健康情報

2009年9月5日土曜日

康治本傷寒論 第十二条 太陽病,項背強几々,無汗,悪風者,葛根湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
太陽病、項背強几几、無汗、悪風者、葛根湯、主之。

[訳] 太陽病、項背こわばる こと几几しゅしゅ 、汗なく悪風する者、葛根湯これを主る。

冒頭の太陽病という句は、この条文の性格を規定しているとみる立場では、第五条、第六条と同じく太陽病の基本条文であることを示している。しかも二句目までは第六条と同じであるから互文の関係になり、この条文は太陽傷寒の症状を述べたものとなり、第六条と同じように発熱も頭痛もあることになる。『解説』一九五頁のように「この章では発熱を挙げていないが、悪風をいうからには発熱を伴うものと考えねばならない」とか「この章では頭痛を挙げていないが、太陽病に頭痛があるからには、頭痛を伴うのは当然である」とかいうように解釈するのは論理的でない。
項強背強が加わることは太陽病にさらに陽症が加わることだから、陽病の性格が強くなっているので無汗を伴うのである。第六条のように反無汗としない理由はここにある。汗出よりは症状は重たいのである。『解説』一九四頁のように、項背強の症状だけでは「桂枝加葛根湯葛根湯との区別はつかない。そこで汗なく悪風を挙げて、汗出で悪風の桂枝加葛根湯との鑑別を示している」という説明は、実用だけを考えた方証相対の説であって、条文の解釈にはならない。
悪風とあるのは傷寒は(+-)の型の病気であることを示しているのであるが、何故悪寒と言わないかについては色々と議論されている。私は悪寒は第一三条の葛根湯証のためにとってあるのだと解釈している。第一二条に無汗とあるだけで第六条の桂枝加葛根湯よりも重症であることがわかるので、臨床的には悪寒と言ってもよいのであるが、悪寒は更に重症な時(第一三条)のために残しておくのである。
『講義』四七頁では「悪風、悪寒は互に称す。必ずしも浅深の別に非ず」と説明しているが、第五条の桂枝湯条の場合(一九頁)には「悪風は悪寒に比ぶればその証軽浅なり」と述べている。このように相反する解釈はその根拠を示さない限り、納得はできない。『解説』で「悪風の代りに悪寒のあることもある」というように臨床的にどちらでもよいとだけ説明することは、第一二条で悪風という語をえらんだ理由を考えようとしていないことである。
私の解釈では第一五条の麻黄湯証に悪風が使われ、第一六条の青竜湯証に悪寒が使われていることに対応していると見ることなのである。
この条文は第六条よりは陽病の性格が強くなっているから、桂枝加葛根湯に麻黄を加えて発汗作用を強くしなければならないのである。これが葛根湯主之ということになる。

葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚劈。 右七味、以水一斗、先煮葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。

[訳] 葛根四両、麻黄三両節を去る、桂枝二両皮を去る、芍薬二両、甘草二両炙る、生姜三両切る、大棗十二枚劈く。 右七味、水一斗を以って、先ず葛根、麻黄を煮て、二升を減じ、白沫を去り、諸薬を内り、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服する。

第六条と同じように桂枝加葛根麻黄湯と何故言わないのだろう。桂枝湯を基準にしてその去加方をつくる方法は第九条までにその諸例を示してあるので、第一二条からは処方中の主薬を先に置いたのである。第六条でも主薬は葛根なのであるが、去加方の形を示すために葛根を一番終りに置いたのである。
桂枝と芍薬が二両となっていて、一両少いのは、葛根と麻黄が加わるために一両減じても臨床的に差支えないことを示しているが、『集成』のように桂枝湯の場合と同じく三両にしてもよい。
『講義』では「葛根湯麻黄湯の地位にして、麻黄湯よりも軽し。故に病邪未だ骨節に迫らずして尚筋脈の位に在り。是れ本篇において先ず葛根湯を掲げ、次に麻黄湯に及ぶ所以なり」としているが、『集成』では「此の条は乃ち太陽傷寒にして項背強る者なれば、麻黄湯くらべて一等深き者なり」という。しかしこれは両書とも間違っている。両者の症状のちがいは系列のちがいを示しているのであって、病邪の浅深を示しているのではない。だからこそ第一二条にも、第一五条(麻黄湯)にも、無汗悪風という同じ表現が使われているのである。しかし詳細はもう少し後に明らかにする。
『解説』には「汗出で悪風は表虚であり、汗なく悪風は表実である」と説明してある。この説は一般に受け入れられているが、表虚も表実も傷寒論には用いられていない術語である。これを関連して、劉棟(白水田良のこと)曰く、「傷寒と中風は脈と汗とを以って分別となす」とは、傷寒は脈緊、無汗であり、中風は脈緩、汗出であるということで、これに賛成する人も多い。
また傷寒の指標に悪寒を加え、中風に悪風を加える場合もある。これらの観点から次の処方の性格について各種の見解が生ずることになる。(表)

成無己 山田正珍 荒木正胤 私説
桂枝湯 中風表虚 中風表虚 中風表虚 中風
桂枝加葛根湯 中風表虚 中風表虚 中風表虚 傷寒
葛根湯 中風表実 傷寒表実 傷寒表外実 傷寒
麻黄湯 傷寒表実 傷寒表実 中風表外実 中風
大青竜湯 傷寒表実 傷寒表実 中風表外実 中風

私はこの表代的な三者のいずれにも賛成できない。私は第五条以下では、傷寒と中風という語は系列を示す用い方をしていて、第四条までの病の緩緊、良性と悪性を示す用い方と全く別の意味になっていると解釈するからである。
『入門』、『講義』、『解説』は『集成』(山田正珍)と同じ解釈をしている。これらの諸先輩の説に私が賛成しない理由は、第一五条(麻黄湯)と第一六条(青竜湯)のところでもう一度説明する。


『傷寒論再発掘』
12 太陽病、項背強几几、無汗、悪風者、葛根湯主之。
(たいようびょう、こうはいこわばることしゅしゅ、あせなく、おふうするもの、かっこんとうこれをつかさどる。)
(太陽病で甚だしく項背がこわばり、汗が自然に出ることはなく、悪風するようなものは、葛根湯がこれを改善するのに最適である。)

この条文は桂枝湯に葛根と麻黄が追加されたような生薬構成を持った葛根湯の使い方に関する最も基本的な条文です。
「項背強」があって、汗が自然に出るような場合は、第6条で示されているように、桂枝湯に葛根を加えた、桂枝加葛根湯で改善されるわけである。これに対して、「無汗」の場合はさらに「麻黄」を追加した、葛根湯でその異和状態が改善されていくことが示されているわけです。
臨床的な経験から言えることは、桂枝加葛根湯が適応する人よりも葛根湯が適応する人の方が、一般的に強健な感じがするものですし、また、そういう人の方が風邪などをひいた時でも、無汗の傾向があるようです。従って、麻黄の入っている葛根湯で十分に発汗していくことが異和状態の改善に良い効果をもたらすようですし、麻黄の入った葛根湯の方が桂枝加葛根湯よりも、発汗作用という面では強いように思われます。
その時、その時の生体の全一体としての条件に応じで、適応となる薬方は微妙に相違するわけで、そこを上手に合わせていく、その能力を向上させるためには、多くの臨床経験が必要となってくるのですが、また、古典の正しい研究も大切なものとなってくるわけです。この「傷寒論再発掘」という研究も、究極的には臨床家の臨床能力の向上を目指しているわけです。従来の傷寒論の研究が、あまりにも難しくなりすぎている感じですので、もっと悠々と大道を歩むように、やさしい道はないものか、と努力してみているわけです。

12' 葛根四両、麻黄三両去節、桂枝二両去皮、芍薬二両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚劈。
右七味、以水一斗、先煮葛根麻黄、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
(かっこんよんりょう、まおうさんしょうふしをさる、けいしにりょうかわをさる、しゃくやくにりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく。みぎななみ、みずいっとをもって、まずかっこんまおうをにて、にしょうをげんじ、はくまつをさり、しょやくをいれ、にてさんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

桂枝湯の時と比べて、桂枝と芍薬が一両すくなくなっており、葛根と麻黄を先に煎じていく点が若干相違しています。
この湯の形成過程は桂枝加葛根湯に麻黄が追加されていったと思われますので、その生薬配列は、桂枝湯加葛根麻黄であった筈です。「原始傷寒論」を初めて書いた人がこの長い湯名をもっと短いものにする必要が生じた時(「正証」の条文にこの湯をもってくるようになった時)、葛根・麻黄を桂枝湯の前にもってきたような生薬配列にして、その最初の生薬の葛根の名をとって、葛根湯と命名したようです(第12章2項参照)。
古代人はこの桂枝加葛根湯に麻黄を追加した葛根湯の形成過程の体験を通じて、生薬構成の中に桂枝と甘使がある時、麻黄が追加されると、強い 発汗作用 が出てくることを知ったのかも知れません。そこで古代人は麻黄桂枝甘草の生薬複合物を作って、自分で試したかも知れません。筆者自身が試してみたところ、かなりの発汗作用と鎮痛作用のあることを知りました。多分、このような経験がのちに出てくる「麻黄湯」の形成に大いに役立っているのではないかと、筆者は推定しているのです。


『康治本傷寒論解説』
第12条
【原文】 「太陽病,項背強几几,無汗,悪風者,葛根湯主之.」
【和訓】 太陽病,項背強ばること几々(キキ),汗なく,悪風する者は,葛根湯之を主る。
【訳文】 太陽病(①寒熱脉証 浮 ②寒熱証 発熱悪寒 ⑤表熱外証)で,特に表熱外証は項(ウナジ)が縮んだようになって項背部が強直し,汗の状態は肌膚部が正常時よりも緊張傾向にあるために出ない(④緩緊証 無汗)場合は,葛根湯でこれを治す.
【句解】
几几(キキ) :身体が伸びない状態をいう.
悪風(おふう) :悪寒の互文,弱い寒気のこと.
【解説】 太陽病の表熱外証(特異症候)が頭項強痛であることは,先の第1条で論じてあるとおりです.緩証では,頭痛には桂枝湯が,項強には桂枝加葛根湯が配当されていました.このような配当を緊証側で当てはめてみると,図1のように考えられます.

図1 緩緊証における頭項強痛と方剤との関係


緩証 緊証
中風(自汗) 傷寒(無汗)
桂枝湯………………頭痛(気症) 頭 (気症)頭痛………………麻黄湯


桂枝加葛根湯……項強(血症) 痛 (血症)項強………………葛根湯


緩証を論じたところでは,過多排泄症候(自汗)をあらわす頭痛・項強を掲げ,緊証を論じているこの条では,過少排泄症候(無汗)をあらわす頭痛・項強を掲げて急性病における体質について完全な区別をすることを述べています.

【処方】 葛根四両,麻黄三両去節,桂枝二両去皮,芍薬二両,甘草二両炙,生姜三両切,大棗十二枚劈,右七味以水一斗,先煮葛根麻黄減二升去白沫,内諸薬煮取三升去滓,温服一升.
【和訓】 葛根四両,麻黄三両節を去り,桂枝二両皮を去り,芍薬二両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚を擘く,右七味水一斗をもって,先ず葛根麻黄を煮て二升を減じ,白沫を去って,諸薬を入れて煮て三升に取り,滓を去って,一升を温服する.

