健康情報: 生薬の配剤から見た漢方処方解説(10)

2019年8月3日土曜日

生薬の配剤から見た漢方処方解説(10)

誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(10)
 村上 光太郎

 I、駆水剤
  a、桂枝甘草湯、苓桂朮甘湯、茯苓甘草湯、苓姜朮甘湯(図36参照)
 桂枝甘草湯は、桂枝と甘草が配剤されたもので、桂枝の発汗作用、気の上衝を押える作用に甘草の急迫症状の緩解作用が加わり、心下悸が強く、自分で胸を押えなくては安心できない時に用いる薬方である。
 本方に茯苓、白朮を加えた苓桂朮甘湯は、茯苓と桂枝、甘草による心悸亢進やめまいを治す作用と茯苓白朮の胃内停水を除く作用、桂枝と白朮および茯苓の利尿作用が配剤されている。従って胃内停水があり、尿利減少しているため、その水により各種の異常を起こすものに用いる。この場合、桂枝が配剤されているため、気の上衝を治す作用があることは当然である。従って水毒は上焦へと向かっている事を表わしており、心悸亢進やめまいを生じるようになった人に用いる薬方となっている。
 これが苓姜朮甘湯になると、桂枝がないため、茯苓と白朮や乾姜の胃内停水を除く作用、乾姜による新陳代謝を亢めて温める作用だけとなるため、水毒は上焦へとは移動せず、下焦へと集まり、その部位に溜まるようになる。従って、胃部から腰部にかけて、水のため冷えを感じるようになる。本方の目標に「水中に坐せるが如く、また五千金を帯ぶるが如し」とあるのはこの水毒のためである。
 茯苓甘草湯は苓桂朮甘湯より白朮を除き、生姜を加えたもので、茯苓と桂枝、甘草の心悸亢進やめまいを治す作用と、桂枝と茯苓の利尿作用、生姜の胃内停水を除く作用がある。
 基本的には苓桂朮甘湯と同じであるが、苓桂朮甘湯の方には白朮が加わるため、胃内停水、利尿作用などの症状は茯苓甘草湯よりも強い時に用いる薬方である事がわかる。言い換えれば、苓桂朮甘湯は茯苓甘草湯より実証の薬方である事がわかる。
  b、苓桂朮甘湯、苓桂甘棗湯、苓桂味甘湯(図37参照)
 この三方の違いは白朮か大棗か五味子かの違いである。この三種の生薬のうち、白朮のみは茯苓ないし桂枝との配剤により薬効が変化する生薬であるが、大棗や五味子の薬効は変化せず、相加作用のみしかない。すでに「生薬の配剤から見た漢方処方解説(2)」の所で述べたように、鎮咳剤としては、五味子の方が大棗より実の薬味であり、大棗には精神的なものが加わる。他の薬味、すなわち茯苓、桂枝、甘草は三方とも共通であり、気の上衝のため、水毒は上焦に向かっており、心悸亢進やめまいを治す作用を持っている事は言うまでもない。
  c、猪苓湯、苓桂朮甘湯、五苓散、茯苓沢瀉湯、茯苓甘草湯、茯苓甘棗湯(図38参照)
 猪苓湯は茯苓と沢瀉、猪苓の尿利をよくする組み合わせに滑石の消炎、利尿、止渇剤と阿膠の止血剤を加えたものであり、尿の出が悪く、しかも血尿、蛋白尿など出ているものに用いる薬方である。しかし、桂枝がないため、本方の水毒は上焦には向かいにくいが、下焦の炎症が激しい時は、その熱によって気の上衝とともに水の上衝が少し加わる場合もある。
 五苓散は、苓桂朮甘湯の甘草を除き、沢瀉、猪苓を加えたもので、茯苓と甘草、桂枝の組み合わせが、茯苓と桂枝だけとなり、心悸亢進やめまいが少し弱く、反対に茯苓、沢瀉の利尿作用が桂枝と白朮または茯苓の利尿作用と重なるため、利尿作用は非常に強くなっている。従って五苓散は水毒が非常に強いため、「類は友を呼ぶ」と言われるように、水毒のため水を飲みたくなり、煩渇飲引と言われるほど、すなわち、いくら水を飲んでも飲みたりないほど強い時に用いる薬方である。
