p.660 結核熱・微熱続く
47 滋陰至宝湯(じいんしほうとう) 〔万病回春・婦人虚労〕
当帰・芍薬・白朮・茯苓・陳皮・知母・柴胡・香附・地骨・麦門 各三・〇 貝母 二・〇 薄荷・甘草 各一・〇
「婦人諸虚百損、五労七傷、(中略)脾胃を健にし、心肺を養い、(中略)潮熱を退け、骨蒸を除き、咳嗽を止め痰涎を化し、盗汗を収む(下略)。」
結核または不明の微熱長びき、衰弱の傾向あるものに用いる。虚弱の婦人に多い。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
滋陰至宝湯(じいんしほうとう) [万病回春]
【方意】 肺の燥証による粘稠な喀痰・咳嗽と、脾胃の虚証による食欲不振等のあるもの。しばしば気滞・上焦の熱証による精神症状、時に血虚・全身の虚証を伴う。
《太陰病.虚証》
【自他覚症状の病態分類】
肺の燥証 | 脾胃の虚証 | 気滞・上焦の熱証による精神症状 | 血虚・虚証 | |
主証 | ◎粘稠な喀痰 ◎咳嗽 | ◎食欲不振 | ||
客証 | 皮膚枯燥 発熱 微熱 口渇 口燥 ほてり 背部痛 | 心下痞 消化不良 下痢傾向 | ○感情不安定 ○抑鬱気分 | 疲労倦怠 るいそう 衰弱 脱力 盗汗 月経異常 |
【脈候】 沈・やや軟。
【舌候】 湿潤して無苔。或いは微白苔。
【腹候】 腹力やや軟。時に軽度の胸脇苦満がある。
【病位・虚実】 本方の中心的病態は燥証と脾胃の虚証であるため、陽証から陰証へ移行期にあたり太陰病に相当する。血虚および虚証に該当する症状があり、脈候ならびに腹候も虚証である。
【構成生薬】 当帰3.0 芍薬3.0 白朮3.0 茯苓3.0 陳皮3.0 知母3.0 地骨皮3.0 麦門冬3.0 香附子3.0 薄荷1.0 柴胡1.0 甘草1.0 貝母1.0
【方解】 地骨皮・知母・貝母は清熱作用があり、熱証に対応すると共に滋潤作用もある。天門冬には滋潤・鎮咳作用があり、地骨皮・知母・貝母の滋潤作用と共に肺の燥証に対応し、粘稠喀出困難な喀痰・咳嗽を治す。白朮・茯苓は脾胃の虚証に対応し、陳皮の健胃作用と共に食欲不振・心下痞(胃のもたれ)・消化不良・下痢傾向を治す。当帰・芍薬の補血作用は血虚を去り、麦門冬の滋養・強壮作用と共に虚証に対応し疲労倦怠等を治す。柴胡は元来胸脇の熱証を主るが、本方では香附子の気のめぐりの改善作用、薄荷の発散作用と共に、気滞をめぐらせる。甘草は諸薬の作用を調整し補強する。
※天門冬は麦門冬の間違い?
【方意の幅および応用】
A 肺の燥証:粘稠な喀痰・咳嗽等を目標にする。
気管支炎、気管支喘息、肺気腫、虚弱者・老人の慢性呼吸器疾患
【参考】 *婦人の補虚百損、五労七傷にて、経脈調わず、肢体羸痩するを治す。此の薬、専ら経水を調え、血脈を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかに、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘咳を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(とど)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散じ、体疼を袪り、大いに奇効あり。
*本方は逍遙散加減方であり、逍遙散去生姜加知母・地骨皮・麦門冬・貝母・香附子・陳皮となっている。逍遙散の方意で更に肺の燥証の顕著なものに用いる。また本方は婦人の虚労に対して作られた薬方ともいわれ、当帰芍薬散の方意が含まれている。
【腹候】 腹力やや軟。時に軽度の胸脇苦満がある。
【病位・虚実】 本方の中心的病態は燥証と脾胃の虚証であるため、陽証から陰証へ移行期にあたり太陰病に相当する。血虚および虚証に該当する症状があり、脈候ならびに腹候も虚証である。
【構成生薬】 当帰3.0 芍薬3.0 白朮3.0 茯苓3.0 陳皮3.0 知母3.0 地骨皮3.0 麦門冬3.0 香附子3.0 薄荷1.0 柴胡1.0 甘草1.0 貝母1.0
【方解】 地骨皮・知母・貝母は清熱作用があり、熱証に対応すると共に滋潤作用もある。天門冬には滋潤・鎮咳作用があり、地骨皮・知母・貝母の滋潤作用と共に肺の燥証に対応し、粘稠喀出困難な喀痰・咳嗽を治す。白朮・茯苓は脾胃の虚証に対応し、陳皮の健胃作用と共に食欲不振・心下痞(胃のもたれ)・消化不良・下痢傾向を治す。当帰・芍薬の補血作用は血虚を去り、麦門冬の滋養・強壮作用と共に虚証に対応し疲労倦怠等を治す。柴胡は元来胸脇の熱証を主るが、本方では香附子の気のめぐりの改善作用、薄荷の発散作用と共に、気滞をめぐらせる。甘草は諸薬の作用を調整し補強する。
※天門冬は麦門冬の間違い?
【方意の幅および応用】
A 肺の燥証:粘稠な喀痰・咳嗽等を目標にする。
気管支炎、気管支喘息、肺気腫、虚弱者・老人の慢性呼吸器疾患
【参考】 *婦人の補虚百損、五労七傷にて、経脈調わず、肢体羸痩するを治す。此の薬、専ら経水を調え、血脈を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかに、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘咳を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(とど)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散じ、体疼を袪り、大いに奇効あり。
*本方は逍遙散加減方であり、逍遙散去生姜加知母・地骨皮・麦門冬・貝母・香附子・陳皮となっている。逍遙散の方意で更に肺の燥証の顕著なものに用いる。また本方は婦人の虚労に対して作られた薬方ともいわれ、当帰芍薬散の方意が含まれている。
【症例】 原因不明の発熱
28歳の未婚の婦人。外見は肥って顔色は赤い方で、それほど衰弱してはいないようにみえる。これはステロイド剤の服用によるムーンフェイスであつ言た。
3歳の39~4℃の高熱を繰り返し、小児のリウマチ熱であるといわれた。この病気は1年位で大体良くなった。
今年の4月に脊髄膜炎ともいわれ、肺炎ともいわれ、抗生物質でショックを起こしたことがある。その後カゼを引きやすく、毎月1回高熱が出て、なんとも困っているという。内科ではやはりステロイドを使っていたという。全身倦怠感があって、便秘がちで3日に1回位。熱のないときは食欲は普通である。脈は弱く、初診時血圧は110/70であった。常に微熱があった。
聴打診上では特に異常は認めず、胸脇苦満も瘀血の証もあまりない。婦人虚労とし『回春』の滋陰至宝湯を与えた。服薬後便通が毎日1回あり、気分良く、身体社fしっかりとして、毎月出ていた高熱は2ヵ月後から出なくなった。カゼも引かなくなり微熱がすっかり取れたという。6ヵ月飲んで疲れなくなり、体力充実し、血圧も120/70となり、休むことなく勤務できるようになった。3ヵ月後ステロイド剤は中止した。
矢数道明 『漢方治療百話』 第六集145
【類方】 咳奇方〔和田東郭〕
〔方意〕肺の燥証による咳嗽のあるもの。 《少陽病.虚証》
〔構成生薬〕麦門冬4.0 阿膠4.0 百合4.0 地黄4.0 桔梗4.0 白朮3.0 甘草2.5 乾姜2.0 五味子1.5
〔方解〕麦門冬・五味子は上焦の燥証を潤して咳嗽を止める。阿膠・地黄にも滋潤作用がある。百合は滋養強壮・鎮咳作用、桔梗は解熱・排膿・鎮咳作用がある。乾姜は新陳代謝を亢め、白朮は健胃作用があり、甘草は諸薬を調和する。
〔参考〕*虚労により呼吸器系の衰弱したもので、昼夜の永びく咳嗽に有効である。
*肺痿(進行した肺結核症にみられる状態)の咳嗽を治す。もし熱に属する者は『聖剤』の人参養栄湯(肺痿、咳嗽痰有り、午後熱し、並びに声嘶する者を治す)に宜し。(中略)肺痿を治す。案ずるに滋液を主とし兼ねて虚熱を制する者なり。
〔応用〕慢性気管支炎、肺結核症
『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊
滋陰至宝湯(じいんしほうとう) <出典> 万病回春 (明時代)
<方剤構成>
柴胡 知母 地骨皮 薄荷 香附子 芍薬 麦門冬 貝母
陳皮 当帰 白朮 茯苓 甘草
<方剤構成の意味>
柴胡が入っているが、 全体からみてその量は少なく、いわゆる柴胡剤には入らない。柴胡・知母・地骨皮はいずれも解熱薬,薄荷・香附子は発散薬,芍薬は鎮痛薬,麦門冬,貝母・陳皮は鎮咳・袪痰薬(乾咳向き)で,これに補血薬である当帰と,胃アトニーによい白朮と茯苓が加えられている。
構成生薬は寒性・補性・潤性・降性のものが多く,熱証で虚証で,皮膚はカサカサし,咳や痰(切れ難い)のある者向きにつくられた方剤で,滋陰降火湯と同じく,この方剤も滋陰(陰虚証で虚熱燥状を呈するものを潤す)を目的としてつくられた方剤であることがわかる。
3歳の39~4℃の高熱を繰り返し、小児のリウマチ熱であるといわれた。この病気は1年位で大体良くなった。
今年の4月に脊髄膜炎ともいわれ、肺炎ともいわれ、抗生物質でショックを起こしたことがある。その後カゼを引きやすく、毎月1回高熱が出て、なんとも困っているという。内科ではやはりステロイドを使っていたという。全身倦怠感があって、便秘がちで3日に1回位。熱のないときは食欲は普通である。脈は弱く、初診時血圧は110/70であった。常に微熱があった。
聴打診上では特に異常は認めず、胸脇苦満も瘀血の証もあまりない。婦人虚労とし『回春』の滋陰至宝湯を与えた。服薬後便通が毎日1回あり、気分良く、身体社fしっかりとして、毎月出ていた高熱は2ヵ月後から出なくなった。カゼも引かなくなり微熱がすっかり取れたという。6ヵ月飲んで疲れなくなり、体力充実し、血圧も120/70となり、休むことなく勤務できるようになった。3ヵ月後ステロイド剤は中止した。