証構成
範疇 肌熱緊病 (太陽傷寒)
①寒熱脉証   浮
②寒熱証    発熱悪寒
③緩緊脉証   緊
④緩緊証    無汗
⑤特異症候
  イ項背強(葛根)


康治本傷寒論の条文(全文)

2009年8月29日土曜日

康治本傷寒論 第十一条 傷寒,脈浮,自汗出,小便数,心煩,微悪寒,脚攣急,反服桂枝湯、得之便厥,咽中乾,煩躁吐逆者,与甘草乾姜湯,以復其陽。若厥愈者,与芍薬甘草湯以其脚伸。若胃気不和,譫語者,与調胃承気湯。若重発汗者,四逆湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
傷寒、脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、②反服桂枝湯。得之便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、与甘草乾姜湯、以復其陽。③若厥愈者、与芍薬甘草湯、以其脚伸。④若胃気不和、譫語者、与調胃承気湯。⑤若重発汗者、四逆湯主之。
※与甘草乾姜陽となっていたが、与甘草乾姜湯に訂正
※②~⑤は、四角で囲んだ2~5

[訳] 傷寒、脈浮、自ら汗出で、小便さく、心煩し、微に悪寒し、脚は攣急す。②反って桂枝湯を服す。これを得れば便すなわけつし、咽中乾き、煩躁吐逆する者は、甘草乾姜湯を与えて、以って其の陽を復す。③若しけつの癒えゆる者は、芍薬甘草湯を与えて、以って其の脚は伸ぶ。④若し胃気和せず、譫語せんごする者は、調胃承気湯を与う。⑤若しかさねて汗を発する者は、四逆湯これを主る。

この条文は5段に分けることができる。第1段の冒頭に傷寒とあるが、このような条文はこれが最初であるから、今までの条文とは性格を異にするものであることがわかる。『集成』では「傷寒の二字はひろく疫を称して言い、太陽傷寒に非ざるなり」といい、第1段の症状を見ると少陰病のようにも見え、また太陽病のようにも見え、いずれにもきめかねるから広義の傷寒という使い方をしていると説明している。私はこの解釈が正しいと思う。しかし他の書物では皆これと違う解釈をしている。『弁正』では「標して傷寒と曰うは以って上条の太陽中風に照らす(つきあわせること)も亦皆桂枝湯の変なり」というはっきりしない理窟を述べている。『解説』一八五頁では「傷寒の誤治がその影響するところ甚大で、しばしば危急状態に陥る実例を示している」とし、『講義』四一頁でも「茲には桂枝湯の誤治を挙げて其の救逆の法を論じ」ているとし、「傷寒は悪性にして、陰陽何れへも転変し易き病なり。第三章を承く。故に今傷寒を以って冒頭と為す」とする。しかしこの両書とも第三条の解釈で、太陽傷寒は無汗であると説明しているのだから、ここで自汗出でとあれば太陽傷寒でないことになる。したがって少陰傷寒だと言うのであろう。『講義』で「茲には唯脈浮とのみ言いて、其の緊なるや、弱なるやを言わず」と論じているのがそれを意味している。『解説』一四一頁でも「もし脈緊にして汗自ら出るものは少陰病である」と述べている。ところが第一一条では脈が緊とは言っていないのだから狭義の傷寒だという根拠は何もないし、中風でも誤治をすると大変だという意味を含んでいるように解釈する方が実際的でもあり、また条文に即している。
この第1段の状態について治方を挙げていないのは何故であろうか。『弁正』では陽病に進む気配もあるし、陰病に進む気配もあるからまだ処方を挙げないのだという意味のことを論じている。脈浮は陽病を示しているが、発熱に言及していない。またその他の症状を見ると陰病のように見える。したがって陽病と断定するには脈が浮緊数でなければならないし、陰病と断定するには脈は浮緩弱でなければならない。その両方を包含してただ脈浮と言っているのだから、まだ処方を示す必要はないというわけである。しかし傷寒論は病名がきまらない時でも治療法を示すことが基本なのであるから、変化のあらゆる段階でも処方をきめることを教えた書物である筈である。そうだとすれば弁正の解釈はおかしなものになる。
私はこの第1段を練習問題だから解答が出ていないのだと見ている。アメリカの教科書には章や節ごとに必らず練習問題がついているのに似ている。それは知識を教えるだけでなく、知識を身につけされるには考えさせる必要があるからである。第一○条までの知識でこの問題を解かなければならない。何の処方を与えるかについて、『解説』では、桂枝加附子湯、芍薬甘草附子湯小建中湯が考えられるという。『集成』では附子瀉心湯。『弁正』、『講義』、『入門』では桂枝加附子湯。私は桂枝加附子湯が正解だと思う。したがって第七条と比較してみるとよいのである。
第七条で小便難というのに、第一一条では小便数(サクと読んで屡々の意)という反対の症状になっている。第七条では発汗剤を服用したために汗が止らなくなり、体液が極度に減少して小便難となった。そして悪風だけで熱感はないのだから少陰病であり、当然からだの内部は冷えている。したがって普通の少陰病では小便数(小便自利)にはる筈である。第一一条では自汗出でであるから前者にやや似ているが、脈浮とあるように陽病の性格をもっているから汗の出る程度は陰病の場合より少い。それで汗が出るために体液が甚しく減少することもないので、本来の小便数となるのである。
※少便数→小便数に訂正
脈が本来の沈でない理由は、第一一条は太陽病から第七条の少陰病に移る中間の状態にあると考えればよい。そのことを『解説』一八六頁では「太陽病の表証と少陰病の裏証とが相錯綜している」と解釈し、『講義』四二頁では「其の口を帯べることを言外に含みしなり」(さきに、傷寒といい、ここでは中風だというのもおかしなものである)と表現している。そうすると第四条の太陽中風で陰弱なる時の症状と比較することになる。即ち「陰弱なる者は汗自ら出で、淅淅として悪風し、鼻鳴り乾嘔する者は桂枝湯これを主る」とよく似たところがあるので、第2段のはじめに書いてあるように桂枝湯を服用したのである。脈浮であるとはいえ、第四条よりも一層陰症に偏っているので、それは誤治になるのである。その楽果e「これを得れば便ち」と表現した。
第1段の最後の脚攣急は、脚は股の付け根より下のことであるから下肢に同じで、攣はもつれる意から手足のひきつれる意に転化し、急は第七条で説明したようにひきつれる意であるから、同意語を重ねたにすぎない。
便(すなわち)には更(改める意)の意味があるから、都合の悪い所を改めて良くするという使い方もあるが、ここでは反対に、状態がすっかり悪くなってという意味になる。同じすなわちでも則、乃とは意味がちがう。(けつ)は色々な意味があるが、ここでは手足が逆冷(先の方から冷たくなる)することで、厥冷とも厥逆とも言う。陰症の中でも悪質な症状の一つである。
咽中乾はのどがカラカラに乾くことであるが、第一○条のように煩渇と言わないし、口渇とも言わないのは、それらと症状は似ているが病理が異るためである。裏熱によって起るのが口渇、体液が減少したために起るのがこの場合の咽中乾である。ここでは自汗出、小便数のときに発汗させたのだから、体液は甚だしく減少している。
煩躁は『解説』一八五頁では「煩は自覚症状で、苦しい状態、躁は手足をしきりにさわがしく動かして苦しむ状」とし、「入門」六三頁では「煩のために四肢をばたばたさせること」と説明しているが、第一○で煩渇について論じたように、私は煩を「はげしい」の意味にとる。諸橋大漢和辞典を見ても、心配することを煩憂、気がふさがることを煩鬱、なやむことを煩悶、迷いのことを煩悩としていることからも根拠のある解釈だと私は考えている。手足をしきりに動かして全身で苦しむ状態であるから、熱症状を伴うので、陽病の甚だしい場合に現われるが、また反対に陰病の末期にも現われる。ここでは陰病の場合である。
吐逆にも二通りの解釈がある。第三条で説明したように、下からこみ上げるようなという意味を逆の字にもたせて、腹の方からむかむかと成て吐くこと。また逆は(口+屰)で、これは嘔のことだから、吐逆は嘔吐するすること。このどちらに解釈しても似たようなものになる。
この第2段の症状は陰病の非常に悪い状態になっていることを示しているから甘草乾姜湯を与えることになる。これは陰病で嘔吐するときに熱性の薬物で鎮嘔作用の強い乾姜と、急迫を治し、気を下し、温める作用のある甘草を併用するとよいということであり、このようにいわば対症療法的に薬物を用いることになっているが、これを原理的に考えると、陰の症状が重たいことは陽が軽くなっていることだから、寒冷を去って陽気を回復せしめれば陰陽のバランスが調うことにほかならない。これが以って其の陽を復すという表現になる。この陰陽の平衝とか、寒を治するには熱を以ってするとかいう考え方は素問や神農本草経における原則と全く同一であることに注目すべきである。これは傷寒論の著者の考え方の基本になっているだけで傷寒論の体系ではない。
第3段は手足の冷えと悪寒が治っても、第1段に示した脚の攣急が残っているから、鎮痙作用の強い芍薬甘草湯を与えれば、下肢の筋肉のひきつれが治り、下肢が伸びるということである。芍薬も甘草もそれぞれ鎮痛鎮痙作用をもっているから、これを併用すれば共力作用となってその作用が増強されるという経験から生まれた処方である。
第4段は胃気不和の解釈がむつかしい。胃は腸を指すという解釈をする人が多く、それは内実だから大便が硬い。したがって下剤を与えるのだとなる。しかし原文では胃気となっているのだから、やはり胃の症状と考えるべきである。邪熱が胃に入ったために、不和、即ち相応することができなくなり、食欲のなくなる場合もあり、むやみに食べる場合もある、と考えることができる。この邪熱がさらに腸に入るとうわごと(譫語)を言うようになる。このように消化管に邪熱が入った場合は下剤をかけることによって自然治癒力が発動するようになる、というのが調胃承気湯を与うということになる。処方名も胃を調えて気を承(たすく)けるとなっていて、便秘を治すという表現はない。うわごとを言う時は便秘していることは言うまでもないが、急性病では便秘を問診で確認することはできないであろう。脈診や熱状によってそれを推定す識ことになるだろう。
第5段は第2段で一度発汗剤である桂枝湯を与えて、そのために咽中乾、煩躁という陽病に似た症状があらわれたので、それと陽病だと誤認してもう一度発汗剤を与えたことを、かさねて汗を発すと表現したのである。一度目の誤治で少陰病になったのだから、二度目の誤治ではそれよりひどい厥陰病になることになる。したがって四逆湯を与えなければならない。四逆湯甘草乾姜湯の量を半分にして、熱薬の附子を一個加えたものであり、乾姜と附子という組合わせに意味があるのである。そのうえ炮附子でなく生附子を用いることが問題なのであるが、詳細は後に論ずることにする。

甘草四両炙、乾姜三両。 右二味、以水三升煮、取一升二合、去滓、分温再服。
芍薬三両、甘草三両炙。 右二味、以水五升煮、取一升五合、去滓、分温再服。

[訳] 甘草四両あぶる、乾姜三両。右二味、水三升を以って煮て、一升二合を取り、滓を去り、分けて温めて再服する。
芍薬三両、甘草三両あぶる。右二味、水五升を以って煮て、一升五合を取り、滓を去り、分けて温めて三服する。