 これが茯苓沢瀉湯になると、茯苓と猪苓、沢瀉の組み合わせが茯苓と沢瀉だけとなり、利尿作用は少し弱くなるが、甘草が配剤されたため、茯苓と桂枝、甘草の組み合わせは完全となり、心悸亢進やめまいを治す作用も完全となる。また、生姜が配剤されているため、茯苓と白朮の組み合わせとともに作用して、胃内停水を治す作用は更に強くなっている。従って本方は利尿作用は強くなるが、胃内停水や心悸亢進、めまいなども強くなっていることがわかる。本方より更に沢瀉を除いて、利尿作用を弱めた形の薬方が苓桂朮甘湯である。この事は逆に考えれば、水毒が強く、その水毒を体外に強く排泄しなければならない時は五苓散を、それに対して水毒が少し弱くなれば茯苓沢瀉湯を、更に弱くなり、桂枝と茯苓、白朮だけでたりる程度であれば、苓桂朮甘湯を用いれば良いと言う事を表わしており、水毒の事より考えれば、一番実証の薬方が五苓散、ついで茯苓沢瀉湯であり、苓桂朮甘湯が更に虚証の薬方であることがわかる。
 茯苓甘草湯は、茯苓沢瀉湯より白朮を除き、 桂枝と白朮の利尿作用、茯苓と白朮の胃内停水を除く作用が除かれ、生姜の胃内停水を治す作用、桂枝と茯苓の利尿作用、茯苓と桂枝、甘草の心悸亢進やめまいを治す作用だけとなるため、茯苓沢瀉湯より虚証の薬方となる。
 本方と苓桂朮甘湯を比べても、本方には生姜の胃内停水を除く作用が加わっているが、茯苓と白朮の胃内停水を除く作用が減少し、更に桂枝と白朮の利尿作用が除かれているため、水毒は苓桂朮甘湯よりも弱い事がわかる。
 茯苓甘草湯と苓桂甘棗湯との違いは、胃内停水を除く生姜を配剤するか、精神的(急迫的な)咳嗽を治す大棗を配剤するかの違いである。従って両方の薬方とも茯苓と桂枝、甘草の心悸亢進やめまいを治すとともに、桂枝と茯苓の利尿作用があり、茯苓甘草湯は胃内停水が、苓桂甘棗湯は咳嗽がある場合に用いる薬方である事がわかる。また、これら両方とも苓桂朮甘湯より茯苓と白朮の利尿作用が欠けているため、茯苓甘草湯(生姜の胃内停水を除く作用はあるが、茯苓と白朮の組み合わせによって起こる胃内停水を除く作用より弱い)も苓桂甘棗湯も苓桂朮甘湯版り虚証の薬方である。
  d、苓桂甘棗湯、良枳湯(図39参照)
 苓桂甘棗湯は良枳湯に含まれている。良枳湯は茯苓と桂枝、甘草の心悸亢進やめまいを治す作用と、茯苓と桂枝の利尿作用、大棗の精神的な咳嗽を治す作用 などの苓桂甘棗湯証に更に半夏と枳実と良姜が加わった薬方となっている。従って半夏はすでに配剤されている甘草、大棗とともに鎮痛剤となり、枳実は気うつの順気剤であるため、心悸亢進、めまい、利尿、咳嗽、鎮痛のすべての作用が増強され、更に良姜による健胃作用も強まっている。
  e、平胃散、四苓湯(五苓散)、分消湯(図40参照)
 分消湯は平胃散より甘草、大棗を除き、四苓湯(五苓散より桂枝を除いたもの)と木香、香附子、枳実、大腹皮、縮砂、燈心草を加えたものであり、平胃散、四苓湯の薬効に、更に駆瘀血(香附子)、健胃(枳実、大腹皮、木香、縮砂)、利尿(大腹皮、燈心草)を加え、枳実による作用の増強が加わったものである。ところで、平胃散は蒼朮の麻痺作用に生姜の胃内停水を治す作用、陳皮の健胃作用が加わり、これらの作用が順気生薬の厚朴により強められている薬方である。また、四苓湯は五苓散より気の上衝を治す桂枝が除かれた薬方であるため、茯苓と白朮の胃内停水を除く作用、茯苓と沢瀉、猪苓の利尿作用だけとなっている。しかし、これらの作用は分消湯では平胃散の厚朴と更に加えられた枳実により強められているため、分消湯の水毒は五苓散より強く、更に健胃作用と駆瘀血作用が加わった薬方である事がわかる。
 j、その他
  a、不換金正気散、藿香正気散、平胃散、二陳湯(図41参照)
 不換金気散、藿香正気散の両方とも平胃散、二陳湯(去茯苓)を含んでいる。二陳湯(去茯苓)は半夏と生姜の鎮嘔作用、半夏と甘草(不換金正気散と藿香正気散は更に大棗が加わっている)による鎮痛作用、陳皮の健胃作用が含まれている。この二陳湯(去茯苓)に更に健胃剤の藿香、順気剤の厚朴、麻酔作用のある蒼朮が加えられたものが不換金正気散である。
