健康情報: 薏苡仁湯(よくいにんとう) の 効能・効果 と 副作用

2014年7月22日火曜日

薏苡仁湯(よくいにんとう) の 効能・効果 と 副作用

明解漢方処方 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.149
薏苡仁湯(よくいにんとう) (明医指掌)
 麻黄 当帰 朮各四・〇 薏苡仁八・〇 桂枝 芍薬各三・〇 甘草二・〇(二八・〇)

 麻杏薏甘湯のリウマチより一層深部に病邪があり、血分にも苦情を生じている者に用いる。なお桂芍知母湯証の変型リウマチで、附子剤不適のとき本方を代りに使用することもある。即ち当帰剤(当帰芍薬散、当帰拈痛湯)の一つである。慢性関節リウマチ。筋肉リウマチ。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.591 関節リウマチ・筋肉リウマチ・関節炎

143 薏苡仁湯(よくいにんとう) 〔明医指掌〕
     麻黄・当帰・白朮・各四・〇 薏苡仁一〇・〇 桂枝・芍薬 各三・〇 甘草二・〇

応用〕 関節リウマチの亜急性期および慢性期に入った場合に多く用いる。
 すなわち、本方は主として多発性関節リウマチ・漿液性関節炎によく用いられ、また結核性関節炎・筋肉リウマチや脚気等に応用される。

目標〕 亜急性期と慢性のものに用いることが多く、麻黄加朮湯、麻杏薏甘湯よりもやや重症で、これらの処方を用いても治らず、熱感・腫痛が去らず、慢性に移行せんとするのが目標である。外来を訪れる程度の亜急性のものによく効く。桂芍知母湯を用いる一歩手前ということろに用いてよい。

方解〕 本方は麻黄加朮湯と麻杏薏甘湯とを合方して杏仁を去り、当帰と芍薬を加えたものである。あるいは麻黄加朮湯の杏仁のかわりに当帰・薏苡仁・芍薬を加えたものである。
 表の水の動揺を治すのが麻黄加朮湯で、当帰・芍薬・薏苡仁は血燥を治すわけである。

主治
 明医指掌には、「手足ノ流注(多発性リウマチ)、疼痛、麻痺不仁、以テ屈伸シ難キヲ治ス」とあり、
 勿誤方函口訣には、「此方ハ麻黄加朮湯、麻黄杏仁薏苡甘草湯ノ一等重キ処ヘ用ユルナリ。其ノ他桂芍知母湯ノ症ニシテ附子ノ応ゼザル者ニ用イテ効アリ」とある。
鑑別
○麻黄加朮湯 137 (身痛関節痛・初期で軽症)
麻杏薏甘湯 140 (身痛関節痛・初期で軽症)
桂芍知母湯 32 (関節痛・慢性痼疾化し、強直甚だしく削痩)
○舒筋立安散 55 (関節痛・慢性症に用い、瘀血あり)

治例
(一) 関節リウマチ
 筋骨質のがっちりした体格の六〇歳の男子。約一年前から、四肢の関節に痛みを覚えるようになった。現在左右の膝関節が主として痛んでいるが、左の方の痛みが強い。数日前、左の膝関節に注射をしてもらったら、その部がひどく腫れて、かえって痛むようになった。たまに足の外くるぶしのあたりに痛みのくることがあるという。
 脈は浮いていて、緊張がよく、腹部の筋肉も弾力があり、腹直筋はやや緊張している。これに薏苡仁湯加桃仁・防已各三・〇を一五日分与えたが、これを飲んで一キロぐらい歩いたが少しも痛まず、ほとんど治った。
 (大塚敬節氏、漢方治療の実際)

(二) 漿液性関節炎とリウマチ
 三三歳の主婦。初診は昭和三九年三月である。約一年前に右の腓腸筋に疼痛が起こり、神経痛といわれ治療をうけた。項背部にいつも湿疹ができていて痒く、アレルギー性体質だといわれたことがある。
 その後一ヵ月ぐらいすると、右の膝関節が腫れて痛み、水がたまったので今回も水をとった。このときは単なる関節炎であるといわれた。すると二ヵ月後には左の膝関節が腫れてきて、ここからも水をとった。そのうちに左右の腕関節にも腫れと痛みが来るようになった。 多発性関節リウマチだということで、副腎皮質ホルモン剤を飲んだ。すると盆状に顔が腫れたばかりでなく、顔色が黒くなってきた。
 なかなかよくならないので、一二月に入院して加療に努めたが、思わしくなかったという。
 栄養は中等度で、顔色は腫れていて赤い。脈は浮でやや数、舌白苔がある。腹力は普通で、とくに圧痛や苦満も痞硬もない。
 そこで副腎皮質ホルモン剤を中止させ、薏苡仁湯を与えると、一〇日の服用で約三割ぐらい楽になったという。皮質ホルモン剤で痛みを止めていたものを中止させて漢方薬だけにすると、たいていは一時ものすごい痛みが起こり、症状が強くなるものであるが、この患者の場合は、中止しても反動持;起きずに、順調に好転し、一ヵ月目には八割方よくなったとよろこび、二ヵ月後には九割どおり治りましたと感謝され、前後六ヵ月の服薬で全治した。
(著者治験)

(三) リウマチ
 三六歳の婦人、独身の若務者。二ヵ月前より右拇指の関節から腫れと痛みが始まり、強直を起こし、それから全身の関節に波及した。この患者もいままで全身に湿疹が出ていて、アレルギー体質だといわれていた。副腎皮質ホルモンの治療をうけていたが、これ以上続けない方がよいといわれ、痛みを耐えているという。
 栄養は比較的よい方で、顔色も普通、脈は沈んでいる。舌苔はない。腹部は軟かで力はあり特記すべきものがない。現在は右拇指関節が腫れて強直を起こしているのと、疲れると全身の関節が痛みだすということで、勤務はがまんしながら続けている。
 この患者には薏苡仁湯を与えた。そして加工附子の末〇・五グラムを二回ずつ兼用させた。すると一〇日後には痛みを忘れ、一ヵ月後には拇指の強直が治って動くようになり、従来の主治医であった大学の医師は驚いて、何か薬をのんだかとたずねたので、漢方薬のことを話すと、自分もかねて漢方を研究してみたいと思っていたと、率直にその効果をほめてくれたという。ちょうど半年間続けて落治廃薬した。
(著者治験)