ここには甘草乾姜湯芍薬甘草湯だけが記されていて、調胃承気湯四逆湯は省略されている。この理由について考察したものをまだ私は見たことがない。ただ『集成』で第4段と第五段は「けだし他条の錯乱して入りし者、これを刪って可なり」と述べているだけである。私は二味からなる処方についてだけ記されていることに大きな興味を感じている。処方をつくる立場では、薬効を増強するための配合が問題になることを教えようとしているように思える。桂枝湯およびその去加方を薬物の配合という立場から見よ、と言っているのではないだろうか。
傷寒論には桂枝を主薬としている処方、および桂枝を用いている処方が最も多いので、桂枝湯が衆方の祖であると昔から言われている。これは桂枝湯の方意を理解することができれば、傷寒論の他の処方の運用も自由になるという意味に解されている。しかし傷寒論には桂枝湯の処方構成と全く異なる、別の系列の処方も沢山あるのだから、桂枝湯を衆方の祖という根拠はない。桂枝湯の変方が一番多いのは、桂枝湯を例にあげて薬方のつくり方を教えているにすぎないのである。したがって桂枝湯の方意を理解するにはどのような見地が要求されるかということだけが問題なのである。
陶弘景が本草経集注を編纂するとき、神農本草経と名医別録のほかに、雷公薬対に記されていた配合に関する事項を細字双行、即ち註の形にして採用したことを、この第一一条と関係させて考えていることが必要なのである。
またそのような重大な問題をここで論ずるということは、第一一条までがひとつの段階になっていることを示している。宋板においても、太陽病は上中下に分けてあるが、この条文が上篇のおわりに位置していることを見ればよい。そうすると傷寒論の著者は語句の正しい意味を数条あとで示すというくせをもっていることを先に論じておいたように、ここにもそれがあらわれている。即ち第七条の「太陽病汗を発し」という冒頭の句、第九条、第一○の「桂枝湯を服し」という句の具体的な例が第一一条の第1段とそれに続く「反って桂枝湯を服す」という句に示されていることになる。
第八条の冒頭の「太陽病、下之後」について『講義』二二頁では「此れ太陽病と雖も、下すべき急証ありて先づ之を下す。故に其の下せるの誤治に非ざるを示さん為に、反って之を下しと言わずして、単に之を下しと言う。凡そ本書においては、反って下す、反って吐す等の辞を用うる所は、皆誤治にして、其の正証に反するを指摘せる者也」と論じているように、今までの傷寒論の研究家はすべてこれと同じ解釈を成ている。しかし私は誤治であろうと、なかろうと、どちらでも同じことだと解釈したいのである。それでよいことは九条で「桂枝湯を服し、或は之れを下して後」とあることで証明できるのであるが、臨床上の実際においてもそれで間違いはない。傷寒論における冒頭の句は内容が問題なのではなく、それによってその条文の位置や性格が規定されていると見るべきである。
芍薬甘草湯の調整の文の「水五升を以って煮て……分けて温めて三服する」は貞元本でもそうなっているが、宋板や玉函経のように「水三升を以って煮て……分けて温めて再服する」が正しい。このように直すべきである。こうしないと薬物の量に対して水が多すぎる。
なお調胃承気湯の処方は第二三条に、四逆湯の処方は第六二条に記されている。これらは桂枝湯と関係のない処方であることと、三味からなる処方であることから、ここでは省略されることになる。


『傷寒論再発掘』
11 傷寒、脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、反服桂枝湯、得之便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、与甘草乾姜湯、以復其陽。若厥愈者、与芍薬甘草湯、以其脚伸、若胃気不和、譫語者、与調胃承気湯、若重発汗者、四逆湯主之。

(しょうかん、みゃくふ、じかんいで、しょうべんさく、しんぱん、びおかん、きゃくれんきゅうするに、かえってけいしとうをふくす、これをえてすなわちけっし、いんちゅうかわき、はんそうとぎゃくするものは、かんぞうかんきょうとうをあたえ、もってそのようをふくす。もしけついゆるものは、しゃくやくかんぞうとうをあたえ、もってそのあしはのぶ、もしいきわせず、せんごするものは、ちょういじょうきとうをあたう、もしかさねてはっかんするものは、しぎゃくとうこれをつかさどる。)

(病気になって、脈が浮で、自然のままで汗が出て、小便が頻数となり、胸苦しく、少い悪寒がして、下肢がひきつれる状態であるのに、桂枝湯を服すような誤治をした場合、のんで直ちに手足が逆冷し、のどはかわき、もだえ苦しみ、嘔吐するようになった者には、甘草乾姜湯を与えると良い。それによって元気が回復させられる。もし手足の逆冷が改善した者には、芍薬甘草湯を与えるのが良い。それによって下肢は伸びる(筋肉のひきつれが治って)。もし胃腸の機能が具合悪くなり、(便秘して)うわごとを言うようになった者には、調胃承気湯を与えるのが良い。もし、更に発汗してしま改aたような者(更に重症になった者)は、四逆湯がこれを改善するのに最適である。)

この条文は、桂枝湯を服用させてはいけないことが明らかであるのに、服用させてしまった場合の対応策を4種類に分けて、具体的な薬方名をあげて論じている条文です。この対応策のすべてに甘草が使用されており、体内に水分をとどめる大切な役割りを果たしている点は特に注目すべきことでしょう。今は敢えて詳論しないことにしておきます。

11' 甘草四両炙、乾姜三両、右二味、以水三升煮、取一升二合、去滓、分温再服。芍薬三両、甘草三両炙、右二味、以水五升煮、取一升五合、去滓、分温再服。

(かんぞうよんりょうあぶる、かんきょうさんりょう、みぎにみ、みずさんじょうをもってにて、いっしょうにごうをとり、かすをさり、わかちあたためてさいふくする。
しゃくやくさんりょう、かんぞうさんりょうあぶる、みぎにみ、みずごしょうをもってにて、いっしょうごごうをとり、かすをさり、わかちあたためてさいふくする。)

ここでは甘草乾姜湯芍薬甘草湯だけが記載されて調胃承気湯四逆湯は記載されていません。前二者はここのみにしか関連条文はなく、後二者はここの他にも関連条文があるからと思われますが、その他にも理由がありそうです。前二者は二味の湯であり、その湯名は全生薬湯名(Ⅰa、第12章参照)です。後二者は三味の湯であり、その湯名は薬効表示湯名(Ⅱc-(2) 第12章参照)です。
「原始傷寒論」の世界に限っては、湯名と条文との間に、一種の「法則性」があり、それが重要な特質になっていることは、既に第12章2項で述べた通りです。すなわち、生薬名を省略していく傾向は「正証」を論ずる基本条文に認められ、生薬名を残していく傾向は「変証」を論ずる条文に認められるという原則です。この原則に従えば、この第11条は後二者にとっては、その基本条文にはならないので、ここでは生薬配列が記載されなったのであると理解されます。

18・(4)
前項の第11条までで、桂枝湯に関連した様々な使い方やその服用後の異和状態の種々相についての改善策が色々と示されてきましたが、これ以後は「麻黄」を含んだ薬方の使い方と発汗後や瀉下後の様々な異和状態の改善策が示されていきます。


『康治本傷寒論解説』
第11条
【原文】 「傷寒,脉浮,自汗出,小便数,心煩,微悪寒,脚攣急,反服桂枝湯、得之便厥,咽中乾,煩躁,吐逆者,与甘草乾姜湯以復其陽,若厥愈者,与芍薬甘草湯以其脚伸,若胃気不和,譫語者,与調胃承気湯,若重発汗者,四逆湯主之.」

【和訓】 傷寒,脉浮,自汗出で,小便数で,心煩し,微悪寒し,脚攣急するに反って桂枝湯を服す.之を得て便ち厥し,咽中乾き,煩躁し,吐逆する者には,甘草乾姜湯を与え以てその陽を復す.もし厥愈ゆる者には,芍薬甘草湯を与えて以てその脚伸ぶ.もし胃気和せず,譫語する者には,調胃承学湯を与う.もし重ねて発汗する者には,四逆湯之を主る.

【訳文】 発病して(脉は沈微細緩に)浮性を帯び,(手足厥冷し) (自汗出で),小便数,心煩し,微悪寒し,脚攣急する(のは桂枝加附子湯の証である),これに反して桂枝湯を服用すると,たちまち厥冷が更に進行し,咽中乾き,煩躁し,吐逆します.その場合には(厥冷の回復を目的に)甘草乾姜湯を与えます.もし厥冷が治った(脚攣急だけ残った)ときには,芍薬甘草湯を与えます.もし発病して(陽明の中風で,脉は遅緩で,潮熱不悪寒し),仮性不大便(不大便)して譫語する場合には,調胃承気湯を与えます.もし発病して重ねて発汗を行った(四逆湯証をあらわしている)場合には,四逆湯でこれを治療します。

【解説】 この条文は三つの部分から成り立っています.先ず一つ目は,桂枝加附子湯証であるのに寒熱証の判定を誤ったため熱証(太陽中風)の薬を与えてしまい,そのために寒証(少陰中風)に移行した病態の治療方法を論じています.二つ目には,陽明中風の治療方法を論じています.三つ目には,厥陰中風の治療方法を論じています.
この四方剤を俯瞰してみると,熱性・寒性の薬物のみが入っていて,寒・熱の症候がはっきりと現れている者に使用されることが理解できます.
もう一つの解釈の仕方として,間違えた方剤を与薬したために出てきた随伴症状に対して,その症状を取り去る救済方剤を記載しているとも理解できます.ここでは寒熱の間違いを例示しています.桂枝加附子湯(寒証の少陰病に位置する薬方)証を呈している患者であるにもかかわらず,桂枝加附子湯から附子を取り去った桂枝湯(熱証の太陽病に位置する薬方)を与薬してしまったということです.すなわち小便数,微悪寒,脚攣急などの寒冷症状を呈している病態に熱性症状を呈している場合に用いる桂枝湯を与えたわけで(このことは寒・熱証を取り誤って診断したことになります),その結果随伴症状が発現したことが書かれています.条文からわかることは,四種類の症状(表1参照)が単独又は複合して出ているということです.

【処方】 甘草四両炙,乾姜三両,右二味以水三升煮取一升二合去滓分温再服.

【和訓】 甘草四両を炙り,乾姜三両,右二味水三升を以って煮て一升二合に取り,滓を去って分かちて温服すること再服す.

【処方】 芍薬三両,甘草三両炙, 右二味以水五升煮取一升五合去滓分温三服.

【和訓】 芍薬三両,草三両を炙り,右二味水五升をもって煮て一升五合に取り,滓を去って分かちて温服すること三服する.


カンゾウカンキョウトウ
証構成
範疇 肌寒緩病 (少陰中風)
①寒熱脉証 沈微細
②寒熱証 手足厥冷
③緩緊脉証 緩(浮性)
④緩緊証 小便数
⑤特異症候
イ厥 (乾姜)
ロ咽中乾 (脱汗)
ハ煩躁 (乾姜)
二吐逆(甘草)



シャクヤクカンゾウトウ
証構成
範疇 肌寒緩病 (少陰中風)
①寒熱脉証 沈微細
②寒熱証 手足厥冷
③緩緊脉証 緩
④緩緊証 小便自利
⑤特異症候
イ脚攣急 (芍薬)


チョウイジョウキトウ
証構成
範疇 腸熱緩病 (陽明中風)
①寒熱脉証 遅
②寒熱証 潮熱不悪寒
③緩緊脉証 緩
④緩緊証 仮性不大便
(下痢)
⑤特異症候
イ譫語 (芒硝)


シギャクトウ
証構成
範疇 胸寒緩病 (厥陰中風)
①寒熱脉証 沈遅
②寒熱証 手足逆冷
③緩緊脉証 緩
④緩緊証 小便自利
⑤特異症候
イ背悪寒 (附子)

