健康情報: 七物降下湯(しちもつこうかとう) の 効能・効果 と 副作用

2014年3月3日月曜日

七物降下湯(しちもつこうかとう) の 効能・効果 と 副作用

漢方薬の実際知識 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
3 駆瘀血剤
駆瘀血剤は、種々の瘀血症状を呈する人に使われる。瘀血症状 は、実証では便秘とともに現われる場合が多く、瘀血の確認はかんたんで、小腹急結 によっても知ることができるが、虚証ではかなり困難な場合がある。駆瘀血剤は体質改善薬としても用いられるが、服用期間はかなり長くなる傾向がある。
駆瘀血剤の適応疾患は、月経異常、血の道、産前産後の諸病その他の婦人科系疾患、皮下出血、血栓症、動脈硬化症などがある。駆瘀血剤の中で、 抵当湯(ていとうとう)抵当丸は陳旧性の瘀血に用いられる。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は瘀血の証と水毒の証をかねそなえたものであり、加味逍遙散はさらに柴胡剤、順気剤の証をかねそなえたものである。

7 四物湯(しもつとう)  (和剤局方)
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)各四〕
駆 瘀血剤の中で虚証に属するものである。本方は婦人の聖薬といわれ、自律神経失調などの神経症状を呈し、出血によって、また、血液の偏在に よって貧血し、皮膚枯燥、腹部の動悸、発熱、不眠、煩操、冷え症などを目標とする。しかし、口唇が蒼白となるほどの貧血、胃腸の虚弱なものには用いられな い。本方は単独で用いることはまれで、種々の加減や合方が行なわれる。
〔応用〕
駆瘀血であるために、大黄牡丹皮湯や桃核承気湯のところで示したような疾患に、四物湯證を呈するものが多い。
(3)七物降下湯(しちもつこうかとう)  (大塚敬節)
〔当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)各四、黄耆(おうぎ)、釣藤(ちょうとう)各三、黄柏(おうばく)二〕
本方は、四物湯に黄柏、黄耆、釣藤を加えたもので、虚証で瘀血によって精神の異常興奮や沈滞を起こすものに用いられ、血圧更新、息切れ、動悸、頭痛などを目標とする。
〔応用〕
つぎに示すような疾患に、七物降下湯證を呈するものが多い。
一 高血圧症、腎性高血圧症、動脈硬化症、慢性腎炎、腎硬化症その他の疾患。



臨床応用 漢方處方解説 矢数道明著 創元社刊
p.661 虚証の高血圧症
49 七物降下湯(しちもつこうかとう) 〔大塚敬節経験方〕
 当帰・川芎・芍薬・地黄 各三・〇 釣藤四・〇 黄耆三・〇 黄柏二・〇
 (杜仲四・〇を加えて八物降火湯と名づける)

 大塚敬節氏の「症候による漢方治療の実際」高血圧の項、四五八頁にその目標の記載がある。
 「疲れ易く、最低血圧の高いもの、尿中に蛋白を証明し、腎硬化症の疑いのあるもの、また腎炎のための高血圧によい」と。
 大塚氏が生来虚証の体質でありながら、最低血圧が高くなり、眼底出血を起こし、黄連解毒湯を用いたところ、かえって出血が増し、四物湯で止血を思い立ち、これに脳血管の痙攣を予防する効があるという釣藤、毛細血管を拡大する作用があるという黄耆を加え、地黄が胃にもたれないように黄柏を加え、これを試用したところ、すべてが好転したという。更に降圧作用があるという杜仲を加えて八物降下湯と称し、虚証の高血圧に用いて有効である。

p.241
 高血圧の虚証で、柴胡剤や大黄剤を用いることのできないもの、腎障害などのあるものにはとくによい。これは大塚敬節氏の経験方である。さらにこれに杜仲三・〇を加えて「八物降下湯」と名づける。


和漢薬方意辞典 中村謙介著 緑書房
七物降下湯(しちもつこうかとう) [修琴堂]

【方意】 気による精神症状としての目眩・耳鳴・頭痛・のぼせ・肩背強急等と、血虚による疲労倦怠・顔色不良・皮膚枯燥等のあるもの。しばしば腎の虚証による頻尿・多尿等を伴う。
《太陰病.虚証から虚実中間》

【自他覚症状の病態分類】

気による精神症状 血虚 腎の虚証
主証
◎のぼせ
◎目眩 ◎耳鳴
◎頭痛 ◎頭重
◎肩背強急


◎疲労倦怠(腎虚)
◎顔色不良






客証  四肢のしびれ
 四肢攣急
  
○皮膚枯燥
 貧血
 衂血
 眼底出血

○頻尿
○多尿
 蛋白尿
 


【脈候】 弦やや緊・弦細。

【舌候】 淡白舌。乾湿中間の白苔。

【腹候】 腹力やや軟から軟。

【病位・虚実】 本方は四物湯加釣藤黄耆黄柏である。このため四物湯の主たる構成病態の血虚が共通し、太陰病位を中心に少陰病にわたって用いられる。血虚および腎の虚証があり全身的に虚証で広く用い現れる。

【構成生薬】 釣藤鈎4.0 黄耆3.0 当帰3.0 芍薬 川芎3.0 地黄3.0 黄柏2.0

【方解】 釣藤鈎は鎮静・鎮痙作用を有し、気の異常による精神神経症状に対応する。黄耆は滋養・強壮作用、特に表の水毒に対する利水作用、更に補気作用を有し気のめぐりを改善する。黄耆・釣藤鈎の組合せは血管拡張作用があり、鎮静・鎮痙作用も一段と強力になる。当帰・芍薬・川芎・地黄の四物湯は血虚に対応し、疲労倦怠・顔色不良・皮膚枯燥等を治す。補腎作用のある地黄は頻尿・多尿を治し、黄柏は健胃作用により、当帰・地黄を穏やかにする。

【方意の幅および応用】
 A 気による精神症状:のぼせ・目眩・耳鳴・頭痛・肩背強急等を目標にする場合。
    B 腎の虚証:頻尿・多尿を目標にする場合。
   高齢者の頻尿・多尿、慢性腎炎、ネフローゼ症候群

【参考】 *高血圧症で、最低血圧が高く、眼底出血が反復し、下肢のしびれ、疲労倦怠、頭痛、衂血、盗汗のあるものに有効である。高血圧が慢性化して、最低血圧の高いもの、腎炎または腎硬化症のある高血圧患者に良い。
『漢方診療医典』
*本方は最低血圧が高く、眼底出血を繰り返すものに有効とされている。
*本方意の血虚は燥証を伴う傾向があり血燥といわれる。 