矢数道明 『漢方治療百話』 第六集145
【類方】 咳奇方〔和田東郭〕
〔方意〕肺の燥証による咳嗽のあるもの。 《少陽病.虚証》
〔構成生薬〕麦門冬4.0 阿膠4.0 百合4.0 地黄4.0 桔梗4.0 白朮3.0 甘草2.5 乾姜2.0 五味子1.5
〔方解〕麦門冬・五味子は上焦の燥証を潤して咳嗽を止める。阿膠・地黄にも滋潤作用がある。百合は滋養強壮・鎮咳作用、桔梗は解熱・排膿・鎮咳作用がある。乾姜は新陳代謝を亢め、白朮は健胃作用があり、甘草は諸薬を調和する。
〔参考〕*虚労により呼吸器系の衰弱したもので、昼夜の永びく咳嗽に有効である。
*肺痿(進行した肺結核症にみられる状態)の咳嗽を治す。もし熱に属する者は『聖剤』の人参養栄湯(肺痿、咳嗽痰有り、午後熱し、並びに声嘶する者を治す)に宜し。(中略)肺痿を治す。案ずるに滋液を主とし兼ねて虚熱を制する者なり。
〔応用〕慢性気管支炎、肺結核症
『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック 第3版』
桑木 崇秀 創元社刊
滋陰至宝湯(じいんしほうとう) <出典> 万病回春 (明時代)
<方剤構成>
柴胡 知母 地骨皮 薄荷 香附子 芍薬 麦門冬 貝母
陳皮 当帰 白朮 茯苓 甘草
<方剤構成の意味>
柴胡が入っているが、 全体からみてその量は少なく、いわゆる柴胡剤には入らない。柴胡・知母・地骨皮はいずれも解熱薬,薄荷・香附子は発散薬,芍薬は鎮痛薬,麦門冬,貝母・陳皮は鎮咳・袪痰薬(乾咳向き)で,これに補血薬である当帰と,胃アトニーによい白朮と茯苓が加えられている。
構成生薬は寒性・補性・潤性・降性のものが多く,熱証で虚証で,皮膚はカサカサし,咳や痰(切れ難い)のある者向きにつくられた方剤で,滋陰降火湯と同じく,この方剤も滋陰(陰虚証で虚熱燥状を呈するものを潤す)を目的としてつくられた方剤であることがわかる。
<適応>
慢性気管支炎や肺結核で,発熱・咳・痰・食思不振・全身倦怠などのある場合。
滋陰降火湯と比べて,やや病気が浅く,胃弱もある者向きにつくられてはいるが,明らかに寒証の者には適さない。
『健康保険が使える 漢方薬 処方と使い方』
木下繁太朗 新星出版社刊
滋陰至宝湯(じいんしほうとう)
本朝経験方(ほんちょうけいけんほう)(万病回春の変方んびようかいしゆん)
健 ツ
どんな人につかうか
体力が衰えて、衰弱気味の慢性の咳(せき)や痰(たん)に用いるもので、痰(たん)は割合に切れやすく、量はさほど多くない人に用い、気管支拡張症、肺結核、慢性気管支炎に応用します。
目標となる症状
症 ①咳(せき)(慢性)。②痰(たん)(切れやすい)。③食欲不振。④全身倦怠感。⑤盗汗(ねあせ)。⑥微熱。⑦口渇(こうかつ)。⑧体力低下。
腹 腹壁軟弱。
脈 弦細数。
舌 舌質(ぜつしつ)は紅色で舌苔(ぜつたい)は少ない。
どんな病気に効くか(適応症)
虚弱なものの慢性の咳、痰。慢性消耗性呼吸器疾患で、微熱、咳(せき)、痰(たん)、盗汗(ねあせ)のあるもの。肺結核、慢性気管支炎、気管支拡張症。
この薬の処方
当帰(とうき)、芍薬(しやくやく)、香附子(こうぶし)、柴胡(さいこ)、知母(ちも)、陳皮(ちんぴ)、麦門冬(はくもんどう)、白朮(びやくじゆつ)、茯苓(ぶくりよう)、地骨皮(じこつぴ)各3.0g。貝母(ばいも)2.0g。甘草(かんぞう)、薄荷(はつか)各1.0g。
この薬の使い方
症 ①咳(せき)(慢性)。②痰(たん)(切れやすい)。③食欲不振。④全身倦怠感。⑤盗汗(ねあせ)。⑥微熱。⑦口渇(こうかつ)。⑧体力低下。
腹 腹壁軟弱。
脈 弦細数。
舌 舌質(ぜつしつ)は紅色で舌苔(ぜつたい)は少ない。
どんな病気に効くか(適応症)
虚弱なものの慢性の咳、痰。慢性消耗性呼吸器疾患で、微熱、咳(せき)、痰(たん)、盗汗(ねあせ)のあるもの。肺結核、慢性気管支炎、気管支拡張症。
この薬の処方
当帰(とうき)、芍薬(しやくやく)、香附子(こうぶし)、柴胡(さいこ)、知母(ちも)、陳皮(ちんぴ)、麦門冬(はくもんどう)、白朮(びやくじゆつ)、茯苓(ぶくりよう)、地骨皮(じこつぴ)各3.0g。貝母(ばいも)2.0g。甘草(かんぞう)、薄荷(はつか)各1.0g。
この薬の使い方
①前記処方を一日分として煎(せん)じてのむ。
②ツムラ滋陰至宝湯(じいんしほうとう)エキス顆粒(かりゆう)、成人一日9.0gを2~3回に分け、食前又は食間に服用する。使い方のポイント
①慢性の肺、気管支の炎症に栄養状態の低下、消化呼吸機能の低下、自律神経、内分泌の失調が加わり、消耗性の熱が出るような場合に用います。女性では月経不順を伴うことが多いようで空す。
②女性の慢性消耗性疾患で、月経不順、四肢身体のやせ、衰弱脱力したもので、身体の痛むものを治し、奇効があるとされています。
麦門冬(ばくもんどう)は滋養強壮(じようきようそう)作用(滋陰(じいん))があり、当帰(とうき)、芍薬(しやくやく)と共に、体を栄養、滋潤(じじゆん)して消耗を防ぎ、貝母(ばいも)とともに消炎、鎮咳、袪痰(きよたん)作用で気道粘膜を渇(うるお)して痰(たん)を切れやすくします。知母(ちも)、地骨皮(じこつぴ)は清虚熱剤(せいきよねつざい)で、解熱、消炎、鎮静、抗菌作用があって炎症をしずめます。
香附子(こうぶし)は理気薬(りきやく)で自律神経の緊張を緩解(かんかい)。柴胡、芍薬(しやくやく)は肝気(かんき)の鬱血(うつけつ)をとり、胃腸の動きを調節。陳皮(ちんぴ)は胃液分泌を促進します(全体として鎮咳、解熱、消炎、鎮静の効果)。
『図説 東洋医学 <湯液編Ⅰ 薬方解説> 』
山田光胤/橋本竹二郎著
株式会社 学習研究社刊
滋陰至宝湯(じいんしほうとう)
虚
|
やや虚
|
中間
|
やや実
|
実
|
●保 出典 万病回春
目標 体力が低下した衰弱傾向の人。慢性に経過した咳嗽(がいそう)に用いる。痰(たん)は比較的切れやすく、量はさほど多くない。一般に食欲不振,全身倦怠感などを認め,時に盗汗,口渇(こうかつ)を伴う。
応用 肺結核,急性気管支炎,慢性気管支炎,上気道炎,気管支拡張症。
(その他:気管支喘息(ぜんそく),肺気腫(きしゅ)。肺線維症)
説明 衆方規矩(しゅうほうきく)は,婦人の諸種の消耗性疾患に用いてはば広い効果があると述べているが,本方は婦人に限らず,男子でも体力の低下した衰弱ぎみのものに用いられる。
当帰(とうき)2.5g 香附子(こうぶし)2.5g 乾生姜(かんしょうきょう)1.0g 知母(ちも)1.5g 甘草(かんぞう)1.5g 貝母(ばいも)1.5g 薄荷(はっか)1.5g 柴胡(さいこ)1.5g 地骨皮(じこっぴ)2.5g 麦門冬(ばくもんどう))2.5g 陳皮(ちんぴ)2.5g 朮(じゅつ)2.5g 茯苓(ぶくりょう)2.5g 芍薬(しゃくやく)2.5g
『古典に生きるエキス漢方方剤学』 小山 誠次著 メディカルユーコン刊
p.447
滋陰至宝湯
出典 『太平恵民和剤局方』、『世医得効方』、『古今医鑑』
主効 更年期、清肺、退熱。逍遙散証且つ慢性消耗性肺疾患の薬。
組成 当帰3 芍薬3 茯苓3 白朮3 陳皮3 知母3 貝母2
香錬子3 柴胡3 薄荷1 地骨皮3 甘草1 麦門冬3 [<生姜>]
解説
本方は『大平恵民和剤局方』巻之九・婦人諸疾 附 産図の逍遙散に陳皮・貝母・香附子・地骨皮・知母・麦門冬を加味した処方である。
【当帰】…婦人科の主薬で、月経を調整し、全身の血流を改善して血液の瘀滞を解除するのみならず、腹部~下肢を温めて止痛し、また慢性化膿症に対しても治癒を促進する。
【芍薬】… 平滑筋の鎮痙作用の他に、発汗などによる津液の喪失を防ぎ、また当帰と併用して全身を補血・補陰する。更には骨格筋に対しても痙攣や疼痛を鎮める。
【茯苓】…白朮と同様に、組織内及び消化管内の過剰な湿痰に対して利水するが、一方ではそのような気虚による精神不穏症状に対して鎮静的に作用する。
【白朮】…全身組織内や消化管内に水分が偏在するとき、利水してその過剰水分を利尿によって排出するが、脾胃の機能低下に対して補脾健胃し、返化管機能を回復する。
【陳皮】…消化不良などで嘔吐・嘔気があるとき、順方向性の蠕動運動を促進して消化管機能を亢進すると共に、粘稠な熱痰を袪痰、溶解する作用もある。
【知母】…一般的には清熱薬であるが、実熱にも虚熱にも処方可能で、慢性消耗性疾患の潮熱に対する他、中枢神経系の興奮を低下させることによって鎮静作用も発揮する。
【貝母】…上気道~肺の炎症による咳嗽及び粘稠な黄痰を呈するとき、清熱して鎮咳すると共に気道の分泌を抑制する。また瘰癧等の硬結に対し、排膿して消散する。『薬性提要』には、「肺鬱を解し、虚痰を清し、結を散じて熱を除く」とある。
【香附子】…気病の総司、女科の主帥で、抑鬱気分で悪化する月経痛・月経不順に奏効する他、上腹部の疼痛や不快感にも有効である。総じて、我が国の婦人の伝統的な気鬱によく奏効する。
【柴胡】…消炎解熱作用があり、特に弛張熱・間欠熱・往来寒熱あるいは日哺潮熱によく適応する他、鎮静作用によって抑鬱気分による機能低下を回復し、また鎮痛作用も発揮する。
【薄荷】…清涼剤として発汗解表の補助薬となるが、頭・顔面・咽喉部の粘膜の炎症を鎮めて充血を解除し、煩熱感を発散する。
【地骨皮】…主に慢性消耗性の肺疾患による虚熱に対し、陰分を補って虚熱を清する。『薬性提要』には、「肺中の伏火を瀉し、血を涼し、虚熱を除く」とある。
【甘草】…諸薬の調和及び薬性の緩和だけでなく、消化管の機能を調整して消化吸収を補助する。
【麦門冬】…慢性肺疾患で乾咳と微熱を呈するとき、清熱して鎮咳し、更に脱水を伴なえばk@:津液の喪失を防ぎ、循環不全にまで到れば、強心作用も発揮する。