表1 寒熱証の取り間違いによる随伴症状とその救済方剤



配合生薬





随伴症状 救済方剤 甘草 乾姜 芍薬 大黄 芒硝 附子
手足の寒冷症状
咽中の乾き
胸部の違和感
手足が重だるい
嘔吐激しい
甘草乾姜湯



筋肉異常緊張
・痙攣
・こり
芍薬甘草湯



消化器系の異常
・下痢,便秘
・食欲不振
調胃承気湯


全身の衰弱 四逆湯




第1~11条までの総括
第11条までは,先づ太陽病(肌熱病)を2つの範疇症候(寒熱脉証,寒熱証)と,一つの特異症候(表熱外証)で定義をし,次いで太陽病中風と三陰三陽を通じての中風との二つの中風を,また次条で同様に二つの傷寒を述べ,太陽病を中風・傷寒の範疇症候(緩緊脉証,緩緊証)に2分割して,それぞれを定義して,急性熱性症状を持った病態を12に分類しておき,そして太陽病適応者のタイプ分け(緩証,緊証)を行ってから各論に入っています.
各論の冒頭には,最も基本型の条文構成をしている桂枝湯について,先に正証を論じる前にその変証について記述を行い,誤治がないようにと注意を促しています。
第6条では先の第12条の葛根湯と同じ範疇(肌熱病)内という共通部分における特異症候(項背強)での緩証,緊証の見分け方を区分(汗が出るか出ないのか)することで病状範疇の緩緊を完全に把握して処方を決定することについて説いているのです.ただいたずらに特異症候(この場合は項背強)だけを持ちだして処方決定することを戒めています.
第7条になると,二範疇内(太陽病と少陰病)にわたる範疇症候の変化(肌熱緩病から肌寒緩病)したいわゆる桂枝湯証に附子が加わることによって,太陽病位から少陰病位の薬剤に変化してしいるように,病態の方も熱範疇から寒範疇へと病が移行していく道筋(病道)を論じています.
第8条からは,誤治による病道病期の推移について記述しています.その一つは桂枝の特異症候が強く現れた気障害についての緩解方剤です.次に風邪引きの咳型から腺病質(肺病型)の微熱を伴った咳に変化した場合の水障害時に用いられる方剤を収載しています.この条は後に出てくる(第19条参照)麻黄剤を中心に記述している麻黄甘草杏仁石膏湯〔麻杏甘石湯〕との対比をすることで方剤を緩範疇に入れるものなのか緊範疇に入れるものなのか,その位置づけをしています。
第10条は,緊範疇(傷寒)に位置する方剤(白虎加人参湯)を取り上げていますが,第11条までの条文中では,緩範疇の方剤について述べていて,緊範疇の方剤は本条のみであります.ここに記載されている内容は,やはり誤治の救済方剤を例示していることです.太陽病緊証の患者に緩証の人に用いられる桂枝湯を与薬したために,種々の随伴症状があらわれ,その症状を緩解するためには熱緊範疇に位置する白虎加人参湯でしな救済できないことを述べています.
第11条では,寒証と熱証を取り間違った場合の随伴症状の発現があることを記述しています.これを拡大解釈して傷寒論方剤による随伴症状には,大きく4種(寒冷症状,筋の異常緊張,消化器系の異常,全身の衰弱)があることがわかります.またそれら4種の症状を緩解するための救済方剤(甘草乾姜湯芍薬甘草湯調胃承気湯四逆湯)まで記載されている親切さが見られます.
以上熱緩範疇に関係するものを記し,またそれに派生する症状や方剤について論じています.もう一つは誤治による救済について例を示して詳細に記述しています.

第11条までの収載方剤分類表
病期 中風
傷寒 治法
太陽病 桂枝去芍薬湯⑧
桂枝湯④⑤
桂枝加葛根湯


発汗
陽明病 調胃承気湯⑪-3

催吐・瀉下
少陽病 桂枝去桂加朮苓湯⑨



心熱


白虎加人参湯⑩
利尿
太陰病


瀉下
少陰病 桂枝加附子湯⑦
甘草乾姜湯⑪-1
芍薬甘草湯⑪-2


発汗・利尿
厥陰病 四逆湯⑪-4

利尿

康治本傷寒論 第十条 服桂枝湯,不汗出後,大煩渇不解,脈洪大者,白虎加人参湯主之。 

『康治本傷寒論の研究』
桂枝湯、不汗出後、大煩渇不解、脈洪大者、白虎加人参湯、主之。

 [訳] 桂枝湯を服し、汗に出でざる後、大いに煩渇して解せず、脈洪大なる者は、白虎加人参びゃくこかにんじん、これを主る。

 不汗出は汗に出でずと読み、汗不出の汗出でずと区別する。汗不出は無汗と同じく、客観的に汗が出ていないことを意味し、不汗出は発汗剤を服用しても汗の出ないこという。ここでは桂枝湯を服用してもと言っているのだから、桂枝湯を発汗剤と見做しているのである。第五条で説明したように、桂枝湯は解肌剤であって発汗剤ではないという人が多いが、傷寒論でははっきりと発汗剤だとしている。そういう条文は宋板に特に多い。
 桂枝湯を服用しても、麻黄湯証や葛根湯証の人では発汗力が弱すぎるために汗が出ない。しかしここではそういう中風や傷寒ではないところの温病に用いたので当然発汗しないことを述べるために、大いに煩渇して解せずと言っているのである。
 煩渇は煩(胸部が熱っぽいこと)と渇(口がかわくこと)という意味ではなく、甚だしく渇するという意味である。それに大いにという副詞がついているのでその程度が特に激しいことを示している。『集成』に「煩の字に主用あり、兼用あり。煩、心煩、胸煩、内煩、微煩の如きは皆煩を主としてこれを言う。もし夫れ煩躁、煩渇、煩疼、煩熱、煩驚、煩満は煩を以って主と為さず。けだし兼ねてこれに及ぶ所の客証のみ。判(わか)ちて二証の為すは非なり。故に煩の字の句首にあるものは皆帯説の詞にして軽し。其の句尾にあるものは皆主用の証にして重し。安楽、苦痛、憂患、恐懼の如し」、とあるのが参考になる。解せずとは口渇や熱がとれないというのではなく、病邪が除かれないという意味である。
 口渇が甚しいのは、漢方病理学的に考えると、その原因は二つあり、体液(津液という)が著しく減少したときと、裏熱があるときである。ここでは発汗して体液が減少したのではないから裏熱によるものと考えられる。即ち陽明病になったと判断されるので、それを確認するために脈をしらべると洪大(いずれも大きい意)という力強いものであったので間違いないと結論して白虎加人参湯の適応証と言ったのである。
 今まで新しい処方がでてくると必ずその処方内容が示されていたのに、ここでは何も記されていない。そして第四二条で処方内容が明らかにされている。それは桂枝湯と全く異なった処方構成であるためである。したがって処方構成と症状との関係については後に説明することにする。
 ここで注文すべきことは、第五条(桂枝湯)、第六条(桂枝加葛根湯)が発熱と悪風の共存する場合であるから(+-)の組み合わせであり、そして第七条(桂枝加附子湯)、第八条(桂枝去芍薬湯)が陰病、即ち(--)であり、第九条(桂枝去桂枝加白朮茯苓湯)、第十条(白虎加人参湯)が温病、即ち(++)であることである。これは(+-)を中心に置いて、より陰に偏った(--)と、より陽に偏った(++)に言及しながら、病気の推移と治療法を述べていることになる。同時に桂枝湯を中心に置いてその去加方のつくり方を例示するという二重の目的を追求しているのである。傷寒論の著者の驚嘆すべき論理構成力の一端をここに見ることができる。
 この条文の2句目の不汗出は、宋板でも康平本でも大汗出となっている。『解説』一七二頁では別の条文についてではあるが「桂枝湯のような穏やかな薬を用いても大量の発汗があるほどの患者は相当な虚証であるから脈が洪大になる筈がない」と説明している。これは正論であるから、大いに汗が出た後で白虎加人参湯を与えることはできないことになる。それにもかかわらず同書一七五頁には「表証が去って裏熱をかもしてひどく口渇を訴えるようになった。即ちこの章は太陽病より陽明病に転位した例を挙げたのである」、といい、『講義』三七頁でも「一転して裏証と為れる者なり」、としている。しかし一転する理由が示されていないからこれでは納得できない。即ち大汗出は誤写によるものであることは明日である。
 『漢方入門講座」(竜野一雄著、一一九六頁頁では「大いに汗出でて後、大いに煩渇」を発汗過多のため胃内の水分が欠乏して、胃熱を滞びて煩渇する、と説明している。でたらめもよいところである。
 さて今までの条文の説明の中で表裏という術語を使用したので、原文ではずっと後でないと出てこないのであるが、ここでまとめて内外の説明をしておく。
 これまで色々な解釈がされているが、それを整理すると相対説と絶対説の二種になる。相対説とは、表裏と内外がそれぞれ相対的な関係にあり、表は指すところが狭く、外はそれよりも広的、しかも表をその中に含んでいるとする。また内は指すところが狭く、裏はそれより広く、しかも内を含むとすることである。図で示すとわかりやすい(第一図)。しかしこの立場をとる次の三書では必ずしも一致していないのである。
①傷寒論梗概(奥田謙蔵著、一九五四年)では、表は皮膚表面あたりを指す。
外はほぼ表に等しいが、表よりも広いところを指す。
裏は身体における最深部位、即ち姉化管のあたりを指す。
内はほぼ裏に等しいが、裏より広いところを指す。

②漢方診療の実際(大塚敬節、矢数道明、清水藤太郎共著、一九五四年)では、表は体表を意味する、即ち皮膚及びこれに接する部位を指す。
外は表と裏の一部を含む。
裏は内臓を意味する。
内は内臓のうち特に消化管内を指していう場合に用いられる。

③傷寒論入門(森田幸門著、一九五八年)では
表は皮膚(汗腺、皮下毛細管、神経終末器)と運動器(筋肉、骨、関節)を指す。
外は表と裏を含む。
裏は呼吸器(鼻、肺)、循環器(心臓、心管)、泌尿器(腎臓、膀胱)、消化器(肝、胆、膵)、漿液膜(脳膜、肋膜、腹膜)、中枢神経を指す。
内は消化管(胃、腸)。

即ち胃腸は①では裏といい、同時に内の一部でもあるが、②では内といい、同時裏の一部でもあり、③では内といい、裏には含まれない。このように表裏内外という基本的概念デモ、現代のわが国で最も権威ある人々の考えがこのようにちがうのであり、定説はない。こんな馬鹿な話はないのである。
 これに対し、絶対説とは相対的に変動したり、一部が他の部分に含まれたりはせず、それぞれが一定の部分を胃す説のことである(第二図)。この立場をとる荒木正胤氏は「五大説」において臓器と部位を次のように配当している。…④

  表-肺(肩背部、項頸部、頭面部)
  外-心、肝(胸郭部)
  裏-腎、膀胱、小腸、子宮(臍から下)
  内-胃、大腸、脾(心下から臍まで)

但し荒木氏は内と裏の部位を決めかねたようで、著述の年度によって変更させている。一九五八年からは④の内と裏を入れかえているから、これは⑤となる。そして一九六七年には再び④を採用している。
これを書名で示すと、次のようになる(表)。







   裏位  内位 
 「五大説」(一九四二年)
 漢方治療(初版一九五七)
 漢方問答・四九(大法輪一九六八)
  ④
白虎湯
大承気湯
 「漢方治療の実際(一九五八)
 漢方治療(再版一九五九)
 漢方治療百科
  ⑤
大承気湯
白虎湯


私は④の代に今までにない合理的な考え方があることを感ずる。頸、心下、臍という部分で上下に四分割しているので、そこには人体を円で表現する幼稚な考え方から脱出しようとする努力が認められる。しかし太陽病、少陽病、陽明病という三つの陽病の部位が上下に三分割したものであるのに、その上に上下に四分割したものをさらに重ね合わせ識という必然性がどうしてもはつ言きりしないのである。この不合理性は次のような形になってあらわれてくる。
 『漢方治療』二九頁に「細かく分けると、同じ太陽病でも、次のように区別することができる」として、
 「表位が虚して外が実する傾向にあるもの…………………………………桂枝湯
  表位が特に実し、外位もまた実する傾向のあるもの……………………葛根湯
  表位と外位がともに実するもの……………………………………………麻黄湯
  表位と外位とが非常に実したもの…………………………………………大青竜湯
と述べているが、これでは何のために表位、外位という概念を必要とするのかさっぱりわからない。このような煩雑さを伴うのはもうひとつ工夫が必要であることを示している。
 人体を円で表現することについてももっと疑問をもってほしい。円で表現するということは、胴体の横断面を円で示し、その平面にすべての臓器を投影してそれに表裏内外の区別をつけることである。昔の人は解剖学的知識もとぼしいので、頭の中で抽象的に考えた筈だから、円で表現してもよいなどと軽く扱ってはいけない。霊枢の胃腸篇には消化管の正常な長さを測定しあるし、その長さを表現する単位は先秦時代の物差しに一致していることを私は『現代人の漢方』(一九六二年)の中ですでに明らかにしている。また胃の大きさも容積も正確に測定している。したがって実際から甚だしく遊離した模型を考えたりすることをやめて、内臓を上下の関係で見るという合理的な考えを導入した方がよい。
人体は球形でなく上下に長い物体であるし、また人体の背面が陽で腹面が陰であることを考慮に入れると、表裏内外を第3図のように配当することができる。
 この考え方で、傷寒論の条文で表裏内外の字を含んでいるものの解釈をみると、今までのどの説よりも納得ができたのである。漢和辞典をひくと、表は外に同じとあり、裏は内に同じと書いてある。即ち同じ意味をもった表と外を人体の上部、即ち太陽病に用い、裏と内を人体の下部、即ち陽明病に用いていることは、太陽病を中風系列と傷寒系列に分け、陽明病を承気湯系列と白虎湯系列に分けることに対応することになるのである。後に詳細に説明するが、この関係は陰病にもあてはまる。傷寒論に部位を示す2種類の術語が存在する理由がこれではじめて明瞭になる。
 今までは表裏内外の定義が傷寒論に記されていないので、表は表面、外はそれより幅の広い外面、というように勝手な解釈をしてきたことに気がつくであろう。


