健康情報: 五積散(ごしゃくさん) の 効能・効果 と 副作用

2013年10月17日木曜日

五積散(ごしゃくさん) の 効能・効果 と 副作用

漢方診療の實際 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊

五積散
本方は、気・血・痰・食の五積を治すとい う意を以て名づけられたものである。貧血を補い、血行を盛んにし、諸臓器の機能を亢める効能がある。一般に寒冷及び湿気に損傷されて発する諸病に用いてよ く奏効する。本方の目標は、顔色がやや貧血気味で、腰・股・下腹等が冷えて痛み、上半身に熱感があって下半身が冷え、脈は一般に沈んでいる者が多い。腹は 多く柔軟であるが、或は心下の硬いものもある。
一般に有熱性疾患には用いられない。方中の蒼朮・陳皮・厚朴・甘草は即ち二陳湯で、枳殻と共に胃内停水を去る。当帰・芍薬・川芎は四物湯の意で貧血を補い、桂枝・乾姜・麻黄・白芷・桔梗等は寒冷を温め、軽い発汗の作用があり、血行をよくする。薬味複雑であるが、二陳湯平胃散四物湯桂枝湯続命湯半夏厚朴湯等の意を備えて諸病に応用される。
即ち急性慢性胃腸カタル、胃痙攣・所謂疝気・腰痛・ 白帯下・月経痛・心臓弁膜症・神経痛・リウマチ・脚気・中風・打撲・老人の軽い感冒等に汎く応用される。


漢方精撰百八方
81.〔五積散〕(ごしゃくさん)

〔出典〕和剤局方

〔処方〕茯苓、白朮、陳皮、半夏、蒼朮 各2.0 当帰、芍薬、川芎、厚朴、白芷、枳殻、桔梗、乾姜、香附子、桂枝、麻黄、大棗、甘草 各1.2

〔目標〕
  この方は気・血・痰・寒・食の五積(体内に五つの病毒の鬱積すること)を治すとう意味で名づけられたものである。
  体質的に肝と脾が弱く、寒と湿に感じ、気血食の鬱滞を来して起こる諸病に用いられる。
  和剤局方中寒門には、「中を調え、気を順らし、風冷を除き、痰飲を化す。脾胃宿冷、腹脇脹痛、胸膈停痰、嘔逆悪心、或いは外風寒に感じ、生内冷に傷られ、心腹痞悶、頭目昏痛、治肩背拘、肢体怠惰、寒熱往来、飲食進まざるを治す。及び婦人血気調わず、心腹撮痛、径行均しからず、或いは閉じて通ぜず、並びに宜しく之を服すべし」とある。
  本方の適応するものは概して、顔色勝れず、上半身に熱感あり、下半身が冷え、腰、股、下腹などが冷え痛み、脈は一般に沈んで腹は軟らかいか、ときに心下に硬く張っている。

〔かんどころ〕
  気・血・痰・寒・食の五積のうち、とくに寒を主とし、津田玄仙は、腰冷痛、腰股攀急、上熱下冷、小腹痛の四症を目標としている。

〔応用〕
  本方は主として、急性慢性胃腸炎・胃痙攣・胃酸過多症・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・疝気(腸神経痛)・腰痛・諸神経痛・リウマチ等に用いられ、また脚気・白帯下・月経痛・月経不順・冷え性・打撲傷・半身不随・心臓弁膜症・難産(酢を加える)・ヂフテリーの一症・奔豚症等に広く応用される。

〔治験〕
  胃潰瘍と嘔吐
  家兄矢数格が中学時代、マラリアに罹り、キニーネを服用してひどい胃障害を起こした。嘔吐やまず、飲食薬剤一切納まらず、羸痩その極に達し、遂に嘔血をみるに至った。大学病院を初め、諸専門医を歴訪したが、この頑固な嘔吐は治らず、死を待つばかりであった。このとき森道伯翁の漢方治療をうけ、奇跡的に治癒した。
  そのときの処方が五積散で、繰り返した胃洗浄などによって、胃の寒冷と停飲とを招来していたもので、主治にある脾胃宿冷、嘔逆悪心に該当していた。本方三帖によって年来の嘔吐が全治し、その後鍼灸薬の三者併用により体力全く恢復し、医を志して漢方治療に従事するようになった。   
矢数道明



漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
五積散(ごしゃくさん)  (和剤局方)
〔蒼朮(そうじゅつ)、陳皮(ちんぴ)、茯苓(ぶくりょ う)、白朮(びゃくじゅつ)、半夏(はんげ)、当帰(とうき)各二、厚朴(こうぼ く)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、白芷(びゃくし)、枳殻(きこく)、桔梗(ききょう)、乾姜(かんきょう)、桂枝(けいし)、麻黄(まお う)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、甘草(かんぞう)各一〕
本方は、平胃散二陳湯四物湯桂枝湯続命湯半夏厚朴湯、 麻黄湯などの意味をかねており、気・血・痰・食・寒の五つの病毒がうっ積する ものを治す。したがって、貧血を補い血行をさかんにし、諸臓器の機能をたかめるものである。体質的には、やや虚証で肝と脾の虚弱なものが、寒と湿とにより 損傷されて起こる諸病に用いられる。
本方は、貧血気味で上焦に熱、下焦(特に腰、股、下肢)に寒(冷え)と痛み、心下に痞硬(痞悶を含む)があり、悪寒、頭痛、嘔吐、項背拘急、月経不順などの症状を呈するものを目標とする。
〔応用〕
一 胃腸カタル、胃痙攣、胃潰瘍、十二指腸潰瘍その他の胃腸系疾患。
一 心臓弁膜症、心臓病その他の循環器系疾患。
一 リウマチその他の運動器系疾患。
一 月経痛、白帯下その他の婦人科系疾患。
一 そのほか、腰痛、神経痛、打撲傷、冷房病、脚気、老人の軽い感冒など。


