『漢方診療の實際』 大塚敬節 矢数道明 清水藤太郎共著 南山堂刊
抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)
当帰 釣藤 川芎各三・ 朮 茯苓各四・ 柴胡二・ 甘草一・五 陳皮三・ 半夏五・
本方は四逆散の変方である抑肝散に陳皮・半夏を加えたものである。抑肝散は肝経の虚熱という虚證の小児が脳神経の刺戟症状を発したものを鎮静させる効があ り、左の脇腹が拘攣するのを目標とする。本方即ち陳皮・半夏を加えたものは転じて成人殊に中年以後の更年期前後に発して神経症状が著しく、全体に虚状を呈 し、脈腹共に軟弱で、腹直筋の緊張は触れず、ただ左の臍傍から心下部にかけて大動悸が湧くが如く太く手に応ずるものを目標として用いる。これは「肝木の虚 と痰火の盛」なる貌として、この腹状を呈し、心悸亢進・胸さわぎ・恐怖・頭重・のぼせ・眩暈・肩凝り・不眠・全身倦怠等の神経症状の伴うものに偉効を奏す ることがある。これは浅井南溟の口伝によるところである。
方中の釣藤鈎は鎮痙薬で、肝木を平にして手足の拘攣を治する効がある。当帰は肝血を潤し、川芎は肝血を疎通し、柴胡・甘草・釣藤と組んで肝気の亢ぶるのを緩解し、茯苓・白朮で胃中の水飲を消導し、陳皮・半夏で痰飲を去る。
以上の目標に従って本方は、神経衰弱・ヒステリー・婦人更年期障害に発する神経症・中風・夜啼・疲労症・四肢萎弱症・悪阻・小児の癇症等に応用される。
『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
78.抑肝散加陳皮半夏(よっかんさんかちんぴはんげ) 本朝経験
当帰3.0 釣藤3.0 川芎3.0 朮4.0 茯苓4.0 柴胡2.0 甘草1.5 陳皮3.0 半夏5.0
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
本方は体力や抵抗力が乏しいと見受けられる者の,精神興奮,不安感,全身倦怠感などの神経症状を目安に応用されている。
本方は目標欄記載のごとく,いわゆる疳(かん)が高ぶる神経過敏を抑制する,漢方の代表的な精神神経安定剤と言えるもので,興奮,緊張過度,不安,恐怖などを緩和させる効果がある。すなわち小建中湯や半夏厚朴湯などが対象になるような体質者で,神経症状が著しく腹部動悸が亢進して,胸脇部に圧迫感があり,頭重,のぼせ,めまい,肩こり,不眠,全身倦怠感,心悸亢進,不安感,恐怖感などを伴うものに,鎮静剤として著効を奏することがある。したかって神経衰弱,ノイローゼ,ヒステリー,神経質など心因性精神病と言われているものに,応用される機会が多い。また更年期に初発しやすい神経症,躁鬱病などにもしばしば用いられる。類方との鑑別は
<半夏厚朴湯> 頭重,肩こり,不眠,不安感などで本方証に類似するが,本方は肝機能が悪くて腹部動悸を呼めるに対し,半夏厚朴湯の消化機能が悪く,胸部や咽喉部に痞塞感を自覚する点で異なる。
<桂枝加竜骨牡蛎湯> 心悸亢進,のぼせ,頭重,不眠,腹部動悸,倦怠感などの症候群が類似するが,本方適応症状には認められない性的(陰萎,性的ノイローゼ,遺精)症状を伴うので,本方と区別ができる。
<柴胡加竜骨牡蛎湯> 桂枝加竜骨牡蛎湯に似て,さらに著しい症状を認めるとともに,体力も旺盛であるものを目安に用いられる。
〈漢方処方応用の実際〉 山田 光胤先生
抑肝散・・・・・・不機嫌で怒りやすく,神経過敏で,せっかちになり,興奮して夜眠れない。小児では,わけもなく泣きわめき,喧嘩をしたり,落ちつきがない。これらはすべて肝気がたかぶる症状である。また筋肉の過緊張や痙攣にも用いられる。腹証は左の腹直筋が拘攣していることが多いが,必ずしもこれがなくてもよい。
勿誤薬室方函口訣「この方は四逆散の変方で,すべて肝部に属し,筋脈強急(筋肉がこわばっている)を治す。四逆散は腹の任脈通り(正中線)拘急(ひきつれる)し,胸脇の下に衝く者を主とす。此方は左腹拘急よりして四肢筋脈に攣急する者を主とす。此方を大人の半身不随に用いるは東郭の経験なり。半身不随ならびに不寝の症に此方を用ゆるは,心下より任脈通り攣急,動悸あり,心下に気あつまりて痞する気味あり。