  (四) リウマチと下肢麻痺に与えて体質一変
 酒〇と〇という六〇歳の婦人。初診は昭和三九年六月九日であった。水ぶくれの肥満型で顔色は普通。半訴は二年前から両腰がガ決ガクになって力が抜け、立っているとシビレて足が棒のようになる。ツネってもわからない。便所へ行って立ち上がる時が大変な騒ぎである。階段や坂道の上下など、とても一人ではできない。駅の階段で必ず人手をかりることで有名になっていた。
 脈は弱く、血圧は一八〇ぐらい、心臓が肥大している。食思、便通は変わりがなく、腹部はひどく膨満している。
 薏苡仁湯を与えたが、これを二〇日分飲むと、二年間悩んでいた足のシビレ感や棒のようになるのが治り、膝に力がついてきた。さらに二〇日分のむと、駅の階段も一人で平気で上下できるようになって、近所の人や友人の間で大評判とな改aた。足をツネると感覚があるのに驚いた。血圧も一三〇~八〇となり、自由に歩くことができるようになった。
 半年間服用すると、いままで七〇キロもあり、太って困っていたのに五〇キロき痩せ、身体が軽く自由になった。
 婦人で水ぶくれの肥満体質で、足がシビレで棒ようになり、長く立っていられないというようなのには、防已黄耆湯がよく用いられる。あるいは八味丸や痿証方なども考えられる。しかし私は、薏苡仁湯を選んだ。
 薏苡仁湯は「明医指掌」の処方で、「手足の流注疼痛、麻痺不仁、以て屈伸し難きを治す」とあり、麻黄加朮湯と、麻杏薏甘湯とを合方して、杏仁を去り、当帰・芍薬を加えたもので、表水の動揺と血燥を治すものである。表水をよく消導して、この水ぶくれによって起こっていた諸症状が、すべてよくなった代表的症例である。
(著者治験)


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
薏苡仁湯(よくいにんとう) [明医指掌]

【方意】 水毒による関節筋肉の腫痛・関節水腫等のあるもの。時に軽度の熱証を伴う。
《少陽病,虚実中間からやや実証》
【自他覚症状の病態分類】

水毒 熱証

主証 ◎関節筋肉の腫痛




客証 ○関節水腫
 四肢のこわばり
 麻痺
 水肥り
 下身半沈重
 浮腫
 滲出液 鼻汁
 寒がり 手足冷
 局所の熱感




【脈候】 弦やや緊。

【舌候】 乾燥中間で白苔。

【腹候】 やや軟。


【病位・虚実】水毒が中心的な病態であるが、やや熱証を帯びる傾向があり陽証である。構成病態に表の寒証や裏の実証がなく、少陽病に相当する。脈力および腹力より虚実中間からやや実証である。
【構成生薬】 薏苡仁10.0 当帰4.0 蒼朮4.0 麻黄4.0 桂枝3.0 芍薬3.0 甘草2.0

【方解】 薏苡仁には利水・消炎作用があり水毒を主る。蒼朮も利水作用がある。麻黄は表証を治す上に、水毒より生じる関節痛を治す。以上の薏苡仁・蒼朮・麻黄の組合せは水毒から派生する関節筋肉腫瘍・関節水腫・麻痺・浮腫等を治療する。これに更に筋肉の異常緊張を主る芍薬が組合さって筋肉の疼痛に一層有効になっている。桂枝の解肌発表作用は有名であるが、本方では当帰と共に血行を改善し薏苡仁・蒼朮・麻黄の作用に協力する。甘草は構成生薬全体の作用を調和し補強する。


【方意の幅および応用】
 A1 水毒:関節筋肉の腫痛・関節水腫等を目標にする場合。
    関節リウマチ、結合織炎、筋炎、肩関節周囲炎、変形性膝関節症、漿液性関節炎。
  2 水毒:水肥り・浮腫・滲出液等を目標にする場合。
 
【参考】 *手足流注、疼痛、麻痺、不仁、以って屈伸し難きを治す。
*此の方は麻黄加朮・麻杏薏甘湯の一等重き処へ用いるなり。其の他桂芍知母湯の症にして附子の応ぜざる者に用いて効あり。
*此の方は関節リウマチの亜急性期及び慢性期に入りたる場合に多く用いられる。麻黄加朮湯・麻杏薏甘湯よりも重症にて、これ等の方を用いても治せず、熱、腫痛、荏苒として去らざるもの、又慢性となって桂芍知母湯の一歩手前のものに用いて良い。
『漢方後世要方解説』
*急性期の関節炎には麻黄加朮湯・麻杏薏甘湯を用い、これより進異して腫脹・熱感が完治せず、慢性期に移行しようとするものに本方を用いる。更に陳旧化し、寒証・虚証を現してものには桂枝芍薬知母湯が良い。
*一方、桂枝芍薬知母湯に似て附子の応じない者に本方が有効なことがある。本方意の疼痛は激しくはないが長期にわたり完治しにくい傾向がある。
*『医通』にいう、経に曰く、手屈して伸びざるもの、その病筋に在りと、薏苡仁湯之を主る。伸びて屈せざるもの、その病骨に在り、近効附子湯・十味剉散を選用す。
*本方の疼痛は夕方に増強する傾向がある。本方意には、或重或痛・挙体艱難・手足冷痛・腰腿沈重無力者とあり、防已黄耆湯との鑑別を必要とする。
*筋肉痛が主な場合は麻杏薏甘湯・薏苡仁湯。関節腫痛が主な場合は桂枝芍薬知母湯大防風湯

【症例】 変形性膝関節症
 56歳、男性。膝関節痛で久しい間治療したが、経過は思わしくない。治を漢方に求めて来院したのは約5ヵ月前である。右側の膝関節の疼痛のため、杖にすがっての来院である。関節は腫脹しているが、貯溜液は認められない。触れても熱感はない。脈にも異常は認められない。腹部は上部において、腹直筋の緊張があるが、小腹部においては抵抗はなく軟弱である。食事には変わりなく、二便も普通である。
 以上の病証により私は薏苡仁湯を処方した。しかしこれは誤診ではなかろうか。何となれば、腫脹があるが灼熱はない、もちろん貯溜液もない。主訴は疼痛のみだから或いは桂朮苓附の証ではなかったかとも考えた。
 しかし約1ヵ月後再来のときには腫脹は去り、疼痛も非常に快方になったので誤診ではなかったと思われる。そして同方を継続すべきかを考慮したが、今度こそは桂朮苓附湯が適中の証と診断し、これに薏苡仁を加味して1ヵ月分持ち帰らせた。1ヵ月後の3度目の来院のときには、他覚的の症状は全く認められない。歩行にもそんなに苦痛は感じられなくなった。来春の農繁期に備えるべく当分服薬するという。
高橋道史 『漢方の臨床』 11・3・29


