半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
半夏五・ 黄芩 乾姜 人参 甘草 大棗各二・五 黄連一・
本方の目標は心下部痞塞感・悪心・嘔吐・食欲不振等で、他覚的には心下部に抵抗を増し、屡々胃内停水・腹中雷鳴・下痢を伴い、舌には白苔を生ずる。
半夏は胃内停水を去り、嘔吐を止め、黄連・黄芩と共に胃腸の炎症を去る。黄連・黄芩は苦味剤で、消炎健胃の効があり、人参と乾姜は胃腸の血行をよくして機能の回復を促す。甘草・大棗は諸薬を調和してその協同作用を強化するものである。
本方と黄連湯とは類似しているがその相違は、黄連湯では腹痛が目標の一つになっている。また腹部に圧痛がある。本方では腹痛及び腹部圧痛を伴うこともある が、黄連湯の恒常的なるに似ず、また程度も軽い。舌苔は黄連湯に著明であり、本方では欠くことが多い。本方の応用は胃カタル・腸カタルである。
加減方としては生姜瀉心湯と甘草瀉心湯とがある。
【生姜瀉心湯】(しょうきょうしゃしんとう)
半夏瀉心湯から乾姜一・を減じ生姜二・を加える。
本方は半夏瀉心湯の處方中、乾姜の量を減じて生姜を加えたものである。応用目標は半夏瀉心湯の證で、噫気・食臭を発し、腹中雷鳴・下痢は胃腸内で発酵が盛 んな為であってこれは生姜の治する所である。応用は胃腸カタル・発酵性下痢・過酸症・胃拡張等である。
【甘草瀉心湯】(かんぞうしゃしんとう)
半夏瀉心湯に甘草一・を加える。
本方は半夏瀉心湯の處方中、甘草の量を増したものであって、半夏瀉心湯の證で腹中が雷鳴して不消化下痢を起し、或は下痢せずに心煩して気分不穏を覚える者を治する。甘草を増量したのは、甘草は急迫症状を緩和する効があって心煩・気分不穏を除くからである。
本方の応用としては胃腸カタル、産後の口内糜爛を伴う下痢、神経衰弱・不眠症等である。
『漢方精撰百八方』
106.〔半夏瀉心湯〕(はんげしゃしんとう)
〔出典〕傷寒論、金匱要略
〔附方〕生姜瀉心湯、甘草瀉心湯
〔処方〕半夏4.0 黄芩、人参、甘草、大棗 各3.0 乾姜2.0 黄連1.0
〔目標〕食物が心下部(みぞおち)につかえ、食欲不振、吐きけ、嘔吐などがある。
腹が鳴って下痢する。
心下部がつかえて肩が凝る。
胃の異和感、存在感があって精神不安が起こる。このとき、舌に白苔を生じ、脈、腹部の緊張は中くらいで、腹証としては心下部が固く張り圧痛がある。ときに心下部に振水音をみとめる。
本方の適応症は、体格、体質が中等度のものである。
甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)は、半夏瀉心湯を用いたいような症状で、しかも腹鳴、下痢のひどい場合に用いる。
半夏瀉心湯や甘草瀉心湯を用いる下痢は、裏急後重がなくて渋り腹でなく、一度下痢すれば一応気持ちがよくなるような場合で、水瀉性下痢から軟便程度まで、ひどさはいろいろである。
生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)は、半夏瀉心湯を用いたいような場合で、しかも嘈囃(むねやけ)がひどいときに用いる。
〔かんどころ〕体質中ぐらいの人。食べ物が胃部につかえ、みぞおちが張って、胃の存在感がある。舌に白苔がある。
〔応用〕急、慢性胃腸カタル、不眠症、神経症
〔治験〕34才の男子、旧知の青年が、このごろおかしいから診てくれと、その妻に連れられてきた。
約1ヶ月前から、食欲がなくなり、便秘をさかんに訴えた。近所の医師にかかったが、よくならず、次第に痩せて、その上神経過敏になり、夜眠らなくなった。2週間ばかり前からつまらぬことを気にして、わけのわからないことを言うようになった。そのため勤めも休んでいるという。患者は、中肉中背。筋肉の緊張も大体良好、顔色悪く、憂鬱な顔つきで、余り口もきかない。舌に白苔があり、脈は緊張がよく、腹部をみると心下痞鞕がみとめられ、みぞおちに抵抗があって、圧迫すると痛みを訴える。半夏瀉心湯を用いたところ、10日ほどで食欲が出て、元気になった。神経症状も勿論なくなった。
