豆豉(とうし)とは、香豉(こうし)、淡豆豉(たんとうし)、大豆豉などともいい、黒ダイズを発酵させて作ったもので、その製法は「本草綱目」(ほんぞうこうもく)という書物に詳しく出ています。
このようにして正式に作られた豆豉(とうし)は、日本では市販されていないので、自分で作るか、さもなければ食料にする普通の納豆(なっとう)を乾燥して、それを代用します。
ただ、豆豉(とうし)は麹(こうじ)を用いて製造するのに対し、納豆(なっとう)は納豆菌(なっとうきん)を用いて製造します。麹(真菌(しんきん))と納豆菌(細菌(さいきん))では、種類が全く異なるので、本当に納豆で代用できるのか不明です。「塩辛納豆」(しおからなっとう)は、麹による発酵ですので、こちらなら普通の納豆より豆豉(とうし)に近いかもしれません。塩辛納豆は、「大徳寺納豆」、「浜納豆」、「寺納豆」などとも呼ばれます。豉の訓読みは「みそ」となっていますので、大豆を麹で発酵させるのでしたら、納豆よりも味噌(みそ)の方が近いのかもしれません。
豆豉(とうし)は炎症を去って、熱を下げるとともに、鎮静、解毒の効果があり、また消化を助けます。
『漢方のくすり事典』(医歯薬出版)には次のように書かれています。
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豆豉(ずし)
別名:淡豆豉(たんとうし)・香豉(とうし)・淡豉(たんし)・大豆豉(だいずし)
味:苦 性:寒 帰経:肺・胃 効能:解表・除煩
マメ科のダイズの種子(㊥黒大豆豆豉Glycine max)を蒸して発酵させたものを乾燥して用いる。日本では豆豉というが、中国では淡豆豉あるいは香豉、淡豉などという。蒸して発酵させるときに桑葉(そうよう)や青蒿(せいこう)を用いたり、蘇葉(そよう)や麻黄(まおう)を用いるなどいくつかの異なる加工方法がある。
「豉」は「くき」ともいい、納豆(なっとう)に近いものを指す。
豆豉には鹹豉(かんし)と淡豉(たんし)との区別があり、塩を加えたものを鹹豉といい、塩を加えていないものを淡豉という。
かつて鹹豉は醤油(しょうゆ)や味噌(みそ)よりも古い調味料として利用されてきた。
薬用には塩を加えない淡豉を用いる。
淡豆豉では豆の表面は黒く、縦横にしわがあり、質はもろくて砕けやすい。かび臭いにおいがあり、甘い味がする。成分には脂肪やタンパク質、酵素などが含まれている。漢方では解表・除煩の効能があり、熱性疾患や熱病後の不眠、煩躁(はんそう)などに用いる。軽い風寒型の感冒などで発熱、悪寒、頭痛のみられるときには葱白(そうはく)などと配合する(葱豉湯)
熱感や咽痛がある風熱型の感冒には薄荷(はっか)・金銀花(きんぎんか)などと配合する(銀翹散(ぎんぎょうさん))。
この際、麻黄や蘇葉とともに加工した豆豉は風寒型の感冒、桑葉や青蒿(せいこう)を用いた豆豉は風熱型の感冒に適しているといわれている。
また熱病の後で胸中(きょうちゅう)が煩悶(はんもん)したり、不眠が続くときには山梔子と配合する(梔子豉湯)
→ 大豆黄巻(だいずおうけん)・黒大豆
注(振り仮名の多くは勝手に付けています)
・青蒿(せいこう):キク科 Compositae のカワラニンジン Artemisia apiacea HANCE、クソニジン A. annua L. などの全草
・葱白(そうはく):ユリ科 Liliaceae ネギAllium fistulosam の根部に近い白い茎
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薬方としては、梔子豉湯(しししとう)、梔子生姜豉湯(しししょうきょうしとう)、枳実梔子豉湯(きじつしししとう)、梔子大黄豉湯(ししだいおうしとう)、瓜蒂散(かていさん)などがありますが、余り使われていません。
中医学で風邪薬によく用いられる「天津感冒片」(てんしんかんぼうへん)や「涼解楽」(りょうかいらく)に豆豉(とうし)が配合されています。これを風邪に用いる目標は、のどが痛くて、体が熱をもっている、のどが渇くなどです。このような場合には、日本の漢方だと、葛根湯(かっこんとう)に桔梗石膏(ききょうせっこう)を加えることが多いようですが、中国医学では、葛根湯は「寒」に用いる漢方薬方なので、このような用い方はしないようです。
中医学における淡豆豉の英語での説明は下記のとおりです。
Semen Sojae Praeparatum
Source The fermented seed of Glycine max (L.) Merr., family Leguminosae.
Characteristics The prepared seeds elliptical, somewhat compressed, shrunken, and black in colour, soft. Acrid, sweet and slightly bitter in taste, cold in nature, and attributive to lung and stomach channels.
Indication 1.Expel the exogenous evils from the body surface: For common cold of wind-heat type, used together with Flos Lonicerae, Herba Menthae, etc,; and with Bulbus Allii Fistulosi for wind-cold type.
2. Get rid of vexation: for later stage of febrile diseases with chest upset and restlessness.
Administration Decoction: 10-15g.
