健康情報: 柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)(その2)

2010年9月15日水曜日

柴胡加竜骨牡蛎湯 と うつ(鬱)(その2)

『新漢方処方マニュアル』 大塚恭男ら 思文閣出版刊
柴胡加竜骨牡蛎湯
出典
 柴胡,竜骨,黄芩,人参,生姜,桂枝,茯苓,半夏,大黄,牡蛎,大棗(原典の順序,原方は生姜の次に鉛丹が入る)
 『傷寒論』(太陽病中篇)
 本方は『傷寒論』に記載された処方である.しかし,問題の処方でもある。それは,煎じ方の末尾に,「本云う柴胡湯今竜骨等を加う」とあり(康平本では条文の末尾にこの文字がある),また,康平本では,処方の頭首に,「又方」とある点である。
 この柴胡湯が,如何なる柴胡湯か,古来諸説があり,大柴胡湯とも小柴胡湯ともいわれている。
 また,又方というのは,原方に対する別方であって,当然原方があったはずであり,現在の処方は,『外台秘要』からの引用となっている。
 ただ、現行本のこの処方も,現代的応用で,充分効力がみられるので,臨床上は,差しつかえはないことになる。
 尚,鉛丹は酸化鉛で,中毒の恐れもあり,現在では用いていない。

運用のポイント
1)古典の運用
a. 本方について,『傷寒論』には,次の条文がある。「傷寒 八九日,之を下して
1),胸満煩驚2)し,小便利せず,譫語3)し,一身盡とく重く,転側すべからざる者は,柴胡加竜骨牡蛎湯之を主る」と。

 1)発熱して八・九日経た頃は,裏熱実証の陽明病になること多いので,その治法である下剤を用いたが,意外にもまだ裏実に至っていなかった為,変症となった。
  2)胸が一杯になって驚きさわぐような精神異常を呈する。
  3)病人のうわごと。非現実的なひとりごととしても引用する。


b. 吉益東洞が著した『類聚方』に,次のような解説がある。「小柴胡湯証
1)にして,胸腹に動2)有り,煩躁驚狂3)し,大便難く,小便利せざる者を治す」と。
 1)胸脇苦満,往来寒熱(悪寒と熱感が交互に発来する熱型),心下痞硬(心窩部がつかえて硬い),而して嘔する者。
  2)腹大動脈の搏動を触知すること。
  3)苦しみもだえ,顛倒したり狂躁状態を呈したりする。

c.尾台榕堂が著した『類聚方広義』に,次のような解説が(頭註として)ある。
 「狂症1)にて,胸腹の動2)甚しく,驚懼し人を避け,兀座して独語し,晝夜寐ねず,或は猜疑多く,或いは自から死せんと欲し,床安からざる者を治す」
 「癇症3)にて時に寒熱交作し,鬱々として悲愁し,夢多く寐少く,或いは人に接することを悪み,或いは暗室に屏居して,殆ど労瘵4)の如き者を治す。狂癇の二症は,亦た当に胸脇苦満,上逆,胸腹の動悸等を以て目的となすべし」
 「癲癇
5)にて,居常,胸満上逆し,胸腹に動有りて,毎月二三発に及ぶ者は,常に此方を服して懈らざれば,則ち屡発の患無からん」と。(以上,原漢文)

 1)興奮型の精神異常
  2)動悸,腹大動脈の搏動亢進。
  3)自閉症,昏迷型の精神異常(多くは精神分裂病と思われるが,神経症も含まれるか)。
  4)結核など。
  5)てんかん大発作。


