49 酸棗仁湯(さんそうにんとう) 別名 酸棗湯〔金匱要略〕
酸棗仁一五・〇 知母・川芎・ 各三・〇 茯苓五・〇 甘草一・〇
(酸棗仁は炒って半分ぐらいに減量してもよい)
水五〇〇ccをもって酸棗仁を煮て四〇〇ccとし、諸薬を入れ、再び煮て三〇〇ccとし、三回に分けて温服する。一般には同時に煎じて用いているが,論の指示に従うがよい。
〔応用〕体力が衰えて虚状を帯びている不眠症に用いる。反対に、虚労からくる嗜眠に用いてよいこともある。その他諸神経症に用いる。
すなわち、本方は不眠症・嗜眠症・神経衰弱・盗汗・健忘症・驚悸・心悸亢進症・眩暈・多夢・神経症等に応用される。
〔目標〕虚労病(疲労病)で、虚煩眠るを得ずというのが目標である。患者は体力が衰え、元気がなく、先も脈も虚状を呈し、胸中が苦しく、煩えて眠ることができないというものである。
しかし虚労の病で、かえって嗜眠の場合に用いてよいことがある。これは漢方薬が調整的に作用するからである。
〔方解〕主薬の酸棗仁には一種の神経の強壮鎮静薬としての作用がある。よく中を寧んじ気をおさむというのがそれである。元気が衰えて、胃内の停水が熱を帯び、上衝して心を攻め、煩えて眠れないという。この場合酸棗仁が主薬となり、知母と甘草は熱を清まして燥を潤す。すなわち滋潤強壮の作用となる。酸棗仁は中国や朝鮮から輸入されるサネブトナツメの種子で Betulin C30H50O2 その他を含んでいる。茯苓と川芎は気を行らし、停飲を除くものである。川芎には気の鬱を開いて、気分を明るくし、血行をよくして頭痛を治す効がある。茯苓は脾を益し、湿を除き、心を補い、水を行らし、魂を安んじ、神を養うといわれているが、強壮・利尿・鎮静の効があるものである。
これらの薬味の協力によって、陰陽の調和がとれ、不眠・嗜眠・虚煩等に有効的にはたらくものと解釈される。
〔主治〕
金匱要略(血痺虚労病)に、「虚労、虚煩眠ルヲ得ザルハ、酸棗仁湯之ヲ主ル」とある。
勿誤薬室方函口訣には、「此ノ方ハ心気ヲ和潤シテ、安眠セシムルノ策ナリ。同ジ眠リヲ得ザルニ三策アリ。若シ心下肝胆ノ部分ニ当リテ停飲アリ、之レガタメニ動悸シテ眠リヲ得ザルハ温胆湯ノ症ナリ。若シ胃中虚シ、客気(邪気のこと)膈ヲ動カシテ眠ルヲ得ザル者ハ甘草瀉心湯ノ症ナリ。若シ血気虚燥心火亢ブリテ眠ルヲ得ザル者ハ此ノ方ノ主ナリ。済生ノ帰脾湯ハ此ノ方ニ胚胎(もののはじまり)スルナリ。又千金酸棗仁湯ニ石膏ヲ伍ス者ハ、此ノ方ノ症ニシテ余熱アル者ニ用ユベシ」とある。
また古方薬嚢には、「平常ひよわき人、急に胸騒ぎして眠ること得ざるもの、本方の正証なり。つまらぬことなど気にかかりて眠れぬものにもよし。若し大いなる心配などありて眠れぬ者は本方にて治し難し」とある。
〔鑑別〕
○梔子豉湯59(不眠 『明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
26酸棗仁湯(金匱)
酸棗仁一五・〇 知母 川芎各三・〇 茯苓五・〇 甘草一・〇(二七・〇)
この方の運用は原典の条文“虚労虚煩眠るを得ず”に尽され仲いる。即ち
吉益東洞が本方を不眠とは逆の嗜眠症の治療に用いたのは有名な話であるが、気血水説では本方の薬能は血滞を除くことにあり、血滞って気めぐらんとして煩すれば不眠となり、血滞って気めぐるを止めるときは嗜眠となる。ともに原因の血滞を治せば不眠も嗜眠も共に癒えるのである。丁度八味丸が小便自利、不利を治すのと同じ理窟である。
水や血を亡失して煩する虚煩の反対は病邪が充満して煩する実煩で、実煩なら黄連解毒湯などのように胃部が痞硬するか腹部堅満などの充実の症がある。貧血性不眠症。
『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
酸棗仁湯(金匱)
酸棗仁:十五、知母・川芎:三、茯苓:五、甘草:一。
水五百mlで酸棗仁のみを煎じて四百mlとし、残りを入れて三百mlまで煮つめる。
(主証)
疲労からくる不眠又は、嗜眠。
(客証)
夢をよく見て熟眠感がない。
(考察)
炎症性充血、胸苦しい→梔子豉湯。
実熱(のぼせ)→三黄瀉心湯。
胸脇苦満、神経質→柴胡加竜骨牡蠣湯。
『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
101.酸棗仁湯(金匱)
酸棗仁8.0,知母,川芎各3.0,茯苓5.0,甘草1.0
〔目標〕 からだが弱って,煩躁して眠れないものである.
梧竹楼は,虚人,老人,長病人が夜目が冴えてねむれないものによいという.
