健康情報

2011年7月28日木曜日

補中益気湯(ほちゅうえっきとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊

補中益気湯
(ほちゅうえっきとう)(医王湯(いおうとう))
黄耆 人参 朮各四・ 当帰三・ 陳皮 生姜 大棗 柴胡各二・ 甘草一・五 升麻一・
本方は小柴胡湯を用いたい場合で、疲労し易く、腹壁の弾力の乏しい虚證のものに用いる。一般的に脈は軟弱で手足倦怠、語言や眼勢に力が無く、或は微熱・食欲不振・盗汗・臍部に動悸の亢進等があるものによい。病勢が激しく、熱状が発揚性のものには注意を要する。
人参・白朮・陳皮・甘草は健胃強壮の効があり、黄耆・当帰は皮膚の栄養を亢めて盗汗を治し、柴胡・升麻は解熱の効能がある。生姜・大棗は諸薬を調和し薬力 を強化する。以上の目標に従って本方は、虚弱者の感冒・胸膜炎・肺結核・腹膜炎・夏痩せ・病後の衰弱・神経衰弱・脱肛・子宮脱出・瘧疾・陰萎・半身不随・ 多汗症等に応用される。肺結核で咳嗽のある場合は、五味子・麦門冬を加える。これを味麦益気湯と称する。
慢性脱肛には赤石脂を加えて赤石脂湯と名づけ用いられる。




漢方精撰百八方
91.〔補中益気湯〕(ほちゅうえっきとう)
〔出典〕弁惑論

〔処方〕人参、白朮 各4.0 黄耆、当帰 各3.0 陳皮、大棗 各2.0 柴胡、甘草 各1.0 乾生姜、升麻 各0.5

〔目標〕この方は古今医鑑内傷門に「中気不足、四肢倦怠し、口乾発熱、飲食味なきを治す。或いは飲食節を失し、労倦身熱、脈大にして虚し、或いは頭痛、悪寒、自汗、或いは気高くして喘し、身熱して煩し、或いは脈微細軟弱、自汗体倦し、或いは中気虚弱にして、血を摂すること能わず、或いは労倦して瘧利を患い、或いは元気虚弱にして風寒に感冒し、表を発するに勝えず、或いは房に入りて後感冒する者を治す」とある。
本方は中(脾胃、消化器系)を補い、気(元気)を益すという意味から名づけたもので、また補剤の王者として医王湯の名がある。小柴胡湯証の一段虚したもので、胸脇苦満や往来寒熱も軽く、食欲衰え、全体として元気のないものが目標である。

〔かんどころ〕津田玄仙は本方の応用目標として、(1)手足倦怠、(2)言語軽微、(3)眼勢無力、(4)口中に白沫を生ず、(5)食味なし、(6)熱物を好む、(7)臍のところに動悸がある、(8)脈は散大で力がない。これ虚候の目標で、その中のいくつでもあれば用いてよいといっている。

〔応用〕結核症・夏痩せ・病後の疲労・虚弱体質改善薬・食欲不振・虚弱者の感冒・痔疾・脱肛・子宮下垂・胃下垂症・陰痿・半身不随・多汗症・風邪ひき易き者・虚弱児体質改善。

〔治験〕
虚労盗汗
27才の婦人、2年前に妊娠6ヶ月で自然流産し、こんど妊娠して3ヶ月になるが、つわりが始まって食欲不振、全身倦怠、夜中夥しい盗汗で、気味が悪いほどである。脈弱く、腹も弛緩し、顔色蒼白で貧血している。
補中益気湯1週間で、元気が出て、食欲進み、盗汗もすっかり止まった。その後引き続き服薬したが、流産することなく無事出産できた。

〔肺結核〕10才の少年、血色が悪く、食欲なくやせている。右肺浸潤といわれ休学し、ストマイの注射をしていた。ときどき背が痛み、不眠の傾向があり疲れ易く、脈腹ともに軟弱で、臍上の動悸が亢進している。補中益気湯を与えたところ、約6ヶ月すると血色よくなり、背の痛みもとれ、1年半休学して、2カ年服用したところ別人のようによい身体となった。(大塚敬節氏治験)
矢数道明



漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
1 柴胡剤
柴胡剤は、胸脇苦満を呈するものに使われる。胸脇苦満は実証では強く現 われ嘔気を伴うこともあるが、虚証では弱くほとんど苦満の状を訴えない 場合がある。柴胡剤は、甘草に対する作用が強く、解毒さようがあり、体質改善薬として繁用される。したがって、服用期間は比較的長くなる傾向がある。柴胡 剤は、応用範囲が広く、肝炎、肝硬変、胆嚢炎、胆石症、黄疸、肝機能障害、肋膜炎、膵臓炎、肺結核、リンパ腺炎、神経疾患など広く一般に使用される。ま た、しばしば他の薬方と合方され、他の薬方の作用を助ける。
柴胡剤の中で、柴胡加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯は、気の動揺が強い。小柴胡湯加味逍遥散は、潔癖症の傾向があり、多少神経質気味の傾向が ある。特に加味逍遥散はその傾向が強い。柴胡桂枝湯は、痛みのあるときに用いられる。十味敗毒湯荊防敗毒散は、化膿性疾患を伴うときに用いられる。
各薬方の説明(数字はおとな一日分のグラム数、七~十二歳はおとなの二分の一量、四~六歳は三分の一量、三歳以下は四分の一量が適当である。)


補中益気湯(ほちゅうえっきとう) (弁惑論)
〔黄耆(おうぎ)、人参(にんじん)、朮(じゅつ)各四、当帰(とうき)三、陳皮(ちんぴ)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、柴胡(さいこ)各二、甘草(かんぞう)一・五、升麻(しょうま)一〕
本 方は医王湯ともいわれ、小柴胡湯を虚証にしたようなものであり、 柴胡剤中もっとも虚証に用いられる薬方である。本方は、中焦を補い、気を益する補剤である。胸脇苦満もほとんどみられず腹壁の弾力性を欠いている。また、 胃の機能が衰えているので食欲は減少する。そのほか、疲労倦怠感、盗汗、自汗、頭痛、ヘソ部の動悸などを目標とする。
〔応用〕
柴胡剤であるために、大柴胡湯のところで示したような疾患に、補中益気湯證を呈するものが多い。


【参考】
次に示すような疾患に、大柴胡湯證を呈するものが多い。
一 感冒、流感、気管支炎、気管支喘息、肺炎、肺結核、肋膜炎その他の呼吸器系疾患。一 腸チフス、パラチフス、マラリヤ、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 黄疸、肝硬変、胆石症、胆嚢炎その他の肝臓や胆嚢の疾患。
一 胃酸過多症、胃酸欠乏症、胃腸カタル、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、急性虫垂炎、慢性腹膜炎その他の消化器系疾患。
一 腎炎、腎盂炎、萎縮腎、腎臓結石、ネフローゼ、尿毒症、尿道炎、膀胱炎、夜尿症その他の泌尿器系疾患。
一 神経衰弱、精神分裂症、神経質、ノイローゼ、ヒステリー、気鬱症、不眠症などの精神、神経系疾患。
一 高血圧症、脳溢血、動脈硬化症、心臓弁膜症、心嚢炎、心臓性喘息その他の循環器系疾患。
一 白内障、結膜炎、フリクテン、角膜炎その他の眼科疾患。
一 急性中耳炎、耳下腺炎、耳鳴り、難聴、蓄膿症その他の耳鼻科疾患。
一 蕁麻疹、湿疹、ふけ症、脱毛症その他の皮膚疾患。
一 そのほか、関節痛、肥胖症、梅毒、不妊症、痔、糖尿病など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集 中日漢方研究会 
71.補中益気湯 弁惑論
黄耆4.0 人参4.0 朮4.0 当帰3.0 陳皮2.0 大棗2.0 甘草1.5 柴胡1.0 乾姜0.5

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃腸機能減退し,疲労倦怠感,食欲不振が著しいもの。頭痛,悪寒,盗汗,弛緩性出血などを伴うこともある。
本方は医王湯とも称せられ,疲労回復強壮剤として応用範囲は極めて広い。小柴胡湯,次に柴胡桂枝干姜湯を用いても倦怠感,食欲不振が回復しない場合に適するから,通常柴胡桂枝干姜湯を用いる状態より更に衰弱した場合によい。但し小柴胡湯で胃腸障害を起すものに柴胡桂枝干姜湯を用いずに直ちに本方を利用することもある。本方はまた当帰芍薬散を用いたが,当帰芍薬散で胃腸障害を起し易い人には好適である。本方を服用しても微熱,頭痛,悪寒がとれないもの,もしくは衰弱して咳嗽が続くものには人参養栄湯を試みるとよい。本方は平素強健な人の疲労回復には無効なことが多い。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は肺結核,肋膜炎,手術後などの病後で,病勢が一応安定し,回復期に向っているもので,しかも衰弱のため疲労倦怠感,食欲減退,盗汗,微熱などがあって眼勢や言語に力がないものの,体力増強剤として広範に利用され,医王湯の別名が冠せられている貴重な処方である。また一方,体質が虚弱で胃腸機能が悪く,貧血の傾向があって疲労しやすく,倦怠感や脱力感などを自覚したり,あるいは毎年のように夏負け,夏ヤセがして困ると訴えるものの体力を増強する。本方は以上のように現代医学的な疲労回復剤に,栄養強壮剤的に繁用されているが,発汗時に目に汗が流れこんでしみると言う者や,体力が消耗した者には特に効果的で,食欲が増進して下腹部に力がはいるのを自覚できるほどの,すぐれた効果をもっている。特に老人や虚弱者,あるいは衰弱者の呼吸器疾患で,体力の消耗に反比例して,咳が激しくなり,発汗時発汗したり,脱力感などの愁訴ある場合,本方に麦門冬湯か半夏厚朴湯を合方して投与すると,劇的な効果を現わす。本方証に似て衰弱がはなはだしく,病勢が活動的でしかも熱状も発揚的であり,さらに発咳がひどいものには,本方よりも人参養栄湯が適応する。また本方適応症状を具備する脱肛は,そのほとんどが肛門括約筋の弛緩によるもので本方の連用により軽快することが非常に多い。



漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○虚証で体力が衰えて元気がなく,衰弱の傾向があり,食欲不振,倦怠,頭痛,悪寒,自汗,身熱,微熱などのあるものに用いる。
○津田玄仙は本方の目標として次の諸点をあげ,その中いくつでもあれば用いてよいといっている。(ⅰ)手足倦怠。
(ⅱ)言語に力がない。
(ⅲ)眼の光がにぶく力がない。
(ⅳ)口中に白沫を生ず。
(ⅴ)食味がない。
(ⅵ)熱い物を飲食することを好む。
(ⅶ)臍のところに動悸がある。
(ⅷ)脈散大で力ない。
小柴胡湯証に準じて,しかも甚だしく虚したものに用いる。した社然工て胸脇苦満,往来寒熱のあることがあるがともに軽微で,全体として元気のないものが目標になる。また諸病のうち,元気が衰え,痩せて,病気が長びいて治らないものによい。
○元気が甚だしく衰え,手足厥冷し,全身の冷えるものに,本方加附子を用いるとよい。四君子湯加附子,附子理中湯などを用いてよいこともある。速効を期すときは参附湯を用い,単に元気が衰えたものには朝鮮人参一味(独参湯)がよい。これらは失血のあるときによいので,産後や切創で大出血したときにもよい。
○鼻汁の多いものに白芷,川芎を加えて用いる。
○ヘルニアによい。
○本方は内症(体内に原因ある病症)に用いる処方で,外感(外的要因による病気)に用いるのは誤りである。その区別は内症は気亢ぶって息荒く喘鳴し,身熱して煩躁し,手足がだるく,表虚悪寒する。故に外感の根本は飲食をつつしまず,脾胃(胃腸)をそこねて此症を生ずるので,症状は頭痛,発熱,悪寒する。
○一切の腫物が,膿血が出ても治らないものによい。又十全大補湯もよい。
○気虚による“眩暈”によい。感冒などで発汗剤を用いたためのめまいにもよい。房事過多による腎虚のめあいには十全大補湯,水毒による虚症のめまい,には半夏白朮天麻湯がよい。
○眼病が慢性になり,脾胃(胃腸)の弱っているものによい。
○耳鳴がする虚労のものに本方加石菖蒲がよく,火元のものには知母,黄柏を加えて用いる。



漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は小柴胡湯を用いた場合で疲労し易く,腹壁の弾力の乏しい虚証のものに用いる。一般的に脈は軟弱で手足倦怠,語言や眼勢に力が無く,或は微熱,食欲不振,盗汗,臍部に動悸の亢進等があるものによい。病勢が激しく,熱状が発揚性のものには注意を要する。 人参,白朮,陳皮,甘草は健胃強壮の効力があり,黄耆,当帰は皮膚の栄養を亢めて盗汗を治し,柴胡,升麻は解熱の効能がある。生姜,大棗は諸薬を調和し,薬力を強化する。以上の目標に従って本方は虚弱者の感冒,胸膜炎,肺結核,腹膜炎,夏痩せ,病後の衰弱,神経衰弱,脱肛,子宮脱出,瘧疾,陰萎,半身不随,多汗症等に応用される。肺結核で咳嗽のある場合は,五味子,麦門冬を加える。これを味麦益気湯と称する。慢性脱肛には赤石脂を加え,赤石脂湯と名づけて用いられる。
※用いた場合→用いたい場合の誤植


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
本方は小柴胡湯を用いたいと思うような場合で,それほど胸脇苦満や寒熱往来も激しくなく,脈も腹も比較的軟弱で疲労しやすく,食欲も衰え,一般に元気のないのが目標である。津田玄仙は本方の応用にあたって8つの目標を定めた。すなわち①手足の倦怠感,②言語が軽微で ③眼に勢いがない ④口中に白沫が出る。⑤食の味がなくなる ⑥熱いものを好む ⑦臍にあたって動悸がする ⑧脈は散大で力がある。以上の8症はいわゆる虚候の目標で,そのうち1,2症があれば用いてよいといっている。


勿誤方函口訣〉 浅田宗伯先生
此方は元来東垣が,建中湯,十全大補湯,人参養栄湯などを差略して組立てし方なれば,後世家にて種々の口訣あれども,畢竟小柴胡湯の虚候を帯ぶる者に用ゆべし(中略) 少陽柴胡の部位にありて内傷を兼ねる者に与ふれば間違なきなり。故に婦人男子共に虚労雑症に拘はらず,此方を長服し,効を得ることあり。婦人には最も効あり。又諸痔脱肛の類,疲れ多き者に用ゆ。又此の症にして,煮たてたる熱物を好むは附子を加べし,何ほど渇すといえども附子苦しからず。


当荘庵家方口解〉 北尾 春甫先生
此の益気湯は,自汗,あるいは汗出で易く,表虚と云ふに功ありと知るべし,表をよく固むる剤なり,気高くして喘とあるは,痰ありと1つ2つ咳して,あとの力無き咳あり。痰をせき切る力のうすきに此剤を用いて,せき切るちから出来て咳止むなり。益気湯に限らず,人参の力なり。脈法洪大無力,或は微細軟弱,心下空虚按して力無く,按腹を好み,柔かにして少し脹る。これ皆気虚に属するなり。甚しければ則ち,附子,乾姜,肉桂を加ふ。胎前にも胎臍下にさがりて心下よはきに用ひてよし。産後子腸(子宮のこと)収まらず,或は交骨(骨盤)閉じ兼ねるにも用ゆ。婦人帯下血崩或は経水久しく止まず色蒼々気下陥するに用ゆ。何れの病にても,久しく病んで,気下陥したる升提せんと思ふて功を得ること間々あり。それも其味を好み人にはより応ずるなり。腫物潰えて後,膿も漸くうすくなり,愈々,肉をあげんと思ふときに用いるなり。肉桂を加えてよし。


後世要方解説〉 矢数 道明先生
本方は疲労病の治方であって,すべて道気の不足を補う強壮剤である。元来,胃腸虚弱,弛緩性体質者で,過労或は飲食不摂生,或いは感冒等により胃腸機能が減退し,為めに食欲不振,四肢倦怠,全身疲労感,口中乾燥等を発するものに用いる。時には発熱,頭痛,悪寒,自汗等もあって,或は弛緩性諸出血がやまず,或は長期間の熱性病後,或は長期間の下痢後,或は房事後,体力虚耗の際感冒に犯された等の場合に用いるものである。脈は洪大で力が無く,或は微細軟弱である。腹証も多くは虚状を呈するのである。応用範囲は頗る広い。


蕉窓方意解〉 和田 東郭先生
(前略)この薬全体の趣意をいう時は,心下両脇の痞鞕を標的として組立てしものなり。故にその腹形は小柴胡湯を用いるべきように見ゆれども,柴胡,黄芩,人参,半夏,甘草などと組み合わせてはいまひとつは,するどにて宣しからざる気味合いあり,これによって黄芩,半夏を除きなるなり,その故は,右の通り心下両脇痞鞕して肝,鬱滞することはなはだしく,あるいは亢極するに至れば,心下胃口ますます痞塞する故これよりして段々中気ふめぐりになり,胃中真陽の気,かじけて上達しがたきゆえ,心下の痞鞕もなおなお,はなはたしく成りて,終に飲食を思わず道気も日に衰憊するに至るなり。(中略)まず益気湯の黄耆は心下をべったりとふさぎ,飲食を思わず食わずして,胃の気を養うことなりがたきによって,胃中の真陽いよいよ薄くなり,閉塞せらるること,ますますはなはだしくして,上気の気,升降融通せざるがゆえ,それよりして胃中,必ず虚寒をたくわえれども,さながら正面に附子剤を用いるという様子にてもなきゆえ,右の通り当帰にて肝部を潤じて緩め,升麻,柴胡にて両脇心下をくつるげ,人参,甘草,当帰を伴わせて,いよいよほどよく心下両脇を,くつろぐる故,かの胃中真陽の気も,びらびらと上は心肺の部に上達するの地合いになるなり。故にかの久々閉塞せられて胃中の集りおよび,肌表に滞れる水飲を人参,黄耆にて外か肌表に発泄し下も,水道へ押し出し,白朮甘草にて消導するの意なり。ひつきよう発汗などさせるも黄耆にて水飲を外かに張り出すなり。されども黄耆ばかりにては,その具合いできざるによって,升麻,柴胡に当帰,人参,甘草と組み,心下両脇をむっくりとすかし,ゆるむゆえ黄耆の働き十分なりて上下左右,四方八隅に通達せずということなし,陳皮,生姜を用いるは,白朮に羽翼し,また升麻,柴胡にも羽翼して胃口を開き胃口をすかすの意なり。(後略)


古今医鑑〉 龔 信 先生
中気不足,肢体倦怠し,口乾発熱,飲食味なきを治す。或ひは飲食節を失し,労倦身熱,脈大にして虚し,或ひは頭痛,悪感,自汗,或ひは気高して喘し,身熱して煩し或ひは脈微細軟弱,自汗体倦し,或ひは飲食労倦して瘧痢を患ひ,或ひは元気虚弱にして風寒に感冒し表を発するに勝えず,或ひは房に入りて後に感冒する等を治す。
………按ずるに此方元気を補ひ,脾胃を養ひ,下陥の気を升提し,内傷を治するの要薬なり。