 言い換えれば、平胃散に半夏と藿香を加えたものであり、急に起こった痛みを蒼朮によって麻酔し、また半夏と大棗、甘草の鎮痛作用も相乗的に働かせて痛みをとるとともに、陳皮、藿香の健胃作用、半夏、生姜の鎮嘔作用によって症状の緩解を図り、これらに順気生薬の厚朴が加えられて、更に強力な薬方となっているのが不換金正気散であるといえる。従工て不換金正気散は平胃散のように体力のあまり衰えていない、急性病的な症状に用いる部分(蒼朮)と各種の健胃生薬によって慢性的な症状を治そうとする部分を含んでいる。この不換金正気散より麻酔作用のある蒼朮を除き、鎮痛、鎮静作用のある白芷、利尿作用のある大腹皮、白朮、順気剤の蘇葉、排膿作用のある桔梗を加えたものが藿香正気散である。従って、水毒は藿香正気散の方が不換金正気散よりも強く、藿香正気散には排膿作用も加わっているが、不換金正気散のような麻酔性の鎮痛作用がないため慢性的な消化器系疾患に用いる薬方であることがわかる。
  b、小半夏湯、二陳湯、温胆湯(図42参照)
 半夏の鎮嘔作用を目的にすれば、小半夏湯となり、これを胃内停水を除くために、茯苓を加えたものが小半夏加茯苓湯である。更に健胃生薬である陳皮を加えれば二陳湯となり、胃が弱く、胃内停字によって嘔吐、悪心のあるものに用いるようになる。この二陳湯に解熱、止渇作用のある竹筎を加え、順気生薬の枳実を加えて作用を強力としたものが温胆湯であり、同様に胃が弱く、胃内停水によっては嘔吐、悪心はあるが、内熱により水の上衝が非常に強く、熱と水のため不眠を訴えるようになったものに用いる薬方であることがわかる。不眠が更に強くなれば、本方に黄連と酸棗仁を加えて用いられる。
  c、十味敗毒湯、荊防敗毒散(図43参照)
 十味敗毒湯と荊防敗毒散の違いは、十味敗毒湯には桜皮が配剤されているのに対して、荊防敗毒散には羗活、前胡、薄荷、連翹、金銀花、枳実が配剤されている事である。共通の部分は茯苓の駆水剤とともに、発汗、解熱剤の独活、防風、胃内停水を除く生姜、駆瘀血剤の川芎、桔梗と荊芥による消炎と排膿作用、柴胡の胸脇苦満を治す作用(実際は配剤量が少ないため、胸脇苦満とは現れず、胸のあたりが変だとか、アレルギー体質、虚弱体質などの体質改善が必要であるという事だけの事が多い)などがある。従って十味敗湯更には更に収れん、解毒作用、すなわち、皮膚病を治す桜皮とともに作用するので、胃内停水のみならず体表にも水毒があり、瘀血も少しあって、体表には炎症あるいは膿が溜りやすい体質傾向の人に用いる薬方である。荊防敗毒散は十味敗毒湯の桜皮を金銀花に替えて浄血、解毒作用とし、更に発汗剤となる羗活、薄荷、および鎮咳、去痰剤となる前胡を加え、更に連翹を加えることにより、桔梗と荊芥の組み合わせろ桔梗と荊芥、連翹の組み合わせとして完全とし、気うつの順気剤を加えて配剤された薬味の数の増加による作用の低減を防ぐとともに、増強された発汗作用を更に強力とした薬方である。従って、荊防敗毒散は十味敗毒湯より実証の薬方となっている。
   d、大承気湯、加味承気湯、通導散(図44参照)
 通導散には万病回春に記載の薬方と、一貫堂方では芒硝の有無が般なるが、芒硝は大黄とともに配剤されている事を考えれば、万病回春方が、一貫堂方より少し実に用いる薬方である事がわかる。
 さて、これらの薬方の基本となっている大承気湯あるいは大承気湯去芒硝は、大黄と芒硝(あるいは大黄のみ)の下剤の作用が、枳実、厚朴の順気生薬によって強められている薬方であり、強烈な下剤である。これに当帰、紅花の駆瘀血生薬を加え、甘草の諸薬の調和作用を加えたものが、加味承気湯であり、当帰や紅花の駆瘀血作用を下剤および気うつの順気剤により強い駆瘀血剤として、瘀血を強く排除しようとする薬方である。この加味承気湯に更に駆瘀血生薬の蘇木、気うつの順気生薬の帰国を加えて強力とし、合わせu健胃生薬の陳皮、利尿作用の木通を加え、水毒までも治そうと考えたのが通導散である。  (以下次号につづく)


