誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(8)
村上 光太郎
C、駆瘀血剤
a、桃核承気湯、調胃承気湯(図・16参照)
桃核承気湯と調胃承気湯を見ると、桃核承気湯には調胃承気湯が含まれている。今、調胃承気湯の大黄、芒硝は強い下剤であり、甘草は二薬の調和および、弱いながらも大黄、芒硝の作用発現時に起こる腹痛を防ぐ作用がある。従って桃核承気湯も強い下剤であることがわかる。桃核承気湯には調胃承気湯に更に順気生薬の桂枝と駆瘀血生薬の桃仁が加えられているため、調胃承気湯より更に下剤の作用は強くなり(順気生薬による)、駆瘀血剤の作用も強くなっている(下剤、順気生薬による)。従って桃核承気湯を駆瘀血剤として使用する場合には、常に下剤の作用がある事を忘れてはならない。
b、四物湯、七物降下湯、八物降下湯(図・17参照)
これら三方の関係は、四物湯を基本として七物降下湯が作られ、更に七物降下湯を基本として八物降下湯が作られたものである。従って、当然四物湯の駆瘀血剤の薬能は他の薬方へと受けつがれ、七物降下湯では更に黄耆の表虚を治す作用、釣藤の鎮静、鎮痙作用、黄柏の消炎性健胃の作用が加わる。また八物降下湯では釣藤と黄耆の組み合わせによる降圧作用を目的にするだけでなく、更に降圧作用のある杜仲を加えることによって作用の増強が図られている。
c、十全大補湯、連珠飲、八物湯(図・18参照)
十全大補湯と連珠飲との関係は連珠飲に人参(全身の水毒)と黄耆(表虚、寝汗)が加えられたものが十全大補湯であり、十全大補湯と八物湯(別名八珍湯)との関係は八物湯に桂枝(気の上衝を治す、茯苓と甘草と共に心悸亢進やめまいを治す)と黄耆が加えられたものが十全大補湯である。また連珠飲と八物湯の関係は桂枝が入るか、人参が入るかの違いとなる。すなわち上焦の症状が多くなれば連珠飲であり、全身の症状なら八物湯であるとも言える。これらの関係をさらに単純な薬方で見ると更に明瞭となる。すなわち連珠飲は四物湯と苓桂朮甘湯の合方よりなっており、八物湯は四湯物と四君子湯の合方よりなっているからである。
d、胃風湯
胃風湯は八物湯去甘草、地黄に桂枝、粟を加えたものとして考えることが出来る。また前記のCの関係図を考え合わせると、連珠飲去甘草、地黄に人参、粟を加えたとも考えることができる。すなわち、十全大補湯の黄耆を除いて粟を加え、更に地黄、甘草を除いたものであると言える。地黄の強壮作用がなくなっているという事は、胃風湯が十全大補湯より少し実証の人に用いる薬方である事を現わしており、甘草が除かれている事は、薬味の数が多いので薬効にはほとんど関係はない。また黄耆が除かれているので表虚(寝汗)もなく、粟が配剤されているので裏虚(特に腸管の弛緩)を治す作用がある。言い換えれば胃風湯は十全大補湯より表実裏虚証の人に用いる薬方であるといえる。
e、柴胡清肝散、荊芥連翹湯(図・20参照)
柴胡清肝散と荊芥連翹湯の関係はいずれも温清飲に桔梗と連翹の組み合わせと、柴胡、および薄荷、甘草が配剤されており、荊芥連翹湯には発汗解熱作用のある防風と、桔梗、荊芥・連翹と共に排膿作用のある白芷が配剤されており、これらの作用を枳殻によって増強させている。従って柴胡清肝散と荊芥連翹湯は非常に良く似た薬効をもった薬方であることがわかる。ただ牛蒡子は先天的な体毒を、桔梗、荊芥、連翹と白芷の組み合わせは蓄積された体毒を治すとする区別もある。
D、表証、麻黄剤
a、桂枝湯、真武湯(図・21参照)
まず、桂枝湯およびその加減方についてそれらの関係を見ると、桂枝湯は桂枝と芍薬による筋肉の緊張緩和作用と、桂枝と大棗による止汗作用があり、更に桂枝の気の上衝を押える作用と、生姜の胃内停水を除く作用があるため、頭痛、身疼痛、自汗を治し、l気の上衝によって起こる乾嘔、心下悶などにも用いられる薬方である。本方に新陳代謝の賦活作用を有する附子を加えた桂枝加附子湯では、附子の作用は桂枝によって表に、芍薬によって全身に誘導されるが、全身への誘導は弱いため、ほとんど表の組織すなわち筋肉の新陳代謝を亢めるように働く薬方となり、桂枝湯によって治す症状に、更に冷えや筋肉の新陳代謝障害によって起こる麻痺感や四肢の運動障害などが加わる。
