の人渇せず、必ず遺尿し、小便数なり。然(しか)り所以の者は、上虚して下を制す能わざるを以っての故なり。此れ肺中 冷と為す。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯を以って之を温む。若し湯を服し已りて渇する者は消渇に属す。              『金匱要略』
*厥して煩躁し、涎沫多き者を治す。    『方極附言』
*此の方は簡にして其の用広し。傷寒の煩躁吐逆に用い、肺痿の吐涎沫に用い、傷胃の吐血に用い、又虚候の喘息に此の方にて黒錫丹を送下す。凡そ肺痿の冷症は、其の人、肺中冷え気虚し、津液を温布すること能わず、津液聚って涎沫に化す。故に唾多く出ず。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方は急激に虚寒証に陥入した場合に使われ、厥冷・煩躁・吐逆等の急迫症状を伴うこともあるが、四逆湯類ほど虚証は深くない。虚証の喘息発作に著効を示す。
*本方意は元来、中焦の虚寒があり、このため上焦・下焦の虚寒を引き起こしたものとされる。
*虚熱は、急激に発症した場合にみられる。
*本方は虚寒の出血、例えば胃腸虚弱で冷え性の吐血・喀血・子宮出血等にも有効である。患者は肌が黒ずむ傾向がある。

【症例】 気管支喘息兼急性湿疹
 42歳、主婦。頻尿で1時間小水をこらえられない。全身の湿疹があり、特に背部がひどい。背部に細絡がみえる。「貴女は喘息はありませんか」と尋ねると、実は10年以上前より喘息がひどくて、内科の医者にかかっているという。
 そこで『金匱要略』の「肺痿涎沫を吐して欬せざるものは、其人渇せず、必ず遺尿し、小便数す。然る所以のものは上虚し、下を制すること能わざるを以ての故なり、これを肺中冷となす、必ず眩し、涎唾多し、甘草乾姜湯を以て之を温む」を思い出して、唾が口に溜らないか、咽が乾燥しないかと尋ねると皆然りで、唾は細かい泡のようで気持ちが悪いという。甘草乾姜湯前後合計30日分でほとんど治癒廃薬す。
諏訪重雄『漢方の臨床」10・12・25


『類聚方広義解説(54)』   東亜医学協会理事長 矢数 道明
 本日は類聚方広義解説の54回目になります。甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)から始めます。引き続いて乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)、四逆湯(シギャクトウ)から白通加猪胆汁湯(ビャツクウカチョタンジュウトウ)まで、九つの処方について、三回にわたって解説をしてゆきたいと思います。

 まず甘草乾姜湯から始めることにします。甘草乾姜湯はまたの名を二神湯(ニシントウ)といいます。これは甘草と乾姜の二味で神効を発揮するという意味で名づけられたものと思われます。
 条文を読みますと「厥(けつ)して煩躁、涎沫(ぜんまつ)多きを治す」とあります。厥して煩躁というのは手足が冷たくなって、もだえ苦しむことで、心臓衰弱とか、ショックようの症状が起きる状態で、涎沫は肺が冷えて泡沫性の稀薄な痰がたくさん出たり、生つばやよだれが出たりすることで、これは気管支炎とか気管支喘息、あるいは肺炎、肺結核の時などに現われる症状の一つであります。
 処方は「甘草四両(二銭)、乾姜二両(一銭)。右二味、水三升を以て、煮て一升五合を取り、滓を去り、二つに分けて温服する」とあります。ここでいう一升は今の一合のことで、尾台榕堂先生は、日本流にこれを改めて「水一合二勺を以て、煮て六勺を取る」と註釈をしております。
 私たちは現在、甘草4g、乾姜2gとして、200mLの水を入れて煮て、100mLに煮詰め、二回に分けて温服することにしております。また甘草6g、乾姜3gとして、水300mLを入れて煮詰め、150mLとして、これを三回に分けて飲んでもよいとされております。乾姜はショウガを乾燥したもので、辛味が強くて、実際に味わってみますと、2gでも相当辛くて口の中が燃えるようになります。本によっては4gとか6gとかなっているものもありますが、とても飲み込めないほとであります。この本の講義の最初に、大塚先生が注意されましたように、大塚先生は大建中湯(ダイケンチュウトウ)をある本に示された通りに乾姜8gを与えましたところ、患者が膀胱炎を起こして困ったと述べられております。膀胱炎や、痔の疾患のある人、あるいは喀血しやすい人などには、2g以上は用いない方がよいと思います。分量はよほど注意しないと失敗することがよくあります。
 甘草乾姜湯は四逆湯(シギャクトウ)から附子(ブシ)を去ったものであり、人参湯から人参と白朮(ビャクジュツ)を去ったものであります。甘草は急迫症状を治すといわれておりまして、これは手足が冷たくなって、もだえ苦しむ、いわゆる急迫症状といって、急に切迫した症状を呈したもので、これを治す妙薬であります。また痙攣を起こして激しい痛みを訴えている時などに、たちどころにこれを治す鎮痛効果があります。一方、乾姜は新陳代謝機能の減退したものをふるい起こさせるという、いわゆる刺激性の興奮薬で、熱薬と称し、温める力が非常に強く、厥冷(けつれい)(手足が冷たくなる)、煩躁(はんそう)(もだえ苦しむ)を治し、さらに水分の代謝異常が起きて水毒が上にのぼって、泡沫性の痰や、生つばが出たり、よだれを流したりする、いわゆる涎沫を吐するというものを治す作用があります。
 次の本文を読みますと、甘草乾姜湯は、『傷寒論』や『金匱要略』で、どのような時に用いてい識のか、その条文が掲げられています。第一は『傷寒論』の太陽病上篇の条文で、「傷寒、脈浮にして自ら汗出で、小便数(しげ)く、心煩して微悪寒し、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与え、その表を攻めんと欲す。これ誤りなり。之を得れば便ち厥し、咽中乾き、煩躁して吐逆する者は、甘草乾姜湯を作りて之を与うればもってその陽を復す。もし厥愈えて足温まる者は、さらに芍薬甘草湯を作りて之を与うれば、その脚即ち伸ぶ。もし胃気和せず讝語する者は、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うる者は、四逆湯之を主る」とあります。
 これを解説しますと、脈が浮で、自ずから汗が出て、小便が近く、心煩微悪寒、脚攣急するというのは、表と裏、陰証と陽証とが相半ばしているもので、桂枝加附子湯(ケイシカブシトウ)の証であるのに、これを純粋な表証として桂枝湯をもって発汗するのは誤りで、もし誤ってこれを与えると便(すなわ)ち(たちまち)四肢厥冷し、咽中乾燥し、煩躁して吐逆を起こす、すなわち誤治によって水毒が動揺して急迫症状を起こすことになり、このとき甘草乾姜湯を与えて鎮静緩和するとよくなる、というものです。
 次は『金匱要略』の肺痿(はいい)門の条文です。読みますと、「肺痿(はいい)。涎沫(ぜんまつ)を吐して欬(がい)せざる者は、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数(さく)なり。然る所以の者は、上虚して下を制すること能わざるを以ての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩して涎唾し多し。甘草乾姜湯を以て之を温む。もし湯を服しおわって、渇する者は消渇(しょうかつ)に属す」とあります。
 肺痿というのは、『金匱要略』では、肺痿と肺癰とを区別して、虚なる者は肺痿とし、実なる者を肺癰としました。これは寸口(すんこう)の脈が数で、その人欬し(咳が出て)、口中かえって濁った生つば、涎沫すなわち泡沫性の痰があるものを肺痿としました。こういう症状は、肺が冷えているというのであります。呼吸器疾患の中の一種でありまして、広く虚証の気管支炎、気管支喘息、肺結核の一つの型の時に現われるものであります。涎沫とか、遺尿とか、小便数など、水毒があって熱のないもので肺の冷えている時に起こり、眩暈(めまい)を伴い涎沫が多くなるという時、これを甘草乾姜湯で温めるとよくなるというのであります。肺痿の症で渇のないものが本方を服用して、のちに渇きを訴えるものは、肺痿ではなく、消渇(しょうかつ)、すなわち糖尿病であるというのであります。
 尾台榕堂先生は欄外に自分の意見を補足しております。欄外の第一に「この方は生姜甘草湯と同じく、肺痿を治す」とあります。これはこの処方の前にありました生姜甘草湯と区別するわけです。
 「しかもその之(おもむ)く所に至っては正に相反す。以て乾姜と生姜の主治の異るを見るべし」といっております。いわゆる乾姜と生姜の作用によって違ってくるということを申しております。
 次にこの厥を起こしたのは、「ただ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四支拘急(ししこうきゅう)、脈微、大汗厥冷の比に非らず。それ甘草の分量の乾姜に倍するは、急迫を緩(ゆる)めるを以てなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、以てその病情を知るべし」としてあります。甘草が多いので急迫症状が激しいことを申しております。
 さらに「老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気し、眩暈して起歩し難き者にこの方宜し」と補足しております。
 終わりに「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」と東洞の意見を追加しております。

 生姜甘草湯は肺痿で、吐涎沫というのは同じですが、この方には渇があり、欬唾があり、寒証、いわゆる冷えがありません。ところが甘草乾姜湯の方は、肺痿で涎沫を吐すというのは同じですが、欬がない、渇がない、必ず小便がしばしばある、時にはもらすことがある、これがすなわち冷え(寒証)であり、尿は透明で色なく水のようであります。このような区別があるということであります。
 大塚先生の『漢方治療の実際』で、このことを述べて、甘草乾姜湯は夜尿や多尿に用い、寒冷症状があって、新陳代謝の沈衰したものが目標であるといっております。さらに口渇がなく、脈も沈んで力がなく、手足や下半身が冷えて、口には薄い唾液がたまり、尿は水のような稀薄でたくさん出るといっております。
 以上を総合しまして、甘草乾姜湯はどのような病気に応用されるかをまとめてみますと、第一が陽気が虚して元気がない、皮膚の抵抗力の弱いものを誤って発汗させたために、水分が動揺して不均衡状態となり、、ショック様症状を起こして手足が厥冷し、喉が乾いて煩躁吐逆を発したものに用います。
 第二は、老人や虚弱者、冷え症のものに起こった尿意頻数、夜尿症、遺尿症、萎縮腎や、前立腺肥大症、尿道炎などによる多尿症に用います。第三は、子供のよだれ症で、唾液分泌過多症にもよいわけです。第四には弛緩性の出血症で、これが吐血、喀血、子宮出血などに用いられます。第五は産後の後陣痛。第六はめまい。第七はしゃっくり。第八は瘭疽で熱がな決て疼痛の激しいもの。第九は冷え症、あるいは凍傷、喘息、てんかん、ひきつけなど。第十は漏風(ろうふう)といって、手足の爪の間から冷たい風が出るような感じがするという珍しい病気がありますが、こういうものにも使ってよいことが報告されております。

 乾草乾姜湯を用いた症例の報告として、代表的なものをあげてみます。その一は、荒木性次先生の『古方薬嚢』に二つの治験例が載っておりまして、「下した後に手足が厥冷し、もだえ苦しんで危篤状態となったもの」です。女の子が風邪をひき熱を出して便通がないので、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与えたところ、一回分を服用して下痢が数回ありました。するとたちまち手足が冷たくなって、煩躁悶乱し、悪寒、戦慄を発し、ガタガタとふるえ出し、危篤状態となったのです。この時急いで甘草乾姜湯を作って一服させたところ、即座に危篤症状が一掃されたというのです。これは下してはいけなかったものを下したためにショック症状を起こして、手足が冷たく心臓が衰弱し、急迫症状を発したので、この方を用い血行をよくし、冷えを温め、新陳代謝をよくしてよくなった例であります。
 その二は、「冷薬、すなわち解熱薬を服用したあとで手足が冷たくなった」例です。 一人の女の子が熱があって気分がすぐれない、食も進まないというので、小柴胡湯加石膏(ショウサイコトウカセッコウ)という解熱の処方を与えました。二、三回服用したところ急に手足が冷たくなって、喉が乾いてぼんやりして元気なく、煩悶の状が現われたので、これは逆治とさとって、急き甘草乾姜湯を与えたところ、たちまち治ったというのです。これは小柴胡湯加石膏という冷薬を与えたので、腹中が冷えて手足が冷たくなって、もだえ苦しみだしたものであります。
 もう一つ、「睡眠ののちによだれを流す病気」が治った例です。これは宇津木昆台先生の『古訓医伝』に載っている治験例であります。13才になる女の子が病気になって、多くの医師は肺結核という診断であった。いろいろ薬を与え、灸も長年すえたが治らない。全身の皮膚は黒くつやがなく、体を動かすと呼吸がせわしくなって、咳は少しもない。ただ涎沫を吐して、衰弱するばかりであった。よく聞きますと、眠りにつくとよだれが流れ出て、枕の下から夜具の下まで通るほどだというのです。これはすなわち肺痿涎沫を吐して欬せざるものに該当しているものと診まして、甘草乾姜湯を与えて治ったというのであります。以上で甘草乾姜湯は終わります。


※四支拘急(ししこうきゅう)? 四肢拘急(ししこうきゅう)のことか?


『類聚方広義解説(57)』  東京大学医学部第一内科 永井 良樹
 甘草乾姜湯・乾姜附子湯

 本日の『類聚方広義(るいじゅうほうこうぎ)』は甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)と乾姜附子湯(カンキョウブシトウ)についてです。まず甘草乾姜湯の本文と註の部分を読んでみましょう。

■甘草乾姜湯

甘草乾薑湯 治厥而煩躁多涎沫者。
 甘草四兩二錢 乾薑二兩一錢
 右二味。以水三升。煮取一升五合。去滓。分温再服。
 以水一合二勺煮取六勺。
 
『傷寒。』脈浮自汗出。小便數。心煩微惡寒。脚攣急。反
 與桂枝湯。『欲攻其表。』此誤也。得之便厥。咽中乾。
 煩躁吐逆者。作甘草乾薑湯與之。以『復其陽』若
 厥愈足溫者。更作芍藥甘草湯與之。其脚即伸。若『胃
 氣不和。』讝語者。少與調胃承氣湯。若重發汗復加燒
 鍼者。四逆湯主之。○『肺痿。』吐涎沫。而不欬者。
 其人不渇。必遺尿。小便數。『所以然者。以上虚不
 能制下故也。此爲肺中冷。』必眩。多涎唾。甘草乾
 薑湯以溫。若服湯已。渇者『屬消渇。』
   爲則按。當有急迫證。


 「甘草乾姜湯。厥して煩躁し、涎沫多きものを治す。
 甘草(カンゾウ)四両(二銭)、乾姜(カンキョウ)二両(一銭)。
 右二味、水三升をもって、煮て一升五合を取り、滓を去り、分価値温め再服す(水一合二勺をもって、煮て六勺を取る)。
 傷寒、脈浮、自汗出で、小便数(さく)、心煩、微悪寒、脚攣急するに、かえって桂枝湯(ケイシトウ)を与う。その表を攻めんと欲するは、これ誤りなり。これを得てすなわち厥し、咽中乾き、煩躁吐逆するものは、甘草乾姜湯を作りこれを与え、もってその陽を復す。もし厥愈え足温なるものは、さらに芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を作りこれを与うれば、その脚すなわち伸ぶ。もし胃気和せず、讝語のものには、少しく調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うるものは、四逆湯(シギャクトウ)これを主る。
 肺痿、涎沫を吐して、欬せざるもの、その人渇せず、必ず遺尿し、小便数、しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす。必ず眩し、涎唾多し。甘草乾姜湯もってこれを温む。もし湯を服し已り、渇するものは、消渇に属す。
 為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし。」

■甘草乾姜湯の頭註
 「この方、生姜甘草湯(ショウキョウカンゾウトウ)と同じく、肺痿を治す。しかれどもその之(ゆ)く所に至りては、すなわちまさに相反す。もって乾姜、生姜の主治の異なるを見るべし。
 この厥は、ただこれ誤治による一時の激動急迫の厥のみ。四逆湯の下利清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比にあらざるなり。それ甘草の分量乾姜に倍するは、急迫を緩むをもってなり。咽乾、煩躁、吐逆の症を観て、もってその病情を知るべし。
 老人、平日小便頻数に苦しみ、涎を吐し、短気、眩暈起歩し難きもの、この方に宜し」。

■甘草乾姜湯の解釈
 「甘草乾姜湯。厥して煩躁し涎沫多きものを治す」と簡潔にまとめられています。体が冷えて苦しみ、唾液の多いものを治すという意味です。
 「甘草四両(二銭)」、一銭は一匁のことで3.75gですから、二銭は7.5gになります。甘草7.5g、乾姜3.75gを水三升(一合二勺、一合は約180ccですから約220cc)で煮て、煮詰めて一升五合(六勺、約110cc)にし、滓を去り、一日分を二回に分けてその都度温めて服用するということです。
 その次から『傷寒論(しょうかんろん)』からの引用になります。吉益東洞(よしますとうどう)の『類聚方』には、6行目の「肺痿」以下の『金匱要略(きんきようりゃく)』からの引用が先になり、それに続いて「傷寒」以下の文章が引用されてい移す。『類聚方広義』では『傷寒論』の文章が先に引先されています。
 「傷寒、脈浮、自汗出で」の文章は、すでに調胃承気湯の項、芍薬甘草湯の項に出てきました。また四逆湯の項にも出てきます。まったく同じ文章です。
 傷寒にかかり、脈が浮で、汗が出て、しきりに尿が出、胸苦しく少し悪寒があり、脚が引きつるものに、間違えて桂枝湯を与えた。このような患者に、表を攻めようとして桂枝湯を与えるのは間違いである。なぜなら「脈浮、自汗出で」「微悪寒」は桂枝湯の証として間違いではないのですが、「小便数、心煩し」「脚攣急」は桂枝湯の証ではないのです。しかし、とにかく桂枝湯が投与されてしまった。すると患者は「これを得てすなわち厥し」、つまり体が冷え、咽(のど)が乾き、苦しみ吐き戻したので、甘草乾姜湯を作ってこれを与えたところ、「その陽を復」した、すなわち体が温かくなった。そして体が温まり、足が温まったところで、芍薬甘草湯を作ってこれを与えたところ、脚の引きつれがとれて、脚が伸びやかになった。しかし消化器系の異常が取れず、うわ言をいうものには、少し調胃承気湯を与えるとよい。また重ねて汗を出させ、さらに焼鍼を使って発汗させた場合は、四逆湯が主治するところである、と述べられています。
 『傷寒論』では、甘草乾姜湯は、誤った治療によって病勢が急迫し、体が冷え、苦しみ吐き戻すといった状態になったところを改善する目的で使用されています。それに関連して頭註の第二節をみてみましょう。
 「主治の文に厥とありますが、甘草乾姜湯の適応となる厥は、ただ誤治によって一時的に急迫の状態をきたしたものであって、四逆湯が適応される下痢清穀、四肢拘急、脈微、大汗厥冷の比ではない」とあります。 註にはさらに「甘草の分量が乾姜の倍であるのは、急迫を緩めるためである。咽の乾き、煩躁、吐逆の状態をよく観察して、その病状を知らなければならない」と書かれています。
 『金匱要略』から引用された条文に移ります。「肺痿」とは肺の慢性虚弱性疾患で、肺結核などを含んでいましょう。肺病で、「涎」すなわち唾液を吐くが、咳は出ない、咽は乾かず、必ず小便を洩らし、尿が近く、必ず眩し、唾液の多いものは、甘草乾姜湯で温めてやるとよい。もし甘草乾姜湯を服用し終えて、咽が乾くものは、別の病気である消渇(糖尿病の類)に属する、というものです。
 「小便数」の後に「しかる所以のものは、上虚して下を制する能わざるをもっての故なり。これを肺中冷となす」とあります。肺病で、体の上部が虚して、体の下部を制御することができないので、尿を洩らしたり、頻尿になったりするのだ、これを肺中冷という、と註釈されています。
 ここで頭註の第一節をみてみましょう。この方は生姜甘草湯と同じく、肺病を治すけれども、患者の症状には反対のところがある。すなわち生姜甘草湯には、唾液が出るという症状があり、これは共通しますが、甘草乾姜湯にはない、咳が出、咽燥にして渇(咽が乾燥して水を欲する)という症状があるのです。この違いはまさに乾姜と生姜の違いによるのであると註釈されています。
 また頭註の第三節をみますと、老人で普段、小便が近く、唾を吐き、呼吸困難で、眩暈がし、歩行困難のものは、此の甘草乾姜湯がよいと述べられています。
 最後の行に「為則按ずるに、まさに急迫の証あるべし」とあります。為則とは吉益東洞のことで、甘草乾姜湯の適応される状態は急迫の症状があるだろうというのです。