甘草瀉心湯:半夏瀉心湯に甘草1.0を加える。
生姜瀉心湯:半夏瀉心湯から乾姜1.0を減じ、生姜2.0を加える。
山田光胤
瀉心湯類は、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)を主薬とし、心下痞硬(前出、腹診の項参照)および心下痞硬によって起こる各種の疾患を目標に用いられる。
6 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう) (傷寒論、金匱要略)
〔半夏(はんげ)五、黄芩(おうごん)、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)各二・五、黄連(おうれん)一〕
本方は、少陽病で瘀熱(おねつ、身体に不愉快な熱気を覚える)と瘀水が心下に痞え、その動揺によって嘔吐、腹中雷鳴、下痢などを程するものに 用いられる。したがって、悪心、嘔吐、心下部の痞え(自覚症状)、食欲不振、胃内停水、腹中雷鳴、上腹痛、軟便、下痢(裏急後重)、精神不安、神経過敏な どを目標とする。
本方の心下痞をつかさどる黄連のかわりに胸脇苦満をつかさどる柴胡に、冷えをつかさどる乾姜のかわりに生姜に変えたものが小柴胡湯(前出、柴胡剤の項参照)である。
〔応用〕
つぎに示したような疾患に、半夏瀉心湯證を呈するものが多い。
一 胃カタル、腸カタル、胃アトニー症、胃下垂症、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 月経閉止、悪阻その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、不眠症、神経症、口内炎、食道狭窄、宿酔)など。
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
64.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう) 傷寒論
半夏5.0 黄芩2.5 乾姜2.5 人参2.5 甘草2.5 大棗2.5 黄連1.0
(傷寒論)
「傷寒五六日,嘔而発熱者,柴胡証具,而以他薬下之,柴胡証仍在者,復与柴胡湯,此雖巳下之,不為逆,必蒸々而振,却発熱汗出而解,若心下満而硬痛者,此為結胸也,大陥胸湯主之」但満而不痛者,此為痞,「柴胡不中与之」宜半夏瀉心湯(太陽下)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部がつかえ,悪心や嘔吐があり,食欲不振で胃部に水分停滞感があり,腹鳴を伴なって下痢するもの。あるいは,軟便や粘液便を排出するもの。
本方は下腹部で腹鳴がある冷え症の胃腸機能を高め,消化を助け,栄養の吸収をよくし,便通を整え血色をよくするので,漢方処方中胃腸薬と形r最も多く用いられる。安中散も冷え症に用いられる力置、安中散適応症状には水分停滞あるいは腹鳴はない。本方はあまり腹痛のひどくない慢性の下痢に奏効し,急性の水瀉性下痢あるいは発熱悪寒を伴なう下痢には無効で,この場合は五苓散,または葛根湯が適する。腹痛の激しい下痢には柴胡桂枝湯,平胃散,小建中湯,大建中湯などを考慮すべきである。また虚弱者で下痢と便秘が交互にくるものにもよいが,同じ症状で充実体質には大柴胡湯が適応する。本方はまた黄連解毒湯でも強すぎる虚弱者の便秘によい。真武湯,半夏厚朴湯,茯苓飲との鑑別はそれぞれの処方の項を参照のこと。本方を服用後なお疲労倦怠感,食欲不振がとれない場合には小柴胡湯あるいは補中益気湯に転方すべきである。
