誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(7)
村上 光太郎
漢方の薬能は、配剤された生薬の相互作用あるいは主薬の薬能によって理解できることはすでに述べた。この事は逆に見れば配剤された生薬の相異によって、作用のよく似たいくつかのグループに分類することができる事を表わしている。すなわち、
一、麻黄や桂枝を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……表証(図1参照)、麻黄剤(図2参照)
二、附子を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……裏証Ⅱ(図3参照)
三、茯苓を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……駆水剤(図4参照)
四、黄連、黄芩を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……瀉心湯類(図5参照)
五、柴胡を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……柴胡剤(図6参照)
六、駆瘀血生薬を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……(図7参照)
七、便秘(宿便)のみを目標とする組み合わせ……承気湯類
八、配剤された生薬が異なっていても類似の作用となる組み合わせ……裏証Ⅰ(図9参照)
九、順気生薬を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……順気剤(図10参照)
十、芍薬を主体とする組み合わせによって理解できるグループ……建中湯類(図11参照)
などである。それではそれらのグループ別に生薬の配剤について見てみよう。
A、柴胡剤
a、大柴胡湯、四逆散、解労散(図12参照)
大柴胡湯と四逆散の関係を見ると、四逆散には大柴胡湯にない甘草があり、大柴胡湯には四逆散去甘草に半夏の組み合わせ、黄芩の配剤、大黄による増強作用が加わっている。今、甘草の薬効はすでに述べたように、薬味の数が多くなったり、作用の強い生薬があれば効果が現れないので(各生薬の調和の作用はある)、四逆散去甘草は四逆散と同一であると考える事ができる。従って四逆散と大柴胡湯との関係は、大柴胡湯の一部が四逆散である、すなわち言いかえれば四逆散は大柴胡湯の中に含まれているといえる。それでは四逆散を用いず、常に大柴胡湯を用いればと思われるかもしれないが、生薬の作用(効果)の強度は薬味が少ないほど強く現れるので、もし四逆散で効く病人に対して大柴胡湯を用いつと作用は弱くなり、効果の発現は遅延する。従って当然四逆散を用いる方が良いのである。しかし病人の症状が四逆散で包含されないほど激しく、また多岐にわたっていれば薬味もそれにつれて多くなるのは当然である。今、大柴胡湯は四逆散より、半夏の組み合わせと黄芩、すなわち、嘔吐、痛み、心下痞が多く、かつ症状は激しい人に用いる薬方であり、あるいは便秘の傾向があることをあらわしている。ところでこれらの二方は柴胡による胸脇苦満、芍薬による鎮痛作用および枳実による作用の増強があるのは当然である。
解労散と四逆散の関係を見ると、解労散は四逆散に茯苓、別甲、生姜、大棗が配剤されたもので、茯苓、生姜の駆水作用と別甲の解毒作用が加えられたものである。従って四逆散証で肝臓機能が衰え、水毒の症状が加わった時に用いる薬方であることがわかる。解労散と大柴胡湯との関係は四逆散と大柴胡湯との関係と同じく、大柴胡湯にある嘔吐、心下痞を治す作用がなく、鎮痛作用も弱い。しかし解労散は四逆散のときとは異なり、大柴胡湯より駆水作用はまさっている。一方解毒作用については大柴胡湯は柴胡と枳実、大黄(増強作用)であるのに対し解労散は柴胡、別甲と枳実であるた、いずれが強いかは明瞭ではない。
b、小柴胡湯、五苓散、浄腑湯(図12参照)
