誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(まとめ)
村上 光太郎
生薬の配剤を考える時、なるほど、その組み合わされた生薬の相互作用について考えるが、いざ随証療法を行なおうとした場合、もはや薬方に配剤されている個々の生薬の相互作用を考えず、薬方単位で考える事が多い。この場合、単方で投薬す識時には問題はないが、合方しなければならない時には種々の問題を惹起する事がある。このような時に生薬の配剤を考えれば多くの問題が解決する。
例えば図52について見ると明瞭であろう。すなわち、精神不安、興奮しやすい、胃が痞えるの症状は気の症状であり、足腰の痛み(関節痛、腰痛)の症状は気または水の症状であり、多汗、涙が出やすいの症状は水の症状であり、口乾(水はほしくない)の症状は血の症状であり、のぼせの症状は血または気の症状である。従ってこの患者は気、血、水すべてが変調している事がわかる。従ってこの患者は気、血、水すべてが変調している事がわかる。しかし症状を見ると、気と血の症状より気と水の症状が多いために「気と水」と「血と気と水」の合方と考える方が合理的である(精神不安、興奮しやすいと言う症状が、この人の主訴ならば、順気剤を考えなければならないが、そうではないので「気と水」と考える。「気と水」の症状を見ると、胃が痞えるという症状を除けばすべて表の症状である。ところで、「気と水」の症状の時には順序だてて考えなければならない事はすでに述べた(生薬の配剤から見た漢方処方解説(11)を参照)とおりである。①の胸脇苦満があるならば柴胡剤を用いるという項は、この人の症状には胸脇苦満がないので該当しない。
ところで、この人はアレルギー体質である事を訴えている。このようにアレルギー体質であるとか、腺病質であるとか、リンパ腺がはれるとか等訴える人には、体質改善の出来る薬方を配剤する方が望ましい。ところで体質改善できる薬方は種々あり、例えば、柴胡剤、建中湯類、駆瘀血剤、瀉心湯類、解毒剤、下焦の疾患などが主なものである。他の薬方にも体質改善の出来る薬方はあるが、漢方の薬方のすべてが体質改善できるかと言うとそうではなく、例えば、駆水剤、表証、麻黄剤、承気湯類などはほとんど体質改善を行なうことは出来ないものである。従ってこれらの薬方を使用する場合に、もし前記のような症状があるならば体質改善の出来る薬方を合方する方が良い事は言うまでもない。
さて本題に帰って、②の表の症状のみあるいは少し半表半裏の症状がある程度ならば表証、麻黄剤、皮膚疾患の薬方を用いるという項はどうであろうか。この人の症状を、表、半表半裏、裏に分けて見ると、ほとんどの症状が表で、半表半裏は口乾(水はほしくない)と胃の痞えという症状であり、裏の症状は排尿一日三~四回、夜間排尿一~二回と言う症状である。以上の事より、腰痛や関節痛が主訴であるという事と合せて考えれば、表の症状が極端に多いので、表証、麻黄剤、皮膚疾患の薬方を考えれば良い事がわかる(生薬の配剤による漢方処方解説(7)を参照)。しかし、表の症状ではあっても、皮膚に炎症、あるいは分泌物等を訴え仲いないので、まず皮膚疾患の各薬方は除かれる。ところでこの人は多汗症であり、全身に多く汗をかき、涙も出やすいと訴えている事より、発汗している状態である。従って無汗の状態の時に用いる麻黄と桂枝あるいは麻黄の配剤された、発汗剤となる薬方ではなく、桂枝と大棗あるいは麻黄と石膏の配剤された、止汗剤となる薬方が処方されなければならない事はすぐに理解できよう。すると当然、桂枝湯、麻杏甘石湯、越婢湯が考えられる。ところで、この人は咳を訴えていないので、それを主訴とする薬方の麻杏甘石湯は除かれる。更にこの人の関節に水の溜まる事を考えれば、それを除けるように加減方を考えるのは当然で、桂枝加朮湯あるいは越婢加朮湯という事になる。この二方は同様に虚証に用いる薬方ではあるが、麻黄剤を使用できるか否かによって使い分ける。一般に麻黄剤あるいは地黄剤、および薬方中に順気生薬の配剤されていない薬方は、胃腸の悪い人が用いれば更に悪くなる事が繁々みられる。従って、そのような時は用いないようにする事が望ましい事は言うまでもない。しかし、これは絶対に使用してはならないと言う事ではなく、どうしても使用しなければならない時は相応の処置を行う。