〈漢方と漢薬〉 第4巻 第8号
補中益気湯に就て    矢数 道明先生

1.主治
東垣の脾胃論,及弁惑論に本方の主治を論ずること詳細を極むと雖も,その全文を引用することは高遠冗長の嫌なきに非ず,今李氏の意を最もよく伝へたるものと思推されるる,龔信氏が古今医鑑に述べぶる処の主治を掲ぐれば
『中気不足肢体倦怠し,口乾き発熱し,飲食味なきを治す或は飲食節を失し,(1)労倦身熱し,脈大にして虚し,(2)或は頭痛悪寒自汗,(3)或は気高って喘し身熱して煩し,(4)或は脈微細軟弱,自汗体倦み,食少く,(5)或は中気虚弱にして血を摂すること能はず,(6)或は飲食労倦して瘧痢を患へ,(7)或は瘧痢脾胃の虚に因て愈ること能はず,(8)或は元気虚弱にして,風寒に感冒し,表を発するに勝えざるは,宜しく此を用ひて之に代ふべし,(9)或は房に入て而して後に感冒し,或は感冒して而して後に房に入る。亦此湯を用ひて急に附子を話過(10)或は瀉利腹痛には急に附子理中湯を用ゆ』とあり,龔氏は更に之に註して曰く,
『按ずるに此方は元気を補ひ,脾胃を養ひ,下陥の気を升提し内傷を治するの要薬なり』と断じている。和漢諸家本方の主治及運用を論じて以上龔氏の右に出づるものがない。

2.薬理
黄耆 
脾胃虚し,肺気先づ絶するには之を用ひて以て皮毛を益して腠理を閉ぢ,自汗を止むこと。(即ち本薬は肺脾二経に入り,強壮,止汗,利尿剤にして,身体虚弱,皮膚営養不良にして,皮膚及皮下組織内の水毒を去る)

人参
上喘し,気短く元気大虚に用て以て之を補ふと。(即ち本薬は肺脾二経に入り,健胃,強壮,解熱,袪痰,利尿,止血の作用あり,胃の衰弱,新陳代謝機能減衰による,食欲不振,消化不良,嘔吐,心痛,腹痛,下利等に用ふ。)

甘草
甘温以て火熱を瀉して,脾胃の中の元気を補ふ。脾胃の中の元気を補し,脾胃急痛し,腹中急縮する者の如きは多くこれを用ゆと,(即ち本薬は脾経に入る,又肺を潤す緩和剤,矯味薬,疼痛及び種々なる急迫症状を緩急す。)

白朮
苦甘温,胃中の熱を除き,腰脊間の血を利すと。即ち本薬は脾胃二経に入り,利尿剤,身体疼痛,胃内停水,失精,眩暈下痢に用ふ,本方の白朮が脾を補ふ所以は胃内停水を去るが故である。)

柴胡
能く胃中の清気をして左旋して上達せしむ,(即ち本薬は肝胆二経に入り,胸脇苦満,寒熱往来,胸腹部,脇下痞え,且つ堅きを治するのてあるが古人が薬物に左旋右旋の説を立てたるは近代科学の先鞭をつけたるものとして,その思想に意義を認めなくてはならぬ。)

升麻
能く胃中の清気をして右よりして上遷せしむ。(肺脾大腸経に入る。)

橘皮
胸中の気を理し,又能く陽気を助けて上升し,以て滞気を散ず諸脾胃を助くるを用と為す,(本薬は肺脾二に入り利尿健胃,発汗鎮痙,鎮嘔,袪痰剤にし経て,吃逆を治し,魚毒を解す。)

当帰
之を用ひて以て血脈を和す。
(温性強壮剤,貧血性瘀血に用ゆ,鎮痛の効あり心脾胃の三経に入る。)

以上を以てすれば本方構成の薬物は所謂強壮,緩和,振興利尿,健胃,清涼の諸剤を巧に配合したるのにして,元気を補ひ,強心の作用あり,脾肺腎を養ひ,消化吸収をよくし利尿をよくし血行をよくし細胞の沈衰したる機能を振起するものである。
医方集解に之が君臣佐使を論じ,黄耆を以て君薬となし人参,甘草を以て臣薬となし,白朮,升麻,柴胡を以て佐薬となし,陳皮,生姜,大棗を以て使薬となしている。
先証奇覧の説は仲景の意を以て極めて要を尽している。曰く,
『部位は裡位にして中焦に在り,診表位に及ぶ,労役之邪心倦み神疲る,中を理め,気を滋す,功は参耆に在り』とその大綱を示し,黄耆を以て君薬となしている。岡本一抱氏は肺気の衰ふることを甚しくば黄耆を君とし,胃の元気虚すること甚しくば人参を君としべしとなっている。
和久田氏は更に『之を古に稽ふるに,李氏の本づく処,柴胡湯にありて,柴胡固より実邪に施すべくして所謂労気の人が用ひがたきを以て,内にして脾胃を温補するに人参白朮を以てするもの理中の意を以てし,外にして正気を滋張するに黄耆を以てし,以て之が君となし,加ふるに升提利気解熱和血の諸品を以てして,相共に胸脇心下の鬱結を消して,以て正気を肌表に宣暢し,方名の如く,中を補ひ気を益して邪気自ら去るやう工夫し立てたるもの,此の方の功諸薬和するところの力にあり,是の故に仲景の諸方を考へ,黄耆諸剤を用ゆるの微意を自得せば是等の方といへども運用自由ならさることなけん』と云ふている。
次の東郭の蕉窓方意解を見ると,その所謂脾胃温補の所以を次の如く説いている。
『当帰升麻柴胡と併はせて柴胡にて両脇心下をくつろげ,升麻柴胡にてきっとすかし,当帰にてむっくりと肝部をゆるめ,且つ滋潤し,甘草人参軽き甘味と相和して同じく心下の痞鞕をゆるむれば,上れみ少しくつろぐゆへ,彼の肝気にておさへ付けられたる胃中の真陽上み心肺に上達するなり。即ち東垣は此手段を指して陽気を升提すとは説かれしものなり』
親しく病者に試み,自らも服用してしの薬効を体験すれば右東郭の一文は寔に云ひ妙なりと肯定出来るものである。更に岡本一抱氏の方意弁義には実に巧妙なる譬を以て本方の作用を述べているから之を引用して見やう。
『この方喩へば紙袋の中へ息を吹き入るるが如し。此紙袋は黄耆なり,吹入るるは人参なり是を人身に喩へて云へば袋は肺なり,息は胃の元陽なりさて彼の紙袋の中へ息を吹入るるときは袋に息充ちて張るものなり。若し又袋の紙薄くして破れたる所あれば,吹入れたる息充たずして袋ふくるることなし,肺胃之に同じ,肺気不足すればいかほど胃の元陽を補ふても肺気充実することを得ず。黄耆は八万四千の毛竅を閉づ,皮膚腠理を閉ぢて肺気をもらさずして元気をもち充たしむるなり』と述べ,
『又甘草,升麻,柴胡の薬能は喩へば,甑に小さき孔があって,能く物を蒸すが如し,小の孔大なれば蒸気よはくして物を蒸すことなし此甘草を以て竅を大にせず其引きしめて大にせざるよりして,升麻柴胡のむしのぼす気強くしてよく升提するなり。黄耆を以て蓋をなし,人参,甘草,白朮にて甑の中にあるものをひきしむれば,蒸気のぼることを得ず故に陳皮にてひきしむる中をすかし,柴胡にて肝をひきたて升麻にて胃の元気を升せて心肺へ通ず,升麻柴胡はこしきにあなをあくるが如し,此のあな大なれば升提の勢弱きによって纔かに組入れたり』云々と,比喩よく実を伝ふるものと云ふべく,升提の意義をよく了解し得ることと思ふ。

3.脈証,腹証,舌証
(1) 脈証
補中益気湯正面の脈は,散大にして無力,にとるべきであらう。寿世保元,古今医鑑等に脈洪大にして無力とあるも,これは真の意味の洪脈ではなく,一見洪に類して散大,而も力無く,寧ろ中空にして精気虚乏による芤脈に巾広きを覚ゆるものである。往年余の親戚の者,その児引続き大病に罹り十数日不眠不休看護に従事せるの後,疲労困憊本証を発せる時,この散にして無力の実際を診してより,本方証正面の脈状を体得した。然し乍らこれは正規的に現はれた場合で,他の雑病中に現はるる時には必ずしも之のみではない。或は微細,軟弱或は数,或は濇等総べて,虚脈たることに変りない,されど余の如きは常にその脈緊なれども,脈を捨てて証を取り,その効著しい場合がある。更に先頃余は五十歳の偉大なる体格の婦人軽い右半身不随を発し,血壓二百に近く,その脈弦数とも云ふべきものに,後述する,四肢倦怠,手足が抜ける様に倦るい,食欲絶砂をを噛むが如し,といふ証を取って本方を投じ,大効ではなかったが稍々所期の効を得たこともある。脈必ず洪大にして無力と限定することは出来ないが,大抵虚状であればよいであらう。

(2) 腹証
本方の腹証を余は先づ心下虚之を按じて無力,按腹することを好み柔かにして少しく脹軍。のその大綱を定めている。然し乍ら和田東郭は,心下両脇の痞鞕を標的とし,其腹形は小柴胡湯を用ゆべき様に見ゆれども,柴胡黄芩人参半夏甘草など,組合せては今一際するどにて宜しからざる気味にて,心下胃口痞塞せるものに用ゆといひ,腹証奇覧翼にも心下両脇下に痞塞すること柴胡の証に似て一体にうすし,と述べている。されば必ずしも虚軟でなくともよく,本方が肋膜炎,腹膜炎の虚証によく用ひらるる所以である。
津田玄仙は当臍動気を強く主張しているが,余の経験によるも,臍中或は臍辺の動気は大切な目標であると思ふ。これは即ち腹壁の弛緩と脾胃虚弱の証左である。
和久田氏は本方証の皮膚は虐枝加黄耆湯の如く,皮膚潤沢なく,滑淖ならず,甚しきものは皮膚甲錯枯燥し,腠理密ならずと述べている。余は表虚即ち正気皮膚に達せず,粗白にして沢なきを目標としているが,要するに本方は肺気の虚を皮膚によって調節補正せんとするもので,皮膚の栄養強壮を企画するものである。五行説によれば肺は皮を主り,脾は肌肉を主るといふ。本方証の人は,皮肉虚弱,風邪を引き易く,その肉軟弱無力,発汗し易くして従らに精気脱漏を起し易い。即ち本方を以て脾肺を養ひ皮肉に賦活せしめんとするものである。

(3) 舌證  舌は苔なく潤ふているのが本旨である。或は微白苔あって口中燥を訴えるものもある。然し渇して水を飲まんとはせず渇するも熱飲を好むものである。時に冷水を欲するものあるも微飲に止まる。

4.応用目標
津田玄仙翁は本方の応用に長じ,その著経験筆記に之を諸病に用ふるに当っての応用目的八種を明示している。これは李氏の二著及古今医鑑を熟読すれば自ら明かなることであるが,幾多の先輩が之に賛しているから,今之に私見を加へつつ全文を掲げて見よう。

第一 手足倦怠
倦怠とは手足の落る様にかったるく,力なきを云ふ。この手足倦怠は本方運用第一の目的とすべきもので,肝要中の肝要で,次に述べる他の七症が皆揃ふても,手足倦怠の一つなければ補中益気湯必定の証とは定め難いことがある。といふている。前述せる如く,余は高血壓その脈弦数大兵肥満の婦人のこの手足が抜ける様に倦るく,食皆砂を噛む様だと訴へる二証を取って本方を用ひ,効果あ改aたことがある。然しこれは長服はさせなかった。余自身の体験に徴するに,余は往診に重患あり心身過労睡眠不足,食不定等又,その他の内傷原因あれば,即ち本方の証を発して,手足倦怠坐位堪えず,食味ひを失し,言語返答に物倦く手掌熱し,診療に耐えざるに至る。斯るとき本方を服すれば,殆んど服用を終ると同時好に,全身の毛竅粛然として緊張し脾胃の中心建立せられしものの如きを自覚し,四肢に元気漲り言語遽かに力を帯び,寔に神効立処に顕はるるを体験している。この手足倦怠は少陰病但寝んと慾すに甚だ似ている然して真武湯と本方を陰証傷寒に用ゆる場合に当ての鑑別が必要であらうが,余は未だこれを親しく試みたことがない。が本方は真武湯より一等軽きものであらう。

第二 語言軽微
語言軽微は朝夕のものいひ,かるくかすかにて,語言のたよたよといかにも力なく軽く微かにしてよわよわと聞ゆる症を云ふ。口をきくのが嫌になるものである。

第三 眼勢無力  眼力一応にみれば朝夕の如く見ゆれども,心をつけてみれば,目の見張りダラリとしていかにも力なく見ゆる。この症を検するに一つの方法ありといふ,即ち診者が患者に向って診者の顔を注視させると程なく眼勢衰へ,長く凝視すること能はざるに至るもので。病者自らも読書執筆等凝視に堪えざるものである。和漢纂言要方にては,手足倦怠を目標として本方を用ゆることは誤りあり,必ず主症を眼勢無力にとるべしと論じている。この説も大いに参考とすべきであらう。

第四 口中生白沫
白沫とは病人食を口中に入れて噛むときに,口のあたりに白沫生ずるものなり。固より脾胃虚して食も糠を噛む様に味なきを強りに其の食を咽へのみ込まんとする故口中に白沫自然と生ずるなり。此の食物の喰ひぶり一つみても益気湯の証はよく判るものなり。とあるが,思ふに食事するときのみ白沫を生ずるばかりでなく,病人口中何となく粘く,不快に思ふため,やがて白沫を生じ之を飲み込まぬ故口中に蓄まるものをも意味し人参湯の所謂喜唾の意であらう。右の言に従ひこの食ひ振り一つにて益気湯となし投与せること度々あるが,唯一の目標とはなし難いと思ふ。

第五 食失味
すべて人,無病の時に,甘き物甘く,酸きものは酸,苦きものは苦く,食て五味が口中にて皆それぞれに分る,是れ口中和すといふものにて無病の時かくの如し。それが甘きものも酸きものも,苦辛も,口中に分らず,皆糠くずなどを噛む如くにて不食する,これが爰に云ふ所の食失味と云ふものなり。傷寒雑病の類は五味が口中に分ての上に不食するなり,益気湯の不食は五味が口中にて分らず不食するなり。傷寒雑病五味がわからずして不食するならば是れ脾胃虚をかねたる傷寒雑病なり。此の時は本病を捨てて先づ此の益気湯を用ひて脾胃をとりたつべし。此れよく合点して療治あやまることあるべからず。とある。余思ふに然し乍ら補中益気湯悉く口に甘酸辛苦鹹を識別し能はざるものと限定して終ふことは応用を制限すること厳に過ぐると思ふ。口がまづい程度にてもよいと思うふ。傷寒初めより少陰に発して,手足倦怠,食失味,口中砂を噛む如く,臥すことを好み,言語軽微のものと,陽証にして然も,食失味言語軽微のものなきに非ずである。本証の如きに真武湯にて大効あるものあれば,この点内傷と外感を厳に分ち薬方を切り離す必要なきものと思ふ。補中益気湯は真武湯より一等軽き陰証の傷寒に用ひられる訳である。

第六 好熱物
脾胃虚して益気湯英応ずる証は何程熱ありとも口には煮たつたる物を好むものなり。之は脾胃虚の上に冷をかねたるもの多し,此の時は益気湯に附子を加へてよきものと知るべし。

第七 当臍動気  益気湯の応ずる脾虚の症は臍のぐるりを手を以て按じみるに,必ず動気甚しきものなり,若し動気のうすきものは脾胃の虚かるきものなり。と余思ふに実験上正に然りと思はれる。

第八 脉散大而無力
浮ては散じ,ひろがりて太くうてども,指を沈めてみれば力よわくうつを散大にして無力といふなり。とあるが前述せる如く散大而無力は本方正面の脈証にて,必ずしもこれを必要とせぬものと思ふ。

玄仙翁の口訣は以上の八条であるが,余は之に更一条を附加して置きたいと思ふ。それは,喜太息及欠呻の一条である。本方の応ずる病者は屢々太息を漏らし,又好んで欠呻する。
これは肺気の虚を物語るものである。余は,太息及欠呻に有余と不足の二つあるを提言したい。即ち本方証の欠呻,太息は虚状不足のそれであって,例へば有余の欠呻は,頭を仰ぎ天に向ひ,手を挙げ擘を張って,大声呼号して欠呻し,終れば一種の快感を覚ゆるに反し,本方証の不足の欠呻は,体位を屈して,鞠々如として,軽微殆んど発声なきものである。而も屢々虚弱なる太息を漏らす,これ即ち気虚なるものであって,欠呻太息の後更に爽快を覚えない。余はこれが主治に云ふ,気高て喘するはこの間の消息に該当するものではないかと思ふ。北尾春甫の当荘庵家方口解には,気高て喘すとは,痰有て一つ二つ咳してあとの力ら無き咳なり,痰をせき切る力らうすきに此剤を用ひてせき切る力出づ云々と述べているが,この説も大いに傾聴に価するものと思はれる。
尚ほ玄仙翁曰く。
『すべて人手足に力を入れてはたらくは脾胃の元気をよくして上へ升提するが故なり。然るに脾気の元気をよくして上へ升提す識が故なり。然るに脾気虚するときは道気が下へ下へとこけて上へのぼる勢なき故,気を手足へ配ることがなき故,気を手足へ配ることがなき故乃ち手足が倦怠力なきのみに非ず,語言軽微なるは言の倦怠なり,眼力の見張り力なきは是れ目の倦怠なり,口中生白沫是れ口の倦怠なり,食失味是れ舌の倦怠なり,当臍動気あるは是れ腹の倦怠なり脈無力是れ舌の倦怠なり,倦怠の一つを以て益気湯を用ゆる肝要目的とするなり』といふ。
之は即ち誤山甫の所謂『中気は脾復之気なり,五臓六腑百骸九竅,皆気を脾胃に受けて,而して後に治まる。故に曰く土は万物の母なり』に対照する。又『脾復一度虚すれば肺気先づ絶す』といふが過労より起る肺尖加兒答の初期は甚だ多くこの補中益気湯の証を以て始まるのを見る。この太初に於て本方を以て脾胃の気を補ひ得れば肺気旺となりて全治し得るものである。
本方弁解に,婦人男子共に虚労諸症(多く肺疾患を指す)に不拘,此の方を長服し効をとることあり。婦人に最効ありと述べている。婦人は気少く,内傷労役思慮過度なれば,甚だ気を損じ易きが故に,本方よく応ずるものである。婦人身体疲労心労の後,或は産後の虚に乗じて起る辱労症には本方の証を備へて来るものが多く,此の方を用ひてよく効を得るものである。
偖而以上の応用目標を以て,本方が如何なる方面に応用し得らるるかその臨床上最も屢々遭遇する本方の証の運用範囲を略記して置かう。(中略)

 5.服用上の注意
1. 方意弁義に曰く。
『益気湯は先づ未だ食せざる時に服すべし,又昼前に用ゆる薬なり。昼後は陰旺なる故に四物湯六味丸八味丸の類を用ゆ。此等は薬を用ゆるの法なり。」と。
之を実際に試むるに,午前中,食前に服するとき特に効があるが如く思はる。

