『漢方精撰百八方』
60.〔方名〕治頭瘡一方(ぢずそういっぽう)または大芎黄湯(だいきゅうおうとう)ともいう。
〔出典〕勿誤薬室方函
〔処方〕忍冬3.0g 紅花2.0g 連翹、朮、荊芥各4.0g 防風、川芎各3.0g 大黄2.0g 甘草1.5g
〔目標〕俗にいう胎毒を治する目的で創製せられたもので、主として頭部、顔面の湿疹に用いる。
〔かんどころ〕乳幼児の湿疹で結痂を作るもの。便秘に注意。
〔応用〕湿疹。脂漏性湿疹。
〔治験〕湿疹
俗に胎毒とよばれる乳児の湿疹には、この方の応ずるものが多い。湿疹に結痂が厚くて、汚いものには、桃仁を加え、口渇の甚だしいものには石膏を加える。
分量は一才以下の方は、上記分量の四分の一から五分の一を用いる。
患者は生後六ヶ月の乳児。頭部、顔面、腋下、頸部、臀部に湿疹がある。膝関節の内側にも少し出ている。かゆみがひどくて安眠しない。頭部の湿疹は痂皮を結び、汚いが、他の部には痂皮をみない。
腹部は膨満し、血色はよい。便秘の気味で、浣腸しないと中々快便がない。
私はこれに治頭瘡一方を用い、大黄0.1gを入れた。半月ほどたつと、やや軽快したが、二、三日休薬すると、また憎悪する。二、三ヶ月たつと大黄0.1gでは便秘するので0.2gとする。これで毎日二,三行の便通があると、湿疹の方は軽快するが、便秘になると、憎悪する。
五ヶ月後には、全治したかに見えたので、一ヶ月あまり休薬した。すると、またぼつぼつ出てくる。こんな風で、一カ年ほど連用して全治した。
この方を婦人の脂漏性湿疹に用いて効を得たことがあった。ひどい痂皮とふけで、かゆくて安眠できなかったものが、この方を用いて三ヶ月ほどで全治した。便秘がひどかったので、大黄は一日量8gを用いた。
大塚敬節
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
98 治頭瘡一方(ぢづそういっぽう) 別名 大芎黄湯〔本朝経験〕
連翹三・五 川芎・蒼朮各三・〇 防風・忍冬各二・〇 荊芥一・〇 紅花・甘草各〇・五 大黄〇・五~一・〇
〔応用〕 中和解毒の効があるとされ、小児の胎毒に用いる。
すなわち、本方は半として小児頭部湿疹・胎毒下し・諸湿疹に用いられる。
福井家にては黄芩を加え、紅花・蒼朮を去る。
〔目標〕
小児の頭瘡で、分泌物・瘙痒・痂皮を認めるものである。
小児の頭瘡(大人でもよい)・顔面・頸部・腋窩・陰部等に発赤・丘疹・水泡・糜爛・結痂を作るもので、実証に属し、大体において下剤の適応するものを目標とし、通じのあるものは大黄を去る。長期連用する。
〔方解〕
連翹・忍冬は諸悪瘡を治し、防風は上部の滞気をめぐらし、風湿を去る。荊芥は瘡を治し、瘀を消し、頭目を清くする。紅花は血を破り、血を活かし、瘀を消す。蒼朮は湿を燥かし、川芎は諸薬を引いて上部に作用する。
〔加減〕桃仁・石膏を加えて、口渇甚だしく、煩躁するものに用いる。
馬明湯加忍冬連翹。馬明退(ばめいたい)(カイコの脱殻で解毒剤) 紅花・甘草各一・〇 鬱金四・〇 大黄〇・五 忍冬・連翹各二・〇
小児の頭部湿疹で陽実証のものに用いて効がある。
治頭瘡一方にて治らないものは、馬明湯加減方を用いるがよい。
〔主治〕
頭瘡を治す本朝経験方である。
勿誤薬室方函口訣には、「此方ハ頭瘡ノミナラズ、凡ベテ上部頭面ノ発瘡ニ用ユ。清上防風湯ハ清熱ヲ主トシ、此方ハ解毒ヲ主トスルナリ」とある。
〔治例〕
(一)小児頭瘡
一歳の女児。生後二ヵ月ごろから頭部・顔面に湿疹が現われ、瘙痒甚だしく、首より腋窩、腰部にまで拡大してきた。
栄養は中等度である。便通は一~二回普通便である。今まで別に何の治療もせずにきた。治頭瘡一方の大黄を去って与えたが、一〇日分服用すると瘙痒減少し乾いてきた。一ヵ月分の服用で、おおむね発疹は消退して廃薬した。 (著者治験)
(二)湿疹
