甘草附子湯
本方は風と湿との衝撃によって起る疼痛を治する方剤である。風は外邪を指し、湿はその人の持前の水毒を指している。従って平素に水毒のある体質の人が、外 邪に侵されて発するリウマチ及びこれに類似の症状を呈する疾患に用いられる。急性リウマチなどで疼痛が激しく、関節も腫れ、悪風・尿利減少等の症状のある ものは此方の證である。
本方は甘草・朮・附子・桂枝の四味からなり、甘草は急迫を緩和して疼痛を治し、朮は水毒を去って尿利を増すばかりでなく、鎮痛の効があり、桂枝と共に健胃 の作用もある。附子は新陳代謝を亢額、血行をよくし、疼痛を治する作用がある。桂枝は外邪を去り、血行をめぐらし、諸薬を誘導して所期の効力を達するため に協力する。本方はリウマチ・神経痛・感冒に用いられる。
『漢方精撰百八方』
65.〔方名〕甘草附子湯(かんぞうぶしとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕甘草2.0 白朮4.0 桂枝3.5 附子0.5~1.0
〔目標〕自覚的 劇しい関節痛、発汗傾向、頭痛、悪寒、尿不利、ときに軽度の浮腫。 他覚的 脈 浮弱又は浮にして軟 舌 乾湿中等度の微白苔 腹 腹力は中等度又はそれ以下で、ときに上腹部に振水音を認める。心窩部に軽度の抵抗並びに圧痛を認めることがある。
〔かんどころ〕節々痛んで、寒さがひどく、頭痛し、洟出で、小便少ない。
〔応用〕
1.関節リウマチ又は神経痛
2.陽虚証の感冒の初期で背悪寒の強い場合。
3.感冒がこじれて、背悪寒だけがとれないもの。
〔治験〕原典には「風湿相博ち」とあるが、風は外からの邪であり、湿はもともとその身に備わる湿邪即ち水毒である。即ち本方証は、水毒性体質、言いかえればアトニー性体質で、平素胃部に振水音が認められるような者に、偶々外邪が襲った場合に、本方症をおこすのである。 したがって、本方は、アトニー体質の者の、激烈な関節リウマチ或いは神経痛の疼痛に偉効をおさめることが屡々であるが、本方がまた感冒の初期にも、或いはまたそのこじれた場合にも、ときに著効をおさめることがあることも忘れてはならない。 三八才の婦人。約一ヶ月前にひいたかぜがこじれて、咳とか、頭痛とかはとれたが、背中の寒さだけがどうしてもとれない。診ると脈はやや浮にして軟。腹力またやや軟。そこで本方を投じ、五日間服用して治癒した。 次は筆者自身の治験。晩秋のある日。診療中所用で一寸外出して帰ったところ、突然に猛烈なクシャミと水洟が出はじめ、はじめに小青竜湯、ついで麻黄附子細辛湯を服して変化なく、翌日頭痛の増強と、劇しい水洟並びに鼻粘膜の刺激症状と、堪え難いほどの背中のつめたさとを目標に、本方を服用したところ、十数分の後にはその大半の症状が消退し、翌日は全くの正常状態に服することが出来た。その後陽虚証(?)のこのような風邪の患者数例に本方を応用して、いずれも所期の効果をあげることが出来た。 藤平 健
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
8 裏証(りしょう)Ⅱ
虚弱体質者で、裏に寒があり、新陳代謝機能の衰退して起こる各種の疾患に用いられるもので、附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、人参によって、陰証体質者を温補し、活力を与えるものである。
8 甘草附子湯(かんぞうぶしとう) (傷寒論、金匱要略)
〔甘草(かんぞう)二、白朮(びゃくじゅつ)四、桂枝(けいし)三、附子(ぶし)○・五〕
