『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
4 表証
表裏・内外・上中下の項でのべたように、表の部位に表われる症状を表証という。表証では発熱、悪寒、発汗、無汗、頭痛、身疼痛、項背強痛など
の症状を呈する。実証では自然には汗が出ないが、虚証では自然に汗が出ている。したがって、実証には葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)などの
発汗剤を、虚証には桂枝湯(けいしとう)などの止汗剤・解肌剤を用いて、表の変調をととのえる。
2 葛根湯(かっこんとう) (傷寒論、金匱要略)
〔葛根(かっこん)八、麻黄(まおう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)各四、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)各三、甘草(かんぞう)二〕
本方は、つぎにのべる桂枝湯に葛根、麻黄を加えたもの、また、麻黄湯の杏仁(きょうにん)を去り、葛根、生姜、大棗を加えたものとして考えら
れる。本方は、麻黄湯についで実証の薬方であり、太陽病のときに用いられる。本方證では汗が出ることなく、悪寒、発熱、脈浮、項背拘急、痙攣または痙攣性
麻痺などを目標とする。発熱は、全身の発熱ばかりでなく、局所の新しい炎症による充実症状で熱感をともなうものも発熱とすることがある。また、皮膚疾患で
分泌が少なかったり、痂皮を形成するもの、乳汁分泌の少ないものなどは、無汗の症状とされる。本方は特に上半身の疾患に用いられる場合が多いが、裏急後重
(りきゅうこうじゅう、ひんぱんに便意を催し、排便はまれで肛門部の急迫様疼痛に苦しむ状態)の激しい下痢や、食あたりの下痢などのときにも本方證を認め
ることがある。本方の応用範囲は広く、種々の疾患の初期に繁用される。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、葛根湯證を呈するものが多い。
一 感冒、気管支炎、気管支喘息その他の呼吸器系疾患。
一 赤痢、チフス、麻疹、痘瘡、猩紅熱その他の急性熱性伝染病。
一 急性大腸炎、腸カタル、腸結核、食あたりその他の胃腸系疾患。
一 五十肩、リウマチその他の運動器系疾患。
一 皮膚炎、湿疹、じん麻疹その他の皮膚疾患。
一 よう、瘭疽などの疾患。
一 蓄膿症、鼻炎、中耳炎、結膜炎、角膜炎その他の眼科、耳鼻科疾患。
一 そのほか、リンパ腺炎、リンパ管炎、小児麻痺、神経痛、高血圧症、丹毒、歯齦腫痛など。
葛根湯の加減方
(1) 葛根湯加辛夷川芎(かっこんとうかしんいせんきゅう) 葛根湯加川芎辛夷
〔葛根湯に辛夷、川芎各三を加えたもの〕
(2) 葛根湯加桔梗薏苡仁(かっこんとうかききょうよくいにん)
〔葛根湯に桔梗二、薏苡仁八を加えたもの〕
(3) 葛根湯加川芎大黄(かっこんとうかせんきゅうだいおう)
〔葛根湯に川芎三、大黄一を加えたもの〕
(4)葛根湯加桔梗石膏(かっこんとうかききょうせっこう)
〔葛根湯に桔梗二、石膏一○を加えたもの〕
以上四つの加減法は、葛根湯證で頸から上の充血、化膿症を治すもので、蓄膿症、中身炎、咽喉疼痛、眼病一般その他に用いられる。
その中で、辛夷川芎や桔梗薏苡仁の加減は鼻疾患に多く用いられ、桔梗薏苡仁のほうは、特に化膿の激しく、膿汁の多いものに用いられる。川芎大
黄の加減は、炎症が激しく、膿も多く、痛みも強いものである。桔梗石膏の加減は、鼻炎の初期のように炎症によって患部に熱感のあるもので、化膿はそれほど
進んでいない。
(5) 葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)
〔葛根湯に半夏四を加えたもの〕
葛根湯證に嘔吐をかねたものである。
(6) 葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)
〔葛根湯に朮三、附子一を加えたもの〕
葛根湯證で、痛みが激しく、陰証をかねたものに用いられる。したがって、腹痛を伴うことがある。本方は、附子と麻黄、葛根、桂枝などの組み合
わさった薬方であるため、表を温め表の新陳代謝機能を高めるが、本方證には身体の枯燥の状は認められない。特に神経系疾患、皮膚化膿性疾患に、本方證のも
のが多い。
5 麻黄剤(まおうざい)