一一歳の男児。某大学病院の皮膚科に入院して一年近くなるが、全身に発した湿疹が治らないと感う。これは一〇年ほど前のことである。この児は小さいとき胎毒が多く頭瘡を発し、二年前にも同じような湿疹で数ヵ月間入院治療をうけ、いったん好転したが再発し、再び入院したのである。いろいろ治療をうけたが、今度はどうしても治らないというのである。
全身糠を吹きかけたようで、地肌が赤味を帯び、瘙痒も甚だしく、掻くと分泌物が出て、眠れないほどである。病院でも、これ以上すぐには治りそうもないから、退院してもよいと、半ば見離されているとのことであった。
初め十味敗毒散加連翹一〇日分を与えたが、それほど好転の模様がないので、その湿疹が、ちょうど小児頭瘡の状態に似ていることから、治頭瘡一方を与えた。この方にしてから発疹は漸次消退し始め、二ヶ月間服薬して八分どおり快方に向かい、病院でもこれならばと治癒退院の許可を与えたという。
退院三ヶ月間引き続き本方を服用し、全治廃薬した。その後再発しないといって患者を紹介してきた。 (著者治験)
(三)大人の頭瘡
六六歳の婦人。三年来頭部に湿疹ができ、加療したが根治しない。臭気がひどく、手拭をかぶって彼内に蟄居している。前頭部から後頭部まで脂漏性の湿疹で、滲出物が堆積して、あたかも鉄甲でもかぶったようである。その堆積を押すと、脂漏性の膿汁が出る。臭気鼻を突くごとくである。瘙痒感甚だしく、手拭の上から掻くので、手拭は分泌物でにじんでいる。顔面は浮腫状で腎炎を併発している。尿蛋白は陽性で便秘している。頭瘡を先にして、腎炎はしばらく経過を見ることににした。
薬方は治頭瘡一方を与えた。服薬後一〇日で膿汁の分泌物は減少し、周囲はいくぶん乾燥してきた。痒みも快方に向か改aた。その後おいおい堆積物が周囲より剥離し、尿量も多くなり、顔面の浮腫も、いつとはなく消失した。しかし、蛋白は依然として陽性であった。一ヵ月後には頭部の瘡はほとんど剥離し、禿げのところを見るようにな責、二ヵ月後には全部の瘡が剥離し、頭部の大部分には残った頭髪とともに禿げの部を現わし、手拭を去って外出することができるようになった。 (高橋道史氏、漢方の臨床、六巻一二号)
『勿誤薬室方函口訣解説(47)』 日本東筆医学会理事矢数 圭堂
治頭瘡一方
まず治頭瘡一方(ジズソウイッポウ)ですが、これは一日大芎黄湯(ダイキュウオウトウ)とも申します。「忍冬(ニンドウ)、紅花(コウカ)、連翹(レンギョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、荊芥(けいがい)、防風(ボウフウ)、川芎(センキュウ)、大黄(ダイオウ)、甘草(カンゾウ)、右九味、福井家の方には黄芩(オウゴン)有り、紅花、蒼朮無し。此の方は頭瘡のみならず、凡て上部頭面の発瘡に用う。清上防風湯(セイジョウボウフウトウ)は清熱を主とし、此の方は解毒を主とするなり」とあります。
治頭瘡一方というのはまた大芎黄湯ともいいまして、忍冬、紅花、連翹 、蒼朮、荊芥、防風、川芎、大黄、甘草の九味から成っており、福井家の処方では、紅花と蒼朮を去って、黄芩を加えたものになっております。この処方は、元来小児の頭瘡、すなわち頭部の湿疹を治すものでありますが、大人にも用いてよく、顔面、頸部、腋窩、陰部などの発疹に用いられ、発赤、丘疹、水疱、糜爛、血痂を作るもので、実証に属し、大体下剤の適応するものを目標として用いるものでありますが、便秘がある場合には大黄を去って使ってもよいということになっておりまして、長期連用するものであります。
連翹と忍冬は諸悪瘡を治すというもので、悪性のできものを治す作用があるわけです。防風は上部の滞気を巡らすということで、上の方に気の滞っているのを巡らす作用があり、風湿を去る働きがあるのです。荊芥は瘡を治し、瘀を消す、頭目を清くする作用があるということです。紅花は血を破り血を生かし、瘀を消す力があるということで、瘀血作用があるということです。蒼朮は湿を乾し、川芎は諸薬を引いて上部に作用するものであります。これらの総合作用で頭部の湿疹に用いられる処方であります。
