『《資料》よりよい漢方治療のために 増補改訂版 重要漢方処方解説口訣集』 中日漢方研究会
13.甘麦大棗湯 金匱要略
甘草5.0 大棗6.0 小麦20.0
(金匱要略)
婦人臓躁喜悲傷欲哭,象如神霊所作,数欠伸,本方主之。(婦人雑病)
〈現代漢方治療の指針〉 薬学の友社
漢方では本方が適応するものを悲喜証とよんでいる。わずかなことで神経奮興が著しいもの,およびそれに伴う諸症に用いる。特に婦人や小児に好適で,神経興奮の原因がわずかなことであるにもかかわらずイライラしたり,あるいは悲しみ,これが亢じて痙攣症状を呈するものに奇効を奏するものが多い。就寝時に神経が高ぶり,ねつきが悪いもの。ねむりの浅いもの。あるいは長年不眠に悩まされていると訴えるもの。夜中に恐怖して泣きわめく小児夜泣き症。または小児夜驚症。テンカンやヒステリー発作あるもの。本方と類似の症状を発現するものに次の諸処方があるが,そのおもな鑑別法な次の通りである。
〈甘麦大棗湯〉(虚弱な小児や婦人)神経過敏で厭世的傾向があったり,または他愛なく喜ぶもの。
〈桂枝加竜骨牡蛎湯〉(虚弱な人の神経症)神経衰弱気味で心悸亢進や胸腹部に動悸を自覚するものの神経症,性的ノイローゼに用いることが多い。
〈小建中湯〉(腺病質,貧血症の神経症)神経質で疲れやすく,胃腸虚弱なものの神経症。
〈柴胡加竜骨牡蛎湯〉(体力あるもので,便秘するもの)物ごとに驚きやすく左右季肋部や腹部が充実したり,あるいは圧迫感あるものの神経症。
〈類聚方広義〉 尾台 榕堂先生
蔵は子宮な責。此の方の蔵躁を治するは,能く急迫を緩むるを以てなり。孀婦(未亡人,やもめ)室女(未婚の処女),平素憂鬱無聊にして夜々眠らざる 等の人,多くは此の症を発す。発すれば 則ち悪寒発熱,戦慄錯語,心神恍惚として居るに席を安ぜず,酸泣(悲しみ泣く)すること已まず。此の方を服すれば立ちに効あり。 又癇症,狂症,前症にほうふつたる者また奇験あり。
〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此の方は婦人蔵躁を主とする薬なれども,凡て右の腋下臍傍の辺に拘攣や結塊のある処へ用ゆると効あるものなり。又小児啼泣止まざる者に用いて速効あり。又大人の癇に用ゆることあり。病急なるものは甘を食いて之を緩むの意を旨とすべし。
〈漢方治療の実際〉 大塚 敬節先生
方輿輗「この方はまれに男子に用いるけれども,もっぱら婦人の癇に用いる。心ぼそがって部屋の隅に這入って泣いているなどと云うものに用いる。そのうちでこの方は甘味を嗜むものによい。甘いものを食べると,腹がゆるむというものにことによい。この証では腹がひっぱっているものが多いが,そのひっぱりを目的にしない。ある人の伝にこの方を用いるには右の腹がひっぱっているのを目的にすべしとある。またこの方は悲傷がなくてもたびたび欠伸する者に用感ても効がある。
百恢一貫:小児が夜中にふと起きて家の中を廻りあるき,またふとして寝床に入って眠り,翌日,その事を知らない事がある。これ等の症は男女とも甘麦大棗湯のゆくところである。とかく甘麦大棗湯は蔵躁悲笑が目的である。
〈漢方処方解説〉 矢数 道明先生
両腹直筋,とくに右直腹筋が攣急し,脳神経系統に急迫の状あるものを目標とする。金匱の条文に「婦人臓躁」とあってこれは今日のヒステリー,あるいは躁鬱病などに相当し,ゆえなく悲しみ,些々たることにも涕泣し,不眠に苦しみ,甚だしいときは昏迷,または狂躁の状を呈し,あくびを頻発するなどの症状を目標とする。