『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』

薏苡仁湯(よくいにんとう) <出典> 明医指掌(明時代)

方剤構成
 麻黄 甘草 桂枝 当帰 芍薬 蒼朮 薏苡仁

方剤構成の意味
 麻黄湯から杏仁を除いて,当帰以下を加えたものである。
 麻黄湯は温性の発表剤であるが,これに蒼朮・薏苡仁という湿を除く薬物,芍薬という鎮痛薬,血液循環をよくする当帰が加えられて,やや慢性化して貧血傾向のあるリウマチ向きの方剤につくり上げられている。リウマチは漢方では風湿(ふうしつ)と言い,関節に水がたまって痛い病気とされているが,この方剤はまさに風湿の方剤である。小青竜湯の場合と同じく,ここでも潤性薬たる杏仁は除かれている。

適応
 多発性関節リウマチまたは筋肉リウマチ。ただし寒証で,汗かきでない,やや慢性化したもの。


『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊


薏苡仁湯(よくいにんとう)
 ツ、阪、カ、順、東、ト、サ、松、本、建
明医指掌(めいいししよう)

どんな人につかうか
 慢性、亜急性の関節リウマチによく用いるもので、四肢の関節や筋肉が腫れて熱をもち痛む(腫脹、熱感、疼痛)場合に用い、それほど重症でなく、体力のある人で麻杏薏甘湯(まきようよくかんとう)(203頁)などで治りにくい時に有効です。

目標となる症状
 ①四肢の関節、筋肉の疼痛、腫脹、熱感、しびれ、痛み、重だるさ、運動障害、軽い浮腫。②慢性あるいは亜急性のもの。③体力中等度。

 腹力中程度、その他不定
 滑。
 舌苔(ぜつたい)は白ないし白膩(はくじ)。


どんな病気に効くか(適応症) 
 関節痛筋肉痛。多発性関節リウマチ、漿液性(しようえきせい)関節炎、筋肉リウマチ、結核性関節炎、脚気(かつけ)、肩関節周囲炎(けんかんせつしゆういえん)、頚肩腕症候群、腰痛症、膝関節水腫、慢性関節炎。
この薬の処方 薏苡仁(よくいにん)8.00g。麻黄(まおう)、当帰(とうき)、朮(じゆつ)各4.0g。桂枝(けいし)、芍薬(しやくやく)各3.0g、甘草(かんぞう)2.0g。

この薬の使い方
前記処方(一日量)を煎(せん)じてのむ。
ツムラ薏苡仁湯(よくいにんとう)エキス顆粒(かりゅう)、成人一日7.5gを2~3回に分け、食前又は食間に服用する。
カネボウは6g、又は錠剤で18錠が一日量。順興15錠。

使い方のポイント・処方の解説
麻杏薏甘湯(まきようよくかんとう)よりやや重症で、熱感も腫痛もとれない時に本方を用います。
関節に水がたまって、腫脹、疼痛のある時期に用いてよいことがあります。
中医学の「湿痺(しつぴ)」の状態に使う処方で、水分の排泄障害で、組織に浮腫が生じ、これに伴って血行障害や筋肉の痙攣(けいれん)がおき、固定した痛みとしびれ、重だるさがある状態と考えます。
薏苡仁(よくいにん)は組織の浮腫を利尿作用でとり、筋の痙攣(けいれん)を治し(利水除痺(りすいじよひ))、朮(じゆつ)も袪風湿(きよふうしつ)の作用があり、ほぼ同様で、両者共体力補強効果がある。桂枝(けいし)麻黄(まおう)は発汗、血行促進、利尿。当帰(とうき)芍薬(しゃくやく)は滋養強壮(じようきようそう)作用。芍薬(しやくやく)甘草(かんぞう)は筋痙攣(けいれん)を緩解(かんかい)し、全体として「通陽利水(つうようりすい)、活血止痙(かつけつしけい)」の効果があります。



『重要処方解説Ⅰ』 
薏苡仁湯(よくいにんとう) 日本東洋医学会/理事 菊谷豊彦
 
  薏苡仁湯(ヨクイニントウ )といわれる処方には,『明医指掌』と『外科正宗』の二つのものがあります。ここでは『明医指掌』の薏苡仁湯について述べます。処方内容を申しますと,本方は麻黄(マオウ),当帰(トウキ),朮(ジュツ),薏苡仁(ヨクイニン),桂枝(ケイシ),芍薬(シャクヤク),甘草(カンゾウ)の7種類の組み合わせです。

構成生薬の薬能
 麻黄は発汗剤とされ,頭痛,発熱,鎮咳,身体疼痛,関節痛,筋肉痛に用いられます。麻黄の成分であるエフェドリンは交感神経興奮作用を示します。麻黄は本方においては桂枝と組んで発汗作用を示します。また本方においては主として鎮痛作用により,関節の痛み,筋肉の痛みを鎮めます。
 薏苡仁はハトムギの種子で,排膿,利尿,鎮痛の作用があります。当帰はセリ科トウキの根で,血液循環の改善,鎮痛,補血,強壮作用などがあります。芍薬は,ボタン科シャクヤクの根で,収斂,緩和,鎮痛,鎮痙の作用があります。芍薬は,平滑筋と横紋筋の両者に作用して鎮痙,鎮痛の作用をあげます。朮はキク科,オケラの根で,水分代謝の不全に対して利尿作用があります。ほかに健胃作用もあります。桂枝はクスノキ科のCinnamomum Cassiaの幹または枝の皮で,発汗,解熱,鎮痛作用があります。大棗はクロウメモドキ科のナツメの果実で,緩和,強壮,利尿作用があります。生姜はショウガ科ショウガの根茎で,健胃,矯味の作用があります。

■証
 証の概略について述べます。原典の『明医指掌』には「手足の流注(関節リウマチの意味),疼痛,麻痺不仁,以テ屈伸シ難キヲ治ス」とあります。今述べましたように流注は慢性関節リウマチの意味でありますが,現代のような厳密な意味での慢性関節リウマチではなく,幅広く意味がとられ,リウマチ性疾患を意味するものと思われます。したがって本方は慢性関節リウマチ,筋肉リウマチ,結合織炎,関節炎一般,筋肉炎一般等に用いられるのであります。
 本方には麻黄が含まれております。麻黄剤一般の使用方法として,ある程度以上の胃腸が丈夫であること,実証であることが必要条件であります。薏苡仁湯において, 当然,あまりの虚証,あるいは胃腸虚弱者は適明ではありません。
 また本方は附子剤ではないので,極端な陰証のものには用いられません。したがって実証,陽証,胃腸が丈夫であるというような傾向のものの方が適しております。
 使用目標は,全体として実証,陽証,胃腸が丈夫であるというものの関節の疼痛と腫脹,筋肉の疼痛と腫脹を持つものということになります。