【症例】 難治な高血圧症
 私は51歳の夏頃から、時々めまいがしたり、午後になると吐息が出たり、のぼせて頭痛がするようになった。秋になると腰が痛くなって、朝起きて靴下をはくにも苦しむほどになった。その頃、よほど血圧が高かったであろうが、疲れだからそのうちに治るだろうと相変らず診察を続けていた。翌年の3月22日の雨の日だった。どうもよく眼が見えない。近所の眼科で診てもらったところ、ひどい眼底出血とのことであった。しかも出血は相当前々から続いていたらしく、一部は結締織化しているということがあった。すべては手おくれで、視力は回復するべくもなく加速度的に悪化し、2ヵ月のちには明暗すら弁ずることができない状態となった。その頃の血圧の記録をみると、4月5日147/90、4月10日175/105、4月15日158/90という調子で、5月25日は170/104となり、4月10日とこの日がもっとも高かった。最低値の高いのが気になった。その間、私の飲んだ処方は、八味丸、黄連解毒湯、抑肝散、炙甘草湯、柴胡加竜骨牡蠣湯、解労散などであったが、病勢を少しも緩めることはできなかった。そこで色々と考えた末に、私の作った処方が四物湯に釣藤、黄耆、黄柏を加えたのであった。これを用い始めたのが、5月30日であった。この日の血圧は140/90であった。すると6月3日には126/86、6月4日には136/86、同5日には114/80、同6日には120/80という有様で、最高は120内外最低は80内外となった。そのことを馬場辰二先生に話したところ、この処方に七物降下湯という名をつけてくださった。
 釣藤には脳血管の罫線を予防する効があるらしいし、黄耆には毛細血管を拡大する効があるらしいので、これを用いることによって血圧が下がるのではないかというのが私の考えであった。四物湯を用いたのは止血の意味であり、黄柏を入れたのは、地黄が胃にもたれるのを予防するつもりで、まことにお粗末な恥しいような浅見で組合せて作ったものでう:
 7月の暑い日であった。どっと衂血が出はじめ、それが、口から鼻からもほとばしる。黄連解毒湯を飲んだが無効。とうとう耳鼻科の先生にタンポンをしてもらって、やっと止血した。2、3日たつと、右の足がしびれてきた。いよいよ脳出血の前兆かと思うと感慨無量である。しかしその頃の血圧は最高120内外で最低で最低は80内外であった。私は自分で一番良いと信ずる養生をしてみよう、そう決心すると心が軽くなった。
 それからやがて10年になる。私の右眼は失明をまぬがれ、脳出血にもならなかった。その間に、共著のものなど合して、7種類の漢方の単行本を診療の余暇に書いた。これは私の極康が良かったためである。
 私は自分の経験から、七物降下湯を用いるコツを覚えた。そして疲れやすくて最低血圧の高いもの、尿中に蛋白を証明し腎硬化症の疑のあるもの、腎炎のための高血圧症などに用いてみた。
大塚敬節 『症候による漢方治療の実際』 456


漢方医学 大塚敬節著 創元社刊
p.23
〔3〕七物降下湯(しちもつこうかとう)
 この薬方も釣藤が主薬であり、釣藤の外に黄耆(おうぎ)、黄柏(おうばく)、地黄(ぢおう)、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、芍薬(しゃくやく)の六味が入っていて、合計七味である。この薬方を創製したのは私であって、今から二十年前、高血圧症で眼底出血を起こして両眼が失明する寸前に、この方を考案して用いることによって、どうにか盲人にならないですんだ。そこで昭和三十年二月発行の『東洋医学会誌』(第五巻・第三号)に、「釣藤(ちょうとう)、黄耆(おうぎ)の加味による高血圧症の治療」と題して発表したが、ここには『症候による漢方治療の実際』の高血圧症の中から一部追加訂正して引用しながら述べておこう。