また治頭瘡一方の加減方として、口渇甚だしく、煩躁するものには桃仁(トウニン)と石膏(セッコウ)を加え用います。
また馬明湯忍冬連翹という処方がありまして、治頭瘡一方で治らないものに用いるとよいとされております。処方内容は馬明退(バメイタイ)、これは蚕の抜け殻で、解毒剤であります。それに紅花、甘草、石膏、鬱金(ウコン)、大黄、忍冬、連翹の八味で、頭部の湿疹で陽実証のものに用いるとされておりまして、治頭瘡一方と似たような処方ということでご紹介申し上げます。
『重要処方解説(56)』 日本漢方医学研究所理事 山田光胤
■出典 本朝経験 勿誤薬室方函口訣
本日は治頭瘡一方(ジズソウイッポウ)の解説をいたします。一名大芎黄湯(ダイキュウトウトウ)とも いいます。この処方の出典は本朝経験(ほんちょうけいけん)でありまして、これは日本の名医が,大体江戸時代に創案した処方であります。しかし本当のところ、どなたが創案して,どの書物に記載されているのかはっきりといたしません。浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣』にこの処方が記載されているのですが、出典の記載がありません。ただその中に,「福井家家方」の註文があります。福井家というのは,たぶん福井楓亭の一門ではなかろうかと思われますので,そのあたりから出てきた処方と思われます。
■構成生薬・薬能薬理
処方の構成生薬は,次のものであります。忍冬(ニンドウ)、紅花(コウカ)、連翹(レンギョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、荊芥(ケイガイ)、防風(ボウフウ)、川芎(センキュウ)、大黄(ダイオウ)、甘草(カンゾウ)の9味であります。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には、「また福井家方では、黄芩(オウゴン)があって、紅花、蒼朮がなし」という註文があります。これらの漢薬の薬能,薬理などについてお話しいたします。
まず1番目の忍冬は,スイカズラ科のスイカズラの茎であります。民間療法でも使われる薬草で,主要成分はタンニンとか苦味配糖体などがあります。
古典的な薬能としては、『一本堂薬選(いっぽんどうやくせん)』によりますと「尿道を通利し,もろもろの腫毒,梅瘡,疥癬,もろもろの悪瘡毒,淋疾等」となっております。解説しますと,利尿作用,諸種の腫れもの,梅毒, 疥癬,もろもろの悪瘡毒,淋疾等」となっております。解説しますと,利尿作用,諸種の腫れもの,梅毒,疥癬(この場合の疥癬は,必ずしも疥癬虫による疥癬ばかりではなくて,皮膚病一般を指すものと思われます)等の化膿性皮膚疾患,尿路の炎症疾患に用いる,ということになります。『本草備要』には「甘,寒(冷たい)、肺経に入る。熱を散じ,毒を解し,虚を補い,風(外からくる病毒)を療す。癰疽(化膿性のできもの),疥癬,癰梅,瘡梅(いず罪も顕性梅毒の症状),癥瘕,血痢(下痢,血便)などを治す」とあります。
現代医学的な薬理としては,糖質代謝の改善作用が認められております。古典的な薬能との関連はこの程度でありますが、忍冬はこの方剤だけではなくて,漢方ではいろいろな場面で用いられます。
次に2番目の紅花ですが,これはキク科のベニバナの開花列の管状の花で,これを摘んで集めたものです。