■応用疾患
 応用としては,(1)慢性関節リウマチ:前述のようにあまり虚証,陰証でない場合で,しかも関節炎症状が比較的軽いもの,とくに発病初期と限らず,発病後数年経過していてもよいのであります。急性期のもの,発熱,関節腫脹,疼痛,熱感,発赤などが強いものには十分な効果はあがりにくいのであります。
 関節リウマチは漢方的には水毒と考えられております。たとえばmorning stiffness, すなわち朝のこわばり感,顔面浮腫,関節の腫れ,関節水腫などはその現われであります。これらに対して,薏苡仁湯に含まれる薏苡仁,朮は利尿作用により,麻黄は,桂枝とともに発汗作用により水分代謝の調節をはかると考えられます。
 芍薬,当帰は,血液の循環を改善すると考えられます。一般に慢性関節リウマチでは冷え症の場合が多いので,当帰,芍薬は血流改善によって保温作用が期待されます。
 浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤方函口訣(ふつごほうかんくけつ)』によりますと「此ノ方(薏苡仁湯)ハ 麻黄加朮湯(マオウカジュツトウ),麻黄杏仁薏苡甘草湯(マオウキョウニンヨクイカンゾウトウ)の一等重キ処ヘ用フルナリ。其ノ他桂芍知母湯(ケイシャクチモトウ)ノ証ニシテ附子ノ応ゼラル者ニ用ヒテ効アリ」といわれています。
 麻黄加朮湯,麻黄杏仁薏苡甘草湯(麻杏薏甘湯(マキョウヨクカントウ))の両者は,比較的軽症の関節リウマチの症状に用いられます。
 桂芍知母湯は『金匱要略』の歴節病(れきせつびょう)に出ている処方であります。「諸肢節疼痛,身体おう羸(痩せる)脚腫脱スル如ク,頭眩,短気,温々(うんうん)吐セント欲スルモノ,桂芍知母湯之ヲ主ル」といわれております。眩暈(目がくらむ),呼吸が乱れ,吐き気を催すというようなのは,疼痛による反射現象と考えられます。桂芍知母湯は附子剤であり,漢方医学上,陰証,虚証に用いられます。『勿誤方函』では,桂芍知母湯の証で附子の効かない場合に薏苡仁湯が用いられると述べてあります。附子剤に反応しにくいリウマチがあることも事実であります。
 ちなみに慢性関節リウマチは『金匱要略』では歴節といわれ,唐代においては白虎病(びゃっこびょう),宋代においては白虎歴節風(びゃっこれきせつふう),あるいは痛風(つうふう),元代以後は痛風といわれました。もちろん現代の痛風とは意味が違っております。また膝関節の慢性となったものは鶴膝風(かくしつふう)とも呼ばれます。もちろん当時の病名は現在のような十分な病因的な検索が行なわれておりませんので,慢性関節リウマチ以外に,結核性の関節炎なども含まれていたものでありましょう。
 私は慢性関節リウマチの治療において,急性期の関節炎症状がなく,症状が比較的軽微で,class,stage ともあまり進行していない症例においては,桂枝加朮附湯,桂枝二越婢一湯加苓朮附(ケイシニエッピイチトウカリョウジュツブ),薏苡仁湯の3者から湯液を選択することが多いのであります。3者とも慢性関節リウマチに用いられるのでありますが,とくに一番虚証,陰証のものに桂枝加朮附湯(ケイシカジュツブトウ),次に桂枝二越婢一湯加苓朮附,その次に薏苡仁湯の順序に選んでおります。各々の湯液の選び方は必ずしも明快にはいかず,時に迷うこともありますが,脈証,腹証,全身的な症候などを参考にして決定しております。
 漢方の治療の原則は,2者のいずれを選ぶか迷った時には,虚証と考えて処方を選んだ方が間違いがありません。明らかな陽証,実証では,前々回にお話しいたしました越婢加朮湯(エッピカジュツトウ)が選ばれることもあります。しかし慢性関節リウマチでは,9割以上の症例が虚証,陰証であると考えられます。
 (2) 筋肉リウマチ,結合織炎,回帰性リウマチ:これらの疾患に対しては,決定的な治療法がまだないというのが実状でありましょう。このような場合にも薏苡仁湯は適応致します。ひどい虚証,陰証でないことがその使用法の条件となりましょう。このような病態では通常激烈な症状がありません。薏苡仁湯は軽症で慢性的経過をとる場合がよい適応であります。
 (3) 関節炎はSLE,PNなど膠原病に合併しやすいのですが,このような疾患以外にベーチェット病,白血病,血友病などの血液疾患,外傷,結核などにおいてもしばしば併発いたします。このような場合においても薏苡仁湯は適応となり得ます。
 (4) 変形性関節症:周知のように,本症では老人性変化が主役をなしており,一般的には鎮痛剤を服用するしか治療の方法はありません。この際薏苡仁湯では使用価値があります。日本人に多い変形性膝関節症を始めとして,変形性股関節症,変形性腰椎症にも用いることができます。もちろん薏苡仁湯の使用意義は,疼痛,浮腫,関節腫脹などの症状の緩解に限られます。
 典型的な脚気は最近ほとんど見られませんが,脚気様症候群は春から夏にかけては時々見られます。このような場合にはビタミンB1は第一選択として用いられますが,薏苡仁湯を併用いたしますと症状の緩解に役立つことがあります。
 関節リウマチの治療において,軽症の場合は漢方のみでは治療はなかなか困難であります。もしたとえ一時的に上手に治療し得ても必ず再発があります。私は漢方薬とともに金療法を行なっております。慢性炎症を鎮めるためには,金療法はどうしても必要と考えております。もちろん肝障害,腎障害,造血器障害などのあるリウマチ患者には,金のような重金属の注射は禁忌であります。このような肝障害,腎障害などのあるリウマチ患者では,西洋医学的な鎮痛,抗炎症剤が使用されております。一般的に申しますと,今まで述べてきましたように,越婢加朮湯桂枝加朮附湯,薏苡仁湯の鎮痛作用は比較的弱いのであります。副腎皮質ホルモン,フェニールフタゾン,インドメサシンなどの鎮痛作用には遠く及ばないといってよいでしょう。
 漢方薬の長所は,体質療法的に陰,陽,虚,実,水毒,血証などに注目して,強壮作用,利尿作用,鎮痛作用などが総合化されている点であります。もし漢方薬を服用して胃腸障害を起こすようでありますならば,それは誤治であります。これは医師側の過失といってもよいのであります。したがって患者の体質をよく見きわめた上で薬を用いますと,胃腸を損うことなく漢方治療が行なわれます。その結果,リウマチの悪化因子が取り除かれるわけであります。