医手を以て按ぜばさのみ見えねども,病人に問えば必ず痞えるという。逍遥散と此方とは二味を異にして其効同じからず,ここに着眼して用ゆべし」とある。
抑肝散加陳皮半夏・・・・・・抑肝散証が慢性に経過して虚証になり腹筋が軟弱無力となり,左の腹部大動脈の動悸がひどく亢進したものに用いる。
〈漢方診療の実際〉 大塚,矢数,清水 三先生
本方は四逆散の変方である抑肝散に陳皮,半夏を加えたものである。抑肝散は肝経の虚熱という虚證の小児が脳神経の刺戟症状を発したものを鎮静させる効があり,左の脇腹が拘攣するのを目標とする。本方即ち陳皮,半夏を加えたものは転じて成人殊に中年以後の更年期前後に発して神経症状が著しく,全体に虚状を呈し,脈腹共に軟弱で,腹直筋の緊張は触れず,ただ左の臍傍から心下部にかけて大動悸が湧くが如く太く手に応ずるものを目標として用いる。これは「肝木の虚と痰火の盛」なる貌として,この腹状を呈し,心悸亢進,胸さわぎ,恐怖,頭重,のぼせ,眩暈,肩凝り,不眠,全身倦怠等の神経症状の伴うものに偉効を奏することがある。これは浅井南溟の口伝によるところである。
方中の釣藤鈎は鎮痙薬で,肝木を平にして手足の拘攣を治する効がある。当帰は肝血を潤し,川芎は肝血を疎通し,柴胡,甘草,釣藤と組んで肝気の亢ぶるのを緩解し,茯苓,白朮で胃中の水飲を消導し,陳皮,半夏で痰飲を去る。
以上の目標に従って本方は,神経衰弱,ヒステリー,婦人更年期障害に発する神経症,中風,夜啼,疲労症,四肢萎弱症,悪阻,小児の癇症等に応用される。
保嬰撮要(急驚風門)「肝経の虚熱,搐を発し,或は木土に乗じて嘔吐痰喘,腹張食少なく,唾臥不安なるものを治す」
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方は四逆散の変方にて,凡て肝部に属し,筋脈強急する者を治す。四逆散は腹中任脈通り拘急して,胸脇の下に衝く者を主とす。此方は大人半身不随に用ゆるは,東郭の経験なり,半身不随並びに不寝の証に此方を用ゆるは,心下より任脈通り攣急動悸あり,心下に気聚りて痞する気味あり,医手を以って按ぜばさのみ見えねども,病人に問へば必ず痞えると云ふ。又左脇下柔なれども,少しく筋急ある症ならば,怒気はなしやと問ふべし。若し怒気あらば此方効なしと云ふことなし。又逍遙散と此方とは二味を異にして,其の効用同じからず,此処に着眼して用ゆべし。
〈浅井腹診録〉 浅井 南溟先生
臍の左の辺りより心下までも,動気の盛なるは,肝木の虚に痰火の甚しき証,北山人まさに抑肝散に陳皮(中)半夏(大)を加ふべし,験を取ること数百人に及ぶ,一子に非ざれば伝ふること勿れ。
〈日本東洋医学会誌〉 第15巻 第3号
抑肝散について 大塚 敬節先生
抑肝散の腹証
抑肝散の方は,元来小児のために設けたもので,患児とその母とが,ともにこれをのむことになっているが,わが国では,これを大人にも用いている。
新増愚按口訣集をよむと,北山友松が妊娠中の婦人にこの方を用いて著効を得ている。中でも和田東郭は好んでこの方を用い,大人の半身不随にこの方を使用したのは,東郭が最初だと云われている。
そこで東郭がこの方について,どのような考え方をしてい然かを知る必要がある。
蕉窓方意解には,次のようにのべている。
「此薬も亦四逆散の変方にて腹形大抵四逆散と同様なれども,拘攣腹表に浮みたるを抑肝の標的とす。四逆散は拘攣腹底に沈むを標的とすべし。其上抑肝の方には,多怒,不眠,性急の症など甚しきを主症とするなり。多怒,不眠,性急などは,肝気熾盛にして肝血も亦随て損耗す。故に帰芍,肝血を潤し,芎藭肝血を疎通し,柴胡,釣藤,甘草,肝気をゆるむ。既に右の通り,肝気充極して上み胸脇に引上るゆへ,腸胃の水飲も下降せずして,皆上みへ引上る也。右疎肝,緩肝,潤肝の薬にて両脇心下和らぎ,彼水飲も亦下降し易き時節になるゆえ,朮,茯苓にて,小水へ消導する也。本方芍薬なし,甘草の分量も亦少し。按ずるに,此薬専ら肝気を潤し緩むるを以て主とす。故に余常に芍薬甘草湯を合てこれを用ゆ。」
ここで東郭がのべているように,抑肝散の腹証は,四逆散と同様で,腹直筋の拘攣があり,私の経験でも,腹表に浮んで腹直筋を触れるものが多いが,中には腹直筋の拘攣をみとめにくいものもある。
浅田宗伯も,目黒道琢の説を参酌して,次のようにのべている。
