日本東洋医学会/副理事長 山田光胤 先生
参蘇飲
参蘇飲も『和剤局方』にある処方であります。
処方の内容は,紫蘇葉(シソヨウ),枳実(キジツ),桔梗(キキョウ),陳皮(チンピ),葛根(カッコン),前胡(ゼンコ),半夏(ハンゲ),茯苓(ブクリョウ),人参(ニンジン),大棗(タイソウ), 生姜(ショウキョウ),木香(モッコウ),甘草(カンゾウ)の13種類の組み合わせになります。証の概略は,先ほど申しましたように,少陽病の時期であります。風邪,感冒でも,数日ないし1週間前後長びいた時です。そういう場合で,胃腸のごく弱い人に使うのであります。
使用目標はしたがって,風邪をひいたり,熱が出て頭痛,咳,喀痰などを伴い,あるいは喘鳴を伴っておりますが,胃腸がふだんから弱いためと,病気が進んで少陽病の時期になっているために,心窩部がつかえたり,張ったりし,時には吐き気がしたり,水のようなものを吐いたりする時に使うわけであります。
もう少し説明をしますと,参蘇飲が合うような人は,ふだんから胃腸が弱くて,胃内停水があるような人であります。風邪をひいて熱の出始めには香蘇散などを使うとよいのですが,それが長びいて少陽病の時期になった時に,普通ですと小柴胡湯であるとか,柴胡桂枝乾姜xzなどを使えばよろしいのですが,ふだんから胃腸虚弱症が伴って胃が悪いというような時に参蘇飲を応用するわけであります。
したがって応用として一番使いますのは,風邪,感冒,またはそれに伴う気管支炎,あるいは胃の弱い人の気管支喘息などであります。また食欲不振を伴う神経症,たとえば神経性不食症などに使えることもあります。
症例については省略し,鑑別を申し上げます。すでにお話ししましたように,初期の発熱でしたら香蘇散を使うわけでありますが,少し日数がたった時にこの処方を使いますので,この処方の周辺には少陽病に使う処方がいくつかあります。そこで虚実に従って使い分けるわけであります。とくにふだんから胃腸が弱いというところ目標にしますと,参蘇飲を使う機会は非常に多いのであります。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
60 参蘇飲(じんそいん) 〔和剤局方・傷寒論〕
半夏・茯苓各三・〇 陳皮・葛根・桔梗・前胡(または柴胡)各二・〇 蘇葉・人参・枳殻・木香・大棗各一・五 甘草・乾生姜各一・〇
「四時の感冒、発熱頭疼、咳嗽声重く、涕唾稠粘、中脘痞満して痰水を嘔吐するを治す。中を寛(ゆる)め、膈を快(こころよ)くし、痰咳喘熱に効あり。」
胃の弱い人で、葛根湯や桂枝湯が胸に痞(つか)えるという、感冒に咳嗽を兼ねたものによい。
感冒・気管支炎・肺炎・酒毒・気鬱・悪阻などに応用される。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
参蘇飲(じんそいん) 〔和剤局方〕
【方意】 肺の熱証による咳嗽・濃厚な喀痰等と、脾胃の虚証・脾胃の水毒による悪心・嘔吐・心下痞等のあるもの。しばしば表の寒証による肩背強急・頭痛・悪寒・発熱等と,気滞による精神症状を伴う。 《少陽病,虚実中間》
【自他覚症状の病態分類】
肺の熱証 | 脾胃の虚証 脾胃の水毒 | 表の寒証 | 気滞による精神症状 | |
主証 | ◎咳嗽 ◎濃厚な喀痰 | ◎悪心 ◎嘔吐 ◎心下痞 | ||
客証 | ○胸内苦悶感 ○煩熱 肌熱 粘痰 乾咳 | 食欲不振 | ○頭痛 ○肩背強急 ○悪寒 発熱 | ○感情不安定 ○抑鬱気分 |
【脈候】 浮やや緊・細数・沈数。
【舌候】 乾湿中間で微白苔。
【腹候】 腹力中等度。心下痞硬がしばしばみられる。