■症例
 第1の症例は64才の女性であります。昭和51年に某大学付属病院において,脳腫瘍のため手術が行なわれております。術後,尿崩症と視神経萎縮を併発し,さらに昭和48年ごろ認められたりうまち症状が悪化しました。両側の手の関節の腫脹,近位指節関節の紡錘腫脹,手のこわばり等が出現しております。CRPは陰性,RAテストは陰性,関節レ線上は異常ありません。脈は東洋医学的に平,比較的実証,陰陽の中間証,腹部は比較的実です。薏苡仁湯をエキス剤として6g分罠食前に服用せしめました。昭和52年4月より治療を開始しております。これ以外に金療法も開始しております。金療法の金が十分治療量に達する前に関節症状が緩解したところから,薏苡仁湯の効果であろうと推察されました。本例ではほかに鎮痛剤は服用しておりません。
 第2例は40才の女性で,主訴は手のこわばり感と筋肉痛であります。東洋医学的には腹部,脈に著変はありません。関節痛は遠位の指節関節にわずかにあるのみです。本例に薏苡仁湯1日9gを服用させまして23週投与しております。ほかに金療法も行なっておりますので効果は断言できませんが,薏苡仁湯投与以来筋肉痛と手のこわばりは軽快に向かっております。なお本例はCRP(-),stage Ⅰ,class 1 であります。
 第3例は39才の女性であります。対称的に近位指節関節痛があります。ほかに両手の関節,両膝の痛みがあります。腫脹と熱感はありません。軽い朝のこわばり感があります。CRP(-),RAテスト陽性,血沈25mm,本例は昭和45年1月28日から薏苡仁湯1日6gを投与し,金療法も併用しております。関節の痛みは,肘,肩にも出現しております。本例にも金療法を施行しておりますので断言できませんが,金療法が十分行なわれている前から関節痛が全般に軽減しております。本例では東洋医学的には脈と腹部に著変はありません。45年11月まで治療を続け,関節痛,朝のこわばりはほとんど消失しております。
 第4例は45才の女性で,class 1,stage Ⅰのpassible RA です。昭和45年1月より疲労感が強く,寝汗,膝関節の運動痛を感ずるようになりました。45年4月15日初診,朝のこわばり感と顔面の浮腫感も見られました。膝関節痛はありましたが腫桟と熱感は見られませんでした。金療法を開始しております。CRP(-),RAテスト(-),血沈値1時間15mm。東洋医学的には脈は沈,弱,腹証にては小腹不仁の傾向と正中芯が認められました。また冷え症でもありました。当初薏苡仁湯1日6gを投与して経過を見るうち,関節痛と朝のこわばり感は消失しました。45年10月より附子理中湯(ブシリチュウトウ)に変えた結果,冷えと,当時認められた胃腸障害は消失しました。

■鑑別処方
 (1) 麻黄加朮湯(マオウカジュツトウ)は関節痛,筋肉痛があり,表熱,表実,浮腫,小便不利を治します。麻黄湯の証で小便不利する場合に用いられます。
 (2) 越婢加朮湯(エッピカジュツトウ)は,麻黄加朮湯とは汗が出るか出ないか,口渇の有無によって使いわけられます。越婢加朮湯は自汗,口渇が認められます。
 (3) 麻杏薏甘湯(マキョウヨクカントウ)は,身体痛,関節痛があって,初期で軽症に用いられます。
 (4) 桂枝加朮附湯(ケイシカジュツブトウ)は関節痛,筋肉痛があって脈は虚しています。陰証,虚証に用いられます。
 (5) 桂枝二越婢一湯加苓朮は,繰り返し述べますように,桂枝加朮附湯と薏苡仁湯の中間症に用いられます。
 (6) 桂芍知母湯(ケイシャクチモトウ)は慢性痼疾化したもの,特にclass,stageともに3,4と進行したものに用いられることが多いのであります。
 (7) 大防風湯(ダイボウフウトウ)桂芍知母湯と同じく慢性に経過したもので,虚証となり,血虚,すなわち貧血傾向の証を呈しているものに用いられます。本方は補血強壮を主とした四物湯(シモツトウ)を基本にしています。さらに種々の鎮痛強壮剤が有合されています。
 (8) 防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)は表虚,水毒が基本であるので薏苡仁湯と違っております。


『■重要処方解説Ⅱ(49)』
薏苡仁湯(よくいにんとう)
東京都立府中病院整形外科医長 関 直樹

■出典
 本日は薏苡仁湯(ヨクイニントウ)についてお話し申し上げます。薏苡仁湯の出典は『明医指掌(みんいししょう)』であります。もっとも,同じ薏苡仁湯にも『外科正宗(げかせいしゅう)』の薏苡仁湯や,一貫堂の薏苡仁散などもありますが,これらの内容は『明医指掌』のものとはまったく違います。また,今日ではほとんど用いられていない処方かと思います。したがいまして,現在では薏苡仁湯と申しますと,『明医指掌』のものを指すのが一般的であります。