「此方は四逆散の変方にて,すべて肝部にぞくし,筋脉強急する者を治す。四逆散は腹中任脉通り拘急して,胸脇の下に衝く者を主とす。此方は左腹拘急よりして,四肢筋脉に攣急する者を主とす。此方を大人半身不随に用ゆるは東郭の経験なり。半身不随並に不寝の症に此方を用ゆるは,心下より任脉通り,攣急動悸あり,心下に気聚りて痞する気味あり。医手を以って按ぜばさのみ見えねども,病人に問えば,必ず痞すと云ふ。また左脇下柔かなれども,少し筋急ある症ならば,怒はなしやと問ふべし。もし怒気あらば,この方効なしと云ふことなし。」
抑肝散の証に2つの型があり,1つは緊張興奮型で,他の1つは弛緩沈鬱型である。この弛緩沈鬱型の患者の腹証は,腹部は全般的に弛緩し,僅に季肋下で腹直筋を軽くふれるか,全く腹直筋の緊張をみとめず,臍の左側から,みずおちにかけて動悸の亢進をみとめるものがある。この臍部から,みずおちにかけて強く動悸をふれる患者に,浅井南溟は抑肝散加陳皮半夏を用いて著効を得たといい,矢数道明博士も,これを追試して奇効を得たことを報告している。私も同様の治験をもっているが,このような患者に,陳皮半夏を加えずに,抑肝散だけを用いても効のあることを,最近私は経験したが,これは症例が少いので,他日まとめて報告することにし,今日は緊張興奮型のものだけをまとめてみた。これらの症例の腹証は第2表にみられる通りである。この内の第4例と第5例とは,緊張型と弛緩型の中間にあって,どちらとも,きめかねたが,その腹証を他のものと比較するためにここに入れておいた。
第4例だけに,胸部において動悸の亢進している点に注意してほしい。
抑肝散の加方
すでにのべたように,和田東郭は抑肝散に芍薬を加えて用いたが,津田積山,浅田宗伯等も芍薬を加えている。ところで,山田椿庭は,椿庭夜話の中で,抑肝散に芍薬を加えるのは,立方の趣旨に反するといい,これに羚羊角を加えている。また北山人と浅井南溟は,この方に陳皮半夏を加えて,特異の腹証のものに用いている。私はこの方に芍薬黄連を加え,或は芍薬厚朴を加えて用いる。
抑肝散の二つの型
抑肝散に2つの型がある。1つは緊張,興奮型で,他の1つは弛緩,沈鬱型であることについては,腹証のところで,ちよっとふれておいた。東郭は,緊張,興奮型に,抑肝散を用いたので,芍薬を加え,甘草を増量した。北山人や浅井南溟は,弛緩,沈鬱型に,この方を用いたので,芍薬を加えずに,陳皮,半夏を加えた。ところで,山田業精は,浅井南溟ならば抑肝散加陳皮半夏を用いたであろう患者に,抑肝散を用いて著効を得ている。私も,このひそみにならって,最近抑肝散を用いてみるに,やはり効顕がある。参考のために,山田業精の治験を,和漢医林新誌から引用してみよう。
その1。本郷真砂町志母谷氏は皇居御造営掛を勤む。其人1日気力大に衰弱し,但平臥を嗜むのみ。気宇鬱閉,食に味ひなく,二便利せず,夜中快寝せず,其脉弦,腹部軟弱にして微動あり。乃ち抑肝散を法の如く蜜丸に作りて与ふるに,霍然として治す。
その2。神田湊川町鍛冶職中川氏至て貧にして大に職務に勉励す。而して1日,其妻貧を厭ふにより離別を乞て,其家を去れり。爾後,其人気力漸々に衰へ,唯平臥するを嗜む。食味美ならず,頭痛,肩背強急,二便不利,診するに,其脉弦,其腹軟,両脇下微脹,臍上大に動あり,前方を与て治す。
その3。駒込東片町茶商,川口弥十,年二十四,なり,腰以下力なく歩行し難く,終日坐するのみ。大便微溏,小便赤渋,飲食美ならず,夜中安眠しがたく,只夢みるのみ。診するに,其脉沈弦,腹中軟弱にして両肋下拘急せり。乃ち前方を与えて治す。
その4。本郷2丁目菓子商,青木政吉,年六十許,1日四支痿弱,起居転側自由ならず,遺尿,失便,診するに,脉弦にして腹部軟弱,心下拘急,一身温にして言語平の如く,気分大に変せず。前方を蜜煉にして服さしむ。頓に治す。
その5。本郷西竹町,車夫伊藤,次男幸蔵と云へる児齢四年なり。1日右手の5指とも悉く縦緩して自ら屈することを得ず,而して唇吻左方に曲り,食飲減少,気宇閉て快然ならず。其脉弦にして遅なり。其右手を検するに氷冷恰も死体を撫でるが如し。余以て肝蔵鬱閉の所為となし,前方を与ふるに,追日快く,遂に左耳より膿汁淋出して瘳えたり。これらの治験は,いづれも,弛緩,沈鬱型で,その脉は弦であるが,腹部は軟弱で,ただ僅に季肋下において,腹筋の拘急をみるだけで,緊張興奮型の腹型とは異なるものである。