【生姜】…本来は煨姜であり、煨姜は生姜よりも消化管の冷えによる悪心・嘔吐に対して散寒し、脾胃の機能を回復して止嘔する。
逍遙散は特に婦人にあって、ホルモンのアンバランスや精神不穏から種々の失調症状を来たしたときの薬であり、陳皮・知母・貝母・地骨皮・麦門冬で慢性消耗性肺疾患に伴う乾咳・粘稠痰・微熱などの症状を緩解し、陳皮で消化管機能を更に回復し、香附子で抑鬱的気分を更に発散させるべく配慮された薬である。
総じて、婦人の生理機能を調整する薬と、抑鬱気分を消散する薬と、消化管機能を回復する薬と、慢性消耗性肺疾患の種々の症状を緩解する薬から構成され、逍遙散証で慢性消耗性肺疾患の薬となる。但し、元々は肺結核の薬である。
適応
逍遙散の適応証(加味逍遙散(118頁)の適応証の内、虚熱症状の軽度な場合)に加えて、肺結核、乾性胸膜炎、慢性気管支炎、肺気腫、気管支拡張症など。
論考
❶『和剤局方』巻之九・婦人諸疾 附 産図・逍遙散の条文は加味逍遙散(118頁)の論考❶に記載した。
❷本方の出典は従来『万病回春』とされる。同書・巻之六・婦人科虚労に、「滋陰至宝湯 婦人の諸虚百損、五労七傷、経脉調わず、肢体羸痩を治す。此の薬、専ら経水を調え、血脉を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかにし、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘嗽を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(や)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散し、体疼を袪る。大いに奇効有り。尽くは述ぶる能わず」とあって非常に多くの適応状態を記述している。
尚、『万病回春』では本条文に先立ち、「虚労熱嗽、汗有る者」という大まかな指示があり、この指示の許に、逍遙散(加味逍遙散も含む)と本方が併記されている。
従って、本方の出典としては解説でも述べたように、先ず『和剤局方』が指摘されなければならない。
❸しかし乍ら、 本方は『万病回春』よりも早く『古今医鑑』に収載されている。同書・巻之十一・婦人科虚労に、先の『万病回春』の条文と比し、「心慌を定め」⇒「心悸を定め」、「神魄を安んじ」⇒「神魂を安んじ」、「泄瀉を往め」⇒「泄瀉を止め」、「尽くは述ぶる能わず」⇒「尽くは述ぶべからず」等々と、些細な字句の違いがあるだけで、薬味は全く同一であり、当帰・白芍・白茯・白朮・陳皮・知母・貝母・香附・柴胡・勉荷・地骨皮・甘草・麦門冬を煨生姜にて水煎温服する。
而も著者の引用本では、滋陰至宝湯の方名の下に「雲林製」と記されているので、本方がやはり龔廷賢創方と分かる。
それに対して、五虎湯(309頁)の論考❹でも述べた『古今医鑑』八巻本では、本方は巻之六・婦人虚労に収載されていて、方名は済陰至宝湯となっている。更に雲林製とあるのは不変だが、上記条文の変更箇所は、「心慌を定め」「神魄を安んじ」、「泄瀉を住め」、「尽くは述ぶべからず」となっている。これでみれば、『万病回春』が一層近いと言えよう。
初刊本の方名の済陰至宝湯が後に現在の滋陰至宝湯に変わったのは、王肯堂による訂補とは無関係で、『万病回春』でも滋陰至宝湯なのだから、龔廷賢の意図によるものと思われる。
❹龔廷賢撰『雲林神彀』巻之三・婦人科虚労には、「滋陰至宝、芍・当帰・茯苓・白朮・草・陳皮・薄荷・柴胡・知・貝母・香附・地骨・麦門に宜し」とあるのみであるが、『寿世保元』庚集七巻・婦人科虚労には、『万病回春』と全く同じ条文と薬味で、方名が済陰至宝丹と命名されて掲載されている。
❺逍遙散の『和剤局方』条文では、「痰嗽・潮熱、肌体羸痩して漸く骨蒸と成る」の一文が収載されている。それ故、『婦人大全良方』巻之五・婦人骨蒸方論第二にも引載されて、「夫れ骨蒸労とは、熱毒気、骨に附くに由りての故に、之を骨蒸と謂う也。亦、伝尸と曰い、……少・長を問うこと無く、多く此の病に染む」と解説され、これは肺結核の病状表現である。
❻『世医得効方』巻十五・産科兼婦人雑病科・煩熱には、逍遙散が『和剤局方』条文と共に掲載されていて、白茯苓・白朮・当帰・白芍薬・北柴胡・甘草と記載された後、姜・麦門冬にて煎じ、最後に「一方には知母・地骨皮を加う」と指示される。これは逍遙散から滋陰至宝湯への一段階であると言えよう。尚、序で乍ら、ここでは逍遙散の次に清心蓮子飲(659頁)が収載されている。これは清心蓮子飲の論考㉓の著者の解説を首肯しうる点でもある。
❼『厳氏済生方』巻之九・求子論治には、「抑気散、婦人の気、血より盛んにして子無き所以を治す。尋常の頭暈・膈満・体痛・怔忡、皆之を服すべし。香附子、乃ち婦人の仙薬也。其の耗気を謂いて服すること勿くんばあるべからず」とあって、香附子・茯神・橘紅・甘草を煎服する。
❽『済世全書』巻之六・婦人科調経には、「済陰至宝丹 常に服すれば気を順じ、血を養い、脾を健やかにし、経脉を調え、子宮を益し、腹痛を止め、白帯を除き、久しく服すれば子を生むに殊に効あり」とあって、南香附米・益母草・当帰身・川芎・白芍・石棗・陳皮・白茯苓・熟地黄・半夏・白朮・阿膠・山薬・艾葉・条芩・麦門冬・牡丹皮・川続断・呉茱萸・小茴香・玄胡索・没薬・木香・甘草・人参を丸と為して米湯にて下す。そして、「按ずるに、右方は婦人の諸病を治するに服すべし」と纏められている。しかし乍ら、この処方は『寿世保元』の同銘方と比較して、かなり薬味内容を異にする。
❾さて、『万病回春』の滋陰至宝湯は「虚労熱嗽、汗有る者」の処方の一つであることは既述したが、引き続いて「虚労熱嗽、汗無き者」には、茯苓補心湯と滋陰地黄丸他が記載される。茯苓補心湯は木香を含む参蘇飲合四物湯で、滋陰地黄丸は六味丸加天門冬・麦門冬・知母・貝母・当帰・香附米を塩湯又は淡姜湯で下すべく指示される。
❿『衆方規矩』巻之中・労嗽門・滋陰至宝湯には、まず❶の『万病回春』の条文が引載され、方後には「按ずるに、虚労熱嗽、汗有る者は此の湯に宜し。汗なき者は茯苓補心湯に宜し。是れ、乃(いま)し表裏の方なり。即ち逍遙散に加味したる方なり。婦人、虚労寒熱するに、逍遙散にて効なきときは此の湯を与えて数奇あり。○男子虚労の症に、滋陰降火湯を与えんと欲する者に先ず此の湯を与えて安全を得ることあり」と解説がある。滋陰降火湯(438頁)で述べた適応証及び禁忌に注意を払ってのことと思われる。
⑪『日記中揀方』巻之下・婦人調経には逍遙散が登載され、方後には「○一方に、虚労を治するに陳皮・知母・貝母・地骨皮・香附子、○五心煩悶には麦門冬・地骨皮を加う」とあり、ここの一方は、結局のところ、滋陰至宝湯去麦門冬である。しかし乍ら、次の加味方では逍遙散加麦門冬・地骨皮を指示しているので、先の一方字飛、滋陰至宝湯から態々麦門冬を去って処方する必要はないように思われる。
⑫『増広医方口訣集』中巻・滋陰至宝湯で、中山三柳は概ね「婦人虚労の証を治す」と記載した後、「患按ずるに、当帰・白朮・白芍・茯苓・柴胡・甘草は逍遙散也。以って肝脾の血虚を補うべし。知母・地骨皮を加えて大いに発熱・虚熱を解す。陳皮・貝母は以って痰を除き、嗽を治すべし。麦門・薄荷は以って肺を潤し、痰を化すべし。香附は鬱を開き、経を調うる所以也。龔氏の説、太過たりと雖も、血を補い、熱を卻け、痰を化し、鬱を開けば、諸症愈ゆべし。亦、虚誕に非ざる者か」と、新増している。誕は偽りのことで、先の『万病回春』の条文をいう。
一方、北山友松子の増広には、「此れは古方の逍遙散を用い、加味する方也。能く諸虚百損・五労七傷を治すると謂う言、吾、斯くして之を未だ敢えて信ぜず。諸虚は言う勿れ、只、心腎交済せざるの症の如し。其れ、此の方を投ずべけんや。之を用ゆる者、薬品を詳審すれば人を誤らせるの咎を致すを免る。然して婆心の熱血、黙止すること能わずして折中して之を論じて曰く、或いは肝脾血虚に因りて将に虚労と成らんとして咳嗽し、或いは慾情、念を動じ、事として意いを遂げざるに因りて以って鬱熱し、或いは怒気停滞するに因りて、肝火妄りに熾んにして労熱に似たり、或いは経水調わざるに因りて、変じて血痂と成し、寒熱を作す。斯くの如き等の症、法を按じ、治を施せば庶わくは可ならんか」と、友松子は本題に入る以前の前置きにも重点を置き、如何に注意を喚起すべきかを語っている。
⑬『牛山活套』巻之上・咳嗽には、「○久嗽止まず、自ずから盗昔出でて虚痩甚だしく潮熱出づる者は多くは労咳に変ずる也。男女共に十六・七より三十歳までは咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯、滋陰降火湯の類を見合せて用ゆべし。多くは脉細数なる者也。……」、巻之中・諸血 吐血・衂血・唾血・喀血・溺血・便血・腸血・臓血には、「先ず吐血あって後、痰を吐く者は陰虚火動也。滋陰降火湯、滋陰至宝湯の類に加減して用ゆべし。神効有り、咽喉 附喉痺・梅核気には、「○陰虚火動に因りて咽痛する者には四物湯に酒黄芩・酒黄連を加えて用ゆべし。或いは滋陰至宝湯、降火湯の類を用ゆべし。奇効あり」、巻之下・経閉には、「○室女、経閉して咳嗽・発熱する者には牡丹皮湯回春経閉を用いよ。滋陰至宝湯、加味逍遙散に川芎・莎草・陳皮・貝母・紅花を加えて用ゆべし。奇効有り」、虚労には、「……是れを産後の蓐労と云う。治し難し。先ず逍遙散に加減し、滋陰至宝湯、滋陰降火湯、大補湯の類に加減して用いよ。共に神効有り」、産後には、「○産後、血熱の症に……其の熱大売退き、余熱あって蓐労とならんと欲する者には加味逍遙散を用いよ。咳嗽あらば滋陰至宝湯を用いよ。共に神効有り」等々と記載されている。