■構成生薬・薬能薬理
 薏苡仁湯の構成は,薏苡仁(ヨクイニン)8g,蒼朮(ソウジュツ)4g,当帰(トウキ)4g,麻黄(マオウ)4g,桂皮(ケイヒ)3g,芍薬(シャクヤク)3g,甘草(カンゾウ)2gの7種類の生薬から成り立っております。次にそれぞれの生薬について簡単に解説いたします。
 薏苡仁はイネ科のハトムギの種でありまして,主要成分は,澱粉,蛋白質のほか,えぐ味成分,トリテルペノイド,油脂類などであります。動物を用いた実験的薬理作用は,解熱作用や,痙攣抑制作用など中枢抑制作用,筋弛緩作用,抗腫瘍作用などがあるようです。漢方における薬効すなわち薬能は,利尿,排膿,消炎,鎮痛,滋養などといわれております。また,昔からいぼ取りの特効薬として用いられたり,現在では健康食品として用いられておりますことは,よく知られているところであります。
 次の蒼朮はキク科のホソバオケラなどの根であります。β-eudesmol および hinesol などの精油が主成分に含まれておりますが,薬理作用として,抗消化性潰瘍作用,利胆作用,血糖降下作用,電解質代謝促挿作用,抗菌作用などが,動物を用いた実験で証明されております。薬能は,水毒を逐う,すなわち頻尿や多尿,反対に尿の出にくいもの,そういう状態を改善させたり,咳や嘔吐や下痢,こういうものにも用いられます。また,薏苡仁湯に限らず,疼痛性疾患に用いられる処方には,よく蒼朮が入っていることを考えますと,痛みに対しても何らかの効果があると思われます。
 当帰はセリ科の植物で,根を用います。 精油や脂肪酸などが含まれており,中枢抑制作用,鎮痛作用,解熱作用,筋弛緩作用,血圧降下・末梢血管拡張作用,抗炎症作用など多方面から,その薬理作用が研究されております。薬能としては,血液の停滞を改善し,さらに血液を補い痛みをとる,などの働きがあると考えられております。
 麻黄はマオウ科の植物で,ephedrineを含むアルカロイドが主要成分であることはよく知られております。薬理作用は中枢興奮作用,交感神経興奮作用,鎮咳作用,発汗作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用などであります。薬能は,呼吸困難,咳嗽,浮腫を改善し,関節や身体の痛みを和らげる働きがあるといわれております。
 桂皮は,クスノキ科の高木,桂(カツラ)の枝の皮であります。 現在までにわかっております桂皮の主要成分は,cinamic aldehyde のような精油でありますとか,ジテルペノイド,糖質,タンニンなどであります。これらの薬理作用として,解熱作用,鎮静・鎮痙作用,末梢血管拡張作用,抗血栓作用,抗炎症・抗アレルギー作用などが,動物実験で確認されております。薬能は,頭痛,発熱,悪風,汗が出て体が出て体が痛む,こういうものを治す作用があるといわれております。
 次に芍薬ですが,これはボタン科の植物で,根を薬用に用います。芍薬の主要成分は,モノテルペン配糖体やpaeonolueとその配糖体で,実験薬理学的には,鎮静・鎮痙・鎮痛作用,末梢血管拡張作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用,免疫賦活作用,胃腸運動促進作用,抗胃潰瘍作用,抗菌作用などが,モルモット,イヌ,ラット,マウスなどで確かめられております。薬能としましては,筋肉が硬くなってひくつれるものを治したり,また腹痛,頭痛,知覚麻痺,疼痛,腹部膨満,咳きこむもの,下痢,化膿性のできものなどを治すと考えられております。
 最後の甘草はマメ科の植物で,根を用います。有名なglycyrrhizin などのサポニンが甘草の主要成分で,鎮静・鎮痙作用,鎮咳作用,抗消化性潰瘍作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用などが認められており,薬理学的研究が最も進んでいる生薬の1つであります。腹部の拘攣,疼痛などの急迫症状や,手足の冷え,煩悶して落ち着かないもの,体の下から上の方に突き上げてくるような症状など,さまざまな急迫症状を治す薬能があると考えられております。