2)現代の運用
a.使用目標
 体格がよく,体力が中程度以上ある人が、胸脇苦満(季肋下の抵抗・圧痛)を呈し,種々なる精神症状を伴う諸症に用いる。
 症状としては,心悸亢進,めまい,頭痛,頭重感,のぼせ,易疲労,肩こり,食欲不振等の訴えや,不眠,不安,煩悶,憂うつ感,神経過敏又は朦朧感,集中困難,もの忘れ,意欲喪失等の精神症状があり,また,便秘,声利減少を伴う場合がある。この際,便秘がなければ,大黄を除いたほうがよいことが多い。
 なお近代医学的診察によって,血圧亢進,蛋白尿,高血糖,心臓異常等を認めることがある。
 脈も腹も緊張がよく,腹証として,胸脇苦満(季肋下の抵抗・圧痛)が認められ,時として腹大動脈の搏動を,臍傍又は臍上で触知することがある。

b.応用疾患
 発熱時の脳症,神経症,自律神経失調症,血の道症,更年期障害,不眠症,精神分裂病,うつ病,てんかん,高血圧症,慢性肝炎,狭心症,心筋梗塞後遺症,バセドウ病,その他慢性腎炎,円形脱毛症,陰萎,糖尿病等に用いられることがある.

c.応用の要点
①本方は,代表的な柴胡剤の一つである。従って,胸脇苦満が,必須の使用目標である。ただ、現在この処方を,解熱を目的に用いることは稀である。
②竜骨,牡蛎は,協力して精神・神経症状を鎮静,安定させる効がある。従って,本方の使用目標は,この点が第一義である。
③茯苓は,利水剤で,かつ桂枝と組むと動悸を鎮める効がある。故に,本方の腹証として,比較的稀ではあるが,心下部振水音を軽度ながら認めることがある。

症例
1)ヒステリー
 47歳,女子。初めて来院したのは6年前であった。その時は,子供の登校拒否に遭ったことが動機になって発病した。来院した1年前には,自殺企図もあったといい,その後,不安,不眠,抑うつ感情が持続した。知人が死去したあとは幻視を生じたり,デジャービューが出たり,急に難聴になったりし,恐怖感がいつもあるという。
 体格の大きな女性で,腹力中等度,胸脇苦満と心下部振水音がいずれも軽度にあり,臍の左上に動悸を,臍の右下に抵抗・圧痛を触れた。また,月経がひどく不順だという。
 ヒステリーを診断し,一応,治血狂一方を用いたが,2・3週間服薬しただけで来院しなくなった。
 約2ヵ月後に,ひょっこり来院し,またまた「何もやる気がしない。物忘れが多い。1人で家に居るのが恐い。常に頭痛がする。眠れない。悪い事が起きそうな予感がする」等の神経症様の訴えが多かった。
 そこで,そのときは,心下部振水音も認められないし,瘀血の腹証も軽微なので,柴胡加竜骨牡蛎湯加酸棗仁を用いることにした。これで,約2週間後には,頭痛がしなくなり,睡眠も,ねつきは悪いが,一旦眠ってからはよく熟睡するというようになった。
 しかし,この患者は,来院が不安で,服薬も不熱心なのに,新興宗教などへ行っては,反って悪い影響を受けてきて,異常感覚を生起したりしていた。
 それでも,約1ヵ月後には,働けるようになって,体操クラブへも行き,疲れはするが気分はよいと言っていた。 (中略) 約5年後,またも不安や不定愁訴を訴えて来院した。一時,加味逍遙散香蘇散を用いたところ,気分が明るくなって,その夏も元気に働いていたが,9月になって近所の人の言葉が気になる。子供の反抗さ罪る等の被害的な感情を訴えるようになった。
 そこで,以前用いた柴胡加竜骨牡蛎湯を再び用いることにした。ただ、気分が抑うつ的になりやすいのを,気鬱と考えて,香蘇散を合方した。
 この患者は,服薬態度が相変らず悪く,のんだりやめたりするが,それでもこの薬方を服用していれば,日常生活に差しつかえが余りないといい,断続的に1年余り続けて廃薬した。(活,29巻12号)