『傷寒論再発掘』
10 服桂枝湯、不汗出後、大煩渇不解、脈洪大者、白虎加人参湯主之。

  (けいしとうをふくし、あせにいでずしてのち、だいはんかつしてかいせず、みゃくこうだいなるもの、
びゃっこかにんじんとうこれをつかさどる。)

  (桂枝湯を服しても、汗が出ないで、そのあと大いに渇して苦しみ、病の治癒しないもののうち、脈が洪大であるようにものは、白虎加人参湯がこれを改善するのに最適である。)

 桂枝湯を服して、汗が出すぎて異和状態が生じた場合の改善策については、既に第7条で論じていますが、この第10条はそれとは反対に、桂枝湯を服しても汗が出ないで、その後に生じた異和状態の改善策について論じた第一番目の条文です。
 「一般の傷寒論」では「不汗出後」の部分が「大汗出後」となって、まさに正反対になっています。大汗が出て、大煩渇するようでしたら、体内水分はかなり減少しているのではないかと推定されますので、脈が「洪大」になるのは確かに考えにくい気もします。そこでこの部分はやはり「不汗出後」の方が良いように思えますし、実際に「康治本傷寒論」にこうなっていますので、この立場で考察していくことに致します。また、現実には、桂枝湯を服して汗が出ないで、色々な変証をおこしてくるものもある筈ですので、そういう場合の対応策も論じてあった方が、「原始傷寒論」としては、よりふさわしいことになります。
 なお、この条文のあとに、白虎加人参湯の調整法のこと(生薬配列を含まて)が出ていません。既述した如く(第13章)、「康治本傷寒論」では、発汗や瀉下の処置を経ていない正証を論じる条文の所に生薬配列を記載する傾向があり、発汗や瀉下の処置を経た「変証」を論ずる条文にはなくてもよいわけです。陥胸湯、四逆湯、真武湯など、「正証」の条文と「変証」の条文を持つものは、みな「正証」を論じる条文にのみ、生薬配列が記載されています。すなわち、その湯にとっての基本的な条文の所にその調整法が記載されているのです。したがって、この条文には白虎加人参湯の調整法が記載されていなくてもいいのだと思われます。

『康治本傷寒論解説』

第10条
 【原文】  「服桂枝湯,不汗出後,大煩渇不解,脈洪大者,白虎加人参湯主之.」

 【和訓】  桂枝湯を服し,汗出でずして後,大煩渇し解せず,脉洪大な識者は,白虎加人参湯これを主る.
       注:「不汗出」は宋板に従って「大汗出」に改めます〔章平〕.

  【訳文】  太陽中風に桂枝湯を服用して,大いに汗が出て後,少陽傷寒となって,脉は弦脈に洪大性を帯び,往来寒熱し,小便不利し,大煩大渇の証のある場合は,白虎加人参湯でこれを治す.

 【句解】
  大煩渇(ダイハンカツ):多分心煩と渇のことであろう.〔章平〕

 【解説】  第4条から第11条を通じてみると,この条に出てくる白虎加人参湯のみが傷寒(緊証)側の方剤であります.したがって,ここでは論じないのが本筋と思われますが,本来太陽病位の緊証の患者であるにもかかわらず,緩証と取り間違って桂枝湯を与薬したために,種々の随伴症状があらわれてきた場合の緩解方剤として誤治を集めたところに記載されているものと理解できます.
 すなわち白虎加人参湯は,緩証・緊証の見立てを間違って方剤を用いた場合に緩解する救済方剤と解釈できます。これを拡大解釈して,現代医学の治療薬の多用・乱用(代表的なものとして副腎皮質ホルモン剤などがあります)によって悪化した病態(アトピー性皮膚炎など)に対するウオッシュ・アウトのための薬剤として応用できるのではないかと思います.

 【処方】  石膏一斤砕,知母六両,甘草二両炙,粳米六合,人参二両,右五味以水一斗煮米熟湯成去滓,温服一升.

 【和訓】  石膏一斤を砕き,知母六両,甘草二両を炙り,粳米六合,人参二両,右五味水一斗をもって煮て米熟し湯と成る.滓を去って温服すること一升す.


    証構成
  範疇  胸熱緊病 (少陽傷寒)
①寒熱脉証  弦
②寒熱証   往来寒熱
③緩緊脉証  緊(洪大性)
④緩緊証   小便不利
⑤特異症候
  イ大煩 (石膏)
  ロ大渇 (粳米)


康治本傷寒論の条文(全文)

2009年8月27日木曜日

康治本傷寒論 第九条 服桂枝湯,或下之後,仍頭項強痛,翕発熱,無汗,心下満微,小便不利者,桂枝去桂枝加白朮茯苓湯主之。

『康治本傷寒論の研究』

服桂枝湯、或下之後、仍頭項強痛、翕翕発熱、無汗、心下満微痛、小便不利者、桂枝去桂枝加白朮茯苓湯、主之。

 [訳] 桂枝湯を服し、或いはこれを下して後、なお 頭項強痛し、翕翕として発熱し、汗なく、心下満し微痛し、小便不利する者は、桂枝去桂加白朮茯苓湯、これを主どる。

 傷寒論では字句の正しい解釈を後の条文で示すことが多い、ということを先に述べてあるが、第九条の冒頭の二句は第七条と第八条の冒頭の解釈に関係があるのである。
 第七条の太陽病発汗は第九条の服桂枝湯のことであり、またそれだけでなく或下之後でもあると読まなければならない。同じように第八条の太陽病下之後は或服桂枝湯と続けなければならないことを第九条が胃しているのである。
 『講義』三○頁のように第八条の下之後を「下すべき急証有りて之を下す」、と意味ありげな解釈をするよりも、下しても発汗させても、という解釈の方が文章上からも、また臨床的にも妥当なのである。
 は「依然として」という意味で、今までの桂枝湯証と同じ症状が続いているものとして頭項強痛と翕翕発熱をあげたのである。しかし桂枝湯証とちがう点をその次に列記している。まず第一に汗出ででなく無汗であ責、また悪風にも悪寒にも言及されていないこと。これは中風でも傷寒でもなく、温病、正確には太陽温病であることを示している。温病の初期には悪寒があるので、その時は桂枝湯を用いて治療をするが、さらに進行して悪寒がなくなれば桂枝を用いる根拠がなくなる。そして無汗については、次の心下満微痛、小便不利と一緒にして考えた方がわかりやすい。これが第二の問題である。
 『弁正』で「心下満微痛なれば則ち頗る結胸に似る」と言うのは、第三五条に「心下満し、鞕痛する者は結胸と為す」とあるからである。『弁正』では続けて「これ何ぞ小陥胸湯を与えざるか。曰く、これただ小便不利にあり」、と論じているが、これはおかしいのであって、成無己の「心下満微痛、小便利する者は則ち結胸を成さんと欲す」を受けたのであろうが、結胸は小便不利するはずである。しかし成無己の次の解説は良い。「汗なく、小便不利すれば則ち心下満し微痛す。停飲と為すなり」。それで茯苓と白朮を加えるというのである。
 停飲即ち胃内停水が各種の症状を引起こすことは多くの人が指摘しているところである。『講義』三九頁では頭項強痛、翕翕発熱、無汗に註をつけて「此の諸証は一見桂枝湯の証に類似せるも桂枝湯証に非ず。実は初めより心下停水の致せる所にして、即ち其の反射的症候に外ならず」、と言い、『解説』一八二頁でも「頭痛、項強とを診てすぐに葛根湯を投ずることは誤りであり、桂枝去桂枝加茯苓白朮湯、苓桂朮甘湯、真武湯によって心下の水をさばくことによって、頭痛、項強の治するものの多いことを忘れてはならない」、と言う。ここで心下というのは、普通はみずおちのあたりを指すとされているが、私はもう少し広く解釈した方が良いと思う。直腹筋と肋骨弓の交点附近まで広げてよいであろう。
 今まではこの処方は実際に使用されることは稀であるが、少陰病の主要な処方である真武湯を理解するために役立つと言われてきた。桂枝のかわりに附子を主薬とし、甘草と大棗を除いたのが真武湯であるからである。このような考え方が常識になっていたのだから、藤平健氏の「桂枝去桂枝加茯苓白朮湯証は意外に多い」(漢方の臨床 一九巻一二号、二九-三三頁、一九七二年)という論文は漢方界の啓蒙に大きな役割りをはたした。即ち感冒で葛根湯証によく似ているのだが、次のような状態のときにこの処方を用いるのであり、気をつけてみると意外に多いという。脈は浮大、または浮数。頭痛、項強。熱がたかく、顔が赤くなっている。無汗、小便少し。胃内停水、心悸亢進。全身が何となくだるい。背中全体が何となくうすら寒い。
 これについて私はこの処方は太陽温病の治療剤であるから、悪寒の全くない時にも用いると考えている。事実、第九条には悪寒について全く言及されていない。その点で感心するのは、『弁正』で太陽温病の治療剤である五苓散との関連を論じていることである。「然らば則ち何ぞ五苓散を与えざるか。曰く、此れただ小便不利ありて煩渇に至らず」、とあるのはまだ裏熱が強くない時に用いるものだと言う意味である。しかし桂枝を用いないのは、茯苓と白朮の力を専ら内に向けるためである、と論じているのは第八条の去芍薬の所で述べたように賛成できない。したがって五苓散に桂枝が用いられているように、この処方の場合も桂枝を加えても臨床上はさしつかえないと私は想像している。


芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、白朮三両、茯苓三両。 右六味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。

 [訳] 芍薬三両、甘草二両炙る、生姜三両切る、大棗十二枚擘く、白朮びゃくじゅつ三両、茯苓ぶくりょう三両。 右六味、水七升を以って煮て、三升を取り、滓を去り、一升を温服す。

 成無己は去桂を無視して、頭項強痛、翕翕発熱は邪気が表にあることだから桂枝湯を用い、無汗、心下満微痛、小便不利は停飲のためであるから白朮と茯苓を加える、と簡単に見ている。しかしこういう場合も実際にはあ識と考えた方がよいであろう。医宗金鑑では去桂は去芍薬の与し間違いだとしているが、論ずるまでもないであろう。
 私は去桂にはもう一つ別の意味があると思う。それは第八条の去芍薬とともに、桂枝湯の中の主要な薬物を除くことによる意味を考えさせるためである。そして第七条の加附子、第六条の加葛根とともに、桂枝湯の変方(去加方)のつくり方を教えるためである。

『傷寒論再発掘』
9 服桂枝湯、或下之後、仍頭項強痛、翕翕発熱、無汗、心下満微痛、小便不利者、桂枝去桂枝加白朮茯苓湯主之。
  (けいしとうをふくし、あるいはこれをくだしてのち、なおずこうきょうつうし、きゅうきゅうとしてほつねつし、あせなく、しんかまんびつう、しょうべんふりするもの、けいしきょけいかびゃくじゅつぶくりょうとうこれをつかさどる。)
  (桂枝湯を服しても(発汗させようと)あるいは瀉下させた後でも、なお頭項強痛や翕翕とした発熱があり、さらに汗が無く、心下は満ちて微痛し、小便は不利であるようなものは、桂枝去桂枝加白朮茯苓湯がこれを改善するのに最適である。)

