健康情報: 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) の 効能・効果 と 副作用

2014年5月1日木曜日

小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
本方は胃内停水があって、嘔吐を発するものを治する。尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚しく衰弱せず、また貧血・厥冷等の症候のない者に用いる。方中の半夏・生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し、尿利をよくする。
以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐・諸病の嘔吐・急性胃腸カタル・水腫性脚気に伴う嘔吐・小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。


 漢方精撰百八方
12.[方名] 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)

[出典] 金匱要略

[処方] 半夏6.0 生姜3.0 茯苓5.0

[目標] 本方は嘔吐する病症に適応するのであるが、嘔吐して水を飲みたがる者は本方の証ではない、それは五苓散の証である。本方は嘔吐するけれど水を飲みたがらないものである。つまり胃内停水のある嘔吐に本方を用いるもので、そのように胃内停水のあるものは目まいがしたり、動悸したりするものである。すなわち本方の渇は五苓散の場合とちがって、嘔いてはガブガブと水を飲むというようなのではなく、胃に水がたまると嘔くというような性質の嘔吐である。
この証の解説(条文)をよく見ると、これは悪咀(つわり)の症状だということに気付くはずである。悪阻の場合は嘔くがむやみに水を欲しがるわけではなく、酸い夏みかんぐらいで渇をいやす程度である。

[かんどころ] 妊娠悪阻のような場合の嘔吐に用いる。

[応用] 妊娠悪阻、船酔い車酔いによる嘔吐、その他突然嘔吐するが特に原因病として認むべきもののない場合。また本方は眩暈がして、胸元のつかえるものに適する。更に暑気あたりなどで嘔くものにも用いられるが、そんな場合には苓桂朮甘湯が適する事の方が多い。
胃下垂の患者で嘔くものには本方の他に沢瀉湯が用いられる。
嘔気があっても、発熱があったり、悪寒がしたり、咳嗽や食欲不振があったりする場合にはむしろ小柴胡湯の方がよい。

本方は悪阻によく効くが、悪咀に本方をやる場合、かえって嘔吐がひどくなる場合がある。これは瞑眩(めんげん)といって、薬がよくきいて病気がなおる過程の現象であってそれに驚いてやめてしまってはいけない。それが西洋医学的対症療法とちがうところである。

本方は一般産科の処方にも登載されているものであるが、漢方の処方が一般の西洋医学の畑でも漸次採用されるようになることが望ましい。

[附記方名] 半夏散及湯(傷寒論)
半夏5.0 桂枝4.0 甘草2.0

[応用] 本方に比較的便利な処方で、扁桃炎などで咽痛甚だしく水ものみこめないような場合、本方を飲ませるか、本方を含嗽剤として用いるとよい。
相見三郎著


漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
16 その他
7 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) (金匱要略)
〔半夏(はんげ)、生姜(しょうきょう)各六、茯苓(ぶくりょう)五〕
本方は、胃内に停水があり、嘔吐するものに用いられる。悪心、嘔吐、口渇、めまい、心悸亢進(動悸)、胃内停水(心下振水音)、心下痞、尿利減少などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、小半加茯苓湯證を呈するものが多い。
一 胃下垂症、胃アトニー症、胃腸カタルその他の胃腸系疾患。
一 そのほか、悪阻、小児の嘔吐、蓄膿症など。


臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.305 妊娠嘔吐・嘔吐・胃炎

71 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) 〔金匱要略〕
半夏八・〇 生姜五・〇(乾生姜一・五) 茯苓五・〇

小量ずつ冷服するがよい。
本方に青皮を加えたものを虎翼飲(こよくいん)と称している。

応用〕 この方は、胃内に停水があって、嘔吐を発するものに用いる。最もしばしば用いられるのは妊娠嘔吐(悪阻)である。そのほか諸病で嘔吐のやまないもの、急性胃腸炎・水腫性脚気にともなう嘔吐・小児の嘔吐・湿性胸膜炎や蓄膿症などに応用され識こともある。

目標〕 胃内停水・嘔吐・尿利減少・口渇・心悸亢進・眩暈をともなうことが多く、甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷なとの症候のないものに用いる。
方解〕 半夏と生姜はともに嘔吐を治する主剤である。茯苓と半夏は協力して、胃内停水を誘導し、尿利をよくする。
加減〕 妊娠嘔吐の激しいときは、伏竜肝(黄土、すなわちかまどのやけ土)を加える。または伏竜肝を水で溶き、その上澄み液でこの小半夏加茯苓湯を煎じてのむとさらによいといわれている。
主治
金匱要略(痰飲病門)に、「嘔家(嘔吐する人)本(モト)渇ス。渇スル者ハ解セント欲スト為ス。今反テ渇セザルハ、心下ニ支飲アルガ故ナリ。小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」
「卒嘔吐(突然嘔吐する)、心下痞シ、膈間水アリ、眩悸(眩暈と心悸亢進)スル者ハ、小半夏加茯苓湯之ヲ主ル」とある。
勿誤薬室方函口訣には、「此ノ方ハ、小半夏湯ニ停飲ヲ兼ネテ渇スル者ヲ治ス。又停飲アリテ嘔吐不食、心下痞硬、或ハ頭眩スル者ニ効アリ。総ベテ飲食進マザルモノ、或ハ瘧疾日ヲ経テ食進マザル者ニハ此方ニ生姜ヲ倍加シテ能ク効ヲ奏ス」とある。
古方薬嚢には、「にわかに吐き気を催して吐し、胃のあたりがつかえ詰りたる感じして、めまいしたり、動悸したりする者。心下の気持が悪くなると、めまいしたり、動悸が生じたりするというところが大切のところなり。または初めに甚だ咽が乾き、うんと水をのんだ後で吐気を催し、吐きの止まぬ者にも宜し」とある。
鑑別
小半夏湯嘔吐・胃内停水と渇なし)
小柴胡湯 69 (嘔吐・胸脇苦満、口苦)
呉茱萸湯 39 (嘔吐・頭痛、胃内停水、手足冷え、煩躁、脈沈遅)
五苓散 41 (嘔吐・水逆、口渇強く、尿利減少、頭痛、煩躁、脈浮)
○茯苓沢瀉湯 125 (嘔吐・渇、上衝、眩暈、胃内のものどっと出る)
○乾姜人参半夏丸 (嘔吐・陰証で発熱、渇なく、小半夏加茯苓の効なきもの)
小半夏加茯苓湯と五苓散を比較すると口渇は五苓散が強く、多量の水を勢いよくバッと吐く、小半夏加茯苓湯は少量ずつ何回にも吐き、悪心が後に残る。小半夏加茯苓湯を用いて吐くときは、五苓散を与えてみる。