※大棗や五味子の薬効は変化せず、相加作用のみしかない。
 桂枝+大棗(止汗作用)の薬効は現れないのか?

※従って本方は利尿作用は強くなるが、胃内停水や心悸亢進、めまいなども強くなっていることがわかる。
 猪苓が無い分、利尿作用は弱くなっているのでは?

※本方より更に沢瀉を除いて
 本方より更に沢瀉(と生姜)を除いて
 
※茯苓甘草湯は、茯苓沢瀉湯より白朮を除き、
 茯苓甘草湯は、茯苓沢瀉湯より白朮と沢瀉を除き、

※良枳湯は茯苓と桂枝、甘草の心悸亢進やめまいを治す作用と、茯苓と桂枝の利尿作用、大棗の精神的な咳嗽を治す作用iなどの苓桂甘棗湯証
桂草+大棗の止汗作用が書かれていないのは何故?

※藿香正気散
 胃腸薬や駆水剤としてよりも、夏風邪に使う漢方薬として有名。何故?

※これを胃内停水を除くために、
 これに胃内停水を除くために、

※本方に黄連と酸棗仁を加えて用いられる。
 加味温胆湯

※桜皮
 十味敗毒湯には桜皮を使うものと樸樕を使うものとがある。

※気うつの順気剤
 薄荷、枳実

※荊防敗毒散は十味敗毒湯より実証の薬方
 医療用漢方製剤には、十味敗毒湯はあるが、荊防敗毒散は無い。
 このため荊防敗毒散が使われる頻度は低いと思われる。
 『勿誤薬室方函口訣』には、十味敗毒湯は荊防敗毒散の加減方と記されている。
   荊防敗毒散は『万病回春』、十味敗毒湯は華岡青洲の創方。

※大承気湯去芒硝
 =小承気湯