2. 『又本方は至真要大論の七法に於ては緩方なり,呂氏才が十剤の中にては補剤なり。故に多くは急速に効を見はさざるなり。緩方なる故,益気湯の証と見定めて之を用ひ,速かに其効を見はすとも見はさずとも,薬うけ心さへ宜ならば,百貼までも与へて其効を待つべし,速効の見はれざるに苦しんで迷ふときは却て害を求むるものなり。』と,本方長病虚証には,速効著効を期待せず,薬のうけ心さへよろしくば之を長服するがよい。特に婦人に於て然りと思ふ。余の如き一過性の本方証には僅に一貼或は二貼にて大効があるのであるが,これは稀である。

3. 経験筆記に曰く
『脈弦なるもの医王湯を服すれば,必ず瘧を発す。外邪虚に乗じて,皮肉の間に伏蔵せるもの,益気湯の升提の力に追ひ立てられて発するときに瘧状の呈し,寒熱往来することあり。小柴胡湯の戦慄を発すると同じ。
又脾気虚して湿勝つとき医王湯を服して利を発することあり。湿は水の類,下に流れて利となる。その理由はまた瘧を発すると同じことなり』と。
余等この変に遭過すること屢々であったが,多くは驚いて転方して終ふ,転方したのは予後必ず不良であった。

4.若し汗多き者には生姜を去る。生姜汗を発するが故である。

5.若し咳嗽多きは人参を去ると云ふ。或は之を減ずればよい。然もなを発熱咳嗽甚しきは禁忌である。(後略)







※羽翼(うよく)
助けること。助けとなること。また、その人。補佐。「帝王の―となる」「―の臣」

※寔に……まことに

※甑(こしき):古代中国を発祥とする米などを蒸すための土器。円筒形ないし鉢形の土器に複数個の蒸気孔が開けられ、すのこを嵌めて米を乗せ、水を湛えた別容器(鬲)と共に蒸気で蒸しあげる。

※纔か……僅か(わずか)

※散脈(サンミャク): 脈象の一つ。浮大無根の脈。 軽按では個々の脈拍の形態が一定でなく律動も不定で、重按すると触れなくなる。 気血が耗散し、危篤状態であることを示す。

※芤脈(こうみゃく): 脈象の一つ。芤とは葱(ネギ)のこと。軽取で浮大であるが、少し力を加えると触れなくなり、青ネギを押さえたような中空の感じを呈する脈。 出血過多・津液大傷で一過性にみられ、引き続き革脈に移行するが、散脈を呈して死に至ることもある。

※血壓:血圧(けつあつ)

※稍々:やや、しょうしょう 

※滑淖

※遽かに:にわかに
物事が思いがけず、また、急におこるようす。

※和漢纂言要方(わかんさんげんようほう):下津春抱著 一七一二年(正徳二年)序 一七一五年(正徳五年)刊

※纂(さん):集めてそろえる。編集する。 編纂。

※爰に(ここに)
※欠呻(けっしん):あくび、欠伸
例)婦人蔵躁、しばしば悲傷して哭せんと欲し、かたち 神霊のなす所の如く、しばしば欠呻す。甘麦大棗湯これを主る(金匱要略)

※擘? 臂の誤植?

※兒:児の旧字

※加兒答:加答兒(加答児(カタル))の誤植

※辱労(じょくろう):産後、体質が虚弱となり、呼吸が浅く疲れやすく・悪寒発熱して瘧 のようになり・頭痛・自汗・全身の倦怠感・咳嗽・気逆・胸中のつかえ・ 腹部の絞られるような痛みや刺痛といた症状を呈するもの。
産後の肺結核。

※偖:さて

一 患者が手足をだるがる。 (手足倦怠)
二 言葉が聞きにくく、蚊の鳴くような小さな声で喋る。(語言軽微)
三 目に活き活きした力がない。 (眼勢無力)
四 口の中に白い泡ができて味がない。 (口中生白沫) 
五 物の味がよく分からない。 (失食味)
六 熱いものを喜んで食し、冷たいものを嫌う。 (好熱物)
七 臍の所で動悸がする。  (当臍動悸)
八 脈に締まりがなくて、パッと開いたような脈をしている。
この八つのうち一つか二つあれば、必ずこの医王湯が百発百中効く。
さらにうんと熱いものを好む場合には、これに附子を加えたらよい。


2011年7月14日木曜日

五苓散(ごれいさん) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊

五苓散(ごれいさん)
 本方は表に邪があり裏に水の停滞するものを治する方剤で、口渇と尿利減少を目標として諸種の疾患に応用される。脈は浮弱のことが多い。また口渇があって煩躁し水を飲まんと欲し、水が入れば則ち吐する者にも用いられる。熱の有無に関らない。
  本方の応用としては感冒或は諸熱病で、微熱・口渇・尿利減少の場合、胃アトニー・胃下垂・胃拡張等で胃腸内に拍水音があり、眩暈または嘔吐に苦しむ場合、 ネフローゼの浮腫、心臓弁膜症に伴う浮腫、急性胃腸カタル後の口渇、尿量減少・浮腫・水瀉性下痢・暑気当り・陰嚢水腫等である。
 本方の薬物中、 沢瀉・猪苓・茯苓・朮は何れも体液調整剤で、胃内停水を去り、尿利を良くし浮腫を去る。本方證の嘔吐・眩暈・口渇等は何れも体液の偏在によるものであるか ら、これらの薬物の協力作用によって体液が循流すれば自然消失するものである。桂枝は微熱を去る効があり、また他の諸薬の利水の効を助けるものである。
 加減方としては茵蔯五苓散がある。これは五苓散に茵蔯を加味した方で、カタル性黄疸にして口渇・尿利減少の者に用いる。また飲酒家の黄疸・浮腫にもよろしい。茵蔯は黄疸に対して特効のある薬物である。
 平胃散と五苓散の合方を胃苓湯と名づけ、水瀉性下痢または浮腫に用いる。小柴胡湯と五苓散との合方を、柴苓湯と名づけ、小柴胡湯の證で口渇・尿利減少の者に用いる。
 陰嚢水腫には五苓散に車前子・木通を加えて効がある。


『漢方精撰百八方』
54.〔方名〕五苓散(ごれいさん)
〔出典〕傷寒論、金匱要略。

〔処方〕沢瀉5.0g 猪苓、茯苓、朮各3.0g 桂枝2.0g

〔目標〕
1,汗が多く出て、のどが乾き、尿の出が少ないもの。
2,熱があって、のどが乾き、汗が出ず、尿のでもわるく、水を飲むとすぐ吐くもの。
3,吐いたり下したりして、のどが渇き、尿の出がわるく、からだの痛むもの。
4,のどが渇いて水を飲んでも尿の出が少なく、浮腫のあるもの。
5,動悸、息切れがあって、のどが渇き、尿の少ないもの。

〔かんどころ〕口渇と尿量の減少があれば先ずこの方を考える。

〔応用〕感冒。急性胃腸炎。腎炎。ネフローゼ。心不全。クインケの浮腫。頭痛。三叉神経痛。

〔治験例〕
1,感冒
 二歳の男児、感冒にかかり熱があったので、かぜ薬をのましたところ、汗が流れるように出て、くったりしてしまった。しばらくすると、水をほしがるので、お茶をのましたところ、お茶をのみこんだと思ったら、すぐに吐き、また水をほしがる。汗は全くやみ、尿も出ないという。五苓散末を重湯でのましたところ、一服で口渇がやみ、嘔吐もおさまり、三十分ほどたつと、汗ばみ、尿がどっさり出て、熱がさがった。

2,頭痛
 三十九才の婦人、常習頭痛があり、毎日頭痛止めの薬を飲んでいる。そのため胃の方もよくない。肩からくびにかけてこり、ひどく頭痛のする時には吐く。はじめ呉茱萸湯を与えて、軽快したかに見えたが、全治しない。口渇の有無をたずねたが、ひどくはないが、水っぽいものがほしいという。尿も少ないようである。検尿したが、蛋白はない。そこで五苓散にしたところ、さっぱりと頭痛がやんだ。

3,クインケの浮腫
 クインケの浮腫のある婦人に、越婢加朮湯、麻黄加朮湯、防已黄耆湯当帰芍薬散などを用いて効無く、最後に、五苓散で著効を得、また同病の患者にこの方を用いて著効を得た。口渇も尿の減少もなかったが、よくきいた。   大塚敬節




漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
11 駆水剤(くすいざい)
 
 駆水剤は、水の偏在による各種の症状(前出、気血水の 項参照)に用いられる。駆水剤には、表の瘀水を去る麻黄剤、消化機能の衰退によって起こ る胃内停水を去る裏証Ⅰ、新陳代謝が衰えたために起こった水の偏在を治す裏証Ⅱなどもあるが、ここでは瘀水の位置が、半表半裏または裏に近いところにある ものについてのべる。
 
 各薬方の説明
2 五苓散(ごれいさん)  (傷寒論、金匱要略)
 〔沢瀉(たくしゃ)五分、猪苓(ちょれい)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)各三分、桂枝(けいし)二分。湯の場合は、沢瀉六、猪苓、茯苓、朮各四・五、桂枝三〕
  表に熱、裏(胃部)に停水があるため、表熱によって瘀水が動き、それにつれて気の動揺をきたし、上衝するものに用いられる。したがって、発 熱、頭痛、めまい、口渇(本方證の口渇は、煩渇引飲といわれ、いくら飲んでも飲みたりないほど強いものである)、嘔吐(わりあい楽に吐くもの)、心下部振 水音、腹痛、臍下悸、尿利減少、下痢(水様便が多量に出る)などを目標とする。また、口渇のために水を飲みたがるが、飲むとすぐに飲んだ以上に吐くものを 目標とすることもある。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、五苓散證を呈するものが多い。
 一 胃拡張症、胃アトニー症、胃下垂症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
 一 腎炎、萎縮腎、ネフローゼ、膀胱炎、陰嚢水腫、尿毒症、浮腫その他の泌尿器系疾患。
 一 カタル性結膜炎、仮性近視、角膜乾燥症、夜盲症その他の眼科疾患。
 一 宿酔、ガス中毒、船酔いその他。
 一 感冒、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
 一 そのほか、火傷、脱毛症、糖尿病、日射病など。
 
陰嚢水腫 五苓散加車前子木通
ヘルニア 五苓散加牡丹皮防風
痰喘煩操して眠らないもの 五苓散加阿膠
疝気(腰痛の時) 五苓散加小茴香
 
 五苓散の加味方
 (1) 胃苓湯(いれいとう)  (古今医鑑)
 〔五苓散と平胃散の合方〕
 本方は、五苓散證に平胃散證(前出、裏証Ⅰの項参照)をかねたもので、平素から水毒体質の人が胃腸をこわしたために、激しい腹痛を伴う水様性下痢や浮腫を起こすものに用いられる。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、胃苓湯證を呈するものが多い。
 一 大腸炎、胃腸カタル、食あたりその他の胃腸系疾患。
 一 ネフローゼ、腎炎その他の泌尿器系疾患。
 一 そのほか、神経痛、暑気あたりなど。
 
 (2) 柴苓湯(さいれいとう)
 〔五苓散と小柴胡湯の合方〕
 本方は、五苓散證に小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)をかねたものに用いられる。本方と同様な目的で、他の柴胡剤も五苓散と合方される。
 
 3 茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)  (金匱要略)
 〔五苓散に茵蔯四を加えたもの〕
 本方は、五苓散證で黄疸の併発したものに用いられる。したがって、黄疸で発熱が少なく、口渇、浮腫、心下部膨満、振水音、尿量減少などを目標とする。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、茵蔯五苓散證を呈するものが多い。
 一 急性黄疸などの肝臓機能障害。
 一 腎炎、ネフローゼなどの泌尿器系疾患。
 一 そのほか、宿酔。


『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
24.五苓散 傷寒論
沢瀉5分 猪苓3分 茯苓3分 朮3分 桂枝2分 右細末として1回量1.0を重湯又は白湯にて服す。

(金匱要略)
○脈浮,小便不利,微熱,消渇者,宜利小便発汗,本方主(消渇)
○仮令痩人,臍下有悸,吐涎沫,而癲眩,此水也,本方主之(痰飲)
(傷寒論)
○太陽病,発汗後,大汗出,胃中乾,煩躁不得眠,欲得飲水者,少々与飲之,令胃気和則愈,若脈浮,小便不利,微熱消渇者,本方主之(太陽中)
○発汗巳,脈浮数,煩渇者,本方主之(太陽中)
○傷寒汗出而渇者本方主之(太陽中)
○霍乱,頭痛発熱,身疼痛,熱多欲飲水者,本方主之(霍乱)
○中風発熱六七日,不解而煩,有表裏証,渇欲飲水,水入則吐者,名日水逆,本方主之(太陽下)
漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 咽喉が渇いて尿量が減少し頭痛,頭重,頭汗,悪心,嘔吐などを伴い下痢するもの,あるいは浮腫があるもの。
 (1) 急性胃腸カタル(水当り,食当り,暑気当り,寝冷えまたは乳幼児吐き下し,吐乳を含む)本方が適する急性胃腸カタルは尿量減少,口渇,微熱を伴った水分,便量ともに多い水瀉性下痢が目安となる。平胃散証との鑑別は,無熱性で口渇や尿量減少の著しくないものに平胃散適応証が多いので区別できる。

 (2) 二日酔い 悪心,嘔吐,口渇,頭痛を訴えるものに本方を投与すると,不快症状を速やかに消失せしめる。また二日酔い癖あるものは,本方を飲酒前後に服用すると予防できるので,酒客に重宝されている。

 (3) 腎臓疾患 本方は古くから腎疾患に対する代表的処方として有名なもので,急,慢性を問わず試みるべき処方である。慢性に経過するものでアレルギー体質者には,本方と柴胡剤を合方して用いることが多い。

 (4) 肝臓疾患 この疾患に応用するときは,本方単独よりも前項同様に,柴胡剤または茵蔯蒿湯と合方する症例が多い。またかなり重い肝肥大,肝硬変あるいはこれに伴う心不全や腹水,浮腫を証明するものに,本方と柴胡桂枝干姜湯を合方して用い,治療効果のあがった例が少なくない。

 (5) 類証鑑別 白虎加人参湯は本方より熱感と口渇が激しいうえに,神経症状が著明である。八味丸料は口渇や利尿障害は類似するが,疲労倦怠感や手足の熱感,あるいは冷感を自覚し,高血圧症状などを随伴するので鑑別できる。猪苓湯も利尿障害,口渇、浮腫などの症候群が類似するが,排尿困難,排尿痛,残尿感などを訴えるものには,本方よりも猪苓湯が適応する。


漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○五苓散は口渇がひどくて水をたくさんのむのに,尿の出が少ないというところを目標にして用いる。この場合,浮腫が現われたり,嘔吐をともなったり,下痢をしたり,頭痛を訴えたり,腹痛を訴えたりすることがある。いずれにしても尿量が減少しているという点が大切である。
○五苓散を用いてよくなる嘔吐を「傷寒論」では水逆と呼んでいる。水逆の嘔吐では,のどがしきりに渇いて水をのみたがり,水をのむとしばらくして多量の水をどった1回に吐く。まるで水を投げ出すように勢いよく吐く,吐くとまたのどが渇く。のむとまた吐く,これをくり返す。この場合に五苓散を与えると,たちまち嘔吐がやみ,口渇もなくなり,もし熱のある場合だけ汗ばみ,尿がどんどん出る。熱のない場合だと,汗は出ないで尿がたくさん出てよくなる。
○五苓散は乳幼児の嘔吐に用いる場合が多い。
風邪の時に,葛根湯などを用いて,汗が出てから,五苓散の証になることが多い。また腎臓炎,ネフローゼ,膀胱炎,腎盂炎,偏頭痛,急性胃腸炎などにも用いられる。

漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○口渇(のどのかわき)があって尿利が減少する場合で,あるいは嘔吐,下痢,頭痛,腹痛,浮腫などのいずれかを伴うもの,このとき熱が出る急性症もあり,無熱の慢性症もある。
○熱が出て汗をかいたあと,煩躁して眠れず,水をのみたがり,尿利が減少し,脈が浮いてふれやすいもの。
○下剤を用いたため,心下部が痞え,瀉心湯を飲んでも治らず,のどがかわき,口が乾燥して苦しく,尿利が減少するもの。
○心悸亢進や腹部動脈の拍動が亢進し,よだれを吐いたり,めまいがするもので,痩せた人に多くみられる。
○五苓散の病態を漢方では水毒,水飲,痰飲などという。これは科学的にいえば,水の代謝異常である。胃内の水分が吸収されずに停滞するので,血中の水分が減少する。そのため口渇もおきるし,尿利が減少するのであるし,尿利も減少するのである。胃内に水分が停滞しているところへ,更に水ものを飲むのだから水を吐出するのである。そのときは,それまでたまっていた水分もいっしょに吐き出されるので,飲んだ水の量より多い吐物が出るのであろう。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は表に邪があり,裏に水の停滞するものを治する方剤で,口渇と尿利減少を目標として諸種の疾患に応用される。脈は浮弱のことが多い。また口渇があって煩躁し,水を飲まんと欲し,水が入れば則ち吐する者にも用いられる。熱の有無に関らない。 本方の応用としては感冒或は諸熱病で,微熱,口渇,尿利減少の場合,胃アトニー,胃下垂,胃拡張等で胃腸内に拍水音があり,眩暈または嘔吐に苦しむ場合。 ネフローゼの浮腫,心臓弁膜症に伴う浮腫,急性胃腸カタル後の口渇,尿量減少,浮腫,水瀉性下痢,暑気当り,陰嚢水腫等,本方の薬物中, 沢瀉,猪苓,茯苓,朮は何れも体液調整剤で,胃内停水を去り,尿利を良くし,浮腫を去る。本方証の嘔吐,眩暈,口渇等は何れも体液の偏在によるものであるか ら,これらの薬物の協力作用によって体液が循流すれば自然消失するものである。桂枝は微熱を去る効があり,また他の諸薬の利水の効を助けるものである。(後略)


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 (構成) 桂枝は表証又は上衝を治すからその症状があり,他は全部利水剤だから停水症状があり,水分の分配障害によって水は胃内に停滞し,上部に欠乏して渇となり,下に出ずして小便不利となり,表に浮べば浮腫となる。上衝に伴い,或は臍下悸となり,熱を伴えば頭痛,発熱となる。