本方は、瘀水が外邪の進入により侵されて起こる激しい痛みに用いられる。したがって、関節や筋肉の腫れと痛みが強く、悪風、自汗、尿利減少などを目標とする。本方證の痛みは強く、四肢を動かすことも、他人がさわることもできないほどのものである。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、甘草附子湯證を呈するものが多い。
一 関節リウマチ、関節炎その他の運動器系疾患。
一 そのほか、瘭疽、脱疽、骨膜炎、腰痛、神経痛、インフルエンザなど。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
26 甘草附子湯(かんぞうぶしとう) 〔傷寒・金匱〕
甘草二・〇 白朮・桂枝各四・〇 附子〇・五~一・〇
〔応用〕風(外から入った感冒、あるいは細菌ウイルスを意味する)と湿(すでに内にあった水毒)と相搏って起こる激しい関節痛に用いる。
本方は主として急性関節リウマチの疼痛の激しいときに用いられ、また急性、慢性関節炎・淋毒性関節炎・結核性関節炎・神経痛・骨髄炎・腰痛・筋痛・瘭疽・脱疽・流感などにも応用される。
〔目標〕風と湿との衝撃によって起こる激痛を治すもので、風は外邪をさし、湿はその人の体質的にもっている水毒をさしている。すなわち平素水毒のある人が、外邪に侵されて発するリウマチおよび類似の疾患に用いられる。
急性リウマチなどで疼痛がすごく猛烈で、骨節ともに痛み、関節が腫れ、悪風・自汗・尿利減少等の症状のあるものを目標とする。脈は大体浮で虚し、数、あるいは大きくて弱い。腹症に特有なものはない。
〔方解〕桂枝と附子が主薬であり、本来桂枝の量が最も多いものである。桂枝は風すなわち外邪を去り、表の気を順らし、附子は新陳代謝を亢め、血行をよくし、表の虚と寒とを温めて疼痛を治し、水を去る。白朮はさらに附子と協力して水毒を利尿によって逐う。甘草は急迫を緩め疼痛を緩和し、桂枝と協力して気の上衝短気を治す。
本方は少陰病に属する薬方である。方後にある注意文の意味は、初めて薬をのんで、汗が出れば症状は緩解する。汗が止まってまた苦しく、副作用のようなものがあるときは、半分の量を服用する。規定の量で多いと思ったら、初めは六〇~七〇%に減じてのみ、副作用がなければ、規定の量にするがよい。この副作用というのは、附子(アコニチンを含む)の中毒のことを注意しているものである。
〔主治〕
傷寒論(太陽病下篇・金匱湿病門)に、「風湿相搏チ(風邪と湿気水毒とが相戦い)、骨節疼痛、掣痛(せいつう;ひっぱり痛む)屈伸スルコトヲ得ズ、之ニ近ケバ、則チ痛ミ劇シク、汗出デ短気(呼吸促迫)、小便不利シ、悪風衣ヲ去ルコトヲ欲セズ、或ハ身微腫スル者」とある。
古方薬嚢には、「手足の骨節痛み劇しく、少し動かすとビーンと響き、そのため動かすこと出来ず、汗が出で息切れし、小便の出悪く、衣を重ねて暖を取ればよろしきも、風にあたればゾクゾクとして気持悪しく、或は疼む場所腫れ上がる者。本方の証あるものには便秘するもの多し。便秘とまではゆかなくとも、二日に一回位の者多し。本方は神経痛、リウマチ等に極めて効あるものなり、試みらるべし。本方の疼痛は骨に在るのが主なり」とある。
〔鑑別〕
○桂枝附子湯(疼痛・身体疼煩、自動不能)
○桂芍知母湯 常32 (疼痛・関節腫痛、肉痩せ、気上衝強く、脈実)
○芍薬甘草附子湯 61 (疼痛・四肢屈伸しがたし、熱上衝なし)
○桂枝加附子湯 34 (疼痛、軟部組織の痛み)
〔治例〕
(一) 戦傷骨疼痛