桂枝加附子湯に更に白朮を加えた桂枝加朮附湯では、附子の作用は芍薬と白朮によって全身に誘導される量が多くなり、表の少し深い部位、すなわち関節にも働くようになる。また白朮が入ったため桂枝と白朮による利尿作用も加わる。従って更に関節の腫痛や尿利減少と共に四肢の麻痺感、屈伸困難なども加わる。桂枝加朮附湯には更に茯苓を加えた桂枝加苓朮附湯では、附子の作用は桂枝によって表へ、芍薬と白朮によって全身へ、茯苓によって半表半裏から裏に誘導されるため、結局附子は全身に同じように働くことになり、新陳代謝の賦活作用と言うよりは駆水作用の意味合いが強くなり、心悸亢進、めまい、尿利減少、筋肉の痙攣などを訴えるようになる。
桂枝湯より桂枝を除き、茯苓と白朮を加えた桂枝去桂加茯苓白朮湯では、芍薬の筋肉をやわらげる作用と、生姜および茯苓と白朮による胃の機能を亢め、胃内停水を去る作用が加わるため、頭痛、項背痛があり、胃部の水毒によって胃部が虚し、心下満や心下微痛を呈するようになったものに用いられる薬方である。ところで本方は桂枝をわざわざ抜いているのはなぜであろうか。桂枝は白朮や茯苓と組み合わされれば利尿剤となり、また茯苓は桂枝と甘草が組み合わされれば心悸亢進やめまいを治す作用が加わるので、本薬方のように桂枝を除いて本薬方のように桂枝を除いて桂枝去桂としなくてもよいように思えるであろう。
ここで傷寒論の条文を引き出して見ると、理由がよくわかるので次に引用しておく。
「服桂枝湯、或下之、仍頭項強痛、翕翕発熱、無汗、心下満微痛、小便不利者、桂枝去桂加茯苓白朮湯主之」
すなわち、桂枝湯を服用し、また下剤を服用して下したが、なお頭項強痛、熱は体表に集まって発熱し、無汗で心下満微痛、小便不利の者は桂枝去桂加茯苓白朮湯これを主るというのであ音¥このことは無汗であるので桂枝加苓朮湯のような桂枝と大棗の組み合わせはあってはならない。また桂枝は茯苓と組み合わされれば利尿作用となるが、また一方、桂枝は発汗剤として働く場合には利尿を妨げる逆の作用もあるので、症状として小便不利が明らかにある場合には桂枝が配剤されるのは良くない。従って桂枝を除いた薬方とされたのである。
この桂枝去桂加茯苓白朮湯と反対に、桂枝のかわりに大棗を除き、更に芍薬、生姜を除いた薬方は苓桂朮甘湯といい、桂枝と茯苓による利痢作用(桂枝による逆の作用も一応頭に置いておく)と、桂枝と茯苓、甘草による心悸亢進各まめいを治す作用、茯苓と白朮の胃内停水を除く作用を持つ薬方である。従って本方には小便不利の症状は少なく、あっても尿利減少程度であるが、心悸亢進、めまい、立ちくらみ、胃内停水など水毒症状を激しく訴える事を目標とすることがわかる。
また桂枝加苓朮附湯と真武湯との関係を見ると、桂枝加苓朮附湯より桂枝、大棗、甘草が除かれた薬方が真武湯である。従って、先に述べた桂枝加苓朮湯と桂枝去桂加茯苓白朮湯の関係と同様な関係が桂枝加苓朮附湯と真武湯の間になりたち、更に附子の作用する部位は表に誘導する桂枝がなくなり、全身に誘導する芍薬と白朮、半表半裏から裏に誘導する茯苓となるため、附子の作用は半表半裏から裏に誘導され、その部位の冷えを治し、新陳代謝を亢めている。従って腹痛、胃内停水(生姜、茯苓と白朮)を基本とし、これが附子の新陳代謝の賦活作用と共に働き、心悸亢進、嘔吐、浮腫、水様性下痢、四肢全体の麻痺と疼痛(筋肉よりも関節に強く働くので運動失調なども治す)などの症状を目標とする。
b、葛根加朮附湯、桂芍知母湯(図・22参照)
葛根湯加術附湯は葛根湯に白朮と附子を加えたものであり、附子の作用は葛根、麻黄、桂枝により表に誘導され、芍薬、白朮により全身に誘導されるため、多くは表の新陳代謝を盛んにする。桂芍知母湯の場合でも附子の作用は麻黄、桂枝、防風によって表に誘導され、芍薬、白朮によって全身に誘導されるため、多くは表の新陳代謝を盛んにする。このように二方とも表の部位に働き、筋肉の新陳代謝によって起こる麻痺感や四肢の運動障害に用いられる事がわかる。ただ桂芍知母湯には知母による内熱をさます働きがあるため、内熱により起こる関節の腫痛を治す作用が加わる。