参考
矢数道明、東洋医学と嘔吐(診断と治療 五一巻八号)。佐伯理一郎氏、半夏・伏龍肝の効果(中外医事新報明治二十六年)
○半夏に関する研究
漢方薬の中で鎮吐作用があるとされているものの代表は半夏と生姜とである。本草書にも、この二つは「胃を開き、気を下し、嘔吐を止む」と記載され、胃自体に作用して幽門部の痙攣を鎮め、気を下すということから、中枢性にも作用するように考えられていた。
半夏は鎮吐剤として、日本薬局方第五版より載録されている。その鎮吐作用につ感ては、従来実験的に鎮吐作用があるとする説と、ないとする説とがあった。これらの実験は生薬半夏をアルコールやエーテルで処方したものについて行なわれたが、岐阜大学の実験によると、半夏の中の鎮吐作用物質は、アルコールに溶けない物質の中にあることが判明した。この物質の中に、アポモルヒネおよび硫酸銅によって惹起する嘔吐を鎮静するものが含まれていることが実験的に証明された。半夏はすなわち中枢作用も、末梢作用もどちらもあるということである。このことについては、日薬理誌五二巻五号、岐阜大薬理、高部登氏の実験報告がある。

治例
(一) 妊娠嘔吐(悪阻・つわり)
二三歳の婦人。妊娠三ヵ月目に痩せ衰えて来院した。結婚したその月に受胎し、翌月から嘔気、嘔吐が始まり、はや一ヵ月になるが内服もし、注射も一五本やってもらった。しかし嘔吐はますます増悪する一方で、サンドイッチを少し食べるぐらいで、すっかり痩せてしまった。この上は人工流産するよりほかなしといわれたが、なんとかして保たせたいという。胃内停水著明で、一体に腹部は軟弱である。小半夏加茯苓湯を与え、盃に一杯ずつ冷服させたところ、三日目から嘔吐はやみ、飯を二杯も食べるようになった。そして一般症状が好転し、平常近く仕事ができるようになった。
(著者治験)

(二) 慢性胃腸炎
二五歳の男子。数年にわたって、下痢日に三~四回。食欲不振、ときどき嘔気があり、全身倦怠感強く、痩せ衰えて諸治療も効がなかった。
胃内停水が甚だしく、茯苓飲六君子湯真武湯・断痢湯・人参湯・桂枝人参湯等を次々と選用してみたが効なく、困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標として、小半夏加茯苓湯を与えたところ、胃内停水はようやく去り、食欲少しく進み、体力回復し、四年後に結婚することができた。
(著者治験)

(三) 幽門痙攣
二〇歳の男子工員。一年半前のこと、胃と十二指腸の潰瘍という診断で、胃の三分の二を切除したといす。その後なんとなくすぐれない状態であったが、ちょうど一ヵ月前から、何を食べても吐いてしまう。吐くときはかなり苦しい。食べたものは二〇分ぐらいすると吐き、ジュースなど流動物は三〇分ぐらいで出てしまう。
患者は埼玉県から電車で来院したが、全身倦怠感がひどく、立っていられないので、途中四回も下車して、ホームのベンチで休みながら、やっとのことでたどりついたという。現症の起こる一ヵ月前に、家量のウイスキーをのんだ。レントゲンで診てもらったが、これは幽門の痙攣であるといわれ、いろいろ治療してもらったが、嘔吐はやまず、こんなに痩せ衰えてしまったという。
顔色はそれほど悪くないが、痩せている。脈は弱い。腹も軟弱で、手術の跡が生々しく陥没している。拍水音はそれほど顕著ではなかった。口が乾き、めまいがする。私はこれに小半夏加茯苓湯を与えた。三日目から嘔吐はすっかり止まり、一週間後に再来のときは、元気が出て、途中電車を降りずに一直線に来院できた。この前の帰りは苦しく、途中休みながら帰ったので夜までからり、家人は心配していたということであった。なお二〇日の服薬を続けて、この嘔吐はすっかり治って就業した。
(著者治験、和漢薬 一四〇号)

  (四) 頑固な嘔吐
余が和漢医法研究の創意は、曽て門司に開業のとき、英国の軍医官オレファント氏が胃疾患に罹った。屢々嘔吐を発して飲食を絶つこと既に久しかった。当時船医であった氏の令弟は米国医師ニウマン氏と力を協せて百方治療に当ったが、嘔吐はさらに鎮まらず、日々に衰弱を加えるばかりであった。
このとき関門存留の宣教師が、もし死亡の場合は日本の医師の診断書が必要となることを心配して、余に往診を依頼してきた。
ニウマン氏は具さに症状と経過を語って、何か良薬はないものだろうかと訊ねられた。余が試みんとする鎮嘔療法は既に十分使用済みで、もはや手を下すべき余地がない。
このとき余はフト漢方薬を使ってみてはと思い浮んだ。そして家に帰って漢方医書を取出して調べた結果、小半夏加茯苓湯を作って与えた。ところがこれを服むと一~二服にして奇効忽ち顕われ、あの頑固な嘔吐が殆んど止み、数日にしてもとの健康を取戻すことができた。まさに起死回生の謝意を表せられ、このことあってより、漢方研究の一念を起こしたのである。
(野津猛男氏、臨床漢法医典)


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう) [金匱要略]

【方意】 脾胃の水毒による悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等のあるもの。しばしば水毒の動揺による目眩・心悸亢進等と、時に寒証を伴う。
《太陰病.虚証》


【自他覚症状の病態分類】

脾胃の水毒 水毒の動揺 寒証・虚証  
主証 ◎悪心 ◎嘔吐
◎心下痞
◎心下痞硬







 
客証 ○上腹部振水音
食欲不振
胃腸虚弱
尿不利
自汗
口渇
○目眩
○心悸亢進
咳嗽
吃逆
頭汗
顔色不良
手足冷
疲労倦怠



【脈候】 軟・沈弱・浮弱・滑。

【舌候】 やや湿潤して微白苔。時に乾燥する。

【腹候】 腹力やや軟。心下に痞塞感または痞硬がある。また上腹部に振水音を認めることが多い。

【病位・虚実】 脾胃の水毒が中心的病態で、これに寒証が加わるため陰証を帯び太陰病に相当する。自覚症状の上からも、脈力および腹力からも虚証である。


【構成生薬】 半夏12..0 茯苓4.0 生姜1.5

【方解】 半夏は脾胃の水毒を去り、鎮嘔・鎮吐・鎮静・去痰作用がある。生姜も健胃・鎮嘔作用がある。このため半夏・生姜の組合せは悪心・嘔吐に対して一層強力な効果を発揮する。茯苓も水毒を駆逐し、上腹部振水音・尿不利・目眩・心悸亢進を解消する。三味協力して水毒を除き、結果的に水毒の動揺を鎮める。

【方意の幅および応用】
脾胃の水毒:悪心・嘔吐・心下痞・心下痞硬等を目標にする場合。
急慢性胃腸炎、胃切除後の慢性の悪心・嘔吐、幽門痙攣、胃アトニー、周期性嘔吐症、
妊娠中毒、乗物酔、二日酔、悪心のために服薬できない者に本方で溶いて飲ませる。
水毒の動揺:目眩・心悸亢進・咳嗽等を目標にする場合。
目眩、メニエール症候群、咳嗽、肋膜炎、吃逆