 運用 1. 煩渇,尿利減少,或は吐し,或は下るもの
 「太陽病,汗を発して後(中略)若し脉浮小便不利,微熱,消渇するもの」(傷寒論太陽病中篇)
 「もと之を下すを以ての故に心下痞す。瀉心湯を与えて痞解せず,その人渇して口煩躁,小便不利するもの」(同書太陽病下篇)
 「発汗巳脉浮数,煩渇」(同書太陽病上篇)などは煩渇,小便不利を主症状とし,「中風,発熱6,7日解せず,而して煩す,表裏の証あり而して水を飲まんと欲し,水入るときは則ち吐する者は名づけて水逆という」(同書太陽病中篇)
 「霍乱,頭痛発熱,身疼痛,熱多く水を飲まんと欲す」(同書霍乱病)は吐又は吐瀉を主症状としたものである。五苓散の渇は煩と云われる如く,いくら飲んでも切りがないように渇を覚えるのが特徴,小便不利は尿量減少のことが多い。吐はげえげえ苦しく吐くことは少く,割合楽にすうっと胃内容が多量に出て来る。下痢は水様便が多量に出るのが普通である。右の症状により五苓散は急性腸カタル,消化不良,コレラ及びコレラ様の吐瀉,胃拡張,胃アトニー,胃下垂,溜飲症,などの消化器疾患に際して煩渇,小便不利,或は吐瀉を目標にして使う。殊に夏季に水を飲過ぎたり暑熱中で働いて起るものにはよくこの症状が起る。口渇,小便不利により糖尿病,急性膀胱炎,尿毒症にもしばしば使う。これらの場合で類証鑑別を要するのは,煩渇では白虎加人参湯だがこれには小便不利がなく脉は洪大である。五苓散の脉は浮。八味丸は煩渇の時は小便自利だし,下腹部が弛緩している。吐瀉では小半夏湯小半夏加茯苓湯半夏瀉心湯などの吐や甘草瀉心湯,人参湯などの吐瀉はいずれも煩渇,小便不利がないので区別は容易である。

 運用 2. 眩暈や心悸亢進を目標にする。
 「もし痩人臍下に悸あり,涎沫を吐して癲眩するはこれ水なり」(金匱要略痰飲)いわゆる水てんかんにはかかる症状があると思うが,それに拘泥せず虚証の人で奏効した例があ識。臍下の悸は心悸亢進でも構わない。涎沫は泡を吹くことだが,胃内の停水が上に溢れて涎沫になると解すべきものだ。だから必ずしも涎沫を吐さなくても胃内停水と眩だけでも本方を使って宜い。胃内停水が口よりもっと上に昇って涙となったり,或は体表に浮んで浮腫となったりすると解釈するとカタル性結膜炎やフリクテン性結膜炎で羞明と涙の多いもの,尿毒症で眩暈,浮腫のあるもの,腎炎,ネフローゼで浮腫小便不利,口渇するもの,心臓機能不全による浮腫,心悸亢進,小便不利するものなどに用いることが出来る。「病陽に在り,まさに汗を以て解すべし。反って冷水を以て之にそそぎ,その熱,劫かされて去ることを得ず,いや更に益して煩し,肉上粟起し,意に水を飲まんと欲し,反って渇せざる者は文蛤散を服す。若し差えざるものは五苓散を与ふ」(傷寒論太陽病下篇)は煩渇と肉上粟起を目標にするが,肉上粟起は小水粟と思われるから之を浮腫に転用しても宜いのである。火傷の水泡や皮膚病の小水泡に五苓散を使うことがある。浮腫を転用して陰嚢水腫に使うことがある。涎沫については人参湯参照,眩は真武湯苓桂朮甘湯と区別すべきだが両者とも口渇はなく,且つ両者とも五苓散より虚証の状態で貧血も著明である。浮腫で煩渇のあるのは石膏剤(越婢加朮湯)と八味丸だが,前者は脉緊,本方は脉浮弱,後者は前述の通りで区別は容易。その他浮腫,口渇,小便不利があっても五苓散のように劇しい煩渇は他の処方にはない。結膜炎で羞明多涙するのに苓桂朮甘湯小青竜湯があるが,前者は脉沈緊で口渇はなく,後者は煩渇,小便不利がない点で本方と区別する。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 胃内(あるいはその他体腔内)に停水があって,気の上衝,あるいは表証をともなっているものである。口渇と小便不利があって,気の上衝のため嘔吐があり,または涎沫を吐し,激しい頭痛や眩暈のあることもあり,表熱の症状がある。脈は浮で,熱があれば浮数となる。あまり強い脈とはならないことが多い。腹は多くの場合,心下部に拍水音が認められる。腹壁は軟かい方で臍下悸のあることもある。



勿誤方函口訣>  浅田 宗伯先生
 此方は傷寒,渇して小便不利が正面なれども,水逆の嘔吐にも用い,また畜水の顚眩にも用い,其の用広し。後世にては加味して水気に活用す。此方は本法の如く新たに末にして与ふべし。煎剤にては一等下るなり。胃苓湯や柴苓湯を用ゆるは此例に非ず。又疝にて烏頭桂枝湯や当帰四逆湯を用いて一向に腰伸びず,諸薬効なきに五苓散に加茴香にて妙に効あり。是れ即ち腸間の水気を能く逐ふが故なり。


〈漢方と漢薬〉 第4巻第6号
            大塚敬節論文より
①髪の毛の抜け易いもの,又は禿頭病,○小児のヘルニア,○婦人膣より糞を出す者等に五苓散のよいのがある。(類聚方集覧)
②交陽病(腔門膣瘻)即ち膣より大便の出るものによいかとがある。(時還読我書)
③酒客病(二日酔)○夜盲症に桂枝を去り唐蒼朮を加えて用う。○白髪禿頭に用いてよい。(古方慢筆)
④労症の咳嗽は五苓散がよい。五苓散の嗽は多く嘔がある。手足厥冷の咳嗽に五苓散の症が多い。○頭痛によいことがある。五苓散の煩は頭痛である。至って重く手足厥冷,頭痛強きものである。(村井大年口訣抄)
⑤宝暦の年,東業に大疫流行し,自汗,壮熱煩渇,小便頻渇,小便頻数,淋痛短少,大便秘し或は下利し,甚しき者は頭眩,嘔逆,譫語,脈浮緩,五苓散を以て人を救うこと多し。(時還読我書)
⑥五苓散,乗物に酔うものによろしい。(袖珍方)
⑦霍乱吐下の後,厥冷煩躁,渇飲止まず,水薬共に吐する者,○眼疾を治す。発熱,消渇,目涙多く,小便不利を目標とする,○小児の陰頭,陰嚢水腫,小便短渋の者に奇効がある。(類聚方広義)
⑧五苓散,寒疝腰痛,陰嚢に引き,屈して伸びず,小便利せず,発熱微渇の者によい。○五苓加茴香湯,疝を治する妙剤なり,○舌病,黄連,石膏の治せざるもの。(方輿輗)
⑨霍乱吐瀉の翌日,からだだるく渇する者,○夏外に出て暑さに中りたる者。(方読弁解)
⑩喘欬煩躁して眠るを得ざる者に五苓散加阿膠。(医療手引草)
⑪1人口渇,心下悸,腹大いに痛むに与えて即ち痛み止む。(処方筌蹄)
⑫水気心下に停りて,短気,小便難き者は五苓散,呼気短気のものは苓桂朮甘湯,吸気短き者は腎気丸(加藤謙斎)
⑬発熱,汗出で,渇して下利後重,小便少き者。(禁方録)
⑭五苓散加牡丹皮,防風,小児のヘルニアによい。(瘍科方筌)
⑮水腫,下利,発熱,小便不利して渇する者。(水腫加言緩腫用方)
⑯平人無病,急に煩渇引飲すること2,3日,小便不利,一身悉く浮腫する者。(内科秘録)
⑰余幼時,感冒,必ず頭痛,目眩,寒熱,嘔吐,煩渇す。五苓散を以て癒ゆ。(宮地峴亭)
⑱老人弱者,暑さに中りて吐瀉後渇する者,○交腸沙は大小便位を変えて出ず此方に宜し,○渇して小便不利と云う者は必定の候なり,○湿に傷られて全身浮腫して下利する者,○小便通ぜず下腹痛み煩渇する者。(聖剤発蘊)
⑲癲癇,涎沫を吐し,水を見て発する者を治す。黄連湯は火を見て発する者を治す。(腹証奇覧翼)
⑳此方は傷寒渇して小便不利が正面なれども水逆の嘔吐にも用い,又蓄水の癲眩にも用いその応用広し。此方は新に末にして与うべし。又疝にて腰伸びず,諸薬効なきに五苓散に茴香を加えて妙効あり。これ腸間の水気を能く逐うが故なり。(勿誤方函口訣)


『薬事日報』第11073号(2012(平成24)年1月1日)
三宅
 水の偏在をなくす意味で使われている五苓散は、水チャンネルのAQ4Pを阻害するという機序が明らかになりました。五苓散の構成生薬で悪る蒼朮や猪苓に含まれる金属成分が関与しているらしいですが、詳細については未解明です。
 五苓散の使用機会は非常に多くて、二日酔いの時、暑気あたりなどに重宝します。また、脳浮腫や慢性硬膜下血腫(CSDH)の保存的治療などの脳神経外科の臨床で、数多く報告されていることに注目しています。

中川
近畿大学東洋医学研究所の故・遠田教授は、血管内脱水という言葉を使っていましたね。実際、効果がありますよね。

三宅
 過激な生薬が全く入っていないにも関わらず、著しい効果がありますよね。
 五苓散は漢方を知らない人には知名度が低いのですが、他の薬と併用しても調子がよくなることもありますし、体調管理するのに便利な漢方薬といえますね。







〔効能・効果〕
【ツムラ】
口渇、尿量減少するものの次の諸症。
浮腫、ネフローゼ、二日酔、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病。


【クラシエ・他】
のどが渇いて、尿量が少なく、はき気、嘔吐、腹痛、頭痛、むくみなどのいずれかを伴う次の諸症。
水瀉性下痢、急性胃腸炎(しぶり腹のものには使用しないこと)、暑気あたり、頭痛、むくみ。


【コタロー】
咽喉がかわいて、水を飲むにも拘らず、尿量減少するもの、頭痛、頭重、頭汗、悪心、嘔吐、あるいは浮腫を伴うもの。
急性胃腸カタル、小児・乳児の下痢、宿酔、暑気当り、黄疸、腎炎、ネフローゼ、膀胱カタル。


【三和】
口渇、めまい、頭痛、浮腫などのあるものの次の諸症。
 急性胃腸カタル、はきけ、ネフローゼ。

【一般用】
 体力に関わらず使用でき、のどが渇いて尿量が?ないもので、めまい、はきけ、嘔吐、腹痛、頭痛、むくみなどのいずれかを伴う次の諸症:
 水様性下痢、急性胃腸炎(しぶり腹注)のものには使用しないこと)、暑気あたり、頭痛、むくみ、二日酔
 注)しぶり腹とは、残便感があり、くり返し腹痛を伴う便意を催すもののことである。

〔副作用〕
・胃の不快感、食欲不振、軽い吐き気
・発疹、発赤、かゆみ


※そのため口渇もおきるし,尿利が減少するのであるし,尿利も減少するのである。
 そのため口渇もおきるし,尿利も減少するのである。 の誤植。
 

※時還読我書(じかんどくがしょ)  多紀元堅著
下巻に「延寿院玄朔の遺戒は至って深切なるものなり、げに篤志の人と思わる。貧賤の疾をも意を用いて治すべし、主君へ奉公と思うべし、といえるは最も感服に堪えたり」と記している。


※袖珍方(しゅうちんほう):袖珍はポケットサイズのこと。本書は、病門分類別の典型的な方論書で、巻一の風門から始まり、巻四の小児門で終わる。

※処方筌蹄(しょほうせんてい):中川修亭著
中川修亭は吉益南涯の高弟で、古方の大家であるが、後世方にも理解をもち、さらに華岡青洲を友とし、外科蘭方にも通じていた名医である。

※加藤謙斎:寛文9年(1670年)12月12日 三河(愛知県)蒲郡市で生まれ、京に出て医師となって多くの医学書を著すと共に、芭蕉の門に入って烏巣道人と号した俳人でもある。
享保9年(1724年)1月7日 56歳で没。

禁方録:華岡青洲編纂 諸家の薬方を整理したもの。中川修亭も編纂に協力。


※瘍科方筌(ヨウカホウセン) : 華岡青洲著 十味敗毒散も収載されている。

2011年6月19日日曜日

真武湯(しんぶとう) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊


真武湯
(しんぶとう)
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため、水気が腸胃に滞留して、或は腹痛・下痢を来し、或は目眩・心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し、脈は沈微、もしくは浮弱で、身体の倦怠が甚しく、手足が冷え易く、或は悪寒があり、一体に生気に 乏しい者を目標とする。
 この際の下痢は多くは水様便で、裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり、淡黒色の苔のあることもあり、一皮むけたように紅いものもある。
 本方は茯苓・芍薬・朮・附子・生姜の五味からなり、附子と生姜とは、新陳代謝を振興させて、身体を温め、元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ、その結果、下痢・目眩・心悸亢進を治し、芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。
 胃腸虚弱症・慢性腸カタル・腸結核・慢性腎炎・脳溢血・脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


『漢方精撰百八方』
58.〔方名〕真武湯(しんぶとう)

〔出典〕傷寒論

〔処方〕茯苓5.0g 芍薬、生姜、朮各3.0g 附子1.0g

〔目標〕 1.真武湯は、もとの名を玄武湯とよび北方の守護神である玄武神にかたどって名づけたものである。
2.発汗後、熱が下がらず、みずおちで動悸がし、めまいがし、からだがぶるぶる振るい、倒れそうになるもの。
3.下痢がつづき、腹の痛むこともあり、小便の量も少なく、冷え性で、四肢が重くだるく、痛むもの。

〔か んどころ〕熱のある患者に用いる場合(傷寒)と、一般雑病に用いる場合とで、かんどころが、ちがう。熱のある場合には、少陽病の熱型に似ていて、小柴 胡湯証にまぎらわしいことが多い。そこで小柴胡湯証と診断して、小柴胡湯を用いて効のない時は、真武湯を考えるがよい。一般雑病では、下痢が止まらないも のを目標とする。しぶりばらではなく、腹痛も軽く、水様の下痢で、軟便のこともある。とかく腹力弱く、気力の乏しいものを目標とする。
 真武湯をめまいに用いる例はまれである。

〔応用〕感冒。流感。腸結核。慢性下痢。胃下垂症。じんましん。老人性掻痒症。腎炎。虫垂炎。

〔治験〕下痢   真武湯症の下痢は、多くは慢性の経過を取り、一日、二、三行から四、五行のものが多く、一昼夜三十行というようなものはないとばかり考えていたが、最近 急性の下痢症で、一昼夜に三十行という患者に用いて著効を得た。患者は私の義母で八十二才。平素は胃腸が丈夫で下痢などしたことはなかったが、昨年十二月 上旬、突然に下痢が始まった。  初日は四,五行の下痢で腹痛もなく、元気であったので、食あたりだろうといって、平胃散を与えた。ところがその 夜は十二行の下痢があって、便所にばかり 通ったというので、人参湯を与えた。すると、下痢はますますはげしく、次の日の午前十時頃までに二十八行の下痢があり、歩けなくなった。脈は洪大で、舌は 乾燥し、食思全くなし。そこで真武湯を用いたところ、一貼で下痢減じ、三貼で、下痢やみ、食思出で、三日で全治した。 大塚敬節


                                 


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
真武湯(しんぶとう)  (傷寒論)
 〔茯苓(ぶくりょう)五、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、朮(じゅつ)各三、附子(ぶし)○・五〕
  本方は、少陰病の葛根湯といわれるほどに繁用される薬方で、陰虚証で新陳代謝機能が沈衰している時に用いられる。したがって、瘀水が動揺また はうっ滞するために起こる各種疾患に用いられる。腹部は軟弱で、ガスのために一般には膨満しているが、ときとして腹直筋が拘攣するものもある。疲労倦怠 感、身体動揺感(軽いときはめまい)、四肢冷重疼痛および麻痺(筋肉の痙攣、運動失調なども含む)、腹痛、嘔吐、心悸亢進、浮腫、尿利減少、水様性下痢な どを目標とする。本方を慢性下痢の人に用いると、人参湯の場合のように浮腫が起きることがあるが、つづけて服用すれば消失する。
 〔応用〕
 つぎに示すような疾患に、真武湯證を呈するものが多い。
 一 感冒、気管支炎、肺炎、肺結核その他の呼吸器系疾患。
 一 高血圧、脳出血、心臓弁膜疾その他の循環器系疾患。
 一 胃下垂症、胃アトニー症、腸カタル、腸狭窄、腸結核、大腸炎、腹膜炎その他の消化器系疾患。
 一 腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、夜尿症その他の秘尿器系疾患。
 一 眼底出血、夜盲症、角膜乾燥症その他の眼科系疾患。
 一 湿疹、じん麻疹、老人性掻痒症その他の皮膚疾患。
 一 そのほか、神経衰弱、脚気、リウマチ、半身不随など。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
44.真武湯 傷寒論

茯苓5.0 芍薬3.0 生姜3.0(乾1.0) 朮3.0 附子1.0

(傷寒論)
○少 陰病,二三日不已,至四五日,腹痛,小便不利,四肢沈重疼痛,自下利者,此為有水気。其人或咳,或小便利,或下利,或嘔者,本方主之(少陰)
○太陽病,
発汗,汗出不解,其人仍発熱,心下悸,頭眩,身動,振振欲地者,本方主之(太陽中)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 四肢の末端が極度に冷えて元気がなく,尿量減少して下痢し易く,動悸やめまいがあるもの。本方は玄武湯ともいわれ極度の冷え症で,疲労倦怠感が著しく,腹部はガスのため膨満するような慢性下痢によく用いられる。しかし本方適応症状は嘔吐や腹痛も病微で,且つ手足は冷えても腹中冷感や腸の蠕動亢進を自覚するようなことはないから大建中湯とは鑑別できる。半夏瀉心湯適応症状との差異は,半夏瀉心湯適応症は胃部のつかえ,水分停滞感,悪心,嘔吐が主な訴えであるのに対し,本方適応症は以上の諸症は認められず,前者より更に疲労倦怠感が著しく,手足も更に冷え易く尿量も減少するものである。口渇,嘔吐を伴なう水瀉性下痢には本方は不適で,この場合は五苓散を,発熱悪寒を伴った下痢には葛根湯がよい。本方は筋骨体質で体力旺盛な時期には投与してはならない。


漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
 四肢や腰部が極度に冷え,疲労倦怠感が著しく,下痢しやすく,動悸やめまいを伴うもの。本方は玄武湯ともいわれるもので,気温や気象条件に関係なく体質的に著しく冷え,顔色はすぐれず疲労倦怠感,腹部膨満感などを自覚して,胃や腹部に振水音を証明し,少しのことで下痢しやすく,しかもその下痢はなかなかやまず,めまいや動悸を伴う虚弱者,胃腸無力症。あるいはこれらの症候群症状がある血圧異常。または極度の冷え症で虚弱体質のものの,知覚神経や運動神経などの麻痺に,広範に応用されている。

 胃腸カタル 本方が適応するものは目標欄記載の症候がある慢性に経過するもので,水様便が数行におよび腹部膨満感はあるが,他覚的には腹診は抵抗が少なく,空腹感を自覚しながら食思のないことなどが目安とされる。

 血圧異常 本方は高血圧症,低血圧症の両者にしばしば応用されるが,その目安となるものは視診上顔色がすぐれず,栄養度も不良なるもので,四肢が厥冷して著しい全身倦怠感があり,動悸やめまいを伴い何となしに横臥していたいものに用いられる。この場合,四肢の麻痺やマヒ感あるいは言語障害なども伴うこともある。