【病位・虚実】 正証では肺の熱証が主であるため少陽病、表の寒証も顕著であれば太陽病との併病である。脾胃の虚証・脾胃の水毒があるため消化器の虚弱者にも用いることができる。脈力および腹力より虚実中間を中心にして用いる。
【構成生薬】 半夏3.0 茯苓3.0 桔梗2.0 陳皮2.0 葛根2.0 前胡2.0 人参1.5 大棗1.5 蘇葉1.0 生姜1.0 木香1.0 甘草1.0 枳殻1.0
【方解】 人参には滋養・強壮・滋潤作用があり、茯苓には利水作用がある。人参・茯苓の組合せは脾胃の虚証を治す。一方半夏・生姜の組合せは脾胃の水毒の動揺に対応し、人参・茯苓と共に悪心・嘔吐・心下痞・食欲不振を治す。陳皮・木香・大棗にも健胃・整腸作用があり、枳殻には腹満に対応すると共に健胃作用があり、以上すべての構成生薬は脾胃の虚証に有効に働く。葛根は表位に作用し蘇葉の温性と共に表の寒証に働き、肩背強急・悪寒・発熱等を治す。前胡・桔梗は肺の熱証に対応し、咳嗽・喀痰を去る。また、蘇葉・前胡の組合せは気滞を発散させ、感情不安定・抑鬱気分を解消する。甘草は諸薬の作用を増補する。
【方意の幅および応用】
A 肺の熱証+表の寒証:咳嗽・喀痰・肩背強急・悪寒・発熱等を目標にする場合。
感冒、アレルギー性鼻炎、インフルエンザ、気管支炎、肺炎
B 脾胃の虚証・脾胃の水毒:悪心・嘔吐・心下痞等を目標にする場合。 急性胃炎、妊娠悪阻、二日酔
C 気滞による精神症状:感情不安定・抑鬱気分を目標にする場合。
ノイローゼ、抑鬱気分
【参考】*感冒発熱頭疼を治す。或は痰飲凝結によって、兼ねて以って熱を為すに並びに宜しく之を服すべし。能k中を寛くし、膈を快くし、脾を傷ることを致さず。兼ねて大いに中脘痞満、嘔逆悪心を治す。胃を開き食を進むること、以って此に踰(こ)ゆることなし。小児童女亦宜しく之を服すべし。
『和剤局方』
*此の方は肺経の外感を発散し、内傷を兼ねて脾胃調和せざるを治するものである。四季の感界験信r発熱、咳嗽、痰飲を兼ね、飲食による内傷もあ責、中脘痞満、嘔吐、悪心等のあるものによい。胸膈を利して飲食を進めす。葛根湯を嫌うもの、又麻黄剤の用い難きもの、小児、老人、虚人、妊婦等の感冒、咳嗽によく用いられる。転じて気鬱、酒毒、悪阻等にも使用される。
『漢方後世要方解説』
*本方は元来脾胃の虚弱な者が感冒に罹患し、咳嗽が顕著になったが、桂枝湯や葛根湯では心下に痞えるというものに良い。
*森道伯翁がスペインカゼに本方を用いて著効を挙げている。肺熱(脈数・濃厚な喀痰・粘痰・咳嗽・肌熱の強いもの)に用い、肺寒(鼻汁・脈遅)には不適当である。胸内苦悶感・重篤感ざある。こじ罪た感冒・肺炎に良い。
【症例】肺結核と結核性腹膜炎の合併
33歳の主婦。肺結核に腹膜炎を併発し、3ヵ月程入院生活もしたがますます衰弱を加え容態悪化するばかりなので自宅に戻っていた。右肺は全面濁音で随所に湿性のラッセルを聴取し、熱は39℃を上下し、1日中烈しい咳嗽に苦しみ、腹は太鼓のように張って腹水が蓄っている。それに自汗盗汗、食思全く不振と来ている。脈はこ英病の最も危険な沈細数という、まず以て不治の証候が悉く備わっているものである。このような患者に咳嗽を主とした胸膈の薬方ではほとんど失敗であるから、まず腹中より先にする必要がある。激剤は用いられぬからと『回春』皷張門にある行湿補気養血湯を与えた。これがある程度奏効してまず食欲が進み熱が徐々に下り、咳嗽も減少して来た。その後参蘇飲を用服しているうちに全く蘇生したように健康体になってしまったのである。2年間で廃薬して家事を切り廻して些の疲労もなかった。
矢数道明『漢方と漢薬』7・1・54
慢性気管支炎
60尚の女性。やや肥満型で毎日孫の子守をしている。生来元気であまり大きな病気をしたこどがない。昨年春にカゼを引いて、それ以来多少良くなったり悪くなったりして、すっかり治ることはない。