 私は幼少の頃から蒲柳の体質であったが、死ぬような大病はあまりしなかった。十八歳の時、肥厚性追炎の手術をしたさい、中耳炎になったことがあり、そのとき死ぬかもしれないと父母は気づかったという。四十一歳の時、腎石の疝痛で十日ほど床について、赤小豆大の石が二個出た。
 血圧は測ったことがなく、高いとは思っていなかった。しかし三十歳ぐらいの時から、朝、眼がさめると、ひどい頭痛がして起き上がれないことがたびたびあった。それが何の原因か自分でもわからなかった。ところが、それは夕食を食べすぎたり、夕食のあとで果物や菓子を食べると、その翌朝、頭痛が起こるということがわかったので、それをつつしむようになって、その頭痛はなくなった。それから朝食に重点を置き、夕食を軽くすますようにしている。
 私は酒もタバコものまない。砂糖の入ったものは嫌いである。塩せんべいや塩辛いものが好きである。ところで、戦災を受けて、いろいろの無理がたたったのか、五十一歳の夏頃から、ときどき眼まいがしたり、午後になると吐息が出たり、のぼせて頭痛がするようになった。秋になると腰が痛くなって、寝返りが困難となり、朝起きて靴下をはくのにも苦しむほどになった。その頃は、よほど血圧が高かったのであろうが、疲れだから、そのうちに治るだろうと、相変らず診察をつづけていた。翌年の三月二十二日の雨の日だった。どうもよく眼が見えない。おかしいなあと思ったが、曇っているからだろうと、まだ呑気(のんき)にかまえていた。三月三十一日の朝であった。寝床で額(がく)の字を見ようとしたところ、どうも変だ、右眼をつむって見ると、ほとんど見えない。これはおかしいぞと思ったが、まだ眼底出血だとは気付かない。しかし気になるので、近所の眼科で診てもらったところ、ひどい眼底出血だとのことであった。しかも出血は相当前々からつづいていたらしく、一部は結締織化しているとのことであった。すべては手遅れで、視力は回復すべくもなく、加速度で悪化し、二ヵ月の後には明暗すら弁ずることができない状態となった。
 その頃の血測の記録を見ると、四月五日までは書いていない。四月五日一四七-九〇、四月十日一七四-一〇六、四月十五日一五八-九〇。五月二十五日は一七〇-一〇四となり、四月十日とこの日が最も高かった。最低血圧の高いのが気になった。その間に私の飲んだ薬方は八味丸(はちみがん)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、抑肝散(よくかんさん)、炙甘草湯(しゃかんぞうとう)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、解労散(かいろうさん)などであったが、病勢を少しもゆるめることはできなかった。そこで、いろいろ考えた末に、私の作った薬方が四物湯に釣藤(ちょうとう)、黄耆(おうぎ)、黄柏(おうばく)を加えたものであった。これを用い始めたのが五月三十日であった。この日の血圧は一四〇-九〇であった。すると六月三日には一二六-八六、六月四日には一三六-八六、六月五日には一一四-八〇、六月六日には一二〇-八〇という風で、最高一二〇内外、最低八〇内外の理想的の血圧になった。そのことを馬場辰二先生に話したところ、その薬方に七物降下湯(しちもつこうかとう)という名をつけて下さった。
 その後も、これを引きつづき続けて飲んだが、これ以下に血圧が下がりすぎるということはなかった。現代医学の血圧降下剤は、分量が多いと下がりすぎて気力がなくなり、仕事のできなくなるということがあるが、この薬方は長く用いれば用いるほど、からだが快調になってきた。
 釣藤には脳血管の痙攣を予防する効があるらしいし、黄耆には、毛細血在を拡張して血行をよくする効があるらしいので、これを用いることによって血圧が下がるのではないかというのが私の考えであった。四物湯を用いたのは、止血の意味であり、黄柏を入れたのは、地黄(ぢおう)が胃にもたれるのを予防するつもりで、まことにお粗末な恥ずかしいような浅見で組み合わせて作ったのである。
 ところが六月の末に、税務所員が見舞にきた。私は驚いた。「先生が御病気だということを聞いて、お見舞にまいりました。今年は所得税を免税にしますから、どうぞ落ちついて充分に御養生ください」という。私は妙な復雑な心理状態になった。私は、いよいよ駄目だなあと溜め息が出た。税務所には、私の右眼もやがて失明して、盲目になるだろうということが伝えられていたらしいが、私には本当のことが語られていなかったのである。七月の暑い日であった。どっと衂血(じくけつ)(はな血)が出はじめ、それが口かろも、ほとばしる。物を言うこともできないほどである。黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を飲んだが、ますます出血はひどくなる。十八歳のとき肥厚性鼻炎の手術をしたときも出血がひどく、そのために中耳炎を起こしたのであった。私は出血しやすい体質であるらしい。こんな風で、とうとう耳鼻科の先生に鼻腔にタンポンをしてもらって、やっと止血した。私は動脈硬化のための出血であるから、いつ脳出血におそわれるかも知れないと思って悩んだ。二~三日たつと右の足がしびれてきた。いよいよ前兆かなあと感慨無量である。しかし、その頃の血圧は最高一二〇-八〇内外であった。
 慢性病は生活の反応であり、その人の精神状態や飲食物は慢性病の成立に特に重大な影響があると、私は、おそまきながら、この時になって、実感として気がついた。そこで私は、自分で一番よいと信ずる養生をしてみよう、それで悪くなるのであれば運命とあきらめるよりほかはない。そう決心すると心が軽くなった。そこで毎日の食べもの、飲みものを注意深くしらべ、自分がよいと信ずることを次々に実行に移し、悪いと考えるものは一切禁止した。そして今もこれを実行しているが、この食養が私の健康保持に非常に役立っていると考えるので、患者さん達にも、自分の経験をもとにして、飲食物の摂り方の指導をしている。この食養については次に項を改めて書くことにする。
 それからやがて二十年になろうとしている。私の右眼は失明をまぬがれ、脳出血にもならなかった。その間に、共著のものなど合して十数種の漢方の単行本を診療の余暇に書くことができた。これは私の健康状態がよかったためである。
 私は自分の経験から七物降下湯を用いるコツを覚えた。そして疲れやすくて最低血圧の高いもの、尿中に蛋白を証し、腎硬化症の疑いのある高血圧患者、いろいろの薬方を用いて奏効しない者に用いることにしている。このようにして、この薬方で血圧の安定した患者はどれほどあるか、たいへんな数に上ると思う。そのうち暇を見つけて統計をとってみたいと考えている。
 最後に締め括(くく)りとして、最近の一例を挙げておく。

 患者は大正五年生まれの婦人で、数年前から高血圧症で医治を受けているが、服薬中は血圧は下がっているが、血圧が下がると気分が悪くて無気力になるので、中止する。するとまた血圧が上がってくる。こんなことを繰り返している。血圧は最高が一八〇-二〇〇、最低が一〇〇-一一〇くらおを上下しているという。
 患者はやや背が高く中肉である。脈を診ると一分間に一二〇。このような脈は初診時に患者が緊張するためにみられることがあり、この患者の脈も多分神経性のものであろうと考えた。
血圧は一八八-一〇六。大便一日一食。月経順調。腹部は中等度に弾力があるかが、胸脇苦満(きょうきょうくまん)や腹直筋の緊張はみられない。下肢に浮腫があるが、尿の蛋白は陰性である。
 七物降下湯を投与。だいたい二週間ごとに来院して測った血圧は次の通りである。
 一六六-一〇六。一五四-九八。一五四-九六。一四八-九四。一四〇-九二。一四八-九六。一五六-九〇。一三八-九二。一四六-九二。

 『重要処方解説』
七物降下湯(シチモツコウカトウ)
大塚敬節  北里研究所附属東洋医学総合研究所/所長

 本日は七物降下湯(しちもつこうかとう)という処方についてお話しいたします。今までこの講座に出てまいりました処方は,古いものでは2000年ほど前の『傷寒雑病論』という古典から出てきたもの,新しいところでは徳川時代のものでありますが,この七物降下湯というのは,私が20年ほど前に作ったもので,非常に新しい処方であります。私がなぜこんな処方を作ったか,漢方には何万もの処方があるのに,なぜわざわざこういうものを作らねばならなかったか,そのことからまずお話しをいたします。