【参考】 *卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水有り、眩悸するを治す。『金匱要略』
*先ず渇し、後に嘔するを治す。『金匱要略』
*此の方は前方の症(小半夏湯証の嘔吐癖)に停飲(胃に停滞した液体)を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞硬、或は頭眩する者に効あり。総て飲食進まざる者、或は瘧疾日を経て食進まざる者、此の方に生姜を倍加して能く効を奏す。
『勿誤薬室方函口訣』
*本方証は軽い口渇があり水を飲むが、少量ずつの嘔吐が続き、悪心が取れないものである。本方を少しずつ冷服させるのが良い。五苓散証の水逆は激しい煩渇で飲むとドッと大量に吐くものである。
  *本方の生姜は生のひね生姜(4.0)を用いるべきである。局方の乾生姜を用いた場合には、これに生の生姜のしぼり汁を数滴加えるのが良い。薬力を強めるために橘皮・伏竜肝を加えて虎翼飲という。

【症例】 悪阻
34歳、女性。4回目の妊娠で、目下2ヵ月目であるが、悪心、嘔吐があ識。大便は1日1行。小半夏加茯黄土湯1週間分の服用で嘔吐が止んだ。悪阻で嘔吐のある場合に、小半夏加茯苓湯は最も頻繁に用いられる処方である。私は近年これに黄土を加えて用いているが、結果は非常に良く、大部分はこれで成功する。黄土を加えたのは、賀川玄悦や原南陽などの経験に基づいたものである。黄土はかまどの焼土である。私は先年、茨城県久慈郡袋田村から、かまどを壊す時に多量に送ってもらい、それを使用している。原南陽の伏竜肝煎というのは、この黄土すなわち伏竜肝を水に入れて撹拌し、それの上澄みを取って、小半夏加茯苓湯を煎じたものであるが、私は始めから小半夏加茯苓黄土湯として使用している。黄土には利尿の作用もあるように思われる。

『大塚敬節著作集』第4巻137

小半夏加茯苓湯による失敗例
45歳の男子。8年前より肺結核に罹り療養中。型の如く結核化学療法を終わり、空洞性結核にて症状の増悪と軽快を繰り返していたが、胃腸症状を主訴として往診を求められた。嘔水と食思不振があり、胃振水音を呈し、正しく胃内停水と判断し小半夏加茯苓湯(生姜は乾生姜1.5)を投与した。煎じて冷まして少しずつ服用するように指示したが翌日往診して患者の訴えを聞くに、あの薬を服用すると嘔気は軽くなるが同時に血痰が出るという。
「薬がもし瞑眩せざれざその疾癒えず」と吉益東洞は教えているので、患者に漢方薬には洋薬と違ってこのようなこともあり得ると説明して服薬を続けさせた。更に2日後患家より喀血したとの連絡あり、往診するにあの薬はとても飲めませんと患者の言で、今更瞑眩を持ち出すこともならぐ、いささか当惑して喀血の処置をして、幸にも3日にして旧に復し得た。漢方ファンであった患者の信頼を失った明らかに失敗とみるべき1例で、嘔気を胃内停水も玄米の重湯にして自然に軽快した。
半夏と生姜が温性刺激剤となって喀血を誘発したものと思われる。結核患者の喀血は習慣性となったものは寒冷時よりもむしろ生暖かい温暖前線が通過する際に誘発されることが多いので、咽頭から食道にかけて温性刺激を与える薬剤は漢方では一応注意して与える必要があると考える。
阪本正夫『漢方の臨床』10・4・14


『重要処方解説 43』
 半夏瀉心湯・小半夏加茯苓湯
日本漢方医学研究所/理事 藤平

小半夏加茯苓湯
■使用目標
次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)について申しあげます。出典は『金匱要略』という『傷寒論』と同じ時にできた原典です。処方の構成は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)の3味だけです。本方の証と使用目標は,本方もまた少陽病の虚証に位置する処方であります。本方を使用する上でのもっとも大切な目標は,嘔吐です。それに次ぐ目標は軽いめまいや動悸です。前にも申しあげましたが,本方は少陽病期の虚証にありますから,防衛体力は,やや落ちてきておりますが,陰証のそれのようには落ちていないというわけですから,脈の力も腹の力も極端には落ちていないという場合の,激しい嘔吐というところを目標にしまして,諸種の疾患の用いるのであります。激しい嘔吐と申しあげましたが,時には吐き気がしやすいというだけを目標にして使って,効果をあげる場合もしばしばあります。要するに,防衛体力はさほど衰えていないのですが,吐きっぽい,胃の具合がよくないというところを目標にして用いますと,胃腸障害を始めとして,諸種の疾患に応用し得る機会が多いのであります。
したがって,本方の応用としましては,諸種の嘔吐を主症状とする疾患,諸種の胃腸炎などで吐き気や嘔吐がある場合によく用います。妊娠嘔吐には非常にしばしば有効です。体力があまりひどく落ちていない場合の妊娠嘔吐には,これを一包使っただけで効く,というほどに広くよく用いられる処方です。諸種の眩暈(めまい)を主症状とする疾患で嘔吐をきたしたり,心悸亢進があるという場合,疾病の如何にかかわらず用いて,それらの症状がとれるばかりでなく,原病も治るということが多いのであります。子供で急性消化不良などの場合,よく乳を吐いて困るという赤ちゃんにこれを用いて,またよく効きます。
なお,漢方の薬というのは,大体あたためて飲ませるというのが普通ですが,この処方ばかりは,あたためずに,冷やして,それも少しずつ飲ませる方がいいのです。嘔吐が激しい場合には,特にそうしないといけません。熱いとかえって吐きます。

■症例
症例を申し上げます。 20才の主婦で妊娠3ヵ月目に入ったころから吐き気が起き始め,やがて嘔吐を起こすようになりました。時に軽いめまいや動悸などもあります。本方の適応証にぴたりということでこれを与えて,日ならずして軽快した例があります。本方は『呉内科書』にも,つわりのところに掲載されております。軽度から中等度くらいまでのつわりには,まことによく効く処方です。

■鑑別処方
鑑別としましては,嘔吐を伴う漢方の処方はこのほかにも多数あるわけですが,嘔吐を主症状とする処方としては、この小半夏加茯苓湯と乾姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)の二つの処方が横綱格といっても,過言ではないと思います。この二つはともに激しい嘔吐に対して使えるわけですが,一口で両者の違いをいうとすれば,小半夏加茯苓湯は防衛体力がまだあまり低下していない場合の嘔吐に用いられ,乾姜人参半夏丸は,体力がひどく低下している場合の嘔吐に用いられる,というようにいっていいかと思います。さらな細かくいうとすれば,小半夏加茯苓湯は,めまいや動悸が伴いやすいのでありますが,乾姜人参半夏丸にはそれがないのであります。また腹部症状では,小半夏加茯苓湯は腹力は中等度よりやや軟弱で,心窩部やそのほかに抵抗や圧痛をほとんど認めないのでありますか,乾姜人参半夏丸は,腹力が極度に低下していて,フニャフニャといってもいいくらいであるにもかかわらず,心窩部のところだけが硬く張っていて,しかも圧に対して過敏であるという独特な腹状を呈しているものです。
この処方の症状に関しては,次のような思い出があります。私のよく知っている女性の薬剤師さんですが,この人がある婦人科疾患で入院し,手術しました。手術はうまくいったのですが,ひどい嘔吐が始まって,とまりません。内科の医者を呼んできて,婦人科,内科両方の医者総出でこれを治療したのですが,どうしてもとまらず,1週間後にはほとんど骨と皮になってしまいました。1週間後に私どもが行った時には,ヘトヘトになっていました。腹をみますと舟底状になってしまって,ペコンとへこんでフニャフニャになって力がありません。ところが心窩部だけは,硬く張って,しかも圧に対して過敏なのです。そこでこれはとても小半夏加茯苓湯てはだめだ,ここまで体力が落ち込んでいては乾姜人参半夏丸以外にはなかろう,というわけで,それを煎じて翌日持って行って飲ませたのですが,これが非常に効きまして,1服飲んで嘔吐がとまり,やがて夕方ごろから流動食が入るようになりました。そしてこれをそのまま1ヵ月飲み続けて,すっかり元気になって退院しました。もうそれから15~16年くらいになりますが,その人は至って元気に過ごしております。これにヒントを得て,このようなひどい嘔吐で,しかも体力が衰えているという人にしばしばこれを用いて,良効を得ております。激しい嘔吐という場合には,この小半夏加茯苓湯を考えるか,あるいは鑑別として申し上げました乾姜人参半夏丸を用いるか,どちらかを応用されると,かなり良い結果を得られると思います。
乾姜人参半夏丸は製剤として売られてもおりますが,手に入らなければ,乾姜と人参と半夏だけの簡単な薬方ですから,煎じ薬として用いて,十分に効果があります。ぜひこの両者を使いわけて,嘔吐に悩む患者さんを治療していただきたいと思います。