〈漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は平素から若干の冷えを自覚したり,胃腸機能が悪い傾のものの,応用の目標欄記載の症候複合がある消化器疾患に用いられている。したがって腸内水分の再吸収や,利尿ホルモンのバランスがlくずれているもので,胃内や腸管に水分停滞が多く,それがために腸内腐敗現象や,消化管内水分停滞による腹鳴あるものが,本方応用のポイントになる。また本方が対象になる下痢は,比較的に排便量が少なく下痢便や軟便でありながら,間歇的に便秘して下剤を投与すると,その作用が激しく現われる下剤禁忌症であることが,他適応症と異なる。
類似症状の鑑別
安中散,冷えを自覚する消化器疾患に応用するが水分停滞感や腹鳴,または下痢軟便は認めない。
五苓散,激しい水瀉性の下痢便で,口渇や微熱あるいは頭痛,頭重などを伴う点で区別する。
平胃散,水分の停滞が主として胃に局限し,それがため消化不良,胃拡張をきたして下痢(水容便)し,下痢しても倦怠感や衰弱する傾向がなく,かえって爽快感をもたらすことが,平胃散適応の特徴といえる。
半夏厚朴湯,悪心,嘔吐,胃腸機能が悪い点で類似するが,半夏厚朴湯が適応するものには,腹鳴や下痢がなく,精神不安が著しい点を考慮すればよい。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○体質,体力が中ぐらいの人で,食物が心下部(みぞおち)に痞え,食欲不振,嘔きけ,嘔吐,時に軽い上腹痛がある。腹が鳴って下痢する。心下部が痞えて肩がこる。みぞおちに異和感があり,胃の存在を感じ,精神不安,神経過敏を呈す。舌に白苔を生じ,脈,腹部の緊張は中ぐらいで,腹部は心下痞硬(心下部が硬く張って圧痛がある)時に心下部振水音を呈する。
○着眼点は心下痞硬である。心下は胸骨剣状突起より下で,臍より上の部分である。本方の心下痞硬は,その部分に軽い抵抗をふれるものである。
○心下痞硬がはっきりしないとき,細野史郎氏は胸骨剣状突起の直下を押してみて,圧痛があれば心下痞硬であるといっている。
○先哲医話(福井楓亭)に「脾労(胃弱)の証,心下痞し,腹中雷鳴し,痛まず下痢し,痢後心下が不快で,反って痞張するものは半夏瀉心湯がよい」とある。しかし半夏瀉心湯証の下痢は水瀉性下痢から軟便程度まで程度はいろいろあるが,裏急後重がなく,一度下痢すれば一応さっぱりする。
○山田業精の聞見録に「脳漏(蓄膿症などの鼻漏)に半夏瀉心湯がよいものがある。これは心下痞硬を目標にする。また半夏瀉心湯は張満(腹膜炎などで腹が張る病気)及び月経不順にもよいことがある」と書いてある。
○袖珍方には本方が車酔,船酔によいとある。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方の目標は心下部痞塞感,悪心,嘔吐,食欲不振等で,他覚的には心下部に抵抗を増し,屡々胃内停水,腹中雷鳴,下痢を伴い,舌には白苔を生ずる。半夏は胃内停水を去り,嘔吐を止め,黄連,黄芩と共に胃腸の炎症を去る。黄連,黄芩は苦味剤で,消炎,健胃の効があり,人参と乾姜は胃腸の血行をよくして機能の回復を促す。甘草,大棗は諸薬を調和してその協同作用を強化するものである。
本方と黄連湯とは類似しているがその相違は黄連湯では腹痛が目標の一つになっている。また腹部に圧痛がある。本方では腹痛及び腹部圧痛を伴うこともある が黄連湯の恒常的なるに似ず,また程度も軽い,舌苔は黄連湯に著明であり,本方では欠くことが多い。本方の応用は胃カタル,腸カタルである。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