自家経験
第2表は,抑肝散を緊張興奮型の患者に用いた例で,第3例以外はすべて,抑肝散加芍薬黄連を用い,第3例は,抑肝散加芍薬厚朴を用いた。表によって説明する。
1) 約半ヶ年前に脳出血のため右半身に麻痺が起り,50日ほど某病院に入院した。発病以来,非常に気むづかしくなり,不眠を訴えるようになった。便秘気味である。初診時の血圧は124~86。左右の腹直筋が硬く突っばっている。右が殊にひどい。臍下の正中線に,軽く棒状の抵抗をふれる。
気むづかしいという症状,腹証によって,抑肝散加芍薬黄連を用いる。
服薬2ヵ月目位から,麻痺はほとんど回復し,安眠もできるようになった。ただ,便秘がつづくので,3週間目より,大黄3.0を加えた。
2) この患者は,時々癲癇様の痙攣発作があり,真正癲癇を疑って,某大学で診察をうけたが,脳波の検査では,癲癇ではないと診断せられた。不眠があって,食欲がない。のぼせと,頭重がある。月経は不順である。左右の腹直筋が図のように緊張している。のほせと不眠を目標に,黄連解毒湯を用いたところ,ねむれるようになったが,毎日,じんましんが出るようになり,頭痛,食欲不振がつづき,時々嘔吐を起すようになった。そして,服薬4週間目に,嘔吐のあとで,痙攣を起して,意識が消失した。そこで,不眠,嘔吐,痙攣,食欲不振という症状と腹証を目標にして,抑肝散加芍薬黄連にしたところ,1回の痙攣発作を起しただけで,他の症状も軽快した。
3) チック病で,のどをしきりに鳴らしたり,顔をゆがめたりする。それにいらいらして落つきがない。食欲が少い。腹直筋を季肋下で,少し硬くふれる。抑肝散加芍薬厚朴とする。これで漸次軽快,4ヵ月でほぼ全治。
4) 白内障と慢性腎炎がある。あごがだるいというのが主訴である。食事は1椀がやっとである。それに右側腹が坐位から立位に移る時に痛み,急に立ち上れない。気分が重い。腹直筋の緊張はなく,臍部で動悸をふれる。右の肩から肩胛間部がいたむ。抑肝散加芍薬黄連とする。10日の服薬で,あこのだるいのが治り,背や側腹の疼痛も1ヵ月あまりで消えた。
5) この患者は副鼻腔炎で手術をうけたことがあるが,約1ヵ年ほど前から,まばたきが多くなり,医師から結膜炎と診断せられて,治療をうけている中に,右の眼瞼がたれ下って,開かなくなった。右の肩がひどくこる。便秘の傾向がある。
腹診をしてみると,胸脇苦満があり,右の腹直筋が緊張している。
眼瞼を無理に押し開けようとすると,痙攣する。
抑肝散加芍薬黄連を用いる。
これをのむと,大便の通じがよくなり,何となく気分がよい。30日目頃から,少しづつ眼が開く。くびのつるのも軽快。疲れると,眼がしぶくなって,眼をつむりたくなるが,その他はよい。右季肋下の緊張がとれた。
10ヵ月ほど服薬して,全治。
6) 主訴は,何となく,自分に自信がないというだけである。それに時々幻聴がある。その他一切つかまえどころがない。腹診では,右季肋下がやや硬い。
抑肝散加芍薬黄連を用いる。
2週間分で,幻聴も消え,自分らしくなったと休薬。
7) この患者は,メニエール病とのふれこみで来院したが,めまい,耳鳴,嘔吐,足冷,発作性の多汗があり,脉は結滞し,便秘があった。腹部は膨満,緊張して,殊に下腹が膨満していた。
私はこれに抑肝散加芍薬黄連を用いたが,これでめまい,耳鳴,嘔吐がよくなり,便通も毎日あるようになり,1ヵ月足らずで全治した。
8) この患者は,物が二重にも,三重にも見えて,眼をあけていると,ひどいめまいと悪心が来て歩けない。左眼をつむってていると,どうやら歩ける。不眠がある。左の眼球が強直状になって,廻旋しない。某大学では,脳に何か異常を起しているらしいから,手術をしてみようと云われたが,手術を欲せず,当院に治を乞うた。
腹診してみるに,左右の腹直筋が緊張している。
抑肝散加芍薬黄連を用いる。漸々に軽快。全治まで10ヵ月あまりを要したが,手術をせず,漢方薬だけで,眼球が正常に運動するようになった。
9) 約3年前より健康を害し,高血圧があり,腰痛を訴えるようになり,最近は,下腹にも鈍痛があり,腰がひどく冷える。口渇,肩こり,頻尿があり,気分がいらつく。