『勿誤薬室方函口訣(16)』 日本東洋医学会理事 細野 八郎 先生
-乾地黄湯・甘草湯(傷寒論)・甘草湯(腹証奇覧)・甘草黄連石膏湯・甘草乾姜湯・甘草乾姜茯苓朮湯-

甘草乾姜湯
 この処方は『傷寒論』の太陽病篇に出ています。それによりますと、「桂枝湯(ケイシトウ)証に似ている傷寒に誤って桂枝湯を与え、手足が厥冷し喉が乾き、煩躁、嘔吐などの少陰病の症状を起こしてきた時に用いる処方」と書いてあります。
 宗伯の『古方薬議』の中で「乾姜(カンキョウ)はよく中を温め、飲を散ず」と述べてあります。わかりやすくいいますと、衰えている消化機能を高め、その結果水毒がとれるということです。このような乾姜に、さらに脾胃の働きを高める甘草(カンゾウ)を加えたのが甘草乾姜湯ですから、この処方は消化機能がかなり衰えている時に応用できるものと考えられます。またこの処方は必要に応じていろいろの生薬を加え、数多くの名処方を産み出す母体ともなっています。ちょうど芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)に桂枝(ケイシ)・大棗(タイソウ)・生姜(ショウキョウ)を加えて桂枝湯に、柴胡(サイコ)・枳実(キジツ)を加えて四逆散になるように、四逆湯になったり、人参湯・小青竜湯になったりなど、甘草乾姜湯から有名処方が生まれてくるので、この処方をよく理解していただきたいと思います。
 『方函口訣』では「この方は簡にしてその用広し。傷寒の煩躁吐逆に用い、肺痿(はいい)の吐涎沫に用い、傷胃の吐血に用い、また虚候の喘息に此の方にて黒錫丹を送下す」と述べてあります。肺痿で熱状のない冷状のものに甘草乾姜湯を用いることが『金匱要略』に載っていまが、『方函』ではその条文をまとめて説明しています。
 すなわち「凡て肺痿の冷症は肺中が冷え、肺気が虚し、そのため津液を温和することができず、津液は集まって涎沫となったために唾が多く出るのである。そして咳もなく、喉も乾かず、寝小便をたれたり、小便の回数が多くなる。しかしこの時の唾は、熱症の時のように、濁った濃い唾ではなく、薄い粘りのないものである。こんな症状の時に甘草乾姜湯はよく効く。この薬を飲みにくくていやがるものには、桂枝去芍薬加皂莢湯(ケイシキョシャクヤクカソウキョウトウ)を用いると奇効がある。この処方を用いる時の唾液は濃厚で粘り気があるものではなく、肺痿の冷症に見られる薄い涎といわれるものである」と述べています。
 ここで肺痿というのは肺気が痿えてふるわない状態で、肺結核症のことです。このように肺痿の冷症に用いますが、脾胃に効く甘草と乾姜だけなのになぜ肺の機能もよくなるのでしょうか。これは痰は脾で作られ、肺で貯えられるという、脾と肺との相関関係があるからです。それで虚証ではまず脾の機能を高め、間接的に肺機能を強化する治療法をよく用います。たとえば実証の喘息では麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)で即効がありますが、虚証になると、かえって悪化することがあります。こんな時に脾胃の機能を高める甘草乾姜湯とか、人参湯とかを用いますと、効果があるものです。
 『方函口訣』に、虚証の喘息には黒錫丹を甘草乾姜湯の湯液で服用せよ」と書いてあります。黒錫丹については、三二五ページに出ていますが、老人の虚喘に用います。私は黒錫丹を用いたことがありませんが、甘草乾姜湯を喘息によく用います。虚証で、手足が冷たく、食欲がなく顔色も悪い、冷えてくると発作が起こりやすいなどを目標に与えます。また、就寝前に服用させますと、夜間の発作を防ぐこともできます。また最近ふえてきているアレルギー性鼻炎にも、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)や麻黄細辛附子湯(マオウサイシンブシトウ)などとともに用いても効果があります。処方が簡単ですから、頓服として用いてもよいと思います。
 甘草乾姜湯は吐血に効果があると『方函』に書いてあり移す。『千金方』に「吐血止まざるものに乾姜の末を子供の小便で服用させるとよい」と述べてありますの、これは乾姜の止血作用によるものと考えられます。
 甘草乾姜湯の終わりのところで、『方函口訣』には次のように書かれています。「煩躁なくとも但吐逆して苦味の薬を用い難きもの、この方を用いてゆるむ時は速効あり」とあります。これについて龍野一雄先生は、こんな経験例を述べておられます。
 「ある日のこと、朝から嘔気があった。そこで喉に手を入れてみたが何も出てこない。そのうちに頭が重くなってきて、苦しくなってきた。そこで頭痛、嘔吐を目当にして呉茱萸湯(ゴシュユトウ)を飲んでみた。しかしこれを飲むと嘔気が強くなり、吐き出してしまった。脈を見てみると沈緊で、足は冷たい。これは寒の状態であると思いつき、甘草乾姜湯を一服飲んだところ気分もよくなり、やりかけていた仕事をどうにか終わりまですることができた」ということです。呉茱萸湯は苦味のある薬です。こんな時に甘草乾姜湯を与えればよいということを教えてくれた、貴重な先生の体験例です。
 甘草乾姜湯は、虚寒の証で、手足は冷たく、顔色も悪く、脈も沈みがちな人を目標にして、いろいろな症状に応用できます。嘔吐、下痢、食欲不振、唾液の多いもの、子供で唾を唾れ仲いるのがありますが、そういう時にも用います。またいろいろの場所の出血、便秘、喘息、アレルギー性鼻炎、夜尿症、月経痛など、いずれも冷えから起こってきた症状に用いて効果があります。


【参考】
甘草乾姜湯を含む漢方薬方
 1.小青竜湯(しょうせいりゅうとう)=甘草乾姜湯+麻黄+桂枝+半夏+芍薬+五味子+細辛
 2.苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)=甘草乾姜湯+茯苓+五味子+細辛+半夏+杏仁
 3.人参湯(にんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参
 4.附子理中湯(ぶしりちゅうとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+附子
 5.桂枝人参湯(けいしにんじんとう)=甘草乾姜湯+白朮+人参+桂枝
 6.四逆湯(しぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子
 7.通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子(四逆湯より甘草、乾姜の量が多い)
 8.四逆加人参湯(しぎゃくかにんじんとう)=甘草乾姜湯+附子+人参
 9.茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)=甘草乾姜湯+附子+人参+茯苓
 10.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参
 11.甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参(半夏瀉心湯より甘草の量が多い)
 12.生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)=甘草乾姜湯+半夏+黄芩+黄連+大棗+人参+生姜(乾姜の量は少ない)
 13.黄連湯(おうれんとう)=甘草乾姜湯+半夏+桂枝+黄連+大棗+人参
 14.柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)=甘草乾姜湯+柴胡+桂枝+黄芩+牡蛎+括呂根
 15.苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう) =甘草乾姜湯+白朮+茯苓

2014年4月1日火曜日

調胃承気湯(ちょういじょうきとう) の 効能・効果 と 副作用

『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
調胃承気湯(ちょういじょうきとう)
大黄二・ 芒硝 甘草各一・ 少量ずつ服用する。

本方は一種の緩下剤にして、胃の機能を調整する効がある。一般に本方證の患者は、大小承気湯を用いる程ではないが、腹部が充実して便秘の傾向がある。
本方は大黄・芒硝・甘草の三味からなり、大承気湯中の枳実・厚朴の代りに甘草を用いたものと見做すことが出来る。即ち本方中の甘草は枳実・厚朴の如く腹部膨満を治する効はないが、瀉下剤たる大黄・芒硝の働きを調整して徐々に効力を発揮させる効がある。急性熱性病の経過中に悪寒せずにただ発熱し、口舌が乾き、 便秘するものに頓服として用いることがあり、便秘殊に老人の便秘・小児の食傷・齲歯の疼痛にも用いられる。


『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
9 承気湯類(じょうきとうるい)
腹部に気のうっ滞があるため、腹満、腹痛、便秘などを呈するものの気をめぐらすものである(承気とは順気の意味)。
承気湯類は下剤であり、実証体質者の毒を急激に体外に排出するものである。
各薬方の説明
3 調胃承気湯(ちょういじょうきとう)  (傷寒論)
〔大黄(だいおう)二、芒硝(ぼうしょう)、甘草(かんぞう)各一〕
本方は、大承気湯の枳実、厚朴を去り、甘草を加えたもので、一種の緩下剤であり、胃の機能を調整する。本方は、やや体力の衰えた人に用いられ、排便によって解熱、鎮静をはかるものである。嘔吐、譫語、腹満、便秘または裏急後重の下痢などを目標に頓服する。


『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.99
調胃承気湯(ちょういじょうきとう) (傷寒論)

 処方内容 大黄二・〇 甘草 芒硝各一・〇(四・〇) 
頓服一回分

 必須目標 ①便秘 ②舌は乾燥 ③脉緊張 ④悪寒なし ⑤軽度の腹満

 確認目標 ①譫語(うわ語) ②発熱 ③心煩 ④胸痛 ⑤口渇

 初級メモ ①本方の目標は便秘して、気症状(神経症状。うわ語、発熱、嘔吐感など)が強いにもかかわらず(甘草主之)、腹満が大承気湯に較べて軽度である場合に用いる。
 ②もし便秘して吐食する者は、芒硝を去った大黄甘草湯を用いる。吐食に下剤を用いる理由は、漢方特有の病理論で、“南風を得んと欲せば、先ず北窓を開く”(呉又可)の思想に基ずく。なお尿量減少に吐剤を用いたりするのも同じ理由による。

 中級メモ ①南涯「内病なり。熱実して心に迫る者を治す。その証、譫語、蒸々発熱、これ熱実の症なり。曰く心煩、鬱々微煩、これ心に迫るなり。その劇しき者は大便溏、下痢、腹微満、脹満、これ血気、心に迫るをもって、腹中の水を消化する能わざるなり」。
 ②本方の証、劇しいときに下痢になるのは南涯説のように、血気心に迫る勢強く、気症状の劇しいときに限られている。

 適応証 熱疾患に伴う便秘、下痢で、うわ語をいうとき。歯痛(歯痛には本方に桃仁、桂枝を加えた内容の桃核承気湯を繁用する)



『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
調胃承気湯(ちょういじょうきとう) [傷寒論]

【方意】 裏の熱証による悪熱・潮熱・心煩等のあるもの。しばしば裏の実証による軽度の便秘・腹満等を伴う。
《陽明病.やや実証から実証》

【自他覚症状の病態分類】

裏の熱証 裏の実証

主証
◎悪熱








客証  蒸々とした発熱
 潮熱 身熱
 自汗 口臭
 口舌乾燥 口渇
○心煩 讝語
 尿赤濁
 下痢 渋痢
 局所の発赤


○軽度の便秘
○軽度の腹満
○腹痛
 食欲不振
 嘔吐
 吃逆
 局所の腫脹

 


【脈候】 沈実・沈数・遅実・数急・浮。すべて緊張の良いもの。

【舌候】 乾燥して白苔から黄苔。時に口内腫痛し口唇紅潮する。

【腹候】 腹力やや実。腹部は微満から軽度の腹満が多い。

【病位・虚実】 裏の熱証と軽度ながら裏の実証とがあるために陽明病に位置する。脈力も腹力もあり、また軽い便秘と腹満よりやや実証から実証である。

【構成生薬】 甘草3.0 芒硝3.0 大黄a.q.(0.5)

【方解】 芒硝は寒性であり裏の熱証の悪熱・潮熱を去る。大黄は裏の実証を瀉下作用により除去して便秘・腹満を治し、同時に裏の熱証にも有効に働く。大黄・芒硝の組合せは裏の熱証・裏の実証に対する作用を強化し、更に甘草はこれを補っている。小承気湯・大承気湯と異なり、本方には裏の気滞に対応する枳実・厚朴が配合されておらず、このため気滞は軽度である。また「結実の毒」を主治する枳実がない分、裏の実証の程度は軽くなっている。

【方意の幅および応用】
 A1裏の熱証:悪熱・潮熱・心煩等を目標にする場合。
   赤痢、疫痢、急性大腸炎、ウイルス性口内炎、インフルエンザ、麻疹、肺炎
  2裏の熱証:口臭・局所の発赤等を目標にする場合。
   口角糜爛、鵞口瘡、咽喉腫痛、カルブンケル
   尋常性乾癬・疥癬等で局部の発赤・瘙痒の強いもの

 B1裏の実証:軽度の便秘・腹満・局所の腫脹等を目標にする場合。
   腎結石・糖尿病・歯痛・脚気・尿閉・夜啼症等で便秘・腹満するもの
   老人・病後の便秘の緩下剤
  2裏の実証:食欲不振・嘔吐等を目標にする場合。
   消化不良、食道狭窄症、妊娠中毒症、吃逆、自家中毒    

【参考】 *大黄甘草湯証にして実する者を治す。『方極』
* 案ずるに、但だ急迫して大便通ぜざる者、之を主る。『類聚方』
*此の方は承気中の軽剤なり。故に胃に属すと云い、胃気を和すと云い、大小承気湯の如く腹満
燥屎を主とせず、唯熱の胃に属して内壅する者を治す。雑病に用ゆるも皆此の意なり。

『勿誤薬室方函口訣』
*小児の高熱では、第2、3病日あたりで特に重症でなく、いまだ裏の実証がみられなくても用いることが少なくない。



【症例】 急性肺炎に麻疹が合併した少年
 小学校の1年生。突然悪寒戦慄で高熱が出た。この子供の家では、もう一人の子供を肺炎で死なせたばかりのときであったから、ひどく心配し、第2病日に私に往診を乞うてきた。
 この日も、体温は朝から40℃を上下していたが、数日前から学校で机を並べていた友人が、麻疹で学校を欠席しているということであったから、当然麻疹が考えられた。しかし、それにしては熱が突然出ているし、咳もくしゃみもないので、一応腸炎を考えたが、それらしい徴候もない。麻疹になるかもしれないことを、患家に告げて、小柴胡湯を与えた。ところが、この熱は3日たっても下がらず、それに便秘していたので調胃承気湯を与えたところ、下痢はしたが熱は下がらない。
 4日目になると咳が少し出るようになり、血痰が出てきた。のどが渇き出した。呼吸も苦しくなった。だんだん急性肺炎らしくなってきた。そこで竹葉石膏湯を与えたところ、下痢がひどくなり、1日に5~6回も下がり、元気が急に衰えた。しかしこれは急性肺炎だから、2~3日のうちに熱が下がるだろうといっておいた。7日目には37℃台に下がったが、その次の日はまた39℃に上がるという始末で、どうも変だと思っていると、顔にボツボツ発疹が現れはじめた。よくみると麻疹らしいのである。肺炎が治るのを待っていて、麻疹があとから追っかけて出てきたらしい。
 ところがどうも発疹の出方がよくない。色が黒味を帯びて何となく汚い。元気もない。脈は幅が広くて、何となく力がないのに、泡が浮び上がるような感じである。どうも予後が気づかわれる。脈をみても、発疹の色をみても、下痢がある点をみても、真武湯を用いるよりほかに仕方がない。そこで真武湯(附子0.3)を作って与えたところ、夕方から急に元気になって、発疹が一面に出てきた。発疹の色も赤味を帯びてきた。しかもこの方を2日飲んだだけで熱も下がり、たちまち良くなった。
大塚敬節『漢方診療三十年』211