 類似症状との鑑別 本方を慢性の胃腸疾患に応用する場合,顔色がすぐれず手足が冷えて,食欲が減退し下痢しやすい点で人参湯や六君子湯と類似するが,これらの人参剤が対象になるものは貧血症であるのに対し,本方は貧血というより水分代謝や血液循環障害などに伴い,蒼白く見えるものが多く,前者人参剤の下痢は軟便で胃部圧重感があるなどの点を,参考にすればよい。また舌証だけでは証のきめ手となり得ないが,本方の舌苔は淡黒色かまたは鮮紅色を見かけることがある。


漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○真武湯は原名を玄武湯とよんだが,いまは真武湯の方が一般に通りがよい。玄武湯は北方を守護する玄武神の名をかりてその名としたものである。青竜湯は東方を守護する青竜神の名をかりて,その名としたもの,白虎湯は西方を守護する白虎神の名をかりてその名としたものである。
○附子の配剤された薬方の中で,真武湯と八味丸は,もっとも応用範囲が広く,附子の用法には注意しなければならないが,おそれて用いないでは,虎並に入って虎子を逃がすようなことになる。附子は炮じた唐附子が安全であるが,白川附子でもよい。自分で採集して自分で製造すればよいが、これは特志家でなければ行いがたい。
○真武湯や八味丸をのんで,酒に酔ったような感じになったり,からだがしびれるように感じたり,動悸がしたりすれば,これは附子のためと思ってよい。これの程度がはげしくなると頭痛,嘔吐,呼吸困難,痙攣等がくる。そして中毒死を招くことになるから注意してほしい。附子は陰証に用いる薬物であるから,陰証にはかなり大量を用いても平気であるが,陽証では一日量0.5から1.0ぐらいでも中毒を起すことがある。(後略)
○真武湯にはうす墨をぬったような舌がみられると,古書には出ているが,私はこのような舌に出逢ったことは少ない。舌証はあまり重視しなくてよい。
○真武湯の腹証は,腹壁がうすく,正中線で臍上から直線状に小さい鉛筆の芯のような硬いものを5センチから15センチぐらいふれることが多い。これは皮下にふれるので,軽く指先でさぐらないと見落とすことがある。
○真武湯は下痢しやすい人,慢性下痢のあるものなどの胃腸の虚弱な人によく用いられるが,下痢のないものにも用いてよい。胃アトニー症,胃下垂症,慢性腸炎のほかに低血圧症,脳出血後の麻痺,慢性の浮腫などにも用いたことがある。



漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は少陰病の葛根湯と もいわれ応用が広い。一名玄武湯ともいう。本方は新陳代謝の沈衰しているため,水気が腸胃に滞留して,或は腹痛,下痢を来し,或は目眩,心悸亢進等の症状 を現わす者を治す。腹部は軟弱で度々ガスのために膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠が甚しく,手足が冷え易く,或は悪寒があり,一体に生気に乏しい者を目標とする。この際の下痢は多くは水様便で,裏急後重はない。舌には薄い白苔のあることもあり,淡黒色の苔のあることもあり,一皮むけたように紅いものもある。本方は茯苓,芍薬,朮,附子,生姜の五味からなり,附子と生姜とは,新陳代謝を振興させて,身体を温め,元気を賦与する。茯苓と朮は体液の分布を調整して腸胃に停滞する水を消散させ,その結果,下痢,目眩,心悸亢進を治し,芍薬は胃腸の機能を調整する効がある。胃腸虚弱症,慢性腸カタル,腸結核,慢性腎炎,脳溢血,脊髄症患による運動並びに知覚麻痺及び急性熱性病の経過中に用いることがある。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 本方は少陰病を代表する方剤で陰虚証に属し,新陳代謝機能が沈衰し,水気が腸胃に滞留して,小便不利,あるいは腹痛,下痢をきたし,あるいは上って目眩,心悸亢進等の症状を現わす。腹部は軟弱でしばしばガスのため膨満し,脈は沈微,もしくは浮弱で,身体の倦怠感が甚だしく,手足冷えやすく,なおしばしば四肢沈重疼痛,麻痺,咳嗽,嘔吐,浮腫等を現わし,全体的に生気にとぼしいものを目標とする。舌は湿潤し,あるいは薄い白苔あるいは淡黒色,あるいは一皮むけたようなものもあり,尿は清澄で下痢は水様便である。裏急後重はない。これを傷寒と雑病に用いるときの分類は
 (1) 傷寒の場合は検温してみると熱はあるが,自覚症が少なく,外見は案外平気で顔色は赤くならない。蒼い色をしている。肺炎などもいわゆる無力性のものに本方の証がある。あるいは自覚症状が強くて他覚症状の少ないこともある。
 (2) 心悸亢進,眩暈,運動失調を主証とするもの。
 (3) 下痢を主訴とするもの,水様性で尿利減少,腹痛,下痢後脱力感,胃内停水がある。
 (4) 浮腫,滲出液を主とするもの,虚証の浮腫で,押して軟かで弾力がなく,凹んだ跡がなかなか治らないぶよぶよした感じがある。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 構成:茯苓は停水を去り,鎮静を兼ね,白朮は恐らくは分泌中枢に働いて停水を運かし,ひね生姜は駆水と気上衝を鎮め,芍薬は筋緊張を補力し,附子は温補を兼ねているから,真武湯の適応症は虚寒で停水を兼ね,気衝を現わすときに用いられることが察しられる。その作用のうち,或は温補が主となって虚熱を治し,或は駆水が主になって胃内停水,下痢,浮腫を利尿し,或は気動上屈の悸,眩,運動失調を治す。
 運用 1. 自覚症状の少い発熱症状
 他覚的には高熱があるのに,自覚的には殆ど熱感がなく平気で外出もし,熱の割には顔が赤くならず脉は浮弱数を呈する。普通,感冒でもその他の急性伝染病でもしばしば遭遇する所である。肺結核,肺炎,肋膜炎などで胸部所見はラッセルなどで著明で咳もあるのに割合患者は苦痛を訴えないときにも真武湯を用いることが最も多い。この場合脉が浮弱数であっても頭痛や寒気を多く訴えるものは桂枝人参湯である。

 運用 2. 虚寒証の心悸亢進,眩暈又は運動失調
 虚証の状態で寒証はあまり目立たなくても脉が沈か沈弱で心悸亢進したり,眩暈したりするもの。或は両者を兼ねているものによい。こ英症状は熱病を発汗した後で起ることもあり,発汗をせずにも起ることかあり,無熱でも,胃性眩暈,貧血に伴う眩暈,高血圧症でありながら脉が弱くてめまいするものなどに用いる。苓桂朮甘湯は脉沈緊だから区別される。運動失調は漢方では眩暈と同様に取扱ってよく,めまいがして立っていられない。或は歩けない,よろめく,立っているとふらふらする.つまずき易いなどの場合に用いる。また運動失調を筋肉の搐搦にとり,筋肉がピクピクするもの,例えば神経衰弱で目のふちや口鼻辺がビクビクしたり,手足の筋肉が線維性間代性痙攣を起してピクッとつれたり,動いたりするもの,或は振顫に用いる。従って脳溢血による口眼喎斜,搐搦,半身不随,アテトーゼ,振顫麻痺,眼球振盪症,多発性硬化症などにも応用する。

 運用 3. 虚証の下痢
 水様便又は泥状便でも水分が多く,尿利減少,時には腹部に鈍痛を訴えることもある。排便後脱力感でがっかりする者が多い。貧血性で足が冷える方,腹鳴などはなく,腹部は軟かく,胃部に振水音を認めることがある。
 鑑別すべきは人参湯,四逆湯,桂枝加芍薬湯などが区別が困難で真武湯だと思って使ったら効かずに人参湯で奏効するなどということは稀でない。

 運用 4. 浮腫又は体表の滲出性漏出性疾患
 虚証の浮腫だから押して軟く弾力がなく,押した跡が直ぐに持上って来ない。皮膚は蒼白くたるんでぶよぶよな感じがする。或は小便不利,或は心悸亢進する。心臓病でも腎臓病でも使ってよい。この浮腫を滲出に転用して湿疹などの皮膚病,潰瘍などに本方を使う。分泌物が薄くて多い。
 瘡面は貧血性で肉芽不良である。その局所的所見と全身状態,脉を見合せて本方の指示を確かめる。以上の運用1~4までは次の二条文の応用であることは自ら明らかであろう。
 「太陽病汗を発し,汗出でて解せず,その人仍て発熱,心下悸し,頭眩,身瞤動し,振々として地にたふれんと欲す」(傷寒論太陽病中篇)発汗したため表に水が浮んで来ている。その浮ぶ気につれて頭部に向って気の上衝を起し,悸,頭眩となる。表水のため,身に水分過剰を来し搐搦するに至る。
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛,或は小便不利,四肢沈重疼痛,自下利するものはこれ水気有りとなす。その人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔するもの」(同書少陰病)四肢沈重疼痛は表水停滞による。咳,嘔は上気衝,腹水は停水,下利は胃内の停水が下ることによって起る。それが小便に出れば小便利となるが,胃内に止まっていれば小便は不利する。


漢方の臨床>第2巻 第5号
真武湯について 大塚 敬節先生

 まえがき
 真武湯は,もとの方名を玄武湯といい,北方の守護神である玄武神の名をかりて,名づけたものである。中国古代の思想では,北方は陰の象徴であり,水にあたる。真武湯が陰証の治剤であり,水を治める方剤であることを思うとき,この命名はまことに,所謂「そのものズバリ」と云うほどの巧妙である。
 真武湯は,傷寒論の太陽病編と,少陰病編とに出ている方剤で,その応用範囲は広い。附子の配剤された薬方の中で,真武湯は八味丸とともに,筆者の最も繁用するものであるが,殊に真武湯の效顕は実に見事で,僅かに数日の服用で,積年の宿痾が脱然として消失することすらある。

 傷寒論に於ける真武湯の二面
 太陽病中編には,
  太陽病,汗を発し,汗出でて解せず,其人仍ほ発熱し,心下悸し,頭眩し,身じゅん動し,振々として地にたおれんと欲する者は,真武湯之を主る。
 とあり,
 少陰病編には,
  少陰病,2,3日にして己えず,4,5日に至って腹痛し,小便利せず,四肢沈重疼痛し,自下利の者は,此れ水気ありとなすなり。其人或は咳し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は,真武湯之を主る。
とあり、前者の場合は,発熱,心下部の動悸亢進,めまい,身体が揺れて倒れんとする等の症状があり,後者では,腹痛,尿利減少があり,四肢は重く痛み,下痢をする。これは水気のあ識ためであるから,その水気の動揺につれて,時には咳嗽があり,小便がよく出ることもあり,嘔くこともある。
 一つの真武湯が,このように全く異なる症状のものに用いられるが,元来この薬方は少陰病の治剤であるから,後者が真武湯の正面の証であって,前者は変証である。従改aて前者のような例は,往々にして,小柴胡湯証と誤られたり,調胃承気湯証にみえたり,白虎湯証と間違えられたりする。われわれ臨床家と成て,鑑別診断に苦心するのは,前者の場合である。先哲もすでに,この点について警告を発しており,筆者もいくたびか苦い経験を持っている。

 真武湯の適応指示
 前章でのべたように,真名湯を少陰病に用いる場合と,太陽病の変証として現れた場合では,全く異なる症状が現れる。
 先ず真武湯の正面の証として,最も屡々現れる症状は,下痢である。この下痢は,1日2,3回から4,5回位で十数回に及ぶことは殆どない。腹痛を伴うこともあるが、多くは軽く,劇痛はまれである。裏急後重はないが、失禁の傾向のあるものがある。大便は水様性のもの,泡沫状のもの,粘液や血液を混ずるものなどいろいろである。このような場合,腹部は軟弱で力のないものが多いが,処方に壓痛を訴えることもある。また振水音を証明できるものが多い。瓦斯がたまる傾向がある。食慾には異常のないものが多く,むしろ逆に亢進するものもあるが,下痢することをおそれて制限していることが多い。一体に胃下垂や胃アトニーなどのある虚弱な貧血性の患者に,真武湯の証が多く現れるが,時には20貫ほどの体重がある一見丈夫そうな患者の下痢に,真武湯の效くことがある。このような場合でも,患者は疲労感を訴え,足が冷える。脉は沈弱のものが多いが,大にして,遅弱のものもある。舌苔はなくて,湿潤していることが多い。下痢しても口渇はなく,尿量の減少していることが多い。全体に疲労,倦怠感が強い。こんな症状のものに用いることが多いから,急性よりも慢性下痢に使用する場合が多く,筆者は腸結核の下痢には,この真武湯を好んで用いる。ストマイなどのまだ出来ない時代にこれで全治し,その後10余年元気で働いている者もある。この患者は,胸部にも異常があり,人工気胸を2,3回つづけてやって,また下痢が始まったことがあったが,真武湯で忽ち下痢は止んだ。その後,結婚して,女子を分娩したが,ますます健康である。また腸結核で,罹患部を切徐して,ストマイなどの注射をしているが,下痢の止まないものに,真武湯を用い,1ヵ月余で下痢の止んだ例がある。
 結核性の腹膜炎で,癒着を起し,腹痛,下痢の止まないものに,真武湯を用い,これらの症状の軽快するものがある。この場合は腸の蠕動亢進がみられる。
 下痢のない場合でも,真武湯を用いることがある。例えば,四肢倦怠,腹部脱力し,手足厥冷し,肩こり,めまいを訴えるもににも用いる。胃アトニーや胃下垂などのあるものによくみられる症状である。
 真武湯はまた浮腫に用いる。大病後や下痢の癒ったあとの浮腫に真武湯の証がある。ところが慢性の下痢に真武湯を用い,下痢が止んでから,一旦浮腫のくることがある。この場合は,浮腫におどろかず,つづけて真武湯を服用しておれば,また自ら浮腫が消失する。参考のために,古人の経験を引用する。

(方輿輗)痢の条に曰く。
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用う。自利と云って,覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気のあ識の類,右等の真武証中の1,2を痢に見はす者も,之を用うべし。或は遺屎する者も此方の症也。

(治痢攻徴篇)に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は真武湯によろし。若し四肢微冷すると雖も,腹満,大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし。

(古家方則)に曰く,
 真武湯,腹中,小便利せず,或は五更瀉或は一食一行の者を治す。
 真武湯,腹痛して自下痢する者によろし。真武湯,其人,常に水気有て咳し,或は手足微腫或は腹痛下利或は小便不利するものによろし。
真武湯,四肢沈着疼痛し,一身微しく腫れ,或は小便不利して自下利する者を治す。真武湯,痿躄して重疼する者によろし。

(経験筆記)に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此れ陰盛格陽,此方之を主る。

(方輿輗)に曰く,
 真武湯,反胃,澼嚢,久を経て治せす,或は下利し,或は浮腫し,内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。
(反胃,澼嚢は今日の胃拡張,胃下垂症)
真武湯は黄胖,下利,小便不利或は浮腫する者を治す。(黄胖は十二指腸蟲症)
真武湯,心下悸,頭眩,身じゅん動,地にたおれんとする者,じゅん動は肉じゅんとて,身の肉びくびくと動くを云う。振々は遍身の振うことなり。「地にたおれんとす」は近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支うる能はざるの症なり。又癇の脱症にも,ままこの状態を見はす者あり,猶此方によろし。

(鳩峯先生病候記)
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武湯に宜し。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ふべし。

(松原家蔵方)
 真武湯熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

(小松久安,水腫加言)
 治水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或下利者,下利甚者去芍薬。余近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず。実に虚腫中の第一方と云うべし。

(医事筌蹄)
 口眼過斜,肉じゆん筋てきして或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯または真武湯,附子湯の証多きものなり。

 以上はいずれも,真武湯証としては,当然みられることを予想できるものであるが,次の例は真武湯証と判定するには,多年の経験と熟慮を要するものである。

(医学救弊論)虚実疑似の条に曰く。
 1男子,年30余,冬12月,頭痛,発熱,頭感頗る甚し。医,麻黄湯を投ずること,日に10余点,連日之を服す。汗出で,被を徹し,正気大いに衰へて,厠に上ること能はず。余往きて之を診るに,脉浮にして大,舌上乾燥,煩渇,引飲,しゆうしゆうとして汗出づ。白虎湯を投じて煩渇頓みに止み,正気益々衰へて日ならずして死す。余意ふに,此男,発汗過多す。亡陽の症となす。当に真武湯を用ふべし。而るに白虎を投ず。前医,命を促し,我亦再逆して遂に之を殺す。因って深く,之を悔いて臍を噬むとも及ばず。痛心,骨に徹して,今に至るまで忘れず。医の任たる重きこと。死生殺活にあり。巧拙は薬に非ずして匕に在り。慎まざるべからず。

 この例は,太陽病発汗後の真武湯の変症であって,筆者にも次の如き例がある。
 1男子,61歳,発熱,頭痛,悪寒し,体温37度45分のものに,葛根湯を与えたところ,体温は次第に上昇して,38度を越し,口渇を訴え,舌に乾燥した白苔を生じ,悪寒止み,食慾不振を訴えるので,小柴胡湯を与えたところ,体温はますます上昇し,舌は愈々乾燥し,下痢が始まった。全身から少しずつ汗が出るのに,体温は下らない。脉は梢浮にして大であるが,1分間84,5至である。桂枝人参湯の証のようでもあるが,こんな病状のものに,真武湯証のあること考え,真武湯を用いたところ,下痢は止み,体温下降し,数日にして全快した。かって「漢方と漢薬」誌上にも,腸チフス疑似の患者で,40度の体温が十余日もつづいたものに,真武湯を与えて,著效を奏した例を発表したことがあるが,急性肺炎で,数日便秘し,体温39度を起すものに,調胃承気湯1回分(大黄0.5)を与えたところ,忽ち十数回の下痢か起り,脉は頻数にして結代し,眼球上転し,せん語を発し,呼吸は促迫して危篤に陥った。この患者にも,真武湯を与えて,危急を救った。
 これらの例では,陰陽虚実の差は,極めて微妙なところにあって,書き現わすことがむつかしい。和田東郭も次のようにのべている。
 「凡そ疫病に,大熱,煩渇,せん語等の症,熱は火の焼くるが如く,渇は焼石に水を灌ぐが如く,せん語は狂人の語るが如くありて,衆医皆曰く,これ白虎の証なり,或は曰く,これ承気の証なりと,是皆当然の理なり,然るに存の外なる真武湯の行く処あり。」
 これによっても真武湯証が,白虎湯の証によく似ていて,その判別がむつかしいことがわかるであろう。われわれの苦心は,こうした処にある。傷寒論の傷寒例の一節に「虚盛の治は,相背くこと千里で,吉凶の機は,応ずること影響の如く」甚しいのに,「陰陽虚実の交錯は,其候は至って微かな」ところにあると云ったのは,この間の消息をのべたものである。(後略)