この患者に桂枝加朮湯あるいは越婢加朮湯を投薬すれば治癒すると思える症状を除いて見ると、アレルギー体質、口乾(水はほしくない)、排尿一日三~四回、夜間一~二回などが残る。(精神不安、興奮しやすい、のぼせ、胃の痞えは処方によれば治るかもしれない症状である)。これらの症状は「血と気と水」の症状である。従ってそれに用いる薬方、すなわち解毒剤、駆瘀血剤、下焦の疾患、加味逍遙散を考えればよい事がわかる。しかし、この患者は多汗症であり、便通も一日一回でスッキリ出る事、および症状が激しいと言うのではないため、実証とは言えない。従って解毒剤では防已黄耆湯(清上防風湯、荊防敗毒散は皮膚の症状がないので用いない)が、駆瘀血剤では桂枝茯苓丸、加味逍遙散(当帰芍薬散は冷えが強い人に用いる薬方であり、この患者は冷えを訴えず、のぼせを訴えているため除かれる)が、下焦の疾患では八味丸が考えられる。
いま、仮に「気と水」の薬方を越婢加朮湯を使用すると決めると、「血と気と水」の方の薬方としては桂枝茯苓丸および八味丸を除かなければならない。なぜなら桂枝茯苓丸と越婢加朮湯あるいは八味丸と越婢加朮湯の合方は、いずれも虚証ないし虚証に近い薬方同士の組み合わせであり、一見良いように思えるのであるが、これらの二方が組み合わされれば越婢加朮湯中の麻黄と石膏の組み合わせに桂枝を配剤したことになり、強い発汗剤に変わるからである。従って、もしこの二方を投薬して何の害も起こらなければもうけものであり、害作用が起こることは十分考えておかねばならない。この時起こる害作用は、もはや瞑眩(めんけん)とか、副作用とか言えるものではなく、毒を盛っているのだとの自覚が必要であろう。従って越婢加朮湯に合方できる相手としては防已黄耆湯あるいは加味逍遙散と言う事になる。この患者の訴えが精神不安ないし、興奮しやすいという気の症状を訴えるよりは腰やひざ等の下焦の症状を強く訴えているため、順気剤的意味をもつ加味逍遙散よりは、下焦にも効果の強く及ぶ防已黄耆湯の方が良いと思える(ただし、血に対しては弱い)。従って越婢加朮湯と防已黄耆湯の合方という薬方が考えられる。一見、これで良いように思えるが、この患者は胃の痞えを訴えている。しかし、越婢加朮湯を使用すれば、含まれている麻黄、石膏によって更に胃が悪くなる可能性はある。しかし合方された防已黄耆湯ではその事は取り去れない。とすれば下焦には効果が弱いが、胃の痞えも取れるであろう加味逍遙散を合方する方が良い事になる。
それでは、桂枝加朮湯を使用すると決めた場合はどうなるであろうか。相手の薬方は当然「血と気と水」の薬方である事は先に述べたとおりである。また虚証も当然変わる事はない。従って解毒剤では防已黄耆湯が、駆瘀血剤では桂枝茯苓丸、加味逍遙散が、下焦の疾患では八味丸が考えられる。今、桂枝茯苓丸と桂枝加朮湯の合方では主薬が共通である。このように主薬が共通である組み合わせは、特別な場合を除き避けるようにする。従って桂枝加朮湯の相手としては防已黄耆湯、加味逍遙散、八味丸が考えられる。この患者の年齢が若いならば、胃が悪くなると訴えるだけで地黄の作用を考え、八味丸を除かなければならないが、この患者は老齢であるため、八味丸による消化器系への悪影響は少ない。従って一つの薬方として考えられる。また丁度、排尿回数も少なく、かつ夜間排尿が一~二回ある事、のぼせを生じ、精神不安や興奮しやすいとの症状を訴えることも八味丸を用いる可能性を示している。従って胃の痞えを強く考えるのなら桂枝加朮湯と加味逍遙散を、強く考えないのなら桂枝加朮湯と八味丸という事になる。この患者は水はほしくないと言う瘀血の症状を訴えているが、他に瘀血を強く表わす症状を訴えていないので、瘀血がそんなに強くないとすれば、桂枝加朮湯と防已黄耆湯の合方と言う事になる。