『類聚方広義解説(46)』 日本東洋医学会会長 山田 光胤
 本日は類聚方広義の調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)を読みます。大承気湯(ダイジョウキトウ)という処方がすでに出ましたが、これよりも薬力の少し弱い小承気湯(ショウジョウキトウ)があります。調胃承気湯は小承気湯よりもさらに薬力の弱い、おだやかな瀉下効果を現わす薬方であります。類聚方広義では大承気湯からずっと、大黄の入った処方が続いておりまして、ここで調胃承気湯が出てきたわけですが、大承気湯、小承気湯、調胃承気湯を合わせて三承気湯といいます。また承気湯類といって、大体この三つの薬方と桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)を総称することもあります。その中で、この調胃承気湯が一番mildな瀉下効果を現わす処方であります。
 まず「大黄甘草湯の証にして、実する者を治す」という東洞先生のコメントで始まります。前回に大黄甘草湯が出ましたが、これは嘔吐をして便秘する場合に使うもので、体力中等、あるいは少し虚弱な人にも使える処方で、甚だしい虚弱の人には無理な処方です。それにさらに芒硝が加わって調胃承気湯になるわけで、大黄甘草湯よりも、もう少し体力がある場合に使うという意味です。
 次に処方の内容と薬の作り方を読みます。「大黄四両、甘草二両、芒硝(消)半觔」とありますが、『康平傷寒論』では芒硝半觔、甘草は炙る、大黄は皮を去るというようなことも書いてあります。
作り方は「右三味、咬咀(ふそ)し、水三升を以て、煮て一升を取り、滓を去り、芒硝を内(い)れ、さらに火に上せ、微しく煮沸せしめ、少々温め服す」とあります。
 咬咀というのは、元来は噛みくだくということですが、この場合は細かく刻むということです。大黄は人の頭くらいある塊りですし、甘草は拇指の太さくらいかもっと太いものもあります。芒硝も塊りですから、これら三種類の薬をくだいて使うわけです。これを水から煎じるわけです。ところがここでちょっとわからないのですが、三味を煮て滓を去りまた芒硝を内れとあるのはおかしいのです。これはたぶん右二味の間違いではないかと思います。大黄を甘草を先に煎じておいて、でき上がった煎じ液に芒硝を入れて、もう一度火にかけて芒硝が溶けるまで煮沸するということであろうと思います。
 「少々温服す」というのは、一度にたくさん飲まないで少しずつ飲めということです。というのは、下剤の働きをしますので、一度にたくさん飲んでひどく下痢をしてはいけないという配慮であろうと思われます。
 次は『傷寒論』の条文になります。「傷寒。脈浮、自汗出で、小便数、心煩(しんぱん)、微悪寒、脚攣急に、かえって桂枝湯を与え、その表を攻めんとするはこれ誤りなり。之を得てすなわち厥(けつ)し、咽中乾き、煩躁吐逆する者は、甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)を作り、之を与う。以てその陽を復す」。「以てその陽を復す」というところは康平本では傍註です。
 「もし厥愈え、足温なる者は、さらに芍薬甘草湯を作り、之を与うれば、その脚すなわち伸ぶ。もし胃気和せず、讝語するものは、少しく調胃承気湯を与え、もし重ねて発汗し、また焼鍼を加うる者は、四逆湯(シギャクトウ)之を主る」というもので、大変ややこしいところです。
 傷寒というのは熱の出る病気で、重い病気です。そして脈が浮で、自然に汗が出るのは、いわば桂枝湯の証です。ところがたびたび小便が出て、胸苦しく、少し寒気がし、足が痙攣しているというのは、一見桂枝湯証のように見えますが、心煩とか、脚攣急ということがあるのは、桂枝湯の証ではないのです。それなのに「その表を攻めんと欲するは誤りなり」 というのは説明文で、康平本では間註になっているところです。
 それで無理に桂枝湯を与えたところが、手足が冷えて、喉が乾き、体が苦しがってひどく嘔吐するようになってしまったのはなぜかというと、自汗が出ているのに、さらに桂枝湯を使ったために、体液が一層喪失し、体が衰え、喉が乾いたり苦しがったりするようになったわけです。そういう時 には甘草乾姜湯で、失った体の力(陽の気)を回復させます。そうすると足が温まって、具合がよくなるということです。「以てその陽を復せ」というのは説明文です。そして足が温まったならば、陽が復して、つまり体力が若干回復してきたことを意味しますので、さらに足がまだ痙攣していますから、芍薬甘草湯を作って与えなさいというわけです。
 芍薬というのは、筋肉の痙攣をゆるめる働きのある薬物ですので、それによって足の痙攣が治って足が伸びます。「胃気和せず」というのは大便が快通しない、便秘のことです。そうなっても、便秘をして、胃腸の中にものが停滞しているため意識がはっきりしないで、うわごとをいう場合は、調胃承気湯を少し使って下してみなさい。そして腸内の停滞物を取り去るといろいろな状況がよくなるであろうということを教えているわけです。もし重ねて、さらにそれ以上に発汗をしたり、焼き針を刺して、さらに熱を加える治療法をすると、一層汗が出ます。そうすると、ますます体液が少なくなり、体はすっかり弱ってしまって、陰証に陥って危急になりますので、四逆湯で危急を救わなければいけないということまでいっているわけです。
 次の条文は、「発汗後、悪寒する者は、虚する故なり。悪寒せず、ただ熱するは実なり。まさに胃気を和すべし。調胃承気湯を与う」という指示です。
 麻黄湯とか桂枝湯で発汗をしたあとで、当然表証が治っていいはずなのにまだ寒気がしているのは、体力が衰えてしまったからである。こういう時は四逆湯その他を使わなければいけないわけです。 けれども、もし悪寒しないで、熱感があるだけのものは、むしろ内実(裏実)で、腸の中に病邪が停滞して充実しているもので功。陽明病にあたりますので、そういう時は少し下してみなさい、それには調胃承気湯がよいのだということです。
 次の条文は、「太陽病、未だ解せず、陰陽の脈ともに停なるは、必ずまず振慄(しんりつ)し、汗出でて解す。ただ陽脈微なる者は、まず汗出でて解す。ただ陰脈微なる者は之を下して解す」とあり、この条文は『康平傷寒論』では間註になっておりまして、のちの人の註釈と考えられる部分です。「もし之を下せんと欲せば調胃承気湯に宜し」ということであります。
 これは、太陽病という熱の出た初期にこれがまだ治らないで、陰陽の脈ともに停なるとありますが、停の脈というのはよくわかりません。そしてふるえが出る場合には汗が出れば治るということですが、この条文はよくわかりません。
 次の条文は、「傷寒、十三日解せず、過経讝語する者は、熱あるを以てなり」と始まります。傷寒になって十三日経っても治らないというのです。過経というのは、十二経絡をすでに通り過ぎてしまったという意味です。経絡は十二ありまして、毎日一つの経絡に病状が進入するという思想が『素問』にありまして、そのことをいっているわけで、言葉の意味はそうですが、実際的には、大体十日以上たったということです。この時期は陽明病になる時期です。そういう時期でうわごとをいうものには裏に熱があるので、陽明病であるといっているわけです。
 つづいて「まさに湯を以て之を下すべし。もし小便利する者は、大便まさに鞕かるべし」とあり、陽明病だから承気湯類をもって下すがよろしい。小便がよく出れば水分が足らなくなっているのですから、大便は硬くなるだろうということです。
 またつづいて「しかるにかえって下利し、脈調和する者は、知る、医丸薬を以て之を下せるを」となり、大便は硬くなるはずなのにかえって下痢をし、しかも脈が調和している、つまり便秘している陽明の脈ではなくて、症状に矛盾があるのに脈が調和しているというのは、これは医者が丸薬ですでに下剤をかけているからであるというのです。丸薬の下剤はいくつかありますが、承気湯を使うべきところを、他の下剤になる丸薬で下痢させてしまっているからであるというわけです。
 「その治に非ざるなり。もし自下利する者は、脈まさに微厥すべし。今かえって和する者は、これ内実となすなり」とあり、これは説明に当たりまして、脈調和するというところひ関連があります。これは正しい治療法ではない、もし自然に下痢するものは、当然脈は微で、手足は冷えるはずである。しかし今は内実の症状に調和しています。そういう時には調胃承気湯を使ったらいいのであるという指示であります。要するに便秘している時に調胃承気湯を使う場合と、下痢をしている時に使う場合とを説明しているわけです。
 次を読まます。「太陽病、過経十余日、心下温々として吐せんと欲し、しかして胸中痛み、大便かえって溏(とう)、腹微満、鬱々微煩。この時に先だって自ら吐下をきわめし者は調胃承気湯を与う。もししからざる者は与うべからず(もし以下は康平本では間註になっています)。ただ嘔せんと欲し、胸中痛み、微溏する者は、これ柴胡の証に非らず。嘔を以てその故にきわめて吐下するを知るなり」とあります。
 太陽病にかかって、十余日をたっておりますので過経です。これを経て、心下がムカムカして吐きそうになる時に胸が痛み、十日以上たちますと、普通は陽明病で、大便が硬くなって便秘して腹が張ってくるところですが、それなのにかえって大便がゆるくて下痢状であり、腹は少しゆるく膨満し、うつうつとして苦しい状態がある。これらの諸症状が発現する前にすでに自然に吐いたり下したりひどくしてしまったものは、邪気が裏に入って裏実の証になっています。裏実は陽明病の状態です。これは大承気湯でどんどん下すほどの強い裏実ではないから、この際は吐下のために虚を挟んでいるので、つまり吐下のために体力が衰えているから大承気湯などで激しく下してはよくないので、一番mildな調胃承気湯で少し下痢させて、胃の機能を調和努せたらよいという意味であります。
 次の条文は「陽明病、吐せず、下らず、心煩する者」とあります。陽貝英画飛、自ずから吐下しそうでいて、しかもまだ吐下しないで、裏熱のために胸苦しいものは調胃承気湯がよろしいというわけです。
 次は「太陽病、三日汗を発して解せず、蒸々(じょうじょう)として発熱功る者は胃に属するなり」とあります。「胃に属す」ということは陽明病だということです。これは太陽病で三日くらいで、もう陽明病に入ってしまった状態をいっているわけです。「蒸々として発熱する」というのは、全身が熱くなって、熱感が強い場合です。これは簡単な文章の中にいろいろ広い意味合いをこめているものです。前の条文で発汗のことが書いてありますが、それに関連のあるところであります。
 次は「傷寒、吐して後、腹脹満する者」です。吐いてから腹が張っている場合ということです。
 次は「大便通ぜず、胃気和せざる者」であり、これは便秘をしているものということです。最後に東洞先生の結語があります。
 「為則按ずるに、ただ急迫して、大便通ぜざる者、之を主る」というもので、いろいろな急迫的な症状があって、便秘をしている場合にいいのであるということであります。
 熱病の時にこのような承気湯類を使用する機会は現今ではあまりありません。抗生剤その他が発達しましたので、昔のように、こういう典型的な裏実、陽明病の症状はなかなかみられませんが、もしそういう時があればこれを使ったらよろしいのですが、大体調胃承気湯を使うのは、むしろ熱の出ない雑病、慢性病の時に多く使います。いろいろな病気の際に便秘をし基時、強い下剤が使えないことがあります。それは慢性病の人は次第に体力が低下して衰弱してくるもので、そういう時に便秘が頑固で強い時で何とかして承気湯を使いたいという時、まず一番作用の弱い調胃承気湯を使ってみます。それで駄目なら小承気湯を使うというような使い方をすると非常に実用的であります。
 



『類聚方広義解説II(46)』 日本漢方医学研究所附属渋谷診療所副所長 稲木 一元
調胃承気湯①
■調胃承気湯

 次に調胃承気湯です。まず調胃承気湯の位置づけを考えてみたいと思います。
 調胃承気湯は大気甘草湯(タイキカンゾウトウ)に、塩類下剤といってもよい芒硝(ボウショウ)を加えた構成になっていますが、処方の名前が、承気(気をめぐらす)となっていて、精神神経症状に使うような様相を暗示させる名前になっています。また胃をととのえるという言葉にもそれが表れていると思います。『傷寒論(しょうかんろん)』「金匱要略』の中では、承気という言葉を使った処方は四つあります。この調胃承気湯のほかに小承気湯(ショウジョウキトウ)、大承気湯および桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)です。これらの処方では大黄が重要で、下剤というよりは、何か中枢作用を期待して使うような記載になっています。
 調胃承気湯の本文を呼んでみます。

  調胃承氣湯 治大黄甘草湯證。而實者。
   大黄四兩一錢六分甘草二兩芒硝半觔各八分
   右三味。咬咀。以水三升。煮取一升去滓。内芒硝。
   更上火。微煮令沸。少少温服。以水一合八勺。煮取六勺。去滓。内芒硝。令消服。

 「調胃承気湯。大黄甘草湯の証にして、実するものを治す。
 大黄四両(一銭六分)、甘草二両、芒硝半斤(各八分)。
 右三味、咬咀(ふそ)(細かく砕く)し、水三升をもって、煮て一升を取り、滓を去り、芒硝を内(い)れ、さらに火に上げ、微(すこ)しく煮て沸せしむ。点々を温服す(水一合八勺をもって、煮て六勺を取り、滓を去り、芒硝を内れ、消せしめて服す)」。
 初めの部分の主な意味としては、調胃承気湯は、大黄甘草湯の適応症があって、しかも実の状態にあるものに用いるとして、吉益東洞は例によって処方の説明を、生薬の性質からいっているようです。「実する」という意味を知るために『薬徴』をみますと、芒硝の項に
「耎(ぜん)堅を主る。心下痞堅、心下石鞕、小腹急結、結胸、乾屎、大便鞕を治す。 旁ら宿食、腹満、小腹腫痞等を治す」(『近世漢方医学書集成』10巻34頁)とあります。
 「耎」は弱いとか軟らかいという意味で、「耎堅」はやや軟らかさを持った硬さのようです。芒硝を上腹部あるいは下腹部の腹壁の緊張が強くなるような硬さのようです。芒硝を上腹部あるいは下腹部の腹壁の緊張が強くなるような状態、腹部が膨満したような状態、あるいは便秘に使う、というようなことが書いてあります。これが恐らく「実する」という意味であろうと思います。
 芒硝は瀉利塩(シャリエン)という別名もあり、現在は一般に硫酸ナトリウムが当てられていますが、元々は硫酸マグネシウムであると考えられています。このことは正倉院に保存されている古い時代の芒硝を調査して確認されたことです。マグネシウム塩であれば、現在とは作用が異なっていて、瀉下作用も強くなると思います。臨床的には下剤、利尿薬、あるいは胸や腹がいっぱいになる、便秘、瘀血、黄疸などに有用とされていて、大承気湯、桃核承気湯に含まれています。
 本文の後半は、薬の作り方です。大黄と甘草を煎じて滓を捨てた後、芒硝だけを加えて、弱火で芒硝を溶かすといっているわけです。
 次に『傷寒論』『金匱要略』から引用した文が列挙されています。

  『傷寒。』脈浮自汗出。小便數。心煩。微惡寒。脚攣急。
  反與桂枝湯。『欲攻其表。此誤也。得之便厥。咽中
  乾。煩躁吐逆。作甘草乾姜湯。與之。以『復其陽』
  若厥愈足温者。列作芍藥甘草湯。與之。其脚即伸。若
  『胃氣不和。』讝語者。少與調胃承氣湯。若重發汗復加
  燒鍼者。四逆湯主之。
   

 「傷寒、脈浮、自汗出で、小便数、心煩し、微悪寒、脚攣急するに、反って桂枝湯(ケイシトウ)を与え、その表を攻めんと欲す。これ誤りなり。これを得てすなわち厥し、咽中乾き、煩躁吐逆のものは、甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)を作りてこれを与え、もってその陽を復さしむ。もし厥愈え足温なるものには、さらに芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を作りてこれを与う。その脚すなわち伸ぶ。もし胃気和せず、讝語するものには、少々調胃承気湯を与う。もし重ねて汗を発し、また焼鍼を加うるものには、四逆湯(シギャクトウ)これを主る」。
 これは『傷寒論』太陽病上篇の最後にある条文です。途中ですが、次回にこの条文の解釈からお話ししたいと思います。


※大気甘草湯(タイキカンゾウトウ)は、大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)の誤植?


『類聚方広義解説II(47)』 日本漢方医学研究所附属渋谷診療所副所長 稲木 一元
調胃承気湯②
■調胃承気湯
 前回に引き続いて、調胃承気湯(ちょういじょうきとう)の途中からお話しさせていただきます。テキストの88頁中程からです。
 この部分の条文は前回読みましたので、もう一度解釈をしながらみていきたいと思います。ここは『傷寒論』(しょうかんろん)太陽病上篇の最後にある有名な条文の一つです。
 傷寒で、脈が浮で、自然に発汗し、頻尿で、胸苦しく、悪寒がして、脚がひきつれる。脈浮と自汗は表証のようにみえますが、小便数、心煩、微悪寒といった裏証があって、太陽病の表証と少陰病の裏証が錯綜しているわけです。これは傷寒なわけですが、単純な太陽病の表証と思い、間違えて桂枝湯(ケイシトウ)を与えたというのです。これは表を攻撃するような治療になるわけです。
 桂枝湯を服用すると、すぐに手足が冷たくなって、喉が乾燥し、胸が苦しくなり、手足をしきりに悶え動かし、激しい嘔吐をするようになった。こういう場合は甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)を作って与える必要がある。これを服用すると冷えが治って足が温かくなり、咽中乾、以下の様々な症状が取れた。ところが桂枝湯と甘草乾姜湯の服用以前からある、脚のひきつれるという症状はまだ残っている。これには芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を作って飲ませる。すると脚の攣急も治って脚を伸ばせるようになる。もしこの後で胃腸の働きが悪くて、便秘したり、譫語(うわごと)をいったりするならば、今度は陽明病の裏実の証であって、大いに下すというほどの証ではないから、調胃承気湯を少しだけ与えて、胃腸機能を調整してやって、便通がつけばよくなる、というわけです。
 ところが桂枝湯を与えた後で、その誤りに気づかずに、さらに発汗作用のある薬を使ったり、あるいは焼鍼で発汗させたりすると、さらに悪化して脈が微弱になって、手足社厥冷状態になってしまう。こうなると甘草乾姜湯に附子(ブシ)を加えた四逆湯(シギャクトウ)と用いなければならない、ということになります。

                ○『發汗後。惡寒者。虚故也。
不惡寒。但熱者。實也。常和胃氣。』



 「発汗後、悪寒するものは、虚するが故なり。悪寒せず、ただ熱するものは、実なり。まさに胃気を和させしむるべし」。
 これも『傷寒論』太陽病中篇にある条文で、原典ではこの後に「調胃承気湯を与う」とあります。
 大体の意味は、発汗した後悪寒するのは、芍薬甘草附子湯(シャクヤクカンゾウブシトウ)の証であるけれども、悪寒しないでただ熱感が強いというのは、陽明病で内熱の証である。これは胃腸の機能を調整すればよいということで、調胃承気湯を与える、という趣旨になります。



○太陽病未解。
陰陽脈倶停。必先振慄。汗出而解。但陽脈微者。先汗出
而解。但陰脈微者。下之而解。若欲下之。』


 「太陽病、いまだ解せず、陰陽の脈ともに停なれば、必ずまず振慄し、汗出でて解す。ただ陽脈微なるものは、まず汗出でて解す。ただ脈微なるものは、これを下して解す。もしこれを下さんと欲すれば、(調胃承気湯に宜し)」。
 この条文も『傷寒論』太陽病中篇のものです。文中「停」という字を『宋版傷寒論』には、註釈として「一に微に作る」と書いてあります。後の部分では「陽脈微」、あるいは「陰脈微」と書いてありますので、微の方が妥当だと思います。
 意味は、太陽病がまだ治らないので、陰陽の脈が両方とも微である。陰脈、陽脈とは、脈を触る時に、表面的な脈が陽で、強く抑え込んだ脈が陰脈であるという解釈があります。
 両方とも微であれば、必ずまずガタガタと体が震えて、汗が出て自然に治る。陽の脈だけ微であれば、まず発汗して治る。陰脈だけが微であれば、これを下せば治る。下すには、調胃承気湯がよい、ということです。


                            ○『傷寒。
十三日不解。過經讝語者。以有熱也。當以湯下之
若小便利者。大便當鞕。而反下利。脈調和者。知醫以
丸藥下之。非其治也。若自下利者。脈當微厥。今反
和者。此爲内實也。

 「傷寒、十三日解せず、過経、讝語するものは、熱あるをもってなり。まさに湯をもってこれを下すべし。もし小便利するものは、大便まさに鞕かるべし。しかれども反って下利し、脈調和するものは、知りぬ、医、丸薬をもってこれを下せしを。その治にあらざるなり。もしおのずから下利するものは、脈まさに微厥なるべし。今、反って和するは、これ内、実するがためなり。」
 傷寒で、一三日目に入っても治らない。この一三日という数字は、経絡説で、病気が経絡の上を伝わって循環していくという説がありますが、一巡してしまっても治らないという意味です。そして、譫語をいう。これはまだ熱が残っているからである。これには煎じ薬を飲ませればよい。もし尿が多ければ大便は硬いはずである。しかし自然に下痢して、脈が調和すれば、医者が丸薬の下剤を使ったことがわかる。これは適当ではない。もし自然に下痢すれば、脈は微厥のはずである。今かえって調和していれば、これは胃腸機能が実しているからであって、調胃承気湯の適応である、という意味でしょう。



             ○『太陽病。過經十餘日。』心下溫
溫欲吐。而胸中痛。大便反溏。腹微滿。鬱鬱微煩。『先
此時。自極吐下者。』與調胃承氣湯。若不爾者。不
可與。『但欲嘔。胸中痛。微溏者。此非柴胡證。以
嘔。故知極吐下也。』

 「太陽病、質経十余日、心下温々吐せんと欲し、しかして胸中痛み、大便反って溏(ゆる)く、腹微満、鬱々微煩す。この時に先んじて、おのずから吐下を極むるものは、調胃承気湯を与う。もししからざれば、与うべからず。ただ嘔せんと欲し、胸中痛み、微溏のものは、これ柴胡の証あらざるなり。嘔するをもっての故に極吐下を知るなり」。
 これも太陽病中篇にある条文です。太陽病で発病後十数日たって、胃のあたりがムカムカして吐きそうになって、胸の中が痛み、大便はかえって軟らかい、腹が少し張って、鬱鬱として胸苦しい。もしその上に嘔吐や下痢がひどい状態であれば、調胃承気湯を用いるけれども、そうでなければ大柴胡湯(ダイサイコトウ)などを使う。ただ吐き気だけで胸の中が痛んで、便が軟らかいというのは柴胡剤(サイコザイ)の証ではない、と解釈するということです。