《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
22.五積散(ごしゃくさん) 和剤局方

蒼朮2.0 陳皮2.0 茯苓2.0 朮2.0 半夏2.0 当帰2.0 厚朴1.0 芍薬1.0 川芎1.0 白芷1.0 枳殻1.0 桔梗1.0 乾姜1.0 桂枝1.0 麻黄1.0 甘草1.0 大棗1.0

現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
 貧血ぎみで冷えやすく,易疲労性で胃腸の弱い体質,熱感や身体痛などを訴えるもの。
 虚弱な体質の者で,寒冷や湿気に対する順応性に乏しいためにおこる諸症を目安に,広範に応用されている処方である。たとえば気温が急激に低下したとき,または湿度が高くなったときなどに,下腹部や腰部,下肢に冷感や疼痛を自覚する腰痛,座骨神経痛,リウマチ,疝気など,婦人にあっては冷えや湿気によって起こる「こしけ」や月経不順,月経痛などに応用されている。また氷水や果物など寒冷性の飲食物をとった後におこる胃痛,腹痛,下痢などの胃腸カタル,胃痙攣にも使う。本方が適する者の特徴として,桃核承気湯加味逍遙散などに見受けられる上半身の熱感,下半身の冷感があげられるが,これらの鑑別には次の事項を考慮すればよい。
桃核承気湯> 赤ら顔の充血質で,頭痛やのぼせがあって,便秘するが,消化器症状はとくに認められない。
加味逍遙散> 上半身の熱感,下半身の冷え,消化器症状や婦人科疾患症候群は認められるが,腹痛,腰痛などの訴えが少なく,神経症状が著明である。本方は自律神経系,血液循環,水分代謝,消化器系の障害に起因する諸疾患に広範囲に利用されている。それは本方の構成が平胃散二陳湯四物湯桂枝湯続命湯半夏厚朴湯などが合方されたものに似ており,貧血を補い血行を促進して,冷えを温める作用があるからである。



漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
○寒冷や湿気に侵されて病気になったもので,下肢が冷えて痛むもの,腹がひきつれて痛むもの,下腹が痛むもの,身体の上部が熱く下部が冷えるものである。またこのため,頭痛,項背のこり,悪寒,嘔吐などがおこることもある。そのほか,婦人の月経不順や難産のくせがあるものによい。患者は顔色が蒼白で貧血ぎみ,脈は沈んでいるものや遅いものが多い。腹部は,多くは柔軟であるが,心下部が硬いものがある。浅田宗伯は勿誤方函口訣で「軒岐救世論に,気血飲食痰を五積といっている。本方の名前はこの意味であろう。そこで,風寒を発表して駆散するほか,体内を温め血を和すので,風寒湿に侵され,表証もあり,内には従来の疝積もあって,臍腹が痛むというのに最も効果がある。先哲が本方を用いた目標は,腰冷痛,腰腹攣急,上熱下冷,下腹の痛みの四症である」と,また疎註要験には「本方は薬方を五つ合わせたので五積散と名ずけたらしい。本方中の薬の組み合わせから考えると平胃散(蒼朮,陳皮,厚朴,甘草),二陳湯(半夏,茯苓,陳皮,甘草),麻黄湯(麻黄,桂枝,甘草,但し杏仁がない),四物湯(当帰,芍薬,川芎,但し地黄がない)と末考の処方の五つである。この方の第一の目標は中寒の方で,冬用いることが多いのは,夏に清暑益気湯や五苓散などをよく用いるようなものだ。その症は,冬から春の余寒にかけて,発頭痛熱して足冷腰痛し,あるいは腰脚手腕などが痛むのによい。この方の目標は,皮膚痛と足の冷えと,腰と身が痺れるこ選がある。そこでたとえば,上半身が熱くても腰が冷えて痛んだり,全身の内痺れ痛み,足が冷えるようなときには先ず本方を用いる。」と記載してある。

※末考:未考の誤植?

漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
○津田玄仙はこの方を用いる目標を次のようにのべている。その1は腹が冷えて痛む,冷えるとい乗ところに眼をつける。その2は腰から股にかけて筋がはる。その3は上熱下冷といって上半身が熱し,下半身が冷える。しかし足冷を重くみる。上熱はなくてもよい。その4は下腹の痛むということ。,以上の4証が五積散を用いる正面の目標である。