以上、この患者には越婢加朮湯と加味逍遙散(胃があまり強くない時)の合方を与えるか、桂枝加朮湯と八味丸(胃があまり弱くない時)または桂枝加朮湯と加味逍遙散あるいは桂枝加朮湯と防已黄耆湯(瘀血が少ない時)を再度症状を追加して聞いて与えるようにすればよい事がわかる。
ところで、この薬方を考える時に出た事ではあるが、見かけ上は証に合っているようだが中に入っている薬味を見ると全く異なった薬方を投薬している事がある事を忘れてはならない。
例えば、越婢加朮湯を参考にして再度考えてみよう(実際は証に従って治療しなければならないのだが、わかりやすくするために、病名や症状で表現する事を許していただきたい)。越婢加朮湯を神経痛やリウマチの時に用いようとしたが、
(一)その患者は消化器系が弱いので麻黄剤は胃にこたえるであろうと、小建中湯あるいは安中散を合方する。
(二)その患者は痛みが強いので柴胡桂枝湯を合方する。
これらはいずれも良いように思われるかもしれない。しかしいずれも共通の落とし穴がある事を忘れてはいけない。すなわち越婢加朮湯は麻黄と石膏の組み合された薬方であり、止汗作用を目的に作られている。また小建中湯と柴胡桂枝湯は桂枝と大棗の組み合された薬方で止汗作用を目的に作られている。また安中散は桂枝の発汗作用を目的に配剤されているが、麻黄に比べると発汗作用は弱い薬方である。しかしこれらが合方されると麻黄と桂枝と石膏の組み合せとなり止汗作用から(あるいは弱い発汗作用から)強い発汗作用へと変わる。従ってこのような合方は避けなければならない事がわかる。
それではこのような処方があった場合は、どのように処理したら良いであろうか。いずれの場合も随証療法をしたら良いのは当然であるが、前記のように、消化器系が弱いからとか、痛みがあるのでその部分のみ強めようと考え仲合方するだけであるだけなら、次のような解決法もあるので検討していただきたい。
越婢加朮湯と小建中湯の合方の場合。
①小建中湯を裏証Ⅰの六君子湯に変える。
②または小建中湯と同様に、中焦に効果を現す補中益気湯に変えるなどが考えられる。
越婢加朮湯と安中散の合方の場合。
①安中散を同じ裏証Ⅰの六君子湯に変える。
②安中散を加味逍遙散に変える。
③安中散を変えるのではなく、越婢加朮湯を桂枝加朮湯に変える(少し虚証の薬方となるるが)などが考えられる。
越婢加朮湯と柴胡桂枝湯の場合。
①柴胡桂枝湯を小柴胡湯に変え、芍薬甘草湯を頓服とする(あるいは柴胡桂枝湯を除いて芍薬甘草湯を頓服とする)。
②越婢加朮湯を桂枝加朮湯にするなどが考えられる。
このように種々ある処理法の中で、より患者に適した方法を取れば良いのである。
ではもう一例、問題を考えていただこう(図53参照)。顔が赤い、胸や脇の圧迫感の症状は気の症状であり、手の痛む(筋肉痛)の症状は気または水の症状であり、汗が出にくい、涙が出やすい等の症状は水の症状であり、アザの症状は血の症状(この症状だけでは血があるとは言えない)であり、不眠、のぼせの症状は血または気の症状である。従ってこの患者も気、血、水のすべてが変調している事がわかる。しかし、主訴が上腕痛である事を考えると「気と血」の症状より「気と水」の症状が多い(重要である)と言える。従って「気と水」と「血と気と水」の合方を考えればよいのである。
ところで「気と水」の症状と見る時は順序だてて考えなければならない事は前記と同じであるが、「気と水」の単独の薬方で処理するなら、気、気または水、水の所にあるすべての症状について考えなければならないが、「気と水」「血と気と水」の合方であるならば症状によっては「気と水」の方の症状と、「血と気と水」の方の症状とに分けて考える事が出来るのは当然である。例えばいま、拡脇苦満と言う症状を「気と水」の方の症状としれば「気と水」の方の薬方に最初の柴胡剤という事になる。しかし胸脇苦満とか、食欲不振という症状を「血と気と水」の方の症状だとすれば、残りの症状は表の症状だけとなる。従って「気と水」の薬方としては①の胸脇苦満があるならば……という項は該当せず、②の表証のみ、あるいは少し半表半裏の症状がある程度ならば表証、麻黄剤、皮膚疾患の薬方を選用すると感う事になる。