心下部の痞塞感が第一で,悪心,嘔吐,食欲不振を訴え,他覚的には心下部に抵抗を認め,しばしば胃内停水腹中雷鳴,下痢を伴い,舌白苔を生ずることが多い。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 乾姜の代りに生姜,黄連の代りに柴胡にすると小柴胡湯になる。言換えると本方は小柴胡湯に構成が近いからその適応症も稍それに近いのである。近いのは作用する部位が心下で,症状が嘔なのである。小柴胡湯は胸脇苦満,脇下満だし,本方は心下痞である。
運用 1. 心下部が痞え,嘔又は腸鳴する。
心下部とは胸元がつかえるという自覚症状で,他覚的に之を証明することは出来ない。心下部を触診すると多少の緊張を認めることはあるが,強く押しては深部に抵抗を証し得ない。嘔と腹鳴は相伴うこともあり,一方だけのこともある。要するに心下に痞えた気が上に動いて嘔になり,腹で動いて腸鳴すると思えばよい。「嘔して腸鳴し心下痞するもの」(金匱要略嘔吐)はこのことであり,小柴胡湯と似た所は「傷寒五六日,嘔して発熱するものは柴胡の証具る。而るに他薬を以て之を下し,柴胡の証仍を在るものは復た柴胡湯を与ふ。これに巳に之を下すと雖も逆となさず。必ず蒸々として振ひ,却て発熱汗出でて解す。若し心下満して硬痛する者は此を結胸となす。大陥胸湯之を主る。ただ満して痛まざるものは此を痞となす。柴胡之を与ふるに中らざるなり。半夏瀉心湯之を主る。」(傷寒論太陽病下篇)
長文だがその要点は大陥胸湯,小柴胡湯,半夏瀉心湯の鑑別であって,痛むものは結胸で大陥胸湯,満だけで痛まぬのは気の痞えだから半夏瀉心湯,苦満又は痞硬するは痞に似てはいるが,実鬱だから小柴胡湯だというのである。同じく満しても気だけで充塞するものがないのを痞と云い,充塞があるのを痞硬とする。心下痞と嘔とを目標にして半夏瀉心湯は胃カタル,胃腸カタル,胃酸過多症,胃拡張,胃下垂,胃潰瘍,十二指張潰瘍,悪阻,蛔虫,薬剤副作用による悪心嘔吐,神経性嘔吐等の胃症状には頻用する。胸元は痞える位だから食欲は無論減退しており,舌は薄い白苔を被っていることがある。脉は普通であまり傾りはない。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方は飲邪併結して心下痞硬する者を目的とす。故に支飲或は澼飲の痞硬には効なし。飲邪併結より来る嘔吐にも,噦逆にも,下痢にも皆運用して特効あり。千金翼に附子を加ふるものは,即ち附子瀉心湯の意にて,飲邪を温散させる老手段なり。又虚労或は脾労等心下痞して下痢する者,此方に生姜を加えてよし,即ち生姜瀉心湯なり。
【一般用漢方製剤承認基準】
半夏瀉心湯
〔成分・分量〕
半夏4-6、黄芩2.5-3、乾姜2-3、人参2.5-3、甘草2.5-3、大棗2.5-3、黄連1
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便又は下痢の傾向のあるものの次の諸症:
急・慢性胃腸炎、下痢・軟便、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
64.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう) 傷寒論
半夏5.0 黄芩2.5 乾姜2.5 人参2.5 甘草2.5 大棗2.5 黄連1.0
(傷寒論)
「傷寒五六日,嘔而発熱者,柴胡証具,而以他薬下之,柴胡証仍在者,復与柴胡湯,此雖巳下之,不為逆,必蒸々而振,却発熱汗出而解,若心下満而硬痛者,此為結胸也,大陥胸湯主之」但満而不痛者,此為痞,「柴胡不中与之」宜半夏瀉心湯(太陽下)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
胃部がつかえ,悪心や嘔吐があり,食欲不振で胃部に水分停滞感があり,腹鳴を伴なって下痢するもの。あるいは,軟便や粘液便を排出するもの。