『重要処方解説Ⅱ』
(22) 小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)
日本東洋医学会副会長 細野八郎

■出典
小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)は,張仲景(ちょうちゅうけい)の『金匱要略』に出ている処方で,嘔吐の治療薬です。非常によく効くので嘔吐の聖薬といわれております。嘔吐についての最初の医学的な記載は,前漢の医書『内経』にあります。当時より胃の機能亢進,あるいは低下などの異常が嘔吐を起こすと考えられていました。その上,この胃の異常も,胃以外の臓器,たとえば肝,胆,脾の影響を受けて起こることも知られていました。『内経』のこの医説を張仲景は飛躍的に発展させ,今の時代でも通用する鎮嘔処方を創方しました。
小半夏加茯苓湯は,『金匱要略』の痰飲欬嗽病篇に出ている処方です。

■構成生薬・薬能薬理
処方内容は,半夏(ハンゲ),生姜(ショウキョウ),茯苓(ブクリョウ)から組み立てられています。これらの生薬は互いに協力して嘔吐をとめるとともに,一方では胃運動を亢進して胃の内容を排出しています。いいかえると標,本を同時に治療する薬です。では簡単にこれらの生薬の薬能と,今まで知られている薬理作用を述べてみましょう。
生姜半夏はともに辛味と温める薬能を持っています。辛味は発散する性質があります。発散するということは,鬱滞がとれて,頭痛,肩凝り,悪寒などの症状が改善されます。生姜の辛味はこの場合に重要な作用をするらしく,『傷寒論』太陽病の治療薬の中に組み入れてあります。
では,辛味が嘔吐の治療にどんな役割をするのか考えてみましょう。東洋医学の消化と吸収の考えは,現代医学と異なっていますが,胃の機能についてはほぼ同じようなものです。胃は食物を取り込み、初歩的な消化作用を行い,腸の方へ胃内容物を排出してゆきます。嘔吐は,この排出機能の異常な時に起こっています。東洋医学ではこれを胃が降下作用をせず,といっています。なぜ降下作用が行われないかといいますと,幽門部に鬱滞するものが生じたためです。ですから半夏と生姜の辛味で、この鬱滞をとれば嘔吐はおさまるわけです。
生薬の能薬から見まると,半夏には消腫,散結作用があります。たとえば上半身の皮下にできる痰核といわれる結節は半夏でなければ効果がないという人もあります。また生姜は血行を改善する作用があります。鬱滞を起こしているところは大抵血行の異常を伴っているので,生姜のこの薬能も鬱滞を取り,嘔吐を止めるのに必要な作用です。最近の薬理的な研究によりますと,生姜の辛味成分には中枢抑制作用があり,また末梢的には胃液の分泌を抑え,胃運動を抑制するとのことです。このことは胃の興奮状態を鎮静し,鎮嘔効果に役立っているのかもしれません。また生姜と半夏を動物に投与すると,半夏は中枢性,末梢性の,生姜は末梢性の嘔吐に効果があるという結果が報告されています。ですから,両者の併用は嘔吐の種類を問わず幅広く用いられるので,小半夏加茯苓湯はまことに都合のよい鎮嘔剤といえます。
半夏と生姜には温める薬能がありました。寒冷に遭うとすべての生物は縮こまります。しかし温めてやるとのびのびとして各組織は硬さがとれてゆるんできます。この現象を胃の鬱滞の改善に結びつけますと,温める薬能は辛味と協力して胃の鬱滞状態を改善し,そして胃の機能を正常化し,内容物を降下し,嘔吐をとめているといえます。
では,この2つの生薬は効果を強めるためにのみ併用されているのでしょうか。このことについて少し考えてみましょう。というのは、」仲景の処方はよく考えられて組み立てられているので,そんな単純な発想だけで半夏と生姜を併用したとは思えないからです。今まで半夏と生姜の併用は,半夏の毒を消すためといわれてきました。しかし半夏には問題にするほどの毒性はありません。ただ服用すると喉を刺激する物質があります。昔は蓚酸カルシウムの針晶が口喉粘膜を刺激するためと考えられていましたが,その後 homogentisic acid がえぐみの本態といわれました。最近では3,4-dihydroxybenzaldehyde diglucoside が単離され,その aglycone が強い刺激性の味を持っているので,これがえぐみの本態といわれています。このえぐみは生姜と一緒に煎じるとかなり減少します。ですからこのことが,生姜は半夏の毒を消すと考えられたのでしょう。いずれにしても歴史的には六朝時代から生姜による半夏の修治が行なわれるようになりました。
先ほど半夏と生姜の併用は薬効を強めるといいましたが,鎮嘔作用の薬理学的研究からは疑問視されています。生姜ではなく乾姜(カンキョウ)と半夏を併用して薬理活性を見てみますと,鎮嘔作用や胃液分泌抑制作用での協力作用が見られないということです。ですから半夏と生姜の併用の利点は,この実験から見れば半夏のえぐみをとる点にあるといえます。半夏と生姜はともに辛温の薬性を持っていました。いいかえると,温めて湿を乾かす薬能があるわけです。適度の乾燥は胃の機能を高めますが,乾燥しすぎますと,胃の機能が低下して嘔吐を起こすと東洋医学では考えています。ところが都合のよいことに半夏は粘液質を含んでいます。本草の言葉を借りますと,半夏は大滑で潤す薬能があります。ですから「半夏は湿を乾かす意なし」ともいわれています。この潤す薬能を応用して虚証の老人の便秘の治療に硫黄(イオウ)と併用して半硫丸(ハンリュウガン)と名づけて用いますが,これを見ても半夏の潤す薬能は胃に好影響を与え,胃運動を円滑化すると想像できます。
次に茯苓の薬能について考えてみましょう。胃で初歩的な消化を受けた食物は,脾で消化されて吸収されます。東洋医学の脾は,現代医学の脾臓ではなく,消化吸収機能全般をいっています。脾について詳しく述べる時間はありませんので、この問題はこれくらいにしておきましょう。
脾は,胃の機能に強い影響力を持っています。ところで茯苓は,この脾の機能を正常化する薬能があります。脾の機能がよくなれば胃の機能も正常化して,降下作用も完全に行なわれ,嘔吐も治ってきます。また脾の機能が正常化しますと,脾は水分代謝を行なっているので,全身の水分代謝は活発化してきます。ですから茯苓は利水,滲湿の薬能があるといわれています。しかし薬理実験では軽度の利尿作用しか観察されていませんが,臨床的には,茯苓の必要な病人に服用させますと,利尿効果が見られます。この茯苓の作用は胃内容を減少させ,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力して嘔吐を止めるのに役立っています。
一方,脾から吸収された栄養物質は,心に運ばれてゆき,心の機能を改善します。心は精神機能と関係しているので,茯苓は動悸や精神不安,不眠の治療薬として用いられています。薬理学的にはストレス潰瘍の発生を予防するとの報告がありますが,茯苓の精神機能改善作用は,慢性嘔吐の精神状態を改良し,半夏や生姜の鎮嘔作用に協力しているように考えられます。このような精神面から鎮嘔する治療方法は,現在でも通用する張仲景の素晴らしい医療であろうと思います。