古典的な薬能としましては,これも『一本堂薬選』によりますと,「留血を破り,血気痛を療す」とあります。解釈しますと,血液の欝滞を除いて,気血の欝滞による痛みを治す,ということであります。いわゆる瘀血を除く,割合に穏やかな駆瘀血剤であります。『本草備要』によりますと「辛,苦(にがい),甘,温で肝経に入る。瘀血を破り,血を活かし,燥を潤し,腫を消し,痛みを止む。また経閉,便難(便秘のような状態),痘瘡(できもの)、血熱,毒あるを治す」とあります。
紅花の主要成分は,色素などがあるほかに,フラボノイドその他も認められておりまして,薬理作用としては,まず血圧の降下作用,免疫賦活作用,抗炎症作用などが認められております。
次は連翹ですが,これはモクセイ科のレンギョウ,その他近縁の植物の果実であります。レンギョウは,春になると黄色いきれいな花が咲きます。秋近くなるとその実ができ,それを摘んだものです。
古典的な薬能としては,『一本堂薬選』によりますと,「疥癬を療し,癬瘡,雑瘡を治す」とあります。解釈しますと,疥癬とかできものなど,皮膚の化膿性の疾患によい,ということになります。『本草備要』によりますと,「微寒,衝浮,そこで苦は心に入る。そして火を瀉す(熱を下げる)。もろもろの経絡の血凝気聚を散ず(血が集まったり,気が集まって動かないものを散ずることができる)。また腫(はれもの)を消し,膿を排す云々」とあります。主要成分としては,トリテルペノイド,リグナン配糖体,フラボノイドなどがあります。
薬理作用としては,抗菌作用,抗アレルギー作用などが認められております。
次は蒼朮でありまして,キク科のホソバオケラの根茎です。
古典的な薬能としては,『薬徴(やくちょう)』によりますと「利水を主る。故によく小便自利,不利を治す。旁ら心煩,身煩疼,痰飲,失精,下痢,喜唾を治す」とあります。解釈しますと,主として水分の代謝異常を治す,したがって頻尿,多尿,あるいは逆に小便の出にくいものを治す,体の苦しいような痛み,水毒による症状,遺精,夢精,帽子をかぶっているように頭が重く,めまいがする状態,下痢,唾を度々吐いたり,だらだらと流したりするような症状などを治す,となっております。『本草備要』によりますと「甘,温,辛烈(ひどくからい),また胃を乾かし,脾を強くす。また汗を発し,湿を除く。胃中の陽気を衝発する。吐瀉を止め,痰水を追い,腫満を消す。また悪気を去る云々」とあります。
主要成分は,精油成分であります。薬理作用としては,抗消化性潰瘍作用とか,利胆作用,血糖降下作用,電解質代謝の促進作用,根菌作用などがありまして,古典的な薬能をほぼ説明することができます。
次は荊芥でありまして,シソ科のケイガイ,アリタソウの花が咲いている時の地上部であります。荊芥についての古典的な薬能の解説はありませんが,『本草備要』によりますと「辛,苦,温,芳香にして散ず。肝経に入る。兼ねて血分を巡らす。性質が衝浮(浮き上がる働きがあって),よく汗を発する。また脾を助け(消化力を助ける),食を消す。血脈を通行す。瘰癧,瘡腫を治す云々」とあります。
次は防風でありまして, セリ科のボウフウの根,および根茎です。古典的な薬能は,『一本堂薬選』によりますと「骨節,疼痺,偏頭痛,風赤眼,四肢の攣急,背痛項強,回顧することができない」とあり,関節が痛み,強ばるもの,偏頭痛,眼が赤く充血し,四肢がひきつれるもの,背筋や頸筋が強ばって痛み,頸が回らないものを治す,となっております。『本草備要』には「辛,甘,微温,浮衝して,陽となる。頭目の滞気,経絡の留湿を散ずる。上焦の風邪,頭痛,頭眩,背中の痛み,頸の強ばり,周身(全身)の痛みなどを主る」とあります。
主要成分は,フロクマリン類とか,クロモン誘導体などがありまして,薬理作用としては,抗炎症作用が認められております。