麻黄を主剤としたもので、水の変調をただすものである。したがって、麻黄剤は、瘀水(おすい)による症状(前出、気血水の項参照)を呈する人に使われる。なお麻黄剤は、食欲不振などの胃腸障害を訴えるものには用いないほうがよい。
麻黄剤の中で、麻黄湯、葛根湯は、水の変調が表に限定される。これらに白朮(びゃくじゅつ)を加えたものは、表の瘀水がやや慢性化して、表よ
り裏位におよぼうとする状態である。麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)・麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、瘀水がさらに裏位におよび、筋肉に作用
する。大青竜湯(だいせいりゅうとう)・小青竜湯(しょうせいりゅうとう)・越婢湯(えっぴとう)は、瘀水が裏位の関節にまでおよんでいる。
2 葛根湯(前出、表証の項参照)
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
10.葛根湯加辛夷川芎(かっこんとうかしんいせんきゅう) 本朝経験
葛根8.0 麻黄4.0 生姜4.0(乾1.0) 大棗4.0
桂枝3.0 芍薬3.0 甘草2.0 辛夷3.0 川芎3.0
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
頭痛,頭重感があって肩こり,鼻閉 鼻汁,膿汁などの症状があるもの。
葛根湯辛夷と川芎を加えたもので,急性や慢性の鼻疾患にはきわめて応用頻度の高い処方である。特に蓄膿症の内服薬として著効があるが,疾患の性格からかなり長期にわたり,連続服用させる必要がある。鼻疾患の治療にわたり,連続服用させる必要がある。鼻疾患の治療について本方を中心に,その応用ポイントを列期すれば次のとおりになる。
<蓄膿症> 発熱,頭痛,全身倦怠感,鼻汁などの症候が発現する急性症には,本方より葛根湯の適する場合が多い。急性症状で鼻汁が粘稠あるいは膿性のものには,葛根湯に桔梗,石膏を加えるとよい。この症状で鼻閉,頭痛頭部圧迫感が著しいものに本方葛根湯加辛夷川芎がよく適応する。副鼻腔内の炎症が慢性に経過する,いわゆる慢性ちくのう症で,記憶力,思考力,臭覚欠如,膿汁などには本方を連用させるとよい。なお数ヵ年を経過した蓄膿症で,膿性粘液の分泌が多く,サルファ剤やペニシリンなどが対象になるものには本方と,伯州散の兼用法が偉効を奏する。亜急性で前記症状があるものには,伯州散よりも桔梗石膏を加味するほうがよい。
<慢性鼻炎> 鼻汁,鼻閉を主症状とするこの疾患は,アレルギー性鼻炎と区別することが大切である。鼻の左右が交互につまり 粘液性の鼻閉,頭痛などには本方が適し,鼻腔内の瘙痒感,クシャミ,水様性前量の鼻汁や流涙を訴えるアレルギー性のものは鼻腔内の浮腫,多量の分泌物などがあるから,本方よりも小柴胡湯合小青竜湯を応用することが多い。
【由来】
葛根湯加川芎辛夷=葛根湯+川芎+辛夷 計9味
・『傷寒論』や『金匱要略』に載る加味方ではない。
・後の中国の考案でもない。
・日本独自の処方。
・本朝経験方=日本でいつの間にかできて広まった薬方
『本朝経験方』という書もあるが、この書を出典とする意味ではない。
本朝とは、中国(支那)に対する日本の雅称。
・辛夷:鼻づまり等への効果:『名医別録』(3~5世紀頃)
・『雷公薬対』:辛夷+川芎:効果が高まる
・『雷公薬対』:麻黄+辛夷:×
葛根湯には麻黄が含まれる。
辛夷と川芎を配合した薬方は多くあるが、葛根湯には辛夷を加味しなかった。
・『楊氏家蔵方』(1178年):芎黄散(きゅうおうさん) = 川芎+大黄 = 応鐘散(おうしょうさん)
頭部の熱症状に効く
応鐘散は、吉益東洞の家方
・汪昂『本草備要』(1694)
「麻黄:辛夷・石膏を悪む。」
・ 江戸中期以前の諸文献には葛根湯に川芎を加味した記述は見当たらない。
・尾台榕堂 『類聚方広義』(1855年刊)
応鐘散(大黄、川芎)の兼用と「或は本方中に川芎、大黄、反鼻等を撰び加う。」
は葛根湯を蓄膿症に応用
・浅田宗伯『勿誤薬室方函口訣』(1878年)
「川芎、大黄を加えて 脳漏及び眼耳痛を治し云々」……葛根湯加川芎大黄を蓄膿症などに応用
『橘窓書影』(1886年刊)には葛根湯加川芎大黄の治験が2例。
・西岡一夫『明解漢方処方』((1966年)