⑭『牛山方考』巻之中・逍遙散には、「婦人、諸虚百損、五労七傷、月経不調、形体羸痩、潮熱労咳、骨蒸の症に陳皮・貝母・莎草・地骨皮・知母・麦門冬を加えて滋陰至宝湯と名付く。男婦共に虚労咳嗽・発熱、自汗・盗汗等の症を治するの妙剤也」とある。
⑮和田東郭口授「東郭先生夜話』には、「湿毒ある症にて労症の気味になり、咳嗽あり。此の証は毒気あれども躰気疲れてあり。故に躰気を養わずんばあるべからず。滋陰至宝湯に阿膠・熬乾姜を与う」とあって、ここでは特に婦人に限定していない。
⑯『済美堂方函』虚労には、先の滋陰降火湯の論考⑯に続いて、「滋陰至宝湯
諸虚にて体痩せ、専ら婦人の調経には、血を滋し、咽喉を潤し、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘を止めて化痰し、盗汗を収め、泄瀉を住め、鬱気を開く」とあって、専ら婦人の調経のための処方であることが明白である。
⑰『症候による漢方治療の実際』滋陰至宝湯には、「……しかし香月牛山がのべているように、男女とも、衰弱して、やせている患者で、慢性の咳が出て、熱が出たり、盗汗が出たりするものによい。私は肺結核が永びき、熱はさほどなく、咳がいつまでもとまらず、息が苦しく食がすすまず、貧血して血色のすぐれないものに用いる」と解説される。
⑱『漢方診療医典』気管支拡張症には、本方が「肺結核に併発した気管支拡張症で、せき、痰の他に、食欲不振、盗汗などがあって、衰弱しているものに用いる」とあり、肺結核には、「慢性の経過をたどる場合であるが、病気が進み、熱もあり、せき、口渇、盗汗などがみられるものによい。婦人の患者では、月経不順のものが多い」とある。
⑲さて、加味逍遙散との類似性は念頭に置かなくてはならない。加味逍遙散は逍遙散に牡丹皮・山梔子を加味したものであり、牡丹皮は実熱にも虚熱にも処方しうる清熱薬であり、また局所の血流を改善する消炎性の駆瘀血薬でもある。山梔子は黄疸の湿熱に用いる他に、実熱にも虚熱にも用いて清熱し、種々の熱状を鎮静する。従って、本方との比較に於いて、加味逍遙散は逍遙散証の上に全身の虚熱を低下させる作用があるが社本方は同じく逍遙散の上にあっても、特に慢性肺疾患の齎す乾咳・粘稠痰・微熱などを対象とする。一方、本方証に於いても虚熱が肺病変由来のみでなく、逍遙散証に由来する虚熱も加わっているならば、加味逍遙散合滋陰至宝湯を処方する。
但し、❺でも述べたように、逍遙散自体が元々肺結核に処方されたことは念頭に置く必要がある。現在の用法はそれから派生して流行したものである。処方の対象の変遷の一例と言えよう。
『重要処方解説Ⅱ』
■重要処方解説(87)
滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)・滋陰降火湯(ジインコウカトウ)
日本東洋医学会会長
室賀 昭三
■出典・構成生薬
本日は,滋陰降火湯(ジインコウカトウ)と滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)についてお話をさせていただきます。この両方の処方は,ともに『万病回春(まんびょうかいしゅん)』に出ている処方でありまして,内容がかなり重なっているところが多く,しかも呼吸器疾患に使われる処方ですので,ちょっと混乱を招くかもしれませんが,両方一緒に話をさせていただきますので,どうかお許しいただきたいと思います。
滋陰降火湯は,当帰(トウキ),芍薬(シャクヤク),白朮(ビャクジュツ),地黄(ジオウ),陳皮(チンピ),知母(チモ),黄柏(オウバク),天門冬(テンモンドウ),麦門冬(バクモンドウ),甘草(カンゾウ)の10味からできている薬であります。『万病回春』をみますと,これにはさらに童便(ドウベン)を加えるとか,生姜(ショウキョウ)を加えるなどのことが書いてありますが,現在それはほとんど行われておりません。
滋陰至宝湯は,当帰,芍薬,白朮,茯苓(ブクリョウ),陳皮,知母,柴胡(サイコ),香附子(コウブシ),地骨皮(ジコッピ),麦門冬,貝母(バイモ),薄荷(ハッカ),甘草の13味からできておりまして,両方の処方に7生薬が重なっているわけであります。
■薬能薬理
まずこの処方を構成している薬の1つ1つの薬効について,ごく簡単にお話をさせていただきます。
当帰は,当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などに出てくるご存じの有名な薬草ですが,セリ科のトウキ,またはその近縁植物の根を使いまして,中枢抑制作用,鎮痛作用,解熱作用,筋弛緩作用,血圧降下とか抗炎症作用などいろいろのものが認められます。当帰芍薬散はご婦人に使われることが多いわけですが,血の働きを調和し,排膿や止血に働き,体の潤いを保ち,目が赤く腫れて痛むもの,あるいは婦人の産後,古血の下らないもの,大量の性器不正出血といったものを治す,それから化膿性の腫れものを内より除き去るというような働きがあるといわれておりまして,甘く辛く温めます。この当帰は,当帰芍薬散の主薬でありまして,冷え性の女性に使われるわけで,当然温める作用があります。いわゆる補血,行血,あるいは女性の生理を整えるといったような働きが認められるわけであります。
芍薬はご存じの通りボタン科のシャクヤクの根でありまして,いわゆる paeoniflorin が鎮静,鎮痙,鎮痛作用があるといわれております。それから抗炎症作用,あるいは抗アレルギー作用,免疫賦活作用,胃腸の運動を促進させるとか,胃潰瘍に対して抵抗する作用があるなどのことが知られているわけであります。主として筋肉が硬くなって引きつれるものを治すということで,いろいろ骨格筋,あるいは内臓筋の痙攣を治す作用があるわけであります。また腹痛,これは腹部の筋肉の痙攣とか,緊張が非常に強くなって起こる腹痛とか,頭痛,知覚麻痺,疼痛,腹部膨満,咳込むもの,下痢,化膿性のできものなどを治すといわれております。味がちょっと苦くて,わずかに体を冷やす作用があります。血の熱を冷ますとか,あるいは血を生かすとか,それから瘀血を去るとかいった働きがあるというふうにいわれております。
白朮はキク科のオオバナオケラ,またはオケラの根茎でありまして,いわゆる利水剤として使うわけですが,抗消化性潰瘍作用とか,あるいは抗炎症作用とか,いろいろなものが知られているわけであります。また水分の偏在,代謝異常を治す,したがって頻尿,多尿,あるいは小便の出にくいものを治すとか,あるいは唾をたびたび吐いたり,唾がたくさん出るものを治すといわれております。甘,微苦でありまして,体を温める作用があります。胃腸を丈夫にして元気を出すとか,あるいは湿気,つまり水分が多いものを乾かして,それを体外へ出すという利水作用があるとされています。
茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核でありまして,利水作用があると普通いわれておりますが,抗潰瘍作用,利尿作用もあり,主として腹部の動悸,あるいは筋肉がピクピク痙攣するもの,お小水の出にくいもの,めまいなどを治すといわれております。甘,平,すなわち温めるでもなければ冷やすのでもないのですが,いわゆる利水剤として,それから胃を丈夫にするとか,精神の安定作用があるなどと昔からいわれているわけであります。
陳皮はミカンの皮でありまして,ミカン科のウンシュウミカンまたはその近縁植物の成熟した果皮であります。精油成分が入っており,中枢抑制作用などがあるといわれておりまして,われわれはこれを利水剤,あるいは気剤として使うわけでありますが,辛,苦で,温める作用があります。理気,健脾,すなわち軽い気欝を治したり,あるいは脾を丈夫にしたり,一種の胃の薬のような感じがあります。それから湿気を乾かし,気道の湿気を逐うというような作用が認められております。
知母はユリ科のハナスゲの根茎で,熱のある時に使うわけであります。解熱作用のほか,血糖降下作用がよく知られています。また手足のほてりなど不快な熱感を治したりします。苦,甘,すなわち苦くて熱を冷ます作用があります。いわゆる後世方でいう火を消す,あるいは脾の熱を冷ます,それから腎を潤し,乾燥しているものに潤いを与えます。先ほどの陳皮は潤いを乾かしたわけですが,知母は逆に乾いているものに潤いを与えるような作用があります。
柴胡は,ミシマサイコあるいはその変種の根でありまして,中枢抑制作用,抗消化性潰瘍作用,肝機能改善作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用などが認められ,また心下部より季肋部へかけての膨満感を訴えて,抵抗と圧痛が認められる,いわゆる胸脇苦満を治すとか,あるいは悪寒と熱が交互に起こる熱型,腹痛,心窩部が硬く痞えて緊張しているものを治すといわれております。味は苦くて,微寒,すなわちわずかに熱を冷まします。 表を解し,熱を解し,肝に気が欝滞しているものを疎す,すなわち,きれいにすると申しますか,流して,欝滞しているものを体の中へ散らしてしまうといわれております。それから陽気をもたらすという作用があるといわれております。
香附子をよく附子と間違える方がありますが,香附子はカヤツリグサ科のハマスゲの根茎であります。それほど常用される薬ではありませんが,心窩部あたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治します。辛,微苦,平,すなわち辛くてわずかに苦く,特に熱を冷ますわけでもないが,温めるわけでもありません。心窩部のあたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治すということから,柴胡や梔子(シシ)と作用が似ていると思います。