 この条文は発汗したり或は瀉下したりしたあとの異和状態の改善策についての第一番目の条文です。前の前の条文(第7条)では、発汗後の異和状態の改善策に触れ、前の条文(第8条)では、瀉下後の異和状態の改善策に触れましたので、この条文では発汗後あるいは瀉下後の異和状態の改善策に触れたのであると思われます。極めて自然な著者の心情推移が感じられる気がします。
 「頭項強痛」と「翕翕発熱」は桂枝湯の適応症の時の症状に似ていますが、「無汗」は明らかに桂枝湯の適応症の時とは違います。さらに「心下満微痛」と「小便不利」があるのですから、桂枝湯は適当でなく、それから桂枝を除いて、白朮・茯苓が追加されている形態の薬方が使用されているのは誠に合理的です。
 伝来の条文群(第15章参照)の中では、芍薬甘草生姜大棗白朮茯苓湯(C-3)となっていたものを、桂枝湯を基準にして名前を変更すれば、当然このようになるわけです。古代人の原始体験としては、「心下満微痛」があるので、芍薬甘草生姜大棗湯で改善していたのに、「小便不利」の症状が加わった者に対して、白朮茯苓を追加して改善した体験があったのでしょう。そして更に、その湯が「頭項強痛」をも改善していく、ということが経験されていったのだと推定されます。すなわち、生薬構成から推定しますと、「心下満微痛」と「小便不利」が、この湯の基本病態であるということになります。
 湯の名前から考えると、すなわち、桂枝湯を基準にして考えると、その一番大切なと思える桂枝を除くということは中々考えにくい面もあ識ので、去芍薬の間違いであるという見方もあるわけですが、湯の形成過程から考えれば少しも異和感は生じないことでしょう。
 この湯についての素晴らしい治験例報告が既に藤平 健先生によってなされています。(「漢方の臨床」第19巻12号29頁・S47)。大いに参考にしていきましょう。

9’ 芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、白朮三両、茯苓三両。 
  右六味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。
  (しゃくやくさんりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく、びゃくじゅつさんりょう、ぶくりょうさんりょう。みぎろくみ、みずななしょうをもってにて、さんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 芍薬甘草基と白朮茯苓基を生姜大棗基が結びつけているような生薬配列をしています。湯の形成過程が見事に出ています。
 芍薬甘草基は「腹痛」を改善する作用があり、生姜大棗基は胃腸の異和状態を改善する作用がありますので、当然、芍薬甘草生姜大棗基は「心下満微痛」を改善する作用がある筈です。
 白朮も茯苓もそれぞれ利尿作用があるのですから、白朮茯苓基は当然「小便不利」を改善する作用がある筈です。
 従って、この両者を一緒にした薬方、芍薬甘草生姜大棗白朮茯苓湯は「心下満微痛」と「小便不利」をともに持つ病態を改善する作用がある筈です。それ故、この基本病態の上に、「頭項強痛」と「発熱」と「無汗」の症状がある病態が、この場で改善されても良い筈です。これが原始体験というものでしょう。
 この芍薬甘草生姜大棗白朮茯苓湯を、桂枝湯を基準に表現すれば、桂枝去桂枝加白朮茯苓湯という名前になるのです。これもまた、桂枝湯が先にあって、それからわざわざ桂枝を除いて、白朮茯苓を加えたのではないのです。この点を見落とすと、「去桂枝」や「加白朮茯苓」について、色々な理屈がこねられるようになるのです。ものの認識の仕方が全く逆になるわけです。誠に困った事です。


『康治本傷寒論解説』

第9条
 【原文】  「服桂枝湯或下之後,仍頭項強痛,翕発熱,無汗,心下満微,小便不利者,桂枝去桂枝加白朮茯苓湯主之.」

 【和訓】  桂枝湯を服し,あるいは之を下して後,なお頭項強痛し,翕として発熱し,汗なく,心下微満(痛)し,小便不利なる者は,桂枝去桂枝加白朮茯苓湯これを主る.

 【訳文】  (太陽中風に)桂枝湯を服用して発汗したか,或いは(陽明中風)を下して後,(少陽中風となって) (脉は弦緩で)往来寒熱(発熱)し,小便自利となるべきに,前の発汗,瀉下のために汗はなく,或いは小便不利となって心下満,心下微痛する場合は,桂枝去桂加白朮茯苓湯で之を治す.

 【解説】  誤治による過発汗又は過瀉下のため,緩緊証の真の症候が崩れてしまった場合を記述しています.

 【処方】  芍薬三両,甘草二両炙,生姜二両切,大棗十二枚擘,白朮三両,茯苓三両,右六味以水七升煮取三升去滓,温服一升.

 【和訓】  芍薬三両,甘草二両を炙り,生姜二両を切り,大棗十二枚をつんざき,白朮三両,茯苓三両,右六味水七升をもって煮て三升に取り,滓を去って温服すること一升す.

    証構成
  範疇  胸熱緩病 (少陽中風)
①寒熱脉証  弦
②寒熱証   往来寒熱
③緩緊脉証  緩
④緩緊証   小便自利
       (無汗,小便不利)
⑤特異症候
  イ心下満 (茯苓)
  ロ心下微満 (白朮)


康治本傷寒論の条文(全文)

 

2009年8月26日水曜日

康治本傷寒論 第八条 太陽病,下之後,脈促胸満者,桂枝去芍薬湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
太陽病、下之後、脈促、胸満者、桂枝去芍薬湯、主之。
 [訳] 太陽病、これを下して後、脈促、胸満する者は、桂枝去芍薬湯これを主る。

 太陽病であれば発汗剤を与えるべきであるのに、恐らく腹満に似た症状を伴っていたのであろう、下剤を与えたために、「後」とあるように、今までにない症状を引起こしたという書出しになっている。そこで判断に用うべき症状は脈促と胸満しか記されていないが、ここから漢方的病理により対策を考えなければならない。
 は催促の促であるから、せかせかした脈である。宋板の弁脈法には「脈来ること数(サクと読み、屡々という意味)、時に一止して復た来る者を名づけて促と曰う。脈陽盛んなれば則ち促」、とある。また腹証奇覧翼には「案ずるに胸中に事あるの証なり」とあるが、これらの解釈には根拠がない。『解説』一六三頁には「正気の不足によって起る脈」としているのは、時に一止すること、即ち脈が結代することを前提としておれば納得できるが、一六二頁に「時に一止する脈だとする説は誤りである」と書いてあるから、何故正気の不足とつながるのかよくわからない。多紀元簡も一止するのは促と言うべきでないという。『講義』三○頁には「促とは短促、即ち寛やかに舒び難き義なり。促脈は其の勢、病の相反して表に迫るの候にして、風陽病の下後、表未だ解せざるときに現るる脈候と為す」とあり、その他の文献を見てもいずれも適確な説明はない。私は気の上衝に対応する脈促と理解している。
 胸満の満は器に一杯に水を満たすことだから、そのような自覚症状は懣(もだえる)で示される。これは悶と同じ意味であるから、胸満は胸苦しいことになる。太陽病という状態には本来下剤を与えるべきではない。このような時に下剤を与えると腹部が空虚になり、臍下三寸の関元(丹田)の位置に蔵されていた気が動揺し、上に向って動くようになるというのが漢方的病理である。これを気が上衝すると言っている。気が臍下から上方に動決とまず胃の部分で動悸を感じ(これを心下悸という)、次の胸の部分で動悸を強く打ち(これを心悸という)、胸苦しくなる(これを胸満という)。次にコメカミの部分で動悸を打ち、顔面が赤くなり、頭痛が起る。
 『講義』では「胸満は下して後、客気上衝するの致す所」、と論じているが、客気とは外来の邪気のことであるから、第八条の場合は客気と言うべきではない。真気でも正しくない場所に移動すればそれは邪気になるから、臨床的には気の上衝に対して桂枝甘草湯を与えることが治療の基本になる。宋板に「発汗過多、其の人手をんで自ら心をおおい、心下悸し按ずることを得んと欲する者は桂枝甘草湯これを主る」、とあるのがそれで、この場合は客気の上衝である。この処方は桂枝四両、甘草二両の組合わせである。
 第二十条に「発汗の後、臍下悸して奔豚を作さんと欲する者は茯苓桂枝甘草大棗湯これを主る」とあるのは真気の上衝であり、この場合も桂枝と甘草の組合わせが使用されている。即ち真気でも客気でもどちらの上衝でもよいのである。
 第八条では桂枝去芍薬湯を用いている。それを『解説』では「腹満、腹痛を起した場合は桂枝湯中の芍薬を増量して桂枝加芍薬湯として陰を助け、この章のように、下した後に気が上衝して胸満を起したものには、芍薬を去って、陽を助け、桂枝の効を専一にする」とあり、『講義』三一頁にも同じことが論じてある。これは処方の考え方の間違いであって、桂枝の効を専らにするために芍薬を除去したと考えるのは正しくない。本来芍薬を使用する必要がないことを、桂枝湯を基準にして表現すると桂枝去芍薬湯となるにすぎない。芍薬が入っていても少しも邪魔にならないことは、宋板に「太陽病、これを下して後、其の気上衝する者は桂枝湯を与うべし」とあることでもわかる。『講義』二二頁にはこの条文について「桂枝去芍薬湯証は此の方より激しきこと更に一級なる者なり」、と註をつけているが、桂枝の量はいずれも三両で同じであるから作用に強弱はない。これは桂枝加桂湯としなければすじが通らない。ひどい偏頭痛のときに桂枝加桂湯を用いるとよいことは誰でも知っているが、この時も芍薬は桂枝の効の邪魔にはなっていないのである。
 第八条で生姜と大棗を用いているのは、胃腸を調え、薬物の吸収を良くするためである。第六条と第七条で桂枝湯にそれぞれ葛根と附子の一味を加えた変方を用いる形をとったので、第八条では芍薬の一味を除いた変方を用いる形を示したと見るべきである。
 芍薬を除くともうひとつ別の解釈をする人がいる。類聚方に「為則按ずるに拘急せず。故に芍薬を去るなり」とあるのがそれで、『皇漢』一一四頁ではこれに理由をつけて「本方証は誤治により腹力は既に脱弱し、直腹筋攣急せざるのみならず云々」と論じている。これは古方派流の腹診にこだわった議論にすぎないのであって、有用な意見ではない。

桂枝三両去皮、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘。 右四味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。
 [訳] 桂枝三両皮を去る、甘草二両あぶる、生姜切る、大棗十二枚つんざく。右四味、水七升を以って煮て、三升を取り、滓を去り、一升を温服する。


『傷寒論再発掘』
8  太陽病、下之後、脈促、胸満者、桂枝去芍薬湯主之。
  (たいようびょう、これをくだしてのち、みゃくそく、きょうまんするもの、けいしきょしゃくやくとうこれをつかさどる。)
  (太陽病で、これを下して後に、脈が促となり、胸満するようなものは、桂枝去芍薬湯がこれを改善するのに最適である。)

 この条文は桂枝湯の変方の第三番目の条文です。また、太陽病を瀉下した後の異和状態の改善策としては第一番目の条文です。「脈促」については、色々言われていますが、どれもいま一つすっきりしません。筆者はこれを期外収縮の時の脈ではないかと推定しています。筆者自身の体験では、期外収縮の時は脈は一時とまってそのあと間隔がせばまったような感じの脈がきますし、こういう時には胸の方が一瞬、つまったような感じがします。これが多分、「胸満」と表現されている事柄ではないかと推定され得るからです。
 芍薬を去るという薬方に目をくらまされて、色々、論じる向きもおりますが、想像のし過ぎと思います。伝来の条文群にすでにあった、桂枝甘草生姜大棗湯をただこのように表現しなおしたのに過ぎないからです。

8’ 桂枝三両去皮、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘。
  右四味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。
  (けいしさんりょうかわをさる、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく。みぎよんみ、みずななしょうをもってにて、さんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 脈促と胸満を改善するのに主要な役割を果たすのは、桂枝甘草基であり、胃腸の機能の改善をするのが、生姜大棗基であると思われます。
 桂枝と甘草の組い合わせの湯(桂枝甘草湯)は、発汗後や瀉下後の「心悸亢進」を改善していく作用があるようですので、「脈促」や「胸満」などを改善する作用があっても良いと推定されます。また、生姜と大棗の生薬複合物は色々な胃腸の異和状態の改善作用があるようですので、この場合、瀉下後の胃腸の異和状態を改善するには、丁度、良いのではないでしょうか。そのような狙いがあって、桂枝甘草基と生姜大棗基は一緒に使われるようになったのではないかと推定されます。このように創製された桂枝甘草生姜大棗湯を、桂枝湯を基準にして表現してみれば、桂枝去芍薬湯という湯名になるわけです。すなわち、桂枝湯がまず先にあって、そこから芍薬を わざわざ 除いて、この湯を創製したのではないのです。この点を見落とすと、「去芍薬」というところに、色々な理屈をつけたくなるものです。ものの認識の仕方が全く逆になるわけです。誠に困った事です。

『康治本傷寒論解説』

第8条
 【原文】  「太陽病,下之後,脉促,胸満者,桂枝去芍薬湯主之.」

 【和訓】  太陽病,これを下して後,脉促,胸満する者は,桂枝去芍薬湯これを主る.