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○雑病(無熱の一般慢性症)の場合,痩せて生気に乏しい人が下痢して手足が冷え,めまいや身体動揺感を訴え,腹痛,嘔吐,咳,心悸亢進,尿利減少などがあるとき脈は沈んで緊張が弱い。腹部は腹壁が薄く,軟弱無力で心下部に振水音がみられるものが多いが,ときには腹部全体が板のように固く張っていたり,あるいは腹直筋が拘攣しているものがある。
○傷寒(熱のある急性症)の場合,熱がなかなか下がらず,からだが衰弱し,からだが重くて起きているのが苦しくてねてばかりいる。体温が上っていても患者自身では熱感がなくて,さむけが強いものが多い。咳が少し出ることもある。
○山田正珍は「外邪に侵されると,その人が実熱なら太陽病となり,もしその人が虚寒なら少陰病になる。」といっている。実熱とは体力が充実していれば汗が出て正常に復すが,若しその人が虚弱ならば,汗が出ても病気が治らず,発熱,心下の動悸,めまい,身体の動揺感が起る。これは汗が出すぎて陽気(活力)を失うためで,熱があってもその熱は表の熱ではなく,虚火炎上による熱(消耗熱のようなもの)である。心下の動悸が亢進するのも胃腸の虚(胃の機能低下)により,水毒が停滞するからである。」「めまいも身体動揺感も水毒のせいだ」といっている。
○真武湯の下痢は,水瀉性下痢が多いが,泡沫性の下痢や軟便もある。しかし裏急後重のないのが特徴である。
○方輿輗には「真武湯証には大便を失禁するものがある。大便を3度以上つづけて失禁するときは陰証と考えてよい。また精神恍惚として便意に気がつかず失禁するものがある。こういうことを3度やればやはり真武湯や四逆湯の証である。したがって真武湯の下痢には裏急後重がない。すなわち陽証は失禁することがない。陽証の中風やて喜かんで失禁するのは,からだが不自由なためで,真の失禁ではない。また建中湯残は失禁はない。
○休息尿という下痢の型がある。これは3・4日下痢しないかと思うと20日も下痢つづき,いつも白色の粘液を下す。これには真武湯に赤石脂を用いるとよいと証治弁疑にある。著者の経験ではこういう場合に真武湯そのままが効果がある。
○真武湯の腹痛はそう強くはない。
○古家方則には「便意を催おす前に腹が痛み,そのあと水瀉性下痢が2・3回ある。」といっている。
○また「陰証の熱病の初期,自覚的に下腹が張り,腰や腹が痛んで手足が冷えるもの」と医療手引にあるが、これもよく経験するところである。
○真武湯の脈は沈遅で緊張の弱いものが多い。しかし,ときには浮数の脈もある。経験筆記には「真武湯は自冷,自汗,陰躁(陰証の煩躁)があって苦しく泥の中にでも坐ってしまいたいようで,脈は浮数でこれを按じてみると弱くてまるで脈がないようである云々」といっている。これは四逆湯でも同じようなことがいえる。
○真武湯証の舌は舌苔がなくて湿っていて,色が淡紅色のものが多い。しかしときに白苔があって滑らかなものもある。
○古人の口訣 
 ①麻痺イ痿躄(下肢の運動麻痺)があって重たく痛むもの(古家方則)
     ロ半身不随,四肢攣急(手足のひきつれ)手足がふるえるもの。(袖珍方)
     ハ顔面神経麻痺や筋肉がびくびくと攣縮してふるえたり,半身不随や全身の知覚鈍麻には桂枝加朮附湯,真武湯,附子湯などの証が多い。(医事筌蹄)
 ②皮膚瘙痒症 老人のからだが痒ゆいものには真武湯がよい(村井大年口訣)ただしこの用い方は慎重にしなければならない。著者は中年婦人の湿疹が四物湯加味で軽快したのに胃がわるくなって胃内停水,疲労感などを生じたとき真武湯を用いたところ再び皮膚病が悪化した経験がある。
 ③黒内障で陰証のもの(古家方則)
 ④反胃澼嚢(嘔吐して食物がおさまらない病気)が長い間治らず,あるいは下痢したり,浮腫を生じたりして内気虚寒(体内の機能が衰えて冷える)するもの(方輿輗)


〈漢方と漢薬〉 第2巻 第11号
真武湯の薬理 矢数 有道先生

 薬理解説に種々の見方があるが,衆説を総合して,その中に真武湯の全貌を摑む事とする。
  原元麟著傷寒論精義に抒れば,
  茯苓 水を利し,液を救う
  芍薬 裏を和し,液を生ず
  生薑 水を利し,液を行らす
  白朮 水を通じ液を救う
  附子 寒を逐ひ,裏を温む
即ち之を総合すれば,水を利し津液を救い、寒を逐い,裏を温むることとなる。
  木村博照釈義傷寒論に
  「此方は附子湯の比すると,(処方,附子2枚茯苓3両人参2両白朮4両芍薬3両)附子少きに関ら男徒,此証は却て附子湯よりも重いのである。それは恰も桂枝附子湯と甘草附子湯との場合と同様である。即ち深劇の證に於て,反って附子1枚を減ずるのは,蓋し大いに之を攻むれば,必らず激して病除かれず,人其煩悶に勝へざる故に,附子1枚を減じて緩攻するのである。生薑は,宣揚開発の力がある,故に朮附子を導いて水気を宣通する,人参を去る所以は,邪気一等盛んなるを以て専治を旨とする為めであって,尚小柴胡湯に人参あり大柴胡湯に人参無きが如くである云々」(意訳)
 右の2説に依て略々真武湯の薬理説明を悉しているが,方中芍薬在る所以を説明して,張路の傷寒纘論に次の如き面白い意見がある。即ち,意訳すると,
 「此方は本と少陰病の水飲の内結を治するのである。首に朮附を推して,茯苓生薑の脾を運らし,水を滲む作用あるの兼ねしむる所以は,誰にも明らかに知り得る処である,が芍薬を用いる微旨に至っては,聖人に非ざればなし得ぬ処である。蓋し,此症は,少陰本病と云うが,実に水飲内結に縁るもので,腹痛自利,四肢疼重而反小便利せざる所以である。若し極虚極寒なれば,小便必らず清白であって失禁すべきである。どうして小便反て利せざる道理があろうか。之に依ても本證は但に真陽足らざるばかりでなく真陰も亦虧く処であって,若し芍薬を用いて,其の陰を固護しなければ,どうして附子の雄烈なる作用に堪える事が出来ようか,即ち附子湯,桂枝加附子湯,芍薬親草湯の如く,皆芍薬と附子と竝び用うる所以である,其の経を温め,営を護る法は,即ち陰を保ち陽を囘す法と変りはない,後世薬を用ふる者で,仲景の心法を護る者幾人あるだろうか,云々」
 少しく穿鑿に過ぎているかもしれないが,薬方組成上参考として面白い意見である。真武湯の附子は生用に非ず,炮って用ふるのであるが,其の理由に就ては,程応旄著傷寒後条弁に,「白通,通脉,真武,皆少陰下利の為めに設く,白通四逆附子皆生にて用い、惟真武の一證のみ,熟にて用ふるは,蓋し附子を生用すれば経を温め寒を散じ,炮熟すれば中を温め飲を去る為めである。白通諸湯は腸を通ずるを以て重しとなし,真武湯は陽を益すを以て先きとする,云々」とあり,炮熟附子を用いるのが正式である。

 真武湯に対する釈義
 真武湯證として傷寒論に挙ぐる処は,太陽病中篇に,「太陽病発汗し,汗出で,解せず,其の人仍発熱,心下悸し頭眩,身瞤動し,振々として地に擗れんと欲する者は,真武湯之を主る」
 とあり。
 釈義(木村)には次の解がある。
 「太陽病と云うは,其の初位を示すのである。初め太陽病であったが,之を発汗するに法の如くしなかった為めに,例へば身体虚弱なるに誤て強く発汗した様な場合に,汗は出たが病解せず,其の変遂に少陰に陥った者である。然らば既に太陽病ではない,故に其人の2字を掲ぐ,仍発熱とは,既に太陽に無い時は,当に発熱なきを至当とする,而るに今発熱す,故に仍と云うのである。然れ共此の熱は,四逆湯に所謂「大汗出,熱去らず,内拘急,四肢疼」の熱と同じであって,初位太陽正面の熱ではない,表解せざるの発熱ではなく,虚火炎上の発熱であって,所謂後世の真寒仮熱である。此證は,苓桂朮甘湯と似ているが,彼は気衝を主とし,故に起たんとする時に頭眩するのである,此は身瞤動を主として故に頭眩が常に存在する。彼は少陽に属し,是れは少陰に属す,故に相似たりと雖も,彼と此れとは,陰陽を異にしているのである。振々とは瞤動の貌,擗は,躃に同じ,倒れるのである。云々」即ち,大陽病の治療に当って発汗法その宜しきを失したが為め,陽證変して少陰病に転入したる場合を論じたるものである。前記の余の大患も或は此の場合に相当するものであるかもしれない。というのは,其の頃身体違和を覚え,稍衰弱の気味があった処へ,葛根湯を以て流汗滝の如くならしめた為め真陽を失って陰病に転入せしめたものと思う。
 少陰病篇には,
 「少陰病,2,3日已まず,4,5日に至り,腹痛小便利せず,四肢沈重疼痛,自下利する者,此れ水気有りと為す,其の人或は欬し,或は小便利し,或は下利し,或は嘔する者は真武湯之を主る」とある。尚傷寒論章句(南涯)には,「或は下利し」を「或は下利せず」に作られ,尾台氏は類聚方広義欄外に又之を註して,
 「玉亟には或は小便利しを,或は小便自利しに作る,按ずるに,或は下利しは,当に或は下利せずに作るべし,否れば則ち上文の自下利の語と相応せず,且つ或以下の四証も亦皆本方の治する所なり」と述べている。
 右の解は釈義に次の如く,
 「2,3日已まずとは,麻黄附子細辛湯及麻黄附子甘草湯を承けて,之を論じたもので,巳とは差である。此證は其始め2,3日裏証なきを以て,麻黄附子甘草湯等を与えて発汗したが病差えず,4,5日後に至って遂に腹痛以下の裏證を現はしたものである。沈重とは,怠惰湿重を謂ふ,蓋し4,5日の頃,挟熱あって,腹痛,小便不利,下利止まざる者は桃花湯の證である,(曰く,少陰病,2,3日,4,5日に至って,腹痛,小便不利,下利止まず,膿血を便する者は,桃花湯之を主る)今之に加うるに,四肢沈重疼痛を以てする者は,冷寒水気を兼ねる為めで,彼の挟熱して下利するに対して,此れは為有水気と曰うのである。其人以下は,水気の変態を挙ぐるので或は咳し,或は嘔する者は,水上に動揺するのである,(中略) 小青竜湯にも,心下有水気と曰うが,彼は陽位に在り,故に発熱を挙げて,水気上に在って未だ四肢に及ばない。此れは陰位に在り,故に熱を言はず,且つ水気下に在って四肢に及ぶものである 斯くの如く,陰陽の区別がある。云々」と。
 前述の如く,此方は恰も桂枝去桂加茯苓白朮湯中の朮を減量し,甘草,大棗を去り,更に之に加うるに,附子を以てせる(要方解説)ものであるから,応用も之に準じて考察せらる可きである。医聖方句に云く,
 「陰病,腹痛し,小便清利にして,四肢沈重疼痛し,自下利し,其人或は咳し,或は嘔する者は,真武湯之を主る」と,曩に罹病した余の大患は,当に此證に該当するものであろふ。尚真武湯の太陽篇に於けると,少陰篇に於けると,其の主治の差異を論じて,傷寒論精義に次の解がある。
 「夫れ,真武の治證に2道が有る。太陽病篇に挙ぐる所の證は,太陽の邪汗を発して解せず,遂に少陰の証に赴く,乃ち少陰伝経である,此条は,寒邪直ちに衷に入り,陰位を侵すの証,乃ち少陰卒病である。云々」
 従て本方は,少陰伝経の証に用うれば,津液を救うを以て主となし,卒病に用ふれば,水を去るを以て主となすのである。

 本方と他方との類證鑑別
山田正珍曰く,
 「太陽病,水気有るものは,桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の主る所である。今此の證は少陰病であって水気がある。故に附子を主として,以て少陰病を療す云々」
 即ち桂枝加白朮茯苓湯,五苓散,小青竜湯の有水気とは陰陽の別がある。苓桂朮甘湯證との差異に就ては前述の如くである。
 本方と附子湯との軽重論には2通りあ改aて,釈義(木村)には,真武湯を附子湯よりも重しとなし,(薬理参照) 精義では,附子湯の方が,其の病状暴劇であると云ふ。即ち,同番に「按ずるに,此證は真武の證に比すれば,其の病状頗る暴劇に似たり云々」とあるが,此れは前者の解を至当とする様である 大塚先生も真武湯證を以て,附子湯の証よりも重しといてゐられる。」(後略)



勿誤方函口訣〉 浅田宗伯先生
 「此の方は内ち水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違って水飲の為めに心下悸し,身瞤動すること振々として地にたおれんとし,或は麻痺不仁,手足引きつることを覚え,或は水腫小便不利し,其の腫虚軟(濡)にして力なく,或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大いに心下痞悶して,飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下利する者に用いて効あり。方名は千金及び翼に従って玄武に作るべし」



漢方と漢薬〉 第7巻 第11号

真武湯について   大塚 敬節先生
(前略)
3.橘窓書影に曰く
 女,年9歳,下利久しく止まず,飲食減少,面部手足微浮腫脉沈細,舌上苔なくして乾燥するものに,真武湯合人参を与えて漸に癒ゆ。
 又曰く
 温疫数十日,解せず,微熱,水気,脉沈微,四肢微冷,精神恍惚,但寝んとするものに,真武湯合人参を与へて効あり

4.證治弁疑,痢疾の条に曰く,
 休息痢の一症あり。これは3,4日の間も止むと思えば20日ばかりも下るなり。皆白色のなめを下す。此主方,真武湯に赤石脂を加へ用ゆべきなり。

5.禁方録に曰く
 陰病,下痢,腹急痛,舌和し,悪寒或は嘔し,小便少き者は真武湯之を主る。

6.処方筌蹄,痢疾に条に曰く
 小児痢疾,搢竄,熱甚しき者は,真武湯之を主る。

7.和田腹診録に曰く,
 婦人,盗汗,下利,日に十余行,羸痩,腹中撚紙にて作る網の如く拘攣し,飲食を欲せず,時として喘声あるに,真武湯製附子を加へ用ひて治することあり。

8.蕉窓雑話に曰く,
 凡そ疫病に大熱,煩渇,譫語等の症,熱は火の焼るが如く渇は焼石に水を灌くが如く,譫語は狂人の語るが如くありて衆医皆曰く,これ白虎の證なり。或曰く,これ承気の症なりと。是皆当然の理なり。然るに存の外なる真武湯の行処あり

9.水腫加言に曰く,
 真武湯は,水腫,脉微弱,舌上白胎滑,小便青白,或は下利の者を治す。下利甚しき者は芍薬を去る。
 予近来此方を投じて虚腫を救うこと枚挙すべからず,実に虚腫方中の第一方と云べし。

10.鳩峯先生病候記水腫の条に曰く,
 産後の水腫,是産前の水腫治せずして産後に及ぶ。虚に属して治し難し。真武輩によろし。且つ内攻し易き者也。気急息迫,咳嗽する者は,真武湯加呉茱萸用ゆべし。

11.松原家蔵方,風湿の条に曰く,
 真武湯,熱解して後,骨節疼痛止まず,処々腫をなし,小便不利或は腹中裏急の者,之を主る。

12.経験洋記に曰く,
 真武湯,自冷,自汗,陰躁,泥中に坐せんと欲し,脉浮にして数,之を按じて無きが如し,此陰盛格陽,此方之を主る。

13.医事筌蹄中風の条に曰く,
 口眼過斜,肉瞤筋惕して或は半身不遂或は周身不仁などするものには,桂枝加苓朮附湯又は真武湯,附子湯の証多きものなり。附子湯は朮附君薬なり。真武湯は茯苓芍薬君薬なりこれにて考ふれば其方意分明なるべし。

14.医療手引草に曰く
 陰証の傷寒,初起自ら小腹満を覚ゆと云い,腰腹痛み手足厥冷するものは,真武湯之を主る。
 又曰く
 のんど乾き,口乾き,手足ひへ,くたびれ,唯寝ることのみを喜み,大便自利し,脉沈細にして力なし。四逆湯,真武湯,附子理中湯の類之を主る。若し又此の證にて甚だ乾き舌もこがれ,大便も秘結し,臍のまはり硬く痛み,脉沈実にして力あらば,承気湯之を主る。

15.方輿輗,痢の条に曰く,
 真武湯,此方,痢の諸陰症具はりたるに用ふ。自利と云ひ覚えずして下る者,或は小便不利して脚などに腫気あるの類右等の真武證中1,2を痢に見はす者も,之を用ふべし。或は遺屎する者も此方の症也。遺屎は陽症にはなきものなり。(中風,癇などの陽証に,遺屎することあるは,身の自由ならざるより麁相をするなり。)凡そ痢疾,泄瀉に遺屎すること,仮令ば10度の内1,2度はよし。3度に過ぐるは陽に非ず。此れを陰となすべし。総て痢に限らず,熱病中に下利するに,恍惚として便器に上ることを覚えず,遺屎するあり。是れも1,2度は麁相とすれども,3度に及べば,真武,四逆の症なるべし。(但し建中湯には遺屎なし) 故に真武の症には,後重なし腸滑の処なり。○真武の證に舌候あり,其舌純紅なり。10に7,8は爾り。痢疾舌の赤きは悪證なり。若し初起より是の如きは,後必ず危険に及ぶべし。其状先づ淡紅をつけしごとく其後一と重皮むきしごとく,恰も産後の舌に似て,而して滑沢なり。此舌にして渇あれば,弥悪症とす。痢の舌は,白や黄や黒は常也と知るべし。

16.同書,反胃僻襄の条に曰く,
 真武湯,反胃,僻襄,久を経て治せず,或は下利し,或は浮腫し内気虚寒する者,此方を用ふるに宜し。

17.同書,黄疸の条に曰く,
 真武湯は黄胖下利,小便不利或は浮腫する者を治す。

18.同書,痘疹の条に曰く,
 真武湯,是れ陰位に入る者の治方なり。此域に至りては強て痘に拘はらず,専ら脉症に随う所なり。下利し或は腹痛し寒戦咬牙する等に之を用ゆべし,此場は多く灰白陥なる者と知るべし。

19.同書,癇の条に曰く,
 真武湯,心下悸,頭眩,身瞤動振々地に擗れんと欲する者瞤動は肉瞤とて,身の肉びくびくと動くを云ひ,振々は遍身の振ふことなり。欲擗地は,近くいへば,人にしっかりと抱かれていたきほどのことなり。傷寒にて此症あるは,陽気衰弱して支ふる能はざるの症なり。又癇の脱症にも間この状態を見はす者あり。猶此方に宜し。

20.治痢功徴篇に曰く,
 脉沈遅,手足微冷の者は,真武湯によろし。若し四肢微冷と雖ども,腹満大実痛の者は,急に之を下すべし。大承気湯によろし前後,症に随って将息し,以って之を考ふべし。或は脉沈微,自汗出で,或は汗なく,四肢厥冷,煩躁の者は,初,治其法を得ず,今已に脱症となる。此時に当って,真武四逆の剤を与ふと雖も,亦治すべからざるなり。

21.類聚方広義真武湯の条に曰く,
 痿躄病,腹拘攣,脚冷不仁,小便不利,或は不禁の者を治す。○腰疼腹痛悪寒,下痢日に数行,夜間尤も甚しき者,之を疝痢と称す。此方によろし。又久痢,浮腫を見はし,或は咳し或は嘔する者亦良し。 ○産後下痢腸鳴,腹痛,小便不利,支体酸輭,或は麻痺し,水気あり,悪寒,発熱,咳嗽止まず,漸く労状となる者,尤も難治となす。此方によろし。
 
