『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
当帰飲子(とうきいんし)
当帰五・ 芍薬 川芎 蒺梨 防風各三・ 地黄四・ 荊芥 黄耆各一・五 何首烏二・ 甘草一・
本方は四物湯に瘡を治する薬剤を配したものて、血燥を治し、風熱を解するを目的とする。特に老人に多く、血燥により皮膚に種々の発疹を生じ、分泌物が少く、掻痒を主訴とするものに用いてよく奏効する。
方中の当帰・芍薬・川芎・地黄は四物湯で、血を潤じ血行をよくし、防風・荊芥は駆風瘡毒を解し、瘀熱を発散する。蒺梨子は皮膚掻痒を治し、黄耆・何首烏は皮膚の栄養強壮剤である。
以上の目標に従って本方は皮膚掻痒症・痒疹その他皮膚病で、膿疱や分泌物が少く、枯燥と掻痒を主訴とするものに応用される。
『漢方精撰百八方』
29.〔方名〕当帰飲子(とうきいんし)
〔出典〕済生方(宋・厳用和)
〔処方〕当帰5.0 地黄4.0 芍薬3.0 川芎3.0 蒺藜3.0 防風3.0 何首烏2.0 荊芥1.5 黄耆1.5 甘草1.0
〔目標〕激しいそう瘙痒、分泌物少なく、皮膚枯燥、発疹(慢性)、虚弱体質。
〔かんどころ〕老人や虚弱者の皮膚掻痒証、乾性であることが第一条件、胃腸虚弱で下痢気味のものには適さない。
〔応用〕本方は四物湯の加味方であるから、血虚枯燥がなければならない。類方の温清飲(四物湯と黄連解毒湯の合方)よりは一段と虚し、瘙痒の激しいものによい。しかし四物湯が主になっているので下痢の続いている胃弱のものには禁忌である。本方に苦参を加えるとさらによいことがある。これは苦芥散と合方したことになるからで、陰寒証を認めれば附子を加えるとよい。老人の瘙痒によく応用するが、逆に若年者で体格がよく、頑健で何らの症状がないのに夜間のみ瘙痒を訴え、脈浮なるものには大青竜湯が適する。 温清飲は本方よりも実証で、上衝多血の瘙痒によく、本方で効のないものは四物湯に荊芥、浮萍(ウキクサを乾燥したもの)を加えた薬方が奏効することもある。
〔治験〕七十四才の男性、発疹はないが皮膚に脂肪がなく、常に激しい瘙痒に悩んでいる。皮膚科専門医にも見放されたので、頼るところは漢方しかないと悲壮な面持ちで来診した。精査すると貧血があり口唇も亀裂して肌は粉をふいたよう。掻くとコケの如くに落屑する。時々掻きすぎて出血することもある。効ヒスタミン剤の軟膏でマッサージするが寸効もなく、石炭酸水の湿布をすると一時楽になるので続けたこともあるが、ネクローゼになると注意されて我慢しているという話である。食欲もあり胃はよいが常習便秘なのでセンナ葉をお茶代わりにしている由。当帰飲子を与え、苦参煎で湿布するように命じた。一ヶ月服薬したらかなり楽になったが、耐えられないほどではないがまだ相当痒いという。本方に苦参1.5を加味した処方に代え、八味丸を兼用とした。八ヶ月でほとんど全治。
『明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.145
当帰飲子(とうきいんし) (済生方)
当帰五・〇 芍薬 川芎 蒺藜(しつり) 防風各三・〇 地黄四・〇 荊芥 黄耆各一・五 何首烏二・〇 甘草一・〇(二七・〇)
四物湯を基にした処方で,陰体質の老人や貧血症の慢性湿疹に用いる。陰証の通有性として冬になると悪化し局所には熱感なく足冷えを訴える者を目標にする。 局所の状態は滲出液多く(稀れに乾性のこともあるが)発疹は小さく痒みが劇しい。ことに瘀血性のもの故、夜間にはげしい。もし陽体質で痒み劇しく口渇あり乾性の場合は消風散を考える。老人性の慢性湿疹。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
104当帰飲子(とうきいんし) 別名 当帰飲(とうきいん) 〔済生方〕
当帰五・〇 芍薬・川芎紙:蒺藜・防風各三・〇 地黄四・〇 何首烏二・五 荊芥・黄耆各二・〇 甘草一・〇
〔応用〕 貧血性のあるいは枯燥による慢性の皮膚瘙痒症に用いる。
本方は主として皮膚瘙痒症・痒疹・瘡疥(ひぜん)その他乾燥性皮膚疾患・慢性湿疹等に用いられる。