■古典における用い方
張仲景は嘔吐を急性疾患と慢性疾患の経過中に起こるものに分けて考察しています。急性疾患の時は『傷寒論』に述べられています。傷寒とは急性熱性病のことで,前感で起こる疾患です。この時の嘔吐は外因がとれると止まります。ですから特に嘔吐の処方を述べていません。たとえば太陽病の嘔吐であれば桂枝湯(ケイシトウ),少陽病では小柴胡湯(ショウサイコトウ)で外邪をとり,嘔吐を止めています。そのほか『傷寒論』には医者の誤治による嘔吐の治療法が書いてあります。たとえば下剤を与えて起こってきた嘔吐には,乾姜,黄芩(オウゴン),黄連(オウレン),人参(ニンジン)などで体を温めて胃の機能を回眼させ,嘔吐を止める方法が述べてあります。攻撃的な治療を行なったので体が弱っているため,乾姜,人参で脾胃を温補して体力をつけ,黄連,黄芩で胃の炎症をとって胃の機能を正常化し,嘔吐を止める方法です。漢方的にいいますと,苦味の生薬の黄連,黄芩と,辛味の生薬の乾姜とで心下のつかえを取り,人参で弱っている胃腸の機能を回復させる方法で,これは胃腸炎に頻用する半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)の創方へと発展して行きます。
半夏瀉心湯は乾姜黄芩黄連人参湯(カンキョウオウゴンオウレンニンジントウ)に,鎮嘔作用のある半夏と消化機能を促進する甘草(カンゾウ),大棗(タイソウ)を加えた処方です。
一方,慢性疾患の時の嘔吐については『金匱要略』の詳しく述べられています。『金匱要略』では,臨床像から嘔吐を次のように分けて治療しています。 食物が口に入るとすぐ嘔吐するもの,この種の嘔吐は食道下部から胃の上部の炎症の時に見られるもので,漢方では寒格といっています。『傷寒論』の乾姜黄芩黄連人参湯を用いて治療します。食べると嘔吐するもの,これはよく見られる嘔吐で,胃炎,胃の運動異常の時に見られるものです。小半夏湯(ショウハンゲトウ)あるいは小半夏加茯苓湯で治療します。また食後だいぶ時間がたってから嘔吐するものがあります。幽門部の異常の時によく見られますが,食物や胃液などが胃に長時間停滞している時の嘔吐です。便通異常の見られるものには,大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)で排便させて嘔吐を止める方法を勧めています。
以上のほかに張仲景は,下痢,発熱,頭痛などを併発している時の嘔吐の治療法を述べています。これらの症状は,嘔吐だけのものよりも,臨床的にはよく見られる重要な疾患ですが,『傷寒論』や『金匱要略』」を参照していただきたいと思います。
嘔吐の治療については,仲景以後いろいろな医説や処方が考え出されました。しかし,いずれも仲景の考えを参考にしたものです。ですから,臨床的には,仲景の処方をよく理解していれば十分に対応することができます。
『金匱要略』に書いてある小半夏湯と小半夏加茯苓湯の条文を比較しますと,小半夏湯は嘔吐や噦に用いると述べてあります。一方,小半夏加茯苓湯では「心下支飲」とか,「膈間に水あり」,「水心下に停する」など,嘔吐の原因が胃の中の水分停滞にあることを明記しています。このことは小半夏加茯苓湯の治療目標が嘔吐ではなく,胃の中の水分停滞をさばくものである,その結果嘔吐もとまると考えて創方された処方だと思います。しかもこの水分停滞は,突然に発生したものでなく,そもそも体質的に水分が停滞しやすい,すなわち飲家に生じてくることを述べています。ですから小半夏加茯苓湯は,体質的な飲家の治療薬でもまるわけです。
水分代謝が円滑に行かず,体内に水分が溜まってきた状態を東洋医学では痰飲,または飲といいます。飲には停滞する場所があり,その場所によって症状も行なってきます。これを『金匱要略』で見ますと,飲の溜まる場所を4ヵ所に分けています。まず腸管に溜まると発汗あるいは無汗があり,身体疼痛がある,胸中に溜まると浮腫,咳嗽,呼吸困難が強く,歩行がてきず起坐呼吸をする,また嘔吐があると述べています。治療としては飲は水で陰性のもので冷たいものですから,「飲を病むものは温薬をもってこれを治す」と述べています。
小半夏湯や小半夏加茯苓湯は,いずれも温薬に属するものです。小半夏湯類の効く飲は,胃の飲ですが,この場所は中焦といい,体の中間部に当たります。そのため,ここに飲が溜まると上焦と下焦との陰陽の気の交流が阻害されて,上焦の病証である頭重,めまい,鼻梁骨痛,動悸が見られます。また下焦の病症の足の冷え,腰のだるさなども現われてきます。当然,陰が停滞する中焦の病症は最も著明に現われてきます。心下部のつかえ感,嘔気,嘔吐,吃逆,噯気,食欲不振,軟便あるいは下痢,尿量減少,背部,特に心兪かや膈兪のあたりの冷感や凝りなど,よゆ見られる症状です。これらの症状のうち小半夏加茯苓湯は心下部のつかえ,嘔吐,嘔気,眩暈,動悸に効果があると『金匱要略』に述べられています。ですから,これらの症状を目標に用いればよいわけです。
浅田宗伯(あさだそうはく)は『方函口訣』の小半夏湯の説明のところで,「水飲の症は心下痞硬し,七,八椎のところ手掌大ほどに限りて冷ゆるものなり。これらの証を目的としてこの方を用いる時は百発百中なり」と述べていますが,背部の冷えも参考になります。
張仲景以後,小半夏加茯苓湯は,先輩たちが臨床に応用している間に鼻梁骨痛に効果のあることを発見しました。このことについては宋に楊倓(ようたん)の『楊氏家蔵方』に触れられています。