本方は婦人にはよく効くが男子には効かないといわれているが,必ずしも決定しがたい。主として婦人に適応するものであるか,男子でも女性的な病症を呈するものには用いてよい。
〈方輿輗〉 有持 桂里先生
「此の方は金匱に婦人蔵躁とあれども,男女老少に拘らず,妄りに悲傷哭する者に一切之を用て効あり。蓋し甘草,大棗は急迫を緩めるなり,小麦は霊枢に心病宜しく小麦を食ふべしと云い,千金に小麦は心気を養ふと云ふ。凡そ心疾にて迫るものに概用して可なり。近頃一婦人あり。笑て止まず,諸薬効なし,ここに於て余沈思すらく笑と哭くとは是は心に出るの病なりと,因て甘麦大棗湯を与ふるに不日(日ならず,やがて)にして愈ゆることを得たり。」と。
『明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
甘麦大棗湯(金匱)
処方内容 甘草五、〇 大棗六、〇 小麦(砕) 二〇(三一、〇)
必須目標 ①精神分裂症または神経質。
確認目標 ①笑ったり、泣いたり、気分がくるくる変る ②よく欠伸する ③不眠
初級メモ ①小児の夜啼きに繁用する。シロップ剤としてもよい。
②神経興奮による不眠には本方に、トランキライザーを加味するとよい。
中級メモ ①金匱の条文「婦人蔵躁」については蔵は心臓となす説、子宮なりという説など色々あり未だ決定した結論は出ないが、この点は左程こだわる必要はないであろう、蔵を子宮とすると、蔵躁は陰部掻痒症となる。
②同じヒステリーでも半夏厚朴湯は内攻的で静かだが、甘草(急迫を治す)を含む本方や甘草瀉心湯は、急迫症状あり、動的で看病人を困らせる。
③本方と甘草瀉心湯との区別は、本方は心下痞なく、甘草瀉心湯は心下痞あり、腹中雷鳴を伴う。
④本方証のような精神異常を起す真の原因は瘀血にあると思われる。しかし本方に駆瘀血の作用はないから本方で一時的に小康を得た後は、腹診によって駆瘀血剤を与える必要があろう。
⑤南涯「内病。血気逆して気、心に迫るを治す。その症に曰く、蔵躁は気逆の症なり。曰くしばしば悲傷し哭かんと欲するは、これ心に迫るの候なり」。
適応症 ヒステリー。神経衰弱。不眠。舞踏病。子宮痙攣。小児夜啼き。
『漢方処方の手引き』 小田博久著 浪速社刊
甘麦大棗湯(金匱)
甘草:五、大棗:六、小麦:二〇。
(主証)
躁鬱気質。
(客証)
あくびをする。腹皮攣急(腹壁全体、特に右側の緊張が強い。)
(考察)
気の急迫を鎮める。
鬱気質→半夏厚朴湯。香蘇散。
神経症→柴胡加竜骨牡蠣湯。桂枝加竜骨牡蠣湯。
上衝(怒り)、興奮しやすい→承気湯類。
金匱(婦人雑病門)
「婦人蔵躁(臓腑の動きの異常によって、精神活動に影響を与えること)、喜悲傷して哭せんと欲し、象神霊のなす所の如し、しばしば欠伸する。」
『漢方医学』 大塚敬節著 創元社刊
甘麦大棗湯
〔目標〕 発作性の興奮、急迫性の痙攣がある患者で、故なくして悲しみ、些細なことに泣き、甚だしいときは昏迷、狂躁、意識消失などのあるものを目標とする。また、しきりに欠伸(あくび)するものを目標にすることもある。
〔応用例〕 ヒステリー。舞踏病。チック病。乳児の夜泣き症。痙攣性の咳嗽。
『症状でわかる 漢方療法』 大塚敬節著 主婦の友社
甘麦大棗湯
処方 甘草5g、大棗6g、小麦20g。
目標 神経の興奮がひどく、筋肉の緊張、ケイレンの状を呈するもの。
応用 ヒステリー。舞踏病。チック症。乳児の夜泣き症。ケイレン性のせき。テンカン。