次は川芎でありまして,セリ科のセンキュウの根茎です。古典的な薬能は,『一本堂薬選』によって解釈しますと,「性病による各種の皮膚疾患,化膿性のできもの,疥癬,癰,疔などを治す。膿を排除し,眼の疾患,頭痛,足腰の力が衰えたもの,手足の筋肉がひきつるもの,膿や血の混じった尿,月経異常,後産の娩出されないもの,難産の腹痛,陣痛発作,一切の皮膚疾患,病毒の停滞,全身の筋骨の痛みなど,諸疾患を治す。停滞した血液を破って血の巡りをよくする」といわれております。『本草備要』には「気を巡らし,風を除き,血を補い,燥を潤すのによろし」とあります。
次の大黄は,タデ科のいろいろなダイオウの根茎を用います。 薬能は,非常に重要なものがありますが,一番有名なものは瀉下作用です。しかし実際には瀉下作用でなく仲,むしろ消炎その他の薬能を期待して使われております。近代的な研究によりますと,主要成分としてアントラキノン類,その他のフェノール配糖体,タンニンなどが認められておりますし,薬理作用としては瀉下作用のほかに,抗菌作用,血中尿素窒素の低下作用,血液凝固抑制作用,抗炎症作用,変異性抑制作用などが認められている重要な薬であります。
古典的な薬能を省略しましたが,ごく簡単に申しますと,『薬徴』に「停滞している病毒を下す。したがって腹や胸の膨満や腹痛,便秘,小便の出が悪いものを治す。それから黄疸や,血液の停滞による病状を治す」となっております。
■古典における用い方
この処方の使い方は,古典的な用い方としては次のようになっております。浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』には,「この処方は頭瘡のみならず,すべて上部頭面の発瘡に用いる。清上防風湯(セイジョウボウフウトウ)は清熱を主とし,この方は解毒を主とす」とあり,要するに頭にできる化膿性の腫物や,体の上部や面部にできる皮疹を中心に使う,ということであります。清上防風湯との違いはこの通りであります。
また2番目に,これも浅田宗伯の『済生薬室(さいせいやくしつ)』に,「毛根部にのみ出る皮膚病にもよいが,すべて頭や顔に出るものによい」となっております。
3番目に『先哲医話(せんてついわ)』にあります福井楓亭の口訣として「張子和(ちょうしわ)曰く,およそ頭瘡,腫瘡の発するところ水気必ず集まる。故に下剤によろし。余,その説に基づき,頭瘡に蒼朮を加える。すなわち水気を去るためである。この実するものは牽牛子(ケンゴシ)を用いてよく奏効す」とあります。牽牛子には瀉下作用があります。
■現代における用い方
この処方の現代的な用い方,目標,応用疾患などについて申し上げますと,亡くなられた大塚敬節先生が汎用された処方でありまして,先生の著書の『漢方診療医典』に多々記載されております。これを読んでみますと「本方は日本の経験方であって,中和解毒の効があるとされ,小児の頭瘡で分泌物,瘙痒,痂皮を認めるものを目標として用いる。大体小児の頭瘡というが,少年や大人でもよい。顔面や頸部,腋窩,陰部などに発赤,丘疹,水疱,びらん,結痂を作るもので,実証の場合であり,下剤の適応するものが多い。便通あるものには大黄を去って用いる。小児の頭瘡は短期間では治癒が困難なものが多いので,ある期間の運用が必要である」とあり,方中の連翹,忍冬などの薬能の解説もあります。
そこでこのような用い方によって,小児の頭部の湿疹,胎毒を治し,諸湿疹などに用いられ,近年はアトピー性の皮膚炎などみもよく用いられます。私の経験では,成人男人の頭部にできるFurunkulosisがなかなか治らなかったのですが,この方剤を1ヵ月近く飲ませましたところ,根治した例があります。
鑑別処方
鑑別を要する処方としては,次のものがあります。清上防風湯は,浅田先生がちょっと解説されている通りです。消風散(ショウフウサン)は非常によく似た皮膚発疹の様相がありますが、漿液の分泌が見られる場合にこの方がよく効きます。