■七物降下湯の由来
 昭和28年(1953年),私が53才の時ですが,3月23日の朝,目が覚めて額を見たところがよく見えないのです。左の眼がほとんどまっ暗なのです。驚きまして近くの眼科医にみてもらいましたところ,「これはひどい眼底出血です。古くから出血しているらしくて,古いところは結締織化しているから,こちらの眼はだめです。右の眼も相当動脈硬化がひどいから,これも出血の恐れがあります」といわれたのであります。驚いて家に帰って血圧を測ったところが,最高が176mmHg,最低が114mmHgでした。ことに最低血圧が高いから,動脈硬化もかなりあったわけです。私は自分の血圧を測ったのはこの時が始めてで,自分で非常に驚いたわけです。その時に,眼底出血を吸収させて,血圧を落着いて動脈硬化に効くというような薬をいろいろ探し出して使ってみました。たとえば柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ),黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)などというものを使ったことはまだ覚えておりますが,そのほかのものはもう忘れてしまいました。しかし,何を使っても血圧は下がらないし,眼底の方の出血は日増しにひどくなって,ほとんど見えなくなってしまったのであります。5月になりまして,こんなことではだめだから,自分で新しい処方を考案しようという気になって考えついたのが,七物降火湯であります。
  この処方は,四物湯(シモツトウ)という昔からある処方に,釣藤(ちょうとう)と黄耆(オウギ)と黄柏(オウバク)を加えて七つの薬からできているので、七物降下湯という名前をつけたわけであります。四物湯は地黄(ジオウ),当帰(トウキ),川芎(センキュウ),芍薬(シャクヤク)という,いわゆる婦人病の薬が主になっておりまして,増血,止血,鎮静,強壮というような効があるので,これを元にして,これに血圧を下げる薬を加えてみようと考えたわけであります。
 四物湯というのは,昔からある婦人病の薬のもとであります。これに釣藤を入れようと考えました。
 釣藤とはカギカヅラと日本では呼ばれておりまして,トゲになっているところが釣針のようになっております。これは昔から子供のひきつけ,つまり熱が出た時ひきつける,びっくりする時ひきつけるという神経質な子供に用いて治す薬であったわけですが,のちになりますと大人の病気にも使われ,脳の血管の痙攣,脳動脈硬化があるのではないかと思われるような病気に使っております。浅田宗伯という先生はてんかんにこれの入った処方を使っております。和田東郭という先生は,中気のあとで怒りっぽくなって,怒ると手がふるえるというような患者にこのものの入った処方を使っております。l
 私は,これはわれわれにも適当な薬だと思って,このごろの生薬の本をひもといて,釣藤はどういう働きがあるのか,成分や薬理を調べてみようと考えて『最新和漢薬用植物』という本を見たところ,釣藤には毛細血管を拡張する作用があるということが書いてありました。それで,毛細血管が拡張すれば血圧は当然下がってくるし,血行はよくなるだろう,出血の予防にもよくなるだろうと考えました。そしてもう少し調べてよようと思って,加藤謙斉という徳川時代の医者の『六八本草』という本を見ますと,本草綱目を引用して次のように書いてあります。「釣藤は,そのトゲが曲がって釣針のようになっているのでそう名づけるのであるが,色が黄色で,蔓が細く,トゲの多いものがよい。古く今から1000年も前の唐の時代には蔓の皮を使ったが,のちの世になってトゲを使うようになった」とあります。そして「なるべく若いトゲの方が普通の10倍も効き,長く煎じると効かない」ともありますので、これは面白いと思って,さらに調べてみますと,トゲの部分の効力はすぐれているけれども,蔓の皮とは成分が違い,皮には葉とトゲにある成分がまったくなく,トゲや葉にはリンコフィリンというアルカロイドがあり,これを動物実験で研究してみると,少量で呼吸中枢が興奮して血圧が下がってきます。ちょうどジギタリスの葉のような作用があると書いてありました。
 これは面白い薬だと思いまして,そのころまであまり釣藤を使ったことはありませんでしたが,これを使ってみようと思って薬屋さんに注文したわけです。ところが薬屋さんが持ってきた釣藤はカギのところがいくらもなくて,ほとんど蔓のところばかりでしたが,とにかくそれを使うことにしました。ところが昔の人の書いた釣藤の働きを考えてみると,リンコフィリンというアルカロイドだけでは説明のできないことがあるので,釣藤の作用というのはリンコフィリンだけではなく,ほかにまだわかっていない成分があるに違いない,したがって皮の部分にはリンコフィリンがないのに,唐の時代にはこれを使って病気を治しているから,トゲの部分でないところでもいいだろうと思いまして,それを使うことにしました。
 次に黄耆は,満州では健康長寿の効があるといってお茶の代わりによくのまれていた漢薬でありまして,かつて満州医科大学で黄耆を調べたところ,これも毛細血管を拡張する働きがあることが証明されたのであります。黄耆は傷をして肉の上がりが悪い場合にこれをのませると,非常に血色のいい肉がどんどん上がってきます。寝汗が出る時にのませると盗汗がとまるというので,これは毛細血管が拡張したところに血液をどんどん送ってくることで説明がつくわけですから,これも血圧を下げる働きがあるに違いないと思いました。
 それから四物湯には地黄が入っておりますが,これは胃の弱い人には胃にさわることがありますので,健胃整腸の意味で黄柏を加えることにしました。黄柏は血圧に直接関係はないけれども,胃腸を保護するために入れたわけであります。
 さて,これをのみ始めてから2~3日で,血測が上は150mmHgを越さなくなり,下は100を越さなくなったのであります。そこでこれに力を得ましてのんでいるうちに,5月下旬には120/80mmHg台というふうに下がってきました。2~3日薬を休んでみても,血圧は安定して上がってこないわけです。そのころ馬場辰二という,赤坂で開業しておりました大家が私を見舞にこられましたので,この処方の話をしましたところが,その処方の名前を聞かれましたが,まだ名前はついていないと申しますと,先生は即座に七物降下湯ではどうかとおっしゃって下さいましたので,ありがたくいただいてこの名前にしたわけであります。
 こういう体験から,最低血圧が100mmHgを越す患者で,血圧の下がりにくい患者を選んでこの処方を使うことにしました。ある時会社の重役で,最低血圧が高くて頭が重く,気分がすぐれないという患者がきました。この人は57~58才でしたが,この処方をのませたところ,2~3日で頭が軽くなり,気分が明るくなったといい,10日ほどのむと,最高血圧が150mmHg台まで下がり,最低は90mmHg内外を上がらなくなってきました。それからも最低血圧の高い患者に使っているうちに,腎臓に故障があって尿に蛋白の出る患者は当然最低血圧が高いわけですから,こういう患者に使ってみたところが,驚いたことには,ある時血圧が下がっただけではなく,蛋白まで消えてしまったというので,これはいける処方だと思い雑誌などに内容を発表しました。