○『陽明病。』不吐。不下。心煩者。

 「陽明病、吐せず、下さず、心煩するものは、(調胃承気湯これを主る)」。
 これは陽明病篇の条文です。嘔吐も下痢もしないで、胸苦しいだけのものには調胃承気湯を使う、ということになります。
 これ以下はお読みになればわかると思いますので、読むだけにします。

 ○『太陽病。三日』發汗不解。蒸蒸發熱者。『屬胃
也。』○『傷寒。』吐後腹脹滿者。○大便不通。『胃氣不
和者。』
 爲則按。但急迫而大便不通者。主之。

 「太陽病、三日、発汗して解せず、蒸々として発熱するものは、胃に属するなり、(本方にて主治す)」。
 「傷寒、吐して後腹脹満するものは、(本方を与う)」。
 「大便通ぜず、胃気和せざるもの」。
 ここまでが『傷寒論』、『金匱要略(きんきようりゃく)』からの引用になります。次は東洞の意見です。
 「為解(ためのり)按ずるに、ただ急迫して、大便通ぜざるもの、これを主る」。
 大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)との違いが、ここではあまりはっきりしていません。次に頭註をみていきたいと思います。

■調胃承気湯の頭註

 「東洞先生曰く、芒硝の分量は疑うべしと。今姑(しばら)く桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)に従い、二両となす」。
 ここはこのままでよいと思います。
 「傷寒脈浮云々は、桂枝加附子湯(ケイシカブシトウ)証なり」。
 前回の最後に読みました、「傷寒脈浮云々」とある部分は、処方でいえば、桂枝湯に附子を加えた桂枝加附子湯の適応状態であるということです。これはいろいろな人が賛同した意見で、大塚敬節らも同じ趣旨のことを書いています。
 「痘瘡、麻疹、癰疽、疔毒、内攻衝心し、大熱讝語、煩燥悶乱、舌上燥き烈しく、大便せず、あるいは下利、あるいは大便緑色なるもの、この方に宜し」。
 「痘瘡」は天然痘のこと、「癰疽」は皮膚の化膿性の疾患のうちでも、特に根が深くて悪性のものとされています。「疔毒」は小さな吹き出物程度の化膿瘡をいいます。「内攻」は体の表面にあった病気の毒が身体内部に入り込むことで、ここでは具体的にはよくわかりません。皮膚病が内攻するとむくむという俗説もあります。「衝心」は脚気などにみられる、急激に起こった心不全のことですが、ここでは動悸程度でしょうか。「讝語」はうわ言です。皮膚の化膿性の疾患、発熱による脳症状、舌の乾燥、便秘、場合によっては下痢、あるいは大便が緑色をしている、こういうものに使うとよいということです。
 「牙歯疼痛、歯齦腫痛、齲歯枯析、口臭等は、その人多くは平大大便秘閉して衝逆す。この方に宜し」。
 虫歯の痛み、歯槽膿漏のようなもの、虫歯があって、口臭があるのは、大体普段から便秘が形信飛のぼせ症である。こういう人にこの処方がよいということです。衝逆とは、突き上げてくるように息が上かってくるという意味ですから、のぼせて顔が赤いという様子があります。
 「発汗後、悪寒するものは、虚するが故なり。この症は芍薬甘草附子湯に宜し」。
 これは本文の註釈で、芍薬甘草附子湯の証であるということをいうだけです。
 「胃反、膈噎、胸腹痛、あるいは妨満して、腹中に塊あり、咽喉乾燥し、鬱熱、便秘するもの、消渇、五心煩熱、肌肉燥瘠、腹中凝結、二便利せざるもの、皆この方に宜し。あるいは兼用方となすも、また良し」。
 「胃反、膈噎」はすでに説明しましたが、通過障害や嘔吐を引き起こす疾患です。「消渇」とは強い口渇で、通常は糖尿病を指します。調胃承気湯を消化管の通過障害、嘔吐、胸腹部の痛み、膨満感、腹部の腫瘤のようなもの、喉の乾燥、手足のほてり、皮膚の乾燥、あるいは便秘に使う、ということです。
 「膈噎の症、その点少壮より腹裏に癥結を生じ、しかして年とともに長じて、常に胃府の消化、血精灌培の妨碍となる。積みて老境に至る。この症の始萌たり。けだし年歯漸く高ければ、すなわち癥結愈(いよ)いよ痼たり。血液よってもって涸れ、精神随って衰う。これ必然の勢なり。加うるに勤労、酒色の過度なるをもってせば、しかして後、この症始めて成る。しかれば初起によく薬餌に勤め、世紛を謝し、情欲を絶ち、もって治療に就く。なおあるいは一生を庶幾すべし。もし姑息にして治をなし、放恣縦情なれば、病勢星張、精気衰脱し、身体枯槁、飲食一切咽を下り難きに至る。決して救うべからず」。
 大変むずかしい文章ですが、膈噎という病気は、病人がごく若い頃から腹の中にしこりがあって年齢と共に大きくなっていき、常に消化や吸収を妨害している。年を経て老人の仲間入りをする頃に膈噎という症候が出始める。年齢が増すにつれて、治りにくい腫瘍性の病気となって、心身全体が衰える。それに加えて働きすぎ、あるいは酒色の過度で悪化しやすい。ごく初期に薬を飲んで節制をしなければ悪化する。食べ物や生活態度を改めなければ、病気は進行し、食道の通過障害などの症状がどんどん悪化していく、と書いてあります。昔の人の解釈ということです。
 「蒸々発熱とは、 なお釜甑の物を蒸して、熱気蒸騰して、内より外に達するがごときを謂うなり」。
 蒸々発熱ということは、入れ物の中に水を入れて蒸して、熱気が沸騰して、内側から外に達していくような状態であるということで、内側から外側に向かって熱が伝わっていく、ということがいいたいようです。
 以上で調胃承気湯の部分は終わりですが、この処方を臨床的にどのように使うのか考えてみます。

■調胃承気湯の治験例
 浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』では、この処方について「承気湯の軽剤なり。故に胃に属すといい、胃気を和すとい感、少々与うといい、大小承気のごとく腹満燥屎を主とせず。ただ熱の胃に属して内壅するものを治す。雑病に用うるも皆この意なり」とあります。
 大承気湯(ダイジョウキトウ)、小承気湯(ショウジョウキトウ)よりもずっと軽い承気湯であって、腹が張る、乾燥した便があるとかいうことではない。ただ消化管の中に熱と呼ばれるようなものがあって、少し便秘がちなだけである。こういう時に使うという趣旨になっています。
 有持桂里(ありもちけいり)の『校正方輿輗(こうせいほうよげい)』の小児初生門、つまり乳幼児のことを扱った部に、調胃承気湯を子供の便秘に使った例が記載されています。「鴨東の五歳の男児が、一年くらい前から便秘になって、いろいろ治療したが薬が全然効かない。そこで有持桂里が調胃承気湯を与えると、たった二服を飲み終わらないうちに、排便するようになって、その後は数日おきに服用さえしていれば、便通がつくようになったが、さらにもう少し時間がたつと、この薬もいらなくなった」(『近世漢方医学書集成』85巻187頁)と書いてあります。子供の便秘に大黄製剤を使うことは、今はあまり行われないと思いますが、調胃承気湯はこういう場合にも使ってよいようです。
 大塚敬節、矢数道明、清水藤太郎の共著である『漢方診療医典』から一つ紹介します。
 「(調胃承気湯)一種の緩下剤で、胃腸の機能を調整する効がある。本方は大黄(ダイオウ)、芒硝(ボウショウ)、甘草(カンゾウ)の三味からなり、大承気湯の枳実(キジツ)、厚朴(コウボク)の代わりに甘草を用いたとみなすことができる。甘草には枳実、厚朴のように腹部膨満を治する効はないが、大黄、芒硝の働きを調整して、徐々に効力を発揮させる効がある。本方は、急性熱病の経過中に、便秘し、悪寒せずに発熱し、口舌が乾くものに頓服として用いる。その他、常習頭痛、ことに老人の便秘、小児食傷などに用いる」とあります。
 大塚敬節の『漢方治療の実際』では、吃逆(しゃっくり)、悪心・嘔吐、便秘、あるいは発熱悪寒の項に記載されています。
 調胃承気湯は以上で終わらせていただきます。




副作用
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
 厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
 [処置方法]
 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質 バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等[理由]
本剤には大黄(ダイオウ)・当帰(トウキ)・無水芒硝(ボウショウ)が含まれているため、 食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
また、本剤によると思われる消化器症状が文献・学会で報告されているため。

[処置方法]
  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。





2014年3月21日金曜日

小承気湯(しょうじょうきとう) の 効能・効果 と 副作用

『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊


大承気湯(だいじょうきとう)
本方は陽明病の代表的方剤で、腹部が膨満して充実し潮熱・便秘・譫語等の症状があり、脈は沈実で力のあるものに用いる。ただし発熱・譫語等の症状がなく、腹 部の充満・便秘のみを訴えるものにも使用する。舌には乾燥した黒苔があって、口渇を訴えることもあり、また舌には苔のないこともあるが乾燥している。此方 は厚朴・枳実・大黄・芒硝の四味からなり、厚朴・枳実は腹満を治し、大黄・芒硝は消炎・瀉下の効がある。故に腹部膨満の者でも、脈弱の者、脈細にして頻数 の者には禁忌である。例えば腹水・腹膜炎等によって、腹満を来したものに用いてはならない。急性肺炎・腸チフス等の経過中に、頓服的に此方を用いることが ある。また肥満性体質の者・高血圧症・精神病・破傷風・脚気衝心・食傷等に使用する。大承気湯中の芒硝を去って小承気湯と名付け大承気湯證のようで、症状 がやや軽微なものに用いる。




『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊 
9 承気湯類(じょうきとうるい)
腹部に気のうっ滞があるため、腹満、腹痛、便秘などを呈するものの気をめぐらすものである(承気とは順気の意味)。
承気湯類は下剤であり、実証体質者の毒を急激に体外に排出するものである。
各薬方の説明
2 小承気湯(しょうじょうきとう)  (傷寒論、金匱要略)
〔厚朴(こうぼく)三、大黄(だいおう)、枳実(きじつ)各二〕
本方は、大承気湯の芒硝を除いたもので、大承気湯より少し虚している人に用いられる。したがって、胃部や腸内の邪気を停滞している食物とともに、軽く瀉下して除くもので、腹満、胃部の痞硬、便秘、全身浮腫、小便不利などを目標とする。


『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.141
22.小承気湯(しょうじょうきとう) (傷寒論、全匱)
 大黄 枳実各二・〇 厚朴三・〇(七・〇)
 腸熱による便秘または下痢に用いる薬で、大承気湯、調胃承気湯に似て腹満、発熱、うわ語などの症はあっても、腸熱が強くないため、必ず自汗出て小便多量であることが本方の目標になる。大承気湯のように腸熱はげしく燥屎があるようになれば、眼球(晴白は内位に属する、総論編参考)もうろうとして光沢を失い、また眼球が乾いて沢潤のない状態なってくる。食中毒。便秘による発熱、精神異常。


『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
小承気湯(しょうじょうきとう) [傷寒論・金匱要略]

【方意】 裏の実証・裏の気滞による便秘・腹満等と、裏の熱証による乾燥傾向の糞塊・熱臭のある自汗等のあるもの。
《陽明病.実証》
【自他覚症状の病態分類】

裏の実証 裏の熱証

主証
◎便秘
◎腹満




◎乾燥傾向の糞塊
◎熱臭のある自汗





客証 ○腹痛 胸満
○吃逆
 食欲不振
 嘔吐
 頭痛
 発熱 微熱
 潮熱 悪熱
 煩躁 讝語
 下痢臭穢
 裏急後重
 尿赤濁
 善飢




【脈候】 滑疾・沈滑・沈遅実・緊・時に浮実数。

【舌候】 乾燥して亀裂を生ずることあり。黄苔から焦黒苔。

【腹候】 腹部全体に膨満傾向と弾力性がある。

【病位・虚実】 裏の実証および裏の熱証があり、脈力も腹力も強く、陽明病の実証でもある。

【構成生薬】 枳実4.5 厚朴3.0 大黄a.q.(0.5)

【方解】 大黄は裏の実証・裏の熱証による便秘・腹満・発熱を治す。厚朴は裏の気滞による腹満・胸満を治す。枳実も充実した気滞に有効で、厚朴よりも更に強く充満している状態に用いる。つまり本方では枳実・厚朴による裏の気滞をめぐらし、大黄により裏に充満した熱証の邪毒を瀉下して治癒におもむかせる。但し、大承気湯と比較すると本方は芒硝を欠くために裏の実証・裏の熱証は弱い。

【方意の幅および応用】
 A 裏の実証・裏の気滞:便秘・腹満等を目標にする場合。
   脚気・吃逆・膀胱炎・膀胱結石等で便秘・腹満のあるもの。
 B 裏の熱証:乾燥傾向の糞塊・自汗・発熱等を目標にする場合。
急性大腸炎、腸チフス、肺炎
【参考】 *腹満して、大便硬き者を治す。
『類聚方』

* 脈滑にして疾、讝語、潮熱を発し、大便硬くして、未だ燥屎の有無を以って二湯(大・小承気湯)の別とす。後世にて、大承気(湯)は三焦痞満を目的とし、小承気(湯)は上焦の痞満を目的とするなり。燥屎の候法、種々あれども、其の適切(確実な標的)は、燥屎あるものは臍下を按じて物あり。是を撫ずれば肌膚かわくなり。燥屎と積気(腸の攣縮などにより腫瘍の如くふれるもの)と見誤ることあり。これは、くるくるとして手に按じて大抵知るなり。燥屎は按じて痛み少なく、積は痛んで自から発(お)きさめあり。且つ下焦にあるのみならず、上中焦へも上るなり。此の候なくして潮熱讝語する者も此の方に宜し。又、此の方を潔古は中風に小続命(湯)を併せ用いてあり。
『勿誤薬室方函口訣』
*承気とは順気で気のめぐりを改善することを意味している。調胃承気湯・小承気湯・桃核承気湯・大承気湯は、すべて気のめぐりを良くして便通をつける作用がある。この順序で作用は強くなる。

【症例】 パーキンソン症候群
 57歳、男性。栄養は中等度で、骨格は良い。息子に助けられて診察室に入ってきたが、その歩行の恰好や全身の姿勢から、一見してパーキンソン症候群の印象を与えるほど定型的な外観を呈していた。両手には絶えず震戦があり、手の指はこわばって握ることができない。自分の手でシャツのボタンを外すことができない。項部の筋肉もこわばって動かしがたい。脈は浮大で血圧130/86。大便は秘結する。
 小承気湯を与える。ただしその分量は、厚朴12.0、枳実3.0、大黄1.5、右1日量。20日分を服用し終わったとき、患者は一人で来院したが、その時は靴の紐を自分で解いたり結んだりできるし、震戦も左手に少し残っている程度になった。しかし握力は十分に発揮できず、力一杯に握れない。この日は前方に更に芍薬4.0、甘草2.0を加えて20日分を与える。すなわち小承気湯合芍薬甘草湯である。これを飲み終わって来院した患者は、先日の薬で大変良く眠れるようになり、便通も気持良く出るようになったという。しかし左手の震戦と痺れがまだ少しある。けれども鎌を握って稲を刈ることができたと喜ぶ。
 この患者は通計140日の内服で、震戦はなくなったが、手の握力はまだ十分とはいえない。

大塚敬節『症候による漢方治療の実際』651
 ※コメント 小承気湯の枳実と芍薬甘草湯の芍薬で、枳実芍薬散の方意もあるのでは?


『勿誤薬室方函口訣解説(60)』  日本東洋医学会理事 三谷和合
小承気湯
 小承気湯(ショウジョウキトウ)は『傷寒論』に記述された薬方で、大黄(ダイオウ)四両、厚朴(コウボク)二両、枳実(キジツ)三枚を含み、陽明病位に与える薬方です。『方函口訣』では「胃中の邪気を軽く泄下する也」と述べられていますが、腸内容の停滞物を泄下す識と考えてよいでしょう。
 『傷寒論』に述べられている小承気湯の条文には、「陽明病、脈遅、若し腹大満して通ぜざる者は小承気湯を与うべし。微しく胃気和し、大いに泄下せしむる勿れ」とあります。腹満、大便不通であるとしても、潮熱(悪寒、悪風を伴わず、熱の出るときは、全身に熱が隈なく行きわたり、同時に頭から手足に至るまで汗ばむ状態)の少ない場合は、大承気湯(ダイジョウトウ)を与えず、小承気湯を与えるわけです。この場合、「之を主る」といわず、「与う」と述べているのは、こうした病態には小承気湯でなくとも調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)あるいは大柴胡湯(ダイサイコトウ)を与えてもよいわけです。
 「陽明病、潮熱して大便激しく鞕き者は、小承気湯を与うべし。鞕からざる者は之を与えず、若し大便通せざること六七なれば、恐らく燥屎(乾燥して硬くなった宿便)有らん。之を知らんと欲するの法は、少しく小承気湯を与え、湯の腹中に入りて転失気(てんしつき)(腸の運動が活発となり、腸内の液体とガスが交流して一種の音響を発することです。俗に放屁と理解されていますが誤りです)する者は、此れ燥屎有り、乃ち之を攻むべし。若し転失気せざる者は、此れ、初頭鞕くして、後必ず溏す。之を攻むべからず。之を攻むれば、必ず脹満して食す能わざるなり、水を飲まんと欲する者に、水を与うれば則ち噦す。其の後発熱する者は、必ず大便復た鞕くして少きなり、小承気湯を以て之を和す。転失気せざる者は慎んで攻むべからざるなり」。
 「陽明病、其の人汗多ければ、津液外に出で、胃中燥くを以て、大便必ず鞕し。鞕ければ則ち讝語す。小承気湯之を主る。若し一服して讝語止めば、復た服することなし」。脱水によって、うわ言をううような病態です。現在では適切な補液を行いますから、承気湯を与える病態は少ないでしょう。
 「陽明病、讝語して潮熱を発し、脈滑(なめらかに去来する脈)にして疾(しつ)の者は(疾脈は速脈に相当する)、小承気湯之を主る。因て承気湯一升を与え、腹中、転失気する者は、更に一升を服す。若し転失気せざれば、更に之を与う勿れ。明日大便せず(小承気湯を与えてから、一夜を経過してもなお大便が通じない)、脈反って微濇(微弱で陰血足らざる脈)の者は、裏虚するなり(生活機能の虚脱した病態です)。難治とす。更に承気湯を与うべからず」。裏虚の場合は難治であるとして、四逆湯(シギャクトウ)あるいは人参建中湯(ニンジンケンチュウトウ)を与えることになります。
 「大陽病、若しくは吐し、若しくは下し、若しくは発汗し、微しく煩して小便数、因って大便鞕き者は小承気湯を与え、之を和すれば(消炎作用)愈ゆ」。「小便数、因って大便鞕き」は、脾約(脾の機能が制約された病態、大陽陽明の併病)の証であり、麻子仁丸(マシニンガン)の適応するところですが、微煩があるために小承気湯の指示になります。
 「病を得て二、三日、脈弱にして大陽、柴胡(サイコ)の証なく(大陽、少陽の証候なく)、煩燥して心下鞕く、四五日に至りて能く食すと雖も、小承気湯を与えて微しく和し、少しく安からしむ」。
陽明病位の症候は、「食する能わず」になるわけですが、この場合は、大便が少し鞕くなっているだけで、燥屎をつくっていません。しかし、注意しながら与えるという意味で、「よく食す識と雖も、煩燥、心下鞕」を目標に小承気湯を与えるわけです。「五六日に至り、承気湯一升を与う。若し大便せざること六七日、小便少き者は、食を能くせずと雖も、但だ初頭初頭鞕く、後、必ず溏す」。
陽明病で食欲のあ識場合は中風とよばれ、食欲のない場合は中寒と称せられます。陽明病において、もし中寒の場合は、食欲がなく、尿量が少なく、手足に絶えず発汗がある場合は、大便は最初は鞕いが後は軟便になります。これは難治性の下利をきたす前徴です。つまり消化器の機能が減退して、消化、吸収が不良になるからです。従って、「之を攻むれば必ず溏す。須らく、小便を利し、屎定まり鞕となりて、乃ち之を攻むべし」と述べられ、利尿剤をまず与えておくことが述べられています。また、『金匱要略』には「下利、讝語する者は、燥屎有るなり、小承気湯之を主る」といり急性病の場合には、下利、讝語の症候はあっても発熱以外に、たいした症候がない場合は、燥屎があるにしても小承気湯を与えるわけです。
 従って小承気湯を与える目標は、腹満して、大便は硬く、便秘する場合に与えます。脈は滑、疾、あるいは沈、滑です。舌質は深紅色で、乾燥した黄褐苔、焦黒苔があり、腹力は中等度以上です。高血圧症、肥満、習慣性便秘に与えます。アントラキノン誘導体を含む大黄(通便、清熱、消炎)に消化管の蠕動亢進および健胃作用のある枳実、厚朴が含まれていますが、実際の臨床では、小承気湯の加味方である麻子仁丸、潤腸湯(ジュンチョウトウ)などが広く用いられています。腹満感の更に強い場合には厚朴の量を多くします。
 承気湯には、大、小承気湯、調胃承気湯、桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)があります。桃核承気湯は瘀血を下すもので、その他の承気湯は、気をめぐらして便通をつける薬方です。承という漢字は、人がひざまずいて、両手でささげうける様子、上へ持ち上げる意味を含みます。従って承気湯は、腸内容を下すだけでなく、上っている「気」を下す作用があります。三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)の気上衝と鑑別する必要があります。また、病期が少陽病より陽明病位に広がる時期に用いる大柴胡湯(ダイサイコトウ)(心下急、心下満痛、うつうつ微煩、嘔止まず、不大便)と鑑別が必要ですが、大柴胡湯は肋骨弓下より臍上にかけての上腹部緊張があるに対し、承気湯では、臍を中心に、腹部全体の緊満感です。また大柴胡湯は、いわゆる腹内積気といった所見であり、燥屎とは異なります。



『類聚方広義解説(39)』 日本東洋医学会監事 岡野 正憲
本日は小承気湯(ショウジョウキトウ)から始めます。まず本文を読みます。
 「小承気湯。先満して大便鞕き者を治す。
 大黄(タイオウ)四両、厚朴(コウボク)二両、枳実(キジツ)三枚。右三味、水四升を以て煮て一升二合を取り、滓を去り、分かち温めて二服す。初め湯を服せば、当に更衣すべし、爾らざる者は、ことごとく之を飲む。もし更衣する者は之を服するなかれ」とあります。
 次に『傷寒論』にある本文が書いてあります。これは『康平傷寒論』という本では十三字詰ということで、『傷寒論』の本文ではなくて後世の人が註釈したものではないかといわれております。
読みますと、「傷寒、大便せずして六七日、頭痛、熱ある者は承気湯(ジョウキトウ)を与う。その小便清き者は、知る、裏に在らずなお表に在るを。まさにすべからく発汗すべし。もし頭痛する者は必ず衂(じゆく)す。桂枝湯(ケイシトウ)に宜し」というものです。
 次の文章は『傷寒論』の本文ということになっております。「陽明病、脈遅、汗出づといえども、悪寒せざる者は、その身必ず重く、短気、腹満して喘し、潮熱(ちょうねつ)あり、これ外解せんと欲し、裏を攻むべきなり。手足濈然(しゅうぜん)として汗出づるは、これ大便すでに鞕きなり。大承気湯之を主る」とありまして、この中で、「これ外解せんと欲す。云々」というところは、後世の註釈ということになっております。つまり「手足濈然として汗出づる」ということが潮熱に続いている文章です。つづいての条文は「もし汗多く」となっておりますが、これは『傷寒論』の本文よりいくらかあとの時代につけられた文章ではないかということになっています。
 「もし汗多く、微発熱、悪寒するは、外未だ解せざるなり。その熱潮せずんば、未だ承気湯を与うべからず。もし腹大いに満ちて通ぜざる者は小承気湯を与え、微(すこ)しく胃気(いき)を和すべし、大いに泄下に至らしむることなかれ」というものであります。
 次の文も『傷寒論』の本文ということになっております。読みますと、「陽明病、潮熱し、微しく鞕き者は、大承気湯を与うべし。鞕からざるは之を与うべからず」とあり、鞕からざるは以下は註釈ということになっております。
 次の「大便せざること」というのは、『傷寒論』の本文より少しあとの文章ではないかといわれておりますが、読みます。「もし大便せざること六七日、恐らく燥屎(そうし)あらん。之を知らんと欲するの法は、少しく小承気湯を与え、湯腹中に入りて、転失気(てんしき)(おなかの中でガスの動くこと)するはこれ燥屎あるなり。すなわち之を攻むべし。もし転失気せざるは、これただ初頭鞕くして、後必ず溏(とう)す。之を攻むべからず。之を攻むれば必ず脹満し食する能わざるなり。水を飲まんと欲するは、水を与うれば噦(えつ)す(しゃっくりをする)。その後発熱する者は、必ず大便また鞕くして少なきなり。小承気湯を以て之を和し、転失気せざるは、慎んで攻むべからず」とあります。
 次の文章も『傷寒論』の本文より少し遅れた時代の文章ではないかといわれております。すなわち「陽明病、その人汗多く、津液(しんえき)外出するを以て胃中燥き、大便必ず鞕し、鞕ければすなわち讝語(せんご)(うわごと)す。小承気湯之を主る。もし一服にして讝語止めば、さらにまた服することなかれ」というものです。
 次の文も本文より少し遅れた時代のものではないかといわれております。「陽明病、讝語し潮熱を発し、脈滑(かつ)にして疾(はや)きは小承気湯之を主る」とあります。
 ここで申しあげたいことは、薬方のあとに「主る」と「宜し」と「宜しく主る」と三つの言葉が出てきます。「主る」はその薬方が主治するところの病気である、それを使えば必ず治るということです。「小承気湯に宜し」というような場合には、小承気湯あるいはそれに近いものを使えばよろしいという意味で、一つの薬方に限定しているわけではありません。「また宜しく主る」というのは、大承気湯の一番あとのところに出てきますが、これは宜しという状態で、小承気湯とか大承気湯の部類でもよろしいけれども、ある場合にはそれが主治することになるという、二つの意見が一緒にきている状態を示しているわけです。ここでは「小承気湯之を主る」となっております。
 続いて本文は「よって承気湯一升を与え、腹中転失気す識は、さらに一升を服す。もし転失気せざればさらに之を与うなかれ。明日大便せず、脈かえって微渋(ビジュウ)するは、裏虚なり。難治となす。さらに承気湯を与うべからず」となっております。
 次の文は『傷寒論』の本文より少し遅れた時代のものといわれております。「太陽病、もしくは吐し、 もしくは下し、もしくは発汗して、微しく煩し、小便数(さく)、大便によって鞕きは小承気湯を与えて、之を和すれば愈ゆ」。
 次の文は『傷寒論』の本文よりはるか後の時代につけ加えられた文章ではないかとい愛れております。「病を得て二、三日、脈弱く、太陽、柴胡の証なく、煩躁して心下鞕く、四五日に至ってよく食するといえども、小承気湯を以て、少々与えて之を微しく和し、少しく安からしむ。五六日に至り、承気湯一升を与う。もし大便通せざること六七日、小便少なきは食する能わずといえども、まだ初頭鞕く、後必ず溏す。未だ定まり未だ定まりて鞕とならず、之を攻むれば必ず溏す。すべからく小便を利し屎定まり鞕となり、すなわち之を攻むべし。大承気湯に宜し」。
 次は『金匱要略』から出ている文章が二つ続いております。「下利、讝語するは燥屎あるなり」で小承気湯を主るという言葉が省かれております。
 次は「大便通ぜず、噦(えつ)してしばしば讝語(せんご)する者は小承気湯に宜し」というわけです。
 これを解釈しますと、小承気湯というのは、吉益東洞が腹が膨満して大便の硬いのを主治する薬方であるといっております。ここに書かれている量は、現代的な量に直しますと、大黄2g、厚朴3g、枳実2gというようなもので、これをその当時の中国の水の量を現代的に直すと、大体四合くらいの水ということになっておりまして、これを一合二勺に煮つめて、滓を去って半分を温めて一回に飲むというように二回分の量になっております。この薬液を初めて飲むと、当然便通があるべきであるといっております。更衣というのは、中国の当時の上流の人は、便通があると、衣服を更えることから、便通そのものを指す言葉になったというわけです。もし便通がなければ残りの湯液を全部飲むようにし、もし一服で便通があれば、残りは飲む必要がないということです。
 次に『傷寒論』の太陽病中篇に出ている文章が出ております。これを解釈しますと、傷寒という悪性の、急性熱性病である場合に、大便が出ないことが六~七日あり、頭痛や熱のあるものは承気湯を与えるがよい。しかしその病人の尿が澄んている場合には、病は内臓の方に進んでいなくて、まだ体表の方に在ることがわかるので、発汗剤を用いて病邪を除かなくてはいけない。もしその場合に頭痛があれば、必ず鼻出血を伴うから、桂枝湯などの類を用いるとよろしいというのです。
 この時代、病というものは邪気が体表から入って、だんだんと内臓の方へ入ってゆくと考えておりましたので、病の初期を太陽病というようにいい、発汗剤を用いて病邪を除き、体表と内臓との中長に病邪が進んだ時期が少陽病で、柴胡という薬物を主剤にした薬剤で中和をはかり、さらに病邪が内臓の方に入った時期を陽明病といって、承気湯とか白虎湯(ビャッコトウ)といったもので、病邪を下すというように考えておりました。
 完全に病邪が内臓の方に入って体力が落ちてくる時期は、陰病です。これを正しく申しますと、三つに分けて、太陰病、少陰病、厥陰病(けつちんびょう)といいます。この陰病ということになって、附子(ブシ)という薬物の入ったもので体力を補うという治療法をとるわけです。
 次の文に進みます。陽明病の時期であって、脈が熱に比べて拍動数が少なく、力のある脈が(もしこの場合、力の弱い脈ということになりますと、陰病ということになります。)汗は出ているけれども、悪寒というような外証、つまり体表の方に病邪があるという状態がない場合に、体が重くて動かしにくく、短気(呼吸促迫)があって、おなかが膨満し、そのため胸が圧迫され、喘鳴があって、潮熱があるということです。潮熱というのは時を決めて一日一回全身に熱が満ち満ちてきて、しっとりと汗をかくという状態です。したがって、手足にしっとり汗が出ているのは、大便が硬くなっているという証拠であるから、大承気湯の主治するところである。
 もし汗が多く出ても、少し熱があって悪寒するものは、まだ外証がとりきれない証拠であるから、その熱が潮熱という状態になってからでないと、承気湯を与えてはならない。もし腹がひどく張って、便通のないものは、まず小承気湯を与えて、胃の機能を少し調和せしめるがよい。大承気湯でうんと下してはいけない、ということです。
 “承気”というのは気をめぐらすという意味があるそうです。大塚敬節先生は、承気湯類は熱病でも、悪寒や悪風という、外気に触れて寒いような感じのあるものは、ここに何度も書かれてあるように、用いてはいけないということをよく承知しなければならないといっておられます。
 熱のない場合には、便秘と腹満と脈によって腹部が充実して便秘があり、脈が沈んで力のあるものを目標にします。もしこれを用いて腹痛があって下痢し、気持の悪いものは、この薬方の適応ではありません。大承気湯を用いる患者は、一般に筋肉の緊張のよいものであります。
 次の文は、これも『傷寒論』の陽明病篇に載っております。陽明病であって、潮熱があって、大便が少し硬い程度のものなら、承気湯を与えて様子をみるがよい。もし大便が硬くないものには与えてはいけない。この「もし大便が硬くないものには与えてはいけない」というのはずっとあとの註釈がまぎれ込んだものと思われます。
 もし六~七日も便通がなければ、たぶん燥屎(おなかの中で硬くなっている宿便のこと)があると思われる。そこで大便が硬いかどうかということを知るには、少し小承気湯を与えてみるがよい。薬液が腹に入って、放屁があるものは大便が硬くなっている証拠であるから、下剤で攻めてよい。もし放屁の出ないものは、大便の出始めは硬いが、あとは軟便であるから、下剤で攻めてはならない。誤ってこれを攻めると、腹が張って食べられなくなる。こんな場合、水を飲みたがるものに水を与えるとしゃっくりが出るようになる。そのあとで発熱するものは、きっと大便がまた硬くなって、量か少ないに決まっている。その際は小承気湯で胃腸の機能を整えるがよい。放屁の出ないものは決して下剤で攻めてはならないというわけです。
 次の文章に進みます。陽明病で、その人が汗のたくさん出る場合には、そのため体液が失われて、胃腸内で乾燥してかたまっている宿便が必ず硬くなり、そのためうわごとをいうようになる。これは内臓に進んでいる邪悪が強いために起こるのではないから、大承気湯を使わずに、小承気湯の主治ということになります。これを一服のんで、うわごとがやめばさらに続けて飲んではいけません、というわけです。
 次の文に進みます。陽明病でうわこどをい感、潮熱があるが、脈は滑(玉をころがすような脈、この反対は濇(しょく)といって渋るような脈)であって、早い脈の場合は小承気湯の主治するところである。滑脈は白虎湯のところにも出ております。強い下剤を用いてはならないので、大承気湯を用いないで、小承気湯の類を与えて様子を見ると解した方がよいといわれます。
 次に小承気湯を与えて放屁のないものには、それ以上小承気湯を用いてはいけないということが述べられております。薬液を飲ませて翌日になっても、便通がな決、脈が弱くなって渋る脈になっている時には、内臓が弱っていて治すのがむずかしい場合であるから、重ねて承気湯を与えてはいけないというわけです。
 次の条文は、太陽病で、あるいは吐き、あるいは下痢し、あるいは発汗させて、表証がとれたあとに、少し煩躁があって、尿意が頻数となったため、大便が硬くなったものは、小承気湯を与えて胃腸の機能を調和すれば治るというわけです。
 次に進みます。発病後二~三日して、脈が弱く、太陽病や少陽病の証がなく、煩躁して心下部が硬く、四~五日に至って食物がよく食べられても、小承気湯を少しずつ与え、軽く胃腸の機能の調和をはかると、いささか落着いてくる。五~六日なって承気湯一合を与えて様子を見る。もし便秘が六~七日続いて小便の少ないものは、何も食べていなくても大便が始めは硬く、あとから出てくるのは必ず軟便である。溏(とう)というのは、もとの意味は、あひるの便のことで、あのようにドロドロとした便のことですが、簡単に軟便と申し上げておきます。
 まだ定まって硬くならないのを下すと必ず軟便になる。小便がよく出て、大便がかたまるのを確かめてから下剤をかけて下さなければならない。大承気湯を使うのがよろしいというわけです。
 次は厥陰病(けつちんびょう)のところからきている文章です。下痢してうわごとをいうのは硬い大便があるからである。小承気湯の主治であるというわけです。次の文章は『金匱要略』の噦(えつ)というところに出ている文章です。大便が出ないでしゃっくりが出て、しばしばうわごとをいうのは小承気湯の主治であるというわけです。

『類聚方広義解説(40)』 日本東洋医学会監事 岡野 正憲
 本日は小承気湯の症例を申しあげます。『漢方と漢薬』に載せられている大塚敬節先生の症例ですが、読んでみます。「昭和十一年八月、余の老母が激しい頭痛を訴えたので、脈の沈遅と、頭痛、嘔吐、煩躁を目標にして、呉茱萸湯(ゴシュユトウ)を投ずるに効なく、ついで小便自利、口乾、めまい、頭痛、悪寒を目標にして、甘草乾姜湯(カンゾウカンキョウトウ)を与えたが、まったく効なく、四逆湯(シギャクトウ)を投ずるにまったく何の反応もない。頭痛やまざること一週日、大便せざること数日、よって桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)を与えたが、いたずらに腹痛するのみにて大便快通せず、頭痛もまたやまない。よって同門荒木性次君に一診を請うた。荒木君、接脈数分ののち、これを小承気湯の証ならんという。余はそのよるところを知らず。むしろ意外に感じたが、よく按ずるに、まさに小承気湯、もしくは厚朴三物湯(コウボクサンモツトウ)の痛んで閉ずるものなることを了解した。よって小承気湯一服を投ずるに、未だ大便せざるうちに頭痛半ばを減じ、数服にして寝を払うに至った。荒木君、かつて余に語っていわく、傷寒論中、弁脈、平脈の二篇は、薬方運用上の根幹をなすものなるにかかわらず、従来の医家はこれを捨てて論ぜず。かくのごとくして薬方運用の妙所に至るは、けだし至難の技なり」というものです。
 小承気湯の応用としては、高血圧症、肥胖症、便秘症、食中毒、急性熱性病、脳症などに用います。
 鑑別としては、大承気湯、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)などがありますが、長くなりますので省略いたします。




『類聚方広義解説II(38)』 北里研究所東洋医学総合研究所漢方診療部 村主 明彦
小承気湯① 
 本日は、『類聚方広義』の中の小承気湯(ショウジョウキトウ)の解説をいたしましょう。

■治療目標と処方内容

小承氣湯 治腹滿而大便鞕者。
 大黄四兩一錢二分厚朴二兩九分枳實三枚九分右三味。以水四升。
 煮取一升二合。去滓。分溫二服。 以水二合。煮取六勺。初服湯。
 當更衣。不爾者。盡飮之。『若更衣者。勿服之。』

「小承気湯。腹満して大便鞕き者を治す。
 大黄(ダイオウ)四両(一銭二分)、厚朴(コウボク)二両(九分)、枳実三枚(九分)。
 右三味、水四升をもって、煮て一升二合を取り、滓を去り、分かち温めて二服す(水二合をもって煮て六勺を取る)。 
 初め湯を服せば、まさに更衣すべし。しからざるものは尽くこれを飲む。もし更衣するものは、これを服することなかれ」とあります。
 吉益東洞(よしますとうどう)先生は、まず「腹満して大便鞕き者を治す」と述べて、小承気湯の治療目標を
「腹が膨満して大便が硬い症状」と明確にいっています。
 小承気湯は、大黄、厚朴、枳実の生薬からなる、比較的シンプルな処方です。生薬の量は換算の仕方によっていろいろですが、私ども北野研究所では厚朴3g、枳実2g、大黄は適当量とし、適宜加減して用いています。
 本文中の「更衣」というのは、便通のつくことを意味しています。この言葉は、その昔中国の上流階級の人々が排便のたびに衣服を着替えたことに由来しているそうです。ですから、本文は「この薬を初めて飲むと、必ず便通がつくはずである。もし便通がつかないのであれば、残った分をすべて飲みなさい。うずれにせよ、便通がついたらもう残りは飲む必要はありません」ということです。