漢方診療の実際〉 大塚 矢数,清水 三先生
 本方は,気,血,痰,食の五積を治すという意を以て名づけられたものである。貧血を補い,血行を盛んにし,諸臓器の機能を亢める効能がある。一般に寒冷及び湿気に損傷されて発する諸病に用いてよ く奏効する。本方の目標は,顔色がやや貧血気味で,腰,股,下腹等が冷えて痛み,上半身に熱感があって下半身が冷え,脈は一般に沈んでいる者が多い。腹は 多く柔軟であるが,或は心下の硬いものもある。一般に有熱性疾患には用いられない。方中の蒼朮,陳皮,厚朴,甘草は即ち平胃散で飲食の停滞を散じ,半夏,茯苓,陳皮,甘草は即ち二陳湯で,枳殻と共に胃内停水を去る。当帰,芍薬,川芎は四物湯の意で貧血を補い,桂枝,干姜,麻黄,白芷,桔梗等は寒冷を温め,軽い発汗の作用があり,血行をよくする。薬味複雑であるが,二陳湯平胃散四物湯桂枝湯続命湯,半夏厚朴湯等の意を備えて諸病に応用される。即ち急性慢性胃腸カタル,胃痙攣,所謂疝気,腰痛, 白帯下,月経痛,心臓弁膜症,神経痛,リウマチ,脚気,中風,打撲,老人の軽い感冒等に汎く応用される。



漢方処方解説〉 矢数 道明先生
 この方は気,血,痰,寒,食の五積を治すという意味で名づけられたものである。
 やや虚証で,貧血気味,風と寒冷と湿気と水毒による諸病に用いられる。体質的には肝と脾の虚弱のものか,寒と湿とに損傷されて起こる諸病に用いる。顔色はやや貧血気味で,上半身に熱感があって下半身が冷え,腰,股,下腹等が冷え痛み,脈は一般に沈んでいて,腹は多くは軟かいが,ときに心下部の堅く張っているものもある。津田玄仙は経験筆記に,この方を用いる目標として腰冷痛,腰股攣急,上熱下冷,小腹痛の四つの症をあげている。必ずしもそれと限定しがたいものである。


和剤局方〉 陳師文等
 中を調え,気を順らし,風冷を除き,痰飲を化す。脾胃宿冷,腹脇張痛,胸膈停痰,嘔逆悪心,或は外風寒に感じ,内生冷に傷られ,心腹否悶,頭目昏痛,肩背拘急,肢体怠惰,寒熱往来,飲食進まざるを治す。及び婦人血気調はず,心腹撮痛(つまるような痛み)経候ひとしからず(月経不順) 或は閉じて通ぜず,並に宜しく之を服すべし。



餐英館療治雑話〉 目黒 道琢先生
 臂痛,腹痛,腰痛,寒気,痛風等の病,発熱悪寒等の表証あって,足冷ゆるが標準なり。冬月腰痛,或は腰立たず,上気面熱悪寒する者必ず効あり。面熱し足冷ゆるが標準なり。婦人両股痛,足冷に附子を加えて効あり。婦人淋病に木通,車前子を加えて効ある証あり。赤白帯下,下腹痛み,寒に属する証,呉茱萸,香附子を加えて効あり。



済生全書
 寒邪を感冒し,頭疼み身疼み,項強ばり拘急,悪寒嘔吐し或は腹痛するを治す。又傷寒発熱頭疼悪風を治す。内生冷に傷られ胸膈張満し,外風寒湿気に感じ,経絡に客し,腰脚酸疼し,及び婦人難産経候調らず,或は血滞して通ぜざるを問わず,並に治す。


古今医鑑〉 龔 信先生
 寒邪卒に中て直ちに陰経に入る等の症を治す。


三因方
 太陰の傷寒脾胃和せず,及び積聚有て腹痛するを治す。


牛山方考〉 香月 牛山先生
 此方は寒湿に中りたるを治する剤なり。身痛,腰痛,腹痛,項背拘急し,悪寒,嘔吐,外は風寒に感じ,内は生冷に傷られ,或ひは寒湿の邪気経絡に客して痛をなし,或は婦人経血調はず,或は難産並びに之を治す。


当荘庵家方口解〉 北尾 春甫先生
 寒邪に感じたると云ふが主なり。春夏秋冬は麻黄を羗活に代へてよし。中寒の主方なれども是は瀉薬の方也。中寒多くは心下空虚,元陽虚する故に理中湯に肉桂,木香など,或は附子など加えることあり。心下鬱滞有りて,寒邪表にあらば,五積散を用いて温散して汗あればよし。






『漢方治療百話 第一集』 矢数道明著 創元社刊
 五積散の運用について

 緒言

 「和剤局方」の傷寒論に五積散(ごしゃくさん)の方がある。同方は気血痰飲食の五積を治するものとしてこの方名を得たのであるが、その運用はすこぶる広範囲で、古来後世医家の日常愛用する処方の一つとなっている。私たちもまた本方を広く諸病に応用してしばしば卓効を収め、はなはだ便利を得ている次第である。しかし、本方はその処方の構成が複雑多岐で、薬味も多く、その効果の因て来るゆえんの判断に苦しむばかりである。
 私は先ごろ一婦人の心臓性喘息の重症に本方を与えて意外の効果を収めたのであるが、その軽快がはたして本方の薬効に因るものであったかどうか、自ら疑問としていたのであった。ところが近ごろ、「和漢医林雑誌」一二三号ならびに一二四号におい仲、山田業精氏の記述する脾風論を見るにおよんで、氏が本方を馬脾風、すなわちヂフテリーの套剤としていたという一条を読んで、本方の方意がどういうところにあったかを知りえて、私のいわゆる心臓性喘息に効のあった理由もまた釈然氷解した思いがしたのであった。ここに、古人先輩が本方をいかに解釈し、いかに運用したかを広く観察総合して見ようと思うのである。