■使用目標
 それからいろいろ考えて,この処方を用いる目標をまとめたわけであります。四物湯というのは,血の働きが正常に働かず間違った働きをするのを調整する薬で,出血をとめるし,血を増やす働きがあるので,四物湯の働きを基盤にしなければならないと思いました。
 和田東郭という徳川時代の名医の本を見ますと,四物湯は腎の機能が衰えたために,肝の機能が乱れて血が盲動するのを治すものだと書いております。この腎とか肝というのは現行医学の腎臓,肝臓には当たらなくて,むしろ漢方でいう腎経とか肝経とかいうことになりますので,そのまま肝と腎に当てるわけにはいきませんが,東郭は,腎の働きの衰えた場合は水分の動悸がたかまるといいます。水分の動悸とは臍のところの動悸,すなわち腹部大動脈を臍のところでみると強く打っているので,これが腎の気の衰えた証拠であり,これが四物湯を使う一つの目標であるというのです。これは面白いと思って気をつけていると,全部ではありませんが,臍のところに自分の掌をあててみると,強く動悸を打う患者があります。これを四物湯を用いる目標の一つにしたわけです。
 私もあとで気がつきましたが,自分でも臍のところに動悸が強く打っておりました。大体臍のところの動悸が強い人は神経質です。絶えず気を病んで,気分が落ち着かない人が多いわけです。今日でいうノイローゼの患者です。これが四物湯を用いる一つの目標であります。次は血色もあまりよくないということです。初対面の時の印象が何となく暗い感じの患者が,七物降下湯を使う一つの目標になります。四物湯の患者も血色のすぐれないものが多いわけです。そういう時に血液の検査をしてみても,必ずしもひどい貧血がないのに,何となく明るさがない印象です。
 この四物湯に,毛細血管の拡張作用のある釣藤と黄耆を加え,さらに消炎作用,健胃調整のある黄柏を加えたものが七物降火湯でありますから,七物降下湯を用いるには,下半身(臍から下,足)が非常に冷える,夜1~2回,ひどい人は3~4回も小便が出る,疲れやすい,眼が疲れたり,眼が痛くなったりしやすいというところを目標に使った方がよいようです。私自身,下身半が冷える方で,夏でも靴下を2枚はき,冬では3枚はくという傾向で,夜は小便に1~2回行き,以前に腎臓を患ったことがあり,今でも風邪を引いたりすると蛋白が出たりします。ですから当然七物降下湯の目標になるわけであります。
 それから,患者を足を伸ばしてまっすぐに寝かして腹をみると,腹部はあまり膨満しません。ただ腹壁がやや緊張して,左右の腹直筋が硬く触れることが多く,体重が70kgを越すような肥満した人はありません。たいていは40~50kg台の人が多いようです。そして臍の動悸を触せることが多いけれども,その動悸が必ずしも著明でないこともあります。舌には白い苔がついている人は少ないです。あっても薄い苔で,あまり舌は乾燥していないのが特徴です。大便は毎日気持よく出る人が多いが,中には気持よく出ないという人もあります。
 この際には,私は乾燥した魚生草(どくだみ)5gを加えて煎じます。魚生草とわれわれがいっているどくだみは,血管を丈夫にする効がありまして,私の先輩らは狭心症の薬としてこれをお茶代わりにのませております。そして強心的働きもあり,お通じを多少ゆるめる働きもありますので,どくだみを入れました。しかし,どくだみといいますと患者が馬鹿にしますから,私たちは魚生草と呼んでおります。「何だ,どくだみか」と考えると効き目が劣ります。以上申し上げたような患者で,血圧の最低が高いものが目標になるようであります。
 この処方には地黄が入っておりまして,副作用として食欲が減じたり,嘔気を起こす人がありますので,黄柏を入れたのですが,今まで使った患者さんで,一人としてこの処方をのんだために副作用がどうこうと苦情をいった人はありません。私も胃腸が弱いのですが,七物降下湯で食欲が減ることはありません。現在の高血圧の薬は案外副作用があって患者さんから文句が出ますが,七物降下湯では苦情が出ないところを見ると,副作用がないのではないかと思います。

■鑑別処方
 七物降下湯と鑑別をしなければいけない処方は,柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ),八味地黄丸(八味腎気丸)くらいのものです。これらの処方については,この処方の解説を読んでいただいた方がここで少し話すよりはよくわかるのではないかと思います。
 それから私自身の経験ですが,動脈硬化で血圧が高い人は,食事に気をつけることが必要でして,何でも好きなように食べていたのでは,薬をのんでも治りがわるいので,薬をのまなくても大丈夫なような体になるには,日常の食事が非常に大切であります。私も長い間かかって食物の研究をしまして,現在,北里研究所にも手弁当を持ってゆき,食堂のものは食べないようにしております。そのため失明して24年目になりますが,私の眼は失明したあとで白内障になり,それから緑内障になりました。幸いに右の眼は失明せずに済んだのですが,日光の明かりもわからないほどひどい視力の喪失でありました。ところが今年の春から,不思議なことに右の眼をつぶって左の眼の前で指を動かしてみると,それが見えるようになりました。私は驚きまして,眼科の時人に話しましたところ,眼底出血をし白内障になり,緑内障になり,失明の原因が三つも重なって眼が見えるようになるわけがないといわれました。しかし急速にはいきませんが,少しずつだんだん視力が出てくるようになってきました。私は白物降下湯は半年くらいのんでやめて,あとはのみませんから,薬のためではなく,日常の食物がよいに違いないと思って,それを続けているわけであります。
 最後に七物降下湯の変方を一,二お話しいたします。七物降下湯に杜仲という薬を入れる方が一つです。戦争直後に中国から杜仲酒という酒が日本へ輸入され,高血圧の治る酒といわれました。それで,これは面白いと思って杜仲を買って七物降下湯に入れたので,八物降下湯になります。特にうんと効いたとは思いませんが,杜仲というのも面白いと思います。それから,のぼせて,あつくて血色がいい,赤い顔をしているのは,黄連解毒湯という処方に黄耆と釣藤を入れれば六物解毒湯(ロクモツデドクトウ)になりますが,このような処方を使ってもいいわけです。
 このように,患者さんによって使いわけてゆくことが何より大事でして,私は40kg以上になったことのないやせで,冷え症で,胃腸が弱いのですが,このような人に七物降下湯が効くのではないかと思いますので,お話し申し上げました。

※魚生草は魚腥草の誤り?


『■重要処方解説(44)』
七物降下湯(シチモツコウカトウ) 日本東洋医学会評議員 藤井 美樹

■出典
 七物降下湯(シチモツコウカトウ)という処方は,大塚敬節先生が創作した処方,つまり創方されたものであります。先生は昭和55年10に80歳でお亡くなりになりました。先生の医院は修琴堂大塚医院と申します。したがって,先生のお作りになった処方は修琴堂方というふうに『経験処方分量集』に出ております。
 この処方は先生自らが重い病気をなさって,いろいろ苦心されて創方なさった処方であります。先生が52歳の頃,高血圧症で眼底出血を繰り返して,ほとんど失明するのではないかという非常に危ない状態でありましたが,いろいろ処方を用いてみられたけれどもなかなかすっきりとよくならず,苦心惨憺の末に作り上げられたのがこの処方です。これによって反復していた眼底出血もだんだん収まり,血圧も下がってまいりまして,再び元気にご活躍なされるようになったということを聞いております。当時の漢方の名医であった馬場辰二先生が,この処方に7味の薬味が入っているものですから,七物降下湯という名前をつけられたということであります。
 大塚先生はこの貴重な自己体験を通じて,この七物降下湯を使うコツを覚えられて,その後たくさんの高血圧症の患者さんにこの処方を応用されて,その結果を昭和32年2月発行の『日本東洋医学会誌』第5巻3号に『釣藤(チョウトウ),黄耆(オウギ)の加味による高血圧症の治療」と題して発表しておられます。日本の漢方に使われている薬方には,古いものでは2,000年くらい前の『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』に出ている処方から,その後の時代の名医によって作られた処方,それから漢方が日本へ入ってきてから日本の優れた医師たちが,伝わった処方にいろいろと工夫を加えて作り上げた処方があります。これは徳川時代に特に多いのですが,そういうものを本朝経験方といいます。したがって大塚先生がお作りになった七物降下湯は,その本朝経験方の最も新しい名処方であるといえます。