本方は下腹部で腹鳴がある冷え症の胃腸機能を高め,消化を助け,栄養の吸収をよくし,便通を整え血色をよくするので,漢方処方中胃腸薬と形r最も多く用いられる。安中散も冷え症に用いられる力置、安中散適応症状には水分停滞あるいは腹鳴はない。本方はあまり腹痛のひどくない慢性の下痢に奏効し,急性の水瀉性下痢あるいは発熱悪寒を伴なう下痢には無効で,この場合は五苓散,または葛根湯が適する。腹痛の激しい下痢には柴胡桂枝湯,平胃散,小建中湯,大建中湯などを考慮すべきである。また虚弱者で下痢と便秘が交互にくるものにもよいが,同じ症状で充実体質には大柴胡湯が適応する。本方はまた黄連解毒湯でも強すぎる虚弱者の便秘によい。真武湯,半夏厚朴湯,茯苓飲との鑑別はそれぞれの処方の項を参照のこと。本方を服用後なお疲労倦怠感,食欲不振がとれない場合には小柴胡湯あるいは補中益気湯に転方すべきである。
〈漢方処方解説シリーズ〉 今西伊一郎先生
本方は平素から若干の冷えを自覚したり,胃腸機能が悪い傾のものの,応用の目標欄記載の症候複合がある消化器疾患に用いられている。したがって腸内水分の再吸収や,利尿ホルモンのバランスがlくずれているもので,胃内や腸管に水分停滞が多く,それがために腸内腐敗現象や,消化管内水分停滞による腹鳴あるものが,本方応用のポイントになる。また本方が対象になる下痢は,比較的に排便量が少なく下痢便や軟便でありながら,間歇的に便秘して下剤を投与すると,その作用が激しく現われる下剤禁忌症であることが,他適応症と異なる。
類似症状の鑑別
安中散,冷えを自覚する消化器疾患に応用するが水分停滞感や腹鳴,または下痢軟便は認めない。
五苓散,激しい水瀉性の下痢便で,口渇や微熱あるいは頭痛,頭重などを伴う点で区別する。
平胃散,水分の停滞が主として胃に局限し,それがため消化不良,胃拡張をきたして下痢(水容便)し,下痢しても倦怠感や衰弱する傾向がなく,かえって爽快感をもたらすことが,平胃散適応の特徴といえる。
半夏厚朴湯,悪心,嘔吐,胃腸機能が悪い点で類似するが,半夏厚朴湯が適応するものには,腹鳴や下痢がなく,精神不安が著しい点を考慮すればよい。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○体質,体力が中ぐらいの人で,食物が心下部(みぞおち)に痞え,食欲不振,嘔きけ,嘔吐,時に軽い上腹痛がある。腹が鳴って下痢する。心下部が痞えて肩がこる。みぞおちに異和感があり,胃の存在を感じ,精神不安,神経過敏を呈す。舌に白苔を生じ,脈,腹部の緊張は中ぐらいで,腹部は心下痞硬(心下部が硬く張って圧痛がある)時に心下部振水音を呈する。
○着眼点は心下痞硬である。心下は胸骨剣状突起より下で,臍より上の部分である。本方の心下痞硬は,その部分に軽い抵抗をふれるものである。
○心下痞硬がはっきりしないとき,細野史郎氏は胸骨剣状突起の直下を押してみて,圧痛があれば心下痞硬であるといっている。
○先哲医話(福井楓亭)に「脾労(胃弱)の証,心下痞し,腹中雷鳴し,痛まず下痢し,痢後心下が不快で,反って痞張するものは半夏瀉心湯がよい」とある。しかし半夏瀉心湯証の下痢は水瀉性下痢から軟便程度まで程度はいろいろあるが,裏急後重がなく,一度下痢すれば一応さっぱりする。
○山田業精の聞見録に「脳漏(蓄膿症などの鼻漏)に半夏瀉心湯がよいものがある。これは心下痞硬を目標にする。また半夏瀉心湯は張満(腹膜炎などで腹が張る病気)及び月経不順にもよいことがある」と書いてある。