※套剤(とうざい):日常頻繁に用いる薬方。

 治験例
 まず私自身の運用による代表的治験例を述べながら、本方の運用範囲の外廓を画いて見ようと思う。

 心臓性喘息ならびに心臓弁膜症
 小田氏夫人三十二歳。初診は本年九月五日。すでに十年来心臓性喘息の診断を受け、その発作に苦しんでいた。妊娠すると腎臓炎を併発するので、昨年も本年も妊娠数ヵ月で人工流産をした。今年の流産は七月中旬であるが、それ以来特に激しい喘息発作に悩んでいた。その苦痛の状態はまず足冷を覚えて後小便頻数となり、一種の気塊が臍傍より上衝して心を衝くと覚えると喘息の発作が起こるのである。そのようなときは床の上に仰臥して両手を頭の上に交るほどの、正に断末魔の苦悶をするというのである。流産後毎日あるいは隔日ぐらいにこ英発作が起こっていた。往診の日は比較的気分がよいという日であった。診ると脈は沈遅で力弱く、腹は心下暗然として停滞の感がある。肝臓部は痞硬し、食欲全く不振で、少し過食すれば発作を誘起する。少しの動作にも動悸、息切れを訴える。咳や痰はほとんどなく、聴診上呼吸音の鋭化と、心雑音を聴取し、べつだん羅音等を認めることはできない。舌に苔はなく、貧血気味で、大便は三日に一行である。月経は流産後本月初めて少しく認めたという。
 私はいままでに婦人の心臓弁膜症で、動悸息切れ、心下痞塞、食欲不振等を訴え、診察の結果五積散の症と定め、本方投与により軽快を見た二例の経験があったので、この患者を五積散の正証とは思わなかったが、にわかに適方がないのでしばらく様子をみようと本方を与えたのである。ところが服薬すると意外にも著効を奏してその後二週間、ただ一回の軽い発作を見ただけで、全身症状はすこぶる好転したのである。本方はもちろん心臓弁膜症の根治薬ではない、緩解薬である。これを服して動悸、喘急の緩解するのは、本方が肝を和し、脾を救い、気血を順らし、痰を去り、寒を逐うがゆえである。右心臓弁膜症の二婦人の応用についてはここでは省略するがみな足冷、上衝、動悸、息切れ、心下痞悶、食欲不振等を訴えたものである。

 胃拡張、胃酸過多症その他
 川崎某氏男五十四歳。初診は昭和八年九月であった。約七ヵ月前から、心下痞塞の感、噯気嘈雑等を訴え、毎夕、昼間摂取した食物を吐出し、時にコーヒー様の吐物を見ることもあ改aた。次第に食欲が衰えて全身削瘦を加えレントゲン検査の結果幽門狭窄の診断を受けた。家人はは癌腫不治の宣告を下したそうである。診ると体格はよい方で、皮膚枯燥の状があり、顔色蒼白である。脈は沈遅で体格に比して弱い。すなわち脾胃虚弱の脈状である。腹は心下部一帯にやや痞硬の状態、圧すれば微痛し、しばらく観察しているとみるみる胃嚢膨隆し、胃の蠕動がはっきりと看取できる。大便は五日-七日に一回ぐらいしかなくて苦しい。舌には薄い白苔がある。私はこれを胃気順らずとして五積散加木香を加え大黄を別包みとし毎朝これを加えて自ら調節させた。本方を十日間服用の後、患者は初診時とまるで異った元気な顔色で、数里の道を自転車で来院した。服薬後嘔吐は一回もなく、便通があって非常に気持がよい、食欲も進み、本方服用約一ヵ月でほとんど病患を忘れ、胃癌と信じていた家人や近隣では全く奇跡だと言って評判であった。一年後にこの患者が近所の人を紹介してよこしたので様子を聴いてみると元気で農事にいそしんでいるとのことである。本患者がはたして真の胃癌であったかどうかはわからないが、大体右のような胃癌類似の病症が本方で軽快するのが相当にある。しかし本方は悪性腫瘍であまりに気血の虚したものには慎むべきである。
 胃酸過多症で、心下痞硬のあるものにこの方が随分用いられる。本方と柴胡桂枝湯とたいへんよく似ていて、私には未だその鑑別を明確に告げることはできないが、しかし過去の経験によると柴胡桂枝湯は腺病型の人で両腹直筋が著明に拘攣しているものに効くようであり、本方は比較的筋肉型あるいは肥満型で、腹直筋拘攣というよりも心下一体に痞硬しているというものにより奏効するのではないかと思われる。また半夏瀉心湯、生姜瀉心湯の行くべきと思われる場合にも本方でよいのがかなり多い、それらの中の一方で効のないときは、本方を試用してみるとよいであろう。その他、急性慢性胃加答児、胃アトニー等で本方を用いてよいのが沢山ある。