■構成生薬・薬能薬理
 この処方の内容は,当帰(トウキ),川芎(センキュウ),芍薬(シャクヤク),地黄(ジオウ),つまり四物湯(シモツトウ)を基本に,釣藤,黄耆,黄柏(オウバク)の3つの薬味を加え,都合7味にした薬方であります。
 四物湯という漢方処方つまり薬方は,宋の時代の『和剤局方(わざいきょくほう)』に出ている処方であり,先ほど申しましたように,当帰,川芎,芍薬,地黄という7つの生薬から成り立っております。そしてこの薬方は,特に婦人の病いに非常に良い薬であるというので,聖薬というふうにいわれております。働きとしては造血作用,あるいは止血作用,鎮静作用,強壮作用などがあります。漢方の言葉でこれを,血虚の聖剤であるといっております。
 いま1つ四君子湯という薬方がありまし斉,人参(オタネニンジン)と甘草(カンゾウ)と,茯苓(ブクリョウ),白朮(ビャクジュツ)の入ったものですが,主に気力のない人に与えると非常にしっかりしてくるというので,これは気虚の薬であるといわれ,四物湯は血虚の薬であるといわれてきております。ついでに申しますと,この四君子湯と四物湯を合わせて八珍湯(ハッチントウ)と申しまして,さらにこれに桂枝(ケイシ)と黄耆(オウギ)が加わりますと,十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)といって非常に有名な処方になります。特にこれは,いろいろな難病,あるいは悪性腫瘍のあとの放射線療法とか,あるいは化学療法の後とか,あるいは大手術をした後などに使われております。この十全大補湯の中にやはり四物湯が入っております。
 そのようなわけで四物湯は各種の血行不順,出血などの場合に多く使われているわけであります。それに釣藤,黄耆,黄柏という薬味を加えたものがこの七物降下湯であります。大塚先生は,ご自分が病気をなさって苦しい闘病生活を送られ,いろいろな薬を使ってみてこの七物降下湯をお作りになって,それで病気がよくなられたということを詳細に書いておられます。それは『症候による漢方悩薬の実際』や,あるいは改訂版の創元社刊の『漢方医学』にも書かれています。
 それによりますと,先生は四物湯の止血効果を狙ったものであるということ,それから釣藤は,釣藤鉤(チョウトウコウ)ともいい,中国では鉤藤(コウトウ)とも申しますが,これはカギカズラでありまして,その名のようにちょうど魚を釣る針のようなとげがあるわけです。それが釣藤鉤の一番大事な部分であるとされております。一方,その蔓の皮の部分はあまり有効成分がないのではないかといわれております。近代の薬理学では,成分としては rhynchophyline,isorhynchophyline などが報告されております。
 この rynchophylline というアルカロイドは,動物実験によりますと少量では呼吸中枢が興奮して血圧が下がる,要するに血圧を下げてくれる,あるいはまた抗痙攣作用があると報告されております。漢方でいう古方ではこの釣藤鉤はあまり使われていず,成書によれば陶弘景(とうこうけい)の書いた『名医別録(めいいべつろく)』の中に出ております。昔は釣藤鉤の蔓の皮を使ったところが,後の世になってとげを使うようになり,とげの方がよく効くが,長く煎じているとあまり効かなくなるといったことが古書に書いてあります。この頃は薬屋さんから買いましてもとげのところが少ないようで,それでも使ってやはり効くとなりますと, rynchophylline あるいは isorynchophylline の成分だけではなく,何かほかの成分があるのではないかというふうに推定されるわけです。唐の時代には蔓の皮の部分も使って病気を治していたわけですから,こういうことが考えられると思います。
 次に黄耆ですが,これは中国産マメ科多年生植物カラオウギの根であります。これは昔の満州,今の中国の東北部では,健康長寿に効き目があるといってお茶の代わりによく飲んだといわれております。昔,満州医大で黄耆を調査しましたところ,毛細血管を拡張する働きがあるということで,血行がよくなるから血圧を下げるのだろうということであります。黄耆の働きとしては汗をとめたり,あるいは皮膚を丈夫にしたり,場合によっては手術のあとの肉芽を早く上げさせてくれたりするような作用があります。
 そのほか四物湯には,先ほど申しましたように地黄が入っております。地黄はちょっと胃腸の弱い人には胃に障る場合があって,食欲がなくなったり,あるいはおなかが痛んだり,あるいは下痢するというようなことがあるものですから,大塚先生は健胃,整腸の意味で,黄柏(キハダ)を加えたのであります。キハダは血圧には直接関係ないのですが,胃腸を保護する意味で入れたと大塚先生はいっておられます。

■現代における用い方
 以上のようにして七物降下湯が作られたわけですが,この薬方が向くような人はどのような人かと申しますと,基本的には四物湯が考えられます。四物湯が行くような人は大体皮膚の艶がよくないし,疲れやすいというようなことが基本にあります。血圧はどちらかといえば最低血圧が高く,このような人は検尿をしてみると往々にして蛋白の出ていることがあります。ですから腎臓障害を伴った最低血圧の高いような人,そして胃腸のひどく弱い人はちょっと困りますが,割合に胃腸はよいが体はあまり丈夫でない,疲れやすい,顔色が冴えない,色艶がよくないという人に向きます。またおなかを診るとおへそのところに動悸がしていることがあります。おなかに動悸がしているのは,やはり虚証であって,割合に神経質で疲れやすい(そうでない場合もありますが)ということがいえます。そのようなことが七物降下湯を用いる目標になっております。
 そして七物降下湯を用いる人の腹力は,それほど強くない,時によっては腹直筋がちょっと突っ張っている,舌はあまり苔が生えていず,生えていても薄い白い苔くらいである,脈は弦細のことが多いというふうなことがいえます。つまり,腎臓の動脈硬化,腎硬化症の疑いがあるというような患者さんに使うとよいといえます。
 それで七物降下湯とほかの薬方との鑑別診断ですが,おなかに動悸がするということで柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)があります。柴胡桂枝乾姜湯の場合もやはり疲れやすく,おなかに動悸がしていて,微熱が出たり,頸から上,頭に汗が出たり,ごく軽い胸脇苦満があります。
 もう1つの薬方は八味地黄丸(ハチミジオウガン),八味丸(ハチミガン)です。八味丸は附子の入った処方で,腎虚と申しますか臍下不仁があって,下半身が疲れ,腰が痛かったり,年齢が40歳以上であって,夜間多尿があります。そのほか糖尿があったり,白内障があると八味丸を用います。
 それから七物降下湯が向くような人でちょっと便秘気味の人には,大塚先生はよく魚腥草(ギョセイソウ)を加えられました。魚腥草というのはドクダミのことですが,血管を丈夫にする働きがあり,これを加えますと便を少し軟らげてよくなるということがあります。私も加えます。そのほかにちょっと大黄(ダイオウ)が使えるような人には七物降下湯に別大黄,あるいは加大黄として加えるととても具合がよいことがあります。
 また変方として,七物降下湯に杜仲を加えてもう少し血管を丈夫にする,全体的に力をつけるというので,八物降下湯(ハチモツコウカトウ)という名前をつけて使うことがあります。
 血圧が高くてのぼせて暑がりで血色のよい,赤い顔をしている,いわゆる赤い高血圧といわれるような人には黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)に釣藤と黄耆を加えて,六物解毒湯(ロクモツゲドクトウ)として使うとよいようであります。七物降下湯の方はどちらかといえば顔の色がよくありませんから,青い高血圧と申します持,弱いタイプで,血圧を診るとかなり高い,しかも最低血圧が大体100mmHg以上ある,そして疲れやすく何となく生気がないという人にこの七物降下湯がよいといえます。私も大塚先生に倣い,そのよう治人に使ってきております。
 もちろん高血圧の治療ですから,薬物療法とともに食事が非常に大事であり,食事を中心とした養生をしないと薬の効き目もよくないし,薬も要らないような健康状態に持ってゆくためにも,日々の食べ物は大事であります。