2)仮面うつ病
 52歳,男子。「○○さん,どうぞ」と呼ぶと,「ハイ」という返事は女性の声だった。ところが,ぬっと診察室へ入って来たのは,陰鬱な顔をした中年男だった。「おやっ」と思っていると,その後ろから女性がついて来た。返事の主であろう。
 本人と思われる男性を,前の椅子に座らせて,「どうしました」と話しかけると,次のような訴えを,ぼそぼそとのべた。
 「頭が重い。昨年9月頃(7ヵ月ほど前)から頭痛が起きた。内科医は血圧が高いと云って降圧剤をくれたが、少しも効かなかった。整形外科へ行って,頸の牽引などをうけたがやはり無効だった。カイロへ行ったら,かえってめまい,動悸,嘔気等が起き,下半身の脱力が加わった。夜眠れなくなったので,神経科へ行ったら,安定剤をくれたが,これも全然効果がない。
 漢方薬の柴胡加竜骨牡蛎湯半夏厚朴湯桂枝人参湯等を飲んだら少しよいが,治りはしない」と。
 すると,付き添の女性が「私,家内です。なにしろ,夜は気落ちして,泣くんですよ。1年に300回もゴルフをやって,その度に不愉快になって帰ってくるんです」と驚くべきことを付け加えた。
 普通の人が,ストレス解消にやるゴルフを,毎日のようにやって,しかも反って欲求不満を亢じさせるというのである。まさに異常というほかはない。
 顔貌をまただけでもわかったが,夜は泣くというのも抑鬱のせいで,これだけでうつ病と考えられる.頭痛とその他の身体症状は,一種の仮面であろう。
 心理検査もしないで,乱暴だといわれそうだが,「中年の仮面うつ病」と診断した。血圧は150~90。
 さてそのあとで,漢方的切診を行うと,脈は沈で左は小,右は微で,「矛盾・気うつ・気虚」の脈である。腹部は,やや肥満で,腹力中等度,右季肋部に抵抗と圧迫による苦痛感が痛められた(胸脇苦満)。
 そこで,腹証にもとづいて柴胡加竜骨牡蛎湯(去大黄)を,脈証により(気うつ)半夏厚朴湯を合方して用いることにした。
 1週間後,まだ「その後も夕方は気分が落ちこみ,からだが震えるので,その時,安定剤をのんでいる。ただ,頭痛は忘れていることが多くなった」という。
 さらに12日後,紙に書いたメモを持参した。それによると,「睡眠薬をのまずに眠れるようになった。気分が落ちこまなくなった。夜いらいらしなくなったので、安定剤が不要になった。食事を三食摂れるようになった。胸の不快感がなくなった。ただ,まだ頭重があり,朝,背中が寒い」とあった。だいぶよくなったようで,顔の色つやが,心もち良くなった。
 さらに1週間後,朝寒い,動悸がするといって再来したので,香蘇散エキスを1日1回兼用させた。
 さらに2週間後,「香蘇散でさむけが治った。背中も寒くない。夜の足冷えが軽くなった」という。
 さらに16日後,頭の具合がとてもよくなり,前の3分の1ぐらいになり,頭重は夕方あるが朝はなくなってうれしいという。
 さらに19日後(約2ヵ月後)「おかげでよくなりました」と,初めてにこにこ顔で再来した。以後2ヵ月間,いただ調整中。(活,29巻7号)
 この患者はその後すっかり元気になって働いているが,約半年たった今も,本人の希望で服薬を続けている(その後間もなく廃薬した)。
山田光胤



兀座】(こつざ):座ったままじっとすること。

【驚懼】(きょうく) :おどろきおそれること。

【屏居】(へいきょ):
1 世間から引退し、家にこもっていること。隠居。
2 一室にこもっていること。「終日―して過ごす」



『薬局漢常用二十四方解説』 竜野一雄著 近畿漢法研究会
(六)柴胡加竜骨牡蛎湯

 処方 柴胡 半夏 各四・〇 竜骨 ひね生姜 鉛丹 人参 桂枝 茯苓 牡蛎 大棗各一・五 大黄二・〇(用法同前)