■桂枝湯・大承気湯との鑑別

 『傷寒。』不大便六七日。頭痛有熱者。與承氣湯。『其
 小便清者。知不在裏。仍在表也。當須發汗。若頭痛
 者必衂。宜桂枝湯。』

 次の一文は後人の竄入であろうといわれていますが、「傷寒、大便せずして六七日、頭痛、熱あるものは、承気湯(ジョウキトウ)を与う。その小便清きものは、知る、裏に在らずなお表に在るを。まさに須らく発汗すべし。もし頭痛するものは、必ず衂す。桂枝湯(ケイシトウ)に宜し」とあります。
  これは急性、熱性病である傷寒の状態で、大便の出ないことが六、七日あつて、頭痛、発熱を伴うものには承気湯を与えなさい。ただしその尿が澄んでいる場合には、病邪は内臓の方までは進んでおらず、体表にあるから、発汗させることによって、その病邪を除かなければならない。もし頭痛があるならば、必ず鼻血を伴うはずであるから、桂枝湯およびその関連処方を使えばよろしい、ということをいっています。
 この箇所に限らず、後人の竄入と呼ばれる箇所は非常に冗長なため、簡潔を旨とする『傷寒論』の条文からは浮き上がってしまい、読んでいてそれとすぐに察しがつきます。また「宜し」という表現は、「主る」よりも一段緩い表現で、処方の選択にある程度の幅を持たせています。

               ○『陽明病。脈遅』雖汗出。不
 惡寒者。其身心重。短氣腹滿而喘。有潮熱者。『此外
 欲解。可攻裏也。』手足濈然然而汗出者。此大便已鞕也。
 大承氣湯主之。

 「陽明病、脈遅、汗出ずるといえども、悪寒せざるものは、その身必ず重く、短気、腹満して喘し、潮熱あるは、これ外解せんと欲し、裏を攻むべきなり。手足濈然として汗出ずるは、これ大便已に鞕きなり。大承気湯これを主る」。
 「外解せんと欲し、裏を攻むべきなり」の部分は、後世の注釈といわれています。ですから、「潮熱あり」は「手足濈然として汗出ずる」に続きます。
 すなわち陽明病の時期で、脈は遅で、発汗はあるけれども、病邪が体表に挟する悪寒というような外証がない場合には体が重く、動かしにくく、短気すなわち呼吸促迫があって、腹部が膨満し、そのために胸が下から押し上げられて喘鳴を発し、発熱も伴う。それも潮熱であるから、潮のように一日に時間を決めて全身に熱が満ちてきて汗をかく、といった状態です。
 しかも「濈然とした汗」というのですから、しっとりと、うっすらと汗をかく状態で、けして流れ出るような汗ではありません。手足にうっすらと汗をかいているのは、もう大便が硬い証拠であるから、このような場合には大承気湯を使いなさい、といっています。
 また遅脈についてですが、この遅脈は脈数に対する脈状で、拍動数が少ないことをいっています。
 以下の文も、後に加筆されたのではないかといわれていますが、読んでみます。

         若汗多。微發熱惡感者。『外未解也。』
 共熱不潮。未可與承氣湯。若腹大滿不通者。可與
 小承氣湯。『微和胃氣。勿令大泄下。』

 「もし汗多く、微発熱、悪寒するは、外いまだ解せざるなり。その潮熱せずんば、いまだ承気湯を与うべからず。もし腹大いに満ちて通ぜざるものは、小承気湯を与え、微しく胃気を和すべし。大いに泄下にいたらしむことなかれ」。
 これは、たとえ汗が多くても、少し熱があって悪寒するのは、病邪がまだ体表にある証拠であり、外証の残っている状態であるから、熱型が潮熱になってからでなければ、まだ承気湯を用いる段階ではない。もし腹部の膨満が著明で、かつ便通のないものにはまず小承気湯を与えて、胃の機能を多少なりとも整えた方がよろしい。間違っても大承気湯で激しく下してはいけない、ということです。


                       ○『陽明病』。潮
熱大便微鞕者。可與大承氣湯。不鞕者。不與之。若
不大便六七日。恐有燥屎。姉知之法。少與小承氣
湯。湯入腹中。轉失氣者。此有燥屎。乃可攻之若
不轉失氣者。此伹初頭鞕。後必溏。不可攻之。攻
之必脹滿不能食也。欲飲水者。與水則噦。其後發

熱者。必大便復鞕而少也。以小承氣湯和之。不轉失
氣者。愼不可攻也。

 「陽明病、潮熱し、大便微しく鞕きは、大承気湯を与うべし」。
 これは『傷寒論』の本文ですが、「鞕からざるは、これを与うべからず」はその注釈です。内容は前に述べたことの繰り返しになっています。
 以下の文章は後の加筆といわれています。
 「もし大便せざること六七日、恐らく燥屎あらん。これを知らんと欲するの法は、少しく小承気湯を与え、湯腹中に入りて、転失気するは、これ燥屎あるなり。すなわちこれを攻むべし。もし転失気せざるは、これただ初頭鞕くして、後必ず溏す。これを攻むべからず。これを攻むれば、必ず脹満し、食する能わざるなり。水を飲まんと欲するは、水を与うればすなわち噦す。その後発熱するは、必ず大便また鞕くして少なきなり。小承気湯をもってこれを和し、転失気せざるは慎んで攻むるべからず」。
 「もし六、七日も便通がつかなければ、恐らくはそれは宿便があるためであろう。そこで、宿便があるかどうかを確かめる方法としては、試しに小承気湯を少し与えて様子をみるのがよい。薬が体に入って、腹の中でガスと水分が合して音響を発するもの、俗にいう放屁のあるものは大便が硬くなっている証拠なので、下剤で攻めても構わない。一方、放屁のないものは便の出始めは硬いが、後は軟便であるから、これを下剤で攻めてはならない」。
 ここでいう「溏」は、アヒルの便のような固まらない便のことを指しています。
 「すなわち、これは胃腸が冷えて水分の吸収が悪いために、大便が硬くならないのである。もしこのような時に誤って下剤を使って攻めると、間違いなく腹が張って食べることができなくなる。このような状態の時に、水分を欲しがるものに水を与えると噦す。すなわち、しゃっくりが出現する。その後、熱を発するものは決まって大便が硬く、量も少ない。そのような時に小承気湯を与えて消化機能を調整するとよい。放屁しないものに対しては、くれぐれも下剤で攻めてはならない」。
 この項は、ずいぶんと細かに書いてある印象があります。

■実証の腹満・便秘

 承気湯類は、大柴胡湯(ダイサイコトウ)や防風通聖散(ボウフウツウショウサン)同様、栄養状態がよくて、肥満して、筋肉がよく締まって弾力のある、いわゆる実証タイプのものに用いることが多いといえましょう。腹満といった場合、これは腹部が全般的に膨隆しているものを指しますが、これには虚実の別があり、腹部が膨満していて腹にいて腹に弾力があり、脈が沈で力があり、便秘しているようなものは実証に分類されます。大承気湯、小承気湯、防風通聖散などを用いる目標となります。これに対し、腹部膨満があっても軟弱無力で、脈が微弱または沈弱のものは虚証に分類され、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)、小建中湯(ショウケンチュウトウ)、四逆散(シギャクサン)、四逆湯(シギャクトウ)などが使われます。
 一般、下剤には寒下の剤と温下の剤とがあります。寒下の剤とは大黄と芒硝(ボウショウ)のような寒薬の入った大承気湯、小承気湯などをいい、温下の剤とは大黄のような寒薬が入っていても、細辛(サイシン)、附子(ブシ)、桂枝などの温薬を配合した大黄附子湯(ダイオウブシトウ)、桂枝加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)などのことをいいます。
 調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)、小承気湯(ショウジョウキトウ)、大承気湯、桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)などの承気湯類は、陽明病で便秘するものに用い、以前は腸チフスなどの感染症にも使われましたが、現代では当然のことながら、このような目的で使用することはほとんどありません。
 小承気湯、大承気湯などは、常習便秘に用いられますが、実証の患者で、臍を中心に腹全体が膨満して弾力があり、脈に力があるものに用いられます。大承気湯は、小承気湯よりも一段と腹満が強く、 力のあるものを目標とします。また小承気湯や調胃承気湯は、便秘があって吃逆するものにも用います。ただし吃逆といっても、小承気湯を用いるのは腹満と便秘があって、脈にも力がある場合です。腹満や便秘があっても、腹水や腹膜炎に起因する吃逆には用いません。

■順気剤として

 ところで小承気湯、大承気湯の中の「承気」という言葉は、「気をめぐらせる」という意味で、これらの薬方は順気剤に分類されています。小承気湯には厚朴が配合されていますが、厚朴には後にも述べますように、筋肉の痙攣や緊張を緩和する効があります。単なる下剤ではなく、順気剤としての側面がここにうかがえます。
 大塚敬節は、「大柴胡湯加厚朴(ダイサイコトウカコウボク)という処方を、大柴胡湯合小承気湯(ダイサイコトウゴウショウジョウキトウ)の意味合いで使うことがある」と述べています。われわれも小承気湯を単断で用いる機会は少なく、既存の処方に厚朴を加えたりして、加減方の形で使うことが多いのが実状です。
 また大塚は、「腹満はあまり著明でなく、全身の筋肉が緊張している場合、たとえばパーキンソン氏病などにくる便秘には、この方を用いる機会が多い」と述べています。また便秘ばかりではなく、小承気湯に芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を合方し、厚朴の筋肉の硬強を治する効と、芍薬甘草湯の筋肉の緊張を緩める効とを狙って、やはりパーキンソン氏病に用いたところ、便秘だけでなく振戦も抑えることができた例を発表しています。

■吃逆・悪心・嘔吐・口渇

 時代は遡りますが、有持桂里(ありもちけいり)は、小承気湯を吃逆に用いる場合について、次のように述べています。すなわち「これは不大便が目的なり、主治に譫語をいってあれども、それにはこだわらざるなり。およそ噦あるもの、これを診するに腹微満して不大便するものならば、この方を用いるなり。この『金匱』の主治は正しいけれど、今これを活用して、胃中に鬱熱あると思うものに用いる。そのところに、この方を用いて効を得ること多し。その時には譫語や舌苔にこだわらずして、ただ腹候と不大便とにて用うべし。余もとこの方を拡充して用いしは、噦の奇方に平胃散(ヘイイサン)を用いて珍重するあり。京師の大家の医に厳かにこの方を用いる人などあり。なるほどこれを見るに如何にも効験あり。よりていうに噦に胃中の鬱塞よりきたるものあることを。然らば、とてものことならば、平胃散より承気湯を用いるが、その効速やかなるべしと按じて、後にこの症にあいて承気湯を試みしに、果して即効あり。理中湯(リチュウトウ)、四逆湯、呉茱萸湯の反対とみえたり。さて平胃散、効あるの方といえども、ただこれを噦の妙剤と覚えたるもの笑うべし」とあり、その効能・適応を詳らかにすると同時に、安易な病名治療を戒めています。
 悪心・嘔吐に小承気湯を用いる機会もあります。『梧竹楼方函口訣(ごちくろうほうかんくけつ)』に、次のような記載があります。「丸田町堀川西、俵屋伝右衛門、寡婦、歳五十余、七月中旬霍乱を患う。ほぼ癒えて後、ただ嘔吐止まず。連綿三十数日、百方手つくして効なし。時に残暑灼くがごとく、多日不飲するもの故に羸痩甚だしく、手足微冷、脈沈微、おおよそ食物あるいは湯薬、辛酸甘苦の類皆受けず。いかんともすることなし。篤とその腹を診するに、右脇肋骨の際、鳩尾を去ること二寸ばかりに当て、積塊手に応ずるものあり。予思えらく、大腸中の燥屎なり。下道の塞がる故、気通ぜずして上へ還り嘔するとして、強いて嘔を忍びて小承気湯三貼を服せしむ。始め甚だしく苦渋入りがたけれども、強いて服せしむ。あるいは嘔し、あるいは収まり、ついに燥屎数塊を下す。朝に服して夕べに嘔頓に止み、靡粥調理、数日にして安し。大腸の回り解剖して見れば、上右脇の下に回りてあり。余若かりし時、解体をして実物を歴験せしより、この案もつきるなり。蘭方も多く笑うべからず。たまには用に立つなり」との記述があり、実証的な方法論にまで話は及んでいます。
 「嘔」に関しては『傷寒論』に、「嘔の多いものは、腹満、便秘などの陽明の証があっても下してはいけない」とありますが、大便が詰まって、嘔吐の止まない場合に、このような承気湯類を用いることがあります。
 次に熱病で口舌が乾燥して口渇の著しい場合について考えます。このような場合、白虎加人参湯(ビャッコカニンジントウ)の証が多いのですが、これに前述の腹満、便秘の状が加わったものには大柴胡湯や小承気湯、大承気湯などの適応があります。本文中にあるように、これらの薬方は悪寒や悪風のあるものには禁忌とされています。

■大承気湯・麻子仁丸・潤腸湯との違い

 浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』には、「この方は胃中邪気を軽く泄下するなり。本論にては燥屎の有無をもって二湯の別とす。後世にて大承気は三焦痞満を目的とし、小承気は上焦痞満を目的とするなり。燥屎の候法種々あれども、その的切は燥屎あるものは臍下を按じて物あり。これを撫でれば皮膚かわくなり。燥屎と積気と見誤ることあり。これはくるくるとして手に按じて大抵しるるなり。燥屎は按じて痛み少なく、積は痛みを自ら発きざめあり。かつ下焦にあるのみならず、上中焦へも上るなり。この候なくして潮熱、譫語するもの、 この方に宜し」とあり、大承気湯と小承気湯との鑑別にも触れています。
 この小承気湯の構成生薬は、大黄、枳実、厚朴ですが、これを含む処方としては麻子仁丸(マシニンガン)で、これは『傷寒論』に出ていますが、麻子仁(マシニン)、芍薬、枳実、厚朴、大黄、杏仁(キョウニン)を煉蜜(レンミツ)で練ったものです。
 また中国の明の時代の『万病回春(まんびょうかいしゅん)』には、当帰(トウキ)、熟地黄(ジュクジオウ)、乾地黄(カンジオウ)、麻子仁、桃仁(トウニン)、杏仁、枳殻(キコク)、厚朴、黄芩(オウゴン)、大黄からなる潤腸湯(ジュンチョウトウ)が記されています。
 私たちも潤腸湯を老人に使う場合が多いのですが、単に便通を改善するばかりではなく、向精神作用も注目されます。すなわち老人特有のデプレッシブな症状に対しても、これらの漢方処方は非常に効果を奏することが多いのです。

■大黄・厚朴・枳実の薬効薬理

 また個々の生薬についてみますと、大黄には抗菌作用、もちろん瀉下作用もありますが、向精神作用、血中尿素低下作用、抗炎症作用、免疫賦活作用などがあげられています。これを『重校薬徴(じゅうこうやくちょう)』でみますと、「結毒を通利することを主る。故によく脇満、腹満、腹痛し、大便不通、宿食、瘀血、腫膿を治す。発黄、讝語、潮熱、小便不利を兼治す」とあり、実毒の結毒を主治し、腹満、腹痛、大便不通を治し、悪熱、潮熱を取り、結毒、腫膿を去り、発黄、小便不利等を治す、といえます。
 また枳実には、胃腸運動亢進リズムの調整作用あるいは平滑筋の弛緩作用、あるいは抗炎症作用などが認められています。これも要約すると、結実、気滞の毒を破り、胸満、胸痛、腹満、脇痛を治すといえると思います。
  また厚朴に関しては、やはり筋弛緩、抗痙攣作用、鎮静作用、抗炎症、抗アレルギー作用、鎮吐作用などがあり、これは『重校薬徴』では「脇腹脹満を主治し、腹痛、喘を兼治す」とあり、脇胸部の膨満を主治し、痰飲を消し、気を下し、中焦を緩め、胃内停水を去る、といえると思います。
 このように構成生薬は三味と少数ですが、その効果には非常に奥の深いところがあると思います。
 ただ今述べました、大黄、枳実、厚朴の三生薬のうち、大黄は非常に面白い生薬で、向精神作用は昔からよく知られていました。すなわち将軍湯(ショウグントウ)として、戦地に赴く兵士に、士気を鼓舞するという意味で、戦いに行く前に飲ませたという記載があります。
 このように大黄は単なる瀉下作用ばかりではなく、抗菌作用、向精神作用をも現わすといった面からも、非常に見直されてきています。




『類聚方広義解説II(38)』 北里研究所東洋医学総合研究所漢方診療部 小泉 久仁弥
小承気湯②

■大承気湯との違い

 本日は、小承気湯(しょうじょうきとう)の続きをお話しします。

              ○『陽明病。其人多汗。以津
液外出。胃中燥』大便必鞕。鞕則譫語。小承氣湯主
之。若一服譫語止。更莫復服。 

 「陽明病、其の人汗多く、津液外に出でて、胃中燥くをもって、大便必ず鞕し。鞕ければすなわち譫語す。小承気湯これを主る。もし一服にて譫語止めば、さらにまた服することなかれ」。
 陽明病になり、汗が多く出て、そのために体液が不足し、胃腸の水分が不足し、便が硬くなる。便が硬いとうわ言をいう。この場合には小承気湯がよい。もし一服でうわ言が止まれば、さらに服用する必要はない。
 浅田宗伯(あさだそうはく)は『傷寒論識(しょうかんろんし)』の中で詳しく解説していますが、その中では「この条は大承気湯の手足濈然として汗出づるもの、これ大便已に鞕きなりに対して小承気湯の主治について論じている」とあります。
 大承気湯は大黄(ダイオウ)、枳実(キジツ)、厚朴(コウボク)、芒硝(ボウショウ)の四味からななり、小承気湯は大黄、厚朴、枳実の三味からなっているので、その違いは芒硝だけです。そのために、この二方の使い分けについて説明しています。また後ほど説明しますが、尾台榕堂(おだいようどう)も頭註で使い分けについて論じています。
 「津液外に出でて」「胃中燥き」の二つは、大便が硬く、うわ言をいう原因を示している。ここで「胃中燥く」の「燥く」に「乾く」を使わない理由は、津液が外に出ただけでなく、裏の邪が併せて存在するからである。これはその人の生まれつきの性質によるものである。邪気はまだ盛んではないが、汗が多く、津液がなくなったために大便が硬くなり、うわ言をいう。この状態は、邪気が実してうわ言をいうものとは大いに隔たりがあるために、治療法として小承気湯を用いる。うわ言が止まることを中止の目安とする。陽明病で発熱して、汗が多いものはすぐにこれを下しなさい、という条文を応用するのである。
 森田幸門の『傷寒論入門』では、「発汗しやすい体質のものが陽明病になると、腸内の炎症に不相応に外量に発汗するため、腸管の病変が左程甚だしくなくても、大便は早期に硬くなって譫語を発しやすい」と解説し、汗が出やすいのは体質であり、裏の熱、ここでは腸内の炎症という言葉を使っていますが、裏熱に比較して多量に発汗し過ぎたために、水分の不足が生じ、便が硬くなったのである。これは体質が原因だから、裏熱が盛んになったために、潮熱や全身の発汗がある大承気湯の適応と、治療法が異なることを示しています。そのためにうわ言が止めば、服用を中止してよく、排便の有関は関係がない、と考えます。

                     ○『陽明病』。讝語發潮
熱。脈滑而疾者。小承氣湯主之。因與承氣湯一升。腹中
轉失氣者。更服一升。若不轉失氣。勿更與之。『明
日不大便。脈反微澀者。裏虚也。爲難治。不可更與
承氣湯也。