○袖珍方には本方が車酔,船酔によいとある。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方の目標は心下部痞塞感,悪心,嘔吐,食欲不振等で,他覚的には心下部に抵抗を増し,屡々胃内停水,腹中雷鳴,下痢を伴い,舌には白苔を生ずる。半夏は胃内停水を去り,嘔吐を止め,黄連,黄芩と共に胃腸の炎症を去る。黄連,黄芩は苦味剤で,消炎,健胃の効があり,人参と乾姜は胃腸の血行をよくして機能の回復を促す。甘草,大棗は諸薬を調和してその協同作用を強化するものである。
本方と黄連湯とは類似しているがその相違は黄連湯では腹痛が目標の一つになっている。また腹部に圧痛がある。本方では腹痛及び腹部圧痛を伴うこともある が黄連湯の恒常的なるに似ず,また程度も軽い,舌苔は黄連湯に著明であり,本方では欠くことが多い。本方の応用は胃カタル,腸カタルである。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
心下部の痞塞感が第一で,悪心,嘔吐,食欲不振を訴え,他覚的には心下部に抵抗を認め,しばしば胃内停水腹中雷鳴,下痢を伴い,舌白苔を生ずることが多い。
〈漢方入門講座〉 竜野 一雄先生
(構成) 乾姜の代りに生姜,黄連の代りに柴胡にすると小柴胡湯になる。言換えると本方は小柴胡湯に構成が近いからその適応症も稍それに近いのである。近いのは作用する部位が心下で,症状が嘔なのである。小柴胡湯は胸脇苦満,脇下満だし,本方は心下痞である。
運用 1. 心下部が痞え,嘔又は腸鳴する。
心下部とは胸元がつかえるという自覚症状で,他覚的に之を証明することは出来ない。心下部を触診すると多少の緊張を認めることはあるが,強く押しては深部に抵抗を証し得ない。嘔と腹鳴は相伴うこともあり,一方だけのこともある。要するに心下に痞えた気が上に動いて嘔になり,腹で動いて腸鳴すると思えばよい。「嘔して腸鳴し心下痞するもの」(金匱要略嘔吐)はこのことであり,小柴胡湯と似た所は「傷寒五六日,嘔して発熱するものは柴胡の証具る。而るに他薬を以て之を下し,柴胡の証仍を在るものは復た柴胡湯を与ふ。これに巳に之を下すと雖も逆となさず。必ず蒸々として振ひ,却て発熱汗出でて解す。若し心下満して硬痛する者は此を結胸となす。大陥胸湯之を主る。ただ満して痛まざるものは此を痞となす。柴胡之を与ふるに中らざるなり。半夏瀉心湯之を主る。」(傷寒論太陽病下篇)
長文だがその要点は大陥胸湯,小柴胡湯,半夏瀉心湯の鑑別であって,痛むものは結胸で大陥胸湯,満だけで痛まぬのは気の痞えだから半夏瀉心湯,苦満又は痞硬するは痞に似てはいるが,実鬱だから小柴胡湯だというのである。同じく満しても気だけで充塞するものがないのを痞と云い,充塞があるのを痞硬とする。心下痞と嘔とを目標にして半夏瀉心湯は胃カタル,胃腸カタル,胃酸過多症,胃拡張,胃下垂,胃潰瘍,十二指張潰瘍,悪阻,蛔虫,薬剤副作用による悪心嘔吐,神経性嘔吐等の胃症状には頻用する。胸元は痞える位だから食欲は無論減退しており,舌は薄い白苔を被っていることがある。脉は普通であまり傾りはない。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方は飲邪併結して心下痞硬する者を目的とす。故に支飲或は澼飲の痞硬には効なし。飲邪併結より来る嘔吐にも,噦逆にも,下痢にも皆運用して特効あり。千金翼に附子を加ふるものは,即ち附子瀉心湯の意にて,飲邪を温散させる老手段なり。又虚労或は脾労等心下痞して下痢する者,此方に生姜を加えてよし,即ち生姜瀉心湯なり。
【一般用漢方製剤承認基準】
半夏瀉心湯
〔成分・分量〕
半夏4-6、黄芩2.5-3、乾姜2-3、人参2.5-3、甘草2.5-3、大棗2.5-3、黄連1
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便又は下痢の傾向のあるものの次の諸症:
急・慢性胃腸炎、下痢・軟便、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症