 右のうち鉛丹の代りに黄芩を入れても臨床経験では差支えない。大黄は原方では碁石大に大きく切って後で入れることになっているが,普通の刻みを同時に煎じても構わない。

 構成 処方の組み方からみると小柴胡湯に近いが、量は半分になっている。
 桂枝と茯苓 竜骨と牡蛎の組合せからみると下虚上衝気動があることが判る。

 運用一 煩驚の神経症状を目標にする。
 煩驚とは煩と驚とに分けて考えるとよい。煩はわずらわしいことで、何でも気にする。色々と気を遣う、煩悶するなどの意であって、一つの原因乃至刺戟に対して幾つもの回答反応が出てしかもそれを判定統一することが出来ずにいる状態である。驚はおどろくことだが、煩驚とは驚き易いことで,ある原因乃至刺戟に対して過大な反応を示す状態である。刺戟に対する反応が速くてその間に意志的に刺戟の価値を判別したり心構えを作る余裕がなくて直ちに反応してしまう。それ故官覚的刺戟、例えば物音、光などに対しては特に敏感である。例えば電話のベルにハッとしたり、マッチの火にびっくりしたりするなどである。
 驚けば動悸がする。そういう風に気苦労が多いから夢見ることも多く、不眠にもなる。神経症状が強いから劇しいときは譫妄や脳症や癲癇を起すこともある。傷寒論太陽病中篇の
 「傷寒八九日、之を下し、胸満煩驚、小便利せず、譫語、一身尽く重く転側すべからざるもの」
 はこの状態を述べたものである。八九日間続けて下したのではなく、八九日目に下剤の適応証になった時機に下したのだが、素因的に機動性があるので、下したために裏気が動き且つ下虚に陥る。裏気が動く結果気の上衝を起し胸に迫り胸満感と煩驚と譫語を呈する。気上衝と下虚とにより小便不利となり、小便に出るべき水分は上衝に伴い表に浮んで身重となり転側すべからざるに至る。転側すべからずとは自分でも動けないし、人に助けて貰っても動けないとの意である。それは程度が強いことを示すもので、一身尽くに対応するものだ。
 この条文の意を運用して先ず神経症状に使うことは前述の通りだが、その他ヒステリー、神経衰弱、神経質、神経性心悸亢進症、心臓性喘息、心臓弁膜症、狭心症、バセドウ氏病などで胸部圧迫感と動悸を目標に、眩暈、不眠症、夜啼き、耳鳴等、動脉硬化症や高血圧症で神経症状があるものなどに頻用する。

 鑑別すべきは
 柴胡桂枝乾姜湯は処方の構造がやゝ近いが遥かに虚証であり、柴胡加竜骨牡蛎湯の如くで虚しているものに使う。

 桂枝加竜骨牡蛎湯、救逆湯などの竜骨牡蛎の入った処方は、いずれも腹動と気の上衝があるが、柴胡加竜骨牡蛎湯は驚き易いという心的傾向と身重という肉体的傾向があるのが特徴である。他の竜骨牡蛎剤心的傾向はあまりなく、下腹部の緊張が見られる。柴胡加竜骨牡蛎湯は心下部の緊張である。

 泻心湯 触発的にカッとなる点や気分が落付かない点は似ているが、泻心湯には感覚的な刺戟に対して特に驚くというような反応を示すことは少く、むしろ自発的な心的傾向を示すことが多い。なお泻心湯類は顔面が充血性で、腹動は少い。

 甘草泻心湯 精神不安や心下部の痞硬が似ているが、心的傾向は泻心湯の如くであり、下利又は腹鳴勝ちで腹動はない。柴胡加竜骨牡蛎湯は便秘勝ちで腹動がある。

 大柴胡湯の心的傾向は怒、心下部の緊張は著明、腹動身重小便不利はない。

 運用二 身重く転側すべからずの状態に用いる。
 その状態は浮腫でも、麻痺でも四肢疼痛でも起り得るから、腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、肝硬変症、心臓脚気などで浮腫、心悸亢進、腹動などのあるもの、脳溢血で半身不随を起し或は浮腫を伴い、或は腹動のあるもの、慢性関節リウマチで腹動や心臓弁膜症を兼ねているものなどにも使う。
 浮腫に使う処方は多いが腹動があれば本方の決定を誤ることはない。






※泻心湯=瀉心湯

 

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