一男子。戦地で戦車の下敷きになり、九死に一生を得たが、そのため骨に病を得、ときに大いに痛みを発し、とくに背より腰にかけて甚だしく痛み、諸治効のない者に、本方を与え、たちまち痛み去りしものがあった。(荒木性次氏、古方薬嚢)
(二) 多発性関節リウマチ
四〇歳の婦人。約二〇日前に発病。全身の関節に痛みを発し、とくに右膝関節・右肘関節・腕関節の腫脹疼痛が甚だしく、微動することもできず、畳を歩む音にも耐えられぬ痛みを訴えている。
右膝は大人の頭の大きさに腫脹し、手を近づけることもできないほどの痛みである。右肘と腕関節の腫脹疼痛のため脈診もできないほどであった。上半身に流れるような発汗があり、下半身は乾燥し、戸をしめ、ふとんにくるまり、少しでも風にあたると悪風を訴える。体温は三九度、脈弱で顔色は青く弱々しく、高熱があるとは思えない。小便不利で一日に一回しかない。大便秘し、八日に一回ぐらいで硬い。口渇があり冷水を欲する。腹壁軟弱、舌中央黒苔、湿潤し、手足はやや冷たい。
猪苓湯、白虎加人参湯も一応考慮したが、脈弱で体温と平行せぬこと、自汗悪風があり、熱感なく顔色青きこと、舌黒苔、湿潤、腹壁虚軟等を目標として陰証と診定し、その証が最も甘草附子湯に合致するので、附子一日量〇・九として与えた。
服用後、一日で便通があり、左側関節は痛みを増したが、右側はやや緩解し、発汗が甚だしくなった。三日目体温三九度、発汗滝のごとく、ふとんを濡らすほどであった。発汗中は疼痛を忘れるという。六日にして小便快利し、関節痛去り、体温三八度となる。附子を二・五グラムまで増量、九日目に平熱となり、関節痛全く去り、さらに本方二〇日関服用し、のちに舒筋立安散を二ヵ月服用して、少しの後遺症もなく完全に治癒した。(矢数有道、漢方と漢薬 四巻三号)
(三) 感冒
日医の医学講座に出席聴講して帰宅後、突然クシャミが続いて一〇いくつも出て、それに引き続いて水洟がとめどもなく流れ出した。患者を一人診るごとに、一回ずつ鼻をかむという状態であった。
もう一つ顕著なのは背悪寒で、セーターを一枚多く着てみたが、ヒヤヒヤして、どうにも寒くてやりきれない。間もなくかぜ声となり、脈は浮で弱い。足が冷える。
以前、やはりこのように突然猛烈な水洟が出はじめたときに、小青竜湯の「吐涎沫」の変形とみて、同湯を服用し、たちどころに治ったことがあるので、同湯エキス末を一・〇グラムのんでみたが効かない。背悪寒がいつもと異なっているので、小青竜湯に附子一・〇を加えて服用したが全く応じない。
翌日も同じで、さらに涙も流れ出し、まさに水毒があふれ出るといった感じである。背中は相変わらず寒く冷たい。背中に水を流し込まれるようである。今日行f頭痛が強くなっている。
以前一ヵ月近く背悪寒がとれなかった虚証の婦人に、甘草附子湯でみごとによくなったことがある。骨節煩疼や汗出、短気はないが、「悪風して、衣を去ることを欲せず」、「まさに衝逆の証あるべし」である。すなわち甘草附子湯を作り、附子一・○として、まず三分の一をのんだ。二〇すぎると、とめどなく流れていた水洟が出なくなり、一時間ほどでますますぐあいよく、背悪寒もうすらいできたので、残り全部をのみ、正午ごろはすべての症状がほとんどよくなった。 (藤平健氏、漢方の臨床 一一巻一二号)
【一般用漢方製剤承認基準】
甘草附子湯(かんぞうぶしとう)
〔成分・分量〕 甘草2-3、加工ブシ0.5-2、白朮2-6、桂皮3-4
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力虚弱で、痛みを伴うものの次の諸症:
関節のはれや痛み、神経痛、感冒