昭和45年12月4日の初診で、熱はなく主訴は咳嗽である。痰は白く量も少なくて、喀出もあまり困難でない。胸部は呼吸音少し粗で乾性ラ音を聴く、そのほかは特別の所見なし。鎮咳袪痰剤を投与しそのうちに良くなると思ったが、1ヵ月経過しても駄目であった。そこで、胸部XP検査を行ったが、異常なかった。
患者は、発病以来数軒の医師を転々として、その都度色々と検査をしたが異常なく、感冒とか慢性気管支炎の診断で治療を受けていた。昭和36年1月9日、参蘇飲を出し3日間の服用で非常に良くなり咳もほとんどなくなった。再発をおそれてしばらくこの薬を続けたいと希望したので、20日分与えた。その後現在まで発病していない。
山本厳『漢方の臨床』18・6-7合併号・50
『漢方後世要方解説』 矢数道明著 医道の日本社刊
p.47
表裏の剤
方名及び主治
四二 参蘇飲(ジンソイン) 和剤局方 傷寒門
○感冒発熱頭疼を治す。或は痰飲凝節に因って兼ねて以って熱を為し、並びに宜しく之を服すべし。能く中を寛くし、膈を快くし、脾を傷ることを致さず、兼ねて大いに中脘痞満、嘔逆悪心を治す。胃を開き食を進むること、以って此に踰(こゆることなし、小児童女亦宜しく之を服すべし。
文献
参蘇飲と肺炎
「漢方の臨床」 第五巻 五号………細野 史郎
処方及び薬能
半夏 茯苓各三 陳皮 葛根 桔梗 前胡各二 蘇葉 人参 枳殻 木香 甘草各一 大棗 生姜各一・五
桔梗、前胡、蘇葉、生姜=肺経を発散し、
前胡、生姜、蘇葉、茯苓、葛根=組んで脾経の風を追い、
人参、茯苓、甘草=脾を補う。
陳皮、半夏=痰を除き嘔を止む。
枳殻、桔梗=膈を利し、木香気を廻らす。
解説及び応用
○此方は肺経の外感を発散し、内傷を兼ねて脾胃調和せざるものを治するものである。四季の感冒にて発熱、咳嗽、痰飲を兼ね、飲食により内傷もあり、中脘痞満、嘔吐、悪心等あるものによい。胸膈を利して飲食を進める。
葛根湯を嫌うもの、又麻黄剤の用い難きもの、小児、老人、虚人、妊婦等の感冒、咳嗽によく用いられる。転じて気欝、酒毒、悪阻色にも使用される。
○応用
①感冒、
②気管支炎、
③肺炎の軽症、
④酒毒、
⑤気欝の症、悪阻。
『活用自在の処方解説』 秋葉 哲生著 ライフサイエンス社刊
【効果増強の工夫】悪寒、呼吸困難など表寒の症候が強ければ、麻黄附子細辛湯を少量加味す る
【各種口訣の追加】
● この方、肺熱咳嗽、肌熱の強きを標的とすべし。肺寒咳嗽の者は用ゆるこ とを禁ず。
誤り用ゆれば、即時に害は見えねども虚労に変じて死す。このこと謙斎戒められて、
参蘇飲の用い損じ、労咳になること世上に間々 あること心得べし。
肺寒の証はしばしばくさめし、鼻に清涕を流し、脈遅 なり。
( 『餐英館療治雑話』 目黒道琢)
● この方を用いる目的は、肌熱の痰咳を目的に用いる方なり。
参蘇飲の脈は 沈数か、細数かなるべし。もし大数などには効無し。
( 『経験筆記』 津田玄仙)
● 参蘇飲の汗、汗出ずること久しくして、参耆等の薬を用いて効あらず。汗 乾けばすなわち熱す。これ風邪経絡に伏す。しばらく参蘇飲を与えれば病 やむ。 (同)
● 感冒に痰を挟みたる者に用ゆ。雑証すべて痰を目的にして用ゆ。中風の風 寒に感冒するに用いる定席なり。本方に中風の主治あり。また痰を目的と して用ひたるものとみゆ。
( 『漢陰臆乗』 百々漢陰)
上田ゆき子先生の口訣(日本大学医学部附属板橋病院)
女性であまり胃腸が丈夫でない人の風邪
香蘇散と使い分けを迷いますが、
私は香蘇散は少しの寒気やだるさなど体表の軽い症状の場合に用い、
参蘇飲は咽頭痛や胃腸症状などが明らか場合と使い分けています。