腹診すると,胸脇苦満があり,臍下には,あまり力がない。大便は1日1行。ウロビリノーゲン陽性。
私はこれに抑肝散加芍薬黄連を用いたが,雨のふる日だけ肩がこる。いらつかなくなり,元気が出た。朝早く眼がさめるようになり,肉がしまり,血圧も正常となった。
10) 真性癩癇で,3歳より10年間,アレビアチンやルミナールをのみつづけた。ところが,1ヵ年ほど前から,これらの薬をのんでも効なく,毎日発作が起る。
発作時には,踊るような奇妙な恰好をする。それに幻聴がある。この幻聴は,専門の某医が,根本から治る薬だといって調合してくれた薬をのみはじめてから起るようになった。そのため,夜も,幻聴におびやかされて眠らない。しかし発作は少い。
腹部は,板のように硬い。診察中も,奇声を発する。便秘がある。
抑肝散加芍薬黄連を用いる。
これをのむと,便通が快通し,食がすすむようになった。幻聴も少くなった。1ヵ月ほどたつと,肉づきがよくなり,発作もなく落付いたが,ひどい口渇を訴えるので,白虎加人参湯とする。効がない。
そればかりか,ひどく興奮する。そこで,柴胡加竜骨牡蠣湯加芍薬去大黄を用いる。
口渇は依然として甚しく,幻聴がまた多く,奇声を発して,踊るような奇妙な恰好をする,夜間に,痙攣発作が頻発する。
そこで,柴胡桂枝湯中の芍薬を増量して与えたが,依然として変化がない。
そこで,また抑肝散加芍薬黄連にもどしたところ,急激に,発作が減じ,幻聴がなくなり,落付いている。
11) この患者は,23歳の時に,突然に意識が消失して,言語を発することが出来なくなり,それから1ヵ月に,2,3回癩癇様の発作を繰返すようになった。しかし発作のない時は,平素とかわらなかった。ところが,昭和36年の1月にまた意識が消失して,某病院に入院して,頭蓋骨を切開してもらった。
現在もやはり,1ヵ月15,6回の発作と,左半身不随があり,言語障害もある。安眠する。便秘の傾向。
【一般用漢方製剤承認基準】
抑肝散
〔成分・分量〕
当帰3、釣藤鈎3、川芎3、白朮4(蒼朮も可)、茯苓4、柴胡2-5、甘草1.5
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度をめやすとして、神経がたかぶり、怒りやすい、イライラなどがあるものの次の諸症:
神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(神経過敏)、歯ぎしり、更年期障害、血の道症注)
《備考》
注)血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
【注)表記については、効能・効果欄に記載するのではなく、〈効能・効果に関連する注意〉として記載する。】
抑肝散加芍薬黄連
〔成分・分量〕
当帰5.5、釣藤鈎1.5、川芎2.7、白朮5.3(蒼朮も可)、茯苓6.5、柴胡2、甘草0.6、芍薬4、黄連0.3
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度以上をめやすとして、神経のたかぶりが強く、怒りやすい、イライラなどがあるものの次の諸症:
神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(神経過敏)、歯ぎしり、更年期障害、血の道症注)
《備考》
注)血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
【注)表記については、効能・効果欄に記載するのではなく、〈効能・効果に関連する注意〉として記載する。】
抑肝散加陳皮半夏
〔成分・分量〕
当帰3、釣藤鈎3、川芎3、白朮4(蒼朮も可)、茯苓4、柴胡2-5、甘草1.5、陳皮3、半夏5
〔用法・用量〕
湯
〔効能・効果〕
体力中等度をめやすとして、やや消化器が弱く、神経がたかぶり、怒りやすい、イライラなどがあるものの次の諸症:
神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(神経過敏)、更年期障害、血の道症注)、歯ぎしり
《備考》
注)血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