■古典・現代における用い方
 さて,この薏苡仁湯の出典である『明医指掌』には「手足の流注(るちゅう),疼痛,麻痺不仁。以て屈伸し難きを治す」とあります。ルチュウはリュウチュウともいいます。これは現代医学においても流注腫瘍という言葉があるように,カリエスの際の寒性膿瘍のことを指しますが,昔も確かに同じような意味に使っていたと思われます。しかし,この場合は,これとは違う意味で,関節リウマチのような疾患をいったのだと解釈されます。リウマチの語源がギリシア時代の医学の液体病理学説の発想に基づく「流れる」という意味であることを考え合わせますと,東西の発想に共通するものがあり,興香をそそられます。
 いずれにしましても,『明医指掌』の条文にもありますように,薏苡仁湯を用いる適応疾患としましては,慢性関節リウマチを含む関節痛疾患,あるいは手足の痛みなどでありましょう。
 さて,リウマチに関して専門外の方も多数おられると思われますので,ここでリウマチについて,若干の説明をしておきます。
 リウマチという言葉は大変おおざっぱな概念でありまして,本当の慢性関節リウマチはもちろんのこと,膠原病,変形性関節症,腰痛など四肢・体幹など支持組織の疾患を,十把一からげにリウマチといっております。これが広い意味のリウマチであります。
 しかし,これではあまりに漠然としすぎていますし,また患者さんに説明するにも誤解を与えかねませんので,私どもはなるべく狭い意味でのリウマチ,すなわち慢性関節リウマチに限定して,リウマチというべきだろうと考えます。
 ところで,慢性関節リウマチ,以後RAと申し上げますが,RAの診断,特に初期の場合の診断についてでありますが,これが簡単なようで,やや難しいのであります。と申しますのも,血液などの臨床検査のみで必ずしも診断が下せないからであります。具体的に申しますと,血液検査でRAテストが(+)だからといって,必ずしもRAとはいえないのであります。では,何に基づいてRAと診断するかと申しますと,それはアメリカ・リウマチ協会の定めた診断規準を用い識のが一般的であります。それには次の11項目を指標にします。
 ①朝のこわばり
 ②少なくとも1つの関節の運動痛または圧痛
 ③少なくとも1つの関節の腫脹
 ④少なくとももう1つの関節症状,すなわち多発性疾患であること
 ⑤左右対称性罹患
これらのことは少なくとも6週長続いていることが必要です。
 ⑥皮下結節またはリウマチ結節
 ⑦X線で特有の変化
 ⑧リウマトイド因子の証明
 ⑨滑液のムチン沈降試験
 ⑩滑膜の病理組織所見
 ⑪リウマチ結節i英茶密織所見
 以上11項目のうち,7項目以上該当すれば典型的RA,5~6項目以上の場合確実なRA,3~4項目のとき多分RAなどと診断するわけです。しかもSLEとか,リウマチ熱とか,痛風などの疾患ではないということ果念頭におかなければなりません。
 なお,1987年にアメリカ・リウマチ協会の診断基準が多少変わりまして,もう少し日常臨床に即したものになりました。わが国でも新基準を使用する方向で検討されております。ご参考までに末尾に掲げておきます。
 また,RAにもいろいろなタイプの経過があり,大きくは3つのタイプに分けられます。1つは単周期型で,これは一定期間の炎症を過ぎると,その後は炎症が収まってしまうもので,第2の型は多周期型で,炎症の活動と寛解を繰り返すもの,第3は進行性タイプで,いろいろな治療にもかかわらず徐々に悪化し,重度の肢体障害をきたすものという3つの型があり,それぞれ35%,50%,15%といわれております。このことは,薬効の検定の際に留意すべきことと思われます。なぜならば,自然経過で寛解するものがあるからであります。その他,まれではありますが,肺臓炎,心筋炎などの重要臓器の病変を主とし,生命に対する予後の著しく悪いRAがありまして,これを悪性関節リウマチといいます。また,回帰性リウマチといって,あちこちの関節や関節周囲に急性の発作性の炎症が出現し,これを年余にわたり繰り返すものの,発作と発作の間はほとんど何の症状もないリウマチがあります。
 RAの原因は,免疫異常,すなわち自己免疫疾患であろうということはおおむね認められているところですが,その免疫系を狂わせる最初のものが何かということになりますと,ウイルス感染,遺伝的素因などいろいろのファクターが考えられておりますが,まだまだよくわかっていないのが実状です。
 現代医学の治療法は,根本的なものは残念ながらまだありません。非ステロイド系の鎮痛消炎剤,金療法,D-ペニシラミンなどの免疫調節剤などいろいろありますが,いずれも抜本的なものとはいえないようです。しかも,薬効が強力な反面,副作用も無視できません。
 さて,そこで期待されて登場したのが漢方薬ということになります。とはいっても,現代医学で難しい疾患は,漢方薬でも難しいといわざるを得ません。しかし,漢方薬を基本に使い,それのみではどうしても痛みや炎症をコントロールできない場合に,最小限の西洋薬を併用して,何とかRAをコントロールできれば,漢方薬の存在意義は確かにあるといってもよいでしょう。ごく初期のRAや,活動性の少ないRAの場合には,漢方薬のみでも十分効果的なことがあります。
 いずれにいたしましても,この薏苡仁湯は,比較的軽度なRAや初期のRAまたはRA以外の関節痛疾患などに用いられます。先に述べましたように,麻黄が入っておりますので,どちらかというと実証の方で,胃腸の弱くない人に用いる処方であります。と申しますのも,漢方薬な考えでは,麻黄は病邪を発汗などというかたちで,無理やり追い出そうという薬ですので,それなりの体力があることが必要とされていると考えられるからです。
 次に,薏苡仁湯と鑑別すべき処方を述べてみましょう。
 関節痛疾患に使われる処方としては,桂枝二越婢一湯(ケイシニエッピイチトウ),桂枝二越婢一湯加朮附(ケイシニエッピイチトウカジュツブ),越婢加朮湯(エッピカジュツトウ)麻杏薏甘湯(マキョウヨクカントウ)桂枝加朮附湯(ケイシカジュツブトウ)防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)桂枝芍薬知母湯(ケイシシャクヤクチモトウ)大防風湯(ダイボウフウトウ)二朮湯(ニジュツトウ)などがあります。薏苡仁湯は後世方ですので,『傷寒論』『金匱要略』などの古方と同じ次元で比較することは,やや難しいと思いますが,以下に鑑別点を述べてみます。
 桂枝二越婢一湯は,桂枝湯(ケイシトウ)と越婢加朮湯の各エキスを2:1に混ぜますとそれに近い処方になりますが,石膏(セッコウ)が入っていることを考えますと,薏苡仁湯に比べ,やや体力がまさり,しかも熱証を帯びたものに用いられます。しかし,必ずしもそうクリアカットに分けられるものではありませんし,またその必要もないかもしれません。ある程度,使う側の好みということもあるでしょう。
 局所的には熱感があって薏苡仁湯の適応と考えられる方が,全身的には冷えがある場合には,薏苡仁湯に附子(ブシ)を加味するとよいでしょう。あるいは桂枝二越婢一湯加朮附もよいと思います。この場合には,桂枝加朮附湯エキスと越婢加朮湯エキスを2:1に合方するわけです。
 越婢加朮湯は,麻黄・石膏剤の代表的な処方で,かなりの実証で,関節の炎症所見も非常に活動的に者に適応します。
 麻杏薏甘湯は,古方で,薏苡仁湯とは麻黄,薏苡仁,甘草が共通します。冷えるところで仕事をしたり,たくさん汗をかいたりして節々が痛くなり,特に夕刻に痛みが強くなるような疾患によいと,先哲は教えています。また,浅田宗伯(あさだそうはく)は『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』に「麻杏薏甘湯の症状が一段と強いものに薏苡仁湯がよい」と記しております。
 桂枝加朮附湯は,麻黄剤が使えないような虚証で,しかも附子剤ですので,当然冷えがあるような陰証の方の薬です。関節炎の急性期にはあまり用い現れません。発赤や熱感がある急性期の関節炎は陽証と判断されるからです。したがって,もっぱら慢性的な関節炎や関節周囲炎または変形性関節症などに用いられます。
 防已黄耆湯は,疲れやすく,汗が多くて尿量は少なく,下腿に浮腫を認めるような,虚証の水毒体質の方に適応します。
 二朮湯も似たような体質の人に用いられますが,さらに消化機能を高めるような処方構成になっております。もともとは肩の痛みに作られた処方ですが、必ずしも肩のみにとらわれなくてもよいと思われます。
 桂枝芍薬知母湯大防風湯とも附子剤で,RAなとを長期間患って,かなり虚証になつたものに用います。なかでも大防風湯は,気・血とも虚したもの,すなわち慢性関節リウマチの末期に用います。