〔目標〕 血虚・血燥・風熱による皮膚瘙痒が目標である。それゆえ貧血症で,皮膚枯燥があり、分泌物少なく,乾燥し,発赤も少なく,瘙痒を半訴とし、老人や虚弱の人に多く用いられるものである。
〔方解〕 四物湯が基本で、当帰・芍薬・川芎・蒺藜子は血虚と血燥を治すのが本旨である。蒺藜は諸瘡の瘙痒を治すもので,荊芥・防風は風熱を去り,諸瘡を治す。黄耆は肌表の栄養を高め、何首烏は滋養強壮の能がある。
〔主治〕
済生方(疥癬門)に、「瘡疥、風癬、湿毒、燥痒等ヲ治ス」「心血凝滞、内瘟ノ風熱、皮膚ニ発見シ、遍身ノ瘡疥ヲ治ス」とあり、
勿誤方函口訣には、「此方ハ老人血燥ヨリシテ瘡疥ヲ生ズル者ニ用ユ、若シ血熱アレバ温清飲ニ宜シ、又此方ヲ服シテ効ナキモノ、四物湯ニ荊芥・浮萍ヲ加エ長服セシメテ効アリ」とある。
餐英館療治雑話には、「瘡疥(ヒゼン)ソノ他一切無名ノ小サキ出キモノ、半年、一年ノ久シキヲ経テ愈エヌ者、虚証ニテ此方ノ応ズル証多シ。総体ニ瘡疥ノ類、気血虚スルコト、其ノ形平塌(ヘイトウ)(平坦・扁平と同じ。平らで低い)ニシテ尖(トガ)ラズ、且ツ脂水ジトジトト出テ燥カズ、或ハ燥クカト思エバ、マタジンジント出タリ、痒ミ甚シキ者此方ヲ用ユベシ。形平塌ニシテ、尖ラズ、ジトジトト脂水出テ、乾キカネルヲ標準トスベシ。
勿論、脈モ緊盛、又ハ数疾ナル者ハ、毒未ダ尽キザル者ニ用ユレバ、黄耆モ方中ニアルユエ、皮膚ヲ閉ヂテ、毒洩ルルコトヲ得ズ、内陥シテ水腫ヲナス、慎ムベシ。敗毒散、浮萍散ナド用イテ愈エズ、纏綿(テンメン)(からみあって)年ヲ経テ治セヌ証、並ニ虚人、老人此方ノ応ズル証多シ、熱ニ属スル痒ミト虚に属スル痒ミト、痒ミノ模様ニ心ヲ用ユベシ」とあるが,必ずしもこれにとらわれることはないようである。
〔鑑別〕
○温清飲 6 (瘙痒枯燥・血熱、皮膚黄褐色)
○消風散 66 (瘙痒・分泌物多く、痂皮形成、痒み強く、内熱)
○黄連阿膠湯 14 (瘙痒乾燥・煩躁不眠、血熱、虚証)
〔治例〕
(一) 慢性湿疹
四〇歳の男子。幼少より湿疹が出て、冬になるとひどくなる。戦争中南方戦線にいたときは三年間すっかりよくなっていた。日本へ帰ってくると、その翌年からまた湿疹が出はじめた。
患者は中肉中背で、頸部、手の肘関節、股関節、膝関節あたりに黒ずんだ発疹がむらがっている。表面は扁平であり、夜間はとくにかゆみが強い。分泌物は少ない。足が冷え、臍上で振水音をきく。当帰飲子を与えたとこ犯、尿量が増加し、かゆみが減じ、一ヵ月で七分どおりよくなり、三ヵ月ほどで全くきれいにとれ、その後二ヵ年再発しない。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)
(二)湿疹と腎炎
二〇歳。幼少のころより湿疹があり、よくなったり、悪くなったりしていた。初診時には手と顔面に発疹がむらがり、乾燥してかゆみを訴えていた。蛋白尿は中等度であった。これに消風散を与えると、二週間で蛋白は陰性になったが、湿疹には変化がなかった。
さらに四週間服用したが、あまり変わりがない。そこで当帰飲子に転方したところ、二週間後に蛋白は陰性で、湿疹も急速によくなり、その後四週間で湿疹はすっかりよくなった。
このように消風散と当帰飲子との鑑別はむずかしいこ選がある。
目黒道琢の口訣には、この二つの区別を次のように述べている。
当帰飲子は血虚に用い、消風散は血熱に用いる。血虚の発疹は小さくて、長く治らない。
発疹のさきが鋭からず扁平である。滲出液がじとじとと出て乾かない。乾くかと思うとまたじとじとと出てかゆみが強い。老人やからだの弱い人に見られることが多い。脈に力があって速い場合には用いない。
消風散の場合は、これも長く治らないし、滲出液が出たり、乾いたりすることも同じであるが、発疹に何となく力があり、赤味を帯びて熱感がある。そして夜間とくにかゆみが甚だしい。舌が乾き、口渇を訴え、足がほてると訴えるものがある。
(大塚敬節氏、漢方診療三十年)
(三) 湿疹・皮膚炎
三五歳の男子。終戦の年に召集されて、山で作業をしているとき、うるしにかぶれたのがもとらしいが、その後全身に湿疹が出るようになった。両手背と顔と首に最も多い。