 【訳文】  太陽病(中風を発汗し,或いは陽明病中風を)下して後,(太陽病中風に留るか,陽明病中風となって)脉は浮緩に促性を帯び,発熱悪風し,汗が出て,胸満(胸で上衝が起こる)する場合には,桂枝去芍薬湯でこれを治す.

 【解説】  この条からは,誤治による治療法につ感て論じていて,先ず初めに桂枝去芍薬湯をあげて,より気症状がこうじた気障害に対して,桂枝湯の処方構成から芍薬を取り去ることで桂枝の特異症状が顕著に出るように配合生薬の加減をしています。

 【処方】  桂枝三両去皮,甘草二両炙,生姜三両切,大棗十二枚擘, 右四味以水七升煮取三升去滓,温服一升.

 【和訓】  桂枝三両皮を去り,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚をつんざく, 右四味水七升をもって煮て三升に取り,滓を去って温服すること一升す.

    証構成
  範疇  肌熱緩病 (太陽中風)
①寒熱脉証  浮
②寒熱証   発熱悪寒
③緩緊脉証  緩 (促性)
④緩緊証   自汗
⑤特異症候
  イ胸満 (桂枝)


康治本傷寒論の条文(全文)

2009年8月23日日曜日

康治本傷寒論 第七条 太陽病,発汗,遂漏不止,其人悪風,小便難,四肢微急,難以屈伸者,桂枝加附子湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
太陽病、発汗、遂漏不止、其人悪風、小便難、四肢微急、難以屈伸者、桂枝加附子湯、主之。
 [訳]太陽病、汗を発し、遂に漏れて止まず、其の人悪風し、小便難く、四肢微急し、以って屈伸難き者、桂枝加附子湯、これを主る。
 この第七条から第十一条までは第五条と第六条の附属する条文であって、基本条文ではないので、条文のはじめの部分の表現を違えてある。
 太陽病であれば発汗剤を与えて、汗を出すことにより解熱させるのが原則である。しかしここでは遂に漏れて止まずというのだから、その発汗剤が強すぎたか、あるいは量を過したために汗がとまらなくなり、急に陰病に転化したわけである。このときどのような発汗剤を与えたかについて、二つの解釈がある。
①『弁正』では「此れ上条の桂枝湯および桂枝加葛根湯を承けて、其のまさに陰位にゆく者を論ずるなり」、と解釈している。私はこれに賛成する。その根拠は第七条の位置と、後の第九条、第十条、第十一条に「桂枝湯を服成」という句が使われていることである。傷寒論では字句の解釈の仕方を後の条文で示すことがよくあり、これもその一つである。この流儀の効用は石橋を叩いて渡るように字句の解釈に慎重になることである。
①『解説』(159頁)では「太陽病の桂枝湯の証を誤診して、麻黄湯で発汗せしめたために」と説明している。『集成』、『皇漢』、『入門』も同じ解釈をしている。これは桂枝湯は発汗剤ではなく解肌剤であるという解釈をする立場にほかならない。しかしこの立場をとれば第九条から第十一条までに服桂枝湯という表現が共通して使用されていることが誤りになってしまい矛盾をきたす。そのほかに解肌とは発汗にほかならないことを証明することができるから、私は麻黄湯説を採用しない(和漢薬、三○○号、一九七八年、「解肌について」を参照されたい)。
『講義』(28頁)で「此れ本と桂枝の証なり。故に当に微汗して肌を解すべし。然るに微汗ならずして大量に発汗す。是に於て遂に陰位に陥らんとするなり」、という解釈で良いのである。しかし臨床上は麻黄湯を包含していることは言うまでもない。
 次は其人について。『講義』(26頁)では「端をあらたむるの辞。けだし其の証本来無かるべくして今有る者、或は偶々其の証を変ずる者、或はまた其の主証に加うるに更に客証を以ってする者、或はまた他の類証中より特に本病を選びて之を指す時等には、皆其人の二字を冠して其の端を更む」、と説明しているが、要するには「語の発端を改めて言い起こすところに用いる辞」(諸橋大漢和辞典)である。したがって太陽病であった人が汗が流れて止まらなくなり、今までとすっかりかわって次のような症状を引起して陰病になったという意味になる。悪風といい発熱を言わないのだから陰病なのである。
 陰病は体内に冷えがあるから本来は小便自利であるのに、ここでは反対に小便が気持ちよく出ない。その原因は汗を多く出したために体液が減少したことにあり、病的なものではないので小便不利と言努徒に小便難と表現したのである。
 四肢微急とは手足が少しくひきつれること。急は漢字語源辞典では及と同じで、追いかけて捕えること、追いつくこと、という意味から追いかける時の「いらいらした気持ち」を示しているという。それで次の以て屈伸し難しで筋肉痛のあること意味している。これを拘攣するとも言う。『皇漢』では「四肢微急して屈伸し難きもまた体液亡失のため筋肉の栄養失調せられしに由るなり」という。


桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、附子一枚炮去皮破八片。 右六味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。
 [訳] 桂枝三両皮を去る、芍薬三両、甘草二両炙る、生姜三両切る、大棗十二枚擘く、附子一枚炮じ皮を去り八片に破る。右六味、水七升を以って煮て、三升を取り、滓を去り、一升を温服する。

 陰病であるから附子を加味したのである。重症のときは生附子を用いるが、このように軽症のときは炮附子を用いる。炮という修治法は湿めらせた小麦粉または湿めらせた紙で生薬をくるみ、熱い炭火の中に埋め、包んだ物が黄色に焦げてはじける程度にすることで、附子を炮ずると含有され仲いる植物成分の中で最も毒性の強いアコニチン系のアルカロイドが熱加水分解をうけて毒性の低いベンゾイルアコニチン等にかわり、さらに毒性のほとんどないアコニン等にまで変化する。即ち減毒附子を用いるのである。その作用は
一、冷え、虚脱状態を治し、
二、関節、筋肉等の疼痛を治す。
それで桂枝湯の強壮作用と共力する形となり、また鎮痛作用は桂枝、芍薬、甘草と共力し、鎮痙作用は芍薬と甘草で発揮される。『講義』(29頁)に「若し此の証、更に深く進行すれば芍薬甘草附子湯証に至るべし」、とあるが、深く進行になくてもこれを使用してよいと思う。

『傷寒論再発掘』
7 太陽病、発汗 遂漏不止、其人悪風、小便難、四肢微急、難以屈伸者 桂枝加附子湯主之。
  (たいようびょう、はっかん、ついにもれてやまず、そのひとおふう、しょうべんなん、ししびきゅう、もってくっしんしがたきもの、けいしかぶしとうこれをつかさどる。)
  (太陽病で、発汗したが汗が流れて止まらなくなり、その結果、状態がすっかり変わって、悪風し、小便が出にくくなり、四肢が少しひきつれ、屈伸し難くなったようなものは、桂枝加附子湯がこれを改善するのに最適である。)

 この条文は桂枝湯の加味方の第二番目の条文です。第6条は陽病のままで項背の凝りが著名な場合でしたが、この第7条は発汗したあと、汗が出すぎて、多分、体液が激減してしまった場合すなわち、陰病に進んでしまった場合の対応策の一つについての条文です。桂枝湯に附子を加えた桂枝附子湯によって、発汗の過多がおさえられ、体内に水分が保持され、悪風や小便難や四肢微急や屈伸に伴う疼痛などが改善されるようです。附子にはこのような疼痛の改善作用がありますので、慢性関節リウマチや神経痛やその他の疼痛の改善に活用されています。
 本条文は「発汗過多」に対して改善策を述べた第一番目の条文です。そして次の第8条は「瀉下後」の異和状態の改善策についての条文となっています。

7’ 桂枝三両去皮 芍薬三両 甘草二両炙 生姜三両切 大棗十二枚擘、附子一枚炮去皮破八片。
  右六味、以水七升煮、取三升、去滓、温服一升。
  (けいしさんりょうかわをさる、しゃくやくさんりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる たいそうじゅうにまいつんざく、ふしいちまいほうじかわをらしはっぺんにやぶる。みぎろくみ みずななしょうをもってにて、さんじょんをとり かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 大棗のところまでは桂枝湯の時と全く同じです。附子を追加するところが相違しています。「炮」というのは修治法の一種で、湿った紙で生薬をつつみ、熱い炭火の灰の中に埋めて、熱を加えたものです。毒性を減じるものとされています。「原始傷寒論」の中での使い方を見てみますと、炮じない生の附子は乾姜と一緒にのみ使用されていて、それ以外はすべて炮附子が使用されています。その理由はまだ分かっていません。これからの課題でしょう。


『康治本傷寒論解説』
 【原文】  「太陽病,発汗,遂漏不止,其人悪風,小便難,四肢微急,難以屈伸者,桂枝加附子湯主之.」
 【和訓】  太陽病,発汗して遂に漏れて止まず,その人悪風し,小便難く,四肢微急し,以て屈伸し難き者は,桂枝加附子湯これを主る.
 【訳文】  太陽病中風を発汗して,汗が遂に漏れて止まらず(病症変化して,少陰病の中風となって,脉は沈微細,緩で,手足厥冷し、自汗があり),それがために小便は不利の状態となり,四肢が微急して屈伸しにくく,その人背悪感する場合には,桂枝加附子湯でこれを治す.
 【句解】
  手足厥冷(シュソクケツレイ):少陰病の熱型で,自覚的に冷えていることがわかる場合をいう.
  悪寒(オカン):悪寒には附子剤と石膏剤で訴え方に以下に記したような相違があります。
 ・附子剤の場合は,背中側の腎臓の位置するあたりから上部に広がった感じで,寒気を訴えます。
 ・石膏剤では,背微悪寒といって心臓の位置する背中側の極限られた範囲にあらわれます。
 また,小青竜湯にみられる「背寒冷手大如」は,心窩部の裏側(背部)に見られ,ちょうど手のひら大の範囲に寒気を訴える場合をいう.
 【解説】  この条は,太陽病から少陰病へ移行する病道パターン(桂枝湯証の方剤

 【処方】  桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、附子一枚炮去皮破八片,右六味以水七升煮取三升去滓,温服一升.
 【和訓】  桂枝三両皮を去り,芍薬三両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り、大棗十二枚をつんざき,附子一枚を炮じて皮を破り去って八片となす,右六味水七升を以て煮て三升に取り,滓を去って温服すること一升す.

 炮:和紙を濡らして,厚く包んで熱灰の中に埋めて蒸した状態で加工する方法をいう.

    証構成
  範疇  肌寒緩病 (少陰中風)
①寒熱脉証  沈微細
②寒熱証   手足厥冷
③緩緊脉証  緩
④緩緊証   自汗
⑤特異症候
  イ背悪寒 (附子)


康治本傷寒論の条文(全文)

2009年8月21日金曜日

康治本傷寒論 第六条 太陽病,項背強几々,反汗出悪風者,桂枝加葛根湯主之。

『康治本傷寒論の研究』
太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者、桂枝加葛根湯主之。
 [訳] 太陽病、項背こわばること几几、反って汗出で、悪風する者は、桂枝加葛根湯これをつかさどる。

 これは第五条と互文をなしていることをすでに説明した。したがって項強には頭痛を伴っていろのである。そして第一条の状態からさらに病気が進展して第五条と第六条に分裂したのであるから、第五条が中風系例(中風ではない)であるとすれば第六条は傷寒系列となる。
 さて几几とは項と背が強ばることを形容した句であるが、これには二つの見解がある。
①几(しゆ)とい字を採用する説。中国でも日本でもこれを採用している書物が多い。諸橋大漢和辞典では「短い羽の鳥が飛ぶさま」と説明してある。大きな羽をもつ鳥は悠悠と大空を飛んでいる様に見えるに反して短い羽の鳥は頸と肩に力をこめて一所懸命に飛んでいる。これが筋肉の強ばりを形容することに使われているのである。藤平健氏は「几几の弁」(漢方の臨床、一六巻一二号、九四八-九五二頁、一九六九年)と題した論文で詳しくこれを論じた後に、後頭部から背中にかけて強直し、まるで一本の柱のようになっていることであるという説を紹介した。私はどちらの説でも大差はないと思っている。
②几(き)という字を採用する説。『解説』(151頁)では几は机と同じで、重くて動かしにくい意であるという。しかし几は漢和辞典では、おしまづき(ひじかけ)、祭祀に犠牲をのせてすすめる具、机、の三つの意味があるとなっている。これは皆小さくて軽いものである。机でも昔の書案(ふづくえ)、食案はどれも大きなものではない。したがって今多くの人が使用している重たい大きな机を考えて解釈することは適切ではない。もし几(き)と読むときは諸橋氏の辞典に几几は盛也、さかんなさみ、とある意味を用うべきである。
 次はについて。『解説』(152頁)では「あとから出てくる葛根湯証の項背強ばること几几、汗なく悪風するに対して、汗が出るので反ってと言ったものである。あとで葛根湯を述べるための伏線ともみられる」、といい、『講義』(20頁)では「然るに葛根湯証に於ては、汗無くして悪風するを其の正証とな為す。故に茲に反って汗出でて悪風する者と言いて以って其の葛根湯証に非ざるを明らかにする也」、といい両書とも全く同じ見解である。『弁正』でも、また中国でも同じ解釈をしている。
 しかし私はこのような類証鑑別式の読み方は文章の解釈だとは認めていない。第一に第一二条の葛根湯の条文と対比するにしても、反を除去してただ汗出悪風者としても一向に差し支えはないはずである。
 私はこの反は第五条に対するものだと考えている。即ち第六条では項強だけでなく背強まで加わり、それがさらに几几というのであるからその程度が甚だ強くなっているのである。そして汗についての陰陽は、無汗が陽で汗出が陰である。第六条のように陽の症状が甚だしい時は、全体もそれに影響されると思っていたが、予想に反して第五条と同じように陰の症状としての汗出と悪風を伴っている、という気持を反ってと言ったのある。それで発汗作用と鎮痙作用を強化した桂枝加葛根湯を使用するのである。このように解釈すれば第一二条(葛根湯)を引出さなくても反の意味を説明することができる。
 次はを挙げていない理由について。第五条で発熱を挙げているのだから、第六条にもそれがあってよい筈であるが、『弁正』では桂枝湯と病位を同じくしているので発熱を省略したのだと説明している。しかしこれは余り良い説明だとは思えない。
 私は次のように考える。第五条は症状の述べ方が、頭痛発熱、汗出悪風、というように四字づつになっているのに対し、第六条は五字づつになっている。この間に発熱の二字を入れると文の調子をくずすことになる。そして反ってと言って陽症の強いことを示しているのだから、陽症の発熱の存在を暗示したことにもなっている。それで発熱を加えなかったのであろう。

桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、葛根四両。右六味、以水一斗、先煮葛根、減二升、去上沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。

 [訳] 桂枝三両皮を去る、芍薬三両、甘草二両炙る、生姜三両切る、大棗十二枚擘く、葛根四両。右六味、水一斗を以って先ず葛根を煮て二升を減じ、上沫を去り、諸薬を内れ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服する。

 桂枝加葛根銀は桂枝湯の変方の形になっているから、ここで桂枝湯の処方構成から解析をすすめることにする。
 薬物はそれが一化合物であっても、一つの臓器あるいは特定の個処にだけ作用するのではなく、身体のいろいろな所に影響を与えるものである。まして生薬のように多成分からなるものは、その作用もまた多方面にわたることは言うまでもない。それを吉益東洞のように「能(作用)は一なり」と言うような見方をしたのでは、処方の意味がわかるわけがない。それは丁度東洞が傷寒論の条文はそれぞれ独立した文章として読むべきであり、他の条文と照合比較して解釈すべきではないとした態度と一致しているのである。したがって、東洞とちがい、条文を前後の条文と関連した読み方をすることが必要であったように、処方を構成する薬物もまた前後の薬物と関連させて見る必要があるのである。この立場がビュルギが詳細に検討し、薬理学的に証明したところの薬物の共力作用(シネルギズム)というものに一致するのである。
 まず個々の薬物の作用について考えるには本草綱目(一五九○年)、常用中草薬図譜(一九七○年)、臨床常用中薬手冊(一九七二年)、中薬臨床応用(一九七六年)等を利用するのが一番良い。残念ながらわが国の書物で役に立つものはない。中国の資料が良いと言っても、竜野一雄氏が「桂枝湯の構成」(漢方の臨床、一○巻一号、二二-三四頁、一九六三年)の中で「桂枝表の陽虚、衛虚、腎の陽虚、肺の陽虚を補い、それらによって生ず各種の表証、気上衝等を治す。芍薬は陰虚、栄虚を補い、また血虚によって起る筋急疼痛を治す」、と表現したような考え方に私は賛成できない。そのような解釈は思考を煩雑にするだけであまり得ではないと思うからである。右に挙げた書物から、桂枝湯の薬効を考えるのに直接関係のある作用だけをえらびだし、表にすると次のようになる(表)。









桂枝湯を構成する五つの薬物のうち、上の三つの桂枝、芍薬、甘草が主要なものであると私は考える。その中でも桂枝と甘草の組み合せは、宋板傷寒論の「発汗過多、其の人叉手して自ら心を冒い、心下悸して按ずることを得んと欲するものは桂枝甘草湯これを主る」で、気の上衝による心悸、頭痛に用いるものであり、芍薬と甘草は第十一条の「芍薬甘草湯を与えて以って其の脚を伸ばしむ」で、筋肉の攣急に用いるものである。
 共力作用の存在はこれ以外にも考えられる。悪寒には辛温の性質をもち温める作用を示す桂枝と生姜があたり、発熱には辛温即ち発汗解熱の作用を示す桂枝と生姜があたる。
桂枝湯は平素からやや虚弱な体質の人に用いることが多いのだから、桂枝、芍薬、甘草は何れも補う性質をもっているうえに生姜と大棗を加えて健胃作用を増強させている。それは第四条の乾嘔のように、直接に生姜の薬効が必要なときもあるし、発汗剤を服用して胃をそこなうことを予防する意味もある。
 桂枝加葛根湯は桂枝湯の変方の表現になっているが、実は主薬は葛根なのである。そのように見るべきであることは第十二条の葛根湯のところで明瞭になる。ただ変方の作り方を教えるための表現と見做すべきである。
このように処方の名称と薬物の配列順序が一致しているのは康治本と金匱玉函経であり、康平本、宋板、成本はいずれも葛根、芍薬、生姜、甘草、大棗、桂枝の順になっている。どちらが正しいかは一目して明らかである。
 葛根の薬効の中でここに関係があるのは次の二つだけである。
 一、散熱解表  二、潤筋解痙
そしていずれの場合も桂枝湯の薬物と共力作用の関係にあることは言うまでもない。


『傷寒論再発掘』
6 太陽病、項背強几几、反汗出、悪風者、桂枝加葛根湯主之。
  
(たいようびょう、こうはいこわばることしゅしゅ、かえってあせいで、おふうするもの、けいしかかっこんとうこれをつかさどる。)
  (太陽病で項(うなじ)と背の強ばりが甚だしく、当然、汗は出ないはずであるのに、汗が出て悪風を感じるようなものは、桂枝加葛根湯がこれを改善するのに最適である。)

 この条文は桂枝湯の加味方の初めての条文です。太陽病で「汗出て悪風」となれば第5条の桂枝湯の適応病態であることがまず考えられますが、ここに「項背の強ばり」が甚だしくなったものに対して、「葛根」を加味して対応することを教えているわけです。
 「几几」については、「几(しゅ)」という字を採用するか、「几(き)」という字を採用するか、二つの見解があるようですが、藤平 健先生の誠に貴重な報告「几几の弁」(『漢方の臨床』第16号12号16頁)に基づいて、「しゅしゅ」と読むことにしています。これは「まっすぐに立って動かない」の意を含む言葉だそうで、「項背強几几」は、「後頭部から、背中にかけて強直し、まるで一本の柱のようになる」との意味では「しゅしゅ」と読むのが正しい、とのことです。
 「項背強几几」のような状態を呈する時は、普通は「無汗」であるという認識が古代人にはあったのでしょうか。もしそうだとすれば、すでに「伝来の条文群」にもこの「反」という字があった筈です。一応、そのように解釈しておきますが、もし、「原始傷寒論」の著者のみがそのように認識していたとすれば、「反」の字はあとから追加されたものであったということになるでしょう。

6’ 桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、葛根四両。右六味、以水一斗、先煮葛根、減二升、去上沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升。
  (けいしさんりょうかわをさる、しゃくやくさんりょう、かんぞうにりょうあぶる、しょうきょうさんりょうきる、たいそうじゅうにまいつんざく、かっこんよんりょう、みぎろくみ、みずいっとをもって、まずかっこんをに、にしょうをげんじ、じょうまつをさり しょやくをいれ にてさんじょうをとり、かすをさり、いっしょうをおんぷくする。)

 葛根四両の前までは桂枝湯の調整法のところ(第4条文)と全く同じです。桂枝湯に葛根が入った時は、まず葛根を煮て、そこにあとから桂枝湯を構成する生薬を入れて煎じていく点が相違しています。
 葛根を先に煎じていくところに何か意味があるのだと思われますが、その意味はまだ不明と言ってよいでしょう。実際には葛根とその他の生薬を一緒に煎じてもそれほど差はなさそうです。


『康治本傷寒論解説』
第6条
 【原文】  「太陽病,項背強几々,反汗出,悪風者,桂枝加葛根湯主之.」
 【和訓】  太陽病,項背強ばること几々(キキ),反って汗出で悪風する者には,桂枝加葛根湯これを主る。
 【訳文】  太陽病(の中風)で,(脈は浮緩で) (発熱)悪風し,(葛根湯証に)反して汗が出て,項背強ばる症状がある場合には,桂枝加葛根湯でこれを治す.
 【解説】  この条では,第12条(太陽病中編の冒頭に)出てくる葛根湯との違いを明らかにしています.すなわち寒熱脉証,寒熱証,表熱外証の三つの条件は共通で,相違は緩緊脉証,緩緊証にあります。その中でも緩緊証(自汗,無汗)の完全な把握を説いています。
 【処方】  桂枝三両去皮、芍薬三両、甘草二両炙、生姜三両切、大棗十二枚擘、葛根四両,右六味以水一斗先煮葛根減二升去上沫内諸薬煮取三升去滓温服一升.
 【和訓】  桂枝三両皮を去り,芍薬三両,甘草二両を炙り,生姜三両を切り,大棗十二枚をつんざき、葛根四両,右六味,水一斗をもって先ず葛根を煮て二升を減じ,上沫を去り,諸薬を入れて煮て三升に取り,滓を去って温服すること一升す.

証構成
  範疇 肌熱緩病 (太陽中風)
①寒熱脈証  浮
②寒熱証   発熱悪寒
③緩緊脉証  緩
④緩緊証   汗出(自汗)
⑤特異症候
  イ項背強(葛根)


康治本傷寒 論の条文(全文)