『漢英 常用中薬手冊』より
近年、この豆豉エキスを用いた特定保健用食品(トクホ)が上市されました。ただ、文字が間違っていて「豆鼓エキス」となっています。本来は
「豆豉エキス」のはずなのですが……。
豉の文字は、偏(左側)が「豆」で、旁(右側)が「支」ですが、この豉の文字がJISの第二水準までに無いので、良く似た字をあてたのでしょうか?
学研の大漢和辞典によると、「豉」の音読みは「シ」、ピンインは「chi」、訓読みは「みそ」となっています。 第3水準 区点=9222 16進=7C36 シフトJIS=EEB4 Unicode=8C49
一方「鼓」の音記みは「コ」、「ク」、ピンインは「gu」、訓読みは「つづみ」となっています。第1水準 区点=2461 16進=385D シフトJIS=8CDB Unicode=9F13
このように、意味も読みも全く異なりますので、いくら見た目が似ていても、代用できないと思います。ただ、厚生労働省も認めてしまっていますので、「悪貨は良貨を駆逐する」ではないですが、「つづみ」の方が認知度が高いようです。
トクホとしては、「α-グルコシダーゼ阻害による血糖値上昇抑制作用」が認められています。http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail668.html
α-グルコシダーゼ(alpha- glucosidase)とは、小腸粘膜上皮細胞に存在する二糖類分解酵素のことです。デンプンなどの炭水化物は唾液(だえき)や膵臓(すいぞう)からのα-アミラーゼによってグリコシド結合が切断されて、多糖もしくはオリゴ糖に分解されます。この多糖及び二糖類は、更にα-グルコシダーゼによってブドウ糖(グルコース)に分解されます。このα-グルコシダーゼを邪魔することで血糖値を抑えるようです。
同様な働きを持つものとして、健康食品では、桑の葉(マルスエキスも類似品)、蚕(カイコ)、サラシア、インスリーナ葉(南米アマゾンのブドウ科セイシカズラ属の植物の葉)、パロアッスル、コレウス(コレウスフォルスコリ)、イナゴ豆(カロブ豆)、アオバナ(ツユクサ、オオボウシバナ)、ソバ殻抽出物、タマネギ外皮、タマネギ発酵物、ポルフィラン(海苔由来)などがあります。
サラシアは、サラシア・オブロンガ(Salacia oblonga)、サラシア・レティキュラータ(Salacia reticulata)、ポンコランチ(Ponkoranti タミール語)、コタラヒム、コタラヒムブツ(Kothalahimbutu シンハラ語))など、いろいろと呼ばれています。
医薬品としては、グルコバイ(アカルボース)、ベイスン(ボグリボース)などがα-グルコシダーゼ阻害薬として利用されています。医薬品の副作用としては、腹痛、腹部膨満感、軟便などがありますが、これらはいずれも、α-グルコシダーゼ阻害作用により、小腸で分解されなかった糖質が大腸に運ばれ、大腸の腸内細菌によって分解されてガスが発生するためです。
医薬品も健康食品も基本的な作用機序は同じですので、同様な副作用が起こる可能性があります。ただ、腹痛、腹部膨満感、軟便などの副作用は、服用を続けると自然になくなることが多いようです。
トクホとしては、血糖値に関する効果が認められていますが、血圧に対する効果も期待できそうです。下記のサイトによると、豆豉には、ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害作用があるそうです。http://www.affrc.go.jp/ja/research/seika/data_jircas/h16/2004_15
高血圧対策トクホの多くは、カツオやイワシ、乳たんぱく質、ゴマなどから作り出したACE阻害ペプチドを配合していますので、豆豉エキスも同様な効果が期待できると思われます。
現在市販されている豆豉に、ACE阻害作用がどれだけあるかは不明ですが、糖尿病の改善とともに、血圧の改善も期待できますので、メタボに良いかもしれません。
ただ、空咳の副作用の心配もあります。
ACEは、アンジオテンシⅠを切断して、血圧を上昇させるアンジオテンシンⅡを生み出す酵素です。この酵素の働きを阻害(邪魔)すると、アンジオテンシンⅡのできる量が減少し、血圧が下がります。
ところがACE阻害剤は同時に、咳の刺激物質と考えられているブラジキニンを分解する酵素も阻害してしまう作用もあります。つまりACE阻害剤を服用すると、ブラジキニンの量が増えで、空咳という副作用が出ることがあるのです。このため、ACE阻害作用を持つトクホは、「体質や体調によりまれに咳が出ることがある」という注意書きを表示しています。
ただ、トクホのACE阻害作用は、「医薬品の100~1000分の1と、極めて弱い」とも言われていますので、副作用の可能性も低いと思われます。
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/299600.html
現在市販されている豆豉に、ACE阻害作用がどれだけあるかは不明ですが、糖尿病の改善とともに、血圧の改善も期待できますので、メタボに良いかもしれません。
高血圧対策トクホの中で、ヤクルトのプレティオは、ギャバ(γアミノ酪酸、GABA)が有効成分で、血管の収縮を抑えることにより血圧を下げるので、この空咳の心配はありません。
同様に、杜仲葉配糖体(ゲニポシド酸)を有効成分とする小林製薬の「杜仲茶」や「杜仲源茶」も、副交感神経を刺激して末端の動脈の筋肉をやわらげ、血管を拡げて血圧を下げる作用がありますので、空咳の心配はありません。