【注)表記については、効能・効果欄に記載するのではなく、〈効能・効果に関連する注意〉として記載する。】
抑肝散
【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
相談すること
1. 次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)胃腸の弱い人。
(4)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕
(5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(6)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
2. 服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位
症 状
皮 膚
発疹・発赤、かゆみ
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称
症 状
間質性肺炎
階段を上ったり、少し無理をしたりすると息切れがする・息苦しくなる、空せき、発熱等がみられ、これらが急にあらわれたり、持続したりする。
偽アルドステロン症、
ミオパチー1)
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
肝機能障害
発熱、かゆみ、発疹、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等があらわれる。
〔1)は、1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1
g以上)含有する製剤に記載すること。〕
3. 1ヵ月位(小児夜泣きに服用する場合には1週間位)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
4. 長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕
〔効能又は効果に関連する注意として、効能又は効果の項目に続けて以下を記載すること。〕
血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期などの女性ホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状及び身体症状のことである。
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載す
ること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく
注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ
服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1. 次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2. 次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)胃腸の弱い人。
(4)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)
含有する製剤に記載すること。〕
(5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(6)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g
以上)含有する製剤に記載すること。〕
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3. 服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4. 直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
〔効能又は効果に関連する注意として、効能又は効果の項目に続けて以下を記載すること。〕
血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期などの女性ホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状及び身体症状のことである。
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【添付文書等に記載すべき事項】
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなる)
次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
相談すること
1.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)胃腸の弱い人。
(4)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以
上)含有する製剤に記載すること。〕
(5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(6)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以
上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以
上)含有する製剤に記載すること。〕
2.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
関係部位
症 状
皮 膚
発疹・発赤、かゆみ
まれに下記の重篤な症状が起こることがある。その場合は直ちに医師の診療を受けること。
症状の名称
症 状
偽アルドステロン症、
ミオパチー
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
3.1ヵ月位(小児夜泣きに服用する場合には1週間位)服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、この文書を持って医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
4.長期連用する場合には、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
〔効能又は効果に関連する注意として、効能又は効果の項目に続けて以下を記載すること。〕
血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
〔用法及び用量に関連する注意として、用法及び用量の項目に続けて以下を記載すること。〕
(1)小児に服用させる場合には、保護者の指導監督のもとに服用させること。
〔小児の用法及び用量がある場合に記載すること。〕
(2)〔小児の用法がある場合、剤形により、次に該当する場合には、そのいずれかを記載すること。〕
1)3歳以上の幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔5歳未満の幼児の用法がある錠剤・丸剤の場合に記載すること。〕
2)幼児に服用させる場合には、薬剤がのどにつかえることのないよう、よく注意すること。
〔3歳未満の用法及び用量を有する丸剤の場合に記載すること。〕
3)1歳未満の乳児には、医師の診療を受けさせることを優先し、やむを得ない場合にのみ服用させること。
〔カプセル剤及び錠剤・丸剤以外の製剤の場合に記載すること。なお、生後3ヵ月未満の用法がある製剤の場合、「生後3ヵ月未満の乳児」をしてはいけないことに記載し、用法及び用量欄には記載しないこと。〕
保管及び取扱い上の注意
(1)直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること。
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
(2)小児の手の届かない所に保管すること。
(3)他の容器に入れ替えないこと。(誤用の原因になったり品質が変わる。)
