小建中湯(しょうけんちゅうとう)
一 般に本方は太陰病または脾虚の證に用いられる。即ち患者は身体虚弱で、疲労し易く、腹壁が薄く腹直筋は腹表に浮んで、拘攣している場合が多い。脈は弦の場 合もあり、芤の場合もある。症状としては、屡々腹痛・心悸亢進・盗汗・衂血・夢精・手足の煩熱・四肢の倦怠疼痛感・口内乾燥等を訴え、小便は頻数で量も多 い。ただし急性熱性病の経過中に此方を用うべき場合があり、その際には以上の腹證に拘泥せずに用いてよい。本方は桂枝・生姜・大棗・芍薬・甘草・膠飴の六 味から成り、桂枝湯の 芍薬を増量して、膠飴を加えたもので、一種の磁養強壮剤である。膠飴・大棗は磁養強壮の効があるだけでなく、甘草と伍して急迫症状を緩和し、更にこれに芍 薬を配する時は、筋の拘攣を治する効がある。また桂枝は甘草と伍して、気の上逆を下し、心悸亢進を鎮める。以上に更に生姜を配すると薬を胃に受入れ易くさ せかつ吸収を促す効がある。小建中湯は嘔吐のある場合及び急性炎症症状の激しい場合には用いてはならない。小建中湯は応用範囲が広く、殊に小児に用いる場 合が多い。所謂虚弱児童・夜尿症・夜啼症・慢性腹膜炎の軽症、小児の風邪・麻疹・肺炎等の経過中に、急に腹痛を訴える場合等に用いられる。また慢性腹膜炎 の軽症、肺結核で経過の緩慢な場合、カリエス・関節炎・神経衰弱症等に応用する。時にフリクテン性結膜炎・乳児のヘルニア・動脈硬化症で眼底出血の徴ある 者に用いて効を得たことがある。
黄耆建中湯は此方に黄耆を加えた方剤で,小建中湯證に似て更に一段と虚弱の状が甚しい場合に用い、或は盗汗が止まず、或は 腹痛の甚しい場合、或は痔瘻・癰疽・慢性淋疾・慢性中耳炎・流注膿瘍・慢性潰瘍等に応用することがある。
当帰建中湯は、小建中湯に当帰を加 えた方剤で、婦人の下腹痛・子宮出血・月経痛及び産後衰弱して下腹から腰背に引いて疼痛のある場合に用いられる。また男女を問わず、神経痛・腰痛・慢性腹 膜炎等にも応用する。当帰は増血・滋養・強壮・鎮痛の効がある。本方は小建中湯の膠飴を去って、当帰を加えたものであるが、衰弱の甚しい場合には、膠飴を 加えて用いる。
黄耆建中湯と当帰建中湯とを合して帰耆建中湯と名づけて、運用することがある。
『漢方精撰百八方』
10. [方名] 小建中湯(しょうけんちゅうとう)
(中略)
黄耆建中湯で肋骨カリエスを手術せずに全治せしめた二例を経験している。
相見三郎著
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
6 建中湯類(けんちゅうとうるい)
建中湯類は、体全体が虚しているが、特に中焦(腹部)が虚し、疲労を訴えるものである。腹直筋の拘攣や蠕動亢進などを認めるが、腹部をおさえると底力のないものに用いられる。また、虚弱体質者の体質改善薬としても繁用される。
2 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) (金匱要略)
〔小建中湯に黄耆四を加えたもの〕
小建中湯證に、さらに虚状をおび、特に表虚が強くなった疲労性疾患に用いられる。したがって、盗汗あるいは腹部が膨満し、腹痛の強いものを治す。盗汗、不眠、咽乾、心悸亢進、腰背強痛、四肢の痛み、食欲減少などを目標とする。また、皮膚の乾燥を訴えるものもある。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
p.285
小建中湯(しょうけんちゅうとう) 〔傷寒・金匱〕
桂枝・生姜(乾生姜は一・〇)・大棗 各四・〇 芍薬六・〇 甘草二・〇
膠飴二〇・〇
五味を法のごとく煎じ、滓を去って膠飴を加え、再び火にのせて五分間煮沸して溶かし、三回に分けて温服する。
(中略)
p.287
〔加減方〕
黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)。本方に黄耆三・〇を加えたもので、小建中湯証に似ているが、表裏ともに虚し、さらに虚状の甚だしい場合に用いる。あるいは盗汗が多く、あるいは腹痛が甚だしく、あるいは雑病のうち、痔瘻・癰疽・慢性中耳炎・カリエス・流注膿瘍・慢性潰瘍などのときには黄耆を加えて用いる。黄耆は皮膚の栄養を助け、盗汗を止め、肉芽を生じ、化膿を止める作用がある。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) [金匱要略]
【方意】 小建中湯証の虚証脾胃の水毒・各臓の虚証に、表の水毒・表の虚証による自汗・盗汗等のあるもの。時に小建中湯証の虚熱・血虚を伴う。
《太陰病から少陰病.顕著な虚証》
【自他覚症状の病態分類】
虚証 | 各臓の虚証 | 虚熱 | 血虚 | 表の水毒 表の虚証 | |
主証 | ◎著しい疲労倦怠 ◎顔色不良 ◎衰弱 | ◎腹痛(脾虚) ◎食欲不振(脾虚) ◎尿自利(腎虚) | ◎自汗 ◎盗汗(虚熱) | ||
客証 | 倦重疼痛 背腰痛 (小建中湯証) | 下痢(脾虚) 心悸亢進(心虚) 精力減退(腎虚) (小建中湯証) | 微熱 咽乾 唇乾 手足煩熱 (小建中湯証) | 貧血 手足冷 るいそう (小建中湯証) | ○尿不利 稀薄な分泌液 身重 浮腫 四肢沈重 知覚鈍麻 |