22.勿誤薬室方函真武湯の条に曰く
 此方は内に水気ありと云ふが目的にて,他の附子剤と違ふて,水飲のために,心下悸し,身瞤動する事,振々として地に斃れんとし或は麻痺不仁手足引つ ることを覚え,或は水腫,小便不利,其腫虚濡にして力無く或は腹以下腫ありて,臂,肩,胸,背,羸痩し,其の脈微細或は浮虚にして大に心下痞悶 して飲食美ならざる者,或は四肢沈重疼痛下痢する者に用て効あり。方名は千金及翼に従いて玄武に作るべし。或は赤石脂を加へて,鶏鳴瀉及び疝瀉を治し或は半夏人参を加へて,胃虚下痢を治し,或は呉茱萸,桑白皮を加へて痰飲の上迫を治す。

23.古家方則,瘧の条に曰く,
 真武湯,当に発せんと欲する前,腹痛して水瀉二三行にして発し,発熱の時,渇すと雖も只沸湯を飲んと欲する者,又曰く,久瘧にして而も1日に二三発,寒多く熱なきが如き者又曰く,目眩甚しくして頭を挙る事能はざる者を治す。
 又同書,眼病の条に曰く,
 真武湯,外障白翳上より黒晴に降り陰状のものを治す
 又曰く,
 玄武湯,雀目にして陰症のものを治す。
 又曰く,
 玄武湯,黒内障にして陰象のものを治す。
 又同書,舌病の条に曰く,(以下真武湯の3字を略す)
 舌色薄紅,陰症にして,前症の如く積月愈へざる者に宜し。
 又同書,腰痛の条に曰く,
 腰痛して自下痢する者によろし。
 又同書,脚気の条に曰く,
 脚気,四肢沈重して疼痛するものによろし。(後略)



【効能・効果】
【ツムラ】
新陳代謝の沈衰しているものの次の諸症。

  • 胃腸疾患、胃腸虚弱症、慢性腸炎、消化不良、胃アトニー症、胃下垂症、ネフローゼ、腹膜炎、脳溢血、脊髄疾患による運動ならびに知覚麻痺、神経衰弱、高血圧症、心臓弁膜症、心不全で心悸亢進、半身不随、リウマチ、老人性そう痒症。

【コタロー】
冷え、けん怠感が強く、めまいや動悸があって尿量減少し、下痢しやすいもの。

  • 慢性下痢、胃下垂症、低血圧症、高血圧症、慢性腎炎、カゼ。

【三和】
新陳代謝機能の衰退により、四肢や腰部が冷え、疲労倦怠感が著しく、尿量減少して、下痢し易く動悸やめまいを伴うものの次の諸症。

  • 胃腸虚弱症、慢性胃腸カタル、慢性腎炎。

【JPS】
新陳代謝が沈衰しているものの次の諸症。

  • 諸種の熱病、内臓下垂症、胃腸弛緩症、慢性腸炎、慢性腎炎、じんましん、湿疹、脳出血、脊髄疾患による運動および知覚麻痺。
【一般用漢方製剤】
体力虚弱で、冷えがあって、疲労倦怠感があり、ときに下痢、腹痛、めまいがあるものの次の諸症:
下痢、急・慢性胃腸炎、胃腸虚弱、めまい、動悸、感冒、むくみ、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ


【副作用】
  • 胃の不快感、食欲不振、吐き気
  • 動悸、のぼせ、舌のしびれ
  • 発疹、発赤、かゆみ


※澼嚢とは、食べて数日後に嘔吐する胃の通過障害のこと
※筌蹄(せんてい):物事をするための手引き。案内。
※臍を噬む(ほぞをかむ)
※愈々(いよいよ)
※穿鑿(せんさく、せんざく):穴をあけること。細かい点までうるさく尋ねて知ろうとすること。細かいところまで十分調べること。事の次第。
※僻襄? 澼嚢の誤植?
※支体酸輭:だるく痛む 「輭」は「軟」に同じ
※鶏鳴瀉:早朝・明け方に起こる水瀉性下痢。五更瀉。
※疝瀉:疝にて瀉下するもの。

2011年5月31日火曜日

当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) の 効能 と 副作用

漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
 当帰 川芎各三・ 芍薬 茯苓 朮 沢瀉各四・

  本方は元来婦人の腹痛に用いるべき方剤であるが、婦人に拘わらず、男子にもまた用いられる。即ちその目標とする處は、男女老若を問わず、貧血の傾向があ り、腰脚が冷え易く、頭冒・頭重・小便頻数を訴え、時に目眩・肩凝り・耳鳴・動悸のある事がある。筋肉は一体に軟弱で女性的であり、疲労し易く、腹痛は下 腹部に起り、腰部或は心下に波及することがあるが、腹痛がなくても本方を用いてよい。ただし、悪心・嘔吐のある者には用いない。此方は当帰・川芎・茯苓・ 白朮・芍薬・沢瀉の六味からなり、当帰・川芎・芍薬と伍して、貧血を治して、血行をよくし、茯苓・白朮・沢瀉と伍して、目眩・頭冒・頭重・動悸等を治し、 且つ尿利を調整する。



『漢方精撰百八方』
44.〔方名〕当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕当帰2.0 芍薬6.0 茯苓、白朮各3.0 沢瀉5.0 川芎2.0
〔目標〕証には、婦人妊娠して、腹痛し、小便少なく、冒眩し、手足寒冷なる者、とある。
 しかし一般には、妊娠に関係なく、男女ともに、瘀血症状のあるもので、陰虚証に属していて且つ水毒症状を帯びるものに適用される。
 即ち、貧血、手足寒冷、小便不利、或いは頻数、心悸亢進k眩暈、頭重、腹痛、軽度の浮腫があり、左腹直筋の攀急するものに適用される。女子では帯下、子宮出血がある。
 左腹直筋の攀急があるといっても、腹力は桂枝茯苓丸証よりは虚していて、時には腹直筋の攀急が認められず、腹全体が軟弱な場合にも適用される。実際には本方証と桂枝茯苓丸証と区別しにくい場合もあるが、本方証は症状が沈滞的傾向を帯び、桂枝茯苓丸証は、より流動的で、上衝傾向が強いように思う。
〔かんどころ〕いわゆる瘀血の臍傍の圧痛点の存在、出血傾向、鬱血傾向等の瘀血症状があり、更に浮腫、尿利異状、心悸亢進、眩暈等のある陰虚証のものに適用される。
〔応用〕駆瘀血剤としては、桂枝茯苓丸と共に最も頻用される薬方である。特に婦人の虚状を帯びた瘀血症状にはよく用いられる。また柴胡剤との兼用、合方でもよく使われる。大柴胡湯と合方するような場合もあるが、この場合は、水毒症状を兼ねた瘀血症状を目標として用いるので、必ずしも虚状が著明とはかぎらない。兎に角、応用範囲の広い薬方である。
(1)妊婦の腹痛で、下腹部が攀急し、尿利が減少するもの。妊娠中毒症の傾向があり、浮腫があるもの。
(2)産後で、眩暈、貧血、四肢寒冷、軽度浮腫、尿利減少するもの。
(3)出産時、弛緩性出血が強いものに、出産前数週間本方を連用する。習慣性流産。
(4)平常、手足に冷感を覚え、頭重、眩暈、子宮出血、月経異状があるもの、月経はどちらかと言えば早くなりがちで、量が多い傾向である。その点桂枝茯苓丸証はその反対の傾向にあると思われる。
(5)痔疾で出血を伴うもの、便秘の傾向が在れば加大黄にする。 伊藤清夫


漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
 
  駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状は、実証 では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)・抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

4 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) (金匱要略)
 〔当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)各三、芍薬(しゃくやく)、茯苓(ぶくりょう)、朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)各四〕
  本方は、虚証の循環障害に用いられるもので、駆瘀血剤と駆水剤の作用をかねそなえている。虚証であるために、瘀血の腹証である小腹急結も下腹 痛としてしか認めることができない。しかし、下腹痛は激しく、劇痛を訴えることが多い。また、種々の神経症状をも訴える。したがって、貧血、全身倦怠感、 頭痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、不眠、心悸亢進、腹痛、腰脚の冷え、月経不順などを目標とする。本方は胃腸を害することがあるので、胃腸の弱い人に は、柴胡剤などと合方する。本方は妊娠期間中に服用すると、妊娠腎、悪阻その他の妊娠時の各種疾患を軽減し、出産も軽く、新生児も健康である。
 〔応用〕
 駆瘀血剤であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、当帰芍薬散を呈するものが多い。
 その他
 一 リウマチ、半身不随その他の運動器系疾患。
 一 そのほか、神経痛、脚気、腺病質など。




《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
54.当帰芍薬散 金匱要略
当帰3.0 桂枝,茯苓,牡丹皮,桃仁,芍薬,各等分右煉蜜にて丸となし,1日量3.0を用う。1日3回

(金匱要略)
○婦人宿有癥病,経断未及三月,而得漏下不止,胎動在臍上者,為癥痼害妊娠,六月動者,前三月経水利時胎也,下血者,後断三月衃也,所以血不止者,其癥不去故也,当下其癥,本方主之(妊娠)

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 貧血冷え症で下眼瞼が貧血して眼の周辺に薄黒いクマドリが出て,頭重,めまい,肩こり,動悸などがあって,排尿回数多く尿量減少し咽喉がかわくもの。あるいは冷えて下腹部に圧痛を認めるかまたは痛みがあるもの。
 本方は男女を問わず筋肉骨格共に軟弱で血行障碍に起因する貧血冷え症の人の体質改善薬であり,長期間連用することにより身体を温め血色を良くし肌を美しくするので,内服美容薬としても有名である。にきび,しみ取りには本方に薏苡仁を加える。また長期服用により往々不妊症を治すこともあるか台,本方と小柴胡湯との合方を妊娠中に常用すれば流産,早産,妊娠腎を予防し,特に出産予定前3ヵ月にわたりこの合方を服用するとお産を軽くし,産後の肥立ちもよくし,健康な新生児が得られる。またこの合方にどくだみを併用しておけば通常胎毒といわれる新生児の湿疹を防止できる。本方は虚弱な婦人に多い自律神経不安定症にもよく用いられるが,胸内苦悶があって胸部または腹部の動悸が著しくのぼせる場合は柴胡桂枝乾姜湯が 咽喉に異物感があって,から咳をして神経衰弱が甚だしい場合は半夏厚朴湯が適する。また婦人や卒中体質でないものの高血圧症であまり血圧は高くなく,めまいや立ちくらみがひどく,尿意頻繁な症状には本方と苓桂朮甘湯との合方を用いることが多い。本方適応症状で便秘する場合は大黄1回0.3乃至0.5グラム加えるとよい。本方服用後のぼせて便秘する時三黄瀉心湯を投与するかあるいは桂枝茯苓丸に転方すべきである。本方適応症状であるにも拘らずしばしば見られる副作用は胃腸障碍であるから胃腸の虚弱な人に投与する際には小柴胡湯と合方するか,補中益気湯あるいは柴胡桂枝干姜湯の応用を考慮すること。本方服用後悪心嘔吐,胃痛,下痢などをもよおす場合は安中散,五苓散,小柴胡湯,半夏厚朴湯,半夏瀉心湯のうち適当な処方で治療すれば良い。

漢方治療30年〉 大塚 敬節先生
○当帰芍薬散は妊娠中の腹痛,婦人科的疾患の腹痛に用いるばかりでなく,冷え症で,血色がすぐれず,頭重,めまい,動悸,肩こりなどを訴えるものにも用いる。男女ともに用いてよい。
○妊娠中の諸種の障害を予防する意味で,この方を内服せしめる場合がある。いつも早期破水で胎児が死亡してそだたない婦人に妊娠3ヵ月頃よりこの方を内服せしめたところ,予定日よりおくれて丈夫な男児を無事に分娩した。妊娠するたびに腎臓炎を起す患者に,妊娠と判明すると同時に,この方を内服せしめて腎臓炎を予防することに成功して無事に分娩を終った例もある。
○当帰芍薬散は元来,粉末にして酒でのむことになっているが,水でせんじてのんでもよい。胃の弱い人には,煎じてのんだ方が胃にもたれなくてよい。

漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○筆者の恩師湯本求真翁はすべての慢性病に必ず桂枝茯苓丸か当帰芍薬散を用いた。例えば大柴胡湯合桂枝茯苓丸とか小柴胡湯加当帰芍薬散というふうにしていた。先生によれば慢性病はすべて瘀血に関係があるからこれを治するには瘀血を治する方剤を必ず用いなければならないというのであった。桂枝茯苓丸と当帰芍薬散との使用上の区別を先生は次のように話された。筋肉が軟弱で,しまりがわるく,血色のすぐれない貧血の傾向があるものに用いる。当帰芍薬散は貧血性瘀血を治する効がある。美人には当帰芍薬散の証が多い。私は先生に説に暗示を得て,当帰芍薬散の目標を次のように定めた。当帰芍薬散の目標は男女老若を問わず,貧血の傾向があり,腰脚が冷えることがある。筋肉は一体に軟弱で,女性的であり,疲労しやすく,腹痛は下腹部に起り,腰部或は心下に波及することがあるが腹痛がなくても本方を用いてよい。

漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○痩せ型で貧血ぎみの婦人,手足や腰脚が冷え,脈も腹部も緊張が弱く,頭重感,頭痛,めまい,肩こり,動悸,耳鳴,腰痛,などを訴え,疲れやすいもの,月経不順や月経困難があるもの。
○当帰芍薬散の古典の指示は,婦人懐妊(妊娠)腹中㽲痛(こわばり矢む)するには当帰芍薬散之を主る。ただし実際には,妊娠中に限らず広く女子の病気に用いられる。また男子に用いることもある。
○当帰芍薬散の腹証は多くの場合軟弱無力で,心下部に振水音をみとめることも少なくない。またときには下腹部が自覚的に冷え,他覚的には冷たいことをみとめることがある。
○胃弱の人で,当帰,川芎,が胃にもたれるものがある。こういうとき,わたしは当帰,川芎の分量を減らしたり,更に人参湯を合方したりして用いる。
○<類聚方広義> 妊娠中や産後,下痢腹痛,尿利減少,腰脚麻痺脱力,或は眼が赤くなって痛むもの。もしくは下痢が止まずさむけがするものには附子を加え,また下痢しないで便秘するものには大黄を加える。
○脱肛 百疢一貫に男子の脱肛で時々糸のように出血し,卒倒して後で腹が痛むものに本方を用いてよくなったとある。
○歯痛がひどくて,水でも湯でもしみて痛むものによいということが鍼術秘要と古家方則にある。
○証治摘要 婦人が月経のさいやお産の前後に軽い頭痛のおきるときは本方に香附子散を兼用する。
○打撲,驚愕,急に力業をしたあとなどで,気の凝ったときは,さむけも熱もなく呼吸が促迫し,胸が痛むことが多い。腹診すると右胸脇より心胸中に攣急して痛むものである。これは水血凝結(体液や血液のめぐりわるい)した実証のものである。しかしこれは下痢の症ではないから,当帰芍薬散がよいということが古訓医伝にあるので参考にされたい。
○内科秘録 帯下,婦人が稀薄な帯下があって,いつも卵の白身のようなものを下し,ひどいときは下着を潤すほどにある。しかし臭気も痛みもない。種々と治療しても止まず,若い時は多いが年をとると減少する。また月経が終ると薄い水のような帯下があり,一生こういうことが続く者がある。このような水様の帯下のある人はほとんど不妊症で,これを白淫という。このようなときにはみな当帰芍薬散がよい。
○古家方則
 ①関節炎,膝関節が痛む人が,常に疝によって小腹(下腹)が攣急するとき。
 ②流産,常習性の流産には当芍散と人参湯煉丹を兼用するとよいと書いてある。
  ただし患者は当帰芍薬散だけで習慣性流産にしばしば効果を得ている。
  また冷え症で胃腸の弱い婦人に人参湯の合方がよいことも経験している。
 ③耳疾患,耳漏が多く,難聴気味のものによい。
  方中に猪苓を等分加えて,散とし食後酒で服用し,1日3回用いる。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
 本方は元来,婦人の腹痛に用いるべき方剤であるが,婦人に拘わらず,男子にもまた用いられる。即ちその目標とする処は,男女老若を問わず,貧血の傾向があり,腰脚が冷え易く,頭冒,頭重,小便頻数を訴え,時に目眩,肩凝り,耳鳴,動悸のある事がある。筋肉は一体に軟弱で女性的であり,疲労し易く,腹痛は下腹部に起り,腰部或は心下に波及することがあるが,腹痛がなくても本方を用いてよい。(中略)本方の運用は頗る広く,婦人妊娠中の諸種の障害を未然に防ぎ,産後の肥立をよくする効がある。また月経痛,及びその他の婦人科的諸疾患に応用する場合が多い。その他慢性腎炎,半身不随症,軽症の心臓弁膜症,脚気等にも用いられる。


漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
 (構成) 当帰,川芎は循環障害(血証)茯苓,白朮,沢瀉は水分代謝障害(水証),芍薬は補力の薬だから,この処方は血水証で,しかも虚証に行くものだと見当がつく。そのうち血証は下腹部に,水証は心下部に病変の主体がある。そして虚の状態において,水血が相互に関係しながら全身的な症状を呈してくるものである。
 運用 1. 虚証,貧血性,冷え性の人の神経症状を目標にする。
 疲労倦怠性で無気力,眩暈,耳鳴,肩の凝り,頭痛,頭重,心悸亢進,不眠症を訴える男子でも女子でもかまわない。この場合局所に拘泥せず全身的な体質を狙った方がよい。事実この処方は,ある意味では体質改善薬であり,その意味では病にかかるのを予防するともいえよう。なぜならそういう体質の素地の下に発病しやすい条件がえられるからである。当帰芍薬散証の人は熟練すれば一目で大体見当がつくもので,第一血色が悪い。決して赤ら顔ではない。それもただ貧血して色が生白いというのではなく,蒼味がかり,何となく黒味を帯びているような血色で,しかも色艶がない。艶々しいなどは有り得ない。そうしてやや乾燥気味でありながら水っぽいようなたるんだ肌である。つまり皮下に水気を帯びて,そのために血のめぐりが悪く,締りがなくてたるんでいるような肌をしている。冷え性であることは時候につり合わない厚着をしていたり,襟元をきつくし,あるいは時々襟を合わせるような仕草をしたり,夏でも足袋をはいていたり,冬は足袋カバーをしていたり,衣服をしっかり身につける風で,和服なら襟を見れば重ね着していることが直ぐ判り,春ならいつまでも冬仕度のままだし,秋なら早くも冬仕度という次第。冬なら手をこすったり,火鉢が置いてあればそれを抱えるようにして手をかざし,手をこすり合わせる。もちろん風に当ることを好まないから窓や襖を締め切りたがる。夏なら扇風機の当る所は好まない。虚証であることは何となく活気がなく,疲れたような眼,物腰,声も低くあるいは細く,ゆっくりと短く切って話す。時には反対に高い調子で早口に話すものもいるが,それは少ない。じっとしていてあまり身体を動かさない。時にはひとつの姿勢を長く保つことが出来ないで,しばしば姿勢を変えるが,その際何かにもたれるとか,腕や膝を組んでX線状を作るとかしたがる。前こごみで決して身体をそらすことはない。歩き方も物静かで足音も低く,歩幅もせまい。ドアーの開け方にもそれがあらわれる。およそこんなふうで当帰芍薬散だなとの第一印象を受けるが,しかし,それだけではまだ本当に確実とはいいかねる。次に訴えをきいているうちに,ますます確かにそうだとの判断が下せるようになる。その訴えは一言にしてつくせば,どこがどうということのないような訴えで,しかも訴える数が多く,こちらから引張り出していけば後から後から訴えが出てくる。だから普通の医師からは神経質だとあしらわれてしまうような結果にもなるが,よく考えてみるとぐあいの悪くないところからは訴えの出てくるはずがない。神経を起こす本がなければならぬ道理である。ただそれが身体的にどこという局所的な変化を他覚的に証明しがたいので,神経だと一蹴されてしまうに過ぎない。不定な訴えで全身的に亘っているものは全身的体質的に取扱うのが正しい。当帰芍薬散が神経質,神経衰弱,ヒステリー,卵巣機能不全,更年期などと称せられるものに多く使われる取以はは実はこの点に基づいている。その他前に挙げた眩暈,耳鳴以下の各症状を主訴とするものにも適用されることはいうまでもない。