〔容器等の個々に至適表示がなされていて、誤用のおそれのない場合には記載しなくてもよい。〕
【外部の容器又は外部の被包に記載すべき事項】
注意
1.次の人は服用しないこと
生後3ヵ月未満の乳児。
〔生後3ヵ月未満の用法がある製剤に記載すること。〕
2.次の人は服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
(1)医師の治療を受けている人。
(2)妊婦又は妊娠していると思われる人。
(3)胃腸の弱い人。
(4)高齢者。
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(5)今までに薬などにより発疹・発赤、かゆみ等を起こしたことがある人。
(6)次の症状のある人。
むくみ
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
(7)次の診断を受けた人。
高血圧、心臓病、腎臓病
〔1日最大配合量が甘草として1g以上(エキス剤については原生薬に換算して1g以上)含有する製剤に記載すること。〕
2´.服用が適さない場合があるので、服用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること
〔2.の項目の記載に際し、十分な記載スペースがない場合には2´.を記載すること。〕
3.服用に際しては、説明文書をよく読むこと
4.直射日光の当たらない(湿気の少ない)涼しい所に(密栓して)保管すること
〔( )内は必要とする場合に記載すること。〕
〔効能又は効果に関連する注意として、効能又は効果の項目に続けて以下を記載すること。〕
血の道症とは、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことである。
※搐(ちく):ひきつる、痙攣(けいれん)する
※浅井 南溟 (あさい なんめい)
1734-1781 江戸時代中期の医師。
享保19年11月18日生まれ。浅井図南の長男。
京都の人。朝廷につかえ,安永9年父の跡をついで尾張名古屋藩の藩医。
脈法に通じ,診脈の祖と称された。
天明元年10月13日死去。48歳。
名は正路(まさみち)。
字は由卿。
通称は周碩。
※津田積山 津田玄仙
天明から文化年間にかけて、上総(干葉県)の片田舎に名医と崇敬された医家がいた。それが津田玄仙である。玄仙は元文二年(一七三七)岩代国(福島県)桑折村に生まれた。
玄仙は名を兼詮、号を積山と称し、また玄僊とも書く。後に田村家に入り、田村玄仙といった。津田氏は代々奥州白河藩松平越中守の待医で、奥羽の間に名が 聞こえていたが、父津田玄琳はなぜか辞職して白河を去り、岩代国桑折村に隠退した。玄仙は医業を家庭で学び、やや年長になってから水戸に遊学し、医業を芦 田松意に学び、さらに京都で饗庭道庵を師匠にして、その秘伝を受け、久しい間京都大坂に居た。後に江戸に来て開業したが、その治療は好評で、また医術を学 ぼうとする人も多かった。それが如何なる理由なのか、上総の片すみの馬籠(現在は木更津市に編入)に引っ込んだ。
この地に享保時代から、田村という医家があった。玄仙が馬籠に来て医業の盛名が上がっている頃、田村家に後継者がなくなり、玄仙が養嗣として迎えられ た。先人の記載に、玄仙は長身肥大で、音声は鐘の鳴るようであり、威厳があってしかも温容で、誠意をもって人に接したので、誰も敬服、心酔するばかりで あった。また、病家への往診にはいつも牛にのって出かけ、書物を牛の角に引っかけて読みながら行ったという。
この馬籠時代に、玄仙は次々と名著を残す。『療治茶談』『療治経験筆記』などがそれである。とりわけ『茶談』は日常の臨床経験による貴重な口訳集録で、 刊本で広くゆきわたったので、患者は門前市をなし、門人も百有余人あって、五十余州にわたったという。玄仙は文化六年(一八○九)没した。行年七十三歳。 墓は現在も子孫の田村家の家敷内にある。
玄仙の師、饗庭道庵の経歴はよくわかっていないが、専ら臨床経験によって処方を運用しようとする医家であったと考えられている。玄仙はその医風を継いで、補中益気湯をはじめとして、実際の臨床に役立つ医術をみがき、広めていった。