【脈候】 細弱・細数・浮弱。
【舌候】 湿潤して無苔。
【腹候】 腹力軟弱で、腹直筋は緊張するが按圧すると力がない。時に軽度に膨満することもある。
【病位・虚実】 小建中湯証より表裏共に虚証が一段と著しい。太陰病から少陰病にわたる。
【構成生薬】 芍薬9.0 桂枝4.5 大棗4.5 黄耆4.5 甘草3.0 生姜1..0 膠飴20.0
【方解】 本方は小建中湯に黄耆が加味されたものである。黄耆は表の水毒を去り、表の虚証を補う。すなわち本方意は小建中湯証に、表の水毒および表の虚証による自汗・盗汗・尿不利・身重・浮腫の加わったものである。
【方意の幅および応用】
A 虚証・血虚:著しい疲労倦怠・顔色不良・衰弱・貧血・るいそう等を目標にする場合。
大病後の衰弱など小建中湯に準じる。虚弱児。
B 各臓の虚証:心悸亢進・腹痛・食欲不振・尿自利等を目標にする場合。
心臓弁膜症、慢性肝炎、慢性下痢、咳嗽の強い感冒、気管支喘息など小建中湯に準じる
C 虚熱:微熱・咽乾等を目標にする場合。
不明熱等小建中湯に準じる
D 表の水毒・表の虚証:自汗・盗汗・稀薄な分泌液等を目標にする場合。
漏孔・痔瘻・潰瘍・褥瘡・中耳炎・慢性副鼻腔炎・カリエス・術後不良肉芽等で、稀薄な分泌物が多量に出るもの
【参考】 *虚労、裏急、諸の不足。『金匱要略』
*小建中湯証にして、自汗、或は盗汗ある者を治す。『方極附言』 *此の方は小建中湯の中気不足、腹裏拘急を主として、諸虚不足を帯ぶる故、黄耆を加うるなり。仲景のお女不は大抵、表托、袪水の用とす。此の方も外体(外表面)の不足を目的とするものと知るべし。此の方は虚労の症、腹皮背に貼し、熱なく咳する者に用ゆと雖も、或は微熱ある者、或は汗出ずる者、汗無き者、倶に用ゆへし。『勿誤薬室方函口訣』
*小建中湯証は裏虚であるが、本方意はこれに表の水毒・表の虚証が加わり、自汗・盗汗・尿不利のみられるものである。
*小建中湯証は裏虚であるが、本方意はこれに表の水毒・表の虚証が加わり、自汗・盗汗・尿不利のみられるものである。
*寒証が強かったり、裏虚のため下痢する場合は附子を加える。
*血虚が強く、腰痛・背腰痛の目立つ場合は、当帰建中湯・帰耆建中湯を用いる。術後の肉芽のあがりが遅いものに良い。
2月9日 右第10肋骨部も鶏卵大に腫脹したので帰耆建中湯投写。
2月16日 腫脹は縮小して鳩卵日になった。
2月17日 腫瘤は縮小を続けている。小柴胡湯投与。
4月11日 腫瘤の輪郭がはっきりしてきた。帰耆建中湯投与。
4月27日 腫瘤消失した。
6月19日 右第7・8肋骨部腫脹する。痰がひどく出る。黄耆建中湯加桔梗投与。
7月18日 腫瘤消失。黄耆建中湯投与。
8月22日 肋骨カリエス治癒。
この患者は9年経って診察したが、肋骨カリエス再発の形跡はなく、当時の療法によって全治したものと認める。
相見三郎『漢方の臨床』14・1・39 『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.48
黄耆建中湯(おーぎけんちゅうとう) (金匱)
処方内容 黄耆四、〇を小建中湯に加えたもの。
必須目標 ①盗汗 ②虚弱体質で疲労し易い。 ③腹壁は薄く直腹筋拘攣している。
確認目標 ①不眠 ②黄汗 ③その他は小建中湯と同じ。
初級メモ ①小建中湯証で更に衰弱して盗汗や黄汗のある者を目標にする。黄汗とは肌衣を黄化する汗のこと。
中級メモ ①南涯「裏病にして表に迫るもの。小建中湯症にして気急最も劇しく、皮膚に水気あ識者を治す。その証を欠くも、当に身体不仁、疼重、自汗、盗汗などの症あるべし」
適応証 盗汗。虚弱体質の改善
類方 帰耆建中湯(華岡青洲家方)
黄耆建中湯に当帰四、〇を加えたもので、瘍科の大家、華岡青洲が陰証の化膿症で、体力衰弱して自衛力少なく肉芽形成の遅いものを目標にして創作した処方で、この適応者の化う応症は悪臭少なく、さらさらした膿を多量に出す(自汗、盗汗の変型)ことが特徴である。慢性化しているものには伯州散を兼用すると効が速い。また黄耆建中湯の代用として虚労にも用いる。結局、すへての建中湯の中で一番応用が広的繁用されている。
文献 「黄耆建中湯に関する諸家の説」奥田謙蔵(漢方と漢薬6,11、76)
副作用
1)重大な副作用と初期症
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。 2) ミオパチー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度によ り適切な治療を行うこと。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
2) その他の副作
過敏症:発赤、発疹、掻痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由]
本剤には桂皮(ケイヒ)が含まれているため、発疹、発赤、掻痒等の過敏症状があらわれるおそれがある。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行うこと。