■症例提示
 次に七物降下湯の症例を申し上げたいと思います。まず大塚先生の症例を引用させていただきますと,患者さんは57歳の男子で頭が重く,血圧は160/100mmHgで,尿中に蛋白がありました。この処方を1ヵ月服用後血圧は150/90mmHgになり,2ヵ月後には蛋白尿が陰性になり,血圧が140/80mmHgになった。その後血圧はすっかり安定しているという症例です。
 それから私の最近の症例を申し上げますと,大正5年生まれの婦人で,血圧が高くて体が非常に疲れやすいということで,2ヵ所ばかりの病院で治療を受けて薬を貰っているが,体の調子がなかなか調わないし,血圧も下がらない,薬を飲んでいるとおなかの調子も何となくよくない,体が疲れる,頭が時々ジーンとなってくる,あるいは手がしびれるといった症状を訴えております。一見して七物降下湯が行くような,つまり四物湯が行くような顔色で,顔に色艶がな決て,何となく生気がない。おなかを診ると力がなく,舌は薄い白苔があるくらいです。それで七物降下湯を出しました。そうしますと血圧がだんだん落着いてきまして,現代医学の降圧剤をだんだん少なくして,最近では血圧が118/64mmHgくらいに下がっており,それとともに顔の色艶が良くなり,生気が出ております。lこの方は少し便秘気味なので大黄を少し別添して,家で自分で入れていただくようにしております。
 自覚症状のない高血圧もありますが,高血圧に一般的によく伴う症状,つまり頭が重いとか顔がのぼせる,肩が凝る,あるいは耳鳴りがするとかの症状が,この薬方によってだんだんとれてきて,血圧もすぐには下がってくれない人もありますが,だんだん血圧も落着いてくる。あるいはまた蛋白の出ていた人は少しずつ蛋白が少なくなってくる。 そして,それらの随伴症状という自覚症状がとれて自分の健境に対して少しずつ自信を取り戻すといいますか,顔に生気が出てきて,動作も何となく活気を帯びてくるということが見られます。これは漢方治療は全身療法ですから,元気が出てきてその人なりの健康を保っていけるようになるということであると思います。
 もう1つの症例は,巨大な子宮筋腫がもう20年近くあって非常に危ぶまれたのですが,漢方治療をしておりましたがとうとう貧血が来まして手術に踏み切り,そのあとに肝臓を痛めて輸血もしたわけですが,それは補中益気湯(ホチュウエッキトウ)でよくなりました。今度は少し高血圧になりまして,なかなか下がらないので七物降下湯を使いました。昭和8年生まれの方ですが,血圧がだんだん下がってきまして,今では大体落着いてまた元気に仕事をしておられます。大変大きい筋腫で,本当にどうなるのかと心配しましたが,ご本人があまり手術したくないものですから延ばし延ばししていたのですが,とうとう貧血が来て手術をして大きな筋腫をとった方です。その後,手術のあとに来た高血圧症が七物降下湯によって非常に落着いてきているという症例です。
 症例を申し上げればいろいろあるわけですが,この薬方を煎じ薬で使う場合の注意として,できればやはり生薬を吟味して,釣藤鉤は釣藤の鉤の多いものを使うようにした方がよいと思います。黄耆もやはり吟味して,晋黄耆(シンオウギ),つまりよい黄耆を使った方がよいと思います。
 そのようなわけで,七物降下湯は大変使いやすい薬方で,胃腸が弱くてどうかなと思うような方でも,黄柏が入っていたり,その他のことで結構うまく飲めて,私の場合は七物降下湯を出したためにおなかの具合が悪くなったということはほとんどないといってよいくらいです。胃腸が弱くてすぐ吐き気を催したり,下痢しやすい人はやはり四物湯の中の地黄が障りますから,その点は気をつけてお使いになって,うまくゆかなければほかの処方に変えてみるということが大切であると思います。
 本日は大塚先生が身をもって体験されたご病気から創方された,七物降下湯についてお話しいたしました。
 最近の治験例では,滝野川クリニックの佐藤金兵衛先生が,本態性高血圧症の随伴症状に対するツムラ七物降下湯エキスの使用経験を報告しています。何らかの随伴症状を有する本態性高血圧症の患者31名(男12名,女子19名)にツムラ七物降下湯エキスを1日5g,14日間連続投与し,自覚症状については,脳出血の後遺症による手足のしびれ4例を除いては全症例に有効であり,血圧降下作用は,最高血圧および最低血圧の高いものほど著明で,副作用はまったく認められなかったということです。

■参考文献
1) 大塚敬節,矢数道明;『経験処方分量集』.医道の日本社,1966
2) 大塚敬節;釣藤,黄耆の加味による高血圧症の治療.日本東洋医学会誌,5(3):39~40,1955
3) 官刻増広『太平恵民和剤局方』.復刻,燎原書店,1976
4) 大塚敬節;『症候による漢方治療の実際』.南山堂,1963
5) 大塚敬節;『漢方医学』.創元社,1973
6) 陶 弘景;『名医別録』〔2)より引用〕
7) 佐藤金兵衛;本態性高血圧症の随伴症状に対するツムラ七物降下湯エキスの使用経験,薬物療法,13:485~489,1980



『日本東洋医学会誌』 5(3):39~40,1955
釣藤・黄耆の加味による高血圧症の治療
 東京 大塚敬節
On the therapy of the hypertension by by seasoning with the rhizoma of. Astragalus Henryi and the thorn of Ouroupania rhynophlla