いま、まず、後者の方の考え方で考えてみよう。この人は上腕痛を強く訴えているのであって、皮膚疾患を訴えているのではないので、当然皮膚疾患の各薬方は除かれる。また涙は出やすいという症状はあるが、全身の所に汗が出にくいと言う症状があること、および上腕痛が強いことより、実証である事がわかる。従って表証では麻黄湯、葛根湯を、麻黄剤では麻杏薏甘湯、大青竜湯、小青竜湯などの薬方が考えられる。今、この患者には冷えや瘀水の溜る症状が見られない事などにより、水の滞の出やすい大青竜湯、小青竜湯は除かれる。また強い筋肉痛がある事より、麻黄湯、葛根湯そのままでは効果が強い。従って加減方を考えないのであれば、麻杏薏甘湯が良い事がわかる。加減方も考えとなると、麻黄湯、葛根湯も考えられるが、この患者が腰の倦怠感も訴えているので、上焦だけに効果なある葛根湯の加減方を考えるのではなく、全身に効果のある麻黄湯を考えなくてはならない。更にこの患者にはのほせがあるが、寒を示す冷えが見えない事より、当然加減方としては麻黄湯加薏苡仁となる。さて、麻杏薏甘湯あるいは麻黄湯加薏苡仁を投薬するのであるならば、この患者は本来、食欲不振を訴えているのであるから「気と血と水」の方でそれを取り除ける薬方を考えなければならない事は当然である。従って柴胡剤(胸脇苦満、食欲不振)で瘀血も治せる薬方と言う事になり、加味逍遙散が考えられる。
次に前者の考え方、すなわち「気と水」の方に胸脇苦満をおいた場合を考えてみよう。当然、柴胡剤が考えられ、汗が出にくいので実証ととった場合、痛み(上腕痛)が精神的なものより来ているのであれば、柴胡加竜骨牡蛎湯などを考える事もあるが、この患者は使い痛みより来ているため該当する薬方はない(痛みが胸脇苦満に由来するものであれば強くても治る。また柴胡剤としてすできあげている薬方に限定しているので該当する薬方はないのであって、加減方も考えれば対応する薬方は作れる)。とすれば涙が出やすいと言う症状を取って、虚証まで考えれば柴胡桂枝湯が考えられる。とすれば残りの症状で「血と気と水」の薬方を考えなければならない事になる。残った症状は、汗が出にくい、不眠、アザ、のぼせ、耳鳴、夜間排尿(痛みのため)であるので解毒剤、下焦の疾患、駆瘀血剤(瘀血単独の症状でないので省略)、加味逍遙散の中で該当するものは防風通聖散と八味丸が考えられる。この患者が老齢である事、やせ型である事を考えれば八味丸の方がよりよいと思える。いま、八味丸だけであるならば、食欲不振があるので使用できないが、柴胡桂枝湯が合方されるので使用できる。
以上のように麻杏薏甘湯と加味逍遙散あるいは柴胡桂枝湯と八味丸が考えられるが農作業の使い痛みより起こった事を考えれば麻薏甘湯と加味逍遙散の方が良いと思う。
※このようにアレルギー体質であるとか、腺病質であるとか、
原文は「線病質」であったが、「腺病質」に訂正。
腺病質とは滲出性(しんしゅつせい)あるいはリンパ体質(アレルギー、湿疹などになりやすい体質)の小児や無力体質(体力のない体質)、神経質のこと。
※承気湯類などはほとんど体質改善を行なうことは出来ないものである。
承気湯類の中でも、桃核承気湯は駆瘀血剤でもあるので、体質改善できる。
ただし、桃心の品質に注意。
また、ここで書かれている体質できない漢方薬でも飲み続けていれば、薬効とは関係なく、年齢などで、改体は変わる可能性はある。
※体質改善の出来る薬方を合方する方が良い事は言うまでもない。
体質改善の薬方を合方すると、薬味が増え、薬効が弱まる可能性もあるので注意。
症状が激しい時は、「先急後緩」で体質改善は後にした方が良いかも。
※相応の処置
裏証Ⅰ(安中散等)や柴胡剤等を合方する、人参を加えるなど。
※駆瘀血剤では桂枝茯苓丸、加味逍遙散
単に、血-気ー水 であれば、駆瘀血剤として桂枝茯苓丸も候補となるが、
気-水 + 血=気-水 のように、合方する場合は
血-気-水の駆瘀血剤は加味逍遙散のみのはずなので、桂枝茯苓丸は候補とはならない。
※芍薬甘草湯を頓服
芍薬甘草湯は二味であるから効果があり、合方して薬味が増えると効果が弱くなるため頓服にする。基本的に芍薬甘草湯は合方しないのが村上先生の考え方。