 ※加答児(かたる,加答兒,catarrhe,Katarrh):粘膜の滲出性炎症。粘液の分泌が盛んになり、上皮の剥離、充血などもみられる。


 胃痙攣およびその他の腹痛
 本年八月下旬、二十一歳の男子が、胃痙攣の発作を起こし、友人二人にかつぎ込まれて来院した。ようやくのことで階上の診察台に寝かせ、脈を診ると沈遅である。足が冷たい。心下はやや痞硬している。昨夜遅くまで夜気に当たり、レモン、サイダーなどを暴飲したという。嘔吐下痢はない、心下を按ずるとますます痛む。私は急ぎ甘草湯(甘草一味十瓦)と五積散とを同時に別々に煎じさせた。十数分で甘草湯を服用させると、痛みはすこし減じたというが直ちに以前のような激痛に襲われ診察台上で転々苦悶呻吟している。そこへ五積散が出来上ったので、これを服用させると間もなく痛みの大半は減じ、呻吟しなくなった。よって続いてさらに一服させると、発作は完全に収まった。私は家に帰ったら温かくしてねるように命じたが、帰途患者は二人の友人と漢方薬だよと談笑しながら歩いて行った。このように本方で止まる胃痙攣が相明ある。しかし独り胃痙攣ばかりではない、いわゆる冷え込みよりくる冷え腹とか、疝気とかいう類、また神経痛、リユウマチ、および脚気の一症で寒と湿によるものはみな本方でよいのである。また婦人の血気痛、さしこみという子宮痙攣や月経痛等で当帰四逆湯類と同様の作用を期待することができる。

 催生剤およびその他
 局方の方後に「婦人難産には醋一合を入れ同じく煎じて之を服す」とあって、本方を陣痛微弱、あるいは破水後胎児の生れ出ないものに醋一合(食酢一勺、さかずきに一杯でよい)を加えて温服させればよいといっている。私は平素気血虚弱で、妊娠中とかく健康の勝れない者、および従来難産の傾向あったものに本方を初陣痛を覚えてより一、二回服用させると産婆が驚くほど安産をしたという三例ほどの経験をを持っている。しかしこれは妊娠中の当帰芍薬散その他の安胎薬を服用していたこともあずかって力あることでもあろう。浅田宗伯翁は破水後胎児出でず、妊婦にわかに悪寒、腰痛甚しく、種々催生の方を与えて効めのないとき、悪寒腰痛を目標として麻黄湯加附子を与えてにわかに出生させたとのことであるが、五積散加醋の方意もこれに似た点があ識ように思う。血脈を通じ、一方表を開いて裏を温め通ずるのである。南風を入れたいときはまず北の窓を開くの理である。浅田翁輯録の老医口訣の一条に「懐妊を二ヵ月三ヵ月持越す時、早く産ませたいと思わば、五積散を頻りに用うべし月を一ヵ月も縮めて産ませたく思うにも此方を用ゆ秘事なり。」とある。
 また婦人で虚寒に属する帯下は本方で寒を去り内を温めると軽快する、女学生の白帯下、水様の下りもの等は大体本方でよい。また腹膜炎の軽症で無熱のものに応用されることもある。
 家兄は本方を軽症狭心症ともいうべきものに用いてしばしば効を収めているが、「方読弁解」に「奔豚気にも可なり」とあるのを見てなるほどと合点した。奔豚症は腎積で、蓄飲のために起こるものであるから、本方はよくこれを治し得るわけである。すなわち本方は苓桂甘棗湯、苓桂朮甘湯半夏厚朴湯の薬能を共通兼備することがあり得るわけである。

 主治について
 以上経験を基礎として代表的五積散の運用例を挙げたのであるが、診察に当たっての脈状はほとんど沈遅であるのが多い、はなはだしく微弱ではない。微弱ならば附子を加えてよい。また風邪はなはだしければ浮数のこともある。腹状は大体において心下痞硬、あるいは痞満、舌苔は寒湿が原因であるから、ほとんど無苔湿潤であり、時に微白苔のこともある。それならばその主訴とするところはどうかというと、和剤局方、傷寒門本方条に
 「(1)中を調え、気を順し、風冷を除き、痰飲を化す。(2)脾胃宿冷、腹脇脹痛、胸膈停痰、嘔吐悪心。(3)或は外風寒に感じ、内生冷に傷られ、心腹否悶、頭目昏痛、肩背拘急、肢体怠惰、寒熱往来、飲食進まざるを治す。(4)及び婦人血気調らず、心腹撮痛経候勾(ひとし)からず、或は閉して通ぜず、並に宜しく之を服すべし」
 とあり、さらに方後に
 「(5)如(も)し寒熱不調、咳嗽喘満には棗を入て煎服す。(6)婦人の産難には醋一合(日本酒では一勺)入れて同じく煎じて之を服す」
 とある。局方の主治は冗長であるがよく本方の薬能運用証候を述べ尽したもので、本方運用に当たってはこれをもって条文としてよい。
 一方済生全書には本方の主治を次のように述べている。
 「寒邪を感冒し、頭疼み身疼み、項強ばり拘急、悪寒嘔吐し或は腹痛するを治す。又傷寒発熱頭疼悪風を治す、内生冷に傷られ胸隔脹満し、外風寒湿気に感じ、経絡に客し、腰脚酸疼し、及び婦人難産経候調らず、或は血滞して通ぜざるを問わず、並に治す」と
 古今医鑑に「寒邪卒に中て直ちに陰経に入る等の症を治す」とて傷寒の陰証に用いるを説き、三因方に「太陰の傷寒脾胃和せず、及び積聚有て腹痛するを治す」と述べてある。
 方読弁解本方の条に、局方の主治熟聞すべしと強調しているが、われわれは局方の主治に従ってその活用を究むべきである。