葛根湯の加減方の項に、「蓄膿症(辛夷、川芎各3.0を加え る。古方家は辛夷より桔梗2.0、石膏2.0または桔梗2.0、薏苡仁8.0の方が良いとも言う)」
・山田光胤『漢方処方応用の実際』(1967年)
「鼻疾患に川芎辛夷を加える。ただ辛夷を加える出典ははっきりしない。」
・ 『日本医学』および『漢方と漢薬』には、(昭和初期~戦中)
葛根湯加川芎大黄につ いては治験例や論述が数多く記されているものの、
これに辛夷をさらに加えた記述は見当らない。
・大塚敬節『漢 診療三十年』(1959年)(昭和34年)が葛根湯に辛夷を加味する初出か?
葛根湯加辛夷撲漱各3.0
・『漢方の臨床』11巻6号(1964年)(昭和39年)「葛根湯を語る」
山田光胤
「二十歳 位の男性の蓄膿症ですが,、はじめ葛根湯加辛夷,、川芎をやりましたら少しよくはなったが、あまりよくないというので腹を診ますと、腹直筋が両方張っているので、四逆散加辛夷、川芎にして三ケ月くらい続けてみよと言ってやりましたらまた元に戻ってしまって、鼻が詰まってきたというので、今度は葛根湯加辛夷、川芎、桔梗、石膏、大黄にして一週間やりましたら、鼻が通ってきたと言っています。」
・『漢方と民間薬百科』
辛夷の項
「モク レン科のコブシのつぼみで、頭痛を治し、高血圧症にも効がある。主として、副鼻腔炎(蓄膿症)、肥厚性鼻炎などに用いられる。葛根湯加辛夷、川芎は、しばしばこれらの鼻疾患に用いられる」
・『大塚敬節著作集』第三巻
「蓄膿症も手術をしない前なら 葛根湯加川芎辛夷がよく効く。ひどく胃腸の弱い人、衰弱している人には用いられない。食欲がなくなり、疲れがくる。」
・『日本医事新報』(1969年)
矢数道明が読者の肥厚性鼻炎の漢方治療の質問に答え、
第一の方剤 として葛根湯加辛夷川芎をあげ、その適応病態について詳説している
(『漢方治療百話』第三集(1971年刊)に収録)。
【一般用漢方製剤承認基準】
30.葛根湯加川芎辛夷
〔成分・分量〕
葛根4-8、麻黄3-4、大棗3-4、桂皮2-3、芍薬2-3、甘草2、生姜1-1.5、川芎2-3、辛夷2-3
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
比較的体力があるものの次の諸症:
鼻づまり、蓄膿症(副鼻腔炎)、慢性鼻炎
【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換
算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位 | 症状 |
皮膚 | 発疹・発赤、かゆみ |
消化器 | 吐き気、食欲不振、胃部不快感 |
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称 | 症状 |
偽アルドステロン症、 ミオパチー |
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。 |
含有する製剤に記載すること。〕
3.1ヵ月位服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬
剤師又は登録販売者に相談すること
4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく
注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」を してはいけないこと に記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)体の虚弱な人(体力の衰えている人、体の弱い人)。
(4)胃腸の弱い人。
(5)発汗傾向の著しい人。
(6)高齢者。
〔マオウ又は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(8)次の症状のある人。
むくみ1)、排尿困難2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
(9)次の診断を受けた人。
高血圧1)2)、心臓病1)2)、腎臓病1)2)、甲状腺機能障害2)
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。2)は、マオウを含有する製剤に記載すること。〕
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