いずれにしてもやはりどちらも女性向き。
『かぜの隠れた名処方 ~その2 参蘇飲~』
織部 和宏著 織部内科クリニック院長
私に言わせると元来、脾胃気虚体質で日頃は四君子湯や六君子湯を処方したくなる、或いはしているタイプの人が風邪をひき香蘇散の時期を過ぎ、表証はまだ残っているものの少陽病期に半分は入っている人の感冒に使用すれば良い。葛根湯合小柴胡湯加味の虚証用の方剤である。こういうタイプの人は麻黄剤は勿論の事、柴胡でも胃にくる事があり、それで前胡(セリ科のノダケなどの根)を柴胡にかえて使用していると考えられる。 よって構成生薬を分かりやすく整理すると、六君子湯から朮を抜き、前胡、葛根、蘇葉、枳実を加味した内容である。そこでツムラの手帳では、「胃腸虚弱の人(六君子湯タイプ)の感冒で、すでに数日を経て(香蘇散の時期はすでに経って)、やや長びいた場合に用いる」。 1) 頭痛、発熱。(葛根、蘇葉、前胡)、咳嗽、喀痰(半夏、桔梗)などを伴う場合。 2) 心下部の痞え、悪心嘔吐(六君子湯加枳実)となる訳である。
『勿誤薬室方函口訣解説(69)』 (※同名異方の解説なので注意)
北里研究所付属東洋医学総合研究所医長 安井広迪
参蘇飲
まず参蘇飲ですが、宋代の『和剤局方』の中に同じく参蘇飲という処方があり、これは現在、風邪などに比較的よく使用しておりますが、ここで述べる参蘇飲はそれとはまったく別のもので使用する機会はほとんどありません。条文は、
「産後、面黒く、すなわち悪血および肺喘を発し死せんと欲するを治す。人参(ニンジン)、蘇木(ソボク)左、二味。一名山査湯(サンザトウ)。
此の方は血喘を主とす。また産後、瘀血、衝心のものにも用う。証によって即効あるなり」とあります。
これで参蘇飲というのは、人参と蘇木からそれぞれ一字ずつとって名づけられたものであることがわかります。記載されている適応症は、出産後出血過多、ある いは自律神経など、何らかの理由により呼吸困難を訴えてくるもので、それに対して強力な補気薬である人参と止血、活血作用のある蘇木を組み合わせ、速やか に病態を改善しようという意図をもっていると思われます。この二味にさらに麦門冬(バクモンドウ)を加えますと、蘇木湯(ソボクトウ)という処方になり、 やはり産後の呼吸困難に、とくに中国でしばしば使用されております。
【副作用】
重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症: 低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等) を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
2) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行う。
処置方法
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニ ン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行う。低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等 により電解質 バランスの適正化を行う。
その他の副作用
過敏症:発疹、蕁麻疹等
このような症状があらわれた場合には投与を中止する。
理由
本剤にはニンジンが含まれているため、発疹、瘙痒、蕁麻疹等の過敏症状があらわれるおそれがある。
原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等の適切な処置を行う。