 処方および薬能
 本方は生料五積散と熟料五積散とに区別されている。前者はその全薬味を修治を施さずに生のまま煎用するものであるが、後者はその特殊の二三味を除き、これを炒り用いるものである。しかしこれらの処方の分量、炒用の薬味については諸書に異論がある。
 まず局方の処方および分量は次のとおりである。
 陳橘皮 枳殻 麻黄 白芍薬 川芎 当帰 甘草 茯苓 半夏 肉桂 白芷各三両 厚朴 乾姜各七両 桔梗十二両 蒼朮二七両 
 すなわち本方はその量蒼朮が最も多く、君薬の位に在り、つぎに桔梗が臣薬となり、厚朴、乾姜はそれに次ぎ、その他の薬味は使薬としてこれ等の十五味を総合して薬能を発揮するものである。その服用法は、
 「右の中肉桂と枳殻を除き、別に麁末となし置き、他の十三味も亦同じく麁末と為して之を慢火(弱い火力)にて炒り色を転ぜしめ、攤(ひろ)げ冷まして次に肉桂枳殻の末を入れ匀えて、毎服三銭を水一銭半、生姜三片を入れ、煎じて一中銭に至り滓を去て稍熱服す」
というのが正式な五積散の服用法である。これは後人が熟料五積散の名を冠して生料五積散と区別したものである。

※麁末(そまつ;粗末)
※稍:やや、少し

 この方中、肉桂と枳殻を除くものと、白芷もまた火を忌むとして白芷を加えて三味を除外するものと、白芷と肉桂とを除くものとがある。
 本邦人はこの分量をいかに換算実用したかというと、「和漢纂言要方」に
 「蒼朮一銭五分 枳殻一銭二分 陳皮 麻黄 枳殻六分 厚朴 乾姜 白芷 川芎 茯苓 肉桂 白芍 当帰 親草各三分 半夏二分、」
 となっていて、これに生姜と葱白を加え水煎温服する、とある。「回春」や「済世」、「医方口訣」等には皆異論があるが、私は大体これに白朮を加えて次のようにして用いている。
 当帰、芍薬、川芎、大棗 白芷 乾姜 桂枝 香附子 甘草、麻黄 桔梗 厚朴各一・二 枳殻〇・七 半夏 白朮 蒼朮 茯苓 陳皮各二・〇
 右一日量煎後三回分服。白朮を加えないときは蒼朮を増し、証に随て局方の主旨によって加減をしている。
 さて本方の薬能は、ともかく一方でよく気血痰飲食の五積を治すというので、その実効を経験しないと、ちょっと空想のように聞える。
 「牛山方考」に、「熟料は虚寒を治するに便なり、生料は風湿を治するなり」と云っている。われわれはほとんど生料を用いている。
 「医方口訣」に「寒風冷湿に感ずるもの此方によろし」とあり、よくその本義を語っている。
 これを処方構成の上から論じると、
 蒼朮、厚朴、陳皮、甘草は平胃散。 陳皮、半夏、茯苓、甘草は二陳湯。当帰、芍薬、川芎、は四物湯去地黄。桂枝、芍薬、生姜、甘草、大棗は桂枝湯。これに続命湯の意を以て麻黄、乾姜を加える。
 また他方から観察するときは、さらに前述のように、苓桂朮甘湯苓姜朮甘湯、苓桂甘棗湯、半夏厚朴湯、等の方意も兼備しているものである。
 龔氏の「古今医鑑」本方条に、
「此の方薬品気味辛温、表を発し、中を温め、鬱を開き、気を順らし、殊に厥の功あり。寒湿を去るの聖剤也、夫れ寒湿は陰に属す、燥熱は陽に属す、人の病有る、二者に過ぎざるのみ、善く薬を用うる者は、苦寒を以て其陽を洩し、辛熱を以て其の陰を散ず、病の癒えざるもの未だこれ有らざる也、防風通聖散を以て燥熱を治するの薬となし、五積散を以て寒湿を治するの薬となす」と。
 われわれは実際経験上、五積散と防風通聖散の合方をしきりに用いているが、すなわち二者の移行型ともいうべきものが:中年初老時の卒中体質者に可成り多い。この二方の合方といえば、その薬味の上からこれを見るときはあるいは、呆然自失する人があるかも知れない。しかし実際上その一方だけではどうしても足らない移行型が多く、二者の合方がよく奏効する。
 龔氏はさらに「春夏は防風通聖散を用い、秋冬は五積散を用ゆ」と記載しているのはこの間の消息を物語るものではないかと解釈されるのである。
 以上薬能とともに先人の口訣を併せ述べたところもあるが、次にわが国先輩の口訣二三について略述し、本方の運用をさらに当確にして見ることとしたい。

 口訣並に応用
 津田玄仙はその著「経験筆記」に五積散方を論じて、
 「此の方を用ゆる目的は(1)腰冷痛、(2)腰股攣急、(3)上熱下冷、(4)小腹痛、此の四症を目的に用ゆる也」
と冒頭して、本方の応用十六条を挙げているがほとんど主治、および治験例に述べたところと大同小異であるからこれを略する。
 「勿誤方函口訣」に
 「此方は軒岐救正論に気血飲食痰を五積と云えることあり、即ち此意にて名づくと見ゆ、故に風寒を駆散し発表するの外に内を温めて血を和するの意あれば、風寒湿の気に感じ、表証もあり、内には従来の疝積ありて臍腹疼痛する者尤も効あり。先哲此方を用ゆる目的は腰冷痛、腰股攣急、上熱下冷、小腹痛の四症なり、其の他諸病に効あること宋以来俗人も知る薬にして亦軽蔑すべからず」
 とあって、この口訣は「方読弁解」と、「経験筆記」の要を総合したものである。「方読弁解」には附骨疽の初め一身疼痛するものおよび前述のように、奔豚の症に応用すべしと述べている。