 運用 2. 月経障害
 月経不順,月経困難,月経過多過少,経閉,帯下,子宮出血等および,それに伴う諸症状に使う。諸症状とは例えば腰痛,足腰の冷え,運用1の神経症状などである。

 運用 3. 貧血性,鬱血性の循環障害症状
 例えば痔,脱肛,凍傷,神経痛,リウマチ,流産癖,早期破水,子宮脱,不妊症,半身不随などに使う機会が相当にある。この際体質を考慮すべきはもちろんである。

 運用 4. 虚証の浮腫
 月経時の浮腫,腎臓疾患,妊娠腎での浮腫などその種類を問わず,循環障害に伴うものを体質的にみて此方を用いる。脉は沈弱で小便自利である。浮腫を転用して,湿疹等の皮膚病,虚証のじん麻疹に本方を使うことがある。又小便自利を転用して,夜尿症や前立腺肥大,萎縮腎等で,夜数回に及ぶものを治す。八味丸と区別を要するが,八味丸には口渇や下腹部の軟弱がある。

 運用 5. 下腹痛
 「婦人腹中諸疾痛」(金匱要略婦人雑病)
 「婦人懐妊,腹中★痛」(同書妊娠病)
 腹中とは腹の深部と解しておく。疾痛,★痛ともに急痛の義。病理的には局所性貧血と水分過剰によって起ると考えられる。急性に起こる場合ももちろんあるが,鈍痛が永く続いた場合にも本方を使ってよい。特に婦人としたのは,婦人は生殖器における循環障害を起こしやすいからだが,男子に用いてももちろん差支えない。

 運用 6. その他
 前述した症状を本にして運用すべき場合で,例えば心悸亢進,浮腫,或は眩により,心臓弁膜症に或は胃部拍水音により,胃アトニーを伴う胃症状に虚証のいぼに本方加薏苡仁(8.0)を,腹痛により慢性腹膜炎や胃痙攣に,全身状態及び神経症状を目標に肺結核に使う如くである。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 虚証の瘀血(血虚)と水毒による症状で,体質は陰虚証である。主訴は貧血と腹痛である。全体的に見て,貧血性で筋肉の緊張は弱く,痩せ型,色白で脈も沈んで弱く,腹壁は一般に軟かく,心下部に拍水音を証明することが多く,下腹部の抵抗や圧痛は一定しない。腹証奇覧では臍傍に拘攣するものがあって,これを圧迫すると腰や背にひびくのをもって本方の腹証としている。腹痛は下腹の深部に起こり,温かい手で按ずると軽快する。小便は近く多量で,ときには浮腫がある。訴えは全身倦怠,足冷感,頭重,眩暈,耳鳴り,肩こり,腰痛,心悸亢進等である。


〈漢方と漢薬〉 第2巻 第9
当帰芍薬散の運用について 大塚 敬節先生

 当帰芍薬散の金匱要略,婦人妊娠病編と婦人雑病編とに見え,桂枝茯苓丸と好に日常,予等の繁用する方剤である。
 妊娠病編では,婦人懐妊,腹中㽲痛,当帰芍薬散主之。
とあり,婦人雑病編では,
 婦人腹中諸疾痛,当帰芍薬散主之。
となっている。右の論によって,当帰芍薬散が,婦人の諸種の腹痛を治する所以を知り得るのであるが,此方の運用は唯それだけに止るだろうか。金匱要略に現れたる文字に拘々たる時は,本方の運用は極めて狭い範囲に限定せられてしまうのであるが,薬能の方面より帰納して得たる知識と,先輩の治験,口訣等より得たる暗示とを資料にして,再び金匱要略の章句を玩味してみると,此方剤が諸種の疾患に広く応用せられる所以を知り得るのである。
 さて此方は吉益南涯の得意の方で,盛んに諸病に活用し,その運用方面に於ては,南涯の発明が頗る多いが故に,先づ南涯は如何に当帰芍薬散を解説したか,その方面から筆を進めてみよう。南涯は方庸では,「当帰芍薬散。腹中の血滞り,気急不循の者を治す。其症に曰く腹中拘急,是れ血滞り気急なり,当帰建中湯は其症同じと雖ども其所以在少し異れり,当帰建中湯は下より迫る故に,脚攣急或は腰背に引きて痛むの症あり,此方の症は腹より起って胸背に迫る。故に胸背強痛して攣急腰痛なし」とあって,当帰建中湯と当帰芍薬散の腹痛とは,その位置が異なることを指摘している。また金匱要略釈義でも,これに類した説明があり,当帰芍薬は,肩背心下へ差込む傾向があり,心下には水気が滞り,虚里の動が亢ぶり,小便自利等があると云っている。ところで,南涯の続建珠録や成蹟録を見れば気付く様に,南涯は足の攣急する者にも当帰芍薬散を用いている。この場合は足の攣急を客証と診たものであろう。なお右の南涯の説を明瞭ならしめるためには,南涯の気水血薬徴や薬能考を見る必要がある。左に薬能考を引用する。
 当帰 血滞りて気循らざるを治す。曰く厥寒,日?痛,曰く刺痛なる者は血滞りて気循らざるの証なり。
 芍薬 血気急,循環する能はざる者を治す。曰く頭痛,曰く腹痛,曰く身疼痛,曰く急痛,曰く攣急,曰く悪寒,曰く下利なる者は,血気急,循環する能はざるの証なり。
 茯苓 血分に水気ある者を治す。曰く肉瞤筋惕,曰く四支聶々動く(気暢んと欲して行かず,水気を塞ぐなり)曰く,身重く振々揺をなす,曰く身瞤動,曰く臍下悸,曰く心下満,曰く頭眩なる者は,血分に水気あるの証なり。曰く悸,曰く動,曰く煩躁なる者は,水少きなり,曰く重,曰く満なる者は,水多きなり,水の多少に在るなり。  主として水気を逐ふ者なり。故に能く身煩疼或は心下満痛,或は心下満なる者は水気不循の証なり。若し気の不循劇ければ小便自利す,以って其気を逐へば則ち自利故に復す,気鬱結すれば則ち小便不利す,朮をもって之を逐へば則ち必ず効を得るなり。
 沢瀉 血気迫りて水を逐ふ者を治す。曰く眩,曰く渇なる者は血気迫るの証なり,曰く汗出で,曰く吐水,曰く小便不利或は反って多き者は水を逐ふの証なり。
 川芎 血気の上攻する者を治す。

 右の薬能を頭に入れておいて,南涯の治験を読むと了解が容易である。

 男女老若の如何を問わず,血色の勝れないこと,貧血の傾向があり,或は皮膚が土色であること,腰脚が冷え易いこと,冷えると頭が重く(殊に後頭部)何か物をかぶっている様で,天気のわるい時などは,それが特に著しいこと,冷えると小便頻数になること,時に眩暈や耳鳴があり,肩が凝ったり動悸がしたりする,また筋肉が一体に軟弱であること,疲労し易いこと,胃内停水を証明するが,食欲には変化の少ないこと,下腹部が拘急し,それが腰部にまで波及し或は心下部まで連ること,そして以上の諸症状が寒冷に遭へば,増悪すること等は,当帰芍薬散を用うる予の案であるが,腹痛のある時は,眩暈や頭冒を訴えることが少く,頭重や肩凝りを訴えるときは,腹痛を伴わない場合が多い。これは葛根湯証で下痢する場合は項背強急を訴えることがなく,項背強急のある時は,下痢を伴わないと同じ機転によるものであろう。
 右の案を持して,予は,脚気,慢性気管支炎,腎臓炎,妊娠腎,流産癖,早期破水癖,関節ロイマチス,神経痛,痔疾,諸種の下腹痛特に子宮及びその附属器に来る(炎症激しからずして)疼痛,涙嚢炎,陰性の眼充血(充血という言葉は穏当でないかも知れないが)慢性中耳炎,半身不随症等に用いて効を得た。その他,現代医学的には病名の附け様のない病人で,先に述べた如き症状を訴える者にも,此方は仲々効のあるものである。予が此の案を得るに至ったのは,湯本求真先生の口訣にヒントを得たものである。
 南涯の気血水薬徴や観証弁疑の説に多分の影響をうけたというよりは,寧ろ南涯の説を押し広めて徹底せしめたと,云った方が適当かと思われる。宇津木昆台は,当帰芍薬散条に於て,実に,此方は,活用広くして,神仙の伝方なること疑なしと云っている。左に古訓医伝の一節を引用して,知見を広める一助にしようと思う。

 古訓医伝 巻20
 ○婦人,懐妊,腹中★痛,当帰芍薬散主之。さて懐妊は,元より水血胞内に集りて,胎を養ふ者なれば,動もすれば,其水血和せずして,腹中★痛をなすなり,★痛とは,俗にうねうね痛と云これなり,字典に,★又作☆,音絞,説文に,腹中急也とあ責,広韵に,腹中急痛とあり,方書に穢気感触邪熱而発之病とあり,音樛ともあり,音惆ともありて,小痛なりと云り,これ多くは右の脇腹より,心胸に迫り,下は小腹に至るまで,水血和せずして痛む者なり,皆右の方を主として用ゆべし,同じ腹痛にても左りは柴胡のかかる者なり,真中は建中湯の痛なり,柴胡と,この当帰芍薬湯とは,上心胸までに及ぶなり,小建中湯は,腹中のみなり,又上に及ぶときは転変によりて,大建中湯か,又半夏瀉心湯のかかる者もあり,これ同じ腹痛にても,左右上下にて少しづつの差別あるを察すべし(大塚曰く,以上の如く疼痛の位置によって方剤が決定しているのではない。これは参考にすればよいと思う。)この方は,至て活用が多くして,一切の打撲驚動より,右の胸腹へさしこみ,心胸咽喉までも,迫りて痛み,息も留るように覚え,或は水血堅凝して,塊物を生じて,痛む等まで,ことごとく水血の凝結を解散して,痛をゆるめること、実に奇妙なり,若し水血の凝結の甚しき証には,人参を加え,又瘀血のある者には,大黄を加え,背部までも徹して凝る者には,葛根を加うべし,男女共に,水血の凝りを目当とし,右の方を主として用ゆべし,左の方には少しも効なし,(大塚曰く,予防昆台先生を尊信すること厚きも,本方が左側痛に効なしとの説には讃同いたし難し)三因方,腹痛下利治法の条に,この当帰芍薬散を挙たり,其文に曰,治妊娠,腹中絞痛,心下急満,及産後,血暈,内虚,気乏,崩中,久痢,常服通暢血脉,不生癰瘍,消痰養胃,明目,益津とあり,其方後に元和紀用経云,本六気経緯内,能袪風補労,養真陽退邪熱,緩中,安和心志,潤沢容色,散邪寒温瘴疫,安期先生,賜李小君,久餌之薬,后仲景増減,為婦人懐妊腹痛,本方,用芍薬四両沢瀉茯苓川芎各一両当帰白朮各二両亦可以蜜為丸服と云り,実にこの方は,活用広くして,神仙の伝方なること疑なし,余もこれまで一切腹痛に,水血の凝りたる証に用て,毎々功を得たり,散薬,丸薬にして用ふるよりは,煎湯の方大に功あり故に当帰芍薬湯と改む。

予は当帰芍薬散を湯として用ふる場合は,次の分量を大体の標準としている。
  当帰 川芎 各2.0 茯苓 朮 各5.0 沢瀉7.0 芍薬 6.0-12.0
  水三合五勺に清酒五勺を混じたる液に右六味を入れ煮て二合を取り1日3回服用。
 さて,予は順序として,ここに南涯の治験を掲ぐべきではあるが,その大半は既に,湯本求真先生著皇漢医学に引用されてあるから,徒に紙数を費すのを惜しみ,これる割愛し,これに代るに,先輩の簡単な口訣を少しばかり採録してみる。

 (1)荻野台州曰く,子嗽なる者は,胎気の生長に因り,水心下に停りて欬をなすなり,当帰芍薬散に宜し。
 (先哲医話)
 按ずるに,子嗽は今日の妊娠咳である。これと同じ意味のことが方輿輗にも出ている。

 (2)婦人妊身,便閉或は便遠の者必ず産重し,此方を用て可なり。(腹証奇覧)

 (3)下疳,腐爛痒痛,水血浸瀾の者,当帰芍薬散料之を主る。(長沙瘍方)

 (4)血風瘡,甚しき者,紅色,疼痒,脂水流れ,痂落ちざる者は当帰芍薬散料之を主る。(長沙瘍方)
    小林孤雲按ずるに血風瘡は,血水を追ふなり,形楊梅瘡の如く往来寒熱す,小なる者は赤小豆の如く大なる者は梅李の如し。


 (5)当帰芍薬湯,中風右身不遂,手足甚しからず,胸肋脇腹,拘急攣痛の者を治す。若し水血の凝結甚しき者は,烏頭一両を加ふ。肩背強急の者には葛根四両を加ふ。(風寒熱病方緯篇)

 (6)走馬牙疳にて歯齦潰爛する症にて,軽く,膿血なくあるいは虚損の者を治す,頣骨腐敗する者は,潰注と称す,此方にて大ひに効ある者なり。(鍼術秘要)

 (7)耳孔より臭膿を出し音声出て難きを治す,方内に猪苓を加へ或は散となし酒にて服すこと尤も妙なり。(鍼術秘要)

 (8)膝頭腫大にして疼痛し,其人常に少腹攣急する者,方内に附子を加ふ。(鍼術秘要)
    附子を加へずとも効あり。軽々に附子を加へてはならぬ。

以上で本稿を終るのであるが,当帰芍薬散が婦人妊娠病編と婦人雑病編とに出ているということを頭に入れ,婦人に拠って代表される一種の傾向,それば単に体質のみでなく,その日常の挙動より精神の方面までも,婦人的(この言葉は学問的ではないが,男性的に対立する一種の傾向)なることを目的とする時は,婦人でも本方を用ゆべからざる者あり,男子にも亦本方を用ゆべき者のあることを推知せられたい。吉益東洞が遂に一生,此方を用いずして世を去り,吉益南涯が益んに此方を活用したということは,二人の為人を知っている者にとっては,興味深いことである。

勿誤方函口訣>  浅田 宗伯先生 此の方は吉益南涯得意にて,諸病に活用す。其治験続建殊録に悉し,全体は婦人の腹中★痛を治するが本なれども,和血に利水を兼ねたる方故,建中湯の症に水気を兼ぬる者か,逍遙散の症に痛を帯る者か,何れも広く用ゆべし。華岡青洲は呉茱萸を加えて多く用いられたり。又胎動腹痛に此の方は★痛とあり,芎帰膠艾湯には只腹痛とありて,軽きに似たれども爾らず。此方は痛甚しくして大腹(上腹部)にあるなり。膠艾湯は小腹(下腹)にあって腰にかかる。故に早く治せざれば将に堕胎の兆となるなり,二湯の分を能く弁別して用ゆべし。


     当帰芍薬散の効く人が、長く病気をしている場合には、
     柴胡桂枝乾姜湯を加えるととても良く なることが多い。(益田総子)
     
     当帰芍薬散がよく効く人なら、むくむ時は半夏白朮天麻湯が効き、
     体調不良や微熱が長く続くなら、柴胡桂枝乾姜湯がよく効きます。
     カゼを引いたなら桂枝湯が効きますし、
     おなかの弱い人なら人参湯や小建中湯が効く場合が多いのです。(益田総子)


※肉瞤筋惕(にくじゅんきんてき):筋肉がぶるぶる震えること。筋肉がピクピクと動くこと
★:疒に巧のつくり
☆:疒+千

【添付文書等より】
効能
【ツムラ】
筋肉が一体に軟弱で疲労しやすく、腰脚の冷えやすいものの次の諸症。

  • 貧血、倦怠感、更年期障害(頭重、頭痛、めまい、肩こり等)、月経不順、月経困難、不妊症、動悸、慢性腎炎、妊娠中の諸病(浮腫、習慣性流産、痔、腹痛)、脚気、半身不随、心臓弁膜症。

【クラシエ・他 】
比較的体力が乏しく、冷え症で貧血の傾向があり、疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴える次の諸症。

  • 月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労けん怠、めまい、むくみ)、めまい、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ。

【コタロー】
貧血、冷え症で胃腸が弱く、眼の周辺に薄黒いクマドリが出て、疲れやすく、頭重、めまい、肩こり、動悸などがあって、排尿回数多く尿量減少し、咽喉がかわくもの、あるいは冷えて下腹部に圧痛を認めるか、または痛みがあるもの、あるいは凍傷にかかりやすいもの。

  • 心臓衰弱、腎臓病、貧血症、産前産後あるいは流産による貧血症、痔核、脱肛、つわり、月経不順、月経痛、更年期神経症、にきび、しみ、血圧異常。

【三和】
貧血、冷え症で顔色が悪く、頭重、めまい、肩こり、動悸、足腰の冷え等の不定愁訴があって、排尿回数が多くて尿量が少なく、下腹部が痛むものの次の諸症。

  • 貧血症、冷え症、婦人更年期症、不妊症、流産癖、妊娠腎、ネフロ―ゼ、月経不順、子宮内膜炎、血圧異常、痔脱肛、尋常性ざ瘡。

【ホノミ】
比較的体力が乏しく冷え症の次の諸症。

  • 貧血、月経不順、月経異常、更年期神経症、めまい、耳なり、ヒステリー、浮腫、つわり、妊娠腎、帯下、慢性腎炎、血圧異常、冷え症、腰痛、坐骨神経痛、各種婦人科系疾患の補助療法、産前・産後或は流産による障害時の疲労けん怠・回復促進、心臓衰弱、痔核、脱肛

【一般用】
体力虚弱で、冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴えるものの次の諸症:
  • 月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい・立ちくらみ、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ、耳鳴り


【副作用】
胃の不快感、食欲不振、吐き気、下痢
発疹、発赤、かゆみ
肝機能の異常