■現代における用い方・症例提示
小半夏加茯苓湯が効く疾患を述べてみますと,嘔気,嘔吐を伴う急性,福性の胃腸炎,肝胆疾患,膵疾患などによく応用されます。また,中国ではメニエール症候群にも効果があると報告しています。その症例を紹介しましょう。
53歳の女性,3日間回転性のめまいが続き,嘔吐を繰り返します。嘔吐物は前量の薄い唾状のものばかりです。このようなめまいと嘔吐は年に数回起こり,一度起こると1ヵ月ほど続くので困っています。診察しますと,肥満体で,舌には薄い白苔があり,膩状になっています。脈は院,軟,滑を示しています。以上より水飲が胃に停滞しているためと診断して,半夏12.0g,生姜10.0gを投与しました。2日後,めまい,嘔吐もとまりましたが,さらに茯苓12.0gを加えて服用させました。以後2年間発作は起登っていません。なお西医の診断は内耳性眩暈症といっています。
この症例では嘔吐物の内容が薄い液状のものであること,肥満体であること,脈が沈,滑であること,舌に薄い白膩苔があることなどから胃に飲が停滞していると診断できます。ですから小半夏湯,次いで小半夏加茯苓湯を投与したものと思われます。
小半夏加茯苓湯と鑑別の必要な処方に,五苓散(ゴレイサン)の嘔吐があります。口渇があり,水を飲んでしばらくすると,大量の胃内容物を吐き出します。これを水逆と呼んでいます。
46歳の男の薬剤師,元来胃腸の弱い人でよく嘔気,下痢,食欲不振を繰り返します。1週間前に食べすぎて2回ほど下痢をしてから体が冷えて節々が痛み出してきました。これは温めたらよいと思って四逆湯(シギャクトウ)を服用することにしました。ただ焙附子(バイブシ)1.0g用いて服用したといっています。そうしますと体の痛みがとれてきました。ところが,それから背中と頭が痛み出し,胃の中に棒を差し込んだようにつかえてきまして,嘔気がしてきました。今も食事をすると嘔気があるといっています。また不思議なことに上半身が熱くて口渇もあります。しかし水は飲みたくないといっています。
嘔気,心下のつかえ,軽度の口渇,上半身の熱感などから,小半夏加茯苓湯に橘皮(キッピ)を加えて与えました。この薬は素晴らしくよく効いて1服ですべての症状がよくなりました。橘皮は胃の内容物を排出する薬能が強いので,この例のように胃の中の飲が経時的変化で熱を発生し,熱状が出てくれば早く胃の内容物を処理する必要があります。そうすると熱が当然とれてきます。ですから橘皮を加えて与えました。しかし,熱状もそれほど強くはなく,五苓散ほどの口渇もありません。また五苓散にあるような水をガブガブ飲むこともありません。そしていつも嘔気があります。これも重要な鑑別点です。ということから五苓散と鑑別できます。
そのほかの小半夏加茯苓湯の応用方法は,妊娠嘔吐によく効くということです。大抵の妊娠嘔吐にはこれを用いて効果があります。効果のない時は伏竜肝(ブクリュウカン)を加えると治まるものです。また小半夏加茯苓湯よりさらに寒の状態,虚証の状態になりますと,干姜人参半夏丸(カンキョウニンジンハンゲガン)を用いて治療します。
妊娠のつまりに用いることは張仲景の『金匱要略』に書いてありません。唐代の『千金要方』に載っていますが,この応用方法も仲景以後に見出された小半夏加茯苓湯の新しい応用方法です。
また小半夏加茯苓湯は,鎮嘔ばかりでなく,脾や心の機能も正常化します。次の症例はそのことを如実に示しています。
「25歳の男子,数年にわたって下痢が日に3~4回ある。食欲なく時々嘔気があり,全身倦怠が強く,痩せ衰えてどんな治療も効果がない。胃内停水が著明で,茯苓飲ブクリョウイン),六君子湯リックンシトウ),真武湯シンブトウ),人参湯ニンジントウ),参苓白朮散ジンリョウビャクジュツサン),桂枝人参湯(ケイシニンジントウ)などを次々と服用させたが効果なく,困却して治を辞せんとしたことがある。嘔気と胃内停水を目標に小半夏加茯苓湯を与えたところ,胃内停水はようやく去り,食欲進み,体力回復し,4年後に結婚することができた」という,数矢道明先生の治験例です。
胃内停水がとれたのは胃の降下作用が回復したためですが,その結果,降下作用低下による嘔気も止まりました。胃の機能がよくなると,脾の機能も回復し,食欲が進み,倦怠感もとれ,体力が回眼したものと考えられます。
もう1例をあげましょう。ケロイドができて赤くなって痛む患者さんがいました。聞きますと,胃腸の調子が悪くて嘔気のある時は特に痛んで真赤になるといいます。そこで小半夏加茯苓湯に人参を加え,さらに血行をよくするために丹参(タンジン)を加えて与えましたところ,食欲が出るとともに体も非常に元気になり,不思議なことにケロイドの痛みが止まりました。そういうことを数ヵ月続けているとケロイドは小さくなり,小さなケロイドはいつの間にか消失しました。このような不思議な例もあります。
いずれも脾胃の治療が,難病の治療方法につながってくるということで,小半夏加茯苓湯を用いて,体をよくすることは,いろいろな疾患の治療になってくるということです。

■参考文献
1) 浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』小半夏湯,浅田宗伯処方全集,1993
2) 湯本求真:『皇漢医学』(Vol.Ⅱ),小半夏湯に関する師論.燎原書店,1976
3) 張 有俊:『経方臨証集要』小半夏湯証,河北人民出版社,1983
4) 孫 思逸:『備急千金要方』(Vol.Ⅱ),婦人方上,妊娠悪阻第二.自由出版社,中華民国65年 (1976)
5) 矢数道明:『臨床応用漢方処方解説』.創元社,1976