 先人の治験例
 先輩の治験例を述べるに当たり、冒頭に論じた山田業精氏の脾風論はことに本方活用中異色あるものであるから、ここにその大要を紹介して、読者のご参考に供しよう。すなわち「和漢医林新誌」第一二三号脾風論条に、
 「脾風の病なる其の条二あり、曰く緩、曰く急、急なる者は馬脾風と称し、緩なるものを慢脾風と名く。其起因風邪なれば命ずるに風字を以てす。馬は急発の謂い、慢は緩発の謂いのみ、然して吾人の疑を有する処特に脾字にあり。或は謂う脾は痺の誤りと、其説頗る理あるに似たり、然れども予を以て之を攷うるときは古来痺風といえる名称あるなし。巣源に馬痺候あれども是は喉痺の一種にして此の病と逕庭、其名称たるもと俗称に出ると雖も脾字を用い却て味あり、故に余其の旧に仍り必ずしも改めず」
とて馬脾風の名義を論じ、進んで病因を追及して、
 「予を以て之を云うときは脾臓虚弱に因る者となす、蓋し、其人天資肝気勝て脾気虚す、脾気虚すれば肺臓亦随て弱し呼吸迫塞、喘鳴声唖の症を発するに至る。然らば其本脾にあり、其の標肺にあるのみ、是れ古来脾風の名称を下す所以の者也」
 とて、馬脾風の病源を肝気勝ち脾気弱に帰した。またその治法を論じて
 「謹みて古今を通観するに大較、袪痰駆風の一途に止まり亦異論なし、導痰湯は豁痰の功優に成て発越の能劣る、加うるに補脾の力猶足らず、冀くは一挙両得の方法を計画せんと恒に念じて止まず、偶々一小児此症に罹り其父負して来るものあり、予欣然として之を診し、乃乃ち五積散加大棗を与うるに其苦霍然たり、爾後此方を以て此病の定剤となす、古人言有り、病を治する必ず其本を求むと、真に確言哉」
 と断じ、その方意を解して、
 「五積散の方たるや、平胃散二陳湯四物湯桂枝湯続命湯等の意全く此に具有せり、即ち風寒湿を駆り、胃を和し肝脾を補うものなり、棗は心脾に入りて津液を通じ随つて肺を潤和す、尤も多量に加えざれば功なし、方中蒼朮、桔梗の分量多き亦味うべし。云々」
 と続いて五積散加棗をもって馬脾風を治した治験五例を挙げている。いまその代表的一例を転載して、そのいかなる証に用いられたかの参考としたい。
 「本郷区白山前町士族浅田長吉の男児三歳なり。其父負いて来り診を乞う。此児外感二三日なれども飲食気宇変ぜざるにより捨置きしが、昨宵より咳嗽劇、発声唖、心胸苦悶、喘鳴迫塞、大熱自汗、但坐して臥すことを得ず、二便不利なりと云う。乃ち其の背を下さしむに立つことを得ず、直ちに横倒し将さに昏冒せんとす。眼睛朦朧色面蒼白、鼻上白汗出其脈絃数にして結止、舌上白苔表に微熱あり、四肢温にして冷ならず、虚里の動亢盛息する毎に鳩尾陥凹喘鳴休止あることなし、余以て脾風の候となし直ちに五積散加棗を作りて之に二貼を授け、明旦迄に服せむ。次早使者至りて諸症去り二便快利頗る食を欲し続いて服して弥々快く今や苦しむ所なく只微嗽するのみと云う、乃ち前方五貼を与えて遂に全治の報を得たり。時陰暦三月、陽暦四月也。」
 と。みなこの調子で五例の治験が挙げられている。その脈状はかならずしも沈遅でなくてもよく、熱状があっても差支ないわけである。
 山田氏は最後に
 「此病たる冬後春月に多く行わる所以の者は、春は東方発生の月にして肝気の気旺するが故なり、就中脾臓薄弱の児之に罹り易きは職として茲に由る。古人所謂肝木脾土を剋すの理其此に在るのい」
 と結論している。私は未だ本方を馬脾風(ヂフテリー)に応用した経験はないが、前記心臓性喘息の婦人がいわゆる肝実脾虚で喘急甚しいものが、本方で軽快した理由をここに見出して異常の興味を覚えたのである。
 さて五積散の治験例を終るに当たり、本方が私たち兄弟の漢方医学研究の動機となったという奇しき因縁を語ってこの稿を終ろうと思う。
 それは「森道伯先生伝」の家兄の序がこの間の消息を伝えるものである。すなわち次の一文は病症と治療法を述べたものであるから長文ではあるか台これを転載してみる。すなわち同書の自序に、
「余幼にして海軍に志あり、中学に学ぶや校内同志の集まりより成る海事会に入り、競うて過度の勉学と過激の運動とを敢てし、為めに幼嫩遂に禍して甚しく健康を害しぬ。偶々マラリアを病み、地方医の投ぜし頓服キニーネは、痛く余が胃腸を損し、吐逆止むことなく、食保たず、薬液又服すれば忽ち吐す。一匙の粥、一盞の水と雖も摂ること能わず、地方医を替うること数人、薬効遂に験無く、身体日々羸痩し、病勢日を追て増激す。
 此処に於て意を決し、東都名医の治を乞わんと父に伴われて上京し、先ず帝大病院を訪れ、治を専門医に託せしも、効顕見えざること地方医と変りなく、主治医は窃に父を呼びて死の宣告を下したり。依て東都に於て当時名医と称せられたる大家を歴訪せしも、達に余の頑固なる嘔吐を鎮静し得たる者一人も無く、絶望の悲嘆を懐いて帰郷す、食を摂らざる事既に二旬を出ず。胃内何物をも容れざれば嘔すれども吐物無し、遂に胃壁破れて多量の吐血を見る。一族愁然として只其の死を待つ外なかりき。
 時に人ありて教えて曰く、東都に隠れたる名漢方医あり、只空しく死を待たんよりは如かず再び上京して彼の名医の一診を乞わんにはと。而して其の人具さに自己の体験を語りて切りに奨む、茲に於て骸骨の如き病軀を運び、再び東都に出で、隠れたる漢方医の門を叩き、一縷の望みを託せんとす。此の隠れたる漢方医として紹介されし人こそ、即ち恩師森道伯先生其の人にて在りき。先生余を一診して曰くさてもさても痩せ衰えたるもの哉病既に膏肓に入りて治望み難し、lされど未だ微かに生力あるを認む、此の三貼の煎薬能く胃嚢に納まらば、なお我に施すべき術あり、敢て治に当らんと。