それから当帰飲子(トウキインシ)は,むしろ皮疹の様相があまりはっきりしないが非常に痒いという場合で,主として高齢者に現われます。たとえば老人性皮膚瘙痒症などに出ますが,子供のアトピー性皮膚炎で割合に乾燥性で,皮疹があまり元気のないような状態の時によく使われることがあります。
それから葛根湯(カッコントウ)が用いられる場合もありますが,これの適応症は比較的急性期で,瘙痒が非常に激しい場合であります。
次に症例ですが,大塚先生はこの処方をよく用いられてたくさんと症例がありますが,先生の著書の『症候による漢方治療の実際』に載っておりますので,省略いたします。
参考文献
1)浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版.近世漢方医学書集成巻95,名著出版,1982
2)香川修庵:『一本堂薬選』1729年~1737年(序)版.近世漢方医学書集成巻68~69,名著出版,1981
3)汪 昂:『本草備要』.泰盛堂,1982
4)吉益東洞:『薬徴』1771年版.近世漢方医学書集成巻10,名著出版,1985
5)浅田宗伯:『済生薬室』.浅田宗伯選集全5巻,谷口書店,1987
6)浅田宗伯:『先哲医話』1880年版.近世漢方医学書集成巻100,名著出版,1983
7)大塚敬節:『漢方診療医典』.南山堂,1969
8)大塚敬節:『症候による漢方治療の実際』.南山堂,1983
副作用
重大な副作用と初期症状
1) 偽アルドステロン症:
低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、 体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム 値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の 投与等の適切な処置を行うこと。
2) ミオパシー:
低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、 観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中 止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行うこと。 低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
過敏症:発疹、発赤、 痒等
このような症状があらわれた場合には投与を中止すること。
[理由] 本剤によると思われる 発疹、発赤、 痒、蕁麻疹等が 報告されているため。
[処置方法] 原則的には投与中止にて改善するが、必要に応じて抗ヒスタミン剤・ステロイド剤投与等 の適切な処置を行うこと。
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等
[理由] 本剤にはセンキュウ(川芎) ・ダイオウ(大黄)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、腹痛、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと
妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1) 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。
[本剤に含ま れるダイオウ(子宮収縮作用及び骨盤内臓器の充血作用)、コウカによ り流早産の危険性がある。]
(2) 授乳中の婦人には慎重に投与すること。
[本剤に含まれるダイオウ中のアントラキノン 誘導体が母乳中に移行し、乳児の下痢を起こすことがある]