類聚方広義には,ⅰ)諸病久しく癒えず,衰弱して身熱,ね汗,胸さわぎ,不眠,口乾,喘咳,大便軟らかく小便の出がわるく,水毒があり,ものの味が無いものに,本方に黄耆,麦門冬,乾姜,附子 などを選び加えて用い識とよい。ⅱ)また もの忘れして驚きやすく,胸さわぎする などの三症状は,本方に黄連,辰砂を選び加えるとよい.ⅲ)なお 出血多量で意識がぼんやりし,めまい,不眠、煩熱,盗汗,浮腫のあるものには,本方合当帰芍薬散がよい.ⅳ)東洞先生は昏々と眠って4,5日めがさめず,死んだようになっている病人に,本方を用いて速効を得たと書いてある.ただし 眠っている病人に,どのようにして服薬させたかは記していない.
〔参考〕 浅田宗伯は勿誤薬室方函口訣に,「本方は心気を和潤して安眠させる方である.同じ不眠の治療にも三つの方法がある.心下肝胆の部分に停水があって,そのため動悸して眠れないものは温胆湯がよい.また消化不良で眠れないのは甘草瀉心湯の証である.もし,血気虚躁して眠れないのは本方である.済生の帰脾湯は本方から出たものである」といっている.
ただし 実際には,本方の適応症はあまり多くない.
〔応用〕 不眠症,嗜眠症.
〔鑑別〕 湿胆湯の項 参照
《少陽病から太陰病.虚証》
気による精神症状 | 虚証 | 上焦の熱証・燥証 | 肺の水毒 | |
主証 | ◎不眠 ◎不安 ◎繊憂細慮 | ◎疲労倦怠 ◎衰憊 | ◎心中煩悶 | |
客証 | ◯頭痛 頭重 ◯健忘 目眩 心悸亢進 驚悸 多夢 嗜眠 | ◯顔色不良 ◯盗汗 貧血 | ◯身体枯燥 ◯口燥 煩躁 身熱 | 咳嗽 軽度の呼吸困難 |
不眠症、ノイローゼ、健忘症、嗜眠症、出血や貧血等に伴う神経衰弱、驚悸
B 虚証:疲労倦怠・衰憊等を目標にする場合。
疲労倦怠状態、盗汗
C 上焦の熱証・燥証:心中煩悶・身熱等を目標にする場合
身熱
【参考】*虚労、虚煩して眠るを得ざるは酸棗仁湯之を主る。
*此の方は心気を和潤して安眠せしむるの策なり。同じ眠るを得ざるに三策あり。若し心下肝胆の部分にあたりて停飲あり、これが為に動悸して眠るを得ざるは温胆湯の症なり。若し胃中虚し、客気膈に動じて眠るを得ざる者は甘草瀉心湯の症なり。若し血気虚燥、心下亢りて眠るを得ざる者は此の方の主なり。『済生』の帰脾湯は此の方に胚胎するなり。『千金』酸棗仁湯、石膏を伍する者は、此の方の症にして餘熱ある者に用ゆべし。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方は「虚労、虚煩、眠るを得ず」の状態に用いる精神強壮剤である。酸棗仁は催眠には炙ったものを使用し、覚醒には炙らず生のままで用いるとされる。
*本方で下痢することがあり、酸棗仁の油性成分によると考えられる。続服すれば下痢は止むが、生姜4.0gを加えても良い。
疲労して眠れぬ場合
疲れるとかえって眠れない人がある。また疲れが度を越すと眠れないことがある。眠れないから余計に疲れる。疲れるからますます眠れない。眠っても夢ばかりみている。
筆者はかかる患者に酸棗仁湯を用いて効顕を得ている。早ければ早いほど簡単に癒る。眠れない場合にも色々ある。例えば興奮して眠れないことがある。このような場合には酸棗仁湯は効がない。瀉心湯を用いなければならない。酸棗仁湯は疲れていくら眠ろうと努力しても眠れぬ時に用いる薬である。だから大病後心身が疲労して眠れない時、忙しい仕事が続いて心身の疲労が重なって眠れない時等に用いて良い。一種の神経の強壮薬であるから1日3回に服用しても、朝呑んだから眠くて仕事ができぬということはない。また翌朝睡眠から醒めた時の気分は頗る爽快で、また長期にわたって服用したからとて中毒や習慣になることはない。殊に面白く思うのは神経衰弱症に伴う盗汗が本剤で簡単に癒ることである。吉益東洞は1患者が昏々として睡眠より醒めないのに、この方を与えて治したといい、この薬方が単なる睡眠薬でない証拠として興味がある。 大塚敬節『生薬治療』11・8,9合併号
【症例】発熱後の不眠
40幾つかの婦人の方です。発病して5日目位に往診しました。発熱して39.5°Cで咳があり、幾分胸苦しく、右下葉にラッセル著しく濁音を呈していました。脈は浮で弱く、自汗があり、ぐったりとしていて、尿も少なく、口渇があるので、私は初め柴胡桂枝乾姜湯をあげたところ、2日分で熱は37°Cに下がりました。しかし3日目から譫語を発して何かの幻想に悩まされるようで、ほとんど一睡もできず、腹力なく、臍傍の動悸がありました。すなわちこれは不眠症によるものと思い柴胡加竜骨牡蠣湯と酸棗仁湯の合方で落ち着きました。
矢数道明『漢方と漢薬』8・6・51
・うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html