※焙(ばい)     とろ火で乾燥させる。
↔ 炮(ほう)     鉄の鍋で黄色くなるまで、あるいは破裂するまで乾煎りする。



『勿誤薬室方函口訣(61) 日本東洋医学会評議員 柴田 良治
 -小半夏湯・小半夏加茯苓湯・小檳榔湯・升麻鼈甲湯・升陽散加湯-

次は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)に移ります。これも『金匱要略』の薬であり,「にわかに嘔吐する時、心下痞する時は膈間の水あり。眩悸する者は小半夏加茯苓湯之を主る」とあります。森田先生は、次のようにいっております。すなわち「突然嘔吐した時、心窩部がつかえるのは、横膈膜付近に循環障害があるからで、眩暈と動悸を訴える場合は小半夏加茯苓湯の指示である」。
そして次のように解説しております。「本条は心窩部に循環障害がある時の証治を論ずる。丹波元堅および浅田栗園は、”これもまた心支飲の症なり”といい、”およそ嘔吐の雑症は嘔によって飲はまさに去るべし。しかるに心下痞して眩悸せるものはこれ膈間に支飲がある故なり”といい、黄樹曽は”驟然として嘔吐する時は邪は上より越し、心下はまさに空眩無碍なるべきに、すなわちかえって痞満眩悸するは自らの膈間に水あるの症とす。けだし水飲が上逆する時はすなわち嘔吐し、水が阻む時は清陽は升らずして眩をなし、水が心を凌ぐ時はすなわち悸をなす”という。すなわちうっ血性胃炎のために嘔吐せるも、粘膜、肝臓、門脈系のうっ血が依然として存在するために、患者は眩暈、心悸亢進を訴える場合の治法である」と論じております。
陸淵雷という人は、「この方の証は小半夏湯ショウハンゲトウ)の証にして心痞と眩悸を加う。故に方中に茯苓(ブクリョウ)を加え、これをもって鎮気行水す。心下痞は胃中に水の満つるの故による。その瀉心湯シャシントウ)の痞に疑わしきをもって故に自ら註して膈間に水ありという時は、胃部は必ず振水音あるを知るべし。さらに嘔吐、眩悸を参合する時は、瀉心湯証の気痞に非ざるを知るなり」といって、瀉心湯との鑑別を述べております。
「小半夏加茯苓湯方。半夏5g、生姜2.5g、茯苓3g。以上三味、水700mLをもって煮て150mLをとり、75mLずつ二回に温服せよ」とあります。
黄樹曽という人は、この薬について「生姜はよく嘔吐をとめ、半夏はよく痞を開き、茯苓はよく水を行(めぐら)して眩悸をとめるによる。いわんや苓桂朮甘湯リョウケイジュツカントウ)、葵子茯苓散(キシブクリョウサン)は、みな茯苓をもって眩を治成、苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)、茯苓甘草湯(ブクリョウカンゾウトウ)、真武湯シンブトウ)、理中丸リチュウガン)はみな茯苓をもって悸を治す。茯苓は眩悸の要薬であることがわかる。すなわち桂枝甘草湯(ケイシカンゾウトウ)、小建中湯ショウケンチュウトウ)、炙甘草湯シャカンゾウトウ)の悸を治するはみな桂枝にたよる。半夏麻黄丸(ハンゲマオウガン)の悸を治するもまた半夏を用い,沢瀉湯(タクシャトウ)の冒眩を治するに主として沢瀉(タクシャ)をもってするのは悸に血虚,飲邪の不同があって,眩は冒を兼ねるのとそうでないのとによって違い、その上、悸に桂枝を用いるのは心中下に関係があり、半夏を用いるのと茯苓を用いるのとは、また臍間臍下の別がある。茯苓、沢瀉が眩を治するのは葵子茯苓散、沢瀉湯がめまいを治すことによって明らかである。眩が水による時は半夏のよいところである。しかし、水が膈間にある時はすなわち用い、水が臍下にある時は用いない」といっております。
『口訣』を読みます。「此方は前方の症に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐、不食、心下痞鞕、或は頭眩する者は効あり。総て飲食進まざる者、或瘧疾日を経て食が進まざる者には、此方に生姜を倍加して能く効を奏す」とあります。
解説しますと、「この薬は、小半夏湯の症であるむかつきと嘔吐に、胸、胃に水のめぐりが悪くなり、溜まってその上に水を飲みたがるものを治すによい。またその上に、嘔吐したり、食が進まず、心窩部につかえ、硬く触れ、あるいはめまいするものによい。すべて飲食が進まない、熱病で食欲がない時には生姜を倍にして有効である」ということであります。
大塚敬節先生の治験によりますと、妊娠のつわりには黄土(オウド)を加えて非常によいといっております。『漢方と漢薬』九巻七号にあります。黄土は寵の中のもっともよく火に当たり焼けた土で、寵の神様の名前から伏竜肝(フクリュウカン)と呼ばれるもので、先に述べた京大病院の約束処方伏竜肝煎(ふくりゅうかんせん)と同じ意味になります。

※寵? 竈(かまど・竃)の間違い?


『類聚方広義解説(70)』 日本東洋医学会会長 山田 光胤
本日は小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)から読みます。「小半夏湯の証にして、眩悸する者を治す」とあり、これは東洞先生のコメントです。眩悸とは眩暈、動悸のこと、つまりめまい、心悸亢進のことです。
次はその内容です。「小半夏湯の方内に茯苓三両を加う。半夏一升、生姜半升、茯苓三両」で、『類聚方広義』にはそれぞれの分量が入っておりませんが、今私が読みましたのは『金匱要略』の分量を書き加えたわけです。この処方も前の小半夏湯と同じように『金匱要略』に出ている処方です。
次は作り方です。「右三味、煮ること小半夏湯のごとし」とあり、三味は三種の薬で、小半夏湯と同じ作り方をします。繰り返しますと、小半夏湯は水七升を以て煮て一升半を取り、分かち温めて再服す、となっております。
次に条文を読みます。「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間(かくかん)ありて眩悸する者、小半夏加茯苓湯之を主ると続きます。急に嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて、胃のあるあたりに水の音がする(胃内停水のことです)、そして、めまい、動悸のするものには小半夏加茯苓湯がよいという指示です。卒(にわか)にというところを『千金方』では「諸」となっておりまして、諸種の嘔吐に効があるというわけですので、この処方は急に起こった嘔吐だけではなく、いろいろな吐き気に使うわけです。妊娠中のつわりによく使います。生姜は生のショウガを使います。乾燥させたショウガではあまり効果はありません。
次の条文は「先に渇し、後に嘔するは、水心下に停まるとなし、これ飲家に属す」で、小半夏加茯苓湯之を主る、と続くわけです。のどが乾いて、あとから吐き気が出るというのは、胃内停水があるということです。痰飲、水毒があるものですから飲家というわけです。要するにいろいろな吐き気に用いますが、よくつわりに使いますので、これはつわりの薬として有名です。ただし半夏は、少し体を冷やす働きがありますので、同じつわりで吐き気がする場合でも、冷え症で体の弱い人にはこれを使えないことがあります。その場合にはおなかの中を温めるような薬、たとえば甘草乾姜湯カンゾウカンキョウトウ)、人参湯ニンジントウ)などを使いますが、この中には乾姜が入っています。乾姜は生姜と違って、体内を温める働きがあります。生姜は吐き気を止める作用に徹しているわけです。



『類聚方広義解説II(74)』日本漢方医学研究所常務理事 山田 光胤
-小半夏湯・小半夏加茯苓湯・大半夏湯-

■小半夏加茯苓湯

次は小半夏加茯苓湯です。

小半夏加茯苓湯 治小半夏湯證。而眩悸者。
小半夏湯方内。加茯苓三兩。
   半夏一錢八分生姜一錢二分茯苓六分
右三味。煮如小半夏湯
卒嘔吐。心下痞。『膈閒有水。』眩悸者。○先渴後嘔。
爲水停心下。此屬飮家。』