■症例提示
 最後に,症例についてお話してみたいと思います。現代における漢方医学の第一人者,矢数道明先生の治験例を拝借させて頂きます。
 36歳の婦人で,2ヵ月前から親指の関節に腫れと痛みが始まり,その後全身に関節に波及したということです。この方はそれ以前に全身に湿疹が出ていて,アレルギー体質だといわれていたそうです。関節の痛みに対して,大学病院の主治医から副腎皮質ホルモンの治療を受けていましたが,それ以上続けない方がよいといわれ,痛みを耐えていたということです。栄養は比較的よい方で,顔色も普通,脈は沈んでいる。舌苔はない。腹部は軟らかで力はあり,特記すべきものがない。疲れると全身の関節が痛みだすということで,我慢しながら勤務を続けていたそうです。
 この方に薏苡仁湯に加工附子末を加えて投与すると,1ヵ月ほどでかなりよくなり,大学病院の主治医が大変驚き,何か薬を飲んだのかと尋ねたので,漢方薬のことを話すと,自分もかねてから漢方を研究してみたいと思っていたと,率直にその効果をほめてくれたということです。半年間服薬を続け,全治廃薬したそうです。RAで,皆このようによく治るといいのですが,なおなかそうはいきません。先ほども申し上げたとおり,附子を加えるとよいことがあるようです。その場合,患者さんが冷え性であるということが前提条件だと思います。
 次の症例も矢数先生の治験例です。
 60歳の婦人。水ぶくれの肥満型で顔色は普通。主訴は2年前から腰がガクガクになって力が抜け,立っていると足が棒のようになる。トイレで立ち上がるときが大変つらい。階段や坂道は1人で歩けず,馬の階段で必ず人手を借りることで有名になっていたそうです。脈は弱く,血圧は180くらい,心臓が肥大している。食欲,便通は変わりなく,腹部はひどく膨満している。
 薏苡仁湯を20日間飲むと,2年間悩んでいた足のシビレ感や棒のようになるのが治り,膝に力がついてきた。さらに20日間飲むと,駅の階段も1人で昇リ降りできるようになり,近所の人や友人の間で評判になったということです。半年間服用すると,70キロの体重が50キロにやせ,身体が軽くなったとのことです。
 この例は変形性膝関節症だと思います。効く時はこのようにすばらしく効くものです。以上,矢数道明先生のご報告の2症例を引用させていただきました。
 私自身は,この薏苡仁湯の使いかたがうまくありません。特にRAには,ついつい越婢加朮湯や桂枝二越婢一湯などを好んで使っておりますので,これはといった症例に乏しいのですが,肩関節周囲炎に用いて効果があ改aたと思われる1例をご紹介します。
 患者は昭和4年生まれの女性で,昭織62年5月の初診の方です。約1年前より左肩の痛みと運動制限があります。初診の4ヵ月前に某整形外科を受診したところ,積極的に肩を動かしなさいといわれ,それなりに一生懸命 active exercise をやっていましたが,好転せず,当科を受診したというわけです。可動域は,屈曲が90度,外転が70度,結髪動作は何とかできるものの,結帯動作は不可能です。夜間,床に就いてからの肩の痛みが強いということでしたので,最初はインドメサシン坐薬(25mg)を1個,就眠前に使うよう処方しました。ところがこの坐薬を4日使ったところ,顔が腫れてきたということで,すぐに中止をしました。中肉中背の方で,特に虚証とも思われず,薏苡仁湯エキスを7.5g投与しますと,2週間後には屈曲120度となり,結帯動作も可能になりました。もちろん痛みも軽減しています。2ヵ月後には夜間の痛みも軽くなり,結局3ヵ月半の服用でほとんどよくなり,終了としました。
 この人は58歳でしたが,いわゆる五十肩といってよいかと思います。五十肩は特に治療しなくて経自然によくなるとはいわれておりますが,2週間の薏苡仁湯服用で,約1年前からの痛みと可動域制限がとれはじめたことを考えますと,薏苡仁湯の効果があったと思われます。
 次は変形性膝関節症の症例です。大正12年生まれの女性,初診は昭和60年8月です。初診の1ヵ月前に,歩きすぎたせいか右膝の痛みが出現したため,当科を受診しました。右膝に熱感が軽度認められます。越婢加朮湯エキス5.0gを2週間投与しただけで軽快しましたので,その後は様子を見ていました。5ヵ月後,再び痛みが出てきたとのことで再診しました。同じような所見でしたので,再度越婢加朮湯を投与しましたが,今回はなかなか痛みがひきません。エキス剤を7.5gに増量してみましたが,あまり効果がなく,かなりつらいとのことでしたので,非ステロイド性抗炎症剤を投与しました。これはよく効いたのですが,2週間くらい飲み続けているうちに胃腸をこわしたといいますので,以後は越婢加朮湯をベースに,どうしてもつらいときだけ,頓服で消炎鎮痛剤を使いなさいと指導しました。これが61年の12月のことです。
 以後この越婢加朮湯と消炎鎮痛剤の頓用を続けていましたが、あまりはかばかしくありませんでしたので,62年4月に,試みに薏苡仁湯に変えてみますと,これは前の薬よりよいといいます。それ以後,きちんと朝昼晩と服用し,痛みは確実によくなっております。薏苡仁湯に変えてからは,西洋薬はまったく必要がなくなりました。最近は寒いせいか,やや痛いと訴えますが,痛みが軽くなったせいで,昼はよく飲み忘れるとのことで,最近では1日2回だけ飲んでいます。近いうちに,痛みはすっかりなくなるものと期待しております。

*  *  *

 「慢性関節リウマチの診断基準(1987改訂)」アメリカリウマチ学会作成
 ①少なくとも1時間以上持続する朝のこわばり(6週間上持続)
 ②3個以上の関節の腫脹(6週以上持続)
 ③手関節,中手指節関節,近位指節関節の腫脹(6週以上持続)
 ④対称性関節腫脹
 ⑤手・指のX線変化
 ⑥皮下結節(リウマチ結節)
 ⑦リウマトイド因子の存在
 以上7項目中,4項目を満たすものを慢性関節リウマチと診断する。


■参考文献
 1) 皇甫 中:『明医指掌』
 2) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版.近世漢方医学書集成巻96,名著出版,1982
 3) 山田光胤,丁 宗鉄監修:『生薬ハンドブック』.津村順天堂,1977
 4) 矢数道明:『臨床応用漢方処方解説』.創元社,1977




副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2) その他の副作用

頻度不明
過敏症注1) 発疹、発赤、瘙痒等
自律神経系 不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興奮等
消化器 食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等
泌尿器 排尿障害等
注1)このような症状があらわれた場合には投与を中止すること
 
過敏症:発疹、発赤、瘙痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、瘙痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。

自律神経系:不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興奮等
[理由]
 本剤には麻黄(マオウ)が含まれているため、不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興 奮等の自律神経系症状があらわれるおそれがある為。

[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等
[理由]本剤には麻黄(マオウ)、当帰(トウキ)、薏苡仁(ヨクイニン)が含まれているため、食欲不振、 胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
また、昭和58年4月22日付第21次再評価結果「ヨクイニンエキス」を参考とした。


[処置方法]  原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。

泌尿器:排尿障害等

[理由]
 本剤には麻黄(マオウ)が含まれているため、排尿障害等の泌尿器症状があらわれるおそれがある。

[処置方法]
  直ちに投与を中止し、適切な処置を行う。