地骨皮はナス科クコの根皮であります。クコはご承知の通り補虚剤としてよく使われまして,味が苦,鹹,すなわち苦くて,少し塩辛くて,かすかに冷やす作用があって,熱を冷まし,血を冷やすといわれております。加味逍遙散(カミショウヨウサン)に荊芥(ケイガイ),地骨皮を加えるというふうによく使います。疲れた時にクコを食べるとよくいわれますが,疲れた時の熱を少し冷まして,虚を補うような作用があるように思います。
麦門冬はユリ科ジャノヒゲの根でありまして,熱感を治し,咳嗽を止め,体の潤いを保って,熱性,乾性の症状を改善します。甘,微苦,微寒,すなわち甘くてわずかに苦く,かすかに冷やす作用があります。麦門冬湯(バクモンドウトウ)は熱のある咳を止めますから,気道の熱を冷ます作用があるわけです。また麦門冬湯は乾いた咳に使って気道に潤いを与えます。すなわち体に潤いを与えて体液を生じさせる,咳を止めるという作用があるわけであります。
貝母はユリ科のアミガサユリの根でありまして,サポニンが非常に多く入っておりまして,胸部,横膈膜あたりの病邪が留まっているものを治すといわれます。清肺湯(セイハイトウ)に入っておりますが,血痰のある人は貝母を除けといわれているくらいですから,相当刺激をするのだろうと思います。
薄荷はハッカの地上部でありまして,辛,涼,すなわち辛くて熱を冷まして,上部に欝滞している気をよく巡らせる作用があります。
甘草の主成分は glycyrrhizin で,甘くて平であり,胃を丈夫にしたり,元気を出したり,解毒作用があります。
地黄はアカヤジオウ,または同属植物の根をそのまま乾燥したものが乾地黄(カンジオウ)で,地面から掘り出したばかりのものを生地黄(ショウジオウ),そして乾地黄を蒸したものを熟地黄(ジュクジオウ)といっており,いわゆる血虚に使うわけであります。乾地黄はやや冷ます作用があり,熟地黄は温める作用があるとされており,いわゆる補血剤,また血糖降下作用が認められております。
黄柏はキハダの樹皮で,抗消化性潰瘍,健胃作用が認められます。苦く,寒といって体を冷やす作用があります。しかし,黄柏の冷やす作用はそれほど強くないといわれており,あまり虚実にこだわらずに使ってよいと思います。
天門冬は,非常にねばねばしたもので,サポニンとか澱粉質を含んでおりまして,薬性は甘,苦,大寒で,甘くて苦くて相当熱を冷ます作用があるといわれております。乾燥しているものに潤いを与え,気道の熱を去るといわれています。
■古典・現代における用い方
滋陰降火湯は,読んで字のごとく陰を潤して火を降すという意味でありまして,いわゆる呼吸器疾患に使われるわけです。『万病回春』の虚労門に出ており,「陰虚,火動,発熱,咳嗽,吐痰,喘急,盗汗,口乾を治す。この方,六味丸(ロクミガン)を与えて相兼ねてこれを服す。大いに虚労を補う,神効あり」とあります。構成生薬をご覧になっておわかりの通り,四物湯(シモツトウ)の加味方といってよいものであります。あるいは他の本では,八珍湯(ハッチントウ(四物湯と四君子湯(シクンシトウ)を合わせたもの)の加味方,あるいは四物湯の加味方といっておりますが,咳が出て,痰がねばねばして,咽が乾いて,あるいは痰に血が混じることがあり,呼吸が少し促迫するなどというもの,それからほてり,のぼせ,盗汗といったような時に使うとされておりますが,滋陰降火湯は麦門冬湯に組成がちょっと似ております。
ですから,麦門冬湯と四物湯を兼ねているような感じの組成から見まして,咳や痰があっても胃腸がある程度丈夫であることが必要な条件だろうと思います。矢数道明先生は「滋陰降火湯は経験によると,気管支炎,肺結核,胸膜炎,腺病質,腎盂炎,初老期の生殖器障害,腎臓膀胱結核の初期などに非常な効果がある。ただし次の条件が不可欠である。皮膚の色が浅黒いこと(これはやはり四物湯の加味方だからだろうと思います),それから大便秘結すること(硬いこと),服薬して下痢しないこと(つまり地黄などが入っておりますので,胃腸の弱い人に使うとよくありません),それから呼吸音は乾性ラ音であるべきこと,こういった条件が必要である」といっております。そして「服薬して下痢するかしないかは,本方の適応か不適応かを決定しているくらいで,不適応の者は1服で下痢するから中止させるべきである。下痢しない者は安心して継続してよい。胸膜炎の場合には乾性胸膜炎に限るようである」といっております。つまり,胃腸の丈夫な人で,呼吸器系の疾患がある場合に使いなさいといっておられるわけです。
滋陰至宝湯は私の大好きな処方でありまして,時々使いますが,『万病回春』の婦人虚労門に出ております。先生方がよくお使いになる処方の1つに加味逍遙散(カミショウヨウサン)がありますが,加味逍遙散は当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,牡丹皮(ボタンピ),梔子,生姜,薄荷,甘草からできております。滋陰至宝湯13味のうちの当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,薄荷,甘草の7味が共通しています。ですから滋陰至宝湯を使う目標は,簡単にいえば加味逍遙散を使うような人で,呼吸器疾患があるような者に使えばよいと思います。
昔は婦人にだけ使ったようですが,私は男女かまわず使います。滋陰至宝湯は構成生薬をみておわかりの通り補剤が主でありまして,『万病回春』婦人虚労門の,加味逍遙散あるいは逍遙散のすぐ後ろに出ております。「婦人諸虚百損,五労七傷, 経脈整わず,肢体羸痩,この薬専ら経水を整え,血脈を滋し,虚労を補い,元気を助け,脾胃を健やかにし,心肺を養い,咽喉を潤し,頭目を清らかにする。心慌(心が上がっていて精神的に不安定なもの)を定め,神魄(神経)を安んじ,潮熱を退け,骨蒸を除き,喘嗽を止め,痰涎を化し,盗汗を収め,泄瀉によろし。欝気を開き,胸隔を利し,腹痛を療し,煩渇を解し,寒熱を散し,体疼を去る。大いに奇効あり。ことごとくこれを述ぶること能わず」とありまして,『万病回春』では非常にこの薬を賞めています。
香月牛山(かつきぎゅうざん)の『牛山活套(ぎゆうざんかつとう)』に,「久嗽止まず,自汗,盗汗出でて虚嗽,甚しく潮熱出る者は,多く労咳に変ずるなり。男女ともに十六,十七より三十歳までは,咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯,滋陰降火湯の類を見合わせて用ゆべし。多くは脈細数なる者なり」といっております。その次の項で「滋陰降火湯を用いる医あり。地黄の甘寒,知母,黄柏の大寒にていよいよ脾胃の昇発(機能)を低下するによって咳嗽増すのみならず,臥に至るもの多し」ということです。ですから,滋陰至宝湯,滋陰降火湯とも慢性の呼吸器疾患に使う場合には,胃腸が丈夫な人ならば滋陰降火湯を使い,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使いなさいと述べているわけです。
ですから,この処方をお使いになる時には,処方の内容からおわかりのように,滋陰降火湯は四物湯の加味方であり,滋陰至宝湯の方は逍遙散の加減方であることから,患者の体格と申しますか,胃腸が丈夫かどうかをよく判断なさって,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使い,胃腸の丈夫な人ならば滋陰降火湯を使うというように使いわければよいと思います。
■症例提示
私のみた患者ですが,45歳くらいの痩せた女性で,主訴は今年の春の初めにかぜを引き,方々の医師にかかったがなかなか咳が止まらない,痰はそれほど多くないが,咳が続いているということです。拝見しますと,咳もそれほど強くないし,多くもないのですが,何よりも非常に痩せた方でしたので,滋陰降火湯でなしに,滋陰至宝湯を投与してみましたところ, 咳や痰が減りまして,体力がついてき,足が少し冷えたり,体の上半身が少しのぼせるということがありましたが,元気なり,咳も治ったという例があります。
■参考文献
1) 龔 廷賢:『万病回春』1660年版.松田邦夫解説,創元社,1989
2) 香月牛山:『牛山活套』1779年版.香川牛山選集,漢方文献刊行会,1973
副作用
(1) 副作用の概要
本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査を実施していないため、発現頻 度は不明である。
重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。
低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
その他の副作用
2) その他の副作
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由] 本剤には当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。
【茯苓】…白朮と同様に、組織内及び消化管内の過剰な湿痰に対して利水するが、一方ではそのような気虚による精神不穏症状に対して鎮静的に作用する。
【白朮】…全身組織内や消化管内に水分が偏在するとき、利水してその過剰水分を利尿によって排出するが、脾胃の機能低下に対して補脾健胃し、返化管機能を回復する。
【陳皮】…消化不良などで嘔吐・嘔気があるとき、順方向性の蠕動運動を促進して消化管機能を亢進すると共に、粘稠な熱痰を袪痰、溶解する作用もある。
【知母】…一般的には清熱薬であるが、実熱にも虚熱にも処方可能で、慢性消耗性疾患の潮熱に対する他、中枢神経系の興奮を低下させることによって鎮静作用も発揮する。