浄腑湯には胡黄連と黄芩の配剤されたものと、それらの代わりに黄連が配剤されたものとがある。しかし黄連と黄芩との違いは、心下痞という面より見ればなく、二方とも同じである。また小柴胡湯と五苓散の合方は柴苓湯と呼ばれ、浄腑湯はこの柴苓湯から桂枝と猪苓が除かれ、三稜、莪朮、山査子が加えられたと考えることができる。桂枝と猪苓が除かれたことは気の上衝がなく、茯苓と桂枝、甘草による心悸亢進やめまいを治す作用、茯苓と猪苓、沢瀉による利尿作用の両方が不完全であるため弱くなっていることをあらわしている。三稜と莪朮は塊を緩め、気を破る作用をもち、山査子には建示、消化の効がある。このことは気の上衝を治す作用のある桂枝が、気うつを治す三稜と莪朮に変わり、作用の増強がさらに強くなっている。従って桂枝、猪苓が欠けることによる虚証へのへの移行は、三稜、莪朮の増加により打ち消され、更に実証への薬方へと変わっている。すなわち浄腑湯は柴苓湯の実証の薬方であることがわかる。
B、順気剤
a.麦門冬湯、竹葉石膏湯、釣藤散(図14参照)
麦門冬湯と竹葉石膏湯との違いを見ると、麦門冬湯には竹葉石膏湯にない大棗があり、竹葉石膏湯には麦門冬湯にない竹葉、石膏がある。今、麦門冬における半夏、甘草、大棗の組み合わせが、竹葉石膏湯では半夏、甘草となっている。しかし半夏、大棗、甘草は半夏、甘草でも代用できるので鎮痛作用は麦門冬湯とほとんど同一である。従って麦門冬湯と竹葉石膏湯の差は竹葉と石膏の増加であるといえる。すなわち麦門冬による鎮咳作用は、竹葉の去痰、止渇作用が入るため更に強くなり、石膏の清熱作用が加わっている。
竹葉石膏湯と釣藤散との関係は、釣藤散には竹葉石膏湯にある竹葉、粳米が除かれ、釣藤、橘皮、茯苓、防風、菊花、生姜が加えられたもので、竹葉の去痰、止渇作用と粳米の滋養強壮作用がないため、麦門冬だけによる釣藤散の鎮咳作用は、 竹葉石膏湯に比べて弱い事を示している。また釣藤散には鎮静作用のある橘皮、駆水作用のある茯苓、防風、生姜が配剤されている。
ところで基本となっている麦門冬湯の麦門冬には鎮咳作用が、半夏、甘草には鎮痛作用が、人参には駆水・健胃作用があり、また釣藤となるため増量された各種の生薬はこの基本の作用を増強するとともに、鎮静作用が加わったものである。従って釣藤散は麦門冬湯より実証の薬方で、更に鎮静作用が加わった薬方である事がわかる。
b、麦門冬湯、小柴胡湯、半夏瀉心湯(図15参照)
麦門冬湯と小柴胡湯あるいは半夏瀉心湯との違いは、麦門冬湯には麦門冬、粳米があり、小柴胡湯には柴胡、黄芩、生姜があり、半夏瀉心湯には黄連、黄芩、乾姜がある。これら三方の共通となる生薬には人参、半夏、甘草、大棗があるが、すでに述べたように柴胡、黄連、黄芩などは主薬あるいは主薬の一部となる生薬であり、麦門冬湯の麦門冬もこれに類するものである。従ってこれら三方は主薬以外がほとんど同じで、主薬が異なる例である。このような場合には、これら三方の間にはそれほど強い関係はなく、それぞれが別のグループを形成する。すなわち小柴胡湯のように柴胡が配剤された薬方は黄連、黄芩の有無に関係なく柴胡剤とされ、半夏瀉心湯のように柴胡が無く、黄連、黄芩が配剤された薬方は瀉心湯類であり、麦門冬湯のような薬方は順気剤として取り扱われている。
※一方解毒作用については大柴胡湯は柴胡と枳実、大黄(増強作用)であるのに対し解労散は柴胡、別甲と枳実であるた、いずれが強いかは明瞭ではない。
大黄は相乗作用なので、相加作用の別甲よりも解毒作用は強くなるのでは?
※基本となっている麦門冬湯の麦門冬には鎮咳作用が
元は、「基本となっている麦門冬には鎮咳作用が」と書かれているが、意味が通じにくいので訂正。
※釣藤
釣藤はもともとは樹皮を使用していて、釣藤散は樹皮を用いるべきとの意見もある。
釣藤鈎(ちょうとうこう)は長く煎じると効果が無くなるので、自分で煎じる場合には、終わり頃に入れて少しだけ、煎じるのがコツ。
市販のエキス剤は、釣藤鈎を通常通り煎じてしまっているので、効果が弱い。
その際は釣藤鉤末を加えて飲むと効果が上がる。
現在の釣藤鈎の基原は
Uncaria rhynchophylla Miquel,
Uncariasinensis Haviland,
Uncaria macrophyllaWallich
ちなみに、サプリメントで使われるキャッツクローは、
Uncaria tomentosa
同属植物で、リンコフィリンも含まれているので、代替品として使える可能性?