c、葛根湯、桂枝湯(図・23参照)
葛根湯と桂枝湯の関係は今更言うには及ばないかもしれないが、桂枝湯に葛根と麻黄が加えられたものが葛根湯である。この二方の薬効の違いをただ単に葛根及び麻黄の単独の薬効に帰因させてはならない事はすでに述べて来た事であり、麻黄の配剤により、桂枝と大棗の組み合わせに変わり、従って薬方の虚実も変わって虚証の薬方の桂枝湯が、実証の薬方の葛根湯へと変わっている。
d、小青竜湯、苓甘姜味辛夏仁湯(図・24参照)
小青竜湯と苓甘姜味辛夏仁湯は細辛(鎮咳・胃内停水)、半夏と乾姜(鎮嘔)、半夏と甘草(鎮痛)、五味子(鎮咳)の共通する部分もあるが、小青竜湯には更に麻黄、桂枝、芍薬が配剤されており、苓甘姜味辛夏仁湯には杏仁、茯苓が配剤されている。
小青竜湯に配剤された麻黄と桂枝は発汗剤であり、桂枝と芍薬は筋肉の緊張を和らげる作用がある。従って小青竜湯は共通の部分より考えられる水毒を、発汗して治そうとした薬方である。これに対して、苓甘姜味辛夏仁湯に配剤された杏仁には鎮咳作用があり、茯苓には駆水作用がある。従って苓甘姜味辛夏仁湯は共通の部分より考えられる水毒を、利尿(完全に利尿に限定するのは、茯苓だけであるので少し不十分であるが)して治そうとした薬方である事がわかる。
E、建中湯類
a、桂草湯、当帰建中湯、当帰四逆湯(図・25参照)
これら三方のうち、桂枝湯、当帰四逆湯の芍薬は三ないし四グラムであるのに対し、当帰建中湯の芍薬は六グラムである。従って桂枝湯、当帰四逆湯は表位の痛みを目標とするのに対し、当帰建中湯は裏位の痛みを目標とする薬方である。桂枝湯と当帰四逆湯を比べれば、桂枝湯にある生姜(胃内停水)が欠ける代わりに、当帰(瘀血)、木通(利尿)、細辛(鎮咳、胃内停水)が加わるため、桂枝湯より利尿作用が強くなり、また駆瘀血作用も加わる。当帰四逆湯に更に生姜と呉茱萸(胃内停水、冷え症)を加えた当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、水毒が更に強くなり、冷めも強くなって起こる各種の水毒症状に用いる。
(次号に続く)
※釣藤と黄耆の組み合わせによる降圧作用?
今までこの組み合わせの説明無し
※胃風湯
『漢方の臨床』三巻二号に「胃風湯について」と題して細野史郎氏が発表してから慢性下痢に良く使われるようになった。
真武湯でも止まらないような下痢に効くことがある。
※粟(あわ)
栗(くり)ではないので注意。
※柴胡清肝散
本来は柴胡清肝散が正しいが、最近は柴胡清肝湯と呼ばれることが多い。
同名異方が多く、更に柴胡清肝湯は別にあるので注意。
※柴胡清肝散と荊芥連翹湯は非常に良く似た薬効をもった薬方であることがわかる。
一貫堂の解毒証体質で使用される。
解毒証体質には、竜胆瀉肝湯(一貫堂方)も使われるが、一般的な竜胆瀉肝湯(薛立斎方)とは異なるので注意。
医療用漢方のエキス剤では、小太郎の竜胆瀉肝湯が一貫堂方。
※、桔梗、荊芥、連翹と白芷の組み合わせ
桔梗、荊芥・連翹の組み合わせは、桔梗の項で説明があったが、桔梗、荊芥、連翹と白芷との組み合わせの説明はなかった。
※復下之 仍頭強痛 → 或下之 仍頭項強痛 に訂正
ただし、大塚敬節先生の本では、柳田子和の説を採り、「或」を「復」に改め、「また」と読んでいる。
【参考】
桂枝湯を服し、或は之を下し、仍(な)お頭項強ばり痛み、翕翕(きゅうきゅう)として発熱(ほつねつ)し、汗無く、心下満微痛(しんかまんびつう)、小便不利の者は、桂枝去桂加茯苓白朮湯 之を主(つかさど)る。
※桂枝は発汗剤として働く場合には利尿を妨げる逆の作用もあるので、症状として小便不利が明らかにある場合には桂枝が配剤されるのは良くない。
五苓散には桂枝が含まれ、目標は口渇、尿利減少なのは?
五苓散から桂枝を除いた薬方に四苓湯がある。
何故か「湯」。