小半夏湯の証にして、眩悸するものを治す」という吉益東洞先生のコメントは、『方極』の記載です。
小半夏湯の証で、眩暈や動悸がするものを治す、ということです。
薬方の内容は、次のようになっています。
小半夏湯方内に、茯苓(ブクリョウ)三両(約5g)を加う。
半夏(一銭八分)、生姜(一銭二分)、茯苓(六分)」。
この分量は尾台榕堂先生の書き入れです。現在では半夏6g、生姜6g、茯苓6gくらいで、合わせて使っています。
「右味三、煮て小半夏湯のごとくす」。
条文は、「卒(にわか)に嘔吐し、心下痞し、膈間に水ありて、眩悸するもの」とあります。
急に強い嘔吐が起こって、みぞおちがつかえて苦しくなり、胸廓の主として胃の中に水が停滞していて、そのために眩暈や動悸するものを主治する、ということです。
「まず渇して後嘔するは、水心下に停るとなす。これ飲家に属す」。
初め喉が渇いて、そして水を飲んだり食べたりすると嘔吐が起きるのは、水が心下に停まっているので、こういう人は水飲の証に当たる、ということです。
これは『金匱要略』の痰飲咳嗽篇の条文です。小半夏加茯苓湯の応用の解説などは、小半夏湯のところで述べましたので省略しますが、現今の漢方製剤は小半夏湯ではなくて小半夏加茯苓湯になっています。両者を比較しますと、日常応用するのには小半夏加茯苓湯のほうが使いやすいので、エキス剤はこちらを使っているのであろうと思います。
いずれも妊娠悪阻に使われる代表的な処方です。注意しなければならないことは、半夏は寒剤で、冷やす薬だということです。生姜も体を温める働きはありませんから、嘔吐を主訴とする妊娠悪阻でも、元来虚弱で、冷え性の人には小半夏湯、小半夏加茯苓湯は合いませんから、裏の温まるような薬、たとえば人参湯のようなものを使わなければいけません。



《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集中日漢方研究会
40.小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりようとう) 金匱要略
半夏6.0 生姜(乾1.5)6.0 茯苓5.0
(金匱要略)
○卒嘔吐,心下痞膈間有水,眩悸者,本方主之(痰飲)
○嘔家不渇,渇者為欲解,本渇今反不渇,心下有支飲故也,本方主之(痰飲)
○先渇後嘔,為水停心下,此属飲家,本方主之(痰飲)


現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部に水分停滞感があって,尿量減少し悪心,嘔吐するもの。
本方は妊娠悪阻の薬方として広く知られているが上半身に停滞する水毒症状に適する。自覚的には胃部に水分停滞感があって重苦しく,排尿量が少なく吐物はほとんど水分で,めまいや心悸亢進などを伴うことが多い。本方は以上の症候群を発現するものであっても,衰弱や消化器機能障害を認めるものには効果が少ない。小半夏加茯苓湯は比較的体力のあるもので平素胃腸が丈夫なものの前記水毒症状によく適応する。類方との鑑別は
半夏瀉心湯>嘔吐や悪心が主訴で,胃腸が弱く食欲減退や腹鳴,あるいは下痢などを伴うものによい。
半夏厚朴湯>嘔吐よりも悪心が著明で,神経症状を伴い胸部の異物感や恐怖感などを自積し,胃下垂,胃アトニーの傾向があり顔色栄養ともに不良のものに適する。
五苓散>嘔吐,悪心,口渇が著しく頭汗,頭重,下痢などを伴うものを目安にする。
呉茱萸湯>悪心,嘔吐,発作性の頭痛があるもので,発作時に四肢の冷感を自覚する頭痛に奇効がある。以上のほか大柴胡湯小柴胡湯柴胡桂枝湯などに嘔吐を認めるが,これらはいずれも水毒以外の誘因で,嘔吐中枢が働いていると考えられる。


漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○強い悪心嘔吐に用いる。その嘔吐は,胃内停水に版るものである。したがって腹診すると心下部に振水音がみとめられる。しかし心下部振水音がはっきりしないこともある。
また,尿利減少,めまい,動悸などを伴うことが多く,のどがかわくこともある。


漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は胃内停水があって,嘔吐を発するものを治する。尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈等を伴う場合が多い。未だ甚だしく衰弱せず,また貧血,厥冷等の症候のないものに用いる。方中の半夏,生姜は嘔吐を治する主剤である。茯苓は半夏と協力して胃内停水を誘導し,尿利をよくする。以上の目標に従って本方は妊娠嘔吐,諸病の嘔吐,急性胃腸カタル,水腫性脚気に伴う嘔吐,小児の嘔吐等に応用される。また無熱性の湿性胸膜炎に用いて滲出液の吸収を促す効がある。


漢方処方解説〉 矢数 道明先生
この方は胃内停水があって,嘔吐を発するものに用いる。最もしばしば用いられるのは妊娠嘔吐(つわり)である。そのほか諸病で嘔吐のやまないもの,急性胃腸炎,水腫性脚気にともなう嘔吐,小児の嘔吐,湿性胸膜炎や蓄膿症などに応用されることもある。胃内停水,嘔吐,尿利減少,口渇,心悸亢進,眩暈をともなうことが多く,甚だしく衰弱せぬものによい。貧血や厥冷などの症候のないものに用いる。

勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此の方は,小半夏湯に停飲を兼ねて渇する者を治す。又停飲ありて嘔吐不食,心下痞硬,或は頭眩する者に効あり。総べて飲食進まざるもの,或は瘧疾日を経て食進まざる者に此方に生姜を倍加して能く症を奏する。

古方薬嚢〉 荒木 性次先生
にわかに吐き気を催して吐し,胃のあたりがつかえ詰りたる感じして,めまいしたり,動悸したりする者,心下の気持が悪くなると,めまいしたり,動悸が生じたりするというところが大切のところなり。また初めに甚だ咽が乾きらんと水を飲んだ後て,吐気を催し,吐き気の止まらぬ者に宜し。

漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
運用 嘔吐
「卒嘔吐,心下痞す。膈間に水有り。眩悸するものは小半夏加茯苓湯之を主る」
(金匱要略痰飲)に従って嘔吐と心下痞,眩悸のあるとき,嘔吐なくて心下痞眩,又は悸があるときなどに応用する。尤氏の註を見ると飲気が胃に逆すると嘔吐し気に滞ると心下が痞す。心を凌せば悸す。陽を蔽えば眩するという。つま全飲が胃,気,心,陽などに禍を及ぼすとの説明である。条文の膈間に水有りが曲者で,痰飲は胸中,膈上,膈間,心下等に停滞し,膈間に在るものも木防已湯の証をはじ額として,必ずしも嘔や悸ばかりでなく他の症状を呈するが,小半夏加茯苓湯の場合は膈間の停飲のために上下の気の交流が妨げられ上焦の陽気が虚して上衝を起す。それが痰飲と一緒になって嘔,眩,悸を起す。一方心下部に於ては胃気の虚のために心下痞を起す。之は現代医学的に説明すれば内臓筋肉連関になろう。「先づ渇して後に嘔するは水心下に停るとなす。これ飲家に属す。小半夏加茯苓湯之を主る」(同上)
(中略)本方は嘔吐だけでなく眩や悸にも使えることを記憶しておきたい。嘔吐を治する処方は頗る多いが,臨床的には特に柴胡剤,瀉心湯類,人参湯五苓散などと区別を要する場合が多い。





副作用
(1)副作用の概要
1) 重大な副作用と初期症状
特になし
2) その他の副作
特になし