 奇しき哉、余が生死を司命するに此の煎薬は胃に納まり遂に吐せず、更に一貼服すれども嘔せず、遂に三貼服し終りて嘔吐勿論なく身体稍々爽快を覚ゆ、嗚呼嘔吐増激してより、飲食薬餌胃に容らざること実に月余に及ぶ、今始めて胃に納まり得たる時、余の歓喜や正に手の舞い足の踏む処を知らず、雀踊して恩師の前に参じ、此の吉報を告ぐ。先生呵々して曰く、必ず治すべしと。爾後毎日鍼灸薬三治を施され、病痾日一日と恰も薄紙を剥ぎ除くが如く、治を受くること二週間、枯木の如き痩軀に活気遽に甦りぬ。此頃既に故郷に於ては余の死亡を伝うる者あり、為めに一つは此の全快の姿を見せて父母の憂心を安んじ、二つには郷理に流布せる誤解を解かん為め、一旦許可を得て帰郷し、再び出でて恩師の治を続け受くること数ヵ月、さしもの大患全く癒ゆる事を得たり。
 然れども余の病身を憂えて父母の心労一方ならず、切りに余の遊学志望の断念を奨む、されば一時学を廃して草間に鋤鍬を執ること四ヵ年。
 時維れ明治の末葉欧米文化は日本の上下を風靡して、漢方医学を顧みる者更になく、先生に治を乞うものは多く貧困孤独の病者なれば、施薬に添うるに米銭を以てし、患家と共に糟糠の憂を頒たる。為めに当時先生の住居たるや修するに資なく、陋屋漸く膝を屈するに足るのみ。加うるに漢方医術を奉ずる恩師の身に、法の迫害頻りに襲い、窮苦具さに至ると雖も毅然として其の節を抂げられず、一意漢方医道存続の為めに奮闘せられし恩師の人格を慕い、且つ又再生の鴻恩を憶うは安穏無為、畎畝の間に朽ち終るを潔しとせず、此処に否に志を立てて漢方医家たらんとし、恩師に従うて終生労苦を共にせんと決意す」云々。と、
 以上は家兄の合2と先師森道伯先生の治薬とを述べたものであって、この時森先生の処方された三貼の薬こそは、実に私が右に述べ来ったところの五積散加減であ改aたのである。本方は奇しくも家兄司命の処方であり、私たちの漢方医家立志の遠縁をなせるものであって、本方の解説に当たっては正に感慨無量なるものがある。

※遽に:にわかに
遽: [音]キョ(漢) [訓]にわか すみやか あわただしい
 急に。あわただしい。あわてる。「遽然/急遽」

※抂げる:まげる

※畎畝:けんぽ
1 田のあぜと畑のうね。 2 田園。いなか。「―の間より登庸し来りて」〈鴎外訳・即興詩人〉


【副作用】
1) 重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、 体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム 値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の 投与等の適切な処置を行うこと

2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、 観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中 止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと

[理由]〔1)2)共〕
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。

[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン 活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により 適切な治療を行う。
低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。

2)その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 掻痒等
[理由]
 本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、 痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]
原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行う。

自律神経系:不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興奮等
[理由]
 本剤には麻黄(マオウ)が含まれているため、不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、精神興 奮等の自律神経系症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]
原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等
[理由]
 剤には当帰(トウキ)・川芎(センキュウ) ・麻黄(マオウ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]
原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。


泌尿器:排尿障害等
[理由]
本剤には麻黄(マオウ)が含まれているため、排尿障害等の泌尿器症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]
直ちに投与を中止し、適切な処置を行う。




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