【貝母】…上気道~肺の炎症による咳嗽及び粘稠な黄痰を呈するとき、清熱して鎮咳すると共に気道の分泌を抑制する。また瘰癧等の硬結に対し、排膿して消散する。『薬性提要』には、「肺鬱を解し、虚痰を清し、結を散じて熱を除く」とある。
【香附子】…気病の総司、女科の主帥で、抑鬱気分で悪化する月経痛・月経不順に奏効する他、上腹部の疼痛や不快感にも有効である。総じて、我が国の婦人の伝統的な気鬱によく奏効する。
【柴胡】…消炎解熱作用があり、特に弛張熱・間欠熱・往来寒熱あるいは日哺潮熱によく適応する他、鎮静作用によって抑鬱気分による機能低下を回復し、また鎮痛作用も発揮する。
【薄荷】…清涼剤として発汗解表の補助薬となるが、頭・顔面・咽喉部の粘膜の炎症を鎮めて充血を解除し、煩熱感を発散する。
【地骨皮】…主に慢性消耗性の肺疾患による虚熱に対し、陰分を補って虚熱を清する。『薬性提要』には、「肺中の伏火を瀉し、血を涼し、虚熱を除く」とある。
【甘草】…諸薬の調和及び薬性の緩和だけでなく、消化管の機能を調整して消化吸収を補助する。
【麦門冬】…慢性肺疾患で乾咳と微熱を呈するとき、清熱して鎮咳し、更に脱水を伴なえばk@:津液の喪失を防ぎ、循環不全にまで到れば、強心作用も発揮する。
【生姜】…本来は煨姜であり、煨姜は生姜よりも消化管の冷えによる悪心・嘔吐に対して散寒し、脾胃の機能を回復して止嘔する。
逍遙散は特に婦人にあって、ホルモンのアンバランスや精神不穏から種々の失調症状を来たしたときの薬であり、陳皮・知母・貝母・地骨皮・麦門冬で慢性消耗性肺疾患に伴う乾咳・粘稠痰・微熱などの症状を緩解し、陳皮で消化管機能を更に回復し、香附子で抑鬱的気分を更に発散させるべく配慮された薬である。
総じて、婦人の生理機能を調整する薬と、抑鬱気分を消散する薬と、消化管機能を回復する薬と、慢性消耗性肺疾患の種々の症状を緩解する薬から構成され、逍遙散証で慢性消耗性肺疾患の薬となる。但し、元々は肺結核の薬である。
適応
逍遙散の適応証(加味逍遙散(118頁)の適応証の内、虚熱症状の軽度な場合)に加えて、肺結核、乾性胸膜炎、慢性気管支炎、肺気腫、気管支拡張症など。
論考
❶『和剤局方』巻之九・婦人諸疾 附 産図・逍遙散の条文は加味逍遙散(118頁)の論考❶に記載した。
❷本方の出典は従来『万病回春』とされる。同書・巻之六・婦人科虚労に、「滋陰至宝湯 婦人の諸虚百損、五労七傷、経脉調わず、肢体羸痩を治す。此の薬、専ら経水を調え、血脉を滋し、虚労を補い、元気を扶け、脾胃を健やかにし、心肺を養い、咽喉を潤し、頭目を清し、心慌を定め、神魄を安んじ、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘嗽を止め、痰涎を化し、盗汗を収め、泄瀉を住(や)め、鬱気を開き、胸膈を利し、腹痛を療し、煩渇を解し、寒熱を散し、体疼を袪る。大いに奇効有り。尽くは述ぶる能わず」とあって非常に多くの適応状態を記述している。
尚、『万病回春』では本条文に先立ち、「虚労熱嗽、汗有る者」という大まかな指示があり、この指示の許に、逍遙散(加味逍遙散も含む)と本方が併記されている。
従って、本方の出典としては解説でも述べたように、先ず『和剤局方』が指摘されなければならない。
❸しかし乍ら、 本方は『万病回春』よりも早く『古今医鑑』に収載されている。同書・巻之十一・婦人科虚労に、先の『万病回春』の条文と比し、「心慌を定め」⇒「心悸を定め」、「神魄を安んじ」⇒「神魂を安んじ」、「泄瀉を往め」⇒「泄瀉を止め」、「尽くは述ぶる能わず」⇒「尽くは述ぶべからず」等々と、些細な字句の違いがあるだけで、薬味は全く同一であり、当帰・白芍・白茯・白朮・陳皮・知母・貝母・香附・柴胡・勉荷・地骨皮・甘草・麦門冬を煨生姜にて水煎温服する。
而も著者の引用本では、滋陰至宝湯の方名の下に「雲林製」と記されているので、本方がやはり龔廷賢創方と分かる。
それに対して、五虎湯(309頁)の論考❹でも述べた『古今医鑑』八巻本では、本方は巻之六・婦人虚労に収載されていて、方名は済陰至宝湯となっている。更に雲林製とあるのは不変だが、上記条文の変更箇所は、「心慌を定め」「神魄を安んじ」、「泄瀉を住め」、「尽くは述ぶべからず」となっている。これでみれば、『万病回春』が一層近いと言えよう。
初刊本の方名の済陰至宝湯が後に現在の滋陰至宝湯に変わったのは、王肯堂による訂補とは無関係で、『万病回春』でも滋陰至宝湯なのだから、龔廷賢の意図によるものと思われる。
❹龔廷賢撰『雲林神彀』巻之三・婦人科虚労には、「滋陰至宝、芍・当帰・茯苓・白朮・草・陳皮・薄荷・柴胡・知・貝母・香附・地骨・麦門に宜し」とあるのみであるが、『寿世保元』庚集七巻・婦人科虚労には、『万病回春』と全く同じ条文と薬味で、方名が済陰至宝丹と命名されて掲載されている。
❺逍遙散の『和剤局方』条文では、「痰嗽・潮熱、肌体羸痩して漸く骨蒸と成る」の一文が収載されている。それ故、『婦人大全良方』巻之五・婦人骨蒸方論第二にも引載されて、「夫れ骨蒸労とは、熱毒気、骨に附くに由りての故に、之を骨蒸と謂う也。亦、伝尸と曰い、……少・長を問うこと無く、多く此の病に染む」と解説され、これは肺結核の病状表現である。
❻『世医得効方』巻十五・産科兼婦人雑病科・煩熱には、逍遙散が『和剤局方』条文と共に掲載されていて、白茯苓・白朮・当帰・白芍薬・北柴胡・甘草と記載された後、姜・麦門冬にて煎じ、最後に「一方には知母・地骨皮を加う」と指示される。これは逍遙散から滋陰至宝湯への一段階であると言えよう。尚、序で乍ら、ここでは逍遙散の次に清心蓮子飲(659頁)が収載されている。これは清心蓮子飲の論考㉓の著者の解説を首肯しうる点でもある。
❼『厳氏済生方』巻之九・求子論治には、「抑気散、婦人の気、血より盛んにして子無き所以を治す。尋常の頭暈・膈満・体痛・怔忡、皆之を服すべし。香附子、乃ち婦人の仙薬也。其の耗気を謂いて服すること勿くんばあるべからず」とあって、香附子・茯神・橘紅・甘草を煎服する。
❽『済世全書』巻之六・婦人科調経には、「済陰至宝丹 常に服すれば気を順じ、血を養い、脾を健やかにし、経脉を調え、子宮を益し、腹痛を止め、白帯を除き、久しく服すれば子を生むに殊に効あり」とあって、南香附米・益母草・当帰身・川芎・白芍・石棗・陳皮・白茯苓・熟地黄・半夏・白朮・阿膠・山薬・艾葉・条芩・麦門冬・牡丹皮・川続断・呉茱萸・小茴香・玄胡索・没薬・木香・甘草・人参を丸と為して米湯にて下す。そして、「按ずるに、右方は婦人の諸病を治するに服すべし」と纏められている。しかし乍ら、この処方は『寿世保元』の同銘方と比較して、かなり薬味内容を異にする。
❾さて、『万病回春』の滋陰至宝湯は「虚労熱嗽、汗有る者」の処方の一つであることは既述したが、引き続いて「虚労熱嗽、汗無き者」には、茯苓補心湯と滋陰地黄丸他が記載される。茯苓補心湯は木香を含む参蘇飲合四物湯で、滋陰地黄丸は六味丸加天門冬・麦門冬・知母・貝母・当帰・香附米を塩湯又は淡姜湯で下すべく指示される。
❿『衆方規矩』巻之中・労嗽門・滋陰至宝湯には、まず❶の『万病回春』の条文が引載され、方後には「按ずるに、虚労熱嗽、汗有る者は此の湯に宜し。汗なき者は茯苓補心湯に宜し。是れ、乃(いま)し表裏の方なり。即ち逍遙散に加味したる方なり。婦人、虚労寒熱するに、逍遙散にて効なきときは此の湯を与えて数奇あり。○男子虚労の症に、滋陰降火湯を与えんと欲する者に先ず此の湯を与えて安全を得ることあり」と解説がある。滋陰降火湯(438頁)で述べた適応証及び禁忌に注意を払ってのことと思われる。
⑪『日記中揀方』巻之下・婦人調経には逍遙散が登載され、方後には「○一方に、虚労を治するに陳皮・知母・貝母・地骨皮・香附子、○五心煩悶には麦門冬・地骨皮を加う」とあり、ここの一方は、結局のところ、滋陰至宝湯去麦門冬である。しかし乍ら、次の加味方では逍遙散加麦門冬・地骨皮を指示しているので、先の一方字飛、滋陰至宝湯から態々麦門冬を去って処方する必要はないように思われる。
⑫『増広医方口訣集』中巻・滋陰至宝湯で、中山三柳は概ね「婦人虚労の証を治す」と記載した後、「患按ずるに、当帰・白朮・白芍・茯苓・柴胡・甘草は逍遙散也。以って肝脾の血虚を補うべし。知母・地骨皮を加えて大いに発熱・虚熱を解す。陳皮・貝母は以って痰を除き、嗽を治すべし。麦門・薄荷は以って肺を潤し、痰を化すべし。香附は鬱を開き、経を調うる所以也。龔氏の説、太過たりと雖も、血を補い、熱を卻け、痰を化し、鬱を開けば、諸症愈ゆべし。亦、虚誕に非ざる者か」と、新増している。誕は偽りのことで、先の『万病回春』の条文をいう。
一方、北山友松子の増広には、「此れは古方の逍遙散を用い、加味する方也。能く諸虚百損・五労七傷を治すると謂う言、吾、斯くして之を未だ敢えて信ぜず。諸虚は言う勿れ、只、心腎交済せざるの症の如し。其れ、此の方を投ずべけんや。之を用ゆる者、薬品を詳審すれば人を誤らせるの咎を致すを免る。然して婆心の熱血、黙止すること能わずして折中して之を論じて曰く、或いは肝脾血虚に因りて将に虚労と成らんとして咳嗽し、或いは慾情、念を動じ、事として意いを遂げざるに因りて以って鬱熱し、或いは怒気停滞するに因りて、肝火妄りに熾んにして労熱に似たり、或いは経水調わざるに因りて、変じて血痂と成し、寒熱を作す。斯くの如き等の症、法を按じ、治を施せば庶わくは可ならんか」と、友松子は本題に入る以前の前置きにも重点を置き、如何に注意を喚起すべきかを語っている。