  「陽明病、讝語、潮熱を発し、脈滑にして疾のものは、小承気湯これを主る。よって承気湯一升を与え、腹中転失気のものは、さらに一升を服す。もし転失気せざれば、さらにこれを与うことなかれ。明日大便せず、脈反って微渋のものは、裏虚なり。難治となす。さらに承気湯を与うべからざるなり」。
 陽明病でうわ言をいい、一定の時間に発熱があり、脈は滑らかで早いものは、小承気湯の適応である。それで小承気湯を一升投与し、腹鳴があればさらに一升を服用しなさい。もし腹鳴がなければ投与を中止しなさい。翌日になっても大便が出ず、脈が逆にわずかで、渋るものは裏が虚しているのである。難治である。さらに承気湯を与えてはいけない。
 「転失気」は一般には放屁を指すとなっていますが、そうすると「腹中転失気」は腹中で放屁するとなり意味が通じないので、ここでは「腹鳴」と考えました。
 ここの部分の頭註は、「陽明病云々、脈滑にして疾のものは、大承気湯の証である。『脈経』、『千金』にはともに小の字はない。この通りである。よって承気湯を与え以下は後人の註文であるから、削除すべきである」とあり、尾台榕堂は「ここの承気湯を与え以下の部分は『傷寒論』の本文ではなく、後人が書き加えたものであるから削除しなさい」と述べています。
 大塚敬節の『臨床応用傷寒論解説』では、「ここでは、すでにうわ言をいい、熱は潮熱となっているから、大承気湯の適応証のように思われるが、脈が滑で疾である、という点を考慮して小承気湯を用いるのである。この章では<これを主る>となっているが、むしろ<小承気湯を与う>とすべきであろう」と、尾台榕堂とは逆に、小承気湯の適応であると述べています。ただ「主る」ではなく、「与う」にするべきだとしているところは、小承気湯の絶対的適応ではない、と考えているためです。
 それに続く「よって承気湯一升を与え」以下は、『康平傷寒論』では「十三字詰解説文であるから」と削除しており、後人の書き加えた文章と考えているところは尾台榕堂と同じです。
 『傷寒論識』の解説は、「この文章は三つの部分から成り立っている。一つは前の証がさらに進行した状態を論じ、もう一つは小承気湯を与えた場合の燥屎の状態を論じ、最後は裏が虚して治療することが不可能な状態を論じている」とあります。
 「潮熱を発し」の「発し」は初めて発するを指すのではなく、これは大便が硬く、うわ言をいい、邪の勢いが進んだために潮熱を発するに至ったものを指す。「滑」は「滑らか」を意味する。「疾」は「急」を意味する。「滑疾」はその脈が滑らかで、その勢いが急であることをいう。これは下の文の「脈反って微渋」に対して、熱邪が内に盛んなのは明らかである。この理由で小承気湯をもって燥屎の様子をうかがうのである。故に「よって」といい、「よって」は原因である。
 承気湯は上の文を受けて小承気湯を指している。小承気湯を投与し、一夜が過ぎ、まだ奏効しない。これは胃がますます実し、脈はますます滑疾でよいのに、かえって微渋になるものは、体内に鬱積した病気がなくなったために「裏虚」となっているのである。裏虚のものはもとより治療がむずかしい。しかし十人中二、三人は助かるものがある。だから死ぬとはいわない。「治しがたし」という。
 おおむねこのような機会に臨んだならば、うわ言か、そうではないのかの区別をする機会を失ってはいけない。あるいは承気湯を与えても大便が出ず、みたりに薬力が十分ではあいといい、何度も服用するように指示し、そのために失敗することも多いために「なかれ」という。「べからず」という。繰り返すことによってこれを戒めているのである。
 考えてみると、初めの一升を服用する時に三つの状態がある。一つは燥屎があるのでさらに一升服用する状態である。もう一つは、燥屎がないので白虎湯を服用する状態である。白虎湯の条の「脈滑」というのが参考になる。最後の一つは裏が虚しているので、熱があっても攻めることができない状態である。

 頭註に戻ります。次の頭註は、大承気湯と小承気湯の違いについて述べています。その冒頭に「子炳(しへい)曰く」とあります。この子炳は頭中にしばしば出てきますが、『類聚方広義』の手本となった『類聚方集覧(るいじゅほうしゅうらん)』の作者雉間(きじま)子炳のことです。この『類聚方集覧』の頭註に「つまり大、小承気湯の二方はもともと同じ証であった。芒硝を去るものは、鈍い刀に譬えることができる。用いるべきではない。もし大承気湯が使えないならば、別の処方を考えて用いるべきである。おろそかにしてはいけない」と書いています。
 これに尾台榕堂は反論して、次のように註しています。
 「子炳は大、小承気湯の二方はもと同じ症であったという。芒硝を去った小承気湯を鈍い刀であると譬え、まったく用いるべきではないといっている。はなはだしいことである。子炳の方法は理解が不十分なのである。処方に大小があるのは、病気に病重、緩急があるからである。どうして大小を作ったのか考える必要がある。
 『傷寒論』の処方は一味を去る、加える、一品の量を加減する場合にでも、それぞれ考え方が異なり、その効用もまた異なるのである。このために医者が病人を診察する際には、その軽重、緩急をよくみて、証を細やかにみて、行き渡った処方をしなさい。『傷寒論』の理論に則って、間違いないで治療をすれば治るのである。いい加減に軽い気持で治療していると、ほとんど死に追いやってしまう。慎むべきである」。
 かなり細かな考え方です。しかし桂枝湯(ケイシトウ)の芍薬(シャクヤク)を増量すると桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)になり、桂枝加芍薬湯に膠飴(コウイ)を加えると小建中湯(ショウケンチュウトウ)になり、それぞれの適応も異なることなどを考えると、一味の去加や量の増減が処方全体に与える影響の大きささがわかります。
 尾台榕堂は『類聚方広義』の中で、しばしば雉間子炳の『類聚方集覧』の批判しています。この部分でも子炳は「小承気湯は大承気湯去芒硝であり、なまくら刀(鈍刀)であるから使うべきではない」としています。しかし榕堂は、「『傷寒論』の処方は一味の違いでも大切にしなければならない。小承気湯をなまくら刀というのは、診療が雑で、いい加減だからである」と反論しています。

■大柴胡湯・蜜煎導との違い


         ○『太陽病。』若吐若下發汗。微煩小便數。
大便因鞕者。與小承氣湯。和之愈。

 「太陽病、もしくは吐し、もしくは下し、もしくは汗を発し、微しく煩し、小便数、よって大便鞕き者は、小承気湯を与え、これを和せば愈ゆ」。
   太陽病で、吐いたり、下痢をしたり、汗をかくなどして少しく煩し、小便は頻回で、そのために大便が硬くなるものは、小承気湯を与えて調和してやれば治る。
 『傷寒論識』の解説では、この部分はまた上の二条の「発汗、嘔吐、下痢」以後で、陽明病に属するものを論じている。「もしくは」というのは「あるいは」と同じ意味である。病気の始まりは太陽病であるが、嘔吐や下痢、発汗の病邪がまだ治っていない。その後に少し煩するものの治療法を述べているのである。
 これは『傷寒論』太陽病中篇の大柴胡湯(ダイサイコトウ)証に似ている。しかし大柴胡湯証は少陽病にあるため、嘔吐が止まず、心下急の証を合わせ、また陽明病にあるため小便が頻回、大便が硬いなどの証も併せ持つ。ここではその違いを示し、あしたに大便が硬くなる理由は、小便が頻回のためである。それで「よって」という。この邪がしばらくして裏に入る機序なのである。「これを和すれば愈ゆ」のものは、硬いに対して「これを」といっているのである。
 治るものは微煩の証が治るのである。宋板では汗の下に「後」の字がある。 「癒ゆ」の上に恐らくさ「すなわち」の字が抜けている。考えてみると、この証と蜜煎導(ミツセンドウ)の証は似ているが異なっている。これは明らかにするとよい、とあります。
 蜜煎導の条文をあげますと、「陽明病、自ら汗出で、もしくは汗を発し、小便自利のもの、鞕きといえどもこれを攻むべからず。まさに自ら大便を欲するを待ち、蜜煎導にてこれを通ずるが宜し」です。
 陽明病で自然に汗が出て、または発汗させ、小便が多く出るものは、便が硬くても下剤をかけてはいけない。自然に便が出たくなるのを待って、蜜煎導を肛門に挿入するのがよい。確かに条文は似ています。しかし、小承気湯の条文は大承気湯ほどではないが、多少なりとも裏に邪熱があるために便が硬くなります。蜜煎導は裏に邪熱はなく、発汗や小便自利のために便が硬くなったので承気湯などで攻めてはいけない、というところが異なります。

■小承気湯の変証

                     ○得病二三日。脈
弱無『太陽』柴胡證。煩躁心下鞕。至四五日。雖能
食。以小承氣湯。少少與微和之。令小安。至五六日。
與承氣湯一升。若不大便六七日。小便少者。雖不
能食。伹初頭鞕。後必溏。未定成鞕。攻之必溏須
小便利屎定鞕。乃可攻之。宜大承氣湯。

 「病を得て二三日、脈弱にして太陽、柴胡の証なく、煩躁し、心下鞕く、四五日に至り、よく食するといえども、小承気湯をもって少々与えて、微しくこれを和し、少しく安からしむ。五六日至り、承気湯一升を与え、もし大便せざること六七日、小便少なきものは、食する能わずといえども、ただ初頭鞕く、後に必ず溏す。いまだ定まりて鞕と成らず。これを攻むれば必ず溏す。小便を利し、屎定まりて鞕となるを須(ま)ち、すなわちこれを攻むべし。大承気湯に宜し」。
 頭註では、この部分も後人が書き加えたもので、『傷寒論』の本文ではないと書いています。
 発病して二、三日が過ぎ、脈が弱いが太陽病で、柴胡剤の証はない。煩躁があり、心下が硬くなり、四、五日後には食欲があっても小承気湯を少量与えて、胃腸の機能を調和すれば多少落ち着く。五、六日後になったならば小承気湯を一升与え、六、七日後になっても大便が出ず、尿量が少いものは、食欲があっても便は最初硬く、後で出てくる便は軟かい。尿が出て、便が硬くなるのを待ち、これに下剤をかけるべきである。大承気湯が宜しい。
 『傷寒論識』の解説では、これは後の六、七日前の証について論じている。そのために、頸部や頭部まで病気が及んでいない。「脈弱」の「弱」は、微弱や虚弱の「弱」ではない。「浮」「盛」「実」「大」ではないというのである。
 太陽病で薬方名をあげない場合は、必ずしも桂枝と麻黄(マオウ)の適応症が同じではないからである。「柴胡」といい、証をいわないのは、柴胡剤は必ず少陽病だからである。
 これらより二陽の症候がないのは明らかである。しかし「心下鞕い」は非常に少陽と似ている。ただ痞鞕になっていないので少陽とはいえない。また陽明に属するといえども、まだ譫語、潮熱には至っていない。ただ脈が弱いために少しく和することがよい。これは小承気湯の変証である。六日は五、六日とすべきてである。
 ここは『傷寒論識』に引用されている『傷寒論』の条文で、六日となっているための注釈です。『類聚方広議』では「五、六日となっているための注釈です。『類聚方広義』では「五、六日となっていますので、関係がありません。
 発病六日は下剤で攻めるべきかど乗かの判断が必要な時期の始まりである。すべからくま待つことである。「須」という文字は、しなければならないという意味もありますが、ここでは「待つ」という意味でなければ辻褄が合いません。
 これはすでに小承気湯を用いたために目はぼんやりし、少しく和することができず、体調を多少調和することができないために落ち着かない。大便が出ず、食欲はなく、小便の量が多いなどの症候は、しばらくして大承気湯証になるものである。これは小承気湯から大承気湯に至る階級である。一つの階級に一歩があり、一歩に一つの階級がある。これは高い場所には必ず低い所から昇ることと同じである。もって以下の三症の土台となる。

■下痢・讝語・燥屎

     ○下痢讝語者。有燥屎也。

 「下痢、讝語のものは、燥屎あるなり」。
 下痢してうわ言をいうのは、燥屎があるので小承気湯がよい。下痢に対して大黄の入った小承気湯を使うのは、逆の治療のように考えがちですが、大黄には薬理学的に止瀉剤としての働きのあることがわかっています。
 急性の下痢では腸内の細菌が乱れ、大黄の中の下剤として働くセンノシドが活性化されません。それで大黄中のタンニンの下痢を止める働きが出てきて、止瀉剤として働くのです。
 『傷寒論識』の解説では、この条は熱性の下痢で、燥屎があることは明日である。論じていうには、傷寒になり十三日が過ぎ、譫語のあるものは熱があるためである。熱があるものは必ず燥屎がある。故に「燥屎あり」というのである。これは発病時に裏に邪が閉じ込められ、胃の中が実するためである。
 まず大便が詰まり、続いて下痢になり、その色は必ず純青で汚くない。このような場合には、承気湯を与えて燥屎を下すと、下痢は自然と止まる。燥屎は、大便が硬いか硬くないかには関係ないことは明らかである。腹痛があるかどうかが関係する。承気湯はもともと邪を追い払うために作ったものであり、燥屎の治療のために作ったものではない。しかし、下痢が燥屎によるものであることは、譫語が燥屎により発せられるからわかるのである。
 診察時には、念入りにしなければ間違いやすい。この燥屎の証は、手で臍腹を圧迫すると、必ず硬く触れて痛む。これが燥屎の特徴である。
 『金匱要略』に「下痢をしていて食欲がないも英は、宿食という食物が停滞している状態があるためである。下すべきである。大承気湯がよい」という条文がある。ここでは燥屎があるのに、どうして大承気湯を処方しないのであろうか。大承気湯と小承気湯の違いは、病期の劇易に従っているために「宜しい」というのである。
 頭註では「下痢、讝語するけれども、その他に苦しむところがないから、燥屎があっても小承気湯を用いる」と述べています。 

■便秘・吃逆・讝語

       ○大便不通。噦數讝語者。

 「大便通ぜず、噦してしばしば讝するもの」。
 便秘となり、吃逆がして、頻回にうわ言をいうのは小承気湯の適応である。
 『雑病論識』では「噦して腹満する時は、その尿や便をみてどこの部分が働いていないかを理解して、そこを働かせればすぐに治る。これを引用し、吃逆が出て、腹満し、便秘のものの治療法を述べているのである。燥屎が詰まったために便秘し、そのために気の上逆が起こり、胃の邪が上行して吃逆がこれに加わったのであるから、承気湯を与えるのである」と述べています。
 頭註では「傷寒の噦逆の症には、熱閉じて邪実に属するものがあり、寒飲、精虚に属するものがある。また蚘虫によるものがある。精しく診察して区別し、処方しなさい。一般の医者は吃逆を懼れる。そのため噦症を一見して、胃寒虚脱の症として治療する。いい加減である。
 王宇泰(おううたい)は、瀉心湯、小承気湯、調胃承気湯(チョウイジョウキトウ)、桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)などを用い、龔廷賢(きょうていけん)は、黄連解毒湯(オウレンゲドクトク)と白虎湯を用いた。見識がある人たちである」とあります。
 吃逆の治療法については、一般的には柿蔕(かてい)(柿のへた)が有名です。また漢方治療では、頭註であげた処方のほかに、半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)、橘皮竹筎湯(キッピチクジョトウ)、柿蔕湯(カテイトウ)、丁香柿蔕湯(チョウコウカテイトウ)、呉茱萸湯(ゴシュユトウ)、四逆湯(シギャクトウ)などがよく用いられます。
 頭註の説明のごとく、陰陽などを詳しく診察して処方しなければならないことはもちろんです。
 小承気湯は以上ですが、これを応用成た現代医学の適応をあげますと、便秘、肺炎やインフルエンザなどの急性感染症、精神疾患、赤痢や疫痢などの急性下痢症などが代表的です。また故大塚敬節氏は、頭痛、多汗、月経不順などにも応用を広げ、症例を報告しています。


※柿蔕:「カテイ」と振りがなが付いているが、「シテイ」では?

2014年3月18日火曜日

麻子仁丸(ましにんがん) の 効能・効果 と 副作用

『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
麻子仁丸(ましにんがん)
麻子仁五分 芍薬 枳実 厚朴各二分 大黄四分 杏仁二分 以上を煉蜜で丸とし、一回量二・を頓服する。
本方は緩和な下剤で、常習性便秘の者、老人で体力の衰えた者、病後などに便秘するものに用いる。また尿量が多くて、大便が硬いというのは本方の目標である。
本方は麻子仁・芍薬・枳実・厚朴・大黄・杏仁の六味からなる。麻子仁は粘滑性の下剤で大黄の瀉下作用に協力し、芍薬・枳実・厚朴は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整し杏仁は一種の粘滑剤として働く。
本方は以上の目標に従動、常習性の便秘の前に、痔核・萎縮腎などにも用いられる。


『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.124
麻子仁丸(ましにんがん) (傷寒論)

 処方内容 麻子仁五・〇 芍薬 枳実 厚朴 杏仁各二・〇 大黄四・〇(一七・〇) 以上を蜂蜜で丸とし、一回二・〇を頓服する。
 必須目標 ①常習便秘 ②多尿 ③他に苦情なし。
 確認目標 ①皮膚枯燥 ②老人で体力衰えている。

 初級メモ ①本方は麻子仁の潤腸作用と、小承気湯の緩下作用を合したもので、弛緩性便秘に用い識。多尿の結集、腸管の水分不足して便秘するものを目標にする。

 中級メモ ①本方は仲景の正文でないことは山田正珍以来の定説であって、その方意も明かでない、仮りに陽虚証としてみたが、或は陽実証かも知れない。

 ②南涯は、原典の内で「小便数、大便則難く。麻子仁丸之を主る」の三個所のみは古文なりとなしている。


 ③南涯「気盛んにして水を逐い、津液竭するものを治す。その症に曰く、小便数これ気盛んにして水を逐うなり。曰く大便硬、これ津液竭の症なり。その小承気湯と異なる者は熱状を作らざるなり」。

 適応証 老人または病後衰弱による弛緩性便秘。

 文献 「潤腸湯と麻子仁丸」 矢数道明(漢方の臨床3、6、56)




『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
76.麻子仁丸(ましにんがん) 傷寒論
 麻子仁5分,芍薬2分,枳実2分,厚朴2分,大黄4分,杏仁2分
 右煉蜜にて丸とし1回2.0を頓服す。

(傷寒論)
○趺陽脈浮而濇,浮則胃気強,濇則小便数,浮濇相搏,大便則硬,其脾為約,本方主之(陽明)


〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 急性の便秘や常習性便秘などに,下剤として一般的に応用する。
 三黄瀉心湯,大柴胡湯,桃核承気湯などの大黄配合剤にくらべ,下剤の作用が緩和なところから常習性便秘症に最も繁用され,また老人や虚弱者あるいは病後の便秘などに利用されている。したがって本方は排便を抑制する習慣や腹壁圧の減退,消化吸収が容易な食物摂取,運動不足などによく見受けられる緊張減退性便秘をを対象に,応用すればよいと考えられる。以上の点から本方は尿量が右過大便がかたいと訴えるものを目標に用いられる緩和な下剤である。便秘症と下剤はひどい個人差があるゆえに,習慣性になりやすくまた反対に腹痛や激しい下痢をおこしたりすることが多いが,漢方では便秘症に瀉下効果のある大黄剤と言う考え方で用いない。特に虚弱者に大黄剤を用いても必ずしも排便効果とつながらないことが多いので,左記を参照されたい。
<黄連解毒湯> のぼせや頭痛の傾向がある便秘症で,間歇的に便秘するが,自然排便はそれほど硬くないもの。
<半夏瀉心湯> 胃部のつかえ,食欲減退,下痢などの胃腸症状があって,ときどき便秘するが軟便のもの。
<小建中湯> 腺病質,虚弱症,貧血症で胃腸が弱く腹痛や便秘があって一般下剤が適応しない小児。
<大建中湯> 内臓下垂の傾向がある虚弱者で腹部にガスが貯留したり,蠕動不安を自覚して便秘するもの。
<四物湯> 貧血症で血液循環障害があって冷えを自覚し腹部が軟弱で膨満し,便秘するもの。
<炙甘草湯> 心臓衰弱で脈が結代し,同期,息切れなどが激しく便秘があるもの。


〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○老人や虚弱者の便秘に用いる。体液が少なく,胃腸内の水分が欠乏し,大便が乾燥して硬く,塊状をなし,尿利が近く頻数のものである。
○本方は一種の緩下剤であるが,大量に服用すれば瀉下作用も強くなる。


〈漢方診療の実際〉 大塚 矢数,清水 三先生
 本方は緩和な下剤で,常習便秘の者,老人で体力の衰えた者,病後などに便秘するものに用いる。また尿量が多くて大便が硬いというのは本方の目標である。本方は麻子仁,芍薬,枳実,厚朴,大黄,杏仁の六味からなる。麻子仁は粘滑性の下剤で大黄の瀉下作用に協力し,芍薬,枳実,厚朴は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整し,杏仁は一種の粘滑剤として働く。本方は以上の目標に従い,常習便秘の外に痔核,萎縮腎などにも用いられる。


〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 小承気湯に麻子仁,芍薬,杏仁を加えたような組成だが,補剤の芍薬があるので小承気湯ほどの実証でなく,麻子仁,杏仁,の如き油性のものがあるので燥きを潤し,腸内を滑らかにする。
 運用 便秘
 小便が近く大便が硬いというのが本方の適応症で,この条件が揃わねば原則的には本方の適応症ではない。脉は原則的には手の脉は浮で芤,足の趺陽の脈(足背動脉)は浮で濇であるべきた。 (中略)表熱の太陽病は発汗するのが原則である。然るに発汗過多だったり,誤って利尿剤を用いたりするなどすると身体の水分が欠乏し亡津液に陥り,その被害は胃が最も多く被る。胃は直接水穀を受ける所で水に最も関係が深く,水が過多だと胃水諸症を起し,水が不足すると胃熱を生ずる。元来胃は穀を消化するために必要な熱を備えるべきだし,穀を消化して熱を生ずるという相互作用がある。胃熱を生ずると胃気は強くなる。胃は陽明の部位だから,病気のはじまりは太陽に在ったが陽明の部位にも熱が加わって太陽陽明は脾約是なり(傷寒論陽明病)という状態になって来た。麻子仁丸は脾約の主方である。(中略)
 漢方で胃というのは必ずしも現代医学の解剖学的胃と同じではなく,胃腸を含めた消化管というような意味である。故に腸内の水分が欠乏すれば糞便の水分も減じて硬くなる。大便難とは之を云う。大便難は便通が困難の意で便塊そのものが硬いことだけを意味する。勿論大便が硬くなれば排便が困難になり,便秘を伴うのは当然である。以上の病理を要約すると,脾約の麻子仁丸証は胃強脾弱,胃熱水分欠乏,大便燥き硬く尿意頻数である。之に処方の内容が対応している筈で,大黄,厚朴,枳実は胃熱をさまし胃気をめぐらす薬物,芍薬は陰血を補う薬物,麻子仁,杏仁は腸を潤し,便を緩くする薬物で丁度合うことになる。 (中略) 麻子仁丸はよく老人の津液少く,血燥きたるもの,概して虚した便秘に使う。然し便秘に使うと腹痛,水瀉様の下利を起すから注意せねばならぬ。荒木性次先生曰く「胃中に熱ありて,小便の数多く大便堅き者,汗出で皮膚湿りたる者に宜し。汗無く皮膚のカサカサの者に効なし」(古方薬嚢)と以て微すべきである。(後略)



〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 胃腸に熱があって水分欠乏し,大便乾燥して硬く,塊状をなし,尿頻数のものによい。虚寒の便秘に大黄芒硝剤を用いると腹痛強く,水様下痢を起こし不快となる。これには人参,附子等の温剤が必要である。この方はその中間に位するものである。


『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.584 常習性便秘(老人性)頭痛・常習性頭痛・偏頭痛・胃下垂症・子癇
141 麻子仁丸(ましにんがん) 〔傷寒・金匱〕
 麻子仁一六・〇 大黄一四・〇 芍薬・枳実・厚朴 各八・〇 杏仁一〇・〇
 麻子仁は殻を去る。右各末となし、蜂蜜で丸とし(一丸の重さ〇・一グラムとす)、一回二・〇~三・〇(二〇~三〇丸)を頓服する。あるいは二~三回用い、通便あるを度とする。


〔応用〕 老人や虚証の人、津液少なく、血燥き、胃腸に熱ある常習性便秘に用い識。
 本方は主として常習性便秘に用いられるが、また尿意頻数・夜尿・萎縮腎の便秘・痔核等にも応用される。

〔目標〕  胃腸に熱があって水分欠乏し、大便乾燥して硬く、塊状をなし、尿頻数のものによい。虚寒の便秘に大黄芒硝剤を用いると腹痛強く、水様下痢を起こし不快となる。これには人参、附子等を温剤が必要である。
 この方はその中間に位するものである。

〔方解〕  小承気湯に麻子仁・杏仁・芍薬を加えたものである。麻子仁が主薬で、杏仁とともに腸の燥きを潤し、芍薬は血を補養し、枳実と大黄は胃腸の実熱をさまし、厚朴は胃の気をめぐらし、枳実とともに固く結ぼれた滞便をめぐらす力がある。これらの各薬物の協力によって、胃腸の内熱をさまし、枯燥による凝滞を潤して排除するものである。


〔加減〕 後世方の潤腸湯は、これと同じ目標で構成されたものである。すなわち本方中の芍薬を去って、当帰・乾地・熟地を加え、さらに桃仁・黄芩・甘草を加えたものである。

〔主治〕
 傷寒論(陽明病篇)に、「趺陽(フヨウ)ノ脈浮ニシテ濇、浮ナレバ則チ胃気強ク,濇ナレバ則チ小便数シ、浮濇相搏テ、大便則チ硬ク、其ノ脾約(脾がちぢまり萎縮するとの意)ヲ為す。麻子仁丸之ヲ主ル」(この条文は意味が通じがたく、おそらく後人<後の世の人>の攙(ザン)入<ほかのところより引き入れる>であろうといわれている)
 類聚方広義には、「按ズルニ此ノ章、仲景氏ノ辞気ニ非ズ、方意モマタ明カナラズ、然レドモ賦質脆薄ノ人、或ハ久病虚羸シ、及ビ老人血液枯燥ノ者、此方ヲ以テ緩々転泄スルモマタ佳ナリ」とあり、また、
 古方薬嚢には、「胃中に熱あって、小便数多く、大便堅き者、汗出で皮膚湿りたる者に宜し。汗なく皮膚かさかさの者には効なし」とある。

〔鑑別〕
 ○大承気湯 98 (便秘・実熱性、腹堅満、脈沈実、舌黒苔)
 ○大黄甘草湯 (便秘・実熱、急迫) 
 ○潤腸湯 65 (常習便秘・滋潤の力が強い、秘結が頑固である)


〔治例〕
 (一) 老人の便秘
 八二歳の老婦人。便秘と夜間の多尿を主訴として来院した。心悸亢進や浮腫もない。食欲は普通で口渇もない。夜間は四~五回の排尿があり、落ちついて眠れない。麻子仁丸を用いたところ、よく効いて、大便は一行あり、夜間尿も一~二回ですむようになった。薬をやめると便秘するので、適度に服薬を続けている。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)

 (二) 乾嘔
  七四歳の老婦人。二〇年来の便秘で、いつも下剤を用いている。みぞおちが重く、時々軽く痛む。胃下垂症といわれた。脈は弦大で、血圧は一七四~九二。腹部は一体に緊張力が弱い。麻子仁丸料に甘草一・五を加え大黄を〇・三として与えたところ、これがたいへんよく効いて、毎日大便があるようになり、服薬二〇日で休薬し、二〇年来の便秘が治った。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)



『■重要処方解説(82) 大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)・麻子仁丸(マシニンガン)』
日本東洋医学会監事 松田邦夫

■麻子仁丸・出典
 次に麻子仁丸(マシニンガン)です。原典の主治は『金匱要略』の第十一,五臓風寒積聚病篇に「趺陽の脈浮にして濇,浮なれば則ち胃気強く,濇なれば則ち小便数,浮濇相打ち,大便則ち難く,その脾約を為す。麻子仁丸これを主る」とあります。とあります。その意味は胃腸の働きを見る足背動脈が浮いているけれども,渋っていて滑らかに拍動しない,浮いているのは胃腸の動きが強いことを示し,濇であるのは頻尿であることを示し,浮と濇が一緒になると大便が硬くなり便秘するということです。濇は渋ることです。なお尾台榕堂(おだいようどう)は本条文を「仲景(ちゅうけい)氏の辞気に非ず」としており、湯本求真(ゆもときゅうしん)もこれに賛成しております。

■構成生薬・薬能薬理
 麻子仁丸の内容は麻子仁(マシニン)5g,芍薬(シャクヤク),枳実,厚朴各2g,大黄4g,杏仁(キョウニン)2gの6味よりなり、これを煉蜜(レンミツ)で丸とし,1回2gずつ,1日3回服用することになっております。ただし料,すなわち煎じて服用することも少なくありません。分量は年又,体重,症状によって適宜増減します。原典にも「知るを以て度となす」とあって,大便が気持ちよく出る程度に加減します。
 処方の構成ですが,この処方は小承気湯(大黄,厚朴,枳実)に麻子仁,杏仁,芍薬を入れたものと見ることができます。『金匱要略輯義(きんきようりゃくしゅうぎ)』に多紀元簡(たきげんかん)は程氏の説と成て「潤すに麻子,芍薬,杏仁を以てし,下すに大黄,枳実,厚朴を以てす。ともにして潤下の剤をなす」となっています。麻子仁,芍薬,杏仁は腸管に潤いをつけるとされています。いずれも粘滑性緩下作用があるものと考えられます。大黄については先に述べました。厚朴,枳実,芍薬は腸管の緊張を緩和して蠕動を調整します。
 杏仁は一種の粘滑剤として働きます。麻子仁は粘滑性の下剤で,大黄の瀉下作用に協力します。『新古方薬嚢』に荒木性次は「殻を去りて仁だけを用いるが常法なれども,それは甚だ困難なり。困難なれども丸薬に入る場合,ぜひ殻を去るべし。煎薬の場合には便宜上,乳鉢にて軽く磨り砕き,用うるも差し支えなし。また仁だけになしたる品は長く貯うる時は色赤くなり,香味を変ず。故に入用だけずつ殻をむくがよろし」と述べています。

■古典における用い方
 古典に見られる使用法としては『外台秘要』第二十七巻大便難方に,「古今録験の麻子仁丸は,大便難くして小便利して反って渇せざるもの,脾約を療するの方なり」とあります。『校正方輿輗』に有持桂里は,「この方津液枯燥によりて大便閉するものを治す。一切大病ののち,また精神虚弱の人,高年の人,婦人産後などにはこの証多くものなり。後世潤腸湯(ジュンチョウトウ)などの方は皆これを祖とし来たれるなり。この麻子仁丸を煎液となし用いるにまた効あり」とあ,体液が乾いて,すなわち腸管内の潤いが治くなって便秘するものによい,すべて大病をしたあとや,生まれつき虚弱な人や,老人や,婦人の産後などに麻子仁丸の適応症となるものが多い,潤腸湯などの処方は,皆この処方に基いて作られたものである,この麻子仁丸を煎剤として使用しても効果があるというわけです口:
 また『類聚方広義(るいじゅほうこうぎ)』の頭註に尾台榕堂(おだいようどう)は,「賦質脆薄の人,或は久病にて虚羸し,及び老人の血液枯燥の者は,この方を以て緩々に転泄するも亦佳なり」とあります。すなわち生まれつき体質の弱い人や,長患いのため体力が衰え痩せた人や,老人で皮膚の乾燥傾向のあるものなどは,この麻子仁丸を与えておだやかに便通をつけされるとよろしいということです。
 村瀬豆州(むらせとうしゅう)は『方意続貂(ほういぞくちょう)』に「風秘脾約の証,小便数,大便秘を治す。これを津液枯燥し,大便通じ難く,老人,虚人の津涸れて便秘するもの,概してこれを用う」とあり,頻尿,便秘のものに麻子仁丸を用いる。老人や虚弱の人で腸内の潤いがなくなって便秘するものは,大体この処方を用いればよいと述べています。

■現代における用い方
 次に臨床上の使用目標,適応疾患ですが,この処方はおだやかな下剤ですから,老人,虚弱者の常習便秘に好適です。乾燥気味の兎糞をする人が多いです。ほかの大黄剤で腹痛,下痢する人,とくに老人,体力のない人, 病後の虚弱者などに頻用されます。またこの処方は長期連用に適します。麻子仁丸の使用目標としては身体枯燥傾向,頻尿,多尿傾向,皮膚枯燥,唾液分泌の不足,口乾などがあげられます。
 鑑別処方ですが,麻子仁丸を服用しても十分に効果がなければ,潤腸湯を考えます。潤腸湯は『万病回春(まんびょうかいしゅん)』の処方です。これは麻子仁,杏仁,枳殻(キコク),厚朴,大黄,当帰,熟地黄(ジュクジオウ),乾地黄(カンジオウ),桃仁(トウニン),黄芩(オウゴン),甘草がその内容です。これは麻子仁丸によく似ていますが,麻子仁丸よりさらに体液が欠乏して,そのまて大便の秘結しているものに用います。要するに潤腸湯の方が潤す力が強いのです。
 小承気湯は虚実の違いです。大黄甘草湯は単純な便秘です。麻子仁丸は虚証で,枯燥傾向に用います。
 桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)は腹痛,腹満が強いものに用います。時に鑑別しにくいことがあります。また麻子仁丸でも腹痛,下痢をきたすような虚証の便秘には加味逍遙散を用いることがあります。



 


『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
麻子仁丸(ましにんがん) [傷寒論]

【方意】 燥証による兎糞状便・皮膚粘膜枯燥と、裏の実証による便秘等と、腎の虚証による疲労倦怠感・頻尿・夜間頻尿等のあるもの。

《少陽病.虚証》

【自他覚症状の病態分類】

燥証 裏の実証 腎の虚証
主証
◎兎糞状便

◎便秘

◎疲労倦怠
◎頻尿
◎夜間頻尿


客証 ○皮膚粘膜枯燥 腹満
 食欲正常

○手足冷
 虚弱
 衰弱

 


【脈候】 やや軟・細・浮でありながら重按すると芤。

【舌候】 乾湿中間で微白苔。

【腹候】 やや軟。

【病位・虚実】 燥証が中心的病態であり陽証に属す。裏実を示唆する症状があるが、腹力は低下しており、兎糞状便も虚証を示唆するため少陽病に相当する。自覚症状からも、脈力および腹力からも虚証である。しかし臨床では陽明病から太陰病まで幅広く応用されている。

【構成生薬】 麻子仁5.0 芍薬2.0 枳実2.0 厚朴2.0 杏仁2.0 大黄a.q.(0.5)

【方解】 麻子仁には滋潤・通便作用があり、燥証に対応して兎糞状の便秘を治す。杏仁は鎮咳・去痰作用があるが、麻子仁と組合されると滋潤・通便作用が強調される。芍薬の鎮痙作用は腸管にも働き、麻子仁・杏仁の通便作用に協力する。更に古くから麻子仁には補益・補腎作用があるといわれている。大黄は裏の実証に対応し便秘を治す。厚朴・枳実は裏の気滞による腹満・胸満を治すが、本方では少量であって、これらの病態および症状は軽度である。

【方意の幅および応用】
 A 燥証+裏の実証:兎糞状便・皮膚粘膜枯燥・便秘等を目標にする場合
   老人・病後衰弱者・人工透析者の便秘、弛緩性便秘、痔核

 B 腎の虚証:頻尿・夜間頻尿を目標にする場合
   尿意頻数、夜間頻尿


【参考】 *謹んで案ずるに、此の章は仲景氏の辞気に非ず。方意も亦明らかならず。疑うらくは仲景の方に非らず。『外台』は『古今録験』を引きて『傷寒論』を引かず。亦以て証すべし。然して、賦質脆薄の人、或は久病にして虚羸し、及び老人の血液枯燥する者は、此の方を以て緩々に転泄すれば亦佳なり。
『類聚方広義』
      *大黄・枳実・厚朴は小承気湯で裏の実証・裏の気滞・裏の熱証に対応する。しかし本方では少量しか配合されておらず、麻子仁・杏仁が主薬仲;ある。
*発熱性疾患にも用いられる。本方証よりも燥証が顕著で、熱証も加わったものには潤腸湯がよい(矢数道明)。

【症例】 萎縮腎に伴う便秘
  82歳の老婦人、便秘と夜間の尿意頻数を主訴として診を乞うた。心悸亢進、浮腫等はない。食欲は普通で、口渇もない。夜間は4回乃至5回の排尿があり、そのために落ち着いて眠れぬという。このような患者には、八味丸の奏効することがあるが、その脈証は八味丸のそれとは思われない。よって麻子仁丸を用いた。
 麻子仁丸は『傷寒論』の方にして「趺陽の脈、浮にして濇、浮は則ち胃気強く、濇は則ち小便数、浮濇相搏ち、大便則ち難し、其脾約をなす、麻子仁丸之を主る」である。ところがこの処方が馬鹿によく効いて大便は毎日1行宛あるし円:夜間の排尿も1、2回ですむことになった。しかし薬を止めていると、また便秘するので、時々思い出したように来院して、10日分の薬を1ヵ月位もかかって飲んでいる。
 その後74歳の男子が前者と同じ主訴で来院したので、また麻子仁丸を与えた。これもよく効いて目下服薬中である。
大塚敬節 『漢方と漢薬』 8・2・42


20年来の常便便秘
 患者は74歳の老婦人で、20年ほど前から便秘のくせがあって、いつも下剤を用いている。健診の約1年ほど前、嘔気があって医師にかかったところ、胃下垂症と診断されたという。いはは嘔気がないが、みぞおちが重くときどき軽い痛みがくる。脈をみると弦大で、血圧は174/92である。腹診すると胸脇苦満はなく、一体に緊張力が弱い。
 私はこれに麻子仁丸料を与えた麻子仁丸料というのは、麻子仁丸を丸とせず、麻子仁丸の材料を煎剤として用いることをいう。なおこの場合、私は別に甘草1.5gを加えることにしている。この患者には大黄の量を特別に少なくして1日量0.3gを用いた。ところがこれがた感へんよく効いて、毎日大便が快通するようになり、服薬20日で休薬した。
 それから1年あまりたって、突然この老婦人から葉書が届いた。その末尾に「昨年はお薬をいただき、あれきり20年来の便賀置治りました」とあった。
大塚敬節 『漢方診療三十年』 355



副作用
 1) 重大な副作用と初期症状
   特になし
 2) その他の副作用
   消化器:食欲不振、腹痛、下痢等
   [理由]  本剤には大黄(ダイオウ)が含まれているため、食欲不振、腹痛、 下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。 
  [処置方法]  原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。