Keisetsu OTUKA

 高血圧症で,種々の治療を施しても効のないもの,血圧は降つても,頭重,不眠,眩暈,耳鳴,不安感,肩こり等の自覚症状の去らないもの,最小血圧の高いもの,腎障碍を伴うもの等に,一昨年から四物湯加釣藤黄耆黄柏或は黄連解毒湯加釣藤黄耆大黄,或は大柴胡湯加釣藤黄耆,或は柴胡加竜骨牡蠣湯加釣藤黄耆等を用いて,自覚症状が速に消失しているが,これによつて血圧が長期間にあたつて安定している者が多い。これらの治験例については,別の機会に一括して発表の予定であるが,何故にこんな加味を用いるようになつたか。これらの薬の薬効はどうか。この点について先づ考えてみたい。
 釣藤は元来小児の癇の薬として用いられたもので,名医別録には,「小児の寒熱,十二の驚癇を治す」といい,千金方,外台秘要にも,その小児門に於て,癇にぞくする病気にこれを用いている。けれども後世になると,この薬は小児に限らず,広く大人の癇にも用いられるようになり,近代医学の立場からみると,脳血管の痙攣若しくは脳動脈硬化症に用いてみてはどうだろうと考え,これに更に黄耆を加えた。黄耆は中国で不老長寿の薬として愛用されているが,このものに毛細管血を拡大する作用があるという報告があるので,これにヒントを得たのである。そして先づ自分に試用した。その時の処方は四物湯加黄耆釣藤黄柏であつたが,これの服用によつて,その当時最大一七〇最小一〇〇あつた血圧が数日で下降し,その後二ヶ年を経た現在最高一二〇内外最小八〇内外である。これに勢を得て,この加味を用い然患者は数十人に及んでいる。これらの経過の詳細は他日発表するからこれを省略し,釣藤については,一般の認識が浅いので,その撰品,薬効についてのべる。
 釣藤,また釣鉤藤ともいい,日本ではこれにカギカヅラをあてている。前戦には中国産の釣藤が輸入せられて,釣鉤のように曲つた刺の部分は探さねば見つからない程少なく,大部分が蔓である。効力の点で,中国産のものと,和産のものと,どの程度の差があるか,まだ比較検討したことはないが,わたしの経験によれば,日本産のものでも,結構効果がある。また刺の部分と,蔓の部分とでは,どちらが効力があるだろう。加藤謙斎の六八本草では,次のようにのべているが,これにもなお検討の余地がある。

  釣鉤藤「釈名」時珍曰く,其の刺,曲りて釣鉤の如し故に名くと。〔修治〕色黄色の藤細く,鉤多き者よし。古方は多く皮を用い,後世は多く鉤を用ゆ,其力の鋭きをとるのみ。梗を去りて嫩鉤を用ゆれば,其功十倍す。但し久しく煎ずれば即ち力なし。他薬の煎就するをまちて後,鉤藤を投じ,一二沸して即ち起せば,頗る力を得るなり。

とあって,刺の部分の効力のすぐれていることをのべている。しかし李時珍は,古方では主として皮を用いるとあるから,刺以外のものは,効力がないかどうか,もつと研究してみる必要がある。ここで時珍が古方といつたのは傷寒論,金匱要略には,釣藤を用いた方剤がないから,これらの古典を指したものでないきとは明らかである。唐代の孫思邈の備急千金要方をみると,釣藤皮を用いている。この釣藤皮は松岡定庵がその著千金方薬註で釣藤の木の皮であるとしているように,釣藤の蔓の皮である。この皮に対して刺を用いる場合には,釣藤鉤といつて,釣藤皮と区別するようになつたのである。しかし釣藤皮も釣藤鉤も同じ目的に用いている。近代の研究によれば,鉤の部分と葉とには,リンコフイリンというアルカロイドがあつて,このものは動物実験によれば,少量では呼吸中枢を興奮せしめて,血圧を下降せしめる一方,ヂギタリス葉作用を呈し,或は運動麻痺を来すという。ところで釣藤には,リンコフイリンによつて説明できない薬効があるので,釣藤の薬効をリンコフイリンの作用であるとするには,なお疑問が残される。従つて皮にリンコフイリンがないから,釣藤としての効果がないと断定することもできないのである。王燾の外台秘要をみると,釣藤皮を用いているところと,単に釣藤とあるところとある。この釣藤は釣藤皮の略なのか,釣藤鉤なのか不明であるが,そのどちらをも指していると解してよいのではないか。増広大平和剤局方の附録である図経は,いつ頃の時代の著述であるかはつきりとしないが,その中でも釣藤皮を用いることを指示している。李時珍が古方と称したのは,これらの著述をさしたもので,唐宋の間には,釣藤皮が主として用いられたものであろう。わたしが現在用いているものは,この鉤と蔓とのまじつたものである。
 次に六八本草には,釣藤は長時間煎じると効がなくなると云い,この説は本草備要の説を引用したものと思われるが,果してさうであるか,この点についても,今後の検討が必要で,わたしは他薬と一緒に始めから入れて煎じている。外台秘要には炙つた釣藤を用いる例があり,若し熱によつて効力の減ずる成分がありとすれば,これは問題である。
 さて釣藤の薬効については,本草備要に,「甘微寒,心熱を除き,肝風を平げ,大人の頭旋,目眩,小児の驚啼,瘈瘲,熱擁,客忤,胎風,発斑疹を治す。肝風相火の病を主る」といい,葉橘泉の臨床実用薬物学では,「解熱,鎮静,鎮痙薬で,各種病熱で神経系を侵す者,小児の驚癇,痙攣,脳膜炎,脊髄膜炎,婦人産褥熱,破傷風,神経性流行感冒,諸般の熱病で頭痛,拘急,痙攣,抽搐等の神経症状を呈する者に卓効がある」と説明している。
 釣藤のこれらの薬効を参酌して,わたしは一定の薬方に,釣藤黄耆各3.0を加味して用いているが,これを加えたための副作用は全くみられないし,頭痛,めまい,シビレ感等が速に消退する。従つて高血圧の患者で,このような自覚症状を訴える場合には,これを加味しているが,これによつて以上の愁訴が去るとともに,血圧も安定してするものが多い。


※釣鉤藤は釣藤鉤の誤り?
【参考語句】
・驚癇(きょうかん):僅かな刺激でも興奮して,ひきつける病気。
・驚啼(きょうてい): 神経質に泣くのを云い、夜啼などもこれに入る。
・瘈瘲(けいじゅう):けいれんを起こしたり、ひきつれること。
・熱擁(ねつよう):熱のために意識がふさがって、はっきりしない。
・客忤(きゃくご):物におどろいて、ひきつけたり、意識が一時消失すること。
・胎風(たいふう):初生児のけいれん。



【副作用】
重大な副作用:特になし

その他の副作用

頻度不明
消化器 食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢
[理由]本剤には当帰(トウキ)・地黄(ジオウ)・川芎(センキュウ) が含まれているため、
食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがあるため。
[処置方]原則的には投与中止にて改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと。

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