⑬『牛山活套』巻之上・咳嗽には、「○久嗽止まず、自ずから盗昔出でて虚痩甚だしく潮熱出づる者は多くは労咳に変ずる也。男女共に十六・七より三十歳までは咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯、滋陰降火湯の類を見合せて用ゆべし。多くは脉細数なる者也。……」、巻之中・諸血 吐血・衂血・唾血・喀血・溺血・便血・腸血・臓血には、「先ず吐血あって後、痰を吐く者は陰虚火動也。滋陰降火湯、滋陰至宝湯の類に加減して用ゆべし。神効有り、咽喉 附喉痺・梅核気には、「○陰虚火動に因りて咽痛する者には四物湯に酒黄芩・酒黄連を加えて用ゆべし。或いは滋陰至宝湯、降火湯の類を用ゆべし。奇効あり」、巻之下・経閉には、「○室女、経閉して咳嗽・発熱する者には牡丹皮湯回春経閉を用いよ。滋陰至宝湯、加味逍遙散に川芎・莎草・陳皮・貝母・紅花を加えて用ゆべし。奇効有り」、虚労には、「……是れを産後の蓐労と云う。治し難し。先ず逍遙散に加減し、滋陰至宝湯、滋陰降火湯、大補湯の類に加減して用いよ。共に神効有り」、産後には、「○産後、血熱の症に……其の熱大売退き、余熱あって蓐労とならんと欲する者には加味逍遙散を用いよ。咳嗽あらば滋陰至宝湯を用いよ。共に神効有り」等々と記載されている。
⑭『牛山方考』巻之中・逍遙散には、「婦人、諸虚百損、五労七傷、月経不調、形体羸痩、潮熱労咳、骨蒸の症に陳皮・貝母・莎草・地骨皮・知母・麦門冬を加えて滋陰至宝湯と名付く。男婦共に虚労咳嗽・発熱、自汗・盗汗等の症を治するの妙剤也」とある。
⑮和田東郭口授「東郭先生夜話』には、「湿毒ある症にて労症の気味になり、咳嗽あり。此の証は毒気あれども躰気疲れてあり。故に躰気を養わずんばあるべからず。滋陰至宝湯に阿膠・熬乾姜を与う」とあって、ここでは特に婦人に限定していない。
⑯『済美堂方函』虚労には、先の滋陰降火湯の論考⑯に続いて、「滋陰至宝湯
諸虚にて体痩せ、専ら婦人の調経には、血を滋し、咽喉を潤し、潮熱を退け、骨蒸を除き、喘を止めて化痰し、盗汗を収め、泄瀉を住め、鬱気を開く」とあって、専ら婦人の調経のための処方であることが明白である。
⑰『症候による漢方治療の実際』滋陰至宝湯には、「……しかし香月牛山がのべているように、男女とも、衰弱して、やせている患者で、慢性の咳が出て、熱が出たり、盗汗が出たりするものによい。私は肺結核が永びき、熱はさほどなく、咳がいつまでもとまらず、息が苦しく食がすすまず、貧血して血色のすぐれないものに用いる」と解説される。
⑱『漢方診療医典』気管支拡張症には、本方が「肺結核に併発した気管支拡張症で、せき、痰の他に、食欲不振、盗汗などがあって、衰弱しているものに用いる」とあり、肺結核には、「慢性の経過をたどる場合であるが、病気が進み、熱もあり、せき、口渇、盗汗などがみられるものによい。婦人の患者では、月経不順のものが多い」とある。
⑲さて、加味逍遙散との類似性は念頭に置かなくてはならない。加味逍遙散は逍遙散に牡丹皮・山梔子を加味したものであり、牡丹皮は実熱にも虚熱にも処方しうる清熱薬であり、また局所の血流を改善する消炎性の駆瘀血薬でもある。山梔子は黄疸の湿熱に用いる他に、実熱にも虚熱にも用いて清熱し、種々の熱状を鎮静する。従って、本方との比較に於いて、加味逍遙散は逍遙散証の上に全身の虚熱を低下させる作用があるが社本方は同じく逍遙散の上にあっても、特に慢性肺疾患の齎す乾咳・粘稠痰・微熱などを対象とする。一方、本方証に於いても虚熱が肺病変由来のみでなく、逍遙散証に由来する虚熱も加わっているならば、加味逍遙散合滋陰至宝湯を処方する。
但し、❺でも述べたように、逍遙散自体が元々肺結核に処方されたことは念頭に置く必要がある。現在の用法はそれから派生して流行したものである。処方の対象の変遷の一例と言えよう。
『重要処方解説Ⅱ』
■重要処方解説(87)
滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)・滋陰降火湯(ジインコウカトウ)
日本東洋医学会会長
室賀 昭三
■出典・構成生薬
本日は,滋陰降火湯(ジインコウカトウ)と滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)についてお話をさせていただきます。この両方の処方は,ともに『万病回春(まんびょうかいしゅん)』に出ている処方でありまして,内容がかなり重なっているところが多く,しかも呼吸器疾患に使われる処方ですので,ちょっと混乱を招くかもしれませんが,両方一緒に話をさせていただきますので,どうかお許しいただきたいと思います。
滋陰降火湯は,当帰(トウキ),芍薬(シャクヤク),白朮(ビャクジュツ),地黄(ジオウ),陳皮(チンピ),知母(チモ),黄柏(オウバク),天門冬(テンモンドウ),麦門冬(バクモンドウ),甘草(カンゾウ)の10味からできている薬であります。『万病回春』をみますと,これにはさらに童便(ドウベン)を加えるとか,生姜(ショウキョウ)を加えるなどのことが書いてありますが,現在それはほとんど行われておりません。
滋陰至宝湯は,当帰,芍薬,白朮,茯苓(ブクリョウ),陳皮,知母,柴胡(サイコ),香附子(コウブシ),地骨皮(ジコッピ),麦門冬,貝母(バイモ),薄荷(ハッカ),甘草の13味からできておりまして,両方の処方に7生薬が重なっているわけであります。
■薬能薬理
まずこの処方を構成している薬の1つ1つの薬効について,ごく簡単にお話をさせていただきます。
当帰は,当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)などに出てくるご存じの有名な薬草ですが,セリ科のトウキ,またはその近縁植物の根を使いまして,中枢抑制作用,鎮痛作用,解熱作用,筋弛緩作用,血圧降下とか抗炎症作用などいろいろのものが認められます。当帰芍薬散はご婦人に使われることが多いわけですが,血の働きを調和し,排膿や止血に働き,体の潤いを保ち,目が赤く腫れて痛むもの,あるいは婦人の産後,古血の下らないもの,大量の性器不正出血といったものを治す,それから化膿性の腫れものを内より除き去るというような働きがあるといわれておりまして,甘く辛く温めます。この当帰は,当帰芍薬散の主薬でありまして,冷え性の女性に使われるわけで,当然温める作用があります。いわゆる補血,行血,あるいは女性の生理を整えるといったような働きが認められるわけであります。
芍薬はご存じの通りボタン科のシャクヤクの根でありまして,いわゆる paeoniflorin が鎮静,鎮痙,鎮痛作用があるといわれております。それから抗炎症作用,あるいは抗アレルギー作用,免疫賦活作用,胃腸の運動を促進させるとか,胃潰瘍に対して抵抗する作用があるなどのことが知られているわけであります。主として筋肉が硬くなって引きつれるものを治すということで,いろいろ骨格筋,あるいは内臓筋の痙攣を治す作用があるわけであります。また腹痛,これは腹部の筋肉の痙攣とか,緊張が非常に強くなって起こる腹痛とか,頭痛,知覚麻痺,疼痛,腹部膨満,咳込むもの,下痢,化膿性のできものなどを治すといわれております。味がちょっと苦くて,わずかに体を冷やす作用があります。血の熱を冷ますとか,あるいは血を生かすとか,それから瘀血を去るとかいった働きがあるというふうにいわれております。
白朮はキク科のオオバナオケラ,またはオケラの根茎でありまして,いわゆる利水剤として使うわけですが,抗消化性潰瘍作用とか,あるいは抗炎症作用とか,いろいろなものが知られているわけであります。また水分の偏在,代謝異常を治す,したがって頻尿,多尿,あるいは小便の出にくいものを治すとか,あるいは唾をたびたび吐いたり,唾がたくさん出るものを治すといわれております。甘,微苦でありまして,体を温める作用があります。胃腸を丈夫にして元気を出すとか,あるいは湿気,つまり水分が多いものを乾かして,それを体外へ出すという利水作用があるとされています。
茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核でありまして,利水作用があると普通いわれておりますが,抗潰瘍作用,利尿作用もあり,主として腹部の動悸,あるいは筋肉がピクピク痙攣するもの,お小水の出にくいもの,めまいなどを治すといわれております。甘,平,すなわち温めるでもなければ冷やすのでもないのですが,いわゆる利水剤として,それから胃を丈夫にするとか,精神の安定作用があるなどと昔からいわれているわけであります。
陳皮はミカンの皮でありまして,ミカン科のウンシュウミカンまたはその近縁植物の成熟した果皮であります。精油成分が入っており,中枢抑制作用などがあるといわれておりまして,われわれはこれを利水剤,あるいは気剤として使うわけでありますが,辛,苦で,温める作用があります。理気,健脾,すなわち軽い気欝を治したり,あるいは脾を丈夫にしたり,一種の胃の薬のような感じがあります。それから湿気を乾かし,気道の湿気を逐うというような作用が認められております。
知母はユリ科のハナスゲの根茎で,熱のある時に使うわけであります。解熱作用のほか,血糖降下作用がよく知られています。また手足のほてりなど不快な熱感を治したりします。苦,甘,すなわち苦くて熱を冷ます作用があります。いわゆる後世方でいう火を消す,あるいは脾の熱を冷ます,それから腎を潤し,乾燥しているものに潤いを与えます。先ほどの陳皮は潤いを乾かしたわけですが,知母は逆に乾いているものに潤いを与えるような作用があります。
柴胡は,ミシマサイコあるいはその変種の根でありまして,中枢抑制作用,抗消化性潰瘍作用,肝機能改善作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用などが認められ,また心下部より季肋部へかけての膨満感を訴えて,抵抗と圧痛が認められる,いわゆる胸脇苦満を治すとか,あるいは悪寒と熱が交互に起こる熱型,腹痛,心窩部が硬く痞えて緊張しているものを治すといわれております。味は苦くて,微寒,すなわちわずかに熱を冷まします。 表を解し,熱を解し,肝に気が欝滞しているものを疎す,すなわち,きれいにすると申しますか,流して,欝滞しているものを体の中へ散らしてしまうといわれております。それから陽気をもたらすという作用があるといわれております。
香附子をよく附子と間違える方がありますが,香附子はカヤツリグサ科のハマスゲの根茎であります。それほど常用される薬ではありませんが,心窩部あたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治します。辛,微苦,平,すなわち辛くてわずかに苦く,特に熱を冷ますわけでもないが,温めるわけでもありません。心窩部のあたりに気が欝滞して,痞えたり,膨満するものを治すということから,柴胡や梔子(シシ)と作用が似ていると思います。
地骨皮はナス科クコの根皮であります。クコはご承知の通り補虚剤としてよく使われまして,味が苦,鹹,すなわち苦くて,少し塩辛くて,かすかに冷やす作用があって,熱を冷まし,血を冷やすといわれております。加味逍遙散(カミショウヨウサン)に荊芥(ケイガイ),地骨皮を加えるというふうによく使います。疲れた時にクコを食べるとよくいわれますが,疲れた時の熱を少し冷まして,虚を補うような作用があるように思います。
麦門冬はユリ科ジャノヒゲの根でありまして,熱感を治し,咳嗽を止め,体の潤いを保って,熱性,乾性の症状を改善します。甘,微苦,微寒,すなわち甘くてわずかに苦く,かすかに冷やす作用があります。麦門冬湯(バクモンドウトウ)は熱のある咳を止めますから,気道の熱を冷ます作用があるわけです。また麦門冬湯は乾いた咳に使って気道に潤いを与えます。すなわち体に潤いを与えて体液を生じさせる,咳を止めるという作用があるわけであります。
貝母はユリ科のアミガサユリの根でありまして,サポニンが非常に多く入っておりまして,胸部,横膈膜あたりの病邪が留まっているものを治すといわれます。清肺湯(セイハイトウ)に入っておりますが,血痰のある人は貝母を除けといわれているくらいですから,相当刺激をするのだろうと思います。
薄荷はハッカの地上部でありまして,辛,涼,すなわち辛くて熱を冷まして,上部に欝滞している気をよく巡らせる作用があります。
甘草の主成分は glycyrrhizin で,甘くて平であり,胃を丈夫にしたり,元気を出したり,解毒作用があります。
地黄はアカヤジオウ,または同属植物の根をそのまま乾燥したものが乾地黄(カンジオウ)で,地面から掘り出したばかりのものを生地黄(ショウジオウ),そして乾地黄を蒸したものを熟地黄(ジュクジオウ)といっており,いわゆる血虚に使うわけであります。乾地黄はやや冷ます作用があり,熟地黄は温める作用があるとされており,いわゆる補血剤,また血糖降下作用が認められております。
黄柏はキハダの樹皮で,抗消化性潰瘍,健胃作用が認められます。苦く,寒といって体を冷やす作用があります。しかし,黄柏の冷やす作用はそれほど強くないといわれており,あまり虚実にこだわらずに使ってよいと思います。
天門冬は,非常にねばねばしたもので,サポニンとか澱粉質を含んでおりまして,薬性は甘,苦,大寒で,甘くて苦くて相当熱を冷ます作用があるといわれております。乾燥しているものに潤いを与え,気道の熱を去るといわれています。
■古典・現代における用い方
滋陰降火湯は,読んで字のごとく陰を潤して火を降すという意味でありまして,いわゆる呼吸器疾患に使われるわけです。『万病回春』の虚労門に出ており,「陰虚,火動,発熱,咳嗽,吐痰,喘急,盗汗,口乾を治す。この方,六味丸(ロクミガン)を与えて相兼ねてこれを服す。大いに虚労を補う,神効あり」とあります。構成生薬をご覧になっておわかりの通り,四物湯(シモツトウ)の加味方といってよいものであります。あるいは他の本では,八珍湯(ハッチントウ(四物湯と四君子湯(シクンシトウ)を合わせたもの)の加味方,あるいは四物湯の加味方といっておりますが,咳が出て,痰がねばねばして,咽が乾いて,あるいは痰に血が混じることがあり,呼吸が少し促迫するなどというもの,それからほてり,のぼせ,盗汗といったような時に使うとされておりますが,滋陰降火湯は麦門冬湯に組成がちょっと似ております。
ですから,麦門冬湯と四物湯を兼ねているような感じの組成から見まして,咳や痰があっても胃腸がある程度丈夫であることが必要な条件だろうと思います。矢数道明先生は「滋陰降火湯は経験によると,気管支炎,肺結核,胸膜炎,腺病質,腎盂炎,初老期の生殖器障害,腎臓膀胱結核の初期などに非常な効果がある。ただし次の条件が不可欠である。皮膚の色が浅黒いこと(これはやはり四物湯の加味方だからだろうと思います),それから大便秘結すること(硬いこと),服薬して下痢しないこと(つまり地黄などが入っておりますので,胃腸の弱い人に使うとよくありません),それから呼吸音は乾性ラ音であるべきこと,こういった条件が必要である」といっております。そして「服薬して下痢するかしないかは,本方の適応か不適応かを決定しているくらいで,不適応の者は1服で下痢するから中止させるべきである。下痢しない者は安心して継続してよい。胸膜炎の場合には乾性胸膜炎に限るようである」といっております。つまり,胃腸の丈夫な人で,呼吸器系の疾患がある場合に使いなさいといっておられるわけです。
滋陰至宝湯は私の大好きな処方でありまして,時々使いますが,『万病回春』の婦人虚労門に出ております。先生方がよくお使いになる処方の1つに加味逍遙散(カミショウヨウサン)がありますが,加味逍遙散は当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,牡丹皮(ボタンピ),梔子,生姜,薄荷,甘草からできております。滋陰至宝湯13味のうちの当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,薄荷,甘草の7味が共通しています。ですから滋陰至宝湯を使う目標は,簡単にいえば加味逍遙散を使うような人で,呼吸器疾患があるような者に使えばよいと思います。
昔は婦人にだけ使ったようですが,私は男女かまわず使います。滋陰至宝湯は構成生薬をみておわかりの通り補剤が主でありまして,『万病回春』婦人虚労門の,加味逍遙散あるいは逍遙散のすぐ後ろに出ております。「婦人諸虚百損,五労七傷, 経脈整わず,肢体羸痩,この薬専ら経水を整え,血脈を滋し,虚労を補い,元気を助け,脾胃を健やかにし,心肺を養い,咽喉を潤し,頭目を清らかにする。心慌(心が上がっていて精神的に不安定なもの)を定め,神魄(神経)を安んじ,潮熱を退け,骨蒸を除き,喘嗽を止め,痰涎を化し,盗汗を収め,泄瀉によろし。欝気を開き,胸隔を利し,腹痛を療し,煩渇を解し,寒熱を散し,体疼を去る。大いに奇効あり。ことごとくこれを述ぶること能わず」とありまして,『万病回春』では非常にこの薬を賞めています。
香月牛山(かつきぎゅうざん)の『牛山活套(ぎゆうざんかつとう)』に,「久嗽止まず,自汗,盗汗出でて虚嗽,甚しく潮熱出る者は,多く労咳に変ずるなり。男女ともに十六,十七より三十歳までは,咳嗽あらば早く止むべし。滋陰至宝湯,滋陰降火湯の類を見合わせて用ゆべし。多くは脈細数なる者なり」といっております。その次の項で「滋陰降火湯を用いる医あり。地黄の甘寒,知母,黄柏の大寒にていよいよ脾胃の昇発(機能)を低下するによって咳嗽増すのみならず,臥に至るもの多し」ということです。ですから,滋陰至宝湯,滋陰降火湯とも慢性の呼吸器疾患に使う場合には,胃腸が丈夫な人ならば滋陰降火湯を使い,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使いなさいと述べているわけです。
ですから,この処方をお使いになる時には,処方の内容からおわかりのように,滋陰降火湯は四物湯の加味方であり,滋陰至宝湯の方は逍遙散の加減方であることから,患者の体格と申しますか,胃腸が丈夫かどうかをよく判断なさって,胃腸の弱い人ならば滋陰至宝湯を使い,胃腸の丈夫な人ならば滋陰降火湯を使うというように使いわければよいと思います。
■症例提示
私のみた患者ですが,45歳くらいの痩せた女性で,主訴は今年の春の初めにかぜを引き,方々の医師にかかったがなかなか咳が止まらない,痰はそれほど多くないが,咳が続いているということです。拝見しますと,咳もそれほど強くないし,多くもないのですが,何よりも非常に痩せた方でしたので,滋陰降火湯でなしに,滋陰至宝湯を投与してみましたところ, 咳や痰が減りまして,体力がついてき,足が少し冷えたり,体の上半身が少しのぼせるということがありましたが,元気なり,咳も治ったという例があります。
■参考文献
1) 龔 廷賢:『万病回春』1660年版.松田邦夫解説,創元社,1989
2) 香月牛山:『牛山活套』1779年版.香川牛山選集,漢方文献刊行会,1973
副作用
(1) 副作用の概要
本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査を実施していないため、発現頻 度は不明である。
重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパチーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。
低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
その他の副作用
2) その他の副作
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等
[理由] 本剤には当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行う。