日光にあたったり、火にあたったりするとすぐに赤くなり、痒くなる。しかし、痒みはそれほどひどくはない。たびたび入院もしたが一〇数年間、消長常なく悩んでいるという。夜など床につくと、背中がムズムズして苦しくなり、じっとしていられなくなる。煩躁して眠れないという。体格、栄養は普通で、顔色は褐色で汚ない。脈は弱く、血圧は一一〇~七五であった。腹は右の胸脇苦満があり、左の臍傍に抵抗と圧痛が認められる。便通は一日一回、とくに口渇もない。
そこで私は初め十味敗毒湯に茵蔯・山梔を一〇日間与えたが、少しもよくならない。煩躁して眠れないというので黄連阿膠湯にしてみたが、これも効果がなかった。患者またまた入院していろいろ加療、ステロイドホルモンなどを使ったが、いっこうに治らなかった。
そして翌年四月、八ヵ月ぶりで再来したとき、皮膚の枯燥と、薄い皮がむけるのを目標として、当帰飲子にしてみた。すると一〇日分で効果顕著に現われ、痒みは全く消失し、睡眠がとてもよくとれ、火にあたっても太陽に照らされても赤くならないといって、たいへんよろこんでくれた。この処方を三ヵ月続服してほとんどよくなった。
(著者治験)
(四) 湿疹
三一歳の男子。子供のときから慢性湿疹で、発現の場所は、膝の裏から始まり、ここが震源地で、上膞・顔面・下肢等に及び、露出部がことにひどい。痒みが強く、これを掻くと稀汁が出る。夜間床に入り温まると痒い。鼻がつまり乾いてほとんど臭気を感じない。指の先が皸裂を生じてあれる。体格、栄養は普通で、便秘したり下痢したりする。腹は適当に膨満していて、抵抗や圧痛はない。
血圧は一二〇~七〇であった。私は腹証に従って初め防風通聖散を与えてみたが、あまり効果がないという。いままで漢方の薬局で小青竜湯・十味敗毒散・消風散などものんでみたことがあるという。そこで全体として枯燥と血虚の状ありと認めて当帰飲子にした。すると一〇日間で今までの薬の中で最もよいように思うという。そこで本方だけにして五ヵ月続けているが、全く自覚症状を認めないまでに治癒した。
消風散と当帰飲子の区別は、与えてみて初めて知られることがある。
(著者治験)
【副作用】
重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症:
低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)
を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
理由
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
処置方法
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ
ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等
により電解質 バランスの適正化を行う。
その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 瘙痒、蕁麻疹等
このような症状があらわれた場合には投与を中止する。
理由
本剤によると思われる 発疹、発赤、 痒、蕁麻疹等が 報告されているため。
処置方法
原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行う。
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢
理由
本剤には地黄(ジオウ)・川芎(センキュウ)・当帰(トウキ) が含まれているため、
食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
また、本剤による と思われる消化器症状が文献・学会で報告されている 。
処置方
原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと