『臨床応用 漢方處方解説 増補改正版』 矢数道明著 創元社刊
110 女神散(にょしんさん) 安栄湯〔浅田家方〕
当帰・川芎・香附子 各三・〇 桂枝・黄芩・人参・檳榔・ 各二・〇 黄連・木香・丁香・甘草 各一・〇 大黄〇・五~一・〇(通じのある人は大黄を去る)
〔応用〕気をめぐらし、気を降し、鬱を散じ、血熱をさます。更年期における精神安定剤の役目を果たし、主として血の道症・更年期障害・産前産後の諸神経症によく用いられる。
〔目標〕上衝と眩暈とを目標とする。更年期血の道症で、虚実半ばし、血熱のあるものによい。また産前産後に起こった自律神経症候群で、のぼせとめまいを主訴とするものによい。脈も腹もそれほど虚していない。
〔方解〕当帰・川芎は血を順らし、よく血を補い、桂枝は上衝を治し、木香は諸気を降し、鬱を散ず。丁香はよく気をめぐらし、香附子は気を開き、檳榔は胸中の滞気を行らす。白朮・人参・甘草は脾胃を補い、黄連は心胸間の邪熱をさまし、黄芩は裏の熱を清解する。
〔加減方〕白朮・香附子を去り、萍蓬根・芍薬・地黄・沈香・細辛を加えて清心湯と名づける。
〔主治〕
勿誤薬室方函に、「血症、上衝、眩暈スルヲ治ス。及ビ産前産後通治ノ剤ナリ」とあり、
勿誤方函口訣には、「此方ハ元安栄湯ト名ケテ、軍中(戦線にて)七気(神経症)ヲ治スル方ナリ。余ガ家ニテ婦人血症ニ用イテ特験アルヲ以テ今ノ名トス。世ニ称スル実母散、婦王湯、清心湯ナド皆一類ノ薬ナリ」とある。
〔鑑別〕
◯加味逍遥散23(血の道症、頭痛、眩暈・虚証で程度が軽い。)
◯桂枝茯苓丸37(上衝、眩暈・実証で下腹部瘀血あり)
◯釣藤散99(神経症、頭重、眩暈・肩こり、高血圧)
〔治例〕
(一)血の道症(更年期鬱病)
五六歳の主婦。患者は一見放心症態で、自ら容態を訴えない。附添いの夫の述べるところによると、従来は一家中で一番の働き手であったが、一年前から気持が悪いといってふさぎこみ、だまりこくって、箒一本手にしなくなった。鬱病のように一室に閉じこもることが多くなり、その他の訴えとしては、頭重・のぼせ・めまい・肩こり・寒けなどで,大学病院で神経衰弱といわれ、電撃療法をすでに三三回もやったが治らなかった。
栄養もよく、顔色は赤い方で、健康そうに見える。脈は沈で、心下部硬く、臍上水分穴のあたりに動悸が亢ぶっている。
更年期障害の血症で、上衝・眩暈を主訴とするものとして、女神散を与えたところ、一ヵ月で気分ひらき、五ヵ月で全くもとのようになった。(著者治験、漢方百話)
『漢方精撰百八方』
105.〔女神散〕(にょしんさん)
〔出典〕浅田家方 〔処方〕当帰、川芎、桂枝、白朮、黄芩、香附子、梹榔 各3.0 木香、黄連 各2.0 人参、甘草 各1.5 大黄1.0 丁香0.5
〔目標〕体質的に余り特徴がなく、瘀血の徴候もはっきりしないが、多くは月経異常のある婦人や産後、流産のあとなどに起こった神経症状に用いる。
症状は大抵、慢性、頑固で、長い間、不眠頭痛、頭重感、めまい、動悸、のぼせ、腰痛などに悩まされている。そして、精神不安があって気分が憂鬱である。
不眠のあるときは、芍薬を加えるとよい。
〔かんどころ〕体質が中ぐらいか、それ以上に強い人。神経症状は一定で、余り変化せず、一つ二つの訴えをいつまでも頑固に固執する傾向がある。 〔応用〕血の道、神経症、ヒステリー、更年期障害、精神病
〔治験〕患者は28才の婦人。薬剤師
2年前に初めてのお産をした。そのとき無痛分娩の目的でノブロンを注射したら、それ以来、手足が無感覚となり、頭の中に灼熱感や頭痛がおこり、常に頭が重くて何かものを被ったような感じがするという。注射の為ばかりではないだろう。
初めは目もはっきり見えないような感じだったが、1年ほどして、ようやくものが見えるようになった。しかし、相変わらず頭がぼんやりして、考えがまとまら ないというのが主訴である。本人は、お産が初めてなので、お産の後はこんなものかと思っていたという。しかし、最近になって病気と気づき、近所の医師にか かったが、はっきりせず、出身大学の教授に紹介されてきたのである。
からだは中肉中背、脈は沈んで細く小さい。腹は左の腹直筋が少し拘攀しており、くびすじの筋肉がこり、腰背部の志室のところに圧痛がある。月経は産後順調でない。
これに、症状の変化がなく、訴えが少ないことを目標に、女神散去大黄(便通が順調なので大黄を除いた)を与えた。
すると1週間目には効果が出てきて、少しずつ頭がはっきりしてきた。そして2ヶ月で全治した。 山田光胤
『漢方処方応用の実際』 山田光胤著 南山堂刊
189.女神散(浅田家方)
当帰,川芎,桂枝,白朮,黄芩,香附子,梹榔各3.0,木香,黄連各2.0,人参,甘草各1.5,大黄1.0,丁香0.5
〔目標〕 体質的にあまり特徴がなく,体力中ぐらいかやや弱い婦人,瘀血の徴候もはっきりしないが,たいていは月経に異常がある.産後,流産のあと,人工中絶後 などによくおこる神経症状である.
症状はたいてい,慢性,頑固で,長い間 不眠,頭痛,頭重感,めまい,動悸(心悸亢進),のぼせ(上逆感),腰痛 などになやまされ,精神不安があり,気分が憂うつである。
不眠には,芍薬を加えるとよい。
〔説明〕 ある一定の神経症状を,頑固に固執してあまり変化をみせず,一つか二つの訴えをいつまでも続ける傾向が特徴である.
体質的には,あまり虚弱な人にはむかない.薬味の上で,黄連,大黄 などがあるのは,このことを示している.
〔参考〕 勿誤薬室方函口訣には「血症,上衝,眩暈を治す.及び産の前後通治の剤なり」とあり,同方函口訣に「この処方はもと安栄湯といい,軍中七気を治する方 なり.余の家,婦人血症に用いて特験あるを以て今の名とす.世に,実母散,婦王湯,清心湯といっているものは,みな一類の薬なり」とある.これによると, 本方は婦人に用いるだけでなく,武士が戦場で,鎮静剤として用いたことがわかる.
〔応用〕 血の道,神経症,ヒステリー,更年期障害,分裂病,その他の精神疾患.
〔鑑別〕 加味逍遥散の項 参照.
1) 加味逍遙散 女神散と最も近似した処方は 加味逍遥散 である.ただ この方は,女神散より虚証で,体力のない婦人である.一見肥満型にみえても,筋肉が軟らかくてしまりがない人である.
症状も,同じように訴えが多いが,しかし この方は症状がいろいろに変化するのが特徴である.女神散が一つの症状に頑固に固定するのと大いに異なるところである.
2) 抑肝散,抑肝散加陳皮半夏 女神散の証が,慢性沈潜的であるのに対して,興奮的,亢揚的なものに 抑肝散 の証がある.この場合は,両側の腹直筋が 攣急しているものか多い.また 反対に無力性で沈潜的なものは抑肝散加陳皮半夏の証がある.この場合は腹証に特徴があって,左の臍傍から心下部に至って, 激しい動悸が触れる.ところが大塚氏は,こういう場合でも,抑肝散でもよいことがあると発表している.
3) 治血狂一方 女神散の証は,意識は正常で,常人と意思が疎通するものであるが,意識が病的になって,正常と思えないものは本方である.妄想,幻覚,昏迷 などの精神症状があるものには本方を用いる.
〔症例1〕 地方へ行くと,どこの部落にも,たいてい一人ぐらいは長年ねたり起きたりしている,ぶらぶら病いの中年婦人がいるものである.医者は,「たいしたことはない,あなたの気のせいだ」といって,あまり相手にしてくれない.
わたしが医学生のころ,埼玉県秩父のある町で,歯科医をしている友人にたのまれ,その近所の婦人のところへ,義父を案内して往ったことがある.
30歳代の婦人は,たいしてやつれてもいなかったが,10年も前から,ほとんど臥たきりで,自分用のとき以外は起き出さないといっていた.訴えは,頭痛とめまいで,これは その付近の名のある医故にみんな診てもらったが,治らなかったということであった.
患者は,中肉中背で,少し色黒のほうだった.このとき 父は女神散を投与した.すると3ヵ月ぐらいで患者は床を上げ,ぼつぼつ仕事をしはじめた.
〔症例2〕 以上の例をみて,わたしは女神散の用い方を覚えた.
2年前,初めてのお産をしたという28歳の婦人が来院した.その人は薬剤師で,恩師の薬学部教授に紹介されて,わたしをたずねて来たのであった.
出産のあと,頭がぼんやりとして,思考力がさっぱりなくなってしまった.はじめは 誰でもこうなるのかと思っていたが,家族に注意されて病気らしいと気づいたという.
中肉中背で,余り神経質そうに見えない婦人だった.脈も腹も特徴がないので,女神散を投与した.すると2ヵ月程ですっかり元気になった.
『病気別 症状別 漢方処方』 矢数道明・矢数圭堂著 主婦の友社刊
女神散(浅田家方)
処方 上帰・川芎・白朮・香附子各3.0g 桂枝・黄芩・人参・檳榔子各2.0g 黄連・木香・丁香・甘草各1.0g 大黄0.5~1.0g(通じがある人は大黄を去る)
気をめぐらし、ウツを散じ、血熱を冷ますもので、更年期における精神安定剤の役目を果たし、血の道症や湿年期障害、産前産後の諸神経症に用いられるものです。
のぼせとめまいを目標として、更年期のウツ病などに応用されます。
治った実例
血の道症(更年期ウツ病)を女神散で治した
56才の主婦。患者は一見放心状態で、みずから容体を訴えようとしません。付き添いの夫が話したところによると、従来は一家じゅうでいちばんの働き手でし たが、1年前から気持ちが悪いといってふさぎ込み、黙り込んで、ほうき一本手にしなくなったということです。そして、ウツ病のように一室に閉じこもること が多くなりました。
その他の訴えとしては、頭重、のぼせ、めまい、肩こり、寒けなどで、大学病院で神経衰弱といわれ、電撃療法を受けましたが、治りませんでした。
栄養もよく、顔色は赤いほうで、健康そうに見えます。脈は沈んで、心下部がかたく、へその上に動悸が高ぶっています。
更年期障害の血証で、のぼせとめまいを主訴とするものとして女神散を与えたところ、1ヵ月で気分が開き、5ヵ月で全く元のようになりました。
『-考え方から臨床応用まで- 漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
女神散(浅田宗伯)
当帰・川芎・白朮・香附子:三、桂枝・黄芩・人参・檳榔:二、黄連・木香・丁香・甘草:一、大黄:〇・五~一。
(主証)
脈虚でない。のぼせとめまい。
(客証)
更年期の精神不安。頭重。
(考察)
下腹部瘀血、女神散より実 → 桂枝茯苓丸。
高血圧 → 釣藤散。
虚証、訴えに変化 → 加味逍遙散。
『健保適用エキス剤による 漢方診療ハンドブック』 桑木 崇秀著 創元社刊
女神散 <出典>浅田家方(明治時代)
<方剤構成>
人参 白朮 甘草 黄芩 黄連 当帰 川芎 桂枝 香附子 檳榔子 木香 丁香 大黄
<方剤構成の意味>
人参・白朮・甘草は人参湯から乾姜を除いたもので,これに心下痞を治す黄芩・黄連の組み合わせ,血のめぐりをよくする当帰・川芎の組み合わせ,芳香性健胃薬(気のめぐりをよくすると漢方では考える)である香附子・木香・丁香などを加えたものである。桂枝もこの場合,芳香性健胃薬として期待されているが,特にのぼせを下げる薬として方剤中重要な地位を占めている。檳榔子も健胃薬であり,香附子は気をめぐらすとともに調経作用(月経を調える作用)もあり,当帰・川芎の作用を助ける。大黄は便秘のない場合は除いて用いる。
この方剤は苓桂朮甘湯から茯苓を除いて他を加えたと見ることもできるように,めまいやのぼせを主目標に構成されており,人参湯が適するような体質で,心下痞や胃内停水があり,気のめぐり・血のめぐりがともに悪い場合に適した方剤と言うことができよう。
<適応>
胃アトニーのある虚弱体質者の更年期・産前産後の諸神経症,ことにめまい。
『漢方 新一般用方剤と医療用方剤の精解及び日中同名方剤の相違』
愛新覚羅啓天・愛新覚羅恒章著 文苑刊
168 女神散(別名女神湯、安栄湯)
《勿誤薬室方函》
[成分]:当帰3~4g、川芎3g、人参1.5~2g、白朮3g、甘草1~1.5g、桂枝2~3g、丁子0.5~1g、木香1~2g、香附子3~4g、檳榔子2~4g、黄芩2~4g、黄連1~2g、大黄0.5~1g
[用法]:湯とする。1日1剤で、1日量を3回に分服する。
[効能]:補血健脾、理気解鬱、清熱通便
[主治]:血虚脾弱、気鬱不暢、発熱便秘
[症状]:疲労倦怠感、眩暈、頭痛、抑鬱、四肢の冷え、胸悶、食欲不振、吐き気、腹脹、便秘、月経不順など。舌苔が薄黄、脈が微数。
[説明]:
本方は補血健脾と理気解鬱と清熱通便の効能を持っており、血虚脾弱と気鬱不暢と発熱便秘の病気を治療することがてきる。
本方に含まれている当帰、川芎は補血行血し、人参、白朮、甘草は補気健脾し、桂皮、丁子は温中降逆し、木香、香附子、檳榔子は理気解鬱し、黄芩、黄連、大黄は清熱通便する。原著では桂枝を用いており、桂枝は温経通陽する。
本方は血の道証を治せる。血の道症とは、月経、妊娠、産後、更年期などの女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状が主な症状となる病気である。
本方は大黄がなくでも、白朮を蒼朮に替えても厚生労働省には許可されている。本方は'74年に厚生省が承認したものより、桂枝を桂皮に替え、方剤名を女神湯から女神散に変えている。また、白朮を蒼朮に替えても許可することが増やされている。
本方は日本の漢方薬で、医療用漢方方剤と保険適用薬でもある。
臨床応用と実験研究は張麗娟:女神散対更年期失眠的療效、国際中医中薬雑誌 2005 28(3)。
童建明、等:女神散対中枢神経系統的影響(第2報)-女神散対摘除卵巣並経薬物処理的小鼠脳内神経逓質的影響、国外医学・中医中薬分冊 1999 22(6)。今井純生、他:女神散をアトピー性皮膚炎に応用した2例、日本東洋医学雑誌 2000 50(6)。岩崎鋼、他:女神散の高齢者における抗うつ効果、和漢医薬学雑誌 2002 19(別冊)。
血虚脾弱と気鬱不暢と発熱便秘の型に属する胃炎、腸炎、常習便秘、貧血、産前産後の神経症、月経不順、更年期障害、うつ病などの治療には本方を参考とすることができる。
【参考】
うつ(鬱)に良く使われる漢方薬
http://kenko-hiro.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html
女神散 使用上の注意改訂情報 (平成19年1月12日指示分)